2018-05-26 14:37

宇多田ヒカルの見た日本語


 今日は私が今まで殆ど話題にしてこなかったことがテーマです。
何がって?、実は歌手に関する話。私は芸能関係や電波芸者の出るテレビなどは大の苦手。ですからこんな話題はまったく知識がないのですが、ちょっとおもしろかったので。

歌手で、というよりシンガー・ソングライター、宇多田ヒカルの話です。
と言っても私は宇多田ヒカルの歌など全く知りません。確か母親が歌手の藤圭子だったかなあ、演歌歌手だったと思うけど娘はどんななのかなあ? まあそんな程度ですね。
でも以下の読売記事を見ると、宇多田ヒカルは両親とも日本人なのだが、完全なバイリンガルとして育てられたようで、その言っていることが私の取り上げてきたブログのテーマ、「読解力」「日本語力」にもつながる話。何はともかくその読売記事を見てみます。


5月19日の読売新聞エンタメ欄にこんな記事が有りました。

<以下引用>
http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20180518-118-OYTPT50410/search_list_%25E5%25AE%2587%25E5%25A4%259A%25E7%2594%25B0%25E3%2583%2592%25E3%2582%25AB%25E3%2583%25AB__

[STORY]宇多田ヒカル<3>
母国語は多分、日本語
2018年5月19日

2018-5-25宇多田ヒカル2 
海外で暮らした子供時代、「親と一緒に日本語の本をたくさん読んだり、父が漢字のドリルを作ってくれたりしました」=守谷遼平撮影

 日本と米国で育ち、日本語、英語ともに堪能な宇多田ヒカルは、海外向けに英語で作品を作ることもあるが、多くの場合、創作に使うのは日本語だ。「結局、日本語で書くことを選んでいることになりますね」

 子供の頃、父の音楽プロデューサー・宇多田照實とは主に英語で、母の歌手・藤圭子とは日本語で会話した。ニューヨークに引っ越すと、半年もしないうちに英語の方が得意になった。「日本語を忘れないようにするため」、両親と異なる言語で会話したのだった。

 日本に戻ってもインターナショナルスクールなどに通ったので、日本語を家の外で使うのは日本語の授業や買い物の時くらい。「話す分には、英語の方が自然というか、楽でした」。16歳で出した初アルバム「First Love」(1999年)を録音した頃のデモ音源には、宇多田が英語で独り言を言う様子が残っている。

 母国語は「多分、日本語」と語りつつも、取材中、スタッフに「あの表現、日本語で何て言うんだっけ」と尋ねることもあった。「英語だったらこう言えるのにとか、日本語だったらこのことわざを言えば伝わるのにとか。両方出てきます」

 とはいえ、2010年からの活動休止を経ると、より日本語にこだわった歌詞を書くようになった。ロンドンに渡り、フランス語やイタリア語を勉強。比較する言語が増え、感じたのは「日本語って本当に特別な言語だな」ということ。

 作り手として、日本語は「道具箱が何重もある感じ」と映る。言葉の順番を入れ替えても意味が通じる。それでいて、「鳥が鳴く」を「鳴く鳥」とすると「全然ニュアンスが違う英語ではできないんですよね」

 私とあなたという関係ひとつとっても、性別、年齢、性格と様々なことをにおわせる表現がある。「『君』を『あなた』にするだけで、印象も関係性も変わってくる」

 「自由自在、変幻自在な感じがするんですよね、日本語は」。宇多田流の日本語論。この特性が歌詞を豊かなものにする。

 2歳になる息子は何語で育てるのか? 素朴な疑問をぶつけると、「完全に最初から日本語です」と即答した。「外国で生活しているので、自然と英語は身に付いて、いずれ英語がメインになってしまう。なので頑張って日本語で、と思っています」

 (シンガー・ソングライター)

<引用終り>


 私が宇多田ヒカルに興味が有るのは、バイリンガルとして育ち、日本語・英語以外にフランス語・イタリヤ語も勉強してみて、「日本語って本当に特別な言語だな」、そして日本語は「道具箱が何重もある感じ」「自由自在、変幻自在な感じがするんですよね、日本語は」、こんな感想を持っている事だった。

実はこの事を言葉を教える学校の先生や子供の親御さんにもぜひ知ってほしい、例えば親と一緒に日本語の本をたくさん読んだり、父が漢字のドリルを作ってくれたり」、こんな事が、外国語に比べて習得に時間のかかる日本語を的確に教えるためにどうしても必要だと思うからだ。

この日本語の難しさを中国文学者の高島俊男先生は著書{漢字と日本人」の中でこんな事を言っている。
日本人にとってことばの実態は文字、音声はそれが落とすかげに過ぎない。だから漢字語を話してもチラッとその後ろの漢字を頭の中で見ている。
例えばあるお母さんの話、「第一志望のコーコーに一発ではいってくれました」、チラッと高校、「ほんとに親コーコーな子です」、チラッと孝行。

これが高島先生の話す日本語の特徴で、だからこれを習得するためには沢山の本を読むこと。沢山辞書を引くこと。こんな事が言えると思う。
このことは外国で仕事や生活をしている人だけでなく、国内でも最近外国人が増えてきているので、そんな事を意識して生活していくことが必要になっていると思う。


最後に言葉の問題に関して、参考になるかどうか、最近のエントリーにはこんなものが有るので紹介します。


読解力を考える<続編


読売新聞の「読解力不足記事」

韓国はモノづくりには不適な国

又古いエントリーだが、多数に方に見ていただいたものとしてはこんなもの
春の小川をタイ語で言うと<再掲

最後の今は筆を置いてしまった方のエントリーで大変秀逸なものを紹介します。
紹介するのはkei-izaさんのエントリー。
「高等教育を母国語で出来る事の素晴らしさ」と「日本の英語教育の問題点」
それとsopnoraone-3さんのエントリー。
ボストンから留学事情雑感
以下エントリー参照ください。
春の小川をタイ語で言うと<再掲<続編



おまけ



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コメント

日本語は視覚的な言語

言語学では「言語の本質は音声。文字は音声を記録する為の記号にすぎない。」とされています。言語学はヨーロッパで発達したので、文字といえば表音文字の事なんですね。したがって漢字文化圏には、これは当てはまりません。

日本語から漢字熟語を取り去ると、とても原始的な言語になります。日本語の発音体系は、世界中の言語の中でも、かなり単純な方なんですね。そのため、区別できる音の種類が少なく、同音異義語が多くなります。

同音異義語と聞くと漢語(漢字熟語)を思い浮かべがちですが、和語(大和言葉)にも同音異義語はたくさんあります。「夜があける」「窓をあける」「場所をあける」の「あける」は、漢字で書くと「明ける」「開ける」「空ける」で、全て異なりますが、漢字が無ければ全く区別する事ができません。アクセントが同じで、活用の仕方も同じ下一段活用の動詞ですから。

じつは、これら3つの「あける」は、日本語としては同一の概念です。どれも「空間や通り道を塞いでいる物を取り除いて空間を作る」というイメージですね。元来はとても大雑把な概念だったものを、現代の日本人は漢字を用いて細かく区別しているわけです。日本人は常に「この場合は、どの漢字を使うんだっけ?」と考えることで、その単語の表す意味や概念を確認してるんですね。
ちょうど、おもしろいブログ記事を見つけました。

「夜が明ける」と「年が明ける」の「明ける」は同じなのか違うのか - 夏木広介の日本語ワールド
https://blog.goo.ne.jp/natukikousuke/e/ddacf5b27c36afe0977a2f80cfef5a98

日本語の特徴として、オノマトペ(擬音語・擬態語)がとても豊富だというのがありますね。外国人が日本語を学ぶ際に、とても苦労するのがオノマトペです。しかし、これがとても便利なんです。
例えば、おなかが痛くなったとします。「どんなふうに痛いの?」と訊かれて「ズキズキ痛い」「キリキリ痛い」「シクシク痛い」など、オノマトペを使って説明すれば、相手に的確に伝わります。

もっとも、同じ様子を表すオノマトペが、じつは地域や世代によって微妙に違ったりする事は、よくありますね。日本語のオノマトペには、どんな音がどんな様子を表すのか、だいたいの傾向はあるのですが、法則のようなものはありません。日本語にオノマトペが豊富だという事は、裏を返せば、音声言語としての日本語は、とても原始的だという事でもあります。

このように、日本語はとてもユニークで便利な言語なんですが、習得に時間がかかるのは事実ですね。常用漢字2000字を覚えるのに中学3年までかかります。子供の頃に新聞を読んで、知らない漢字ばかりでチンプンカンプンだったという経験は、誰にでもあると思います。逆に、初めて見た漢字熟語でも、一つ一つの漢字を知っていると、熟語全体の意味がなんとなくわかるという事も多いですね。
  1. 2018-05-27 21:06
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  3. かんぱち #vF6NeGQU
  4. 編集

Re: 日本語は視覚的な言語

> 言語学では「言語の本質は音声。文字は音声を記録する為の記号にすぎない。」とされています。言語学はヨーロッパで発達したので、文字といえば表音文字の事なんですね。したがって漢字文化圏には、これは当てはまりません。
>
> 日本語から漢字熟語を取り去ると、とても原始的な言語になります。日本語の発音体系は、世界中の言語の中でも、かなり単純な方なんですね。そのため、区別できる音の種類が少なく、同音異義語が多くなります。
>
> 同音異義語と聞くと漢語(漢字熟語)を思い浮かべがちですが、和語(大和言葉)にも同音異義語はたくさんあります。「夜があける」「窓をあける」「場所をあける」の「あける」は、漢字で書くと「明ける」「開ける」「空ける」で、全て異なりますが、漢字が無ければ全く区別する事ができません。アクセントが同じで、活用の仕方も同じ下一段活用の動詞ですから。
>
> じつは、これら3つの「あける」は、日本語としては同一の概念です。どれも「空間や通り道を塞いでいる物を取り除いて空間を作る」というイメージですね。元来はとても大雑把な概念だったものを、現代の日本人は漢字を用いて細かく区別しているわけです。日本人は常に「この場合は、どの漢字を使うんだっけ?」と考えることで、その単語の表す意味や概念を確認してるんですね。
> ちょうど、おもしろいブログ記事を見つけました。
>
> 「夜が明ける」と「年が明ける」の「明ける」は同じなのか違うのか - 夏木広介の日本語ワールド
> https://blog.goo.ne.jp/natukikousuke/e/ddacf5b27c36afe0977a2f80cfef5a98
>
> 日本語の特徴として、オノマトペ(擬音語・擬態語)がとても豊富だというのがありますね。外国人が日本語を学ぶ際に、とても苦労するのがオノマトペです。しかし、これがとても便利なんです。
> 例えば、おなかが痛くなったとします。「どんなふうに痛いの?」と訊かれて「ズキズキ痛い」「キリキリ痛い」「シクシク痛い」など、オノマトペを使って説明すれば、相手に的確に伝わります。
>
> もっとも、同じ様子を表すオノマトペが、じつは地域や世代によって微妙に違ったりする事は、よくありますね。日本語のオノマトペには、どんな音がどんな様子を表すのか、だいたいの傾向はあるのですが、法則のようなものはありません。日本語にオノマトペが豊富だという事は、裏を返せば、音声言語としての日本語は、とても原始的だという事でもあります。
>
> このように、日本語はとてもユニークで便利な言語なんですが、習得に時間がかかるのは事実ですね。常用漢字2000字を覚えるのに中学3年までかかります。子供の頃に新聞を読んで、知らない漢字ばかりでチンプンカンプンだったという経験は、誰にでもあると思います。逆に、初めて見た漢字熟語でも、一つ一つの漢字を知っていると、熟語全体の意味がなんとなくわかるという事も多いですね。



面白い話、情報有難う御座います。
それから返事が遅れました。恐縮です。

日本語が漢字語を取り去ると大変原始的な言葉になる。これは同感ですが私はこう解釈しています。
日本に漢字が入ってきたのは定説とは大きく異なり、はるか以前、紀元前の弥生時代の相当初期の段階から入ってきたと思っています。
理由は万葉仮名の発明です。
万葉仮名は一般に「漢字の音を使って日本語の発音をあらわした」と言われていますが、これは万葉仮名のごく一部にすぎません。
万葉仮名には漢字の音を使った、以(い)、呂(ろ)、波(は)、
漢字の訓を使った、女(め)、毛(け)
そしてもっと凄いのが、ニニ(し)、十六(しし)、八十一(くく)、三五月(もちづき)、等など。
漢字が入ってきた時は当然音読みだけ、それを日本語に当てはめ訓読みを作り、それを普及させた。更に数を数えるため九九を使いだし普及させた。その結果が万葉仮名という事です。
万葉仮名は5世紀の稲荷山古墳から発見された鉄剣が現物の残る最初ですが、その前に漢字の訓読みが出来ていたわけで、非常に長い期間が無いとこんなものはできないと見ています。

ですから日本語はベースが原始的な言語ですが、言語の発達期に漢字に出合ったため、大和言葉そのものを発達させる代わりに漢字を取り込んで発達させた。そんな言語だと理解しています。
だから日本語は習得に長い期間がかかり、それは困ったことではありますが、反面非常に多彩で繊細な表現ができる。更にこれは誰も言いませんが、日本語は英語などに比べて短い時間で話すことが出来る。また漢字かな交じり文は拾い読みが出来る。こんな利点を持った。こう言えるかと思います。

石平氏の書いたものでこんな事を見た覚えがあります。
日本に来て万葉仮名を見た時の衝撃は忘れられない。全部感じで読めるし漢字そのものの意味は分かる。しかしチンプンカンプン。当になんじゃこれという感じだったそうです。
まあそうですね。三五月と書いて「もちづき」と読まされたら、頭が可笑しくなります(笑)。

私が日本に漢字がもっと古くから入っている証拠と見ているものは、例えば中国の後漢書。
此処に「建武中元2年(西暦57年)に使者が来た。使者は自称大夫と名乗った。印綬(例の金印)を与えた」、こんな記述があります。ここで使者が名乗った大夫というのは中国の周から春秋頃の官職名です。聞いた後漢王朝が1000年も前の役職名を名乗ることに驚いたので記録したと思います。
  1. 2018-05-29 09:48
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  3. 短足おじさん二世 #-
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