2014-04-27 10:14

モノづくりの原点

 今日は最初にNHKの宣伝から始めたいと思います。
何だと?? 犬HKなどと悪口言っていたのに如何したんだ、陽気のせいで頭が可笑しくなったのか? と言う話しはちょっと置いといて・・・

実は前のエントリーでTaigenさんから「日産の凋落はソニーの凋落に似ている」、そんな話が有った。
そしてソニーの凋落についてスティーブ・ジョブズとビル・ゲイツの対談ビデオを紹介していただいた。
この話を私なりにエントリーするつもりなのだが、その前にモノづくりの原点について実にいいテレビが有った。
皆様のNHKの紀行番組「小さな旅、奈良県十津川村、村で一人の鍛冶屋」、こんな番組である。


NHK 小さな旅 【 マチで 唯一の 鍛冶屋さん 84歳 】1/2


NHK 小さな旅 【 マチで 唯一の 鍛冶屋さん 84歳 】2/2


昔ながらの正に鍛冶屋さん
2014-4-27村の鍛冶屋1

昔はどこの村・町にもこんな農鍛冶があった。作るのは主に鎌や鍬などの農作業道具。
そして外には学校帰りの子どもたちがいつもウロウロ、トンテンカンと叩く槌の音を聞いていたものだった。
(トンテンカンは鍛冶屋の音だが、真っ赤に焼いた鉄を金床の上にのせ、親父が金槌でトンと叩く、反対側にいた先手の若い衆二人が大きな金槌を振り上げ、テン、カンと叩く。だからトンテンカン)


所で私が言いたいのはこの鍛冶屋のオヤジさんのこの場面

2014-4-27村の鍛冶屋2

これは動画の2/2に出てくる場面なのだが、依頼主のお客さんの注文の品を親父さんが説明しながら渡している所。依頼者のお母さんは高齢で畑仕事をするのに鍬が重くて使いにくい、村の鍛冶屋さんに「ワシのオフクロが使いやすいような小さくて軽い鍬を作ってくれ」と頼んだ。今日その鍬が出来たので取りに来たところだった。

こんな所にこそモノづくりの原点が有る。
もの造りは使う人の使い方、体の状態などを考えて一番それに合うモノを作る。作り手と使い手が直接対話して最適なものを作る
大量生産ではこんな事は不可能なのだが、ここではそれが生きていた
、そんなシーンだった。

そしていくら機械化が進み、大量生産の時代になってもこんな老鍛冶屋のオヤジの心は現代のモノづくりにも必要だ。それを忘れると単に儲かればいい、そんなモノ造りになってしまう
お手本のコピーをしている分にはそれでもいいのだが、お手本の無い時代、トップを走る企業になったらそんな考えでは駄目で、お客さんの必要なものを先取りする姿勢が無いとダメ。
そんな事の原点が村の鍛冶屋だったという事である。


さて村の鍛冶屋と言えばこんなモノ


この曲を聴いて、懐かしいなあ・・・SPかあ・・・と思った人はかなり古い方。
レコードと言えばLPだよなあ、昔はよく聴いたなあと思った方は・・・
これを聴いて、初音ミクちゃんの方がうまいよなあ、こんな方は若者かな。

この曲の歌詞はこんなモノ。

2014-4-27村の鍛冶屋歌詞

これは戦前の歌詞オリジナル。漢字の難しいのはとも角、内容も現代版より良いですね。
特に3番の「刀はうたねど・・」の所など、日本は昔から平和愛好国家である証拠だと思うのですがねえ。
残念ながら現代版は2番までしか無いのです。本当は3番、4番の方がモノ造りの心が謳われていていいと思うのですが。
この辺りの所は下記wiki参照ください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E3%81%AE%E9%8D%9B%E5%86%B6%E5%B1%8B

折角こんな良い歌を台無しにしてしまった事が良く分かると思います。
  1. 社会一般
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コメント

オバマ大統領訪日の雑感

短足おじさん、ごきげんよう・・・

昨日テレビを見ていて、すごく気になったのが、甘利経済大臣と米国フロマン通商部代表とのTPP交渉進展の件ですが。

テレビのニュース解説では、このフロマン通商部代表は「日本が米国のTPP交渉の条件を全部呑まなければ、オバマ大統領が約束した、尖閣諸島を安保条約の範囲とした所を訂正してもいいぞ、よく考えろ」と言われた話が一番気になりましたね。

正直、ここまで馬鹿にされて、自国すら自分で護れない国に未来はあるのでしょうか?(悲しい過ぎますね)

日本の土台は憲法です。それが、「国民主権と平和」など空疎な内容の無い念仏で、中国やロシアなどが、退散してくくれるのでしょうか?

国が無くなれば、土地も大企業も雲散霧消するでしょう。これ大げさ?過去に満州国や台湾を所有していて、南満州鉄道や台湾銀行も所有していましたが、戦後に雲散霧消しましたね。

そんな事が頭に浮かだ、オバマ大統領訪日の今週でした。
  1. 2014-04-27 17:07
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  3. コロ4号 #-
  4. 編集

小生もこの番組は見ました。
これは究極のものづくりなんでしょうが、このような農村でなくても現実に少し難しい仕事になると専門工具やらオーダーメイド工具はごく当たり前の世界でしょう。だから実はこれが一番新しい世界だとも言えると思います。

父は職人でしたが死んだあと物置を整理すると自分で作った工具の山でした。正直何でこんなモノをと思うものや、どうやって使うのか理解できないものなどオンパレードでした。いくら親父でも使えつものがあれば作らなかったはずですからオーダーメイド工具の未来は洋々たるものでしょう。

これこそが究極のロングテイルですから欲しい人が自分の周りには1人しかいなくても全国、いや前世界にはその1000倍はいるかもしれない。これなら商売になるわけです。村の鍛冶屋は絶滅危惧種、というより半ば以上絶滅種でしょうが、このような人々もネット化できれば商売になるんじゃないか、そんな気分で見ていました。

一般的に見える電気工具の世界だって何でこんなに…と思うほどのバリエの山です。時代は究極の多品種少量生産に向かってます。村の鍛冶屋の姿は決して古いものではない、そういう気さえします。
  1. 2014-04-27 18:13
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  3. kazk #-
  4. 編集

ビデオテープ録画の旧式撮影機の不具合を見て貰おうと、大手の電気店に行ったところ、係員はメーカに出さなければ分らないと、極端に言えば見もしないであしらわれました。尤も彼らは全員が販売員で修理屋ではない。能書きは言えても直せません。

この冬の雪で当家のカーポートが崩壊して車の屋根に直撃しました。車を修理に出しましたが、ディーラーは板金屋に回すしか直しようがないとのこと。そうした工程があることは理解できても、ディーラーの工場で直せないことが歯がゆい。

要するに「製・販分離」の社会が出来上がっている訳で、それが合理的かと言えば合理的ではあるが不便な社会です。
  1. 2014-04-27 20:49
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  3. 相模 #-
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Re: オバマ大統領訪日の雑感

> 短足おじさん、ごきげんよう・・・
>
> 昨日テレビを見ていて、すごく気になったのが、甘利経済大臣と米国フロマン通商部代表とのTPP交渉進展の件ですが。
>
> テレビのニュース解説では、このフロマン通商部代表は「日本が米国のTPP交渉の条件を全部呑まなければ、オバマ大統領が約束した、尖閣諸島を安保条約の範囲とした所を訂正してもいいぞ、よく考えろ」と言われた話が一番気になりましたね。
>
> 正直、ここまで馬鹿にされて、自国すら自分で護れない国に未来はあるのでしょうか?(悲しい過ぎますね)
>
> 日本の土台は憲法です。それが、「国民主権と平和」など空疎な内容の無い念仏で、中国やロシアなどが、退散してくくれるのでしょうか?
>
> 国が無くなれば、土地も大企業も雲散霧消するでしょう。これ大げさ?過去に満州国や台湾を所有していて、南満州鉄道や台湾銀行も所有していましたが、戦後に雲散霧消しましたね。
>
> そんな事が頭に浮かだ、オバマ大統領訪日の今週でした。


今回オバマは大きな空のカバンを持ってきました。
手土産を一杯にしなければ跡が恐ろしいぞ、こんな張り紙付です。
日本は是是非非、そう簡単には動きません。今回のTPPの玉虫色合意もその一環でしょう。
アメリカは大いにイラついたはずです。
変な話ですが中国が挑発に出る可能性は大ありと見ています。
その前に韓国が動くかもしれません。

今のアメリカ政府は反日一色ですが、アメリカ軍は親日です。
命令一つで命がけで戦うのです。大義のない戦いなどしたくありません。
アメリカがクーデターなど有るわけは有りませんが、米軍が相当きつい事を大統領に言う可能性があると見ています。
その証拠が先日の国防長官の訪中。
そのうちに訪中の中身が公表されるでしょう。中国が張子の虎だと分かったと思います。

それにしてもオバマの訪日、不愉快な気分しか残りませんでしたね。
  1. 2014-04-27 21:30
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  3. 短足おじさん二世 #-
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こんばんは。

当記事の本筋からは外れますが、村の鍛冶屋の変遷があったものですので。
明治期の旧文部省は、小学児童の音楽教育のために多くの唱歌を制定しました。その多くは日本のそこかしこの風景であり、子供でも歌いやすく覚えやすく出来ています。これまで3,4世代は習ったことになります。世情や改版などのために、世代によって習った歌詞やメロディーが違ったり、村の鍛冶屋のように歌詞がなくなった曲もありますが、多くはどの世代にも通じています。
平成になり、唱歌は小学校の音楽の教科書からなくなってしまいました。教育によるものであっても、これまでほとんどの国民が習い慣れ親しんだ多くの良い曲を教育現場からなくすのはいかがなものかと思っています。近年採用されるようになった曲が悪いというものではありません。大げさに言えば、日本の風景とか歴史とか伝統というやつを教えなくていいのかということであります。
自分は長年地元の合唱団に所属しています。何年かごとに唱歌を取り上げる機会があるのですが、唱歌は聴きに来てくださる方にはおおむね好評です。演奏がうまいわけではありません。他の団体の場合でも同じ感じです。音楽の専門家ではない会場の皆さんに何か共通して感じるものがあるから好評なのでしょう。
先の震災の年には多くの合唱団が唱歌を取り上げ、機会あるごとに披露しました。なかでも「ふるさと」はNHKの「花は咲く」以上に絶大な力があり、多くの人が、人によっては涙しながら聴いてくれました。皆さんのふるさとの景色はそれぞれでも、共通して何か感じるものがあったからでしょう
ふるさとの景色は変わり、村の鍛冶屋もほとんどなくなった今であるから、せめて唱歌によってでも何十年か昔のことを教えてもいいのではないかと思うのです。
  1. 2014-04-27 21:43
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  3. koguma #-
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To:kazkさん

> 小生もこの番組は見ました。
> これは究極のものづくりなんでしょうが、このような農村でなくても現実に少し難しい仕事になると専門工具やらオーダーメイド工具はごく当たり前の世界でしょう。だから実はこれが一番新しい世界だとも言えると思います。
>
> 父は職人でしたが死んだあと物置を整理すると自分で作った工具の山でした。正直何でこんなモノをと思うものや、どうやって使うのか理解できないものなどオンパレードでした。いくら親父でも使えつものがあれば作らなかったはずですからオーダーメイド工具の未来は洋々たるものでしょう。
>
> これこそが究極のロングテイルですから欲しい人が自分の周りには1人しかいなくても全国、いや前世界にはその1000倍はいるかもしれない。これなら商売になるわけです。村の鍛冶屋は絶滅危惧種、というより半ば以上絶滅種でしょうが、このような人々もネット化できれば商売になるんじゃないか、そんな気分で見ていました。
>
> 一般的に見える電気工具の世界だって何でこんなに…と思うほどのバリエの山です。時代は究極の多品種少量生産に向かってます。村の鍛冶屋の姿は決して古いものではない、そういう気さえします。


なるほど、父上様のそんな工具、見るだけで面白そうですね。
ご指摘の通りネットの時代に入ってあらゆる距離が極端に短縮されました。
そうすると作り手と実際に使う人との距離がほとんどなくなったも同然になりました。
そこで従来ではべら棒に高価な特注品が案外安く手に入る、そんな時代になったと思います。
だから新しいビジネスの可能性もあるんでしょうね。
面白そうです。

システム開発さえうまくやれば成功するかもしれません。
やってみたいですね。
  1. 2014-04-28 07:46
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  3. 短足おじさん二世 #-
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To:相模 さん

> ビデオテープ録画の旧式撮影機の不具合を見て貰おうと、大手の電気店に行ったところ、係員はメーカに出さなければ分らないと、極端に言えば見もしないであしらわれました。尤も彼らは全員が販売員で修理屋ではない。能書きは言えても直せません。
>
> この冬の雪で当家のカーポートが崩壊して車の屋根に直撃しました。車を修理に出しましたが、ディーラーは板金屋に回すしか直しようがないとのこと。そうした工程があることは理解できても、ディーラーの工場で直せないことが歯がゆい。
>
> 要するに「製・販分離」の社会が出来上がっている訳で、それが合理的かと言えば合理的ではあるが不便な社会です。


社会のあらゆる所がムチャクチャ高度化してしまった、それが今日の世界ですね。
そんな中で生きるためには昔に比べてトンデモナイ時間をかけて勉強しなければいけない。
昔の商品はみればどんな材質でどんなつくり方かが大体見当がついた、今は見ただけでは丸っきり分からない。
私はタイ時代に色んなモノ、工場の機械とか製品とか、そんなモノを一生懸命教えました。
でも難しすぎるんですね。
若い技術者にそれをやってくれと言っても不可能、仕方なく若い技術者に技術の歴史だとか基礎がどうなっているか教えました。
若い人には感謝されましたね、会社では10年かかっても分からなかった事、それが此処では1年で分かる。そんな話でした。
でもそのためには矢張り歴史、例えば技術の歴史を知らないとダメ。

困った時代ですが昔に比べると仕事の中に勉強する時間がムチャクチャ増えた。
今はそんな時代だと思います。

  1. 2014-04-28 08:02
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  3. 短足おじさん二世 #-
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To:koguma さん

> こんばんは。
>
> 当記事の本筋からは外れますが、村の鍛冶屋の変遷があったものですので。
> 明治期の旧文部省は、小学児童の音楽教育のために多くの唱歌を制定しました。その多くは日本のそこかしこの風景であり、子供でも歌いやすく覚えやすく出来ています。これまで3,4世代は習ったことになります。世情や改版などのために、世代によって習った歌詞やメロディーが違ったり、村の鍛冶屋のように歌詞がなくなった曲もありますが、多くはどの世代にも通じています。
> 平成になり、唱歌は小学校の音楽の教科書からなくなってしまいました。教育によるものであっても、これまでほとんどの国民が習い慣れ親しんだ多くの良い曲を教育現場からなくすのはいかがなものかと思っています。近年採用されるようになった曲が悪いというものではありません。大げさに言えば、日本の風景とか歴史とか伝統というやつを教えなくていいのかということであります。
> 自分は長年地元の合唱団に所属しています。何年かごとに唱歌を取り上げる機会があるのですが、唱歌は聴きに来てくださる方にはおおむね好評です。演奏がうまいわけではありません。他の団体の場合でも同じ感じです。音楽の専門家ではない会場の皆さんに何か共通して感じるものがあるから好評なのでしょう。
> 先の震災の年には多くの合唱団が唱歌を取り上げ、機会あるごとに披露しました。なかでも「ふるさと」はNHKの「花は咲く」以上に絶大な力があり、多くの人が、人によっては涙しながら聴いてくれました。皆さんのふるさとの景色はそれぞれでも、共通して何か感じるものがあったからでしょう
> ふるさとの景色は変わり、村の鍛冶屋もほとんどなくなった今であるから、せめて唱歌によってでも何十年か昔のことを教えてもいいのではないかと思うのです。


なるほど、良い話を伺いました。有難うございます。
実は日本の唱歌の中には望郷の歌がムチャクチャ多いのです。
「ふるさと」もそうですよね。唱歌の半分以上が望郷の歌ではないでしょうか。

例えば「秋の夜半」と言う唱歌が有ります。曲はウエーバーの魔弾の射手からとった。
ご存知だと思います。歌詞は佐々木信綱ですが、第1回の文化勲章受章者の歌人です。
流石歌人、歌詞は素晴らしいです。
そしてこんなものも望郷の歌。

明治になって多くの若者が勉強の為、仕事の為に東京に(あるいは都会に)来ました。
そんな若者の心を歌ったのが望郷の歌だった。
そんな都会に出てきた人たちの第二の波が有りました。戦後の高度成長の時代です。
その頃に都会に出てきた人たちも矢張り望郷の歌にとても親近感が有るんだと思います。

確かに唱歌は日本の歌の原点ですね。
でも合唱をされているんですか、良いですね。
色んな年代の方と一緒に声を出す。素晴らしい事だと思います。
  1. 2014-04-28 10:47
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  3. 短足おじさん二世 #-
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