2017-12-12 16:50

中国に戦わずして勝つ道


 伊勢雅臣氏の「国際派日本人養成講座」に面白い記事があった。同氏の論は大変面白く、いつも感心しているのだが、今回も興味深い。
但し一部私には異論もあるので、それについて私なりの解釈を文末に追加し、先ずは全文を紹介したい。


<以下引用>

国際派日本人養成講座
No.1039 中国に戦わずして勝つ道 ~ 北野幸伯『中国に勝つ 日本の大戦略』を読む
<<   作成日時 : 2017/12/03 06:17 
http://blog.jog-net.jp/201712/article_1.html

 同盟戦略によって「中国に戦わずして勝つ道」がここにある。

1.国際政治で次々と予測を当ててきた秘密

 弊誌に何度も登場いただいている国際関係アナリスト北野幸伯(よしのり)氏の3年ぶりの新著『中国に勝つ 日本の大戦略』[1]が出版された。北野氏は、以下のように重大な国際情勢の変化を予測しては、次々に的中させてきたという実績がある。

・2005年『ボロボロになった覇権国家』[2,a]で「アメリカ発の危機が起こる。アメリカの没落は近い」 → 2008年、リーマンショック

・2007年『中国ロシア同盟がアメリカを滅ぼす日』[3,b]で「アメリカ一極主義と、ドイツ、フランス、ロシア、中国・多極主義の戦い」→ 2014年のクリミア併合以降、中露が事実上の同盟に。

・2008年『隷属国家日本の岐路~今度は中国の天領になるのか』「4,c」で「尖閣から日中対立が激化」→ 2010年に尖閣諸島中国漁船衝突事件、2012年に反日暴動

・2012年『プーチン最後の聖戦』で「プーチンが戻ってきて、アメリカとの戦いが再開される」[5,d] → 同年、プーチン、大統領に再選

 北野氏は、その予測の秘密を2014年の『日本人の知らない「クレムリン・メソッド」-世界を動かす11の原理』[6,e]で明らかにしている。予測を当てるには、それなりの原理があるのである。そして『プーチン最強講義』[7,f]で指摘した中国の「反日統一戦線」の策謀をどう打ち破るのか、を追究したのが、今回の新著である。

 氏は新著の目的を次のように設定する。

本書の目的は、第一に、尖閣、沖縄を守りつつ、日中戦争(実際の戦闘)を回避すること。
第二に、やむを得ず戦争(戦闘)になっても、勝てる道を示すことです。[1, p19]

 この2つの目的設定に、北野氏の戦略思想家として深みがよく窺える。というのは、何事も欲得づくの中国は勝ち目のない戦いは仕掛けない。したがって、戦争になっても日本が勝てる道を示せば、第一の「日中戦争(実際の戦闘)を回避」する確率も高まる。

 これこそが日本にとって最上の「中国に戦わずして勝つ道」である。詳細は、この本を読んでもらうとして、ここではその呼び水として「同盟」の意味について考えてみたい。『中国に勝つ 日本の大戦略』の柱は「同盟戦略」にあるからである。

2.各国の同盟国を増やすための虚々実々の駆け引き

 本書の前半で、氏は中国の「反日統一共同戦線戦略」がどのように生まれたのか、それを安倍総理がどのように打ち砕いたのか、を俯瞰する。いつもながらのテンポの良い北野節で、国際政治上の事件の背景に、各国の思惑がどうぶつかり合って、どんな結果を生んだのか、を示していく。目からウロコの連続だ。

 例えば習金平が打ち上げた「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」。アメリカの緊密な同盟国であるイギリスが、アメリカの制止を無視して AIIBに参加することを決めた。「イギリスが入るのなら、私たちも許されるだろう」と、フランス、ドイツ、イタリアなども雪崩を打って参加を決めた。

 親米国家群がアメリカの言うことを聞かなくなって、これは「アメリカが覇権を喪失した象徴的事件」だと、北野氏は指摘する。しかし、そこで日本だけはアメリカを裏切らなかった。これが、結果的には、アメリカの完全没落を阻止し、日米関係を好転させるきっかけになった。

 それまで安倍総理の靖国参拝で米国からもバッシングされて、孤立していた日本は、この一事でアメリカからの評価が急上昇した。そこに見られるのは、各国が同盟国を増やそうと、虚々実々の駆け引きを展開している姿である。

3.「こんなもん、勝てるはずがない… 」

「同盟関係は自国の軍事力より重要なのだ」とは国際的に高名な戦略家エドワード・ルトワックの言であるが[g]、北野氏は先の大戦で日本が負けたのも同盟戦略の失敗にあった、と指摘する。

 私が注目したのは1941年に始まった「太平洋戦争」より前、1937年にはじまった「日中戦争」でした。
 この戦争、中国は、アメリカ、イギリス、ソ連から支援を受け、日本と戦っています。・・・
 つまり、事実上、日本 VS アメリカ、イギリス、ソ連、中国の戦いである。
 私は、率直に思いました。

「こんなもん、勝てるはずがない… 」[1,p210]

「戦闘」では、日本軍は蒋介石軍も共産党軍も圧倒し、連戦連勝だった。1937年7月7日、北京郊外の盧溝橋で何者かの銃撃により始まった衝突から、わずか5ヶ月後の12月13日には首都南京を攻略したが、蒋介石は重慶に移って抵抗を続けた。米英ソからの軍事支援があったからである。

 日本は仏印(ベトナム)経由の援蒋ルートを絶とうと、北部仏印に進駐するが、ここからアメリカとの対立につながっていく。結局、蒋介石は実際の戦闘ではほとんど勝つことは出来なかったが、最終的には「戦勝国」の一つとなった。日本は同盟戦略で負けたのである。

4.「アメリカは激怒しました」

 日露戦争ではわが国は日英同盟によってイギリスから多大な支援を受けた。またアメリカの好意的な仲介により、絶妙のタイミングで講和ができた。1905年に結ばれたアメリカとの桂・タクトタフト協定では「極東の平和は、日本、アメリカ、イギリス3国による事実上の同盟によって守られるべきである」と定められていた。

 それがいったいどこで日米関係はおかしくなったのか? 北野氏は「桂・ハリマン協定破棄」がきっかけである、と指摘する。

 ハリマンはアメリカの鉄道王。日露戦争直後に来日して、ポーツマス条約によってロシアから日本に譲渡された民間南満州鉄道の共同経営を要求した。日本側もこれには乗り気で、「桂・ハリマン協定(仮条約)」が結ばれた。渡部昇一はこの協定に関して、こう指摘している。

 明治維新の元勲たちは直感的に、ハリマンの提案をいい考えだと言いました。・・・日露戦争でカネを使い果たし、日本が軍事的に支配できているのは南満洲だけ。北にはロシアの大軍がいる。これらの条件を勘案(かんあん)すれば、満州の鉄道経営を日本だけでやろうとするのは無理があり、アメリカを入れておいた方がいいと考えた。[1, p214]

 ところが、この協定を日本政府は破棄してしまう。北野氏はアメリカから見た状況を次のように描写する。

 南満州鉄道共同経営は、中国や満州への進出を目指すアメリカにとっても非常に重要なものでした。
 ところが、小村寿太郎外相(1855~1911)などがこれに強く反対し、結局日本側は「桂・ハリマン協定」を破棄します。
 アメリカは、「日本に多額の資金を援助し、ロシアに勝ったら満州利権に入り込める!」と言う目論見だった。
 しかし、日本は「満州の利権にアメリカは入れないよ!」と拒否したのです。
 アメリカは激怒しました。

 こうして日本はアメリカを敵に回すハメとなった。アメリカはわずか2年後の1907年には対日戦争計画「オレンジ・プラン」の策定を始める。北野氏は言う。

 何はともあれ、日本は、日露戦争時多額の資金援助と和平の仲介をしてくれたアメリカの恩に報いなかった。
 そして、アメリカの国益を尊重しなかった。[1, p215]

 アメリカの国益に鈍感だったことが、アメリカを敵に回すことになったのである。

(引用者注:この桂・ハリマン協定破棄が大問題だったのは間違いありません。しかしもう少し踏み込んでみてみると、この事を引き起こすきっかけは日露戦争終結を取り決めた「ポーツマス条約」、これで賠償金を取れなかったことを屈辱とする朝日新聞はじめ新聞の大キャンペーンが有ります。この現実を無視した扇動が死者17人、負傷者数千人の大暴動に発展しました。何時の時代も朝日新聞の扇動が時代の方向を誤らせる原因だという事です。この件については私の考えを最後に付け加えます。)


5.イギリスの日本への失望

 イギリスとの関係悪化は、第一次大戦で日本が地中海に艦隊こそ派遣したものの、陸軍派兵要求を拒否し続けたことが原因、と北野氏は指摘している。たとえば、駐日イギリス海軍武官エドワード・H・ライマー大佐はこう発言している。

 我々が強い態度で状況を明確に説明し、イギリスが過去をいかに日本を援助したか、同盟国として何をなすべきかを明確に説明し、同盟国としての義務に耐えるべきであると強く示唆すると、日本人は我々から離れてしまう。[1, p219]

 イギリスは日本にいたく失望した。大戦中の1917年3月、大英帝国会議で配布された「日英関係に関する覚書」では「日本人は狂信的な愛国心、国家的侵略性、個人的残忍性、基本的に偽りに満ちており、日本は本質的に侵略的な国家である」と書かれていた。

 第一次大戦の結果、イギリスは「日英同盟破棄」を決意します。
 そればかりではありません。
 大戦時イギリスを救ってくれたアメリカと急速に接近していった。
 米英はこの時から、「日本をいつか叩きつぶしてやる!」と決意し、「ゆっくりと殺していく」ことにしたのです。
 日本は、日露戦争直後と、第一次大戦時の対応で米英を敵にまわし、「敗戦への道」を歩みはじめていたのでした。[1,p221]

6.桂・タクトタフト協定を維持していたら

 もし日本が米英の要求に応えて「極東の平和は、日本、アメリカ、イギリス3国による事実上の同盟によって守られるべきである」との桂・タクトタフト協定を維持していたら、どのような未来が待っていただろうか。

 中国での権益はイギリスと、満洲での権益はアメリカと共同で守っていたら、ソ連や中国共産党のつけ入る隙はなかった。蒋介石も米英の後ろ盾がなければ、日本との友好を図る以外に道はなかった。となれば日中戦争はなく、中国大陸の共産化もなかったろう。それは中国人民のみならず、周辺諸国にとっても大きな福音であったはずだ。

 確かに、大東亜戦争が起こらなければ、アジア諸国の独立はもっと遅れたであろう。しかし日本の統治下で、台湾や朝鮮、さらには満洲が高度成長を続けることで、アジア各民族が目覚め、もう少しマイルドな形で自治権を獲得していったかもしれない。そのような道を日本は失ってしまったのである。われわれ自身の同盟戦略の失敗によって。

7.同盟の達人・家康から学ぶこと

 こういう議論に接すると、我々日本人は国際政治における同盟関係というものが、本当には分かっていないのではないか、という気がする。礼節と思いやり、信頼感に満ちた日本社会で暮らしている日本人は、国際社会の群雄割拠の中で、それぞれが国益を追求し、出し抜いたり、欺し合ったりするような関係には慣れていない。

 現代の国際社会における同盟のあり方を考えるには、戦国時代の方が参考になるだろう。弊誌1036号「a]で紹介した世界的な戦略家エドワード・ルトワックは「家康は、人類史上でも稀に見る最高レベルの戦略家だった」と述べている。[1,1458]

 天正7(1579)年、家康は信長から正室・築山殿と実子・信康が武田氏に内通している事を疑われ、ために築山殿を斬殺し、信康を切腹させるという処置に追い込まれた。これを耐え忍んで、信長との同盟関係を優先させたことから、家康の未来が開けていった。

 関ヶ原の戦いにおいては福島正則や黒田長政など豊臣恩顧の武将を味方に引き入れ、また小早川秀秋に西軍を裏切りさせて、勝利している。「最高レベルの戦略家」は同盟の達人であった。家康から同盟に関して学べる事は、次の2点であろう。

・嫌な相手、悪辣な相手とも同盟を組まなければならない場合がある。ときにはその相手に隷従しなければならない事すらある。同盟は好き嫌いや善悪ではなく、勝敗の問題だからである。

・敵の中にも味方がおり、味方の中にも敵がいる。常に相手の利益を考えながら、味方を維持し、増やしていかなければならない。

8.「『善悪論』から『勝敗論』へ」

 家康が教えていることは、北野氏が「『善悪論』から『勝敗論』へ」と主張していることにつながるだろう。同盟の相手は、「善悪」で選ぶのではなく、「勝敗」で選ばなければならない。

 そこから、北野氏は、北方領土を奪ったロシアや、慰安婦問題で世界中にプロパガンダをまき散らしている韓国を、同盟国とすべきかどうか、についても議論している。『中国に勝つ 日本の大戦略』はこういう深い思索から生まれてきている。

「あとがき」で、氏はこういう。

 日本も、強大な中国に勝ちたければ、明快な大戦略を持ち、10年~20年一貫性のある言動を取り続ける必要があります。[1, p316]

 そのためには、この『中国に勝つ 日本の大戦略』を実行する安定した長期政権が必要であり、多くの国民がこの戦略を国民的合意として支持していくことが不可欠なのである。
(文責 伊勢雅臣)
<引用終り>



私なりの解釈
【AIIB不参加がキーポイント】
 最初にどうしてもこれだけは言わねばいけない事。それは中国主導のAIIB(アジアインフラ投資銀行)に日本が不参加だという事だ。これは伊勢雅臣氏、北野幸伯氏の意見に異論がある訳ではないが、とても重要なことと思うので一言。

それまでAIIBには主要国は殆ど不参加だった。しかし締め切り(2015年3月31日)直前の2015年3月11日、イギリスが参加を表明。続いてフランス・ドイツ・イタリアなど主要国が雪崩を打って参加を表明。オーストラリア・カナダ・コリア等アメリカの同盟国も参加してしまった。
これでアメリカは完全に孤立し、その威信は地に落ちたと思われたのだが、日本だけは不参加を貫いた。この為アメリカの孤立は救われ、威信もかろうじて保たれた。
アメリカの真の友達は日本だったことが証明された瞬間だった。

この事は2008年の 世界金融危機( the 2008 financial crisis:日本ではリーマンショック)で地に落ちたアメリカの威信。これが復活するきっかけになる、そんな歴史に残る出来事だと思っている。


【桂ハリマン協定を考える】
次が古い話だが日露戦争直後の1905年、桂ハリマン協定を一旦は結びながらすぐに破棄してしまったこと。この件は本文中にこんな風に書いた。
(引用者注:この桂・ハリマン仮条約破棄が大問題だったのは間違いありません。しかしもう少し踏み込んでみてみると、この事を引き起こすきっかけは日露戦争終結を取り決めた「ポーツマス条約」、これで賠償金を取れなかったことを屈辱とする朝日新聞はじめ新聞の大キャンペーンが有ります。この現実を無視した扇動が死者17人、負傷者数千人の大暴動に発展しました。何時の時代も朝日新聞の扇動が時代の方向を誤らせる原因だという事です。この件については私の考えを最後に付け加えます。)

しかしこの件は当時の情勢を知らないと全く理解できない話なので、110年以上前のことながら少し内容を見てみたい。

日露戦争はこんな点で凄い戦争だった。
1.小国家日本が超大国ロシアに勝った
  (ロシアは日本に対し、人口で3倍、政府歳入で10倍、兵力で15倍で武器は最先端)
2.歴史上まれにみる一方的勝利(日本海海戦:日本以外では対馬沖海戦と呼ぶ)
3.大航海時代以降初めて、有色人種が白人国家に勝利した
4.アメリカ合衆国が日本をライバル視するようになり、太平洋戦争の遠因になった
5.歴史上はじめてイデオロギー人工国家「ソ連」が出来た(ロシア革命) 

だが当時の日本は本当はどうだったのだろう。日本は日露戦争に勝った勝ったと言っているが本当はもっと別の面がある。
・ 日本は資金面で行き詰まっていた。開戦前年の国家歳入額は約2.6億円、それに対し1904年ー1905年の戦費は17億円と国家歳入額の約7倍に達し、戦費を使い果たした状態。弾切れであった。(参考までにこの時の借金を完済したのは80年後の1986年(昭和61年)。いかに巨額の借金だったかが分かると思います)
・ 海では空前の大勝利で制海権を確保したが、陸では奉天会戦以降は戦線膠着状態だった。日本軍もそれ以上追撃戦をするだけの余力が残って無かった。
・ ロシア側も奉天会戦での敗北まではバルチック艦隊が到着すれば巻き返せると思っていたが、バルチック艦隊の壊滅で講和へと変わった。(ロシア国内事情も大きい)

以上の実態を踏まえ、アメリカの仲介でポーツマスでの講和会議(8月10日ー8月29日まで計10回)、そして9月5日にポーツマス条約調印し停戦。
日本側は領土は樺太の南半分、日本海・ロシア沿岸での漁業権や関東州租借地、長春~旅順間の鉄道権益を得たものの樺太全島の割譲や賠償金獲得はなりませんでした。

しかし日本では朝日新聞の煽りが激しく、講和反対、戦争継続運動が起こります。そして9月5日の日比谷焼打事件が発生します。この事件は死者17人、負傷者数千人の大暴動ですが、暴徒による焼き討ちで内務大臣官邸2棟、警察関係の焼き討ちは東京全市の交番の約8割に当たる264か所、警察署・分署9か所、これだけの焼き討ちが発生しています。
この当時の東京市は現在の東京23区よりずっと小さい、そんな中でこのような焼き討ちが発生した。これは朝日新聞はじめ新聞各紙の煽りがいかにすごかったかが良く分かる話である。

日比谷焼打事件

更に翌10月、桂ハリマン協定が結ばれるのだが、帰国した小村外相の反対でこの話は破棄されてしまった。

ここで朝日新聞の煽りがいかに酷かったのか、その紙面を紹介します。

これは1905年9月1日の大阪朝日新聞紙面
(ポーツマスでの講和調印(9月5日)の4日前、9月5日には日比谷焼討事件発生した)
2017-12-12日露戦争講和反対1 
「天皇陛下に和議の破棄を命じたまはんことを請ひ奉る」

2017-12-12日露戦争講和反対2 
白骨の涙

「玲児の蔵書」さんのブログより借用
写真の出所は
「朝日新聞 重要紙面の75年、昭和29年, 朝日新聞社刊」

この当時の朝日新聞はじめ新聞各紙の講和反対論は以下ブログに詳しい。
【日比谷焼き討ち事件と当時の新聞社の扇動考】

上掲ブログで言及している黒岩比佐子氏の著書はこれ


北野幸伯氏が言及し、伊勢雅臣氏が引用している「桂・ハリマン協定破棄問題」、これが間違いであったことは確かだと思う。だがこの当時の報道の過熱ぶりを見ると、はたしてこの協定を進めることができたかどうか、そんな事を真剣に考えざるを得ない。

一言で言えば「朝日新聞が煽った講和反対」、これが「国策を誤ったことは間違いない。
報道とはいかに恐ろしいか良く分かる話である。

しかし政府がキチンと実態を説明し、戦争継続が困難であり、長期戦になれば日本は敗戦する。こんな事が言えただろうか。
こんな事が報道されたら、敵国ロシアを利することは間違いない。だからこんな状態では政府にとって事実をキチンと報道することは自殺行為だった筈だ。

朝日新聞の煽り報道で国策を誤った事例として、しっかり記憶しておきたい。


がしかし、朝日新聞の方はこの古い事例をよく記憶しておられるようだ。
これは朝日新聞論説委員谷津憲郎氏のツィッター
2017-12-12朝日新聞論説委員谷津憲郎 


朝日新聞が「安倍の葬式はうちで出す」などと傲慢な事を言うのは、110年以上前からこんな事例で国策を攪乱した実績が有るからだ。

朝日新聞に騙されてはいけない。これを日本人の常識にせねばいけないですね。


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コメント

日露戦争をめぐる欧米の情勢

 お久しぶりです。

 北野幸伯氏の論考は私も読んだのですが、今一つ釈然としないものを感じていました。
 シバヤんさんのブログに 日露戦争をめぐる考えがありますので、紹介させてください。イギリスは、自分の代わりに日本をロシアにぶつけたというのに、私は賛成です。ドイツの画策ももっと注目されるべきですよね。新聞も工作されていたのは確かでしょうし。


 http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-category-56.html

  1. 2017-12-12 23:42
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  3. Cherry Blossoms #-
  4. 編集

Re: 日露戦争をめぐる欧米の情勢

>  お久しぶりです。
>
>  北野幸伯氏の論考は私も読んだのですが、今一つ釈然としないものを感じていました。
>  シバヤんさんのブログに 日露戦争をめぐる考えがありますので、紹介させてください。イギリスは、自分の代わりに日本をロシアにぶつけたというのに、私は賛成です。ドイツの画策ももっと注目されるべきですよね。新聞も工作されていたのは確かでしょうし。
>
>
>  http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-category-56.html



こちらこそ、お久しぶりです。情報有難う御座います。

この当時の世界は今から見ると本当に弱肉強食の世界。一寸油断すると直ぐに食われてしまう世界でした。
中でも問題がおそロシア国の南下政策。
この南下政策は帝政ロシア、社会主義ソ連と一貫しておそロシア国の基本政策になりました。そして今日のロシアもいつの間にか牙を蓄え、おそロシア国になっています。

日露戦争は何年も前から、戦争になるのが必至、そう見られていました。だから世界中から観戦武官やジャーナリストが集まっていました。今のアメリカと北朝鮮の関係よりもっとひどい緊迫ぶり。

そんな事で日露戦争は第0(ゼロ)次世界大戦という人もいますね。
この日露戦争はいろんな角度から見て、日本も大いに反省しなければいけない事例と思います。
日比谷焼打ち事件などはそのいい例ですが、残念ながら余りにも日本人が無知なのですね。そう思っています。

  1. 2017-12-13 10:49
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  3. 短足おじさん二世 #-
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「Kの国の法則」 を武器に

あの時代の日本の最大の間違いは、やはり「韓国併合」でしょう。あの不毛の地を近代化するために費やしたお金・人員・熱意を、内地の富国強兵に使っていれば・・・と、つくづく思います。

「韓国を併合しなければロシアが朝鮮半島まで南下していた」 という見方もありますが、その場合はロシアに「Kの国の法則」が発動していたわけで、また違った展開になっていたんじゃないかと想像します。ちょうど今日のcoffeeさんのブログ記事が「Kの国の法則」についての解説でした。

正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現
サンフランシスコ市長急死!韓国「慰安婦像」寄贈受け入れ・あの国のあの法則(Kの国の法則)発動
http://deliciousicecoffee.jp/blog-entry-6907.html

中国で客死した朝日新聞の前主筆・若宮啓文じゃありませんが、私も時々「夢想」するんですよね。
「もし朝鮮に関わらなければ、日本にとって満州の重要性もそれほど高くはならず、泥沼の『支那事変(「日中戦争」は左翼による戦後の造語)』に巻き込まれることもなかったんじゃないか」「逆に、支那やロシアには『Kの国の法則』が発動して、戦争に負け続けただろう」「日本は、全樺太・全千島列島・台湾を領土とし、太平洋地域に海洋連邦を築いていたんじゃないか」と。

ちなみに、日本が満州に注ぎ込んだお金・人員・情熱も相当なものでした。なにしろ満州国の建国当時には、ほとんど人が住んでいなかったのに、現在では1億人以上が、あの農業に適さない土地に住んでいるのです。1980年代に中国が改革開放を始めるまでは、満州が中国最大の工業地帯でした。

支那事変 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%AF%E9%82%A3%E4%BA%8B%E5%A4%89
>両国ともに宣戦布告がないまま戦闘状態に突入したので、戦争ではなく事変と称する。

また、「Kの国の法則」って、考えてみれば、こんなに便利な「武器」はないですよね。韓国・朝鮮が相手陣営につくように誘導すれば、あとは相手陣営が勝手に負けてくれるんですから。安倍首相が強運に見えるのも、じつは「Kの国の法則」を利用しているんじゃないでしょうか?
・・・すべて妄想です。失礼いたしました。<m(__)m>
  1. 2017-12-13 22:36
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  3. かんぱち #vF6NeGQU
  4. 編集

To かんぱちさん

今も昔も朝鮮半島は地政学的に日本列島に向けられた合口の様な存在であり、何らかの対処をせねばならなかったのは確かです。
ただ、併合により朝鮮人を日本人としてしまった事が現在の禍根に繋がっていますね。古代中国が楽浪郡を置いたり、清帝国に欧米が租界を作った様に監視する拠点だけ得ておけば良かったのかもしれません。
https://ja.wikipedia.org/wiki/明石元二郎

明石元二郎大佐が日露戦争の折、ロシア帝国の背後のフィンランド等反ロシア勢力に資金を投じ彼らを助けて、日本の勝利に貢献しました。
東への野望を隠そうともしない中国に対抗する為に、西のチベットやウイグルを助ける事は日本の国益になると思います。
  1. 2017-12-14 09:40
  2. URL
  3. taigen #-
  4. 編集

Re: 「Kの国の法則」 を武器に

> あの時代の日本の最大の間違いは、やはり「韓国併合」でしょう。あの不毛の地を近代化するために費やしたお金・人員・熱意を、内地の富国強兵に使っていれば・・・と、つくづく思います。
>
> 「韓国を併合しなければロシアが朝鮮半島まで南下していた」 という見方もありますが、その場合はロシアに「Kの国の法則」が発動していたわけで、また違った展開になっていたんじゃないかと想像します。ちょうど今日のcoffeeさんのブログ記事が「Kの国の法則」についての解説でした。
>
> 正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現
> サンフランシスコ市長急死!韓国「慰安婦像」寄贈受け入れ・あの国のあの法則(Kの国の法則)発動
> http://deliciousicecoffee.jp/blog-entry-6907.html
>
> 中国で客死した朝日新聞の前主筆・若宮啓文じゃありませんが、私も時々「夢想」するんですよね。
> 「もし朝鮮に関わらなければ、日本にとって満州の重要性もそれほど高くはならず、泥沼の『支那事変(「日中戦争」は左翼による戦後の造語)』に巻き込まれることもなかったんじゃないか」「逆に、支那やロシアには『Kの国の法則』が発動して、戦争に負け続けただろう」「日本は、全樺太・全千島列島・台湾を領土とし、太平洋地域に海洋連邦を築いていたんじゃないか」と。
>
> ちなみに、日本が満州に注ぎ込んだお金・人員・情熱も相当なものでした。なにしろ満州国の建国当時には、ほとんど人が住んでいなかったのに、現在では1億人以上が、あの農業に適さない土地に住んでいるのです。1980年代に中国が改革開放を始めるまでは、満州が中国最大の工業地帯でした。
>
> 支那事変 - Wikipedia
> https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%AF%E9%82%A3%E4%BA%8B%E5%A4%89
> >両国ともに宣戦布告がないまま戦闘状態に突入したので、戦争ではなく事変と称する。
>
> また、「Kの国の法則」って、考えてみれば、こんなに便利な「武器」はないですよね。韓国・朝鮮が相手陣営につくように誘導すれば、あとは相手陣営が勝手に負けてくれるんですから。安倍首相が強運に見えるのも、じつは「Kの国の法則」を利用しているんじゃないでしょうか?
> ・・・すべて妄想です。失礼いたしました。<m(__)m>



面白い見方ですねえ。確かに朝鮮につぎ込んだ金を他に回せば、日本国内は随分変わったと思います。
但し満州は別ではないか、そんな気がしています。
理由は
当時の満蒙開拓団に見るように満州と言うのは日本人にとって初めての未開の土地の開発でした。
結局終戦ですべては夢の中だったんですが、その時の開拓精神はその後も生き続けています。戦後の復興期にその開拓精神がどれほど力になったか。
私はその力の源泉の一つが満州開拓精神では無かったか、そう思っています。

新幹線が出来たのも戦前の弾丸列車構想ももちろん大きいのですが、満鉄での成功体験もバックにあったのは間違いない、そう見ています。
矢張りチャレンジして成果を上げてゆく。こんな体験が人間には必要で、そんな諸先輩方の原体験が今に生きているのではないでしょうか。

それから朝鮮問題ですが、韓国が最近手掛けた巨大プロジェクトは全部失敗しています。Kの国の法則と言えばそれまでですが、それがこれから次々に火を噴くと思っています。まあ反面教師にはちょうどいいですね。
  1. 2017-12-14 16:57
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

To:taigen さん

> To かんぱちさん
>
> 今も昔も朝鮮半島は地政学的に日本列島に向けられた合口の様な存在であり、何らかの対処をせねばならなかったのは確かです。
> ただ、併合により朝鮮人を日本人としてしまった事が現在の禍根に繋がっていますね。古代中国が楽浪郡を置いたり、清帝国に欧米が租界を作った様に監視する拠点だけ得ておけば良かったのかもしれません。
> https://ja.wikipedia.org/wiki/明石元二郎
>
> 明石元二郎大佐が日露戦争の折、ロシア帝国の背後のフィンランド等反ロシア勢力に資金を投じ彼らを助けて、日本の勝利に貢献しました。
> 東への野望を隠そうともしない中国に対抗する為に、西のチベットやウイグルを助ける事は日本の国益になると思います。




面白い話、有難う御座います。
私が付け加えるとしたら、それは「自由と繁栄の弧」でしょうね。
この戦略は一つづつ着実に完成しています。但しカンボジアのように「裏切者」もいますが、裏切ったらどうなるか、それは韓国が示してくれるでしょう。
  1. 2017-12-14 17:22
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

 朝日新聞ってまさにデマゴジアその物なんですよね。

 デマゴジアが産業として常にデマを飛ばして民衆を扇動して、国策を誤らせるのですから、ホントに厄介です。
  1. 2017-12-16 11:37
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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To:よもぎねこ さん

>  朝日新聞ってまさにデマゴジアその物なんですよね。
>
>  デマゴジアが産業として常にデマを飛ばして民衆を扇動して、国策を誤らせるのですから、ホントに厄介です。



言論の自由を言うのなら、故意に嘘を垂れ流すことは犯罪なので断罪すべきです。
その為にはマスコミの在り方、管理するための法律整備、そしてスパイ防止法や機密保護法などの徹底をはかるべきでしょう。
そうしないとデマゴギーには対抗できませんね。
現状はマスゴミのやりたい放題です。
  1. 2017-12-16 14:05
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  3. 短足おじさん二世 #-
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小生はおそらく大多数の人々と意見は異なると思うのですが、日露戦争というのは不徹底であったと思ってるのです。

陸軍は戦争中に4個師団の増師を行ってます。緊急のものでしたが予算の出どころは当然外債です。こいつらは13師団が樺太占領に使われたほかは戦後の備えとなりました。海軍は1904年の8月以降は日本海の制海権を握っていたのですから、これをもっと早くやり沿海州でもウラジオでも攻撃すればよかったのです。

こういう戦略的な優位確定を図ろうとしたのは参謀次長の長岡外史だけでした。この長岡を司馬遼太郎は嫌ってるとしか言えない評価をします。仮に樺太の早期占領、カムチャツカの保証占領やウラジオ夜襲くらいやって戦後の地位を有利にする必要があったのです。人材なんぞは余ってます。何しろ講和に反対し焼き討ちするほど元気な連中が余ってるんですから…果たして日本は必死の努力をしたでしょうか。

ここまでやって相手に負けたと心底思わせなければいけないのです、そしてそうした上で講和とならなければいけません。湾岸戦争ではサダムフセインを生かしてはいけなかったのですよ。それが10年後に戦争を生みます。

そこまでやって戦争はもういいと国民が思わなければいけません。誰が煽ってももう誰も乗らない、そこまでやる必要があるのです。バカ日の連中などはさっさと従軍記者とし旅順でも奉天でも送り込んでひどい目に合わせればよかったのです。そうしないと黙りません。実際、日本軍の当初計画ではハルビンまで行くというものでしたから不徹底この上なかったのです。満州からロスケを追い出すくらいが必要だったのです。

ここまでやって国民に戦場を知らしめて黙らせるのです。

大東亜戦争ではどうだったか。シナ事変の後期の段階で問題山積です。その時点で陸軍は戦争終結を期待してました。まあそれを煽ったのがまたバカ日というのが問題なんですがね。

さてシナ事変です.こんなもんなぜあそこまでバカやったんでしょうか。

1937年に勝って終わりにすればよかったんです。南京陥落でトラウトマン講和に乗り条件なんてどうでもいいからさっさと戦争をやめるべきでした。そのあとはいやでも対ソ戦です。ヒトラーの政策を精査すれば対ソ戦不可避は当然の結論です。おそらくヒトラー総統は独ソ不可侵条約を結んだときに日本の指導者が欧州情勢は奇々怪々といったこと自体が分からなかったと思います。ノモンハンは完全に日本軍の近代化の遅れを露呈しました。その結果が日ソ中立条約です。これで1941年にソ連邦を壊滅させることができなくなったのです。

だからトラウトマン講和をつぶし日ソ条約を結んだ近衛というのは万死に値すると思ってるのです。

それはさておき

対シナ戦略は同盟戦略ということですが連中は外交がへたくそだと思ってます。
和平演変をもっと続けなきゃあいけませんでしたね。あと20年くらいはね。一度資本主義の不況を経験して経済を強靭なものにしなければいけなかったのですが、GDP世界第二位とかいう自分が作った数字に中毒を起こしたのでしょう。

これは早すぎる対立戦略です。こうなれば南シナ海であそこまでのバカをやってるのだからすぐにアセアン、インド、豪州、米国、中央アジア諸国と同盟関係が作られ窮地に陥ることは目に見えています。このような合従策に対しては、個別撃破を図る連衡策が基本ですが、これは案外難しいのです。連合国のキーとなるやつを潰さなくてはいけません。この場合一番簡単だったのは本来日本でした。ところが政権交代なんてアホやった時に一気に強硬策に出てしまいました。ここは下手に出て懐柔するのが当然の策、地震に対する救援なんて名目つければいくらでも友好強化という名目で同盟策に対抗できたはずなのに…

かえって一番の敵を作ったのは彼らでしょう。

この今の同盟をつぶすのは容易じゃありません・最初から半島は考慮の外でしょうから切れるのはカンボジアくらいあとは回りがみな敵となります。自由主義社会はもとよりムスリムにも嫌われてるのだから打つ手がない
ブログ主様はここで計算高い連中のことだから戦争にはならぬと思われるかもかもしれませんが、経済の壊滅となれば敵を外に求めてというのは昔からありがちなことです。

ソ連邦ができてから滅びるまで70年。これくらいがおそらく寿命でしょうか。ソ連邦と違い経済は一時うまくいきましたから少しは延命するでしょうがどうでしょうか。ソ連邦は民族問題で瓦解しました。シナというのは集合離散が世の習いです、分断や内戦という未来があるような気がしてなりません。

その時には一切の手を出さずその状況を生暖かく見守る胆力が必要だと思ってます。
半島問題は下手するとシナの国内問題に転嫁します。このあたりがどうなるか本当に見ものです。



  1. 2017-12-16 20:12
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  3. kazk #cPv2SIBE
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彼我の目的は秘匿される

日中戦争(実際の戦闘)を回避することが、本当に最善の戦略なのかは疑問のあるところだと思いますが、戦争を回避しながら勝つ方法はあると思います。しかし、戦っても勝つ方法があるとも思います。
いやどちらにしろ、日本がおバカな戦略を採らない限り、自然に勝つだろうと思います。
日本は海洋国家の性格を持ち、中国は大陸国家の性格を持っています。海洋国家と大陸国家の争いは、海洋国家側が回避戦略を撮るのが普通ではないと思います。しかしだからと言って実際の戦闘がない方が良いとは限らないと思います。
海軍は金食い虫だと言われています。その海軍を増強する財力を持っているのは日本だけではないかと思います。
戦争の真の目的は常に秘匿されます。だから何故戦争になったかは、推論するしかないのです。争いは、彼我の意志の葛藤から生まれます。葛藤は隠れた利得から生まれます。しかし、その密かに狙っている利得は秘匿されていますから、そこから誤解が生じ、計算違いが生じるのであると思います。
計算違いは必ず起こるものであるからこそ、実行可能な政策をリストアップし、それだけを実行するように心がけることが重要になると思います。
中国が海軍力を増強することは、実行不可能な政策を実行しようとするものです。したがって日本も海軍力を増強して対抗すれば、自然に中国は自滅するものと思います。
日米戦争の時、主要都市はほとんど焦土と化していたはずですが、それでも生産力は、不十分ながらも残っていたという人がいます。このことは、たとえ中国の核が日本に落ちても残存生産力は十分に残るであろうし、ましてや残存戦力は全く衰えないであろうことを示唆しています。
ただ中国の真の目的を見誤らないようにするのが肝要だと思います。
信長は、浅井長政が密かに狙っていた目的を見誤ったからこそ大失敗をしたのです。
アメリカの秘匿された目的、イギリスの秘匿された目的、中国の秘匿された目的、ロシアの秘匿された目的とするものが、一体何なのか、これらを見誤らなければ、日本はそう簡単には敗北しないと思います。
  1. 2017-12-16 23:14
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  3. 縄文人 #wM6nolEE
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To:kazk さん

> 小生はおそらく大多数の人々と意見は異なると思うのですが、日露戦争というのは不徹底であったと思ってるのです。
>
> 陸軍は戦争中に4個師団の増師を行ってます。緊急のものでしたが予算の出どころは当然外債です。こいつらは13師団が樺太占領に使われたほかは戦後の備えとなりました。海軍は1904年の8月以降は日本海の制海権を握っていたのですから、これをもっと早くやり沿海州でもウラジオでも攻撃すればよかったのです。
>
> こういう戦略的な優位確定を図ろうとしたのは参謀次長の長岡外史だけでした。この長岡を司馬遼太郎は嫌ってるとしか言えない評価をします。仮に樺太の早期占領、カムチャツカの保証占領やウラジオ夜襲くらいやって戦後の地位を有利にする必要があったのです。人材なんぞは余ってます。何しろ講和に反対し焼き討ちするほど元気な連中が余ってるんですから…果たして日本は必死の努力をしたでしょうか。
>
> ここまでやって相手に負けたと心底思わせなければいけないのです、そしてそうした上で講和とならなければいけません。湾岸戦争ではサダムフセインを生かしてはいけなかったのですよ。それが10年後に戦争を生みます。
>
> そこまでやって戦争はもういいと国民が思わなければいけません。誰が煽ってももう誰も乗らない、そこまでやる必要があるのです。バカ日の連中などはさっさと従軍記者とし旅順でも奉天でも送り込んでひどい目に合わせればよかったのです。そうしないと黙りません。実際、日本軍の当初計画ではハルビンまで行くというものでしたから不徹底この上なかったのです。満州からロスケを追い出すくらいが必要だったのです。
>
> ここまでやって国民に戦場を知らしめて黙らせるのです。
>
> 大東亜戦争ではどうだったか。シナ事変の後期の段階で問題山積です。その時点で陸軍は戦争終結を期待してました。まあそれを煽ったのがまたバカ日というのが問題なんですがね。
>
> さてシナ事変です.こんなもんなぜあそこまでバカやったんでしょうか。
>
> 1937年に勝って終わりにすればよかったんです。南京陥落でトラウトマン講和に乗り条件なんてどうでもいいからさっさと戦争をやめるべきでした。そのあとはいやでも対ソ戦です。ヒトラーの政策を精査すれば対ソ戦不可避は当然の結論です。おそらくヒトラー総統は独ソ不可侵条約を結んだときに日本の指導者が欧州情勢は奇々怪々といったこと自体が分からなかったと思います。ノモンハンは完全に日本軍の近代化の遅れを露呈しました。その結果が日ソ中立条約です。これで1941年にソ連邦を壊滅させることができなくなったのです。
>
> だからトラウトマン講和をつぶし日ソ条約を結んだ近衛というのは万死に値すると思ってるのです。
>
> それはさておき
>
> 対シナ戦略は同盟戦略ということですが連中は外交がへたくそだと思ってます。
> 和平演変をもっと続けなきゃあいけませんでしたね。あと20年くらいはね。一度資本主義の不況を経験して経済を強靭なものにしなければいけなかったのですが、GDP世界第二位とかいう自分が作った数字に中毒を起こしたのでしょう。
>
> これは早すぎる対立戦略です。こうなれば南シナ海であそこまでのバカをやってるのだからすぐにアセアン、インド、豪州、米国、中央アジア諸国と同盟関係が作られ窮地に陥ることは目に見えています。このような合従策に対しては、個別撃破を図る連衡策が基本ですが、これは案外難しいのです。連合国のキーとなるやつを潰さなくてはいけません。この場合一番簡単だったのは本来日本でした。ところが政権交代なんてアホやった時に一気に強硬策に出てしまいました。ここは下手に出て懐柔するのが当然の策、地震に対する救援なんて名目つければいくらでも友好強化という名目で同盟策に対抗できたはずなのに…
>
> かえって一番の敵を作ったのは彼らでしょう。
>
> この今の同盟をつぶすのは容易じゃありません・最初から半島は考慮の外でしょうから切れるのはカンボジアくらいあとは回りがみな敵となります。自由主義社会はもとよりムスリムにも嫌われてるのだから打つ手がない
> ブログ主様はここで計算高い連中のことだから戦争にはならぬと思われるかもかもしれませんが、経済の壊滅となれば敵を外に求めてというのは昔からありがちなことです。
>
> ソ連邦ができてから滅びるまで70年。これくらいがおそらく寿命でしょうか。ソ連邦と違い経済は一時うまくいきましたから少しは延命するでしょうがどうでしょうか。ソ連邦は民族問題で瓦解しました。シナというのは集合離散が世の習いです、分断や内戦という未来があるような気がしてなりません。
>
> その時には一切の手を出さずその状況を生暖かく見守る胆力が必要だと思ってます。
> 半島問題は下手するとシナの国内問題に転嫁します。このあたりがどうなるか本当に見ものです。



余りこんな事は言われませんが、日露戦争と言うのは国と国の総力戦でして、第0次世界大戦という人もいます。
日本がロシアに対抗するために世界中から艦船を調達しました。何せアルゼンチンが発注した軍艦を完成したものを多分高いカネを払って購入している訳ですから。
そんな事で世界中から観戦武官やってきて視察しているくらいで、その後の戦争の在り方を変えたものでした。
前回のコメントで指摘された艦砲と機関銃の話もまさしくそれですね。

そんな事でこの話も続編を書きたいのですが、それより先にEVの話を書きたいのでその後にエントリーしようと思います。
宜しくお願いします。

  1. 2017-12-17 17:58
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  3. 短足おじさん二世 #-
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Re: 彼我の目的は秘匿される

> 日中戦争(実際の戦闘)を回避することが、本当に最善の戦略なのかは疑問のあるところだと思いますが、戦争を回避しながら勝つ方法はあると思います。しかし、戦っても勝つ方法があるとも思います。
> いやどちらにしろ、日本がおバカな戦略を採らない限り、自然に勝つだろうと思います。
> 日本は海洋国家の性格を持ち、中国は大陸国家の性格を持っています。海洋国家と大陸国家の争いは、海洋国家側が回避戦略を撮るのが普通ではないと思います。しかしだからと言って実際の戦闘がない方が良いとは限らないと思います。
> 海軍は金食い虫だと言われています。その海軍を増強する財力を持っているのは日本だけではないかと思います。
> 戦争の真の目的は常に秘匿されます。だから何故戦争になったかは、推論するしかないのです。争いは、彼我の意志の葛藤から生まれます。葛藤は隠れた利得から生まれます。しかし、その密かに狙っている利得は秘匿されていますから、そこから誤解が生じ、計算違いが生じるのであると思います。
> 計算違いは必ず起こるものであるからこそ、実行可能な政策をリストアップし、それだけを実行するように心がけることが重要になると思います。
> 中国が海軍力を増強することは、実行不可能な政策を実行しようとするものです。したがって日本も海軍力を増強して対抗すれば、自然に中国は自滅するものと思います。
> 日米戦争の時、主要都市はほとんど焦土と化していたはずですが、それでも生産力は、不十分ながらも残っていたという人がいます。このことは、たとえ中国の核が日本に落ちても残存生産力は十分に残るであろうし、ましてや残存戦力は全く衰えないであろうことを示唆しています。
> ただ中国の真の目的を見誤らないようにするのが肝要だと思います。
> 信長は、浅井長政が密かに狙っていた目的を見誤ったからこそ大失敗をしたのです。
> アメリカの秘匿された目的、イギリスの秘匿された目的、中国の秘匿された目的、ロシアの秘匿された目的とするものが、一体何なのか、これらを見誤らなければ、日本はそう簡単には敗北しないと思います。



確かにその通りだと思います。
しかしその秘匿された真の目的を把握したとして、それの対策を実行レベルに落とし込むのは大変。
そう考えるとどうしても「エリート教育、支配者層育成」を考えねばいけない。
今の日本では「エリート教育、支配者層育成」などと言うと差別ニダと騒がれますが、どうしても必要だと思います。
  1. 2017-12-17 18:04
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  3. 短足おじさん二世 #-
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