2010-12-25 18:24

鰤の季節

寒鰤の美味しい季節になった。

今日昼飯にうどん屋でブリ大根を食べたが、ブリと言うといつも思い出す話がある。

 

最初に鰤の市の話。

<以下Yomiuri onlineより引用>

「塩ブリ市」始まる 高山

威勢の良いかけ声とともに競り落とされる塩ブリ=赤塚堅撮影

 

 年の瀬恒例の「塩ブリ市」が24日、高山市の公設地方卸売市場で始まり、威勢のいいかけ声が響きわたった。今年は、夏の猛暑の影響で水揚げが半年から1か月遅れたものの石川、富山、新潟県で採れた天然ものが豊漁で、競り値は、昨年並みのキロ3500円前後だった。

 塩ブリは飛騨や信州の年越しや正月料理に欠かせない最高級の食材で、保存が利くよう半身のブリに塩を塗り込んである。

 この日、競りにかけられたのは、北陸地方で水揚げされた天然もの20匹。競り人が銀色に輝く長さ1メートル20前後のブリを高々と掲げると、約30人の買い受け人らが次々と競り落としていた。1匹の最高値は7万1550円。30日まで続く市には、計約3900匹が入荷予定だ。

 競り落とされたブリは、市内の料亭やスーパーなどに運ばれる。買い受け業者は、「今月から脂がのっていて良質のブリが入ってきた。景気が良くなってほしい」と話していた。

(2010年12月25日 読売新聞)

 

ブリは出世魚と呼ばれ成長すると呼び名が変わる。

関東ではワカシ、イナダ、ワラサ、メジロ、ブリ。関西ではツバス、ハマチ、メジロ、ブリと変わるがいずれも最大の物はブリである。

飛騨の高山(岐阜県)や信州の松本(長野県)では祝い魚として正月にブリを食べる習慣があり、引用したブリの市は正月用の塩ブリの市。

勿論山国である飛騨の高山でブリが取れるわけではなく、このブリは富山湾でとれたもの。

この季節の寒ブリがアブラがのって一番美味しい。

 

私の思い出とは若い頃スキーに凝っていて正月はいつもスキー場にいた。そのスキー場が高山の奥の流葉スキー場、そして定宿にしていた民宿がこのブリを富山から高山に運んだ街道沿いに有った。

スキーが終わって夜民宿のご主人や奥さんと四方山話をする中にこのブリの話が良く出てきた。そんな事で懐かしい思い出である訳。

 

民宿のご主人曰く、高山から富山に行くには越中西街道(宮川沿い)と越中東街道(神通川沿い)がある。

(この民宿は東街道に面していた)

普段は東街道の方が良く使われるが、雪が深くなると通れなくなる。その時は西街道を使うが今でもその道は大きな車は通れない。

そんな話であった。

 

 

 

昔はこのブリをボッカ(歩荷)が背負って飛騨まで約130キロを2泊3日(中継なら7日)で運んだと言います。

さらに高山で別の業者が買受け、それを信州松本まで美女峠・野麦峠越えで運んだ。

高山から松本まで約120キロ(30里)を雪なら1日3里、雪がなければ1日6里で運んだと言いますから、5日から10日の道のり。

特に野麦峠は難所だったようです。野麦峠の標高は1672メーター、然し昔はこの道が飛騨と松本を結ぶ最短コースだった。

 

 

野麦峠は現在は自動車道があり、舗装もされています。

でも私が始めていった昭和40年代は未だ車道も無く、昔の峠道がそのまま。

 

こんな道でした。

 

そして旧道から見た乗鞍岳

 

現在はお助け小屋も復元され、観光地としてにぎわっている。

 

 でもこの道は今は冬季閉鎖中、しかし昔徒歩で越えた頃は冬の峠越えは大変だっただろう。

お助け小屋はそんな旅人の為の物だったそうだ。

 

でもこんな苦労をして運んだ塩ブリ、富山で一尾がコメ1斗の値段だったものが松本ではコメ1俵の値段で売れたと言う。

1俵は4斗だから4倍の値段になったわけだ。

これなら苦労しても運んだ価値があるのだろう。

 

 

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