2016-01-09 17:40

仏師運慶が護国寺の仁王像を作る話<追記あり

 夏目漱石の短編集「夢十夜」の「第六夜」に仏師運慶が明治時代に護国寺仁王門の仁王像を彫っている話が有る。勿論漱石の見た夢である。
運慶は鎌倉時代の人、護国寺(東京都文京区)は江戸時代初めの創建。まあそんな夢物語なのだが大変面白い。


最初にお茶の水大学名誉教授立花太郎氏の「お茶の水女子大学附近の科学史散歩」の3、護国寺から。
(尚立花太郎名誉教授はご存命なら百歳を超えたと思うのだが、消息については私には分からない)

<以下「お茶の水女子大学附近の科学史散歩」3.護国寺より引用>
http://www.sci.ocha.ac.jp/chemHP/ouca/archives/tachibana_201011.pdf


 護国寺は本学に最も近い散歩スポットである。
ここの仁王門は夏目漱石の『夢十夜』の第六夜の舞台となったことで知られている。この寺は徳川五代将軍、綱吉が生母桂昌院の願いによって、1681 年に創建された。
漱石の夢の中では、ここの仁王門の仁王を鎌倉期の彫刻師運慶がノミとツチで彫りぬいているのを明治時代の人々が見物しながら下馬評をやっている。
見物人の一人である漱石が「よくああ無造作にノミを使って思うように眉や鼻が出来るものだな」と感心して独り言をいったら傍らの若い男が、「なに、あれは眉や鼻をノミで作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋っているのをノミやツチの力で彫り出すまでだ。まるで土の中から石を彫り出すようなものだから決して間違うはずはない」といった。
これは、漱石が芸術における創造の秘密を語った言葉と受けとれる。

ところで、日本で最初のノーベル化学賞の受賞者であった京大の福井謙一教授は、中学生時代から漱石全集の愛読者であったが、この運慶が仁王像を彫り出す話が「いみじくも学問における創造のあり方を示唆していることに気がついてきた」と述べている(『学問の創造』p.73、1984、佼成出版社)。
つまり自然科学においても真に創造的な理論は自然に無理なく構築されるのが理想の姿であるというのである。真に創造的な理論には美しさが感じられるのは、そのせいかもしれない。それは有名な建造物の美しさとも共通するように思われる。
・・・以下略・・・

<引用終り>


 何気ない短編なのだが、私はこの短編で若い男が言った「なに、あれは眉や鼻をノミで作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋っているのをノミやツチの力で彫り出すまでだ。まるで土の中から石を彫り出すようなものだから決して間違うはずはない」、この言葉に非常な感銘を受けた。

学問でも仕事でもそうだが、完成したものをイメージした上で仕事をする、それも出来上がった姿がどんなものか明確にイメージできることが重要だと思っている。
勿論こんな事は昔からそう思っていた訳ではないが、仕事を色々やってきてたどり着いた結論、それが明確にイメージすることの重要さだった。

明後日は成人の日、若い人には現在の世の中は実に問題だらけの大変な時代だと思う。
年明け早々からシナ発の株暴落、隣のキ印国は核実験、アラブ方面はアチコチでドンパチとムチャクチャだ。
そんな時代だからこそ、こんなイメージすることの重要さをしっかり身につけることが必要なのではないだろうか。

護国寺仁王門

2016-1-9護国寺仁王門


参考までに漱石の「夢十夜の第六夜」全文を引用します。
さして長い文ではないので、興味のある方は是非どうぞ。

<以下夢十夜の第六夜>

第六夜

 運慶(うんけい)が護国寺(ごこくじ)の山門で仁王(におう)を刻んでいると云う評判だから、散歩ながら行って見ると、自分より先にもう大勢集まって、しきりに下馬評(げばひょう)をやっていた。
 山門の前五六間の所には、大きな赤松があって、その幹が斜(ななめ)に山門の甍(いらか)を隠して、遠い青空まで伸のびている。松の緑と朱塗(しゅぬり)の門が互いに照(うつ)り合ってみごとに見える。その上松の位地が好い。門の左の端を眼障(めざわり)にならないように、斜(はす)に切って行って、上になるほど幅を広く屋根まで突出(つきだ)しているのが何となく古風である。鎌倉時代とも思われる。
 ところが見ているものは、みんな自分と同じく、明治の人間である。その中(うち)でも車夫が一番多い。辻待(つじまち)をして退屈だから立っているに相違ない。
「大きなもんだなあ」と云っている。
「人間を拵こしら)えるよりもよっぽど骨が折れるだろう」とも云っている。
 そうかと思うと、「へえ仁王だね。今でも仁王を彫ほるのかね。へえそうかね。私(わっし)ゃまた仁王はみんな古いのばかりかと思ってた」と云った男がある。
「どうも強そうですね。なんだってえますぜ。昔から誰が強いって、仁王ほど強い人あ無いって云いますぜ。何でも日本武尊(やまとだけのみこと)よりも強いんだってえからね」と話しかけた男もある。この男は尻を端折(はしょ)って、帽子を被(かぶ)らずにいた。よほど無教育な男と見える。
 運慶は見物人の評判には委細頓着(とんじゃく)なく鑿(のみ)と槌(つち)を動かしている。いっこう振り向きもしない。高い所に乗って、仁王の顔の辺あたりをしきりに彫(ほ)り抜(ぬ)いて行く。
 運慶は頭に小さい烏帽子(えぼし)のようなものを乗せて、素袍(すおう)だか何だかわからない大きな袖(そで)を背中(せなか)で括(くく)っている。その様子がいかにも古くさい。わいわい云ってる見物人とはまるで釣り合が取れないようである。自分はどうして今時分まで運慶が生きているのかなと思った。どうも不思議な事があるものだと考えながら、やはり立って見ていた。
 しかし運慶の方では不思議とも奇体ともとんと感じ得ない様子で一生懸命に彫っている。仰向(あおむ)いてこの態度を眺めていた一人の若い男が、自分の方を振り向いて、
「さすがは運慶だな。眼中に我々なしだ。天下の英雄はただ仁王と我(われ)とあるのみと云う態度だ。天晴(あっぱ)れだ」と云って賞(ほ)め出した。
 自分はこの言葉を面白いと思った。それでちょっと若い男の方を見ると、若い男は、すかさず、
「あの鑿と槌の使い方を見たまえ。大自在(だいじざい)の妙境に達している」と云った。
 運慶は今太い眉まゆを一寸(いっすん)の高さに横へ彫り抜いて、鑿の歯を竪(たて)に返すや否や斜(はす)に、上から槌を打(う)ち下(おろ)した。堅い木を一(ひ)と刻(きざ)みに削(けず)って、厚い木屑(きくず)が槌の声に応じて飛んだと思ったら、小鼻のおっ開らいた怒り鼻の側面がたちまち浮き上がって来た。その刀(とう)の入れ方がいかにも無遠慮であった。そうして少しも疑念を挾(さしはさ)んでおらんように見えた。
「よくああ無造作(むぞうさ)に鑿を使って、思うような眉(まみえ)や鼻ができるものだな」と自分はあんまり感心したから独言(ひとりごと)のように言った。するとさっきの若い男が、
「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋(うま)っているのを、鑿(のみ)と槌(つち)の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだからけっして間違うはずはない」と云った。
 自分はこの時始めて彫刻とはそんなものかと思い出した。はたしてそうなら誰にでもできる事だと思い出した。それで急に自分も仁王が彫(ほ)ってみたくなったから見物をやめてさっそく家(うち)へ帰った。
 道具箱から鑿(のみ)と金槌(かなづち)を持ち出して、裏へ出て見ると、せんだっての暴風(あらし)で倒れた樫(かし)を、薪(まき)にするつもりで、木挽(こびき)に挽(ひ)かせた手頃な奴(やつ)が、たくさん積んであった。
 自分は一番大きいのを選んで、勢いよく彫(ほ)り始めて見たが、不幸にして、仁王は見当らなかった。その次のにも運悪く掘り当てる事ができなかった。三番目のにも仁王はいなかった。自分は積んである薪を片(かた)っ端ぱしから彫って見たが、どれもこれも仁王を蔵(かく)しているのはなかった。ついに明治の木にはとうてい仁王は埋(うま)っていないものだと悟った。それで運慶が今日(きょう)まで生きている理由もほぼ解った。

<引用終り>


* 追記します

よもぎねこさんからコメント欄でこんな興味深いコメントを頂きました。

>ミケランジェロは彫刻する事について「石の中の男が『出してくれと!!』と叫んでいるんだ。」と言っていたそうです。

この話の典拠を調べてみると色んな人が引用していまして、多少言葉が変わっています。まあ原語はイタリア語でしょうから仕方ないですね。
例えばこの言葉
(彫刻家スコリッピ)
歴史の頂点に輝くかの「ミケランジェロ」が言った言葉がある。「わたしは大理石を彫刻する時、着想を持たない「石」自体がすでに掘るべき形の限界を定めているからだ。わたしの手はその形を石の中から取り出してやるだけなのだ。」ミケランジェロは「究極の形」は考えてから掘るのではなく、すでに石の中に運命として「内在している」と言っているのだ。

そしてミケランジェロの名言集などを見るとこんな言葉
(ミケランジェロ)
私は大理石の中に天使を見た。そして天使を自由にするために彫ったのだ。

I saw the angel in the marble and carved until I set him free.

他にも色々あるようですが、言いたい事は同じでしょう。
時も国も言葉も越えて「不変の真実」なのだと思います。

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コメント

玄妙

自分も夏目漱石は好きで学生のころはよく読みました。
改めてご紹介いただくと本当に精神のかたちを見事に文章にするなあと感心するばかりです。

彫りだされる仁王像

奥深いテーマですね。
また漱石を読んでみようと思いました。

(*^-^)ノ
  1. 2016-01-09 22:27
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  3. ガンダム #iL.3UmOo
  4. 編集

すっかり忘れていました。

漱石の『夢十夜』は、印象深い小品でしたが、第六夜の運慶の話、すっかり忘れていました。この春から近くの大学で漱石の講座があり、この歳になって参加する積りです。漱石については、まだまだ知りたいことが沢山あります。
  1. 2016-01-09 22:49
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  3. 酔っ払い爺さん #-
  4. 編集

 神社・仏閣巡りに、京都や奈良や近くだと鎌倉にたまに行きました。特に鎌倉時代の運慶や快慶の力強い感じが好きです。

 護国寺は、漱石が歩いていたと思うと行ってみようかと思います。そして「夢十夜の第六夜」の車夫の話し方が江戸っ子らしくて、ちょっと身近な感じがしました。

 よいお話を紹介してくださり、ありがとうございました。
  1. 2016-01-09 23:20
  2. URL
  3. 都民です。 #-
  4. 編集

Re: 玄妙

> 自分も夏目漱石は好きで学生のころはよく読みました。
> 改めてご紹介いただくと本当に精神のかたちを見事に文章にするなあと感心するばかりです。
>
> 彫りだされる仁王像
>
> 奥深いテーマですね。
> また漱石を読んでみようと思いました。
>
> (*^-^)ノ


漱石は誰でも一度は読むと思うのですが、改めて読んでみると面白いですね。
私も最初に読み始めて
>松の緑と朱塗(しゅぬり)の門
そうか、夢には色が有るんだ・・・、こんな印象だったんですが、この木の中から仁王を掘り出すと言う話しには感動しました。
特に自分が今までやってきたことを反省すると、こんな良いイメージを持たずに何かに取り組み失敗した、そんな事が色々。
そんな思いでエントリーしました。
  1. 2016-01-10 07:25
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  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

Re: すっかり忘れていました。

> 漱石の『夢十夜』は、印象深い小品でしたが、第六夜の運慶の話、すっかり忘れていました。この春から近くの大学で漱石の講座があり、この歳になって参加する積りです。漱石については、まだまだ知りたいことが沢山あります。


おおっ、爺さんを自称される方がこれから漱石の講座ですか。若いですねえ!! 素晴らしい。
毎年毎年一つずつ年をとって行く訳ですが、心が若ければ何時までも若々しく生きていける。
私も見習って若々しく生きたいと思います。
  1. 2016-01-10 07:33
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  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

To:都民です さん

>  神社・仏閣巡りに、京都や奈良や近くだと鎌倉にたまに行きました。特に鎌倉時代の運慶や快慶の力強い感じが好きです。
>
>  護国寺は、漱石が歩いていたと思うと行ってみようかと思います。そして「夢十夜の第六夜」の車夫の話し方が江戸っ子らしくて、ちょっと身近な感じがしました。
>
>  よいお話を紹介してくださり、ありがとうございました。


日本には古いものがゴロゴロありまして、身近にあるので案外気が付かない。
しかし世界的にはこんな国は他にありません。
そんな意味で神社仏閣と言えば京都・奈良を思い浮かべますが、わが町、わが故郷にも沢山ある、そんな事を思い知らされます。
東京は戦災で沢山貴重なモノを失いましたが、其れでもこんなモノが残っている。素晴らしいですね。
  1. 2016-01-10 07:41
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  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

 ミケランジェロは彫刻する事について「石の中の男が『出してくれと!!』と叫んでいるんだ。」と言っていたそうです。

 だから漱石の描く運慶の話は、単なる想像ではないでしょう。
  1. 2016-01-10 23:10
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  3. よもぎねこ #-
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To:よもぎねこさん

>  ミケランジェロは彫刻する事について「石の中の男が『出してくれと!!』と叫んでいるんだ。」と言っていたそうです。
>
>  だから漱石の描く運慶の話は、単なる想像ではないでしょう。


情報有難う御座います。
ちょっと調べてみたら色んな人がミケランジェロの言葉を引用しているようです。
大変良い話なのでこのエントリーに追記しようと思います。
重ねて貴重な話、感謝です。
  1. 2016-01-11 08:08
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
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よもさんに先越されてしまったな。

実はこの話のネタであるミケランジェロの逸話はヴァレーリという人のミケランジェロ伝にミケランジェロの詩だとかいう形で出ていたらしいです。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1355836228

この話は中学か高校の教科書(美術か国語かは忘れましたが)出ていたものです。
そして出所はダビデの彫刻だったり天使の像だったりピエタ像だったりまあメチャクチャです。
どうせ皆まともにイタリア語なんて読んでないのですからこんなふうになるのですよね。ミケランジェロは非常に奇矯な性格の人だったと言われてますのでいろいろ書かれるのでしょう。

夏目漱石の夢十夜はこれが本当に見た夢かどうかを検証するという話が以前ありました。身も蓋もない話ですが、この第六夜は見た夢ではなく創作だろうというものだったと思います。

日本美術史においては彫刻は鎌倉期が最高とされており其後は見るべきものがないとまで言われます。漱石という人は明治という時代に生きた人でありながら明治という時代にものすごく懐疑的だった人です。その意識がこういう小説を書かせたのだろうと思ってます。
  1. 2016-01-11 17:47
  2. URL
  3. kazk #cPv2SIBE
  4. 編集

To:kazkさん

> よもさんに先越されてしまったな。
>
> 実はこの話のネタであるミケランジェロの逸話はヴァレーリという人のミケランジェロ伝にミケランジェロの詩だとかいう形で出ていたらしいです。
> http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1355836228
>
> この話は中学か高校の教科書(美術か国語かは忘れましたが)出ていたものです。
> そして出所はダビデの彫刻だったり天使の像だったりピエタ像だったりまあメチャクチャです。
> どうせ皆まともにイタリア語なんて読んでないのですからこんなふうになるのですよね。ミケランジェロは非常に奇矯な性格の人だったと言われてますのでいろいろ書かれるのでしょう。
>
> 夏目漱石の夢十夜はこれが本当に見た夢かどうかを検証するという話が以前ありました。身も蓋もない話ですが、この第六夜は見た夢ではなく創作だろうというものだったと思います。
>
> 日本美術史においては彫刻は鎌倉期が最高とされており其後は見るべきものがないとまで言われます。漱石という人は明治という時代に生きた人でありながら明治という時代にものすごく懐疑的だった人です。その意識がこういう小説を書かせたのだろうと思ってます。


詳しい情報ありがとうございます。
特に中江彬氏の論文、読みにくい論文でしたが全文読んでみました。
確かにそれなりの影響は受けたと思います。

しかし私としてはこの話は時間も場所の越えて普遍的な真理、それはビジネスの世界でも同じだと思うのです。
私は永年自動車関連の仕事をしてきました。
そんな時、何か新しい事をやろうとする際、一番問題になるのがどんなものをどんな風に作り上げるか、これでした。
それは例えば何か改善をしたり、新しいものを作る時、「あるべき姿は何か」、こんな言葉で目標になるものを表現します。
そんなある「イメージ」が固まれば、次はだれが何時までにとか、予算は如何するかと具体化します。
そんな事を取組んでいると、この短編の言う「木の中の仁王を掘り出す」、そんな感じが何となく理解できるんです。

紹介いただいた資料を読んでみて一層そんな感じを強く受けました。
しかし言うは易く、行うは・・・、道は遠いですね。
  1. 2016-01-12 11:36
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

鉄棒の森末慎二が昔言ってました。

体操の新技というものは一番最初にイメージとして浮かぶものなんだそうです。たしかに以前のワザはこうだからここをこうしてああして…という理詰めで考えることもあるんだそうですが大抵ダメだそうです。そうではなく練習をしてる内にある日突然イメージが浮かぶのだそうです。

このメージが浮かべばまずまず間違いなく出来るんだそうです。後はそのイメージの通りに体を動かすだけだと言ってました。

スポーツの世界ではこういうことがままあります。
南アフリカにかつてダニー・クレイブンという伝説的なラグビーのコーチがいました。1955年から南アのチームのヘッドコーチをやり1956年には英仏遠征を敢行し無敗で勝ち抜き特にスコットランド戦は55-0という当時としては記録的な大勝をしました。その戦法は斬新かつ実際的なものでありラグビーのあり方そのものを変えてしまうものでした。これは全て彼の頭の中でイメージされたものを落とし込んだだけだといいます。

南アはその後アパルトヘイトで国際舞台から追われましたが彼の才能は健在でしたがそれが表に出ることはありませんでした。日本ラグビーで国際的に通用した人物は今でも大西鉄之祐のみだと思ってますが、彼もきつい性格が災いし、一時、不遇をかこってた時期がありますが、その時に偶然クレイブン氏の論文を読み、自分の発送した戦術と瓜二つで驚いたといいます。2人共自分のチームがあったわけでなく全て自分の頭で考えイメージしたものでした。1970年代そのイメージが共有できる人材が育った時に日本は世界に撃って出られたのです。1987年の最初のラグビーワールドカップは予選がありませんでしたが日本は招待国でした。世界のラグビーの発展に貢献したからですが、その発想はすべて不遇の時代の大西のイメージでした。

大切なのは、そういうイメージを出せる人材とそういうイメージを共有できるチームか否かなのです。今年日本ラグビーは大きく前進しましたがその発想の基本は大西の頃と驚くほど変わってません。結局必要なのはとんでもない猛練習だけだったといいますがそういう潜在力は30年前からあったのです。

結局なにか新しい物を生み出す力はそういうイメージが出来るかどうかだということです。日本の混乱はそういうイメージを国民皆が共有できなくなったところにあるんでしょう。そしてこれをイメージ出来た国が次の覇者になるのだという気がしてなりません。
  1. 2016-01-12 13:15
  2. URL
  3. kazk #cPv2SIBE
  4. 編集

To:kazk さん

> 鉄棒の森末慎二が昔言ってました。
>
> 体操の新技というものは一番最初にイメージとして浮かぶものなんだそうです。たしかに以前のワザはこうだからここをこうしてああして…という理詰めで考えることもあるんだそうですが大抵ダメだそうです。そうではなく練習をしてる内にある日突然イメージが浮かぶのだそうです。
>
> このメージが浮かべばまずまず間違いなく出来るんだそうです。後はそのイメージの通りに体を動かすだけだと言ってました。
>
> スポーツの世界ではこういうことがままあります。
> 南アフリカにかつてダニー・クレイブンという伝説的なラグビーのコーチがいました。1955年から南アのチームのヘッドコーチをやり1956年には英仏遠征を敢行し無敗で勝ち抜き特にスコットランド戦は55-0という当時としては記録的な大勝をしました。その戦法は斬新かつ実際的なものでありラグビーのあり方そのものを変えてしまうものでした。これは全て彼の頭の中でイメージされたものを落とし込んだだけだといいます。
>
> 南アはその後アパルトヘイトで国際舞台から追われましたが彼の才能は健在でしたがそれが表に出ることはありませんでした。日本ラグビーで国際的に通用した人物は今でも大西鉄之祐のみだと思ってますが、彼もきつい性格が災いし、一時、不遇をかこってた時期がありますが、その時に偶然クレイブン氏の論文を読み、自分の発送した戦術と瓜二つで驚いたといいます。2人共自分のチームがあったわけでなく全て自分の頭で考えイメージしたものでした。1970年代そのイメージが共有できる人材が育った時に日本は世界に撃って出られたのです。1987年の最初のラグビーワールドカップは予選がありませんでしたが日本は招待国でした。世界のラグビーの発展に貢献したからですが、その発想はすべて不遇の時代の大西のイメージでした。
>
> 大切なのは、そういうイメージを出せる人材とそういうイメージを共有できるチームか否かなのです。今年日本ラグビーは大きく前進しましたがその発想の基本は大西の頃と驚くほど変わってません。結局必要なのはとんでもない猛練習だけだったといいますがそういう潜在力は30年前からあったのです。
>
> 結局なにか新しい物を生み出す力はそういうイメージが出来るかどうかだということです。日本の混乱はそういうイメージを国民皆が共有できなくなったところにあるんでしょう。そしてこれをイメージ出来た国が次の覇者になるのだという気がしてなりません。


なるほど、良い話有難うございます。
実はこのエントリーを書きながら私が反省している事があります。
それは今まで仕事をするうえで教育が大事だと言う事で色々推進してきました。
教育用の色んな資料を作ったり、企画したり、教育用の映画を作った事も有ります。(だから映画監督の仕事も大体わかる)
しかし今考えてみるとこのイメージの部分が不足していたなあ・・・
そしてこれを実現するためには訓練を超えて「鍛錬」が必要。
kazk さんご指摘の「とんでもない猛練習」、これこそ鍛錬なのだと思います。

武人は毎日鍛錬に励みました。そんな歴史をもう一度復活させたいです。
  1. 2016-01-13 07:44
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

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