2014-03-25 20:48

ロボットと人間の未来<続編

 21日のエントリー「ロボットと人間の未来」にkazkさんから興味深いコメントを頂いた。
以前から私が思っているテーマでもあり、コメントを紹介しながら私の考えを述べてみたい。

最初にkazkさんのコメントと私の回答から。

<kazkさん>

西洋人は産業革命の時のラッダイト運動のような機械に対する不信感というよりは敵対心が有るのではないでしょうか。これはおそらく機械というものは自分たちで発明したんだという感情が全くないことによるのではないでしょうか。

日本人ならば動力を使い機械によって自分の仕事の効率が上がるということが善であり喜びなのですが、彼等にはそれは全く関係ないことだたということでしょう。かえって今までの自分の手仕事の技術が無用になるということで失業を恐れるということでしょう。

彼等は所詮レーバーなのですよね、主体的に物を作り能動的に作業するワーカーでは無いという事でしょう。おそらく機械に対する対応の違いは個々にあるのでしょう。自分の作業を向上させる道具ならばそれを非難するわけがない。

ましてやこの国は物にも魂を感ずる国なのですから何をか言わんやです。
PCのソフトは所詮最後は人の手作業です。それを機械で走らせて仕事をするわけですからこれも日本人向けであったのでしょう。

そして何よりも昔からこの手の開発にはとことん遊びがあります。これこそがワーカーの最たるものだと思います。

<以下は私の回答>

ご指摘の問題は最後には「仕事の目的」にたどり着きます。
例えば旋盤工はNC旋盤が出来れば仕事をNC旋盤に奪われます。
欧米式は仕事の目的はカネですので、NC旋盤は旋盤工の仕事を奪う存在だけ。だから合理化反対にもなるわけです。
日本式は仕事の目的は良いモノ、ヒトの為になるモノを作ること、そしてカネはそれをしていればついてくるもの、こう考えます。
NC旋盤が出来たら、これのおれの仕事を任せて俺は次の仕事をしよう、これが日本のモノの考え方です。
此処には合理化反対などと言う考え方は出てきません。逆に新しい事をやるために一生懸命努力・勉強しようと考えます。
こんな思想には土台に思想的なもの、宗教的なものが有ります。

そしてこれに気が付いた人にマッカーサーがいます。
以下は昭和26年にアメリカ上院でマッカーサーが証言したときの発言・対訳です。

<以下引用>
Some place down the line they have discovered what you might call the dignity of labor, that men are happier when they are working and constructing than when they are idling.

いつの頃からか、彼らは、労働の尊厳と称すべきものを発見しました。つまり、人間は、何もしないでいるときよりも、働いて何かを作っているときの方が幸せだということを発見したのです。
<引用終り、以下エントリー参照ください>
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-763.html

実はこの事は私がタイで仕事をしている時の基本的な思想の中心に置いていた事。
これを実現するため日夜苦心惨憺していたのです。

<引用は此処まで>

最初にラッダイト運動とはこんなモノ。機械の打ちこわし運動である。

ここで私が敢えてマッカーサーの話を取り上げたのにはわけが有る。
西欧式の労働と言うのはカネの為に無理やり働かせるもの。だからカネが出来てしまえば働く必要などない。
こんな風である。
その為自分たちの生活を豊かにしてくれる品物を作る機械、それが「自分たちの仕事を横取りする邪悪なもの」と映る。

このラッダイト運動が後に労働運動になっていった。
その労働運動が西欧独特の職能別組合、例えば旋盤工なら所属する会社を横断して旋盤工組合を作る、こんな風になって行った。
つまり労働はカネが欲しいがために天が与えた罰である、そんな考え方で未だに西欧社会に根強く残っている。

それに対して日本は、実にマッカーサーは日本統治の間に実によく見ていたもので、日本人の労働に対する考え方をズバリ指摘している。
労働の尊厳と称すべきもの、つまり、人間は、何もしないでいるときよりも、働いて何かを作っているときの方が幸せだ。」
此処にもう一つ付け加えれば、何か(モノとかサービスなど)作って、それが人のために役立つ。これが幸せになるし自分の所得に跳ね返ってくる。こういう考え方である。

しかしこんな考え方をするのは世界的にはごく少数派。
私は主にタイと(少しだけインドネシアと)仕事をしてきたが、彼らは働くのは奴隷労働と同じ考え方、つまりカネの為に言われたことをやるだけ。こうである。
そんな人たちに今作っているモノがこんな風に使われ、こんな風にお客さんの役に立つ。だからこうしよう。これを教え込むのは毎日全人格で勝負せねばいけない事だった。

こんな考えに日本は昔からの伝統が有る。

これを見てほしい

馬高式土器、別名火炎土器、岡本太郎曰く「縄文は爆発だ!!」

2014-3-25馬高式土器

これは今から5千年くらい前の縄文時代を代表する土器。

こんな伝統が日本のモノ造りに生きているのである。


所で最初に書いたラッダイト運動、機械の打ちこわし。
私には今でもこれをやっている連中がいるように見える。
原発要らないの放射脳連中、此奴らも似たようなものではないだろうか。
自分らが原発の恩恵を散々享受しながら原発要らないを叫ぶ

だったら今原発を止めたおかげで毎月1兆円を超える貿易赤字を出しているのを何とかしてくれますか?
放射脳連中にはそんな簡単な事が見えないらしい。
縄文人よりも頭は悪そうだ



<注>
本文の最初、kazkさんのコメントのあたり(引用文の所)、実は文字を斜体で指定しましたが斜体になっていません。
しかし英字の部分は斜体になっています。
これはこのテンプレートでフォントの所にメイリオを追加したため発生しました。
「font-family: Meiryo, Verdana, sans-serif;」
この様にフォントの使う順番をメイリオが最初に来るようにしてあるので、こんな結果です。

いろいろ難しいですね、
  1. 社会一般
  2. TB(0)
  3. CM(12)

コメント

アニミズム
http://ja.wikipedia.org/wiki/アニミズム
霊的存在が肉体や物体を支配するという精神観、霊魂観(日本で言えば「依り代」に近い観念)は、世界的に広く宗教、習俗の中で一般に存在している。キリスト教が先進のものというヨーロッパの視点から、アニミズムはかつて原始的な未開社会のものであると考えられた。レヴィ=ブリュールの『未開社会の思惟』など、民族学や文化人類学の南太平洋(トロブリアンド諸島)やアマゾンの先住民のその根本的な考察観にうかがい知ることができる。
付喪神(つくもがみ)
http://ja.wikipedia.org/wiki/付喪神
日本の古神道においては、古来より森羅万象に八百万(やおよろず)の神が宿るとするアニミズム的な世界観(八百万の神・汎神論)が定着していて、その特徴の一つとして「神さび」という言葉が、古くから使われ、長く生きたものや、古くなったものはそれだけで、神聖であり神々しいとされてきた。その具体的なものとして、神籬(ひもろぎ・木々のこと)や磐座(いわくら・岩や山のこと)信仰があり、長く生きた大木や昔からある岩に神が宿ると考え、それらを神体とし、依り代の証しとして注連縄を巻き信仰している。
付喪神となりうる寄り代も森羅万象であり、人工の器物(道具)や建造物の他、動植物や自然の山河などに及ぶ。付喪神は、必ずしも人に幸をもたらすとは限らず、禍をもたらすものであり、妖怪として語られることも多く、そして付喪神も同様に、作られて誕生して長い時間を経て、健在であり続けた器物や生き物などには、霊魂が宿るとして「畏怖や畏敬の念を抱く」といった習慣・価値観は、日本に普遍的に存在するものであり、根底に流れる思想は神道や古神道と同じものである。またそれらを、鎮めるため(和御魂・荒御魂という神霊の2つの様相の変化)に建立した碑や塚や供養塔も日本各地に多数存在し、例としては包丁塚や人形塚や道具塚などがある。

西欧人と日本人は精神的バックグラウンドがやはり違うのでしょうね。
  1. 2014-03-26 05:45
  2. URL
  3. taigen #-
  4. 編集

日本人の宗教観

ちょっと違う話かも、しれないけれど、モノリス大明神というものを知っていますか?

http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%83%A2%E3%83%8E%E3%83%AA%E3%82%B9%E5%A4%A7%E6%98%8E%E7%A5%9E

この話は、どんな物にも神様いて、物を大切に扱えば、なんかいいことが起きる、なんて日本人の心をよく表していると思います。
  1. 2014-03-26 17:30
  2. URL
  3. 指圧おじさん #-
  4. 編集

人もロボットも幸せな組織

≪ 昔、「人を愛し、国を愛し、勤めを愛す」と言った経営者がおりました。≫

これは「唸声のブログ」の筆者・唸声さんのコメントです(3/25コメント欄)。この「勤めを愛す」とか「仕事を愛す」感性は日本人独特のもののように思います。仕事仲間は人間だけではなく、工作機械のロボットさえも仲間です。

上記の「昔の経営者」は、社員を愛する精神が今より強かった、国を愛する力、例えば基本的なら納税を心がける意気地が強かった、勤めを愛す精神は良い製品を一生懸命作る努力でした。

労使全体に日本人はその気風が濃厚にあったと思います。過日のテレビドラマ「リーダーズ(トヨタ自動車の歴史)」にその精神がよく描かれていました。出光石油も同様です。

日本的経営、即ち家族主義、年功序列の企業では人もロボットもハッピーな状況でいられるのです。それが崩れたことに私は無念さを感じます。
  1. 2014-03-26 17:59
  2. URL
  3. 相模 #-
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To:taigenさん

> アニミズム
> http://ja.wikipedia.org/wiki/アニミズム
> 霊的存在が肉体や物体を支配するという精神観、霊魂観(日本で言えば「依り代」に近い観念)は、世界的に広く宗教、習俗の中で一般に存在している。キリスト教が先進のものというヨーロッパの視点から、アニミズムはかつて原始的な未開社会のものであると考えられた。レヴィ=ブリュールの『未開社会の思惟』など、民族学や文化人類学の南太平洋(トロブリアンド諸島)やアマゾンの先住民のその根本的な考察観にうかがい知ることができる。
> 付喪神(つくもがみ)
> http://ja.wikipedia.org/wiki/付喪神
> 日本の古神道においては、古来より森羅万象に八百万(やおよろず)の神が宿るとするアニミズム的な世界観(八百万の神・汎神論)が定着していて、その特徴の一つとして「神さび」という言葉が、古くから使われ、長く生きたものや、古くなったものはそれだけで、神聖であり神々しいとされてきた。その具体的なものとして、神籬(ひもろぎ・木々のこと)や磐座(いわくら・岩や山のこと)信仰があり、長く生きた大木や昔からある岩に神が宿ると考え、それらを神体とし、依り代の証しとして注連縄を巻き信仰している。
> 付喪神となりうる寄り代も森羅万象であり、人工の器物(道具)や建造物の他、動植物や自然の山河などに及ぶ。付喪神は、必ずしも人に幸をもたらすとは限らず、禍をもたらすものであり、妖怪として語られることも多く、そして付喪神も同様に、作られて誕生して長い時間を経て、健在であり続けた器物や生き物などには、霊魂が宿るとして「畏怖や畏敬の念を抱く」といった習慣・価値観は、日本に普遍的に存在するものであり、根底に流れる思想は神道や古神道と同じものである。またそれらを、鎮めるため(和御魂・荒御魂という神霊の2つの様相の変化)に建立した碑や塚や供養塔も日本各地に多数存在し、例としては包丁塚や人形塚や道具塚などがある。
>
> 西欧人と日本人は精神的バックグラウンドがやはり違うのでしょうね。


日本人の考えるカミ(神、上)と西欧人の考えるカミ(GOD、アッラー)は全く違いますね。
それがだんだん認識されてきまして、この頃では日本の神社などに祀られる神をGODと言わなくなったケースが増えました。
しかし靖国に祀られたカミをGODと考えるアホが日本にもいまして、その連中が「日本人が戦犯をGODと崇めている」、こう言って騒いでいます。
この辺りは哲学者や宗教学者が世界に発信すべきなのですが、残念ながら彼らもまた国内志向で駄目ですね。
日本人のこの宗教観は縄文時代にさかのぼる長い歴史がはぐくんだもの。
それを世界に発信したいですね。
西欧のGODは全知全能の神ですが、日本の神は特に人間に災いをもたらすものにもなる。
この考え方の違いが大きいと思っています。
だからこそ自然を敬い、人間を敬い、自分の仕事を大切にする、そんな風土が出来たのだと思っています。

日本精神は決して菊や桜の咲き乱れる花園で生まれたものではありません。
桜や菊もありますが其れはホンの一瞬、風水害も津波や火山の噴火もある、冬は積雪で死の恐怖と隣り合わせの荒々しい大地、そして一つ間違えれば人をのみ込む大海原。
この厳しい自然との共生の中から生まれてきたのが日本精神なんだと思っています。

私はこの考えでタイで仕事をしていたとき、真っ先にタイ人スタッフを日本に連れて行くとき真冬を選びました。あの寒さと雪を経験させないと世界が理解できない、そう思ったためです。
  1. 2014-03-26 18:08
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

Re: 日本人の宗教観

> ちょっと違う話かも、しれないけれど、モノリス大明神というものを知っていますか?
>
> http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%83%A2%E3%83%8E%E3%83%AA%E3%82%B9%E5%A4%A7%E6%98%8E%E7%A5%9E
>
> この話は、どんな物にも神様いて、物を大切に扱えば、なんかいいことが起きる、なんて日本人の心をよく表していると思います。


情報ありがとうございます。正直な所、モノリス大明神、初めて聞きました。
でもその話は納得できます。類似のモノがいくらでもあるからです。

本文に掲載した写真の縄文土器、これは約5千年くらい前のモノです。
そしてこんなモノに実用的な意味は有りません。純粋にモノに対する敬意、こだわりが生んだもの。
これが日本人の源流だと思っています。
日本人の心は縄文時代1万年の苦しい生活から生まれてきた、そう思っています。
  1. 2014-03-26 18:17
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

Re: 人もロボットも幸せな組織

> ≪ 昔、「人を愛し、国を愛し、勤めを愛す」と言った経営者がおりました。≫
>
> これは「唸声のブログ」の筆者・唸声さんのコメントです(3/25コメント欄)。この「勤めを愛す」とか「仕事を愛す」感性は日本人独特のもののように思います。仕事仲間は人間だけではなく、工作機械のロボットさえも仲間です。
>
> 上記の「昔の経営者」は、社員を愛する精神が今より強かった、国を愛する力、例えば基本的なら納税を心がける意気地が強かった、勤めを愛す精神は良い製品を一生懸命作る努力でした。
>
> 労使全体に日本人はその気風が濃厚にあったと思います。過日のテレビドラマ「リーダーズ(トヨタ自動車の歴史)」にその精神がよく描かれていました。出光石油も同様です。
>
> 日本的経営、即ち家族主義、年功序列の企業では人もロボットもハッピーな状況でいられるのです。それが崩れたことに私は無念さを感じます。


全く仰る通り、良い話ですね。
リーダーズだったですか、豊田喜一郎の話ですね。私はテレビは見ていませんが録画してあるので後でじっくり見ようと思っています。
喜一郎がドラマの中で行ったかどうか知りませんが、彼の言葉「技術屋は日に4回手を洗え」は私の長年のモットーでもあります。

この日本的なものを壊そうとしているモノ、それがグローバリズムです。
グローバリズムにとって日本ほど目障りな思想は有りません。それが大東亜戦争の原因になったのだと思っています。
  1. 2014-03-26 18:25
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
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米国と日本の違いの私見

短足おじさん、ごきげんよう・・・

米国はキリスト教の国ですね。そのキリスト教では、「労働」とは罰ゲームみたいなものだそうです。なんでも、楽園に住んでいたアダムとイブは、蛇にそそのかされて知恵の実を食べましたね。その後、裸を恥ずかしいと隠した事で神様に禁断の知恵の実を食べた事がばれて、楽園を追放になり、イブは子供を生む苦しみを与えられて、アダムは額に汗を流して労働してパンを得る生活に落されるという話です。

だから、「労働」とはキリスト教世界では罰なのです。そして、女の子供を生む際の日本語の「陣痛」という単語の英語では「labor」なのです。

昔も今も、米国のアメリカンドリームに大富豪がありますが、彼ら大富豪になる過程に多いのが、ゴールデン・パラシュトです。つまり自分が手塩にかけて育てた会社を上場して、持ち株全部をその時に売却して一切事業から足を洗って罰ゲームの労働をせずに、楽園にいるような生活をするのが理想らしいのです。例外的に大富豪になっても労働するアメリカ人も多いのも事実ですが、本来の意味のゴールデン・パラシュトの大富豪は労働はしないそうです。

それと、ロシアのクリミア共和国の編入を米国が批判してますが、メキシコ国からテキサスを奪ってテキサス州にして、ハワイの王様を騙してハワイ島全部をハワイ州にした米国が批判するのは、おこがましいと思いますよ。

米国も中国もロシアも韓国も信用など出来るものではありません。日本は憲法9条が日本を護るのでなく、自衛隊と日本人が護るのです。日本のマスコミはさらに信用出来ません。
  1. 2014-03-26 20:42
  2. URL
  3. コロ4号 #-
  4. 編集

火焔土器は祭祀に用いられたと言われますが中には煮炊きした後があるものがるといいます。このことが凄いと思います。

人は皆火焔土器の意匠を賞賛しますが、完全に実用を忘れたものでないことが小生は凄いと思うのです何に使われたかは知るべくもありませんが単なる芸術品じゃbなかったということでしょう。

日本においては一部諸国のような人種の変更はなかったのは確実です。つまりこれは確実に我々の先祖のものだといえるのです。当たり前のものに究極の完成度を求める変態ぶりはある意味この時からでしょう。

この事の意味がわかる西欧人はどれだけいるでしょうか。
  1. 2014-03-26 23:18
  2. URL
  3. kazk #-
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Re: 米国と日本の違いの私見

> 短足おじさん、ごきげんよう・・・
>
> 米国はキリスト教の国ですね。そのキリスト教では、「労働」とは罰ゲームみたいなものだそうです。なんでも、楽園に住んでいたアダムとイブは、蛇にそそのかされて知恵の実を食べましたね。その後、裸を恥ずかしいと隠した事で神様に禁断の知恵の実を食べた事がばれて、楽園を追放になり、イブは子供を生む苦しみを与えられて、アダムは額に汗を流して労働してパンを得る生活に落されるという話です。
>
> だから、「労働」とはキリスト教世界では罰なのです。そして、女の子供を生む際の日本語の「陣痛」という単語の英語では「labor」なのです。
>
> 昔も今も、米国のアメリカンドリームに大富豪がありますが、彼ら大富豪になる過程に多いのが、ゴールデン・パラシュトです。つまり自分が手塩にかけて育てた会社を上場して、持ち株全部をその時に売却して一切事業から足を洗って罰ゲームの労働をせずに、楽園にいるような生活をするのが理想らしいのです。例外的に大富豪になっても労働するアメリカ人も多いのも事実ですが、本来の意味のゴールデン・パラシュトの大富豪は労働はしないそうです。
>
> それと、ロシアのクリミア共和国の編入を米国が批判してますが、メキシコ国からテキサスを奪ってテキサス州にして、ハワイの王様を騙してハワイ島全部をハワイ州にした米国が批判するのは、おこがましいと思いますよ。
>
> 米国も中国もロシアも韓国も信用など出来るものではありません。日本は憲法9条が日本を護るのでなく、自衛隊と日本人が護るのです。日本のマスコミはさらに信用出来ません。


陣痛の話、気が付きませんでした。
確かに欧米はと言うより旧約聖書を信奉するキリスト教、ユダヤ教、イスラム教が労働罰を信奉しているのですね。
言葉の意味はとても重要で、労働と陣痛が同じLaberであれば全く同じ理解をするのも分かります。
こんな所を改革するのには矢張り宗教家などがもっと発信しないといけない。

所でアメリカの領土拡大欲はまさしくその通りでしょう。
群馬県の伊香保温泉には旧ハワイ王国大使の別荘が現在も残っていまして、アメリカの蛮行の記念館ともなっています。最も流石に併合に至る部分はノーコメントですが。
そのハワイを武力で併合しようと軍艦を差し向けたアメリカ、そのアメリカの軍艦に日本の軍艦が横付けして勝手な真似をするなと圧力をかけ、流血騒ぎを食い止めた。
その軍艦の艦長こそ東郷平八郎でした。
そののち東郷平八郎の帝国艦隊がバルチック艦隊を全滅させた・・・
アメリカの反日の原点です。
  1. 2014-03-27 07:20
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
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To:kazkさん

> 火焔土器は祭祀に用いられたと言われますが中には煮炊きした後があるものがるといいます。このことが凄いと思います。
>
> 人は皆火焔土器の意匠を賞賛しますが、完全に実用を忘れたものでないことが小生は凄いと思うのです何に使われたかは知るべくもありませんが単なる芸術品じゃbなかったということでしょう。
>
> 日本においては一部諸国のような人種の変更はなかったのは確実です。つまりこれは確実に我々の先祖のものだといえるのです。当たり前のものに究極の完成度を求める変態ぶりはある意味この時からでしょう。
>
> この事の意味がわかる西欧人はどれだけいるでしょうか。


西欧人には理解不能の世界でしょう。だからこそドナルド・キーンは東日本大震災の後、世界が日本に追いつくのに千年かかるなどといった、そんな気がします。
南米チリの先端辺りにいる原住民は日本人そっくりの顔かたちをしている人がいます。
どう見ても隣のオジサン、そんな感じです。
最近のDNA分析の結果、そのグループと日本人は共通の祖先から分かれたもので、それが分かれたのは2万1千年前~1万4千年前との数値が発表されています。
そんな中で長い年月をかけて作り上げた日本人の民族性、もっと大切にしないといけないですね。

私もそんな思いで縄文土器を紹介したのですが、確かに仰る通り単なり飾りではない、そこが凄い所だと思います。
陶芸をしている人は知っていますが、縄文土器のようなもの、作るのは簡単のように見えますが、作ってみると水が漏れます。これを漏れないようにするのは実は大変。
笑い話みたいですが、最近素人陶芸が結構人気が有ります。
しかし花瓶を作ってみると水が漏れる。
そこでできた花瓶が水漏れしないようにその為の薬品を売っている。
面白い話です。
  1. 2014-03-27 07:43
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
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農業との乖離も原因ではないでしょか。

初めてコメントさせて頂きます。

およそ生物として生活の糧を得るために行動することは至極当然のことで、自らを大切にすればその生活の一部である労働も自ずと尊いものになると思われます。
前近代までは大部分が農業に従事していたわけで、農業は直接自分の食料を作り、そこで起こる様々な現象から、良くも悪くも自然の力を感じたり、先人の残したもの敬意を表するのも、また自然なことだと思われます。
そうした労働をユダヤ三教が罰のように捉えるのは余程の事情があったと考えれますが、現在もなお労働罰が信仰され、またキリスト教圏ではないアジア諸国にもみられるのは、別の理由があるのではないかと思います。

欧州には時計台がある都市が多いですが、これは「時間の教会からの開放」だと説明されます。
欧州人は黙っていますが、前近代まで大部分を占めた農民の暦、時間、種子の全てを教会が支配していたと言っても過言ではないでしょう。
生産性も低く三圃式に代表されるように輪作で隔年しか穀物を収穫できない、圃場の割り当てをし収穫物を再分配するのも教会の権限ですから、逆らうことはできません、むしろ神の恵みと教義を解釈して逆らわないようにしたとも考えられるでしょう。
そうした中から新しい考えは生まれるわけもなく、近代は市民革命に代表されるように主として都市から発生します、ここに農業と現代社会の乖離があるように思えます。

他方日本に目を向けると、日本の農民は共同体で作業をするとか、年貢の義務を負うとかいっても、基本的に自由民であり知識までの全てを支配されていません。
日本史では惨めで貧しいイメージを植え付けられますが、稲作は連作であり加えて裏作もあります、1年に1回以上の収穫があるというのは欧州に比べて極めて生産性が高かったと言えるでしょう。

太閤検地以前の1反歩の面積とは約1石の収穫が見込める面積を指したそうで、平均をとって現在の約10aの面積になったそうです。
ここに現在の本州以南の平均耕作面積70a(ここだけ現在の数字では拙いのですが)を掛けると7石の収穫になり、年貢を差し引いても十分な収量だと言えるのではないでしょうか。
さらに1反歩当りの収量が幕末には2石程度まで増え、明治以降はさらに増えます。もちろん平均であり貧富の格差があり極貧の生活があったことも否めないでしょう。

思想的に自由で豊かであるということは文化を創造する余裕ができます、その農民の価値観を是として、それに付随する文化、宗教観も現代社会に引き継いでいるのが日本人の特殊性の原点ではないかと思う次第です。普段での生活では気付かないかもしれませんが、冠婚葬祭やお正月行事などで改めて気付かされます。

アジアに関してもどこか「商工業が上」で「農業が下」のような考えから、近代化に際して農業で培った価値観を捨て去ってしまった気がします、特に韓国がその傾向が顕著だと思われます。

日本でも都市化が進み農業に根ざした価値観、例えば家族観のようなものが少しずつ失われているようで危惧しています。何千年も掛かって培った価値観ですから、大切に残しておきたいと思う次第です。

以上、私感ばかりで長くなって失礼しました。
  1. 2014-04-01 01:01
  2. URL
  3. fcq821 #/lkjinTE
  4. 編集

Re: 農業との乖離も原因ではないでしょか。

> 初めてコメントさせて頂きます。
>
> およそ生物として生活の糧を得るために行動することは至極当然のことで、自らを大切にすればその生活の一部である労働も自ずと尊いものになると思われます。
> 前近代までは大部分が農業に従事していたわけで、農業は直接自分の食料を作り、そこで起こる様々な現象から、良くも悪くも自然の力を感じたり、先人の残したもの敬意を表するのも、また自然なことだと思われます。
> そうした労働をユダヤ三教が罰のように捉えるのは余程の事情があったと考えれますが、現在もなお労働罰が信仰され、またキリスト教圏ではないアジア諸国にもみられるのは、別の理由があるのではないかと思います。
>
> 欧州には時計台がある都市が多いですが、これは「時間の教会からの開放」だと説明されます。
> 欧州人は黙っていますが、前近代まで大部分を占めた農民の暦、時間、種子の全てを教会が支配していたと言っても過言ではないでしょう。
> 生産性も低く三圃式に代表されるように輪作で隔年しか穀物を収穫できない、圃場の割り当てをし収穫物を再分配するのも教会の権限ですから、逆らうことはできません、むしろ神の恵みと教義を解釈して逆らわないようにしたとも考えられるでしょう。
> そうした中から新しい考えは生まれるわけもなく、近代は市民革命に代表されるように主として都市から発生します、ここに農業と現代社会の乖離があるように思えます。
>
> 他方日本に目を向けると、日本の農民は共同体で作業をするとか、年貢の義務を負うとかいっても、基本的に自由民であり知識までの全てを支配されていません。
> 日本史では惨めで貧しいイメージを植え付けられますが、稲作は連作であり加えて裏作もあります、1年に1回以上の収穫があるというのは欧州に比べて極めて生産性が高かったと言えるでしょう。
>
> 太閤検地以前の1反歩の面積とは約1石の収穫が見込める面積を指したそうで、平均をとって現在の約10aの面積になったそうです。
> ここに現在の本州以南の平均耕作面積70a(ここだけ現在の数字では拙いのですが)を掛けると7石の収穫になり、年貢を差し引いても十分な収量だと言えるのではないでしょうか。
> さらに1反歩当りの収量が幕末には2石程度まで増え、明治以降はさらに増えます。もちろん平均であり貧富の格差があり極貧の生活があったことも否めないでしょう。
>
> 思想的に自由で豊かであるということは文化を創造する余裕ができます、その農民の価値観を是として、それに付随する文化、宗教観も現代社会に引き継いでいるのが日本人の特殊性の原点ではないかと思う次第です。普段での生活では気付かないかもしれませんが、冠婚葬祭やお正月行事などで改めて気付かされます。
>
> アジアに関してもどこか「商工業が上」で「農業が下」のような考えから、近代化に際して農業で培った価値観を捨て去ってしまった気がします、特に韓国がその傾向が顕著だと思われます。
>
> 日本でも都市化が進み農業に根ざした価値観、例えば家族観のようなものが少しずつ失われているようで危惧しています。何千年も掛かって培った価値観ですから、大切に残しておきたいと思う次第です。
>
> 以上、私感ばかりで長くなって失礼しました。


初めまして、コメント有難うございます。
大変面白い味方だと思います。一寸私の感じたことを。

最初に農耕民と狩猟採集民を比べると狩猟採集民の労働時間は非常に短い、これはあちこちの狩猟採集民の観察で分かっています。だから狩猟採集民をルーツに持つ民族は労働を嫌がります。
どうしても労働が必要なら奴隷を連れてくればいい、こう考えます。

こんな考え方の典型的な例が町の形態に現れています。日本では城下町と言っても城の周りに家が並ぶだけですが西欧は違います。高い城壁で町を囲い、その中で暮らします。
外敵から守るためですが、外敵は町に攻め込むと住民を捕まえ奴隷にして連れ帰ります。だから住民は高い城壁の中で暮らしている。これは中国でも同じですね。
私はタイで仕事をしていましたが、タイでも同じです。

こんな奴隷労働が有って初めて町の民、つまり市民の生活が成り立つ。そう思っています。

そんな文化が西欧の文化のルーツなので、労働罰理論が未だにまかり通っていますね。
それに対し日本文化は違います。
これは私が時々取り上げるのですが、昭和26年にマッカーサーがアメリカ上院で証言したことで日本人についてこう言っています。
「いつの頃からか、彼らは(日本人は)労働の尊厳と言うものを見出した。つまり遊んでいるよりも何かを作っている方が幸せだと言うことだ」
こんな事をわざわざ上院で証言せねばならない、それだけマッカーサー、つまりアメリカ人には労働の尊厳を身に着けた日本人とは衝撃的な存在だったのでしょう。
ご指摘のように農業に根差した文化だと思います。
  1. 2014-04-01 16:11
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  3. 短足おじさん二世 #-
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