2014-04-20 14:43

まともな良い話

 17日の読売新聞に良い話が載っていた。
こんな話である。

2014-4-20読売記事4月17日インパール

http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20140417-118-OYTPT50057/search_list_%25E3%2582%25A4%25E3%2583%25B3%25E3%2583%2591%25E3%2583%25BC%25E3%2583%25AB%25E3%2580%2580%25E5%2584%25AA%25E3%2581%2597%25E3%2581%2584%25E6%2597%25A5%25E6%259C%25AC%25E5%2585%25B5_2014%252F04%252F17_

この記事は有料記事なので、念のためコピーも添付します。

<以下読売記事>

インパールの優しい日本兵 「逃げ道教えてくれた」 インド人の古老語る 
2014年4月17日3時0分 読売新聞


 70年前に3万人以上が犠牲になったとされる旧日本軍のインパール作戦について、「日本兵はインドのために戦ってくれた」と記憶にとどめるインド人古老に話を聞くことができた。(インド北東部ロトパチン 田原徳容、写真も)

 インパール南西の村ロトパチンにある丘「レッド・ヒル」。英国軍との戦いで日本兵数百人が戦死し、大量の血が流れたとして、そう呼ばれる。麓に住む農家のタオレム・ゴラムホン・シンさん(83)は1944年4月、草むらに潜んでいた日本兵と出くわした。靴を履いておらず、「指の形の靴。地下足袋だった。今も目に浮かぶ」。

 旧日本軍は5月のある夜、レッド・ヒルに陣取る英軍を急襲。シンさんが家の前で立ちすくんでいると、駆け寄った日本兵が手ぶりで逃げ道を教えてくれた。

 「自分が死ぬかもしれないのに、なぜやさしいのか」

 逃げながら、そう思ったという。戦闘は旧日本軍の惨敗に終わり、シンさんは父親らと日本兵の遺体を火葬した。

 戦後、レッド・ヒルの麓には慰霊碑が建設された。シンさんは建設に協力し、訪れる日本人を案内した。「日本兵が眠るこの丘を見守り続けます」と言う。

 ロトパチンの南にある町モイラン。主婦のアコイマチャ・クマムさん(85)は、日本兵に英軍の空爆情報を教えてもらい、難を逃れたという。日本兵は空爆の犠牲となったと聞いた。

 「私の自宅は日本兵に使われていたが、衣類や食器は(荒らされず)側溝に保管されていた。日本が復興できたのは、戦争中でも常識を忘れなかった日本人ならではだと思う」

 日本兵の遺留品収集を行っているアランバン・アンガンバ・シンさん(40)は、「旧日本軍の動きがなければ、英からのインド独立の機運は高まらなかっただろう。日本兵の優しさを受け止め、記憶をつなぎたい」と話した。

                ◇

 【インパール作戦】1944年3~7月、ビルマ(現ミャンマー)を占領した日本軍が、連合軍拠点だったインド・インパールの攻略を目指した作戦。武器・食料が不足し、補給もなく、英国軍に大敗した。兵士の間ではマラリアや赤痢が流行した。
2014-4-20読売記事4月17日インパール地図


インド・ロトパチンの「レッド・ヒル」(後方)の前で日本兵の印象を語るシンさん
2014-4-20読売記事4月17日インパール古老写真

<引用終り>


良い話である。
所でもう一つ、宮崎正弘さんのメルマガにこんな記事が有った。
ハノイ在住のR生さんと言う方のコメントである。
http://melma.com/backnumber_45206_6015734/

<以下引用>

(読者の声1)貴誌前号投稿欄の「PB生様」の以下について、です。日本が戦前の台湾・朝鮮・南洋諸島などでおこなったような総合的なインフラ整備や産業開発を英国が植民地で実施したのは1947年の労働党政権が初めてだったという。日本の朝鮮統治や満洲開発など、偏見のない研究者には高く評価されていますから、日本の成功事例を参考にしたのかもしれませんね。
昨年ミャンマーへ行った時のこと、同行した60台後半の方がヤンゴンの空港へ向かうなかで、私に質問しました。
「日本はビルマ人に学校で日本語を強制的に勉強させたんだ。イギリスはそんなことは一切しなかった。いったいどう思う?」・・
私の答えは以下。

「イギリスはビルマ人を猿と定義して植民地経営をしたから学校や病院などインフラは一切作らなかった。日本は有能なビルマ人に日本語を勉強させて将来はビルマのリーダーになってもらおうとした」と応えたら、彼にとってはとて--も意外な答えだったらしく黙りこんでしまいまいました。自画自賛気味で申し訳ありませんが、いままで自分なりに勉強してきてよかったナァと思いました。洗脳をはねつけられましたからね。PB生様の文書を読んでいて思い出しました。
朝日新聞読者はやはり60代が一番多いらしく、60代がもっともサヨク洗脳されているようです
また国士舘大学のクララ(倉山満)さんは逆説的に日本は韓国人を猿とみなして植民地経営すべきだったといっています。倉山氏は素晴らしいですね。そして若いですよね。
・・・以下略、詳細は上掲メルマガ参照ください・・・

<引用終り>

このR生さんの回答をいつでもどこでも言えるようにして欧米と欧米かぶれの連中に話してやりたいものだ。
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コメント

>イギリスはビルマ人を猿と定義して

会田雄次の「アーロン収容所」の記述では、英国人はアジア人を猿並みに思っていたので、捕虜である日本兵の前でも英国の女性兵士は裸体でいても意に介さなかったと言います。

これに対し、海軍報道班員として従軍した動物写真家の戸川幸夫の「戦場への紙碑」(インドネシア駐留記)は、戦時中の日本軍とインドネシア人の友情が美しく語られます。

前者は「動物」と人の話。後者は人と人の物語で、戦後(昭和50年代)戸川がインドネシアを再訪した際、生き延びた現地の人々との友情の物語が続きます。

左翼脳・自虐史観の人々には認識を新たにして貰いたい書物でした。
  1. 2014-04-20 17:14
  2. URL
  3. 相模 #-
  4. 編集

いいお話を

いいお話ですネ。
というより、あまりにウソに塗り固められた過去を、見直していく材料です。

昔、台湾に旅行したとき、現地のガイドが過去の日本の為政者のことを、「…サマが…されました」と言って建物などを説明していました。尊敬の念が感じられました。
広い視野で国家を考えられる人なら、日本のやったことを否定ばかりするはずはありません。

>60代がもっともサヨク洗脳(R生さんのコメント)
これには少し異論が。(笑)

私も60代ですが、若いときはともかく今は決してそんなことはないです。
ただ若い人が年寄りには任せておけないとして、日本のこと、社会のことを真剣に考えてくれていることはいいのですが。
  1. 2014-04-20 23:14
  2. URL
  3. 道草人 #-
  4. 編集

To:相模 さん

> >イギリスはビルマ人を猿と定義して
>
> 会田雄次の「アーロン収容所」の記述では、英国人はアジア人を猿並みに思っていたので、捕虜である日本兵の前でも英国の女性兵士は裸体でいても意に介さなかったと言います。
>
> これに対し、海軍報道班員として従軍した動物写真家の戸川幸夫の「戦場への紙碑」(インドネシア駐留記)は、戦時中の日本軍とインドネシア人の友情が美しく語られます。
>
> 前者は「動物」と人の話。後者は人と人の物語で、戦後(昭和50年代)戸川がインドネシアを再訪した際、生き延びた現地の人々との友情の物語が続きます。
>
> 左翼脳・自虐史観の人々には認識を新たにして貰いたい書物でした。



>英国人はアジア人を猿並みに思っていたので、捕虜である日本兵の前でも英国の女性兵士は裸体でいても意に介さなかった
この話には私の体験が重なります。
タイで仕事をしていまして住いが歓楽地パタヤから30キロほどの所、だからいろんな噂などに接します。
一番驚いたのが「白人男女はパタヤの浜辺で人が見ている前で平気でセッ〇スをする」、こんな話でした。再三聞きましたし、地元の新聞にも載っていました。
地元民は流石に困って、子どもの親は子供に「夜になったら浜辺には行くな」と言っているそうです。

尚その白人の中で最もひどいのがロシア人とか・・・ 噂です・・・

コレマタ続きの話。数年前ですが・・・
「浜辺で事に及んでいた男女、その衣類を盗んだ奴がいました。盗まれたのは衣類と財布・パスポートも」。その顛末は「男女とも丸裸でホテルに戻り、事情を説明して部屋に入れてもらったとか・・・」
現地新聞では大笑いのネタとして報道されてましたね。
・・・流石に写真は無かったなあ・・・

こんな感覚の連中がそう簡単に意識など変えません。
それがいろんな形でジャパンバッシングになって出てくる、何せそんな白人の前に立ちはだかるのは日本人だけなんです。中国人は単に奴隷、そうでなければカネを持ってくるシモベ。

難しい時代です。
  1. 2014-04-21 07:17
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  3. 短足おじさん二世 #-
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Re: いいお話を

> いいお話ですネ。
> というより、あまりにウソに塗り固められた過去を、見直していく材料です。
>
> 昔、台湾に旅行したとき、現地のガイドが過去の日本の為政者のことを、「…サマが…されました」と言って建物などを説明していました。尊敬の念が感じられました。
> 広い視野で国家を考えられる人なら、日本のやったことを否定ばかりするはずはありません。
>
> >60代がもっともサヨク洗脳(R生さんのコメント)
> これには少し異論が。(笑)
>
> 私も60代ですが、若いときはともかく今は決してそんなことはないです。
> ただ若い人が年寄りには任せておけないとして、日本のこと、社会のことを真剣に考えてくれていることはいいのですが。


台湾の話、良い話を伺いました。先人の功績を感じますね。

所でその60台云々の件ですが、昨日も私は同い年の仲間と朝コーヒーを飲んでいたのですが、私の仲間(ほんの少し前まで60台だった・・・)も全く同じです。
一番の違いはインターネットを見る機会が有るか無いか、この違いです。
パソコンでもスマートフォンでも若い人はインターネットを見られますから、どんどん事実が分かってくる。この違いは大きいです。
私の地元の同い年の仲間は20人ほどいますが、インターネットを接続できる人は3人だけ、そのうち一人はつなぐことが出来ると言うだけで実際は使っていない。
残り9割以上の人は情報源は新聞と痴情波のテレビだけ。衛星放送もNHK-BSをたまに見る人が数人。私のようにインターネットだけでなくテレビもBBC・CNNを直接見ている人は皆無です。

こんな人にどうやって事実を説明するか、これが私の今のテーマでもあります。
そんな意味で今回の韓国のフェリー事故。良い題材になりました。
  1. 2014-04-21 07:37
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
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『猿の惑星』
http://ja.wikipedia.org/wiki/猿の惑星
ピエール・ブール
http://ja.wikipedia.org/wiki/ピエール・ブール

映画『猿の惑星』は純粋にエンターテイメントとして楽しんだのですが、その後ピエール・ブールの小説の日本語訳を読むと、解説で「白人→人類」「有色人種→猿」という構図で立場が逆転する皮肉を描いたと書いてあって、複雑な気持ちになりました。
  1. 2014-04-21 13:35
  2. URL
  3. taigen #-
  4. 編集

To:taigenさん

> 『猿の惑星』
> http://ja.wikipedia.org/wiki/猿の惑星
> ピエール・ブール
> http://ja.wikipedia.org/wiki/ピエール・ブール
>
> 映画『猿の惑星』は純粋にエンターテイメントとして楽しんだのですが、その後ピエール・ブールの小説の日本語訳を読むと、解説で「白人→人類」「有色人種→猿」という構図で立場が逆転する皮肉を描いたと書いてあって、複雑な気持ちになりました。


ピエール・ブールについては私も色々想いが有りますが、何せ彼は徹底的な反日家。
その理由は名誉ある白人様が黄色いサルたる日本人に支配されたこと、こうだと思っています。
以下参照ください。

http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-710.html

彼の経歴で特に注目すべきこと、それは戦前マレーシアで監督者として有色人種を使っていた。それがベトナムで日本軍に捕まり、結果として投獄された(注:諸説あり)。
この経験は「偉大なる白人として有色人種を支配していたものが、立場が逆転し日本人(=有色人種)に支配された」ことで、彼は終生これを恨んでいたようだ。

その結果が小説「戦場にかける橋」になり、その後小説「猿の惑星」になった。
(注:猿の惑星は原題を直訳すると類人猿の惑星、小さいチンパンジーが日本人、大きいゴリラが黒人である)
猿の惑星は支配者で偉い存在だった白人が立場が逆転し猿に支配される話、これが作者の思いだった。


こんな風です。
映画戦場にかける橋、この中を一貫して流れる反日思想は彼の深い恨みからでしょう。

こんな思想が未だに尾を引いている。その現実をきちんと知るべきですね。
  1. 2014-04-21 16:05
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  3. 短足おじさん二世 #-
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