2014-08-19 22:25

【朝日の大罪】慰安婦“大誤報”「どうか見苦しく逃げ回ってほしい」 by津川雅彦



 朝日新聞の大虚報問題について、俳優の津川雅彦が面白い事を言っている。
何が問題か良く分からない一般の人に対してはとても説得力のある語り口。
先ずはどんなものか、以下ZAKZAKの記事から

<以下引用>


【朝日の大罪】俳優・津川雅彦が緊急寄稿 慰安婦“大誤報”「どうか見苦しく逃げ回ってほしい
2014.08.19

2014-8-19津川雅彦

津川氏は緊急寄稿で「朝日は大嫌い」と明言した

 朝日新聞が、慰安婦問題の大誤報を32年もたって認めながら、検証記事では謝罪もせず、木村伊量(ただかず)社長が記者会見も開かないことに、政界や財界、学界などから批判や疑問がわき起こっている。広告出稿をとりやめる企業も出てきた。こうしたなか、俳優で映画監督の津川雅彦氏が、夕刊フジに緊急寄稿した。

 朝日新聞は、慰安婦報道の大誤報を訂正したことで、ゴーストライター騒動の佐村河内守氏や、号泣会見の野々村竜太郎元兵庫県議、理研の小保方晴子研究ユニットリーダーを抜き、一躍、「時代の寵児」の地位を獲得した。

 良くやったぞ、朝日の諸君! しかも謝罪しないのは、左翼らしくてよろしい!

 訂正には謝罪がつきものだと、ガキでも知っている。僕は子供のころから、すぐに謝るタイプだった。「謝って済むなら警察はいらない」と言い返され、「すみません」に「もうしません」を付け加えたほどだ。

 しかし、左翼に「潔さ」は、似つかわしくない。朝日の社長は記者会見もしない。どうか見苦しく逃げ回ってほしい。じゃないと、せっかく落ちた販売部数が元に戻っちゃ、元も子もない

 左翼嫌いの僕にとっては、その「卑怯(ひきょう)」「卑劣」なイメージをキープして、訂正記事を出したことを無駄にしてほしい。

 朝日としては販売部数が落ちて、慌てて慰安婦問題の検証記事を出したのだろう。だが、その訂正は一部に過ぎない。反省の余地が、ごまんとあることは誰でも知っている。朝日を親分として、似たような記事を書いてきた新聞数紙がダンマリを決め込んでいるのも、彼ららしい。このまま一生黙っていることを勧める。

 朝日はイメージダウンの解消に必死なのか、「広島原爆の日」の6日、国民的人気女優を1面トップで扱っていた。「核兵器にノー」を大見出しで、小見出しで「さよなら原発」。記事の終盤で、彼女は「集団自衛権」や「政治」への批判・懸念まで語っていた。朝日が、口にたまった痰(たん)を外に吐き散らかし、その清掃もせず、国民的女優をティッシュがわりにして、自分の口を拭ったとしか思えなかった。

(引用者注:この話の8月6日の朝日新聞記事はこんなモノです。話を分かりやすくするため追加します)
2014-8-6朝日新聞8月6日1


 聞いた話だが、某左翼政党の内部には、彼女の写真がデカデカと貼ってあるらしい。かわいそうに…。有名な左翼の映画監督に洗脳されないかも、心配だ。左翼よ、国民的アイドルまで食い物にするな!

 役者である僕が今回、夕刊フジに原稿を書いたのは、目立ちたい病の一種といわれても仕方ないが、無論、わが国を愛するからだ。本音は、日本映画をダメにした左翼たちの自虐史観が憎いのだ。その先頭で旗を振ってきた朝日も大嫌いだ。

 左翼が嫌いだからと、僕を右翼呼ばわりするのは偏向思考だ。街宣車でがなり立てる、あの右翼と一緒にしないでほしい。わが愛車に日の丸は付けるが、愛国心の発露だ。

 この原稿は役者としての率直素朴な感想に過ぎない。朝日の訂正事件は「左翼の終わりの始まりになる」と僕は信じている。

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20140819/dms1408191140004-n1.htm
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20140819/dms1408191140004-n2.htm

<引用終り>



大変わかりやすい。慰安婦問題も朝日新聞の捏造も良く分からない人でも津川雅彦は知っているだろう。
そしてこれだけ皮肉たっぷりの話を見ればこの異常さが分かる筈だ。
私らネトウヨ一味(爆!)の話を百万遍聞くより、津川雅彦のこの皮肉たっぷりの話の方が説得力が有るかもしれない。

私もこの津川雅彦の話、大いに利用させていただこう。
長者の万燈より貧者の一燈ならぬ、ネトウヨの万燈より津川雅彦の一燈・・・(字余り!!)かも。
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コメント

短足おじさん、ごきげんよう・・・

「朝日新聞 売国新聞」を Googleで検索したら、249万件のヒットですが、同じ「朝日新聞 売国新聞」の語句をMSN Japan で検索したら、なんと1320万件のヒットです。そんな数、一生かかっても閲覧など不可能ですよね。

つまり、普通の日本人なら、誰でも朝日新聞なんか、日本人に必要無い、害毒のある新聞と認識してるのでしょうね。

日本人の国への愛国心が問われているのでしょうね。私は、朝日新聞が誰も読まなくなって、廃刊する事が日本を守る事になると思っています。
  1. 2014-08-20 02:19
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  3. コロ4号 #-
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To:コロ4号さん

> 短足おじさん、ごきげんよう・・・
>
> 「朝日新聞 売国新聞」を Googleで検索したら、249万件のヒットですが、同じ「朝日新聞 売国新聞」の語句をMSN Japan で検索したら、なんと1320万件のヒットです。そんな数、一生かかっても閲覧など不可能ですよね。
>
> つまり、普通の日本人なら、誰でも朝日新聞なんか、日本人に必要無い、害毒のある新聞と認識してるのでしょうね。
>
> 日本人の国への愛国心が問われているのでしょうね。私は、朝日新聞が誰も読まなくなって、廃刊する事が日本を守る事になると思っています。


いやあ、面白い!!、私も早速やってみました。
GOOGLEで検索したらもっと増えていて249万件!(8月20日5:30am現在)。
国民の怒りがそのまま数字に表れているようです。
最早国会への証人喚問と国会に調査特別委員会設置は免れられませんね。
朝日新聞だけでなく、これに加担した悪徳弁護士、悪徳国会議員、例えばフグ島ミズポなども証人喚問すべきでしょう。
嘘を吐いたら当然議院証言法違反、本当の事を喋ったら即リコールで議員失職、弁護士資格はく奪、少なくともそこまでやるべきでしょう。

温厚な日本人を怒らせたらどんな結果になるか、特に成りすまし日本人には徹底的に思い知らせるべき。
その上で間もなく韓国が国籍離脱取り消しを始めるらしいですから(多分来年7月頃からとの事)、即刻祖国に強制送還ですね。

幸いなことにアメリカもオバマ政権がいよいよ本丸が炎上し始めた、慰安婦問題などに口出しできる状況ではなくなりつつある。
いい機会ですね。
しかし今年は更にすごい事が起こりそう、歴史に残る一年になりそうです。
  1. 2014-08-20 06:21
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  3. 短足おじさん二世 #-
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可哀想な朝日新聞

「朝日」という日本人には美しい日本語は、朝日新聞のせいで汚いものの代名詞にされました。公共の財産を台無しにするあたりは左翼らしいとも言えますが。

振り返れば朝日新聞はGHQに発行停止を命ぜられた過去がありました。そこで一気に迎合して左翼色の強かったGHQになびいた。
そのなりふりは食うために身を売った慰安婦の姿と重なり哀れです。「朝日」のように美しい女性が「売女」と見下されてしまったのです。

時代が落ち着くと嘗ての慰安婦も姿を消し、健全な生活に戻ったと思われます。しかし朝日新聞とその仲間は戻り損ねた。それを求める左翼が日本にはびこりましたから。客が大勢いました。「陸軍大将の給与より慰安婦の稼ぎが多かった」時代が戦後の朝日新聞だったと言えましょう。やめられない。

世論はいま「右傾化」しています。朝日新聞の下地が崩壊しています。嘗て安倍首相が、朝日新聞は報道機関と言うより「運動体」に見えると漏らした感想が通用しなくなりつつあるようです。

この辺りで発行停止にするべきか?慰安婦が姿を消したように。それとも朝鮮式に「私は従軍慰安婦だ~!」と叫び続けるのか?
  1. 2014-08-20 06:36
  2. URL
  3. 相模 #-
  4. 編集

津川雅彦さん、いろいろご存知なんだなぁ。
この意見、うちの両親にも見せてみよう。
朝日系列のメディアは新聞だけでなくテレビも潰したいですねー。
  1. 2014-08-20 07:39
  2. URL
  3. ハロン棒 #-
  4. 編集

中立を装っている あるいは本当に中立なブログでも、その内容や書き込みに 産経新聞を 右翼新聞とか政府御用新聞とか飛ばし新聞とか低能が読む新聞とか書いています。
なんででしょう。
産経がそれほどダメな新聞とは思えませんが。

字がきれいとか手が汚れないのは朝日が少し優っているとは思いますが。
  1. 2014-08-20 09:04
  2. URL
  3. 八目山人 #4lXsiBFM
  4. 編集

朝日新聞は戦前から怪しいですね。御存じゾルゲ事件の尾崎秀実は朝日新聞社記者で近衛文麿のブレーン。共産主義の元締めより指令を受けながら、そのような雰囲気を微塵も感じさせない言論活動で日中戦争から太平洋戦争(大東亜戦争)開戦直前まで政治の最上層部・中枢と接触し国政に影響を与えた。
東条英機を初め政治家が日米開戦回避に奔走する中で、鬼畜米英、米国を討つべしとのキャンペーンを繰り広げて、開戦を煽ったのが朝日新聞です。この時期から工作資金が流れ込んでいたと考えるべきだと思っています。
戦後GHQの検閲で朝日が変わったというのは、戦前の怪しさを不問に・・・調べないでね・・・付すための煙幕ではないのか。責任はGHQだけではないのではと思うのです。
実は朝日は戦前も戦後も変わっていない。
戦前は戦争を煽ることで日本を滅ぼそうとし、戦後は平和・非武装を説くことで日本を滅ぼそうとしている。そう思います。
  1. 2014-08-20 12:31
  2. URL
  3. 矢野友遊 #-
  4. 編集

すいません。
何度も「不正な投降です」とでたので
字句を変える内に2重投降になってしまいました。
後ろを消して下さい。
  1. 2014-08-20 12:35
  2. URL
  3. 矢野友遊 #-
  4. 編集

こんにちは。

日本人のほとんどは半島人と違って謝罪お代わりを求めません。
過去不祥事を起こした企業は、原因の所在が社内外のいずれかまたは不明かにかかわらず社長がまず先に謝ってその直後に対策を講じた企業はまもなく信頼を取り戻し、この反対は信用失墜のままのみならず解体か倒産しています。
つい最近も世界的外食産業が後者のことをやりました。
海外の場合は原因が判明するまで謝ってはいけないようですが。

よって、津川さんが言われるとおり朝日新聞が上記の前者のようなことをすると、謝罪お代わりを求めない日本国民のおかげでもしかしたら朝日新聞が仮面をかぶった優良企業に変身し、この先も残ってしまいます。
100余年まともに謝ったことがないであろう朝日新聞がここに至って素直になるとは思いませんが。

かの記事は責任転嫁ばかりで謝罪がないの合唱の中、
「謝罪なんかするんじゃない」
との津川雅彦さんの着眼点には恐れ入ります。
  1. 2014-08-20 17:11
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  3. koguma #-
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面白い話を

こんな面白い話を紹介していただきありがとうございます。

>「卑怯(ひきょう)」「卑劣」なイメージをキープして…
津川雅彦はよくわかっているのだと感じました。
サヨクは、何をおいても「卑劣さ」が共通する体質なのですから、それを捨ててはサヨクらしくありません。

最近私はサヨクはサヨクらしさを、韓国は韓国らしさを、どんどん出していただいた方がいいと感じています。
産経新聞に対しても、韓国は事情聴取などと手ぬるいことではなく、起訴して実刑を課すなど、してもらえばいいのではないかと。そうすれば産経も弾圧に抗した殉教者になります。

  1. 2014-08-20 19:18
  2. URL
  3. 道草人 #-
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Re: 可哀想な朝日新聞

> 「朝日」という日本人には美しい日本語は、朝日新聞のせいで汚いものの代名詞にされました。公共の財産を台無しにするあたりは左翼らしいとも言えますが。
>
> 振り返れば朝日新聞はGHQに発行停止を命ぜられた過去がありました。そこで一気に迎合して左翼色の強かったGHQになびいた。
> そのなりふりは食うために身を売った慰安婦の姿と重なり哀れです。「朝日」のように美しい女性が「売女」と見下されてしまったのです。
>
> 時代が落ち着くと嘗ての慰安婦も姿を消し、健全な生活に戻ったと思われます。しかし朝日新聞とその仲間は戻り損ねた。それを求める左翼が日本にはびこりましたから。客が大勢いました。「陸軍大将の給与より慰安婦の稼ぎが多かった」時代が戦後の朝日新聞だったと言えましょう。やめられない。
>
> 世論はいま「右傾化」しています。朝日新聞の下地が崩壊しています。嘗て安倍首相が、朝日新聞は報道機関と言うより「運動体」に見えると漏らした感想が通用しなくなりつつあるようです。
>
> この辺りで発行停止にするべきか?慰安婦が姿を消したように。それとも朝鮮式に「私は従軍慰安婦だ~!」と叫び続けるのか?


面白い例えですね、朝日新聞は売春婦だった。
法外な給料に身も心も売ってしまった売女、確かにそうでしょう。

売春婦は実は私も元売春婦の方を知っていますが、元売春婦は殆ど地元には残りません。
自分の過去を知っている人のいない所で暮らそうとします。
本文にあるように津川雅彦は良い事を言っています。
朝日新聞は「国民的女優をティッシュがわりにして、自分の口を拭った」、正しく売春婦のやり方です。

朝日新聞はそんな卑怯な奴なんですね。
  1. 2014-08-20 21:24
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
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To:ハロン棒 さん

> 津川雅彦さん、いろいろご存知なんだなぁ。
> この意見、うちの両親にも見せてみよう。
> 朝日系列のメディアは新聞だけでなくテレビも潰したいですねー。


是非ご両親の方にも見ていただいてください。
私もこの話を読んでみて、その説得力に驚きました。
今迄何にも知らなかった人にはこんな語り口が一番わかりやすい。
良い話です。
私も自分の周りでこの話を拡散しようとしています。
  1. 2014-08-20 21:27
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

To:八目山人さん

> 中立を装っている あるいは本当に中立なブログでも、その内容や書き込みに 産経新聞を 右翼新聞とか政府御用新聞とか飛ばし新聞とか低能が読む新聞とか書いています。
> なんででしょう。
> 産経がそれほどダメな新聞とは思えませんが。
>
> 字がきれいとか手が汚れないのは朝日が少し優っているとは思いますが。


確かに朝日新聞の印刷は素晴らしい、手が汚れませんね。
その分朝日新聞記事が日本を汚しているんでしょう。

ご指摘の話は私も保守の方の安倍おろしを見るにつけ思います。
人間だれでも100%完全な人間はいない、政治など妥協の産物ですから余計です。
その有る点を捉えてこき下ろせばどんないい政治をしていても落第点になる。
損ではないでしょうか。
例として靖国参拝問題を見ても分かります。
安倍さんが参拝しないから如何のこうの、確かにそれはそうでしょう。
しかしこの問題はアメリカ、オバマ政権の理不尽な「参拝するな」という内政干渉が原点。
安倍さんはそれを考慮したんですが、その一点だけ見ればヘタレ首相、こうなります。
もっと総合的な見方をしたいですね。

おなじことが消費税問題にも有ります。
消費税を上げろ、これも実はアメリカの内政干渉。
しかしそれでアメリカと真っ向勝負の献花が出来ないのは当たり前です。
難しいですが、そんな目で日本の明日を見ていきたいと思っています。
  1. 2014-08-20 21:38
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
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To:矢野友遊 さん、全く正論だと思います

> 朝日新聞は戦前から怪しいですね。御存じゾルゲ事件の尾崎秀実は朝日新聞社記者で近衛文麿のブレーン。共産主義の元締めより指令を受けながら、そのような雰囲気を微塵も感じさせない言論活動で日中戦争から太平洋戦争(大東亜戦争)開戦直前まで政治の最上層部・中枢と接触し国政に影響を与えた。
> 東条英機を初め政治家が日米開戦回避に奔走する中で、鬼畜米英、米国を討つべしとのキャンペーンを繰り広げて、開戦を煽ったのが朝日新聞です。この時期から工作資金が流れ込んでいたと考えるべきだと思っています。
> 戦後GHQの検閲で朝日が変わったというのは、戦前の怪しさを不問に・・・調べないでね・・・付すための煙幕ではないのか。責任はGHQだけではないのではと思うのです。
> 実は朝日は戦前も戦後も変わっていない。
> 戦前は戦争を煽ることで日本を滅ぼそうとし、戦後は平和・非武装を説くことで日本を滅ぼそうとしている。そう思います。


朝日新聞問題は確かにご指摘の通りゾルゲ事件、尾崎秀実に遡らないといけないですね。
実は尾崎秀実を調べていたら彼は南京大虐殺を捏造したアグネス・スメドレーと情を通じていた、こんな事がwikiに書いてありました。
なるほどねえ、大いに納得です。
尾崎秀実は自分が共産主義者であることを奥さん(兄嫁だった英子を不倫で分捕った)にも知られないようにしていたそうですから大した奴ではあります。
尾崎の件が発覚したのが昭和16年10月でした。
此れが発覚したお蔭で近衛文麿は即首相を解任、しかし時すでに遅しだったですね。

だが近衛文麿の孫は今また茶碗屋から日本破壊工作に乗り出しましたし、尾崎秀実が種をまき、朝日新聞が育てた南京大虐殺は未だに火が消えるどころか、ますます燃え盛っています。
朝日新聞の罪は重いですね。
  1. 2014-08-20 21:55
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
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To:矢野友遊 さん、了解しました

> すいません。
> 何度も「不正な投降です」とでたので
> 字句を変える内に2重投降になってしまいました。
> 後ろを消して下さい。


了解しました。さっそく削除しました。
所で私の方で迷惑コメントをチェックしましたが、yuyuuさんのコメントは入っていません。
何か最近FC2ブログはシステムが少し変わったようで、以前は迷惑フォルダーに入っていたものが入らなくなったのでしょうか。
如何も良く分からないですね。

  1. 2014-08-20 22:01
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

To:koguma さん

> こんにちは。
>
> 日本人のほとんどは半島人と違って謝罪お代わりを求めません。
> 過去不祥事を起こした企業は、原因の所在が社内外のいずれかまたは不明かにかかわらず社長がまず先に謝ってその直後に対策を講じた企業はまもなく信頼を取り戻し、この反対は信用失墜のままのみならず解体か倒産しています。
> つい最近も世界的外食産業が後者のことをやりました。
> 海外の場合は原因が判明するまで謝ってはいけないようですが。
>
> よって、津川さんが言われるとおり朝日新聞が上記の前者のようなことをすると、謝罪お代わりを求めない日本国民のおかげでもしかしたら朝日新聞が仮面をかぶった優良企業に変身し、この先も残ってしまいます。
> 100余年まともに謝ったことがないであろう朝日新聞がここに至って素直になるとは思いませんが。
>
> かの記事は責任転嫁ばかりで謝罪がないの合唱の中、
> 「謝罪なんかするんじゃない」
> との津川雅彦さんの着眼点には恐れ入ります。


しかし津川雅彦の見る目は凄いですね。
このまま中途半端にしてしまったら生き返ってしまう。
完全に叩き潰すには見苦しく逃げ回れ、大いに笑いました。

しかしこの話には説得力が有ります。
見習わなければ・・・
  1. 2014-08-20 22:05
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
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Re: 面白い話を

> こんな面白い話を紹介していただきありがとうございます。
>
> >「卑怯(ひきょう)」「卑劣」なイメージをキープして…
> 津川雅彦はよくわかっているのだと感じました。
> サヨクは、何をおいても「卑劣さ」が共通する体質なのですから、それを捨ててはサヨクらしくありません。
>
> 最近私はサヨクはサヨクらしさを、韓国は韓国らしさを、どんどん出していただいた方がいいと感じています。
> 産経新聞に対しても、韓国は事情聴取などと手ぬるいことではなく、起訴して実刑を課すなど、してもらえばいいのではないかと。そうすれば産経も弾圧に抗した殉教者になります。


全く同感ですね。
私は最近戦国時代の武将の行動を調べたりしているのですが、彼らは実に白黒はっきりしている。
幾ら敵対した相手でも見どころが有ると思えばそれなりの処遇をしています。
しかしダメとなったら味方であろうと身内であろうと容赦しない。
朝日新聞などは今まで良い事も有ったんでしょうが、こんな状態では日本には不用です。
  1. 2014-08-20 22:12
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

もう一人の主犯格。

こんばんわ。

本スレとは直接関係ない話で申し訳ないのですが、後に VAWW-NETで暴れた故松井やより女史の名前が上がってきませんね。
故人への配慮かもしれませんが、1980年代半ばに慰安婦問題を最初に記事にしたのは彼女のはずです。そしてここの取り巻きの一派が最も過激ではないかと。

母とは袖触れ合う程度の面識がありまして、珍しい名前なのでよく覚えていました。シナ・チョーセンの回し者でもなければ、コミュニストの闘志でもなく、ごく普通の文人だったそうです。
どこでどう狂って担ぎ上げられたか判りませんが、松井女史もプロテスタントです、背景にキリスト教原理主義があると確信したのは、この VAWW-NETの一件からですね、これはもう強制連行の有無だけの話ではないと。

彼女が慰安婦を持ち出したのには、一つ思い当たる節があります。
1980年代初めに父の赴任に伴って母もシンガポールに在住したことがありました、私は学生でしたので日本に残りましたが。
当時日本人会では、戦前戦中の日本人墓地の調査をしていました、戦後に牛を放牧した為に蹴倒されて荒廃した、墓石を読み取る調査で、今は綺麗に整備されたと思います。
専業主婦で暇だったのと、戦前生まれは古い日本語を読むのに長けるんで、お手伝いしてました。

軍人,商人の墓に混じって、「からゆきさん」の墓石もありました、墓を作ってまで弔われた「からゆきさん」とは何だったのか、そちらにも興味は向かいます。
同時期にシンガポール駐在だった松井女史の耳にも、当然その辺りの話は入っていたと思われます。
それで帰国後に「からゆきさん」の延長として慰安婦を取り上げたのではないかと思う次第、時系列が合うだけで、他には何も確証はない与太話です。

松井女史の年齢であれば、古い価値観は知っていたはずなのですが、それを歪めたのは、宗教による影響としか思えませんね。
  1. 2014-08-21 01:27
  2. URL
  3. fcq821 #/lkjinTE
  4. 編集

Re: もう一人の主犯格。

> こんばんわ。
>
> 本スレとは直接関係ない話で申し訳ないのですが、後に VAWW-NETで暴れた故松井やより女史の名前が上がってきませんね。
> 故人への配慮かもしれませんが、1980年代半ばに慰安婦問題を最初に記事にしたのは彼女のはずです。そしてここの取り巻きの一派が最も過激ではないかと。
>
> 母とは袖触れ合う程度の面識がありまして、珍しい名前なのでよく覚えていました。シナ・チョーセンの回し者でもなければ、コミュニストの闘志でもなく、ごく普通の文人だったそうです。
> どこでどう狂って担ぎ上げられたか判りませんが、松井女史もプロテスタントです、背景にキリスト教原理主義があると確信したのは、この VAWW-NETの一件からですね、これはもう強制連行の有無だけの話ではないと。
>
> 彼女が慰安婦を持ち出したのには、一つ思い当たる節があります。
> 1980年代初めに父の赴任に伴って母もシンガポールに在住したことがありました、私は学生でしたので日本に残りましたが。
> 当時日本人会では、戦前戦中の日本人墓地の調査をしていました、戦後に牛を放牧した為に蹴倒されて荒廃した、墓石を読み取る調査で、今は綺麗に整備されたと思います。
> 専業主婦で暇だったのと、戦前生まれは古い日本語を読むのに長けるんで、お手伝いしてました。
>
> 軍人,商人の墓に混じって、「からゆきさん」の墓石もありました、墓を作ってまで弔われた「からゆきさん」とは何だったのか、そちらにも興味は向かいます。
> 同時期にシンガポール駐在だった松井女史の耳にも、当然その辺りの話は入っていたと思われます。
> それで帰国後に「からゆきさん」の延長として慰安婦を取り上げたのではないかと思う次第、時系列が合うだけで、他には何も確証はない与太話です。
>
> 松井女史の年齢であれば、古い価値観は知っていたはずなのですが、それを歪めたのは、宗教による影響としか思えませんね。


なるほどねえ、貴重な話有難うございます。
実はご指摘のような話こそ問題の核心なんです。
私は松井やよりについては殆ど知りませんが、「日本軍人は全員強姦魔の悪人だが、私の父(同じく日本軍人)だけは良い軍人」、こんな事をぬけぬけと言うらしいですね。
こんな話を聞くと矢張り問題はキリスト教原理主義でしょう。

私はキリスト教については同級生に熱心なキリスト教信者がいる位で殆ど知識が無い、少し勉強しようと思います。

しかしこんな貴重な話が聞ける、ネットは有りがたいですね。

尚からゆきさんは今の価値観で考えれば悲惨な話ですが、からゆきさんの多数派は大金を持って故郷に錦を飾っています。
そして帰国してからは平穏に普通の女性としての人生を送っています。
但しいくらカネのためとはいえ貞操を売るのは本人にも辛い事だった、だからその事は殆ど語らずに過ごした筈です。
但し不幸にして病を得たような人が命を落とした。戦前です、しかも南方、医療などマトモにない所でした。苦労したんでしょうね。
  1. 2014-08-21 06:27
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

プライド

私が最も好きな映画のひとつに
プライド
があります。

津川雅彦さんの代表作で、まるで生き返ったような津川雅彦さん扮する東條英機が東京裁判の法廷で戦う様を描いています。

津川さんと以前仕事でお会いしました。
洒脱で魅力のある方でした。

(^-^)
  1. 2014-08-22 01:01
  2. URL
  3. ガンダム #iL.3UmOo
  4. 編集

紙面をみると

久しぶりにコメントしてみます・・・
皆さんのような穿った意見はありませんが、紙面を見ると朝日新聞は本当に気持ち悪いですね。
日本を批判したいのか、政権を批判したいのか、自民党を批判したいのか・・・その当たりはまだ見極められませんが何かと一見なんの関係ないような問題でも最終的に日本を批判する形に持っていかれるように思います。
とくに原発問題以降はその傾向が強いですが、集団的自衛権の問題が出てからは終戦、原子力爆弾、慰安婦と事欠きませんでした。
日本も謝るべき所は謝るべきでしょうが、必要以上に謝罪する必要はありませんし、かの国々は謝罪=賠償というところがあるのでどうにか決着を付けたいものですね。
  1. 2014-08-22 12:22
  2. URL
  3. ぽち #-
  4. 編集

Re: プライド

> 私が最も好きな映画のひとつに
> プライド
> があります。
>
> 津川雅彦さんの代表作で、まるで生き返ったような津川雅彦さん扮する東條英機が東京裁判の法廷で戦う様を描いています。
>
> 津川さんと以前仕事でお会いしました。
> 洒脱で魅力のある方でした。
>
> (^-^)


なるほど、実は私は映画には全く疎いので知らなかったのですが、そんな興味深い内容だったんですね。
東京裁判はその直後から、当事者のマッカーサー自身が後悔するようなものでした。
サンフランシスコ講和条約でA級戦犯なるモノも亡くなったはずなのですが、未だにアカヒ新聞などがしがみ付いています。
困ったものですね。
  1. 2014-08-22 13:16
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

Re: 紙面をみると

> 久しぶりにコメントしてみます・・・
> 皆さんのような穿った意見はありませんが、紙面を見ると朝日新聞は本当に気持ち悪いですね。
> 日本を批判したいのか、政権を批判したいのか、自民党を批判したいのか・・・その当たりはまだ見極められませんが何かと一見なんの関係ないような問題でも最終的に日本を批判する形に持っていかれるように思います。
> とくに原発問題以降はその傾向が強いですが、集団的自衛権の問題が出てからは終戦、原子力爆弾、慰安婦と事欠きませんでした。
> 日本も謝るべき所は謝るべきでしょうが、必要以上に謝罪する必要はありませんし、かの国々は謝罪=賠償というところがあるのでどうにか決着を付けたいものですね。


そうですね。私もこの話で新聞を買ってきて、改めて愕然としました。
特に広島原爆忌の6日の朝刊一面、これは酷かった。
>国民的女優をティッシュがわりにして、自分の口を拭った
正にこの言葉通りでした。

今回の件は多分朝日新聞は人のうわさも75日とだんまりを決め込んだのでしょう。
しかし国民の怒りは想像を絶するものは有る。
これで日本に寄生した害虫が駆除できれば、日本の将来は明るいですね。
  1. 2014-08-22 13:54
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「からゆきさん」補足

こんばんわ、遅くなりましたが少し補足させて頂きます。

人口統計がピラミッド型だったことから判るように、若くして亡くなることは珍しいことでは無かったでしょう。そこの悲劇を過大に見てしまう想像力の欠如が、近代史の理解する上での支障になっていると思うのです。

「からゆきさん」が若くして客死したのは、時代の必然としてあったでしょう。そのことより墓石まで作って弔った人が居たとはどういうことなのかが、疑問の焦点です。
帰国せずに稼いだお金を投資して居残った人や、中には自ら遊郭を経営して、後から来る人の受け皿になった人もいたようです。そこには「奴隷売買のように売られていった」という物語とは、また別の世界が見えてきます。
そうして連綿と続いた外地の遊郭が、その後の慰安所に組み入れられた可能性は十分にあり、その意味で「からゆきさん」と慰安所は連続しているものと考えて間違いないでしょう。

吉原遊郭という一大文化を作り、外地の行く先々で遊郭を作り、そこに出向く女性が居た、欧米人から見れば変態文化かもしれません、変態は認めます(笑)。
その背景にあるのは、女性の財産権が結婚後もあったことと、そして経済の前面に立っていたことが関係しているでしょう。

遊郭周りを色々調べて「止むを得ない事情があったに違いない」というのは、あくまで建前ではないかと思うに至りました、詳しくは当時の価値観を説明する必要がありますので、ここでは割愛します。

婚外交渉を禁じているキリスト教徒から見れば、売春は教義に反する行為ですし、プロテスタントでは公娼というのは社会による性搾取だと考えられているようで、19世紀末頃から公娼廃止運動が起きています。
ですから、公娼が合法だったと言っても、人権問題の抗弁にはなりません。
問題を提起している側の、同時代の女性の権利がどのように保障されていたか、多分女性の経済的権利など認められていなかったでしょう、この辺りに逆転の余地があるのではないかと考えています。

-閑話-
リベラルの興亜論が、朝日新聞の立ち位置ではないかと、そして興亜論の方法が戦前と戦後で変ったと考えると、一貫するのではないでしょうか。
シナ・チョーセンに対しては脱亜論の方が正しいと思いますが。
  1. 2014-08-26 00:41
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Re: 「からゆきさん」補足

> こんばんわ、遅くなりましたが少し補足させて頂きます。
>
> 人口統計がピラミッド型だったことから判るように、若くして亡くなることは珍しいことでは無かったでしょう。そこの悲劇を過大に見てしまう想像力の欠如が、近代史の理解する上での支障になっていると思うのです。
>
> 「からゆきさん」が若くして客死したのは、時代の必然としてあったでしょう。そのことより墓石まで作って弔った人が居たとはどういうことなのかが、疑問の焦点です。
> 帰国せずに稼いだお金を投資して居残った人や、中には自ら遊郭を経営して、後から来る人の受け皿になった人もいたようです。そこには「奴隷売買のように売られていった」という物語とは、また別の世界が見えてきます。
> そうして連綿と続いた外地の遊郭が、その後の慰安所に組み入れられた可能性は十分にあり、その意味で「からゆきさん」と慰安所は連続しているものと考えて間違いないでしょう。
>
> 吉原遊郭という一大文化を作り、外地の行く先々で遊郭を作り、そこに出向く女性が居た、欧米人から見れば変態文化かもしれません、変態は認めます(笑)。
> その背景にあるのは、女性の財産権が結婚後もあったことと、そして経済の前面に立っていたことが関係しているでしょう。
>
> 遊郭周りを色々調べて「止むを得ない事情があったに違いない」というのは、あくまで建前ではないかと思うに至りました、詳しくは当時の価値観を説明する必要がありますので、ここでは割愛します。
>
> 婚外交渉を禁じているキリスト教徒から見れば、売春は教義に反する行為ですし、プロテスタントでは公娼というのは社会による性搾取だと考えられているようで、19世紀末頃から公娼廃止運動が起きています。
> ですから、公娼が合法だったと言っても、人権問題の抗弁にはなりません。
> 問題を提起している側の、同時代の女性の権利がどのように保障されていたか、多分女性の経済的権利など認められていなかったでしょう、この辺りに逆転の余地があるのではないかと考えています。
>
> -閑話-
> リベラルの興亜論が、朝日新聞の立ち位置ではないかと、そして興亜論の方法が戦前と戦後で変ったと考えると、一貫するのではないでしょうか。
> シナ・チョーセンに対しては脱亜論の方が正しいと思いますが。


興味深い話有難うございます。からゆきさんの話、確かにご指摘の通りでしょう。
現地はごく最近やっとまともは医療機関が出来た所ですので、戦前、明治時代ならその大変さは想像以上でしょう。だから病に倒れた人が多かったんだと思います。
日本だったら何でもない怪我や病気で命を落とすことも多かったと思います。
私はタイで同様の経験をしましたので良く分かります。

それから売春をしていた人は日本人の場合は決して売春をしていたとは言いません。
(チョーセン人は別です)
売春をしてそれなりのカネを持ったとしたら、その地域にそのままいることは無く、どこか別の地域でひっそりと暮らします。
だから売春が儲かる、こんな話は何処かに消えてしまうのです。
残るのは不慮の事故・病気で命を落としたなどの哀し話ばかり。そんな話に騙されてはいけません。

実はこんな話は私のある経験からです。
若い頃、近所の子どもの親から勉強を教えてくれと頼まれ、家庭教師をしたときの事です。
私の母が「あの子の母親(継母でした)は元〇〇〇だからねえ」と言うのです。
昔は〇〇〇は沢山いたが全部どこか余所から来た人、そしていつの間にかどこかに行ってしまった。
だがあの人だけは地元のいい旦那と一緒になったけど、地元に馴染む為一生懸命働いてる。
地元に献身的に尽くしているので誰も昔のことは言わない、こうだと言うのです事
若い頃には上記の事は良く分かりませんでしたが、その後いろいろわかってきました。
特に地域の馴染みの飲み屋のママさんが元芸者だった事も有り、そんな事情をこっそり耳にし、納得しました。
芸者は(間違って転ぶことが有っても)基本的に芸を売る商売なので、その地域に住んでいても恥ずかしくない。だからそのママさんも芸者時代のお客さんとゴルフに行ったりするが、別に恥ずかしい事ではない。
だが売春だけの人は違う。そんな人は決して地元の人ではないし、足を洗ったら決してその地域の残ることは無い。だって恥ずかしいでしょ。
これが真実だと思います。
  1. 2014-08-27 10:07
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お女郎さんと身売り話。

こんばんわ、あくまで国内での認識に関することですが。

有名でも自慢にならない金津園が近かったせいか、町内に元お女郎さんが2人居まして、亡くなった歳から逆算して営業していたのは昭和の初め頃でしょうか、移り住んだ時の経緯を知っている人がいるので隠しようが無い。
1人は独り身で小料理屋をしていて、もう1人は左官職人に身請けされて、子供も孫もあり普通のお婆さんだった憶えがあります。
町内では公然の秘密だったらしく、裏返せば陰口もあったでしょう。
出口の方は、そんな感じで増加する都市住民に紛れていったのではないかと考えています。情報が少ないだけに、最初に触れた情報がその後の判断に大きく影響しますね。

そして入口の農家からの身売りの方、東北が冷害で困窮し身売りせざるを得なかったという話は、どうにも納得がいかない点があります。
一つには明治から昭和にかけて、反当り収穫は順調に伸びていますし、作付面積が減少する理由も見当たりません、もし昭和の時代でも困窮するような営農規模ならば、収量がより少なかった江戸時代の内に淘汰,整理されたのではないかという点です。生計が成り立たないような無理な分家でもしたのでしょうか。
もう一つは、秋に収穫して祭礼や小作料,買い掛け金の支払いに充てた後は、新米には手を付けず、前年の古米を食べ続け、8月頃になってようやく前年の収穫に手を付けるというサイクルがあった点で、昭和初期の生産者米価に照らして、数百円の蓄えを常時持っていた計算になります。
不作の年があるというのは織り込み済みで、山形県の統計を見ても昭和9年に作況指数50という大凶作は記録しているものの、作況が90を下回るような不作は2年続けて起こっていませんから、食べる物にも困窮してというのは余りに大袈裟すぎます。
個別に見れば、経営に行き詰った農家もあったでしょうが、社会問題といえるものではないでしょう。

東北の困窮の話の出所を探したら「青森県農地改革史」からの引用が多くみられます。
「○○県農地改革史」として1952年前後に各県で出版されているようですが、日本語の書籍なのに何故かアメリカの大学での所蔵があります。
これはもしかして農地改革のレポートではないかと、正当化するために裏付けの無いままに有ること無いこと盛り込んだものが、いつの間にか史実に置き換わってしまったのでないかと考えられます。

これらに共通して見られる著者が戶塚喜久氏ですが、多県に跨って出版されているので地方官僚では無く、学者にしては他の出版物が見当たらず、出自のよく判らない人です。
著書を探していましたら「農民階層区分の研究」なる著作があり、タイトルに何やら香しい用語が。
GHQも余分な置き土産をしてからに、この辺りから立て直していかないと、産業構造や社会現象を正しく見れないのではないかと思う所です。
  1. 2014-09-02 02:13
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Re: お女郎さんと身売り話。

> こんばんわ、あくまで国内での認識に関することですが。
>
> 有名でも自慢にならない金津園が近かったせいか、町内に元お女郎さんが2人居まして、亡くなった歳から逆算して営業していたのは昭和の初め頃でしょうか、移り住んだ時の経緯を知っている人がいるので隠しようが無い。
> 1人は独り身で小料理屋をしていて、もう1人は左官職人に身請けされて、子供も孫もあり普通のお婆さんだった憶えがあります。
> 町内では公然の秘密だったらしく、裏返せば陰口もあったでしょう。
> 出口の方は、そんな感じで増加する都市住民に紛れていったのではないかと考えています。情報が少ないだけに、最初に触れた情報がその後の判断に大きく影響しますね。
>
> そして入口の農家からの身売りの方、東北が冷害で困窮し身売りせざるを得なかったという話は、どうにも納得がいかない点があります。
> 一つには明治から昭和にかけて、反当り収穫は順調に伸びていますし、作付面積が減少する理由も見当たりません、もし昭和の時代でも困窮するような営農規模ならば、収量がより少なかった江戸時代の内に淘汰,整理されたのではないかという点です。生計が成り立たないような無理な分家でもしたのでしょうか。
> もう一つは、秋に収穫して祭礼や小作料,買い掛け金の支払いに充てた後は、新米には手を付けず、前年の古米を食べ続け、8月頃になってようやく前年の収穫に手を付けるというサイクルがあった点で、昭和初期の生産者米価に照らして、数百円の蓄えを常時持っていた計算になります。
> 不作の年があるというのは織り込み済みで、山形県の統計を見ても昭和9年に作況指数50という大凶作は記録しているものの、作況が90を下回るような不作は2年続けて起こっていませんから、食べる物にも困窮してというのは余りに大袈裟すぎます。
> 個別に見れば、経営に行き詰った農家もあったでしょうが、社会問題といえるものではないでしょう。
>
> 東北の困窮の話の出所を探したら「青森県農地改革史」からの引用が多くみられます。
> 「○○県農地改革史」として1952年前後に各県で出版されているようですが、日本語の書籍なのに何故かアメリカの大学での所蔵があります。
> これはもしかして農地改革のレポートではないかと、正当化するために裏付けの無いままに有ること無いこと盛り込んだものが、いつの間にか史実に置き換わってしまったのでないかと考えられます。
>
> これらに共通して見られる著者が戶塚喜久氏ですが、多県に跨って出版されているので地方官僚では無く、学者にしては他の出版物が見当たらず、出自のよく判らない人です。
> 著書を探していましたら「農民階層区分の研究」なる著作があり、タイトルに何やら香しい用語が。
> GHQも余分な置き土産をしてからに、この辺りから立て直していかないと、産業構造や社会現象を正しく見れないのではないかと思う所です。


最初に元お女郎さんの話。
先のコメントにも書いたように、こんな人たちは足を洗ったら実に見事な人生を送っています。
自分の過去を知っている人の中で生きてゆくためには、決して後ろ指を指されない生き方が必要だったんでしょう。
多分ご存知の方もそんな生き方だったと思います。
だから日本人には従軍慰安婦だなどと言う女性が一人も出てこない、そうでは無いでしょうか。

それから戦前の農村の話。
まず最初に凶作の影響を最も強く受けるのは東北の太平洋側なんです。
山形(の日本海側)・秋田などは日本海を黒潮の一部が流れる影響で、極端な冷害が起きにくい。
しかし太平洋側は親潮の影響下です。親潮がいかに冷たいかご存知と思います。
そしてこれが暴れだすと東北の太平洋側は深刻な例外が発生します。
しかし同じ東北でも日本海側は被害が少ない、そんな違いが有ります。
そして戦前の226事件頃の話。これは1929年に始まった世界大恐慌の影響抜きでは語れません。
そして1930年(昭和5年)には豊作飢饉などと言われる状態になり、1931年には特に東北は大凶作でした。
これは1993年の平成の大凶作でもハッキリしています。
全国平均は作況指数74、岩手などは30でした。
しかし私の住んでいる愛知は94、岐阜は84でした。新潟に至っては98でした。
そんな事情があります。
東北の方が苦労する訳ですね。
  1. 2014-09-02 11:15
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  3. 短足おじさん二世 #-
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常識に敢えて棹差してみます。

こんばんわ、そろそろ自分のWebページで書けと言われそうですが。

新聞を含めて文章で書かれた物は、恣意的解釈が含まれていて、注意が要るのではないかということで、そのように書くこれも文章ですから、当然私の主観が入っています。
江戸時代の飢饉の記録も文章で、裏解釈も存在します。飢饉が事実だとしても、統計を見る限り明治以降に広範囲で同様のことが起こったとは読み取れない、結局文章で作られた常識を都合よく引き写してきただけではないかと。

私の知る農業サイクルは、大まかにこんな感じ、
 桜の蕾を目安に苗代に籾を播いて
 春蚕のお蚕様の傍らで、麦刈りをして、田起しを始めて
 田植えをして、麦を片付けたら、夏蚕のお蚕様
 これでやっと8月大名(旧暦)出穂からしばらく田圃に入れないので
 稲刈りをして、はさがけをして、麦播きをして
 脱穀して、地租や小作料を納めて
 一通り片付けるとお正月(旧暦)
あ~忙しい、田植え稲刈りだけが農繁期では無く、最大は春蚕のお蚕様。
それほど忙しいなら止めれば良さそうですが、夏蚕より春蚕の方が品質的に高価なので無理をしたとか、しかし生糸価格の騰落が激しくて...

現在の常識で考えてはいけないことが二点。

一つには、現在のように出荷が主目的ではなく、自給自足の為に稲作をしてきたということ。
歴史的にみれば消費者より生産者が多く、誰かの口に入らなければ価値が無いわけですから、マクロに見れば(農業人口:非農業人口)≒(自家消費量:出荷量)、出荷量には年貢も含みます。
何十年いや百年以上もその地で営農してきて、定期的に冷害があり誰の助けもないのであれば、年貢は別にして出荷よりも蔵米を積み上げることを先に考えて当然でしょう。

もう一点は、苗代の育苗を温室で行うようになり、農事暦が前倒しになったこと。
現在は水が温めば田植えが出来ますが、従前は水が温まないと苗代に播種ができなかった、発芽から収穫までが栽培期間ですから、現在より1ヶ月近く遅かった。
物心が付いた頃には既にビニールハウスがありましたが、少なくとも戦後に起こった変化でしょう、最近は苗代も見かけませんね。
露地栽培の苗代は2ヶ月弱必要ですから、半夏生から逆算して、桜の開花が5月にずれ込むような地域は稲作には不適でしょう。

下北半島から南部藩一帯は、桜の開花時期もそうですが、平年でも積算温度が不足し、現在の農法で温室の力を借りて作付けしているに過ぎないのですから、冷害の凶作は当然で、歴史的にはそのような地域は無視して構わないでしょう。
他方で日本海側は雪に閉ざされる期間が長い分、栽培期間の確保が厳しかったのではないかと。

いずれにしても栽培条件が厳しいというのは解りますし、飢饉に苦しめられたという話を以前は信じていました。
しかし青森県の統計でも、平年作の反収量が幕末の3俵から大正時代には5俵と、西日本と遜色ない収量まで増加しています、定期的に不作に見舞われてはいますが、蔵米で凌げたレベルではないかと。
昭和9年の冷害に続けて昭和10年と2年連続で不作に見舞われいるので、この年は悲惨な状況だったことが想像されますが、昭和10年は岩木川の氾濫によるものですから、裏返すと青森県の稲作の殆どが津軽平野だけで行われていたことになります、そして一年だけの局地的なことです。

東北は貧しいと言われた理由は何だろうかと、ある時東北の人(岩手か青森)と話していて「お蚕様」と言ったら笑われてしまいまして、調べてみると養蚕の北限が山形県,福島県辺りで、北東北では普及していない。飛騨,信濃の山奥でも養蚕は盛んですし、八戸市には養蚕伝習所があったようですから、気候的な制限は無いと思われるのですが。
副収入が無ければ貧しいのも当然、しかし自家消費分は市場の影響を受けませんし大恐慌も直接は関係しません、食べる物に困るほど困窮したのとはわけが違います。この辺りで江戸時代の飢饉の話を交えながら、一時的局地的事案を恣意的に針小棒大に評価しているのではないかと思うに至った次第。
裏作も無く春蚕も無いなら、その時期に何をしていたのかと...

過去の話ですから、問題が無ければ騙されておいても構わないのですが、戦前社会を全否定する為に作られた印象操作であるならば、これを正当に再評価しないと戦後レジュームから脱却できませんし、農家とは何かを見誤ってしまいます、そういう意味で、しつこく書かせて頂きました。

話は戻って、身売りの大部分はどんな人だったのか、たぶん嫁入りを諦めた人ではないでしょうか。
一つには現金収入の不足で嫁入り道具という資産分けができない、いつ夫と死別するとも知れないこの時代、女性の一生の保険として重大な問題で、製糸工場などは自らの将来のために女性が働いていました。
もう一つは次男,三男が営農しようにも、新規の農地開発は簡単ではなく、丁稚奉公などで都市に働きに出ると、農村では女性が余ります。江戸から明治の中頃までは、機織で生計を支えていた例も多かったようですが、自動織機の普及で労働価値が下がり、いつまでも生家に留まることが難しくなった。
そんな所だと考えています。

家の庇護から離れて自らの生活を切り拓いていったのですから、現在と同列に売春婦と言うのは失礼だと思います。
着物が女性にとって如何に重要な資産であったか、今でも留袖は生家の紋で良いと言われますから、そんなことも知らない毛唐に文句は言われたくないですね。

追伸
早稲の収穫が進んでいます、お盆以来の天候不順で心配した晩稲の方も穂を垂れ始めています、ハツシモは葉が長いので遠目には穂が見づらいのですが、一面金色の隣が一面真っ青と面白い風景になっています。
風道でもないのに1枚だけ殆ど倒伏した田圃を発見、間違って肥料を入れ過ぎたのではないかとの話、プロでも失敗はあるみたいです。
  1. 2014-09-08 01:58
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  4. 編集

Re: 常識に敢えて棹差してみます。

> こんばんわ、そろそろ自分のWebページで書けと言われそうですが。
>
> 新聞を含めて文章で書かれた物は、恣意的解釈が含まれていて、注意が要るのではないかということで、そのように書くこれも文章ですから、当然私の主観が入っています。
> 江戸時代の飢饉の記録も文章で、裏解釈も存在します。飢饉が事実だとしても、統計を見る限り明治以降に広範囲で同様のことが起こったとは読み取れない、結局文章で作られた常識を都合よく引き写してきただけではないかと。
>
> 私の知る農業サイクルは、大まかにこんな感じ、
>  桜の蕾を目安に苗代に籾を播いて
>  春蚕のお蚕様の傍らで、麦刈りをして、田起しを始めて
>  田植えをして、麦を片付けたら、夏蚕のお蚕様
>  これでやっと8月大名(旧暦)出穂からしばらく田圃に入れないので
>  稲刈りをして、はさがけをして、麦播きをして
>  脱穀して、地租や小作料を納めて
>  一通り片付けるとお正月(旧暦)
> あ~忙しい、田植え稲刈りだけが農繁期では無く、最大は春蚕のお蚕様。
> それほど忙しいなら止めれば良さそうですが、夏蚕より春蚕の方が品質的に高価なので無理をしたとか、しかし生糸価格の騰落が激しくて...
>
> 現在の常識で考えてはいけないことが二点。
>
> 一つには、現在のように出荷が主目的ではなく、自給自足の為に稲作をしてきたということ。
> 歴史的にみれば消費者より生産者が多く、誰かの口に入らなければ価値が無いわけですから、マクロに見れば(農業人口:非農業人口)≒(自家消費量:出荷量)、出荷量には年貢も含みます。
> 何十年いや百年以上もその地で営農してきて、定期的に冷害があり誰の助けもないのであれば、年貢は別にして出荷よりも蔵米を積み上げることを先に考えて当然でしょう。
>
> もう一点は、苗代の育苗を温室で行うようになり、農事暦が前倒しになったこと。
> 現在は水が温めば田植えが出来ますが、従前は水が温まないと苗代に播種ができなかった、発芽から収穫までが栽培期間ですから、現在より1ヶ月近く遅かった。
> 物心が付いた頃には既にビニールハウスがありましたが、少なくとも戦後に起こった変化でしょう、最近は苗代も見かけませんね。
> 露地栽培の苗代は2ヶ月弱必要ですから、半夏生から逆算して、桜の開花が5月にずれ込むような地域は稲作には不適でしょう。
>
> 下北半島から南部藩一帯は、桜の開花時期もそうですが、平年でも積算温度が不足し、現在の農法で温室の力を借りて作付けしているに過ぎないのですから、冷害の凶作は当然で、歴史的にはそのような地域は無視して構わないでしょう。
> 他方で日本海側は雪に閉ざされる期間が長い分、栽培期間の確保が厳しかったのではないかと。
>
> いずれにしても栽培条件が厳しいというのは解りますし、飢饉に苦しめられたという話を以前は信じていました。
> しかし青森県の統計でも、平年作の反収量が幕末の3俵から大正時代には5俵と、西日本と遜色ない収量まで増加しています、定期的に不作に見舞われてはいますが、蔵米で凌げたレベルではないかと。
> 昭和9年の冷害に続けて昭和10年と2年連続で不作に見舞われいるので、この年は悲惨な状況だったことが想像されますが、昭和10年は岩木川の氾濫によるものですから、裏返すと青森県の稲作の殆どが津軽平野だけで行われていたことになります、そして一年だけの局地的なことです。
>
> 東北は貧しいと言われた理由は何だろうかと、ある時東北の人(岩手か青森)と話していて「お蚕様」と言ったら笑われてしまいまして、調べてみると養蚕の北限が山形県,福島県辺りで、北東北では普及していない。飛騨,信濃の山奥でも養蚕は盛んですし、八戸市には養蚕伝習所があったようですから、気候的な制限は無いと思われるのですが。
> 副収入が無ければ貧しいのも当然、しかし自家消費分は市場の影響を受けませんし大恐慌も直接は関係しません、食べる物に困るほど困窮したのとはわけが違います。この辺りで江戸時代の飢饉の話を交えながら、一時的局地的事案を恣意的に針小棒大に評価しているのではないかと思うに至った次第。
> 裏作も無く春蚕も無いなら、その時期に何をしていたのかと...
>
> 過去の話ですから、問題が無ければ騙されておいても構わないのですが、戦前社会を全否定する為に作られた印象操作であるならば、これを正当に再評価しないと戦後レジュームから脱却できませんし、農家とは何かを見誤ってしまいます、そういう意味で、しつこく書かせて頂きました。
>
> 話は戻って、身売りの大部分はどんな人だったのか、たぶん嫁入りを諦めた人ではないでしょうか。
> 一つには現金収入の不足で嫁入り道具という資産分けができない、いつ夫と死別するとも知れないこの時代、女性の一生の保険として重大な問題で、製糸工場などは自らの将来のために女性が働いていました。
> もう一つは次男,三男が営農しようにも、新規の農地開発は簡単ではなく、丁稚奉公などで都市に働きに出ると、農村では女性が余ります。江戸から明治の中頃までは、機織で生計を支えていた例も多かったようですが、自動織機の普及で労働価値が下がり、いつまでも生家に留まることが難しくなった。
> そんな所だと考えています。
>
> 家の庇護から離れて自らの生活を切り拓いていったのですから、現在と同列に売春婦と言うのは失礼だと思います。
> 着物が女性にとって如何に重要な資産であったか、今でも留袖は生家の紋で良いと言われますから、そんなことも知らない毛唐に文句は言われたくないですね。
>
> 追伸
> 早稲の収穫が進んでいます、お盆以来の天候不順で心配した晩稲の方も穂を垂れ始めています、ハツシモは葉が長いので遠目には穂が見づらいのですが、一面金色の隣が一面真っ青と面白い風景になっています。
> 風道でもないのに1枚だけ殆ど倒伏した田圃を発見、間違って肥料を入れ過ぎたのではないかとの話、プロでも失敗はあるみたいです。


うわあ!! 超難解な話、う~ん、どういって返事しましょうか。
多分この文章、今の若い人では文字は読めても理解不能でしょう。国語の先生でも無理かも。
例えば春蚕、「はるご」と読める人が何人いるかなあ・・・
例えば半夏生、「はんげしょう」と読める人はいくらでも居るでしょうが、半夏生を過ぎて田植えをしても実り得難しという事を知る人がいるかなあ・・・

難しすぎるので、このコメントへの返事はちょっと時間を頂くこととして、最近気になる事。

丁度これから新米が出回る時期ですが、最近の人は新米が出回りだすと新米を欲しがります。
去年のコメはコメじゃない、そんな風潮が年々強くなっています。
しかし新米はとっておいて本当は古米を食べるモノ。新米を食べるのは来年のこと。こう有るべきなんですね。
それがこの頃可笑しい。
危険な風潮だと思っています。1993年の大凶作を忘れたかと言いたいですね。
  1. 2014-09-08 08:00
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  3. 短足おじさん二世 #-
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