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2019-06-23 09:23

平成は左傾化の時代から始まった


 産経新聞の名物記者、阿比留瑠偉さんがご自身のFBに面白いことを書いている。(6/19付)
平成の30年を振り返ると、最初の10年は猛烈な左傾化の時代だったが、そんな事が良く分かる時代だと思う。
丁度いい事例なので記録のためアップします。
尚、阿比留瑠偉さんは昭和41年(1966年)生まれ、丁度社会人として仕事を始めた時期が平成と重なります。

<以下引用>

https://www.facebook.com/rui.abiru/posts/2499030780141558
Rui Abiru
June 19 at 11:45 PM · 
以前も似たようなことを書いたことがありますが、私が新人記者だった30年近く前には、マスコミの主流・本流の左派や和式リベラルの人たちと違うことを書くと、地元紙の先輩記者らに「だからお前はバカなんだ」などと面罵されたものでした。東北の地方都市を歩くと、電信柱に革マルあたりが「ブルジョア産経新聞」とか、冗談にもならないビラを貼り付けていることもありました。

 朝日新聞が主催する夏の甲子園大会の地区予選に取材に行き、国旗掲揚・国歌斉唱時に立つと、他紙の同期記者から指を指されて笑われもしました。当然、お前の言動のほうがおかしいと思うわけですが、言っても虚しい時代でした。居酒屋で一人で飲んでいて、大将と北朝鮮はとんでもない国だと話していると、「北朝鮮はそんな国ではない!」と知らない客に怒鳴られたこともあります・

 政治部に配属された約20年前にも、ある政党のパーティーで国家斉唱時に歌うと、民放テレビ局の女性記者に「勇気がありますね」と感心(?)されたのでした。ホント、苦々しくもアホらしい思いを抱えての記者生活でした。

 実際、左派・和式リベラルの連中は同業他社でも政治家でも、常に上から目線で、自分たちは良心的で正しいけど、それ意外の意見は反動的で愚かで野蛮だという意識を隠そうともしませんでした。実は何の根拠もないのに。人をバカにするだけの何が彼らにあったのでしょうか。

 今でも、彼らはこの業界や一部界隈では強い勢力を持っています。しかし、以前とは全く違いますね。実害があるので無視はなかなかできませんが、実態としてはぐだくだに弱っています。自業自得ですね。やりたい放題にデタラメを続けてきたツケが回ってきたということでしょう。

<引用終り>


この阿比留瑠偉さんの体験談は非常に重要だと思います。こんな事がまかり通って日本を暗くし、最後にはあの「悪夢の民主党政権」へと繋がり、その後遺症は今もなお日本中に蔓延っています。

この問題の淵源をたどれば、GHQの占領政策に有るのは間違いありませんが、それだけではこんな左傾化の原因は分かりません。ここに焼け木杭(ヤケボックイ)に火をつけるどころか、火の気もない所に火をつけまくった連中(朝日新聞など)がいるのですが、この件はいずれまた別の機会に。
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コメント

理論武装の時代は終わった

ベルリンの壁が崩壊して、共産主義に対する信頼性が萎えた時期がありました。

そこで私は代々木の共産党本部にメールして、自分は経済学を学んだ者だが、マルクス経済がほゞ失われた昨今、共産主義を知るうえでマル経に代わりどのような参考書を読めばいいかと質問したことがあります。

そうしましたら党委員長であった不破哲三氏の著書を読んでくれとの返信をもらいました。

それで共産主義は経済的理論武装はなくなったのだな、と思いました。

「大企業から税をとり、国民に分配せよ」と十年一日の主張を繰り返す彼らは、理念なき政党に転落したと言わざるを得ません。
しかし左翼の言葉は美しいですから、善男善女はたやすく騙されます。
  1. 2019-06-23 18:58
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  3. 相模 #-
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Re: 理論武装の時代は終わった

> ベルリンの壁が崩壊して、共産主義に対する信頼性が萎えた時期がありました。
>
> そこで私は代々木の共産党本部にメールして、自分は経済学を学んだ者だが、マルクス経済がほゞ失われた昨今、共産主義を知るうえでマル経に代わりどのような参考書を読めばいいかと質問したことがあります。
>
> そうしましたら党委員長であった不破哲三氏の著書を読んでくれとの返信をもらいました。
>
> それで共産主義は経済的理論武装はなくなったのだな、と思いました。
>
> 「大企業から税をとり、国民に分配せよ」と十年一日の主張を繰り返す彼らは、理念なき政党に転落したと言わざるを得ません。
> しかし左翼の言葉は美しいですから、善男善女はたやすく騙されます。



不破哲三の著書ですか。それから30年、共産党は全く変わっていません。
今では不破哲三教ですからねえ。
不破哲三教を実践したモデル国家はシナ、ベトナム、キューバでしたが、この3国、これからどうなるか見ものです。
ベトナムは聡明な指導者を得て、独裁政治の良い面がでましたが、その指導者がもう老い先短い。

それから「左翼の言葉は美しい」、凄いですね。事の本質をズバリ言っています。
その美し気な言葉にいまだに騙される人のいかに多い事か。むずかしい問題です。
  1. 2019-06-24 06:50
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  3. 短足おじさん二世 #-
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平成は右傾化も進行していないか

私の感覚から言えば、平成は右傾化と左傾化が同時に進行し、両者の対立した時代と言えるのではないかと思います。
左傾化の根本原因は経済の停滞であろうと推測します。もう一つは戦後史観で育った連中が国家の中枢に入り始めたからでもあろうと思います。
右傾化の原因はインターネットの普及にあると思います。右傾化と言いましても、ただ過度に左傾化しないように歯止めをかける勢力の伸張と言えるのかもしれませんが、大きな理由は、インターネットの普及によって情報の共有と検索が容易になり、日本人に対して隠されていた情報が露見し始め、その影響で日本の現代史が書き換えられる可能性が出てきたことであると感じます。
ベトナム戦争は昭和ですが、この頃よりメディアはおかしいとささやかれていました。日米戦争の解釈が間違っているともささやかれていました。
ネットが普及してからマッカーサーの議会での証言が明らかになり、特攻隊は実は大きな被害を米軍に与えていたことも解り、また朝鮮戦争の実態が知られてきて、最後にヴェノナ文書の存在が江崎氏の努力によって日本人にも知られるようになり、日米戦争いや第二次世界大戦に対する歴史的意味づけが混沌としてきたのが平成ではないか。そして令和時代には日米戦争の意味が確定するのではないかと考えます。


  1. 2019-06-24 11:09
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  3. 縄文人 #wM6nolEE
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左傾化ではなく左倒

日本には、左倒サンが多いですからねw

日本の左の方に平伏低頭している象形文字で表せるでしょう。
リベラルですらないです。

左倒から見れば、左翼になっても右傾化に見えるわけです。

  1. 2019-06-24 12:36
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  3. 勃ちあがれ日本人 #-
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「平成」天皇」

悠仁親王の家庭教師(昭和の歴史を教える)に半藤一利氏がなるようです。
昨年 侍従から依頼があって引き受けたと言っています。
侍従からと言っても、当然上皇はOKしたのでしょうね。
保守派の人達は上皇を持ち上げますが私は全く評価していません。
8人子供が生まれても、すべて女の子であったら、昭和天皇なら手を打っていたと思います。
秋篠宮が決断していなかったらどうなっていたか、そんなこともわからない天皇なのです。
4月28日の主権回復の日が1回で終わりになったのも天皇が止めさせたと思っています。
令和に代わって良くなるか。
  1. 2019-06-24 14:12
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  3. 八目山人 #-
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Re: 平成は右傾化も進行していないか

> 私の感覚から言えば、平成は右傾化と左傾化が同時に進行し、両者の対立した時代と言えるのではないかと思います。
> 左傾化の根本原因は経済の停滞であろうと推測します。もう一つは戦後史観で育った連中が国家の中枢に入り始めたからでもあろうと思います。
> 右傾化の原因はインターネットの普及にあると思います。右傾化と言いましても、ただ過度に左傾化しないように歯止めをかける勢力の伸張と言えるのかもしれませんが、大きな理由は、インターネットの普及によって情報の共有と検索が容易になり、日本人に対して隠されていた情報が露見し始め、その影響で日本の現代史が書き換えられる可能性が出てきたことであると感じます。
> ベトナム戦争は昭和ですが、この頃よりメディアはおかしいとささやかれていました。日米戦争の解釈が間違っているともささやかれていました。
> ネットが普及してからマッカーサーの議会での証言が明らかになり、特攻隊は実は大きな被害を米軍に与えていたことも解り、また朝鮮戦争の実態が知られてきて、最後にヴェノナ文書の存在が江崎氏の努力によって日本人にも知られるようになり、日米戦争いや第二次世界大戦に対する歴史的意味づけが混沌としてきたのが平成ではないか。そして令和時代には日米戦争の意味が確定するのではないかと考えます。



確かに左だけでは無い、右にも向かっています。この右への動きは戦後教育を受けた世代が世にでてきて、戦前教育を受けた人がいなくなるのと関連が有ると見ていますが、私自身纏めきれません。

もう一つ、これは皆さんあまり言わないのですが、昭和の終わりころから、日本は第二の日米戦争に巻き込まれたと思っています。その端緒は多分ロックフェラービル買収問題。1989年(平成元年)10月でした。
これを契機にして、アメリカの反日は猖獗を極めます。そこへ湾岸戦争(1990年8月イラクのクウェート侵略、1991年1月のイラク空爆など)。これで日本は憲法を盾にとって参加しなかった。これもまたアメリカから猛烈なバッシングを受けます。
そしてクリントン政権による反日政策へと繋がります。

このクリントン当時の反日についてこんなエントリーをしました。
「アメリカの反日とはこんな考え方 2015-01-21 10:53」
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1056.html

そこにこんなことを書きました。
 当時のアメリカのエリート層の議論には大きく3つのポイントがあった。1つは冷戦で巨大化した軍隊をどのようにダウンサイズするか。2つ目は3万人にも膨れ上がった核兵器の技術者を今後どう処遇していけばいいのか。3つ目は冷戦時に対ソ監視に重点を置いてきた情報機関、諜報網をどうするのかの3点である。
 1992年1月、当時のCIA長官ロバート・ゲイツ氏(のちの国防長官)は既に次のように語っていた。
 「これまでCIAの活動は対ソ監視に重点を置いてきたが、今後は全力を挙げてその情報収集と諜報活動の狙いを米国と経済および技術競争の国に向ける」
 クリントン氏は大統領選挙期間中「冷戦が終わった。そして日本とドイツが勝利した」と露骨に日本とドイツに対する非難キャンペーンを実施して勝利した。クリントン大統領は就任後、大胆な経済戦争に打って出る。その際、米国の情報機関による諜報活動を「経済および技術競争の国に向ける」という冷戦後の方向性が決定づけられた。
 政権発足後、クリントン大統領がまず手がけたのは「国家経済会議(NEC)」を設置したことである。
 目的は冷戦最大の受益者、日本とドイツから「平和の配当」を回収することであり、これを政権最大の経済戦略とした。CIA本部内には「貿易戦争担当室」まで設置し、手段を選ばず経済戦争に打って出た。

そして1998年10月、金融ビッグバンと呼ばれる日米経済戦争の敗戦へとつながり、それがずっと尾を引いて「失われた20年」となった。ここに今日の日本がある。

私はこんな風に見ているのですが、だからこそ安倍首相に今の政策が素晴しいと思っています。


  1. 2019-06-24 16:08
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  3. 短足おじさん二世 #-
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Re: 左傾化ではなく左倒

> 日本には、左倒サンが多いですからねw
>
> 日本の左の方に平伏低頭している象形文字で表せるでしょう。
> リベラルですらないです。
>
> 左倒から見れば、左翼になっても右傾化に見えるわけです。



なるほど左倒さんですか。うまい表現です。
これを聞くと昨年亡くなった勝谷誠彦さんの「築地をどり」を思い出します。
【築地をどり】とは
踊り子全員が左に傾きつつ旋回し、土下座を繰り返すことを特徴とする日本舞踊の流派。東京築地の朝日劇場で定期公演中。
  1. 2019-06-24 16:22
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
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Re: 「平成」天皇」

> 悠仁親王の家庭教師(昭和の歴史を教える)に半藤一利氏がなるようです。
> 昨年 侍従から依頼があって引き受けたと言っています。
> 侍従からと言っても、当然上皇はOKしたのでしょうね。
> 保守派の人達は上皇を持ち上げますが私は全く評価していません。
> 8人子供が生まれても、すべて女の子であったら、昭和天皇なら手を打っていたと思います。
> 秋篠宮が決断していなかったらどうなっていたか、そんなこともわからない天皇なのです。
> 4月28日の主権回復の日が1回で終わりになったのも天皇が止めさせたと思っています。
> 令和に代わって良くなるか。



半藤一利ですか。やれやれ愕然としますね。
>昭和天皇なら手を打っていたと思います。
全く同感です。
昭和天皇の教育係は乃木希典。乃木希典は雪が降っている中、乗り物で通学しようとした昭和天皇を「外套を着ていけば寒くありません」と許さず、歩いていかせたというエピソードが残っています。
  1. 2019-06-24 16:29
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

私は日教組全盛のH2O(北海道、広島、大分)で育ち、公立小学校のときには、糞のような教師に囲まれてずっと教師というものが大嫌いでした。
そんなときに、故渡辺昇一先生などの本を読んで感動しました。こういう考えの人に教育を受けたかった。
90年代は私が話をすると、右翼右翼とよく呼ばれました。まったく気にはしませんが、今思うと皆えらそうに難しいことを言っていいるが、皆バカだったんだなあと思っています。イギリス留学中もそうで、留学中にポマードの首相が来てイギリス退役軍人宛てなどに土下座外交を展開して恥ずかしかったのを覚えています。

それに比べると、今の時代は世代が若返り、保守系論客の本が良く売れ、話が通じる人の方が多数派になってきました。大変良い事です。

渡辺先生が解説された頼山陽の「日本楽府」などの漢詩をまた読みたい。

先帝陛下については、あの時代を生きた人ですから、サヨクの洗礼を強く浴びた人でしょう。戦後は「セガレ」扱いでした。評価は控えますが、昭和大帝とは比較になりません。
日本は衰退(出生率低下、労働人口減、引きこもり、50・80問題、嘘ぱちの環境問題への傾斜等々)のサイクルに入っていますから当たらずとも遠からずといったところでしょう。

  1. 2019-06-26 13:20
  2. URL
  3. NINJA300 #/xzFVZWc
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昭和の時代から百科事典に騙されていた

 南京事件についてですが、80年代初頭に家にある平凡社の世界大百科事典(初版1967年)で調べました。辞書、事典は間違いが無いとずっと思っていましたから、この後、20年近く騙されたままでした。

 この頃はまだ「南京事件」でしたが(今は南京大虐殺?)、執筆した札幌生まれの野原四郎氏は”日本軍が略奪暴行の限りを尽くし市民30万人を虐殺した事件”と断定的に書いているんですよね。この画像は2017年11月19日のエントリーにアップしています。

 今世紀に入ってからネットで通州、通化事件などを知り、本当に残虐なのは支那、朝鮮と認識を改めましたが、団塊の世代の人はこの資料を見せても”日本人だって相応のことはしている”とか言うんですよ。
 これについて私は「あなたは自分の親や祖父母の姿を見て残虐な事をしたと思うのかもしれないが、私は自分の両親や祖父母からはそんなことは感じない」ということにしています。感想にすぎないっちゃそうですけども…(笑)
  1. 2019-06-27 02:22
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  3. ノッチmrng #stAGgTQ.
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To:NINJA300 さん

> 私は日教組全盛のH2O(北海道、広島、大分)で育ち、公立小学校のときには、糞のような教師に囲まれてずっと教師というものが大嫌いでした。
> そんなときに、故渡辺昇一先生などの本を読んで感動しました。こういう考えの人に教育を受けたかった。
> 90年代は私が話をすると、右翼右翼とよく呼ばれました。まったく気にはしませんが、今思うと皆えらそうに難しいことを言っていいるが、皆バカだったんだなあと思っています。イギリス留学中もそうで、留学中にポマードの首相が来てイギリス退役軍人宛てなどに土下座外交を展開して恥ずかしかったのを覚えています。
>
> それに比べると、今の時代は世代が若返り、保守系論客の本が良く売れ、話が通じる人の方が多数派になってきました。大変良い事です。
>
> 渡辺先生が解説された頼山陽の「日本楽府」などの漢詩をまた読みたい。
>
> 先帝陛下については、あの時代を生きた人ですから、サヨクの洗礼を強く浴びた人でしょう。戦後は「セガレ」扱いでした。評価は控えますが、昭和大帝とは比較になりません。
> 日本は衰退(出生率低下、労働人口減、引きこもり、50・80問題、嘘ぱちの環境問題への傾斜等々)のサイクルに入っていますから当たらずとも遠からずといったところでしょう。




90年代は高度成長期以降の日本では最も左に振れた時期だったと思います。
そんな事をもう少し考えて纏めたいと思っています。テーマは第二の敗戦。
日本はアメリカの日本貶めに引っかかって、なにがなんだか分からないうちに戦争に飛び込んでいきました。
戦後、東西冷戦時代にはそれが沈静化したのですが、冷戦終結とともに再びアメリカの日本貶めが猖獗を極めました。
その結果が今日なわけで、ではどうするか、一人一人のテーマに落として考えていきたいと思っています。

日本衰退の最大の問題は人口減少ですが、それは極めて遠大な計画で行われた作戦の結果と見ています。
こんな所を近日中にエントリーします。
  1. 2019-06-27 14:33
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  3. 短足おじさん二世 #-
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Re: 昭和の時代から百科事典に騙されていた

>  南京事件についてですが、80年代初頭に家にある平凡社の世界大百科事典(初版1967年)で調べました。辞書、事典は間違いが無いとずっと思っていましたから、この後、20年近く騙されたままでした。
>
>  この頃はまだ「南京事件」でしたが(今は南京大虐殺?)、執筆した札幌生まれの野原四郎氏は”日本軍が略奪暴行の限りを尽くし市民30万人を虐殺した事件”と断定的に書いているんですよね。この画像は2017年11月19日のエントリーにアップしています。
>
>  今世紀に入ってからネットで通州、通化事件などを知り、本当に残虐なのは支那、朝鮮と認識を改めましたが、団塊の世代の人はこの資料を見せても”日本人だって相応のことはしている”とか言うんですよ。
>  これについて私は「あなたは自分の親や祖父母の姿を見て残虐な事をしたと思うのかもしれないが、私は自分の両親や祖父母からはそんなことは感じない」ということにしています。感想にすぎないっちゃそうですけども…(笑)



南京事件は四つの段階で考えないと分かりにくいですね。
第一段階は1937年~38年、アメリカの反日プロパガンダに蒋介石がのっかって捏造したプロパガンダ。
第二段階は中共が自国の大虐殺(文革や大躍進運動他)を隠すために仕組んだプロパガンダ。これにアカヒがのっかって本田勝一の記事に繋がります。この件はアカヒの当時の広岡社長が噛んでますね。
第三段階は冷戦終結後、次の敵は日本だということで、古い話をホコリを払って、アメリアが再び日本貶めを始めた。アイリスチャンの「レイプオブ南京」などがこれです。
第四段階はシナの反日教育。これは江沢民(1989-2002)の始めたもので、丁度平成の最初の10年位と重なります。
第三と第四は丁度重なっています。

しかしそんな事なのですが、日本国内にこんな事の協力者がいるというのが何とも悲しい話です。


  1. 2019-06-27 14:54
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  3. 短足おじさん二世 #-
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左傾化がひどくなったのは1970年代から

 ぼくは1956年(昭和31年)生まれですが、1960年代まではどこの家も祝日には日の丸を掲げるのが当たり前。自衛隊は継子扱いとはいえ国道を戦車が通ることも珍しくはなかった。
 1970年代の中学では日教組の教師が天皇陛下を「天ちゃん」と呼び、音楽教師の一存で卒業式の「仰げば尊し」がなくなってしまいました。その後の高校では成田の三里塚闘争に参加する生徒がいたりで左翼全盛の感があります。

 昭和35年の安保闘争のころ、テレビのデモ隊をまねて、一つ上の姉と腕を組み「安保反対」とテレビの前でデモ遊びをしていたら母親に叱られました。大正生まれの父からは教育召集での出来事を面白おかしく聞かされ、軍馬のほうが兵隊より大事にされていることなど、戦前は人命がほんとうに軽かったのだと教えられました。
 当時の少年誌は月刊誌であれば付録に紙を折り曲げて作る戦艦模型があったり、週刊誌のサンデー・マガジンには戦記物の漫画もあれば戦艦やゼロ戦の特集ページがあったりで戦争が悪いことという認識はまったくなかったと思います。子供の遊びでも戦争ごっこは普通で、軍人将棋なども人気がありました。

 GHQの洗脳工作など当時の大人はバカバカしいとおもっていたのでしょう。ところがGHQの尻馬に乗った大学教授やら教師やらが教育界にはびこり、その師弟が影響力を発揮するのに一世代(20年)かかったのだとすると納得できます。さらに当時の左翼教育を受けた世代が成人するのが平成の頃。

 平成の時代が終わって左に振れすぎた振り子が真ん中に戻ろうとしているのが今の時代なのだと思います。

  1. 2019-06-29 00:46
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  3. PB生、千葉 #-
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Re: 左傾化がひどくなったのは1970年代から

>  ぼくは1956年(昭和31年)生まれですが、1960年代まではどこの家も祝日には日の丸を掲げるのが当たり前。自衛隊は継子扱いとはいえ国道を戦車が通ることも珍しくはなかった。
>  1970年代の中学では日教組の教師が天皇陛下を「天ちゃん」と呼び、音楽教師の一存で卒業式の「仰げば尊し」がなくなってしまいました。その後の高校では成田の三里塚闘争に参加する生徒がいたりで左翼全盛の感があります。
>
>  昭和35年の安保闘争のころ、テレビのデモ隊をまねて、一つ上の姉と腕を組み「安保反対」とテレビの前でデモ遊びをしていたら母親に叱られました。大正生まれの父からは教育召集での出来事を面白おかしく聞かされ、軍馬のほうが兵隊より大事にされていることなど、戦前は人命がほんとうに軽かったのだと教えられました。
>  当時の少年誌は月刊誌であれば付録に紙を折り曲げて作る戦艦模型があったり、週刊誌のサンデー・マガジンには戦記物の漫画もあれば戦艦やゼロ戦の特集ページがあったりで戦争が悪いことという認識はまったくなかったと思います。子供の遊びでも戦争ごっこは普通で、軍人将棋なども人気がありました。
>
>  GHQの洗脳工作など当時の大人はバカバカしいとおもっていたのでしょう。ところがGHQの尻馬に乗った大学教授やら教師やらが教育界にはびこり、その師弟が影響力を発揮するのに一世代(20年)かかったのだとすると納得できます。さらに当時の左翼教育を受けた世代が成人するのが平成の頃。
>
>  平成の時代が終わって左に振れすぎた振り子が真ん中に戻ろうとしているのが今の時代なのだと思います。




確かにそんな面があったことは確かです。その淵源をたどれば、GHQの占領政策で公職追放が行われ、20万人もの人が高職を追放されました。その結果、特に教育界では左派勢力が中枢を占めることになります。特に問題なのはこんな20万人もの人間のリストなどアメリカに出来る訳がなく、協力する日本人がいたのです。これは焚書のケースと同じです。焚書では7769点、数百万冊にも及ぶ書籍が破棄されてしまいました。今に至るも戦前の歴史の大きな空白になっています。そしてこの焚書に協力した日本人がいる。当時の東大教授、そして曲学阿世の徒こと東大総長南原繁です。
そんな事から東大が左翼の巣窟になり、今日に至っています。
その教育を受けた世代が次に教師になってくるのが確かに70年代だと思います。

しかしその頃から日本は高度成長期に入ります。左翼が暴れようにも皆さん忙しいし給料がどんどん上がる。左に行きようがなかったのです。それが火を噴くのがバブル崩壊後からということになります。

もう一つ忘れてならないのは、その頃から始まったアメリカの日本バッシング。これが反日大統領クリントンの日本貶めで一気に加速し、日本は失われた20年に沈むことになります。
このアメリカの反日がやっと収束したのは、日本のAIIB不参加でアメリカの孤立を防いだこと。ここでやっと戦後の頸木が外せる道筋が出来た。そんな風に見ています。
  1. 2019-06-29 13:47
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
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