2014-01-10 18:08

ラオスのクメール遺跡

 たびたびテンプレートを変えて未だブログ難民中ですが、どうにもこのテンプレートも読みにくいので文字の大きさや行間を変えてみました。
ある程度読みやすくなったと思います。



それで今日の話ですが・・
 笑韓ブログのご隠居さん「こりあうぉっちんぐ」に韓国がラオスの遺跡修復に協力すると言う記事が有りました。
「韓国文化財保護財団、ホンナンシダ寺院の復元で協力」
http://ameblo.jp/nobody0728/

私はタイでは仕事をしており、ラオスはタイの隣国ですので一寸私の知る所などを。

但しこのテーマのクメール遺跡には行ったことが無いのでアチコチのブログから写真などを引用紹介するものです。


最初にホンナンシダ寺院??? この名前から分からない・・・
しかしタイとの国境の町パクセーから2時間、そして世界遺産という事だとこれしか有りません。

チャンパサック県の文化的景観にあるワット・プーと関連古代遺産群
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%B5%E3%83%83%E3%82%AF%E7%9C%8C%E3%81%AE%E6%96%87%E5%8C%96%E7%9A%84%E6%99%AF%E8%A6%B3%E3%81%AB%E3%81%82%E3%82%8B%E3%83%AF%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%BC%E3%81%A8%E9%96%A2%E9%80%A3%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E9%81%BA%E7%94%A3%E7%BE%A4

そこでこの遺跡の有る所はこんな所。
これは中心遺跡ワットプーとその周辺の見取り図

2014-1-10ラオスのワットプー遺跡全体図

此処にあるナーンシーダ遺跡が多分コリアの担当するホンナンシダ寺院では無いかと思われます。

今この遺跡は世界遺産という事もあり、日本、フランス、イタリアなどが調査復元をしているようです。

ラオスと言ってもパクセーと言っても分かり難いので、クメール王朝の最大版図がどうなっているかを示します。
これは1220年頃にクメール王朝最大版図

2014-1-10アンコール朝の最大版図ラオス編

カンボジアのアンコールワットを中心にして西はタイバンコクよりさらに西、北はラオスの首都ビエンチャン辺りまで、東はベトナム中部まで、これがアンコール朝でした。
各地方には大きな街道(王道)を作り、宿泊施設や診療所まであった事が分かっています。
主な王道が青色の線で示してあります。
この地図にはラオスは緑色の枠で、パクセーは緑色アンダーラインで、ワットプーは赤色アンダーラインで示しています。


これはその中心ワットプーの現在の姿

2014-1-10ラオスのワットプー中央祠堂


ワットプーとは丘(プー)の上の寺(ワット)と言う意味です。
その丘の上からの眺望はこんなモノ

2014-1-10ラオスのワットプー中央祠堂より見た風景


そしてこんな所まで日本は援助しています。
これは日本の援助で造った遺跡展示ホール

2014-1-10ラオスのワットプーの遺跡展示ホール


こんな所です。
しかし韓国が復元するとご隠居さんが心配しているように「トンデモ復元」が心配。

こんな遺跡調査に最初から「図面が無い・・・」、こんなセリフが出るようでは先が心配です。
遺跡が破壊されなければいいのですが・・・

こんな凄い遺跡を作ったアンコール朝が1400年代にはすっかり没落し、当時の先進国から最後進国になってしまった。
大いに考えさせられる話です。

尚このブログに載せた写真は以下の方のブログを引用させていただきました。
有難うございました。
http://michoing.exblog.jp/18569198/

http://worldchallenger.blog.fc2.com/blog-entry-315.html
  1. 海外
  2. TB(0)
  3. CM(0)

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する