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2018-09-29 17:10

マルクス主義とは


 9月26日に「左翼とリベラルの違い<アメリカの話です」をエントリーしたのだが、同じtarafuku10さんが米国の政治学者、ポール・ケンゴーによる動画「カール・マルクスって誰?」を訳している。大変面白いので全文引用します。
尚tarafuku10さんが言っているように米国向けなのでそれを承知で見る必要があります。
それと、さらりと書いてありますがとんでもない内容も有りますので、その内容で私の知るところも補足として書いてみます。

では最初に「カール・マルクスって誰?」から
<以下引用>
https://twitter.com/tarafuku10/status/1044248638438936576

tarafuku10
米国の政治学者、ポール・ケンゴーによる動画「カール・マルクスって誰?」を訳してみた。共産主義を批判する立場からのマルクスの解説。今回も、基本的に米国人対象の動画であることにご留意ください。
8:34 - 2018年9月24日
2018-9-29マルクス主義の解説bytarafuku10さん 







思想には結果が伴います。良い場合もあれば、悪い場合もあります。そして、破滅的な場合もあります。そう、カール・マルクスの思想のように。
2018-9-29マルクス主義1 



マルクスは1818年にドイツのトリーアで生まれました。彼が共産主義を発明したわけではありません。しかし、彼の思想に基づき、レーニンとスターリンはソビエト連邦を建国し、毛沢東は共産主義中国を建国し、北朝鮮のキム一族やキューバのカストロ一族を含む数多くの独裁者が共産主義政権を築きました。
2018-9-29マルクス主義2 

 

究極的に「マルクス主義者」を自称するこれらの政権や運動により、約1億人が殺され(引用者注1参照)、10億人超が奴隷化されました。マルクスは、労働者、特に現場労働者が資本家に搾取されていると信じていました。マルクスによれば、資本家とは「生産手段」(主に工場)を所有し、ほとんど肉体的労働をしない人々です。
2018-9-29マルクス主義3 

 

彼はその著作『資本論』において、労働者による革命のみがこの不正義をただすことができると論じています。その革命とはどのようなものでしょうか?
2018-9-29マルクス主義4 

 


マルクスと彼の共同作業者であるフリードリッヒ・エンゲルスは、『共産主義者宣言』においてそれを詳説しています。そこには、「財産権と相続権の廃止」「銀行、通信、輸送の国家による中央集権化」、その他さまざまな同様の主張が含まれます。
2018-9-29マルクス主義5 

 


言い換えれば、国家がほとんどすべてを所有し、統制するということです。マルクスの存命中も、こうした考えは欧州の知識人の活発な議論・討論の対象になりましたが、それ以上のものではありませんでした。1917年にロシアでウラジミール・レーニンが権力を握るまでは。そして、これが全てを変えました。
2018-9-29マルクス主義6 

 


度重なる経済的失敗にもかかわらず、レーニンのロシア(ソビエト連邦)は世界中の独裁者の手本となりました。マルクスの思想が実践された場所では、生活は常に、少しどころか大幅に悪化しました。ソビエト/東欧/中国/北朝鮮/ベトナム/キューバ/ベネズエラ/ボリビア/ジンバブエ。例外は1つもありません。
2018-9-29マルクス主義7 

 


マルクス主義の向かうところ、経済は崩壊し、恐怖と飢えが訪れます。人間を酷く苦しめるという壊滅的な失敗がマルクス主義の避けられない遺産だとすれば、なぜ多くの人、特に現在の若者たちがこれを擁護するのでしょうか?(引用者注2:ソ連の失敗は80年代初頭まで分からなかった)
2018-9-29マルクス主義8 

 


マルクス主義の信奉者による最も一般的な回答は、「彼ら」(それが指すのが、レーニン、スターリン、チャベスでも)はマルクス主義を実践していなかったというものです。何か間違ったやり方をした、と。
2018-9-29マルクス主義9 

 


マルクス主義とは、根本的には、私たちが持つものを分け合うことだそうです。「それぞれが能力に応じて働き、ニーズに応じて受け取る」とマルクスは表現しています。良い話に聞こえるかもしれません。しかし、これは何を意味するのでしょうか。誰が能力を決めるのか? 誰がニーズを決めるのか?
2018-9-29マルクス主義10 

 


答えは国家です。支配層のエリートです。マルクス主義では、国家が全ての権力を持ちます。したがって、レーニン、毛沢東、ポルポトなど、マルクス主義の独裁者はマルクス主義を正しく実践したのです。それが真実です。彼らは絶対的な権力を欲しがり、マルクス主義がそれを実現する手段を与えたのです。
(引用者注3:マルクスは労働者の味方のように思われているが、実際は労働者をバカにした)
2018-9-29マルクス主義11 

 


カール・マルクスは彼の理論の結果に直面することはありませんでした。大人になってからのほとんどの時間を、エンゲルスという共同作業者/パトロンの援助を受けながら、英国ロンドンの自由な空気の中で過ごしました。エンゲルスの資金も裕福な商人だった父の遺産を相続したものです。
2018-9-29マルクス主義12 

 


マルクスは大英博物館の閲覧室で研究/執筆しながら暮らしました。「科学的」という言葉に執着していましたが、彼の理論を証明するためのデータをまとめることはできませんでした。それには理由があります。彼の理論を証明するデータなどなかったのです。図書館で多くの時間を過ごしたにもかかわらず...
2018-9-29マルクス主義13 

 


...私有企業が商品とサービスを自由に交換する資本主義が、一時的な局面に過ぎないことを示すデータを見つけられませんでした。工業化時代を通して、労働条件は改善し、富は拡大しました。マルクスは自分の正しさを主張するために、古いレポートに頼らざるを得ませんでした。
2018-9-29マルクス主義14 

 


しかも、彼のあらかじめ決めた理論に合わせるために、データを操作する必要がありました。しかし、マルクスは彼の理論を証明することに特に興味はありませんでした。暴力によってのみ理論を実践できることを彼は知っていたのです。彼自身がそう書いています。「もちろん、(共産主義は)最初は...
2018-9-29マルクス主義15 

 


...専制的な襲撃以外の手段では達成できない」(彼の目的は)「全ての既存の社会状況を力で転覆することでしか実現できない」。全ての既存の社会状況。これには、宗教、家族、私有財産、自由、民主主義が含まれます。マルクスの地上の楽園構想を実現するには、これらすべてが消える必要があります。(引用者注4:宗教、家族、私有財産、自由、民主主義を否定するのが現代の左翼思想、フランクフルト学派です)
2018-9-29マルクス主義16 

 


しかし、自由や財産を自発的に差し出す人はほとんどいないので、マルクス主義国家を作るには銃、監獄、裁判なしの処刑が必ず必要です。レーニンをはじめとするマルクスの数多くの弟子たちは、これを問題とは考えません。アイドル的人気を誇る革命家のチェ・ゲバラなどは、これをボーナスだと考えます。
2018-9-29マルクス主義17 

 


「人を処刑するための証明など私には必要ない。処刑が必要なのだという証明さえあればよい」とゲバラは自慢そうに述べたと伝えられています。
(引用者注5:ゲバラが好きなのは日本にもいます。ビーチ前川さんなど)
2018-9-29マルクス主義18 

 


マルクス主義に起因するこうしたすべての死、苦しみ、破壊を経た後も、あなたがマルクス主義のファンだと言うなら、それはあなたの権利です。しかし、責任を持ちなさい。「マルクス主義はこれまでに実践されたことがない」などというセリフの陰に隠れたりしないように。

既に結果は出ています。(了)
2018-9-29マルクス主義19 

<引用終り>

(引用者注1:「約1億人が殺され」について)
此処に共産主義黒書という書物がある。

参考エントリー:「理念が正しければ民主性は問わない  2016-06-29」

1997年にフランスで「共産主義黒書」という本が発売され、大評判になった。
著者の6人の研究者たちがこの本を書こうと思い立ったのは、ヒトラーもスターリンもやったことは同じというところにある。
この中で、共産党が戦争以外で殺した人の数、つまり粛清やテロや強制収容所などで虐殺した人の数を調べて以下のように列挙している。

 ソ連(ロシア):2000万人
 支那:6500万人
 ベトナム:100万人
 北朝鮮:200万人
 カンボジア:200万人
 東欧:100万人
 ラテンアメリカ:15万人
 アフリカ:170万人
 アフガニスタン:150万人
 国際共産主義運動(コミンテルン)と政権についていない共産党によって殺害された人:約1万人
 総計:約1億人

これほどの残虐行為を行なった共産主義は、これまで一度も裁かれていない。
そしてこの大著が出版されてから20年。実際の死者はもっと多そうだと言われているが、まだそれを纏めたものはない。まあそんな風でこの数字を見てください。



(引用者注2:ソ連の失敗は80年代初頭まで分からなかった)
ソ連の崩壊は91年だが、89年にはもうガタガタであることは知られていた。しかし80年代初頭まではソ連は上手く行っていると西欧職期では信じられていた。以下エントリー参照ください。
「私は未来を見た うまくいっている未来を<ソ連の話です  2018-01-18」


(引用者注3:マルクスは労働者の味方のように思われているが、実際はマルクスは労働者を馬鹿にし、金銭には極めて汚い人間だった
参考エントリー:「中国のマルクス礼賛、だがマルクスは労働者をバカにした  2018-05-11」


(引用者注4:宗教、家族、私有財産、自由、民主主義を否定するのが現代の左翼思想、フランクフルト学派です)
例えばこんなものが参考になります
こんな人間としての徳目をすべて否定したら・・・、後はケダモノの道しか残りません。
最近の左翼パヨクが出鱈目をやっていますが、すべてこれですね。ケダモノです。



(引用者注5:ゲバラが好きなのは日本にもいます。ビーチ前川さんなど)
参考エントリー:前文部科学事務次官いわく、ネトウヨは「教育の失敗」
2017-11-23ゲバラと前川 

  1. 思想
  2. TB(0)
  3. CM(6)

コメント

タイで10年以上前に買ったチェゲバラのTシャツを持っています。
最初は誰だか知らなかったのですが。(笑)
後に、無報酬で関係のないキューバのアメリカからの独立に貢献した強くてハンサムでクールな男というイメージでした。
しかし、この記事を読むと、気持ち悪くて・・・もういいかげん捨てようかなと思いました。でももったいないので、バイクを拭く雑巾にしようと思います。
  1. 2018-10-01 18:53
  2. URL
  3. NINJA300 #/xzFVZWc
  4. 編集

ご挨拶です。今後意見交換させてください。

短足おじさんさまに、ぜひ見て欲しいブログがあります。

ちりちゃんです。
今回、ご挨拶。
今後、意見交換させてください。

ハンネ長いので、呼び方、「短足さま」にしますね。
(私のハンネだけど、ここでは、たしか「ナノ」だったけかな。違うハンネでだしてましたけど、思うとこあって、一番広がってるものに変えます。短足さまのことだから、このハンネでググりますよね。あと、短足さんは、私のヒッカケFC2サイトにも、何回か来ています。アハです。)


自己紹介はここまでにして、マルクス、この観点からの分析もあります。時代背景。

↓↓↓↓↓↓↓↓↓
18世紀から19世紀は科学上の発見が相次いでものの見方に革新が生まれていた時代だ。19世紀はドルトンが原子説を唱え、アボガドロが分子説を唱え、メンデレーエフが元素の周期表を作り、ダーウィンが「種の起源」を著したような時代だ。新しく発達してきた科学的なモノの見方に非常に高い信頼が寄せられるようになった時代だ。マルクスは科学的・合理的な思考を自然科学だけの思考とせずに、哲学や社会科学にも適応すべきだと考えた。

この観点、この方面からの分析、ビビビときた。短足さんも、キット、ムムっとなると思ってます。

長いけど、全文、あげます。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ここで共産主義がどのような背景で生まれ、急速に広がることになったのかについて、簡単に眺めてみよう。
まず知ってもらいたいのは、共産主義はもともとは19世紀という歴史性を持った考えだということだ。(ここで言う共産主義とは、カール・マルクスによって築かれた、いわゆるマルクス主義のことだ。)
マルクスが共産主義の理論を打ち立てた19世紀というのは、自然科学上の発見が本格的な近代工業の発展に大きく寄与するようになり、人々の暮らしにも大変容をもたらすようになった時代だ。近代的な工場が生み出され、技術革新によって工業の生産性がどんどんと高まっていった。これによって時代の波にうまく乗った経営者が大金持ちになる一方で、そこで働く労働者には悲惨な現実が待っていた。
ではその生活実態とは具体的にはどのようなものだったのか。カール・マルクスの盟友のフリードリヒ・エンゲルスは「イギリスにおける労働者階級の状態」という本を書いているが、その中で8〜9歳の子供たちに食事時間や休憩時間を含めずに1日14時間から16時間の労働をさせているとか、中には5〜6歳の子供でも雇う場合があるとか、連続で30時間とか40時間働かせる実例もあるとか、9畳程度の広さの中で夫婦と子供併せて6〜7人が暮らしているということが珍しくないとか、凄まじい話をたくさん登場させている。
ここで理解をしておきたいのは、こうした現実に対して当時の社会科学は全く無力であったであったということだ。例えば当時の経済学の主流派の考えは、経済は神の見えざる手によって自動的に調節されるようにできているから、国家が経済に介入するのは最小限度に留めるべきだというものだった。ものすごい勢いで大金持ちになっていく資本家がいる一方で、絶望的なほど悲惨な暮らしを強いられる多数の労働者がいるとしても、それは市場の需給関係を反映したもの=市場の最適配分の結果でしかないと考えるわけだ。過酷な労働をしたくなければ仕事を辞めるのは自由なんだから文句を言うのは筋違いではないかと考えるわけだ。もっと高い給料を支払わせるべきだと言っても、高い給料では雇おうとする資本家の数は減ることになるから、そんなことをしたら失業の憂き目に遭う労働者が増えることになる。それでもいいのかというのだ。
現実にとても見過ごせない非人間的な状況が広がっていながら、この状況を解決できる理論が当時にはなかったわけだ。そして従来の理論によれば、これは最適配分の結果、つまり経済学的にはベストの状態なのだということになる。そんな社会問題を解決できない理論を学問と呼んでいいのか…これがマルクスの問題意識だ。マルクスはこの問題を解決する理論を自分で編み出して根本的な解決を図りたいと思い、研究に没頭する。そして哲学・歴史学・経済学・政治学を横断する壮大な学問体系を築き上げた。
18世紀から19世紀は科学上の発見が相次いでものの見方に革新が生まれていた時代だ。19世紀はドルトンが原子説を唱え、アボガドロが分子説を唱え、メンデレーエフが元素の周期表を作り、ダーウィンが「種の起源」を著したような時代だ。新しく発達してきた科学的なモノの見方に非常に高い信頼が寄せられるようになった時代だ。マルクスは科学的・合理的な思考を自然科学だけの思考とせずに、哲学や社会科学にも適応すべきだと考えた。旧約聖書には神は自らの姿に似せて人間を作ったと書かれているが、実は人間が自らの姿に似せて神を作ったのが実際ではないか。神は人間の想像が生み出したものにすぎない。しかも人間の考えというものは、時代や環境を超越したものではなく、むしろ時代や環境に大きく規定されているものでもある。世の中が動けば考え方も変わり、その考え方の変化が社会にも影響を及ぼしていく。そういう様々な変化の中でぶつかり合う動きも様々あるわけだが、そのぶつかり合いが押し合いへし合いしながら新たな変化を作り出していくと捉えるのが現実的な捉え方ではないか。彼が考えた弁証法的唯物論とは、単純化すればこのような考え方だ。
彼はこのものの見方を歴史の流れを捉えるところにも応用した。それが史的唯物論と呼ばれている。この史的唯物論を捉えるのに大切な概念として、生産手段と生産関係というものがあるので、まずはそれから理解しよう。
人間が生産活動を行うためには、土地と資本と労働が必要になる。例えば農業においては、農地(土地)において種や農機具(資本)を用いて人間が耕作(労働)を行うことで農産物ができるわけだ。工業においては、工場(土地)に据えられた機械や原材料(資本)を人間が操作(労働)することで工業製品ができるわけだ。このうち労働は実際に働く人間からは切り離せないが、土地や資本は実際に働く人の所有である必要はない。地主の土地で地主の持つ農機具を借りながら農作業を行う小作人もいるわけだし、工場労働者は会社の土地や機械を所有しているわけではない。このような労働以外の2つの要素(つまり、土地と資本)のことを生産手段と呼ぶ。
これに対して生産関係とは、生産が行われる上において結ばれている人間相互の関係のことだ。これは単純に資本家が労働者を支配するのが資本主義のあり方だという話だけではない。資本主義においてモノの生産を効率的にするためには、分業が高度に発達するというところもマルクスは見ている。これは1つの社内において分業がどんどん進んでいくということだけを意味するわけではない。様々な会社が分業することによってものづくりが成り立ち、その複雑さはどんどんと高度化していく。例えばトヨタの車の生産に関わっている部品メーカーは何百社か何千社かあるはずで、そうした会社の共同作業によって初めてトヨタ車が完成車として出荷できるようになっている。このように分業のレベルが複雑・高度化していくことを生産関係の社会化と呼んでいる。
近代資本主義においては生産手段は資本家の私的所有のままであるのに対して、生産関係は社会化されている。つまり、どのくらいの生産量が好ましいかは生産手段を所有する資本家が個別企業ごとに個別バラバラに勝手な見通しを立てて行うのに対して、現実の生産関係は社会化された高度な分業体制になっているので、そこに矛盾があるというのだ。1種類の部品が不足していても完成品はできないわけだが、どの部品をどの数量を作るのかは各社がバラバラに判断するから、不足する部品が出てくることもありうるだろう。各企業は社会全体の需要見通しに合わせて生産しているわけではないので、見通しの甘さから過剰生産に陥ることだって起こるだろう。
では生産手段の所有状況と社会化された生産関係との矛盾はどのようにすれば解消するのか。それは各社ごとにバラバラに仕事をしてはうまくいかないほど高度に分業した生産関係に合わせた生産手段の所有関係に移行すればよいとマルクスは考えた。すなわち、生産手段の所有を私的所有から公的所有に変換すればよい。社会的に求められる需要量に合わせた生産量を計算し、それをみんなで分業するとすれば、生産の過不足なくバランスの取れた経済が実現できるはずだ。そこには支配―被支配の関係はなく、社会全員が平等な世の中が生まれる。過剰労働や不当なプレッシャーから解放され、人間が人間らしく生きられる条件が初めて実現できる。これが社会主義・共産主義だ。
歴史においては傑出した英雄が出てくることによってある国が突然強くなることもあるし、愚かな指導者によって国が衰退し滅ぶこともあり、意外な合従連衡もあれば裏切りもあって、表面的には固定された筋書きも法則性も感じられないドラマに溢れている。だが生産手段と生産関係から規定される経済システムという見地から考察すれば、世界はいずれも原始共産制→古代奴隷制→中世封建制→近代資本主義という歩みをしてきたのだとマルクスは規定する。つまり、このような物質的基礎に基づいて歴史を眺めるならば、そこには個々人の思惑といったものを超えて歴史の底流に流れる法則性のようなものが浮かび上がってくるというわけだ。そしてこれまでの歴史がこのような科学的な法則性に従って進んできたのであるなら、今後の歴史もまた同じ法則性に貫かれて進んでいくはずであるとマルクスは考えた。すなわち、資本主義における生産手段と生産関係の矛盾(生産手段の私的所有と生産関係の社会化との矛盾)から社会主義・共産主義へと社会が移っていくのは歴史的な必然なのだというわけだ。このようなモノの見方を、唯物論を歴史に応用したということで、史的唯物論という。
さて、ここでよく考えてもらいたい。一方には勃興する資本主義の波にうまく乗って大金持ちになる資本家がいる。もう一方には劣悪な労働条件のもとで1日に16時間とか働かされている人達がいる。その中には子どもたちも多数含まれており、そういう過酷な環境で短い生涯を閉じざるをえないことも多い現実があるわけだ。仮に自分がたまたま運良く裕福な家庭に生まれ落ちたとしても、あまりに理不尽な環境で生きていかなければならない膨大な貧民たちの存在を知れば、そこに胸を痛めるのは自然なことではないだろうか。そして貧民たちの過酷な現実に激しく心を痛めている純真な人なら、彼らをそんな現実から救い出すような学説に触れることがあれば、心が鷲掴みされることは大いにあるだろう。
しかもこの学説は信じるものに陶酔感を与える。この理論が指し示す方向に自分の生き方を重ねていけば、自分は人間の歴史を進歩の方向に推し進める一翼を担うことができるのだ。階級差別のない真に平等な世界を切り開くことの一助となることができるとしたら、人類史においてこんなに輝かしいことはないだろう。どんな困難があっても、どんな弾圧を受けようとも、屈しないで戦い抜くとすれば、それこそ人類に貢献する究極の生き方ではないか。
そもそもマルクス自身がもともと裕福な家庭に生まれ育ちながら、貧しい人たちを救い出す学説を完成させ、またその学説に基づいて世の中を変えることに没頭し、貧苦にあえぐ生活に飛び込んでいったのだ。貧乏生活の中で我が子を次々と亡くしていくのだが、その子たちを入れる棺を買うお金もなかったと言われている。
本来なら単なる一学説にすぎないはずの共産主義が急速にエリート層に浸透していった背景には、あまりに過酷な暮らしを強いられている貧しい人たちを救い出すことを目的として生み出された理論が共産主義しかなかったという事情があるのだ。貧苦に喘ぎながら理論を完成させていったマルクスの殉教者を思わせるような姿にも感動がある。この理論を実践することによって人類を前進させる歴史的な役割を果たせるのだという確信が、純真な若者の心を捉えて離さない魅力であったことを、ぜひ理解してもらいたいのだ。
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このサイトビリビリしている、私なのですが、ぜひ、短足さんも、ご覧になっていただけないかなと思う次第です。
もちろん、短足さんの観点、具体的数値・・・etcも、ビリビリしています。
タイアップできないかな。すぐには、無理だけど。

岐路に立つ日本を考える
http://kironitatsu.blog.fc2.com/
・・・最近、更新が遅ぎみ。リアルでは、いろいろあると想定。

長くなったけど、全部を読んでいただいたとしたら、
ありがとうございました。
  1. 2018-10-01 23:37
  2. URL
  3. ちりちゃんです。 #9OCdGr.6
  4. 編集

To:NINJA300 さん

> タイで10年以上前に買ったチェゲバラのTシャツを持っています。
> 最初は誰だか知らなかったのですが。(笑)
> 後に、無報酬で関係のないキューバのアメリカからの独立に貢献した強くてハンサムでクールな男というイメージでした。
> しかし、この記事を読むと、気持ち悪くて・・・もういいかげん捨てようかなと思いました。でももったいないので、バイクを拭く雑巾にしようと思います。




ゲバラ雑巾ですか。
雑巾は自分が真っ黒になることで相手を綺麗にする、こう見てくるとゲバラのやったことも分からない訳ではない。
ゲバラ雑巾、バイクが喜ぶと思います。綺麗になりますからね。
  1. 2018-10-02 07:32
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

ゲバラTシャツ

ゲバラのTシャツ、私も持っています。10数年前、お茶の水のスポーツ用品店の店頭でセールになっていたので買いました。さすがに外には着ていけませんけどね。

ゲバラの業績は今となってはどうでもいいものばかりですが、あのポスターのデザインは秀逸だと思います。スターリンや毛沢東のポスターとは雲泥の差です。どうやってデザインしたのか興味がありました。

ちょうどポスターの元になる写真が載っている写真集があったので買って比較してみたのですが、引いて撮影した写真から顔をトリミングして作っただけでした。間延びしています。ずいぶん上手にポスターにしたものだと感心しました。

あのポスターは、ゲバラをヒーローにした大きな要因のひとつだったんでしょうね。
  1. 2018-10-02 08:59
  2. URL
  3. Kamosuke #-
  4. 編集

Re: ゲバラTシャツ

> ゲバラのTシャツ、私も持っています。10数年前、お茶の水のスポーツ用品店の店頭でセールになっていたので買いました。さすがに外には着ていけませんけどね。
>
> ゲバラの業績は今となってはどうでもいいものばかりですが、あのポスターのデザインは秀逸だと思います。スターリンや毛沢東のポスターとは雲泥の差です。どうやってデザインしたのか興味がありました。
>
> ちょうどポスターの元になる写真が載っている写真集があったので買って比較してみたのですが、引いて撮影した写真から顔をトリミングして作っただけでした。間延びしています。ずいぶん上手にポスターにしたものだと感心しました。
>
> あのポスターは、ゲバラをヒーローにした大きな要因のひとつだったんでしょうね。



いやあ、面白い話、有難う御座います。
一枚の写真が世界を変える事があると言いますが、ゲバラのポスターもそんな一枚だったという事ですね。
良い話を聞きました。

私も写真は好きで、世界を変えるとは言いませんが、一枚でもいい写真は良い。そんな写真を撮りたいと常々思っています。
そんな写真を撮るように頑張りたいものです。
  1. 2018-10-03 08:34
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

Re: ご挨拶です。今後意見交換させてください。

> 短足おじさんさまに、ぜひ見て欲しいブログがあります。
>
> ちりちゃんです。
> 今回、ご挨拶。
> 今後、意見交換させてください。
>
> ハンネ長いので、呼び方、「短足さま」にしますね。
> (私のハンネだけど、ここでは、たしか「ナノ」だったけかな。違うハンネでだしてましたけど、思うとこあって、一番広がってるものに変えます。短足さまのことだから、このハンネでググりますよね。あと、短足さんは、私のヒッカケFC2サイトにも、何回か来ています。アハです。)
>
>
> 自己紹介はここまでにして、マルクス、この観点からの分析もあります。時代背景。
>
> ↓↓↓↓↓↓↓↓↓
> 18世紀から19世紀は科学上の発見が相次いでものの見方に革新が生まれていた時代だ。19世紀はドルトンが原子説を唱え、アボガドロが分子説を唱え、メンデレーエフが元素の周期表を作り、ダーウィンが「種の起源」を著したような時代だ。新しく発達してきた科学的なモノの見方に非常に高い信頼が寄せられるようになった時代だ。マルクスは科学的・合理的な思考を自然科学だけの思考とせずに、哲学や社会科学にも適応すべきだと考えた。
>
> この観点、この方面からの分析、ビビビときた。短足さんも、キット、ムムっとなると思ってます。
>
> 長いけど、全文、あげます。
> ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
> ここで共産主義がどのような背景で生まれ、急速に広がることになったのかについて、簡単に眺めてみよう。
> まず知ってもらいたいのは、共産主義はもともとは19世紀という歴史性を持った考えだということだ。(ここで言う共産主義とは、カール・マルクスによって築かれた、いわゆるマルクス主義のことだ。)
> マルクスが共産主義の理論を打ち立てた19世紀というのは、自然科学上の発見が本格的な近代工業の発展に大きく寄与するようになり、人々の暮らしにも大変容をもたらすようになった時代だ。近代的な工場が生み出され、技術革新によって工業の生産性がどんどんと高まっていった。これによって時代の波にうまく乗った経営者が大金持ちになる一方で、そこで働く労働者には悲惨な現実が待っていた。
> ではその生活実態とは具体的にはどのようなものだったのか。カール・マルクスの盟友のフリードリヒ・エンゲルスは「イギリスにおける労働者階級の状態」という本を書いているが、その中で8〜9歳の子供たちに食事時間や休憩時間を含めずに1日14時間から16時間の労働をさせているとか、中には5〜6歳の子供でも雇う場合があるとか、連続で30時間とか40時間働かせる実例もあるとか、9畳程度の広さの中で夫婦と子供併せて6〜7人が暮らしているということが珍しくないとか、凄まじい話をたくさん登場させている。
> ここで理解をしておきたいのは、こうした現実に対して当時の社会科学は全く無力であったであったということだ。例えば当時の経済学の主流派の考えは、経済は神の見えざる手によって自動的に調節されるようにできているから、国家が経済に介入するのは最小限度に留めるべきだというものだった。ものすごい勢いで大金持ちになっていく資本家がいる一方で、絶望的なほど悲惨な暮らしを強いられる多数の労働者がいるとしても、それは市場の需給関係を反映したもの=市場の最適配分の結果でしかないと考えるわけだ。過酷な労働をしたくなければ仕事を辞めるのは自由なんだから文句を言うのは筋違いではないかと考えるわけだ。もっと高い給料を支払わせるべきだと言っても、高い給料では雇おうとする資本家の数は減ることになるから、そんなことをしたら失業の憂き目に遭う労働者が増えることになる。それでもいいのかというのだ。
> 現実にとても見過ごせない非人間的な状況が広がっていながら、この状況を解決できる理論が当時にはなかったわけだ。そして従来の理論によれば、これは最適配分の結果、つまり経済学的にはベストの状態なのだということになる。そんな社会問題を解決できない理論を学問と呼んでいいのか…これがマルクスの問題意識だ。マルクスはこの問題を解決する理論を自分で編み出して根本的な解決を図りたいと思い、研究に没頭する。そして哲学・歴史学・経済学・政治学を横断する壮大な学問体系を築き上げた。
> 18世紀から19世紀は科学上の発見が相次いでものの見方に革新が生まれていた時代だ。19世紀はドルトンが原子説を唱え、アボガドロが分子説を唱え、メンデレーエフが元素の周期表を作り、ダーウィンが「種の起源」を著したような時代だ。新しく発達してきた科学的なモノの見方に非常に高い信頼が寄せられるようになった時代だ。マルクスは科学的・合理的な思考を自然科学だけの思考とせずに、哲学や社会科学にも適応すべきだと考えた。旧約聖書には神は自らの姿に似せて人間を作ったと書かれているが、実は人間が自らの姿に似せて神を作ったのが実際ではないか。神は人間の想像が生み出したものにすぎない。しかも人間の考えというものは、時代や環境を超越したものではなく、むしろ時代や環境に大きく規定されているものでもある。世の中が動けば考え方も変わり、その考え方の変化が社会にも影響を及ぼしていく。そういう様々な変化の中でぶつかり合う動きも様々あるわけだが、そのぶつかり合いが押し合いへし合いしながら新たな変化を作り出していくと捉えるのが現実的な捉え方ではないか。彼が考えた弁証法的唯物論とは、単純化すればこのような考え方だ。
> 彼はこのものの見方を歴史の流れを捉えるところにも応用した。それが史的唯物論と呼ばれている。この史的唯物論を捉えるのに大切な概念として、生産手段と生産関係というものがあるので、まずはそれから理解しよう。
> 人間が生産活動を行うためには、土地と資本と労働が必要になる。例えば農業においては、農地(土地)において種や農機具(資本)を用いて人間が耕作(労働)を行うことで農産物ができるわけだ。工業においては、工場(土地)に据えられた機械や原材料(資本)を人間が操作(労働)することで工業製品ができるわけだ。このうち労働は実際に働く人間からは切り離せないが、土地や資本は実際に働く人の所有である必要はない。地主の土地で地主の持つ農機具を借りながら農作業を行う小作人もいるわけだし、工場労働者は会社の土地や機械を所有しているわけではない。このような労働以外の2つの要素(つまり、土地と資本)のことを生産手段と呼ぶ。
> これに対して生産関係とは、生産が行われる上において結ばれている人間相互の関係のことだ。これは単純に資本家が労働者を支配するのが資本主義のあり方だという話だけではない。資本主義においてモノの生産を効率的にするためには、分業が高度に発達するというところもマルクスは見ている。これは1つの社内において分業がどんどん進んでいくということだけを意味するわけではない。様々な会社が分業することによってものづくりが成り立ち、その複雑さはどんどんと高度化していく。例えばトヨタの車の生産に関わっている部品メーカーは何百社か何千社かあるはずで、そうした会社の共同作業によって初めてトヨタ車が完成車として出荷できるようになっている。このように分業のレベルが複雑・高度化していくことを生産関係の社会化と呼んでいる。
> 近代資本主義においては生産手段は資本家の私的所有のままであるのに対して、生産関係は社会化されている。つまり、どのくらいの生産量が好ましいかは生産手段を所有する資本家が個別企業ごとに個別バラバラに勝手な見通しを立てて行うのに対して、現実の生産関係は社会化された高度な分業体制になっているので、そこに矛盾があるというのだ。1種類の部品が不足していても完成品はできないわけだが、どの部品をどの数量を作るのかは各社がバラバラに判断するから、不足する部品が出てくることもありうるだろう。各企業は社会全体の需要見通しに合わせて生産しているわけではないので、見通しの甘さから過剰生産に陥ることだって起こるだろう。
> では生産手段の所有状況と社会化された生産関係との矛盾はどのようにすれば解消するのか。それは各社ごとにバラバラに仕事をしてはうまくいかないほど高度に分業した生産関係に合わせた生産手段の所有関係に移行すればよいとマルクスは考えた。すなわち、生産手段の所有を私的所有から公的所有に変換すればよい。社会的に求められる需要量に合わせた生産量を計算し、それをみんなで分業するとすれば、生産の過不足なくバランスの取れた経済が実現できるはずだ。そこには支配―被支配の関係はなく、社会全員が平等な世の中が生まれる。過剰労働や不当なプレッシャーから解放され、人間が人間らしく生きられる条件が初めて実現できる。これが社会主義・共産主義だ。
> 歴史においては傑出した英雄が出てくることによってある国が突然強くなることもあるし、愚かな指導者によって国が衰退し滅ぶこともあり、意外な合従連衡もあれば裏切りもあって、表面的には固定された筋書きも法則性も感じられないドラマに溢れている。だが生産手段と生産関係から規定される経済システムという見地から考察すれば、世界はいずれも原始共産制→古代奴隷制→中世封建制→近代資本主義という歩みをしてきたのだとマルクスは規定する。つまり、このような物質的基礎に基づいて歴史を眺めるならば、そこには個々人の思惑といったものを超えて歴史の底流に流れる法則性のようなものが浮かび上がってくるというわけだ。そしてこれまでの歴史がこのような科学的な法則性に従って進んできたのであるなら、今後の歴史もまた同じ法則性に貫かれて進んでいくはずであるとマルクスは考えた。すなわち、資本主義における生産手段と生産関係の矛盾(生産手段の私的所有と生産関係の社会化との矛盾)から社会主義・共産主義へと社会が移っていくのは歴史的な必然なのだというわけだ。このようなモノの見方を、唯物論を歴史に応用したということで、史的唯物論という。
> さて、ここでよく考えてもらいたい。一方には勃興する資本主義の波にうまく乗って大金持ちになる資本家がいる。もう一方には劣悪な労働条件のもとで1日に16時間とか働かされている人達がいる。その中には子どもたちも多数含まれており、そういう過酷な環境で短い生涯を閉じざるをえないことも多い現実があるわけだ。仮に自分がたまたま運良く裕福な家庭に生まれ落ちたとしても、あまりに理不尽な環境で生きていかなければならない膨大な貧民たちの存在を知れば、そこに胸を痛めるのは自然なことではないだろうか。そして貧民たちの過酷な現実に激しく心を痛めている純真な人なら、彼らをそんな現実から救い出すような学説に触れることがあれば、心が鷲掴みされることは大いにあるだろう。
> しかもこの学説は信じるものに陶酔感を与える。この理論が指し示す方向に自分の生き方を重ねていけば、自分は人間の歴史を進歩の方向に推し進める一翼を担うことができるのだ。階級差別のない真に平等な世界を切り開くことの一助となることができるとしたら、人類史においてこんなに輝かしいことはないだろう。どんな困難があっても、どんな弾圧を受けようとも、屈しないで戦い抜くとすれば、それこそ人類に貢献する究極の生き方ではないか。
> そもそもマルクス自身がもともと裕福な家庭に生まれ育ちながら、貧しい人たちを救い出す学説を完成させ、またその学説に基づいて世の中を変えることに没頭し、貧苦にあえぐ生活に飛び込んでいったのだ。貧乏生活の中で我が子を次々と亡くしていくのだが、その子たちを入れる棺を買うお金もなかったと言われている。
> 本来なら単なる一学説にすぎないはずの共産主義が急速にエリート層に浸透していった背景には、あまりに過酷な暮らしを強いられている貧しい人たちを救い出すことを目的として生み出された理論が共産主義しかなかったという事情があるのだ。貧苦に喘ぎながら理論を完成させていったマルクスの殉教者を思わせるような姿にも感動がある。この理論を実践することによって人類を前進させる歴史的な役割を果たせるのだという確信が、純真な若者の心を捉えて離さない魅力であったことを、ぜひ理解してもらいたいのだ。
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> このサイトビリビリしている、私なのですが、ぜひ、短足さんも、ご覧になっていただけないかなと思う次第です。
> もちろん、短足さんの観点、具体的数値・・・etcも、ビリビリしています。
> タイアップできないかな。すぐには、無理だけど。
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> ・・・最近、更新が遅ぎみ。リアルでは、いろいろあると想定。
>
> 長くなったけど、全部を読んでいただいたとしたら、
> ありがとうございました。



初めまして(としておきます)、コメント有難う御座います。
色んな考え方を議論するのは良い事です。これからも宜しくお願いします。

紹介いただいたマルクス主義についてですが、一番曲者の「剰余価値」、それから「能力の応じて働き、必要に応じて受け取る」、こんな所がもう少し突っ込んでほしい所ですね。
マルクスは労働とは奴隷労働と捉えていますので、私の永年やってきたことと大きく食い違います。

まあこんな事をいろんな角度・切り口で考えていきたいと思います。
  1. 2018-10-03 10:04
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  3. 短足おじさん二世 #-
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