2017-02-24 21:59

厩戸王(聖徳太子)は戦後出てきた呼び方らしい

 文科省が聖徳太子を厩戸王(うまやどのおう)と言わせたいらしい。
この件はコメント欄で質問があり、また裏の桜さんも取り上げている。
ガンは文科省か???
http://sakuraura.blog.fc2.com/blog-entry-4150.html

そこで私の現在知っていることを書いてみたい。と言っても研究者の受け売りです。
駒澤大学の石井公成先生が「聖徳太子研究の最前線」というブログを書いています。この分野での最新研究の成果を纏めて見えるのですが、石井先生もこの「厩戸王(うまやどのおう)」は可笑しいと言っています。
またこのエントリーは都民ですさんへの回答でもあります。


指導要領改定案の問題点:「厩戸王」は戦後に仮に想定された名、「うまやどのおう」も不適切【訂正】

全文は以下引用しますが、私の独断と偏見でまとめた結論
・ 「厩戸王」は戦後に仮に想定された名、江戸時代末期に使用例はあるが、全く飛鳥時代とは縁のない所での使用例でこの当時こんな事を言われていたとは考えにくい。
また「うまやどのおう」は現代の読み方、飛鳥時代なら「うまやと(濁らない)」「のみこ」又は「のおおきみ」と訓まれている筈。
第一「うまやど」は訓読み、「おう」は音読みの重箱読み。飛鳥時代から重箱読みなんてあったんですかねえ。

・ 聖徳太子という名前は奈良中期の『懐風藻』の序に見えるのが最初、しかしこれは天皇の漢字諡號(天皇没後に贈られるおくり名)で奈良時代になって定められたもの。だからと言って、これで聖徳太子はいなかったなどとは言えないはず。そんな事を言ったら欽明天皇も推古天皇も天智天皇も天武天皇も使えないことになる。

・ だから聖徳太子(厩戸皇子)で何ら問題ないとおもう。


では研究者の方の言っていることを紹介します。

<以下「聖徳太子研究の最前線」より引用>

指導要領改定案の問題点:「厩戸王」は戦後に仮に想定された名、「うまやどのおう」も不適切【訂正】
2017年02月23日 

 2月14日に小学校や中学校などの指導要領の改定案が公表され、新聞などでも報道されました。その歴史教科書の改定案を見てみました。文部科学省は、パブリックコメントを受け付けるとのことですので、出しておく予定です。

 報道によれば、文科省の説明としては、聖徳太子という名は没後になって使われるようになったため、歴史学で一般的に用いられている「厩戸王(うまやどのおう)」との併記の形とし、人物に親しむ段階である小学校では「聖徳太子(厩戸王<うまやどのおう>)」、史実を学ぶ中学では「厩戸王<うまやどのおう>(聖徳太子)」とする由。

 これは奇妙な話ですね。後代の呼び方はいけないのであれば、天皇の漢字諡號は奈良時代になって定められたのですから、欽明天皇も推古天皇も天智天皇も天武天皇も使えないことになります。さらに重要なのは、奈良時代から用いられるようになった漢字諡號などと違い、「厩戸王」という言葉は、使われた証拠がまったくないことでしょう。どの時代の史料にも見えません。

 「聖徳太子」という名は、現存史料による限りでは、奈良中期の『懐風藻』の序に見えるのが最初であり、生前に用いられていたことを示す資料はないのは事実です。聖徳太子という名称を用いると、後代の伝説化されたイメージが強くなりすぎるという懸念はあるでしょう。

 しかし、「厩戸王」はもっと問題があるのです。このブログで何度も書き(こちら)、拙著『聖徳太子-実像と伝説の間-』(春秋社、2016年)でも強調したように、「厩戸王」というのは、良心的な研究者であった広島大学の小倉豊文氏が、戦後になってから後代のイメージに縛られずに研究するために仮に用いた名であって、史料にはまったく見えない名だからです。これを実名であるかのように扱うのは不適切です。あるいは、これは史料に見えない仮の呼び方だと説明するのでしょうか。

 『聖徳太子-厩戸王とその時代-』という題名で人間としての聖徳太子を描く本をまとめようと苦闘した小倉氏は、「私は『厩戸王』というのが生前の称呼ではなかったかと思いますが、ここには論証を省略」します(『聖徳太子と聖徳太子信仰』、綜芸舎、1963年、22頁)と書いたものの、その本は断念し、論証できないまま亡くなりました。

 ところが、この翌年、九州大学の田村円澄氏が『聖徳太子』(中央公論社、1964年)を刊行し、冒頭の「生いたち」という章の最初に「厩戸王」という一節を設けました。史料の根拠を示さずにこの名を用いたのです。末尾の参考文献には小倉氏の上の本も記されています。田村氏のこの著書は、入手しやすい中公新書であったこともあってロングセラーとなり、歴史学者や一般の人を含め、多くの読者を得ました。

 以後、田村氏は、実在人物としては厩戸王、信仰の対象としては聖徳太子というように、名を使い分けるようになっていきます。むろん、論証はしていません。このため、史料に厳密な学者はこの「厩戸王」という名称は用いないようです。

 しかし、この仮の名がいつのまにか世間に広まり、史学者の中にも聖徳太子の実名は厩戸王だと思い込む人が出てきました。その代表が、大山誠一氏です。大山氏は、「聖徳太子はいなかった。実在していてそのモデルになったのは、ぱっとしない皇族で勢力がなかった厩戸王だ」という趣旨のセンセーショナルな議論を展開し、マスコミで話題になったわけです。大山氏は、著書の中で「本名は厩戸王」と明言し、「うまやどおう」というルビを付しています。

 指導要領改定案もう一つの問題点は、「厩戸王」の訓みを「うまやどのおう」としていることです。しかし、「厩戸」の語については、当時の漢字発音としては「うまやと」と清音で訓まれていたことが知られています。また、『日本書紀』の古訓では、「~王」という人名は「~のみこ」とか「~のおおきみ」と訓まれています。

 ですから、現在の高校の日本史の教科書の中には、「厩戸皇子(聖徳太子)」と表記し、慣用音も考慮して「うまやと(ど)のみこ」というルビを付けているものもあるのです。これが無難な表記でしょう。

 「上宮王」の場合、「かみつみやのみこ」が普通であって、漢字音で訓むなら「じょうぐうおう」でしょう。史実を重視したというなら、六世紀の末から七世紀初めにかけて、「うまやど + おう」といった重箱訓みの例、それも「の」を入れて「~のおう」とした例があるのか知りたいものです。そもそも、「厩戸王」という言い方をしている史料が無いわけですが。

 なお、聖徳太子の真実の姿を追い求め、客観的に研究しようとしていた小倉氏は、文献批判を行って太子に関する不確かな伝説を否定していたものの、太子を過度に凡人扱いしたり過度に神格化したりする傾向には反対していました。

 このため、太子が天皇絶対主義の元祖として尊崇されていた戦時中に、しかも太子の国家主義的利用を推し進めていた文部省主催の研究会で、そのことを勇気をもって明言したのです。私は小倉氏のこうした姿勢に共感しており、氏を尊敬しているため、拙著の冒頭に小倉氏のその言葉を掲げました。

「又性急に太子を常人として過小評価することも、或ひは又非凡人として過大評価することも、何れも慎まなければなりません」(小倉豊文)

【訂正:2019年2月24日】
「厩戸王」の語は、いかなる資料にも見えないと書きましたが、『甲斐国志』巻四八に見える由(こちら)。ご指摘、ありがとうございます。江戸後期の編纂ですね。

(引用者注:この文書は私も読んでみました。江戸時代末期に甲斐国に使用例があると言っても、まったくポツンと出てきたものなので、これが一般的とはまったく言えません。勘違い・誤用のたぐいと考えるのが妥当と判断します)

<引用終り>

 こんな事で、私の言いたいことは冒頭書きましたが、こんな事が出てくる理由が他にあります。
それは聖徳太子の「太子怨霊説」。これはは昔からありまして、それの決定的な証拠は『法隆寺の国宝の中でも秘仏中の秘仏である「救世観音像」』。何せ明治17年に開けてみたら、白布でぐるぐる巻きになっていた。いったいなぜこんな事になってしまったのか。太子怨霊説が消えない原因の大きなものだと思います。 
但しこの白布は木綿だそうで、そうするとこれは戦国時代後期以降に巻かれたもの。ですから太子怨霊説が随分前からあったことは間違いなく、話をややこしくしています 
まあおかげで救世観音像があのように美しい姿で残ったんだから、それはそれでよしとすればいいかもしれません。
しかし聖徳太子の怨霊の力は凄いと思います。こんなバカなことを言い出した文科省のアホ役人には聖徳太子の怨霊が取り付いて、行く末は哀れなものになりそうな気がします。
アホ役人覚悟せよ!!
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コメント

 「厩戸王」の訓みを「うまやどのおう」と読むことから違っているということを、文科省の担当者は分らなかったから不適切な指導要領を出してしまったわけですね。

 王を「おおきみ」と読むというのは、額田王もそうでしたね。そして、むかし国語の先生が、「が」などの濁音をなるべく使わない文章を良しとすると仰っておられました。これは山村明義さんの「神道と日本人 魂とこころの源を探して」のなかにも書かれていて神道の考え方のようです。

 それにしても、そもそもの読み方から、何故敢えて「厩戸王」と呼び、そしてその意味を知らずに呼び名が拡散してしまったのかがよく分りました。ありがとうございました。
  1. 2017-02-25 08:40
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  3. 都民です。 #-
  4. 編集

現代左翼史観で歴史を観てはダメ

こんにちは。

拙ブログの紹介、ありがとうございます。

さて、

>それは聖徳太子の「太子怨霊説」。

のことで、私見?いや「受け売り」になりますが、この「怨霊」になることを恐れ、聖徳太子の「実名」または、生前に使用していたと思える「名」を当時の人は消し去ったのだと思います。そして後に号された「諡号」だけが残った。

いや現代左翼史観で歴史を見てしまうと、何故「聖徳太子」という「諡号」だけが残され、実名は何故残されなかったのか?という視点が皆無。歴史の疑問の答えになっていません。非常に無責任です。
  1. 2017-02-25 09:54
  2. URL
  3. 裏の桜 #-
  4. 編集

 こんにちは、いつも興味深く拝見しています。

 「聖徳太子」にまつわるあれこれを目にしていると、民間レベルですが万葉集に関するトンデモ話もあったなぁと、懐かしく(?)思い出されます。
 万葉集は学生時代に学んだので、トンデモ話はすぐにネタにすらならない代物だと分かったのですが、その時同時に分かったことがあります。知らないことはきちんと調べる習慣をつけないと、あっさり騙されるかもしれないということです。周囲の人たちが結構引っかかっていたんです。

 「中国の旅」「悪魔の飽食」を中学生の頃教師に薦められて読み、長い間内容に疑問を持たなかったので、自分の騙されやすさも自覚しています。
 ただ、その中学生の頃ですら、「軍隊を持たない独立国家はありえない、自衛隊が違憲なら改憲あるのみ」と共産党員の社会科教師(後に市議会議員)に反論できていたので、自分の頭で考えることも圧力に対して意見を曲げないことも、できるはずだということが救いになっています。

 「聖徳太子」「厩戸王」に関しての解説ありがとうございました。抱いていた疑問が一部納得できましたので、自分なりにまた色々読んでみたいと思います。


 余計なことですが、

>第一「うまやど」は訓読み、「おう」は音読みの重箱読み。

とありましたが、訓音の読みなら、重箱読みではなく湯桶読みではないでしょうか。それこそ重箱の隅をつついてすみません……。
  1. 2017-02-25 10:13
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  3. kei #-
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To:都民です さん

>  「厩戸王」の訓みを「うまやどのおう」と読むことから違っているということを、文科省の担当者は分らなかったから不適切な指導要領を出してしまったわけですね。
>
>  王を「おおきみ」と読むというのは、額田王もそうでしたね。そして、むかし国語の先生が、「が」などの濁音をなるべく使わない文章を良しとすると仰っておられました。これは山村明義さんの「神道と日本人 魂とこころの源を探して」のなかにも書かれていて神道の考え方のようです。
>
>  それにしても、そもそもの読み方から、何故敢えて「厩戸王」と呼び、そしてその意味を知らずに呼び名が拡散してしまったのかがよく分りました。ありがとうございました。


矢張り日本の中に「日本下げ」をやりたい連中がうようよいるという事でしょうね。
こんな事でどこにそんな悪い蛆虫が隠れているか、一つづつ炙り出されてきます。
負けられないですね。
  1. 2017-02-25 15:56
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  3. 短足おじさん二世 #-
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Re: 現代左翼史観で歴史を観てはダメ

> こんにちは。
>
> 拙ブログの紹介、ありがとうございます。
>
> さて、
>
> >それは聖徳太子の「太子怨霊説」。
>
> のことで、私見?いや「受け売り」になりますが、この「怨霊」になることを恐れ、聖徳太子の「実名」または、生前に使用していたと思える「名」を当時の人は消し去ったのだと思います。そして後に号された「諡号」だけが残った。
>
> いや現代左翼史観で歴史を見てしまうと、何故「聖徳太子」という「諡号」だけが残され、実名は何故残されなかったのか?という視点が皆無。歴史の疑問の答えになっていません。非常に無責任です。



確かにご指摘の通り、現代左翼史観は無責任の極み。こんな原因は可笑しなことを言っていてもやっていても処罰されない、給料も下がらない、こんなぬるま湯体質が有るんだと思います。
矢張り悪い奴にはしっかり罰を与える、これが必要ではないかと思っています。
その点江戸時代のほうが信賞必罰ではっきりしていましたから、いきなり国難に直面しても対応できた。そう思っています。
  1. 2017-02-25 16:01
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  3. 短足おじさん二世 #-
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To:kei さん

>  こんにちは、いつも興味深く拝見しています。
>
>  「聖徳太子」にまつわるあれこれを目にしていると、民間レベルですが万葉集に関するトンデモ話もあったなぁと、懐かしく(?)思い出されます。
>  万葉集は学生時代に学んだので、トンデモ話はすぐにネタにすらならない代物だと分かったのですが、その時同時に分かったことがあります。知らないことはきちんと調べる習慣をつけないと、あっさり騙されるかもしれないということです。周囲の人たちが結構引っかかっていたんです。
>
>  「中国の旅」「悪魔の飽食」を中学生の頃教師に薦められて読み、長い間内容に疑問を持たなかったので、自分の騙されやすさも自覚しています。
>  ただ、その中学生の頃ですら、「軍隊を持たない独立国家はありえない、自衛隊が違憲なら改憲あるのみ」と共産党員の社会科教師(後に市議会議員)に反論できていたので、自分の頭で考えることも圧力に対して意見を曲げないことも、できるはずだということが救いになっています。
>
>  「聖徳太子」「厩戸王」に関しての解説ありがとうございました。抱いていた疑問が一部納得できましたので、自分なりにまた色々読んでみたいと思います。
>
>
>  余計なことですが、
>
> >第一「うまやど」は訓読み、「おう」は音読みの重箱読み。
>
> とありましたが、訓音の読みなら、重箱読みではなく湯桶読みではないでしょうか。それこそ重箱の隅をつついてすみません……。



聖徳太子は謎の多い人物でして、それがいろいろ取り沙汰される理由ですね。
でも今日の日本を作った偉人の一人であることは間違いなく、だからこそ法隆寺が今に残っているんだと思います。

それから
>重箱読みではなく湯桶読み
言われちゃいました。まさにご指摘の通りであります。
実は言い訳ですが、「湯桶読み」と書くと「湯桶(ゆとう)」と読んでもらえるか疑問でした。「湯桶(ゆおけ)」と読むと何がなんだか訳が分からない、訓読み・訓読みですのでね。
湯桶(ゆとう)は茶の湯の世界とか僧侶にはわかるんでしょうが、現代では特殊な使い方で、湯桶(ゆおけ)なら風呂に使うので一般的。そう考えて重箱読みと書きました。ご了承ください。以上言い訳まで(笑)。
  1. 2017-02-25 16:16
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
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こんばんは。

自然科学や工学の分野では、研究結果による事実を事実としてとらえ、事実と確定できない事象は「○○と推定する」「○○という報告がある(説がある)」などと言います。実証や追試ができなければその学説は否定されます。卑近な例ではSRAP細胞がいい例です。
ただし、現在事実と言われていることが後年覆される場合があり、この場合においてのみ従来の学説が書き換えられたり補足されたりします。天動説に対する地動説とか、古典力学に対する相対性理論などがそうです。
今般の件は「聖徳太子=厩戸王」と議論の余地がある事象、現代から見た古代の人名の呼び方、当時の事情による名の呼び方や諱等を 少数の不確定な理論によって、これが事実であると捻じ曲げて「聖徳太子=厩戸王」として教育することが問題と思います。科学や工学の分野と異なり、人文歴史や古代地質の研究は、推定しなければならない余地があるため、より「現在は○○という説が有力」「○○という説や研究報告がある」と教育する必要があると思います。昔「仁徳天皇綾」と呼ばれていた古墳が現在は「大仙古墳」と言い換えられていることが好例です。
もちろん、自分が小学校の時にかの有名な一万円札の肖像と聖徳太子が、今から考えれば確たる証拠もなく事実として1セットで教育されたことも、今から考えれば問題です。
かように、現在も研究対象である事象を正しく教育することはとても難しいと思います。ジフンは教育者ではありませんが、歴史に限らず、文科省の学習指導要領の改訂には毎度首をかしげてしまいます。
  1. 2017-02-25 21:12
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  3. koguma #-
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To:koguma さん

> こんばんは。
>
> 自然科学や工学の分野では、研究結果による事実を事実としてとらえ、事実と確定できない事象は「○○と推定する」「○○という報告がある(説がある)」などと言います。実証や追試ができなければその学説は否定されます。卑近な例ではSRAP細胞がいい例です。
> ただし、現在事実と言われていることが後年覆される場合があり、この場合においてのみ従来の学説が書き換えられたり補足されたりします。天動説に対する地動説とか、古典力学に対する相対性理論などがそうです。
> 今般の件は「聖徳太子=厩戸王」と議論の余地がある事象、現代から見た古代の人名の呼び方、当時の事情による名の呼び方や諱等を 少数の不確定な理論によって、これが事実であると捻じ曲げて「聖徳太子=厩戸王」として教育することが問題と思います。科学や工学の分野と異なり、人文歴史や古代地質の研究は、推定しなければならない余地があるため、より「現在は○○という説が有力」「○○という説や研究報告がある」と教育する必要があると思います。昔「仁徳天皇綾」と呼ばれていた古墳が現在は「大仙古墳」と言い換えられていることが好例です。
> もちろん、自分が小学校の時にかの有名な一万円札の肖像と聖徳太子が、今から考えれば確たる証拠もなく事実として1セットで教育されたことも、今から考えれば問題です。
> かように、現在も研究対象である事象を正しく教育することはとても難しいと思います。ジフンは教育者ではありませんが、歴史に限らず、文科省の学習指導要領の改訂には毎度首をかしげてしまいます。



確かにご指摘の通り、科学とは基本的に再現実験ができないといけません。
再現できないものは確かな物証が必要ですが、歴史については文献しかない、これは歴史というものの性質上やむを得ないのですが、そこに諸説が出てくる、中にはトンデモ学説が出てくる理由ですね。

もっと困ったことはこの聖徳太子問題もそうですが、「日本貶め」活動に利用されている。
しかもこの日本貶めは文明の衝突という事がその根っこにあります。西欧文明対日本ですね。シナは西欧文明の草刈り場。韓国朝鮮はそのシナにくっついた金魚の糞。
特に日本貶めの急先鋒はアメリカの中の東部エスタブリッシュメント・民主党グループ、それと西ヨーロッパではドイツ帝国です。ドイツの女帝メルケルの反日を見ればわかりますね。

しかし文科省のこのとんでもないやり方が一般の人の覚醒に繋がりそうで、逆説的ですが良い結果を生みそうな予感がします。、
  1. 2017-02-26 06:42
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  3. 短足おじさん二世 #-
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「斑鳩王」と同じ次元の名称です

笠原英彦氏「歴代天皇総覧」(中公新書)には、廐戸皇子とあります。しかし、その息になると山背大兄王とあります。
聖徳太子は即位しなかったからでしょうか。ならば聖徳太子が「王」とあるのは少しおかしいような。
黒岩重吾氏「斑鳩王の慟哭」とあるように「王」というのは気楽に使った名称かもしれません。しかし、それを文科省が正式名称のように扱うとはねえ。
高級官僚の無能は近代日本の宿痾ですから。
  1. 2017-02-26 09:44
  2. URL
  3. 縄文人 #wM6nolEE
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Re: 「斑鳩王」と同じ次元の名称です

> 笠原英彦氏「歴代天皇総覧」(中公新書)には、廐戸皇子とあります。しかし、その息になると山背大兄王とあります。
> 聖徳太子は即位しなかったからでしょうか。ならば聖徳太子が「王」とあるのは少しおかしいような。
> 黒岩重吾氏「斑鳩王の慟哭」とあるように「王」というのは気楽に使った名称かもしれません。しかし、それを文科省が正式名称のように扱うとはねえ。
> 高級官僚の無能は近代日本の宿痾ですから。


ご指摘の通りです。
私にはこの件は特亜の考えが色濃く入っていると思っています。

皇帝のことを「王の中の王」と言いますが、シナでは「天子」がそれにあたり、秦の始皇帝から「皇帝ともいうようになりました。いずれにしても「王」というのは中国的見方では相当位が下、そんな事ですね。
だからチョンの国では天皇陛下のことを「日王」などと恋に捻じ曲げて報道する。この考え方の延長線にこの聖徳太子貶め。作戦がある

官僚の劣化がここまで来たのかと愕然とせざるを得ません。
官僚に対する信賞必罰、悪いことをしたらクビ、何もしなかったら・・・やっぱりクビ、高禄を食む人間は此れでなければいけません。
  1. 2017-02-27 07:19
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  3. 短足おじさん二世 #-
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戦後の自虐史観は

落合莞爾さんによると、戦後の自虐史観の背景には渡来ユダヤ人と国際金融資本連合による皇統乗っ取り計画があるんだそうです。
どこまで信憑性のある話かは分かりません(笑)
でも文部科学省や学会、マスコミまで動かすのですから相当な組織が背後にいる事は間違い無いでしょうね。
  1. 2017-02-27 09:36
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  3. KAZ #v0W2OX1k
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Re: 戦後の自虐史観は

> 落合莞爾さんによると、戦後の自虐史観の背景には渡来ユダヤ人と国際金融資本連合による皇統乗っ取り計画があるんだそうです。
> どこまで信憑性のある話かは分かりません(笑)
> でも文部科学省や学会、マスコミまで動かすのですから相当な組織が背後にいる事は間違い無いでしょうね。


間違いないと思います。
アメリカ東部エスタブリッシュメントには我々が知らない複雑な組織や横の連帯・組織があります。
大きい所ではアメリカの外交問題戦略を今も牛耳っているアメリカ外交問題評議会(CFR)などは、日本海国の頃から活動していまして、その流れば連綿と今日まで続いています。
注意すべきはアメリカの大学やシンクタンクがみんなこの系列のネットワークに入っていることで、外からではわからない複雑な組織と言えます。
そしてこの組織が日本を潜在的な敵とみなしていることで、この流れはこれからも続くでしょう。
  1. 2017-02-27 14:51
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  3. 短足おじさん二世 #-
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