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2019-11-11 16:19

マレガ文書、この微妙なるもの


 前回のエントリー「ローマ教皇来日<日本は何故バテレンを追放したのか」でよもぎねこさんから長谷川良氏の記事を紹介していただいた。
法王は訪日で「神」を発見できるか
http://agora-web.jp/archives/2042497.html

此処にとても気になることが書いてある。マレガ文書についてである。

マレガ文書と言っても私も初耳。しかし調べてみるとなかなか曲者だ。

秀吉にしても家康にしても、最初は切支丹に寛大だった。しかし途中から切支丹を問題視するようになる。理由は日本人を奴隷として売買したり(50万人とも言われる)、長崎港をポルトガル領のように占拠したり、神社仏閣を破壊・焼打ちしたりと言ったことが挙げられるが、最大の問題はスペイン・ポルトガルには日本侵略計画があり、宣教師がその先兵だったこと。つまり切支丹追放は日本の防衛上の処置だったということである。

がしかし、マレガ文書は、扱い方によっては日本バッシングに繋がりかねない微妙な問題を含んでいる。マレガ文書に行く前に、マレガ神父が戦前戦後の40年に及ぶ在日期間を通じて収集した古文書の見つかった大分県について、簡単に触れておきたい。

大分県の臼杵地方はかつては臼杵藩だった。ここを中心に大規模な隠れキリシタン摘発が1660年に行われた。豊後崩れと言う。
豊後崩れ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%8A%E5%BE%8C%E5%B4%A9%E3%82%8C

マレガ神父の調査では、臼杵藩内だけで578人が捕縛されたとあり、実際の人数は不明であるが、1000人を超えていると推測されているようだ。

このような切支丹禁制には1638年~39年の天草の乱で幕府の切支丹に対する警戒感がピークだったことがある。特にポルトガル人は日本い来る理由が布教の為なので、1639年にポルトガル人の来航を禁止することとなった。

さてそれでマレガ文書である。

マレガ文書のついては、4年前の記事だがこんな新聞記事が分かりやすい。
以下引用>
http://archive.is/XNGKh#selection-757.0-1089.18
キリシタン弾圧
江戸時代の臼杵藩古文書 マレガ神父収集、バチカンが史料初公開
毎日新聞2015年9月15日 西部朝刊

 【ローマ福島良典】キリスト教カトリックの総本山バチカンの図書館で2011年に見つかった江戸時代のキリシタン禁制に関する臼杵(うすき)藩(現大分県)の古文書などの史料1万数千点の一部がこのほどバチカンで報道陣らに初公開され、藩が監視と統制を強めていくキリスト教弾圧の実態が報告された。
 史料は第二次世界大戦前後を通じ大分県を拠点に活動していたイタリア人宣教師、マリオ・マレガ神父(1902〜78年)が収集した臼杵藩の古文書など。元キリシタンの改宗誓約書や、住民相互監視のための「五人組」の確認書、改宗したキリシタンの子孫「類族」を管理する台帳などが含まれている。
 日本とバチカンの共同研究グループは、21の保存袋に収められていた史料を順次、開封して整理や調査を進めている。11日には「類族」の死亡届や住民の婚姻届が入った「19番」の保存袋がバチカン図書館で報道陣らの前で開封された。
 12日にバチカンで開かれたシンポジウムで、大分県立先哲史料館の佐藤晃洋館長は史料に基づき「キリシタン禁制は改宗者から類族へ、さらに全領民を対象とする民衆統制政策へと変質していった」と指摘し、早稲田大学教育・総合科学学術院の大橋幸泰教授は「潜伏キリシタンは現世を生き抜くため、村社会の一員としての属性の方を優先していた」と論じた。
 フランシスコ・ローマ法王は、禁教下に信仰を守り伝えた日本の潜伏キリシタンをたたえており、シンポジウムにあたり「共同研究により、17世紀初頭の日本におけるキリスト教徒共同体の迫害に関して理解が深まるだけでなく、迫害が社会にどのような影響を与えたのかが明らかになるよう望む」とのメッセージを寄せた。
 マレガ神父が史料を集め、バチカン図書館に収蔵された経緯には不明な点があったが、共同研究の日本側代表を務める国文学研究資料館の大友一雄教授によると、神父が弓道仲間の臼杵藩元家臣から古文書の存在を知り、古本店経由で譲り受けていたことが判明。ローマ法王への寄贈を望む神父が駐日バチカン公使に史料を託し、1953年に横浜からイタリア北部ジェノバに船便で送られたことも分かった。
 史料は電子化された上で2020年までに一般に公開される。
<引用ここまで>


ここからがスペインとポルトガルが何故侵略的だったかということです。

トルデシリャス条約とサラゴサ条約

トルデシリャス条約とは、一言で言うと、地球上に「デマルカシオン」という観念上の縦線(子午線)を引いて、ヨーロッパ以外の新領土についてはその線(西経46度37分)を境に東側はポルトガル領、西側はスペイン領として両国で世界を分捕りましょう、こんな条約です。

大航海時代にスペインとポルトガルは互いに大船団を作って海外進出。その分撮りのテリトリー取り決めでした。更にもう一本縦線が必要になったので、もう一本縦線を取り決めました。
1529年のサラゴサ条約です。この新しい縦線(東経144度30分)で、16世紀の世界は、ヨーロッパや東アジア(日本、中国など)を除きその大半が、トルデシリャス条約とサラゴサ条約という二つの条約によってポルトガル・スペイン両国の勢力圏内に置かれたのです。

デマルカシオンによる分割とスペイン・ポルトガルの世界進出。

2019-11-9スペインポルトガルによる世界分割

これで見ると、日本はスペインとポルトガルの世界分界線で東西に分断されていることが分かります。つまりスペイン・ポルトガルの領土分捕り合戦の対象国だった訳です。
そしてこれがローマ教皇のお墨付きを得ていたこと。これが重要だと思います。
デマルカシオン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%AB%E3%82%B7%E3%82%AA%E3%83%B3

切支丹禁制とは実はこんなスペインポルトガルによる侵略に対する対抗処置だった。こんなことは歴史の教科書にも載っていませんが、これが事実でした。
だからこそ、日本はオランダとは長崎で交易をしていたわけです。

こんな厄介な話の先にマレガ文書がある。そんな所を注意してみていきたいと思います。

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コメント

何処かで聞いたような(笑)

>ヨーロッパ以外の新領土についてはその線(西経46度37分)を境に東側はポルトガル領、西側はスペイン領として両国で世界を分捕りましょう、こんな条約です。

?何処かで聞いた様な見たような?そうかG2の事ですね。
400年経っても変わらない世界でした。
そして兵どもの夢の後になるのですね。

米中戦争の主戦場は南シナ海・東シナ海なのに未だにじぶんのところが主戦場と思ってる韓国北朝鮮。時間は刻々と動いて居ますね。
続きを楽しみに読ませて頂きます。
  1. 2019-11-12 09:51
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  3. ゆうこ #3un.pJ2M
  4. 編集

 ワタシは昔、NHK等で秀吉や家康等がキリスト教を禁止したのは「キリスト教では全ての人が平等なので、封建君主が困るから」と言う珍説を何度も聞かされた覚えがあります。

 高校通信講座でも東照宮の写真を出して「キリスト教になるとこういう物は否定されてしまうので、禁教にした」と言っていました。

 しかしこれ子供が考えてもオカシイのです。
 だって秀吉や家康の時代は、キリスト教圏だって封建社会だし、それどころか現代でも王様や貴族はいるのですから。

 あの珍説はどこから来たんでしょうね?
 GHQの検閲と思想教育の名残でしょうか?

 因みに自国をキリスト教化した君主は、聖人になれます。
 そしてその名を冠した教会に遺体を安置されているわけですから、東照宮と同じなのです。

 こんなの少し西欧史を学べば、誰でもわかるのです。
 だからこれを意図的に隠蔽する日本の歴史学者って何でしょうね?
 
  1. 2019-11-12 10:58
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  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

余計なことを記します

こんにちは。

余計なことを記さてもらいますが、いわゆる「キリスト教」「カトリック」的にいうところの「神」を、日本で言うところの「神」と翻訳したことが、「キリスト教」「カトリック」世界が日本人にとって「何だかよくわからない」事になった、とも言われています。

本来ならば「神」ではなく、「天主」と訳すべきでした。

まあ「主よ、憐みたまえ」というキリスト教の祈りの言葉がありますから、「キリスト教」「カトリック」の信者、使徒からすれば、我々日本人が言うところの「神」とは、間違いなく「人間の主」を指していることは疑いようがないのですが・・・

ちなみに、ご存知かと思いますが、英語表記になりますけれど・・・

ローマ教皇を英語表記では「The Pope」・・ラテン語だと、まさしく「パパ・・ Pāpa」

神父を英語表記では「Father」

完全に「主」「主人」「家主」「家長」を意味しているんですよね。

ついでに、牧師を英語表記では「Minister」
  1. 2019-11-12 11:14
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  3. 裏の桜 #-
  4. 編集

つまらないことを一つ

毎回楽しく読ませてもらっています
割とどうでもいい話なのですが、世界分割図のラインが東経134ぐらいですね
他の資料は140以上が多いのでちょっと珍しく思いました(W46の裏返し?)
東京が140、ニューギニアのラインが141、樺太沖とメルボルンが145ぐらいです
当時は観測でしか位置を特定出来ないので、時刻(日の出?)に頼る東西は結構いい加減です

一応持ちネタも書くと、喜望峰ルートが同年代ですがなぜ喜望峰としか教えない?
極単純に東はインド洋海運(マレー人?)が存在していたから
まだ西洋人は弱小で拠点(寄港地)方式です。それでも十分儲かったようですけど
当時無敵艦隊に代表される西洋主力軍艦はガレー船でした
なぜかこれも教えないことですね(大航海は帆船)
  1. 2019-11-13 05:37
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  3. 通りすがりの2 #XtDHfxHE
  4. 編集

Re: 何処かで聞いたような(笑)

> >ヨーロッパ以外の新領土についてはその線(西経46度37分)を境に東側はポルトガル領、西側はスペイン領として両国で世界を分捕りましょう、こんな条約です。
>
> ?何処かで聞いた様な見たような?そうかG2の事ですね。
> 400年経っても変わらない世界でした。
> そして兵どもの夢の後になるのですね。
>
> 米中戦争の主戦場は南シナ海・東シナ海なのに未だにじぶんのところが主戦場と思ってる韓国北朝鮮。時間は刻々と動いて居ますね。
> 続きを楽しみに読ませて頂きます。



確かにその通りなのですが、シナについてはもっと警戒すべきものが有ります。
それはシナの本音は、いつかはアメリカも自分たちの支配下に置く、つまりシナの統治下に全世界を置きたい。これが100年マラソンの最後の狙いです。
そしてシナは気が付いてしまいました。アメリカは自分たちと同じ「カネの亡者」。だから金さえ与えて居れば自分たちの思うとおりになると。
バイデンなどはまさにその通りの行動をしています。
今思えば、ヒラリーが当選しなかったことは、世界にとって実によかった言わざるを得ません。
  1. 2019-11-13 08:30
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  3. 短足おじさん二世 #-
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To:よもぎねこ さん

>  ワタシは昔、NHK等で秀吉や家康等がキリスト教を禁止したのは「キリスト教では全ての人が平等なので、封建君主が困るから」と言う珍説を何度も聞かされた覚えがあります。
>
>  高校通信講座でも東照宮の写真を出して「キリスト教になるとこういう物は否定されてしまうので、禁教にした」と言っていました。
>
>  しかしこれ子供が考えてもオカシイのです。
>  だって秀吉や家康の時代は、キリスト教圏だって封建社会だし、それどころか現代でも王様や貴族はいるのですから。
>
>  あの珍説はどこから来たんでしょうね?
>  GHQの検閲と思想教育の名残でしょうか?
>
>  因みに自国をキリスト教化した君主は、聖人になれます。
>  そしてその名を冠した教会に遺体を安置されているわけですから、東照宮と同じなのです。
>
>  こんなの少し西欧史を学べば、誰でもわかるのです。
>  だからこれを意図的に隠蔽する日本の歴史学者って何でしょうね?



 GHQによる思想統制は現在も未だ日本を蝕み続けています。
その典型が焚書でしょう。
西尾幹二先生が焚書に関して膨大な著作を書いていますが、西尾先生も日本人はこんな大問題なのに「打てども響かず」と切歯扼腕しています。
しかし残念ながら西尾先生の著作は大きな転換点の第一歩で本番はこれからだったんです。これに続くものが色々出てこないと日本の流れは変わりません。しかもGHQの思想統制、日本貶めはその後もいろんな形で継続しています。
特にクリントン・オバマ両政権(ブッシュ(子)も同じ)における色んな施策は、よく見れがこの方向を向いています。だからこそ「靖国参拝に失望」したりしている訳です。

今私に言えるのは、日本人が草の根レベルで声を上げ続けることでしょう。
その活動で、日本に巣食うグローバリストの僕を一人ずつ洗脳から説いていく必要があると思います。
  1. 2019-11-13 09:23
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  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

Re: 余計なことを記します

> こんにちは。
>
> 余計なことを記さてもらいますが、いわゆる「キリスト教」「カトリック」的にいうところの「神」を、日本で言うところの「神」と翻訳したことが、「キリスト教」「カトリック」世界が日本人にとって「何だかよくわからない」事になった、とも言われています。
>
> 本来ならば「神」ではなく、「天主」と訳すべきでした。
>
> まあ「主よ、憐みたまえ」というキリスト教の祈りの言葉がありますから、「キリスト教」「カトリック」の信者、使徒からすれば、我々日本人が言うところの「神」とは、間違いなく「人間の主」を指していることは疑いようがないのですが・・・
>
> ちなみに、ご存知かと思いますが、英語表記になりますけれど・・・
>
> ローマ教皇を英語表記では「The Pope」・・ラテン語だと、まさしく「パパ・・ Pāpa」
>
> 神父を英語表記では「Father」
>
> 完全に「主」「主人」「家主」「家長」を意味しているんですよね。
>
> ついでに、牧師を英語表記では「Minister」



余計なことでは無く、とても大事なご指摘、有難う御座います。
実はカトリックでは戦前から神ではなく「天主」でした。だからいまでの教会の名前などに残っています。
例えば長崎の大浦天主堂、浦上天主堂などです。でも調べてみたら1950年代にカトリックが天主を神に変えたようです。
しかしこれは誤訳と言うより、「意図的な改変」でしょう。これで日本の神とキリスト教の天主が同一視されてしまったわけですから。

尚私はタイでもカトリックの教会が有るので見ていますが、天主と漢字で書いてありました。中国語ではいまだに天主なのだともいます。
  1. 2019-11-13 09:32
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

Re: つまらないことを一つ

> 毎回楽しく読ませてもらっています
> 割とどうでもいい話なのですが、世界分割図のラインが東経134ぐらいですね
> 他の資料は140以上が多いのでちょっと珍しく思いました(W46の裏返し?)
> 東京が140、ニューギニアのラインが141、樺太沖とメルボルンが145ぐらいです
> 当時は観測でしか位置を特定出来ないので、時刻(日の出?)に頼る東西は結構いい加減です
>
> 一応持ちネタも書くと、喜望峰ルートが同年代ですがなぜ喜望峰としか教えない?
> 極単純に東はインド洋海運(マレー人?)が存在していたから
> まだ西洋人は弱小で拠点(寄港地)方式です。それでも十分儲かったようですけど
> 当時無敵艦隊に代表される西洋主力軍艦はガレー船でした
> なぜかこれも教えないことですね(大航海は帆船)



緯度経度は航海にとって非常に重要なのですが、緯度は簡単に測定できるが経度は実に難しい。
日本でいえば、伊能忠敬の地図は正確な事で知られていますが、経度は江戸が基準になっています。

所でインド洋航海といえばダウ船ですね。この船は簡単なのに性能は素晴らしい。このダウ船はインド洋からマラッカ海峡を越えて中国広東あたりまで進出しています。

  1. 2019-11-13 19:20
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  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

 こんにちは、故郷に関連した話題が出てきたのでいつも以上に興味深く読ませていただきました。信仰を理由に人々が迫害を受けるのは悲しいことですね。
 
 しかし、キリスト教徒側の言動もその原因となったのは間違いないでしょう。短足さんのおっしゃる通り、人身売買に神社や寺への破壊活動、土地の占領、反発を受けない方がおかしい。

 イエズス会という、過激な修道会に布教を任せればその土地の人々から反発が起こるのは想像できたはずなのに。
 ヴァチカンとしては地球の裏側で布教が成功して、ポルトガルなりスペインの植民地になれば儲けもの、失敗に終わったとしても邪悪な異教徒からの迫害に負けず信仰を守った異国の殉教者達を宣伝できます。どちらにせよ損はないですね。
  1. 2019-11-18 12:34
  2. URL
  3. トヨノホシ #-
  4. 編集

To:トヨノホシさん

>  こんにちは、故郷に関連した話題が出てきたのでいつも以上に興味深く読ませていただきました。信仰を理由に人々が迫害を受けるのは悲しいことですね。
>  
>  しかし、キリスト教徒側の言動もその原因となったのは間違いないでしょう。短足さんのおっしゃる通り、人身売買に神社や寺への破壊活動、土地の占領、反発を受けない方がおかしい。
>
>  イエズス会という、過激な修道会に布教を任せればその土地の人々から反発が起こるのは想像できたはずなのに。
>  ヴァチカンとしては地球の裏側で布教が成功して、ポルトガルなりスペインの植民地になれば儲けもの、失敗に終わったとしても邪悪な異教徒からの迫害に負けず信仰を守った異国の殉教者達を宣伝できます。どちらにせよ損はないですね。



初めまして、コメント有難う御座います。
九州に切支丹が多いのは、これは私の推測ですが、九州が永らく内戦状態だった。だから大名の領地では年貢の取り立てが厳しく、領民は疲弊していたのではないか。そんな気がします。(あくまで推測です)
そんな事例として天草の事例を調べたことが有ります。
天草では実際の石高は2万1千石しかないのに4万2千石にしてしまった。当時は獲れたコメの4割から6割を上に収めていたのに、これでは収穫全部を差し出せというようなもの。これでは百姓は生きていけません。これが天草の乱の原因でした。
恐らくほかの地方でもこんな事が行われていたのではないかと推測する訳です。

経済を知らない為政者がいると酷い目に合うのは昔も今も同じですね。
  1. 2019-11-19 19:08
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  3. 短足おじさん二世 #-
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