2017-07-26 15:36

排ガス問題をリードしているのは何処か

 ベンツの排ガス問題が良く分からない状態。そんな中で7月22日にこんなエントリーをした。
「排ガス問題は日本でも調べている」
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1417.html

ここに日本の国土交通省が調査したこんなデータがある。

2017-7-22排ガス問題報告書3

このグラフで左側2車種がマツダのスカイアクティブシリーズのクルマ。台上試験と実際の路上のデータがピッタリそろっている。実に見事なものだ。

所で問題のヨーロッパはどうなっているか。実はこれが曲者でメーカーやEU当局からの発表はない、有るのは環境問題を取り上げているNGOからのモノ。例えばこんなデータ。

2015-10-3欧州の乗用車排ガス実測データby八重樫さん  左側青色のグラフはガソリン車、規制が強化されていくのに合わせて実路でも良くなってきているのが分かる。一方右側赤色のグラフがディーゼル車。こちらは規制なんぞはどこ吹く風。全く改善されていない。どうしてこんな風になるか。一寸日本での経験の思い出話を。

もう昔ばなしだが1970年にアメリカで自動車の排ガス中のCO、HC、NOxを十分の一にするマスキー法が決定された。日本でも各カーメーカーが対策に取り組んだが、これが当初実現不可能と言われる難問だった。
何が問題だったのか、COとHCは燃料を綺麗に燃やせば減ってゆく。しかしN0xは燃料を綺麗に燃やして高温になると急激に増えてゆく。こんな相反する代物だった。結局日本のメーカー各社が最後に行き着いた結論は「燃焼と言うものが燃焼室内でどうなっているか、これを分子レベル、原子レベルまで追求して観測・研究する基礎研究から始めるべき」、こんな事で莫大な費用と人員を基礎研究に投入していった。

こんな日本メーカーが七転八倒している時、アメリカはマスキー法は実現不可能としてうやむやにしてしまったし、ドイツなど欧州勢はお手並み拝見と「洞ヶ峠(日和見)」を決め込んでいた。そしてその規制車が世に出たが、最初の50年規制(1975年)51年規制(1976年)のクルマは惨憺たる出来栄えだった。何せ当時の2000㏄のスポーツカーを買って峠道を走ってみたら、なんと軽四にスイっと追い越されてしまった、こんな話がゴロゴロ出てきた。
しかし丁度その頃、奇跡ともいえる三元触媒の完成と空燃比の高精度管理が可能になり、この懸案は一気に解決してしまった。(但しガソリン車のみ)
この間の事情は以下ブログ参照ください。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1168.html

一寸ここで如何してそんなに苦労しているのか、それは綺麗に燃やせば燃やすほど出てくるNOxの存在なのだが、こんなグラフを見てください。

燃焼温度とNOx生成関係図
2017-7-24窒素酸化物生成グラフ 

大変見にくいグラフで恐縮ですが、燃焼温度(K=ケルビンで表示、摂氏より273°高い)と経過時間(千分の一秒単位)、そしてZ軸がNOxの量です。
この図を見ると燃焼温度を下げるとNOxが減るという事が分かる。2000K(ケルビン、1727℃)ではほとんど発生しないNOxが2200K辺りから徐々に発生し始め、2600K(2327℃)ではあっという間に大量のNOxが発生することが分かる。
この燃焼温度を下げるために、EGRで大量の排気ガスを再度吸入させるため(つまり酸欠ガスを食らって)エンジンは全くパワーが出なくなる。これが1970年代から今日まで続いている排ガス問題の根っこの部分という事。


当初76年には実施予定の日本版マスキー法は、全メーカーが七転八倒しても対策が間に合わず、実施が2年先送りされ、その間有望と思われた三元触媒の研究開発、常時理論空燃比運転を可能にする電子制御燃料噴射の開発などが進んで、数年前には不可能と言われていた53年排ガス規制が達成できてしまった訳です。更にこの間、触媒にはガソリン中の鉛が触媒表面を汚染することが分かり、ガソリンの無鉛化も段階的に進んでいった。
そしてここからが重要な事、事の発端となったアメリカのマスキー法は結局実施が見送られ、世界で日本メーカーだけが排ガス対策のノウハウとその過程で得た燃焼理論の蓄積という武器を得た。塗炭の苦しみを味わった末に得た成果は、同時期に勃発した石油ショックを契機とする省燃費にも有効なことが分かり、これ以後国産エンジンは飛躍的な発展を遂げる


さてこんな事で、以前は考えられなかった「日本(トヨタ)がドイツ(VW)にエンジン技術を教える」、こんな事が始まったわけですが、結果は・・・。

トヨタとVWの「苦い過去」
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1303.html

その苦い過去と言うのはこれです:トヨタとVW技術提携、1999年にトヨタD-4エンジン技術がNOx処理技術も含め技術供与
(この資料はfcq821 さんに紹介いただきました)


さてそこで、現在の自動車技術のリーダーは何処か、これを特許の面から見てみます。
これはトムソンロイターのクルマ関係の特許公開件数の5年間(2009年ー2013年)のまとめ

2017-7-24自動車関連のメーカー別特許件数 
http://ip-science.thomsonreuters.jp/press/release/2015/automotive-industry-trends/

メーカー名が見にくいのですが、左からトヨタ、ボッシュ、ヒュンダイ、ホンダ、デンソー、ダイムラー、GM、セイコーエプソン、ミツビシ、コンチネンタルです。日本~5社、ドイツ~3社、アメリカ・韓国各1社となっています。
日本が自動車技術でも世界をリードしていることが分かります。尚この表でVWを見ると21位で件数はGMの半分でした。トップのトヨタと比べると1/5程度。
こうして見るとドイツではボッシュの力が圧倒的と言うのが分かります。

それから韓国の特許に関しては、「中国と韓国の特許は「下手な鉄砲も数打ちゃ・・・」でやってるから、実際役に立つのは半値八掛け五割引き(!)」と言う人がいますが、どうでしょうか。

参考までに国単位での比較はこんなもの

これは国別の特許出願件数比較
2017-7-23世界の特許出願件数 
http://www.globalnote.jp/post-5380.html

これで見ると、日米の強さが突出していますね。ヨーロッパ勢はドイツ・フランス・イタリアなどEU全部足して日本とほぼ同じくらい。
国力と言えば先ずGDPですが、特許の面で見ても日本の国力は分かりますね。

<続きます>

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コメント

日本の排ガス規制対策の蓄積

ネットでいろいろ検索していたら、「トヨタ自動車75年史」にたどり着きました。1971年から1980年のページは安全性と排ガス規制がメインの時代です。
https://www.toyota.co.jp/jpn/company/history/75years/data/overall_chronological_table/1971.html

1971年は三菱とクライスラーやいすゞとGMの資本提携があり、資本自由化で日本の自動車産業はアメリカに飲み込まれるのではないかという新聞の論調をおぼえています。同年にはニクソンショックもありました。

1972年にはホンダが9月にCVCCを公開、12月にはトヨタがホンダからのCVCC(複合渦流調速燃焼方式)特許譲受契約に調印[13日]とあります。

その後、第一次石油危機を経て1975年(昭和50年)2月に複合渦流方式(TTC-V)による50年度排出ガス規制適合車を発売、5月には触媒方式(TTC-C)による50年度排出ガス規制適合車を発売とあります。セリカなど触媒のスペース確保のためホイールベースを延長しカッコ悪くなりました。

1976年(昭和51年)1月には希薄燃焼方式(TTC-L)による51年度排出ガス規制適合車を発売、1977年(昭和52年)6月、三元触媒方式による1953年度排出ガス規制適合車を発売、この頃からやっとまともな走りができるようになったと思います。1982年に会社の仲間と東名高速を走っていたらちょっと古いフェアレディZが坂道でリッターカーの日産マーチやホンダシティに追い越されるという場面を目撃。50年・51年規制車はカタログ上の馬力などあてにならないというのがよくわかりました。

複合渦流から希薄燃焼へという流れは、エンジンの燃焼の仕組みを本質から理解し変えるものだったのでしょう。そして現在はその最先端にマツダがたどり着いたのかもしれません。

「トヨタ自動車75年史」は当社事項とは別に一般事項として他社の新車発売やガットなど貿易に関する事項もあり、日本の自動車産業の歩みを知る上で良い資料になりますね。
  1. 2017-07-28 02:51
  2. URL
  3. gai-yaang #-
  4. 編集

訂正です

「1977年(昭和52年)6月、三元触媒方式による1953年度排出ガス規制適合車を発売」という箇所はトヨタのサイトからコピーしたのですが、1953年度は昭和53年度の間違い。トヨタでもこんなミスがあるのですね。
  1. 2017-07-28 09:01
  2. URL
  3. gai-yaang #-
  4. 編集

Re: 日本の排ガス規制対策の蓄積

> ネットでいろいろ検索していたら、「トヨタ自動車75年史」にたどり着きました。1971年から1980年のページは安全性と排ガス規制がメインの時代です。
> https://www.toyota.co.jp/jpn/company/history/75years/data/overall_chronological_table/1971.html
>
> 1971年は三菱とクライスラーやいすゞとGMの資本提携があり、資本自由化で日本の自動車産業はアメリカに飲み込まれるのではないかという新聞の論調をおぼえています。同年にはニクソンショックもありました。
>
> 1972年にはホンダが9月にCVCCを公開、12月にはトヨタがホンダからのCVCC(複合渦流調速燃焼方式)特許譲受契約に調印[13日]とあります。
>
> その後、第一次石油危機を経て1975年(昭和50年)2月に複合渦流方式(TTC-V)による50年度排出ガス規制適合車を発売、5月には触媒方式(TTC-C)による50年度排出ガス規制適合車を発売とあります。セリカなど触媒のスペース確保のためホイールベースを延長しカッコ悪くなりました。
>
> 1976年(昭和51年)1月には希薄燃焼方式(TTC-L)による51年度排出ガス規制適合車を発売、1977年(昭和52年)6月、三元触媒方式による1953年度排出ガス規制適合車を発売、この頃からやっとまともな走りができるようになったと思います。1982年に会社の仲間と東名高速を走っていたらちょっと古いフェアレディZが坂道でリッターカーの日産マーチやホンダシティに追い越されるという場面を目撃。50年・51年規制車はカタログ上の馬力などあてにならないというのがよくわかりました。
>
> 複合渦流から希薄燃焼へという流れは、エンジンの燃焼の仕組みを本質から理解し変えるものだったのでしょう。そして現在はその最先端にマツダがたどり着いたのかもしれません。
>
> 「トヨタ自動車75年史」は当社事項とは別に一般事項として他社の新車発売やガットなど貿易に関する事項もあり、日本の自動車産業の歩みを知る上で良い資料になりますね。



面白い話、有難う御座います。
この件はよく覚えています。本当に戦争と同じでした。技術屋さんと夜9時過ぎに打ち合わせをしたことが何度もあるのですが、流石にそんな時間では受付の女の子はいなかったけれど、技術屋さんはほとんど全員残っていましたね。夜10時過ぎに打ち合わせを終わって帰るとき、何時頃まで仕事をしているのか聞きました。大体夜12時から午前2時頃までやっていると言っていました。
これが毎日ですからね。今なら大問題でしょう。
まあそういう私も同じで、夜12時頃まではいつも仕事をしていましたから、無茶苦茶でした。

多分この狂乱の時代は5年くらいで目鼻がついてきたのですが、あとで考えてみると、この5年の技術開発のスピードは他の国の少なくとも20年分くらいには相当した進歩だったと思います。だからアメリカやドイツとはエンジン技術で大差がついたのではないか。
そんな技術力の差が顕著に表れるのが燃費です。自動車は総合性能で勝負なので、燃費が良いだけでは売り物になりにくいですが、いつの間にかそれが世界中で認知されるようになりました。

VWの排ガス不正発覚で図らずも露呈したのがこのエンジン技術の差でした。本文に特許のデータを載せましたが、こんな所を見るとドイツ勢の焦りがEVへの切り替え云々になっていると思います。
  1. 2017-07-28 12:39
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

Re: 訂正です

> 「1977年(昭和52年)6月、三元触媒方式による1953年度排出ガス規制適合車を発売」という箇所はトヨタのサイトからコピーしたのですが、1953年度は昭和53年度の間違い。トヨタでもこんなミスがあるのですね。



了解しました。この文章には50年規制を1975年規制と書いたりしていますが、官庁の用語はあくまで和暦表示。50年規制と言う言葉はありますが、1975年規制と言う言葉はありません。多分そんな所をミスったものと思います。
猿も筆の誤り、弘法も木から落ちる(???)ですかね。
  1. 2017-07-28 12:44
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

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