2009-09-29 17:32

食べる物がなくなったとき民族移動が始まる<タイの事例です その3

タイに移住してきたタイ族が作った町をムアン(グ)という。

現在タイではムアン(グ)といえば「国」とか都市という意味で、一般的には各県の県庁所在地をムアン(グ)といっている。

回りくどい話だがタイでは県名は県庁所在地の名前なので、例えばチェンマイ県チェンマイ市というチェンマイ市の部分がムアン(グ)になる。

 

このムアン(グ)、外敵から住民を護る為の城壁都市といったもので、初期の形は環濠集落。

日本でも弥生時代に各地で環濠集落がつくられたが殆ど同じものと考えてよい。

 

代表的なムアン(グ)の例としてタイの古都スコータイ

 

航空写真があまり鮮明ではないが、東西1800m、南北1600mの三重の城壁に囲まれた中が昔のムアン(グ)、現在はスコータイ歴史公園になっている。

これが今のスコータイ歴史公園

 

 

倒れかけた仏塔も

 

現在の城壁 (英文の説明はThe City Wall)

 

 

 

外敵の目標は食料と人(奴隷として)なので、住民を護ることが非常に重要となる。それがこの様な城壁都市をつくる原因。

 

ではその外敵とは誰なのか。先住民族や隣の国なども外敵となるが、私は移住初期の頃の外敵は「同じように移住してきた移住民が最も多かったと考えている。

新天地に入植してきた移住民は元々そんなに食料を豊富に持っていたわけではない。そして農業では苦労して農地を開拓してもすぐに収穫が得られるわけではない。

運良くすぐに種まきできたとしても収穫は半年後、その間何も食べずにいるわけには行かない。

つまり移住民とは先にそこに住みついた人から見ると「腹を減らした凶暴な襲撃者」となるわけだ。

 

黒澤明監督の映画「七人の侍」は落武者が盗賊となり村を襲う話だ。程度の差はあっても移住民もこんな傾向を持っていたと考えられないだろうか。

<続く>

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