2013-07-12 19:04

謎の国~田弾国

  日本で徳川幕府が成立した17世紀初頭、タイは当時アユタヤ朝全盛期。

所がそのアユタヤの手前に田弾国なる謎の国が有ったと日本では認識されていたらしい。

そして家康が朱印船にその国への国書を託したが返事が来なかったらしい。

そんな公文書が存在する。

 

 

これがその国書写し

 

この文書の由来等はこんな風に説明されています。

 

外蕃書翰 田弾国舟

(がいばんしょかん)

長崎奉行や御書物奉行を務めた近藤正齋(こんどうせいさい・1771-1829)が、幕府の外交関係資料を編纂して作成した「外蕃通書」の参考図録として作成されたものが本書です。安南・オランダ・ルソン等への渡海朱印状33通等の外交文書を模写されています。文政元年(1818)に完成し、翌年二組が幕府に献上され、紅葉山文庫と昌平坂学問所へ収められました。

 

 

国立公文書館にこんな400年も前の文書が保管されている。

しかもこの文書は慶長11年(1606年)のモノ、それを200年も経ってから模写されている。

何故か?

国と国との約束は守らねばいけない。だからこんな古い文書だが参考用として保管している訳だ。

 

 

所でその田弾国とは一体何なのだろう。

去年タイに行った時、タイ文学者岩城雄次郎氏のコラムを見たらその経緯が書いてあった。

 

アユタヤは現在バンコクの北約70キロの所にある。河口から直線距離で87キロほど。

アユタヤ朝時代、海からチャオプラヤ川を上ってゆくのに1週間くらいかかったらしい。

そしてその途中に検問所が有った。

現在のタイ語で検問所を「タ・ダーン」と言う。

当時の検問所では通る船は然るべき税金をとられたらしい。

その検問所、タ・ダーンが田弾国と間違えられたのではないかと言うのだ。

狡すっからい小役人が銭をくすねた所、それが田弾国になったらしい。

 

 

何故こんな事を思い出したかと言うと、日本は国として約束したことはきちんと守る。例え現政権でなくても国としての約束は守るのが当たり前、そう思っている。

だからこんな古い文書でもキチンと永年保管してきたわけだ。

 

しかしその約束を全く無視する国が隣に存在する。

韓国である。

 

このほど韓国の高裁は大東亜戦争中の徴用工4人の故人請求権を認め、新日鉄住金に対し賠償金支払いを命じる判決を出した。

これは 1965年の日韓基本条約で「完全かつ最終的に解決された」事を無視する暴挙最早これは戦争状態と言って良いだろう。

 

こんな暴挙は絶対に許すわけにはいかない、日本は毅然とした態度で問題を全世界に発信しなければいけないと思う。

 

尚この件はいろんな方がコメントしていますが、以下の丸山光三さんのエントリーを参照ください。

http://marco-germany.iza.ne.jp/blog/entry/3129115/

http://marco-germany.iza.ne.jp/blog/entry/3128664/

 

 

 

 

腹の立つ話はちょっと置いといて、上掲「田弾国」の話に出てきた「タ・ダーン」と言うのはどんなものか。

 

これはタイ東北部のメコン川にかかる「第二タイラオス友好橋」、日本のODAで2006年12月に完成した

 

 

手前がタイ東北部ムクダーハーン、向こう側がラオスのサワンナケートである。

 

今は殆ど車も走っていないが、ベトナム・ラオス・タイ・ミャンマーを結ぶ極めて重要な橋だ。

 

こんな地図を見たことは無いだろうか。インドシナ半島の発展のカギを握る道路である。

 

この図では第二メコン国際橋と書いてあるのがそれ。

そしてこの橋を中心に赤い線が伸びている、これがメコン回廊とか東西回廊とか言われる国際道路。

現在タイ・ラオス・ベトナムでこの橋につながる道路が整備されつつある。

ミャンマーでもこの道路整備が始まる筈だ。

(日本のODAが何十年先を見越した、その国の国づくりに貢献しているいい例である)

 

 

 

さて「タ・ダーン」はその橋のたもとにある訳だが・・・

 

 

これがタ・ダーンである。デッカイですね。

税関・イミグレーションが設置されている。

今は人気もないが、タイの陸の玄関口なので大層大きく立派。

 

尚バスが1台止まっているが、タイからラオスに向かう国際バスである。

乗客はここで出国手続きをする。

橋を渡り終わるとラオス側で今度は入国手続きをすることになる。

この時は乗客は40人ほどいた。

 

謎の国の話が韓国の暴挙の話になり、今度はタイの観光案内。

支離滅裂な所は何処かの国並みかも・・・(笑)

 

  1. タイiza
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コメント

No title

こんにちは。

>しかしその約束を全く無視する国が隣に存在する。

これは笑い事、他人事とは思えませんね。昨年までの日本の政権与党がコレでしたからね。

確かに、歴史を見れば「国同士の約束事を一方的に反古にする」と言うことは多々ありました。しかしそれは相手国が「軍事的に強大」であり「明らかな領土拡張、侵略」を考えていたからでありますけど、いま現在の隣国や日本の前政権与党はコレとはまるっきり違い、本物のバカとしか考えられませんが・・・
  1. 2013-07-13 11:12
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  3. 裏の桜 #79D/WHSg
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To 裏の桜さん
>こんにちは。
>
>>しかしその約束を全く無視する国が隣に存在する。
>
>これは笑い事、他人事とは思えませんね。昨年までの日本の政権与党がコレでしたからね。
>
>確かに、歴史を見れば「国同士の約束事を一方的に反古にする」と言うことは多々ありました。しかしそれは相手国が「軍事的に強大」であり「明らかな領土拡張、侵略」を考えていたからでありますけど、いま現在の隣国や日本の前政権与党はコレとはまるっきり違い、本物のバカとしか考えられませんが・・・


ミンス、ポッポは自民党時代に1996年に普天間返還交渉を日米間の議題に取り上げることに成功、それからさんざん苦労してやっとまとめあげた合意案、それをたった一言でぶち壊しました。
国と国の約束がいとも簡単に反故にされた瞬間でした。
ポッポは未だお花畑発言を繰り返していますが、いよいよ外奸誘致罪でブタ箱に入れるときが近づいていると思います。
  1. 2013-07-13 18:03
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  3. 短足おじさん #79D/WHSg
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まあ、しかし日本は文書の保管がいい国ですねえ。終戦の詔書の実物を見たことがありますが、相当急だったので普通はない書き加えなどもそのままあり、王子を偲ばせるものがありました。

隣の基地外国は、わずか60年ほど前の第一憲法の本文が行方不明だそうです。あと国璽が今ので何代目でしたかね。まあ、漢字も読めない、ものの保管もできない、そういう基地外に大きな顔をされたくないもんです。

ただ、ラオスって国はどうなんでしょう。小生あたりも1975年くらいから全然進んでません。スファヌボン殿下ってのがいて王族のくせにパテトラーオの指導者やってて連合政府の首班になったんだよなあ、で終わりでしたね。

久しぶりに調べてみましたがスファヌボン殿下はとうに死んでたが国自体は全然変わってないなあ、という印象ですね。完全に忘れてましたね。
  1. 2013-07-14 21:54
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  3. kazk #79D/WHSg
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この文書は「日本より田弾国にいたる船です」という意味で、家康が出した朱印状なのでしょうか。印には何と刻まれているのでしょう。

タ・ダーンはタイ語で検問所という意味ですか。「タ・ダーン」の文字を読んでから、「ダダーンポヨヨンポヨヨン」というピップのCMが頭から離れなくなりました。(笑
  1. 2013-07-14 23:59
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  3. ボルト #79D/WHSg
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To ボルトさん
>この文書は「日本より田弾国にいたる船です」という意味で、家康が出した朱印状なのでしょうか。印には何と刻まれているのでしょう。
>
>タ・ダーンはタイ語で検問所という意味ですか。「タ・ダーン」の文字を読んでから、「ダダーンポヨヨンポヨヨン」というピップのCMが頭から離れなくなりました。(笑


「ダダーンポヨヨンポヨヨン」ですか、なるほどです。

しかし朱印状については高校の歴史教科書に書いてあること以上には知識が無いので、残念ながら私もハンコに書いてあるモノは読めません。何と書いてあるんでしょうね。

私もタイ人が国境の検問所を「タ・ダーン」と言うのを聞いて、家康の朱印状が現代につながっている、その不思議に妙な感慨を覚えました。
  1. 2013-07-15 06:52
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  3. 短足おじさん #79D/WHSg
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To kazkさん
>まあ、しかし日本は文書の保管がいい国ですねえ。終戦の詔書の実物を見たことがありますが、相当急だったので普通はない書き加えなどもそのままあり、王子を偲ばせるものがありました。
>
>隣の基地外国は、わずか60年ほど前の第一憲法の本文が行方不明だそうです。あと国璽が今ので何代目でしたかね。まあ、漢字も読めない、ものの保管もできない、そういう基地外に大きな顔をされたくないもんです。
>
>ただ、ラオスって国はどうなんでしょう。小生あたりも1975年くらいから全然進んでません。スファヌボン殿下ってのがいて王族のくせにパテトラーオの指導者やってて連合政府の首班になったんだよなあ、で終わりでしたね。
>
>久しぶりに調べてみましたがスファヌボン殿下はとうに死んでたが国自体は全然変わってないなあ、という印象ですね。完全に忘れてましたね。


まあKの国については何処かの古文書にたった一行書いてある事を頼りに全何十話の大長今(デ・チャングム)を作り上げる国ですからねえ。妄想と書いてチョウセンと読むの類です。

しかしラオスはねえ、難しい国です。
人口は約600万で千葉県と同じくらい、国土面積は本州と同じ位です。
そして人種はラオ族でタイ東北部と同じ、言葉もラオ語ですがタイ東北部の方言イサーン語(ラオ語とも言う)と同じです。
現在ではテレビもタイのテレビが見られるので、完全にタイ文化圏。しかし永年タイの属国だったので今でもタイ嫌い。
しかしラオスの金持ちは子弟をタイの学校に行かせている。
本文の写真にあるタイラオス友好橋が出来たので、ムクダーハーンあたりでもそんな傾向が強まるでしょう。

それと王様が共産主義者、これはカンボジアのシハヌーク国王と同じですね。王制社会主義なる珍概念を持ち出し、結果大虐殺の元を作りました。
根源はフランスに有ります。
両国ともフランスの植民地、王様も支配階級もフランス留学組ですんでね。
フランスのインテリ層の持つ社会主義思想、これがマルクス主義を増長させ、そして現在のEU、ユーロにつながります。
根源はルソーでしょう。この思想が暴力革命を是としてきました。
何時かこの関係を纏めたいと思っていますが、さて何時になりますやら・・・
  1. 2013-07-15 07:17
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  3. 短足おじさん #79D/WHSg
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