2012-07-03 15:29

一神教の話

  前回「文春記事のその後」をエントリーしたとき、prijonさんからいただいたコメントに「日本カトリック司教団が「原発の即時廃止を」という主張をしています」とあった。

これをどう思いますかとの話なのだが、私は長い歴史を通じてキリスト教など一神教に共通する問題と思うので取り上げてみたい。

 

文春記事のその後

http://tansoku159.iza.ne.jp/blog/entry/2729427/

 

 

 

キリスト教はユダヤ教・イスラム教とルーツを共にする一神教3兄弟、ルーツはユダヤ教である。

だから旧約聖書は3兄弟共通でヘブライ語で書かれている。

新約聖書はイエスの語ったものをまとめたもので、原典はギリシャ語、または古代ラテン語(正確には本当の原典はこの世には存在しないので、その最初の訳本をさす)で書かれている。

イスラム教ではコーランは神がモハンムドの口を借りて話した言葉で、神の言葉そのもの。

これはアラビア語で書かれている。

 

 

 

一神教の特徴は

神はただ一人、他の神を信じるのは邪教、こう考えること。

そして神の言葉を原文通りに正しく理解し実行することが重要と考えられており、特にイスラム教にはその傾向が顕著。

コーランの言葉はアラビア語だから、アラビア語こそ神の言葉と言う意識がある。

 

話を元に戻して、日本カトリック司教団の話。

彼らは自分らの価値観で考えている。

例えばカトリックの本山、バチカンには原発はない。だから原発はいらないと考えるのも無理ではないと思う。

 

 

ちょっと余談だが、今ユーロ圏でギリシャ救済が問題だが、なぜユーロ圏はギリシャを切れないのか。

その答えの一つがキリスト教の原典がギリシャ語だから、ギリシャを切るのは自分らの信仰を否定する、私の個人的意見だがそんな部分があるように感じている。

 

こんな一神教なのでほかの宗教を信仰している者は邪教を信じている、だから自分たちと同じ人間ではない、奴隷・牛・馬と同じだ。

ちょっと荒っぽい言い方で申し訳ないが、歴史をひも解けばキリスト教徒などが世界に進出する過程などではこんな意識だった。

流石に現在の日本のキリスト教信者にこんな意識は無い。

しかしその元の欧米人の中にはこんな意識が潜在していることを忘れてはならない。

 

 

ここで言いたいのは一神教には、自分らの仲間以外は人間ではないから何をしても許される、そんな感覚が底辺に脈打っていることだ。

 

 

もう一つ重要な話、現代では一神教にはもう一つ厄介な仲間が加わった。

マルクス教である。

別名は社会主義とか共産主義とか色々あるが、私はいまでは一種の宗教と考えるのが正解だと思う。

経典は資本論とか色々ある。しかし信者も誰も読んでもいないし理解もしていない。

信じているのはこんなお題目だけ。

 

① 搾取も抑圧も差別もない、真に自由で平等な社会。

② 人間が疎外から解放され、最も人間らしく生きられる社会

③ 一人は万人のために、万人は一人のために生きる社会。

④ 人はその能力に応じて働き、必要に応じて受け取れる社会。

こんなモノである。

ユートピア思想と言ってもいいかもしれない。

神様は「自由・平等・博愛の神」である。

 

これでは日本の仏教の南無阿弥陀仏となんら変わることはない。

しかしマルクスが死んだのが1883年(明治16年)だが、この思想のお題目部分は西欧の社会に深く根付き、宗教者にも多大な影響を与えている。

今日の西欧の諸問題の根源に流れる部分と言って良いだろう。

 

例えば日本でも生活保護問題などは、④の「必要に応じて受け取る」を具体化したものである。

未だに日本でもこのマルクス教の亡霊がさまよっている。

 

この様な厄介な歴史の上に今がある、これを忘れずに行動せねばならないと思っている。

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コメント

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>バチカンには原発はない。だから原発はいらないと考えるのも無理ではないと思う。

 バチカンにはそもそも発電所がありません。

 だからカソリック教徒は電気を使うな!!

 とは言わない所が連中の御都合主義なんですよね。
  1. 2012-07-03 15:38
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  3. よもぎねこ♪ #79D/WHSg
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 ワタシの知人が「ユダヤ教、キリスト教、共産主義。 全部ユダヤ人が作った」と言っていました。

 どれも非常に単純な一元論で、一見非常に合理的に見えるのですが、しかし現実とは合わないのです。

 でもユダヤ文化には現実よりも、論理優先の一元論を非常に好む一面があるように思うのです。
  1. 2012-07-03 15:46
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  3. よもぎねこ♪ #79D/WHSg
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No title

こんにちは。

ご存知でしょうが、日本での政教分離の素地は、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康が作ったと言われています。江戸時代に出来た「檀家制度」はその良い例だと言われています。とはいえ、この3人物は信仰や宗教を否定した訳じゃなく、宗教の名を借りた横暴(寺社の既得権益。キリスト教国からの侵略)を如何に抑制するかを考え実行したと今は考えられている様ですね。
  1. 2012-07-03 16:07
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  3. 裏の桜 #79D/WHSg
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To よもぎねこ♪さん
>>バチカンには原発はない。だから原発はいらないと考えるのも無理ではないと思う。
>
> バチカンにはそもそも発電所がありません。
>
> だからカソリック教徒は電気を使うな!!
>
> とは言わない所が連中の御都合主義なんですよね。


そうですね。
連中の考えている事は自分の都合だけ。
蝋燭だけで暮らしてみろ! ですね。
  1. 2012-07-03 16:47
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  3. 短足おじさん #79D/WHSg
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To よもぎねこ♪さん
> ワタシの知人が「ユダヤ教、キリスト教、共産主義。 全部ユダヤ人が作った」と言っていました。
>
> どれも非常に単純な一元論で、一見非常に合理的に見えるのですが、しかし現実とは合わないのです。
>
> でもユダヤ文化には現実よりも、論理優先の一元論を非常に好む一面があるように思うのです。


確かにみんなユダヤ人がらみですね。
論理優先の一元論ですか、なるほどなるほど。

私ももう少しユダヤ人についての知識があれば考えるのですが、
何せ知識がない。
でもアメリカの強欲資本主義などユダヤ人そのもの。
論理優先とは金優先でもあるのですね。
  1. 2012-07-03 16:56
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  3. 短足おじさん #79D/WHSg
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To 裏の桜さん
>こんにちは。
>
>ご存知でしょうが、日本での政教分離の素地は、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康が作ったと言われています。江戸時代に出来た「檀家制度」はその良い例だと言われています。とはいえ、この3人物は信仰や宗教を否定した訳じゃなく、宗教の名を借りた横暴(寺社の既得権益。キリスト教国からの侵略)を如何に抑制するかを考え実行したと今は考えられている様ですね。


秀吉のバテレン追放令などですね。
日本の侍は実利優先でしたが、同時に文化芸術も大事にしました。
だからキリシタンが日本古来の神社仏閣を破壊したりすると猛烈に怒った、
そんな所がキリスト教徒とは全く違う事です。
やはりやおよろず(八百万)の神を許容する国の方がおおらかでいいです。
一神教はギスギスしていけません。
  1. 2012-07-03 17:05
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  3. 短足おじさん #79D/WHSg
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日本人の宗教観というものは多神教世界だからこそといえるものがありますよね。何しろ、外来の仏教に本地垂迹説などを取り入れて作り変えてしまうのですから半端ではありません。

そして重要なことですが、多神教世界は絶対的な神がいないのですから相対的価値観を苦にしません。そうなると価値観の対立があっても最後は基本的にどーでもいいじゃん、となるわけで何も問題はなしとなるわけです。

こういう国で物事を教条的にすすめる原理主義者どもが跋扈したのがここ暫くの間だと思います。経済学の世界でも、科学技術の世界でも何故かこれ一本という行き方をする。基本的にこんなモノ生きる上での道具にしか過ぎないんですからそれに命がけになる奴らの神経がわかりません。経済の市場原理主義者、反原発論者、9条教徒などは手段が目的化した連中でありましょう。

おそらく皆が価値を置く議会制民主主義や基本的人権なるものにしても人間が幸福に生きる手段に過ぎません。このあたり命がけになる連中は皆同じ穴のムジナなのではないでしょうか。

そんな贅沢は言ってられないという時代がきそうな気がして怖いです。太陽黒点の数は一時的に戻ってますがアレを見る度に暗澹たる気持ちになります。
  1. 2012-07-03 22:35
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  3. kazk #79D/WHSg
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To kazkさん
>日本人の宗教観というものは多神教世界だからこそといえるものがありますよね。何しろ、外来の仏教に本地垂迹説などを取り入れて作り変えてしまうのですから半端ではありません。
>
>そして重要なことですが、多神教世界は絶対的な神がいないのですから相対的価値観を苦にしません。そうなると価値観の対立があっても最後は基本的にどーでもいいじゃん、となるわけで何も問題はなしとなるわけです。
>
>こういう国で物事を教条的にすすめる原理主義者どもが跋扈したのがここ暫くの間だと思います。経済学の世界でも、科学技術の世界でも何故かこれ一本という行き方をする。基本的にこんなモノ生きる上での道具にしか過ぎないんですからそれに命がけになる奴らの神経がわかりません。経済の市場原理主義者、反原発論者、9条教徒などは手段が目的化した連中でありましょう。
>
>おそらく皆が価値を置く議会制民主主義や基本的人権なるものにしても人間が幸福に生きる手段に過ぎません。このあたり命がけになる連中は皆同じ穴のムジナなのではないでしょうか。
>
>そんな贅沢は言ってられないという時代がきそうな気がして怖いです。太陽黒点の数は一時的に戻ってますがアレを見る度に暗澹たる気持ちになります。


今は反原発運動が昔の三里塚闘争で騒いだ中核派などの連中が集まっている。
そこの朝鮮人などが入り込み、アホマスゴミが乗っかる。
そんな構図ですね。

それから太陽活動問題、今専門家は目の色を変えています。
まだまだ新事実が出てきそうです。
良いニュースならいいのですが、そうばかりではなさそう。
目が離せません。
  1. 2012-07-04 07:38
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  3. 短足おじさん #79D/WHSg
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見よや、十字架の旗高し
君なるイェスは先立てり
進め、つわもの進み行き
雄々しく仇(あだ)に立ち向かえ
Chorus:
勇め、つわものいざ勇め
十字架の御旗(みはた)先立てり
(賛美歌379番)

賛美歌の中には自己(信仰者)と他者(異教徒)を区別して「戦い」になぞらえるものが沢山あります。
実際の出征でもその種の賛美歌を歌って見送られる。戦前の日本のクリスチャンの中にもそうだった人もいます(私の父)。

「手向かうものは神の威光で八つ裂きだ!」と日本のグジグジした左巻きを蹴散らす勢いがあります。勢いのない左巻きは、威勢のいい一神教の威を借る豚と化し、原発だ人権だと尤もらしい騒ぎを起こし、牧師・神父の類は、左翼の弁護士然と化しています。

日本人の圧倒的多数(100%?)は一神教の世界で生きられません。「宗教的絶対音感」がないと例えられるか? ではその定義とは何か? 私も分りません。私の偏見です。
  1. 2012-07-04 10:04
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  3. 相模 #79D/WHSg
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To 相模 さん

>賛美歌の中には自己(信仰者)と他者(異教徒)を区別して「戦い」になぞらえるものが沢山あります。
>実際の出征でもその種の賛美歌を歌って見送られる。戦前の日本のクリスチャンの中にもそうだった人もいます(私の父)。

なるほど、分かりました。
私は讃美歌には疎いのですが、そんなものが沢山あるのは長い歴史を見れば納得できます。
お父上もそんなだったのですか。

日本ではキリスト教であれイスラムであれ、八百万の神々の中に入っている分には別に支障は無い、
人間の心の問題に宗教が必要なのは私もよくわかります。

宗教的絶対音感、面白い考え方です。
私は以前からそんな違いの原因に日本の自然の優しさがあるのではないかとみています。
地震・台風、確かに自然災害は多いのですが、そんなモノの無いときの日本の自然は優しい。
草枕という言葉があるように、野に寝ることのできる自然は世界的には貴重ではないかと思っています。
  1. 2012-07-04 15:28
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  3. 短足おじさん #79D/WHSg
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>文春記事のその後

>http://tansoku159.iza.ne.jp/blog/entry/2729427/

 こちらでのコメントは、キリスト教そのものについてどうのこうのっていうよりは日本のキリスト教会上層部の妙に左巻きな政治指向を問題にしたかったんです。「キリスト者の良心」といいつつ、言ってることやってることが左翼政党とか団体の主張にまるっきりリンクしてるものですから・・・。
 今回の原発の話だって、まるっきり社民党、共産党の主張そのまんまやん、てな感じで。まあ、その辺りについては、カトリック信徒の間でも批判的に見る向きが多いんですが。

http://d.hatena.ne.jp/antonian/20091016/1255710183

 カトリックではなく日本キリスト教協議会(NCC)の話ですが、東日本大震災直前の2011年春には北朝鮮の食糧難について、こんなこといってたなぁ・・・。

http://www.kirishin.com/2011/03/ncc2011312.html

、「北朝鮮で食糧不足から餓死者が出ているという情報を日本のメディアが報道していないという現実、また、それと深く結びついていると思われる日本政府の一方的な韓国政府への肩入れというわたしたちの置かれている現実を深く自覚せざるを得ません」

 あくまで悪いのは日本政府と韓国政府なんだとさ・・。

 まあ、欧米のキリスト教会っていうのは、政治的にはどちらかといえば保守、右巻きのことが多いんですけどね。特に本家ヴァチカンはかつては世界最大の反共団体、などと言われていたくらいですが、日本においてはなぜか逆方向にカッとんでいるところが、面白いというか、ワケがわからないというか・・。

  1. 2012-07-04 18:58
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  3. prijon #79D/WHSg
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一神教も多神教も同じだと思います。
一神教といわれるものは実は多神教だし、
多神教といわれるものは実は一神教だったりする。

日本神話もギリシア神話も多くの神が存在するが、
では、その多くの神の1つを選んで信仰することはない。
すれば邪教になり極めて危険なので、普通は避ける。
と言うことは多神教に於いては、どの神も信仰の対象にはならない。
しかし、それらの神を作った超越的な存在はある。
イザナミやイザナギを作った存在がある。ゼウスを作った存在がある。
それは超越的な神であり、その神は一神教の神とほぼ同一ではないか?
日本の神社にある鏡、寺院にある曼荼羅がその象徴であり唯一神は人間の形をしていない。

一方、一神教を分析すると「超越的な神」と「人間」の間に実の多くの中間物がある。イエス、マリア、パウロ、聖セバスチャン、その他、数え切れない程の多くのものが存在する。これは多神教ではないのか?
そして、中間的な存在に心を奪われて超越的な神の存在を忘れる。

超越的な神と人の間に存在するものの中で、最も堕落しているのは失礼ながら司教なのです。彼らは就職もせず生活することなく、教会の中で信徒に説教をして暮らしている。彼らの言葉は生活者の心に届かない。

件の日本のカソリック司教団の話はカソリックを代表するものでも、キリスト教を代表するものでもない。むしろ、その対極にあるというのが実態とおもいます。
  1. 2012-07-04 22:22
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  3. yuyuu #79D/WHSg
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To yuyuuさん
>一神教も多神教も同じだと思います。
>一神教といわれるものは実は多神教だし、
>多神教といわれるものは実は一神教だったりする。
>
>日本神話もギリシア神話も多くの神が存在するが、
>では、その多くの神の1つを選んで信仰することはない。
>すれば邪教になり極めて危険なので、普通は避ける。
>と言うことは多神教に於いては、どの神も信仰の対象にはならない。
>しかし、それらの神を作った超越的な存在はある。
>イザナミやイザナギを作った存在がある。ゼウスを作った存在がある。
>それは超越的な神であり、その神は一神教の神とほぼ同一ではないか?
>日本の神社にある鏡、寺院にある曼荼羅がその象徴であり唯一神は人間の形をしていない。
>
>一方、一神教を分析すると「超越的な神」と「人間」の間に実の多くの中間物がある。イエス、マリア、パウロ、聖セバスチャン、その他、数え切れない程の多くのものが存在する。これは多神教ではないのか?
>そして、中間的な存在に心を奪われて超越的な神の存在を忘れる。
>
>超越的な神と人の間に存在するものの中で、最も堕落しているのは失礼ながら司教なのです。彼らは就職もせず生活することなく、教会の中で信徒に説教をして暮らしている。彼らの言葉は生活者の心に届かない。
>
>件の日本のカソリック司教団の話はカソリックを代表するものでも、キリスト教を代表するものでもない。むしろ、その対極にあるというのが実態とおもいます。


司教など働かずに禄を食める連中については仰る通りだと思います。空想の世界から出ることができない。

面白い考え方なので私ももう少し考えてみます。
私の乏しい頭(乏しい頭の毛・・・涙)では簡単にはまとまりませんが・・・
  1. 2012-07-05 07:27
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  3. 短足おじさん #79D/WHSg
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No title

To prijonさん
>
> こちらでのコメントは、キリスト教そのものについてどうのこうのっていうよりは日本のキリスト教会上層部の妙に左巻きな政治指向を問題にしたかったんです。「キリスト者の良心」といいつつ、言ってることやってることが左翼政党とか団体の主張にまるっきりリンクしてるものですから・・・。
> 今回の原発の話だって、まるっきり社民党、共産党の主張そのまんまやん、てな感じで。まあ、その辺りについては、カトリック信徒の間でも批判的に見る向きが多いんですが。
>
>http://d.hatena.ne.jp/antonian/20091016/1255710183


興味深い情報ありがとうございます。
この話はカトリックなどキリスト教の中に深く根付いたものなので、日本人信者の方には分かり難いのではないかと思います。
歴史的のキリスト教は白人の宗教と言う面がありまして、それ以外のものは排斥する、そんな所から反日が出てきています。
特にWWⅡでヨーロッパ諸国(=キリスト教国)の植民地が無くなりましたので、その恨みがある。
そんな所で反日的な指導をされるので日本の特にカトリックなどは反日的になる、こうだと思います。
今日本人だけで運営していても、昔からそんな教育をされてきた、そこが問題ではないでしょうか。


> まあ、欧米のキリスト教会っていうのは、政治的にはどちらかといえば保守、右巻きのことが多いんですけどね。特に本家ヴァチカンはかつては世界最大の反共団体、などと言われていたくらいですが、日本においてはなぜか逆方向にカッとんでいるところが、面白いというか、ワケがわからないというか・・。

反日のルーツは日露戦争にあります。
当時世界最強最大と言われていたバルチック艦隊を全滅させた、
これでは日本をのさばらせるわけにはいかん。
その上台湾・朝鮮を併合させたら、どちらもどんどん発展してきた、此れでは益々いかん。
これが日本が戦争に引き込まれた理由で、この流れがいまだに続いています。
最近のトヨタたたきもこの流れの一環、そう思うと全体が理解できます。
  1. 2012-07-05 10:46
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  3. 短足おじさん #79D/WHSg
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