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2018-11-02 17:28

メキシコの罠<タカタの場合


 メキシコの罠に嵌って倒産してしまったタカタ。しかし私にとってこの話は他人ごとではない。第一タイ時代にはタカタと取引していたこともあり、タカタは厳しいことも言うが良い会社だと思っていたからだ。

所でそのタカタはどうなったか。これは4か月ほど前の報道。

タカタ民事再生1年、連鎖倒産なし 昨年6月26日に申請
2018.6.27 05:00  

 欠陥エアバッグのリコール(回収・無償修理)問題で経営が悪化したタカタが昨年6月26日に民事再生法を申請してから1年が経過し、これまで1件も連鎖倒産が発生していないことが26日、帝国データバンクの調査で分かった。タカタが関係の深い取引先約560社に債務を全額弁済したことが大きく寄与したほか、自治体や自動車メーカーの資金繰り支援も連鎖倒産を回避できた背景にある。

 タカタの負債総額は1兆823億円に上り製造業で戦後最大の倒産となった。事業は中国・寧波均勝電子傘下の米自動車部品キー・セイフティー・システムズ(KSS)をスポンサーにした新会社が引き継いだ。帝国データバンクによると、旧タカタ時代から引き継がれた滋賀県や佐賀県にある主な生産拠点が移転する事態になれば、周辺の取引先を中心に一定の影響が出るリスクは否定できないという。

<引用ここまで>

所でこの倒産劇、日本の報道を見ていてもサッパリ実態が見えない。これは1年前の倒産時の報道だが、3代目社長の無能のために倒産したことだけを取り上げている。
これは産経の報道。詳細は下記参照ください。
https://www.sankei.com/economy/news/170626/ecn1706260031-n1.html
【タカタ破綻】
終始逃げ回った3代目の罪…追い込まれ破綻へ
2017.6.26 21:25


3代目の道楽であんな優良会社がみすみす破綻。だがその原因はアメリカの問題とメキシコの問題がある。
最初にアメリカの問題をキチンと報道したものは少ないが、その少ない報道の一つがこれ。

<以下mag2newsより>
タカタも米国にハメられた?リコール問題に残る不可解な事実
2017.07.20  by 大村大次郎
https://www.mag2.com/p/news/257636


詳細はリンク先参照ください。大変いいところを見ていますが、何せ証拠の無い話。問題点を指摘するだけになっています。

要点は
・発端はタカタの自発的なリコール
・そのリコール後、急増したアメリカのエアバッグ死亡事故
・事故の原因がエアバッグの欠陥と明確に判明したケースもほとんどない
・日本ではタカタ製エアバッグ暴発による死亡事故はない(けがを負った事故が2件のみ)
・NHTSA(米運輸省道路交通安全局)は無理やりエアバッグの火薬の問題にしてしまった

こんなことで、ここまで見てくると2009年~2010年のトヨタ叩きと殆ど同じ経過をたどっていることが分かる。このトヨタ叩きは最終的に「ニュースの見出しを狙った政治的に引き起こされた集団ヒステリー(wp2011.2.9)」という評価で決着しているが、タカタは対応に失敗し、倒産という悲劇となった。
このアメリカの問題は指摘するにとどめ、本題のメキシコの罠について考えます。


タカタのエアバッグ問題で焦点の一つがメキシコ工場製だけが問題だったこと。この件を追求した報道はこれまた極端に少ないが以下のロイターの記事は大変示唆に富んでいる。特にモノ作りに携わる人には大いに参考になる事例。そこで少々長いが全文引用します。

<以下ロイターより引用・・4年前の記事ですが>
https://jp.reuters.com/article/takata-idJPKCN0J50U120141121

ビジネス2014年11月21日 / 19:12 / 4年前
特別リポート:タカタ欠陥エアバッグ、尾を引く「メキシコの誤算」

[フロンテラ(メキシコ)/デトロイト 21日 ロイター] - 米国を中心に相次ぐ死傷事故と大規模なリコール(回収・無償修理)を引き起こしているタカタ7312.tの欠陥エアバッグ問題。人命を守るはずの安全機器がなぜ一瞬にして凶器に変わったのか。

その原因をたどると、米国との国境から車で3時間余り、メキシコ北東部の小さな町で起きたある出来事が浮かび上がってきた。

原因不明の爆発、想定外の生産遅延

メキシコ・コアウイラ州フロンテラ。タカタは2000年、人口7万5000人あまりの同地域に北米向けを中心とするエアバッグの製造工場を建設した。死傷事故やリコールにつながった同社製品は2001─2002年と2012年頃に製造されているが、リコール記録や当局、自動車メーカーによると、そうした欠陥品はこの工場で作られていたことがわかっている。

エアバッグ生産コストの削減策として大きな期待を寄せていた同工場が、タカタにとって「誤算」に転じた出来事は2006年に起きた。皮肉にも、同社が東証第一部に上場した記念すべき株式新規公開(IPO)の年だった。

同年3月30日の夕方、工場内で数回にわたり原因不明の爆発が発生。工場からは無数の火の玉が飛び散り、外壁は吹き飛び、1キロ離れた家の窓も壊れるほどのすさまじい爆発だった。

爆発の際、工場内には数百人の作業員がいた。幸いにして彼らは全員が無事に脱出し、近くの住民にも死傷者はでなかったが、この爆発についてはタカタからの公式説明はなく、原因は不明のままだ。同社は事故対応に2100万ドルを特別費用として計上。同年11月のIPOに向けた祝賀ムードに水を差す出来事になった。

事故後、1カ月もしないうちに同工場は生産を再開、ホンダ(7267.T)やフォード(F.N)が部品不足を理由に自社工場を停止する事態は避けられた。復帰して仕事を続けた従業員には、特別奨励金が支払われ、さらにテレビや冷蔵庫を賞品にしたくじ引きやイースターの礼拝も行われた。会社側の手厚い配慮もあり、爆発事故の衝撃はほどなくして癒えた。

マネージャーらは工場の復旧を誇りにし、記念に、爆発の写真が載った大型豪華本を製作したり、最初の爆発の日時が刺繍された野球帽を作るなど、今では従業員をつなぐ記念の出来事にさえなっている。

しかし、この爆発によって同社のメキシコ戦略は生産遅延という大きな問題に直面した。操業強化のため、作業員への容赦ないプレッシャーがかかり、特にメキシコに赴任してきた米国人のマネージャー達からの圧力は強かった、と同工場で2008年まで管理職として勤務していたアレハンドロ・ペレス氏らは語る。

生産目標達成へ容赦ない圧力

エアバッグの基幹部品であるインフレーター(ガス発生装置)については生産個数の割当があり、時には一日200個を超す数をこなさなければならなかった。「もしそれを達成できなければ、遅れているということになり、ボーナスももらえなくなる」と2004年から2010年まで同工場で働いたホセ・サンチェスさんはいう。

生産強化に向けて突然に高まったプレッシャーが、同社製品の品質にどういう影響を与えたかは明確になっていない。しかし、2010年と2011年、同工場は運転者エアバッグ用の新しい種類のインフレーターについては、一貫して生産割り当てを達成できなかった。

その状況を打破するため、経営側は工場にセキュリティーカメラを設置、製造ラインでなまけていたり、しゃべって仕事に集中していない作業員を監視。その画像を社内メールに添付して回覧することもあった。これについて会社側は、カメラは窃盗の防止で作業員の監視用ではないと説明している。

この時期、同工場では、インフレーターの製造ラインで、欠陥部品の修理をするという「問題行為」も発覚した。生産目標の達成を容易にするためだ。しかし、本来、欠陥部品は誤って出荷される事がないよう、赤い容器に分別され、検証を経た上で、可能であれば修理を行うという手間をかけるのが工場のルールだった、と元従業員たちは言う。

ロイターが入手した2011年5月にスペイン語で書かれたメールが当時の状況を物語っている。当時、工場の管理をまかされていたギアルモ・アプード氏は、「ライン上での補修は禁止!リーダー/担当者/オペレーターは勝手に補修をしてはいけない。不良品発生の原因になるからだ」と叱責。「今すぐに変える必要がある」と強く呼びかけた。これについて同氏はコメントを拒否している。

タカタと自動車メーカーが米道路交通安全局(NHTSA)に提出した書類によると、2012年、タカタはメキシコ工場から出荷予定だったインフレーターに誤った部品を装着した。その部品を入れる容器が近過ぎる状態で置かれていたためだ。これによって自動車メーカー3社の35万台以上がリコールとなった。

しかし、このミスはすぐには発覚しなかった。2013年10月、米国人のブランディ・オーウェンズ(当時25歳)が新車のGM「シボレー・クルーズ」を運転中、別の車に衝突、エアバッグが破裂して彼女は左目を失明した。2014年4月に起こされた訴訟で、タカタのメキシコ工場でのミスが明らかになり、2か月後のリコールにつながった。

<メキシコ投資、需要確保への賭け>

タカタにとって、2000年のメキシコでの工場建設は、より安い労働力を活用し、北米を中心とするエアバッグのおう盛な需要に応えるという戦略的な意味を持っていた。

同社の社内プレゼンテーション資料によると、インフレ―ター生産を米国の2つの工場からメキシコへ移管させた結果、インフレ―ター生産の1個当たりの労働コストは2ドルから約75セントに低下。2006年までの5年間に、同社は7000万ドルの労働コストを削減した。タカタの顧客である完成車メーカーにとっても、インフレータ―の購入コストが1個当たり20ドル未満と20%以上も引き下げとなり、大きな恩恵が及んだ。

同工場では、従業員が両手を挙げてバンザイのようなしぐさをうかがわせるような記念写真が撮られている。それが象徴するように、メキシコへの生産移管という「賭け」は、2005年春までに大きな成果をもたらした。一方、タカタは米アトランタの南東、ジョージア州ラグランジェ工場を閉鎖。4年間のうちに、タカタはアトランタ工場と米国にある2つ目の工場、ワシントン州のモーゼスレイクでの生産を減らしていった。

しかし、米軍基地の跡地に建てられていたモーゼスレイク工場では、現場のやる気が大きく損なわれていった、と複数の従業員らがロイターの取材に語った。彼らによると、工場では生産量(ノルマ)の達成が最優先され、乗用車やSUV(スポーツ多目的車)の需要増加に追いつくため、長時間労働も強制された。「われわれはみんな燃え尽きた」と一人の元従業員は振り返る。2002年、工場は100人の従業員を解雇。一方で、当時のメディアは、タカタのメキシコでの生産増加を伝えている。

<「目が行き届いていなかった」>

インフレーターはエアバッグの安全性を左右する最も重要な部品の一つだ。その生産を担う現地工場の状況について、東京にあるタカタ本社がどの程度把握していたかは明らかになっていない。生産量を増やした際、タカタは正社員を本社からメキシコ工場へ送り込まなかった、と従業員らは話す。

メキシコ工場については、タカタの安全監査役は2011年5月に米国から派遣されている。ロイターが入手した監査レポートによると、不安定な硝酸アンモニウムの取り扱いに問題があり、十分にしっかりと詰め込まれた構成物質の袋が閉じられていない、良い材料の近くに、スクラップされたもしくは不純物の混ざったプロペラント(推進剤)が保管されているといった、リスクと隣り合わせにある状態が見つかった。しかし、その監査役はリポートの中で、タカタ本社に監査結果を送ることはないと述べていた。

「米国市場も当時、非常に拡大していたこともあり、残念ながら、われわれの目が行き届いていなかった状況が発生した」。今年6月のタカタの株主総会で、創業者の孫である高田重久会長兼最高経営責任者(CEO)は、こうコメントした。彼がもっとも直近で公の場に姿を見せたのがこの株主総会だった。

JOANNA ZUCKERMAN BERNSTEIN、 BEN KLAYMAN 日本語版編集:北松克朗、加藤京子、白木真紀
<引用終り>


ここで私の見る所を書いてみます。独断と偏見もありますがご了承を。

この問題の根底にあるモノ

① タカタはアメリカの工場を閉鎖、縮小してメキシコ工場に重点を移し、メキシコの低賃金で利益を上げた。
これがアメリカから見ると、アメリカを裏切ってメキシコに生産を移し金儲けをした、タカタは裏切り者だ。・・・この構図はアメリカの製造業がNAFTAで壊滅し、アメリカ自身が苦しんでいる事に繋がる。現在のトランプのNAFTA改造論と同根。
但し、これをやったのがアメリカ企業なら、アメリカが儲けたのだからとなるが、アメリカを蹴飛ばしてメキシコに工場を作り、儲けたのが日本。これがアメリカには鼻持ちならんという事だと思う。
これがあるがためにカーメーカーではなく部品メーカーのタカタを叩いた。


② マネージャーにアメリカ人を使用し、アメリカ流の管理をやっていた。
上手く行っている時は良いのだが、問題があると解決が難しい。
特に問題発生時、日本から技術陣を大量投入し、解決するべきだったが多分人材不足でできなかったと思われる。(メキシコ工場側は問題が有っても日本人は来てくれなかったと言っている)

「生産個数の割り当てが有り、達成できなければボーナスももらえなくなる」、こんな管理は諸悪の根源であることは日本では良く分かっている。絶対やってはいけない方法だ。
日本式なら改善チームを組織し、未達の現場に張り付いて問題点を摘出し改善していく。こんな方法でないと成功はおぼつかない。

また不良品をライン内で手直しするのを禁止するスペイン語のメールを出しているが、こんな事で解決はできない。現場に入って「どうしてそうせざるを得なかったのか、人や場所、そして道具類とか図面指示書の類まで一つずつ潰さないと解決しない。これを一片のメールで解決しようなどというのは、モノ作りを知らない机上論者のやることである。


③ メキシコ人は英語が分からない人が多い(多分分かろうとしない)、これがコミュニケーション不足を招いた。

④ メキシコ人の潜在的な意識
 ・ メキシコ人は侵された女の子供たち(メスティーソ[スペイン語: Mestizo]メスチソ)との心のシミを持っている。世界で一番殺人事件が多いのが中南米諸国であることでも分かる。

 ・ スペインからの独立(1821-1822)後、アメリカに米墨戦争(1846-1848)を仕掛けられ、国土の約半分を失った(盗まれた)。
どれくらい失ったかというと
2018-11-2メキシコの領土喪失 

この戦争前後に失った領土は現在アメリカの「カリフォルニア、ネバダ、ユタ、テキサス、アリゾナ、ニューメキシコ、ワイオミング、コロラド」にほぼ相当する。しかもこの割譲直後カリフォルニアで金鉱が発見され、ゴールドラッシュが始まったとか、テキサスで大油田が発見されたとか、現在のアメリカの繁栄の元がこのメキシコ領土分捕りだった訳。これではメキシコ人の反米感情が残る訳だ。
メキシコ人は「メキシコとは天国に一番遠い国、しかしアメリカには一番近い国」、こんな事を言うそうだが、これがメキシコ人の率直な感情なのだろう。
こんなことでメキシコ人には潜在的な反米感情嫌英語感情がある。メキシコからアメリカに移民しても英語を話さず、スペイン語だけで生活する人たちがカリフォルニアなどには多いが、こんな事の裏に潜む事情があるということでしょう。


⑤ NAFTAでメキシコは貧困になった
 もう一つ見逃せないのがNAFTAの問題。NAFTAでアメリカの製造業がほとんど壊滅状態なのだが、逆にメキシコが豊かになったのかというとそうでは無い。メキシコの農業もアメリカの大規模農業に敗北し壊滅。
最近ではメキシコ北部の労働者の所得は中国より5~7%安いと言われている。


こんなことで、メキシコに進出する企業を待ち受けるメキシコの罠。解決は並大抵ではないと思います。

  1. 自動車
  2. TB(0)
  3. CM(4)

コメント

反米感情、嫌英語感情etc

 メキシコには2000年前後に二度ほど観光で行きました。乗り継ぎのヒューストンの空港で聞こえてくるのはスペイン語ばかり。出発ゲートがアメリカ国内線とメキシコ行きで共通だったのには驚きました。メキシコの空港では車体幅が2倍以上もある超大型バスの2階に飛行機の搭乗口が直結、タラップを使わずターミナルまでバス移動という便利さに感心。

 メキシコ市内では旧型ワーゲンのタクシーが目立ち、路上ではバンコクと同じくパソコンソフトや映画のDVDの違法コピーが売られていました。日本円の両替はほとんどできず(できてもレートは極端に低かった)、新生銀行のカードで日本の口座から現地通貨で引き出し、あるいはクレジットカードの海外キャッシングが便利でした。

 観光地では中南米の観光客が9割、アメリカの隣国なのにアメリカ人観光客はフランス人よりも少ない。ヒスパニックに対する差別感情の強いアメリカ人はメキシコ観光など興味ないのか。世界遺産の街オアハカでは連日デモ行進に遭遇。ゲバラとカストロの写真を掲げNAFTAに反対する農民によるものでした(おそろく背後には左翼政党)。中南米ではスペイン語が共通語で反米感情も共有しているのかもしれません。一般人の日常生活にとって英語など不必要なのはタイや日本と同じですが英語の通用度はタイよりも低かったかも。スペイン語の発音は簡単なので旅行会話程度はすぐに覚えます。

 メキシコでは90年代に見たTV番組(世界の車窓から)の長距離列車に乗りたかったのですが、2000年当時は旅客列車は廃止、コンテナ主体の貨物輸送のみ。オアハカの駅には豪華な客車や硬券の切符など往時を偲ばせる数々が展示されていましたが、日本でもJR北海道の未来かもしれません。

 鉄道の衰退に比してバス路線は充実していました。どこの都市にも巨大なバスターミナルがあり、貧富の格差が激しいのか一等・二等で場所も離れている。長距離は一等バスしか利用しなかったのですがタイやマレーシアのバスターミナルよりもきれいで表示もわかりやすく便利。道路状況は非常によく対面2車線でも最高速度制限は110km。交差点が近づくと路面にわざと段差をつけるのが標準仕様。日本の道路にないのが不思議です。バスの乗り心地も日本の高速バスよりよほどいい。

 メキシコで驚いたこと。高校時代に発売された日産バイオレット(710)が現役で走りまくっていた。日本ではデザインが酷評されましたがメキシコ人には好評だったのでしょうか。なかにはBピラーでぶった切って無理やりピックアップにしたものまでありました。旧ビートル好きとも通じますが、旧型のサニーが「ツル」、比較的新しいサニーが「セントラ」の名前で並行販売されていましたから、古いものでも使えれば問題ないという国民性かもしれません。オアハカでのこと、ホテルの屋上で見た洗濯物、全く絞っていません。おまけに洗濯機はドラム缶にモーターをつけたような代物。検索したら1950年代に日本で初めて発売された東芝の電気洗濯機が同じようなデザインでした。21世紀にこんなものがあるのかとインドで炭火のアイロンを見て以来の衝撃でした。

 とりとめのない話ですが、タコス世代とマルちゃん(カップラーメン)世代でメキシコ人の意識もそうとう変わっているのかもしれません。メキシコの交通インフラの進んだ部分と大衆レベルでの保守性を見ると製造業は苦労するだろうなと思ったものです。
  1. 2018-11-06 04:29
  2. URL
  3. PB生、千葉 #-
  4. 編集

Re: 反米感情、嫌英語感情etc

>  メキシコには2000年前後に二度ほど観光で行きました。乗り継ぎのヒューストンの空港で聞こえてくるのはスペイン語ばかり。出発ゲートがアメリカ国内線とメキシコ行きで共通だったのには驚きました。メキシコの空港では車体幅が2倍以上もある超大型バスの2階に飛行機の搭乗口が直結、タラップを使わずターミナルまでバス移動という便利さに感心。
>
>  メキシコ市内では旧型ワーゲンのタクシーが目立ち、路上ではバンコクと同じくパソコンソフトや映画のDVDの違法コピーが売られていました。日本円の両替はほとんどできず(できてもレートは極端に低かった)、新生銀行のカードで日本の口座から現地通貨で引き出し、あるいはクレジットカードの海外キャッシングが便利でした。
>
>  観光地では中南米の観光客が9割、アメリカの隣国なのにアメリカ人観光客はフランス人よりも少ない。ヒスパニックに対する差別感情の強いアメリカ人はメキシコ観光など興味ないのか。世界遺産の街オアハカでは連日デモ行進に遭遇。ゲバラとカストロの写真を掲げNAFTAに反対する農民によるものでした(おそろく背後には左翼政党)。中南米ではスペイン語が共通語で反米感情も共有しているのかもしれません。一般人の日常生活にとって英語など不必要なのはタイや日本と同じですが英語の通用度はタイよりも低かったかも。スペイン語の発音は簡単なので旅行会話程度はすぐに覚えます。
>
>  メキシコでは90年代に見たTV番組(世界の車窓から)の長距離列車に乗りたかったのですが、2000年当時は旅客列車は廃止、コンテナ主体の貨物輸送のみ。オアハカの駅には豪華な客車や硬券の切符など往時を偲ばせる数々が展示されていましたが、日本でもJR北海道の未来かもしれません。
>
>  鉄道の衰退に比してバス路線は充実していました。どこの都市にも巨大なバスターミナルがあり、貧富の格差が激しいのか一等・二等で場所も離れている。長距離は一等バスしか利用しなかったのですがタイやマレーシアのバスターミナルよりもきれいで表示もわかりやすく便利。道路状況は非常によく対面2車線でも最高速度制限は110km。交差点が近づくと路面にわざと段差をつけるのが標準仕様。日本の道路にないのが不思議です。バスの乗り心地も日本の高速バスよりよほどいい。
>
>  メキシコで驚いたこと。高校時代に発売された日産バイオレット(710)が現役で走りまくっていた。日本ではデザインが酷評されましたがメキシコ人には好評だったのでしょうか。なかにはBピラーでぶった切って無理やりピックアップにしたものまでありました。旧ビートル好きとも通じますが、旧型のサニーが「ツル」、比較的新しいサニーが「セントラ」の名前で並行販売されていましたから、古いものでも使えれば問題ないという国民性かもしれません。オアハカでのこと、ホテルの屋上で見た洗濯物、全く絞っていません。おまけに洗濯機はドラム缶にモーターをつけたような代物。検索したら1950年代に日本で初めて発売された東芝の電気洗濯機が同じようなデザインでした。21世紀にこんなものがあるのかとインドで炭火のアイロンを見て以来の衝撃でした。
>
>  とりとめのない話ですが、タコス世代とマルちゃん(カップラーメン)世代でメキシコ人の意識もそうとう変わっているのかもしれません。メキシコの交通インフラの進んだ部分と大衆レベルでの保守性を見ると製造業は苦労するだろうなと思ったものです。



面白い情報、有難う御座います。
日産ツルですが、昨年の5月で30年にわたる生産を終わりました。累計台数は300万台だそうです。
(正確にはツルの最終モデルは1990年ー1994年に日本で生産された日産サニーB13のようです。)
この話を聞いて、メキシコに対する感覚が大いに変わりました。こんな古い車を愛してくれたメキシコ国民には感謝せねばいけないのでしょうが、大いに疑問を感じます。

自動車のモデルチェンジは進歩する時代のニーズに合わせるために行うものでして、単にファッション上の意味では無いのはよくご存じの通り。そんな古い設計のクルマでは安全性能でも経済性でも現代に通用するのは難しい。
実は日産ツルが生産打ち切りとなった直接のきっかけは衝突テストでの結果。2015nissan tsuruと2016nissan versaを正面衝突させたときのツルの壊れ方が酷かった(当たり前ですね)、これが生産打ち切りの理由と言います。
その衝突試験の様子の動画は以下で見ることが出来ます。
https://rocketnews24.com/2016/11/04/821326/

この動画でtsuruはメキシコ産、versaはアメリカ産と紹介し、これを見てメキシコ産を”こんなのではダメだ”として紹介していますが、こんな古い設計の車をぶつければ当然ですね。
それにしても古い車の壊れ方が酷い。このぶつけ方は以前はオフセット衝突試験と言って、正面衝突試験の内で最も過酷なモノ。丁度ツルの元になったサニーが開発されていた頃にこの試験が始まりました。その頃車の設計者の方と話をすると、普通の正面衝突(正突と言ってましたね)はエンジンがあるのでそれで衝撃を吸収できるが、オフセットにするとボディーがまともに衝撃を受ける。だからボデー構造や材質を根本的に見直さないと駄目だと言っていました。

実はこの動画は私が「メキシコの罠」という話の参考用にあちこち見ていて見つけたものですが、余りの壊れ方の酷さに驚いて詳細を調べてみて古い話を思い出したわけです。
この頃は日産の経営不振が水面下で進行していた時期でして、カネがないためモデルチェンジの機会を失し、結果として99年のゴーンの軍門に屈する結果になった。そんな事が裏にあるのでしょう。
日産にゴーンが来た時のことは、その頃日産系の会社と付き合いが有ったり、その後日産本体とも付き合いが有ったので分かります。しかし26年も同じモデルを生産し続けたことは矢張り問題だったと言わざるを得ません。

こんな所を見ると矢張りメキシコはモノ作りには不適な国ですね。
  1. 2018-11-06 13:56
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

今年は日墨修好通商条約が締結されてから130年になります。

130年前には日本とメキシコの国の格はほぼ同じとされたわけです。これは日本が初めて結んだ対等な条約でありメキシコからはアジアの国と結んだ最初の条約だと言います。まあ130年でエライ差がついたものです。メキシコ史を調べたことがありますが、どうしようもないクソなものだと思ったものです。

まず宗主国のスペインがだらしがない。本当に植民地で食っていくんだと考えれば19世紀あたりだってもっともっとやりようはあったでしょう。新規に探検をしても銭がないから開発ができないと言って放棄したり英米と衝突すると簡単に負ける。本当に気合を入れて戦争したんだろうかと思うことばかりです。本当にコイツラ根性があるのかと思うことばかりです。

国の条件としたらそんなに悪くない。戦前は世界有数の産油国、戦後一時期は低迷しましたが新規の油田の発見でかなり条件は良かったはずなのに、いつまで経ってもまともな工業化をしない。貧富の差は言うに及ばず都会は皆貧民窟と化している。隣にアメリカという国があるとはいえいつまでも出稼に出ていく連中や国を捨てる連中が絶えない。

本当に思うのですが進歩する国と停滞して発展しない国は最初から決まってるとしか言いようがありません。

20世紀初頭の大国は今でもそうです。

これはおそらく労働というものについての観念の差なのでしょうか。
マックス・ウェーバーはそれをプロテスタンティズムに求めましたが果たしてそうだろうかとも思います。
ドイツはともかく英仏はそんなこと言えませんし何よりもアメリカや日本について説明がつくでしょうか。
鈴木正三の話がありましたが労働というものについてなにか特異な観念がある国民だけではないかという気がします。

例えばフランス人はフランス革命の真っ最中に子午線の長さを図りメートル法の基礎を定めました。普通の感覚ではない人々なのです。世界で初めて工業大学を作ったのも彼らですしこの当たりたの欧州人とも異なってます。米国あたりはどうなのでしょう。資源や農業の問題は別にしても連中はその心性として相当に中世を引きずってます。ヤードポンド法を未だに維持する不合理性を持ったままでもあります。でも世界最大の強国にはなっている。

これはもはや約束されたものだとしか思えません。以前にもタイ国の話で言った思いですがこれはずっと続くんじゃないかという気がします。支那やインドが21世紀の大国だと言ってますがどちらも途中で潰れるんじゃないか、そういう気がしてなりません。

これは相当国民の本性に根ざしたものですからなんとも言えない気がします。






  1. 2018-11-06 19:20
  2. URL
  3. kazk #cPv2SIBE
  4. 編集

To:kazk さん

> 今年は日墨修好通商条約が締結されてから130年になります。
>
> 130年前には日本とメキシコの国の格はほぼ同じとされたわけです。これは日本が初めて結んだ対等な条約でありメキシコからはアジアの国と結んだ採捕の条約だと言います。まあ130年でエライ差がついたものです。メキシコ史を調べたことがありますが、どうしようもないクソなものだと思ったものです。
>
> まず宗主国のスペインがだらしがない。本当に植民地で食っていくんだと考えれば19世紀アタラだってもっともっとやりようはあったでしょう。新規に探検をしても銭がないから開発ができないと言って放棄したり英米と衝突すると簡単に負ける。本当に気合を入れて戦争したんだろうかと思うことばかりです。本当にコイツラ根性があるのかと思うことばかりです。
>
> 国の条件としたらそんなに悪くない。戦前は世界有数の産油国、戦後一時期は低迷しましたが新規の油田の発見でかなり条件は良かったはずなのに、いつまで経ってもまともな工業化をしない。貧富の差は言うに及ばず都会は皆貧民窟と化している。隣にアメリカという国があるとはいえいつまでも出稼に出ていく連中や国を捨てる連中が絶えない。
>
> 本当に思うのですが進歩する国と停滞して発展しない国は最初から決まってるとしか言いようがありません。
>
> 20世紀初頭の大国は今でもそうです。
>
> これはおそらく労働というものについての観念の差なのでしょうか。
> マックス・ウェーバーはそれをプロテスタンティズムに求めましたが果たしてそうだろうかとも思います。
> ドイツはともかく英仏はそんなこと言えませんし何よりもアメリカや日本について説明がつくでしょうか。
> 鈴木正三の話がありましたが労働というものについてなにか特異な観念がある国民だけではないかという気がします。
>
> 例えばフランス人はフランス革命の真っ最中に子午線の長さを図りメートル法の基礎を定めました。普通の感覚ではない人々なのです。世界で初めて工業大学を作ったのも彼らですしこの当たりたの欧州人とも異なってます。米国あたりはどうなのでしょう。資源や農業の問題は別にしても連中はその心性として相当に中世を引きずってます。ヤードポンド法を未だに維持する不合理性を持ったままでもあります。でも世界最大の強国にはなっている。
>
> これはもはや約束されたものだとしか思えません。以前にも大国の話で言った思いですがこれはずっと続くんじゃないかという気がします。支那やインドが21世紀の大国だと言ってますがどちらも途中で潰れるんじゃないか、そういう気がしてなりません。
>
> これは相当国民の本性に根ざしたものですからなんとも言えない気がします。



興味深い話、有難う御座います。
確かにメキシコと日本、130年前は似たような存在に見えたかもしれません。
しかし一番大きな存在はアルゼンチンでしょう。
「世界には4種類の国がある。先進国と途上国、そして日本とアルゼンチンだ」、こう言ったのはノーベル賞学者のクズネッツでしたが、これが欧米の見方だったんですね。
そしてアルゼンチンの没落もですが、メキシコに至っては隣国がアメリカ。
こうしてみると資源のあるなしに関わらず中南米が問題だという事になる。先進国になれる国は最初から決まっているというのは間違いないでしょう。

実はスペインがだらしないというのは間違いないのですが、どうも見ていくと黒い伝説と言われる反スペインプロパガンダが有ります。
黒い伝説
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E3%81%84%E4%BC%9D%E8%AA%AC

私が気にしているのはこの黒い伝説でスペイン貶めに成功したイギリス・オランダがその後の世界の覇権を手にするのですが、日露戦争以降の反日プロパガンダがこの黒い伝説の成功の「2匹目の泥鰌」狙い、こう見えるわけです。
南京大虐殺だの従軍慰安婦だの、有りもしないことをいつまでたっても言い募る。このルーツが黒い伝説プロパガンダによるスペイン没落作戦成功の成功体験にあると思えるのです。

そんな所がイギリス人であるヘンリー・ストークス氏が指摘すること。
「反日プロパガンダに負けてしまうと、日本人の精神を蝕まれ、没落してしまう。だから反日プロパガンダと戦わねばいけない」、こうなるんだと思います。
  1. 2018-11-07 12:55
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  3. 短足おじさん二世 #-
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