2012-03-02 17:34

根無し草

 今若い子育て世代の海外移住が増えているというテレビ報道が有ったらしい。

裏の桜さんの「エイリアンたちの幻想」と言うエントリーでそのことを知った。

http://dale-alv.iza.ne.jp/blog/entry/2613247/

 

まあ報道したのがお台場に巣食う蛆テレビなので本気で信じると馬鹿を見るのだが・・・

 

 

 

この話で昔タイで会ったある日本人のことを思い出した。

ちょっとその昔話を。

 

 

今から10年位前である。当時住んでいたのはタイ、バンコクから南東に120キロほどのシラチャと言う町だった。

 

ある晩のこと、行きつけの日本料理店で遅い晩飯を食べていた、(注:この店は下の写真の橋の右手200m位にある

店はそんなに客の多くなかったのだが店の女の子がこんな事を言う。

”短足さん、近くの海岸に日本人が居るよ、会ってみる?”

日本人なら何処にでも居るというと”日本人のお坊様だよ”と言う。

日本人のお坊様が海岸に居る???

そんな事でその子に案内してもらって海岸に行って見た。

 

その場所はと言うと

 

これがその海岸、そのお坊さんは画面中央の白い建物のある辺りの海岸の砂浜に居た。

 

(注:この写真は海岸から少し離れた所にあるロイ島を言う島から撮ったもの。)

(橋に車が一杯写っているが、年に数回のお祭の時の写真、普段はガラガラ)

 

 

仮にAさんとしよう。

Aさんは年のころは70歳くらい、見たところとても坊さんと言う風体ではなかった、コジキ同然であった。

 

「如何されたんですか」と聞くと今此処でテント住まいですと言う。

テント? 砂浜に棒っきれを立てて其処にシーツをかぶせたような物。夜露は凌げるが雨が降ったらびしょぬれ、それがその人の仮住まいらしい。

 

 

問わず語りに話し出した所、その人は慶応出身だと言う。

今生きていれば多分80歳くらい、そんな人が慶応出、

話すことはシッカリしているし英語も話せる、

若い頃は多分資産もあり、それなりの仕事もしていたのだろう。

そんな人が如何してそんな生活しているのか。

 

 

 

Aさんは若い頃一旗あげる為タイにやってきた。

奥さんも子どもも居たようだ。

しかし夢見たようにはいかず事業に失敗、全財産をなくしたらしい。

奥さんと子どもは日本に逃げ帰ってそのまま音信不通。

 

 

その後タイ人女性と再婚し再起を目指そうとした、しかしその人にも騙されたようで、結局丸ハダカ状態。

住まいをなくし、食べる物にも事欠くようになったとき如何したか。

 

タイは仏教国で毎朝僧侶が托鉢に廻る。

この時食べ物を寄進する事が良い事、徳を積む事とタイ人は信じている。

徳を積めば来世にいい事がある、これがタイの仏教の教え。

だから僧侶の顔をして廻ればその日の食べ物くらいは手に入る。

 

 

結局Aさんは止むを得ず坊主の生活を選んだわけだ。

タイ人も本物の僧侶でなくても食べ物くらい分け与えるのはいい事と思っている、

そして毎日流浪の旅を続けていた、こんな事情だった。

 

 

Aさんは日本人の方と日本語で話すのは久しぶり、懐かしいです、そういって喜んでいた。

どうも食堂の女の子がAさんと話をしたらしい、Aさんが日本人と話がしたいと言った様だった。

 

 

次の日にはAさんはもう何処かに行ってしまっていた。

海外で根無し草になってしまったらこんなものである。

 

裏の桜さんの「エイリアンたちの幻想」をみて、タイ時代のこの経験を思い出した。

タイの首都バンコクに行くと此処まで酷くは無いが、悲惨な生活をしている日本人たちが沢山居る。

海外生活は甘いものではないのだ。

 

(注:こんな日本人が同じ日本人を騙したりするケースが多い、注意が必要だ)

  1. タイiza
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コメント

No title

こんにちは。

エントリされた主旨とは別になるのですが、

>タイは仏教国で毎朝僧侶が托鉢に廻る。
>この時食べ物を寄進する事が良い事、徳を積む事とタイ人は信じている。
>徳を積めば来世にいい事がある、これがタイの仏教の教え。
>だから僧侶の顔をして廻ればその日の食べ物くらいは手に入る。

の部分を読んで、昔の日本があった、と思いました。

ほんの少し前の日本のどこかしこでも多分、托鉢僧への供養(供養の本来の意味は、仏、菩薩、諸天などに香・華・燈明・飲食などの供物を真心から捧げることをいい、弔いや法事の事ではありません)というのを見る事が出来た筈ですし、その昔は僧侶の姿をして旅をしていれば危害をくわえられる事は無かった、と聞いた事があります。
  1. 2012-03-02 18:54
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  3. 裏の桜 #79D/WHSg
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No title

To 裏の桜さん
>
>>タイは仏教国で毎朝僧侶が托鉢に廻る。
>>この時食べ物を寄進する事が良い事、徳を積む事とタイ人は信じている。
>>徳を積めば来世にいい事がある、これがタイの仏教の教え。
>>だから僧侶の顔をして廻ればその日の食べ物くらいは手に入る。
>
>の部分を読んで、昔の日本があった、と思いました。
>
>ほんの少し前の日本のどこかしこでも多分、托鉢僧への供養(供養の本来の意味は、仏、菩薩、諸天などに香・華・燈明・飲食などの供物を真心から捧げることをいい、弔いや法事の事ではありません)というのを見る事が出来た筈ですし、その昔は僧侶の姿をして旅をしていれば危害をくわえられる事は無かった、と聞いた事があります。


難しい話になりました。
最初にタイの仏教は上座部仏教ですが、これは暑い国しか成り立たない宗教です、
僧侶は信者の寄進したものだけ食べる、これをやったら北国では僧侶はみんな死んでしまいます。
雪に閉じ込められて、おまけに食べ物も無くて・・・

しかし逆に暑い国の信者は朝3時とか4時に起きだして僧侶の為のご飯を作ります。これが無いとお坊様が死んでしまう・・・
その代り僧侶は朝貰った食べ物は昼までしか食べてはいけません、
その理由は午後になると食べ物が傷んでしまう。
だから僧侶は午後は断食です。

それから托鉢の話です。
私は愛知県ですが、何回か托鉢僧が自宅にきたことが有ります。
でもこれは例外でしょう。
托鉢僧は秋に奈良に正倉院展を見に行くと必ず居ます。
でもこれも例外でしょう。
あとは托鉢等と言う言葉も死語になってしまいました。

日本は宗教を考え直さねばいけない時期だと思います。
理由は簡単、世の中には理屈に合わないことがあるからです。
その最大にモノは人の死、
アレだけ人のために尽くした人でも死ぬのです。
それをもっと考えるべきだと思っています。
  1. 2012-03-02 20:43
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  3. 短足おじさん #79D/WHSg
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No title

海外生活を安易に勧めるメディアや業者は万死に値すると思います。
  1. 2012-03-02 23:06
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  3. tom-h #79D/WHSg
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No title

Aさんは文字通り乞食坊主になった分けですが、
慶応出のビジネスマンが異国の地でそうなる人生の経路に深い興味が湧きます。
興味と言うと失礼ですが「人生」を感じるのですね。
達観して解脱してそう言う道を選んだのか、
他にどうしようも無い隘路に嵌まって抜け出せないのか?
人間とは成功しても失敗しても難しいものですね。
成功してもなんぼのものだと言う気はするし、
失敗してもだから何だと言う気もするし、
僕は若くして渡ったアルジェリアのサハラであったベルベル族(ベドウイン)の生活を思い出します。
一生定住せずに砂漠の民として移動しながら文明に触れず、
文字も知らず、貧富と言う概念すら持たずにただ日々を生き続けて
一生を終える人生もあるんですよね。
彼等の生活を思い出すと人間の人生の過ごし方の原点を見ている様でどんな事でも大した事ねえや、と思ってしまいます。
  1. 2012-03-03 06:27
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  3. sonoraone-3 #79D/WHSg
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To tom-hさん
>海外生活を安易に勧めるメディアや業者は万死に値すると思います。


海外で暮らすのは簡単じゃ有りません。
日本の会社に勤め、日本の給料を貰った上で海外で暮らす。
これなら楽なもんです。
そんな事を無視して海外暮らし云々、
そんなアホを煽るマスゴミはホント日本には要りません。
  1. 2012-03-03 09:12
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  3. 短足おじさん #79D/WHSg
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To sonoraone-3さん
>Aさんは文字通り乞食坊主になった分けですが、
>慶応出のビジネスマンが異国の地でそうなる人生の経路に深い興味が湧きます。
>興味と言うと失礼ですが「人生」を感じるのですね。
>達観して解脱してそう言う道を選んだのか、
>他にどうしようも無い隘路に嵌まって抜け出せないのか?
>人間とは成功しても失敗しても難しいものですね。
>成功してもなんぼのものだと言う気はするし、
>失敗してもだから何だと言う気もするし、
>僕は若くして渡ったアルジェリアのサハラであったベルベル族(ベドウイン)の生活を思い出します。
>一生定住せずに砂漠の民として移動しながら文明に触れず、
>文字も知らず、貧富と言う概念すら持たずにただ日々を生き続けて
>一生を終える人生もあるんですよね。
>彼等の生活を思い出すと人間の人生の過ごし方の原点を見ている様でどんな事でも大した事ねえや、と思ってしまいます。


sonoさんの話を聞くと何か何処かの禅寺の高僧の話を聞いているような、
そんな感じさえしてきますね。
色即是空、諸行無常、そんな境地でしょうか。
私なんざ未だにその鳥羽口にも入れず・・・ブツブツ・・・

でもサハラであったベルベル族の話は興味深いです。
文字も知らず、貧富と言う概念すら持たずにただ生きている、
自分の生き方の反面教師として考えてみたい事例です。
  1. 2012-03-03 09:30
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  3. 短足おじさん #79D/WHSg
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No title

小生の友人の先輩の話なのですが、難関の司法試験に合格し前途洋洋だった男性がいましたが、あるときインドに旅行しました。
友人に誘われてイヤイヤ行ったはずなのですが、その後全く変わってしまいました。成田に戻るや1週間後くらいにまたインドへ出かけ、行方知れずとなってしまいました。

友人たちは八方手を尽くして探しましたが、見つからず。地位も婚約者もほっぽり出しての逃避行でした。

インド行くまでそんな素振りも何もなかった人らしいし、思い当たることは友人たちにもありませんでした。今回のエントリーのように別に災難に見舞われたわけでもなんでもなかったのですが、内実はよほど精神的に参ってたんじゃないか、と周りは思ったものでした。

聞けば何年かに1人ぐらいの割でそういう人がいるそうです。そういう人には、全く時間空間が異なる異世界は禁断の園なのかもしれません。

  1. 2012-03-04 13:03
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  3. kazk #79D/WHSg
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No title

To kazkさん
>小生の友人の先輩の話なのですが、難関の司法試験に合格し前途洋洋だった男性がいましたが、あるときインドに旅行しました。
>友人に誘われてイヤイヤ行ったはずなのですが、その後全く変わってしまいました。成田に戻るや1週間後くらいにまたインドへ出かけ、行方知れずとなってしまいました。
>
>友人たちは八方手を尽くして探しましたが、見つからず。地位も婚約者もほっぽり出しての逃避行でした。
>
>インド行くまでそんな素振りも何もなかった人らしいし、思い当たることは友人たちにもありませんでした。今回のエントリーのように別に災難に見舞われたわけでもなんでもなかったのですが、内実はよほど精神的に参ってたんじゃないか、と周りは思ったものでした。
>
>聞けば何年かに1人ぐらいの割でそういう人がいるそうです。そういう人には、全く時間空間が異なる異世界は禁断の園なのかもしれません。


なるほど、そんな方もいるんですねえ。
大抵はカネがなくなると帰ってくるのですが、その方はカネが無くても暮らしていける方法でも見つけたのでしょうか。

一番の可能性は何処かに死体が埋まっている事ですが、そうでないとすると後は何があるのでしょうか。
  1. 2012-03-04 15:13
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  3. 短足おじさん #79D/WHSg
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No title

To sonoraone-3さん

>僕は若くして渡ったアルジェリアのサハラであったベルベル族(ベドウイン)の生活を思い出します。
>一生定住せずに砂漠の民として移動しながら文明に触れず、
>文字も知らず、貧富と言う概念すら持たずにただ日々を生き続けて
>一生を終える人生もあるんですよね。
>彼等の生活を思い出すと人間の人生の過ごし方の原点を見ている様でどんな事でも大した事ねえや、と思ってしまいます。
>
ベルベル人て不思議な連中だと思います。彼らは民族として一度ローマ化(つまり文明化)された経験がある連中らしいですよ。ヒッポの司教アウグスティヌスがベルベル人だと知ったのは大学受験の世界史の授業だったと思います。彼の地がバンダル人により滅ぼされるのと前後して彼は生涯を閉じるのですが、今日な進学者を出しほどに一度は文明化された連中が、また砂漠へと戻っていったんですよね。
 それを思うと、sono様とは別な意味で感慨を感じてしまいます。
  1. 2012-03-05 01:49
  2. URL
  3. kazk #79D/WHSg
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