2013-08-19 22:35

権兵衛峠

  権兵衛峠と言う名前を聞いた事が有るだろうか。

昨日ルート361は19なる珍エントリーをしたのだが、その国道の向かう先が権兵衛峠。この峠は昔から一度は走ってみたいと思っていたのだが何時も通行不能。

そんな事で私には見果てぬ夢(笑)の酷道だった。

 

 

ざっとどんな所かと言うと

 

長野県の木曽福島から伊那谷の方に抜ける峠道。峠の海抜は1522メーター。

私が若い頃何度か行こうとしたが、その頃は何時も通行不可能だった。

 

しかし2年ほど前、木曽路を通りかかった時地元の人からこんな話を聞いた。

「木曽谷から伊那谷へは今まで中央道の恵那山トンネル経由、またはその隣の清内路峠しか越える道が無かった。でも最近権兵衛峠が通れるようになったのでとても便利になった」、そんな話だった。

あの凄まじい難所、昔を知る身には是非とも通ってみたい所だった。

丁度「ルート361が19」なる面白い話が有ったので是非にという事で行ってみた。

 

 

木曽福島からは宮ノ越までは19号線、ここで右折し伊那方面へ

 

しばらく走るとこんなモノ

 

姥神トンネル手前はあまりにも山が急峻なので勾配をゆるくするためのループ橋

 

そして権兵衛峠道路は姥神トンネル、権兵衛トンネルと抜けると伊那谷に出る。

これは権兵衛トンネルの伊那谷側出口。

 

 

権兵衛トンネル、全長4467M、標高:伊那側~1062M、木曽側~1162M。

尚権兵衛峠の旧道は標高1522M、此処から更に500M、この急峻な山を登っていた。

 

その旧道がどんなものだったか。

これは2006年2月の開通直後、ある方が撮影したR361の旧道、開通したばかりのR361新道(権兵衛峠道路)から見たもの。

 

こんな道が此処から更に標高差500メーター以上登ってゆく。勿論大型車は通行不可。冬は通行止め。梅雨時や台風などが来れば通行止め。

私が何度か行こうとした頃は地図上は通行不可の印が付いていた。

旧道が条件が良くても1時間30分かかる所が30分で通れる様になったのだとか。

 

 

ちょっとここで木曽谷と中山道の話を。

地図で見ると分かるが、木曽谷はとても狭く険しい。隣の伊那谷は広々とした所で、現在は中央自動車道もここを通っている。

そして昔、平安時代頃はここは東山道と言われ、そのルートは岐阜県の中津川から恵那山の神坂峠(標高1595M)を通っていた。ほぼ現在の中央自動車道のルートと同じだった。

 

どうして中山道が現在のルートになったのか? そしてJR中央線まで同じルートなのはなぜか?

 

 

これは一般的な木曽谷風景

木曽路の南の端に近い三留野の宿、そこにかかる桃介橋。

 

木曽谷は急峻な山がそのまま谷底の木曽川に落ちている。

その川に沿ったわずかな平地に街道を作った。そして少し平地が有ったらそこが宿場町。

だから木曽路の風景はどこでもこんなモノ

 

島崎藤村の有名な小説「夜明け前」の冒頭、「木曽路はすべて山の中である」と言うのはこの川沿いの山裾の道、それはそのまま山の中にある道、それで木曽路はすべて山の中と言った、そんな背景が有る。

 

しかし川沿いの道は険しいモノの急な上り坂は少ない。荷物を持った旅人には長い急坂の無いのが一番、これが中山道が木曽谷を通った理由。

鉄道も全く理由は同じ。そこで中山道と中央線がほぼ並行している訳だ。

 

しかし江戸時代、中山道は参勤交代の大名行列などが通り繁栄した。しかし狭い谷、少ない人口ではコメなどは到底足りない。その為隣の伊那谷からコメを運ぶために開いたのが権兵衛峠街道。

多いときには1日千頭もの牛馬がこの急峻な峠を越えたのだとか。

 

さてでは権兵衛峠を越えたらどんな景色か?

これは権兵衛トンネルを出て数キロ下った所。

 

明るい景色である。

山に囲まれ、暗い印象のある木曽谷とは全く違う表情を見せる伊那谷。

すでに稲が実り始めており、遠くに見えるのは南アルプスの山々。

素晴らしいですね。

 

 

2006年2月4日、長年の夢がかなってこの道路が開通。

総事業費700億円のこの大事業、大変な難工事だったようだが地元の人にとっては木曽谷と伊那谷の新しい時代を開くものになったのだとか。

この開通式当日、是非ともこの道を走りたいと言う車が押し掛け、この道路は伊那谷の交差点から木曽谷国道19号交差点までクルマが数珠つなぎになった。

木曽福島の人がクルマで東京に行くのにこれを使えば簡単に中央自動車道に乗れる。伊那の人が新幹線に乗るのに木曽福島に出ればそこから中央線で名古屋に出て新幹線。

全く新しい世界が開けたようだ。

 

コンクリートが人のために役に立つ、いや人の生活の未来を拓くものになる、そんないい事例だったようだ。

暑い暑い中を走ってきたが、何か素晴らしいものを見たような、そんな小さな旅だった。

  1. 社会一般iza
  2. TB(0)
  3. CM(4)

コメント

No title

 長野県は急峻な山々に隔てられて、小さな盆地が点在しているような県でうから、戦国時代にも統一国主が出なかったんですよね。
 私も自動車旅行が趣味で長野県の山道はいろいろと走っていますが、未だに通行不能の国道がいくらでも。
 通行不能でなくても、例えば遠山郷に入るには飯田市方面からでも静岡県方面からでもすれ違いも出来ない道路が続いて・・・・・

 日本は公共事業が多過ぎ・・・・なんてのは丸っきりの嘘ですから。
  1. 2013-08-20 09:28
  2. URL
  3. ご隠居 #79D/WHSg
  4. 編集

No title

最後の写真を見て泣いてしまいました。
ありがとうございます。
  1. 2013-08-20 11:09
  2. URL
  3. pochi-one #79D/WHSg
  4. 編集

No title

To ご隠居さん
> 長野県は急峻な山々に隔てられて、小さな盆地が点在しているような県でうから、戦国時代にも統一国主が出なかったんですよね。
> 私も自動車旅行が趣味で長野県の山道はいろいろと走っていますが、未だに通行不能の国道がいくらでも。
> 通行不能でなくても、例えば遠山郷に入るには飯田市方面からでも静岡県方面からでもすれ違いも出来ない道路が続いて・・・・・
>
> 日本は公共事業が多過ぎ・・・・なんてのは丸っきりの嘘ですから。


遠山郷とは愛知県人でもほとんどの人が知らない秘境、良くご存知ですね。
今は高速道路が増えましたが、私に言わせれば日本は絶対的に公共工事不足だと思います。

それとミンス連中は全く意識しませんでしたが、公共工事は季節変動吸収の意味が有る。ご隠居さんお住まいの地区などは冬はどうしても除雪に莫大な人手がかかる。そのマンパワーは冬以外は公共工事、冬は除雪とちゃんと振り分けていた。
そんな仕組みを全部ぶち壊したミンス政権。

しかし私は今でも思い出すのですが、ご隠居さんの裏庭、旧電源開発道路(古いなあ)、今はシルバーラインでしたっけ、モノも機械もない時代、よくまああんなモノを作ったですね。
  1. 2013-08-20 11:27
  2. URL
  3. 短足おじさん #79D/WHSg
  4. 編集

No title

To pochi-oneさん
>最後の写真を見て泣いてしまいました。
>ありがとうございます。


pochi-oneさんはこちらのご関係でしたか。
山だらけの木曽谷から明るい伊那谷に出た時の感激はホント素晴らしいです。
  1. 2013-08-20 11:53
  2. URL
  3. 短足おじさん #79D/WHSg
  4. 編集

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する