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2019-11-07 10:35

ローマ教皇来日<日本は何故バテレンを追放したのか


 ローマ教皇(法王)が今月来日すると報道されている。親日家としても知られるローマ教皇、まあ歓迎という所なのだが、ちょっと待てよと言う部分もある。特に秀吉の伴天連(バテレン)追放に関連する話が出て、政治的に悪用されないか、マスゴミに踊らされないかが気になる。

最初に、それを報ずる朝日新聞の報道から。

<以下朝日新聞デジタルより引用>
https://www.asahi.com/articles/ASMB134QJMB1TOLB003.html
ローマ法王、長崎爆心地で核兵器廃絶メッセージ検討
榎本瑞希 2019年10月1日11時36分

 11月23~26日に訪日するローマ・カトリック教会のフランシスコ法王(82)が、74年前に原爆が炸裂(さくれつ)した直下にあたる長崎市の爆心地公園で、核兵器廃絶に向けたメッセージを出すことを検討している。1日、関係者への取材で分かった。

 関係者によると、24日は爆心地公園のほか、豊臣秀吉のキリシタン弾圧によって宣教師や信徒が1597年に処刑された日本二十六聖人殉教の地、西坂公園への訪問も検討している。午後1時半からは長崎市の長崎県営野球場でミサを執り行う予定。

 法王が国家元首を務めるバチカンは、2017年に国連で採択された核兵器禁止条約にいち早く署名、批准した国の一つ。1981年に来日した法王ヨハネ・パウロ2世は広島市の平和記念公園を訪れ、「戦争は人間のしわざです」「広島を考えることは、核戦争を拒否することです」などとする「平和アピール」を発していた。
<引用終り>

最初に
豊臣秀吉のキリシタン弾圧によって宣教師や信徒が1597年に処刑された日本二十六聖人殉教の地、西坂公園への訪問
この事です。

これだけ聞くと何となく秀吉は悪いことをしたんだなあ、こんな印象を受けると思います。
しかし問題なのは、この当時の国際情勢で、スペイン・ポルトガルなどがキリスト教布教を武器にして、アジアの植民地化を計画していたこと。これを忘れてはいけません。

更に厄介なのは、当時九州は統治が混乱していた。そして火薬欲しさに住民を奴隷として売り飛ばしたりしていた(火薬ひと樽で娘50人とか)。

こんな事情を折角ローマ教皇が来てくれたので、日本が切支丹追放に踏み切らざるを得なかった事情を勉強してみたいと思います。
日本が江戸時代を通じて何故キリシタンを拒絶していたのか、そんな事が原罪に繋がると思います。


さてその事情を「しばやんさん」が今までの記事を纏め、こんな本を出版されました。

しばやん (著)

私もこの本、買いたいと思っていたので、丁度いい機会で早速注文しました。

所でこの話は日本の敗戦直後、GHQの焚書の対象になっていたという問題が有ります。
これも「しばやんさん」が纏めているので、大変分かりやすいので引用します。

秀吉の伴天連追放令と朝鮮出兵の背景を考える~~GHQ焚書とされた秀吉の伝記を読む1

<以下上掲記事より抜粋引用>

ネットで一部が公開されるようになったGHQ焚書
第二次大戦後に日本に進駐してきた占領軍(GHQ)が、昭和二十一年から二十三年(1946~48年)にかけて、当時わが国で流通していた書籍のうち7769タイトルの単行本やパンフレットを廃棄して日本人に読ませないようにしたのだが、幸いにもGHQは国立国会図書館の蔵書には手を付けなかった。
・・・中略・・・
最近GHQが焚書処分としたリストである『連合国軍総司令部指定 没収指定図書総目録』を入手したので、『国立国会図書館デジタルコレクション』の検索機能を使って一冊ずつ検索をかけ、ネットで読める本がどれだけあるかを調べていた。
このたびその作業が終了したことをこのブログに書いたが、ネット環境さえあれば、GHQが焚書処分した本全体の27%にあたる2136タイトルの本が、誰でもPCで読むことができる状態になっているのである。

・・・中略 詳細は上掲リンク先参照ください・・・

秀吉がなぜ伴天連を追放したのか
『連合国軍総司令部指定 没収指定図書総目録』のp.289に「豊臣秀吉」という本がリストアップされている。
著者名は空欄だが、出版社は講談社で昭和十九年に発行されている書物は、加藤武雄著『豊臣秀吉. 下卷』しかありえない。この本は装丁からして少年少女向けの本であるが、GHQからすれば子供向けの本は特に念入りにチェックをして選んだものと思われる。

・・・中略・・・

最初に、秀吉が天正十五年(1587年)に伴天連追放令を出した場面を紹介しよう。

<以下が「加藤武雄 著『豊臣秀吉. 下卷』の引用部分>
 秀吉も、これまで、このキリシタン流行を大目に見ていた。いや、秀吉も外国貿易の利益を知っていたから、そのために、宣教師を利用しようとしていた。

 が、九州平定に出かけて来て、実際のようすを見ると、これはいけないと気が付いた

 宣教師は、ほんとうに、心から神を信じ、神の道を伝えることを尊いつとめだとして、一生けんめいにやっているのかもしれない。しかし、宣教師のうしろには、その国に食いこんで、その国を自分の自由にしようとする政府がいる。つまり、宗教をえさにして、ひとの国を侵略しようというのだ宣教師は、その侵略のお先棒に使われているのだ。

 ポルトガル、イスパニア(スペイン)等の西洋諸国は、その流儀で、東洋の諸国を侵略している。フィリピンもこの手でやられたのだ。当時フィリピンは、イスパニアのものとなり、イスパニア政府の総督で治められていたが、九州諸大名の内輪争いにつけこんで、フィリピンの手がのびてきたら、あるいは、九州は、フィリピン同様、イスパニアのものとなってしまったかも知れないのである。

 肥前の長崎は、大村の領地であるが、大村は名うてのキリシタン大名で、長崎はキリシタンの本元のようなところになっていた。大村が隣の龍造寺と戦い、戦争の費用に困った時、外国人のキリシタンから金を借り、その抵当として長崎を外国人にやってしまった。で、長崎は、その頃、外国人の土地になってしまっていた。日本の土地を外国人に質に入れる――めちゃとも無法ともいいようのない話である。これを知った秀吉はかんかんになって怒った。

 それからもう一つこういうことがある。ポルトガル人やイスパニア人は日本の民百姓が生活に困って居るにつけこんで、一人いくらという安い金で買い取り、牛馬のようにこきつかったり、また、遠い国へつれて行って、奴隷に売ったりしている。愛を説き、慈悲を説く宣教師どもは、それを見て見ぬふりをしている。こういうことがらも、ひどく秀吉をおこらせたのである。

 これはいかん、キリシタンなどをはびこらせていると、日本の国があぶなくなる。

 こう気がついた秀吉は、だんぜん、天主教禁止、キリシタン追いはらいの命令を下した。外国からやって来ている宣教師どもは、むこう六箇月間に、日本の土地から立ちのけという厳命である。

(加藤武雄 著『豊臣秀吉. 下卷』講談社p.24-26)
<上掲書の引用部分は此処まで>

領土を担保に金を貸し返済が出来なかったら領土を奪っていく手法は、今も何処かの国が実際に用いている古典的な手法だが、長崎はこのやり方でイエズス会の所有となったことは史実である。また宣教師が「侵略のお先棒に使われて」きたことについては多くの文書が残されており疑いようがない。多くの日本人が奴隷として海外に売り飛ばされたこともまた史実であり、この文章には触れられていないが、キリシタンにより多くの寺社や仏像などが焼き払われたという記録もある。しかしながらわが国では、戦後の長きにわたりこれらの史実を語ることはタブーとされてきたのである。

<引用ここまで>





終り

  1. 歴史
  2. TB(0)
  3. CM(8)

コメント

ローマ少年使節団も旅の途中で多くの日本人奴隷をみたという記録が存在します。
日本人女性は色白従順で高値で売買されたようです。たしか、スペインだか、ポルトガルでは苗字が「ハポン」という家があるそう。子孫??
綺麗ごとばかりを教える教育は嘘でしょうが、現実は勝者に好都合に歴史は書き換えられています。
例えば、マッカーサーがフィリピン再上陸するときにフィリピン人を大量虐殺しましたが、驚くべきことに普通のフィリピン人は知りません。普通のミャンマー人はスーチーがイギリスの007と結婚したことさえ知りません。


実は、高校生の頃、県立図書館へ行く途中で広島駅から平和公園に向かうヨハネパウロ二世のリムジン隊列に出くわしました。自転車を降りて、みていましたが、リムジンのなかから法王が手を振っていました。今考えるとすごい(?)偶然だなと思います。
その何か月後か、広島そごうというデパートで開かれたバチカン展に出かけました。また、20世紀の終わり位にはバチカンを見物しました。システィナ礼拝堂にはカメラ禁止となっていますが、ツーリスト(ほとんど白人)はカメラ禁止の表示は無視してシャッター音が鳴り響いていたのが印象に残っています。ルール無視。日本なら、カメラ禁止の表示があればカメラを使う人はいないでしょう。

21世紀にオバマが広島訪問しましたが、その直前に超小型核兵器開発に巨額の予算を投入することを合意しています。広島市長はいつも能天気な絵空事ばかりいっています。主語は「全員」とか。きれいごとばかり。しかし、綺麗ごと以外の事実は報道されません。が、今の便利な世の中にはWEBがありますから、知ろうとすれば知ることができるようになりました。まったく・・やりたいことが多い飽きない世の中になってしまいました。長生きしても健康ならば退屈することは決してないと思います。
  1. 2019-11-07 12:42
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  3. NINJA300 #/xzFVZWc
  4. 編集

To:NINJA300 さん

> ローマ少年使節団も旅の途中で多くの日本人奴隷をみたという記録が存在します。
> 日本人女性は色白従順で高値で売買されたようです。たしか、スペインだか、ポルトガルでは苗字が「ハポン」という家があるそう。子孫??
> 綺麗ごとばかりを教える教育は嘘でしょうが、現実は勝者に好都合に歴史は書き換えられています。
> 例えば、マッカーサーがフィリピン再上陸するときにフィリピン人を大量虐殺しましたが、驚くべきことに普通のフィリピン人は知りません。普通のミャンマー人はスーチーがイギリスの007と結婚したことさえ知りません。
>
>
> 実は、高校生の頃、県立図書館へ行く途中で広島駅から平和公園に向かうヨハネパウロ二世のリムジン隊列に出くわしました。自転車を降りて、みていましたが、リムジンのなかから法王が手を振っていました。今考えるとすごい(?)偶然だなと思います。
> その何か月後か、広島そごうというデパートで開かれたバチカン展に出かけました。また、20世紀の終わり位にはバチカンを見物しました。システィナ礼拝堂にはカメラ禁止となっていますが、ツーリスト(ほとんど白人)はカメラ禁止の表示は無視してシャッター音が鳴り響いていたのが印象に残っています。ルール無視。日本なら、カメラ禁止の表示があればカメラを使う人はいないでしょう。
>
> 21世紀にオバマが広島訪問しましたが、その直前に超小型核兵器開発に巨額の予算を投入することを合意しています。広島市長はいつも能天気な絵空事ばかりいっています。主語は「全員」とか。きれいごとばかり。しかし、綺麗ごと以外の事実は報道されません。が、今の便利な世の中にはWEBがありますから、知ろうとすれば知ることができるようになりました。まったく・・やりたいことが多い飽きない世の中になってしまいました。長生きしても健康ならば退屈することは決してないと思います。




少年使節団は日本人奴隷を見て驚いたでしょうね。
この少年使節団が出発したのは1582年(帰国は1590年)、丁度この頃、九州一帯では盛強な戦国大名三者(大友・龍造寺・島津の三氏)による三つ巴の抗争が展開されており、その過程で火薬欲しさから人を奴隷として売り飛ばしていた、そんな事情です。その状態を解決するため、秀吉の九州平定がありました。この平定でバテレンの非道に気が付いた秀吉がバテレン追放を決めました(1587年)。この時、ポルトガル領のようになっていた長崎港も取り戻しました。
奴隷売買はバテレン追放(1587年)で終わったと思います。但し一度売り飛ばされた人たちは帰れたとは思えない。その人たちのその後は謎ですね。

もう一つ、スペインにハポン姓に人がいるのはスペイン南部ですが、ここは仙台の伊達政宗が送った支倉常長の使節団が滞在した地域。この使節団の出発は1613年で、少年使節団の出発から30年後です。
ハポン姓の人は赤ちゃんの時「蒙古斑」があるそうで、これはモンゴロイド特有のものなので、日本人の子孫間違いないでしょう。

それからオバマの広島訪問、これはオバマの偽善者ぶりの証拠ですが、それでも歴代で初めてヒロシマに来たことは評価してもいいかもしれません。
でもオバマはノーベル平和賞を剥奪せねばいけないくらいダメ大統領。恐らくトランプが2期目も大統領なら、歴代民主党大統領の悪事を暴くでしょう。
  1. 2019-11-07 18:55
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  3. 短足おじさん二世 #-
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 法王来日についてアゴラにこんな記事がありました。

 法王は訪日で「神」を発見できるか
 http://agora-web.jp/archives/2042497.html

>キリシタン迫害の状況は遠藤周作の小説「沈黙」を読んでいる日本人読者ならばその概要が分かる。踏み絵を強要され、改宗しなければ処刑されていった。日本のキリシタン迫害はキリスト教圏の欧米諸国のそれに比べても異様であり、徹底していた。それだけに、欧米出身の宣教師もマレガ文書を読んでショックを受けるという。

 こんな事言われると呆れちゃうしかありません。

 欧米はキリスト教圏でしたから、勿論「キリスト教」を理由での迫害はありませんでした。

 しかし異教徒には何をしてきたのか?

 イスラム教には十字軍など戦争を仕掛けてきました。
 異教徒は捕まえて奴隷にしても構わりという発想から、奴隷狩りまでやったのです。

 そして同じキリスト教徒同士でも、異端とされた人達への迫害は酸鼻を極めました。
 
 キリスト教も最近ではこういう事を少しは反省しているのかと思っていたのですが、しかしこれを見ると全然反省してないのがよくわかります。

 天皇即位の礼にもキリスト教団体が「宗教の自由に反する」と反対していましたが、古い伝統を持つ儀礼にまでこんな事をいうのですから、結局彼等は非キリスト教世界の文化を尊重する気なんか皆無で、今も脳内は十字軍時代、宗教戦争時代そのままだと思うしかありません。
  1. 2019-11-08 10:14
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  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

ありがとうございます

拙ブログを紹介いただきありがとうございます。また拙著まで購入いただき感謝いたします。

65歳で会社を辞めて、ドメインを取得して新しいブログを立ち上げましたが、まだまだ記事の数が少なくて、なかなかアクセス数が伸びずに苦戦しています。
新しいブログでは、GHQ焚書処分された歴史書や戦前の書物などを紹介しながら、戦後どのような史実が日本人に封印されているかを明らかにしていく所存です。時々覗いていただくと有難いです。

  1. 2019-11-08 10:38
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  3. しばやん #-
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須田慎一郎が虎ノ門ニュースでダンテの神曲の話をしていました。地獄めぐりの話です。

天国への近道は地獄を抜けることなのですが、どんどん地下へ地獄の深層へいくと、一番深い部分のコキュートス付近には、異教徒がいるようです。
異教徒っていうのは、キリスト教徒にとっては地獄の底の底にいる存在なんですねえ。
だから、インディアンを騙し討ちにしても、アフリカ人の人生を踏みにじって奴隷にしても、植民地支配をしまくっても、アラビア人を殺しまくっても、ゴッドにかけて罪悪感はないというわけです。
  1. 2019-11-08 13:12
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  3. NINJA300 #/xzFVZWc
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To:よもぎねこ さん

>  法王来日についてアゴラにこんな記事がありました。
>
>  法王は訪日で「神」を発見できるか
>  http://agora-web.jp/archives/2042497.html
>
> >キリシタン迫害の状況は遠藤周作の小説「沈黙」を読んでいる日本人読者ならばその概要が分かる。踏み絵を強要され、改宗しなければ処刑されていった。日本のキリシタン迫害はキリスト教圏の欧米諸国のそれに比べても異様であり、徹底していた。それだけに、欧米出身の宣教師もマレガ文書を読んでショックを受けるという。
>
>  こんな事言われると呆れちゃうしかありません。
>
>  欧米はキリスト教圏でしたから、勿論「キリスト教」を理由での迫害はありませんでした。
>
>  しかし異教徒には何をしてきたのか?
>
>  イスラム教には十字軍など戦争を仕掛けてきました。
>  異教徒は捕まえて奴隷にしても構わりという発想から、奴隷狩りまでやったのです。
>
>  そして同じキリスト教徒同士でも、異端とされた人達への迫害は酸鼻を極めました。
>  
>  キリスト教も最近ではこういう事を少しは反省しているのかと思っていたのですが、しかしこれを見ると全然反省してないのがよくわかります。
>
>  天皇即位の礼にもキリスト教団体が「宗教の自由に反する」と反対していましたが、古い伝統を持つ儀礼にまでこんな事をいうのですから、結局彼等は非キリスト教世界の文化を尊重する気なんか皆無で、今も脳内は十字軍時代、宗教戦争時代そのままだと思うしかありません。




情報有難う御座います。
アゴラの記事の長谷川良氏はウイーン在住で、現地情報には明るいのですが、時々妙な事も言います。
このマレガ文書もそんな話と思います。
Wikiを見ればわかりますが、マレガ神父が約40年の日本滞在の間に収集した古文書(勿論日本語)をバチカンに戦後まもなく送ったのが忘れられ、再発見されたのが2011年。
多分古文書にはマレガ神父の訳なり解説なりが添付されていると思うのですが、何せ原本は日本語の古文書。だから読むと言っても上滑りではないかと思います。
古文書の中心は多分1660年の「豊後崩れ」と言われるものが多いと思います。豊後崩れは最後の大規模な切支丹摘発でした。
しかし当時の社会情勢を見ないと実態は読めないと思います。
豊後崩れの背景は大坂夏の陣(1615年)で徳川の天下統一は完成したのですが、部分的には不平不満が渦巻いていた。そんな時起ったのが島原の乱(1638~39年)。この島原の乱には裏にポルトガル人が絡んでいたと言われていますが、いろんな問題から1639年にはポルトガル人来航禁止。
こんな背景の中で、更に20年後に発覚したのが豊後崩れでした。

もう一つ、当時のスペインとポルトガルはローマ教皇のお墨付きをもらって、世界のスペインポルトガル両国で支配しようとしていました。この両国の野心に気が付いたのが豊臣秀吉。
この外交方針は徳川幕府にも継承されています。

切支丹弾圧はそんな日本の独立を賭けた戦いだったのです。
そんな事を理解したうえで、ローマ教皇来日を読み取らないといけないのではないかと思います。
尚スペインポルトガルの日本侵略の野心については、次回エントリーするつもりです。
  1. 2019-11-10 17:30
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
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Re: ありがとうございます

> 拙ブログを紹介いただきありがとうございます。また拙著まで購入いただき感謝いたします。
>
> 65歳で会社を辞めて、ドメインを取得して新しいブログを立ち上げましたが、まだまだ記事の数が少なくて、なかなかアクセス数が伸びずに苦戦しています。
> 新しいブログでは、GHQ焚書処分された歴史書や戦前の書物などを紹介しながら、戦後どのような史実が日本人に封印されているかを明らかにしていく所存です。時々覗いていただくと有難いです。



GHQについては、私も大いに興味があります。
楽しみに待っています。
  1. 2019-11-10 19:43
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  3. 短足おじさん二世 #-
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To:NINJA300 さん

> 須田慎一郎が虎ノ門ニュースでダンテの神曲の話をしていました。地獄めぐりの話です。
>
> 天国への近道は地獄を抜けることなのですが、どんどん地下へ地獄の深層へいくと、一番深い部分のコキュートス付近には、異教徒がいるようです。
> 異教徒っていうのは、キリスト教徒にとっては地獄の底の底にいる存在なんですねえ。
> だから、インディアンを騙し討ちにしても、アフリカ人の人生を踏みにじって奴隷にしても、植民地支配をしまくっても、アラビア人を殺しまくっても、ゴッドにかけて罪悪感はないというわけです。



神曲ですか、私は神曲は名前を知るだけ。そんな所に異教徒が地獄の底に落ちていると書かれている。
なるほど、十字軍の歴史を持ったところですね。
こんな歴史が、その後の大航海時代の海外侵略へと姿を変えた。その精神的バックボーンがキリスト教、ローマ教皇だった訳ですね。
この歴史がアメリカにわたって、原住民虐殺や黒人奴隷、そして最後が弁駁による虐殺と繋がる。
良く分かりました。歴史は残酷なものですね。
  1. 2019-11-11 06:26
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