2017-01-26 16:46

沖縄に東日本の縄文土器 2500年前の交流示す

 沖縄で縄文時代晩期(今から約2500年前)の縄文式土器が発見されたという。
以下そのことを報道する沖縄タイムズの記事

<以下引用>
https://this.kiji.is/196595438335983619
沖縄に東日本の縄文土器 2500年前の交流示す
2017/1/24 20:171/25 07:35updated
 沖縄県の北谷町教育委員会(川上啓一教育長)は24日、北谷町伊平の遺跡で出土した土器破片が、縄文時代晩期(約2500年前)の東日本の大洞系(おおほらけい)土器である可能性が高いと発表した。関係者によると東日本の土器が県内で確認されるのは初めて。

 大洞系(亀ケ岡系)土器は、東北を中心に分布する縄文晩期の土器形式。確認された破片は4センチ~5・5センチの台形で、浅鉢の高台の一部とみられる。表面に複雑な筋状の文様が重なり、朱色の塗料の跡がある。
(引用者注:土器の形式は他の報道は亀ヶ岡式土器だが、なぜか此処では大洞系となっている)

 町教委では「県内の遺跡ではこれまで縄文晩期の新潟産の翡翠(ひすい)などが出土しているが、東日本の土器の出土は初。縄文晩期から弥生前半にかけての沖縄との文物の交流を示すものだ」としている。
2017-1-26沖縄で発見された縄文土器

<引用終り> 

亀ヶ岡式土器と言えば、あまりにも有名なのがこれ。遮光器土偶である。

2017-1-25遮光器土偶 

素晴らしいものです。縄文時代の日本が高度な文化を持っていた、そのいい証拠ではないでしょうか。

沖縄はDNAの研究などから縄文人と琉球人との関係が深いことが指摘されており、こんな遺物の発見でさらにその証拠が固まったと言える。
沖縄は古来日本人だったという良い証拠である。

そんな日本列島の南と北、2000キロも離れたところで交流があったかと不思議だが、日本の周りの海流にそのヒントがある。
これは日本近海の海流の図
2017-1-26日本近海の海流と移籍 

沖縄辺りでは沖縄の西を流れていた黒潮はそこから一部が分流(黒潮本流の約1割)、対馬海流となって日本海を流れてゆく。特にその一部は比較的日本列島に近い所を流れているので、この海流を上手く使えば日本海の船での往来には都合がよい。
縄文・弥生の時代にはこの日本海ルートが交易の主流だった。


所で沖縄タイムズさん、あなた方は琉球独立論をぶっていませんでしたっけ。
良かったですねえ、沖縄は縄文の昔から日本人だった。そんな事が大手を振って言える確かな物証が出てきたわけですから。
しかも遮光器土器に代表されるような高度な文化を持っていたんですから。
沖縄は縄文の昔から土人国では無かった、今も土人は要らないですね。
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コメント

言語から見ても明らか

沖縄の言語は、本土の言語と同じ祖語を持つ日本語の一方言なので、先史時代から本土と繋がりがあったのは間違いないですね。同じ祖語を持つ言語は、体の各部の名称、親族名称、衣食住に関する単語、自然界の事物に関する単語、数詞、代名詞、副詞、接続詞などの「基礎語彙」に共通点があります。

沖縄方言 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%96%E7%B8%84%E6%96%B9%E8%A8%80
琉球語 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%90%89%E7%90%83%E8%AA%9E
>日本本土の日本語と系統を同じくするものの、口頭では互いに全く通じ合わないほどの違いがあるため、日本語とは別の言語と見なす立場と、日本語内部の一方言と見なす立場とがある。
>独立言語として見た場合、日本語と系統が同じ唯一の言語と見なされ、日本語と琉球語を合わせて日本語族あるいは日琉語族と呼ばれる。一方、日本語の一方言とする立場からは、「琉球方言」または「南島方言」(なんとうほうげん)と呼ばれ、日本語は琉球方言と本土方言の2つに大きく分類できる、とする。

韓国では、学者が「日本語の起源は韓国語だ」などと大マジメに言ってるわけですが、日本語と朝鮮語では「基礎語彙」が全然違います。共通しているのは漢字語か外来語だけで、その漢字語も多くは日本人が作った「和製漢語」です。

日本語の正体―倭の大王は百済語で話す 単行本 – 2009/8/21 金 容雲 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4883204766

日本語の起源を探る (徳間文庫) 文庫 – 1990/10 安本 美典 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4195992001/
本書「文庫本あとがき -日本語と朝鮮語-」より
http://yamatai.cside.com/yasumoto/tyosyo53.htm
>(日本語の起源は韓国語だという)このような主張は、いちじるしく事実に反すると思う。
>琉球列島のことばは、およそ、いまから1700年まえに、日本列島のことばから分かれたとみられる(南九州から南下したとみられている。)

昔、「探偵!ナイトスクープ」というバラエティ番組で、「アホ」という言葉が使われる地域と「バカ」という言葉が使われる地域の境界線を探すという企画をやっていたことがあるんですが、全国の「アホ」「バカ」に当たる方言を調べていくうちに、沖縄の「フリムン」という言葉が、奈良時代以前に本土で使われていた「惚れ者(ホレモノ)」という言葉から来ているという事を発見していました。

全国アホ・バカ分布考―はるかなる言葉の旅路 (新潮文庫) 文庫 – 1996/11/29 松本 修 (著)
http://www.amazon.co.jp/dp/4101441219
「フリムン」は琉球の愛の言葉
http://blog.goo.ne.jp/probably-k/e/85472f772676017a711e044e248047d7

ところで「沖縄方言」を独立した「琉球語」とみなす人は、きっと反日左翼でしょう。「琉球方言」という呼び方も「沖縄方言」の方がいいですね。中国がこんなことを言ってるので。

琉球諸島を沖縄と呼ぶべきではない! 日本への主権帰属せず=中国
http://news.searchina.net/id/1616658?page=1
>沖縄という名称は日本人が琉球諸島を占領した後につけた名称であり、正式名でもなければ伝統的な呼称でもないと主張。琉球諸島の立場は道理や法、歴史から見ても「現在もまだ定められていないと見るべきだ」と主張した。

「沖縄」という地名も「琉球」という国名と同じように古くからある由緒正しい地名です。「沖縄」を沖縄方言で発音すると「ウチナー」になります。

沖縄学への道 (岩波現代文庫―学術) 文庫 – 2002/1/16 外間 守善 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4006000758/
「沖縄」と「琉球」という呼称の由来 | Kousyoublog
http://kousyou.cc/archives/4084
>「沖縄」と「琉球」という呼称はどちらも歴史的に長く使われてきた。以下、外間守善 著「沖縄学への道 (岩波現代文庫―学術)」より簡単にまとめ。
>「オキナワ」という語の初出は七七九年の「唐大和上東征伝」の「阿児奈波(あこなは)島」で、他様々な文献に「倭急拿(うちな)」「屋其惹(うちな)」「悪鬼納(おきなわ)」「浮縄(うきなわ)」などの文字が見られるという。
>それゆえに「リュウキュウ」は外国からの呼称で、「オキナワ(オキナハ)」が固有語であったと考えられているという。
  1. 2017-01-26 23:33
  2. URL
  3. かんぱち #vF6NeGQU
  4. 編集

 最近は骨や土器などの発掘と解析が進んできていますが、モースやその後のGHQが造ってしまった進歩史観の呪いを払拭するにはまだ時間がかかりそうです。しかも近年はリベラルの呪い迄あるみたいで、図書館で日本人の起源について何冊か読み比べていたら、DNA解析を元にした研究者の本なのに「多文化共生」という文字が躍っていて頭を抱えてしまいました。こうなってくると、内容がポリコレの視点で書かれているように見えて、なんだか眉唾ものという感じがしました。

 それだけでなく古代史についてはサヨクや半島系がどうしても、朝鮮半島の人間が縄文人を駆逐して弥生人となり、その後の我が国の支配者層はみな弥生人の子孫であるとしたいようです。古代史好きな女性ジャーナリストが善意の第三者を気取ってカジュアルな書き方をしながら、朝鮮半島を韓半島としているのをみてこれもプロパガンダだとた溜息をつきました。執念深いです。

 沖縄県の歴史の Wikiを読むと、全力で沖縄には縄文時代はないとかなんとか書いてあり、中国共産党の工作の強さを感じさせられます。でも縄文式土器が見つかったから、やっぱり沖縄には縄文時代があったということですよね!!!

 ところでこの海流を見ると、我が国に渡って来たのは南北からが多いのではという気がします。でも近いからほとんどが半島からだという人もいますが、短足様はどうお考えになりますか?
  1. 2017-01-27 09:06
  2. URL
  3. 都民です。 #-
  4. 編集

Re: 言語から見ても明らか

> 沖縄の言語は、本土の言語と同じ祖語を持つ日本語の一方言なので、先史時代から本土と繋がりがあったのは間違いないですね。同じ祖語を持つ言語は、体の各部の名称、親族名称、衣食住に関する単語、自然界の事物に関する単語、数詞、代名詞、副詞、接続詞などの「基礎語彙」に共通点があります。
>
・・・中略

>
> 「沖縄」という地名も「琉球」という国名と同じように古くからある由緒正しい地名です。「沖縄」を沖縄方言で発音すると「ウチナー」になります。
>
> 沖縄学への道 (岩波現代文庫―学術) 文庫 – 2002/1/16 外間 守善 (著)
> https://www.amazon.co.jp/dp/4006000758/
> 「沖縄」と「琉球」という呼称の由来 | Kousyoublog
> http://kousyou.cc/archives/4084
> >「沖縄」と「琉球」という呼称はどちらも歴史的に長く使われてきた。以下、外間守善 著「沖縄学への道 (岩波現代文庫―学術)」より簡単にまとめ。
> >「オキナワ」という語の初出は七七九年の「唐大和上東征伝」の「阿児奈波(あこなは)島」で、他様々な文献に「倭急拿(うちな)」「屋其惹(うちな)」「悪鬼納(おきなわ)」「浮縄(うきなわ)」などの文字が見られるという。
> >それゆえに「リュウキュウ」は外国からの呼称で、「オキナワ(オキナハ)」が固有語であったと考えられているという。



興味深い情報、有難う御座います。
私は奄美沖縄は上古日本人が移り住んだところと理解しています。
その証拠が言語、話し言葉が全く通じないので別の言語という事を言うアホもいますが、音韻の変化がきれいにそろっていて、言語学的には間違いなく日本語だと言われています。
私が特に興味を引くのは奄美には古代日本語が残っている。
例えば「吾(発音はワ(ン))」、「汝(発音はナ(ン))」など古事記の時代以前の言葉が残っています。

そんな風に沖縄と奄美が日本でありながら古い言葉を残している。原因は海流にあると見ています。
本文に乗せた黒潮の図を見ると、黒潮本流は屋久島と奄美大島の間を横切っています。この海流は大体時速7キロくらい。人が歩くよりずっと早いですね。
この海流を横切って南下するんは古代の手漕ぎの船では至難の業。考えてみてください。漕ぎ手が10分休むと1キロ以上流されるのです。これでは恐ろしくて九州から奄美にはなんかできません。これが沖縄と奄美が孤立した大きな理由。
但し季節を選べばこれをうまく乗り切ることができる。これをやったのが倭寇です。
文献によれば
倭寇の襲撃時期は旧暦の清明節(陽暦の4月上旬)から5月までの1~2ヶ月と、重陽節すなわち旧暦の9月9日から1ヶ月弱のあいだがその時期であった。とあります。
この時期が黒潮を乗り切って活動できる時期だったようです。

尚琉球ですが、中国の文献では小琉球と大琉球があります。小琉球が台湾、大琉球が沖縄です。
以下参照ください
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1036.html

尚アホ、バカの分布ですが、私は愛知県在住。このアホ・バカ分布の
境目に近い所ですので、両方のニュアンスの違いを理解しています。
そして面白い話、カップうどんの「どん兵衛」には西日本向けと東日本向けがあり、隠しマークで区別されています(WとE)。その境目が実ははっきりしていまして関ケ原です。天下分け目の関ケ原は言葉のアホとバカの境目でもあるのですが、カップうどんの味の違いの境目でもあります。
ついでに言えば、関東の関とは不破の関・関ヶ原の関です。
  1. 2017-01-27 16:13
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
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To:都民です さん

>  最近は骨や土器などの発掘と解析が進んできていますが、モースやその後のGHQが造ってしまった進歩史観の呪いを払拭するにはまだ時間がかかりそうです。しかも近年はリベラルの呪い迄あるみたいで、図書館で日本人の起源について何冊か読み比べていたら、DNA解析を元にした研究者の本なのに「多文化共生」という文字が躍っていて頭を抱えてしまいました。こうなってくると、内容がポリコレの視点で書かれているように見えて、なんだか眉唾ものという感じがしました。
>
>  それだけでなく古代史についてはサヨクや半島系がどうしても、朝鮮半島の人間が縄文人を駆逐して弥生人となり、その後の我が国の支配者層はみな弥生人の子孫であるとしたいようです。古代史好きな女性ジャーナリストが善意の第三者を気取ってカジュアルな書き方をしながら、朝鮮半島を韓半島としているのをみてこれもプロパガンダだとた溜息をつきました。執念深いです。
>
>  沖縄県の歴史の Wikiを読むと、全力で沖縄には縄文時代はないとかなんとか書いてあり、中国共産党の工作の強さを感じさせられます。でも縄文式土器が見つかったから、やっぱり沖縄には縄文時代があったということですよね!!!
>
>  ところでこの海流を見ると、我が国に渡って来たのは南北からが多いのではという気がします。でも近いからほとんどが半島からだという人もいますが、短足様はどうお考えになりますか?



何でも朝鮮半島起源、これが日本人にも蔓延しているのは困ったものです。
ですが例えば稲作、昔の稲作は朝鮮半島では南部だけが可能でした。今の北朝鮮界隈は寒すぎて稲作不能地帯。
ソウル辺りから北に稲作を教えたのは日本人です。
そして半島南部は稲作可能ですが、稲のDNA鑑定で日本の稲には半島に無いものが有り、朝鮮半島由来とは考えられないことが証明されています。
そして半島南部には前方後円墳が沢山あり、日本人が住んでいたことが分かっています。(韓国では発掘すると日本の影響下にあったことが証明されるため、掘りかけても埋め戻したりしているそうな・・・)

そんな事で私は中国江南地方(今の上海周辺)から伝わってきたものと見ています。もう定説になりつつありますね。
こんな事を以下のブログに書いています。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1036.html
  1. 2017-01-27 16:29
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

歴史学というより学問全体が政治的なイデオロギーとは本来関係なくあるべきなのですが、どうもこの世界はそう行かないようです。歴史学や遺伝学にポリコレを持ち出すなんぞは完全に学問の進歩に反する行為です。

論理的な思考の末に出た結論はその結果がどんなに不合理に見えてもそれを疑ってはいけません。現在の歴史学や歴史学は遺伝学や生物学、物理学と言った理科系学問によってどんどんか書き換えられています。

さすがに一部の基地外が歴史学の範疇で修正主義などという攻撃をする事はありませんが、その結論の無視は平気でします。日本人がどこから来たかなんぞはもはや遺伝学にでも任せれば簡単に結論が出てしまいます。沖縄人の出自などという問題はもや解決済みです。支那人あたりには不都合なんでしょうが…

沖縄人も同じ縄文人の末裔でありそれは理科系学問により実証されたことです。おそらく問題は中世以降本土では払拭できた支那の影響が、この地域には色濃く残ったという一事でしょう。例の儒教というやつですがこれが社会を古代の専制のままにしてしまうということが最大の問題だったのでしょう。このあたりは半島と全く同じ、だから連中の感性もエートスも全く同じです。

北条泰時の統治は流石に沖縄には及ばなかったのですから。


でも時々思うのです。縄文人は間違いなく大陸からの移住者であったはずですが列島に来てから進歩発展はかなり落ちたと思うのです。おそらくは火山の噴火や地震、津波その他の災害のため
多くの人死にがあり、技術というものの多くは失われたにではないかという気がします。

例えば縄文人が南方系とすればポリネシアンと同じような航海術を持っていたはずです。しかし列島に落ちついた連中がそこから出ていったという記録は殆ど無い。なんでもメキシコで縄文式土器が出たということは聞いたことがありますが、それが発展したわけでもない。

もっと端的に言えば縄文土器と弥生土器どちらが様式として優れてるでしょうか。これは単純な問題ではありません。慥かに縄文は豊かな部分は有していたかもしれない、それが継続発展しなかった理由を考えることが必要では無いかと思ってます。
  1. 2017-01-28 16:39
  2. URL
  3. kazk #cPv2SIBE
  4. 編集

To:kazk さん

> 歴史学というより学問全体が政治的なイデオロギーとは本来関係なくあるべきなのですが、どうもこの世界はそう行かないようです。歴史学や遺伝学にポリコレを持ち出すなんぞは完全に学問の進歩に反する行為です。
>
> 論理的な思考の末に出た結論はその結果がどんなに不合理に見えてもそれを疑ってはいけません。現在の歴史学や歴史学は遺伝学や生物学、物理学と言った理科系学問によってどんどんか書き換えられています。
>
> さすがに一部の基地外が歴史学の範疇で修正主義などという攻撃をする事はありませんが、その結論の無視は平気でします。日本人がどこから来たかなんぞはもはや遺伝学にでも任せれば簡単に結論が出てしまいます。沖縄人の出自などという問題はもや解決済みです。支那人あたりには不都合なんでしょうが…
>
> 沖縄人も同じ縄文人の末裔でありそれは理科系学問により実証されたことです。おそらく問題は中世以降本土では払拭できた支那の影響が、この地域には色濃く残ったという一事でしょう。例の儒教というやつですがこれが社会を古代の専制のままにしてしまうということが最大の問題だったのでしょう。このあたりは半島と全く同じ、だから連中の感性もエートスも全く同じです。
>
> 北条泰時の統治は流石に沖縄には及ばなかったのですから。
>
>
> でも時々思うのです。縄文人は間違いなく大陸からの移住者であったはずですが列島に来てから進歩発展はかなり落ちたと思うのです。おそらくは火山の噴火や地震、津波その他の災害のため
> 多くの人死にがあり、技術というものの多くは失われたにではないかという気がします。
>
> 例えば縄文人が南方系とすればポリネシアンと同じような航海術を持っていたはずです。しかし列島に落ちついた連中がそこから出ていったという記録は殆ど無い。なんでもメキシコで縄文式土器が出たということは聞いたことがありますが、それが発展したわけでもない。
>
> もっと端的に言えば縄文土器と弥生土器どちらが様式として優れてるでしょうか。これは単純な問題ではありません。慥かに縄文は豊かな部分は有していたかもしれない、それが継続発展しなかった理由を考えることが必要では無いかと思ってます。



歴史学が科学というには問題がありすぎるのは再現テストが出来ないからなんですね。
だから旧石器捏造などという信じられない事件が起こる訳です。
それからもう一つ厄介な問題、それは今から1万年以上前は海面が現在より100メーター以上低かった、だから当時の低地遺跡は全て海底に沈んでいまして、多分何も残っていないでしょう。

それから沖縄奄美が本土との交流が少ない理由の一つに沖縄奄美と九州(屋久島)との間で黒潮による分断があった。この影響が大きいと思います。
黒潮は時速7キロくらいで流れていますから、手漕ぎの船では横断が極めて難しい。こんな事情も考える必要があるでしょう。
  1. 2017-01-28 23:02
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

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