2016-03-22 17:32

雲の国へ行ってきました<追記あり

 八雲立つ、雲の国へ行ってきました。
色々面白いものを見てきたのですが、最初は雲の話から。

八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣作る その八重垣を

ご存知、古事記、日本書紀に出てくる「ヤマタノオロチ伝説」、ここで須佐之男命(スサノオノミコト)が櫛名田比売(クシナダヒメ)と暮らすに際して詠んだ歌です。
この歌の件は後で説明します。



今回出雲に行くにあたって、どうしても見たかったものがコレ、日御碕(ヒノミサキ)の夕日でした。
そこで出雲空港に夕方着いたので、そのまま日御碕へ直行。
写真の好きな人なら一度は行きたいポイントです。

2016-3-22日御碕の夕日3月19日

幸いなことに天候に恵まれ、こんな夕日の写真が撮れました。
日本海に沈む夕日、一度見たら忘れられないですね。
そして、ここに写っている雲はごく普通に雲でした。


でも翌日アチコチ歩いてみるとどうも雲が違う。
何がどうだかわからないが、私が住んでいる愛知県辺りの雲とはどこか違う感じがするのです。

一日歩いて、ずっとそんな疑問を持っていたのですが、翌日出雲市から松江の方に移動する際、山陰自動車道の宍道湖SAに立ち寄りました。素晴らしい景色でした。

2016-3-22宍道湖SAより島根半島を望む

正面に見えるのは宍道湖。手前の町並みは玉造温泉駅周辺。正面の山は島根半島。このSA辺りで標高40メーター位でした。

そして空には独特の雲が・・・
雲は積雲なのですが、高さが低いのです。この気象(上空は晴れている)なら他の地方では見たことのない雲でした。

この日は風が強く、結構寒い日でした。
雲を良く見ると、北からの風が島根半島にぶつかって、そこで雲が湧きあがっていました。
島根半島の山々と雲の間からその先の方が見えますが、そこには雲らしきものは見えません。
雲は島根半島から湧き上っているのです。

調べてみると島根半島は険しい山で出来た半島で、山は200m~500m位、特に日本海側は切り立った断崖になっている。
そんな地形なので北風が山にぶつかって雲を作っていた。

矢張り出雲は雲の出ずる土地でした。

目を北から西に転ずると、こんな風。

2016-3-22宍道湖SAより島根半島を望む2

雲は風に流されていきますが、宍道湖を渡り中国山地近くになると、どんどん消えていきます。

こんな事で、冒頭あげた「八雲立つ・・・」の歌の通り、出雲とは「雲の湧きたつ土地」だった、そんな事を目の当たりにしました。


* 追記します
出雲地方の特徴的な地形が分かりにくいので、山と平地が分かる地図を追加します。

2016-3-22島根半島

こんなモノを見ると松江から出雲にかけて、北側に島根半島が壁のようになっている事が分かります。
これが穏やかな気候と雲が湧きだす、そんな気象上の特色を作っています。
  1. 社会一般
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コメント

おかえりなさいませ。

 出雲は神話と妖怪の世界と思っています。一度行ったことがあり、出雲大社にお参りをしてあの巨大なしめ縄に驚きそして神社の様子があまり見ない建て方の様に感じました。

 島根半島の地積図を見ると、確かに海沿いに高い山がありそこから雲が生まれているんですね。地名って、意味があってつけられるのだと再認識しました。綺麗な地名ですね。
  1. 2016-03-22 20:31
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  3. 都民です。 #-
  4. 編集

お帰りなさい

私も昔、何回か出雲に行った事があります。
会社が終わってから、名古屋駅から電車で浜松に行って、サンライズ出雲に乗り換えて行ってました。
そうすると向こうに9時頃に着くため、ほぼ1日観光に使えるのです。
サンライズののびのび座席だと半個室状態で、かつ足が伸ばせられるので疲れもほぼなし、当時50代直前の私でも旅が楽しめました。(乗鉄だからかもしれませんが)。
出雲大社にお参りしたり、神楽を見たりして楽しんだ記憶があります。
何より、無事に帰られた様子なので安堵しています。
  1. 2016-03-23 04:14
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  3. セブン #-
  4. 編集

おはようございます。

 宍道湖は通勤時に毎日見ながら、特に夕景の宍道湖は最高でした。

 このままでは何も変わらないからと盛んに議論するのですが結局このままでというのが松江人の考え方。竹下さんの根回し術もここで学びました。

 八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣作る その八重垣を・・この歌の八重垣をとったとされる八重垣神社の近くに住んでいました。天候が悪く文字通り山陰、住んでその良さが分かる場所です。
  1. 2016-03-23 09:21
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  3. inkyo #yNKEkr8c
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Re: おかえりなさいませ。

>  出雲は神話と妖怪の世界と思っています。一度行ったことがあり、出雲大社にお参りをしてあの巨大なしめ縄に驚きそして神社の様子があまり見ない建て方の様に感じました。
>
>  島根半島の地積図を見ると、確かに海沿いに高い山がありそこから雲が生まれているんですね。地名って、意味があってつけられるのだと再認識しました。綺麗な地名ですね。


楽しい旅が出来ました。
出雲・松江は良い所ですね。そんな事をいくつか書いてみたいと思います。

それから出雲・松江地方の地形のt区長が分かりにくいので本文に追加しました。
多少は分かりやすくなったかと思います。
  1. 2016-03-23 13:04
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  3. 短足おじさん二世 #-
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Re: お帰りなさい

> 私も昔、何回か出雲に行った事があります。
> 会社が終わってから、名古屋駅から電車で浜松に行って、サンライズ出雲に乗り換えて行ってました。
> そうすると向こうに9時頃に着くため、ほぼ1日観光に使えるのです。
> サンライズののびのび座席だと半個室状態で、かつ足が伸ばせられるので疲れもほぼなし、当時50代直前の私でも旅が楽しめました。(乗鉄だからかもしれませんが)。
> 出雲大社にお参りしたり、神楽を見たりして楽しんだ記憶があります。
> 何より、無事に帰られた様子なので安堵しています。


サンライズ出雲ですか、私も乗ってみたい列車の一つです。
でもけしからぬことに名古屋を素通りしていく。なるほどそれで浜松まで戻って乗る、そんな手も有ったんですねえ。
JRの山陰線は大変冷遇された線でして、山陽新幹線が便利なのでそちらとの連絡線が優先され、整備が遅れています。
今回行ってみてつくづく感じたのが田中角栄の日本列島改造論が今改めて必要なんではないかなあ。
そんな思いを強くしました。
穏やかで良い土地ですが、如何せん仕事が無い。
シッカリした政治家が出てきてほしい所です。
  1. 2016-03-23 13:23
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  3. 短足おじさん二世 #-
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Re: おはようございます。

>  宍道湖は通勤時に毎日見ながら、特に夕景の宍道湖は最高でした。
>
>  このままでは何も変わらないからと盛んに議論するのですが結局このままでというのが松江人の考え方。竹下さんの根回し術もここで学びました。
>
>  八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣作る その八重垣を・・この歌の八重垣をとったとされる八重垣神社の近くに住んでいました。天候が悪く文字通り山陰、住んでその良さが分かる場所です。


松江に住んでいた事がお有りでしたか、良い所ですね。
食べ物がおいしい所で、海鮮料理は素晴らしい。
私はのど黒を造りと焙り、そして煮魚で食べました。美味しかったです。
特に出雲市駅前の店は素敵な店でした。魚もおいしかったが、女の子がたすき掛けで仕事をしている、こんな姿など何十年ぶりで見ました。
こんな話をこれからアップしていきたいと思っています。
  1. 2016-03-23 13:30
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  3. 短足おじさん二世 #-
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日御碕

日御碕あそこの夕日は綺麗ですよね。伊豆半島の奥石廊の夕日も素敵ですが。
日御碕と言えば、すぐ近くの日御碕神社には行かれましたか?(時間的には難しいか)。
宮司さん曰く、日御碕神社は天照大神が祀られてて、伊勢神宮と対をなして日本を守る為の神社だそうです(伊勢が昼の日本、日御碕が夜の日本を守る)。
闇の国側に対峙するように、そう言う神社が建っているて素敵ですよね。
  1. 2016-03-23 23:09
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  3. セブン #-
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Re: 日御碕

> 日御碕あそこの夕日は綺麗ですよね。伊豆半島の奥石廊の夕日も素敵ですが。
> 日御碕と言えば、すぐ近くの日御碕神社には行かれましたか?(時間的には難しいか)。
> 宮司さん曰く、日御碕神社は天照大神が祀られてて、伊勢神宮と対をなして日本を守る為の神社だそうです(伊勢が昼の日本、日御碕が夜の日本を守る)。
> 闇の国側に対峙するように、そう言う神社が建っているて素敵ですよね。


日御碕神社は最初に行きました。もう夕方で殆ど人もいなかったですがチャンと参拝してきました。
アマテラスとスサノオを祀っているんですね。これは行ってみるまで分かりませんでした。

確かに闇の国に対して睨みを利かせているのが分かりますね(笑)。

昔はここで海を見張っていたんじゃないかと思いました。
多分現在では分からなくなっているんでしょうが、この日御碕から出雲大社方面に狼煙などで情報通信できるルートがあったんだと思います。
こんな事を言いますのはこんな事例があるから。
江戸時代、大阪のコメ相場の値段は商売の重要な機密情報でした。
そして名古屋辺りだと大阪のコメ相場情報が1日以内に伝わるようなルートがあったんです。狼煙台みたいなものでしょう。
夜なら「光通信」出来ますから早いですね。
此処を見ていてそう感じました。
  1. 2016-03-24 06:06
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  3. 短足おじさん二世 #-
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