2014-02-01 14:44

中韓の反日(続編)

 中韓の反日が国中発狂レベルであることが知られてきた。
中韓の国連大使が安保理で発狂演説を行っている。韓国などは日本と17回も連呼したそうだ。


それが実際どんなレベルの話なのか、実に興味深い情報を中国にいるトロさんから頂いた。
現地の生の姿が良く分かるので最初に紹介させていただきます。
トロさんのブログはコレ
http://ameblo.jp/toro-999

トロさんから頂いたコメントはこれ
「テレビは毎日、「反安倍キャンペーン」安倍で発狂
こんにちは
お元気でしょうか?
ここは、PM2.5何て気にせず
空は真白です。爆竹で。
お話の通り、日本では無く
「安倍首相」の個人攻撃に
的を絞って連日連夜CCTV初め
結構な時間を割いて
「反安倍キャンペーン」を展開しています
安倍さんは、目の上のたんこぶなんです。
参拝以外に批判点もなくただ一点を誇張するだけ。
その先に有るのは、尖閣なんですよね。
靖国など、切り口程度なんですよ。
正直に言わない所がこの国らしいですね。
最近は、一連の報道は病的な「ヒステリック 偏執狂」と
割りきってます。気に入らないことがあると発狂する、
中国の庶民と何ら変わらないかと思います。
大声出さないと気が済まないね。
20140131 | トロ 」

以上です。


中国は反日ではなく「反安倍」。それを相当の時間をかけて連日放送している。
中国の言い分は多分こんな所だと思う。
アメリカ様が靖国に行くなと言っただろ、それを無視したんだから安倍が悪いに決まってる。
そんな事でこの基地外報道を毎日しているのだと思う。
トロさんは良く見ています。
「中国人とは大声出さないと気が済まない」、そんな連中なんですね。


さて現状報告はさておいて、この問題の原因を語る上で最初に言わねばいけない人物がいる。
マッカーサーである。
マッカーサーは東京裁判を主導した人物、そして日本を再び立ち上がることの無い様再起不能にする。こんな政策を推し進めてきた。
A級戦犯と言われる人を死刑にしたその処刑日は12月23日、何と今上天皇陛下の誕生日である。
マッカーサーの意図が分かろうと言うものだ。

しかしマッカーサーは突然今迄の持論を真っ向から覆し、全く別の事をやりだした。

この件は清水馨八郎著の「侵略の世界史」(祥伝社)という本に詳細が載っている。

<以下引用>
=============================================================
侵略の世界史   ~この500年、白人は世界で何をしてきたか~
=============================================================

マッカーサーの遅すぎた悔恨
 
マッカーサーの占領政策が、敵対から途中で同盟に大転換したのは、昭和25年に突如発生した朝鮮動乱からだ。日本に自衛隊(引用者注:最初は警察予備隊という名称)の創設を認め、防衛の協力者にすることに方針が一変した。朝鮮戦争とは、共産国のソ連と中国が北朝鮮をそそのかし、韓国に侵入させたもので、中ソとアメリカの代理戦争であった。米国はそれまで中ソは連合国側で仲間と考えて、北に対して何の防備もしていなかった。ここで初めて、マッカーサーは、かつて日本が戦った日清戦争、日露戦争を一緒にしたものを、日本に代わって米軍が戦わされているということに気がつくのだ。そしてマッカーサーは、日本の過去の戦争がすべて中ソに対する自衛のためのものであったと、初めて確信するのである。

これを契機に、アメリカ自身も、スターリンの罠に掛かっていたことに気がつくのだ。
これから米ソ対立の冷戦が始まる。米国の真の敵は、日本ではなくソ連だったのだ。せっかくアジアの防共の一大勢力となっていた日本を米国が潰してしまった結果、支那大陸はほとんどすべて共産圏に編入され、朝鮮戦争とベトナム戦争という二つの戦争で、アメリカは、日米戦争以上の数十万人という手痛い被害を受けることになってしまった。朝鮮戦争の反省から、アメリカはサンフランシスコでの対日講会議にソ連の参加を拒否し、日本への賠償要求も放棄したのである。

http://ochimusya.at.webry.info/200910/article_21.html

<引用終り>

だがマッカーサー自身は朝鮮戦争の作戦について時の大統領トルーマンと衝突し更迭された。
更迭直後、アメリカ上院はマッカーサーを呼び出し証言させた。
この時マッカーサーは日本が戦争に突入せざるを得なかったのは自衛の為だったと証言した。
証言するマッカーサー
2014-2-1マッカーサー上院証言風景

この証言内容は以下エントリー参照ください
http://tansoku159.iza.ne.jp/blog/entry/3160895/


古い話である。しかし戦後70年の「戦後体制」脱却の為にはこんな問題は避けて通れない。
このマッカーサーの日本を二度と立ち上がらせないと言う政策が現行憲法であり、未だにそれを引きずっているのが現在の日本なのだ。
しかも今日その事が生きているから話は厄介なのである。

アメリカ在住の伊勢平次郎さんが矢張り同じ思いで「マッカーサーの頸木(くびき)」と言う本を執筆している。

またマッカーサーが東京裁判に関して1950年10月ウェーク島でトルーマン大統領に話したとき、東京裁判が誤りであったことを認める発言をしている。
以下動画参照ください

東京裁判を批判したマッカーサー元帥の謎と真実


だが朝鮮戦争当時、アメリカの敵はソ連と中共、そして北朝鮮だった。
そのソ連は無くなったが今も大きな不安定要因が中共である。
そしてアメリカのゲーツ元国防長官は国防長官を辞任してわずか2年半で回顧録を刊行している。
かれはオバマ大統領やバイデン副大統領を痛烈に批判しているが、その言っている事は正にマッカーサーが更迭され、忸怩たる思いをもって一市民となったのと同じではないか。

ゲーツ元長官の件は以下エントリー参照ください
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-date-20140108.html

尚上掲動画を見るとこのマッカーサーの東京裁判批判、これは日本でも新聞報道されているのだ。
マッカーサーでさえ批判した東京裁判
それが未だに日本人の足を引きずっている。残念なことだ。


長くなりました。
今こそ戦後体制からの脱却を目指す絶好のチャンスだと思います。
中韓が発狂してくれているのは天の助け、歴史の真実を見つめ直す良い機会でしょう。
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コメント

大変、参考になりました。
私の記憶で、中学校の授業で先生から「マッカーサーは日本の過去の戦争を自衛のためにものである」と証言したことを雑談ではありますが習いましたし、東京裁判への批判についても雑談ではあるが、取り上げていました。先生のネタは新聞記事だったのですね。長年の謎が解けました。昭和30年頃には東京裁判の釈放署名運動があり、昭和33年には全員釈放されています。こうした時代背景の中での授業だったと思います。
戦後教育で突然、日本悪玉論になったわけではない・・・・たまたま赤い先生に授業を受けた子供だけが進歩的知識人になったのです。

  1. 2014-02-01 22:41
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  3. 友遊 #-
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To:yuyuuさん

> 大変、参考になりました。
> 私の記憶で、中学校の授業で先生から「マッカーサーは日本の過去の戦争を自衛のためにものである」と証言したことを雑談ではありますが習いましたし、東京裁判への批判についても雑談ではあるが、取り上げていました。先生のネタは新聞記事だったのですね。長年の謎が解けました。昭和30年頃には東京裁判の釈放署名運動があり、昭和33年には全員釈放されています。こうした時代背景の中での授業だったと思います。
> 戦後教育で突然、日本悪玉論になったわけではない・・・・たまたま赤い先生に授業を受けた子供だけが進歩的知識人になったのです。


私も何もかも知っていた訳ではありませんが、今回のエントリーで資料を纏めてみて改めて愕然としました。
特のご指摘の新聞記事、こんな事がその後また葬り去られたのは矢張りベトナム戦争の影響が大きいでしょう。
第二次世界大戦後の世界秩序を作っていく中で朝鮮戦争とベトナム戦争は重要です。
そしてどちらもアメリカは負けたと言わねばなりません。
そこには戦争が継続することを望む勢力の存在が有る、そして多くにアメリカの若者の血を流しても猶戦争をしようとしていた事実が有る。
戦争を継続するためには戦争に勝ってはいけない、勝つと平和な時代になってしまう。それでは困る。
こんな事なんでしょう。
難しい時代です。
  1. 2014-02-02 10:40
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  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

yuyuu様の仰られる赤い先生と言うのが顕になったのは、60年代の後半だったでしょうか。確か1967年に日教組の最初のストライキがあったことを覚えています。
保守の側のたるみがあったことは事実ですが67年に革新都政ができてしまい、それからどんどんひどくなったのではないでしょうか。69年の5年生の時の先生が完全にアカでした。
それでも今ほどはイデオロギーに走っていたとも思えません。結構穏健だった気がします。

統計を見ると60年安保のあたりで過激に走った連中が社会に出てから問題を生じたのだということはよく分かります。
地方公務員の争議件数は80年代がピークなんですよね。
http://www.gyoukaku.go.jp/koumuin/kihonken/dai1/siryo7.pdf

小生、中学からは私立に行きましたのでこのような社会の馬鹿騒ぎとはかなり隔絶してましたが、75年が公労協のスト権ストでしたよね。
これで情勢は完全に変わったのだと思います。まあ発端は73年の上尾事件でしょうが・・・

公労協のストライキとか言ってもオイルショック後の時期に行われた御時世無視のものだったことが大きかった気はします。
とにかくあの頃の生産をきちんとすぐにしなかったことが大きかったんじゃないでしょうか。

まあ、サヨク共には完全に騙されましたよね。島嶼ならばある程度見るべき主張もあった気はしますがあのあたりから狂ったんだという気がします。
何よりも今は連中が売国奴だということが明白ですから問題はもっと簡単なはずなんですが困ったものです。
  1. 2014-02-02 12:05
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  3. kazk #-
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  1. 2014-02-02 13:08
  2. #
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  1. 2014-02-02 13:23
  2. #
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To:名無しさん

> ・・引用文略・・

コメント有難うございます。
返事は長くなりますので、追々このブログで私の考えを述べさせていただきます。

一つだけこれが私の考えの基本。
日本は70年近く平和を享受してきました。
歴史の教える所、こんな時には必ず内部に日本を食い物にする虫が湧いて出ます。
その時その虫を炙り出して叩き潰すか、虫に中から食い殺されるか。
今はそんな時だと認識しています。
歴史は大国は外敵からは滅ぼされないが、内部から崩壊する、そう教えています。
今後ともよろしくお願いします。
  1. 2014-02-02 15:54
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
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通化事件記念日

明日は1946年に起こった通化事件記念日ですね。
非武装の民間人を虐殺してきた中共の姿を日本人はもっと知らなければならないと思います。

世界に知らしめなければならないと思います。
  1. 2014-02-02 20:55
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  3. ガンダム #iL.3UmOo
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東京裁判は、マッカーサーが指揮しましたが、裏で糸を引いてたのが当時米政府に蔓延っていた共産勢力。
マッカーサーは所詮軍人に過ぎませんから、政府の意向には逆らえません。
言ってしまえば、米軍、米国市民も被害者だったわけです…。
結局、戦後誰が得をしたのか、あまりにも露骨に誰でも判る結果として明らかになりましたからね。
だから、マッカーサーはそれに気づいてから猛烈な勢いで逆コースをやりだした。
米政府でも、レッドパージをやり始めた。
しかし、日本はレッドパージが出来なかった。
マッカーサーは自らの命令で魑魅魍魎を解き放った事に、当然外国人ですから知らなかった。
私は、李承晩すら共産勢力の意向で韓国に送り込まれたと思ってますよ。
彼が朝鮮をものの見事にグチャグチャにしましたから。
韓国の分離後初の大統領が、外来の圧制者でなく、日本時代に活躍していたテクノクラートたちだったなら、
韓国は今のような酷い国になっていないでしょう。北朝鮮に付け入らせる隙も与えなかったでしょう。
日本より早く先進国入りしていた可能性もあるし、米国の心強い同盟国ともなったでしょう。
しかし、彼がやってきて日本時代のテクノクラートを全て粛清し、日本時代全否定の大粛清をやった。
彼が日本の密入国の在日を留め置き、凶悪犯を釈放させたのです。
日本の密入国の朝鮮人には共産主義者の手先がそれこそ関東大震災の頃から居たのは知られた話です。
反共を標榜する彼がなぜ凶悪なテロリストを日本に解き放つことを要求したのか。
その後の日本のたどった道を見れば明らかですよね。
つまりすべては繋がってるし、そしてそれはまだ今も続いていると・・・。
  1. 2014-02-02 23:29
  2. URL
  3. その蜩 #-
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Re: 通化事件記念日

> 明日は1946年に起こった通化事件記念日ですね。
> 非武装の民間人を虐殺してきた中共の姿を日本人はもっと知らなければならないと思います。
>
> 世界に知らしめなければならないと思います。


この事件、実は私は殆ど知りませんでした。
Wikiをみて、改めて中狂の物凄さに言葉もありません。
こんな連中の国がこの世の天国だなどと言って報道した赤新聞、困った存在です。
こんな話は映画などを作って全世界に知らしめなければ・・・。
  1. 2014-02-03 20:50
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
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To:その蜩さん

> 東京裁判は、マッカーサーが指揮しましたが、裏で糸を引いてたのが当時米政府に蔓延っていた共産勢力。
> マッカーサーは所詮軍人に過ぎませんから、政府の意向には逆らえません。
> 言ってしまえば、米軍、米国市民も被害者だったわけです…。
> 結局、戦後誰が得をしたのか、あまりにも露骨に誰でも判る結果として明らかになりましたからね。
> だから、マッカーサーはそれに気づいてから猛烈な勢いで逆コースをやりだした。
> 米政府でも、レッドパージをやり始めた。
> しかし、日本はレッドパージが出来なかった。
> マッカーサーは自らの命令で魑魅魍魎を解き放った事に、当然外国人ですから知らなかった。
> 私は、李承晩すら共産勢力の意向で韓国に送り込まれたと思ってますよ。
> 彼が朝鮮をものの見事にグチャグチャにしましたから。
> 韓国の分離後初の大統領が、外来の圧制者でなく、日本時代に活躍していたテクノクラートたちだったなら、
> 韓国は今のような酷い国になっていないでしょう。北朝鮮に付け入らせる隙も与えなかったでしょう。
> 日本より早く先進国入りしていた可能性もあるし、米国の心強い同盟国ともなったでしょう。
> しかし、彼がやってきて日本時代のテクノクラートを全て粛清し、日本時代全否定の大粛清をやった。
> 彼が日本の密入国の在日を留め置き、凶悪犯を釈放させたのです。
> 日本の密入国の朝鮮人には共産主義者の手先がそれこそ関東大震災の頃から居たのは知られた話です。
> 反共を標榜する彼がなぜ凶悪なテロリストを日本に解き放つことを要求したのか。
> その後の日本のたどった道を見れば明らかですよね。
> つまりすべては繋がってるし、そしてそれはまだ今も続いていると・・・。


マッカーサーの忸怩たる思いは最近ではゲーツ長官が心底感じているでしょう。
実は最近のエントリーを書いていて気が付きました。
マッカーサーがウェーク島でトルーマン大統領と話をしたとき、東京裁判を批判したと報道されています。
そのことを報道した新聞を(小さな字ですが)読んでみて考えました。
マッカーサーが東京裁判批判したのはとるマン大統領との個人的話合いでのこと。
公式記録には朝鮮戦争には中国は参戦しないだろう、ソ連も準備不足で無理だろうと書いてあるようです。
がしかしその会談が1950年10月15日のこと。
そして毛沢東が参戦命令したのが同じ月の19日のこと。
そして10月25日(上記会談の僅か10日後)には中共軍が攻撃開始しています。
同じ頃ソ連は北朝鮮軍の塗装をしたミグ15を参戦させています。

時系列的に見てピンときました。
トルーマン大統領の周りにはスパイが一杯いる。マッカーサーが喋った事は即座にソ連、中狂に情報が流れた。
中共、毛沢東は「しめた! アメリカは油断している。今こそチャンスだ」、こう考えたと思います。

今回この件を調べていてアメリカの病根の深さ、つくづく思い知らされました。

バイデンが靖国云々と言ってきたのも何十年たってますが、この頃の延長線上にある話。そう思います。
祖国を持たない国際金融資本が絡んだ話、難しいです。
  1. 2014-02-03 21:07
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

To:kazkさん

> yuyuu様の仰られる赤い先生と言うのが顕になったのは、60年代の後半だったでしょうか。確か1967年に日教組の最初のストライキがあったことを覚えています。
> 保守の側のたるみがあったことは事実ですが67年に革新都政ができてしまい、それからどんどんひどくなったのではないでしょうか。69年の5年生の時の先生が完全にアカでした。
> それでも今ほどはイデオロギーに走っていたとも思えません。結構穏健だった気がします。
>
> 統計を見ると60年安保のあたりで過激に走った連中が社会に出てから問題を生じたのだということはよく分かります。
> 地方公務員の争議件数は80年代がピークなんですよね。
> http://www.gyoukaku.go.jp/koumuin/kihonken/dai1/siryo7.pdf
>
> 小生、中学からは私立に行きましたのでこのような社会の馬鹿騒ぎとはかなり隔絶してましたが、75年が公労協のスト権ストでしたよね。
> これで情勢は完全に変わったのだと思います。まあ発端は73年の上尾事件でしょうが・・・
>
> 公労協のストライキとか言ってもオイルショック後の時期に行われた御時世無視のものだったことが大きかった気はします。
> とにかくあの頃の生産をきちんとすぐにしなかったことが大きかったんじゃないでしょうか。
>
> まあ、サヨク共には完全に騙されましたよね。島嶼ならばある程度見るべき主張もあった気はしますがあのあたりから狂ったんだという気がします。
> 何よりも今は連中が売国奴だということが明白ですから問題はもっと簡単なはずなんですが困ったものです。


このコメントへの返事が遅れました。恐縮です。
余談ですがもっと良いテンプレート探しを始めました。このテンプレートもコメントが見にくいので。

閑話休題
赤い先生の話は色々調べてみると矢張りベトナム戦争の影響が大きいですね。
ベトナム戦争は1960年12月から75年4月までですが、特に最後の数年は色々悲惨な事が有った。
アメリカで反戦運動がピークになりましたしね。
労働争議のデータでもそれが歴然としてますね。

日本の失敗はこんな頃の思想的な清算をしなかった、政治家はそんな事から目を背けていました。
大きかったのが政治不信、アメリカのウォーターゲート事件、日本のロッキード事件、どちらも1974年です。
(調べてみるとこの二つの事件、何か深い所で繋がりが有るような気がしますが如何でしょうか)

だからこの頃が赤い思想のピークだったんでしょう。
この頃から40年かかってやっと戦後体制が清算できるようになった、良い事です。

これからは音楽とか文学とか、そんな所まで新しい思想をうたうものが必要、そんな気がします。
  1. 2014-02-06 11:06
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
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