2016-02-23 14:26

「大災害列島」の大補修を、その2

 「大災害列島」の大補修を、今日はその2回目として書き小見出しの太字部分、 「恐ろしい歴史的事実」、「「都市崩壊」の恐れ」を取り上げます。

「大災害列島」の大補修を!
 藤井聡 京都大学大学院教授
 大石久和 国土政策研究所所長

・ 「奇跡の経済成長」の裏に
・ 恐ろしい歴史的事実
・ 「都市崩壊」の恐れ
・ 世界でも例のない悪条件
・ 日本だけ公共投資額を半減
・ 日本は「道路王国」の大嘘
・ 世界最先端の地位から凋落
・ インフラとGDP成長率
・ 公共事業の本来の目的
・ 一般財源化で大問題が
・ 世界に羽ばたくために

<以下引用>

恐ろしい歴史的事実

藤井 東日本大震災は「千年に一度」と言われましたが、実は西目本の太平洋側では百年から百五十年周期で、これと同様のことが繰り返し起きています。東海・東南海・南海地震によって引き起こされる「西日本大震災」です。
 これらの地震は、過去一千年の歴史のなかで合計で七回も起こっているのですが、そのうち三つの地震が単独で起こったケースは一度もなく、全て連動しています。ですので、次に西日本大震災が生じるときもそれが連動するであろうことは、ほぽ間違いないと予想されます。
 静岡、浜松、豊橋、名古屋、津、和歌山、大阪、神戸、徳島をはじめとした西日本の太平洋側の諸都市に、巨大な地震の揺れに加えて東日本大震災によって生じた巨大津波と同様の規模の津波が襲いかかるとされ、被害額は二百兆円、三百兆円の規模に達すると見られています。
 さらに、この西日本大震災と東日本大震災との連動を調べると、恐ろしい歴史的事実が明らかとなります。
 東日本の太平洋沖で発生するM八以上の巨大地震は過去一千年の間に四回、起こっているのですが、それらのうち実に三回、つまり七五%において、最長で十八年以内に西日本大震災が連動しているのです。
 貞観地震の時には十八年後、慶長三陸地震の時には六年前、昭和三陸地震の時には十一年後に、それぞれ西日本大震災が生じています。
 この歴史的な事実を踏まえると、二〇一一年の東日本大震災から早ければ五~六年、遅くても二十年弱の誤差で西日本大震災が発生することが、相当程度の確率で見込まれる状況にあることが分かります。

大石 先ほど、「大自然災害空白期」と申し上げましたが、たとえば東海地震を見れば、現在までこの地域で大地震が百五十七年間も起こっていないことがわかります。それまでは百年から百五十年の周期で発生しています。

藤井 今日、明日にも東海地震が発生したとしてもおかしくない。内閣府の見解では、南海トラフ地震は三十年以内に七〇%、東海地震だけに限ると八八%の確率で起こるとされています。そしてその時には、東南海地震や南海地震を道連れにして生じることは確実視されている。
 これだけではありません。過去に東日本の太平洋側で生じた四つの巨大地震の全てのケース(一〇〇%)において、十年以内の時間差で首都直下型地霖が連動しているのです。

大石 東日本大震災後に「平成・関東大震災」が起こる可能性は極めて高い、ということですね。

藤井 内開府は、三十年以内に起こる可能性は七〇%と公表しています。少なくとも過去二千年の歴史を見る限り、東日本大震災のような巨大地震が東日本側で生じた場合、一○○%の確率で、関東平野でも十年前後の時間差で巨大地震が発生している。
 しかも、関東平野で生じた直近の大地震は1923年に起きた関東大震災なのですが、その前にこの地域に起きた大地震は、関東大震災から僅か約三十年前の一八九四年です。さらに遡ると、それから約四十年前(一八五五年)、そしてさらにその約四十年前(一八二一年)にもそれぞれ関東平野で地震が発生している。これが歴史的事実です。
 すなわち、関東平野という土地は、おおよそ三十~四十年ごとに大地震に襲われ続けてきた土地なのです。

大石 それが、関東大震災から九十年以上も巨大地震が発生していない。

藤井 九十年間も地震のエネルギーが解放されずに、関東平野の下で蓄積され続けていることを意味しています。この点を考えるだけでも、いつ何時、本当に「メチャクチヤでかい平成・関東大震災」が生じても不思議ではない。そんな状況下で、あろうことか、十年以内に関束平野での大震災を必ず併発させてきた東日本太平洋側での大地震が発生したのが、今日の状況なのです。

大石 地震とともに、津波のリスクにも晒されている。

藤井 さらに火山です。世界の活火山の一〇%が日本に存在しており、火山活動もきわめて活発な国土のうえに私たちは暮らしているのです。

「都市崩壊」の恐れ

大石 他の先進国と比較にならないほどの地震や津波、火山のリスクに加えて、日本の大都市はほぼ全てが軟弱地盤上にあるという点も見逃せまん。
 私たちが住む都市の大地は、大半が六千年前頃の「縄文海進」という海面がかなり高かった状態から、その後、海面が下がるにつれて河川が土砂を押し出してきて作り上げられました。江戸川や荒川や利根川が押し出した土砂の上に東京は成り立っている。大阪は淀川ですし、広島は太田川というように、日本の大都市は全部そうです。
 他方、ニューヨークもパリもベルリンもロンドンも、いまから数百万年前に、氷河が削り取った固い台地の上に成り立っているうえに地震もない。日本はマヨネーズのようなグジュグジュの地盤なのに地震が多い。大地震が起きて都市が崩壊してしまう可能性のある先進国は日本だけです。しかも全ての日本の大都市は降雨特性が厳しく、河川の氾濫区城にある。

藤井 とてつもない悪条件が収なり合っていることがわかります。

大石 その他にも、国土形状は長い海岸線をもつ弓状列島で、列島の最大幅は二百五十キロ程度しかないにもかかわらず、列島の東北端から南西端までの距離は直線距離で三千三百キロという極めて細長い地形ですから、地域間の連携や農産物や工業生産物の移送でも、非常に長い距離を克服しなければなりません。
 フランスやドイツ、アメリカ、中国といった国が、円に近い形をしているのとは大きな違いです。これらの国では、中心部に拠点を置けば全土の各地と放射状に結ぶことで繋がり合うことができます。
 しかも日本は、弓状列島の中央を急峻な脊梁(せきりょう)山脈が縦貫しています。それも二千から三千メートル級の山脈ですから、日本海側と太平洋側を結ぶためには大変な片労を要する。トンネルと橋梁を多用しなければ、両地域を結ぶことはできません。国土は脊梁山脈によって、完全に二分されているのです。
 さらに、脊梁山脈から流れ下る河川が細長い幅の狭い国土を南北に流れ分けるため、川はきわめて短く、流れは急です。そのうえに強い豪雨に襲われるため、洪水も起こりやすい。主要河川において、洪水時には欧米では平時の数倍から数十倍程度の流量ですが、日本では平時の一千倍近い流量が流れる河川もあります。

<引用終り>


関東平野で生じた直近の大地震は1923年に起きた関東大震災なのですが、その前にこの地域に起きた大地震は、関東大震災から僅か約三十年前の一八九四年です。さらに遡ると、それから約四十年前(一八五五年)、そしてさらにその約四十年前(一八二一年)にもそれぞれ関東平野で地震が発生

これはこんな地震だった
関東大震災・・・1923年(大正12年)9月1日 M7.9-8.1
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E6%9D%B1%E5%A4%A7%E9%9C%87%E7%81%BD

明治東京地震・・・1894年(明治27年)6月20日 M7.0
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8E%E6%B2%BB%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%9C%B0%E9%9C%87

安政江戸地震・・・安政2年10月2日(1855年11月11日) M6.9-7.4
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E6%94%BF%E6%B1%9F%E6%88%B8%E5%9C%B0%E9%9C%87


関東大震災についてはその被害の大きさから9月1日を防災の日と定め、色んな行事をする事で語り継がれてきた。
しかしそれ以外の地震については殆ど語られることは無い。

所で以前こんなモノをエントリーした。
「地震の歴史」
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-276.html

ここでこんな古文書を紹介しました。我が家にある古文書で、1855年11月11日(旧暦10月2日)江戸を襲った安政の大地震(安政江戸地震)の被害状況を伝える瓦版です。

2016-2-23安静大地震の古文書1

この瓦版、何度も再版されているのだがこの再々版では「地震年代記が追加されている。
江戸時代でも地震は周期的にやってくることが分かっており、その為にわざわざ年代記が追加された。

これがその年代記、青枠内は東日本大震災の千年前に発生した貞観地震(東日本大震災発生までは日本最大の地震と言われていた)
2016-2-23安静大地震の古文書2

2016-2-23安静大地震の古文書3

この地震被害、地盤の状態によって大きく異なる。
安政江戸地震の場合、上掲wikiではこんな記述がある。

<以下wikiより>
 被災したのは江戸を中心とする関東平野南部の狭い地域に限られたが、大都市江戸の被害は甚大であった。被害は軟弱地盤である沖積層の厚みに明確に比例するもので、武蔵野台地上の山手地区や、埋没した洪積台地が地表面のすぐ下に伏在する日本橋地区の大半や銀座などでは、大名屋敷が半壊にとどまることなどから震度5強程度とみられ、被害は少なかったが、下町地区、とりわけ埋立ての歴史の浅い隅田川東岸の深川などでは、震度6弱以上と推定され、甚大な被害を生じた。また、日比谷から西の丸下、大手町、神田神保町といった谷地を埋め立てた地域でも、大名屋敷が全壊した記録が残っているなど、被害が大きく、震度6弱以上と推定されている


さて軟弱な地盤が問題と分かったが、実際は何処がそんな所だろうか。
大石氏が「縄文海進」と言っているように、縄文時代は今より海面が訳5メーター程度高く、東京には古東京湾という海が広がっていた。

これが縄文海進(古東京湾)で海がこんな風に広がっていた所
2016-2-23縄文海進1


この図の方が現在の地名が詳しく分かるので理解しやすいかも
2016-2-23縄文海進2
注:この図は松山義章著 「貝が語る縄文海進」より借用

埼玉県の幸手辺りまで昔は海だった、俄かには信じがたいがこれが事実だ。
そしてこんな昔海だった所と言うのはそこに土砂が堆積して沖積層を作っている。
沖積層というのはそんな軟弱な地盤と言うことだ。


こんな今自分が立っている所がどんな所かをしっかり理解する所から災害に強い、強靭な国土造りが始まるのだと思う。
例えば上掲の地図で昨年の鬼怒川水害の場所を見ると分かるが、水害の有った所は昔の海だった。


藤井聡氏、大石久和氏はそんな事が言いたいのだろうが、今はまだ総論を語っている状態。
先ずは現状を把握して具体的な活動につなげていかねばいけないのだろう。


  1. 自然災害
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コメント

軟弱な地層

小学生の頃先生が、アメリカと言う国は岩盤が固いので、高層ビルがいくらでも建てられるが、日本は善哉のように緩い土の層で出来ているから高層ビルは建てにくいのだと説明されたことがありました。小学生はそれを信じ、よく納得したのです。

最近の工学では軟弱な地盤でも高層建築が建てられると主張しています。計算上は瑕疵がないのでしょうが、軟弱な地盤が事実なら「皮膚感覚的に」不自然な感じを私は持ちます。4つのプレートが細長い列島にぶつかり合う前提を我々は甘く見てはいないか心配です。
  1. 2016-02-23 19:02
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  3. 相模 #-
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過去に学ぶ

 日本列島のインフラの話、とても勉強になってます。安倍さんが国土強靭化計画と言い出した時には、へ? という感じでした。でも大型クルージング船やコンテナ船が入れる港が碌にないと分かったときは、どうして。と思いました。

 東日本大震災の時に、判明したことを思い出したので、コメントします。御存知かもしれませんが。
 

•東日本大震災:「古代湖」内の被害突出 福島「郡山湖」
 http://001a.blog90.fc2.com/blog-entry-240.html

MIXIで拾いました。

「郡山~矢吹地域で見られた主な被害状況」

(1)市街地中心部におけるコンクリート造建築物の壁面の崩落
(2)築40~50年以上の農家の家屋・蔵の倒壊(特に川跡)
(3)築30年以上の家屋の屋根瓦の落下
(4)後付けの下水道設備、特にマンホールの抜け上がり
(5)橋の抜け上がり
(6)盛土造成地の法面(のりめん)の崩落、道路の陥没(ニュータウンなど)
(7)川跡を盛土造成した道路の路面が陥没
(8)ため池の堤の陥没やため池周辺の地盤の陥没
(9)沼周辺部の崖の崩落
(10)藤沼湖の決壊による流域の氾濫(はんらん=洪水)・浸水

 改めて地図を眺めましたが、あちこちに池や沼が多いです。歌枕にも安積沼として詠まれていたり、江戸時代まで大きな沼が残っていたりしたことを知りました。地形に対する研究も大切ですね。
  1. 2016-02-23 22:12
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  3. Cherry Blossoms #-
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Re: 軟弱な地層

> 小学生の頃先生が、アメリカと言う国は岩盤が固いので、高層ビルがいくらでも建てられるが、日本は善哉のように緩い土の層で出来ているから高層ビルは建てにくいのだと説明されたことがありました。小学生はそれを信じ、よく納得したのです。
>
> 最近の工学では軟弱な地盤でも高層建築が建てられると主張しています。計算上は瑕疵がないのでしょうが、軟弱な地盤が事実なら「皮膚感覚的に」不自然な感じを私は持ちます。4つのプレートが細長い列島にぶつかり合う前提を我々は甘く見てはいないか心配です。



私も全く同じことを聞いて育った一人です。
曰く、日本は地盤が軟弱だからビルの高さは31メートルが限度、それがニューヨークなどはマンハッタン島が一つの岩盤、だからあんなエンパイヤステートビルのようなものが出来ると。
それで20年程前、ニューヨークに行った時にそのことを確かめに行ってきました。確かに氷河時代に氷河が岩盤を削った跡がセントラルパークに残っていました。大いに納得したものです。
最近の高層ビルは鉄筋コンクリートではなくH鋼等の鉄骨で造りますから、それで高層ビルが出来るようになった。
それと窓ガラスの取り付け方法が上からのつりさげ方式になったので揺れてもガラスが割れることがない。これで高層ビルが出来るようになったと言う事ですね。

でもそんな事は分かっていても東日本大震災の時は高層ビルは揺れ幅が1メーター以上ありましたので、そこにいた人の話を聞くと生きた心地がしなかった、そう聞いていますが分かりますね。
  1. 2016-02-24 08:54
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  3. 短足おじさん二世 #-
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Re: 過去に学ぶ

>  日本列島のインフラの話、とても勉強になってます。安倍さんが国土強靭化計画と言い出した時には、へ? という感じでした。でも大型クルージング船やコンテナ船が入れる港が碌にないと分かったときは、どうして。と思いました。
>
>  東日本大震災の時に、判明したことを思い出したので、コメントします。御存知かもしれませんが。
>  
>
> •東日本大震災:「古代湖」内の被害突出 福島「郡山湖」
>  http://001a.blog90.fc2.com/blog-entry-240.html
>
> MIXIで拾いました。
>
> 「郡山~矢吹地域で見られた主な被害状況」
>
> (1)市街地中心部におけるコンクリート造建築物の壁面の崩落
> (2)築40~50年以上の農家の家屋・蔵の倒壊(特に川跡)
> (3)築30年以上の家屋の屋根瓦の落下
> (4)後付けの下水道設備、特にマンホールの抜け上がり
> (5)橋の抜け上がり
> (6)盛土造成地の法面(のりめん)の崩落、道路の陥没(ニュータウンなど)
> (7)川跡を盛土造成した道路の路面が陥没
> (8)ため池の堤の陥没やため池周辺の地盤の陥没
> (9)沼周辺部の崖の崩落
> (10)藤沼湖の決壊による流域の氾濫(はんらん=洪水)・浸水
>
>  改めて地図を眺めましたが、あちこちに池や沼が多いです。歌枕にも安積沼として詠まれていたり、江戸時代まで大きな沼が残っていたりしたことを知りました。地形に対する研究も大切ですね。


古代郡山湖の話、知りませんでした。情報ありがとうございます。
昔の海だった所とか湖沼だった所が被害が大きいのはよくある事です。
昨年のネパール地震でも被害の有った所は昔の湖のあtだったと何かで見たことがあります。
東日本大震災で浦安が大被害を受けたのですが、その被害を受けた所は埋め立て地。昔からの陸地は被害は大したことなかったですね。

その土地がどんな土地なのかは小学校の頃郷土史で学んだりします。しかし大人になってからだとそんな事を勉強する機会が中々ないですね。でもそんな事を絶えず知っておくことは必要だと思います。

それから最初に戻ってコンテナ船、コンテナ埠頭、コンテナ輸送用道路、こんなモノは日本が大いに遅れた部分です。
例えばこんなエントリー、
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-120.html

http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-70.html

http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-51.html

コンテナ輸送に関しては日本は世界から大きく大きく遅れています。情けないです。
だから韓国の釜山にしてやられている。
しかも港だけでなく道路も大型コンテナが通れないのです。首都高がそのいい例ですね。

港についてはコンテナ港も空港も世界から大きく出遅れている。本当に情けないです(くどい!)。
  1. 2016-02-24 10:15
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  3. 短足おじさん二世 #-
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「日本の裏側」に近年最大の隕石が落ちた日に見る「異常なレベルで激増する小惑星、火球、そして宇宙線」のデータ
http://indeep.jp/asteroids-meteor-and-cosmic-ray-are-increasing/

>増加する宇宙線が地震や火山の噴火などと天候(雲が多くなるなど)へ影響を与えるかもしれないという話です。
雲が増えて日照が少なくなれば農作物にも影響が有りますね。
  1. 2016-02-24 10:48
  2. URL
  3. taigen #-
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To:taigen さん

> 「日本の裏側」に近年最大の隕石が落ちた日に見る「異常なレベルで激増する小惑星、火球、そして宇宙線」のデータ
> http://indeep.jp/asteroids-meteor-and-cosmic-ray-are-increasing/
>
> >増加する宇宙線が地震や火山の噴火などと天候(雲が多くなるなど)へ影響を与えるかもしれないという話です。
> 雲が増えて日照が少なくなれば農作物にも影響が有りますね。


情報ありがとうございます。
この宇宙線が増えて雲が増える⇒寒冷化する、これはスベンスマルクさん提唱の理論ですね。
今この理論の憲章が進んでいますが、2005年頃から傾向は気温が下り坂に入っていると言われています。
但し実際に体感する所までにはもう少し時間が香なりそうな。

今は2014年夏に発生したエルニーニョ現象の最盛期ですが、その最盛期も昨年12月をピークに若干弱まりだしました。
今年の夏くらいで収束しそうですが、そこから先はいよいよ寒冷化の始まりではないかと見ています。

いずれにしても目が離せませんね。
  1. 2016-02-24 14:31
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  3. 短足おじさん二世 #-
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千年前との相似形

こんにちは。
東日本大震災と、九世紀に起きた貞観地震の相似、更には貞観地震前後に当時の日本で起きた地震・火山災害全体との相似から、首都圏直下や南海トラフ巨大地震への警戒を多くの研究者が表明しています。今や災害関連研究者の常識みたいな感が有りますね。

平成25年に名古屋栄の中日文化センターで、元東大地震研究所の都司嘉宣先生の講座を聴きました。
貞観地震の前の年に、今の兵庫県に発生した内陸断層型の播磨国地震M7.1、そして続発した関東(相模・武蔵地震M7.4)と西日本(仁和地震M8.0~8.5)の震災…状況が似すぎていて正直げんなりしました。
でも、げんなりしてばかりもいられないので、自分自身の備えと共に、防災啓発を行うボランティアグループで活動を続けています。
東海地方の防災・減災の旗振り役である名古屋大学減災連携研究センター長の福和伸夫教授によれば、東京、大阪に比べて、愛知名古屋は地震に対する対策が比較的良い方向で進んでいるそうです。
例えば、重要な電波塔を地盤軟弱な人口密集地に建ててしまった東京(スカイツリー)に対し、愛知名古屋では瀬戸の山の中に設置しました。
また、軟弱地盤の上に大きな県庁、市役所の庁舎を建てた大阪に対し、熱田台地の固い地盤に昔建てた県庁・市役所の庁舎を、耐震補強して後生大事に使っている名古屋…という対比です。
藤井参与が国レベルで仕事をできるようにプッシュすると同時に、地元の減災対策がより良くなるように、できる範囲で努力できればと思っています。

  1. 2016-02-24 19:31
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  3. もらもら #Fldqm66o
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Re: 千年前との相似形

> こんにちは。
> 東日本大震災と、九世紀に起きた貞観地震の相似、更には貞観地震前後に当時の日本で起きた地震・火山災害全体との相似から、首都圏直下や南海トラフ巨大地震への警戒を多くの研究者が表明しています。今や災害関連研究者の常識みたいな感が有りますね。
>
> 平成25年に名古屋栄の中日文化センターで、元東大地震研究所の都司嘉宣先生の講座を聴きました。
> 貞観地震の前の年に、今の兵庫県に発生した内陸断層型の播磨国地震M7.1、そして続発した関東(相模・武蔵地震M7.4)と西日本(仁和地震M8.0~8.5)の震災…状況が似すぎていて正直げんなりしました。
> でも、げんなりしてばかりもいられないので、自分自身の備えと共に、防災啓発を行うボランティアグループで活動を続けています。
> 東海地方の防災・減災の旗振り役である名古屋大学減災連携研究センター長の福和伸夫教授によれば、東京、大阪に比べて、愛知名古屋は地震に対する対策が比較的良い方向で進んでいるそうです。
> 例えば、重要な電波塔を地盤軟弱な人口密集地に建ててしまった東京(スカイツリー)に対し、愛知名古屋では瀬戸の山の中に設置しました。
> また、軟弱地盤の上に大きな県庁、市役所の庁舎を建てた大阪に対し、熱田台地の固い地盤に昔建てた県庁・市役所の庁舎を、耐震補強して後生大事に使っている名古屋…という対比です。
> 藤井参与が国レベルで仕事をできるようにプッシュすると同時に、地元の減災対策がより良くなるように、できる範囲で努力できればと思っています。


なるほどねえ、名古屋地区が防災に関しては良くやっている方、同感です。
この原因は名古屋地区は比較的人の移動が少なかった(東京・大阪と比較してです)、だから父母・祖父母辺りから昔の地震風水害の話を聞いていた人がアチコチにいる。これが大きいのではないかと思います。

そしてこれからが重要ですが、地震に関しては地殻が活動期に入った事は間違いありません。
そして昭和20年前後の地震・台風の活発期がまたやってくるのは間違いないでしょう。しっかりした備えと訓練が必要ですね。

尚富士山噴火については本文で紹介した古文書にも貞観地震の5年前に富士山が噴火したことが書いてあります。「貞観6年、富士山焼けて云々」という部分。


それからこんな災害は、「国としてやる事、県や市町村でやること、企業や自治組織・個人でやること」、こんな風に分けて考えるべきではないか。そして大事なのは「先ず自分らが立ち上がること」ではないかと思っています。
  1. 2016-02-25 10:16
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
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>重要な電波塔を地盤軟弱な人口密集地に建ててしまった東京(スカイツリー)に対し、愛知名古屋では瀬戸の山の中に設置しました。
これは地震対策が目的ではなく、名古屋のテレビ塔では従来のUHFに難があった三河地域や多治見、中津川地域のエリアをカバ-させるためです。結果的に内陸にあるので津波には強いですけど、山だから地震に強いっていう理屈は無いですね。
  1. 2016-02-26 20:05
  2. URL
  3. 愛知県民のおじゃま虫 #-
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To:愛知県民のおじゃま虫 さん

> >重要な電波塔を地盤軟弱な人口密集地に建ててしまった東京(スカイツリー)に対し、愛知名古屋では瀬戸の山の中に設置しました。
> これは地震対策が目的ではなく、名古屋のテレビ塔では従来のUHFに難があった三河地域や多治見、中津川地域のエリアをカバ-させるためです。結果的に内陸にあるので津波には強いですけど、山だから地震に強いっていう理屈は無いですね。


初めまして、コメント有難うございます。
単に電波を遠くに飛ばすだけなら、初期の地上デジタルの試験放送は確か瀬戸ではなくもっと奥の方、三国山から送信したと思います。
災害対策でいえば山の上は問題ないのですが、このケースで心配している事は名古屋の熱田台地より西は地盤が悪すぎ。
兎に角熱田辺りから先は全くの湿地帯でしたから、そんな事に対する配慮も有って現在地にしたと思います。
此処なら風水害にも強いですから。
何せ熱田から桑名までは昔は7里の渡し、陸路が無かったですから。
7里の渡しの嫌な人は遠く中山道へ回るか、又は間道を使う位しか無かったです。
そう言えば岡崎から伊勢方面へは東海道を通らず、三河湾を渡り、知多半島を横切り、伊勢湾を渡る。こんな間道も有りました。
それだけ名古屋から西の大湿地帯が曲者だったと言う事でしょう。
  1. 2016-02-27 13:55
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

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