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2014-12-31 18:22

歌麿の浮世絵「唐歌」

 今年もあと6時間、最後の土壇場で介護で振り回されましたがどうやら無事に年が越せそうです。
所で今年はマララさんのノーベル平和賞が話題になりました。
全ての子どもに教育を、これは素晴らしい事なのだが日本人にはどうもピンと来ない。
何故か?
日本では教育は江戸時代から当たり前だったのだ。

例えばこんな浮世絵。

2014-12-31歌麿の浮世絵「唐歌」メガネふき

妙な浮世絵に見えるがこれは浮世絵のメガネふき。私の愛用しているメガネふきです。

こんな今から200年以上も前の女性が本を読んでいる、日本とはこう言う国なのだ
そしてこれ。
そんな一般庶民でも教育を受けることの出来る国、それがこんな絵で分かる。

2014-12-31寺子屋の筆子と女性教師 一寸子花里「文学ばんだいの宝」

よく見ると後ろで座っている先生は女性。
日本ではこんな頃から女性が教師になって、男女が一緒に学んでいる。
こんな日本のいい所を貶めようとする輩が今暗躍しているが、新しい年はそんな連中を大掃除する年になりそう。
今から期待しています。


最後になりましたが、今年一年拙いブログにお付き合いいただき有難うございました。
皆様にとって良い年になりますよう祈念いたしております。
来年もどうぞよろしくお願いします。
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2014-12-31 09:10

新しい年の為に歴史を振り返って考える

 2014年、平成26年も今日で終わり。
今年も色々ありましたが、私にとって思い出深いもの、それは年初からのポスコ・インドネシアの高炉事故についてのエントリーでした。
情報管制で全く分からない中、私のエントリーに沢山の方からコメントを頂いた事は良い経験でした。
お蔭でいろんな方と知り合いになれたのも有りがたい事でした。

そして
WEDGEと言う雑誌に名前だけですが紹介していただきました。どうも有り難うございました。

2014-4-22WEDGE5月号
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-950.html



さて年末にあたり来年の事を考える一助として、古い話だがマレーシアのマハティール元首相の話を取り上げたい。

これは伊勢雅臣さんの「国際派日本人養成講座」の平成13年(2001年)のもの。
今から13年前なので出てくる政治家の名前も村山元首相とかクリントン元大統領とかだが、それを今の民主党連中やアメリカのオバマに置き換えても十分通用する。
そして中でも「日本なかりせば」の話はSapio, H11.4.14に載っていたもの。
もう15年も前の記事であるが、今改めて読む価値があると思う次第。
http://melma.com/backnumber_115_1126490/

なおこの「日本なかりせば」は92年10月香港で開かれた欧州・ 東アジア経済フォーラムでの演説「日本なかりせば」からとったもの。
もう20年も前のモノだが、これがアジアの人(除く特亜3国人)の本音である。



<以下はメルマガより引用、本文以外にソースも引用した>

-----Japan On the Globe(198) 国際派日本人養成講座----------
_/_/
_/ 人物探訪:マハティール首相~アジアの言挙げ
_/_/
_/ _/_/_/  欧米マスコミのバッシングに屈せず、言挙げを
_/ _/_/ 続けるマハティール・マレーシア首相の頑固者ぶり
-----H13.07.15----34,684 Copies----282,989 Homepage View----

■1.村山首相・土井たか子議長への一喝■

 平成6(1994)年8月下旬、村山首相は訪問先のフィリピンと
シンガポールで戦争責任問題について謝罪した。その村山首相
をマレーシアに迎えて、マハティール首相は冒頭こう切り出し
た。

 日本が50年前に起きたことを謝り続けるのは理解でき
ない。過去のことは教訓とすべきだが、将来に向かって進
むべきだ。日本はこれからのアジアの平和と安定のために
国連安保理常任理事国入りして、すべての責任を果たして
欲しい。

 また村山首相の6日前にマレーシアに到着した社会党の土井
たか子衆議院議長が「二度と過ちは繰り返さない」「歴史への
反省」などと口にしたのに対し、「過去の反省のために日本が
軍隊(PKO)の派遣もできないのは残念だ」と切り返した。
「ダメなものはダメ」とおよそ非論理的な姿勢でPKOに反対
する土井議長に対する痛烈なパンチであった。

世界の富から利益を得ていながら、世界に対して責任を負
わないということはできません。経済大国・日本にとって
は、世界を安定させ、第3次世界大戦のような惨事が引き
起こされないようにすることが重要だからです。[1,p111]

 国際貿易で膨大な利益を上げながら、半世紀前の戦争への反
省を口実に、ODAをばらまくだけで、世界の安定に対して何
ら貢献もせずにいる日本は、「世界に対する責任」を果たして
いないとマハティール首相は一喝する。

■2.「ルック・イースト」政策■

 マハティールは、1925年、インド出身で上級会計検査官の父
とマレー人の母の9人兄弟の末っ子として生まれた。1941年、
16歳の時、日本軍が初めてマレーの支配者・英国軍を打ち破
ったのを目の当たりにし、またその規律の良さに強く感動した。
我々にもその意思さえあれば、日本人のようになれる、自分た
ちの手で自分たちの国を治め、ヨーロッパ人と対等に競争でき
る能力がある、と考えるようになった。[2,p30]

 けっして裕福とは言えない家庭のため、マハティールは働き
ながら、医科大学を卒業する。卒業後は、医師として地方の医
療活動に専念したが、患者の多くは貧しいマレー人の農民で、
その惨めな暮らしぶりになんとかしなければ、との思いに駆ら
れた。64年、下院議員に当選し、政治家としてのスタートを切
る。

 近代社会における後進性とは貧困を意味し、それが教育
の遅れをもたらし、さらに教育の遅れが貧困を永続させる。
どこかで、その悪循環を断たなくてはならない。[3,p88]

 73年に訪れた日本で、その悪循環を断ち切る解を得たようだ。
街にあふれる高品質の製品も、秒単位の正確さの新幹線も、質
の高い教育がもたらしたものである。1981年、首相に就任する
と、「ルック・イースト」政策を打ち出した。

 怠惰、無気力な植民地根性をたたき直し、日本を見習って、
マレー人に労働倫理と技術を身につけさせ、エレクトロニクス
産業や自動車産業を発展させて、経済成長を実現しようという
のである。

 ゴムや錫の原材料輸出国から脱皮して、日本などから積極的
な外資導入を図った。96年には一人あたり国民総生産が4370ド
ルに達し、中進国の仲間入りした。3~4LDKレベルの住宅
を大量・廉価に供給し、生活水準も急速に向上している。躍進
する東南アジアの旗手にふさわしい経済発展を実現してきた。

■3.「日本なかりせば」■

 マハティールの世界観は、92年10月香港で開かれた欧州・
東アジア経済フォーラムでの演説「日本なかりせば」から窺い
知る事ができる。

 日本の存在しない世界を想像してみたらよい。もし日本
なかりせば、ヨーロッパとアメリカが世界の工業国を支配
していただろう。欧米が基準と価格を決め、欧米だけにし
か作れない製品を買うために、世界中の国はその価格を押
しつけられていただろう。・・・

 貧しい南側諸国から輸出される原材料の価格は、買い手
が北側のヨーロッパ諸国しかないので最低水準に固定され
る。その結果、市場における南側諸国の立場は弱まる。
・・・

 南側のいくつかの国の経済開発も、東アジアの強力な工
業国家の誕生もありえなかっただろう。多国籍企業が安い
労働力を求めて南側の国々に投資したのは、日本と競争せ
ざるをえなかったからにほかならない。日本との競争がな
ければ、開発途上国への投資はなかった。・・・

 また日本と日本のサクセス・ストーリーがなければ、東
アジア諸国は模範にすべきものがなかっただろう。ヨーロ
ッパが開発・完成させた産業分野では、自分たちは太刀打
ちできないと信じ続けていただろう。・・・

 もし日本なかりせば、世界は全く違う様相を呈していた
だろう。富める北側はますます富み、貧しい南側はますま
す貧しくなっていたと言っても過言ではない。北側のヨー
ロッパは、永遠に世界を支配したことだろう。マレーシア
のような国は、ゴムを育て、スズを掘り、それを富める工
業国の顧客の言い値で売り続けていただろう。[4]

■4.自由貿易体制を守るために■

 この演説を聴いていた欧米の記者の中には怒って席を立つ人
もいたそうだが、マレーシアをゴムとスズの原材料輸出国から、
近代工業国家に脱皮させたマハティール首相の実績を背景とし
た発言には重みがある。

 この演説は単なる日本賛歌と受け取るよりも、南側諸国が
「発展する権利」を発揮するには、欧米支配の近代世界システ
ムのくびきを脱して、自由な国際競争を実現する必要がある、
という世界観を示したものととらえるべきだろう。

 欧米の世界経済支配を排し、自由貿易体制を守るためには、
アジア諸国が結束して、強い発言権を持たなければならない。
そのための第一歩としてマハティールは「東アジア経済圏(E
AEG)構想」を90年12月に発表した。日本をリーダー格
にして、ASEAN6カ国(マレーシア、シンガポール、タイ、
インドネシア、フィリピン、ブルネイ)、インドネシア3国
(ベトナム、ラオス、カンボジア)、さらに中国、韓国、香港
が団結しようという壮大な構想である。

 私は閉鎖的な地域主義を信奉しているのではありません。
開放的な地域主義の重要性を信じています。しかし、マレ
ーシアのような小国が国際貿易における意思決定にほとん
ど影響を及ぼさないことにも気づいたのです。国際的な影
響力を持つためには、もっと大きなグループをつくる必要
がある。・・・

 アジア諸国の大半は貿易国なので、世界貿易が自由に行
われるときに最大の利益を得られます。だから、我々も結
集し、ヨーロッパ諸国や南北アメリカが域内市場を保護し
ようとしている現在の傾向に対抗して自由貿易体制を守ら
なければならないと考えているのです。[1,p41]

■5.欧米との戦い■

 マハティールの突出した提案は、ASEANの長老格スハル
ト・インドネシア大統領の反発を招いたが、その顔を立てて、
スハルトがイニシアティブをとる形で、EAEGをEAEC
(東アジア経済協議体)という話し合いの場にする事とした。
他のASEAN諸国もおおむね肯定的で、91年には域内で合
意が得られ、次に日本を取り込もうという段階になった。

 しかし、これに強硬に反対したのがアメリカである。べーカ
ー国務長官は、東京で宮沢首相相手に気色ばんで「どんな形で
あれ、太平洋に線を引くことは認められない。マハティール氏
の提唱する構想は太平洋を二つに分け、日米を分断させるもの
だ」とまくし立ててた。日本が参加しなければ、EAEC構想
をつぶせると考え、強硬に圧力をかけたのである。

 マハティールも負けてはいない。アメリカのお膝元、ニュー
ヨークの国連本部で演説した際には、「欧米が自分たちだけ経
済のブロック化を推進しながらEAECを阻止しようとするの
は、アジア人に対する人種差別である」とぶち上げた。

 しかし、日本政府はアメリカの圧力に屈して、EAEC参加
を見送ってしまう。その一方で、タイなどのASEAN諸国は、
EAECをより積極的に支持するようになっていった。欧米が、
人権、環境問題、労働条件を改善しろとASEAN各国に要求
し、反発を招いていたからである。マハティールは、こう反駁
した。

 ヨーロッパはすでに保護主義的貿易ブロックを選択して
いる。彼らは自分たちの高い生活レベルと生産コストを守
り通すために、東アジア諸国との競争を拒絶しようとして
いる。(欧米は)あらゆる問題であら捜しををして私たち
に対する差別政策を正当化しようとするだろう。彼らはそ
の口実として民主主義、人権、労働条件、環境破壊、知的
所有権などといった問題を持ち出している。NAFTAや
ECの登場でこのような差別による排除はますますひどく
なるだろう。[3,p31]

■6.クリントンへの「NO」■

 93年1月にスタートしたクリントン政権は、その4年前に創
設されたが、ほとんど機能していなかったAPEC(アジア太
平洋経済協議体)を土台にして、アジア太平洋諸国をすべてカ
バーする巨大な経済ブロックを作ろうとする構想を発表した。
ASEAN諸国との対立を避けるためにEAECを容認するが、
同時に、それをAPECの中の一機構として、あくまで盟主ア
メリカの影響下に置こうという戦術である。

 クリントンは、同年11月にAPEC全加盟国の首脳をシア
トルに召集して、拡大首脳会議を開くと発表した。アメリカは
それまでAPECを軽視して、前年のAPEC閣僚会議には一
人も閣僚を送らず、また首脳会議をやるなら94年インドネシア
でという了解があったのを一切無視して、いきなり全首脳を召
集するという盟主ぶったやり方に、マハティールは筋が通らな
いと反駁した。そしてアメリカは緩やかな協議体であったAP
ECを、自らを盟主とする経済ブロックに移行することによっ
て、EUに対抗しようとしている、と批判した。

 クリントンは、面子にかけてマハティールをシアトルでの拡
大首脳会議に参加させようと、貿易上のアメ玉まで持ち出して
説得したが、マハティールは一蹴した。欠席の理由は、「身内
の結婚式に参加するため」である。わざと刺激的な表現を使っ
て、アメリカのエゴに対して、「NO」と言える政治家である
ことを、国際社会にアピールしたのである。

 全太平洋・東アジアを包括する巨大な経済ブロックなど具体
化できるわけがない、というマハティールの読み通り、APE
Cはその後勢いを失っている。またEAEC構想はアメリカの
画策によりつぶされたが、97年のASEAN結成30周年を期
に、10カ国に拡大したASEAN+3(日中韓)の毎年の首
脳会議が定着してきている[5]。東アジアが結束して世界への
発言権を持つべきだ、というマハティールのビジョンは、姿を
変えてしぶとく命脈を保っている。

■7.「マハティールなかりせば」■

 97年7月のタイ・バーツ暴落から始まった通貨危機が、マレ
ーシアにも波及した。そのわずか2週間前に、IMFのカムド
シュ専務理事は、マレーシア経済を「健全な財政システムを維
持しており、他国が手本とすべき国です」と賞賛していた。
[2,p98]

 それが経済危機に襲われた途端に、欧米マスコミは一変して
「縁故主義」「不透明」「政治腐敗」などと、マレーシア経済
の長年の「構造的欠陥」を書き立てるようになった。

 マハティールが通貨危機をもたらした国際的投機集団を批判
し、適切な規制を訴えると、欧米マスコミはさらに「マハティ
ール首相を、自国の金融・財政政策の失敗を人のせいにする」
「自由市場を冒涜する無知な指導者」などと、バッシングを繰
り返した。マハティールは屈せず、IMFからの支援申し出を
拒絶し、非居住者の通貨取引を規制した。

 その後、ロシアの経済危機でアメリカの投機家集団が大損を
し、米国政府が巨額の資金を使って救済する事態が起こると、
ようやく欧米諸国でも通貨取引安定化のための監督強化が合意
された。

 2001年7月、マハティールの首相としての在任期間は20年
を超えた。この間、アメリカからはEAEC構想で目の敵とさ
れ、また民主選挙によって選ばれているのに、欧米のマスコミ
からはあたかも独裁者であるかのように批判されてきた。それ
にも屈せず独自の発言を続ける姿勢は、英首相だったサッチャ
ー女史も印象に残るアジアの政治家の筆頭にあげている。

 「マハティールなかりせば」、国際社会におけるアジアの発
言力は、今よりもはるかに弱いものになっていたろう。マレー
シアのような小国の首相にすら、これだけの言挙げができる。
そのマレーシアの6倍の人口と、50倍の経済規模を持つ日本
は、なぜアジアのリーダーとして言挙げをしてくれないのか?
アジアの大国として「世界に対して責任を負ってほしい」とい
うマハティールの日本への期待は裏切られ続けている。

(文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(077) アジア日記
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_1/jog077.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
1. 大前研一、「アジア人と日本人 マハティール・マレーシア首相
  との対話」★★、小学館、H6
2. マハティール、「日本再生・アジア新生」★★、たちばな出版、
H11
3. 根津清、「マハティール アジアの世紀を創る男」★★、ザ・
マサダ、H6
4.「マハティール首相、『日本なかりせば』演説、Sapio, H11.4.14
5.「APAP会議報告『21世紀のビジョン』 東アジア共同体の予
感」、産経新聞、H13.02.20、東京朝刊、5頁

<引用終り>

歴史を振り返って、新しい年の事を考えていきたいと思っている。

>>新しい年の為に歴史を振り返って考えるの続きを読む

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2014-12-13 16:28

昔の寒波はこんなでした

 また寒波がやってきました。
地球温暖化じゃなかったのかと言うボヤキが聞こえる日々ですが、そもその地球温暖化は20世紀末で終了。
此れから寒冷化になっていくので、寒波などこれからは当たり前になる。そんな時代ですね。


では温暖化が始まる前はと言うと、これは江戸時代末期の風景。

東海道五十三次、蒲原宿

2014-12-13広重の浮世絵蒲原new

雪の夜更け、いかにも寒そうな景色です。
右の二人は一日の労働を終えた駕籠かき、左の傘をつぼめて杖を頼りに歩いているのは按摩。
真夜中に働いている人の姿が良く表現されています。
安藤広重の傑作のひとつ、1832年頃のモノ。
今から180年位前はこんな雪が当たり前だった。


もう一つ別の雪景色を。
日本を空から見れば・・・ どんな風に見えるか。
此れも安藤広重の傑作、名所江戸百景「深川洲崎十万坪」、
深川洲崎とは現在の東京都現代美術館辺り(東京都江東区)である。

空高く舞う鷲が大きく翼を広げている。遠くに見えるのは筑波山。
現在のように飛行機も気球もヘリコプターも無い時代。絵描きのイメージだけで描いたものである。
この浮世絵は安政4年閏五月(1857年)出版されたもの。

blog_import_52b3e8dc1cdc6.jpg


では現在の目で見ると江戸と東京の違いはどうなっているか。
これは東京スカイツリーから見た同じ方向の写真。
遠くに見える筑波山を比べてみてください。

blog_import_52b3e8de79f41.jpg

スカイツリーは墨田区押上、深川洲崎=東京都現代美術館辺りは江東区三好。
だから距離にして3キロ位しか離れていないと思う。

この東京が広重の絵のような雪景色になるかもしれませんね。
まあ雪見酒は楽しいでしょうが、雪に不慣れな人が多い昨今。
準備だけは抜かりなくやりましょう。

そして明日は衆議院議員の選挙。ぜひ投票して新しい未来を開きましょう。


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2014-11-22 10:05

宿泊客を狙うウイルス「ダークホテル」に要注意<追記あり

 先週知人と話しをしている時の事、日本はコンピュータのセキュリティが大甘との事でからこんな話題になった。
曰く、ロシア系のコンピュータセキュリティ会社「カスペルスキー」が日本のホテルをチェックし、日本の主要ホテルは7割くらいは「ダークホテル」なるウィルスに感染している。極めて危険だ。こんな話だった。

カスペルスキー?、ダークホテル? どちらも私には初耳。
丁度日経にそんな記事が有った。

<以下日経より引用>

宿泊客を狙うウイルス「ダークホテル」に要注意
2014/11/12 6:30

 ロシアのセキュリティーベンダーであるカスペルスキー・ラボは2014年11月10日、高級ホテルのネットワークに侵入し、宿泊客のノートパソコンなどにウイルス(マルウエア)を感染させる「Darkhotel(ダークホテル)」攻撃が2010年8月から確認されているとして注意を呼びかけた。具体的なホテル名は明らかにしていないものの、日本でも被害例があるもようだ。

 Darkhotelは、コストをかけて実行される標的型攻撃「APT」の一種。攻撃者は何らかの方法で、大手企業の幹部などが宿泊するような高級ホテルのネットワークに侵入。ホテルのポータルに罠(わな)を仕掛けて、ネットワークに接続した幹部などのパソコンにウイルスを感染させて乗っ取る。同社の報告によれば、有名な正規ソフトのインストーラーに見せかけて、ウイルスを実行させるという。

 攻撃者は何らかの方法で宿泊客の詳細を入手し、情報を盗みたいような相手だった場合に、前述のような罠を仕掛けてウイルスをインストールさせる。インストールさせたあとには罠をすぐに消して、証拠を残さない。攻撃が行われたホテルに、同社の研究者がおとりのマシンを持って宿泊した際には攻撃されることはなかったとしている。

2014-11-22カスペルスキー1
図1 P2Pネットワークで配布された「Darkhotelウイルス」の例。復号プログラムとされている「AxDecrypt.exe」に仕込まれている

 だが最近では、Darkhotelのウイルスを使った無差別攻撃も確認されている。しかも、主な標的は日本だという。攻撃者は、日本のコミックや動画などの海賊版を暗号化し、P2Pネットワークに配布(図1)。海賊版をまとめたアーカイブファイル(圧縮ファイル)には、復号のためのプログラムを含める。この復号プログラムにウイルスが仕込まれており、海賊版の復号と同時にパソコンに感染し、そのパソコンを攻撃者が操れるようにする。

 カスペルスキー・ラボの調査によれば、感染パソコン数が多いのは、日本、台湾、中国、ロシア、韓国で、これらを合わせると全体の9割以上になるという(図2)。

2014-11-22カスペルスキー2

(日経コンピュータ 勝村幸博)  [ 2014年11月11日掲載]
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO79548470R11C14A1000000/

<引用終り>

カスペルスキーの発表については以下参照ください。

http://www.kaspersky.co.jp/about/news/virus/2014/vir10112014

http://blog.kaspersky.co.jp/darkhotel-apt/5392/

これは正にスパイ活動と言えるようだ。しかも既に活動を始めてから7年になるらしい。
しかも上掲円グラフを見れば分かるように、ターゲットは日本であることは間違いないだろう。
日本人VIPを狙ったスパイ活動であると考えるべき話。

そして日経記事には書いてないが、カスペルスキーのHPに依れば・・・

・ 解析されたマルウェアのコードから、攻撃者が韓国語を話す人物であることが特定されています。

・ 相当高価なサイバー兵器を購入可能なほど資金が潤沢なスポンサーが背後にいるか、ハイレベルな専門的技術を持つエージェントが関わっている、と考えられます。おそらく、その両方でしょう。

・ トレントクライアントを通じて配信される中国語のアダルト漫画の中に、トロイの木馬を仕込む方法もとられました。

・ この犯罪者たちは非常に慎重で、検知を防ぐ手段をいくつも講じていました。まず、マルウェアには非常に長い「潜伏期間」を持たせていました。このマルウェアが最初にC&Cサーバーに接続したのは、システムに潜入してから180日後でした。マルウェアはまた、システムの言語が韓国語に切り替えられると自滅するプロトコルを持っていました。


こんな事である。
これは私の推定だが、中国が手下の韓国を使ってやらせていると見てよいのではないだろうか。
カスペルスキーの記事を読むとそんなうさん臭いニオイがする。
特に多額のカネが絡んでいるようなので、個人の愉快犯のやった事とは全く次元の違うスパイであろう。

皆さま、どうぞご注意を!



* 追記します
日経記事のこの部分
>感染パソコン数が多いのは、日本、台湾、中国、ロシア、韓国で・・・

此処はカスペルスキーのHPではこうなっています。
犯罪者の活動の場は主に日本、台湾、中国でした。しかし、Kaspersky Labでは他の国々でも攻撃を検知しており、中には主な活動の場からは遠く離れた地域もありました

この記事のソースのカスペルスキーは犯罪者の活動の場は日本、台湾、中国と言っています。
しかし日経になるとこれにロシアと韓国を追加しています。

こんな所に日経が韓国に汚染されている尻尾が見えます。
日経は言いたいのでしょう。
だってオイラ韓国は被害者だよ。韓国は加害者じゃないんだよ・・・
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2014-09-24 21:35

これがカノ国の現実

 「じゃらん」という旅館、ホテル予約サイトが有る。
そこの口コミにこんな口コミが有った。

対象の旅館はこんな老舗旅館

2014-9-24草津温泉十二屋旅館


http://www.jalan.net/yad311379/kuchikomi/detail_07400856/

女性 / 30代
投稿日:2014/07/12
二度と 泊りたくない宿でした。
楽しい旅行がしたかったら, もう一回考えて予約すべき宿です。
お客さんに対するおもてなしとか, サービス精神が ぜんぜんない所でした。
5万円と言う高い値段で、期待して泊まったのに 、サービスとか、
食事は3000円のビジネスホテルの方が良いと思うほど失望して、もう二度と、
草津温泉は行きたくないです。

総合1部屋1風呂1料理(朝食)1料理(夕食)1接客・サービス1清潔感1
【2014年07月宿泊 夫婦旅行】
【宿泊価格帯】 22,001~23,000円(大人1人あたり/税込)
【宿泊プラン】『一番人気です♪』 湯畑源泉掛流しの露天風呂付和室  和室 朝・夕


旅館からの返信
返信日:2014/07/27
宿泊施設の商品でもある客室を壊した上に会計もせず逃げようとした挙句
警察を呼び裁判を起こす、韓国領事館に連絡するなど暴言暴挙を3時間もの間
繰り返して他の宿泊客や近隣の住民にまで迷惑をかけたのは御客様です。
御自分の都合が悪くなるとハングル語で話し出し会話にならない!
どの様な事を書かれても構いませんがサービス云々の前に会計はして下さい!
『おもてなし』以前の問題だと思います。



5万円の部屋に泊まったと言ってるが、実際は2万2千円らしい。
みんなバレてるのにねえ・・・


<書きかけでしたので追記します>

以下はタイでの経験から

タイのゴルフ場では特に冬場には多数の韓国人ゴルファーが大挙して(雲霞の如く)やってきます。
そんな人たちを受け入れるためゴルフ場にロッジを併設している所も結構ありますが、その一つのゴルフ場で聞いた話。

タイのゴルフ場では基本的に料金先払い。そしてロッジも料金先払い制をとったりするのですが、其れでも追加料金などが発生します。特に勝手に延泊したりするんだとか。
そして韓国人ゴルファーの場合、カネを払わずに逃げるケースが再三有るそうです。
私が聞いたときは三割位あると言っていましたが、流石に極端の例かもしれません。
そしてそんな奴を捕まえて無理矢理金をとろうとしても(勿論警察を呼んで)、無一文で全然カネを持っていないそうです。
買い物や飲食・遊興などに使ってしまっている。持っているのは帰りの航空券だけ。そんなケースが再三なのだとか。

この温泉旅館のケースも同じで、金を使ってしまった、或いは部屋を壊しても弁償できない、そんな事情なのかもしれません。
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2014-09-05 16:23

インフラにはハードとソフト、両方が必要

 矢野友遊さんと裏の桜さんが今回の広島の土砂災害に関連して、砂防ダムについてエントリーしている。

これが矢野友遊さんのエントリー
http://yuyuu2013.blog.fc2.com/blog-entry-4112.html

計画した砂防ダムが事業仕訳で建設できなかったらしい。

これが裏の桜さんのエントリー
http://sakuraura.blog.fc2.com/blog-entry-3085.html

そこでとり上げられている砂防ダムの話



そしてこれが裏の桜さんが取り上げたある方のコメント。

<以下引用>
これは、まやかしです。建設したての砂防ダムなら、このような効果は期待できるかもしれませんが、何年かすれば土砂が堆積して、このような効果は期待できません。
1回はせき止めたとしても、次は何の抵抗も無いタダの滑り台と化します
そして、その砂防ダムが決壊した場合は、より甚大な被害が予想されます。
(砂防ダム決壊で検索)
それに左みたいに滑り台のような河川はまずありません。山間部の川は、浅瀬、淵、広い河原、V字狭などの変化にとんだ川なのです。
そして、それこそが天然の砂防ダムなのです。
建設族議員や国交省役人、地元で多大な利益を得る輩の詭弁を真に受けてはいけません。
<引用終り>

私が何故このコメントを引用するかというと、
1、1回はせき止めても、次はタダの滑り台
2.日本にはこんな滑り台みたいな河川は無い
この2点が事実を知らない、見ようとしない妄想だからだ。

そこで今回の悲惨な広島の災害についてみてみたい。



最初に被災地はこんな所、これは一番被害の大きかった広島市安佐南区八木地区のグーグルアース航空写真。

2014-9-4八木四丁目グーグルアース

安佐南区の八木地区は山の東南側に開けた地形だ。そして後ろの山は非常に急峻で高い。最高地点は標高586メートルの阿武山。いかに急勾配か分かる。
しかしこの山のお蔭で八木地区は冬暖かい、住むにはとても素晴らしい。
交通の便も良い(航空写真には写ってないが、すぐ近くに山陽自動車道、広島自動車道が有る)、大変いい所なのだ。


これはNHKが放送した航空写真(国土地理院撮影)

2014-9-4安佐南区航空写真

山の斜面を這い上がるように住宅地が広がっている。
山の斜面には小さな谷が真っ直ぐ頂上に向かって伸びているのが分かる。


そしてこれは安佐南区八木を太田川の対岸から望んだもの(グーグルアースより)

2014-9-4八木を望む写真

素晴らしい景色だ。


そしてその八木地区から川の方を眺めるとこんな景色

2014-9-4八木四丁目写真

住宅地からの眺めも良い。



此処までの写真で分かる事。
この安佐南区八木は住むには素晴らしい所なのだ。
北に山、南に平野、東に大河、西に大道。これは古来都に最適な地形を示した言葉だが、正にその通り。
冬暖かく、恐らく住んでいる人はとてもいい所に住めたことの幸せを感じていたと思う。

だが一度目を反対側に向けて、背後山の方を見ると

これはグーグルアース航空写真の赤いA印の所にある砂防ダム(グーグルアースより)

2014-9-4八木の砂防ダム写真1


これは上掲A地点の砂防ダムを山側から見た所、この写真の時点では土砂は堆積しているがまだ砂防ダムとして機能している(グーグルアースより)

2014-9-4八木の砂防ダム写真2


これはグーグルアース航空写真のB地点の砂防ダム。(グーグルアースより)
1号砂防ダムとなっており、写真では真新しい。
矢野友遊さんが9基の砂防ダムを造ろうとしたが1基も完成しなかったと指摘ているので、この砂防ダムも少々古いかも。

2014-9-4八木の1号砂防ダム写真

此処まで、主にグーグルアースに載っている写真を紹介した。
写真を投稿した方がどんな方か知らないが、こんな砂防ダムを色々紹介している。
多分自分の住んでいる所の背後に潜む脅威に気が付いた方なのではないかと思う。


最後にこれが災害3日目の写真。

2014-9-4八木被災三日目写真(多分八木3丁目)

家のすぐ裏山、普段は森に隠れて、そこに沢がある事さえ分からないような所。
しかしいったん集中豪雨が降ると途端に牙をむく。
自然の恐ろしさを痛感させられる写真である。
私の知人も広島在住の方がいて、今はこの辺りには住んでいないが昔住んでいたことが有ると言っていた。
私にとっても他人事とも思えない災害である。


そして冒頭に戻って問題点として指摘したこと。

1、1回はせき止めても、次はタダの滑り台

これは古い砂防ダムの写真(最後から3番目の写真)を見ると理解いただけよう。何回かの大雨で流れた土砂をため込んでいる訳だ

2.日本にはこんな滑り台みたいな河川は無い

これはNHK放送の航空写真が良く示している。
急峻な山の斜面では沢は蛇行などしない(出来ない)。真っ直ぐ駆け下りてくる。これが日本の地形なのだ。


事業仕訳で砂防ダム建設を止めてしまったミンス一味の罪は重い。万死に値するとはまさにこの事だろう。
しかし砂防ダムさえ有ればいいのだろうか。
砂防ダムもやがては埋まってしまう。定期的に点検と土砂取り除きなどのメンテナンスが必要だ。

そしてそんな事で支えられている便利で快適な生活、その為の防災訓練などを普段することが必要ではないだろうか。
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2014-09-02 22:27

地震津波の実況生中継を聞いた話<続編

 一昨日「地震津波の実況生中継を聞いた話」をエントリーしたのだが、そこへぎっちょんさんと言う方から極めて興味深いコメントを頂いた。
何せ地震津波の実況生中継を聞いた経験と言っても驚かれると思うが、それの裏にあった話はこれまたビックリ。

俄かには信じがたい事なので、少し分かった事実を並べてみたい。

最初にこれがそのエントリー「地震津波の実況生中継を聞いた話

これがその実況生中継の部分

地震が起こったのは1993年7月12日の午後22時17分、北海道南西沖を震源とするM7.8の地震だった。
その地震で発生した津波の第一波は奥尻島青苗地区を5分後には襲っている。

その電話の内容・・・20年も前の話で記憶だけですが、今でもそれをありありと思いだせる位凄いレポートでした。

「NHKの〇〇です。今丁度取材で奥尻島青苗地区に来ています。
地震だ、津波が来るぞ、すぐ逃げろと地元の人に言われ、今高台につきました。
地震から5分くらい経ったでしょうか。
辺りは停電で真っ暗です。
しかし町の方から高台に避難する人の懐中電灯の光が続々と坂を上がって、こちらに向かっているのが見えます。
皆さん津波が来るぞ、逃げろ。高台に逃げろ。こう声を掛け合っています。
アッ、津波が来たようです・・・、早く、早く逃げてください・・・」

こんなモノでした。
正に津波襲来の実況生中継、本当にびっくりしました。

次にこのエントリーにぎっちょんさんから頂いたコメント

NHKが何をしたか!
私が、奥尻島に行ったときに島の人から聞いた話です。
「ほんの少し高いところに逃げればよいので、走って逃げた人は助かった。島の人間はそのことを知っていたが、高齢者などを運ばないといけないような人がいて、そういう人は車を使わざるを得なかった。たまたま、そのとき、違う番組の取材でNHKが来ていて、彼らも避難したのだが、後ろから来る間の列を撮影するために、ゆっくり走った。一本しかない細い道をNHKの車がのろのろ走ったために、後ろの車は逃げ遅れた。あのとき、NHKが来ていなければ被害はもっと少なかっただろう。証拠は、何よりNHKが流した映像だ。光が一列になって、車が走っているところがはっきりと移っている。
だから、島には、NHKのことをよく思っていないものが多い。」

2014-09-01 06:26 URL ぎっちょん



所でそのNHKが放送した地震津波の実況中継、どこかに残っていると思うのだが見つからない。
その代りにNHKの方が地震津波災害についての報道のあり方などを調査したこんな資料が有った。
北海道南西沖地震津波災害(1993年)
http://www.jsce.or.jp/library/eq10/proc/00034/81-8-101279.pdf
作成者はNHK放送文化研究所 研究主幹 小田貞夫氏である。

そのレポートにこんな記述が
2014-9-2奥尻島青苗1

赤のアンダーラインは引用者が追加。


さてでは津波前と津波後の様子の分かる写真を

2014-9-2奥尻島青苗2

青苗5区は建物が全く無くなっている。凄い被害である。
そして青苗地区の復興ではこの岬の5区は住宅は建てず、公園などにした。だから現在は岬地区と言うらしい。

一寸初めに戻って、地震の震源と津波の方向など

2014-9-2奥尻島青苗3

この図でこれ以上説明不要だろう。
奥尻島のすぐ沖で発生した地震、津波の第一波は地震の5分後に西側から青苗地区を襲った。
最初の被災地区がNHKスタッフが宿泊していた青苗5区だった。
その後津波は北海道で反射し、今度は反対側(東側)から奥尻島を襲っている。

NHKスタッフは上掲写真にあるように港周辺の街中の狭い一本道を高台を目指した。
その狭い道がどんなものか震災前の写真が有る。

2014-9-2奥尻島青苗4

これは青苗地区の中央部、港のほぼ真ん中あたりの震災前の写真。
漁師町独特の狭い街並みが分かると思う。
メインストリートでさえ、クルマ1台通るのがやっとなのだ。

そして青苗地区の被災状況

2014-9-2奥尻島青苗5
出所
http://sim.nilim.go.jp/Okushiri/top.asp

だが此れだけでは良く分からない

2014-9-2奥尻島青苗6
出所
http://www.cpij.or.jp/com/edit/291/TOSHI049-053.pdf

ここで死者数が合わないのは下の地区別集計表は行方不明者が入っていないが、上の表は死者。行方不明者合わせた人的被害者数になっているためだ。(行方不明者総数は27名だが殆どは青苗地区)

此処まで調べてやっと私は事の真相にたどり着いた。
奥尻島青苗地区が悲惨だったことは知られている。
しかし青苗地区の人は10年前の日本海中部地震でも津波被害を受け、死者も出ている。
その経験から、そしてこの地震は極端に近くで起こった地震という事は初期微動から本震までの時間がごく少ない事で分かっていたと思われる。だから逃げるのは敏速だったようだ。
その結果、港周辺の被害は少ない、そう言うことだと思う。

そしてこの写真

2014-8-31奥尻島青苗地区の地震直後の写真

この写真の高台への避難階段がいやに新しい事に気づかれたと思います。
この階段は10年前の日本海中部地震の経験から高台への避難の為に何ヶ所か設けられたもの。
此れが有ったので港周辺の低地に住んでいた人はこれを駆け上がって助かった。

しかし一番先端の5区(現岬地区)にはこんな高台が無いので青苗地区の死者の大部分がこの地区の方だった。

何年か後、奥尻島の復興状況を調査したレポートが有る。
その最後はこんな風に書いてある。

2014-9-2奥尻島青苗7

人口1300人ほどの青苗地区で100人を超える死者・行方不明者を出した。大変な大災害だったが10年前の経験が生きており、何とか助かった人が多い。
しかし死者の大部分は高台から一番遠い岬地区(旧5区)、ここでは3人に一人が死んでいる。
クルマで逃げようとしたことが裏目に出たのだが、若しあの時大NHK様がいなかったら・・・
助かった人が多かっただろうなあ。
島の人はそう考えているようだ。


最後に冒頭引用したNHKのレポート。
そこには「そんなに急いでいるように見えなかったこの人たちの大部分は途中で津波にのまれて亡くなった」
この言葉にこそ問題の本質が有るように思えます。
若し奥尻の人がこれを読んだら・・・
多分激怒するでしょう。


以下は私の独断と偏見で見た見方です。
奥尻島の人たちは各方面からの色んな援助に感謝し、車で逃げ、渋滞につかまって命を落とした人が多かったが、その無念を胸にしまいこんでNHKを非難しようとはしなかった。

しかしNHKの担当者や関係者は自分たちのやった事がいかに大きな結果を招いたか、そんな事を顧みる事は無い。
そしてこんな傲慢な姿勢の裏には、これは朝日新聞などにも共通するのだが、マスコミ連中の高禄を食む体質が有る。
ひとよりはるかに高い給料をもらっていると、それだけで自分は偉くなってしまった錯覚に陥る。
そこに国民の意識とは乖離した傲慢さが出てくる。
この傲慢さが可笑しな捏造報道などの原因になっているのではないか。

今回の件でNHKが原因で命を落とした人が何人いるかは分からない。
しかし調べてみると決してゼロではない筈だ。
奥尻の人たちが、「NHKが~」と言う代わりに、こんな時「車で逃げるのはダメ、それが教訓だ」と言っている事の意味を考えるいい機会だと思う。
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2014-08-31 13:50

地震津波の実況生中継を聞いた話

 日本海沿岸で津波を起こす可能性のある大規模地震の想定を、政府の有識者検討会がまとめ、8月26日公表した。
これについて、地震から5分程度で20メーターもの津波が押し寄せる可能性が指摘され、如何すればいいんだと言う意見もある。

此れで思い出したのが今から21年前の1993年7月12日発生した北海道南西沖地震。この地震で北海道奥尻島では地震後5分位で大津波が押し寄せ、大災害となった。

そしてこの時、この大地震津波の津波直前の現地レポートをNHKラジオが放送、愛知県在住の私が聞いた事が有る。
何か偶然の塊のような話だがその顛末は・・・

最も被害の大きかった奥尻島青苗地区にNHK函館放送局の自然番組取材のスタッフが当夜泊まっていた。
そして地元の人の津波が来る、逃げてくださいと言う事で直ぐ高台に避難。そこからNHKに電話で状況報告したのだが、それがNHKラジオでリアルタイムで放送された。
それを私が、丁度帰宅途中のクルマの中のカーラジオで聞いた。こんな事だった。

今考えても本当に貴重な経験。丁度いい機会なのでその一部始終を紹介します。


地震が起こったのは1993年7月12日の午後22時17分、北海道南西沖を震源とするM7.8の地震だった。
その地震で発生した津波の第一波は奥尻島青苗地区を5分後には襲っている。

その電話の内容・・・20年も前の話で記憶だけですが、今でもそれをありありと思いだせる位凄いレポートでした。

「NHKの〇〇です。今丁度取材で奥尻島青苗地区に来ています。
地震だ、津波が来るぞ、すぐ逃げろと地元の人に言われ、今高台につきました。
地震から5分くらい経ったでしょうか。
辺りは停電で真っ暗です。
しかし町の方から高台に避難する人の懐中電灯の光が続々と坂を上がって、こちらに向かっているのが見えます。
皆さん津波が来るぞ、逃げろ。高台に逃げろ。こう声を掛け合っています。
アッ、津波が来たようです・・・、早く、早く逃げてください・・・」

こんなモノでした。
正に津波襲来の実況生中継、本当にびっくりしました。


ちょっと参考までにその青苗地区と言うのはどんな所かというと

2014-8-31奥尻島青苗地区航空写真


そしてこれが地震直後の様子、津波と直後の大火で町は壊滅状態、
2014-8-31奥尻島青苗地区の地震直後の写真


その青苗地区は海に近い低地に353世帯、1015人は住んでおり、最終的に死者・行方不明者107人と言う大災害となった。
そして地元の人はその10年前の日本海中部地震でも津波被害を受けていたので、地震が有れば津波が来る。そう思って避難することを常日頃考えていたようです。
ですから地震から津波襲来まで僅か5分、それで住民の死者が約1割と考えるか、9割の人が逃げおおせたと考えるか。

私はよくぞあれだけの大津波で、9割の人が逃げおおせた、凄い事だったんだなあ、そう思っています。

尚その後現地調査した結果、生き延びた人と逃げ切れなかった人の差はホンの紙一重の差だったようです。
或る報告によれば
”助かった人からの聞き取りでは「モノを持ち出す余裕は無かった、とにかく逃げようと思った」「全速力で走った」「隣の家の人は、モノを取りに戻って逃げ遅れた」「サンダルをつっかけて逃げた、靴を探していたら逃げ遅れただろう」などの証言を得た。一瞬の判断と機敏な行動が生存につながったのである。”
こんな事の様である。
以上は下記参照ください。
http://www.jsce.or.jp/library/eq10/proc/00034/81-8-101279.pdf

尚NHKスタッフはクルマで逃げ助かっていますが、その後クルマで逃げようとした人は渋滞で動けなくなり、かえって逃げ遅れて亡くなった人が多いと聞きました。
こんな時は下手にクルマで動くのは危険、そんな教訓だと思います。

東日本大震災の時は昼間でしたので未曾有の大災害でしたが、皆さんTVなどで実情をよくご覧になったと思います。
この奥尻島での災害は夜、それも停電してしまった時どうするか、そんないい教訓になったのだと思っています。

明日は防災の日。私の拙い経験が何かの参考になれば幸いです。


尚最後にこの地震の前兆現象は無かったと言われています。
しかし地元ではこんな事も言われているようです。
”奥尻島・住民たちの証言 
「まえぶれはあったさ。町営『神威脇温泉保養所』の湯温が、普段60度前後のものだが、地震の10日ほど前から80度から90度くらいに上がって、いつもの3倍も水でうめたよ」
「ここはネズミの多い所だが、地震の半月前からネズミがピタッと姿をみせなくなったさ。あのネズミはどこへ行っただか」
「普段は釣れないような魚があがって、何かおかしいって話してただよ」
「津波で助かったのは着のみ着のままで逃げたモンだけさ。こういう時は欲張っちやいかん。身体だけ助かればいい。逃げる時は身軽が一番」”
引用元
http://www.bo-sai.co.jp/sub8.html
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2014-08-26 11:08

マックが苦しんでいる

 ハンバーガーのマクドナルドが苦しんでいる。中国の期限切れ鶏肉問題から消費者がソッポを向いたのだ。
実は私は若い頃はマクドナルドが好きだった。

日本マクドナルドの創業者藤田田が1号店を東京銀座、2号店を名古屋金山に出店した時、私は喜んで飛びついたミーハー族であった。
その頃は一度にビッグマック・ダブルチーズバーガー・フィレオフィッシュと3個も食べていたので、まあ大食の部類・・・

しかし十数年前からどうもおかしいなあと思っていたのだが、今回の期限切れ鶏肉問題でマクドナルドは深刻な問題を抱えたようだ。
マクドナルドで何が起こっているのか、日経に記事が有った。
しかし、その前に長男がマクドナルドにメンバー登録していて、ときどき商品の紹介メールなどが来ているのだが、今回初めてお詫びメールが来たと言って驚いていた。最初にそれの紹介から。
メールは2本に分かれていた。


<以下マクドナルドのお詫びメール1本目を引用>

チキンマックナゲットに関する報道につきまして
2014/8/6

弊社「チキンマックナゲット」の一部納入元「上海福喜食品有限公司」に関する報道がございました。
お客様には、ご不便、ご心配をおかけし、大変申し訳ございません。

日本マクドナルドは、報道のあった「上海福喜食品有限公司」から、国内で販売する「チキンマックナゲット」の約2割を輸入しておりましたが、報道を把握した7月21日(月)をもちまして、該当の「チキンマックナゲット」の販売を中止いたしました。

現在、マクドナルド全店にてお求めいただける「チキンマックナゲット」は、すべて他の取引先の商品に切り替えております。
また、その他のチキン商品につきましても当該業者からの供給は受けておりません。

マクドナルドでは中国メディアの報道を確認後、「上海福喜食品有限公司」への発注を中止するとともに、直ちに「上海福喜食品有限公司」に事実確認の調査を行っております。

当社は、今後も安全で美味しい商品をお客様に安心して召し上がっていただくべく、最善を尽くしてまいります。

<以下マクドナルドのお詫びメール2本目を引用>

安心・安全な商品を提供するための取り組みを強化
2014/8/6

日本マクドナルドは、お客様からの商品の品質と安全性の確保に対するご要望にお応えするため、商品情報の透明性を高め、品質の確保に貢献する、3つの対応策を決定、準備が整ったものから実施をしています。

1.メニューの原材料の最終加工国、主要原料原産国の情報公開

2.下記対象サプライヤーへの臨時追加監査の実施と毎月の現場での作業確認の実施
・(チキン以外の製品を製造している)中国のサプライヤー
・タイのチキン製品サプライヤー

3.中国製製品と、タイ製チキン製品の日本国内での品質検査を高頻度に実施

日本マクドナルドは「すべてを、お客様のために」の方針のもと、お客様からのマクドナルド商品へのご不安の高まりに対応し、チキン商品を全てタイ製に切り替えました。
マクドナルドは、お客様にご提供するお食事の品質と安全を最も大切にしております。
今回、お客様に安心してお食事をお楽しみいただくためには、商品がどこで製造され、日本マクドナルドがどのように品質や安全性を確保しているかをお伝えする必要があると考え、最終加工国、主要原料原産国の情報公開と品質管理体制の強化を決定いたしました。

<引用終り>


何故こんなお詫びメールを引用するか?
私は外食産業には全く縁のないモノづくりの世界に生きてきた。
しかしモノづくりの世界ではエンドユーザーの信頼を失うような品質問題は命取りである。
そんな事での長年の経験からこう考えている。

どんな良い方針、良い仕組み、良い設計をしたとしても、それが末端の作業者一人一人の「今日何をするか」と言う所まで展開しないと、(展開できないと、)単なるお題目に終わってしまう。
また人は指示したこと、話し合った事を100%理解できる訳できるわけではないし、やれるわけではない。
また年々歳々人は変わっていくし、取り巻く環境も変わる。正に現場は生きている訳だ。
そして困った事だが、中には悪意のある人も紛れ込んでいるし、出来心もある。

そんな目でこのメールを見るとこのお詫びメールは
「オイラは悪くない、悪いのは下請け、サプライヤーだ。オイラも被害者だ」
此れで首尾一貫している。
しかし他人のせいにしても、それで事態が改善されるわけではない。
今マクドナルドはお客さんがソッポを向いてしまい、売り上げ予測も出来ないくらいらしい。
先ず自分たちがどう変わるか、そこから始めない限り自体事態が変わることは無いだろう。

昔ハンバーガーなる新しい食べ物をドキドキしながら食べに行った、そんなオールド・マクドナルド・ファンとして、是非この難関を乗り切ってほしいものだと思う。


以下は日経の記事である。大変良く分析している。
長文だが日経記事は有料なのでここに全文を引用する。
色々突っ込みたい所も有るが、長文なので今回は紹介にとどめたい。

但し以下の一言こそアメリカ式経営の問題点と今後の方向を示していると考えている。
「現場を見ないで、本社が理屈だけで考える戦略が限界にきたのではないか」
正にその通りだと思う。





<以下日経より引用>

マクドナルド、現場を襲う負の連鎖
2014/8/25 7:00
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO76012310S4A820C1000000/

2014-8-26マクドナルド現場を襲う負の連鎖
(引用者注:三人の顔写真は左から日本マクドナルドの創業者藤田田、IT企業からやってきた原田泳幸(現ベネッセ社長)、サラ・カサノバ現CEO)

 中国上海市の仕入れ先が使用期限切れの鶏肉を使用していた事件が起きて、日本マクドナルドホールディングスの店頭から顧客が目に見えて減っていった。既存店売上高は急落し、業績の予想すらできない窮状に陥っている。その客足が遠のいた店舗を歩くと、「迷走する経営」があぶり出されてくる。

■混乱のマック本社

 「30年以上、マクドナルドで働いているが、こんなにお粗末な失態は初めてだ」。京都府の店舗オーナーは呆れた口調で語った。

 8月20日、日本マクドナルドは、料金の過剰徴収を発表した。18日から「マックウィング」と「豆腐しんじょナゲット」を通常の半額程度の120円に値下げした。ところが、150円で販売する店が続出、全3135店の8割以上にあたる2583店で過剰請求が起きていた。

 背景にはマクドナルド本社の迷走がある。キャンペーン開始のわずか3日前に価格を150円から120円に変更する。だが、本社が一括管理しているレジの修正が間に合わず、120円と150円の2つのボタンが混在してしまった。しかも、190円のクーポン券がすでに配布されていた。

 「すべて120円で販売するように」という指示が全国の店舗に飛んだ。しかし、急な変更に16万人のクルー(店員)が対応できるはずがなく、批判の声が上がっている。

 「ドライブスルーでは客にクーポン番号を読み上げてもらう。それをいちいち商品名と値段まで確認している余裕はない」「100人近いバイトを管理している。こんな複雑なことを全員に徹底できない」

 7月下旬に、中国の加工メーカー「上海福喜食品」が期限切れの鶏肉を使用していた事件が発覚してから、1カ月しか経っていない。相次ぐ不祥事で、店舗には本社に対する不信感が渦巻いている。

 「そもそも、チキンとナゲットは客が敬遠している“NG商品”。在庫処分のつもりかもしれないが、それをキャンペーン商品にされて、店はたまったものじゃない」(兵庫県の店舗オーナー)

■「屋台の方が安全」

 外食産業の競争が激化する中、マクドナルドはヒット商品も不発で、今年2月から前年同月比の既存店売上高がマイナスで推移してきた。そこに、期限切れの鶏肉を使う映像が報じられ、7月の数字はさらに落下、17.4%減となった。

 事件が日本で大々的に報じられたのは、夏休みが始まったばかりの火曜日のことだった。週の平日は2割を超える減収となる店が続出。だが、影響の深さに店舗が震撼したのは週末のことだった。

 「休日は家族客が増えるはずなのに、ぴたっと子供連れが消えてしまった」(東京都のファーストアシスタントマネージャー)、「子供がチキンを頼もうとすると、親が慌てて制止する」(宮城県のセカンドアシスタントマネージャー)

 その週末、神奈川県の私鉄駅前にある店では、地元の祭りが開催されていた。だが、道はごった返しているが、店に人が入ってこない。売上高は、かつての4分の1程度に低迷し、平日の売上高すら下回った。「要するに、屋台の方が安全だと判断されてしまった」。そう言って、ベテランの店員は肩を落とす。

■赤字決算の危機

 販売急落は底を打ったのか。「少しずつ影響が減っている」。8月15日の取材で、日本マクドナルド上席執行役員の青木岳彦はそう語った。だが、その頃も、多くの店舗関係者が、休日には30%前後の落ち込みが続いていると証言している。

 「もし、売上高が3割の落ち込みになれば、赤字決算に陥る」。いちよし経済研究所主席研究員の鮫島誠一郎はそう予測する。

 野村証券エクイティ・リサーチ部エグゼクティブ・ディレクターの繁村京一郎は、今期の営業利益を91%減の10億円と見ていた。だが、その後に過剰徴収事件も起きている。「展開次第では、驚くべき決算になる」(繁村)

客を呼び戻すシナリオが描けない。しびれを切らした店舗では、愚直な取り組みも始まった。

■カサノバ会見の影響

 「チキンを買ってくれたお客さんには、おじぎの角度を10度深くしろ」。神奈川県の店長は、そう指導している。背景には、社長兼最高経営責任者(CEO)のサラ・カサノバへの批判が込められていた。

 7月22日、中国の期限切れ食肉事件が日本でも大きく報じられると、翌日には供給を受けていたファミリーマートの社長が陳謝した。ところが、カサノバは会見を開かず、1週間後の中間決算発表の場で、冒頭に謝罪の言葉を読み上げた。しかも、事件に「憤りを感じる」と被害者としての発言を繰り返す。「この件は1つの地区の、1つの工場による数人の悪意を持った従業員による行動。他のサプライヤーには当てはまらない」。そう言って不快感を露わにした

 「日本の消費者の気持ちをまったく考えていない。もし、店長が彼女のような態度をとったら、絶対にクレームがつく」(神奈川県の店長)

■「できるバイト」が消えていく

 そして、現場では負の連鎖が続いている。

 アルバイトやパートが「カット」と呼ばれる労働時間短縮を余儀なくされている。店舗では、30分ごとに販売の集計値が打ち出される。そこには、時間内の客数や売上高、サンドイッチ(ハンバーガー類)販売数、客単価などが記されている。そこに、販売状況に応じた必要な人数が明記されている。「プラス1」と書かれていれば、「売上高に対して店員が1人多い」という警告を意味する。

 「他のバイトと掛け持ちする『ダブルワーク』が横行している」(都内店舗のアシスタントマネージャー)。他の仕事が忙しくなり、去って行くクルーも少なくないという。

 マクドナルドでは、アルバイトやパートの店員も、研修を受けなければ店頭に立てない。その後も、一般のクルーに向けて「リーダー」「効率的なコミュニケーション」など10テーマの研修コースが用意されている。教材はすべて、米ハンバーガー大学の教授や専門家が作成し、毎年のように磨き上げている。「それを日本流に改良して、1つ上の階層の内容を盛り込んでいる。より高いマネジメントに移りたいという欲求が起きる」(人事本部ハンバーガー大学学長の中村浩)

 アルバイトにも、巨大な店舗を運営するマネジャーが存在する。それが、苦境で数字を積み上げる原動力となっていた。

 「かつて、売り上げが伸びない時は、(労働時間を)カットするのではなく、売り上げを作る方法を模索した」。関西の大型店舗でアシスタントマネージャーを務めたイーアンドシーエスサポート社長の掛川幸子は、そう述懐する。閑散時には割引券を配って客を呼び込み、試食サンプルを持って近隣のオフィスを回った。

 だが、今では「ブランドの統一感」が重視され、数値管理も厳格になっているため、店舗の裁量権は制限されてきている。それだけに、本社の失態が続く状況に、現場の不満が鬱積している。

 「現場を見ないで、本社が理屈だけで考える戦略が限界にきたのではないか」。かつて日本マクドナルドの代表取締役を務めた藤木努は、混乱の原因をそう分析している。

■「株価が半値になる」

 「ビジネスモデルが劣化し、客離れに歯止めがかかっていない」。そう指摘する野村証券の繁村は、8月8日に株価予想を下方修正、現在の2657円(8月22日終値)よりも47%低い水準となる1400円とした。鮫島も半年で1800円まで落ち込むと読む。そうなれば、2001年のJASDAQ上場時の4700円はおろか、業績が2期連続の赤字に陥って、アップルコンピュータ日本法人社長の原田泳幸を迎えた時の2380円をも下回る。8期連続で既存店売上高を伸ばした「原田マジック」の成果すら消え去ることになる。

 それは、米国生まれのハンバーガーチェーンを、独自の戦略で成長させた「“日本”マクドナルド」の終焉を意味する。産業界を代表する名経営者たちが率いた外食企業は、米国企業の一現地法人に戻ろうとしている。

 創業者の藤田田は、「日本化」を徹底することで、米国の食文化を日本に浸透させ、外食業界の頂点にまで押し上げた。だが、その強さが、次第に時代とのミスマッチを生み出すことになる。

■「デフレの勝ち組」の挫折

 藤田が東京・銀座の三越に1号店を出したのは1971年のこと。それまで海外の高級ブランド品を輸入販売する藤田商店を経営して成功を収めていた。その秘訣を藤田は「シュガーコーティング」と表現した。高級ブランド品でも、日本人好みに作りかえる(シュガーコート:砂糖でくるむ)ように、海外企業に指示を飛ばしていた。

 米マクドナルドの創業者、レイ・クロックとの交渉でも、「米国側のアドバイスは受けるが、注文は受けない」という条件をのませた。米本社が1号店の候補地を神奈川県の茅ケ崎と指定してきたが、「文化は銀座から日本中に広がる」と主張して譲らなかった。その読みは的中し、三越が予測した「日商15万円」をはるかにこえる「100万円」を達成、店舗網拡大の起爆剤となり、82年には小僧寿し本部を抜いて外食トップの座につく。95年にはハンバーガーを210円から130円に値下げしてヒットし、「デフレの勝ち組」とも称された。

 だが、世紀が変わる頃、経営の国際標準化と効率化が進む。そして、マクドナルドの日本的経営が問題を露呈することになる。

 一つは、店舗効率の低下がある。90年に776店だった店舗数を、10年間で5倍近い3598店に膨張させる。だが、専属の店長がいない「サテライト店舗」を大量出店し、商品構成が揃わず、ブランドの統一感が損なわれていった。商圏が重なるカニバリズム(自社競合)も起きた。2001年に念願の株式上場を果たすが、その審査で、マクドナルドから売上高の1%が藤田商店に「経営指導料」として流れていることが問題視された。

 上場後は業績が暗転、02、03年は2期連続の最終赤字に落ち込み、その混乱の中で藤田商店との契約が解除され、藤田は会社を去ることになる。

 そして、IT企業のアップルから原田を迎え入れ、「商い」から「合理的経営」へと大きく舵(かじ)を切る。

 原田が経営トップに就任した2004年以降、既存店売上高が急回復することになる。この復活劇は後に「原田マジック」と称されるが、彼はマクドナルドに2つの経営手法を持ち込んでいた。

 一つは「シーケンス(順番)戦略」というマーケティング手法だった。まず、荒れた店を立て直すため、QSC(品質・サービス・清潔さ)の向上だけに専念させる。そして、客の評価が上がってきたところで、「100円バーガー」などの値引き戦略を繰り出して、客数を爆発的に伸ばす。その後、新商品や値上げによって、客単価を引き上げていく。

 もう一つは、資産効率を上げる戦略だった。

 「原田さんの功績は、B/S(貸借対照表)の発想を持ち込んだこと。それまで、マックの社員はP/L(損益計算書)しか見ていなかった。B/Sはオーナー創業者である藤田さんが管理するから、考える必要がない」。マクドナルドの元幹部で、米マクドナルドのハンバーガー大学教員を務めた経歴を持つモスダイニング会長の友成勇樹は、そう原田を評する。

 原田がトップに就任した頃、直営店とフランチャイズ店(FC店)の比率は7:3だった。だが、米マクドナルドは、FC店が7割と逆の数字になっている。それは、ブランドと商品供給を管理することに重点を置き、リスクを極小化して確実に利益を上げることを意味した。店舗運営をFC店のオーナーに任せることで、資産がスリム化されて経営効率が上がる。人件費や労務管理の負担も大幅に軽減される。

■原田マジックの深層

 だが、FC店比率はすでに68%となり目標をほぼ達成している。そして、思わぬ副作用を生み出している。

 マクドナルドの売上高は、「直営店舗売上高」と「フランチャイズ収入」が合算されている。そのフランチャイズ収入に、店舗運営事業の売却益が計上されているため、営業利益をかさ上げする効果がある。多い年には年間43億円もの売却益が上がっていたため、原田の全盛期でも、市場関係者の間では「店舗売却がなければ減益ではないか」と囁(ささや)かれていた。

 こうしたFC化戦略の影響について、原田は8月23日、広報担当者を通じて「誤解のないようにお願いしたい」とコメントを寄せてきた。

 「FC店の1店舗当たりの売上高が1.8倍になっている。それに準じてキャッシュフローも潤沢になった」。そう成果を強調する。

 だが、「成功の代償」も大きい。店舗売却益という収益源が細っていくことは、今後の営業利益回復への道を困難なものにしている。

 もう一つの施策であるシーケンス戦略も、震災後、機能しなくなった。11年10月からビッグマックを200円にするなど次々と定番商品を値下げして話題を呼んだ。だが、値段を戻すと、プロモーション以前の売り上げに数字が戻らない。11年は売上高が減少に転じ、12年から減収減益に陥っている。13年の営業利益は、前年比53%減の115億円となった。

 これまでの(勝利の)方程式と違ってきた。原田はそう認めて、カナダ出身のサラ・カサノバにバトンを引き継いだ。カサノバは昨年8月に事業会社のトップに就くと、ファミリー層を中心とした店作りを掲げ、定番商品の価格を極端に上下動させない方針も打ち出している。

■スピード勝負の限界

 すでにデジタルプレイランドなど、子供向けの遊戯設備も開発した。だが、外食産業である以上、商品の価値と魅力を高めないと、本格的な業績回復には結びつかない。

 「マクドナルドの商品開発は極めて難しい状況にある」(外食関係者)。競合関係が複雑に入り組み、新たな定番商品を作る余地が狭まっている。「健康志向や高価格帯の定番商品を作ろうとしても、モスバーガーやフレッシュネスバーガー、サブウェイの牙城を崩すことは難しい」

 価格帯を上げにくい構造的な理由もある。マクドナルドの競争力の源泉は、スピード調理が可能な厨房システムにある。昨年1月、会計終了から1分以内に商品を提供できない場合、無料券を提供する「60秒サービス」を展開して話題を呼んだ。その背景には、多くの商品を35~50秒で作ることを目指してきた経験と実績がある。そのため、バンズ(パン)やパティ(肉)、野菜、ソースなどを「基本アイテム」として、この組み合わせで複数の商品を作り上げている。

 だが、高級バーガーとして食材が増えると、極限まで効率化された厨房に混乱を来す。昨年7月、1日限定の1000円バーガーを販売して話題を集めたが、「20分で売り切れる商品のために、練習をするわけにもいかない。ベテラン店員まで、新人のように戸惑ってしまった」(兵庫県の店舗オーナー)。結局、生産工程を大きく変更しなくても提供できる商品で勝負するしかない。スピード重視の価格訴求型商品となるが、そのカテゴリーには牛丼や回転ずし、コーヒーチェーン、コンビニエンスストアなど、効率化を追求した精鋭たちが揃っている。少しでも隙を見せれば、客を奪われてしまう。

 それだけに、チキンという主力商品を不振に陥れた期限切れ食肉事件は、大きな打撃となっている。決算の予想数字が出せない窮状は、販売現場が反転の糸口すらつかめていないことを意味する。そして、テコ入れを図ったキャンペーンが、直前まで価格決定で揺れて、挙げ句の果てに過剰請求を起こす…。

■組合の深謀遠慮

 売り上げの大幅減少によって、労働を「カット」される対象がさらに広まるという危機感が現場に広まっている。

 「退職勧奨の動きがある。それは何としても潰さなければならない」

 日本マクドナルドユニオン中央執行委員長の岡田篤の元には、社員からアルバイトまで、様々な職種から問い合わせが殺到している。「現場には雇用の不安が渦巻いている」。携帯電話やメール、SNSを駆使して、昼夜を問わず個別に相談に乗っている。

 組合はこの夏、連合傘下の金属機械業の産別組合、JAMに加盟することを決めた。「あえて中小零細の工場が集まる組合に入ったのは、マックの店と、規模や組織が似ているから。また、マクドナルドは経営陣と現場が離れすぎているから、組合だけでも、現場に近い存在でなければならない」

 その岡田は労使協力路線をうたっている。

 「中小の工場は、無理な要求をすると会社が倒れてしまう。だから、不要な資産の売却などを迫りながら、会社が傾かないように経営側と交渉していく。この手法が今のマクドナルドには必要だと思っている」

 現場で働く社員までもが、混迷の度を深める経営の行く末を憂慮している。果たして、マクドナルドは、外食王として君臨した時代の輝きを取り戻せるのか。これから繰り出す戦術で、もう失態は許されない。

=敬称略    (編集委員 金田信一郎)
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2014-08-15 22:42

中韓の靖国神社誹謗

 今日8月15日、千葉にいる長男から長女の所にメールが入ったそうだ。
長男は今日靖国神社に行ってきたとのこと。
何でも物凄い人出で、まるで正月の明治神宮みたいだとか。
シナ・チョーセンが騒いでくれるおかげで日本人に何が必要か、そんな事が津々浦々まで広まっているようだ。
良い事である。

所で今日晩飯を食べながら家族で話をした。
シナ・チョーセンが靖国参拝について「断固反対」などとたわごとを言っている。
長女はそんなモノ、幾ら相手が喋っても日本が報道を無視すればいいだけじゃないか。
何か文句を言ってきても、「エッ、今ニュースが一杯で高校野球なんかいい試合が有るもんだから報道できなかった」、何か問題でもあったのかね。こんな風に言えばいいと言う。

それも良い考えなのだが、この問題の奥にはトンデモナイ黒幕がいる。アメリカだ。
安倍さんが靖国参拝すれば「失望した」などとアホな事を言う。
今回も安倍政権にはアメリカから「参拝するなと圧力がかかっている」。
お蔭で安倍総理、麻生副総理は参拝できなかった。

最もそんな外圧の中でも石原慎太郎前東京都知事が参拝したら・・・ 何と周りの一般参拝者から「シンタローコール」が起こったそうだ。
こんな所をアメちゃんはどう見ているだろうか。

所でこんなアメリカの外圧の原因を話し合った。
実は米軍は日本の靖国参拝も集団的自衛権も賛成である。
当り前だ。
戦争で命を落とした軍人に尊崇の念を示さない政治家の為に命がけで祖国を守る、そんなことが出来る筈がない。
もしそんな政治家だったら・・・ 祖国防衛?? そんな物知らん、お前ら勝手にやればいいだろ。こうなってしまうからだ。

しかしアメリカの金融資本、ウオール街は日本が嫌いである。
彼らは国境を取り払い、世界を自分たちで想いどうりに動かそうと思っている。
そんな中には独自の文化と古い伝統を持ち、2千年の歴史のある皇室を元首に持つ日本。
彼らから見るとナショナリズムの権化、目の上のタンコブなのだ。

そしてそんなアメリカのヘタレ大統領オバマから日本に靖国云々の外圧がかかる。
此れの尻馬に乗っているのがシナ・チョーセンと言う構図が出来てしまっている。

今日8月15日はそんな事を否応なく明るみに出してくれたと言う意味で大きな意味のある日となった。
変な話だが、シナチ・ョーセンには有難うの一言くらい言わねばいけないかも・・・(笑)

しかしこんな中での日本丸の舵取りは難しい。
こんな時に枝葉末節に拘って政権批判していれば、正に敵の思う壺になる。
日本人一人一人の覚悟が今以上に試されることになるだろう。

今我々が出来る事・・・
先ず手始めはアカヒ新聞の不買運動辺りからかな。
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2014-08-15 07:58

 今月は毎年恒例でお寺参りの月である。
私は色々経緯が有って仏壇を二つ祀っているので、盆には宗派の違う二つの寺にまいる事になっている。
一昨日にはその内の一つ、浄土真宗の寺へ、ここは義父が亡くなってから行くようになったのだが・・・

住職が若い僧侶を後継者として紹介してくれた。若い僧侶はちょっと一言と言って南無阿弥陀仏の説明をしてくれた。
南無はインドの言葉で帰依しますとか信じますと言う意味、阿弥陀仏は仏様の名前。そんな事を言っていた。
最後に言ったのが「お経の最後の行には唯可信斯高僧説(ゆいかしんし こうそうせ)と書いてあります。偉い御坊様の言っている事を信じなさいという事です」。こんな話だった。
(注:親鸞の正信偈に有る言葉)

この正信偈と言う経典は私にとっては面白い。
この「印度西天之論家」の西天と言うのはガンダーラの事なんだろうなあとか、
「三蔵流支授浄教」とあるから、孫悟空の親分の三蔵法師がこんな所に出てるんだなあ、西遊記の世界だなあ、こんな事を考えながら聞いていると実に面白い。(影に声:不謹慎である、喝!)

所でこの南無阿弥陀仏は仏教の言葉だが、日本には最近九条教(九条狂)を信仰している人が多い。
九条教(九条狂)では「平和! 平和!」と唱えれば敵が攻めてくることは無いし、殺されることも無いと教えているらしい。
そして最後は「偉いセンセ、例えばノーヘル賞の某大江センセが言っているんだから信じなさい」、こんな教えである。

南無阿弥陀仏と唱えても、それは自分の問題だから、それで他人に迷惑をかけることは無い。
しかし九条教の人たちはそれで平和になると言って他の人に押し付ける。実に迷惑な存在だ。
お題目で平和がやって来るなど、この世界には存在しない。そんな事など毎日毎日世界中起こっている。

盆が過ぎたら九条教信者も静かにしてくれるかなあ。
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2014-07-31 19:06

ブログに載せるのもはばかられる話ですが

 昨夜長女からメールが届いた。
沖縄の新聞にこんなひどい投稿が載っているのだと言う。

2014-7-31プロ市民

千手観音で辺野古阻止
仲○達○ 89歳

 今年3月、わが妻の病気の関係で永住予定だった那覇のマンションを売却、横浜の自宅に引き上げることになった。その際に、本誌投稿マニアで親友の池○金○さんと、辺野古移設の工事が始まったら、阻止の座り込みをしようと約束した。

 もし機動隊がごぼう抜きを始めたら、腕に覚えのある空手で抵抗する。身柄拘束まで闘おう。拘束されたら留置場で窓ガラスを割り「沖縄人差別はやめろ!」と大声を上げる。90歳前後の老人が100人拘束されれば、沖縄の若者が一気に千人2千人と警察に抵抗するだろう。

 さらに、どんな願いでもかなう、宇宙の無限力を活用して「内閣消滅」を願う。雷が発生し、海上保安庁が動員した100隻の船舶を、神風が襲い湾底のくずにする。

 千手観音と言う仏像がある。これこそ宇宙の無限力、一念に千の働きがある。辺野古の基地建設は総崩れだ。 (神奈川県横浜市)


<引用終り>

89歳と言えば大正13年か14年生まれ位か、いずれにしても長い事生きてきて一体何を学んだのか?
本人は沖縄人と言っているが、年齢からみて本当に沖縄人なら沖縄戦に言及しそうなものなので沖縄人ではないだろう。
 仲○達○という名前で、 〇代〇也氏に見せているが、彼は昭和7年生まれの筈。おまけに奥様は随分前に死去している。
有名人に思わせる所など意図的な投稿なので、完全なやらせ投稿と思う。

プロ市民なるわけのわからない連中が沖縄を食い物にしているが困った事である。

尚こんな考え方の人間はイザ戦争になると真っ先に逃げ出す、敵前逃亡の危険の高い奴である。
災害などでパニックが発生すると真っ先にキャァッと大騒ぎして人助けなど決してしない連中。
会社などでも事故やトラブルが起こった時、一番障害になる人間なので、絶対重要な所には配置しなかった。
心して見なければいけない奴である。
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2014-06-18 22:29

反差別と言う差別が暴走する

 昨日発売されたニューズウィーク6・24号に「反差別と言う差別が暴走すると言う記事が有る。
こんなモノだ。

2014-6-18newsweekしばき隊記事

所で裏の桜さんの17日のエントリーにこんなモノが有る。
[「反ヘイト」という名のヘイト]・・・本当のことを言われた!!悔しいです!!
http://sakuraura.blog.fc2.com/blog-entry-2927.html

裏の桜さんの記事では、有田ヨシフ・スターリンがこのニューズウィークの取材を受けたが、その記事が気に入らなかったらしい。それで「本当のことを言われたニダ!!悔しいニダ!!」と言う記事をモノにされたようだ。
私は昨日所用で名古屋に出かけたので丁度発売されたこの雑誌を買ってきたところ。そこに裏の桜さんのエントリーが有ったので読んでみました。
いやあ御尤も、至極当たり前の記事で本当の事を言っている。確かに本当のことを言われて火病を起こしたようだ
有田ヨシフ・スターリンの事は上掲裏の桜さんのブログをご覧ください。

さてではそのニューズウィークにはどんな事が書いてあるか。
タイトルにあるように暴走する反差別と言う差別が暴走している、そこを書いている。

最初に在特会の行動について解説し始め、その後反差別についてこんな記述が
「今やデモ現場の主役は「在特会」では無い。中指を突き立てて、拡声器で歩道から「死ね」と聞くに堪えない罵声を浴びせる「しばき隊」や「男組」といった反ヘイト団体だ。」
このしばき隊の大ボスは有田ヨシフ・スターリンである。

所でその中指を突き立ててと言うのは何の合図なのか、日本人にはピンと来ない。
こう言う仕草である。

2014-6-18しばき隊とヨシフ

この写真のヨシフ・スターリンの横の男が中指を突き出している。この仕草なのだが・・・。

2014-6-18F・Uの仕草

この写真はBBCのキャスターがしているのだが、意味は「ファック・ユー(FUCK YOU)」、FUCKは性交するとか強姦すると言う意味。直訳すればお前を強姦するぞと言う意味だが極めて攻撃的なニュアンスの言葉である。
この言葉の意味については以下エントリー参照ください。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-608.html

FUCK YOUは日本語に訳せばこのクソ野郎といった感じだが、この一言で言われた相手が激怒する言葉。
残念ながら日本語にはこんなニュアンスの言葉が無い、しかしこれを聴いた、或いはこんな仕草をされた欧米人は恐らくきわめて不快に感じる言葉である。
その背景にはヨーロッパではいろんな民族が攻めたり攻められたり、そしてそんな時女を見たら強姦する、こんな事が当たり前であった。そして誰それのおばあさんは戦争で兵士に強姦され気が狂って死んだ、こんな悲しい歴史が連綿と続いてきたことがこの言葉の裏にある。

だからこんな写真、
2014-6-18しばき隊2

これは上掲ニューズウィークの記事の中にある写真だが、このデモ参加者が持っているプラカードに書いてある「FUCK RACISM」、日本人は「バカ野郎」とか「死んじまえ」と言う意味で使ったと思われるが、下品そのものの言葉である。
おまけに日本で日本人がやっているデモなのにどうして英語なんだ?
いや失礼、あんたがたは日本人じゃなかった、そう言う事だったんですね。

こんな事を書いているとだんだん腹が立ってくるのでこの辺で終わりにします。
今発売中のニューズウィーク、面白いのでよろしければ是非どうぞ。
  1. 社会一般
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2014-05-05 09:40

FC2コメント欄の不思議

 FC2コメント欄では時々「不正な投稿」とのメッセージが出ることが有る。
今回kazkさんが私のエントリーにコメント下さったのだが、実は不思議な事が起こっている。
どんな事かと言うと。

これはkazkさんから私へのコメント。

2014-5-5コメント異3

こんな事でkazkさんがコメントしようとしたのが5月4日18時20分頃。
そしてkazkさんは私のコメント管理欄の「迷惑コメント」の所にあるから承認してほしいと仰っていた・

私がこのコメントを見たのが約1時間後の5月4日19時半頃。
その時はコメント管理欄はこうなっていた。

2014-5-5コメント異常2

そして迷惑コメントフォルダ位には何もない状態だった。

この赤丸印のコメントを見てください。

2014-5-5コメント異常1

kazakさんのコメントは
1、案外洗脳ではないかもしれませんよ
2、ソビエト崩壊説の先達たち
3、投稿が不正とされました

こうなっている筈である。
しかしエントリー本文を開いてコメントを見てみると”ソビエト崩壊説の先達たちメントが無い”
一方コメント管理欄を見ると”該当コメントはある事になっている”

この事は昨日の段階では「コメント管理欄」しか見ていなかったので気が付かなかった。
しかし5月5日朝の段階でもこの状態である。

此れではよほど気を付けていないと分からない。
今回はkazkさんがご自身のFC2ブログにこの件をアップされたので異常に気が付いた次第。

早速FC2管理者に異常報告と対策をお願いせねばいけない。
早急に連絡したいと思います。




FC2より回答が有りました。以下の回答です。(5/7 11:40受領)

FC2事務局でございます。
いつもFC2サービスをご利用いただき、ありがとうございます。

お問い合わせいただいた件に関してですが
弊社にてコメント投稿動作を調査いたしましたが
同様の現象は再現されない状態となっております。

お手数ではございますが、再度現象が再現された場合は

・コメント投稿したブログ記事URL
・コメント投稿後、コメントが表示されたブログ記事URL
・コメント投稿日時詳細
・投稿したコメント詳細(コメント投稿者名、コメント内容など)

を、再度当サポートまでご連絡くださいませ。

以上、今後ともFC2を宜しくお願いいたします」


こんな回答でした。
これからこんな事が起こりましたら上掲のデータを明らかにしたうえでFC2と話し合いたいと思います。
  1. 社会一般
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2014-04-27 10:14

モノづくりの原点

 今日は最初にNHKの宣伝から始めたいと思います。
何だと?? 犬HKなどと悪口言っていたのに如何したんだ、陽気のせいで頭が可笑しくなったのか? と言う話しはちょっと置いといて・・・

実は前のエントリーでTaigenさんから「日産の凋落はソニーの凋落に似ている」、そんな話が有った。
そしてソニーの凋落についてスティーブ・ジョブズとビル・ゲイツの対談ビデオを紹介していただいた。
この話を私なりにエントリーするつもりなのだが、その前にモノづくりの原点について実にいいテレビが有った。
皆様のNHKの紀行番組「小さな旅、奈良県十津川村、村で一人の鍛冶屋」、こんな番組である。


NHK 小さな旅 【 マチで 唯一の 鍛冶屋さん 84歳 】1/2


NHK 小さな旅 【 マチで 唯一の 鍛冶屋さん 84歳 】2/2


昔ながらの正に鍛冶屋さん
2014-4-27村の鍛冶屋1

昔はどこの村・町にもこんな農鍛冶があった。作るのは主に鎌や鍬などの農作業道具。
そして外には学校帰りの子どもたちがいつもウロウロ、トンテンカンと叩く槌の音を聞いていたものだった。
(トンテンカンは鍛冶屋の音だが、真っ赤に焼いた鉄を金床の上にのせ、親父が金槌でトンと叩く、反対側にいた先手の若い衆二人が大きな金槌を振り上げ、テン、カンと叩く。だからトンテンカン)


所で私が言いたいのはこの鍛冶屋のオヤジさんのこの場面

2014-4-27村の鍛冶屋2

これは動画の2/2に出てくる場面なのだが、依頼主のお客さんの注文の品を親父さんが説明しながら渡している所。依頼者のお母さんは高齢で畑仕事をするのに鍬が重くて使いにくい、村の鍛冶屋さんに「ワシのオフクロが使いやすいような小さくて軽い鍬を作ってくれ」と頼んだ。今日その鍬が出来たので取りに来たところだった。

こんな所にこそモノづくりの原点が有る。
もの造りは使う人の使い方、体の状態などを考えて一番それに合うモノを作る。作り手と使い手が直接対話して最適なものを作る
大量生産ではこんな事は不可能なのだが、ここではそれが生きていた
、そんなシーンだった。

そしていくら機械化が進み、大量生産の時代になってもこんな老鍛冶屋のオヤジの心は現代のモノづくりにも必要だ。それを忘れると単に儲かればいい、そんなモノ造りになってしまう
お手本のコピーをしている分にはそれでもいいのだが、お手本の無い時代、トップを走る企業になったらそんな考えでは駄目で、お客さんの必要なものを先取りする姿勢が無いとダメ。
そんな事の原点が村の鍛冶屋だったという事である。


さて村の鍛冶屋と言えばこんなモノ


この曲を聴いて、懐かしいなあ・・・SPかあ・・・と思った人はかなり古い方。
レコードと言えばLPだよなあ、昔はよく聴いたなあと思った方は・・・
これを聴いて、初音ミクちゃんの方がうまいよなあ、こんな方は若者かな。

この曲の歌詞はこんなモノ。

2014-4-27村の鍛冶屋歌詞

これは戦前の歌詞オリジナル。漢字の難しいのはとも角、内容も現代版より良いですね。
特に3番の「刀はうたねど・・」の所など、日本は昔から平和愛好国家である証拠だと思うのですがねえ。
残念ながら現代版は2番までしか無いのです。本当は3番、4番の方がモノ造りの心が謳われていていいと思うのですが。
この辺りの所は下記wiki参照ください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E3%81%AE%E9%8D%9B%E5%86%B6%E5%B1%8B

折角こんな良い歌を台無しにしてしまった事が良く分かると思います。
  1. 社会一般
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2014-04-15 09:35

日本にいる中国人の実態

 最近移民を入れろと言うアホな議論がまかり通っている、
震災復興や東京五輪などで公共工事の人手不足が背景だが愚かな事である。
ヨーロッパなどが移民政策でどんな社会になってしまったか、移民の問題点などはいくらでも実例が有る。

さて、伊勢雅臣さんが日本にいる中国人問題を坂東忠信さんの著書を引用する形で紹介している。
大変有用と思うので紹介したい。

中国人の真実の姿が良く分かる。

<以下頂門の一針から引用>
http://melma.com/backnumber_108241_6012007/

日本に巣食う無法チャイナ社会

         伊勢 雅臣

「本国で盗みをしていないのに、何で日本でやるんだよ?」


1.中国人犯罪者から「反省」を聞いたことがない

通訳捜査官として、中国人犯罪者の取り調べに永年、立会って来た坂東忠
信氏によれば、彼らから「反省」という言葉を聞いたことは一度もない、
と言う。

取り調べの終わりに近づくと、刑事はおきまりの質問をする。「どうだ、
今回の事件について、何か言いたいことはあるか?」 ここで反省の弁を
聞けば、情状酌量の余地も出てくる。しかし、返ってくるのは、日本人に
とっては想像もできない言葉である。

「私、ものすごい借金あるんだから、こうしたのは仕方のないこと」

刑事の怒りが炸裂する。「反省してんのかって言ってんだよ! こんなこ
としてよくなかったとか、やるべきではなかったとか言えねえのか?」

「あ、あう、う~ん、あのとき外に出なければ、捕まらなかったよ。失敗
したなあ」

確かにこれも「反省」だが、日本語の「反省」とは意味が違う。坂東氏は
こう述べる。


「もちろん中国語にも「反省(ファンシン)」「自我検討」という単語は
ある。しかし彼らは悪事の露見を「后悔(=後悔)」するばかりで、日本
人が求める「被害者の立場に立った反省」はしないのである。利害が対立
した相手の気持ちになって物事を考えるということは、できないらし
い」。[1,p44]

これは差別発言ではなく、「生まれ育った社会の仕組みと脳の回路が違う
ので、本当に反省しないのである」と坂東氏は言う。

2.「本国で盗みをしていないのに、何で日本でやるんだよ?」

「社会の仕組みが違う」例を挙げよう。

坂東氏が中国人犯罪者に「本国で盗みをしていないのに、何で日本でやる
んだよ?」と聞くと、「中国の店で盗みが見つかったら、よその店の人や
通行人までもが寄ってたかって殴りかかる。警察が来る前に死ぬかも知れ
ない」と答えるそうだ。[1,p43]

日本人と偽装結婚して取調中の女性に、中国に住む弟から次のような手紙
が来た事がある。弟も日本滞在中に警察にひっくくられた経験があるらしい。

<お姉さん、ニイハオ。日本の警察はとても優しいですから大丈夫。中国
の警察みたいに、殴ったりしませんから安心してください。・・・
体の不調があれば、何でも言ったほうがいいよ。僕は歯を治しました。>
[1,p71]

中国で犯罪を犯すと、家族が村八分になったり、通行人に袋叩きにされた
りする。警察に捕まれば殴られたり、自転車泥棒でも死刑になったりす
る。それによって犯罪が阻止されている。「そう考えると、現在の中国の
体制を単純に『人権軽視』などとは非難できない」と、坂東氏は指摘する。

しかし中国人が日本にやってくると、そういう抑制が一切、なくなってし
まう。やさしい「人権社会」の日本では、彼らはたとえ捕まっても、冷暖
房完備の留置所や刑務所で三食昼寝付きで遇され、病気や怪我もタダで治
療してくれるのだ。

これでは「普通の中国人」が、日本にやってきて犯罪者に早変わりしても
不思議ではない。

3.「日本に行ってカネ稼いで親孝行しなさい!」

「普通の中国人」が日本に密入国し、その一部が犯罪者となっていくプロ
セスが坂東氏の著書に明らかにされている。

台湾の対岸にある福建省から日本への密航する者が多いが、坂東氏は彼ら
からこんな話を聞いている。[1,p92]

<日本に来た複数の福建省密航者の話によれば、若者が地元でブラブラし
ていると、近所のおばちゃんから、「なんだいあんた、いい若い者が密航
のひとつもできないで! 日本に行ってカネ稼いで、親孝行しなさい!」
と気合いを入れられるとのことであった。

彼らの話を聞くと、「日本から帰ってきたヤツの生活を見て、うらやまし
くなった」と言うほかに、「親に勧められて密入国してきた」と言う者が
意外に多かった。「オレの兄弟はみんなそうだよ」と言う者もいた。>

かくて親孝行な「普通の中国人」が、大量に密入国してくるのである。

4.日本密航はベンチャー・ビジネス

密航にはカネがかかる。密航の手配をする蛇頭(じゃとう)に10万元程度
の金を払わねばならない。現在のレートでは160万円、日本人の金銭感覚
では3千万円ほどにもなる。そんな大金を家族、親戚、知人のコネを通じ
て借りまくる。頼まれた知人の方は、たとえばこんな風に考える。

{こいつの息子はまだ若いから、日本に行けば一日でこっちの一ヶ月分近
くは稼げる。よし、投資と思って、金を集めて貸し付けよう。}

稼ぎの大きい日本に密航するのは、行く方も金を出す方も、一種のベン
チャー・ビジネスなのだ。そこには密入国は不法だ、などという意識はない。

そして日本への密航に成功すると、稼いだ金を送るようになる。「親孝
行」という点では尊敬すべきだ、と坂東氏は指摘する。


「どんなに凶悪な犯罪者でも、ほとんどの場合はきっちりと親元に送金し
ているのだ。

もっとも福建省密航者の場合、来日の時点で親が多額の借金を背負ってい
るので、送金するのは当たり前かもしれないが、その借金を返済した後
も、せっせと稼ぎの半分近くを親元に送金し、高額な国際電話カードを
買って、マメに連絡を取っている場合がほとんどである。」[1,p94]

5.金さえ払えば誰でも密航できるシステム

金ができれば、密航を手引きしてくれる「蛇頭」に依頼する。「蛇頭」と
は中国マフィアというより「中国公安当局や中国海上警備隊、船長、信頼
できる親戚などの日本滞在者と連携を取り合う、資金力のある手配師」だ
という。[1,p103]

密航の一つのパターンは、漁船や貨物船のエンジン・ルームか、甲板の下
に隠れて日本に渡る、というものだ。密航者たちは4日から1週間程度の
航海中、そこに隠れ、パンやカップ麺を食べて過ごす。

日本近海まで来ると、日本人ヤクザの運転するクルーザーが来る。密航者
たちは立派な船のお迎えに大喜びするが、船の甲板の高さが違うので、波
に揺れるクルーザーに飛び降りるところで海に落ちてしまう密航者もい
る。「海に落ちたヤツがいたけど、助けてはもらえなかった」とは、坂東
氏が複数の密航者から聞いた話である。

クルーザーは日本の港に接岸し、夜中になってから密航者を上陸させる。
日本人ヤクザや福建人通訳が出迎え、ワゴン車に密航者たちを詰め込み、
逃げないよう外から鍵をかけて、名古屋や東京などの大都市に連れて行く。

密航者たちは、そこで5~7人のグループごとに、アパートの一室に入れ
られる。そこから見張りの中国人が密航者の実家に電話をかけ、本人の声
を聞かせて、密航費用支払いの督促をする。

実家の両親が指定された場所でカネを渡すと、地元の蛇頭は見張りの中国
人に連絡し、その密航者に目隠しをして、日本に住む知り合いに送り届け
る。これで密航の成就である。

密航は「普通の中国人」が金さえ払えば、誰にでもできるよう、ビジネス
として成り立っているのである。

6.「どうだい、一緒に一儲けしないか?」

こうして日本に入国した密航者たちは、知り合いのアパートに転がり込
む。知り合いの方も、家賃を分担させることができるから、歓迎である。

彼らは夜中でも大声で話し、大量の油を使って何人分もの中華料理を作る
ので、換気扇も外壁も油でベトベトになり、生ゴミをまき散らす。日本人
の住人は喧噪と異臭に耐えられずに出て行き、空いた部屋にはまた中国人
密航者が入る、ということで、アパートはスラム化していく。

仕事の方は、はじめのうちは皿洗いなどして真面目にやっていても、やが
て盛り場で遊び歩くようになる。

{中華料理の香りに誘われて中華居酒屋に入ると、懐かしいお国なまりが
聞こえてくる。

「おお、あんたも同郷か! 奇遇だなあ」

 中国人は食事をともにすれば、一気に友だちになる。仲間を見つけ孤独
な生活から解放された気分になり、気もゆるむ。

「おう、仕事がないから、どうだい、一緒に一儲けしないか?」・・・
「どうせ日本人相手だ。男気を見込んで誘うんだぜ。一緒にやらないか」}

「男気」、中国語では「義気」という言葉に中国人は弱い。「おお!いい
ねえ! やろうじゃないか!」と現代版三国志が成立し、翌日、一緒に泥
棒に行く。日本人が家にいたら、あっさり刺して、あっという間に強盗に
昇格する。

日本人の場合は、強盗になるまでに、借金地獄に陥ったり、酒におぼれた
り、とストレスに苛(さいな)まれて、強盗犯にふさわしい凶相となる。
しかし中国人の場合は、こんな具合にあっという間に強盗になってしまう
ので、犯罪の凶悪さが顔に表れない、と坂東氏は言う。

7.無法チャイナタウンの出現

犯罪は日本人相手に行われるものだけではない。中国人が中国人を誘拐
し、中国の実家や、日本にいる関係者に脅迫電話をかけるが、被害者は日
本の警察には訴えられない。密入国や不法な滞在延長だったりすると、逆
に逮捕されてしまうので、黙って金を払うしかない。

不法滞在者が多く集まる中華料理店や中華パブなどで、ケンカや傷害事件
が発生しても、110番通報されることは、まずあり得ない。日本人経営者
が不法就労者を雇っていて、金を持ち逃げされても、警察に通報したら、
不法就労助長罪で自分の身が危ない。

しかし、こういう在日中華社会でも、秩序は必要なので、ヤクザの出番と
なるが、日本のヤクザは中国人とのトラブルは面倒なので、「中華マフィ
ア」に任せてしまう。

かくして日本の警察の手が出ない無法チャイナタウンが出現する。「世界
各地に点在するチャイナタウンには、そうして生まれたリーダーが群雄割
拠し、現地人を押しのけ、表と裏の中華社会基盤を拡大している」と坂東
氏は指摘する。[1,p164]

逆に、国内で真面目に暮らしている中国人も多いが、彼らの多くは同国人
との付き合いを避けている、という。人脈を重視する中国式の人付き合い
では、「パスポートや保険証を偽造するから貸してくれ」などと同郷出身
者に頼まれても断れない。下手に断ると、実家が村八分にされたりする。

「普通の中国人」が普通に暮らしていこうとすると、無法チャイナ社会か
ら絶縁しなければならないのだ。

8.将来の禍根を残す前に

平成24年度での来日外国人犯罪の検挙状況では、中国人が件数6,483件
(42.2%)、人数3,719人(40.6%)と、いずれも2位韓国の4倍以上のぶっ
ちぎりトップである。

しかも本稿で見たように、不法滞在者数もよく分からず、警察に通報され
ない犯罪も多いことから、これらは氷山の一角に過ぎない。水面下では、
この何倍もの犯罪が行われているだろう。

現在、東京オリンピックのための建設労働者不足などを理由として、外国
人労働者の積極導入を、などと言う声が上がっているが、世界中で外国人
移民で成功している国など聞いたことがない。

弊誌でもドイツがトルコ人移民問題でいかに苦しんでいるかを紹介したが
[a]、中国人は、トルコ人よりもはるかに人口が多く、賃金格差が大きい
ため、不法移民の大量流入につながるリスクは各段に高い。さらに「普通
の中国人」が犯罪者化する率も高いだろう。

その上、中国政府自体が、外国への過剰人口の「棄民」によって、海外で
の覇権を伸ばそうとする政策をとっている。[b]

建設労働者が足りないなら、もっと賃金を上げて、国内の労働力を無駄使
いしている低生産性分野から労働者を吸収したり、働いていない層を開拓
すれば良いだけの話で、それでこそデフレ脱却も進む。目先の企業利益の
ために、国内で無法チャイナ社会をこれ以上、広げては将来に禍根を残す
だけである。

あなたの周囲に移民賛成論者がいたら、こう聞いて欲しい。「移民政策が
うまく行っている国があったら教えてくれ。移民政策で失敗して困ってい
る国なら、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、カナダなどいくらで
も教えて上げるから」
と。我が日本も、その一つになりつつある。

<引用終り>


私はタイで仕事をしてきたので、こんな話はタイでも程度の差こそあれ有る事だ。
その対策はと言えば、おぎゃあと生まれた時から保育園、小学校、中学校と日本的価値観の中で暮らして、その事を骨の髄まで教え込むしかない。
大人になってからいくら教えても心底わかった事にならない事が多いのだ。

移民論争に対し考えるネタとして紹介する次第。

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2014-04-14 21:11

祭りの日

 当地方は今春祭りの季節。まだ残っている桜と祭りの山車。
今日はそんなほのぼのとした写真をお楽しみください。

昨日13日の午後、拙宅の近くで撮った祭りの山車。

2014-4-13岩滑の山車高山の広場にて

携帯で撮ったものでおまけに空は花曇り。でも祭りの雰囲気は出ているのかと。
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2014-04-04 15:54

或る方のコメント紹介

 もう1ヶ月も前になるのだが或る方から長文のコメントを頂いた。
ポスコの高炉事故に関するエントリーに対してのコメントで、同じ短足仲間だという事で日頃思っている事を書いたものの様だった。
何時かこのコメントに回答せねばいけない、そう気にしていたのだが中々機会が無い。
今回別エントリーにしてそのコメントの紹介と私の考えている事を書いてみたい。


<最初にその方から頂いたコメント。(プライベート部分を除く全文)>

14/03/04 ある方からのコメント・・コメント主は以前はコンサルタント、現在は故郷で家業を継いでいるそうです。


暇にまかせて、とりとめない超(長)駄文、ご容赦!

長い海外でのご経験、ご苦労を察せられます。
私の友人も中国から苦労して撤退を済ませた会社にいる者と、共産党とのパイプが太い故に、いまだ撤退せずにいる(撤退できずにいる)会社の役員とがおります。
中国の場合、中国民法2〇〇条の規定で民事訴訟を提訴されただけで国外に出られないとか、結局、設備などはすべて置いて出ないといけないとかの話を聞きました。撤退にもずいぶん金がかかるとか・・・、中国進出のk国企業の場合には、負債の整理すらせず、夜逃げトンズラするようですが。
また、10年くらい前には中国進出のコンサルティングでボロ儲けしていた会社が、今や、中国撤退コンサルでボロ儲けしているとかいないとか・・・。

古来、人間社会には、搾取する側とされる側しかいません。
現在、搾取する側の制度として、資本/民主主義と社会/共産主義がありますが、資本主義国家の場合、民主主義制度のもとに「選挙」がありますから、政治権力者には「民意」という足枷をはめられます。しかし、中国の場合、共産党には「民意を反映できる選挙」がありませんから、実質、共産党の統治は「貴族による支配」と同じですよね。
韓国の場合は、資本主義でありながら、第二次大戦後に中途半端な制度改革しかできず、貴族たる両班が生き残り、経済的に国家を牛耳る(利益を独占する)少数の巨大「財閥」が形成されてしまいました。結果、巨大財閥と政権を一部政治家が権力と利益を独占していますが、さらに悪いことに、獲得した利益の大半を欧米資本に吸い上げられてしまっていますので、利益を国民に還元できず、国家・国民の負債が増大し続けています。

日本では、アメリカが資本主義を植え付けてくれましたが、幸か不幸か、共産主義勢力も潜在していたため、世界的に稀な「平等主義的」要素が強い資本・民主主義が育ったような気がします。もちろん、完全ではありませんが、平等・公平という概念を理解した国民性にもよるためか、最近までは、比較的所得格差が少ない社会でした。

政治的・経済的に行き詰まり、封建時代のように搾取する土地を求めた安易な武力侵略が困難(中国では継続的に武力侵略をしていますが)な現代では、中国と韓国は、もう殆ど死に物狂いで、国内問題の矛先をかわすために反日を叫んでいます。反日は、支配している側の共産党や両班の末裔たる財閥・政治家(支配している側から金銭を貰って生活している者と反日教育に染まってしまった者を含む)が行っているわけですが、支配されている側の一般の人々には、それを理解している人々もいるようです。
しかし、中韓の情報統制や日本国内の偏向報道で、この事実・現実は日本国内で報道されません。

国家GDP・企業決算の粉飾が多年にわたり繰り返され、限度を超えているとみられ、いつ何時に破たん・崩壊するか分からない中韓両国とその企業。
多年に亘る粉飾決算は、帳簿・決算書上の数値は短期的にごまかせても、必ず、資産の枯渇か資金ショートに繋がります。
中韓・同企業の破たん・崩壊が現実となった時、産経以外の大新聞社やテレビなどのマスゴミのエライ評論家・コメンテーター各位の論評を楽しみにしている今日この頃です。
「北朝鮮の拉致」を否定していた政治家・政党・一部マスコミ諸氏が拉致被害者の方の帰国時に受けた以上のインパクトがあるのではないかと・・・期待しています。

しかし、経済は破たんしても、思想は永遠なりとでも言い張るかもしれません・・・一部の支配層が栄華を極めつつも経済が破たんして国民が困窮するような制度・体制・思想は、意味が無いと思うんですけどね。

中韓が完全崩壊し、ゼロから理想に向かって、経済・統治制度・思想を立て直すときには、日本はその支援・協力をすべきかとも思います・・・ただし、経済だけでなく、その国の統治制度・体制と思想・教育も同時に立て直そうとすること(共産党や両班財閥の支配からの解放)が前提ですが・・・、両国民の本質・国民性を知らない私は甘いのかも知れません。

私が知る限り、良識ある日本人の「多く」は、上から目線で指導・支援をしません。上から目線で高圧的な指導・支援では、その受け手は内容を理解・吸収しないし、根付かないで、指導・支援が無駄になることを知っています。
これは、日本人にしか出来ないのではと思っています。


過去の米国(waspの差別からの解放に注力していた頃:現駐日米国大使の父親の頃など)であれば、米国もできるでしょう・・・今の米国では無理かな・・・支援した国家が立ち直った後に米国が利益を吸い上げられるシステムを内包した制度を作りあげてしまうんではないかと危惧します。

<コメントの紹介終り>


この方の文明批判は大筋は私も同感である。
資本主義は壮大なネズミ講で70年位でリセットが必要と言う意見の人がいるが、そういう意味では中国・韓国ともリセットが必要な時期であることは間違いない。
特に中国などはまともなリセットは既に不可能になっているだろう。
先日「最近の鉄鋼事情」をエントリーした。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-928.html

これなどを見ていただくと分かるのだが、中国のバブルは壮大の一語。
こんなモノが爆発したらその影響たるや凄まじいものである。
間違いなくリセットが必要だが、無茶苦茶な痛みの伴うモノになるだろう。

そこで日本が此れから如何するか、それを考える時このコメントはこんな事を言っている。
私が知る限り、良識ある日本人の「多く」は、上から目線で指導・支援をしません。上から目線で高圧的な指導・支援では、その受け手は内容を理解・吸収しないし、根付かないで、指導・支援が無駄になることを知っています。
これは、日本人にしか出来ないのではと思っています。

これは海外に工場を作った時、そこでどのように仕事をしていくか。
現地人にどう仕事を教えるか、どう仕事の管理・監督をしていくか、そんな事についての考え方である。

この方の言う事は私がタイでやってきたことと基本的には同じ。
そしてそれは他の国では絶対できない事だと思う。

こんな事でこの方の意見、まあ色々異論もあるだろうがこんな事もあるという事で紹介した次第。
中々自分の想いを発信できない人も多いと思うので、たまたま長文のコメントを頂いたので紹介する事にしました。
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2014-04-01 17:34

日本の敵 グローバリズムの正体

 今こんな本を読んでいる。「日本の敵 グローバリズムの正体」
つい最近出た本で(14年3月10日刊)、この間アマゾンで購入した。
ざっと目を通したのだが、昨日も横浜に行ったので往復の新幹線の中でじっくり読んでみた。
ズバリ、面白い、とても良く分かる。
こんな本だ。
2014-4-1日本の敵グローバリズムの正体

言いたい事は帯に書いてある。
がしかし、それでは分からないと思ったら宮崎正弘氏のメルマガに今日書評が載っていた。
私が下手な事を言うより良く分かるので、それを紹介したいと思う

<以下引用>

 ユダヤ金融筋の「ハイ・ファイナンス」とは何か?
  ユダヤ人左派とグローバリズムが敵視するのはナショナリスト

馬渕睦夫 vs 渡部昇一『日本の敵 グローバリズムの正体』(飛鳥新社)

 冒頭から白熱した議論がいきなり展開される。
 口火を切るのは馬渕睦夫・元ウクライナ大使である。それは米国の安倍晋三批判の根幹にあるアメリカ人の「マニフェスト・ディステニィ」に真っ向から挑戦するナショナリストとして安倍晋三を「危険人物」として米国が捉えており、しかも米国の民主党政権主流リベラルな東海岸のマスコミの感覚では、ナショナリストは「悪」なのである。
 これは60年代からある議論で、ナショナリズムは欧米人に誤解を与えかねないので、英語でいうときはパトリオティズム(愛国主義)が適切である。
 ユダヤ系のニューヨークタイムズが盛んにネタニヤフ(イスラエル首相)を攻撃するのは「ユダヤ人同士なのに、なぜ?」と思うところだが、左派系ユダヤにとって「ナショナリスト」は悪だからである。
 ましてキッシンジャーはドイツ系ユダヤ人だが、「イスラエルは十年以内に消滅する」などと物騒な発言をしている。ハンガリー系ユダヤ人のジョージ・ソロスは明瞭にイスラエル現政権を批判し、そのタカ派的外交を罵倒している。
ユダヤ人同士、すこぶる仲が悪いが、それはユダヤ人になかに国際金融組が跋扈していて、かれらが推進する「グローバリズム」の邪魔になるからである。
 ニューヨークタイムズは安倍首相を「歴史を歪曲する修正主義」「不必要な軍国主義」「つまり安倍晋三を「強固なナショナリスト」として定義して悪い印象をあたえつつ、「米国の国益を侵害する懼れがある」などと罵倒している。異様である。
これは如何なるものか、馬渕元大使が渡部昇一氏に問う。
 渡部氏は安倍首相は愛国者であり、「07年のインド訪問で、ハッキリと示されていると思います。日本軍とともにインド独立のために戦ったチャンドラ・ボーズの遺族や、東京裁判で被告人全員の無罪を主張したパール判事の遺族をお訪ねになった。これで(安倍さんの歴史認識は)十分ではないでしょうか」
 しかし左翼マスコミから受けた理不尽な攻撃を跳ね返すには安倍首相が「一度ワシントンへ行って会見を開く。アメリカや世界中の報道機関、テレビや新聞記者を集めて、三十分でいいけれども、出来れば二時間ほど余裕を取って、首相自らあらゆる質問に答えますといえば、現職の総理大臣ですから世界中が報道します」。
 渡部昇一氏の上記提言は重要である。
 こうして日本が受けた恥辱を覆し、中国、韓国が呼号する出鱈目な史観をハッキリと論駁しておく必要がある。なぜなら、これが言論戦だからと渡部氏が強調している。
 あたかも、本書が後押ししたかのように安倍首相は2月28日の国会答弁で「中国、韓国の日本をおとしめるプロパガンダに適切に対応する広報活動を行う」とした。

 さて本書の議論の肯綮は、ユダヤの金融資本という正体不明、魑魅魍魎がいかに世界をおかしくしたかというストーリーが展開され、興味津々の分析がある。
 国家を越えるグローバルな資本主義によって、つまりユダヤ人左派は「国境をなくせ」と獅子吼する金融市場に集約したグローバリズムであり、どこの国であれ潜り込んで稼ぎをなす。
そのためには米中が手を組む。戦前は米英ソ中が「連合国」だったという組み合わせの摩訶不思議も、ユダヤという一本の糸を解せば全貌が読めてくると馬渕氏は言う。
 なんだか「ユダヤの陰謀論」かとおもいきや、シオニズムユダヤの「シオンの議定書」への言及もなく、あくまでも「ハイ・ファイナンス」という勢力が世界政治を蚕食している実態に迫るわけだ。

 ▼あの戦争の背後にいたのは誰々か?

 渡部昇一氏は「アメリカは蒋介石ではなく毛沢東を支援した(中略)。ソ連のような共産党独裁でもなく、蒋介石の国民党のように腐敗していない日本が、なぜあれほどアメリカの目の敵にされたのか。それは中国を共産化する時にたちはだかった日本が、非常に邪魔だったからです」と言う。
すかさず馬渕氏は、
 「その通りで、中華人民共和国は事実上、アメリカとイギリスの金融資本がつくったと言えます。イギリスが中国であくどいことをした具体例は、1935年11月の幣制改革でした。1929年にアメリカで始まった世界大恐慌の影響で、ルーズベルト大統領は34年に銀買い上げ方を制定、財務省が銀の備蓄を行うようにしたため、銀の国際価格が跳ね上がりました。銀本位制だった中華民国から大量の銀が国外に流失、財政危機に陥ります。中国に資本投資しているイギリスは使節団を送り、銀本位制をやめさせ管理通貨制とするように要請。南京政府は国内の銀を国有化して独自に不換紙幣を発行、一切の取引はこの法幣で行うと定めました」
 当初、英国ポンドとの固定相場だったが、すぐに「アメリカドルとの固定相場を採用する」
 つまり、これが英米の中国経済への露骨な介入だった。
 「中国はアメリカ経済への依存度を高め、貨幣制度改革と称して、なんの役にも立たない蒋介石の紙幣と強制的に交換させるかたちで、中国の庶民が持っていた銀を全部吐き出させた。すべての銀を召し上げて、蒋介石の浙江財閥、それに繋がるサッスーン財閥、その背後にいたロスチャイルドのアメリカの金融資本家たちで山分けしたのです」と。
 そしてこうした仕組みはニクソン訪中を促したロックフェラー率いるチェース・マッハンタン銀行、それと手を組んだトウ小子平が国民を搾取して中国を経済大国にした。まさに今も昔も、変わらないと馬渕大使が指摘し、渡部氏も賛同している。
 じつは評者はこの構造を早くから指摘してきた。
つまり人民元という紙くず通貨を、米国はいきなり理由の説明もなく国際準通貨に格上げしてドルとのベッグ制を強要するかのようにドル基軸に組み入れた。
そのうえで中国のファイナンスのノウハウはゴールドマンサックスが主導して教え、中国経済はすっかりその気になった。
ゴールドマンサックスのヘンリー・ポールソン会長は70回も北京へ通い続け、中国工商銀行の上場に際しては大株主におどりでたほど、しかもポールソンはブッシュ政権後期の財務長官となった(ただし彼はユダヤ人ではない。いまのルー財務長官は正真正銘のユダヤ教徒)。
気がつけば欧米不況のおり(2009年のリーマン・ショック)に中国は巨額の財務出動で、世界経済の沈没をひとりがむしゃらに牽引したのも、財源は赤字国債発行であり、それはドルによる外貨準備の大半をドル建ての米国債で中国が保有していたからである。そして天文学的財政出動の償還時期を迎えて、中国経済の破滅が間近に迫ると欧米金融機関はまっさきに逃げ出した。
中国のほうが上手であり、人民元を国際通貨の一員に加えろと騒ぎだし、ユーロへのシフトも始めると米国は従来の方針を静かに転換した可能性があるが、そのことを本書は指摘してはいない。
 問題は、しかし戦前のパターンと現在のそれとがあまりにも酷似していることで、ユダヤ金融資本はそれなりの思惑があり、かつ対応するかにみせて中国はドルを貯め込み、共産党幹部はせっせと海外へドルを持ち出し、逃亡をはかるように、かつての浙江財閥と同じことを繰り返した。つまり中国共産党はユダヤ金融資本とおなじ程度に狡猾でしたたかで、自らが膨らむことにユダヤのノウハウを逆利用したというのが評者の推論、本書の分析も後半部へ行くとほぼ同じ分析になる。
馬渕氏は言う(250p)

アメリカの金融ビジネスエリートらはさんざん中国で荒稼ぎをやってのけたが、相互の利益にならなくなれば、「あっという間に関係が清算されます。げんに昨年からアメリカのグローバル企業が中国から撤退を始めました。中国人の賃金があがりすぎたことや、経済成長率の鈍化、不動産バブルの崩壊開始などの経済減速にくわえ、健康を蝕む環境破壊や共産党の度を超えた腐敗などが原因でしょう。要するに、世界の投資家にとっての利益を生む投資先としての中国は、その役割を終えたということです(中略)。外資によって経済発展を遂げた国は外資が脱出すると同時に崩壊するのです。これが、歴史が教える真実です」。

全編にながれるユダヤ人への過大評価は気になるところだが、世界経済の謎をとく足がかりとしてエキサイティングは議論を展開している。

http://melma.com/backnumber_45206_5988088/


<引用終り>

特の面白い所、日本があの戦争に追い込まれたのはなぜか、そしてそれが今日現在の日本を襲っている国難とどうつながっているか、実に良く分かる。

大変貴重な本です。是非皆さんもどうぞ。1429円+税、アッ 今日から高くなりましたが読む価値ありです。
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2014-03-29 16:58

外人に電車の乗り方を教える

 この頃鉄道の駅に行って不愉快な事、アチコチの案内板に中文(簡体字)とハングル(朝鮮語)が書いてある事だ。
国際化だなどと言ってそんな事をしているらしいが的外れである。
そんな事を考えていたら裏の桜さんがこんなエントリーをアップされている。

異様なまでに「中国語」「韓国語」に拘る・媚びる・・・案内表示
http://sakuraura.blog.fc2.com/blog-entry-2792.html

詳細は上掲リンク先参照ください。

私も全く同感で、常々苦々しく思っていた。

そこでもう15年以上前だが名古屋駅で見知らぬ外人さんを電車に載せた経験をちょっと書いてみたい。
外人さんに何が必要か、そんな事が分かると思う。


ある朝、私は名古屋から広島に出張の為新幹線名古屋駅に急いでいた。
ローカル線の名鉄電車を降りて地下街を歩いている時、雑踏の中で「エクスキューズ ミー」と言う声が聞こえた。思わず立ち止まって声のした方を見てみると・・・
荷物をいっぱい持ったアジア系の風貌のビジネスマンが壁際で途方に暮れていた。
周りは朝の雑踏の中、「エクスキューズ ミー」と言っても誰も振り返らない。ちょうど今頃の陽気で別に暑いわけでもないのに汗をかいている。
幸い少し時間が有ったので声をかけてみた。

聞いてみると朝早くの新幹線で名古屋について、今から各務ヶ原(岐阜県)の川崎重工業に行くとの事。
航空機関係のエンジニアだったのだろうか。
日本語も中国語も全く喋れないし読めない。
アメリカの会社で誰かからこの様に行けと道順を書いてもらったものを持っているだけ。
それを見せて「助けてほしい」と言う。

名古屋駅から各務ヶ原までは名鉄電車で岐阜に出てそこで各務ヶ原線に乗り換えていくのだが、名鉄電車の駅が何処なのかすらさっぱり分からないと言う。
兎に角オイラについてきな、そう言って名鉄名古屋駅まで案内した。
タイムテーブル(時刻表)はこれ、料金表はこっちと説明しても全部日本語で理解不能。
ポケットから小銭を掌一杯出して此れで買ってくれと言う。

参考までにネットで拾った現在の名鉄料金表
2014-3-29名鉄電車料金表
 
これを見ると主要駅は小さな字だがローマ字表記が有る。
しかし当時は全くなかった。此れでは切符も買えないのは当たり前。

切符を買ってやり、時刻表を指さしてこの時刻に出るこの電車に乗れ、そう言ってGATE(改札口)はここと言って教えた。
勿論時刻表も日本語だけ、これでは分からないのが当たり前。

改札口で岐阜方面に行く人いませんかと声をかけ、「済みません、この人アメリカ人だけど各務ヶ原まで行くので岐阜行の特急が間もなくですので乗せてやってくれませんか」、そうお願いした。
幸い引き受けてくれた方がいた。有りがたい話だった。

彼はサンキュウ、サンキュウと言ってホームに向かったが無事着いただろうか・・・

私の体験はこんなモノです。
しかしこれで外国人に本当に必要なものが分かると思います。
つまりブロークンでも何でも兎に角読めて喋れる言葉、それは英語しかありません。
何人であろうとも英語で書いてあれば兎に角何とかなるのです。

今一番必要なのは英語で書いてある事、それが一番重要なのです。
裏の桜さんがとり上げたJR東海と東日本の話で、JR東海が兎に角「英語が重要」と言っているのは正にその通りなのです。

こんな話で中国と韓国が、特に韓国がブーたれているようですが、不思議な事に台湾などは一言も文句を言いません。
台湾人は日本語の漢字は殆ど読めるので問題ないのです。実は中国人も殆ど読めます。
読めない、読もうとしないのは韓国人だけ。
タイ人を日本に何度もつれて行きましたが同じです。英語さえあれば別に困りません。

最後にこの問題の本質、それが裏の桜さんのエントリーのタイトルに現れています。
異様なまでに「中国語」「韓国語」に拘る・媚びる」、これです。
もう日本はこの2カ国に媚びるのを止めましょう。
媚びるほどつけあがるのですから。
  1. 社会一般
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2014-03-25 20:48

ロボットと人間の未来<続編

 21日のエントリー「ロボットと人間の未来」にkazkさんから興味深いコメントを頂いた。
以前から私が思っているテーマでもあり、コメントを紹介しながら私の考えを述べてみたい。

最初にkazkさんのコメントと私の回答から。

<kazkさん>

西洋人は産業革命の時のラッダイト運動のような機械に対する不信感というよりは敵対心が有るのではないでしょうか。これはおそらく機械というものは自分たちで発明したんだという感情が全くないことによるのではないでしょうか。

日本人ならば動力を使い機械によって自分の仕事の効率が上がるということが善であり喜びなのですが、彼等にはそれは全く関係ないことだたということでしょう。かえって今までの自分の手仕事の技術が無用になるということで失業を恐れるということでしょう。

彼等は所詮レーバーなのですよね、主体的に物を作り能動的に作業するワーカーでは無いという事でしょう。おそらく機械に対する対応の違いは個々にあるのでしょう。自分の作業を向上させる道具ならばそれを非難するわけがない。

ましてやこの国は物にも魂を感ずる国なのですから何をか言わんやです。
PCのソフトは所詮最後は人の手作業です。それを機械で走らせて仕事をするわけですからこれも日本人向けであったのでしょう。

そして何よりも昔からこの手の開発にはとことん遊びがあります。これこそがワーカーの最たるものだと思います。

<以下は私の回答>

ご指摘の問題は最後には「仕事の目的」にたどり着きます。
例えば旋盤工はNC旋盤が出来れば仕事をNC旋盤に奪われます。
欧米式は仕事の目的はカネですので、NC旋盤は旋盤工の仕事を奪う存在だけ。だから合理化反対にもなるわけです。
日本式は仕事の目的は良いモノ、ヒトの為になるモノを作ること、そしてカネはそれをしていればついてくるもの、こう考えます。
NC旋盤が出来たら、これのおれの仕事を任せて俺は次の仕事をしよう、これが日本のモノの考え方です。
此処には合理化反対などと言う考え方は出てきません。逆に新しい事をやるために一生懸命努力・勉強しようと考えます。
こんな思想には土台に思想的なもの、宗教的なものが有ります。

そしてこれに気が付いた人にマッカーサーがいます。
以下は昭和26年にアメリカ上院でマッカーサーが証言したときの発言・対訳です。

<以下引用>
Some place down the line they have discovered what you might call the dignity of labor, that men are happier when they are working and constructing than when they are idling.

いつの頃からか、彼らは、労働の尊厳と称すべきものを発見しました。つまり、人間は、何もしないでいるときよりも、働いて何かを作っているときの方が幸せだということを発見したのです。
<引用終り、以下エントリー参照ください>
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-763.html

実はこの事は私がタイで仕事をしている時の基本的な思想の中心に置いていた事。
これを実現するため日夜苦心惨憺していたのです。

<引用は此処まで>

最初にラッダイト運動とはこんなモノ。機械の打ちこわし運動である。

ここで私が敢えてマッカーサーの話を取り上げたのにはわけが有る。
西欧式の労働と言うのはカネの為に無理やり働かせるもの。だからカネが出来てしまえば働く必要などない。
こんな風である。
その為自分たちの生活を豊かにしてくれる品物を作る機械、それが「自分たちの仕事を横取りする邪悪なもの」と映る。

このラッダイト運動が後に労働運動になっていった。
その労働運動が西欧独特の職能別組合、例えば旋盤工なら所属する会社を横断して旋盤工組合を作る、こんな風になって行った。
つまり労働はカネが欲しいがために天が与えた罰である、そんな考え方で未だに西欧社会に根強く残っている。

それに対して日本は、実にマッカーサーは日本統治の間に実によく見ていたもので、日本人の労働に対する考え方をズバリ指摘している。
労働の尊厳と称すべきもの、つまり、人間は、何もしないでいるときよりも、働いて何かを作っているときの方が幸せだ。」
此処にもう一つ付け加えれば、何か(モノとかサービスなど)作って、それが人のために役立つ。これが幸せになるし自分の所得に跳ね返ってくる。こういう考え方である。

しかしこんな考え方をするのは世界的にはごく少数派。
私は主にタイと(少しだけインドネシアと)仕事をしてきたが、彼らは働くのは奴隷労働と同じ考え方、つまりカネの為に言われたことをやるだけ。こうである。
そんな人たちに今作っているモノがこんな風に使われ、こんな風にお客さんの役に立つ。だからこうしよう。これを教え込むのは毎日全人格で勝負せねばいけない事だった。

こんな考えに日本は昔からの伝統が有る。

これを見てほしい

馬高式土器、別名火炎土器、岡本太郎曰く「縄文は爆発だ!!」

2014-3-25馬高式土器

これは今から5千年くらい前の縄文時代を代表する土器。

こんな伝統が日本のモノ造りに生きているのである。


所で最初に書いたラッダイト運動、機械の打ちこわし。
私には今でもこれをやっている連中がいるように見える。
原発要らないの放射脳連中、此奴らも似たようなものではないだろうか。
自分らが原発の恩恵を散々享受しながら原発要らないを叫ぶ

だったら今原発を止めたおかげで毎月1兆円を超える貿易赤字を出しているのを何とかしてくれますか?
放射脳連中にはそんな簡単な事が見えないらしい。
縄文人よりも頭は悪そうだ



<注>
本文の最初、kazkさんのコメントのあたり(引用文の所)、実は文字を斜体で指定しましたが斜体になっていません。
しかし英字の部分は斜体になっています。
これはこのテンプレートでフォントの所にメイリオを追加したため発生しました。
「font-family: Meiryo, Verdana, sans-serif;」
この様にフォントの使う順番をメイリオが最初に来るようにしてあるので、こんな結果です。

いろいろ難しいですね、
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2013-12-07 15:08

旧日本軍の巨大潜水艦を発見、ハワイ沖

 「旧日本軍の巨大潜水艦を発見、ハワイ沖」、こんな報道が有る。
旧日本軍の伊号400だ。
しかし何気なく見ていたらCNNに同じながら興味深い記事が有った。

産経の報道と合わせて比べてみたい。
そして昨夜成立した秘密保護法がなぜ必要かも合わせてみてみたい。

その前に伊号400とはこんな潜水艦。
2013-12-7伊400潜水艦写真


この当時世界最大の潜水艦で、これより大きな潜水艦はアメリカの原子力潜水艦の登場まで待たねばならなかった。


<以下産経より引用>

2013.12.4 11:12
旧日本軍の大型潜水艦「伊400」ハワイ沖で発見 高度技術流出恐れ米が破壊

 米ハワイ大の海洋調査研究所は3日までに、旧日本軍の潜水艦の残骸をオアフ島沖の海底で発見したと発表した。原子力潜水艦が建造されるまでは世界最大級だった「伊400」で、第2次大戦の終結直後に米軍が押収、高度の技術がソ連の手に渡るのを警戒し、破壊して沈めた。

 オアフ島南西沖の深さ約700メートルの海底で同研究所の有人潜水艇が見つけた。

 伊400は全長約120メートルで翼を折り畳んだ攻撃機を3機搭載できた。給油無しで地球を1周半連続航行する能力があったとされ、旧日本軍は当時米国が管理していたパナマ運河などへの攻撃に使うことを検討したとみられている。

 現地で調査した米海洋大気局(NOAA)の専門家は「それまでの軍事戦略を変える攻撃能力」を持つ潜水艦だったとしている。

 米軍は戦後、伊400など旧日本軍の潜水艦5隻をハワイの真珠湾に移送して能力を調査し1946年に現場海域で沈めた。同研究所は92年からこれらの潜水艦を探す調査をしている。(共同)

http://www.iza.ne.jp/kiji/world/news/131204/wor13120411140019-n1.html

<引用終り>



所でこれはCNNの報道、多分ソースが同じなのだろう、とてもよく似た記事。
しかし興味深い事に微妙に違うところが有る。


<以下CNNより引用>

旧日本軍の巨大潜水艦を発見、ハワイ沖
2013.12.04 Wed posted at 09:54 JST

旧日本軍の巨大潜水艦、ハワイ沖で発見
(CNN) ハワイ大学の研究所は、第2次世界大戦後の1946年に米海軍によって沈められた旧日本軍の巨大潜水艦「伊400型」が、オアフ島沖の海底に沈んでいるのを発見したと発表した。
伊400型潜水艦は、オアフ島南西沖の深さ約700メートルの海底で8月に発見され、米国務省と日本政府に連絡した後に発表したという。
伊400型潜水艦は全長約120メートル。姉妹艦2隻と合わせて当時としては世界最大の潜水艦だった。燃料補給を行わずに世界のどこへでも到達できる能力を持ち、当初は米本土を攻撃することも想定。800キロあまりの爆弾を搭載できる翼折りたたみ式の水上機3機を格納し、事実上の潜水母艦としての性能を持っていた。
結局米本土攻撃には使われず、限定的に運用されたのみで1945年の終戦を迎えた。
今回見つかったのは、終戦時に米海軍が拿捕した日本の潜水艦5隻の中の1隻で、調査のためハワイに送られていた。しかし第2次大戦後に旧ソ連と米国との緊張が高まる中、伊400型の先進的な技術がソ連海軍の手に渡ることを恐れて、米海軍が沈没させたという。
米海洋大気局(NOAA)の専門家によると、同艦の斬新な設計は、それまで対艦兵器としかみなされていなかった潜水艦の用途を一変させるものだった。「第2次世界大戦後の潜水艦は、この方向で実験と設計の変更が行われ、核の時代の弾道ミサイル発射能力を持った米軍潜水艦に行き着いた」という

http://www.cnn.co.jp/fringe/35040874.html?tag=cbox;fringe

<引用終り>

伊号400がどんな意味で先端技術か?
それまで敵の船を攻撃する目的のために使われ、もっぱら待ち伏せ攻撃用であった。
しかし
同艦の斬新な設計は、それまで対艦兵器としかみなされていなかった潜水艦の用途を一変させるものだった。「第2次世界大戦後の潜水艦は、この方向で実験と設計の変更が行われ、核の時代の弾道ミサイル発射能力を持った米軍潜水艦に行き着いた」という

という事なのだと言う。
確かにアメリカはそれ以降巡航ミサイル搭載潜水艦などを作った。
初期型は伊号400と構造がそっくりである。
ずっと後になって垂直発射型ミサイルが開発され、大きく線形が変わり、今日に至っている。

そして
旧ソ連と米国との緊張が高まる中、伊400型の先進的な技術がソ連海軍の手に渡ることを恐れて、米海軍が沈没させたという

実はこの話で私は納得した。
この伊号400についてはイギリス、ソ連から(調査のため)回航して欲しいとの要望が来ていたようである。
しかし当時は既に冷戦が始まっている。

そしてここからが問題、ずっと後になってアメリカ内のソ連のスパイ活動についてのヴェノナ文書が公開された。1995年の事である。
このヴェノナ文書はソ連とアメリカ内のスパイとの通信を傍受、暗号解読したもので1943年からのスパイ活動の一部が分かる。
(ヴェノナ文書:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%8E%E3%83%8A#.E5.85.83.E8.B0.B72008)

それによれば当時のアメリカ大統領フランクリン・ルーズベルト周辺には200人以上のソ連のスパイがいた。
一番の高官は何と財務次官補のハリー・ホワイトだった。
このホワイトなる人物、日本が開戦を決断せざるを得なかった「ハル・ノート」を作った人物なのだと言う。(ホワイトはマッカーシー旋風で自殺)
また国務省にはヤルタ会談にルーズベルト大統領の特別顧問で参加したアルジャー・ヒスがいた。(ヒスは裁判で10年の刑に)

こんな状況でアメリカ政府内には共産主義者が跋扈していた。
それは恐らくアメリカ海軍は分かっていたのだろう、若し伊号400をソ連に渡せと言う政治判断が出れば海軍とて抵抗できない。

海軍は多分分かっていた。
もしソ連が伊号400並の潜水艦と航空機を作って、下の動画にあるような化学兵器や原爆による攻撃をすればとんでもない事になる。

これが伊号400が大急ぎで爆沈処理された理由なのだと。

もう一つ、伊号400は400.401、402と3艦完成、402は日本近海で爆破処理されたが、401は400と同様ハワイで調査され、その後爆沈処理された。
そして2005年に沈没箇所が発見されている。
今回の伊号400が最後なのである。

にもかかわらず今回大発見の様に報道されている。良く分からない・・・

こんなニュースを見ると政権中枢部にまでスパイが入り込んでいる。
矢張り秘密保護法は必要なのだ。
そう痛感した次第。

最後にこの動画は大変興味深い。
巨大な格納庫のついた潜水艦の構造、そして水上攻撃機晴嵐の構造など良く分かる。
晴嵐がカタパルトで打ち出され飛んでいく所など大変面白い。

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2013-11-23 12:13

中国人の心の奥が分かる話

  チャイナ・ウォッチャー宮崎正弘氏のメルマガ「宮崎正弘の国際ニュース早読み」に興味深いコメントが載っていた。

人を食った話である。
もとい、人の肉を食べた話、驚く他は無いのだが、人肉食は丸山光三さんのブログで紹介されているので以前から知ってはいた。
以下が参考になります。丸山光三さんのエントリーの「シナの食人文化」フォルダーです。
http://marcooichan2.blog129.fc2.com/blog-category-36.html
 
 
しかし今回紹介するのはそれが今日にどうつながるかの話。
長文ですが先ず読んでみてください。
ある方がアメリカに行った時、現地にいた中国アメリカ人(帰化人)から聞いた「中国人が人の肉を食べた」話です。
 
 
<以下宮崎正弘の国際ニュース早読み11月21日号コメント欄より引用>
http://melma.com/backnumber_45206_5933186/
 
 
今からもう十数年前、私が仕事でアメリカへ行ったときに聞いた話をします。
・・・中略・・・
 
その町に到着して3日ほどしたある日。
丁度私と上司が打ち合わせするはずだった人がこちらに来られなくなり、上司から先に帰っていても良いと言われ、私は一足先に宿泊先のモーテルに帰ることにした。
先ほども書いたようにそこは辺鄙なアメリカの田舎町。
モーテルにいてもする事が無い。
私は暇をもてあまし、特にあても無く町中をブラブラする事にした。
が、やはり暇で目的もないため、近場にあったお酒の飲めそうなレストランに入る事にした。
 
そこはどうもレストランというより酒がメインだったようで、時間が早い事もあり自分以外には東洋系の老人が一人いるだけだった。
テーブルにつき食べ物やビールを注文していると、先客の老人が
「あなたは日本人か?」
と尋ねて来た。
私が
「……そうですが」
と答えると、老人は
「やっぱり、もしお暇でしたら少しお話をしませんか?」
と言ってきた。
私は断る理由もないので、はいと答えた。
その時私は、単に老人のとりとめのない世間話や昔話を聞くだけだと思っていた。
 
が、実際には違った。
老人の話は非常に重く、恐ろしく、おぞましい、老人の過去にまつわる話だった。
老人は1960年代後半にアメリカへ移住してきた移民一世だった。
元は中国のとある省の生まれらしい。
老人はある事件をきっかけになけなしの蓄えを全て賄賂につぎ込んで中国を脱出し、着の身着のままアメリカへと移民してきた人だった。
 
その事件とは、1966年から中国に吹き荒れた文化大革命に関係するものだった。
文革当時、老人は結婚したばかりの奥さんとまだ小さな子供の3人で小さな靴屋を経営していたらしい。
老人の話によると、文革が起きたといっても都市部で小さな靴屋を経営している老人には当初殆ど影響が無く、町中でプロパガンダの広告や街宣車を見かけても何か遠くで起きている出来事のようにしか感じなかったとか。
しかし「反革命的」という言葉を聴くようになってから自分の周囲の何かがおかしくなり始めたらしい。
最初は、近所にあったお寺の僧侶が連行されたという話だった。
その僧侶は結局帰ってこなかったという。
僧侶が連行されたのを皮切りに、近所の教師や医者や金持ち、政府に批判的な人などが次々と「連行」されていなくなり始めた。
そして、ついにはそれらとは全く関係の無い一般人も次々と「連行」され始めた。
老人には何が起きているのかわからず、ただただ恐ろしく自分達の身にこの不幸が降りかからないよう身を潜めるしかなかったという。
 
老人は店に来た客からある噂を聞いた。
「どうも連行された人達は子供たちに密告された結果らしい。子供たちは自分の親や学校の教師ですら躊躇無く“密告”している」
と。
老人には信じられなかった。
子供たちの何人かは老人も知っていて親と共に自分の店に靴を買いに来たこともある。
そんなごく普通の子供たちが、自分の親や教師を密告している。
あまりにも現実離れしていた。
しかし、老人の町にも「紅衛兵」と呼ばれる集団がやってくると老人もその事実を信じざるをえなくなったらしい。
 
そんなある日、老人が国を捨てる決定的な出来事が起きた。
その日、共産党からの命令で老人はある学校に生徒用の靴を納入しに行く事になった。
老人が荷車に靴を載せて学校につくと、学校の裏庭から何かを調理する良い臭いがしてきた。
臭いが気になった老人は荷物を係りの人に渡すと何気に裏庭に回ってみたのだという。
そして、そこで老人は信じられない光景を目にした。
そこにあったのは、うず高く積み上げられた死体と、嬉しそうにそれらを解体し調理する子供たちの姿と、無表情に子供たちにあれこれと指示を出す地元の共産党員の姿だった。
死体の中には、老人のよく知っている医者の姿もあったらしい。
(実際にはかなり生々しく、具体的に“調理の様子”が語られたのですが、あまりにも酷い内容なのでカットします)
老人はその場を離れると、その場では何事も無かったかのように振る舞い学校から逃げ出した。
そして人気の無いところに行くと胃液しかでなくなるまで吐き続けた。
老人は今でもあの光景を夢に見て夜中に目が覚めるのだという。
家に帰ると老人はなけなしの蓄えをかき集め、奥さんには殆ど事情も話さず夜逃げの準備をさせ、その日のうちに町から逃げ出した。
老人は仕事のツテや昔アメリカに移民した親戚などを頼り、貨物船の船長に賄賂を渡して密航しタイ経由でアメリカに移民したのだという。
その後も共産党に怯えながらアメリカの田舎でひっそりと暮らしてきたらしい。
 
恐ろしい話だった。
文化大革命がかなり酷い事件だったとは知っていたが、ここまでとは知らなかった私は老人の話をただただ聞くしかできなかった。
老人は最後にこう言った。
「当時人間を解体し食っていた子供たちは今どうなっていると思う?」
と。
私が
「わからないです」
と答えた。
すると老人は、その後ある程度外国との手紙のやり取りなどが自由になり、中国に残っている知人などから聞いた話によるとと前置きし
「大半は紅衛兵となりその後地方へ追放されたらしいが、共産党に従順だった子供たちは出世を重ね、今は共産党の幹部になっている」
そして、こういう事は当時中国全土で起きていたらしいのだという。
老人は続けた。
「当時の子供たちは今は40代後半から50代、いずれ共産党の幹部として国を動かす立場になるだろう。人としての一線を超えてしまったやつらが国を動かす事になるのだ」
老人は立ち上がると去り際にこういった。
「あいつらを信じてはいけない、あいつらは悪魔だ、日本人ならこの事は決して忘れてはいけない」
 
以上、これが当時私が老人から聞いた話の全てです。
 
<引用終り>
 
大変衝撃的な話なのですが、特に注目しているのは
「どうも連行された人達は子供たちに密告された結果らしい。子供たちは自分の親や学校の教師ですら躊躇無く“密告”している」
この部分である。
その子どもたちが嬉々として殺した人の肉を食べている。
そして
「当時の子供たちは今は40代後半から50代、いずれ共産党の幹部として国を動かす立場になるだろう。人としての一線を超えてしまったやつらが国を動かす事になるのだ」
 
この部分に思い当たる節が有るのだ。
中国ではないがカンボジアの事例である。
 
カンボジアはポルポト派の大虐殺で4人に一人とも5人に一人とも言われる人が殺された。
しかしその後その虐殺をおこなった人が刑罰を受けたと言う話は聞こえない。
唯一政権トップの4人が起訴され裁判中だが、カンボジア側に裁判する気が無く、遅々として進まない。
この件は私が長年の疑問という事で折に触れ利いた話を纏めてみた。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-591.html
 
上掲エントリーでもカンボジア人はあの大虐殺の事を「あまりにも悲しい話なので誰も触れたがらない」、こう言ってそれ以上言わない。
しかしカンボジアの大虐殺は実は当時の少年兵達が自分らの親や先生を殺したモノ
そしてその子供たちが今カンボジアの社会の中枢で世の中を動かしているという事である。
 
 
カンボジアの事など、日本では殆ど報道されないので分からない、しかしチラチラ漏れてくる話はどうも理解しがたい事がしばしばある。
その根底はこんな所だと思う。
 
中国カンボジアなどの問題点は「若い頃、人としての一線を越えた犯罪を犯した」、こんな人たちが国家を牛耳っている国だという事ではないだろうか。
そして同じことが著鮮半島にも言えるのではないかと思えるのだ。
 
日本人の感覚では理解できない人が天下を取っている国、心して付き合うべきだと思う。
 

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2013-11-23 12:01

中国人の心の奥が分かる話

 チャイナ・ウォッチャー宮崎正弘氏のメルマガ「宮崎正弘の国際ニュース早読み」に興味深いコメントが載っていた。

人を食った話である。

もとい、人の肉を食べた話、驚く他は無いのだが、人肉食は丸山光三さんのブログで紹介されているので以前から知ってはいた。
以下が参考になります。丸山光三さんのエントリーの「シナの食人文化」フォルダーです。
http://marcooichan2.blog129.fc2.com/blog-category-36.html


しかし今回紹介するのはそれが今日にどうつながるかの話。
長文ですが先ず読んでみてください。
ある方がアメリカに行った時、現地にいた中国系アメリカ人(帰化人)から聞いた「中国人が人の肉を食べた」話です。


<以下宮崎正弘の国際ニュース早読み11月21日号コメント欄より引用>
http://melma.com/backnumber_45206_5933186/


今からもう十数年前、私が仕事でアメリカへ行ったときに聞いた話をします。
・・・中略・・・

その町に到着して3日ほどしたある日。
丁度私と上司が打ち合わせするはずだった人がこちらに来られなくなり、上司から先に帰っていても良いと言われ、私は一足先に宿泊先のモーテルに帰ることにした。
先ほども書いたようにそこは辺鄙なアメリカの田舎町。
モーテルにいてもする事が無い。
私は暇をもてあまし、特にあても無く町中をブラブラする事にした。
が、やはり暇で目的もないため、近場にあったお酒の飲めそうなレストランに入る事にした。

そこはどうもレストランというより酒がメインだったようで、時間が早い事もあり自分以外には東洋系の老人が一人いるだけだった。
テーブルにつき食べ物やビールを注文していると、先客の老人が
「あなたは日本人か?」
と尋ねて来た。
私が
「……そうですが」
と答えると、老人は
「やっぱり、もしお暇でしたら少しお話をしませんか?」
と言ってきた。
私は断る理由もないので、はいと答えた。
その時私は、単に老人のとりとめのない世間話や昔話を聞くだけだと思っていた。

が、実際には違った。
老人の話は非常に重く、恐ろしく、おぞましい、老人の過去にまつわる話だった。
老人は1960年代後半にアメリカへ移住してきた移民一世だった。
元は中国のとある省の生まれらしい。
老人はある事件をきっかけになけなしの蓄えを全て賄賂につぎ込んで中国を脱出し、着の身着のままアメリカへと移民してきた人だった。

その事件とは、1966年から中国に吹き荒れた文化大革命に関係するものだった。
文革当時、老人は結婚したばかりの奥さんとまだ小さな子供の3人で小さな靴屋を経営していたらしい。
老人の話によると、文革が起きたといっても都市部で小さな靴屋を経営している老人には当初殆ど影響が無く、町中でプロパガンダの広告や街宣車を見かけても何か遠くで起きている出来事のようにしか感じなかったとか。
しかし「反革命的」という言葉を聴くようになってから自分の周囲の何かがおかしくなり始めたらしい。
最初は、近所にあったお寺の僧侶が連行されたという話だった。
その僧侶は結局帰ってこなかったという。
僧侶が連行されたのを皮切りに、近所の教師や医者や金持ち、政府に批判的な人などが次々と「連行」されていなくなり始めた。
そして、ついにはそれらとは全く関係の無い一般人も次々と「連行」され始めた。
老人には何が起きているのかわからず、ただただ恐ろしく自分達の身にこの不幸が降りかからないよう身を潜めるしかなかったという。

老人は店に来た客からある噂を聞いた。
どうも連行された人達は子供たちに密告された結果らしい。子供たちは自分の親や学校の教師ですら躊躇無く“密告”している
と。
老人には信じられなかった。
子供たちの何人かは老人も知っていて親と共に自分の店に靴を買いに来たこともある。
そんなごく普通の子供たちが、自分の親や教師を密告している。
あまりにも現実離れしていた。
しかし、老人の町にも「紅衛兵」と呼ばれる集団がやってくると老人もその事実を信じざるをえなくなったらしい。

そんなある日、老人が国を捨てる決定的な出来事が起きた。
その日、共産党からの命令で老人はある学校に生徒用の靴を納入しに行く事になった。
老人が荷車に靴を載せて学校につくと、学校の裏庭から何かを調理する良い臭いがしてきた。
臭いが気になった老人は荷物を係りの人に渡すと何気に裏庭に回ってみたのだという。
そして、そこで老人は信じられない光景を目にした。
そこにあったのは、うず高く積み上げられた死体と、嬉しそうにそれらを解体し調理する子供たちの姿と、無表情に子供たちにあれこれと指示を出す地元の共産党員の姿だった。
死体の中には、老人のよく知っている医者の姿もあったらしい。
(実際にはかなり生々しく、具体的に“調理の様子”が語られたのですが、あまりにも酷い内容なのでカットします)
老人はその場を離れると、その場では何事も無かったかのように振る舞い学校から逃げ出した。
そして人気の無いところに行くと胃液しかでなくなるまで吐き続けた。
老人は今でもあの光景を夢に見て夜中に目が覚めるのだという。
家に帰ると老人はなけなしの蓄えをかき集め、奥さんには殆ど事情も話さず夜逃げの準備をさせ、その日のうちに町から逃げ出した。
老人は仕事のツテや昔アメリカに移民した親戚などを頼り、貨物船の船長に賄賂を渡して密航しタイ経由でアメリカに移民したのだという。
その後も共産党に怯えながらアメリカの田舎でひっそりと暮らしてきたらしい。

恐ろしい話だった。
文化大革命がかなり酷い事件だったとは知っていたが、ここまでとは知らなかった私は老人の話をただただ聞くしかできなかった。
老人は最後にこう言った。
「当時人間を解体し食っていた子供たちは今どうなっていると思う?」
と。
私が
「わからないです」
と答えた。
すると老人は、その後ある程度外国との手紙のやり取りなどが自由になり、中国に残っている知人などから聞いた話によるとと前置きし
「大半は紅衛兵となりその後地方へ追放されたらしいが、共産党に従順だった子供たちは出世を重ね、今は共産党の幹部になっている」
そして、こういう事は当時中国全土で起きていたらしいのだという。
老人は続けた。
「当時の子供たちは今は40代後半から50代、いずれ共産党の幹部として国を動かす立場になるだろう。人としての一線を超えてしまったやつらが国を動かす事になるのだ」
老人は立ち上がると去り際にこういった。
「あいつらを信じてはいけない、あいつらは悪魔だ、日本人ならこの事は決して忘れてはいけない」


以上、これが当時私が老人から聞いた話の全てです。

<引用終り>

大変衝撃的な話なのですが、特に注目しているのは
「どうも連行された人達は子供たちに密告された結果らしい。子供たちは自分の親や学校の教師ですら躊躇無く“密告”している」
この部分である。
その子どもたちが嬉々として殺した人の肉を食べている。
そして
「当時の子供たちは今は40代後半から50代、いずれ共産党の幹部として国を動かす立場になるだろう。人としての一線を超えてしまったやつらが国を動かす事になるのだ」

この部分に思い当たる節が有るのだ。
中国ではないがカンボジアの事例である。

カンボジアはポルポト派の大虐殺で4人に一人とも5人に一人とも言われる人が殺された。
しかしその後その虐殺をおこなった人が刑罰を受けたと言う話は聞こえない。
唯一政権トップの4人が起訴され裁判中だが、カンボジア側に裁判する気が無く、遅々として進まない。
この件は私が長年の疑問という事で折に触れ利いた話を纏めてみた。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-591.html

上掲エントリーでもカンボジア人はあの大虐殺の事を「あまりにも悲しい話なので誰も触れたがらない」、こう言ってそれ以上言わない。
しかしカンボジアの大虐殺は実は当時の少年兵達が自分らの親や先生を殺したモノ
そしてその子供たちが今カンボジアの社会の中枢で世の中を動かしているという事である。


カンボジアの事など、日本では殆ど報道されないので分からない、しかしチラチラ漏れてくる話はどうも理解しがたい事がしばしばある。
その根底はこんな所だと思う。

中国、カンボジアなどの問題点は「若い頃、人としての一線を越えた犯罪を犯した」、こんな人たちが国家を牛耳っている国だという事ではないだろうか。
そして同じことが著鮮半島にも言えるのではないかと思えるのだ。

日本人の感覚では理解できない人が天下を取っている国、心して付き合うべきだと思う

  1. 社会一般
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  3. CM(4)

2013-11-19 22:48

三ヶ根山

 今日所用で三ヶ根山の近くへ行くことになった。
15日のエントリーで自衛隊の護衛艦いせなどが救援活動に行くことを取り上げたが、その中に三ヶ根山の話があった。
そこで丁度いい機会なのでちょっと寄り道することに。
拙宅から三ヶ根山までは直線距離で27,8キロ、だからさして遠いわけではない。
何が気になったのかと言うと私が若い頃、取引先の大先輩の方が三ヶ根山の話を良くしていたためだった。


大先輩の方曰く
三ヶ根山からの景色はフィリピンの海の景色に似ている、だから慰霊碑を作る事になったのだが、他の人も思いは同じらしい。
だからどんどん慰霊碑が増えてゆく。
そんな話だった。


最初にグーグルアースでレイテ湾辺りの写真を検索すると

2013-11-19san pablo islandレイテ湾


2013-11-19hinunangan castlineレイテ湾

こんな写真が出てくる。
  


そしてこれが三ヶ根山からの景色

2013-11-19三ヶ根山から三河湾をのぞむ


なるほど、三ヶ根山からの海の景色はレイテ湾の景色とよく似ている。
今レイテ湾に向かって自衛隊の救助隊が急行中。22日には到着。
救助活動は大変だが自衛隊員諸氏の活躍、大いに期待したい。
  1. 社会一般
  2. TB(0)
  3. CM(0)

2013-11-15 23:42

「いせ」がレイテ島へ

 今週は無茶苦茶なスケジュールだったのでエントリーできませんでした。

恐縮です。
月曜日と水曜日は早朝出発、深夜帰宅でまるでバブル期の超繁忙時代の再現。
昨日からは仲間の親睦会で愛知県の三ヶ根山麓の温泉街で親睦会。
以上でエントリー出来なかった言い訳終りです(笑)
 
 
しかしそれはそれとして、フィリピンの台風30号被害、凄い事になってますね。
それが何が関係が有るのかという事ですが・・・
 
昨日から宿泊した温泉は愛知県の三ヶ根山の山麓にあります。
此処が三ヶ根山
 
さほど高い山ではありませんが独立峰で目の前は海、眺望は素晴らしいです。
 
三ヶ根山山頂からの眺望
 
そしてその眺めが大東亜戦争の激戦地フィリピンの海の風景に似ているという事で、この三ヶ根山頂には何時とはなくフィリピンで苦労した人たちが比島観音をつくり、約70基と言われる多数の慰霊碑を建立し戦友の霊を祀っています。
 
比島観音
 
そしてこれからが私の言いたい事。
空前の台風30号の被害に苦しむフィリピン救援の為、日本は約千人の自衛隊を派遣する。
更に空母型の護衛艦「いせ」、補給艦「おおすみ」などを派遣。
アメリカの空母を始め救援部隊を派遣するのでレイテ湾に日米の空母機動部隊が集結する。
(注:日本は空母と見まごう形だがヘリコプター搭載護衛艦です)
 
軍事関係に興味のある方ならレイテ島沖は日本とアメリカの海軍にとって因縁の地。
しかし今回は台風被害に苦しむフィリピン救援のために協力する。
素晴らしい事である。
 
これが護衛艦「いせ」
 
尚このフィリピン救援の話は朝日将軍さんのブログに詳しいので、詳細はそちらを参照ください。
フィリピンを救え! 日米英3大海軍国主力空母がレイテ湾に集結」
http://asahisyougun.iza.ne.jp/blog/entry/3220325/
 
 
今日のFC2エントリーはこちら

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2013-11-15 23:33

「いせ」がレイテ島へ

 今週は無茶苦茶なスケジュールだったのでエントリーできませんでした。
恐縮です。
月曜日と水曜日は早朝出発、深夜帰宅でまるでバブル期の超繁忙時代の再現。
昨日からは仲間の親睦会で愛知県の三ヶ根山麓の温泉街で親睦会。
以上でエントリー出来なかった言い訳終りです(笑)


しかしそれはそれとして、フィリピンの台風30号被害、凄い事になってますね。
それが何が関係が有るのかという事ですが・・・

昨日から宿泊した温泉は愛知県の三ヶ根山の山麓にあります。
此処が三ヶ根山
2013-11-15三ヶ根山地図


さほど高い山ではありませんが独立峰で目の前は海、眺望は素晴らしいです。

三ヶ根山山頂からの眺望

2013-11-15三ヶ根山からの眺望


そしてその眺めが大東亜戦争の激戦地フィリピンの海の風景に似ているという事で、この三ヶ根山頂には何時とはなくフィリピンで苦労した人たちが比島観音をつくり、約70基と言われる多数の慰霊碑を建立し戦友の霊を祀っています。

比島観音
2013-11-15比島観音


そしてこれからが私の言いたい事。
空前の台風30号の被害に苦しむフィリピン救援の為、日本は約千人の自衛隊を派遣する。
更に空母型の護衛艦「いせ」、補給艦「おおすみ」などを派遣。
アメリカの空母を始め救援部隊を派遣するのでレイテ湾に日米の空母機動部隊が集結する。
(注:日本は空母と見まごう形だがヘリコプター搭載護衛艦です)

軍事関係に興味のある方ならレイテ島沖は日本とアメリカの海軍にとって因縁の地。
しかし今回は台風被害に苦しむフィリピン救援のために協力する。
素晴らしい事、何か胸の熱くなる思いです。

これが護衛艦「いせ」
2013-11-15護衛艦いせ


尚この話は朝日将軍さんのブログに詳しいので、詳細はそちらを参照ください。
「フィリピンを救え! 日米英3大海軍国主力空母がレイテ湾に集結」
http://asahisyougun.iza.ne.jp/blog/entry/3220325/
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2013-10-31 21:26

正倉院宝物の借金の証文

  昨日奈良の正倉院展に行ってきた。

今回の正倉院展、目玉はこれ。

 

 

正に宝物である。

 

 

しかし私には今回最も興味深かったのは古文書。

正倉院の古文書には昔の戸籍だとか写経だとか色々ある。

写経などは実に美しい字。

 

だが一番興味深かったのはその写経などを行っている役人が書いた借金の証文。

何と写経している役人が役所から金を借りている。その証文が正倉院御物の中に含まれているのだ。

そこには利息まで書いてある。

一ヶ月に13%、これがその当時の借金の利息なのだという。

 

ヘーッ、そんな感じで次に行くとまた同じ名前の人がカネを借りている。

あれまっ、又カネを借りている、そう思ってよく見ると利息が値上がりしている。一ヶ月に15%だ。

 

一ヶ月に15%?、おい、それじゃあ高利貸の代名詞「トイチ=十日で一割」の半分じゃないか。トンデモナイ高利で金を貸していたんだなあ。

 

正倉院展で昔の高利貸の姿を見てきました(笑)。

意義ある一日でした。

 

最後に正倉院展が終わって食べたヒルメシ。

 

博物館内のレストランの薬膳弁当

 

何か健康に良い色んな野菜の入った弁当だそうですが、私的には右にチラッと写っているビールが美味しかった・・・。

 

 

FC2の方はこれです

http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-811.html

 

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2013-10-31 21:15

正倉院宝物の借金の証文

 昨日奈良の正倉院展に行ってきた。
今回の正倉院展、目玉はこれ。

2013-10-30正倉院展の宝物


正に宝物である。


しかし私には今回最も興味深かったのは古文書。
正倉院の古文書には昔の戸籍だとか写経だとか色々ある。
写経などは実に美しい字。

だが一番興味深かったのはその写経などを行っている役人が書いた借金の証文。
何と写経している役人が役所から金を借りている。その証文が正倉院御物の中に含まれているのだ。
そこには利息まで書いてある。
一ヶ月に13%、これがその当時の借金の利息なのだという。

ヘーッ、そんな感じで次に行くとまた同じ名前の人がカネを借りている。
あれまっ、又カネを借りている、そう思ってよく見ると利息が値上がりしている。一ヶ月に15%だ。

一ヶ月に15%?、おい、それじゃあ高利貸の代名詞「トイチ=十日で一割」の半分じゃないか。トンデモナイ高利で金を貸していたんだなあ。

正倉院展で昔の高利貸の姿を見てきました(笑)。
意義ある一日でした。

最後に正倉院展が終わって食べたヒルメシ。

博物館内のレストランの薬膳弁当

2013-10-31正倉院展の薬膳弁当


何か健康に良い色んな野菜の入った弁当だそうですが、私的には右にチラッと写っているビールが美味しかった・・・。
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2013-10-26 16:45

自衛隊の24時間

  27号、28号とたて続けにやってきた台風。どうやら伊豆大島も直撃は免れたようで良かったです。しかしまだ行方不明者の捜索が続いており、お亡くなりになった方のご冥福をお祈りします。

 

FC2の方は以下です

http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-809.html

 

 

所で伊豆大島の川島理史(まさふみ)町長、バリバリの共産党員の様ですね。

その間の事情をよもぎねこさんがエントリーしています。

 

日本共産党の大島大虐殺

「防災立島」めざす 大島町長が初の所信表明

http://yomouni.blog.fc2.com/blog-entry-2071.html

 

 詳細はよもぎねこさんのエントリーを見てください。確かにこれでは大虐殺ですが、ちょっとその前に最初から引っかかるモノが有る。

よもぎねこさんは赤旗の記事を引用しているのだが、最初に「大島町長が初の所信表明演説」とある。

ん? 最近選挙が有ったの?、良く読んでいくと4月以来初の・・・と書いてある。

ん? 4月に選挙が有ったの? 違う、2011年4月に当選し今1期目、つまり2年半たって前の初めての所信表明演説だったようだ。

 

 

前置きはこれくらいにして、よもぎねこさんのエントリーを読んでどうにも引っかかるモノが有り、朝早くコンビニに行って「週刊新潮」を買ってきた(私もミ~ハ~です)。

 

何が引っ掛かったのか? 川島理史(まさふみ)町長は前日出発したのにいやに早く帰ってきたことが不審だったから。

週刊新潮を読んでみたら「自衛隊機で帰ってきた。プロペラ機で五月蠅かった」と書いてある。

なるほどそれで分かった。東京都の猪瀬知事が自衛隊に出動を要請したのだと。

 

しかしそんな事は何処も報道していないし、川島町長も自衛隊機で運んでもらった、有難うなどとは言っていないようだ。

 

そこで今日の本論、自衛隊のHPに何をしたのかが公表されている。

彼らがどんな事をしたのか、自衛隊の最初の24時間をたどってみたい。

 

これは10月17日 11時30分現在の公表内容

(つまり大災害発生の16日からの約24時間分)

 

<以下引用>

 

台風26号に伴う行方不明者の捜索活動に係る災害派遣について(11時30分現在)

http://www.mod.go.jp/j/press/news/2013/10/17c.html

 

主な対応状況

【16日(水)】

*引用者注:派遣要請

10時20分東京都知事から第1師団長に対し、災害派遣要請

(じ後、隷下航空部隊は天候回復の状況を注視し待機。)

11時28分東部方面航空隊のUH-1(2機)が情報収集のため立川駐屯地を離陸。

11時34分東部方面航空隊のUH-1(1機)が情報収集のため立川駐屯地を離陸。

(上記3機は、13時11分館山基地に着陸、給油後、再び偵察を実施し立川に着陸。)

*引用者注:第1陣出発

11時57分第1普通科連隊のFAST-Force(人員約10名)がUH-60JA(1機)にて練馬駐屯地を離陸12時40分現地到着以降、行方不明者捜索活動を開始。(夜間については、投光器を用いて引き続き捜索活動を継続、以下同様)

*引用者注:第2陣出発

12時28分第1普通科連隊の捜索部隊(人員約40名)がUH-1(4機)にて練馬駐屯地を離陸、13時04分現地到着以降、行方不明者捜索活動を開始。

*引用者注:第3陣出発

12時48分第1普通科連隊の一次増援部隊(人員約30名、車両1両)がCH-47JA(2機)にて朝霞駐屯地を離陸、13時18分到着以降、行方不明者捜索活動を開始。

*引用者注;患者空輸

13時52分第21航空群のUH-60J(1機)が患者空輸のため館山基地を離陸、15時04分現地到着後、3名の患者を収容。

*引用者注:患者空輸

15時07分第21航空群のUH-60J(1機)が患者空輸のため館山基地を離陸、15時21分現地到着後、2名の患者を収容。

 

*引用者注:大島町長を空輸・・・この美保基地は米子空港内にある

15時12分第3輸送航空隊のC-1(1機)が大島町長(他2名)の輸送のため、美保基地を離陸、隠岐の島を経由し、16時53分大島空港到着。

 

17時04分第2輸送航空隊のC-1(1機)が警視庁の機動部隊(人員22名)及び国交省のTEC-FORCE(人員2名)の人員空輸のため、入間基地を離陸、17時27分大島空港到着。

18時00分防衛大臣、防衛副大臣、防衛大臣政務官より、今後の自衛隊の対応要領について指示。(特に、増援部隊及び適切な資機材の早期投入。関係省庁との連携について留意すること。)

19時30分第2輸送航空隊のC-1(1機)が警視庁の増援部隊(人員47名)の人員空輸のため、入間基地を離陸、19時52分大島空港到着。

21時19分第2輸送航空隊のC-1(1機)が国土交通省のTEC-FORCE(人員5名)及び消防応援部隊(第1派:人員19名)の人員空輸のため、入間基地を離陸、21時47分大島空港到着。

 

*引用者注:大型輸送艦出発【現地は接岸ができないため、エアクッショ

21時30分第1輸送隊の輸送艦(おおすみ)が広島湾から横須賀に向けて出発。(18日の午前中に到着予定、じ後の災害派遣活動を想定して進出するもの。) 

*引用者注:【現地は接岸ができないため、エアクッション型揚陸艇(LCAC)2隻で輸送に当たる】その為に、わざわざ、おおすみを派遣した様です。

 

22時34分第2輸送航空隊のC-1(1機)が消防応援部隊(第2派:人員1名、車両1両)の人員等空輸のため、入間基地を離陸、23時02分大島空港到着。

22時51分第2輸送航空隊のC-1(1機)が消防応援部隊(第3派:人員1名、車両1両)の人員等空輸のため、入間基地を離陸、23時24分大島空港到着。

23時53分第34普通科連隊の二次増援部隊(第1派)(人員約10名、車両1両)が第2輸送航空隊のC-1(1機)にて静浜基地を離陸、17日00時17分到着以降、行方不明者捜索活動を開始。

【17日(木)】

00時23分第34普通科連隊の二次増援部隊(第2派)(人員約30名)が第2輸送航空隊のC-1(1機)にて静浜基地を離陸、00時38分到着以降、行方不明者捜索活動を開始。

00時56分第34普通科連隊の二次増援部隊(第3派)(人員約30名)が第2輸送航空隊のC-1(1機)にて静浜基地を離陸、01時14分到着以降、行方不明者捜索活動を開始。

03時26分第34普通科連隊の三次増援部隊(第1派)(人員約40名)が第2輸送航空隊のC-1(1機)にて入間基地を離陸、03時49分到着以降、行方不明者捜索活動を開始

03時42分第34普通科連隊の三次増援部隊(第2派)(人員約40名)が第2輸送航空隊のC-1(1機)にて入間基地を離陸、04時15分到着以降、行方不明者捜索活動を開始

04時16分第1普通科連隊の四次増援部隊(人員約40名)が第2輸送航空隊のC-1(1機)にて入間基地を離陸、04時42分到着以降、行方不明者捜索活動を開始

04時44分第2輸送航空隊のC-1(1機)が緊急消防援助隊(横浜)(第1派:人員7名)の人員等空輸のため、入間基地を離陸、05時09分大島空港到着。

05時21分第2輸送航空隊のC-1(1機)が緊急消防援助隊(横浜)(第2派:人員2名、車両2両)の人員等空輸のため、入間基地を離陸、05時49分大島空港到着。

07時48分東部方面航空隊のUH-1(2機)が情報収集のため立川駐屯地を離陸、10時00分立川駐屯地着陸。

10時31分第2輸送航空隊のC-1(1機)が警視庁の特科車両隊等(第1派:人員33名)

 

<引用終り>

 

以上が猪瀬知事が自衛隊に災害派遣を要請してからの24時間の出動状況です。

その中には出張中の町長を隠岐島から伊豆大島まで運んだものも含まれます。

 

 

時間を追って見ると夜を徹して、準備できた部隊から次々に出動していくことが分かります。

また大型輸送艦(おおすみ)がエアークッション型揚陸艇と重機を運んでいますが、これも出動要請のその日に出動、遥々広島県の呉から伊豆大島に向かっています。

 

この24時間の出動状況を見ると自衛隊の存在がいかに大きな力になっているかが良く分かります。

そして彼らが常日頃の鍛錬や設備のメンテ、燃料や食料の管理などにどれだけ努力し、いざと言うときに備えているか、そんな事を再認識させられます。

 

こんな事を是非とも多くの人に知って貰いたいものです。

 

 

所で話は変わりますが、笑韓流家元ご隠居さんの昨日のブログにこんなモノが有ります。

「不良品だらけの韓国軍装備、有事の際どうなるか」

http://tosi.iza.ne.jp/blog/entry/3210956/

 

内容はどうぞ読んでみてください(笑)。

若し日本の自衛隊が今回のケースで韓国軍並の状況だったら・・・

 

まあどんな事になるか、考えただけでもぞっとします。

未だに韓国アゲに狂奔している犬HK、アカヒ、侮日さん方にはこの現実、多分見えないんでしょうねえ。

 

 

  1. 社会一般
  2. TB(0)
  3. CM(13)

2013-10-26 16:39

自衛隊の24時間

 27号、28号とたて続けにやってきた台風。どうやら伊豆大島も直撃は免れたようで良かったです。しかしまだ行方不明者の捜索が続いており、お亡くなりになった方のご冥福をお祈りします。

所で伊豆大島の川島理史(まさふみ)町長、バリバリの共産党員の様ですね。
その間の事情をよもぎねこさんがエントリーしています。

日本共産党の大島大虐殺
「防災立島」めざす 大島町長が初の所信表明
http://yomouni.blog.fc2.com/blog-entry-2071.html

 詳細はよもぎねこさんのエントリーを見てください。確かにこれでは大虐殺ですが、ちょっとその前に最初から引っかかるモノが有る。
よもぎねこさんは赤旗の記事を引用しているのだが、最初に「大島町長が初の所信表明演説」とある。
ん? 最近選挙が有ったの?、良く読んでいくと4月以来初の・・・と書いてある。
ん? 4月に選挙が有ったの? 違う、2011年4月に当選し今1期目、つまり2年半たって初めての所信表明演説だったようだ。


前置きはこれくらいにして、よもぎねこさんのエントリーを読んでどうにも引っかかるモノが有り、朝早くコンビニに行って「週刊新潮」を買ってきた(私もミ~ハ~です)。

何が引っ掛かったのか? 川島理史(まさふみ)町長は前日出発したのにいやに早く帰ってきたことが不審だったから。
週刊新潮を読んでみたら「自衛隊機で帰ってきた。プロペラ機で五月蠅かった」と書いてある。
なるほどそれで分かった。東京都の猪瀬知事が自衛隊に出動を要請したのだと。

しかしそんな事は何処も報道していないし、川島町長も自衛隊機で運んでもらった、有難うなどとは言っていないようだ。

そこで今日の本論、自衛隊のHPに何をしたのかが公表されている。
彼らがどんな事をしたのか、自衛隊の最初の24時間をたどってみたい。

これは10月17日 11時30分現在の公表内容
(つまり大災害発生の16日からの約24時間分)

<以下引用>

台風26号に伴う行方不明者の捜索活動に係る災害派遣について(11時30分現在)
http://www.mod.go.jp/j/press/news/2013/10/17c.html

主な対応状況
【16日(水)】
*引用者注:派遣要請
10時20分 東京都知事から第1師団長に対し、災害派遣要請。
(じ後、隷下航空部隊は天候回復の状況を注視し待機。)
11時28分 東部方面航空隊のUH-1(2機)が情報収集のため立川駐屯地を離陸。
11時34分 東部方面航空隊のUH-1(1機)が情報収集のため立川駐屯地を離陸。
(上記3機は、13時11分館山基地に着陸、給油後、再び偵察を実施し立川に着陸。)
*引用者注:第1陣出発
11時57分 第1普通科連隊のFAST-Force(人員約10名)がUH-60JA(1機)にて練馬駐屯地を離陸、12時40分現地到着以降、行方不明者捜索活動を開始。(夜間については、投光器を用いて引き続き捜索活動を継続、以下同様)
*引用者注:第2陣出発
12時28分 第1普通科連隊の捜索部隊(人員約40名)がUH-1(4機)にて練馬駐屯地を離陸、13時04分現地到着以降、行方不明者捜索活動を開始。
*引用者注:第3陣出発
12時48分 第1普通科連隊の一次増援部隊(人員約30名、車両1両)がCH-47JA(2機)にて朝霞駐屯地を離陸、13時18分到着以降、行方不明者捜索活動を開始。
*引用者注;患者空輸
13時52分 第21航空群のUH-60J(1機)が患者空輸のため館山基地を離陸、15時04分現地到着後、3名の患者を収容。
*引用者注:患者空輸
15時07分 第21航空群のUH-60J(1機)が患者空輸のため館山基地を離陸、15時21分現地到着後、2名の患者を収容。

*引用者注:大島町長を空輸・・・この美保基地は米子空港内にある
15時12分 第3輸送航空隊のC-1(1機)が大島町長(他2名)の輸送のため、美保基地を離陸、隠岐の島を経由し、16時53分大島空港到着。

17時04分 第2輸送航空隊のC-1(1機)が警視庁の機動部隊(人員22名)及び国交省のTEC-FORCE(人員2名)の人員空輸のため、入間基地を離陸、17時27分大島空港到着。
18時00分 防衛大臣、防衛副大臣、防衛大臣政務官より、今後の自衛隊の対応要領について指示。(特に、増援部隊及び適切な資機材の早期投入。関係省庁との連携について留意すること。)
19時30分 第2輸送航空隊のC-1(1機)が警視庁の増援部隊(人員47名)の人員空輸のため、入間基地を離陸、19時52分大島空港到着。
21時19分 第2輸送航空隊のC-1(1機)が国土交通省のTEC-FORCE(人員5名)及び消防応援部隊(第1派:人員19名)の人員空輸のため、入間基地を離陸、21時47分大島空港到着。

*引用者注:大型輸送艦出発
21時30分 第1輸送隊の輸送艦(おおすみ)が広島湾から横須賀に向けて出発。(18日の午前中に到着予定、じ後の災害派遣活動を想定して進出するもの。) 
*引用者注:【現地は接岸ができないため、エアクッション型揚陸艇(LCAC)2隻で輸送に当たる】その為に、わざわざ、おおすみを派遣した様です。

22時34分 第2輸送航空隊のC-1(1機)が消防応援部隊(第2派:人員1名、車両1両)の人員等空輸のため、入間基地を離陸、23時02分大島空港到着。
22時51分 第2輸送航空隊のC-1(1機)が消防応援部隊(第3派:人員1名、車両1両)の人員等空輸のため、入間基地を離陸、23時24分大島空港到着。
23時53分 第34普通科連隊の二次増援部隊(第1派)(人員約10名、車両1両)が第2輸送航空隊のC-1(1機)にて静浜基地を離陸、17日00時17分到着以降、行方不明者捜索活動を開始。
【17日(木)】
00時23分 第34普通科連隊の二次増援部隊(第2派)(人員約30名)が第2輸送航空隊のC-1(1機)にて静浜基地を離陸、00時38分到着以降、行方不明者捜索活動を開始。
00時56分 第34普通科連隊の二次増援部隊(第3派)(人員約30名)が第2輸送航空隊のC-1(1機)にて静浜基地を離陸、01時14分到着以降、行方不明者捜索活動を開始。
03時26分 第34普通科連隊の三次増援部隊(第1派)(人員約40名)が第2輸送航空隊のC-1(1機)にて入間基地を離陸、03時49分到着以降、行方不明者捜索活動を開始
03時42分 第34普通科連隊の三次増援部隊(第2派)(人員約40名)が第2輸送航空隊のC-1(1機)にて入間基地を離陸、04時15分到着以降、行方不明者捜索活動を開始
04時16分 第1普通科連隊の四次増援部隊(人員約40名)が第2輸送航空隊のC-1(1機)にて入間基地を離陸、04時42分到着以降、行方不明者捜索活動を開始
04時44分 第2輸送航空隊のC-1(1機)が緊急消防援助隊(横浜)(第1派:人員7名)の人員等空輸のため、入間基地を離陸、05時09分大島空港到着。
05時21分 第2輸送航空隊のC-1(1機)が緊急消防援助隊(横浜)(第2派:人員2名、車両2両)の人員等空輸のため、入間基地を離陸、05時49分大島空港到着。
07時48分 東部方面航空隊のUH-1(2機)が情報収集のため立川駐屯地を離陸、10時00分立川駐屯地着陸。
10時31分 第2輸送航空隊のC-1(1機)が警視庁の特科車両隊等(第1派:人員33名)

<引用終り>

以上が猪瀬知事が自衛隊に災害派遣を要請してからの24時間の出動状況です。
その中には出張中の町長を隠岐島から伊豆大島まで運んだものも含まれます。


時間を追って見ると夜を徹して、準備できた部隊から次々に出動していくことが分かります。
また大型輸送艦(おおすみ)がエアークッション型揚陸艇と重機を運んでいますが、これも出動要請のその日に出動、遥々広島県の呉から伊豆大島に向かっています。

この24時間の出動状況を見ると自衛隊の存在がいかに大きな力になっているかが良く分かります。
そして彼らが常日頃の鍛錬や設備のメンテ、燃料や食料の管理などにどれだけ努力し、いざと言うときに備えているか、そんな事を再認識させられます。

こんな事を是非とも多くの人に知って貰いたいものです。


所で話は変わりますが、笑韓流家元ご隠居さんの昨日のブログにこんなモノが有ります。
「不良品だらけの韓国軍装備、有事の際どうなるか」
http://tosi.iza.ne.jp/blog/entry/3210956/

内容はどうぞ読んでみてください(笑)。
若し日本の自衛隊が今回のケースで韓国軍並の状況だったら・・・

まあどんな事になるか、考えただけでもぞっとします。
未だに韓国アゲに狂奔している犬HK、アカヒ、侮日さん方にはこの現実、多分見えないんでしょうねえ。

  1. 社会一般
  2. TB(0)
  3. CM(2)

2013-10-25 15:17

五平餅の由来と伝播<広重と五平餅の続編です

  広重と五平餅の話の続編として五平餅の由来と伝播についてまとめました。

最近東海地方ならどこでも手に入る五平餅ですが、その由来などは諸説入り乱れています。

 

参考までにウィキペディアで五平餅と言う項目が有ります。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E5%B9%B3%E9%A4%85

 

 

しかし此処で五平餅の由来はと言うと

江戸時代中期頃に木曽・伊那地方の山に暮らす人々によって作られていたものが起源というのが濃厚である。米が貴重であった時代、ハレの食べ物として祭りや祝いの場で捧げられ、食べられていた。」 こうなっている。

 

 私が昭和40年代に五平餅を探して奥三河や東濃・南信を走り回った頃に聞いた話で肝心な部分、それは「ハレの食べ物として祭りや祝いの場で捧げられ、食べられた」、こんな事。

そして伝統的な五平餅は「わらじ型」といってこんな形。

 

昔ながらの五平餅は本当にわらじ並みの大きさ、現在は食べやすさの為小さめになっている。

 

 

そこで3年前こんなエントリーをした。

五平餅の話

http://tansoku159.iza.ne.jp/blog/entry/1752072/

 

ここで長野県木曽谷の中山道妻籠(つまご)の宿から伊那谷の飯田に抜ける街道の宿場、大平の宿でこんなモノを見つけた。

五平餅は大平の宿が発祥の地なのだと言う。

 

 

此処に書いてある文章はこんな風

 

五平餅の由来

 今を去ること二百数十余年前の大昔、

この大平部落の開祖「山田信七」が開発した

同じ頃、大蔵五平という杣師(そまし:キコリ)が

住んで居たとの事。

 その五平が山仕事に毎日弁当(昼飯)には

必ずにぎり飯を平にし味噌をつけ、それを

火で焼いて食するのが常食だったとの事。

 (当時はわらじの型で五平五合と言って

 1人でこの位い食したとの言い伝え)

 これを見た連れの者達が、五平餅と名付け

春と秋の山の神の祭りのごちそうとして、

又来客の接待など今に伝わっている。

 (五平餅の発祥の地がこの大平部落であり

      今では全国に伝わっている)

                加藤

 

所でその大平の宿は現在廃村になっているのだが、その村の由来がどうなっているかwikiに依れば

「江戸時代中期(宝暦4年、1754年)、伊那谷と中山道の妻籠宿を結ぶため、飯田藩によって大平街道が建設された。

そして木地師の大蔵五平治と穀商人の山田屋新七が、信濃飯田藩から許可を得て開墾したことに始まる。」

 

この話は上掲の看板の内容と符合する。つまり大蔵五平とは大蔵五平治の事。

そして街道開通の翌年には藩主が此処を通って上京し、その折五平治の家で休息したことが記録されている。

恐らく五平治はこの村の庄屋だったのだろう。

 

 

そして杣(そま、きこり)がどんな風に仕事をしていたか、それが良く分かる資料が有る。

岐阜県の坂下町、現在の岐阜県中津川市坂下の鎌田宮雄氏が昭和59年に出版した「ふるさと坂下」と言う本が有る。現在これはネットで見られるのだがここに戦前の杣の様子が古老などの聞き取りを中心にまとめられている。

ふるさと坂下

杣と日用

http://www.takenet.or.jp/~ryuuji/saka/furusato/110.html

 

此処を見ると杣の仕事は山に入るのが4月1日(江戸時代は八十八夜の前の晩)、そこで先ず山の神に山の安全を願って祈りをささげてから山に入る。

山に入ったら月一度の休み以外は働きっぱなし。そして休みには山の神を祀って五平餅を食べたり酒を飲んだり、そんな生活が晩秋まで続いたとの事。

山中の杣の小屋での休日。

 

 

 こんな仕事をしていた男衆が冬になると山里の家に帰ってくる。

そんな所で山の神を祀る山の講で五平餅を食べた、この経験が山里の習慣になったようである。

 

つまり五平餅の由来は、最初は大平宿の大蔵五平さん(五平治さん)、

それが山仕事の共同生活で山の男たち(杣、きこり)の習慣になり、それぞれの故郷の山里の習慣になった。

 

そんな事が言えるようである。

 

最後に山里の山の講まつりがどんなものか、それが分かる事例を紹介しよう。

 

これは中津川市加子母の方のブログ。

http://blog.goo.ne.jp/kashimo-michi/e/27850d39d590d282e4e4a8e089d2dde0

 

山の講まつり

 

2007年02月07日 | 加子母情報

 

 

毎年この時期、加子母では地区ごとに「山の講まつり」があります。

道の駅のベテランスタッフも五平餅づくりにかりだされて、写真のような大きな五平餅を持ち帰ってきました。木の部分は「サワラ」です。

米の部分も美味しかったですが、手作りの五平の味噌ダレが絶品でした。

 

次回の山の講では、道の駅独自で五平餅イベントをやりたいものです。

山の神(女)に捧げる、この時期限定の五平餅の形に、お客様もきっと驚く(喜ばれる?)ことでしょう。

 

●●山の講とは●●

山の講は毎年2月7日と12月7日の2回で、木で作った山仕事の道具や男根、小豆飯、いわしの丸干し、それに御神酒を供えます。

神事がすむと火を焚き暖をとりながら飲食。

山の講には山で働く者全員が参加し、もしこの日山で働くとケガをするといういい伝えがあったから。山の神は女神で、女性は参加できない。

男根が供えられるのもそんなところに理由があるようです。

 

 

最後に蛇足中の蛇足、山の講は、山は女性は入ってはいけない、この事について。

上掲の山中の小屋に若し女性が入ってきたら・・・

何か月も女っ気なしで暮らしていた山の男衆、何が起こるか分からない。

(早く言えば従軍慰安婦状態・・・)

そんな事で間違いを防ぐため山の神は「女」、だから人間の女は入ってはいけないという事になっているとの説もある。

山の神が何故女かは諸説あるが、その一つという事で。

 

 

FC2のエントリーはこちらです

http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-808.html

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2013-10-25 15:14

五平餅の由来と伝播<広重と五平餅の続編です

 広重と五平餅の話の続編として五平餅の由来と伝播についてまとめました。
最近東海地方ならどこでも手に入る五平餅ですが、その由来などは諸説入り乱れています。

参考までにウィキペディアで五平餅と言う項目が有ります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E5%B9%B3%E9%A4%85


しかし此処で五平餅の由来はと言うと
「江戸時代中期頃に木曽・伊那地方の山に暮らす人々によって作られていたものが起源というのが濃厚である。米が貴重であった時代、ハレの食べ物として祭りや祝いの場で捧げられ、食べられていた。」 こうなっている。

 私が昭和40年代に五平餅を探して奥三河や東濃・南信を走り回った頃に聞いた話で肝心な部分、それは「ハレの食べ物として祭りや祝いの場で捧げられ、食べられた」、こんな事。
そして伝統的な五平餅は「わらじ型」といってこんな形。
2013-10-25わらじ型五平餅


昔ながらの五平餅は本当にわらじ並みの大きさ、現在は食べやすさの為小さめになっている。


そこで3年前こんなエントリーをした。
五平餅の話
http://tansoku159.iza.ne.jp/blog/entry/1752072/

ここで長野県木曽谷の中山道妻籠(つまご)の宿から伊那谷の飯田に抜ける街道の宿場、大平の宿でこんなモノを見つけた。
五平餅は大平の宿が発祥の地なのだと言う。
2013-10-25大平宿の看板



此処に書いてある文章はこんな風

五平餅の由来
 今を去ること二百数十余年前の大昔、
この大平部落の開祖「山田信七」が開発した
同じ頃、大蔵五平という杣師(そまし:キコリ)が
住んで居たとの事。
 その五平が山仕事に毎日弁当(昼飯)には
必ずにぎり飯を平にし味噌をつけ、それを
火で焼いて食するのが常食だったとの事。
 (当時はわらじの型で五平五合と言って
 1人でこの位い食したとの言い伝え)
 これを見た連れの者達が、五平餅と名付け
春と秋の山の神の祭りのごちそうとして、
又来客の接待など今に伝わっている。
 (五平餅の発祥の地がこの大平部落であり
      今では全国に伝わっている)
                加藤

所でその大平の宿は現在廃村になっているのだが、その村の由来がどうなっているかwikiに依れば
「江戸時代中期(宝暦4年、1754年)、伊那谷と中山道の妻籠宿を結ぶため、飯田藩によって大平街道が建設された。
そして木地師の大蔵五平治と穀商人の山田屋新七が、信濃飯田藩から許可を得て開墾したことに始まる。」

この話は上掲の看板の内容と符合する。つまり大蔵五平とは大蔵五平治の事。
そして街道開通の翌年には藩主が此処を通って上京し、その折五平治の家で休息したことが記録されている。
恐らく五平治はこの村の庄屋だったのだろう。


そして杣(そま、きこり)がどんな風に仕事をしていたか、それが良く分かる資料が有る。
岐阜県の坂下町、現在の岐阜県中津川市坂下の鎌田宮雄氏が昭和59年に出版した「ふるさと坂下」と言う本が有る。現在これはネットで見られるのだがここに戦前の杣の様子が古老などの聞き取りを中心にまとめられている。
ふるさと坂下
杣と日用
http://www.takenet.or.jp/~ryuuji/saka/furusato/110.html

此処を見ると杣の仕事は山に入るのが4月1日(江戸時代は八十八夜の前の晩)、そこで先ず山の神に山の安全を願って祈りをささげてから山に入る。
山に入ったら月一度の休み以外は働きっぱなし。そして休みには山の神を祀って五平餅を食べたり酒を飲んだり、そんな生活が晩秋まで続いたとの事。

山中の杣の小屋での休日。
2013-10-25杣の休日


 こんな仕事をしていた男衆が冬になると山里の家に帰ってくる。
そんな所で山の神を祀る山の講で五平餅を食べた、この経験が山里の習慣になったようである。

つまり五平餅の由来は、最初は大平宿の大蔵五平さん(五平治さん)、
それが山仕事の共同生活で山の男たち(杣、きこり)の習慣になり、それぞれの故郷の山里の習慣になった。

そんな事が言えるようである。

最後に山里の山の講まつりがどんなものか、それが分かる事例を紹介しよう。

これは中津川市加子母の方のブログ。
http://blog.goo.ne.jp/kashimo-michi/e/27850d39d590d282e4e4a8e089d2dde0

山の講まつり

2007年02月07日 | 加子母情報
2013-10-25加子母の五平餅



毎年この時期、加子母では地区ごとに「山の講まつり」があります。
道の駅のベテランスタッフも五平餅づくりにかりだされて、写真のような大きな五平餅を持ち帰ってきました。木の部分は「サワラ」です。
米の部分も美味しかったですが、手作りの五平の味噌ダレが絶品でした。

次回の山の講では、道の駅独自で五平餅イベントをやりたいものです。
山の神(女)に捧げる、この時期限定の五平餅の形に、お客様もきっと驚く(喜ばれる?)ことでしょう。

●●山の講とは●●
山の講は毎年2月7日と12月7日の2回で、木で作った山仕事の道具や男根、小豆飯、いわしの丸干し、それに御神酒を供えます。
神事がすむと火を焚き暖をとりながら飲食。
山の講には山で働く者全員が参加し、もしこの日山で働くとケガをするといういい伝えがあったから。山の神は女神で、女性は参加できない。
男根が供えられるのもそんなところに理由があるようです。


最後に蛇足中の蛇足、山の講は、山は女性は入ってはいけない、この事について。
上掲の山中の小屋に若し女性が入ってきたら・・・
何か月も女っ気なしで暮らしていた山の男衆、何が起こるか分からない。
(早く言えば従軍慰安婦状態・・・)
そんな事で間違いを防ぐため山の神は「女」、だから人間の女は入ってはいけないという事になっているとの説もある。
山の神が何故女かは諸説あるが、その一つという事で。

  1. 社会一般
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  3. CM(0)

2013-10-24 22:06

広重と五平餅の話

 読売新聞の中部版に「広重をたどって 中山道編」という特集記事が有る。
毎週土曜日の名古屋圏欄に掲載されているのだが、私は昔から浮世絵好き。
何せ今から40年も前に北斎・歌麿・広重の浮世絵画集を買ったくらい 、安月給でよくぞあんな高価なモノを買ったなあ・・

その広重と私の好きな五平餅とくれば、これは話題にするしかあるまい。
という事で最初に挨拶代わりに広重の中山道の浮世絵の代表作の一つを。

これは中山道大井の宿、今の岐阜県恵那市である。
(恵那市中心部に大井という地名は残っている)
2013-10-24広重中山道69次大井宿縮小版


降りしきる雪の中をゆく旅人を正面からとらえたもの。
現在の恵那市では多分こんな雪は滅多に降らないだろう。江戸時代は寒かった、そんな空気が伝わってくる。
尚この画像、浮世絵が大きすぎて私の小さなスキャナーでは上下左右が入りきらないので少しずつ切れている。ご容赦を。

これから地球は寒冷化に向かうが、多分何年か先にはこんな景色が当たり前になるかも・・ ちょっとこの話は別の機会に。


さて本題に入ります。

以下読売新聞の記事、尚この記事はリンク先を見ると会員以外は読めないようになっているので全文引用します。

<以下引用>

[広重をたどって 中山道編]庶民の宿 庶民の味=中部発
2013年10月12日15時25分 読売新聞
五平餅


 歌川広重が御嶽(御嵩)宿(岐阜県御嵩町)で描いた浮世絵に「きちん宿」が登場する。薪炭の代金(木賃)だけを支払い、自炊した木賃宿のことだ。庶民の宿の原型で、後に食事も出す旅籠(はたご)となったが、裕福でない旅人にとっては、むしろ敷きで雑魚寝の木賃宿でもありがたかった。浮世絵ではちょうど釜の湯が沸いている。持参した乾飯(ほしいい)にかければ夕食となった。
2013-10-24木賃宿写真


(注:この画像は私の持っている画集から写真にしたもの)

 地元の会社員奥村正広さん(57)に宿場を案内してもらった。子どもの夏休みの宿題で、一緒に町内の句碑を研究したのがきっかけで郷土史に目覚め、今では教員向けの雑誌に寄稿するほどになった。2年後に開創1200年を迎える古刹(こさつ)、願興寺を訪ねると、顔なじみという住職の小川文甫(ぶんぽ)さん(68)が草むしりをしていた。本堂とともに伝教大師作と伝わる本尊など24体の仏像が重要文化財となっている。しかし、なぜか荘厳さより親近感を覚えた。

 戦国末期、甲斐の武田勢に伽藍(がらん)を焼かれた。再建したのは地元の農民たちで、「都から宮大工を呼ぶ余力はなく、柱も板も村人の寄進でそろえ、ようやく造営したのです」と小川さん。本堂を一巡りする回廊は幅が4メートルもある。異例の形は「宿場が整備される以前、旅人たちに夜露をしのぐ場所を提供するため」でもあったという。同寺の醸す親近感とは、広重の浮世絵に通じる庶民性だったのだ。
2013-10-24馬篭宿のだんご型五平餅


 ところで、木曽路から旧宿場を訪ね歩いてきた取材で、いつも空腹を癒してくれたのは、それぞれの宿場で売られている五平餅だった。郷土の味とうたわれることも多い。馬籠宿(同県中津川市)では島崎藤村の小説「夜明け前」にも登場すると聞かされたが、「聞き書 岐阜の食事」(「日本の食生活全集」第21巻)などによると、御嵩町が五平餅の西限だった。

 「我が家では作る風習はありませんが」と西限説に首をかしげる奥村さんと、願興寺の隣接地に同町観光協会が出店する「みたけ茶屋」をのぞいた。五平餅があった。責任者の土本直子さん(60)によると、家に伝わるみそだれの味をそのまま再現しているのだという。ただ「本当はわらじ型で、食べやすさを考えて」だんごを押しつぶした丸平だんご型としていた。

 庶民の味だったせいか、五平餅の研究は少なく、恵那市の郷土史家で昨年、85歳で亡くなった安藤利道さんのまとめた「五平餅味栗毛」がほぼ唯一の例。岐阜県東濃地方、長野県木曽・伊那地方、愛知県奥三河などに分布し、そのカタチは10種類に分かれる。たれのみそ、しょうゆの違いも加味すれば分類はさらに複雑になるそうだ。

 安藤さん以降、県内で研究の後継者は出ていない。一方、愛知県豊田市では3年前に「とよた五平餅学会」が誕生した。同市職員で、今のところ唯一の学会学芸員、天野博之さん(44)は分布の理由、そして御嵩町が西限の理由も説明できるという。そのことは次回に。(千田龍彦)

http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20131012-120-OYT8T00673/list_CHUBU%255fRENSAI%2509%25E5%25BA%2583%25E9%2587%258D%25E3%2582%2592%25E3%2581%259F%25E3%2581%25A9%25E3%2581%25A3%25E3%2581%25A6%25E3%2580%2580%25E4%25B8%25AD%25E5%25B1%25B1%25E9%2581%2593%25E7%25B7%25A8_0/list_CHUBU

[広重をたどって 中山道編]存亡かけた街道間競争=中部発
2013年10月19日15時25分 読売新聞
庶民の道

 前回を受けて五平餅の話から始める。「五平餅味栗毛」をまとめた故・安藤利道さん、愛知県豊田市職員で「とよた五平餅学会」学芸員天野博之さん(44)はともに「五平餅の発祥は山の神をまつる山の講の御供え」としている。さらに天野さんは、五平餅の分布が、三河湾で作られた塩を奥三河や信州、美濃へと運んだ塩の道や、目的地まで同じ馬で荷を運ぶ「中馬」の通った街道網と重なることに注目。「馬を引く馬子たちによって広められ、やがて地域ごとに特色が加わったのでは」と推測する。

 岐阜県御嵩町が五平餅分布の西限となった理由も「同町の伏見宿より先は水運が可能で、馬による搬送との境界の一つだったからです」(天野さん)という。


広重は伏見宿近くの大杉の下で休息する巡礼たちを描いた(中山道広重美術館所蔵「木曽海道六拾九次之内」より) (注:画像省略)

 水運の拠点となったのは、伏見宿から北へ約600メートル、木曽川左岸の崖下にある新村湊(しんむらみなと)で、下流の同県笠松や三重県桑名の間に定期船が出た。年貢米や茶、陶器、薪、炭などを積み込み、油、塩、昆布、みそ、畳、タンスなどが陸揚げされた。今では雑木や竹やぶに覆われ、湊跡に近づくことはできないが、崖の上で代々問屋を営んできた日比野弘文さん(53)方には、往時の湊を想像して描かれた水彩画が飾られている。「私が子供の頃は、絵の通りの階段も残っていて、木曽川まで下りて泳いだものです」という。

新村湊を描いた水彩画。「絵の通りの険しい階段が崖上まで続いていました」と日比野さん(注:画像省略)
 ところで、歌川広重が伏見宿で描いた大杉は、中山道沿いにはなく、同宿の西で別れ、小牧宿(愛知県小牧市)経由で名古屋城下へ向かう上(うわ)街道(木曽街道)沿いにそびえていた大杉を借用したものだとされている。江戸との往還で、尾張藩はこの街道を名古屋と中山道を結ぶ公式の道として藩営で整備した。現在の名鉄小牧・広見線と並行する。

 しかし、旅人や商人は大井宿(岐阜県恵那市)と名古屋を勝川(愛知県春日井市)経由で結ぶ下(した)街道、今日の国道19号の方を好んだ。「尾張の街道と村」の著者で春日井市の郷土史家桜井芳昭さん(75)は「大井―名古屋間で比べると、下街道の方が約4里(16キロ)も短く、高低差も少なくて歩きやすかった。中山道や上街道では宿場ごとに荷物を積み替えるため、手間も経費もかかり、中馬を利用できる下街道の方がずっと便利だったのです」という。

 利用者の減少は宿場の存亡にかかわる。このため1624年(寛永元年)、影響を受ける伏見宿など中山道と上街道の宿場が尾張藩に対し、下街道の利用禁止を訴え、同藩はその利用に規制を加えた。しかし、規制には抜け道があり、やがて形だけになって、下街道が盛り返し、規制強化や保護策の訴えは幕末まで繰り返された。「政策より経済原則が勝り、上街道利用の定着は困難でした」と桜井さん。

 ちなみに、新村湊からの水運についても、太田宿(岐阜県美濃加茂市)以西の宿場から、取り扱い荷物量が減ったとの苦情が出ている。(千田龍彦)

http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20131019-120-OYT8T00613/list_CHUBU%255fRENSAI%2509%25E5%25BA%2583%25E9%2587%258D%25E3%2582%2592%25E3%2581%259F%25E3%2581%25A9%25E3%2581%25A3%25E3%2581%25A6%25E3%2580%2580%25E4%25B8%25AD%25E5%25B1%25B1%25E9%2581%2593%25E7%25B7%25A8_0/list_CHUBU

<引用終り>

こんな記事です。

しかし私にはどうも釈然としないものがある。実は私が幼い頃、一番古い記憶が五平餅を食べた事。そんな経緯を3年前のエントリーで書いてみた。
五平餅の話
http://tansoku159.iza.ne.jp/blog/entry/1752072/

だから昔の五平餅については結構知っているのだが、そもそも五平餅と言うのはこんなモノ。
これが昔ながらの五平餅の形、現在でもあちこちで見かける「草鞋(わらじ)型五平餅」
2013-10-23五平餅(八雲団子製)


この写真のモノは現代風に食べやすいように少し小さくしてある。昔のモノは本当のわらじ並みの大きさ、しかし食べる時口の周りに味噌がついて食べにくい。
この為食べやすいようにだんご型などが出来た。

そして私が昭和40年代に五平餅を探して奥三河から東濃・南信の山里を走り回った時知った事。
それは
五平餅は山里で冬に食べるモノ。
それもお祭りとか、お客さんが来たときとかのハレの日に食べるモノ。
こんなモノだった。

という事で五平餅のルーツもその伝播の経緯も良く分かっていないようだ。
ではその五平餅のルーツと伝播の経緯について、その話は次回にエントリーします。
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2013-10-13 18:32

JR北海道の処方箋<またまた続編>

 先回のエントリーでJR北海道にはISO9000シリーズの導入が一つの解決策との考えを書いた。
しかし少々舌足らず、そこでISO9000品質マネージメントシステムについてちょっと捕捉したい。

最初に先回のエントリーでこんな表を出した。

JIS(日本)とISO(欧米)の基本的な違い

  JIS(日本)            ISO(欧米)

・商品の品質を保証する      ・「品質保証のシステム」を保証する

・メーカーの責任で顧客に保証  ・顧客の立場からメーカーに要求

・自主管理・自主検査        ・第三者機関の検証(証拠主義・契約重視)

・従業員の経験と知恵        ・マニュアルの厳守


此処で私が言いたいのは日本式はあくまで性善説。しかし時間とともに人も組織も変わる。その中で一貫して品質を保証するしくみ、これが日本式には欠けていたのだ。

その丁度いい事例が有る。昔日本には品質管理の最高の賞としてデミング賞と言うのが有った。受賞した会社は鼻高々で自慢したものである。
しかしこの賞がいろいろ問題がある事が分かり、特にこの賞を受賞した会社は業績が悪化する事が顕著になった。
ISO9000の品質マネージメントシステムはそのアンチテーゼなのである。

この要求事項の中でも最重点は三つ。
1. 品質マネージメントシステム(品質マニュアル)
2. 経営者の責任
3. 内部監査(内部品質監査)

この中でも最後の内部監査、これは内部監査員を決め、教育訓練し、マニュアルの基づいて監査する。
この内部の監査員と言うところが重要なのだ。外部から来た人間では内部の複雑な問題はなかなか分かり難い。内部の人間ならそれを発見できるのである。

例えば今回の脱線事故の発端となったレールの異常が放置された問題。
これを内部監査なら例えばこんな会話になる。

監査員:レールの異常を修正したデータを見せてください
担当者:ハイ、これ
監査院:アレッ、最近のデータが無いね。レールの検査報告書を見せて
担当者:・・ガサガサ、ハイ、これ
監査員:可笑しいなあ、最近も測定したはずなのにどうしてデータが無いの
担当者:・・・ まだ未処理です
監査員:不具合は15日以内に完了させる決まりでしょ。半年たって未処理は無いでしょ。

こんな会話で問題は直ぐ分るのである。

日本式の品質管理で一番欠けていたのがこの内部監査と言う考え方。
JR北海道建て直しのためには極めて有効ではないかと思えるのだ。
是非とも検討してほしい所である。
  1. 社会一般
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  3. CM(6)

2013-10-11 18:02

JR北海道の処方箋<続々編>

 JR北海道の深刻なトラブル、昨日もまた可笑しな不祥事が報道されている。停車するべき駅を通過してしまったとか。
しかしJR北海道の問題はそんな個々の事象を見ていても分からない、組合内に革マル派が浸透していると言った体質的な問題がある事を前回指摘した。
そんな問題だらけの体質改善にこれはと言うものが有る。
ISO9000の品質マネージメントシステムの導入だ。
 
 
一寸聞きなれない人の為に解説。
ISOというのは国際標準化機構(ISO International Organization for Standaardization)のことです。
元々は製品やサービスにおける国際標準規格制定する機構です。
古い人ならネジの規格を世界的の統一したので記憶が有るかもしれません。
 
 
そして従来いろんな企業がばらばらにやっていた品質マネージメント規格をISOで統一する動きが出てきたのが欧米で1987年、日本では1991年からなので、そんなに古いものではない。
 
さてそのISO9000シリーズの品質マネージメントシステムはどんなものかと言うと
ISO9000規格の要求事項の基本は
① 企業の品質についての方針を定め
② 品質に関する各人の責任と権限を明確にし
③ 品質を実現するための品質マネージメントシステムを企業に適した形に文書化
④ 現場が間違いなく文書化したとおりに実行している事を
⑤ 記録することで証明し(説明責任を持っている事
⑥ 顧客の要求する品質を確保している事をいつでも開示できるようにしている事
 
つまりISO9000規格は「システム(仕組み)」の規格である地う事になる。
 
こんなモノが出来た背景には実は日本が品質で世界一になってきて、欧米の存在を脅かすようになってきたことが背景にある。だからこの規格は当時の日本の品質についての考え方(当時TQCと言っていた)を徹底的に調査し、それを踏まえて出てきたものである。
 
しかし日本の考え方は「言葉の通じる、真面目な日本人」が対象であり、人種も言葉も宗教も違う欧米では全く違う考え方にならざるを得なかった。
 
簡単にその差を見てみると
 
JIS(日本)とISO(欧米)の基本的な違い
 
  JIS(日本)            ISO(欧米)
 
・商品の品質を保証する     ・「品質保証のシステム」を保証する
 
・メーカーの責任で顧客に保証  ・顧客の立場からメーカーに要求
 
・自主管理・自主検査      ・第三者機関の検証(証拠主義・契約重視)
 
・従業員の経験と知恵      ・マニュアルの厳守
 
こんな違いが有る。
そして日本式は性善説、欧米式はマニュアルと証拠重視でいわば性悪説に対応できるようになっている。
 
こんな考え方なのでJR北海道の様に社内に問題分子を抱え、その対策に四苦八苦している所にはとても有効ではないかと思う。
 
尚これを導入しようとすると社内教育だけでなく経営幹部も教育に参加せねばならない。実に大変で私の経験でも教育から始まってシステムづくり、文書化など2年くらいかかった。
JRでも同じだと思うが是非やってみる価値が有ると思う。
 
是非とも検討していただきたい事である。

  1. 社会一般
  2. TB(0)
  3. CM(6)

2013-10-11 17:54

JR北海道の処方箋<続々編>

 JR北海道の深刻なトラブル、昨日もまた可笑しな不祥事が報道されている。停車するべき駅を通過してしまったとか。
しかしJR北海道の問題はそんな個々の事象を見ていても分からない、組合内に革マル派が浸透していると言った体質的な問題がある事を前回指摘した。
そんな問題だらけの体質改善にこれはと言うものが有る。
ISO9000の品質マネージメントシステムの導入だ。

一寸聞きなれない人の為に解説。
ISOというのは国際標準化機構(ISO International Organization for Standaardization)のことです。
元々は製品やサービスにおける国際標準規格制定する機構です。
古い人ならネジの規格を世界的の統一したので記憶が有るかもしれません。

そして従来いろんな企業がばらばらにやっていた品質マネージメント規格をISOで統一する動きが出てきたのが欧米で1987年、日本では1991年からなので、そんなに古いものではない。


さてそのISO9000シリーズの品質マネージメントシステムはどんなものかと言うと
ISO9000規格の要求事項の基本は
① 企業の品質についての方針を定め
② 品質に関する各人の責任と権限を明確にし
③ 品質を実現するための品質マネージメントシステムを企業に適した形に文書化
④ 現場が間違いなく文書化したとおりに実行している事を
⑤ 記録することで証明し(説明責任を持っている事
⑥ 顧客の要求する品質を確保している事をいつでも開示できるようにしている事
 
つまりISO9000規格は「システム(仕組み)」の規格である地う事になる。

こんなモノが出来た背景には実は日本が品質で世界一になってきて、欧米の存在を脅かすようになってきたことが背景にある。だからこの規格は当時の日本の品質についての考え方(当時TQCと言っていた)を徹底的に調査し、それを踏まえて出てきたものである。

しかし日本の考え方は「言葉の通じる、真面目な日本人」が対象であり、人種も言葉も宗教も違う欧米では全く違う考え方にならざるを得なかった。

簡単にその差を見てみると

JIS(日本)とISO(欧米)の基本的な違い

  JIS(日本)         ISO(欧米)

・商品の品質を保証する     ・「品質保証のシステム」を保証する

・メーカーの責任で顧客に保証  ・顧客の立場からメーカーに要求

・自主管理・自主検査      ・第三者機関の検証(証拠主義・契約重視)

・従業員の経験と知恵      ・マニュアルの厳守

こんな違いが有る。
そして日本式は性善説、欧米式はマニュアルと証拠重視でいわば性悪説に対応できるようになっている。

こんな考え方なのでJR北海道の様に社内に問題分子を抱え、その対策に四苦八苦している所にはとても有効ではないかと思う。

尚これを導入しようとすると社内教育だけでなく経営幹部も教育に参加せねばならない。実に大変で私の経験でも教育から始まってシステムづくり、文書化など2年くらいかかった。
JRでも同じだと思うが是非やってみる価値が有ると思う。

是非とも検討していただきたい事である。
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2013-10-10 21:57

JR北海道の処方箋<続編>

  JR北海道の深刻な不祥事、その裏にあるのが労働組合に根を張る過激派=革マル派の存在。そんな事が週刊誌を賑わしている。

昨日「JR北海道の処方箋」エントリーで悪意のある業務妨害的なケースは私もタイ時代に経験が有り、そんな対策としてISO9000が有力な武器になると書いたがもう少し説明したい。

その前にJR北海道に蔓延る革マル派について、週刊誌ネタを。

 

<以下引用>

 

革マル・金欠「JR北海道」の闇

2013.10.6 18:00 (1/2ページ)[花田紀凱の週刊誌ウォッチング]

 

 列車火災に脱線事故、267カ所にも及ぶレール異常の放置と不祥事続きのJR北海道について、『週刊文春』『週刊新潮』(ともに10月10日号)が揃(そろ)って取り上げている。

 

 「JR北海道社員の8割以上が『革マル系労組』所属」(『文春』)

 

 「なぜ『JR北海道』はここまでデタラメな組織なのか?」(『新潮』)

 

 組合が革マル系の北鉄労(北海道旅客鉄道労働組合)に握られ、〈会社と組合の力関係が逆転〉(『文春』)、アルコール検査でさえなかなか実施できなかったことに原因があるとした点は両誌共通。

 

 だが、理由はそれだけではないと、深く掘り下げているのが『新潮』。

 

 理由のひとつは会社の金欠状態にあると解説するのは関西大学社会安全学部の安部誠治教授。

 

 〈「分割民営化する時点で、JR北海道が年間500億円以上の赤字を垂れ流すことは想定されていました。(中略)そこで、国の主導のもと、6800億円の“経営安定化基金”が設けられ、その運用益で赤字を穴埋めする仕組みがつくられたのです」〉

 

ところがデフレ経済下の低金利で利回りが7・3%から4%程度に下落。年間500億円あった運用益は300億円にまで減少。

 

 〈「差し引き200億円分は社員数を削減(1万3000人→7100人)したり、保線や機材の交換をケチったり」〉

 

 『新潮』の結論は〈もはや、もう一度、“国鉄”に戻る以外に打つ手なし〉

 

http://sankei.jp.msn.com/life/news/131006/bks13100618000012-n1.htm

 

<引用終り>

 

 

実はJRに蔓延る革マル派はJR北海道だけではない。JR東日本・JR北海道・JR貨物で構成されるJR総連が革マル派が浸透しているのである。

そしてこの事はポッポが総理大臣時代に国会答弁で認めている。

この事は以下wiki記事参照ください。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A8%E6%97%A5%E6%9C%AC%E9%89%84%E9%81%93%E5%8A%B4%E5%83%8D%E7%B5%84%E5%90%88%E7%B7%8F%E9%80%A3%E5%90%88%E4%BC%9A

 

 

この問題の深刻さを考える上で参考になるのがJR連合が民死党時代の2010年に出したこの資料。是非見てください。

http://www.jr-rengo.jp/minshuka/201010soshikipamph.pdf

 

彼らの危機感が良く分かる。そしてその危惧していたことが現に今起こってしまったのだ。

 

 

さてそのJR北海道、週刊誌的にはお気軽に〈もはや、もう一度、“国鉄”に戻る以外に打つ手なし〉だがそんなことが出来る訳が無い。

 

ここは国民一人一人が真剣に考えねばいけない問題なのである。

ポッポ内閣でさえ革マル派が浸透していると名指したJR総連、その支持を受けている革マル派シンパと言われるのが枝野幸男、う~ん、なにをか言わんや・・・。

 

 

見苦しいものをお見せしました。がしかし避けて通れません。

自分たちが選んだ政権が起こした問題なのです。

民主党に一票を投じた人たちみんなが、皆さんの一票がこんな問題を大きくしたのだよ、そう思わないと解決は難しいのです。

 

そういえば枝野は最近亡命するなどと口走っているようです。自分のやった悪事は自分が一番よく知っているという事でしょうか。

 

 

 

ISO9000の話を書くつもりで前段が長くなりすぎました。

この先は次回に。

 

 

所でイザが無くなるのですが未だにウロウロしています。

今はエキサイトとFC2に同じ記事をアップし様子を見ていますが、どちらも使いにくいですね。

エキサイトの記事はこちら

http://tansoku159.exblog.jp/21255373/

 

FC2の記事はこちら

http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-802.html

 

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2013-10-09 21:07

JR北海道の処方箋

  JR北海道の不祥事が止まらない。しかも今回は悪質である。

事態がいかに深刻か?、それはJR北海道の記者会見時刻を見ても分かる。

10月8日午前0時、緊急の記者会見で問題を報告した。

 

先ずはそれを伝える報道から

 

<以下引用>

 

JR北海道:ATS不作動 「最後の砦」もおろそか 幹部らまた謝罪

毎日新聞 2013年10月08日 東京朝刊

 

 「重大な事象を招いたことを重ねて、重ねておわびします」。JR北海道の特急列車で自動列車停止装置(ATS)が正常に作動していなかった問題で、JR北本社(札幌市中央区)は8日午前0時から記者会見し、冒頭で豊田誠・鉄道事業本部長と難波寿雄・鉄道事業本部車両部長が謝罪した。深夜の緊急会見には50人以上の記者が詰めかけ、相次ぐトラブルに厳しい質問が相次いだ。

 

 ATSはヒューマンエラーを防ぐため、列車の安全運行の最後の砦(とりで)として取り付けられている。特急オホーツクは、その要の非常ブレーキが動作しないまま乗客を運んでいた。

 

 非常ブレーキを作動させるためには、先頭車両にあるコックが「開」になっている必要があった。しかしオホーツクは最大約90日間にわたり、「閉」の状態になっており、非常ブレーキが作動していなかった。理由について豊田本部長らは「現在、調査中。最後に点検を行ってから、ここを触る修繕はしていない」と説明した。

 

 難波部長は「最悪、ATSが鳴動してもそのまま乗務員がブレーキをかけなかったら、赤信号を行き過ぎてしまうこともあった。オホーツクは単線を走ることも多く、衝突や脱線も考えられないことではない」と明かした。定期検査にあたる「交番検査」では、ATSのコックまでは確認しないという。

 

 今回、ATSが正常に作動するか確認したところ、非常ブレーキが利かなかったため、コックを調べて異常が見つかったという。この列車が最後に運行されたのは今月6日だった。【久野華代】

 

http://mainichi.jp/select/news/20131008ddm041040102000c.html

 

<引用終り>

 

 

JR北海道の不祥事は後から後から出てくる。

しかも深刻なのは悪意のあるサボタージュと思われるものが多い事だ。

今回の一件など間違いなくそれだろう。

だからこそJR北の幹部が「午前0時に記者会見」、こんな異常な事をそれもこの不具合で実際に事故が起こったわけでもないのに行った、此処にJR北の危機感が現れていると思う。

 

実は私がタイで仕事をしていて一番気にしていたのがこれだった。

悪意をもってのサボタージュ。

例えば良品の製品の中に外観上は良品と変わらない不良品を放り込む。

若しこんな事をされたら信用失墜、大問題になるのは間違いない。

自動車の場合リコールだって有りうる、実にトンデモナイ話なのだ。

しかし日本の社会のシステムは性善説でできている。そんな悪い事をする人などいない筈だ、こんな前提でできている。

此処に落とし穴が有る。

 

タイの会社でも2度ほどそんな事が有った。

 

監視カメラをつけたり、聞き取り調査をしたり、色んな手を打って見たが埒があかない。

最後の結論はと言えば・・・

現地人従業員は知っているのである。但し仲間意識なのか何なのか、それが我々の耳に届くことは無い。

 

その為の取り組んだのが「日本式のモノ造りの心の徹底教育」だった。

現地人経営幹部だけでなく、中間管理職から末端の一作業員までこれを徹底する。勿論簡単ではない。

そしてその為に一番効果が有ったのがISO9000の品質マネージメントシステムの採用だった。

ISO9000は欧米が中心でできたものだが、この中には日本の品質システムTQCの考え方が多数織り込まれている。

 

中でも有効だったのが「内部監査」と言う考え方。

会社の中のベクトルを合わせるためにこれが実に有効だった。

 

JR北が苦しんでいるが、そして心あるJRマンにこれならどうかと言ってアドバイスできるのがこの考え方である。

 

長くなるのでこの話は次回に。

 

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2013-10-05 21:59

コメントが有るからブログは価値が有る

  イザブログからの引っ越しで四苦八苦していたのだが、昨日FC2がイザからの移行に対応しているという事で引っ越しが完了した。

コメントや画像など全部引っ越しが出来る、FC2は有りがたい事をしてくれたものだ。

 

所で偶々だが最近家人の知り合いで仕事をリタイアしてから心機一転地震や気象を勉強している方がいる。

その方に私のブログの内参考になりそうなもののコピーを贈った。

贈ったのはこんなエントリー

イザ版  http://tansoku159.iza.ne.jp/blog/entry/2234027/

FC2版 http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-278.html

 

イザ版  http://tansoku159.iza.ne.jp/blog/entry/2231940/

FC2版 http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-276.html

 

昨日その方から電話が有り、大変参考になるとの事だったが、特に興味深かったのがコメント欄。

いろんな方のいろんな意見が飛び交っているのが大変面白いと言う話しだった。

 

コメント欄が有ってそこでいろんな意見の遣り取りが出来る。

ブログの一番いい所である。

 

このコメント救出の為最悪コメントを全部本文に取り込むことを考えていたのだが、やらずに済んでよかったと思っている。

 

イザ版、FC2版のエントリーを比較して見てください。

FC2版はイザから機械的に移行したままで、全く何も触っていません。

 

コメントが生きてこそブログの価値が有る。

今回それを痛感しました。

 

 

エキサイト版エントリーはこれ

http://tansoku159.exblog.jp/21221337/

 

FC2版エントリーはこれ

http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-798.html

 

影の声・・・流浪の民の流れ旅はまだまだ終点ではないようだな(笑)

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2013-09-26 20:50

今年のコメの出来は

  今日は仲間との会合、話題は今年のコメの出来。

今年はどうも当地方は豊作の様だ。

一反で平年8俵位の所で10俵もとれた、そんな話が聞こえてくる。

でも高温障害で白くなって味が落ちたのが有るよ、と言ったのは先ほどまでコンバインに乗っていた友人。

量は多いのだが高温障害もあるようだ。

 

 

収穫を待つイネ、今日は抜けるような青空

 

 

 

コメが豊作なのは良い事なのだが、今年の新米は去年産のコメより少し安いらしい。稲作農家はブツブツだが消費者は歓迎だろう。

 

まだデフレ傾向が完全に止まったわけではないようだ。

さてそこに消費税の増税が迫っている。

折角20年もの間寝込んでいた病人がやっと治りかけた所に冷や水をぶっかけることになるのだが・・・

 

安倍さん、考え直すのは今だよ!。

 

 

目下流浪の民をやっています。

エキサイトのエントリーはこちら

 

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2013-09-18 14:28

中秋の名月<よもぎねこさんのエントリーから

  明日は旧暦の8月15日、中秋の名月である。

この日は日本でも月見の習慣が有る。

 

月々に月見る月は多けれど 月見る月はこの月の月

・・・百人一首 詠み人知らづ

 

この月が何月の月を歌っているかと言うと、「歌の中に月が8回出てくるから8月の月」だそうだ。

がしかし私的には

 

矢張りこれでしょう、月より団子です。

 

とまあ、柄にもない事を言いだしたのはこの中秋の名月、中国、韓国では中秋節(中国)とか秋夕(チュソク、韓国)といって旧正月と並ぶ大祭日。

そして例によってこれも韓国起源説が喧しい。

 

所でよもぎねこさんの古いブログにこの中秋節パクリ話を取り上げたものが有り、そこに出てくるイラストやコメントなどが大変面白い。

 

今イザブログが消滅しそうなのだが、こんな興味深いモノは貴重な財産だと思う。

そこで消滅前にパクってみようと考えた次第。

よもぎねこさんご了承を。

 

尚北海道在住のよもぎねこさんだが、北海道の言葉でパクるとは「取り換える」と言う意味。

何処かのニダ族お得意のパクリなど、インテリジェンス溢れたよもぎねこさんには縁が無い。念のため。

 

そのエントリーとは以下のモノ

http://yomogineko.iza.ne.jp/blog/entry/711283/

 

<以下引用>

 

【中韓】 中秋(秋夕)は中国の文化?~新羅の僧が唐に伝えたのが起源★2[09/08]

 

1 :蚯蚓φ ★:2008/09/09(火) 07:53:44 ID:???

http://www.allthatnews.co.kr/news/photo/200809/11067_10462_2834.jpg 

秋夕(チュソク)節で人口大移動が行われる中国に世界は耳目を集中する。そして、秋夕の文化が中 
国の文化であると考え、中国も文化の源泉地である韓国人にその人数の数字を強調して圧力を加えて 
いる。 

中秋を迎え、こんなことを考えている私たち国民がまず真実を知らなければならない立場に置かれて 
いる。中国学者シュンペイが発表した中秋の資料を見れば唐以前の中国には秋夕文化はなかった。唐 
以後に秋夕節を行う風習ができた、と古文献は証明する。 

唐初期と中期『芸文類聚』と『初学期』をよく見ても民間の歳時風俗の項目に8月十五夜の秋夕は言及 
されていない。一方、唐へ来た僧侶、圓仁(ウォンイン)が書いた入唐求法巡礼行記を見れば8月の十 
五夜にお寺と民間で餠や食べ物を調えて節日を祝った場所は新羅だったと記録している。新羅の中秋 
節が新羅の僧侶によって唐に渡ったと伝えているのだ。 

‘隋書’の東夷伝を見れば、新羅の王が8月十五夜に音楽を演奏して弓術大会を開き、‘旧唐書’の 
東夷伝でも新羅ではこの日を重要と考えて、食べ物を施して弓を射るなどの大会をした、という記録 
を見ても、当時の唐で秋夕を祝ったのではなく、新羅が先に祝ったということだ。 

特に東北工程で韓国の歴史を中国の歴史に変身させようとする意図を見せる中、これに先だち私たち 
固有の文化を中国の文化として奪おうとする動きがあったという事実が衝撃的だ。中国は旧盆の名節 
を自分の文化にするために、私たちが知らないうちに2005年には41万人が越える中国人の署名を集めた。 

チョン・ヨンギュ(啓明大学大学院)文学博士は「根がない木に他の木を組み合わせることができない 
ように、自らの固有の伝統文化を忘れてしまった民族には、無条件に受け入れたり、文化の植民地に 
転落するしかない」と彼の著書で明らかにしている。 

カン・ソヒョン記者 

ソース:allthatnews(韓国語)中秋、中国の文化持ちこんだこと? 
http://www.allthatnews.co.kr/news/articleView.html?idxno=11067 

 

 

・・・中略
 中国の皆さんも関心をお持ちのようです。 楽しいイラストまで貼ってあります

 

 

 
よもさんのエントリーはまだまだ続くのだが、そこでのコメントにこのイラストに描いてある言葉の意味が解説されている。
 
<以下コメントから引用>
Commented by 無駄話 さん

こんばんわ。よもぎねこさんのブログを見るつもりで現れたのがこの内容なので,一瞬,間違えたのかと思いました。
2チャンネルはずいぶん難しいことも解説できる方々が参加しているんですねえ。

実は偶然ですがこの入唐求法巡礼行記については少し追加できることを知っています。円仁は唐代末期の10年間を唐の寺院をめぐり歩いてそれを日記に書き残しました。この書物の研究者として有名な人物がアメリカの日本大使として知られているエドウィン ライシャワーさんです。
彼はこの日記の解説書を出版しております。ずいぶん前に古書店で偶然にライシャワーの本(日本語訳)ということで手に取ってみて,その前文を読んで買ってしまいました。
この本は唐代末期の仏教が衰えた状態や唐の社会の様子が詳しく書かれている歴史的に貴重な旅行記だそうです。たしか,岩波文庫からも解説が出版されていたように思います。「じっとう ぐほう じゅんれい こうき」と読むそうです。かれは円仁を「えんじん」と読んでいます。

 
 

2008/09/10 05:05

 

Commented by 丸山光三 さん

TBのリクエストに答えて、訳を、
[中秋节是我们的]>>中秋節は我々のものだ。
[爸爸,月饼要怎么吃呀?]>>パパ、ゲッペイはどうやって食べるの?
[傻孩子,月饼当然是炸了吃]>>馬鹿だねこの子は、ゲッペイは他人のものをせしめて食べるんだよ。

「炸」は、声調によって意味が変わります。二声なら「油で揚げる」です。普通に使用するのは「油で揚げる」ほうです。例、「炸油条」(ヨウテイアオを揚げる)、「炸醤麺」(ジャージャン麺)。

また「炸」には、四声なら「割れる」、「爆破する」、「激怒する」、「騒動が起こる」、などの派生的な意味がありますが、そこに引っ掛けるニュアンスもあるのかもしれません。

しかし、「炸」には口語的に「他人のものを強奪する」という使用法もありますから、このシーンでは、これが実にぴったりですね。

 
 

2008/09/10 05:36

 

Commented by ご隠居 さん

 入唐求法巡礼行記ですが私は「にっとうぐほうじゅんれいこうき」と読んでいました。この読み方は呉音、唐音入交りで統一がありませんが仏教はあまりそこいらが厳格ではありませんからね。

明治後に入ったキリスト教などは坊主読みと言われた呉音を嫌って学校名でも「関西」を「かんせい」と「明星」を「めいせい」と発音させていますからね。

 

2008/09/10 07:46

 

<引用終り>

 

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2013-09-15 22:38

武人の心

  嫌韓流家元ご隠居さんのブログにこんなエントリーが有る。

 

「古朝鮮から受け継いできた剣の芸術」 大韓剣法協会総裁が伝統剣法書を著す 

http://tosi.iza.ne.jp/blog/entry/3185031/

 

 

そこにこんな面白い写真が・・・

 

 

韓国が剣道は韓国起源だと言って騒ぐ話の元になっている写真の一つ。

抜けば錆散る赤イワシ!!!

 

 

注:アカイワシ=赤イワシ=赤鰯です。岡山県の赤磐市とは関係ありません。(これは何と申してよいものやら・・・)

 

赤鰯とは辞書に依れば

1 塩漬けにし、または干して、油脂が酸化し赤茶けた鰯。

赤く錆びた「なまくらな刀」のたとえ

「きさまたちの赤鰯で、なに、切れるものか」〈滑・膝栗毛・四〉

 

 

注釈が長くなった。

この写真、誰が見ても笑える。

 

こんな錆びだらけの刀、よくもまあ持ち出したモノだが・・・

しかしそれはそれとして、良く見ると刀を持っている手に注目、小指が締まってないのだ。

日本の武道なら必ず小指を締めろと言うはず。形だけ真似るとこんなモノと言ういい証拠ではある。

 

 

その小指を締めると言っても分かり難いのだが、丁度そんな所を解説してくれた方がいるのでちょっと拝借。

 

以下「整体院からくさ」さんのブログより拝借

http://www.seitai-karakusa.com/%E5%8F%A4%E6%AD%A6%E9%81%93/%E5%B0%8F%E6%8C%87%E3%82%92%E7%B7%A0%E3%82%81%E3%82%8B/

 

 

 刀を振る時には「小指を締める」と言います。

 先ずは小指をしっかりと握り込めということなのですが、なかなか難しいのかもしれません。

 

 ふり慣れていない人の動きを見ていると、おそらく人差し指辺りで柄を握っているので、切り下ろした時に手首が伸びてしまっているところを見かけます。

 

こういう状態です。

 

 腕が床と水平になる位置に来た時に、刀も腕と水平に近くなっています。

刀の重さでそのうち手首を痛めそうです。

 

…そういえば、昔手首を痛めたなぁ。

ちょっと懐かしく思いました。

 

完璧な例…とは言えないのですが、小指で支えるとこんな感じになります。

 

 

人差し指はほとんど柄に触れているだけで、中指から小指を締めています。

 

<以下略 詳細は上記リンク先参照ください>

 

 

とまあ長々と前口上を述べてきたがこんな事に興味が有るのは実はご先祖様の書いたものを見たらこんな事が書いてあったため。

どんなものかと言うと

 

 

これは槍術の秘伝書で文禄3年(1594年)5月の日付のモノ。

槍術なので「杖之固在小指」と書いてあるが、剣も同じだと思う。

よほど重要と見えて「口伝」となっている。

 

 

 

韓国のパクリは呆れる他はないが、こんな400年以上前の武術の秘伝書にその極意が書いてある。

日本には韓国とは比較にならない文化が有った証拠である。

 

 

尚この古文書の最後にはこんなモノが

 

 

韓国にはこんな心など薬にしたくも無いだろうなあ、そう思う次第。

 

武術は心である。

それは武器が刀から鉄砲にかわり、今では大砲やミサイルだが武人の心は変わらないと思う。

 

最後に日本刀がどんなに切れるのか、そんな映像を

 

 

あの赤イワシでこんな事をしたらどうなるだろう・・・(笑)

  1. 社会一般iza
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2013-09-14 17:28

イプシロン打ち上げ成功 惑星観測衛星を予定軌道に投入

イプシロン打ち上げ成功 惑星観測衛星を予定軌道に投入
 
 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は14日午後2時、新型の固体燃料ロケット「イプシロン」を鹿児島県肝付町の内之浦宇宙空間観測所から打ち上げた。約1時間後、搭載していた惑星観測衛星「スプリントA」を予定の軌道に投入し、打ち上げは成功した。
 
トピックス「イプシロン」
 イプシロンは、8月27日には発射直前にシステムが機体の異常を誤検知して打ち上げを中止。JAXAが打ち上げの「再挑戦」に向けて総点検を続けてきた。
 
 14日の打ち上げは当初、午後1時45分の予定だったが「警戒区域に船舶が入り込む可能性が出た」(JAXA)として、直前に打ち上げ時間を同2時に変更。3連休の初日とあって町内には多くの見学者が集まり、打ち上げを見守った。無事に発射され、空に向かって飛び立つ白い機体に、大きな歓声が上がった。
http://www.asahi.com/tech_science/update/0914/SEB201309140009.html
 
 
 
イプシロン、やりました。
この前の打ち上げ直前の中断延期は東京オリンピック招致の為に神様がちょっと待てと仰ったのかも。
正にオリンピック招致成功の盛大な祝砲になりました。
 
この固体燃料ロケット、固体燃料そのものが世界中の垂涎の的、何せこのまま即ミサイル転用できるのですから。
おまけにパソコン2台で管理できる簡単さ、多分これからいろんな国が技術を盗みに来るでしょう。
しっかりガードを固め、さらなる発展を期したいですね。

  1. 社会一般iza
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2013-09-08 08:17

祝! 東京オリンピック2020

  祝! 東京オリンピック招致成功。

今日明日は九月九日、重陽の節句である。

目出度い事の重なる日、東京の、日本の、そして世界にとって目出度い日となる。

 

この招致成功は何が招致成功の要因だったか、これからそんな話が出てくるだろう。

イギリス在住のtna6310147さんから面白い話が聞こえてきた。

興味深い話なのでそれを紹介したい。

 

<以下引用>

 

・・・前段一部略・・・

ただ、オリンピック誘致の最後での妨害工作を叩き伏せた(?)のは、どうやら安倍総理だったようです。 BBCは開催地決定セレモニーを中継し、どうして東京に決まったか、イスタンブールは落ちたか、マドリッドは予選敗退したか、、、に付いて分析してましたが(←暇だな、、、)、福島原発の汚水問題に付いて、安倍総理がIOC委員に話をして対策を約束した事が、IOCに安心感を与えた、、、と、分析してました。

 

IOCはソチ・オリンピックやリオ・オリンピックの資金不足やインフラ整備の遅れにイライラいたらしく、今回の東京の選択は「一番確実だから」というのが理由のようです。問題を持ち込まれたくないようですね。東京オリンピックは既に20社以上のスポンサーの確約があり、東京自体が必要なインフラが揃っていますので、まあ、それにプラスαをするとしても、マドリッドやイスタンブールの空手形の約束よりは確実。そこが選択のポイントだったようです。

 

となると、平昌のオリンピックは恐ろしい事になりそうな、、、。まあ、それはお隣の問題。対南朝鮮外交の基本「見ざる、聞かざる、関わらず」で、、、。選手の人達もマトモな宿舎なんか用意する訳ないんですから、オリンピックはすっ飛ばして、それぞれの競技の世界選手権に集中した方がいいと思いますが、、、。

 

・・・以下略・・・

http://tna6310147.iza.ne.jp/blog/entry/3179288/

 

<引用終り>

 

ここでtna6310147さんが引用しているBBCニュースは多分こんなモノ

http://www.bbc.co.uk/sport/0/olympics/24002795

 

 

 

しかし流石BBC、冷静に分析している。

ロシアのソチにして、ブラジルのリオにしても、本当にオリンピックが出来るのか危ぶまれている。

そういう意味では日本なら絶対安心だ。そういう安心感が世界中にあるのだろう。

未開のニダ族国が散々妨害工作をしてきたが、そいつは丁度いい。

ニダ族国で何か「平昌」とか言うところでオリンピックをやるらしいが、口から出まかせで招致したことがバレている。

日本が支援を断る丁度いい理由が出来た。

「日本がオリンピック招致をしたときは散々妨害した、その口で助けてくれと言われてもねえ」。

ニダ族国に嫌われると良い事が起こるのが世界の絶対法則。

今回その法則が発動した良い例になったわけだ。

 

何はともあれ日本再生、大きな弾みがつくことになった。

アベノミクスには正に追い風である。

 

良き哉、良き哉!

 

 

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2013-08-19 22:35

権兵衛峠

  権兵衛峠と言う名前を聞いた事が有るだろうか。

昨日ルート361は19なる珍エントリーをしたのだが、その国道の向かう先が権兵衛峠。この峠は昔から一度は走ってみたいと思っていたのだが何時も通行不能。

そんな事で私には見果てぬ夢(笑)の酷道だった。

 

 

ざっとどんな所かと言うと

 

長野県の木曽福島から伊那谷の方に抜ける峠道。峠の海抜は1522メーター。

私が若い頃何度か行こうとしたが、その頃は何時も通行不可能だった。

 

しかし2年ほど前、木曽路を通りかかった時地元の人からこんな話を聞いた。

「木曽谷から伊那谷へは今まで中央道の恵那山トンネル経由、またはその隣の清内路峠しか越える道が無かった。でも最近権兵衛峠が通れるようになったのでとても便利になった」、そんな話だった。

あの凄まじい難所、昔を知る身には是非とも通ってみたい所だった。

丁度「ルート361が19」なる面白い話が有ったので是非にという事で行ってみた。

 

 

木曽福島からは宮ノ越までは19号線、ここで右折し伊那方面へ

 

しばらく走るとこんなモノ

 

姥神トンネル手前はあまりにも山が急峻なので勾配をゆるくするためのループ橋

 

そして権兵衛峠道路は姥神トンネル、権兵衛トンネルと抜けると伊那谷に出る。

これは権兵衛トンネルの伊那谷側出口。

 

 

権兵衛トンネル、全長4467M、標高:伊那側~1062M、木曽側~1162M。

尚権兵衛峠の旧道は標高1522M、此処から更に500M、この急峻な山を登っていた。

 

その旧道がどんなものだったか。

これは2006年2月の開通直後、ある方が撮影したR361の旧道、開通したばかりのR361新道(権兵衛峠道路)から見たもの。

 

こんな道が此処から更に標高差500メーター以上登ってゆく。勿論大型車は通行不可。冬は通行止め。梅雨時や台風などが来れば通行止め。

私が何度か行こうとした頃は地図上は通行不可の印が付いていた。

旧道が条件が良くても1時間30分かかる所が30分で通れる様になったのだとか。

 

 

ちょっとここで木曽谷と中山道の話を。

地図で見ると分かるが、木曽谷はとても狭く険しい。隣の伊那谷は広々とした所で、現在は中央自動車道もここを通っている。

そして昔、平安時代頃はここは東山道と言われ、そのルートは岐阜県の中津川から恵那山の神坂峠(標高1595M)を通っていた。ほぼ現在の中央自動車道のルートと同じだった。

 

どうして中山道が現在のルートになったのか? そしてJR中央線まで同じルートなのはなぜか?

 

 

これは一般的な木曽谷風景

木曽路の南の端に近い三留野の宿、そこにかかる桃介橋。

 

木曽谷は急峻な山がそのまま谷底の木曽川に落ちている。

その川に沿ったわずかな平地に街道を作った。そして少し平地が有ったらそこが宿場町。

だから木曽路の風景はどこでもこんなモノ

 

島崎藤村の有名な小説「夜明け前」の冒頭、「木曽路はすべて山の中である」と言うのはこの川沿いの山裾の道、それはそのまま山の中にある道、それで木曽路はすべて山の中と言った、そんな背景が有る。

 

しかし川沿いの道は険しいモノの急な上り坂は少ない。荷物を持った旅人には長い急坂の無いのが一番、これが中山道が木曽谷を通った理由。

鉄道も全く理由は同じ。そこで中山道と中央線がほぼ並行している訳だ。

 

しかし江戸時代、中山道は参勤交代の大名行列などが通り繁栄した。しかし狭い谷、少ない人口ではコメなどは到底足りない。その為隣の伊那谷からコメを運ぶために開いたのが権兵衛峠街道。

多いときには1日千頭もの牛馬がこの急峻な峠を越えたのだとか。

 

さてでは権兵衛峠を越えたらどんな景色か?

これは権兵衛トンネルを出て数キロ下った所。

 

明るい景色である。

山に囲まれ、暗い印象のある木曽谷とは全く違う表情を見せる伊那谷。

すでに稲が実り始めており、遠くに見えるのは南アルプスの山々。

素晴らしいですね。

 

 

2006年2月4日、長年の夢がかなってこの道路が開通。

総事業費700億円のこの大事業、大変な難工事だったようだが地元の人にとっては木曽谷と伊那谷の新しい時代を開くものになったのだとか。

この開通式当日、是非ともこの道を走りたいと言う車が押し掛け、この道路は伊那谷の交差点から木曽谷国道19号交差点までクルマが数珠つなぎになった。

木曽福島の人がクルマで東京に行くのにこれを使えば簡単に中央自動車道に乗れる。伊那の人が新幹線に乗るのに木曽福島に出ればそこから中央線で名古屋に出て新幹線。

全く新しい世界が開けたようだ。

 

コンクリートが人のために役に立つ、いや人の生活の未来を拓くものになる、そんないい事例だったようだ。

暑い暑い中を走ってきたが、何か素晴らしいものを見たような、そんな小さな旅だった。

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2013-08-10 22:59

盆である

  盆である。正確には「月遅れの盆=お盆」だがまあいいや。兎に角盆だ。

6日、9日、そして15日と供養の続く日々だが、先人のやってきたことを偲ぶ日でもある。

私は自分の家の仏壇と家人の家の仏壇と両方抱えているので、今月は両方の墓参りやら供養やらで何やら難しい月でもある。

何せ宗旨も違うので・・・  まあ、そんな事は置いといて。

 

 

 

最初にこんな動画

 

 

これはイラクに派遣された自衛隊の活動がどんな風に現地の人に受け入れられたかが分かる動画。

 

実はアセアン各国で日本軍の話を聞くとこの自衛隊の活動と同じ話がいろいろ聞こえてくる。

大東亜戦争で戦地に赴いた人はもうほとんどいない。でもこんな話は何時までも語り継ぎたいものだ。

日本はアセアン諸国を侵略し、悪事の限りを尽くしたかのような事を言う人がいる。しかし事実は全く違う。

そんな事が分かる話である。

 

 

 

 

所で話はガラッと変わってプライベートの話だが、今ご先祖様の書いた古いモノを整理している。

そんな中にこんなモノが

 

 

 

奥付を見ると文禄3年と書いてあるから関ヶ原の戦いの前になる。そんな頃の武術の秘伝書の一部。

武人のたしなみの一端が分かるのではないか。

 

盆なのでご先祖様を祀ってその心を考えたい。

そんな事を考えている

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2013-08-08 21:58

緊急地震速報、良い訓練だったじゃないか

  今日は白昼の緊急地震速報の誤報、大いに驚いた。

しかし原因は兎も角として「予告なし、地震避難訓練」と思えばいい訓練だった。

新しいシステム、思いもよらぬ所に問題が隠れている、そんな事を思い知らされた事件だった。

 

 

この件、機械だからトラブルはつきもの、そんな風には考えたくないが、現実こんな事は必ず起こる。

システムの精度向上には避けて通れない事ではないか。

 

日本のいろんなシステムはみんなこんな事例を乗り越えてきた。

合言葉は「再発防止」である。

 

飛行機だって悲惨な事故を教訓にそれを乗り越えてきた。

新幹線だって新幹線そのものでなくてもいろんな事故の再発防止を織り込んで今日が有る。

 

今回のケース、

我々は「丁度いい訓練だった、有難う」、そう言って笑い飛ばそう。

でも気象庁などの担当の方には、折角の「世界に誇る素晴らしいシステム、これを機会にしっかり再発防止、頼むよ。」

 

そしてマスゴミ諸氏には揚げ足とって気象庁なんか叩くなよ、

これを機会に緊急地震速報がもっとうまく伝わるような、そんな報道を考えろよ。

そんな風に考えてほしいものだ。

 

 

昔の人はこんなものを見て地震に立ち向かった。

 

これは鯰絵と言う。地震を引き起こす犯人(犯鯰?)の大鯰を懲らしめている所。

こんなユーモアが今の人にも必要ではないだろうか。

 

余談・・・ここからは小さい字で

大鯰をシバキあげているのは「吉原(新吉原)の花魁」です。

江戸の人たちはこんな所でもユーモア精神一杯ですね。

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2013-08-07 17:09

タイの空母と護衛艦いずも

  ヘリコプター搭載護衛艦「いずも」が進水した。

やっと日本に相応しい良い護衛艦が出来た、大変喜ばしい事である。

と言っても進水してから艤装を進めるので、就役は2015年になる。

しかし貴重な一歩になると思う。

 

 

実はこの一見空母に見えるヘリコプター護衛艦は本艦が3艦目、

その前に一回り小さい護衛艦「ひゅうが」「いせ」が就航就役している

 

 

手前がヘリコプター護衛艦の1番艦「ひゅうが」、

奥が今回進水した「いずも」である。(但しこの写真は合成写真です)

 

私が何故この護衛艦に注目するかと言えば、この「いずも」は従来の護衛艦と比較しても輸送機能、補給機能、医療機能が高まっているからである。

 

たとえば、「ひゅうが」型では、船体の横から車両などが乗り入れるためのサイド・ランプ(舷側歩板[げんそくほばん])は、入口の大きさの制限からジープ程度の小型車両くらいしか入れないものだったのだけれど、「いずも」には、右舷中央部に輸送艦「おおすみ」型が装備しているものと同等のサイド・ランプが装備され、これによって、陸自の73式大型トラックを約50両が搭載可能な他、空自のパトリオット部隊も輸送可能だといわれている。

 

また、国際援助や邦人救出の際の人員輸送も考慮され、およそ400名程度の人員が収容可能な居住設備や食堂などを備えているのに加え、自衛艦として最も高度な医療能力を持っていることで知られている「ましゅう」型補給艦と同じく、手術室、集中治療室、レントゲン室、歯科治療室と約35床の医療用ベッドを備えている

 

何故こんな昨日機能に注目するか、それはこんなタイでの経験からだ。

 

もう一昔前になる、2000年6月海上自衛隊の艦隊がタイ国に親善訪問にやってきた。その時旗艦「くらま」で艦上レセプションが有りそこに出席したことがある、

その時自衛官の方といろいろ話をした中にタイの空母「チャクリナルエベト」の話が有った。

 

これが空母「チャクリナルエベト」 基準排水量1万トン、総排水量11,485トンである(世界最小の空母らしい)

 

この空母、スペイン製で就役3年目、しかし当時はまだ実際運用するところまで行っていなかった。

自衛官の方はこの空母の中まで見せてもらってきたと言う。

そして「あの空母は未だ実際に使用していませんね。だからドンガラだけ、張子の虎と言われても仕方ないでしょう。

しかしあの空母が有ると無いでは大違い。もし万一の事が有ればあの空母がどれだけ役に立つか。それを考えると我が日本にはあのようなものは有りません。色んな災害救援など大いに役に立つのです。是非とも欲しい機材です。」

 

その時訪問した自衛艦は護衛艦「くらま」、基準排水量5200トン、ヘリコプター3機を搭載していた。

 

くらま

 

発展途上国タイでも小さいながらも空母を持っている。

日本もその国力に相応しいものを持ち、それなりの貢献をするべきだ。

自衛官の方はそんな思いを語っていたのが印象に残っている。

 

その4年後、タイはスマトラ島沖地震・インド洋大津波に襲われた。

その時この空母「チャクリナルエベト」が大活躍したと後で聞いてなるほどと思った。

 

東日本大地震とあの大津波に襲われた時、若しこんな護衛艦が出来ていたらどれだけの人の命が助かっただろう。

しかし此れからの事を考えれば是非とも日本に必要な護衛艦である。

 

尚蛇足だが上掲のタイの空母「チャクリナルエベト」、艦首がスキージャンプになっている。搭載する機体はヘリコプターと中古のAV8Sマタドール(ハリアーである)と言う垂直離着陸戦闘機6機である。しかし現在ではこのAV8Sはお蔵入り状態、ヘリ空母として運用されている。

固定翼機はこれだけ持っていても運用は難しい、そんないい見本になっているようだ。

 

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2013-08-06 21:36

八ツ場ダムの完成時期を2019年度に先送り 国交省、事業費は現行維持

 八ツ場ダムの完成時期を2019年度に先送り 国交省、事業費は現行維持

 
産経新聞2013/08/06 17:42
 
 国土交通省は6日、群馬県八ツ場ダムの完成時期を当初予定の2015年度から19年度に先送りすることを明らかにした。民主党政権時のダム事業見直しによる遅れが背景にある。関係都県の同意を得た後に、基本計画を変更する。
 
 事業費は約4600億円と現行の基本計画のままとした。設計の精査や工法の工夫によるコスト縮減で増額を避けた。関係都県からは、建設遅れに伴う負担増に難色を示す声が出ていた。
 
 八ツ場ダムも対象となっている特定多目的ダム法は、基本計画を変更する場合、建設費用の一部を負担する関係都道府県議会の同意を必要としている。
 
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/econpolicy/674873/
 
<引用終り>
 
 
 オイ! 前原とやら、こんな結果を招いたのはお前さんのせいだぜ。
昔ならサムライは当然腹を切った。
お前さんは腹切るのは痛いからいやだ、多分そう言うだろう。
別に腹切らなくても幾らでも死ねる。
そうだ!いい方法がある。
腹の減ったニシキヘビの檻の中に入ってみろ、見事に絞め殺してくれるぞ。
 
 
 
政治家が責任をとらなくなってからもう随分長い月日がたったような気がする。
 
自分の判断が間違っていた、そうなったら潔く責任をとる、これが上に立つものの当たり前ではないだろうか。
何時からこんな無責任な口だけ番長を国会に送り込んでしまったのか?
 
だがこんなアホを国会に送り込んだ国民みんなが責任を感じるべきだろう。
ウッカリ一票の付けはここまで重かったのだと。
 

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