2016-01-21 19:13

1万年前、集団で争いか=殺害された人骨多数-ケニア

 1万年前に戦争が有ったことを裏付ける人骨が発見されたと報道されている。
発見されたのは「人類発祥の地、東アフリカの大地溝帯」、先ずはどんな話かというと。

<以下引用>

1万年前、集団で争いか=殺害された人骨多数-ケニア
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2016012100037

英文はこちら
http://www.theguardian.com/science/2016/jan/20/stone-age-massacre-offers-earliest-evidence-human-warfare-kenya


2016-1-21ケニア・トゥルカナ湖付近の発掘調査写真


 アフリカ・ケニアのトゥルカナ湖近くで、約1万年前に狩猟採集民の集団同士が争い、こん棒ややりなどで殺害されたとみられる人骨が少なくとも27人分見つかった。英ケンブリッジ大などの国際研究チームが20日付の英科学誌ネイチャー電子版に発表した。
 農耕が始まると、土地や収穫物をめぐる争いが増えるが、狩猟採集時代の集団的な争いの跡は珍しい。人骨の発掘場所は当時の湖岸付近で、水や魚介類などの食料を得やすい場所だったとみられる。縄張りや食料などをめぐる争いか、出合い頭の偶発的な戦いかは不明だが、人類の戦争の起源を考える手掛かりになるという。
 27人のうち子供が6人おり、大人は男女8人ずつで性別不明が5人だった。埋葬された形跡はなく、大人10人のほぼ全身がそろった骨格には、こん棒などで殴られて骨折したり、やりや矢を受けたりした跡が見つかった。
 男性1人の頭骨には、やりの先か矢尻とみられる鋭い黒曜石があった。女性のうち1人は妊婦で、手足を縛られて殺害されたとみられる。胎児の骨も見つかった。(2016/01/21-03:33)

<引用終り>


凄い発見である。1万年も前の人骨がそのまま残っていた。現在でもトゥルカナ湖は琵琶湖の10倍も有る巨大な湖。
しかも流れ込む川は有っても流れ出る川の無い砂漠の中の湖。そんな環境が幸いしたのだろう。

トゥルカナ湖はこんな所

2016-1-21ケニア・トゥルカナ湖付近のchizu



そして東アフリカと言えば人類発祥の地、そこからの大移動は大体こんな風と考えられている。

2016-1-21世界中に広がるホモサピエンス


私がこの話で興味深いと思うのは、東アフリカを約10万年前に出発した人類、それは4~3万年前には日本列島にもやってきていた。そしてそこで石器時代を経て縄文文化を誕生させる。
その長い長い縄文時代を通して「戦争とか殺人が有ると言う証拠は全く見つかっていない」、つまり日本人の祖先は1万年以上の縄文時代、戦争などは全くなく平和に暮らしていたのだ。
しかも更に驚くべき事が発見されている。
 北海道洞爺湖町の入江貝塚で発見された人骨。そこには子供時代にポリオの感染し、ほとんど寝たきりだった女性であったことが分かっている。
20歳くらいと思われるその女性は殆ど歩けなかった筈で、手足の骨は細くボールペン位、それでも十数年介護されていた訳だ。
そして死んだとき、丁重に葬られている。
日本人のご先祖様はこんな心優しい人たちだったのだ。

その人骨の出土状況
2016-1-21北海道入江貝塚の人骨(ポリオだった)

http://jomon-japan.jp/wp-content/uploads/2013/07/leaflet_6irietakasago.pdf


何処かの国が半万年の(有りもしない)歴史を喧伝しているが、日本には確かな物証が有る。
日本人は縄文時代の昔から心優しい人たちだったのだ。
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コメント

短足おじさんこんにちわ。
まあ人間以外も縄張り争いは行ってますから、狩猟採集民だからて事はないでしょう。
ただし人間以外が行わないのは、相手を殺す事。私利私欲で過剰な物を奪う事、ですかね。他の動物は縄張り争いはしても、死ぬ前に弱いものは負けを潔く認め引き下がり、強いものは掃討行動は採らない。縄張りにしても自分たちの生活出来る量以外は他の群れに与えている。
人間て本当に地球生命体なんでしょうか?

中国の歴史を視ると王朝が変わるたびに改竄と殺戮の繰り返し。
負けた国の男性は殺されるか去勢され奴隷として働かされ、女性は支配側の子供を孕まされて民族の入れ替えが行われていました。だから今の中国に漢民族などいない、三国志を読むと今の中国人と体型も風貌も全然似ていないのはそのためである、と私は考えています。
  1. 2016-01-21 21:59
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  3. セブン #-
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短足おじさんこんにちわ
まあ人間以外も縄張り争いは行ってますから、狩猟採集民だからて事はないでしょう。
ただし人間以外が行わないのは、相手を殺す事。私利私欲で過剰な物を奪う事、ですかね。他の動物は縄張り争いはしても、死ぬ前に弱いものは負けを潔く認め引き下がり、強いものは掃討行動は採らない。縄張りにしても自分たちの生活出来る量以外は他の群れに与えている。
人間て本当に地球生命体なんでしょうか?

中国の歴史を視ると王朝が変わるたびに改竄と殺戮の繰り返し。
負けた国の男性は殺されるか去勢され奴隷として働かされ、女性は支配側の子供を孕まされて民族の入れ替えが行われていました。だから今の中国に漢民族などいない、三国志を読むと今の中国人と体型も風貌も全然似ていないのはそのためである、と私は考えています。

  1. 2016-01-21 22:00
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  3. セブン #-
  4. 編集

短足おじさんこんにちわ
まあ人間以外も縄張り争いは行ってますから、狩猟採集民だからて事はないでしょう。
ただし人間以外が行わないのは、相手をコロスす事。私利私欲で過剰な物を奪う事、ですかね。他の動物は縄張り争いはしても、死ぬ前に弱いものは負けを潔く認め引き下がり、強いものは掃討行動は採らない。縄張りにしても自分たちの生活出来る量以外は他の群れに与えている。
人間て本当に地球生命体なんでしょうか?

中国の歴史を視ると王朝が変わるたびに改竄とサツリクの繰り返し。
負けた国の男性は殺されるか去勢され奴隷として働かされ、女性は支配側の子供を孕まされて民族の入れ替えが行われていました。だから今の中国に漢民族などいない、三国志を読むと今の中国人と体型も風貌も全然似ていないのはそのためである、と私は考えています。

  1. 2016-01-21 22:02
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  3. セブン #-
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To:セブンさん

> 短足おじさんこんにちわ
> まあ人間以外も縄張り争いは行ってますから、狩猟採集民だからて事はないでしょう。
> ただし人間以外が行わないのは、相手をコロスす事。私利私欲で過剰な物を奪う事、ですかね。他の動物は縄張り争いはしても、死ぬ前に弱いものは負けを潔く認め引き下がり、強いものは掃討行動は採らない。縄張りにしても自分たちの生活出来る量以外は他の群れに与えている。
> 人間て本当に地球生命体なんでしょうか?
>
> 中国の歴史を視ると王朝が変わるたびに改竄とサツリクの繰り返し。
> 負けた国の男性は殺されるか去勢され奴隷として働かされ、女性は支配側の子供を孕まされて民族の入れ替えが行われていました。だから今の中国に漢民族などいない、三国志を読むと今の中国人と体型も風貌も全然似ていないのはそのためである、と私は考えています。



確かに人類の歴史は侵略と殺戮の歴史で、今も中東からヨーロッパへと広がっています。
そして侵略と殺戮で出来た国家は、それで次の勢力から攻撃される、これも事実です。
ドイツなどは今まさにその渦中にありますが、アメリカもまた同じではないか。
最近言われている事ですが、アメリカ大統領選挙は今回が共和党が勝てる最後になりそう、その後はすべて民主党になると言われています。理由は激増する、そして激増させている移民は殆どが民主党支持なんだそうです。
まあ何が何だか分からない世の中ではあります。
  1. 2016-01-22 09:00
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  3. 短足おじさん二世 #-
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 縄文時代のご先祖様がポリオの家族を十数年も介護したというのは、当時の生活環境を考えると本当に優しくて強い人達だったのがよくわかります。あの時代は戦争がなかったといいうことの証明にもなりますね。

 ご紹介頂いた、洞爺湖町教育委員会 縄文遺跡群世界遺産登録推進本部 を見ていたら我が国のマスコミや歴史学会の思惑が分かったような気がしていまカリカリしています。

 何故かというと、昭和の時代は遺跡の発掘はよく話題になりテレビでもよく特集が組まれていてよく観ていました。でも平成になってから、発掘があっても記事が小さく、テレビは無視しているようで不思議でした。それは、三内丸山遺跡で平成4年度に巨大な集落跡が姿をあらわし、成6年に直径約1メートルのクリの巨木を使った縄文時代中期の大型掘立柱建物跡の発見され、海外とも交易をしていた一つの文化圏をこの地域にあったということが分ってから報道がなくなりました。

 丁度同じころの平成元年から5年間で行われた分布調査で、埼玉の行田に大文化圏があったということと稲荷山古墳出土鉄剣の発掘によって雄略天皇が実在されたということが分かり日本書記は事実を書いていたことが分かりました。

 どうして我が国は縄文時代から民度が高く進んだ文明を持った国だという大事な発見をもっと国を挙げて調査して、大々的に報道し学校で教えないのか不思議でなりません。

 そして縄文時代から弥生時代へ変わったのは、昭和が平成に代わったということと同じです。何故か渡来人による民族浄化が行われたという人たちがいますが、証拠を見せて欲しいです。慰安婦の強制連行みたいな話だと思います。
  1. 2016-01-22 09:26
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  3. 都民です。 #-
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日本の渡来石器人

今日は。おじゃまします。
「1万年」前ということなので、遺跡が純粋な狩猟採集文化なのか、文明の十字路に栄えていた強欲文明からの逆照射があったのか。。。。。まあいずれにしても、大陸では歴史の主旋律は「流血と漂泊」で、日本列島では「定住と協調」が主旋律(「通奏低音」)であった――素人の妄想ですが。
『旧石器時代人の智恵』(2013年、安蒜政雄著)を読むと、日本の旧石器時代の解明がすすんでいます。
(引用A)
p200
第Ⅰ期は、立川ローム層の第Ⅹ層と第Ⅸ層が堆積した期間で、生誕地のアフリカを出て世界各地へ拡散した、現生人類が日本列島にも到来した時期に当たる。今からおよそ三万五千年前に前後する出来事で、その古さは、世界的に見て後期旧石器時代の初頭に対比されてくる。(中略)現生人類の日本列島への拡散は、世界でも稀な、複数にのぼる移住経路が想定されている。北方ルート、南方ルート、海上ルートなどで、どれもが事実となれば、日本列島は、移住のるつぼと化していた観がある。
(引用B)
p99
旧石器時代の遺跡は、スポット-ブロック-ユニットという、分布の構造性を帯びている。それは、ヒト個人-家族―小集団という、階層状の組織をもつヒトの群れの反映である。移動生活を共にする最も小さな単位の集団であつたとみられるユニットは、普通、二ないし三ブロックで構成されている。ブロックすなわち家族は、五人前後。この砂川遺跡の算出例に基づけば、一小集団の人数は10人から15人となる。その数を拠り所とすると、(中略) 巨大な環状のムラの人口は、いずれも優に100人を超え、平均して150人に前後して来る。こうして、日本列島の旧石器時代にも、世界の後期旧石器時代に該当する、その当初の第Ⅰ期から、ダンバーのいうヒトが群れる核となる、人数150人ほどの集団を見だすことができそうだ。
(引用C)
p101
確かに、環状ユニット群は、第Ⅱ期以降、影かたちもなく完全に消えてしまう。それとともに、150人にも達するヒトが、一堂に群れる、大集団がなくなったかにみえる。だが、違う。環状ユニット群にかわって、遺跡が徐々に川沿いの随所に群在し始め、河川流域遺跡群が登場してくる。

「流血と漂泊」の大陸では防衛上当然だった集団配置の階層構造が、日本へ移住すると、その環境では必要がないことがわかってきて、生活の便利優先、安全保障無視の気楽なことになっていったということではなかったのでしょうか(「環状ユニット群」の消滅)。日本列島の地形、気候など諸条件(自然災害が多い、とか、可住地が狭小で分散的、とか)が、もともとは殺伐だったかもしれない原初の移住民を平和的なヒトに変容させ、定住と協調を第一義とする生活様式、また誇るべき縄文文明を成熟させた。そのご大陸新渡来の「環濠集落」さえも、けっきょく「なんちゃって環濠集落」になったりします。学者には言いにくい妄想ですが。
その数千年の習いは、DNAに燻習して南北朝や戦国の動乱を経てもゆるがず、秀吉が「刀狩り」じゃと命令するとみごと嬉々としてしたがい、マッカーサーに憲法を下賜されるや、これぞ待ち望んでいたものと歓迎したのにもやはりDNAがからんでいたはず、と思っています。(「DNA」はもちろん喩えですが)
失礼しました。
  1. 2016-01-22 11:07
  2. URL
  3. いぼぢ日記 #-
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https://ja.m.wikipedia.org/wiki/モンゴロイド
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/殷

>現在中国と言っている所も、最初に到達したのは古モンゴロイドで日本人の祖先である縄文人と親戚筋だったと思います。
殷の人達もそうだったのではないかと思います。
新モンゴロイドやアーリア系のコーカソイドの侵略により、遺伝子を書き換えられて、日本、チベット、アンダマン諸島しか古モンゴロイドのハプロタイプDは残っていないそうです。
  1. 2016-01-22 11:12
  2. URL
  3. taigen #-
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To:都民です さん

>  縄文時代のご先祖様がポリオの家族を十数年も介護したというのは、当時の生活環境を考えると本当に優しくて強い人達だったのがよくわかります。あの時代は戦争がなかったといいうことの証明にもなりますね。
>
>  ご紹介頂いた、洞爺湖町教育委員会 縄文遺跡群世界遺産登録推進本部 を見ていたら我が国のマスコミや歴史学会の思惑が分かったような気がしていまカリカリしています。
>
>  何故かというと、昭和の時代は遺跡の発掘はよく話題になりテレビでもよく特集が組まれていてよく観ていました。でも平成になってから、発掘があっても記事が小さく、テレビは無視しているようで不思議でした。それは、三内丸山遺跡で平成4年度に巨大な集落跡が姿をあらわし、成6年に直径約1メートルのクリの巨木を使った縄文時代中期の大型掘立柱建物跡の発見され、海外とも交易をしていた一つの文化圏をこの地域にあったということが分ってから報道がなくなりました。
>
>  丁度同じころの平成元年から5年間で行われた分布調査で、埼玉の行田に大文化圏があったということと稲荷山古墳出土鉄剣の発掘によって雄略天皇が実在されたということが分かり日本書記は事実を書いていたことが分かりました。
>
>  どうして我が国は縄文時代から民度が高く進んだ文明を持った国だという大事な発見をもっと国を挙げて調査して、大々的に報道し学校で教えないのか不思議でなりません。
>
>  そして縄文時代から弥生時代へ変わったのは、昭和が平成に代わったということと同じです。何故か渡来人による民族浄化が行われたという人たちがいますが、証拠を見せて欲しいです。慰安婦の強制連行みたいな話だと思います。


色々ご存知ですね。でもそんな知識はテレビや新聞ではなかなか報道されません。
兎に角マスゴミの劣化が激しいのです。一番の問題はマスゴミには在日採用特別枠が有り、社内が在日だらけ。
こんな所が最大の問題だと思います。

かといって一瀉千里で改善が進むわけではないので、少しずつ問題を明るみに出してゆくより方法が無いですね。
このポリオにかかった人を十数年介護したなどと言う事例も介護施設などで昔の事例として公表するといいのですね。
  1. 2016-01-22 17:34
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  3. 短足おじさん二世 #-
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Re: 日本の渡来石器人

> 今日は。おじゃまします。
> 「1万年」前ということなので、遺跡が純粋な狩猟採集文化なのか、文明の十字路に栄えていた強欲文明からの逆照射があったのか。。。。。まあいずれにしても、大陸では歴史の主旋律は「流血と漂泊」で、日本列島では「定住と協調」が主旋律(「通奏低音」)であった――素人の妄想ですが。
> 『旧石器時代人の智恵』(2013年、安蒜政雄著)を読むと、日本の旧石器時代の解明がすすんでいます。
> (引用A)
> p200
> 第Ⅰ期は、立川ローム層の第Ⅹ層と第Ⅸ層が堆積した期間で、生誕地のアフリカを出て世界各地へ拡散した、現生人類が日本列島にも到来した時期に当たる。今からおよそ三万五千年前に前後する出来事で、その古さは、世界的に見て後期旧石器時代の初頭に対比されてくる。(中略)現生人類の日本列島への拡散は、世界でも稀な、複数にのぼる移住経路が想定されている。北方ルート、南方ルート、海上ルートなどで、どれもが事実となれば、日本列島は、移住のるつぼと化していた観がある。
> (引用B)
> p99
> 旧石器時代の遺跡は、スポット-ブロック-ユニットという、分布の構造性を帯びている。それは、ヒト個人-家族―小集団という、階層状の組織をもつヒトの群れの反映である。移動生活を共にする最も小さな単位の集団であつたとみられるユニットは、普通、二ないし三ブロックで構成されている。ブロックすなわち家族は、五人前後。この砂川遺跡の算出例に基づけば、一小集団の人数は10人から15人となる。その数を拠り所とすると、(中略) 巨大な環状のムラの人口は、いずれも優に100人を超え、平均して150人に前後して来る。こうして、日本列島の旧石器時代にも、世界の後期旧石器時代に該当する、その当初の第Ⅰ期から、ダンバーのいうヒトが群れる核となる、人数150人ほどの集団を見だすことができそうだ。
> (引用C)
> p101
> 確かに、環状ユニット群は、第Ⅱ期以降、影かたちもなく完全に消えてしまう。それとともに、150人にも達するヒトが、一堂に群れる、大集団がなくなったかにみえる。だが、違う。環状ユニット群にかわって、遺跡が徐々に川沿いの随所に群在し始め、河川流域遺跡群が登場してくる。
>
> 「流血と漂泊」の大陸では防衛上当然だった集団配置の階層構造が、日本へ移住すると、その環境では必要がないことがわかってきて、生活の便利優先、安全保障無視の気楽なことになっていったということではなかったのでしょうか(「環状ユニット群」の消滅)。日本列島の地形、気候など諸条件(自然災害が多い、とか、可住地が狭小で分散的、とか)が、もともとは殺伐だったかもしれない原初の移住民を平和的なヒトに変容させ、定住と協調を第一義とする生活様式、また誇るべき縄文文明を成熟させた。そのご大陸新渡来の「環濠集落」さえも、けっきょく「なんちゃって環濠集落」になったりします。学者には言いにくい妄想ですが。
> その数千年の習いは、DNAに燻習して南北朝や戦国の動乱を経てもゆるがず、秀吉が「刀狩り」じゃと命令するとみごと嬉々としてしたがい、マッカーサーに憲法を下賜されるや、これぞ待ち望んでいたものと歓迎したのにもやはりDNAがからんでいたはず、と思っています。(「DNA」はもちろん喩えですが)
> 失礼しました。


いやあ、面白い話ですねえ。興味深く拝読しました。
確かに日本にわたってきた縄文人は複数のルートからだったと思います。
そしてそこで長年平和に暮らしてきた。それが日本人のDNAだと言うのも私も同意見です。

ただ旧石器から縄文の初めころについては字τは厄介な問題があります。
現在の考古学では当然ながら遺跡が無いと何もわからない。
所が旧石器時代から縄文の初めころまで、いわゆる縄文海進の前までは今より海面が100メーター位低かった。
だから当時の海岸線とか当時の海沿いの低地は全部今は海の中。だから遺跡が見つからないのです。

よく旧石器人は貝を食べなかったなどと言う人がいますが、貝塚を当時の人が若し作ったとしても、それは全部海の底。
そう考えないといけないですね。
こんなエントリーをしています。ご参考までに。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-144.html
  1. 2016-01-22 17:58
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
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To:taigen さん

> https://ja.m.wikipedia.org/wiki/モンゴロイド
> https://ja.m.wikipedia.org/wiki/殷
>
> >現在中国と言っている所も、最初に到達したのは古モンゴロイドで日本人の祖先である縄文人と親戚筋だったと思います。
> 殷の人達もそうだったのではないかと思います。
> 新モンゴロイドやアーリア系のコーカソイドの侵略により、遺伝子を書き換えられて、日本、チベット、アンダマン諸島しか古モンゴロイドのハプロタイプDは残っていないそうです。


いつも情報ありがとうございます。
確かに興味深い話ですね。
そして永年侵略と殺戮を繰り返した民族と1万年以上平和に暮らした民族ではもう根本的なところから違うのでしょう。

ドナルド・キーン氏が日本に帰化を決心したのも、そんな日本人の民度レベルになるには千年かかるとの事に気が付いたから。
そんな事をどこかで見たことがあります。
  1. 2016-01-22 18:02
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  3. 短足おじさん二世 #-
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水を差すようですが
昔の日本列島は、厳しい環境でした
他者と争う余裕などなく、生きるのに必死の環境と思います
成人の寿命なども2、30前と想像します
縄文時代は、約一万年続きましたが
自然災害などで、全滅したと思われる遺跡なども多々発見されています
日本人は、何故温和なのか?の問いに
アフリカで産まれた、人類の中で 敗者として土地を離れ
た人々の中で、最も敗者として この列島に来た人々が
日本人に成ったのだ 説も有ります
また私も敗者の一人ですし 敗者こそ、弱いものに敬意を持てる気もするのです
  1. 2016-01-23 00:46
  2. URL
  3. 名無し #fflwa7tw
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舩坂弘さんの戦い
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2898.html#comment

名無しさんの主張に異論が有ります。日本人が世界最弱の民族だったら何故旧日本軍は逃げてしまわなかったのですか?
日本は米軍以外では海戦で負けた事は無いですよ。


国柄探訪: 日本語が作る脳

虫の音や雨音などを日本人は左脳で受けとめ、
西洋人は右脳で聞く!?http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h14/jog240.html

日本語は音韻的にはポリネシア語が近いそうなので、おそらくはポリネシア系海洋民族の血も縄文の時代に入っていたと見るべきでしょう。
  1. 2016-01-23 10:18
  2. URL
  3. taigen #-
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To:名無し さん

> 水を差すようですが
> 昔の日本列島は、厳しい環境でした
> 他者と争う余裕などなく、生きるのに必死の環境と思います
> 成人の寿命なども2、30前と想像します
> 縄文時代は、約一万年続きましたが
> 自然災害などで、全滅したと思われる遺跡なども多々発見されています
> 日本人は、何故温和なのか?の問いに
> アフリカで産まれた、人類の中で 敗者として土地を離れ
> た人々の中で、最も敗者として この列島に来た人々が
> 日本人に成ったのだ 説も有ります
> また私も敗者の一人ですし 敗者こそ、弱いものに敬意を持てる気もするのです


なるほど、面白い話有難うございます。

人類の長い旅にはその当時の気候を考える必要があります。
地球を大まかに氷河期と間氷期に分かれますが、旧石器時代はその氷河期にあたります。
ですから海面は現在より100メーター位は低かった、だからスンダランドのような現在海面下の所が広大な平野になっていたんです。
それからその海綿が7千年くらいかかって現在のレベルとほぼ同じ位になった。縄文海進の時代です。最終的には現在より数メーター高くなりました。
その後の時代は実に温暖な時代でした。
もう一つ、これは日本にとって重大ですが、約7300年前に鹿児島沖の鬼界カルデラが大噴火しました。噴出した火山灰は遠く東北まで飛び、九州では所によっては今でも厚さ1メーターです。
この結果九州は殆ど人類は死滅しました。
九州には災害が多いのですが、そんな事の一つの要因になっています。

もう一つ、
日本人敗者論ですか・・・
その敗者論には私なりに疑問があります。
敗者と言うからには勝者が有る筈、それは何処の人たちでしょうか。
アフリカ東部を出てきたのだから、勝者はアフリカに残って高度な文明を作って今日が有る???
それとも次は中東ですからシリア・イラク辺りで高度な文明を作って今日が有る???
確かに古代メソポタミア文明、エジプト文明は素晴らしいですが、それが現在は???
そこからアジアに出たんですが、スンダランド付近のインドネシア辺りが勝者でしょうか???

日本人が敗者と言うのなら勝者は何処ですか。この答えが必要ではないでしょうか。
この日本人敗者論を述べている方の若し著作があれば教えていただけると有り難い。私なりに反論したいと思います。
著作が無ければ、その方のお名前だけでもご教授いただければ幸いです。

折角面白い話を頂いたので、典拠についても宜しくお願いします。
  1. 2016-01-23 10:20
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

縄文人バイカル湖周辺ルーツ説を推します

ピルグリムファーザーズは、どう見てもイギリスの敗者ですよね。
いつも素晴らしい記事や投稿を拝見させてもらっています。
ところで、松本秀雄氏の理論によるGm遺伝子による解析では日本人のルーツはバイカル湖周辺で暮らしていた民族ではないかと推理されています。
約1万年から1万5000年前にレフュージアたるバイカル湖周辺から間氷期に入り解氷したアムール川沿いに(もしかして鮭を追って、オホーツク海に出て、沿岸部を南下し、朝鮮半島を経由して日本列島に定着したというものです。ほぼ同一のGm遺伝子なのです。現在Gm遺伝子は、犯罪捜査などでも用いられているようです。
「人類学者」からいろいろと批判されていますが、私から見るとどれも決定的な反論にはなっていないように見えます。
ですから、今から100年後には、縄文人バイカル湖ルーツ説が主流になるのではないかと思います。それくらいに強固な理論ではないかと思います。
松本氏の考えによると、縄文人が日本列島に流入する前に、すでにスラブ人(アイヌ人)が先住者としていたのでないかということです。弥生人の遺伝子はほとんど残っておらず、実際の移住者は少なかったのではないかということです。
骨格は、同じDNAでも、生活環境により大きく変化します。
弥生人が水稲の栽培技術をもたらしたとしても、技術移転にはそれほど多くの移住者を要しないのです。むしろ交易があったと考える方が自然ではないかと思います。
約1万年前、朝鮮半島は無人であったと考えられており、この理論は現在の民族の分布をよく説明できます。
  1. 2016-01-23 13:34
  2. URL
  3. 縄文人 #wM6nolEE
  4. 編集

古代人の足跡

身体生理学の平沢弥一郎氏の著書「足の裏は語る」に興味深い話が出てきます。
福岡の板付遺跡で発見された弥生時代初期の水田跡で発見された足跡がきわめて特徴的なものだった。その足跡を求めてアジア各地に探索の旅をするのですが、なかなか同じ足型を持つ人には出会えない。最後の最後にパキスタンとアフガニスタンの国境付近で同じ足型の人に出会います。
日本とアフガン、稲作を考えると中国大陸から東西に別れたのか、それともアフリカ・中東と東進し一部はアフガンに残り一部は日本までたどり着いたのでしょうか。

佐藤洋一郎氏は三内丸山遺跡のクリがDNA分析の結果、意図的に選抜して植林されたものであり、縄文人が高度な栽培技術を持っていたことを証明しました。

稲作についても縄文時代の水田跡は縄文人が朝鮮半島を訪れ、そこで目にした水田を見よう見真似で作ったものではないか、という仮説を立てています。さらに卑弥呼も弥生人ではなく縄文人だったのではないか、としています。
http://www.athome-academy.jp/archive/biology/0000000116_all.html

日本が国としての体裁を調えるにつれ仏教とともに様々な先進技術も入ってきました。稲作に欠かせない溜池は当時、世界最高の水利文明を持っていたスリランカの技術が元になっています。空海が遣唐僧として水利技術も学び満濃池の修復を行ったのです。

縄文人のルーツがどこなのかわかりませんが現代日本人の顔立ちは実にさまざま。日本では地域によって顔立ちがぜんぜん違う。兄嫁の家系は彫りが深く甥などヒゲを生やせば中東で現地人で通用しそうです。イランとウズベキにはコタツもあるし正倉院の宝物とともにペルシャ人が日本に来てもおかしくない。

地中海系やタイ系の顔立ちは比較的よく見かけますし、名古屋ではベトナム系の顔立ちも見かけました。ベトナムにあったチャンパの末裔チャム人そっくりな人もいます。伊勢うどんとホイアンの麺「カオラウ」が似ているのと関係あるのではなどと妄想してしまいます。

逆にインドでは松田聖子そっくりさん、タイ北部から雲南は日本人そっくりさんをよく見かけました。朝鮮半島は民族が入れ替わっていますが南北の違いがよくわかる写真があります。南北でまったく別の顔。

女子サッカー北朝鮮代表
http://football-uniform.seesaa.net/article/266883512.html

韓国代表は遺伝子が見事に均一、近親相姦が多かったというのも納得
http://livedoor.4.blogimg.jp/rabitsokuhou/imgs/e/6/e6717daa.jpg

なでしこジャパン
http://football-uniform.seesaa.net/article/214883182.html
日本U-16
http://www.jfa.jp/img/cache/w640_h480_54dd65b9-d168-4ee3-ae42-7469d3093d95.jpg

古代史はほんとうに興味がつきません。
  1. 2016-01-23 18:05
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  3. gai-yaang #-
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To:taigen さん

> 舩坂弘さんの戦い
> http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2898.html#comment
>
> 名無しさんの主張に異論が有ります。日本人が世界最弱の民族だったら何故旧日本軍は逃げてしまわなかったのですか?
> 日本は米軍以外では海戦で負けた事は無いですよ。
>
>
> 国柄探訪: 日本語が作る脳
>
> 虫の音や雨音などを日本人は左脳で受けとめ、
> 西洋人は右脳で聞く!?http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h14/jog240.html
>
> 日本語は音韻的にはポリネシア語が近いそうなので、おそらくはポリネシア系海洋民族の血も縄文の時代に入っていたと見るべきでしょう。


名無しさんの日本人世界最弱説は私も大いに異論がありますが、こんな妄想を信じている方より、その情報の出所を叩かないと問題は解決しないでしょう。
名無しさんには出典を知らせてくれと書きましたが、返事が戴けるかどうかです。

今後そんな事を誰が言っているか分かったら反論を書いてみたいと思います。

それから日本人のルーツですが、スンダランド辺りからの人たちと北方からの人たち、その両方が有ると思っています。
ただ残念なのはその後の海面上昇でスンダランド辺りはすべて海面下になってしまった。だから遺跡も含めて無くなってしまったので調査が進んでいないです。
それと日本では鹿児島の沖、鬼界カルデラが7300万年前に大爆発し、恐らく九州一円に住んでいた人類は絶滅してしまった、こんな問題があります。
この爆発が無かったら相当の遺跡などが残ったと思うのですが残念ですね。
  1. 2016-01-24 13:57
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  3. 短足おじさん二世 #-
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Re: 縄文人バイカル湖周辺ルーツ説を推します

> ピルグリムファーザーズは、どう見てもイギリスの敗者ですよね。
> いつも素晴らしい記事や投稿を拝見させてもらっています。
> ところで、松本秀雄氏の理論によるGm遺伝子による解析では日本人のルーツはバイカル湖周辺で暮らしていた民族ではないかと推理されています。
> 約1万年から1万5000年前にレフュージアたるバイカル湖周辺から間氷期に入り解氷したアムール川沿いに(もしかして鮭を追って、オホーツク海に出て、沿岸部を南下し、朝鮮半島を経由して日本列島に定着したというものです。ほぼ同一のGm遺伝子なのです。現在Gm遺伝子は、犯罪捜査などでも用いられているようです。
> 「人類学者」からいろいろと批判されていますが、私から見るとどれも決定的な反論にはなっていないように見えます。
> ですから、今から100年後には、縄文人バイカル湖ルーツ説が主流になるのではないかと思います。それくらいに強固な理論ではないかと思います。
> 松本氏の考えによると、縄文人が日本列島に流入する前に、すでにスラブ人(アイヌ人)が先住者としていたのでないかということです。弥生人の遺伝子はほとんど残っておらず、実際の移住者は少なかったのではないかということです。
> 骨格は、同じDNAでも、生活環境により大きく変化します。
> 弥生人が水稲の栽培技術をもたらしたとしても、技術移転にはそれほど多くの移住者を要しないのです。むしろ交易があったと考える方が自然ではないかと思います。
> 約1万年前、朝鮮半島は無人であったと考えられており、この理論は現在の民族の分布をよく説明できます。


初めまして、コメント有難うございます。
日本人のルーツについては未だ定説は有りませんが、今分かっている事を言えば北の方から来た人たちと南から来た人たち、その両方いた筈です。
どちらもいろんな証拠が出土していますし、遺伝子分析もそんな結果です。
ただどちらのルートンしても確証になるものに乏しい。
それから時期的にも1万年~1万5千年前ではすでに日本列島には人が住んでいたのでもっとずっと前でしょう。
そんな頃は海面は今より100メーター位低かったので、海を渡るのは今より相当楽だったと思います。
そしてシベリアから朝鮮半島経由ではなく、直接北海道方面に入ってきたと思います。

最近分かってきたことですが、縄文人は非常に高度な文明を持っていたことが分かっています。三内丸山遺跡の縄文人は1尺が35センチくらいの縄文尺を持っていたことも分かって来ました。凄いですね。
  1. 2016-01-24 14:34
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  3. 短足おじさん二世 #-
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Re: 古代人の足跡

> 身体生理学の平沢弥一郎氏の著書「足の裏は語る」に興味深い話が出てきます。
> 福岡の板付遺跡で発見された弥生時代初期の水田跡で発見された足跡がきわめて特徴的なものだった。その足跡を求めてアジア各地に探索の旅をするのですが、なかなか同じ足型を持つ人には出会えない。最後の最後にパキスタンとアフガニスタンの国境付近で同じ足型の人に出会います。
> 日本とアフガン、稲作を考えると中国大陸から東西に別れたのか、それともアフリカ・中東と東進し一部はアフガンに残り一部は日本までたどり着いたのでしょうか。
>
> 佐藤洋一郎氏は三内丸山遺跡のクリがDNA分析の結果、意図的に選抜して植林されたものであり、縄文人が高度な栽培技術を持っていたことを証明しました。
>
> 稲作についても縄文時代の水田跡は縄文人が朝鮮半島を訪れ、そこで目にした水田を見よう見真似で作ったものではないか、という仮説を立てています。さらに卑弥呼も弥生人ではなく縄文人だったのではないか、としています。
> http://www.athome-academy.jp/archive/biology/0000000116_all.html
>
> 日本が国としての体裁を調えるにつれ仏教とともに様々な先進技術も入ってきました。稲作に欠かせない溜池は当時、世界最高の水利文明を持っていたスリランカの技術が元になっています。空海が遣唐僧として水利技術も学び満濃池の修復を行ったのです。
>
> 縄文人のルーツがどこなのかわかりませんが現代日本人の顔立ちは実にさまざま。日本では地域によって顔立ちがぜんぜん違う。兄嫁の家系は彫りが深く甥などヒゲを生やせば中東で現地人で通用しそうです。イランとウズベキにはコタツもあるし正倉院の宝物とともにペルシャ人が日本に来てもおかしくない。
>
> 地中海系やタイ系の顔立ちは比較的よく見かけますし、名古屋ではベトナム系の顔立ちも見かけました。ベトナムにあったチャンパの末裔チャム人そっくりな人もいます。伊勢うどんとホイアンの麺「カオラウ」が似ているのと関係あるのではなどと妄想してしまいます。
>
> 逆にインドでは松田聖子そっくりさん、タイ北部から雲南は日本人そっくりさんをよく見かけました。朝鮮半島は民族が入れ替わっていますが南北の違いがよくわかる写真があります。南北でまったく別の顔。
>
> 女子サッカー北朝鮮代表
> http://football-uniform.seesaa.net/article/266883512.html
>
> 韓国代表は遺伝子が見事に均一、近親相姦が多かったというのも納得
> http://livedoor.4.blogimg.jp/rabitsokuhou/imgs/e/6/e6717daa.jpg
>
> なでしこジャパン
> http://football-uniform.seesaa.net/article/214883182.html
> 日本U-16
> http://www.jfa.jp/img/cache/w640_h480_54dd65b9-d168-4ee3-ae42-7469d3093d95.jpg
>
> 古代史はほんとうに興味がつきません。


大変面白い話、有難うございます。特に足の裏の話、興味深く拝読しました。
ひと月になる事。
佐藤洋一郎氏の話で、縄文人が朝鮮半島で水田を見た可能性云々と有りますが、これはどうも疑問。
私はイネには元々興味があり、佐藤氏の著書はかなりたくさん持っています。
しかしこの話はここに出てくるだけで他では見たことがありません。
またこの記事はアットホームという不動産関係の会社のHPに載ったもので、日付は2001年2月となっています。
縄文時代に朝鮮半島で水田が有ったなどと言う事は証拠が無いと思います。
多分この件はインタビューした人が誘導尋問でこんな可能性は如何でしょうかなどと言ったことをさもそんな事を佐藤氏が喋った如く書いたのではないでしょうか。半島人特有の捏造の手口と似ています。

サッカー選手の顔写真比較、大変面白い着眼点、敬服しました。
何処かで見たのですが北朝鮮は人種改造が進んでいるんだとか。そんな事を考えさせる写真でしょ多。
  1. 2016-01-24 15:03
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  3. 短足おじさん二世 #-
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日本人のルーツ

これはもう殆ど解明されてしまっています。
Gm遺伝子について書かれた方がいましたが今はY-DNAについての広範な分析がなされたいます。
これとミトコンドリアDNAの分析でほぼ明らかになっています。
Y-DNA human migration map で検索すると現在の研究結果が分かります。
例えばこれ
http://mapsontheweb.zoom-maps.com/post/87597178297/y-dna-human-migration
2014年段階のものですが大きな変化はないようです。
日本人の基本は遺伝子DのうちのD2ですがこれはDの分化形でありDから派生したものです。
これが主体である以上日本人の主体は南方系であると結論付けざる負えないのです。

もっと衝撃的だったのはこのハプログループの地図です。
http://www.transpacificproject.com/wp-content/uploads/2011/06/Y-Haplogroups-World-Map1.jpg

日本人の遺伝子型が周辺諸国と大きく異なるということです。
これは従来の支配的な見解と大きく異なるものであり一部ではかなりの恐慌をきたしたものです。
これは日本人がかなり古い昔にD2とC3の集団が定住しその後O2とO3が入ってきたと解さざる負えないことになるわけです。そしてこのC3の集団の一部が北に移動したと考えるほうが説明がつくのです。

現在このO2が長江流域を原潜とする農業集団であり日本に稲作をもたらした連中だろうということも明らかになりつつありますし、歴史学会の大勢と異なり朝鮮半島に言った集団と列島に来た集団は別な連中だということも明らかになりつつあります。つまり農業の半島伝来説自体が成り立たない事を示しているのです。

そして実はこの遺伝子D2自体が人類のものではかなり古いものだということが分ってしまっているのです。
現在のこの理系学問による究明は日本人がアジアの中で大きく異質なことを明確に示しています。

現在縄文時代は今までの予想と大きく異なり農耕が行われた豊かな時代だったことが示され貧富の差はあったが戦争の痕跡だけは存在しないという得意な時代だったことが示されています。

かつては弥生時代をもたらした連中が農業を伝え同時に貧富の差と闘争を日本にもたらしたとする見解が主流でしたがこのようなマルクス主義史観に染められた見解は完璧に否定されつつあります。

こちらのサイトは大変に纏まったものでありわかりやすいものです。こちらの筆者の見解には頷けないものはありますがここで扱われてる資料自体は何も問題がない現在そのものです。日本人がいかに偉大かはこれで見て取れると思います。

http://garapagos.hotcom-cafe.com/


  1. 2016-01-24 15:58
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  3. kazk #cPv2SIBE
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Re: 日本人のルーツ

> これはもう殆ど解明されてしまっています。
> Gm遺伝子について書かれた方がいましたが今はY-DNAについての広範な分析がなされたいます。
> これとミトコンドリアDNAの分析でほぼ明らかになっています。
> Y-DNA human migration map で検索すると現在の研究結果が分かります。
> 例えばこれ
> http://mapsontheweb.zoom-maps.com/post/87597178297/y-dna-human-migration
> 2014年段階のものですが大きな変化はないようです。
> 日本人の基本は遺伝子DのうちのD2ですがこれはDの分化形でありDから派生したものです。
> これが主体である以上日本人の主体は南方系であると結論付けざる負えないのです。
>
> もっと衝撃的だったのはこのハプログループの地図です。
> http://www.transpacificproject.com/wp-content/uploads/2011/06/Y-Haplogroups-World-Map1.jpg
>
> 日本人の遺伝子型が周辺諸国と大きく異なるということです。
> これは従来の支配的な見解と大きく異なるものであり一部ではかなりの恐慌をきたしたものです。
> これは日本人がかなり古い昔にD2とC3の集団が定住しその後O2とO3が入ってきたと解さざる負えないことになるわけです。そしてこのC3の集団の一部が北に移動したと考えるほうが説明がつくのです。
>
> 現在このO2が長江流域を原潜とする農業集団であり日本に稲作をもたらした連中だろうということも明らかになりつつありますし、歴史学会の大勢と異なり朝鮮半島に言った集団と列島に来た集団は別な連中だということも明らかになりつつあります。つまり農業の半島伝来説自体が成り立たない事を示しているのです。
>
> そして実はこの遺伝子D2自体が人類のものではかなり古いものだということが分ってしまっているのです。
> 現在のこの理系学問による究明は日本人がアジアの中で大きく異質なことを明確に示しています。
>
> 現在縄文時代は今までの予想と大きく異なり農耕が行われた豊かな時代だったことが示され貧富の差はあったが戦争の痕跡だけは存在しないという得意な時代だったことが示されています。
>
> かつては弥生時代をもたらした連中が農業を伝え同時に貧富の差と闘争を日本にもたらしたとする見解が主流でしたがこのようなマルクス主義史観に染められた見解は完璧に否定されつつあります。
>
> こちらのサイトは大変に纏まったものでありわかりやすいものです。こちらの筆者の見解には頷けないものはありますがここで扱われてる資料自体は何も問題がない現在そのものです。日本人がいかに偉大かはこれで見て取れると思います。
>
> http://garapagos.hotcom-cafe.com/


なるほど、興味深い情報ありがとうございます。
基本的にkazkさんの話は同意しますが、まだまだ研究不足。
特に日本固有の問題でいえば鹿児島沖の鬼界カルデラ大爆発を考えないわけにはいかない。
この爆発で九州全体が縄文人が絶滅する位のダメージを受けた、それを考慮に入れる必要があると見ています。

それとハプログループの地図ですが、大変面白い地図ではあるものの、これは検証が必要なモノ。
出所がシナなので差別する訳ではありませんが、スンダランドの存在を無視している所、特に「C」のグループなどアフリカを出てから何処にいたか不明な点など、検証する必要があります。
まあ今研究は急速に進んでいますから、これからどんな事になるか楽しみです。

それから
>マルクス主義史観に染められた見解
このご指摘は私も反省する所の多い話でして、私も昔から弁証的唯物論にかぶれていました。
そんな事で隠れマルクス主義に騙されやすい面があります。心せねばと思います。

  1. 2016-01-25 11:00
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  3. 短足おじさん二世 #-
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To:セブンさん

> 短足おじさんこんにちわ
> まあ人間以外も縄張り争いは行ってますから、狩猟採集民だからて事はないでしょう。
> ただし人間以外が行わないのは、相手を殺す事。私利私欲で過剰な物を奪う事、ですかね。他の動物は縄張り争いはしても、死ぬ前に弱いものは負けを潔く認め引き下がり、強いものは掃討行動は採らない。縄張りにしても自分たちの生活出来る量以外は他の群れに与えている。
> 人間て本当に地球生命体なんでしょうか?
>
> 中国の歴史を視ると王朝が変わるたびに改竄と殺戮の繰り返し。
> 負けた国の男性は殺されるか去勢され奴隷として働かされ、女性は支配側の子供を孕まされて民族の入れ替えが行われていました。だから今の中国に漢民族などいない、三国志を読むと今の中国人と体型も風貌も全然似ていないのはそのためである、と私は考えています。


頂いたコメントが迷惑フォルダーに入っているのに気が付きませんでしたので、このコメントを復活させました。
どの言葉が引っ掛かったか分かると思い、参考用として重複ですが載せておきます。
コメント復活が遅れたこと、お詫びいたします。
  1. 2016-02-02 22:49
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  3. 短足おじさん二世 #-
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