2017-01-07 17:10

AI時代に生きる<追記有

 読売新聞2017年1月6日号にAI時代に生きる我々には大変興味深い特集記事があった。
記事の名は
[2017 問う]<4>人工知能のあした AIは人間を超えるのか 創造力 代替できない
2017年1月6日5時0分
語っているのは:国立情報学研究所教授 新井紀子氏

記事は以下2本
*追記します:この読売記事にアクセスできないので、画像データ追加(クリックで拡大)。
また本文末尾に元記事をスキャンし文字情報化したものも追加しました。・・・ 2017-1-31

創造力 代替できない
2017-1-31読売新聞1月6日一面記事 
http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20170106-118-OYTPT50163/search_list_%25E4%25BA%25BA%25E5%25B7%25A5%25E7%259F%25A5%25E8%2583%25BD%25E3%2581%25AE%25E3%2581%2582%25E3%2581%2597%25E3%2581%259F__

AIを使いこなすには…読解力の育成 急務
2017-1-31読売新聞1月6日9面記事1 

2017-1-31読売新聞1月6日9面記事2 
(記事が横長のため分割表示、中央部分が重複している)
http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20170105-118-OYTPT50390

新井紀子氏の意見は、AIで東大入試合格を目指す「東ロボ」を開発した経験から、AIに何が出来て何ができないか、そしてこれからの人間はどう生きてゆくかを語っているもので大変面白い。

進歩するAIとその周辺技術が、これまで人間が行ってきたことの相当部分を肩代わり出来るようになった。得意な分野は決まった枠組みの中で答えを見つける作業など。不得意なのは人が何に価値を見いだすのかを考えなければならない仕事。これはAIに代替させるにはハードルが極めて高い。またAIには責任を取らせることはできない

こんな事で、ではこれからの人はどうすべきかを「AIを使いこなすには…読解力の育成 急務」という項目で語っているにで、その該当部分を紹介したい。

<以下引用>

 日本の中でどれだけの人が、AIにはできない創造性ある仕事を生み出し、携わる能力を持っているでしょうか。

 次代を担う子どもたちがAIを使う側になるか、使われるかは、教育にかかっています。AIは暗記と手順通りの作業が最も得意です。だから現在のような、暗記力を重視する教育では、AIにかなわない子しか育ちません。

 大切なのは、物事の意味を理解し、思考し、表現できる力を養う教育です。AIが最も困難とするところだからです。

 しかし現状を見ると、ますます危惧を抱かざるを得ません。

 「東(とう)ロボ」プロジェクトの過程で、AIは、ある程度の長さを持った文章を、文脈を理解して読み解くのが極めて苦手だということが分かりました

 ところが同時に、その東ロボくんに読解力で劣る中高生がたくさんいることも判明したのです。

 これはツイッターなど、ごく短い情報や思いつきをやりとりするSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)に、コミュニケーションや知識獲得の場が偏っている影響でしょう。

 家の中に新聞や本のない家庭が増え、スマートフォンの画面を見るばかりで、論理的に構成された文章にほとんど接していない子どもが多い。

 すでに大人の世界も、論理的ではなく、断片的、感情的な情報で世論や政治が動き始めました。この風潮は、今後いっそう強まるかもしれません。

 AIを研究することによって、「人間は劣化していないか」という皮肉な問いもまた、突きつけられているのです。

<引用終り>

この話を読んで私が最初に思い出したこと、それはまったく新しい技術が普及すると人の仕事が全く変わるという事。その具体例として、これは昔々の話だが・・・

昔々、未だコンピュータが普及し始めたころまでは銀行というのは若い女性の花型職場だった。銀行に行くと窓口の後ろに女性の事務員さんが大勢で帳面をつけていた。銀行が3時にシャッターを下ろしても事務員さんの仕事は終わらない。パチパチそろばんをはじいて勘定を合わせていた。
夜遅くになって、やっと総勘定元帳と現金が合うと「チョーン」と拍子木が鳴る。今日も無事勘定が合ったと銀行マン・ウーマンが帰宅の途に就く。こんな時代だった。
しかしコンピュータの導入で一変した。あんなに沢山いた事務員さんはまったく要らない、銀行から女性の事務員さんが激減した。
しかし幸いこの当時は高度成長期、このコンピュータ普及による余剰労働力は色んなところが吸収してくれた。その付けが回ってきたのはバブル崩壊後の失われた○○年時代。就職難で若い人が苦労してきたのはこんな時代だった。
私がタイで仕事をするようになったのは1998年からだが、タイに行って大いに驚いたのが、若い独身女性で日本に仕事が無いためタイに仕事を探しに来る人が結構いたことだった。
勿論給料は安い。しかし実際そんな人に聞いてみると、給料は安いけれど物価も安いから貯金ができる。だから悪くない。そう言っていたのを思い出す。

こんな古い話を持ち出したのは、新しい技術が人の働き方まで変えるという事だ。昨日までの仕事のやり方では明日の仕事はない。そんな時代が目の前という、極めて厳しい時代が迫っていることである。
特に若い人の教育に関しては大いに変わらねばいけないと思う。

新井紀子氏はとてもいいことを言っている。

現在のような、暗記力を重視する教育では、AIにかなわない子しか育ちません。
大切なのは、物事の意味を理解し、思考し、表現できる力を養う教育です。AIが最も困難とするところだからです。

AIは、ある程度の長さを持った文章を、文脈を理解して読み解くのが極めて苦手
ところが同時に、その東ロボくんに読解力で劣る中高生がたくさんいることも判明した

これはツイッターなど、ごく短い情報や思いつきをやりとりするSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)に、コミュニケーションや知識獲得の場が偏っている影響でしょう


とまあこんな話だが、以前からツィッターは「バカ発見器」と言われているが、事実のようだ。

そしてもう一つ、今度はまったく別のところから同じような指摘が出ている。

現在発売中の雑誌「HANADA」2月号(12月20日発売)にこんな記事がある。
「スマホで子どもはバカになる!」 東北大学加齢医学研究所所長 川島隆太

全文は長いのでタイトルだけの紹介にとどめますが、川島隆太氏はこんな本も出しています。
「2時間の学習効果が消える! やってはいけない脳の習慣 」 2016年8月 青春出版社刊
横田 晋務 (著), 川島 隆太 (監修)

川島隆太氏はスマホの中でも「LINE」などの通信アプリが極めて害が大きいことを指摘しています。まあこれはLINEが韓国産のアプリであることを考えれば納得できます。

スマホは大変便利なもので、これを無くせなどと言っても不可能。だからこういう便利なものにどう向き合っていくか、こんなことが課題だと思います。
こんな問題を教育の現場だけでなく、いろんなところで考えていきたいところだと思います。



*追記します。元記事がアクセスできないため画像追加しましたが、文字データも追加。

<以下引用>
2017 問う
4.人工知能のあした
AIは人間を超えるのか

創造力代替できない

 人工知能(AI)が人間を凌駕(りょうが)することはありえないと私は思っています。
 いずれは人間の脳全体の計算パワーを上回るコンピューターが出来るとしても、やはり「何をするか」という枠組み(フレーム)を人間から与えられなければ何もできない。人間を超えられません。
 しかし、進歩するAIとその周辺技術が、これまで人間が行ってきたことの相当部分を肩代わりし、社会を大きく変えることも確実です。
 「ロボット(AI)は東大に入れるか」という刺激的なテーマを掲げ、2011年から「東ロボ」プロジェクトに取り組んできました。約5年でAIの東ロボくんは、名の知れた私立大学に受かるレペルまでになった。与えたフレームは、入試問題の正答をより多く見つけることです。

 ただ、真の目的は東大合格ではなく、「AIには何かできるか」 「どこまで任せられるのか」を見極めることでした。それは「人間は何をするべきか」という深い問いとなって返ってくる。そして、AI技術の進歩で人間の未来がどうなるかを、社会問題として提起したかったのです。
 枠組みの中で情報を処理する能力は、すでにAIが人間を上回っている。「囲碁」という枠組みで、AIがトップレベルのプロ棋士に勝ったことは象徴的な出来事でした。
 束ロボくんも例えば、ある記述の正誤を尋ねる問題で、事実か否かの判断が大きな要素ならば、膨大なデータを検索して、かなりの確度で正解できます。しかし「価値観」のような要素が絡んでくると答えに到達するのが一気に難しくなる。「政治・経済」の模試で、民主主義への理解度が試される問題に、東ロボくんは10間中1問しか正答できなかったことがありました。
 だから、人が何に価値を見いだすのかを考えなければならない仕事は、AIに代替させるにはハードルが極めて高い。介護や子育てに関することが一番難しいでしょう。
 また、物事をAIにどこまで任せられるかを考える時、「責任」の問題が立ちはだかります。膨大な検査データと症例を参照して、可能性の高い病名を指摘する医療支援AIが登場しても、手術するのかよいかどうかといった判断は、人間の医師がするしかない。同様に、事故を起こせば命にもかかわる自動車の運転も、AIに全面的にゆだねることはできません。
 AIは「責任」を負うことができないからです。
*AI=Artificial lntelligence
国立情報学研究所教授  新井紀子氏


AIを使いこなすには  読解力の育成急務

    (-面の続き)
 人工知能(AI)を活用することで、便利になることはたくさんあるでしょう。
 車の完全自動運転は無理でも、運転者をアシストして事故を防ぐ技術はかなり実用化が進む。
 経験に頼る部分が多かった農業も、収穫状況と天候などの諸条件を関迪づけるビッグデータから、AIがコントロールできるようになっていく。
 一方で、人間にとって、うかうかとはできない状況ももたらします。
 AIの方が人間よりうまくできる作業は、当然、AIが行うようになる。
 例えば、会計監査や銀行の融資審査などはエリートの仕事というイメージが強いけれども、多くは枠組みの中でデータを分析する作業であり、AIが得意とするものです。製品のセールス業務なども、消費者の使用データから買い替え時期を割り出すAIが受け持っていく。そうすると、ホワイトカラーの人たちの半数くらいはAIに「仕事を奪われる」。
 その時、人間が携わるのは、高い創造力や重い責任が求められるためAIにはできない仕事と、AIより人間を使う方が安いから人間にさせておく仕事に、二極分化すると思います。
 日本の中でどれだけの人が、AIにはできない創造性ある仕事を生み出し、携わる能力を持っているでしょうか。
 
 次代を担う子どもたちがAIを使う側になるか、使われるかは、教育にかかっています。AIは暗記と手順通りの作業が最も得意です。だから現在のような、暗記力を重視する教育では、AIにかなわない子しか育ちません。
 大切なのは、物事の意味を理解し、思考し、表現できる力を養う教育です。AIが最も困難とするところだからです。
 しかし現状を見ると、ますます危惧を抱かざるを得ません。
  「東ロボ」プロジェクトの過程で、AIは、ある程度の長さを持った文章を、文脈を理解して読み解くのが極めて苦手だということが分かりました。
 ところが同時に、その東ロボくんに読解力で劣る中高生がたくさんいることも判明したのです。
 これはツイッターなど、ごく短い情報や思いつきをやりとりするSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)に、コミュニケーションや知識獲得の場が偏っている影響でしょう。
 家の中に新聞や本のない家庭が増え、スマートフォンの画面を見るばかりで、論理的に構成された文章にほとんど接していない子どもが多い。
 すでに大人の世界も、論理的ではなく、断片的、感情的な情報で世論や政治が動き始めました。この風潮は、今後いっそう強まるかもしれません。
 AIを研究することによって、「人間は劣化していないか」という皮肉な問いもまた、突きつけられているのです。

国立情報学研究所教授 新井紀子氏

<引用ここまで>

  1. 社会一般
  2. TB(0)
  3. CM(12)

コメント

 実はワタシは携帯電話もスマホも持っていないのですが、骨折で入院中は妹がスマホを貸してくれてラインで連絡を取っていました。

 病室内では電話で話ができないし、足を折って歩けないのだから、病室から出るのには看護婦さんに頼んで車椅子で電話の出来るロビーまで運んでもらわなければならない。

 この状態の時に、ラインは随分助かりました。

 妹はよもちゃんの様子を何度も動画で送ってくれたので、とても嬉しかったです。 

 しかしこのラインの何が子供を馬鹿にするのでしょうか?
  1. 2017-01-08 11:31
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

子育て中ですが・・・

スマホではなくいわゆるガラケー、ガラパゴス携帯を使っています。
テレビもほとんど見ません。
こういった生活になったのは、子供がまだ小さいからなのですが・・・

スマホを便利に使いこなせ、やるべきことをこなせる大人はいいとして、ハイテク機器が子供の教育に与える影響は、とても大きいと感じます。
分別がつかないうちは、使用制限など必要だと思います。

スマホやラインなどのソフトそのものよりは、使いこなす側、の問題ですよね。
  1. 2017-01-08 15:18
  2. URL
  3. 大阪の主婦 #-
  4. 編集

To:よもぎねこさん

>  実はワタシは携帯電話もスマホも持っていないのですが、骨折で入院中は妹がスマホを貸してくれてラインで連絡を取っていました。
>
>  病室内では電話で話ができないし、足を折って歩けないのだから、病室から出るのには看護婦さんに頼んで車椅子で電話の出来るロビーまで運んでもらわなければならない。
>
>  この状態の時に、ラインは随分助かりました。
>
>  妹はよもちゃんの様子を何度も動画で送ってくれたので、とても嬉しかったです。 
>
>  しかしこのラインの何が子供を馬鹿にするのでしょうか?


スマホやLINEなどのS通信アプリは大変便利なもので、これを無くせなどという事はできません。
その便利さは体験されたようなことです。
私などはタイで仕事をしているときなど、「携帯電話が命綱」でした。何度もこれでピンチを切り抜けたことがあります。

しかし便利なものは逆に欠点にもなります。
例えばよもぎねこさんはパソコンを使うようになってから漢字を書くときアレッと思ったことはありませんか。
漢字を書く機会がなくなると漢字の書き方を忘れるのです。但し読めますから日常生活では不便は感じません。最近の若い人向けの小説などには難しい漢字がいっぱい出てきてビックリしますが、そんな背景があります。
私は記憶力には自信があるのですが、電話で短縮ダイヤルを使うようになると電話番号を忘れる。
ワープロに頼り、自分の手で漢字を書かなくなると、「漢字が読めるけれど書けなくなる」。こんな事が起こります。

そして現在のスマホは一昔前の超大型コンピューター並みの性能がありますから、知らない文字でもどんどん書けるし、辞書を引く必要もない。知らないことは全部スマホが教えてくれます。
辞書を引くときなら知らない言葉の隣にどんな言葉が有るのかも見えますが、スマホでは必要なモノだけで関連など分かりませんから、類似の物から発想を発展させることもない。
ですからスマホは考える力、考えを連想発展させる力を奪ってしまう。
それでも大人は今までの知識経験の蓄積があるから問題ないのですが、これからどんどん勉強して知識を増やし、考える力を養う子供には問題という事です。

さらにLINEには特有の問題点があります。
LINEは何本かの電話を常時つなぎっぱなしにしているようなもの。しかも受信者が読んだかどうかが発信者に分かるようになっています。こんな状態では集中力など養えるはずもないことは理解いただけると思います。
また特にLINEは知らない人との会話が簡単にできたり、酷い例では女と思って話をして会ってみたら男だったり・・・

他にもたくさんありますが、今日ではスマホもLINEも無くてはならぬ便利なものですが、良い面の裏に問題も沢山あるわけです。
  1. 2017-01-08 15:26
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

Re: 子育て中ですが・・・

> スマホではなくいわゆるガラケー、ガラパゴス携帯を使っています。
> テレビもほとんど見ません。
> こういった生活になったのは、子供がまだ小さいからなのですが・・・
>
> スマホを便利に使いこなせ、やるべきことをこなせる大人はいいとして、ハイテク機器が子供の教育に与える影響は、とても大きいと感じます。
> 分別がつかないうちは、使用制限など必要だと思います。
>
> スマホやラインなどのソフトそのものよりは、使いこなす側、の問題ですよね。


初めまして、コメントありがとうございます。
子育て中とのこと、苦労が多くて大変でしょうが、かわいい子どもが日々成長していくのを見るのは素晴らしいことです。
頑張ってください。

スマホなどの問題は確かに使う側の問題です。特にスマホの便利さは何物にも代えがたいですから。
しかし未だ分別のつかない子どもには使い方をきちんと教えないといけない。基本的にこれは親の責任という事です。
かわいい子どもの将来のためにはどう対処するか、親御さん一人ひとりが考えねばいけない。
難しい時代ですが、その中に生きる人間には避けて通れません。
色んな情報をよく見て、ひとりひとりが考えねばいけない問題と思います。
  1. 2017-01-08 17:11
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

暗記しなければ思考力は生まれません

スマホやLINEの普及で問題視されるのはプレゼンテーション能力の低下ではないかと思います。
仲間内だけで議論しているとプレゼンテーション能力がつきません。他人に説明するという重要なことをする必要がないからです。文章を書いているようで書いていないという状態になるのではないでしょうか。
しかし、日本の教育が暗記力重視の教育であるという議論には、少し違和感があります。それより選抜の仕方が偏っていると考えた方が良いのではないかと思います。第一新井紀子氏ご自身が「暗記力偏重の教育」の優等生ではないですか。
暗記をしなければ、アイデアが生まれません。私は、若い時分にもっと暗記しておけば良かったと思うことしきりです。そうすればもっと良い仕事ができたかもしれないと思います。今となっては手遅れですが。
プレゼンテーション能力を若いうちから磨き、一所懸命に暗記力を磨くように豚児どもに言っています。
  1. 2017-01-08 17:56
  2. URL
  3. 縄文人 #wM6nolEE
  4. 編集

 最近DHCの『書痴の楽園』という番組で、渡部昇一さんの図書館のような広い書庫を拝見してその膨大な蔵書とその内容を把握されている様子に圧倒されました。司馬遼太郎さんも6万札の蔵書があり、記念館で展示されているそうです。そして立花 隆さんや大矢壮一さんの蔵書も凄いです。

 そういう方々を昔みていて、文化人というのは頭の中に図書館が入っている人だと思っていました。いまは頭に入っていなくても、パソコンの検索ができると知ったつもりになれるのが良くないと私も思っていました。

 例えば、『赤毛のアン』の翻訳を村岡花子さんと最近の方のと比較すると、文章の力強さがまるで違うと私は思っています。これからは、あえて便利に流れないようにしないと劣化しやすい環境なのでしょうね。
  1. 2017-01-09 10:02
  2. URL
  3. 都民です。 #-
  4. 編集

【DHC】1/9(月) 青山繁晴・居島一平【虎ノ門ニュース】
https://www.youtube.com/watch?v=Kn_dPfzu0OY

※青山繫晴さんがAIについて興味深い事を言っていました。自動運転はAIの入り口に過ぎず、映画「ターミネーター」の様な機械対人間の戦いになるのではなく、機械と人間が一体化していく時代になるだろうし、それはもう止められない・・・・
  1. 2017-01-09 11:53
  2. URL
  3. taigen #-
  4. 編集

Re: 暗記しなければ思考力は生まれません

> スマホやLINEの普及で問題視されるのはプレゼンテーション能力の低下ではないかと思います。
> 仲間内だけで議論しているとプレゼンテーション能力がつきません。他人に説明するという重要なことをする必要がないからです。文章を書いているようで書いていないという状態になるのではないでしょうか。
> しかし、日本の教育が暗記力重視の教育であるという議論には、少し違和感があります。それより選抜の仕方が偏っていると考えた方が良いのではないかと思います。第一新井紀子氏ご自身が「暗記力偏重の教育」の優等生ではないですか。
> 暗記をしなければ、アイデアが生まれません。私は、若い時分にもっと暗記しておけば良かったと思うことしきりです。そうすればもっと良い仕事ができたかもしれないと思います。今となっては手遅れですが。
> プレゼンテーション能力を若いうちから磨き、一所懸命に暗記力を磨くように豚児どもに言っています。



教育に関しては昔から「読み、書き、そろばん」と言われ、読みと書きが重要視されました。
しかし「聞く」と「話す」は全く蚊帳の外。
この話すが「プレゼンテーション能力」と言えるのだと思います。


私は「相手の意見はよく聞きなさい」、「それをよく考え、相手の言い分と自分の考えをきちんと整理しなさい」、そのうえで「自分の意見をキチンと筋道を立てて話しなさい」と言っていますが、そんな事だと思います。

暗記については、これが無くては何も進まないのは事実です。
問題は暗記が「サラダのように断片がバラバラに記憶されている状態」ではなく、「一つ一つの記憶の要素(断片)が脳神経細胞のようにあちこちに手を伸ばして相互に繋がっていること」、さらに「その要素(断片)がいろんな特徴・要素で分類され、層状に繋がっていること」、こんなことが重要だと思うのです。
単に記憶するだけでは「記憶のサラダ」、そこに「考える」という要素を追加し、記憶と記憶を網の目の中に織り込んでいく、これが重要だと思っています。
  1. 2017-01-09 21:56
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

To:都民です さん

>  最近DHCの『書痴の楽園』という番組で、渡部昇一さんの図書館のような広い書庫を拝見してその膨大な蔵書とその内容を把握されている様子に圧倒されました。司馬遼太郎さんも6万札の蔵書があり、記念館で展示されているそうです。そして立花 隆さんや大矢壮一さんの蔵書も凄いです。
>
>  そういう方々を昔みていて、文化人というのは頭の中に図書館が入っている人だと思っていました。いまは頭に入っていなくても、パソコンの検索ができると知ったつもりになれるのが良くないと私も思っていました。
>
>  例えば、『赤毛のアン』の翻訳を村岡花子さんと最近の方のと比較すると、文章の力強さがまるで違うと私は思っています。これからは、あえて便利に流れないようにしないと劣化しやすい環境なのでしょうね。



渡部昇一先生の書庫は本当に素晴らしいですね。ただただ感嘆するばかりです。
インターネットで何でも検索でき、書籍の電子化も進みましたが、私はやはり紙の本の重要性は消えないと思っています。
紙の本の最大のいい点は「背表紙がある」ことではないでしょうか。
背表紙で一目で内容が分かる、このメリットは大きいと思っています。

実は私は最近この背表紙があることの重要性を再認識していまして、書類の整理を背表紙でわかるようにしようとしています。
と口で言うのは簡単ですが、現実は結構大変で、苦労していますが、諦めずにやろうと思っています。
  1. 2017-01-09 22:09
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

To:taigen さん

> 【DHC】1/9(月) 青山繁晴・居島一平【虎ノ門ニュース】
> https://www.youtube.com/watch?v=Kn_dPfzu0OY
>
> ※青山繫晴さんがAIについて興味深い事を言っていました。自動運転はAIの入り口に過ぎず、映画「ターミネーター」の様な機械対人間の戦いになるのではなく、機械と人間が一体化していく時代になるだろうし、それはもう止められない・・・・



情報ありがとうございます。
さすが青山さんですね、ことの本質を見抜いています。
問題はそこから、「では自分らがどのように動けばいいのか」、この各論を考えねばいけません。
口で言うのは簡単ですが、道は遠いですね。
  1. 2017-01-09 22:12
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

ブログ主様には以前お話ししたことがあるかと思いますが、小生はかつてガキども相手に国語の教師を10年以上やってたことがあります。とにかく、読解力という得体のしれないものをいかにインスタントかつスピーディーにそして確固たる理解力として育成するかということを本当に苦労してやってきました。

いろいろ考えましたが、小生の結論は日本という国は本当にプレゼンテーション能力はいらないようにできてる国なのだということです。プレゼンテーション能力というものはかつてならば叙述力と言われたものでしょう。「話す」という能力を昇華させたものでしょうか。ここで日本人の名演説っていったいどんなのがあるか、と考えた時にふと考え込んでしまったのです。そしたら思い出せるものなんて尾崎行雄の議会演説くらいしかないんですよ。

日本の組織における意思決定手続きは、どんな場合であれ一番最初は実務者が顔を合わせ協議をし、論点整理をしてたたき台を作りそれを双方の当事者が上にあげ意思決定を図り、それにより組織の意思を決定し、最後の最高責任者の顔合わせは単なるセレモニーに過ぎなくさせます。そこには組織の成員を納得させるため言葉の力なんぞは要りません。だからトップ同士は利害関係が輻輳していてもお互いが顔見知りであり話し合いができる間柄になっておくという関係が重要になるわけです。そういう個人的な信頼関係がなければ最後の詰めはできませんし、そこには通常真の敵もいませんし、ある意味、真の見方もいないことになります。こういう特殊な意思決定を行う国でどうしてかかる能力を発展させる必要がありましょうか。

だから近時までプレゼン能力なんていらないものだったとしか言えません。


いわゆる叙述力は読解力の裏返しです。ただ、良い説得力のある文章を書く必要も少ないしそういうものに恵まれません。だから読解力を身に付けてもおいそれとかかる能力は身に付きませんでした。これが一番の問題点だったでしょう。


次に問題点は縄文人さんが仰ってますが、きちんとした暗記を教えていないということです。暗記はシステマティックにやらねばいけません。物はやみくもに覚えれば覚えるほどおかしくなってきます。事物を体系的にかつ網羅的に教えるという努力がほとんどないのが最大の問題でしょう。物事を体系的に整理し記憶することは、それにより比較という視点が生まれます。比較の結果違いがあればそれを生じた理由は何かを考えることで因果関係を導けます。ここまで来なければ思考とは言えません。

ただここまでくればなんだもう終わりじゃないかという気分になります。最近は頭がよさげな人が現代に必要なのは問題の解決能力ではない、発見能力だなどと言ってくれますが、日本という国家では問題が共有されればその時点で解決法は殆どの人が分かってるという国です。ここでもプレゼンはいらないのです。

問題発見能力というけれど問題の位置づけ、どのレベルの問題か決めることのほうがはるかに重要です。これは殆ど教えることはできないでしょう。分かるやつは分かるし分からないやつは永遠に分からないからです。結局問題の解決になりません。今の世の中プレゼン能力が叫ばれるのは組織の意思決定を早くしなければいけない点にあるのでしょう。ボトムアップの方法はあまりに時間をかけすぎるからです。

かつて日本はどうだったか、いやな話ですが結局一番ものを知り分かってる連中が勝手にやってしまった、それだけなんですよね。明治初年の政府の顔ぶれの若いこと、官僚の意思決定の早いこと、みな若手が勝手にやってたんです。だからうまくいったそれだけだと思います。

日本においては利害関係が複雑に絡みすぎてることが一番の問題なのだろうと思います。組織自体が単純じゃないんですよ。

そういう利害関係を小泉氏は一挙に断ち切る技を見せてくれましたが。あれこそが一種の詐欺です。その手の者の結果はよくありません。彼のやったことは結局中途でとん挫してます。後から揺り返しが来るんですよ。

だから、リーダーは将来の組織の立ち位置を考えて利害を決定しなければいけなくなります。そして組織の成員すべてがそれを素早く共有することができるような組織が必要になるのでしょう。

アメリカがトランプを選んだのは「細かいことはいいんだ。奴のポジションに賭けるんだ。」おそらくはそういう発想だろうと思います。おそらくリーダーにこの手のポジション取りをどうするかそれをわからせることのほうがはるかに重要でしょう。そしてこれは多分AIが永遠に会得できない世界でしょう。








  1. 2017-01-13 22:22
  2. URL
  3. kazk #cPv2SIBE
  4. 編集

To:kazk さん

> ブログ主様には以前お話ししたことがあるかと思いますが、小生はかつてガキども相手に国語の教師を10年以上やってたことがあります。とにかく、読解力という得体のしれないものをいかにインスタントかつスピーディーにそして確固たる理解力として育成するかということを本当に苦労してやってきました。
>
> いろいろ考えましたが、小生の結論は日本という国は本当にプレゼンテーション能力はいらないようにできてる国なのだということです。プレゼンテーション能力というものはかつてならば叙述力と言われたものでしょう。「話す」という能力を昇華させたものでしょうか。ここで日本人の名演説っていったいどんなのがあるか、と考えた時にふと考え込んでしまったのです。そしたら思い出せるものなんて尾崎行雄の議会演説くらいしかないんですよ。
>
> 日本の組織における意思決定手続きは、どんな場合であれ一番最初は実務者が顔を合わせ協議をし、論点整理をしてたたき台を作りそれを双方の当事者が上にあげ意思決定を図り、それにより組織の意思を決定し、最後の最高責任者の顔合わせは単なるセレモニーに過ぎなくさせます。そこには組織の成員を納得させるため言葉の力なんぞは要りません。だからトップ同士は利害関係が輻輳していてもお互いが顔見知りであり話し合いができる間柄になっておくという関係が重要になるわけです。そういう個人的な信頼関係がなければ最後の詰めはできませんし、そこには通常真の敵もいませんし、ある意味、真の見方もいないことになります。こういう特殊な意思決定を行う国でどうしてかかる能力を発展させる必要がありましょうか。
>
> だから近時までプレゼン能力なんていらないものだったとしか言えません。
>
>
> いわゆる叙述力は読解力の裏返しです。ただ、良い説得力のある文章を書く必要も少ないしそういうものに恵まれません。だから読解力を身に付けてもおいそれとかかる能力は身に付きませんでした。これが一番の問題点だったでしょう。
>
>
> 次に問題点は縄文人さんが仰ってますが、きちんとした暗記を教えていないということです。暗記はシステマティックにやらねばいけません。物はやみくもに覚えれば覚えるほどおかしくなってきます。事物を体系的にかつ網羅的に教えるという努力がほとんどないのが最大の問題でしょう。物事を体系的に整理し記憶することは、それにより比較という視点が生まれます。比較の結果違いがあればそれを生じた理由は何かを考えることで因果関係を導けます。ここまで来なければ思考とは言えません。
>
> ただここまでくればなんだもう終わりじゃないかという気分になります。最近は頭がよさげな人が現代に必要なのは問題の解決能力ではない、発見能力だなどと言ってくれますが、日本という国家では問題が共有されればその時点で解決法は殆どの人が分かってるという国です。ここでもプレゼンはいらないのです。
>
> 問題発見能力というけれど問題の位置づけ、どのレベルの問題か決めることのほうがはるかに重要です。これは殆ど教えることはできないでしょう。分かるやつは分かるし分からないやつは永遠に分からないからです。結局問題の解決になりません。今の世の中プレゼン能力が叫ばれるのは組織の意思決定を早くしなければいけない点にあるのでしょう。ボトムアップの方法はあまりに時間をかけすぎるからです。
>
> かつて日本はどうだったか、いやな話ですが結局一番ものを知り分かってる連中が勝手にやってしまった、それだけなんですよね。明治初年の政府の顔ぶれの若いこと、官僚の意思決定の早いこと、みな若手が勝手にやってたんです。だからうまくいったそれだけだと思います。
>
> 日本においては利害関係が複雑に絡みすぎてることが一番の問題なのだろうと思います。組織自体が単純じゃないんですよ。
>
> そういう利害関係を小泉氏は一挙に断ち切る技を見せてくれましたが。あれこそが一種の詐欺です。その手の者の結果はよくありません。彼のやったことは結局中途でとん挫してます。後から揺り返しが来るんですよ。
>
> だから、リーダーは将来の組織の立ち位置を考えて利害を決定しなければいけなくなります。そして組織の成員すべてがそれを素早く共有することができるような組織が必要になるのでしょう。
>
> アメリカがトランプを選んだのは「細かいことはいいんだ。奴のポジションに賭けるんだ。」おそらくはそういう発想だろうと思います。おそらくリーダーにこの手のポジション取りをどうするかそれをわからせることのほうがはるかに重要でしょう。そしてこれは多分AIが永遠に会得できない世界でしょう。




長文のコメント有難うございます。
この件は私もいろいろ思う所が有るのですが、コメント欄では書ききれません。
別エントリーで私の考えを書いてみたいと思います。
その折このコメントも引用させていただきたいと思いますので、ご了承いただくようお願いします。
  1. 2017-01-14 16:33
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  3. 短足おじさん二世 #-
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