2017-05-07 14:45

朝鮮半島有事、在韓邦人の退避は日米で分担

 5月6日(土)の読売新聞朝刊一面に半島有事の際、在韓邦人の退避をどうするかという記事がトップで出ている。この時期には良い記事ではないか。

記事のポイント。半島有事の際、陸路は米軍が、海路は日本自衛隊が退避支援を行うと書いてある。そして日本人と一緒に米人も日本に受け入れるという案になっている。

そして大事な事。半島有事の際、邦人の退避には韓国は協力しない、だからこんな案になっていると明記してある点。韓国とはそういう国・国民であることはかなりの人が知っているが、今回読売新聞という大手新聞の一面トップ記事になった意義は大きいと思う。

2017-5-7読売新聞朝刊一面5月6日 

<以下読売新聞より引用>
(引用者注:読売電子版の記事には新聞紙面に有った「見出し・小見出し」の一部が欠けているので追記しました。追記部分はアンダーラインが付けてあります)
http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20170505-118-OYT1T50079/search_list_%25E5%259C%25A8%25E9%259F%2593%25E9%2582%25A6%25E4%25BA%25BA%25E9%2580%2580%25E9%2581%25BF%25E3%2580%2580%25E6%2597%25A5%25E7%25B1%25B3%25E3%2581%25A7%25E5%2588%2586%25E6%258B%2585__

朝鮮半島有事、在韓邦人の退避は日米で分担 政府検討
半島有事 釜山から海自艦に
2017年5月6日6時0分
 政府が朝鮮半島有事に備えて検討している在韓邦人・米国人の退避に関する日米の役割分担の概要が分かった。

 韓国の民間空港が閉鎖された場合、在韓米軍が南部まで日米の民間人を陸路で輸送し、海上自衛隊の輸送艦などで釜山プサンから福岡などの西日本まで運ぶことが柱だ。複数の政府関係者が明らかにした。ただ、5万人以上の在韓邦人を実際に退避させるには課題が多く、政府は詰めの作業を急ぐ方針だ。

2017-5-7読売新聞朝刊一面5月6日画像 

陸路は米軍 実現には課題も

 在韓邦人の退避にあたっては、軍事的緊張が高まった段階ですぐに政府が退避勧告を発出し、チャーター機を含む民間機で可能な限り多くの邦人を日本に輸送して、韓国滞在者を減らすことが基本方針だ。

 北朝鮮が軍事攻撃に踏み切った場合は、空港閉鎖が想定され、民間機での移動が困難になる見通し。その場合、まずはシェルター(退避施設)に避難し、72時間を目安に事態が沈静化すれば退避を開始する。

 具体的には、あらかじめ指定した複数の集合場所から、在韓米軍が日米などの民間人を釜山まで陸上輸送し、その後、海自艦などが福岡県など西日本の港にピストン輸送する。邦人とともに退避した米国人は、一時的に日本で受け入れる。

 軍用機による民間人の輸送が可能な状況なら、米軍機がソウル南方の在韓米軍・烏山(オサン)空軍基地から韓国南部や日本などへの移送を行う。

 ただ、釜山を拠点として海自艦を活用する退避には、韓国政府や自治体の同意が前提条件となるが、韓国側は同国内での自衛隊による活動には否定的で、調整は進んでいない。このため、韓国が同意しない場合を想定し、海自艦が可能な範囲で釜山に接近し、ヘリや小型船が海自艦との間を往復することも検討している。

 また、民間航空機による空路輸送や在韓米軍の協力を見込む陸路輸送に関する詳細の調整もこれからだ。韓国内のシェルターの周知をどう図るか、日本海をピストン輸送する海自艦の輸送能力の限界をどう補うかなど、多くの検討課題が残っている。

 政府は1994年の北朝鮮核危機を受け、有事の在韓邦人退避計画の検討に着手した。米国と事務レベルで協議を続け、計画の更新を重ねている。外務省によると、在韓邦人は約5万7000人(短期滞在者約1万9000人含む)。在韓米国人は20万人以上と推定されている。

<引用終り>

韓国が邦人退避に協力しないのなら・・・、退避する日本人に紛れて「アイム ザパニーズ族」も入ってくると予想される訳だが、これを断る大義名分が出来たことになる。
「ウリは日本人退避に協力しないニダ。だけど自分たちが日本に逃げるから助けるニダ」、こんな事が通用しないのは当たり前である。

現在韓国にいる邦人の方はこんな事情なので大変だと思う。そんな事を念頭に有事に備えてほしいと思います。
しかし、こんな事が報道されても未だ韓国へ行く人がいるんだよなあ・・・。

  1. 朝鮮韓国
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2017-05-01 16:19

アメリカの朝鮮戦争についての見方

 4月28日のエントリー「韓国北朝鮮に対するアメリカの見方」で朝鮮戦争に関してのアメリカの世論を紹介した。
韓国北朝鮮に対するアメリカの見方
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1386.html

ここで引用した記事は現地を指揮した司令官が見た韓国軍の様子、

「韓国守る必要なし」トランプ氏に喝采送る米有権者、かつて「敵前逃亡」した韓国軍に“根深い”不信

多くの米国民が、「本当の朝鮮戦争」を知っているのだ。そして、上官と部下が揃って逃げる韓国軍の実態も-。


ここに以前裏の桜さんからいただいたコメントを紹介した。

無かった事にしたい戦争だった

朝鮮戦争に関して、米国には「非常に冷淡」な社会風潮があるらしいです。ハッキリ言ってしまえば「無かったこ事にしたい戦争」らしいのです。 

この無かった事にしたい戦争だった、これについて裏の桜さんは以前のエントリーを再掲されたので、その中身を引用紹介したい。
参照ブログは
アメリカは、朝鮮戦争をなかったことにしたい・・・再掲載

この該当部分を引用します。詳細は上掲ブログ参照ください

<以下引用>
「朝鮮戦争」といえば、日本人も何か思う人もおられるだろう。
 
だが、事実上朝鮮戦争で最前線で戦ったアメリカにとっては、「忘れたい戦争」「無かったことにしたい戦争」のようだ。
 
私の手元に上・下巻、一千ページを超える本がある。本の題名は「ザ・コールデスト・ウィンター 朝鮮戦争」著者「ディヴィッド・ハルバースタム」発行元「株式会社文芸春秋」
 
この本は、朝鮮戦争で戦い帰還した元アメリカ軍兵士からの膨大なインタビューをもとに、アメリカにとっての「朝鮮戦争とは何か?」ということを書いた本だ。
 
少し長めの引用になるが、一部を引用してみよう。

 
【兵士たちの多くは朝鮮に送られたことに、怒りをもち続けた。ある者は第二次世界大戦に出征し、その後予備役入りして民間の職業についていたころに招集がかかりしぶしぶ応じた。告げられたのは十年の間に二度目となる国外戦争への従軍だった。同世代の大勢の者がそのどちらにも招集がかからなかったのにである。第二次世界大戦で兵役に就いてそのまま陸軍に残った者たちは、北朝鮮軍が攻めてきた当時の米軍の哀れな状態に憤った。定員も訓練も足りない部隊、欠陥だらけの旧式装備、驚くばかりの低水準の指揮官層。かれらが知っている第二次世界大戦最盛期の陸軍の強さ、職業軍人魂とたくましさ。それらと朝鮮戦争緒戦のころの米軍の貧弱さとの落差はショック以外の何ものでもなかった。経験が深ければ深いほど、戦いに強いられる諸条件への失望と驚きはいよいよ大きかった
 朝鮮戦争の最悪の側面は「朝鮮戦争そのもの」と第二歩兵師団第二三連隊所属の大隊長だったジョージ・ラッセル中佐は書く。工業生産とその所産である兵器、とりわけ戦車への依存度の高い軍隊には朝鮮半島は最悪の地勢だった。スペインやスイスのような国々にも急峻な山岳地帯はあるが、じきに平坦な平野が開け、そこでは工業諸大国の戦車の投入が可能である。ところが、朝鮮は、ラッセルによれば、アメリカ人の目には「重畳折りなす山また山」だった。もし朝鮮を色でたとえるとすれば「茶褐色のグラデーション」になる。朝鮮で戦った功労に対して贈られる従軍勲章があったとするなら、従軍したGI全員が勲章の色として茶褐色を選んだだろう。
 朝鮮戦争は、テレビニュースが本来の力を発揮する以前に起こった。アメリカの情報化社会に入る前の時代で、そこがベトナム戦争とは異なる。朝鮮戦争のころのテレビのニュース番組の放送時間帯は一晩に十五分間しかなかった。内容もそっけないもので、影響も限られていた。当時の技術では、朝鮮からの素材がニューヨークの本社もニュースルームに届くのは通常、深夜で、全国民を震撼させることはめったになかった。朝鮮戦争は、まだプリントメディアの時代の戦争だった。白黒印刷の新聞で報道され、国民の意識もその域を出なかった。
 この本の執筆中の二〇〇四年、わたしはたまたまフロリダ州キーウエストの図書館を訪ねたことがあった。書架にはベトナム戦争関係の書籍は八十八点あったのに朝鮮戦争のものはわずか四点しかなかった。これはアメリカ人の意識をそのまま反映したものだ。
 若いころ第二歩兵師団の工兵で中国の捕虜収容所に二年半いたことがあるアーデン・ローリーは苦々しげにこう語っている。
 朝鮮戦争で行われた主要戦闘の五十周年記念が催された二〇〇一年から二年かけてアメリカでは三本の大型戦争映画が作られた。『パール・ハーバー』『ウィンドトーカーズ』『ワンス・アンド・フォーエバー』がその三本で、前の二本は第二次世界大戦物、三番目はベトナム戦争に関するものだった。これに、一九九八年制作の『プライベート・ライアン』を加えると、トータルで四本になるが、朝鮮戦争物は皆無だった。もっともよく知られた朝鮮戦争がらみの映画は一九六二年の『影なき狙撃者』。中国の捕虜収容所で洗脳されてアメリカ大統領候補をつけねらう共産主義者の暗殺ロボットに仕立てられたアメリカ人捕虜の話だ。
 戦時中の陸軍移動外科病院をあつかったロバート・アルトマン監督の反戦映画『マッシュ』。その後テレビシリーズとなったこの映画は朝鮮戦争に見せかけているが、実はベトナム戦争が主題である。封切られた一九七〇年は反戦運動が最高潮に達したころで、ハリウッドの役員たちは反ベトナム戦争映画の制作には神経質になっていた。映画をつくる最初から朝鮮戦争は、ベトナム戦争の隠れミノだった。アルトマン監督と脚本家リンダ・ラードナー・ジュニアはベトナムに焦点を当てながら、ベトナム戦争の当時の段階では、まだコメディにするには繊細すぎる問題だと考えたのだった。映画に登場する兵士も士官もベトナム戦争時代のもじゃもじゃ髪で朝鮮戦争期のクルー・カットではない。
 この戦争が持つ残虐性の実相はアメリカ人の文化意識にまったく浸透しなかったのだ。この戦いでアメリカ人の死者は推計で三万三千人、ほかに十万五千人が負傷した。韓国側の損害は死者四十一万五千人、負傷者四十二万九千人だった。中国と北朝鮮はその死傷者数を固く秘匿しているが、米軍当局者は死者およそ百五十万人だったと見積もっている。
 朝鮮戦争は冷戦を一時熱くし、アメリカと共産陣営との間ですでに顕著になっていた(しかも、ますます高まっていた)緊張を高め、アジアで存在感を見せつつあった共産勢力とアメリカとの亀裂を深めた。二極間紛争の当事者間の緊張と分裂は、アメリカの誤算が中国の参戦を招いた後、一段と深刻化する。戦いが終わり軍事休戦が実現すると、双方が勝利を主張した。もっとも、朝鮮半島の最終的な分割線は開戦前とあまり変わらなかった。だが、アメリカは同じアメリカではなかった。対アジア戦略像は変化し、国内の政治状況は大幅に塗り換えられた。
 
 朝鮮戦争で戦った兵士たちは母国の同胞から疎んじられたと感じることが多かった。その犠牲は感謝されなかった。同世代の人びとの目には重要度の低い遠隔の地の戦争であるにすぎない。朝鮮戦争には、第二次世界大戦にあったあの栄光と正統性はかけらもなかった。第二次世界大戦では、国民が国を挙げて一つの偉大な目的を共有し、兵士一人ひとりがアメリカの民主精神と至善のアメリカ的価値観を広宣流布する使徒と目され、高く賞賛された。
 いっぽうの、朝鮮戦争は退屈な限定戦争であった。そこからはこの先、あまりいいことは何も生まれてこない、と国民はさっさと決めてしまった。兵士が帰還して気がついたのは、かれらの体験に隣人たちが総じてさしたる興味を示さないことだった。会話のなかで戦争話はすぐに無用の話題にされた。家庭内のできごとや職場での昇進、新しい家屋や新車の購入のほうがもっとも興味を引くテーマだった。その原因の一部は、朝鮮からのニュースがほとんどいつもたいへん暗いからだった。戦況がよいときでも、必ずしも非常によいとはいかなかった。戦局の飛躍的進展の公算が近いと見えたことはほとんどなく、ましてや勝利に近づく気配は何もなかった。とりわけ、一九五〇年十一月下旬、中国が大兵力をもって参戦すると皆無になった。膠着状態を表す自嘲的なフレーズが兵士たちの間で人気になった。「Die for a tie(ダイ・フォー・ア・タイ)」。勝利のためではない、引き分けるために死ぬのだ。
 朝鮮戦争で戦った兵士たちと祖国の人びとの間には大きな心理的隔たりがあった。兵士らがどんなに勇猛果敢に大義のもとに戦おうと、第二次世界大戦の兵士にくらべれば、しょせん「二流」だったのである。兵士たちは、戦後も、そのことでやりきれない思いをした。しかし、彼らは静かに耐え忍ぶしかなかった。】
 

このような本で、残念なことがある。ある意味仕方がないことなのだが、どうしてもアメリカ人というか、第二次世界大戦の先勝国側から朝鮮戦争のことを書くとなると、日本の戦前戦中のことを書くこととなる。書かなければ、なぜ朝鮮半島が分断されたのか?かつドイツは東西統一を果たせたのに朝鮮は未だ果たせないのか?ということが見えてこなくなるからだ。その時にどうしても「日本は悪い」という観点がこのような著書に書かれることとなる。
 

著者は、この本を書き上げた後、不慮の事故で亡くなっている。本の著者紹介で著者を次のように紹介している

《デイヴィット・ハルバースタム。
 作家。アメリカが生んだ最も偉大なジャーナリスト。
 1955年にハーバード大学を卒業後、『ニューヨーク・タイムズ』入社、ベトナム特派員としての経験と広範な取材をもとに、ケネディ政権がベトナムの悲劇に突き進む様を描いた『ベスト&プライテスト』(1972年)で大きな賞賛をあびる。以降、徹底したインタビューと、エピソードを積み重ねるニュージャーナリズムと呼ばれる手法で、アメリカのメディア産業の勃興を描いた『メディアの権力』(1979年)、日米自動車戦争を描いた『覇者の驕り』(1986年)など、骨太な現代史のテーマを次々にものにした。
 本書は、10年越しの仕事。ゲラに最後の筆をいれた翌週の2007年4月23日、交通事故で死亡。次の本のインテビューへ向かう途上の悲劇だった。日本語版版権は、直後から遺族と交渉し独占入手したものである》
 
1955年に大学を卒業となっているから、もろに戦後史、第二次世界大戦史とその戦後史はリベラルだと思う。日本でデカイ顔をしてる今現在七十歳代の自称ジャーナリストたちと同じ第二次世界大戦史観を持っていたと考えられる。
 
ともかく、驚かずにはおられまい。引用した文にも書いてあるように、第二次世界大戦後間もなく始まった戦争で、あれだけの損害をアメリカは出しながら、朝鮮戦争を重要な戦争とは受け止めていないのだ。

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このエントリを記したのは、平成22年(2010年)1月である。

<引用終り>

正しく奇々怪々な戦争、私も調べてみて本当に不思議です。 
兎に角将軍が戦争に勝とうとするのを政治家(大統領)がストップをかけた。 
将軍が報告すると敵に筒抜け、信じられません。 
中共軍が国境の河を渡って来るので橋を爆撃しようとすると大統領がノー。 
ミグ戦闘機が都合が悪くなると満州に逃げ込む、その飛行場を爆撃しようとすると矢張り大統領がノー。 
挙句の果ては将軍の首を切ってしまった。 
朝鮮戦争であれだけ多数のアメリカ兵が死んだのに、その死はなんだったんでしょうね。 
そんな所がアメリカ人があの戦争を忘れたい理由なんでしょう。 

所で冒頭揚げた4月28日のエントリーはどちらかというと朝鮮戦争を戦った現地司令官の見た朝鮮戦争の実態。
裏の桜さんの記事は最前線で戦った兵士の見たものが中心だと思う。

そこでもう一つの見方、この戦争を戦った「将軍」の見た見方である。
良い証言がある。
マッカーサーの腹心「ウィロビー」の回顧録に詳細が見える。
チャールズ・ウィロビー(Charles Andrew Willoughby, 1892-1972):アメリカ陸軍の軍人。最終階級は少将。マッカーサー将軍の情報参謀で、GHQ参謀第2部 (G2) 部長)

このウィロビー回顧録に関して、「しばやん」さんが大変うまくまとめている。

朝鮮戦争で、国連軍を勝たせないようにしたのは誰なのか


仁川上陸作戦で北朝鮮軍の補給路を断ち攻勢に出た国連軍を指揮するマッカーサーに対し、米統合参謀本部は北進攻撃の許可と詳細な指令を1950年9月28日に出し、いよいよ38度線を超える北進攻撃が開始された。
しばらくウィロビーの回顧録を引用する。

「連合国軍による38度線を突破しての北進攻撃は、まず韓国軍の二個師団によって開始された。1950年9月30日、これらの部隊は東海岸沿いの道路を一挙に北上、10月3日には38度線を突破して100マイル近くも前進していた。そして10日後には、これらの師団は軽い抵抗を受けただけで元山を攻略していた。
一方、西海岸沿いでは米第8軍が国連決議を待つかのように、10月8日に38度線を突破し、平壌の南部近郊へと一直線に攻め込んだ。第187空輸部隊は平壌の北25マイルにパラシュート部隊を降下させ、マッカーサー元帥と第8軍司令官ウォーカー中将も、この落下傘部隊を追うように平壌の飛行場にその姿を現わした。」(知られざる日本占領 ウィロビー回顧録』p.278) 

国連軍は北朝鮮の首都平壌を占領し、破竹の勢いで鴨緑江近辺まで進軍したが、ここで868千人の中国軍の大軍に遭遇することになる。
再びウィロビーの回顧録を引用する。

「この危機的局面に直面しているマッカーサーの部隊はといえば、残余の北朝鮮軍を壊滅させ、北朝鮮全域に秩序を回復するだけの能力は十分持っていた。…だが、中共軍が本格介入した場合、その兵力比は5対1の割で敵の方が圧倒的に多く、おそらく今年の終わりには10対1にまで開く可能性さえある。しかしワシントンは、すでにマッカーサーにはこれ以上兵力を増やすことはないと知らせてきたのだ。
1950年11月26日、中国軍司令官・林彪は全兵力を挙げて鴨緑江を渡り、攻撃を開始した。かくして中国は、米国その他の連合諸国とおおっぴらな戦争状態に突入したのであった。」(同上書 p.292-293) 

国連軍は中国軍の兵力に圧倒されて12月4日に平壌を放棄して後退し、1951年1月4日には再びソウルを共産軍に奪われてしまう。

ウィロビーの回顧録を読み進んでいくと、大量の中国軍が国境付近に集結し北朝鮮支援のために参戦する可能性が高いことを、ウィロビー率いるGHQ参謀第2部(G2)が何度もワシントンに詳細に報告していたことや、台湾の国民党筋も1950年8月27日に中共の介入をアメリカに警告していたことなどが縷々述べられている。そのような重要情報を入手していながら米統合参謀本部は、「中共が本格的攻勢をかけようとしているか確認できない」として、マッカーサーに対し北進を指令したのだが、それは何故なのか。
また中共軍が参戦して国連軍が敗走し再びソウルを失うと、自らの状況判断ミスを棚に上げて、結果責任をもっぱらマッカーサーに擦り付け、「わが部隊は中国の農民兵を前にして敗走したが、これは米国戦闘史上にあってもっとも恥ずべき敗北である」とマッカーサーを非難したという。

前回の記事でもいくつか紹介したが、米統合参謀本部はマッカーサーにとってプラスになるような有用な情報を伝えるどころか秘匿し、マイナスになるような命令を何度も出した。またマッカーサーが敵軍の補給路を断って緒戦の戦況を一変させた「仁川上陸作戦」には、何故か根強く反対したのである。
米統合参謀本部の中枢には、少なくともマッカーサーが活躍することを喜ばず、できれば失敗をさせることによってマッカーサーを失脚させたいと考える人物が中枢にいて指示を出していた可能性を感じる人は私だけではないだろう。その問題については後で書くことにしよう。

話を中国軍と国連軍との戦いに戻す。
兵力では圧倒的に中国軍の方が優勢であったのだが1951年の2月ごろから不思議なことに中国軍の戦闘力が低下していった。

ウィロビーはこう解説している。
「1951年2月10日には奪われていた仁川港を再び攻略したわが軍は、態勢を立て直して反撃を開始し、共産軍にカウンターを食らわせつつあった。
 とはいえ、共産軍の猛攻が失敗に帰して、2月以降、その戦闘力が低下したことは、わが軍がすばらしい戦闘能力を示したというだけでは説明がつかない。なぜなら、わが兵力は数の上で圧倒的劣勢に立たされていたからである。これには別の要因も働いていた。つまり流行病という天罰が敵に下っていたのである。天然痘、腸チフス、発疹チフス、回帰熱等の流行病が北朝鮮全域に蔓延したのである。…」

かくして国連軍は態勢を建て直し、3月14日には再びソウルを奪還している。そして戦いは膠着状態に入ったと言われているのだが、武力においてはすでに国連軍のほうが優勢であったと言われている。
ところがトルーマン米大統領は4月11日にマッカーサーを突然解任し、彼のすべての指揮権を剥奪してしまったのだ。

ウィロビーの回顧録にはこう記述されている。
「トルーマン大統領は、新たな勝利が朝鮮戦争でもたらされようとしていたその矢先、彼の最高の野戦司令官を解任するという暴挙に出た。その結果、トルーマンは敵が恐れていた一人の男を取り除くことになった。
 当時、マッカーサーは中国内の聖域を攻撃する決定を下すように、強硬に主張していた。彼はワシントンに、わが軍に対して活発に展開していた鴨緑江以北の軍事施設を空爆し、敵の補給をたつために中国の海岸を封鎖することの許可を求め、さらに台湾の国府軍を使わせてほしいとの要求を再三再四行った。だが国防長官のマーシャル、国務長官のアチソン、それにトルーマンはこれを握りつぶしてしまった。おかげでわれわれは陣地戦で行き詰まり、消耗多くして実りの少ない戦争を継続する羽目に陥った。
 トルーマンは、中国内の聖域どころか鴨緑江にかかる橋を空爆することさえ許可しようとしなかった。中国軍が鴨緑江を渡ってきたとき、マッカーサーは河にかかる6つの橋を空軍で破壊するよう命じたが、彼の命令はたちどころに飛んできたワシントンからの電報で撤回されてしまった。鴨緑江の橋はいまも相変わらず架かっている。その橋桁には、共産軍を増強して国連軍を撃破しようと、何十万という兵士たちの足音がとどろきわたり、何百万トンという補給物資と弾薬が車輪の音を響かせたのである。」(同上書p.320-321) 

普通に考えれば仁川上陸作戦で敵軍の補給路を断つのに成功したならば、鴨緑江に渡る橋を破壊すれば、北朝鮮軍の全面的敗北は確実であったと思われる。ところが、それをさせじとする勢力がワシントンの中枢部にいたことは極めて重要である。

<引用終り>


裏の桜さんのブログにある最前線で戦った兵士の言葉、「定員も訓練も足りない部隊、欠陥だらけの旧式装備、驚くばかりの低水準の指揮官層」、これをマッカーサーの目で見るとこうなる。
マッカーサーの作戦は国防長官のマーシャル、国務長官のアチソン、それに大統領トルーマンによって拒否された。おかげで国連軍は陣地戦で行き詰まり、消耗多くして実りの少ない戦争を継続する羽目に陥った。

これが朝鮮戦争に実態である。
そしてアメリカ政府中枢部に多数の共産主義者やソ連のスパイがいることは、マッカーシーの赤狩りで知られているが、その後1990年になってソ連とアメリカ内のスパイとの通信文書=ヴェノナ文書が公開され、マッカーシーが指摘したよりスパイの数は多く、アメリカ政府内でも300名ほどのスパイがいたことが明らかになっている。
ヴェノナ文書については以下エントリー参照ください。
ヴェノナ文書についての本


こんな事で朝鮮戦争という不可解な戦争、こんな裏が有ることを考えると、現在進行中の北朝鮮問題も一筋縄ではいかないことが分かる。
アメリカのマティス国防長官、ティラーソン国務長官、ペリー副大統領、このトランプ政権の首脳は日本と韓国で米軍関係者からこの厄介な話を縷々聞いたのではないか。

戦後72年の共産主義との闘いがいよいよ最終章に向かっていると思う、そんな中で日本、日本人がどうするか、日本人の覚悟が問われていると思います。


最後に1951年5月3日、アメリカ議会上院の軍事委員会でのマッカーサー証言で彼はこんな事を言っています。
2015-12-26マッカーサーの上院での証言風景 

マッカーサーは、朝鮮戦争を通じて北朝鮮の背後にいるソ連、中国(中華人民共和国)という共産主義国の脅威を痛感した。
 「過去100年に米国が太平洋地域で犯した最大の政治的過ちは共産勢力を中国で増大させたことだ。次の100年で代償を払わなければならないだろう」
以下ブログ参照ください
老兵・マッカーサーはなぜ「日本は自衛の戦争だった」と証言したのか…

まさにこの予言通りのことが、今起ころうとしています。


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2017-04-28 16:05

韓国北朝鮮に対するアメリカの見方

 朝鮮半島が爆発寸前なのだが、それに対するアメリカの反応が良く分からない。
トラちゃん(トランプ大統領)の言動だけが報道されるのだが、アメリカの一般市民がどう反応するか良く分からない。だが国民の支持無くして戦争を始めることなどどんな独裁者でも出来ないと思う。
そこでアメリカの韓国・朝鮮に関する反応を考えてみた。

矢張り問題とすべきは朝鮮戦争の問題。最初にこの件をごく簡単に。
朝鮮戦争とは「アメリカ(国連軍)+韓国」と「北朝鮮+中国+ソ連支援」との戦争で、1950年6月25日に始まり、1953年7月27日に休戦し今日に至っている。大事なのはこの休戦協定はアメリカ(国連軍)と北朝鮮・中国が署名しているが、韓国は参加していない事。
だから北朝鮮と韓国との間では、現在も戦争中だが戦闘はしていない状態だという事。

もう一つ大事な事。韓国人の大多数は、この戦争(韓国名:韓国戦争)は韓国と日本の間で戦われた戦争だと信じられていることだ

以上のようなことを一つづつ見ていきたい。

特に気になるのは2月~4月、アメリカの国防長官、国務長官、副大統領が日本に来たが、いずれも羽田や成田ではなく横田基地に到着しているようだ。そして米軍関係者と相当話をしているようだがまったく報道はない。この事は韓国でも同じで米軍幹部との突っ込んだ話し合いが行われていると推測している。そんなことを踏まえて検討してみる。


最初に一般アメリカ人が朝鮮のことをどう見ているか。これは昨年初めころのアメリカ大統領選挙に関する報道から。(トランプが選挙戦当時何を言い、何を支持されたかが分かるので)

これは昨年4月26日の報道
<以下引用>

2016.4.26 13:00
【軍事ワールド】
「韓国守る必要なし」トランプ氏に喝采送る米有権者、かつて「敵前逃亡」した韓国軍に“根深い”不信

【岡田敏彦の軍事ワールド】

 米大統領選で大方の予想を裏切り、今も共和党候補のトップを独走する不動産王、ドナルド・トランプ氏が、在韓米軍の撤退を筆頭に、韓国を軍事的に見捨てる発言を繰り返している。在韓米軍の撤退や核兵器保持の容認など、総じて「北朝鮮と韓国の戦争に、なぜ米国が巻き込まれなければならないのか」との、従来の米国の軸足を変えるような主張だが、有権者の多くに支持され、4月19日のニューヨークでの予備選では圧勝した。身勝手にもみえる発言の裏には、朝鮮戦争で「自分たちの戦争」を米国に押しつけて敵前逃亡した韓国軍のイメージが当時を知る人の間で浸透しているという事情がある。

 自分の身は自分で守るべき

 「凶暴な指導者を阻止するため、2万6千人の在韓米軍兵士が北朝鮮と韓国の間の休戦ライン付近に配置されているが、我々はこれによって何かを得られているのか。金を無駄にしているだけだ。我々は韓国を守っているが、税金を払う米国民に返ってくるものはない」。トランプ氏は4月2日のウィスコンシン州での演説で韓国との軍事的関係を変えるべきだと主張した。

 予備選に伴う各地の演説会で「米国が多額の借金をしてまで世界の警察官を続けることはできない」と約19兆ドルの借金を抱える国家財政に言及して、韓国に「自分の身は自分で守るべきだ」と訴えてきたトランプ氏。米韓軍事同盟を結び、米国の軍事的庇護と引き替えに韓国の核武装を禁じてきた従来の米国の論理とは相容れない主張だ。

・・・中略・・・
 韓国という国家が消滅せず今も存在しているのは、朝鮮戦争(1950-53)で米軍中心の国連軍を率いたマシュー・リッジウェイ将軍の功績が一つの理由だ。同戦争で中国軍(表向きは義勇軍)が参戦してからの、困難な“後半戦”をしのいだ名将は自著「THE KOREAN WAR」(日本語版・恒文社)で、韓国軍のありのままの姿を描写している。

 「韓国軍の態度だけが私の悩みだった。進撃する中国軍は韓国軍部隊を次々と敗走させ、そのたび韓国軍は補充困難な、高価な多数の(米国供与の)装備を放棄した」

・・・中略・・・
朝鮮戦争当時、中国軍の人海戦術に押され士気阻喪した米第8軍を戦闘集団としてよみがえらせた手腕は、米陸軍で統率(リーダーシップ)の手本として今も信奉されるとともに、一般のビジネス書にも組織運営の理想として取り上げられている。そのリッジウェイの著書によって、多くの米国民が、「本当の朝鮮戦争」を知っているのだ。そして、上官と部下が揃って逃げる韓国軍の実態も-。

・・・以下略、詳細は上掲リンク先参照ください・・・

<引用終り>



もう一つこんな記事、これは少し古く2014年11月の記事だが、現在の駐韓米軍の内容と考え方が分かる。
<以下引用>

朴政権ショック 米軍精鋭部隊が撤退 反日強める韓国への警告 
2014.11.07

 米国防総省は6日、韓国に駐留している第1機甲戦闘旅団の任務を来年で終了させ、今後は9カ月ごとに米本土から交代の部隊を派遣する「ローテーション配備」に変更する方針を発表した。来年12月に予定されていた在韓米軍から韓国軍への戦時作戦統制権の移管は再延期されたが、米軍の「韓国撤退」傾向は変わらないとみられる。「反日親中」で突き進む朴槿恵(パク・クネ)政権には衝撃となりそうだ。

 「旅団を常時配備するのとローテーション配備では重要度が違う。兵士たちの練度も違い、戦力も落ちるはずだ。これまで警察署や交番を置いて地域を守ってきたが、今後はパトカーで巡回するようなものではないか」

 航空自衛隊南西航空混成団司令を務めた佐藤守・元空将はこう語る。

・・・中略・・・

 前出の佐藤氏は「米軍は湾岸戦争(1990~91年)ごろから、在韓米軍の縮小・撤退を考えていた。当時、米軍のトレーラーに韓国の女子学生が巻き込まれて死亡する事故があり、韓国全土で激しい反米運動がわき起こった。私が在韓米軍幹部に『米軍は韓国から撤退したらどうだ?』と聞くと、幹部は『日本を守るために米軍は韓国にいる』と答えた。つまり、『日本がOKなら撤退したい』と受け取れた」と証言する。

 現に、ブッシュ政権時代には、在韓米軍の全面撤退も検討された。こうした流れは続いている。

 米ハドソン研究所首席研究員の日高義樹氏は、夕刊フジ連載「世界を斬る」(9月16日掲載)で、「米国防総省の首脳、特に韓国に駐留したことのある陸軍幹部や兵隊らの間に、韓国が米国の軍事同盟国・日本をあまりにも敵対視しているため、『中国軍の侵略に備えて米軍を朝鮮半島に駐留させておくことに意味があるのか』といった批判が強くなっている」と指摘した。

・・・以下略・・・
<引用終り>


このような報道を見ると分かることは、アメリカ軍の現場では「韓国など守る必要なし」という声が強いことで、こんな状況で戦争を強行しようとしても良い結果は出ない。つまり人的被害の出る地上軍の投入は難しいという事だ。
単に核の脅威云々では斬首作戦は難しい。だからこそ中国に圧力をかけているのではないだろうか。


ここでもう一つ、朝鮮戦争の評価について、以前こんなエントリーをした。
この話の真偽は?<続編

ここでコメント欄に裏の桜さんから朝鮮戦争に関してこんなコメントをいただいた。

無かった事にしたい戦争だった

朝鮮戦争に関して、米国には「非常に冷淡」な社会風潮があるらしいです。ハッキリ言ってしまえば「無かったこ事にしたい戦争」らしいのです。 

その証拠的なモノが、米国にある「朝鮮戦争慰霊碑」でしょう。この慰霊碑は1986年に建造権限が認定され、除幕式が行われたのは1995年。 

ベトナム戦争の慰霊碑が1982年に主な部分が完成し公開していたのにです。 

ともかく、こんな事からも朝鮮戦争は勿論、当時の国際情勢が奇々怪々であった事が窺えます。
2014-02-14 16:46 URL 裏の桜 

このコメントへの私の返事

正しく奇々怪々な戦争、私も調べてみて本当に不思議です。 
兎に角将軍が戦争に勝とうとするのを政治家(大統領)がストップをかけた。 
将軍が報告すると敵に筒抜け、信じられません。 
中共軍が国境の河を渡って来るので橋を爆撃しようとすると大統領がノー。 
ミグ戦闘機が都合が悪くなると満州に逃げ込む、その飛行場を爆撃しようとすると矢張り大統領がノー。 
挙句の果ては将軍の首を切ってしまった。 
朝鮮戦争であれだけ多数のアメリカ兵が死んだのに、その死はなんだったんでしょうね。 
そんな所がアメリカ人があの戦争を忘れたい理由なんでしょう。 

戦争での死者数は原爆を落とされた日本より朝鮮戦争での朝鮮人の方が沢山の人が死んでいる。 
しかも民間人の死者が圧倒的に多い。 
(注:大東亜戦争での日本人の死者は310万人、朝鮮戦争での死者は400万人とも500万人とも言われるが詳細はいまだに不明)

そんな悲惨な戦争なのに朝鮮戦争は日本と戦ったなどと言う不思議。 
韓国北朝鮮とは本当に不思議な国です。
2014-02-14 21:41 URL 短足おじさん二世 

こんな風潮がアメリカにある、これは戦争を遂行するうえで大問題だ。軍の士気が上がらない、これでは何をしても勝てない訳だ。


最後にもう一つ、上掲エントリー「この話の真偽は?<続編」にこんな話がある。
これは友遊さんからのコメント

2006年に海上保安庁が竹島周辺の海洋調査を実施しようとした時、韓国側と揉めたわけですが、日本人は「なんか揉めてるねえ」程度の認識なのに、日本に出稼ぎに来ている韓国の女の子達は日韓戦争前夜の認識で、この落差に驚きました。 
女の子達は戦争になったら「私たちに何ができるのか?」を固い決意で議論していたのです。 
その時に、韓国側は日韓は戦争中とに認識なのに、日本はそのような認識はまるで無く落差に驚いた次第。連中の竹島への異常な執着は、この戦争において初の韓国側の占領地だからです。次は対馬、そして九州の占拠を考えていたことが日本人には秘されていましたが、ようやく日本人の知るところとなりました。
2014-02-15 12:19 URL 友遊 
2017-4-28ソウル市民の反応 


これが韓国人の本音だという事を忘れてはならないと思います。


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2017-04-26 00:00

半島有事、避難できるのだろうか

 朝鮮半島が風雲急を告げている。そんな時、韓国にいる日本人はどうすればいいのか。こんな事がしきりに話題になってきた。

例えば、よもぎねこさんのこんなエントリー。
「朝鮮有事 邦人退避と難民対策」
http://yomouni.blog.fc2.com/blog-entry-5866.html

皆さん真剣に議論されているのであまり付け加える事が無い、しかしこんな問題は今まで殆ど報道もされていないので、私なりに知る所を書いてみたい。


最初にこんな地図、ソウルと北朝鮮との位置関係がどうなっているか。

2017-4-25ソウル・インチョン周辺地図 

軍事境界線(国境)は板門店辺りから南に(ソウル方向に)食い込むような形になっている。

そして地図の板門店の南側に非武装地帯第3トンネルとあるが、これは北朝鮮が侵略用に掘ったトンネル。現在4本のトンネルが発見されている。
第1トンネル 1974年発見 幅90センチ、高さ1.2メートル
第2トンネル 70年代に発見 幅2.2メートル 高さ2メートル 深さ平均50メートル
第3トンネル 1978年発見 幅2メートル 高さ2メートル 深さ平均73メートル
     このトンネルが上掲地図に記載のモノ、板門店の南4キロ、ソウルまで52キロ
第4トンネル 1990年発見 幅、高さ共1.7メートル


これは第3トンネル 観光地みたいになっている
2017-4-25軍事境界線第三トンネル 

しかしこの南侵用トンネルは発見されたもの以外にも沢山あると言われている。
この東亜日報の記事ではほかにも14本のトンネルがあるとのこと。

韓国侵略用の北朝鮮の地下トンネルが14ヵ所、3ヵ所を探知中
http://japanese.donga.com/List/3/all/27/422838/1


さらに北朝鮮は軍事境界線沿いに多数の長距離砲を並べている。
北朝鮮 ロケット砲300門を追加配備=ソウルも射程内
http://japanese.yonhapnews.co.kr/Politics2/2016/04/22/0900000000AJP20160422003500882.HTML
この記事によれば、現在配置されている長距離砲は
170ミリ自走砲(射程53キロ)、240ミリロケット砲(射程64キロ)など330門
今回配備の新型122ミリロケット砲(射程40キロ)300門 合計630門になる。


さて、こんな状態の所でもし戦闘が始まったらどうなるか。
その前にこれだけは確認しておきたい。北朝鮮と韓国との間は現在戦争中だが戦闘はしていない状態。理由はアメリカ(連合軍)と中国・北朝鮮とは休戦協定を結んでいるが、韓国はこの協定には入っていない為。
だから北朝鮮は突如攻撃してくる可能性などいくらでもある。
そして戦闘が始まったら・・・

1. インチョン、金浦両空港とも即座に閉鎖となると思われる。また鉄道も早い段階で運航停止。

2. 日本政府が、若し事前に避難勧告など出せば・・・
   韓国人も避難命令を出されたと思い込みパニックになるだろう。
   結果、多数の韓国人が日本を目指して避難を始める。その数は日本人の比ではない。
   (この時、韓国人のビザなし渡航可能が大きな問題となる)
   だから日本人は、「日本政府は避難勧告など出すことができない」と知るべきだ。

3. 避難する日本人が韓国人に襲われ、虐殺・強盗・暴行・強姦などの被害を受ける恐れがある。
   これは日本の敗戦直後に起こったことであり、朝鮮人のDNAに染み付いている。
   同様のことは、朝鮮戦争に際しても韓国人の間でも大発生した。


最後に私がどうしても不可解な事。それは韓国人が全く危機感を持っていないことだ。
これはソウルという危険な土地に平気で首都を作り、全く何の備えもしていない国民性から考えても分かる。その根拠は「アメリカが守ってくれるから大丈夫だ」という事だと思う。それでいて反米・反日に励むところなど、日本人には全く分からない国民というしかない。


韓国在住の方、こんな事情なので政府の発表など待たず、帰国することをお勧めします。少なくとも家族の方は帰国、仕事でやむを得ない方はお父さんだけ残る、
自分の身は自分で守る、此れしかありません。

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2017-04-22 18:05

麻生副総理談「失われた20年ではなく、改革の期間だった」

 麻生副総理兼財務大臣がG20の為アメリカに行っているが、4月19日にコロンビア大学で講演している。それが大変興味深いことを言っている。特に麻生さんが、「失われた20年を改革・革命の期間だった」と言ったことが重要ではないか。しかし日本の報道を見てもその肝心なところがサッパリ分からない。
そこでいろんな報道を比べてみた。

最初にこれはブルームバーグ日本の報道。

<以下引用>
麻生財務相:日本経済が成し遂げた進展に言及-米コロンビア大で講演
Bloomberg News
2017年4月20日 14:55 JST

経済的苦境でも日本人は勤労意欲を堅持してきたと麻生氏
ユナイテッド航空のように乗務員から手荒い扱い受けることもない

週末に開催される国際金融会議に出席するため訪米中の麻生太郎副総理兼財務相は19日夜、ニューヨーク市内のコロンビア大学で講演し、安倍晋三首相の指導力をたたえるとともに、日本が女性の労働参加やコーポレートガバナンス(企業統治)の面で遂げた進展に言及した。
  麻生氏は「われわれの社会機構は壊れていない(注)」と述べ、日本人は経済的低迷を耐えて平静を保ち、「労働者の勤労意欲は依然高い」と指摘。米ユナイテッド航空の乗客が旅客機から引きずり降ろされた問題を念頭に、「航空会社の乗務員から手荒な扱いを受けることもない」と付け加えた。
原題:Abe Deputy Tells U.S. Audience: Our Airline Crews Won’t Beat You(抜粋)
https://www.bloomberg.com/news/articles/2017-04-20/abe-deputy-tells-u-s-audience-our-airline-crews-won-t-beat-you
(本文末に英文原文を引用してあります)
(注:「われわれの社会機構は壊れていない」の部分、原文は「Our social fabric has not been torn apart」で「我々の社会構造は分断されていない」と理解すべきと思う。今アメリカ社会の深刻な分断が問題になっていることと比較した発言ではないか)

<引用終り>

ではこの件を日本は同報道しているか。これは読売の報道。

<以下引用>

麻生氏「上げやすい景気状況に」消費増税に意欲
2017年4月20日19時22分

2017-4-22麻生さんNY講演写真 
米コロンビア大で講演する麻生副総理兼財務相=有光裕撮影
 【ニューヨーク=有光裕】麻生副総理兼財務相は19日、ニューヨーク市内で講演し、2019年10月に予定される消費税率の10%への引き上げについて、「上げやすい景気状況になりつつあることは確かだ」と語った。

 10%への引き上げは2度延期されており、「三度目の正直」での実現に意欲を示した。

 麻生氏は「今までとは状況が全然違う。少しずつ消費が伸びており、今年の後半には、そうした姿が出てくると思う」と語った。

 一方、麻生氏は環太平洋経済連携協定(TPP)について「米国なしで11か国でTPPをやろうという話は、5月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)で出る」と述べた。米国はTPPからの離脱を通知しており、日本として米国を除く11か国での発効を目指す方針を示したものだ。

 麻生氏は「12か国という数があったから、あれだけのものができた。日本が米国に対して失うものがあっても、他の国から得るもので、バランスが取れる。2国間協議では、TPPほどの(高い)レベルに行かないことは、はっきりしている」と語った。

<引用終り>

ブルームバーグも読売もまったく同じ麻生さんの講演を記事にしている。しかし内容はまったく違う。読売の記事は麻生さんが消費税の増税とTPPに関して話しているかのように見える。
がしかし、読売の記事は講演会のことを取材して書いたように見えるが実は真っ赤なウソ。消費税もTPPも麻生さんの持論だし、現地での囲み取材で喋ったかもしれないが、講演の内容ではない。
これは多分財務官僚の作文であろう。酷いことを書くものだ。


さてでは真実はというと、実は韓国の報道のほうがまともらしい。韓国の京郷新聞が伝えているものをシンシアリーさんが紹介している。

<以下シンシアリーさんのブログより引用>
http://ameblo.jp/sincerelee/entry-12267559942.html

麻生太郞副首相「失われた20年10年(引用者注:原文はdecadesだから20年が正しい)ではなく、改革の期間だった」
2017-04-21 08:57:00
 
麻生太郞・日本副総理兼財務相が、コロンビア大学で講演されたとのことで、京郷新聞に記事が載っていました。
 
基本的には「日本の勤勉と革新を言及した」とのことですが、某航空社を皮肉ったのか、「日本の航空会社は乗務員が殴ったりしない」とも話したとか(笑
  
記事に載っている講演の内容だけ、まとめてみます。

・「日本は、米国に与えられる多くのことを持っている」
 
・「日本人は困難な状況でも品位を失わず、労働者の士気が高く、飛行機から連れさられることもない」
 
・(内容)安倍晋三首相のリーダーシップを絶賛。女性の労働参加と企業の構造調整で成し遂げた日本の進展について言及
 
・「私たちの社会組織は健在だ(引用者注:「分断されていない」が妥当と思う)。日本人は経済の低迷に耐え、冷静さを維持し、労働者のプライドはまだまだ高い」
 
・「航空会社の乗務員が殴ったりしない」
 
・「日本には質が良く、支払い可能な(※記事本文からの直訳ですが、コメント欄の情報だと元の講演では「手頃な価格」でした)タクシーがあり、Uberのようなサービスは必要ない」
 
・「日本が失われた20年10年を経験したという認識には同意することができない。これは、革命を経験した期間だ」
 
・「華麗な夜の街・銀座で運転手付きの車は減ったが、中国人買い物客に満ちている」、「昔の日本が恋しいこともあるが、食べたり飲んだりする雰囲気の代わりに企業経営にエネルギーを集中することは歓迎する」
 
・「(TPPについては、米国を除いた)11カ国で進行するという話が、5月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)で出てくるだろう」
 
・「例えば、日米の両者交渉では日本が失うことがあるとしても、(TPPで)他の国から利益を得るという調整が可能である」、「2国間でそのようなことはできない」

(ソースはこれ)
<引用終り>

シンシアリーさんが引用している京郷新聞はブルームバーグと読売の記事を参考にしているようです。だから最後のTPPに関する部分以外はブルームバーグの英文記事そのままです。


さてここからが私の言いたいこと。
日本はバブル崩壊後の失われた20年で殆ど成長はしていない。だから欧米先進国ばかりでなく中国や韓国の成長からも取り残され、大きく立ち遅れてしまった。こんな議論を耳にタコが当たるくらい聞かされてきた。
確かに日本のGDPは殆ど横ばい状態だ。
しかしデフレのおかげで日本の生活の質は悪化していないし、失業者が巷に溢れることもない。さらに海外に多額の投資をしてきたので、現在では世界一の債権国である。
これは2011年の記事なのだが・・・
誰も知らない1.8個分の日本


麻生さんが日本は永年デフレで苦しんできたが、これは新しい社会への改革期間だった。
だから日本には社会の分断は無い、そんな事で日本からアメリカに提供できるものも沢山ある。
こんな趣旨のことを言い出しているのは大変素晴らしいと思う。

また麻生さんは銀座の繁華街に運転手付きの車が少なくなったと言っているが、日本人の働き方が変わったという事が言いたいようだ。これも新しい考え方だと思う。

 
最後にブルームバーグの英文記事を参考に添付します。

<以下引用>
Bloomberg 

‘Our Airline Crews Won't Beat You,’ Japan’s Deputy PM Tells U.S. Audience
by Lily Nonomiya  and James Mayger
2017年4月20日 14:30 JST

Deputy PM says Japanese have kept pride through hardship
Aso touts Japan’s work ethic, innovation at speech in NYC

According to Japan’s deputy prime minister, Japan has a lot to offer America: Its people are "graceful" even amid hardship, worker morale is high, and you never have to worry about getting dragged off a plane like the passenger in the United Continental Holdings Inc. debacle.

"Our social fabric has not been torn apart," Taro Aso said in a speech at Columbia University on Wednesday evening. Japanese people endured an economic slump, stayed calm and "the sense of pride among workers is still intact" he said, adding "Airline crew will not beat you," according to the text of the speech distributed to reporters at the event.

Aso used the wide-ranging speech to extol the leadership of Prime Minister Shinzo Abe, as well as advocate the progress Japan has made in the labor participation rate for women and corporate governance. Japan’s high quality and affordable taxi services also got a mention, with Aso commenting that they makes businesses like Uber Technologies Inc. unnecessary.

Aso, 76, who hosted Vice President Mike Pence in Tokyo this week for a bilateral economic dialogue, is in the U.S. for spring meetings of the International Monetary Fund and talks with his G-20 counterparts.

His comment on the airline crew was an apparent reference to an April 9 incident in which a passenger was forcibly removed from a United plane. The airline faced widespread criticism on social media and has apologized. The passenger was injured and his lawyer has indicated a lawsuit is likely.

Aso, himself a one-time premier who currently oversees the finance and banking ministries, has been known for blunt comments and the occasional verbal gaffe.

Last year he called securities workers shady characters and he once asked why old people were worried about making ends meet given they won’t be around much longer, according to local media. On another occasion, Aso said the government could learn ways to change the constitution from the Nazis, a remark which caused a furor and was later retracted.

Aso also used his speech at Columbia to highlight his concern about the toll Japan’s aging population has taken on public finances, which he said was some of the "bad news" for the outlook of an economy with one of the oldest populations.

Here’s more on previous comments by Aso that have caused a stir.

Aso said he disagrees with the notion that Japan has been through a period of "lost decades."

He told the New York audience that Japan has undergone a "revolution" of sorts during recent decades, making gains with a female labor participation rate that eclipsed that of the U.S. in 2015. Companies have also made strides with their efforts to increase shareholder return policies, he said.

On a personal note, Aso said he misses some of the Japan of old, but welcomes companies focusing their energies on corporate governance rather than wining and dining.

"It is no wonder that in Ginza, the posh night-life district, you now see fewer chauffeur driven cars, and more and more coaches filled with Chinese shoppers," Aso said. "Do I miss the Ginza of days gone by? Of course I do."

<引用終り>

  1. 政治
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