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2018-09-01 08:03

ラオスのダム事故から黒四ダムの話へ


 ラオスのダム決壊事故について色々書いてきたのだが、調べていくうちに私の昔からの黒四ダムについての疑問が一つ解けた。
私の思いで話ですが、ラオスのダムの話の今後にもつながる話かも・・・。

先ずはこれを見てください。

2018-8-31黒四ダム 

黒四ダム(黒部ダム)です。素晴らしいダムですね。

疑問というのはこのダム、アーチ式ダムなのですが、両端がくの字に曲がっている。アーチ式ダムというのは両端は両側の岩盤にくっついている筈なのですが・・、なんでやねん・・。

これはアーチ式ダムの代表、フーバーダムです。

2018-8-31フーバーダム 

正式には重力式アーチダムだそうな。凄いダムですねえ・・・。堤高221m。総貯水量400億トンは日本に有る全部のダムの貯水量合計(約250億トン)より多い。


所でその黒四ダムですが、冒頭書いた両端がくの字に曲がっている理由が分かりました。建設途中の1959年(昭和34年)12月、フランスの新設されたアーチ式ダムで深刻なダム決壊事故が発生しました。ダムはマルパッセダム

現在のマルパッセダム遺構
2018-8-31マルパッセダム遺構 

現在も事故の記憶遺産として保存されているマルパッセダム遺構。完成当時は高さ66.5m、堤頂長222mのアーチ式ダムだった。
(写真の左上真っすぐな部分がオリジナルのダム天端、その右の階段状の所は崩壊したダム)
ダムは始めて満水になった直後、左岸の基礎の岩盤が水圧で押されて崩壊しダム崩壊、死者421名(500名以上の説あり)という大災害。

この事故で建設中であった黒部ダムに資金調達していた世界銀行がアーチ式ダムの建設工法に危惧を抱き、ダムの堤高を引き下げるよう勧告。結果、設計を変更して両翼に重力式のウィングダムを設けた。この他、東京電力により計画されていた奈川渡ダムは、この事故を受けて堤高を当初案の175メートルから155メートルに変更した。


なるほどねえ。こんな経緯があって黒四ダム(黒部ダム)は両端がくの字に折れたような形をしていたのか、納得しました。

そしてこれが奈川渡ダム。長野県の松本から上高地方面への途中にある。
2018-8i-31奈川渡ダム 

ダムの右側が上高地方面への梓川、左側が木曽方面、野麦峠方面への奈川。

ダムの上が国道158号線
2018-8i-31奈川渡ダムの上の国道158号線 

此処は何度も通りましたが、こんな話があるとは知りませんでした。


こんな思いで話とともに私の感想です。

今回のラオスのダム決壊事故は間違いなく人災です。
そして多分マルパッセダム事故の教訓のように、ラオスのダム事故も巨大建築物に対する信頼性問題を如何するか、そんな回答を迫られるでしょう。
少なくとも「壊れたサドルダムDを修理しただけ」、こんなことが許される筈は有りません。最悪の場合、このプロジェクトの放棄、あるいはメインダム2基、サドルダム残り4基を総見直し(やり直し)、こんな事も視野に入れた検討になるのではないでしょうか。

韓国としてこんな莫大な損失と韓国ブランドの毀損に耐えられるでしょうか。
こんなことでダムの話を終わります。



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コメント

こんにちは。

今回のラオスダム事故に東電が加わると聞いたとき、
電力会社…、ダム…と聞いて頭に浮かんだのは、関電・黒四ダムでした。
一度はあの「アルペンルート」で見てみたいなあと思いつつも叶わず、今シーズンでトロリーバスも廃止になると聞いて、焦っております。

黒部ダムの様式変更について、事故に基づき堤高引き下げを求めてきた世銀を説得すべくなされたものが第一要因(動機)であることはその通りだと思いますが、昨年夏にNHKの「ブラタモリ」で立山黒部を扱った際に言われたことの請け売りになるのですが、ダム設置場所下流300M左岸の沢谷筋『御前谷』
http://maps.gsi.go.jp/?ll=36.5625,137.65625&z=15#16/36.571191/137.656846/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1 
の存在が全アーチ式には不向きで、両袖を重力式にした理由であったと言います。右岸には切れ込んだ谷沢筋はないものの、左岸のこの谷筋が存在することで、通常のアーチ式として左右均等に耐荷分散をした場合、左岸の耐力に問題があると見たようです。
また中央のアーチ式部分についても、左右への重量分散ではなく、当該部分を前傾にすることで下方向へ重量をかけ、岩盤に支持させることにしたとも言います。

降ってわいた困難をプラスに転じた先人の智慧にはただただ頭が下がるばかりです。
一方で今回の事故を見ると、子供のころに川や海辺の砂遊びで「ダムだぁ~」と言って作った囲いの中に水を入れた途端、大決壊を起こした……、そんな姿とも重なるのですが(笑)

ダムの決壊、崩壊等はあってはならないとは思いますが、
所詮人間のすることですから、常に自然に勝てるわけではないことも事実です。
その結果を見せてくれる場所(同様の場所はあちこちにあるとは思いますが…)、越水して流れていく水の流れが雄大で、私の好きな場所のひとつです。
本題とは離れてしまいますが、ご容赦ください。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%A7%E3%82%A6%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%81%AE%E6%BB%9D


  1. 2018-09-01 17:09
  2. URL
  3. pochimaru #-
  4. 編集

To:pochimaru さん

> こんにちは。
>
> 今回のラオスダム事故に東電が加わると聞いたとき、
> 電力会社…、ダム…と聞いて頭に浮かんだのは、関電・黒四ダムでした。
> 一度はあの「アルペンルート」で見てみたいなあと思いつつも叶わず、今シーズンでトロリーバスも廃止になると聞いて、焦っております。
>
> 黒部ダムの様式変更について、事故に基づき堤高引き下げを求めてきた世銀を説得すべくなされたものが第一要因(動機)であることはその通りだと思いますが、昨年夏にNHKの「ブラタモリ」で立山黒部を扱った際に言われたことの請け売りになるのですが、ダム設置場所下流300M左岸の沢谷筋『御前谷』
> http://maps.gsi.go.jp/?ll=36.5625,137.65625&z=15#16/36.571191/137.656846/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0f1 
> の存在が全アーチ式には不向きで、両袖を重力式にした理由であったと言います。右岸には切れ込んだ谷沢筋はないものの、左岸のこの谷筋が存在することで、通常のアーチ式として左右均等に耐荷分散をした場合、左岸の耐力に問題があると見たようです。
> また中央のアーチ式部分についても、左右への重量分散ではなく、当該部分を前傾にすることで下方向へ重量をかけ、岩盤に支持させることにしたとも言います。
>
> 降ってわいた困難をプラスに転じた先人の智慧にはただただ頭が下がるばかりです。
> 一方で今回の事故を見ると、子供のころに川や海辺の砂遊びで「ダムだぁ~」と言って作った囲いの中に水を入れた途端、大決壊を起こした……、そんな姿とも重なるのですが(笑)
>
> ダムの決壊、崩壊等はあってはならないとは思いますが、
> 所詮人間のすることですから、常に自然に勝てるわけではないことも事実です。
> その結果を見せてくれる場所(同様の場所はあちこちにあるとは思いますが…)、越水して流れていく水の流れが雄大で、私の好きな場所のひとつです。
> 本題とは離れてしまいますが、ご容赦ください。
> https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%A7%E3%82%A6%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%81%AE%E6%BB%9D



お久しぶりです。コメント有難う御座います。
黒四ダムのトロリーバスですが、トロリーバスを廃止したら電気バスを代わりに走らせることになっていますから、黒四ダムへ行けなくなるわけではありません。
トロリーから電気に変えるだけなのですが、法律上はトロリーバスは電車扱い。電気バスは自動車扱いなので、諸手続きが色々あるようです。

それから沢谷筋『御前谷』の件、情報有難う御座います。地図を見てみましたが興味深いですね。この地形図は以前からあることは知っていましたが、今回じっくり見てみました。
黒四ダム周辺では下廊下の十字峡、それから剣大滝も興味深いですが、ダムの少し上流側、平の渡しも興味深い。富山から常願寺川を溯り、ザラ峠(サラサラ越え)、そして平の渡し辺りで川を越え、針ノ木峠を越えて信州にでる。戦国時代の1584年に佐々成政が冬の立山越えをして浜松の家康を訪ねて行ったルートがよく見ると見えますから楽しいです。

ダム崩壊の話はこれからヨーロッパ辺りでお騒ぎになると見ています。その時この黒四の話も出てきそうな予感がします。
  1. 2018-09-01 22:25
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  3. 短足おじさん二世 #-
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地学・・日本は言われているより気象が非常に厳しいのだ

こんにちは。

彼の国の「手抜き?」や「電力」等々は別にして、一連のダム崩壊のエントリは、ある意味「地学の講義」になっていたことに敬意を評します。しかも、高校辺りの授業よりもわかりやすいです。これマジですから・・

で、参考までに次のURLを貼っておきます。

http://www.gsi.go.jp/common/000143943.pdf


このURL先は、国土地理院が出している「扇状地」「渓流河川により形成された地形」「渓谷」「河川流路に沿って分布する地形」「河岸段丘」「堰止湖」等々をわかりやすく解説しているモノです。

他国の灌漑やダム工事がどうなのか知りませんけれど、日本の非常に厳しい気象を如何に日本人は克服し、豊かな生活、社会、国(国土)にしてきたかが、URL先の資料からもわかりますよね。
  1. 2018-09-01 23:14
  2. URL
  3. 裏の桜 #-
  4. 編集

Re: 地学・・日本は言われているより気象が非常に厳しいのだ

> こんにちは。
>
> 彼の国の「手抜き?」や「電力」等々は別にして、一連のダム崩壊のエントリは、ある意味「地学の講義」になっていたことに敬意を評します。しかも、高校辺りの授業よりもわかりやすいです。これマジですから・・
>
> で、参考までに次のURLを貼っておきます。
>
> http://www.gsi.go.jp/common/000143943.pdf
>
>
> このURL先は、国土地理院が出している「扇状地」「渓流河川により形成された地形」「渓谷」「河川流路に沿って分布する地形」「河岸段丘」「堰止湖」等々をわかりやすく解説しているモノです。
>
> 他国の灌漑やダム工事がどうなのか知りませんけれど、日本の非常に厳しい気象を如何に日本人は克服し、豊かな生活、社会、国(国土)にしてきたかが、URL先の資料からもわかりますよね。



興味深い情報有難う御座います。この資料の扇状地の所にある「那須野が原」ですが、昨日(9月1日)のNHKTVのブラタモリで丁度この那須を取り上げていました。

ご指摘の日本が厳しい気候を克服し、豊かな生活を作った、これは実は私の海外での仕事の原点でした。
日本ではこれ以上の発展は望めない、だから海外に打って出よう。そんな事で始めた海外事業。そして現地では基本的の共存共栄狙い。その為には現地従業員のレベルアップをせねばいけない。そんな事で現地の土地柄、人柄を機会あるごとに調べました。
地学の講義、そんなつもりではありませんが、その土地柄をきちんと調べないと人柄も分かりませんからね。

そんな時つくづく思うのがインフラ投資の重要さです。
例えば紹介いただいた資料の那須野が原を見ると、不毛の荒れ地だった那須野が原を開拓するために先ず手掛けたのが水の確保(疎水)であることが分かります。何をするのにも先ずインフラが先なんですね。最近の悪しき風潮でインフラ悪者論、土木工事悪者論がまかり通っていますが、絶対間違っています。将来に大きな禍根を残す議論だと思います。
テレビなどでそういう先人の苦労をもっと紹介してほしいですね。
  1. 2018-09-02 08:20
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  3. 短足おじさん二世 #-
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黒部については多くの人々がほとんど物を知らない、小生はこう思ってます。
まずこの記事を見てください。2013年のものですが

https://www.sankei.com/west/news/131105/wst1311050089-n1.html


実は関電は黒部ダム完成後も営々と黒部水系の開発を進めてきました。こちらが黒部の開発史ですが黒部ダムはエポックメイキングであったことは確かですがそれから半世紀以上も開発してるんです。

http://damnet.or.jp/cgi-bin/binranB/TPage.cgi?id=206&p=3

1967年に出た黒部の太陽の初版本がありますが、それには簡単なイラストの地図がありますが発電所は柳川原、黒部第二、黒部第三だけ、ダムは今はなき猫又、小屋平、仙人谷だけです。

黒部ダムは少し特殊なダムでしてダムの規模に比べて水量が少なすぎるのです。まあそれで問題はないんですが黒部ダムの水自体は年に4回くらい入れ替わってる計算のはずです。黒部ダムの最大の役割は大発電所の貯水池ということの他に黒部の流量を安定させるという役割がありました。黒部自体水量が豊富なのですがその変化がメチャクチャに大きい。下流の愛本あたりで平時が12㎥くらいなのに最大量は4000を超えるという変動ぶりです。上流に大ダムを作り平均して水を流し下流の発電所に高い効率をもたらす、というのが黒部の隠れた役割なんです。だから関電は黒部ダム以降のほうがつくた発電所は多いんです。だから21世紀に入ってからのほうが発電量が多いという偉観になるわけです。

黒部の電源開発の歴史は日本の戦後の水力発電史の縮図のようなものですが、これを見ると関電が黒部川をしゃぶり尽くすようにして開発し活用してきたこtがよくわかります。

ラオスの人々にはこれだけの気概と根性はあるのだろうか、メンテナンスと再開発まで含めた開発を援助国たちはやってたのだろうか、ということを如実に感じます。

関電がナムニアップを第二の黒部と呼び50年の保証をつけるということはこれくらいの意味が隠れてるんだということは知っておいたほうがいいでしょう。
  1. 2018-09-03 22:41
  2. URL
  3. kazk #cPv2SIBE
  4. 編集

To:kazk さん

> 黒部については多くの人々がほとんど物を知らない、小生はこう思ってます。
> まずこの記事を見てください。2013年のものですが
>
> https://www.sankei.com/west/news/131105/wst1311050089-n1.html
>
>
> 実は関電は黒部ダム完成後も営々と黒部水系の開発を進めてきました。こちらが黒部の開発史ですが黒部ダムはエポックメイキングであったことは確かですがそれから半世紀以上も開発してるんです。
>
> http://damnet.or.jp/cgi-bin/binranB/TPage.cgi?id=206&p=3
>
> 1967年に出た黒部の太陽の初版本がありますが、それには簡単なイラストの地図がありますが発電所は柳川原、黒部第二、黒部第三だけ、ダムは今はなき猫又、小屋平、仙人谷だけです。
>
> 黒部ダムは少し特殊なダムでしてダムの規模に比べて水量が少なすぎるのです。まあそれで問題はないんですが黒部ダムの水自体は年に4回くらい入れ替わってる計算のはずです。黒部ダムの最大の役割は大発電所の貯水池ということの他に黒部の流量を安定させるという役割がありました。黒部自体水量が豊富なのですがその変化がメチャクチャに大きい。下流の愛本あたりで平時が12㎥くらいなのに最大量は4000を超えるという変動ぶりです。上流に大ダムを作り平均して水を流し下流の発電所に高い効率をもたらす、というのが黒部の隠れた役割なんです。だから関電は黒部ダム以降のほうがつくた発電所は多いんです。だから21世紀に入ってからのほうが発電量が多いという偉観になるわけです。
>
> 黒部の電源開発の歴史は日本の戦後の水力発電史の縮図のようなものですが、これを見ると関電が黒部川をしゃぶり尽くすようにして開発し活用してきたこtがよくわかります。
>
> ラオスの人々にはこれだけの気概と根性はあるのだろうか、メンテナンスと再開発まで含めた開発を援助国たちはやってたのだろうか、ということを如実に感じます。
>
> 関電がナムニアップを第二の黒部と呼び50年の保証をつけるということはこれくらいの意味が隠れてるんだということは知っておいたほうがいいでしょう。




興味深い情報有難う御座います。
二番目の「黒部の開発史」ですが、此れの4行目に冠松次郎の名前が出てきます。
冠松次郎は黒部の先駆者で、地元の猟師の間で語り継がれてきた幻の剣の大滝を大正の終りに現認。更に昭和の初めにその剣の大滝近くまで行って、その巨大な様子を見てきた人です。
実は私はその冠松次郎の著書を持っていまして、我が家の家宝にしています。

一寸話がそれました。電源開発の話です。
確かに電源開発はダムを作ったら終わりというものではない。これは間違いありません。そしてそのダム完成後のメンテと改良の継続は実は簡単ではない。技術の継承も大事ですが、最も大事なのは最初にダム建設を企画し、着手し取り組んだ先人の「志(こころざし)」の継承です。
この「志(こころざし)」の継承は最初は日本国内だけでしたが、現在のように国際化が進んでくると、その最初の志をどのように海外に継承してゆくか、そんな事が問題になってきます。
トヨタやホンダなどは現在では海外生産のほうが国内生産より多い、そんな中で「創業の志」をどのように海外に定着させるか、それが大問題ですね。
この件は丁度いい問題提起だったので、私の思う所を書いてみたいと思います。このコメントも引用させていただきますので宜しくお願いします。
取り上げるのはラオス最初の本格ダムであるナムグムダム、久保田豊の作ったダムですね。

但しkazkさんの言われる「ラオスの人々にはこれだけの気概と根性はあるのだろうか」、これは難問で、気概も根性も無いのですが、そう言ってしまっては身も蓋も無い。そのナイナイ尽くしからどうするかを考えたいと思います。

話は変わります。
折角黒部の話が出たので、私の思い出話ですが・・・。
黒部ダムの下流に仙人谷ダムがあります。戦前超突貫工事で作ったダムですが、そのダムを作るためのトンネルを掘ったら超高温の岩盤にぶち当たった。岩盤温度が最高170度を超えたと言いますからすさまじい。高熱隧道という名前で小説にもなっています。
その工事途中に志合谷という所があり、そこに4階建ての宿舎があったんですが、「泡(ほう)雪崩」というすさまじい雪崩で宿舎が600m先まで飛ばされ、80数人の死者を出しています。
「泡(ほう)雪崩」は新雪がギュッと圧縮され、それが爆発的に動くとき発生するのですが、この原理を実務に応用できないか、アイディアだけに終わった話の一つでした(苦笑)。
  1. 2018-09-04 18:52
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

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