2009-09-29 14:27

食べる物がなくなった時民族移動が始まる<タイの事例です その2

中国南西部雲南省あたりに住んでいたタイ族の人たちが、現在のタイ国の地を目指して南下したのは11世紀頃から14世紀頃のこと。特に13世紀中から14世紀中までの100年間は「タイ族の沸騰」と言われる時期だった。

 

 

その移動の形態はというと主に血縁関係を中心にしたグループを作り、男たちは先頭で「戦闘集団」、その後ろに女子ども、老人が従い、家畜なども連れての大移動だったらしい。

戦闘集団は兵士(平民)5人が1人の頭(ホワ・ナー)に仕え、5人のホワ・ナーが1人のムアット・ナーに仕え、5人のムワット・ナーの上に最高責任者としてナーイ・」ムワットがいたという。

多分こんな軍隊組織はタイ族の故郷長江中流域にあった古代国家の軍事組織の系統ではないか。

 

その組織はこんなもの (創元社刊 図説中国文明史 第3巻春秋戦国より)

これは中国の戦国時代(前475年~前221年)頃の軍事組織

 

 

タイ族は侵略民族では有ったが征服民族ではなかった。つまり敵に囲まれ敗者となれば、とらえられて奴隷となるという過酷な状況の中で定住地を求めてきた。

 

この様な移動の形態は、今から60年程前までタイとミャンマーの国境付近で見られたと言う。そこでは数千人の集団が家畜なども連れて移動していたそうだ。

 

 

そして事情は違うが戦闘部隊がタイに定住した最近の事例、

それは第二次大戦後中国国民党の残党がタイ北部の山間部に定住した事例が有る。彼らが武装解除に応じ、タイ国籍を取得したのはつい20年ほど前だ。

詳しくはここを参照ください

 

特筆すべきこと、それは中国の戦闘部隊は後ろに家族を連れてきていること。それだから各地を転戦しても、そこに居つくことが出来るわけだ。国民党軍のタイへの移住もそのようになっている。これが中国の永年の伝統らしい。

 

日本ではここ1ヶ月、民主党政権の暴走振りが際立っている。

国民には何の説明もせず、国会の審議もせずに「CO2の25%削減(2005年基準では30%以上の削減)」、「東アジア共同体」、「建設中のダム工事中止」、そして亀さんの「徳政令」等など、これでは日本企業は故郷・日本を捨てて、海外に新天地を求めていかざるを得ない。

数百年前タイ族が新天地を求めて移動したように、日本人も新天地を求めて移動する時が目前に迫っている。

尚亀さんの徳政令のおかげで今中小企業の資金繰りは絶望的な段階だ。(徳政令直前に金を貸す銀行などいる筈がない・・自分が大損をするだけ)

 

 

ここでちょっと一息

 

上に書いたタイの国民党残党は今北タイの奥地で茶の栽培をしている。

これは彼らの茶のパンフレット

 

そしてこれが商品

この中でも左端の 凍頂烏龍茶、これは絶対お勧め。

彼らの茶の栽培、製品化は台湾の技術支援で行われている。だから本場台湾の凍頂烏龍茶に勝るとも劣らない品質。もしどこかで見かけたら是非お試しを!

<続く>

 

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