2009-09-29 18:06

食べる物がなくなった時民族移動が始まる<タイの事例です 最終回

タイ族に人たちがタイの地にやってきた事について、3回にわたって考えてきた。

では何故彼らがタイの地にやってきたのか?

特にタイ族の沸騰と言われる13世紀中から14世紀中(1250年~1350年)までの約100年間、彼らに何があったのだろうか。

 

日本で1250年頃と言えば鎌倉時代のこと第一回の元寇(文永の役:1274年)の24年前、1350年頃と言えば室町時代(1338年~)が始まって12年後と言うことになる。そう古い話ではない。

そんな頃彼らに何が起こったのか?

 

長い間これは蒙古がタイ族を攻めたので、これから逃れる為に南下したと言われてきた。

言い出したのはフランスの著名な歴史学者セデス(1888-1965)である。言い出した人が非常に高名な学者だった為、永い間これが定説になっていた。然し現在ではこれは完全に否定されている。

 

 

 

長い間謎だったタイ族の民族移動の原因、その手がかりが最近見つかった。それは古代の気候に関する研究からである。

 

中国西部崑崙山脈の氷河から長さ132mの氷柱サンプルが採取され、ここに過去2000年間の気候が記録されていた。これの研究から古代の気象が明らかになり、

1075年~1375年は非常に乾燥した時代であったことが分かった。

また中国南部雷州半島(海南島の隣、ベトナムとの国境近く)にある湖光岩湖という火口湖から湖底の堆積物を取り出し調査した結果からは、880年~1260年は非常に乾燥した時代であったことが判明した。

 

タイ国とタイ人の故郷雲南省、そして崑崙山脈と雷州半島はこんな位置関係

 

 

両者のデータにはかなり違いがある。然し両者がラップする1075年~1260年は中国雲南省あたりでも、非常に乾燥した時代だったと考えていいだろう。

多分その頃、何年に一度かは激しい旱魃が襲ったのではないかと思われる。

 

 

 

これがタイ族が故郷を捨て民族移動を始めた原因であろう。

つまり食べるものがなくなった時、その民族は移動を開始するのだ。 

 

そしてこの時の飢えの記憶、これはタイ人のその後の性格を形成する上で大きな要因のひとつになったのではないかと私は見ている。

微笑みの国と言われ、いつもニコニコしているタイ人が時折見せる驚くような凶暴性、そして食べることに対する執着心、そのルーツにこんな事が有ると見ていいだろう。

 

タイで仕事をしてきた経験から

「腹を減らしたタイ人ほど厄介なものはない」 ・・・これは色んな場面で言えることだ。

 

 

 

話は変わるが、

食べるものが無くなる、今の日本では考えられないことのようだ、しかしそうだろうか?

鳩ポッポのCO2の25%削減をはじめとする出鱈目な政策は、日本の基幹産業の海外移転を加速させている。

新日鉄もトヨタ・ホンダも今まで以上に海外展開を加速させるだろう。

つまり日本にはもはや仕事が無いのだ

 

タイ族は旱魃の追われ命がけでタイの地へ移動した。

日本人は鳩ポッポに追われ、日本を後にせざるを得ないかもしれない

そう言えば今年の4月、鳩ポッポは「日本列島は日本人だけの所有物ではない」と言った。

だが良く考えてみるとこれは「だから日本人は日本列島から出て行け」と言っているのかもしれない。

困ったことである。

<終り>

 

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