2012-01-05 18:38

増税して財政立直しに成功した事例は無い

 消費税の増税を野豚首相がどうしてもやると言っている。

しかし財政建て直しに増税して成功した事例など、歴史を紐解いても全く無い。

 

 

日本には江戸時代260年の安定の歴史が有る。

その中には放漫経営で破綻した地方政府(つまり藩)も有る。

しかし破綻した財政を再建した事例が色々有るのだ。

 

 

 

こんな歴史は帰化人だらけのミンス党では分からないだろう。

だが各地で郷土の偉人の業績が今も語り継がれている。

 

そんな事例から今の自分たちがやるべきことを考えて見たい。

 

 

 

有名どころでは山田方谷・上杉鷹山がある。

 

山田方谷

 

 

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E7%94%B0%E6%96%B9%E8%B0%B7

 

あるいは

http://www.peacom.co.jp/peacom/page/gaiyou/syainkensyu/yamada.htm

 

 

 

上杉鷹山

 

 

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E6%9D%89%E6%B2%BB%E6%86%B2

 

 

これらの先人達が財政危機に際し取り組んだ事は多岐に渡るが、ここは山田方谷の事例を見てみよう。

 

 

 

山田方谷の財政改革

 

 

<藩財政の実態>  ・・・どれ程借金漬けだったか

 

藩政改革と言えば、最も有名な人は、米沢藩主 上杉鷹山。
 <上杉鷹山と山田方谷との比較> 

上杉鷹山 米沢藩15万石 明和4年(1767年) 慶応3年(1867年) 100年
  借金20万両 余剰金5千両
山田方谷 松山藩5万石  嘉永(かえい)2年(1849年) 安政4年(1857年) 8年
  借金10万両 余剰金10万両

 (当時の借金10万両は今のお金で 300億円相当)

 

 

歳出削減

 

 

 嘉永2(1849)年、藩主・板倉勝静(かつきよ)によって藩の財政責任者(元締役兼吟味役)に起用された45歳の方谷は、翌年、驚くほど細かい節約令を打ち出した。


 返すめどのない借金を抱えて″貧乏板倉″と呼ばれていた松山藩。方谷は宴会や贈答も禁じ、商人との応接で出費の多い大阪の蔵屋敷を廃止する。

 藩士は減給。それまで役人が懐に入れていた贈り物類もすべて報告させ、入札にかけて売却した。さらに領内巡視の役人に酒の一滴も出すな、と村人に通達を出す。

 その徹底ぶりは、一部の藩士が方谷暗殺を企てたほど厳しいものだったが、不平を言う藩士を勝静が一喝し、改革を全うさせている。

 

(毎日グルメ三昧の首相とその取り巻き、こんな連中には是非聞かせたい話)

 

 

産業振興

 

節約の一方、方谷は三室・吉田(現神郷町)の鉱山を開き、採れた砂鉄で農具を生産。漆、茶、葉タバコを植え、屋敷の庭でもユズを育てて名物「ゆべし」を作り、江戸で売りさばく。

 

生産した農具・・・ これは備中鍬(びっちゅうぐわ)

 

これなら我が家でも物置に転がっている。

でもこれがこの当時の最先端技術製品。

 

 

 

<債務の繰り延べ>  この部分は今と事情が違うのだが・・

 

真骨頂は、借金先の大坂商人との談判。表向き五万石の松山藩が、実は一万九千石に過ぎない内情を洗いざらい話し、再建計画を子細に公開して返済延期を迫った。綿密かつ大胆な方谷を前に、さすがの大坂商人もぼう然と要求をのむしかなかったという。

財政改革(藩札(はんさつ)の刷新(さっしん)) 財政改革の中で、最も注目される施策

貨幣(金貨、銀貨、銅貨)は、幕府の独占事業だった。
貨幣と交換できる兌換(だかん)紙幣、つまり藩札の発行は各藩に認められていた。松山藩では、一匁(もんめ)札と五匁札を発行していた。兌換準備金がなく、倒産寸前で信用ががた落ちの松山藩の藩札は、紙切れ同然だった。

藩札を貨幣と交換して、回収した。 回収したのは8千両に達する。
回収した藩札は、高梁川の河川で焼却、大衆の前で一大キャンペーンをやった。

新たに、五匁札、十匁札、百匁札を発行した。

 

公共事業

 

公共工事    領民の仕事の場を創出するため行う。
流通のための道路の拡幅工事
港湾整備

 

これは上杉鷹山の公共事業の一例 

山形 長井一の宮 総宮神社の本殿

 

 

本殿は何度か建て替えられたそうですが,現在の本殿は上杉鷹山のもとで建てられたもの。

天明の大飢饉で苦しむ民衆を救うための公共事業として,鷹山が建設を命じたのだそうです。

 

 

(今箱物行政が批判されていますが、雇用を作る効果が有るのです。

少なくともカネをばら撒いても何も残りませんが、箱ものなら、このように形となって残ります。)

 

 

<民政改革>


贈賄(ぞうわい)や賭博(とばく)の禁止など、厳しい民政改革をやった。

 

<教育改革(陽明学を基本とした)>


学問所、教諭所、寺子屋、家塾などを75箇所設けた。教育改革に力を入れた。

 

 

<軍制改革>  1790年代よりロシア船・イギリス船・アメリカ船などが各所に到着、外交問題が頻発していた時代。


自ら津山藩に出向き砲術を学んだ。
近代的な銃陣を備えた軍制にしようとした。
 里正隊(りせいたい)
農民での方谷に軍事面を指導されることから、藩士は猛反発した。そこで、農民を軍制に組み入れた。
久坂玄端が松山藩の改革を視察に訪れ、里正隊に驚嘆している。その後、長州で高杉晋作が農民による奇兵隊を結成するのはその十年後。

 

 

 

纏めてみると、財政改革とは

・ 歳出削減 ・・・ 痛みを伴うがコレ無しでは話にならない。

・ 産業振興・公共事業 ・・・ とにかく働く事。

・ 教育振興 ・・・ 教育は全ての基礎。

 

この三つが中心で有る。

このように何処を見ても増税は出てこない。

 

 

野豚総理が先ず増税だと騒いでいるが、歴史を紐解いても増税で解決した事例など存在しない。

 

消費税増税を決めた途端に消費は冷え込むはずだ。

そんな単純な事すら分からないアホが、今日本の首相である。

 

そしてそのアホをヨイショして政権交代を画策したのがマスゴミ。

マスゴミには先ず麻生バッシングの背景の総括、

そして土鳩・空き缶という戦後最悪の総理をヨイショしたミンス・マンセー報道の総括から始めて貰いたいものだ。

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コメント

No title

江戸時代は基本的に金銀本位制ですからその量で貨幣の流通量が決まってしまう、となると必然的にデフレ傾向がつきまとうことになるわけですよね。
ところが武士階層はその収入は基本的に米の石高で規制されますからどうしても窮乏化は避けられないことになりますよね。江戸の改革は基本的にインフレ政策しか成功していないはずです。
上杉鷹山あたりにしても基本的に殖産興業が最も効果があったわけで、倹約だけではどうしようもなかったはずです。
鷹山公の時代は人減らしによる大行政改革により、資金を捻出、米増産と商品作物に生産により収入増を図るよりないわけですから大変だったはずです。
これが幕府ならば通貨改鋳を行い資金供給を増やす裏技が使えたはずですが各藩はこれも出来ず今のギリシャのような状態だったわけですね。

そこ行くと今の日本政府はどんなに楽か。その気になればいくらだって通貨供給量を増やせるのにねえ。
ここで増税とは本当にバカ以外の何者でもありませんねえ。
  1. 2012-01-06 01:01
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  3. kazk #79D/WHSg
  4. 編集

No title

 今回の増税でも実は全然財政健全化への道筋なんか示されていないのです。

 普通の感覚でも年収の10年分を超えるの借金があれば、内職でほんの少し収入を増やしたぐらいじゃ返せるわけがないじゃないですか?

 増税を喚く新聞各社の社説でもその点は極めてあやふやな書き方です。

 でも消費税の増税で見込まれる税収増加分って、普通の家計の感覚では内職で月2万程稼ぐ、しかしそれで本業がおろそかになり、本業からの収入が月5万程減ると言う感覚では?

 
  1. 2012-01-06 11:05
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  3. よもぎねこ♪ #79D/WHSg
  4. 編集

No title

To kazkさん
>江戸時代は基本的に金銀本位制ですからその量で貨幣の流通量が決まってしまう、となると必然的にデフレ傾向がつきまとうことになるわけですよね。
>ところが武士階層はその収入は基本的に米の石高で規制されますからどうしても窮乏化は避けられないことになりますよね。江戸の改革は基本的にインフレ政策しか成功していないはずです。
>上杉鷹山あたりにしても基本的に殖産興業が最も効果があったわけで、倹約だけではどうしようもなかったはずです。
>鷹山公の時代は人減らしによる大行政改革により、資金を捻出、米増産と商品作物に生産により収入増を図るよりないわけですから大変だったはずです。
>これが幕府ならば通貨改鋳を行い資金供給を増やす裏技が使えたはずですが各藩はこれも出来ず今のギリシャのような状態だったわけですね。
>
>そこ行くと今の日本政府はどんなに楽か。その気になればいくらだって通貨供給量を増やせるのにねえ。
>ここで増税とは本当にバカ以外の何者でもありませんねえ。


確かに倹約だけでは何ともなりません。
しかしコレは象徴的な意味が有る、つまり働いていない人にもっと働けとか、公共工事をするためには部分的には土地を取り上げたりとか・・・
結果的にはそのほうが良いのは当たり前ですが、何らかの犠牲が要る。
コレを説得する為にトップ自ら倹約する、コレで範をたれ全員一丸体制を作る、こうだと思います。

大災害を放っておいて毎晩グルメ三昧の首相など、この丁度正反対を実行していた、今も実行中です。
  1. 2012-01-06 12:23
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  3. 短足おじさん #79D/WHSg
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To よもぎねこ♪さん
> 今回の増税でも実は全然財政健全化への道筋なんか示されていないのです。
>
> 普通の感覚でも年収の10年分を超えるの借金があれば、内職でほんの少し収入を増やしたぐらいじゃ返せるわけがないじゃないですか?
>
> 増税を喚く新聞各社の社説でもその点は極めてあやふやな書き方です。
>
> でも消費税の増税で見込まれる税収増加分って、普通の家計の感覚では内職で月2万程稼ぐ、しかしそれで本業がおろそかになり、本業からの収入が月5万程減ると言う感覚では?



うまい例えですね、その通りだと思います。
兎に角今の議論は増税したらどれだけの増収になって云々、こんな議論は有りません。
増税の根拠はヨーロッパなどに比べてこんなに消費税が低い、だから上げるべきだ、コレだけです。

こんな事で国民が納得するはずは有りません。
今必要なのは生活保護等と言う馬鹿なバラマキをやめ、皆が歯を食いしばって働く事。
その為には公共事業は絶対必要です。

そして経済政策の第一歩はデフレからの脱却、
コレしかないでしょう。

本文で上杉鷹山の公共事業の例として神社の本殿を作った例を紹介しました。
神社の本殿、今で言えば箱物です。
コンクリートから人への理屈なら無駄の最たるもの。
しかしコレを作ることで飢饉に苦しむ人に仕事を与え、心のよりどころを作ったのです。
このコンセプトを見て欲しいと思っています。
外国人だらけのミンス連中には分からないでしょうね。
  1. 2012-01-06 12:36
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  3. 短足おじさん #79D/WHSg
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結局、日本においても過去に成功した事例というのは、必ず産業振興での成功と対になってますね。
ひどすぎる官の浪費は正さねばなりませんが、それのツケを一般庶民にツケ回ししては悪化するだけですから。

だから、たとえば役人にしても、無駄は削減すべきですが、人件費の安易なカットはすべきじゃないでしょう。彼らも家に帰れば市中の住人。結局それはそのまま市中に流れるカネを減らすことにしかつながりませんから。
その前にやることがもっとあるはず・・・。

勿論、増税など下策中の下策。そのツケは何十年も後の人に何十倍もの利子が付いてツケ回しされるでしょうね。
  1. 2012-01-06 12:49
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  3. その蜩 #79D/WHSg
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To その蜩さん
>結局、日本においても過去に成功した事例というのは、必ず産業振興での成功と対になってますね。
>ひどすぎる官の浪費は正さねばなりませんが、それのツケを一般庶民にツケ回ししては悪化するだけですから。
>
>だから、たとえば役人にしても、無駄は削減すべきですが、人件費の安易なカットはすべきじゃないでしょう。彼らも家に帰れば市中の住人。結局それはそのまま市中に流れるカネを減らすことにしかつながりませんから。
>その前にやることがもっとあるはず・・・。
>
>勿論、増税など下策中の下策。そのツケは何十年も後の人に何十倍もの利子が付いてツケ回しされるでしょうね。


同感です。
歳出削減が最初に来るのは、先ず指導者自ら汗を流す事で民心を改革に向けて纏めてゆく、この狙いしか有りません。
民心が離反したらどんな改革も成功しないのです。
  1. 2012-01-06 14:18
  2. URL
  3. 短足おじさん #79D/WHSg
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