2011-05-23 22:29

串アサリ

 最近何処を叩いてもカンカラカンカラ空き缶の音がする、そこで少々肩の凝らない話を。

 

 

今日所用で愛知県半田市の亀崎地区に行った。

亀崎といえば有名なのは例年5月初めに行なわれる潮干(しおひ)祭り。

 

 

この5台の山車が砂浜から海に引き入れられるのがこの祭りの売り物。

今年は「願 震災復興」 「祈 国土安穏」 こんな垂れ幕をつけて祭りが行なわれた。

 

 

所でこの亀崎地区、祭りのほかに有名なのが串アサリ。

何の変哲も無い、生のアサリを剥いて串にさして干したもの。

 

 

多分こんな素朴な食べ物はもう今では貴重品ではないか。

生のアサリの殻をこじ開け、取り出した身を塩水で洗って串にさして干したもの。

私は歴史好き・考古学好きなのだが、たぶん縄文時代から海辺の魚介類を山のほうに持っていった、その方法の一つがこんなものではなかったか。そう思っている。

(余談だが考古学者の先生は干し貝というと貝を茹でて干したもの、そう言っている。でも私に言わせれば生の貝を干したほうが簡単で美味しい。だから先生方の話はどうも机上論のような気がする・・・オット本題からそれた。)

 

 

 

所でこの串アサリ、最近はトンと見かけなくなった。

理由は色々あるのだろうが要はコストが掛かり過ぎるのだ。

生のアサリを干すと身が小さくなる。風に当たり旨みが増すのだが、元々アサリの身が大きく美味しい時期しか良い物が出来ない。困った代物だった。

 

そんな事でここ数年この串アサリを探し続けていたのだが、今日偶然こんな店に「串アサリ あります」の張り紙を見つけた。

 

 

今ではこんな店は貴重品、田舎の町の小さな小さな魚屋(兼八百屋)さん。

この店のオカミサンが串アサリを作っており、今日たまたまそれが有ったという事。

串アサリ有りますか?と入っていくとオカミサンが「未だ出来たばかりで値段もつけてないんだわ」といって冷凍庫から出してくれた。

 

こんな貴重品は滅多に無いので、関東にいる大先輩にも早速送る手配をし、今晩は串アサリを焼いて、それを肴に一杯。

 

 

 

 

これが串アサリを軽く炙った所、

ビールにも酒にも合う一品です。

オット、一杯のつもりがいつの間にか腹一杯に・・・

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コメント

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串アサリ美味しそうですね!(o^∀^o)。
地域の伝統の味と文化はみな大切にしていきたいですね。
どきどき地方に旅行に行きますが日本には豊かな小さな文化がたくさんあるなあと感心します。
  1. 2011-05-24 12:46
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  3. ガンダム #79D/WHSg
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>考古学者の先生は干し貝というと貝を茹でて干したもの、そう言っている

考古学の先生も昔の干し貝を食べたわけではないでしょう。
だから作り方を古文書で見つけたのか?
そうでなければ昔の人は美味しい方の味を採用したのではないかと思います。

だから机上の空論かもしれませんね。それにしても美味しそう!
  1. 2011-05-24 13:38
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  3. 相模 #79D/WHSg
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To ガンダムさん
>串アサリ美味しそうですね!(o^∀^o)。
>地域の伝統の味と文化はみな大切にしていきたいですね。
>どきどき地方に旅行に行きますが日本には豊かな小さな文化がたくさんあるなあと感心します。


こんな小さな文化は、これをこよなく愛する人たちが居る事で継承されていく。
だからこんなマイナーな物でも好きな人が居るわけです。
それが無ければ古いものなどすぐ廃れてしまいます。

串アサリなどとても美味しいので是非どうぞと言いたいのですが、
何せ地元の人間でも手に入らない、
困った物です。
  1. 2011-05-24 15:09
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  3. 短足おじさん #79D/WHSg
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To 相模さん
>>考古学者の先生は干し貝というと貝を茹でて干したもの、そう言っている
>
>考古学の先生も昔の干し貝を食べたわけではないでしょう。
>だから作り方を古文書で見つけたのか?
>そうでなければ昔の人は美味しい方の味を採用したのではないかと思います。
>
>だから机上の空論かもしれませんね。それにしても美味しそう!


考古学などは実は現代の常識で古代を見ることが多いのです。
ですからトンでもない話がまかり通る事がしばしばある。
有名なのは旧石器捏造事件。
だから考古学は常に机上の空論との戦いです。

それはともかくこんな美味しい物、是非皆さんに食べていただきたいと思うのですが、何せ生産量が少ない。
海がもっと綺麗になって、貝がもっと沢山取れる日が来る事を期待したい所です。
  1. 2011-05-24 15:21
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  3. 短足おじさん #79D/WHSg
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私の実家は豊橋の隣町なので、子供の頃はアサリも岩牡蠣も「買って」食べるものじゃありませんでした(^^;

自分で採りに行くか、漁師をやっていた親戚から「おすそ分け」をしてもらっていたのです。


>考古学などは実は現代の常識で古代を見ることが多いのです。

私の専攻は「自然地理学」でしたから、「史学」や「考古学」とは違う視点で「古代史」を見てきました。

面白いものですが、同じ「歴史」を見るにも、理系の「地学」「地理学」と、文系の「史学」「考古学」では、見る「視点」がまったく違うのです。

我々は、一個の「石ころ」に「ロマン」を感じてしまう「変態」なのです(^^;
  1. 2011-05-27 23:52
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  3. kuronekosann #79D/WHSg
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To kuronekosannさん
>私の実家は豊橋の隣町なので、子供の頃はアサリも岩牡蠣も「買って」食べるものじゃありませんでした(^^;
>
>自分で採りに行くか、漁師をやっていた親戚から「おすそ分け」をしてもらっていたのです。
>
>
>>考古学などは実は現代の常識で古代を見ることが多いのです。
>
>私の専攻は「自然地理学」でしたから、「史学」や「考古学」とは違う視点で「古代史」を見てきました。
>
>面白いものですが、同じ「歴史」を見るにも、理系の「地学」「地理学」と、文系の「史学」「考古学」では、見る「視点」がまったく違うのです。
>
>我々は、一個の「石ころ」に「ロマン」を感じてしまう「変態」なのです(^^;


豊橋辺りは潮干狩りの名所が沢山有りますね。
前芝海岸辺りは有名だったのですが、最近は駄目みたい。
開発が進んだせいですが、仕事が出来たおかげで自然が無くなってゆく・・・

自然地理学ご専攻ですか。
そう言えば豊橋辺りは自然地理関係の観測ポイントの宝庫。
何せ中央構造線の真上ですからね。
私の子どもが小さい頃は、豊橋から少し奥に入ると断層だの破砕帯だのの露頭があるので何回か見せに行ったものです。
自然を知る事は大切な事、この思いは今も変わりません。
  1. 2011-05-28 06:58
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  3. 短足おじさん #79D/WHSg
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>自然を知る事は大切な事、この思いは今も変わりません。

人は「自然と共に生きている」と言う事を忘れてはいけません。

今回の大震災で、町がまるごとされてしまっても、人的被害が多かった所と、少なかった所の「差」は、明らかに見て取れるのです。

東京も「水害」の多い街ですが、「冠水」する場所は決まっているのです。

それは「地形図」を見れば一目瞭然なのですが、地理や地学をやっていないと、なかなか判り辛いものなのでしょうね(^^;
  1. 2011-05-28 09:59
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  3. kuronekosann #79D/WHSg
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To kuronekosannさん
>>自然を知る事は大切な事、この思いは今も変わりません。
>
>人は「自然と共に生きている」と言う事を忘れてはいけません。
>
>今回の大震災で、町がまるごとされてしまっても、人的被害が多かった所と、少なかった所の「差」は、明らかに見て取れるのです。
>
>東京も「水害」の多い街ですが、「冠水」する場所は決まっているのです。
>
>それは「地形図」を見れば一目瞭然なのですが、地理や地学をやっていないと、なかなか判り辛いものなのでしょうね(^^;
>


流石地理・地学を修めた方は目の付け所が違いますね。
私はもう一つ考古学の面でも興味深い面があると思っています。
縄文時代の貝塚が現在の海岸線よりかなり内陸よりに有りますが、縄文海進といってこの当時の海面は現在より5~6メーター高かった。
だから貝塚のあるところはかなり高い所で地層は洪積層。
其処より下は縄文時代海だったところで沖積層。
今回の地震でも液状化は殆ど縄文時代は海だったところで起こっています。

日本の3大貝塚地帯は東京湾周辺・仙台湾周辺、そして伊勢湾・三河湾周辺です。
そして伊勢湾台風の浸水域の波打ち際と貝塚の分布がピッタリ重なっています。豊橋周辺でも多分事情は同じでしょう。
台湾周辺の津波被害も事情は似たようなものではないかと思っています。
  1. 2011-05-28 19:20
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  3. 短足おじさん #79D/WHSg
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仰る通りです。

私の実家も高台にあります。
すぐ傍には「貝塚」も…。

豊橋を流れる「豊川」の氾濫原はとても広大ですが、「豊川放水路」ができたおかげで、かつては田圃しか無かった所に街ができています。

伊勢湾台風以来水害は起きていませんが、ひとたび「水」が入ってくれば、ひとたまりもないでしょうね。


東京は「埋立」によって作られた「人工都市」です。
「江戸城(今の皇居)」から東は、かつては海でした。

今回の震災で、その埋立地である有明や浦安地区が、軒並やられてしまい、私の仕事にも大きな支障をきたしました。

ところが、「旧街道」が通っている場所は高台で、地盤もしっかりしていますから、私の部屋では大きな被害など出なかったのです(^^)
  1. 2011-05-28 20:21
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  3. kuronekosann #79D/WHSg
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To kuronekosannさん
>仰る通りです。
>
>私の実家も高台にあります。
>すぐ傍には「貝塚」も…。
>
>豊橋を流れる「豊川」の氾濫原はとても広大ですが、「豊川放水路」ができたおかげで、かつては田圃しか無かった所に街ができています。
>
>伊勢湾台風以来水害は起きていませんが、ひとたび「水」が入ってくれば、ひとたまりもないでしょうね。
>
>
>東京は「埋立」によって作られた「人工都市」です。
>「江戸城(今の皇居)」から東は、かつては海でした。
>
>今回の震災で、その埋立地である有明や浦安地区が、軒並やられてしまい、私の仕事にも大きな支障をきたしました。
>
>ところが、「旧街道」が通っている場所は高台で、地盤もしっかりしていますから、私の部屋では大きな被害など出なかったのです(^^)
>

そうですか、大震災でも被害軽微でよかったですね。
実は私の息子も今は浦安に居ます。
息子に言わせると新浦安の方は大変だが、浦安駅周辺は大丈夫だとの事。
地盤がシッカリしていればそうなるんですね。

所で話は変わりますが、縄文海進の厳然たる証拠が愛知県に有ります。
豊橋とは三河湾をはさんで反対側、知多半島の内海と言う所です。
名鉄知多新線内海駅の地下13メーター位の所に縄文時代に貝塚が有る。
これが海面が急上昇した証拠です。
以下にエントリーしましたので参考までに。
http://tansoku159.iza.ne.jp/blog/entry/1648626/
http://tansoku159.iza.ne.jp/blog/entry/1652791/
http://tansoku159.iza.ne.jp/blog/entry/1652852/
  1. 2011-05-28 21:59
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  3. 短足おじさん #79D/WHSg
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