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2019-05-26 17:30

大英博物館でマンガ展


 イギリスの大英博物館で日本の「マンガ展(The Citi exhibition Manga)」が開催されている。
日本のマンガがとうとう大英博物館で紹介される。
もう手放しで素晴らしの一語と思います。

これがポスター
2019-5-26大英博物館のマンガ展ポスター

登場したのはゴールデンカムイのアシㇼパ
(注:アシㇼパの「ㇼ」は小文字です。アイヌ語のカナ表記で、読みは「aーsi-pa」です)


日本国外では最大のマンガ展。葛飾北斎や河鍋暁斎から、手塚治虫、鳥山明、尾田栄一郎など江戸時代から現在までのアーティストの作品が通覧できる。
会期は2019年5月23日〜8月26日。入場料は19.5ポンド(約2800円)


これは大英博物館の公式ブログ
https://blog.britishmuseum.org/manga-a-brief-history-in-12-works/
2019-5-26大英博物館のマンガ展北斎

今改めて見てみても北斎の凄さが分かりますね。
(左上の良く分からない物は「天狗の面を風呂敷に包む」と書いてある。「の」は変体仮名)


所で今日(5/26)の読売新聞のコラム欄「編集手帳」はこのマンガ展を取り上げている。読売の編集手帳士も良い事を言っています。

読売新聞 5月26日 編集手帳
 その昔、図書閲覧室ではマルクスや孫文、ガンジーらが研鑽けんさんを積んだという。知の殿堂との異名が似つかわしい。260年の歴史を刻むロンドンの大英博物館には世界中から年間600万人が訪れる◆お墨付きをありがたがるわけではない。けれど、超一級の館が最大規模の展覧会を開いたと聞くと、誇らしさが隠せない。日本マンガを紹介する「Manga」展が開幕し、盛況だそうだ◆権威や定義を拒む、ある種の猥雑(わいざつ)さ、背徳性が、マンガを始めとするサブカルチャーの要諦と言えよう。大衆にこそ支持される文化をどう学術的に解き明かして、論じるのか。様々難しさがあっただろう◆本展を企画した研究者は日本留学時代に虜(とりこ)となり、膨大な量を読みあさったのだという。制作現場や書店の役割、同人誌にまで踏み込み、明治期の戯画とも比較展示した内容に愛の深さを思う。看板キャラに選んだアシリパさんは当代屈指の人気作のヒロインで、アイヌの少女である◆ジャパノロジー(日本学)の一分野として国内外で探究が深まればいい。日本人の精神性、行動様式に与えてきた影響は決して小さくない。
<引用終り>


さてそのマンガ展だが、全体はこんな風になっている。

<以下読売オンラインより引用>
https://www.yomiuri.co.jp/culture/20190523-OYT1T50177/

マンガ、英国文化「ど真ん中」で…サプライズも
2019/05/24 05:00

2019-5-26大英博物館のマンガ展1
Manga展の巨大な看板が掲示された大英博物館

 一言で言うなら「おもちゃ箱をひっくり返したような」――というのが、大英博物館「Manga」展の内覧会を見た第一印象だ。


 セインズベリー・エキシビジョンズ・ギャラリーは1100平方メートルの広大な場所だが、それでも日本マンガ史の「全て」が展示できるほど広くはない。ところが、同展はアクロバット的な手法でそれをやろうとしている。日本人の目から見て、それを無謀と言う人もいるだろうし、あっぱれと言う人もいるだろう。

 だが、これから一般公開が始まる同展への批評は、今の段階ではまだ早計。それは別の機会に譲ることにして、ここでは「どんな展覧会なのか」を簡潔に紹介していきたい。

 同展は大きく六つのゾーンに分かれている。

 ゾーン1:マンガという芸術 The Art of Manga こうの史代さんの「ギガタウン 漫符図譜」をテキストに、マンガを読むための基礎知識を紹介。校了前の週刊少年ジャンプ編集部にカメラを据え、早回ししたビデオが目を引く。「マンガはどう生まれるのか」がこのゾーンのテーマだ。

2019-5-26大英博物館のマンガ展2
Manga展会場。中央はニコル・ルマニエール教授

 ゾーン2:過去から学ぶ Drawing on the Past 戦後マンガの神様、手塚治虫の仕事をここで紹介。印象的なのは「本屋」の役割に大きなスペースを取っていることだ。本や雑誌の実物を手にとって読める棚や、電子書籍をダウンロードできるコーナーもある。今年3月末に閉店した東京・神保町の老舗マンガ専門店「コミック高岡」の店内写真パネルが飾られているのには驚いた。同展キュレーター(注:学芸員)のニコル・ルマニエール教授が大好きな書店だったそうだ。

 ゾーン3:すべての人にマンガがある A Manga for Everyone それまでの展示でマンガ初心者を脱した人に、自分が好きなマンガを発見してもらうコーナー。ある意味、ここがもっとも原画展らしいスペース。だが、同展のゾーンごとの仕切りはさほど厳密でなく、他のゾーンの展示が常に視界に入ってくる。そこがなかなか面白く、一筋縄ではない。

 ゾーン4:マンガのちから Power of Manga コミケやコスプレのビデオ、マンガを使った啓発ポスターなどを展示。読み手がマンガから刺激を受けて、何か違うものを“再生産”する「二次創作の欲望」のようなものに光を当てている。

 ゾーン5:マンガとキャラクター Power of Line 会場を取り囲む壁を使って、有名キャラクターのパネルと原画が並ぶ。そこに河鍋暁斎の「新富座妖怪引幕」を同列に並べるのが最大のたくらみ。こうして見ると、暁斎と現代マンガの間には、意外と差はないのかもしれないと気づかされる。

2019-5-26大英博物館のマンガ展3
赤塚りえ子さんの作品

 ゾーン6:マンガ 制限のない世界 Manga:no limits 同展の真骨頂と言えるゾーン。陶芸家で現代美術家の三島喜美代さんと細野仁美さんの「マンガ」をモチーフにした驚きの作品、赤塚りえ子さんが父、不二夫さんの作品にインスパイアされて作った立体アートなど、マンガを超えたマンガというべきものを展示している。

 この六つのゾーンの後に、井上雄彦さんの3点の描き下ろしという「サプライズ」が用意されている。見事な締めくくりというべきだ。井上さんがこの題材を選んだ理由に思いをはせる。

2019-5-26大英博物館のマンガ展4
Manga展会場

 英国はマンガの読者は決して多くないはずだが、同展の広報担当者ニッキー・エルビンさんは「普段は中高年層の来場者が多い大英博物館に、このManga展で若者が詰めかけてくるかもしれない」と期待する。

 大英博物館という、ある意味英国文化の「ど真ん中」で開催されるManga展。その成否は、私たちにとっても大いに気になるところだ。いや、それどころか、日本人が見てこそ、得るものの多い展覧会かもしれない。

 (編集委員 石田汗太)
<引用終り>

日本の文化がヨーロッパで紹介される。昨年から今年にかけて、パリを中心にフランス各地で行われた『「ジャポニズム2018:響きあう魂」 2018年5月~2019年3月』に続く日本文化の紹介であり、大変いいことだと思う。
尚ジャポニズム2018については以下参照ください。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1602.html

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コメント

漫画はマンガじゃない

北斎漫画は素晴らしいものですが、実物を見たときはその小ささに驚きました。
見開きでA4版程度ではなかったかと記憶しています。その細部までの描写にはまさに髪が宿っているのではないかと思われるものでした。
しかし、北斎の肉筆画などを見ると細部は写実的なのかもしれませんが、全体として見ると写実とは少し違うのではないか、いや私の知っているヨーロッパの写実とは明らかに違う写実のように見えます。
北斎の漫画は明らかに芸術だと思いますが、現代のマンガは一つの文化かもしれませんが、芸術ではありません。
小学生だったころ、私はマンガが大好きでした。毎日マンガしか読んでいなかったと言ってもいいくらいでした。見るものはドリフターズと決まっていました。マンガとドリフターズの二つは当時のPTAの不倶戴天の敵でした。子供の教育を害する2大害悪でありました。マンガとドリフターズは「程度が低い」と言って、忌避されていました。「程度が低い」とは知的水準が低いという意味だと思います。
この知的水準の低いマンガが海外に広がるにつれ、日本の文化ということで紹介されるようになりました。「権威や定義を拒む、ある種の猥雑(わいざつ)さ、背徳性が、マンガを始めとするサブカルチャーの要諦」という何を言っているのか解らない文は、マンガは面白いということの文学的表現であろうと思います。
今私は年老いてしまってマンガを読まなくなりました。それはマンガの知的水準が低いからではなく、マンガを面白いと思わなくなったからです。
私から見ると若い連中は、みんな未熟に見えます。しかし、この未熟な連中の間で流行するものの中に次の日本文化を生み出すものがあるのではないかという気がします。

  1. 2019-05-28 08:43
  2. URL
  3. 縄文人 #wM6nolEE
  4. 編集

Re: 漫画はマンガじゃない

> 北斎漫画は素晴らしいものですが、実物を見たときはその小ささに驚きました。
> 見開きでA4版程度ではなかったかと記憶しています。その細部までの描写にはまさに髪が宿っているのではないかと思われるものでした。
> しかし、北斎の肉筆画などを見ると細部は写実的なのかもしれませんが、全体として見ると写実とは少し違うのではないか、いや私の知っているヨーロッパの写実とは明らかに違う写実のように見えます。
> 北斎の漫画は明らかに芸術だと思いますが、現代のマンガは一つの文化かもしれませんが、芸術ではありません。
> 小学生だったころ、私はマンガが大好きでした。毎日マンガしか読んでいなかったと言ってもいいくらいでした。見るものはドリフターズと決まっていました。マンガとドリフターズの二つは当時のPTAの不倶戴天の敵でした。子供の教育を害する2大害悪でありました。マンガとドリフターズは「程度が低い」と言って、忌避されていました。「程度が低い」とは知的水準が低いという意味だと思います。
> この知的水準の低いマンガが海外に広がるにつれ、日本の文化ということで紹介されるようになりました。「権威や定義を拒む、ある種の猥雑(わいざつ)さ、背徳性が、マンガを始めとするサブカルチャーの要諦」という何を言っているのか解らない文は、マンガは面白いということの文学的表現であろうと思います。
> 今私は年老いてしまってマンガを読まなくなりました。それはマンガの知的水準が低いからではなく、マンガを面白いと思わなくなったからです。
> 私から見ると若い連中は、みんな未熟に見えます。しかし、この未熟な連中の間で流行するものの中に次の日本文化を生み出すものがあるのではないかという気がします。




北斎漫画は確かに小さいですよね。私も以前見てそう思いました。
でも念のため調べてみました。拙宅には江戸時代終わりころの瓦版やら本が有るのでそのサイズを測ってみたわけです。
サイズは二種類ありました。大は153x225、これは現在のA5版(148x210、つまりA4の二つ折り)より少し大きめのサイズですが、書籍の菊版(152x218)とほぼ同じ。
小は132x183、これは現在のB6版(128x182、つまりB5の二つ折り)と似たようなサイズで、書籍の四六判(127x188)と似たサイズでした。
結果として、出版物のサイズは江戸時代も現在もあまり変わりはなく、北斎漫画は出版を前提にして書かれたものということかと思います。
それにしても江戸時代の日本が識字率では世界で断トツの世界一だったことは知られていますが、それを支える書籍の出版業も凄かったと思います。製紙(紙漉き)から始まって、版木の製材や印刷など凄いシステムが有ったと思います。
特に凄かったのが版元と本屋(貸本屋を含む)なのではないでしょうか。

それからマンガの面白さですが、私もマンガを今は全く読まなくなりましたが、矢張り日本の漫画が面白いのは手塚治虫の影響抜きには考えられません。北斎は絵としての漫画の面白さは抜群ですが、手塚治虫はストーリーとしての漫画の面白さと思います。

それからマンガが今の若い人の人格形成に多大な影響を与えたことは否定できないともいます。今日本と言う国が世界で評価されているのですが、そんな中に人格形成に果たした漫画の役割も見るべきではないか。そんな気がしています。
友情とか信義、忍耐等々、現在の日本人の人格形成に果たした漫画の役割を
  1. 2019-05-29 08:58
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

かなり前の話ですが、大英博物館で浮世絵の春画展をみたことがあります。
イギリスのおばさんが大口を開けてみていたのが印象に残っています。日本人男性の大きさにびっくりしたのでしょうか?(笑)

漫画では手塚治虫の「ファウスト」が途中で終わってるんですが、最後まで読みたかったです。

漫画だけではなく、アニメも日本文化です。ネットフリックスのアニメではほとんどが日本製アニメです。日本はアニメの国です。
一方、日本のテレビドラマは本当につまらなくて、馬鹿げています。これはアニメを実写化するというバカな試みからだと思います。韓国ドラマなんぞみたときありませんが、アメリカのドラマはこの点で面白いですね。最近は、アメリカドラマもみていませんが、「24」なんて中毒にさせられました。

  1. 2019-05-31 18:34
  2. URL
  3. NINJA300 #/xzFVZWc
  4. 編集

To:NINJA300 さん

> かなり前の話ですが、大英博物館で浮世絵の春画展をみたことがあります。
> イギリスのおばさんが大口を開けてみていたのが印象に残っています。日本人男性の大きさにびっくりしたのでしょうか?(笑)
>
> 漫画では手塚治虫の「ファウスト」が途中で終わってるんですが、最後まで読みたかったです。
>
> 漫画だけではなく、アニメも日本文化です。ネットフリックスのアニメではほとんどが日本製アニメです。日本はアニメの国です。
> 一方、日本のテレビドラマは本当につまらなくて、馬鹿げています。これはアニメを実写化するというバカな試みからだと思います。韓国ドラマなんぞみたときありませんが、アメリカのドラマはこの点で面白いですね。最近は、アメリカドラマもみていませんが、「24」なんて中毒にさせられました。



日本の春画には驚くでしょうね。でもそんなものが出まわる所に日本の自由さが有ると思います。

最近私はテレビは殆ど見ませんが、まあ日本のドラマがつまらないのは、テレビ屋が自分らのフトコロにがっぽり入れたうえでドラマの制作現場にはカネを出し惜しみ。これでは良いモノなど出来ません。
  1. 2019-06-01 13:52
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

時々考えるのですが江戸時代に現代の様な、AV機器があったとするならば当時人々はどのような使い方をしただろうかと思います。おそらくは現代とほとんど違わないようなことをやったんじゃあなかろうかと思ってます。

漫画というものをここまで特集するのはおそらくは連中が持ってる文化との異質さ、そのうえでそれを乗り越えて普遍的に広がる文明性にあるんだと思います。

ただ、大英博物館ですからねえ。漫画の持つもっと猥雑のものがなければいけないのではないでしょうか。そして、漫画を今の漫画にしたのは1960年代の多くの先生方だと思います。

今の漫画連載誌を見てると結構お休みしながら書いてる人が多い。

当時休載なんてほとんどなかったように思います。

今の人々が能力がないなどとは思いません。ただ時代の持つパワーの違いの様なものを感じるのは小生が年喰ったせいでしょうか。
  1. 2019-06-09 00:49
  2. URL
  3. kazk #cPv2SIBE
  4. 編集

To:kazk さん

> 時々考えるのですが江戸時代に現代の様な、AV機器があったとするならば当時人々はどのような使い方をしただろうかと思います。おそらくは現代とほとんど違わないようなことをやったんじゃあなかろうかと思ってます。
>
> 漫画というものをここまで特集するのはおそらくは連中が持ってる文化との異質さ、そのうえでそれを乗り越えて普遍的に広がる文明性にあるんだと思います。
>
> ただ、大英博物館ですからねえ。漫画の持つもっと猥雑のものがなければいけないのではないでしょうか。そして、漫画を今の漫画にしたのは1960年代の多くの先生方だと思います。
>
> 今の漫画連載誌を見てると結構お休みしながら書いてる人が多い。
>
> 当時休載なんてほとんどなかったように思います。
>
> 今の人々が能力がないなどとは思いません。ただ時代の持つパワーの違いの様なものを感じるのは小生が年喰ったせいでしょうか。



NINJA300さんの話では、以前大英博物館で春画展を見たことがあるとのことでした。
だからそんな猥雑さも理解しているんだと思っています。

それから
>江戸時代に現代の様な、AV機器があったとするならば当時人々はどのような使い方をしただろうか
これが幕末の頃の日本人の共通した危機感だったと思います。

例えば幕末頃に各地で大砲を作ろうとした、これなどは、程度は違いますが「現代のようなAV機器」みたいなものだったでしょう。幕末の大砲製造の歴史は、調べれば調べるほど凄い。
例えば反射炉を作り、大砲を作ろうとしてもうまくいかない。調べると原料の鉄が違うことを突き止め、たたら製鉄の鉄ではダメだと分かり、高炉から出た銑鉄が必要と高炉を作り始める。こんな事を文献もないような所からやっていくわけです。
(鉄に含まれるカーボン量の違いです)

こんな事が支配階級だけでなく、日本のあちこちで起こっていた筈です。
そんな一例を紹介します。
愛知県半田市の半田市立図書館には「約1万冊の江戸、明治期の和装本コレクション」が有ります。大変貴重なもので、時々東京辺りから研究者が調べに着たりするようですが、この本は地元の有力者がそんな頃勉強会を開いていて、その時のテキストでした。
いまではそんな勉強家稲津するような財界人がいるとは聞きませんが、この当時はそんな事をする空気が有ったのでしょう。

そんな時代の熱気をぜひ復活させたいものです。 
  1. 2019-06-09 09:59
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

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