2013-11-23 12:01

中国人の心の奥が分かる話

 チャイナ・ウォッチャー宮崎正弘氏のメルマガ「宮崎正弘の国際ニュース早読み」に興味深いコメントが載っていた。

人を食った話である。

もとい、人の肉を食べた話、驚く他は無いのだが、人肉食は丸山光三さんのブログで紹介されているので以前から知ってはいた。
以下が参考になります。丸山光三さんのエントリーの「シナの食人文化」フォルダーです。
http://marcooichan2.blog129.fc2.com/blog-category-36.html


しかし今回紹介するのはそれが今日にどうつながるかの話。
長文ですが先ず読んでみてください。
ある方がアメリカに行った時、現地にいた中国系アメリカ人(帰化人)から聞いた「中国人が人の肉を食べた」話です。


<以下宮崎正弘の国際ニュース早読み11月21日号コメント欄より引用>
http://melma.com/backnumber_45206_5933186/


今からもう十数年前、私が仕事でアメリカへ行ったときに聞いた話をします。
・・・中略・・・

その町に到着して3日ほどしたある日。
丁度私と上司が打ち合わせするはずだった人がこちらに来られなくなり、上司から先に帰っていても良いと言われ、私は一足先に宿泊先のモーテルに帰ることにした。
先ほども書いたようにそこは辺鄙なアメリカの田舎町。
モーテルにいてもする事が無い。
私は暇をもてあまし、特にあても無く町中をブラブラする事にした。
が、やはり暇で目的もないため、近場にあったお酒の飲めそうなレストランに入る事にした。

そこはどうもレストランというより酒がメインだったようで、時間が早い事もあり自分以外には東洋系の老人が一人いるだけだった。
テーブルにつき食べ物やビールを注文していると、先客の老人が
「あなたは日本人か?」
と尋ねて来た。
私が
「……そうですが」
と答えると、老人は
「やっぱり、もしお暇でしたら少しお話をしませんか?」
と言ってきた。
私は断る理由もないので、はいと答えた。
その時私は、単に老人のとりとめのない世間話や昔話を聞くだけだと思っていた。

が、実際には違った。
老人の話は非常に重く、恐ろしく、おぞましい、老人の過去にまつわる話だった。
老人は1960年代後半にアメリカへ移住してきた移民一世だった。
元は中国のとある省の生まれらしい。
老人はある事件をきっかけになけなしの蓄えを全て賄賂につぎ込んで中国を脱出し、着の身着のままアメリカへと移民してきた人だった。

その事件とは、1966年から中国に吹き荒れた文化大革命に関係するものだった。
文革当時、老人は結婚したばかりの奥さんとまだ小さな子供の3人で小さな靴屋を経営していたらしい。
老人の話によると、文革が起きたといっても都市部で小さな靴屋を経営している老人には当初殆ど影響が無く、町中でプロパガンダの広告や街宣車を見かけても何か遠くで起きている出来事のようにしか感じなかったとか。
しかし「反革命的」という言葉を聴くようになってから自分の周囲の何かがおかしくなり始めたらしい。
最初は、近所にあったお寺の僧侶が連行されたという話だった。
その僧侶は結局帰ってこなかったという。
僧侶が連行されたのを皮切りに、近所の教師や医者や金持ち、政府に批判的な人などが次々と「連行」されていなくなり始めた。
そして、ついにはそれらとは全く関係の無い一般人も次々と「連行」され始めた。
老人には何が起きているのかわからず、ただただ恐ろしく自分達の身にこの不幸が降りかからないよう身を潜めるしかなかったという。

老人は店に来た客からある噂を聞いた。
どうも連行された人達は子供たちに密告された結果らしい。子供たちは自分の親や学校の教師ですら躊躇無く“密告”している
と。
老人には信じられなかった。
子供たちの何人かは老人も知っていて親と共に自分の店に靴を買いに来たこともある。
そんなごく普通の子供たちが、自分の親や教師を密告している。
あまりにも現実離れしていた。
しかし、老人の町にも「紅衛兵」と呼ばれる集団がやってくると老人もその事実を信じざるをえなくなったらしい。

そんなある日、老人が国を捨てる決定的な出来事が起きた。
その日、共産党からの命令で老人はある学校に生徒用の靴を納入しに行く事になった。
老人が荷車に靴を載せて学校につくと、学校の裏庭から何かを調理する良い臭いがしてきた。
臭いが気になった老人は荷物を係りの人に渡すと何気に裏庭に回ってみたのだという。
そして、そこで老人は信じられない光景を目にした。
そこにあったのは、うず高く積み上げられた死体と、嬉しそうにそれらを解体し調理する子供たちの姿と、無表情に子供たちにあれこれと指示を出す地元の共産党員の姿だった。
死体の中には、老人のよく知っている医者の姿もあったらしい。
(実際にはかなり生々しく、具体的に“調理の様子”が語られたのですが、あまりにも酷い内容なのでカットします)
老人はその場を離れると、その場では何事も無かったかのように振る舞い学校から逃げ出した。
そして人気の無いところに行くと胃液しかでなくなるまで吐き続けた。
老人は今でもあの光景を夢に見て夜中に目が覚めるのだという。
家に帰ると老人はなけなしの蓄えをかき集め、奥さんには殆ど事情も話さず夜逃げの準備をさせ、その日のうちに町から逃げ出した。
老人は仕事のツテや昔アメリカに移民した親戚などを頼り、貨物船の船長に賄賂を渡して密航しタイ経由でアメリカに移民したのだという。
その後も共産党に怯えながらアメリカの田舎でひっそりと暮らしてきたらしい。

恐ろしい話だった。
文化大革命がかなり酷い事件だったとは知っていたが、ここまでとは知らなかった私は老人の話をただただ聞くしかできなかった。
老人は最後にこう言った。
「当時人間を解体し食っていた子供たちは今どうなっていると思う?」
と。
私が
「わからないです」
と答えた。
すると老人は、その後ある程度外国との手紙のやり取りなどが自由になり、中国に残っている知人などから聞いた話によるとと前置きし
「大半は紅衛兵となりその後地方へ追放されたらしいが、共産党に従順だった子供たちは出世を重ね、今は共産党の幹部になっている」
そして、こういう事は当時中国全土で起きていたらしいのだという。
老人は続けた。
「当時の子供たちは今は40代後半から50代、いずれ共産党の幹部として国を動かす立場になるだろう。人としての一線を超えてしまったやつらが国を動かす事になるのだ」
老人は立ち上がると去り際にこういった。
「あいつらを信じてはいけない、あいつらは悪魔だ、日本人ならこの事は決して忘れてはいけない」


以上、これが当時私が老人から聞いた話の全てです。

<引用終り>

大変衝撃的な話なのですが、特に注目しているのは
「どうも連行された人達は子供たちに密告された結果らしい。子供たちは自分の親や学校の教師ですら躊躇無く“密告”している」
この部分である。
その子どもたちが嬉々として殺した人の肉を食べている。
そして
「当時の子供たちは今は40代後半から50代、いずれ共産党の幹部として国を動かす立場になるだろう。人としての一線を超えてしまったやつらが国を動かす事になるのだ」

この部分に思い当たる節が有るのだ。
中国ではないがカンボジアの事例である。

カンボジアはポルポト派の大虐殺で4人に一人とも5人に一人とも言われる人が殺された。
しかしその後その虐殺をおこなった人が刑罰を受けたと言う話は聞こえない。
唯一政権トップの4人が起訴され裁判中だが、カンボジア側に裁判する気が無く、遅々として進まない。
この件は私が長年の疑問という事で折に触れ利いた話を纏めてみた。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-591.html

上掲エントリーでもカンボジア人はあの大虐殺の事を「あまりにも悲しい話なので誰も触れたがらない」、こう言ってそれ以上言わない。
しかしカンボジアの大虐殺は実は当時の少年兵達が自分らの親や先生を殺したモノ
そしてその子供たちが今カンボジアの社会の中枢で世の中を動かしているという事である。


カンボジアの事など、日本では殆ど報道されないので分からない、しかしチラチラ漏れてくる話はどうも理解しがたい事がしばしばある。
その根底はこんな所だと思う。

中国、カンボジアなどの問題点は「若い頃、人としての一線を越えた犯罪を犯した」、こんな人たちが国家を牛耳っている国だという事ではないだろうか。
そして同じことが著鮮半島にも言えるのではないかと思えるのだ。

日本人の感覚では理解できない人が天下を取っている国、心して付き合うべきだと思う

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コメント

弊記事の紹介ありがとうございます。

『紅色記念碑』(『食人宴席』原著)を紹介し終えず中断してしまったシナ食人関係のエントリーですが、件の書もまた文革時代の広西省での出来事をつづったものでした。

著者の鄭義は、そのデビュー作ともいうべき『楓』で紅衛兵同士の悲惨なリンチ(一寸ごとに切り刻む「魚鱗の刑」など)の描写で有名になり、文革とその背景にあるシナ文明を告発し続けたのでした。(映画化された『古井戸』が有名です)
その後、「六四」に関与し米国に亡命しました。

WIKIには、「交友ある大江健三郎は、鄭義の一連作を「グロテスク・リアリズム」と定義している。」というのは例によって大江のオオボケで、鄭義のスタイルはレトリックやその他の文学的手法などではなく、シナの現実そのものがグロテスクそのものなのであり、鄭義はそれをそのままリアルの書き記しただけなのであります。
  1. 2013-11-24 20:16
  2. URL
  3. 丸山光三 #S/NbrHps
  4. 編集

To:丸山光三さん

> 『紅色記念碑』(『食人宴席』原著)を紹介し終えず中断してしまったシナ食人関係のエントリーですが、件の書もまた文革時代の広西省での出来事をつづったものでした。
>
> 著者の鄭義は、そのデビュー作ともいうべき『楓』で紅衛兵同士の悲惨なリンチ(一寸ごとに切り刻む「魚鱗の刑」など)の描写で有名になり、文革とその背景にあるシナ文明を告発し続けたのでした。(映画化された『古井戸』が有名です)
> その後、「六四」に関与し米国に亡命しました。
>
> WIKIには、「交友ある大江健三郎は、鄭義の一連作を「グロテスク・リアリズム」と定義している。」というのは例によって大江のオオボケで、鄭義のスタイルはレトリックやその他の文学的手法などではなく、シナの現実そのものがグロテスクそのものなのであり、鄭義はそれをそのままリアルの書き記しただけなのであります。


食人と言うと日本人には理解不能、私も同じでして理屈は分かっても感覚的には分かっていなかった。
しかし今現在シナを支配している連中が実際に人を食った連中だと言うんですから、その深刻さは並じゃないですね。

幸い私は師匠のブログで知っていましたが、これを知ると知らないではシナに対する見方が大違い。
恐ろしい歴史を持った国と国民・民族です。
  1. 2013-11-24 21:45
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

すごい話ですね、勉強になりました。

しかしキリングフィールドはやはり中国からの輸入品でしたか。


今世界は中国に呆れかえっています。
スペインでの江沢民有罪判決など軽く考えるべきではないですね。


世界をルールするのは民主主義であるべきだ、というテーゼを掲げて対峙すれば日本は絶対に中国に勝てると思います。
  1. 2013-11-28 23:14
  2. URL
  3. ガンダム #iL.3UmOo
  4. 編集

To:ガンダムさん

> すごい話ですね、勉強になりました。
>
> しかしキリングフィールドはやはり中国からの輸入品でしたか。
>
>
> 今世界は中国に呆れかえっています。
> スペインでの江沢民有罪判決など軽く考えるべきではないですね。
>
>
> 世界をルールするのは民主主義であるべきだ、というテーゼを掲げて対峙すれば日本は絶対に中国に勝てると思います。


ポルポトは毛沢東に心酔していましたから毛沢東のやることをそっくりそのまま真似をしたようです。
その結果があの大虐殺。

私はタイに居る時、どうしてあんな虐殺が起こったのか、そして如何してカンボジアがわずかな間に没落したのか疑問でした。
色々人に聞いたり、書物を読んだり、そんな結果が今の私の考え方になっています。

最後の結論はやっぱり「人の問題に収斂する」でした。
  1. 2013-11-29 14:29
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

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