2016-01-07 17:45

あいさつの言葉のなかに日本がある

 加瀬英明氏のコラムにとても良い話が有った。
メモとして引用します。

<以下引用>

■「加瀬英明のコラム」
2016年01月05日
http://blog.livedoor.jp/crusher_alfin/archives/46480302.html
あいさつの言葉のなかに日本がある

 日本語のなかに、外国語にひとことで訳せない言葉が、沢山ある。

 私は英語屋だ。海外と折衝することによって、糊口(ここう)を凌いできた。

 外国語にならない日本語が多いと思うたびに、日本人として生まれてよかったと、深く満足する。

 箸をとって食事をはじめる時に「いただきます」というが、中国語、韓国語、英語などのヨーロッパ諸語に、このような表現がない。

 英語であれば食卓を囲んでから、主なる神に感謝する、短い祈祷文を唱えたものだ。

 いまでは、多くの英語国民の信仰心が薄くなったが、ほかにきまった言葉がないので、フランス語を借りて「ボナペティ」(よい食欲を)という。 

 お隣の韓国では「チャルモッケスムニダ」(これからよく食べます)、「チャルモゴスムニダ」(よく食べました)だし、中国語では「開始吃飯(クアイスツーファン)」(これから食べます)、満腹になったら「好吃飯了(ハオツーファンラ)」(よく食べました)という。

 天地の万象に感謝

 私たちが「いただきます」「御馳走さま」という時には、天地(あめつち)の万象に感謝する。だから、だされた食事を残してはならない。

 心や、和も、英語にない。親しい友人のヘンリー・ストークス氏にたずねたところ、文面で回答をくれた。『ニューヨーク・タイムズ』や、『ロンドン・タイムズ』などの東京支局長を歴任したジャーナリストだ。滞日50年になる。

 「『こころ』を、英語でどのように訳したらよいか。1語で、とうてい訳せない。そういってしまうと、『欧米人には「こころ」がないのだ』といわれると癪なので、ずっと考えたが、思い当たらない。

 『こころ』の言葉を英語で求めると 

 『こころ』とまったく同じ英語はないが、『こころ』のような意味で、『ハート』や『マインド』を使っている。辞書で調べると、『ハート』や『マインド』には、数多くの意味がある。

 『マインド』は思考に近い。頭で考える範疇で、そこから『アイディア』が生まれてくる。ほかに『マインド』には、『思考、感情、意志などの働きをする』心、『理性を働かせる』知性、記憶や、考えなどの意味がある。

 A strong (weak, clear, shallow) mind 『強い(弱い、明晰な、浅薄な)心』という。A sound mind in a sound body.『健全な精神は健全な肉体に宿る』という格言もある。

 『ハート』は心臓だ。心配ごとがあると、心臓の鼓動が乱れて、胸が苦しくなる。

 My heart leaps up.(心が躍る)という表現もある。My heart is full.というと、『胸がいっぱい』だ。『心』に近いからだ。英語では What the heart thinks, the mouth speaks. (心に思ったことは、口に出る)という諺もある。

 『和』という言葉も外国語にない

 人々のあいだの『和』だが、この『和』も世界のなかで、日本にしかない。

 この『和』という言葉も、ひと言で外国諸語に訳することができない。中国にも、インドにも、どこにもない。

 英語なら、きっと『ハーモニーharmony』――音や、行為、考え、感情などの調和、一致――が近いと、思われるだろう。

 だが、『ハーモニー』は人々が音や、考えや、行動を調和させるか、一致させようと思いたって、参加している人々がそのように決めた結果として、もたらされるものだ。

 『和』は泉の如く湧き出ずる言葉

 だが、日本人にとっての『和』は、つねに日本人のこころのなかにあって、心からごく自然に涌きでるものなのだ」

 私が所蔵している、全20巻の『日本国語大辞典』(小学館)によって、「こころ」が頭についた言葉をひくと、「心相(こころあい)」から始まって、「心有(こころある)」「心合(こころあ)わせ」「心意気(こころいき)」「心一杯(こころいっぱい)」「心入(こころい)り」「心得(こころえ)」「心覚(こころおぼ)え」「心堅(こころかたし)」「心掛(こころが)け」「心構(こころがま)え」「心配(こころくば)り」「心化粧(こころげしょう)」「心様(こころざま)」「心魂(こころだま)」「心盡(こころづく)し」など、400近い言葉がこれでもか、これでもか、というようにでてくる。

 日本人は、心の民なのだ。

 ちなみに三省堂の『最新コンサイス英和辞典』で、heartをひくと、heartache(心痛)、heartbeat(心臓の鼓動)から、heartwood(材木の心材)まで、僅か26の熟語しか載っていない。英語をはじめとするヨーロッパ諸語では、「心」は動物の心臓に近いのだ。

 世界諸語のなかで、「お猫さん」「お猿さん」「トンボさん」「お寺さん」「新聞屋さん」「飲み屋さん」「御馳走様」「世間様」というように、あらゆるものに「さん」「様」の敬称をつけるのは、日本だけである。人間様だといって、威張ることがない。

 万物は全て神様

 私はよく祖母から、「そんなことをしたら、世間様に顔向けできません」「世間様に感謝しなさい」と、たしなめられたものだった。

 世間が神になっているのは、日本だけだ。和の心から、発するものである。和が神なのだ。

 私は地方を訪れるたびに、駅の構内に駅弁が並んでいるのに、見とれてしまう。仙台駅の「炭焼牛タン弁当」、横川駅の釜に入った「峠の釜めし」、鎌倉駅の「かまくら旬彩弁当」‥‥日本中の主要な駅の数だけある。

 駅弁の数々は日本の心の風景である

 世界の二大美術館といえば、ロシアのサンクトペテルブルグのエルミタージュと、パリのルーブル美術館が有名だが、駅弁は足を停めて、目で堪能するだけで、エルミタージュや、ルーブルを訪れるのと、同じ価値がある。

 盛り付けが美しい。幕末から明治にかけて、ヨーロッパの人々がはじめて日本の浮世絵に出会った時と、同じような衝撃を受ける。

 日本は世界のなかで、美的感覚がもっとも突出した文化だ。これほどまで、美にこだわる国民は他にない。

 日本人が寡黙なのは、何ごとにつけ、心を大切にするからである。

 心が美しいことや、ものを、求める。私たちが論理を疎(うと)んじて、理屈を嫌ってきたのは、美は言葉で説明すべきでないからだ。

 私たちは中国人や、韓国人や、西洋人のように、饒舌に理屈を用いて、何が正しく、何が悪だときめつけることをせずに、何ごとについても、美しいか、清くないかということを、尺度とする。言葉は少ないほうがよい。言葉は邪魔になる。

 言葉は主張と弁解により生きる

 私は言葉に備わっている最大の機能は自己(エゴ)の主張と、弁解することにあると思う。日本人は和を大切にするから、言葉を信用しない。

 言葉は言い争って、相手を負かす道具である。

 いま、中東を舞台として、イスラム教の二大宗派であるスンニー派と、シーア派が殺し合いに明け暮れているが、このあいだまでキリスト教が旧教(カトリック)と新教(プロテスタント)に分かれて、ヨーロッパを荒廃させた宗教戦争を再演している。

 私たちには、キリスト教や、イスラム教や、その分派である共産主義は、論理を振り翳して諍(いさか)うからなじまない。言葉を乱用すると、心が和まない。

 私たちの先人が、世界に類(たぐい)がない寡黙な文化を培ってきたのは、素晴しいことだ。

 古来から、日本では言挙(ことあげ)する――声を張りあげて強調していうことを、嫌ってきた。

 和を大切にしてこそ存在がある

 私たちは和を大切にして、譲り合って生きてきた。いがみあうのは醜く、美しくない。

 日本には外国であれば、ありえない戒めが多いが、「負けるが勝ち」という言葉も、日本にしかない。外国人にいくら説明してみても、怪訝な顔をして、理解してもらえない。日本の外の世界では、一度負けてしまったら、再び立ち上ることができない。

 だから、河野官房長官談話のように、心にないのに詫びたら、外国では通用しない。

 日本は「美(うま)し国(くに)そ あきづ島大和の国は」(万葉集、あきつは蜻蛉(とんぼ))というように、諍(いさか)うことを嫌う、美しい心が宿る国なのだ。

<引用終り>


オマケ

最後に「あきつしま」と出てきたので巡視船としては世界最大、「巡視船あきつしま」

2016-1-7巡視船あきつしま
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コメント

情はsoul

はじめましてvw以来の愛読者ですが失礼いたします。
「春宵十話」などで高名な数学者岡潔も、外国語に「情」の語がみつからないことをいっています。(「感情」よりもっと深い)「情緒の中心」が人というものの表玄関であり、「日本人は、情緒的に天地を造って、その中に住むのが上手である」のだけれども。

(引用開始)「情という字を和英で引くと「フィーリング」とか「エモーション」とか書いてある。こんなものは浅すぎて役にたたない。いくら欧米人が罪の子でも、まさか「情」がまったくないのではあるまい。それでは「有情類」とさえいえない。いくらキリストが大きな犠牲的行為を行っても、「非情類」たとえば雌が交尾の直後に雄を食いつくす蜘蛛のようなものまで救えないであろう。
 そう思って情に相当する欧米語を捜していたのであるが、近頃やっとある人からそれを教えてもらった。「キリスト教でいうソールがそれであって、あれを魂と解釈しているのは間違いです」と。なるほど教会外をいくら捜しても見当たらなかったはずである。 
 ジイドはドストエフスキーのムイシュキン公爵を評して「謙虚な人」といっている。これは知や意の人でも野性の人でもないといっているだけで何の人ともいっていないのである。ムイシュキン公爵は「情の人」なのであるが、フランス人は「情」を教会内にしまいこんでいるから、何ともいいようがなかったのであろう。 
 人の中心は「情」であって、情の根底は「人の心の悲しみを自分のからだの痛みのごとく感じる心」すなわち観音大悲の心である。(引用終わり)(『岡潔集第二巻』学習研究社)

本年もどうぞご健筆されてください。
  1. 2016-01-08 12:37
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  3. いぼぢ日記 #-
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Re: 情はsoul

> はじめましてvw以来の愛読者ですが失礼いたします。
> 「春宵十話」などで高名な数学者岡潔も、外国語に「情」の語がみつからないことをいっています。(「感情」よりもっと深い)「情緒の中心」が人というものの表玄関であり、「日本人は、情緒的に天地を造って、その中に住むのが上手である」のだけれども。
>
> (引用開始)「情という字を和英で引くと「フィーリング」とか「エモーション」とか書いてある。こんなものは浅すぎて役にたたない。いくら欧米人が罪の子でも、まさか「情」がまったくないのではあるまい。それでは「有情類」とさえいえない。いくらキリストが大きな犠牲的行為を行っても、「非情類」たとえば雌が交尾の直後に雄を食いつくす蜘蛛のようなものまで救えないであろう。
>  そう思って情に相当する欧米語を捜していたのであるが、近頃やっとある人からそれを教えてもらった。「キリスト教でいうソールがそれであって、あれを魂と解釈しているのは間違いです」と。なるほど教会外をいくら捜しても見当たらなかったはずである。 
>  ジイドはドストエフスキーのムイシュキン公爵を評して「謙虚な人」といっている。これは知や意の人でも野性の人でもないといっているだけで何の人ともいっていないのである。ムイシュキン公爵は「情の人」なのであるが、フランス人は「情」を教会内にしまいこんでいるから、何ともいいようがなかったのであろう。 
>  人の中心は「情」であって、情の根底は「人の心の悲しみを自分のからだの痛みのごとく感じる心」すなわち観音大悲の心である。(引用終わり)(『岡潔集第二巻』学習研究社)
>
> 本年もどうぞご健筆されてください。


初めまして、コメント有難うございます。
岡潔氏の話は面白いですね。興味深く拝読しました。

日本語に英語に訳せない言葉が多いのは私も実感しています。
外国人と英語で話をしたり、彼らの言っている事を通訳したりすると痛感します。
>情はsoul
これはなるほどです。言葉は難しいですね。
  1. 2016-01-08 14:13
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  3. 短足おじさん二世 #-
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ドイツでは確か「グーテ・アペテート(食欲)」が「頂きます」だったような気がします。フランス語と同じみたいです。でも何だか、単刀直入過ぎて風情がないような気がします。身びいきかも知れませんが、日本語は「行間」を読んだり、「沈黙」に言葉にできない想いを感じたりするのが美しいと思います。

  1. 2016-01-08 16:35
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  3. 都民です。 #-
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To:都民です さん

> ドイツでは確か「グーテ・アペテート(食欲)」が「頂きます」だったような気がします。フランス語と同じみたいです。でも何だか、単刀直入過ぎて風情がないような気がします。身びいきかも知れませんが、日本語は「行間」を読んだり、「沈黙」に言葉にできない想いを感じたりするのが美しいと思います。


なるほどそうですか。ひとつ勉強になりました。
まあ、フランスとドイツは元々フランク王国で一つだったので、こんな所に共通する所があるのかもしれません。
しかし日本語の持っている自然の恵みに感謝と言う部分は矢張り日本独自ですね。

そう言えば以前のブログにこんな事を載せました。

「あるたしかドイツの歌手の話、イタリア語は歌を歌う言葉、ドイツ語は詩を作る言葉、フランス語は愛を語る言葉、英語はビジネスの言葉、そして日本語は人を敬う言葉だそうです。
(注:2009年8月の読売新聞コラムより、元は浅利慶太著「時の光の中で」より。この歌手名はエリカ・ケート)
(注:エリカ・ケートは他にスペイン語・・・祈りを捧げる言葉などと言っているようです)」
この件は以下参照ください。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-454.html
  1. 2016-01-08 17:50
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

この辺りの内容は加瀬氏とヘンリー・S・ストークス氏の共著世界に比類なき日本文化に買うわ如くかかれています。最近はこのあたりのことが結構ブログに合ったりするのでかねだした価値があるのか少し心配になりますが…

日本語、特に支那の影響がない古来の大和言葉というものは、その成立は多言語との比較においてその分化成立は数千年単位の昔であったらしいことが近時言われています。その基本的な語彙の独自性からしてめちゃくちゃに古いと考えねば説明がつかないのです。

また縄文時代には兵器としての武器の大規模な使用は全く見られません。とにかくこの辺りのあり方は本当に異様と言ってもいい程です。とにかく、もう日本人は国内向けの言葉と国外向けの言葉は使い分けねばならないでしょう。

特亜はその辺りを突いて、いろいろ悪さをしてきます。
今回の慰安婦の決着は対半島ではこれで終わりでしょうが、第3国に対しての説明責任が残ったということになります。形式的にしろ謝罪したり銭出したりしたらそれは事実と認めたととられるからです。この辺りをこれから説明せねばならない、面倒くさい事この上ない話です。

まあ、おそらく連中が3月にアメリカを交えて文書を交わすことなんか出来ないだろうと小生は踏んでいます。そうなれば合意を破棄したのは彼らということになるわけで、形式なんかどうでもいいから連中に弾を投げ返しそこで仲間割れさせるということになったのだと思います。

これで潰れればそれはそれで良しということでしょう。しかし問題はこれからでしょう。
冗談抜きに朝日新聞に対し外国に対してその費用と手間を自分持ちで日本の立場を報道する義務を負わせるべきでしょう。

嘘付きの重さを味あわせてやらねばいけないでしょう。小生は国家がこれを是正するために費用として朝日から取り立ててもいいものと思ってます。国民一人あたりの損害額を1万円と考え1兆2千億くらいの損害賠償をさせるべきだと思ってます。日本国と国民に与えた損害はこんなものでは済まないと思ってます。


  1. 2016-01-08 22:08
  2. URL
  3. kazk #cPv2SIBE
  4. 編集

To:kazk さん

> この辺りの内容は加瀬氏とヘンリー・S・ストークス氏の共著世界に比類なき日本文化に詳しくかかれています。最近はこのあたりのことが結構ブログに合ったりするのでかねだした価値があるのか少し心配になりますが…
>
> 日本語、特に支那の影響がない古来の大和言葉というものは、その成立は他言語との比較においてその分化成立は数千年単位の昔であったらしいことが近時言われています。その基本的な語彙の独自性からしてめちゃくちゃに古いと考えねば説明がつかないのです。
>
> また縄文時代には兵器としての武器の大規模な使用は全く見られません。とにかくこの辺りのあり方は本当に異様と言ってもいい程です。とにかく、もう日本人は国内向けの言葉と国外向けの言葉は使い分けねばならないでしょう。
>
> 特亜はその辺りを突いて、いろいろ悪さをしてきます。
> 今回の慰安婦の決着は対半島ではこれで終わりでしょうが、第3国に対しての説明責任が残ったということになります。形式的にしろ謝罪したり銭出したりしたらそれは事実と認めたととられるからです。この辺りをこれから説明せねばならない、面倒くさい事この上ない話です。
>
> まあ、おそらく連中が3月にアメリカを交えて文書を交わすことなんか出来ないだろうと小生は踏んでいます。そうなれば合意を破棄したのは彼らということになるわけで、形式なんかどうでもいいから連中に弾を投げ返しそこで仲間割れさせるということになったのだと思います。
>
> これで潰れればそれはそれで良しということでしょう。しかし問題はこれからでしょう。
> 冗談抜きに朝日新聞に対し外国に対してその費用と手間を自分持ちで日本の立場を報道する義務を負わせるべきでしょう。
>
> 嘘付きの重さを味あわせてやらねばいけないでしょう。小生は国家がこれを是正するために費用として朝日から取り立ててもいいものと思ってます。国民一人あたりの損害額を1万円と考え1兆2千億くらいの損害賠償をさせるべきだと思ってます。日本国と国民に与えた損害はこんなものでは済まないと思ってます。


日本文明、日本文化と日本語の成立は確かにご指摘の通りだと思います。
日本語は如何探してもそのルーツが此処だと言う事が見つからない、これは1万年を超える歴史が無いと成り立たないですね。
そして特に大阪地区から朝鮮族を追い出すためにもこんな議論が必要ではないかと思うのです。
何せ訳もなく半島に親近感を感じる連中が多すぎる、これだけ煮え湯を飲まされてもです。

そして朝日新聞に罰を与えると言う話しは大賛成です。
貶められた日本人の名誉回復には此れ位の罰金を取る、そして朝日新聞の社長が欧米のメディアに「お詫びと説明行脚」させるべきです。それ位しないと欧米メディアに刷り込まれた反日は消えません。

それとドイツの反日との絡みで、日英同盟の復活位考えるべきでしょう。
新しい世界の枠組みの為にはそれ位のでっかい事をやっていかないといけないと思っています。
  1. 2016-01-09 09:31
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

「有り難い」もthank you じゃなくて 神々しい物に遭遇した時の話だし

遅ればせながら、本年もよろしくお願いします

単に私の認識だけですが

いただきますは、「命をいただきます」

ごちそうさまは、「作ってくれた方や食材を運んでくれた方、商業を成り立たせている方、インフラそのものへ感謝」

だと思うのです。


なので、「食欲」なんてエゴそのもので、もともとの立ち位置が違います

「Thanks for Lives」
英訳として良いのかどうかわかりませんが
意味合いとしては、こんな風なのではと思います。


キリスト教にしてもイスラム教にしても
単なる民族神に過ぎないのに
宇宙の絶対神を名乗ったところが問題でしょうね。

うろ覚えですが

聖書でも
イエスが「異民族は救済の対象外」と言ったとかあった様に記憶しています。
『犬でも主人の食べるテーブルから零れ落ちたパンを食べる』と言われて
しぶしぶ救済したそうで・・・

その辺が、決定的に違うんでしょうね。

日本人の宗教観と。
  1. 2016-01-18 14:11
  2. URL
  3. 勃ちあがれ日本人 #-
  4. 編集

Re: 「有り難い」もthank you じゃなくて 神々しい物に遭遇した時の話だし

> 遅ればせながら、本年もよろしくお願いします
>
> 単に私の認識だけですが
>
> いただきますは、「命をいただきます」
>
> ごちそうさまは、「作ってくれた方や食材を運んでくれた方、商業を成り立たせている方、インフラそのものへ感謝」
>
> だと思うのです。
>
>
> なので、「食欲」なんてエゴそのもので、もともとの立ち位置が違います
>
> 「Thanks for Lives」
> 英訳として良いのかどうかわかりませんが
> 意味合いとしては、こんな風なのではと思います。
>
>
> キリスト教にしてもイスラム教にしても
> 単なる民族神に過ぎないのに
> 宇宙の絶対神を名乗ったところが問題でしょうね。
>
> うろ覚えですが
>
> 聖書でも
> イエスが「異民族は救済の対象外」と言ったとかあった様に記憶しています。
> 『犬でも主人の食べるテーブルから零れ落ちたパンを食べる』と言われて
> しぶしぶ救済したそうで・・・
>
> その辺が、決定的に違うんでしょうね。
>
> 日本人の宗教観と。


こちらこそ、今年も宜しくお願いします。
所でキリスト教・ユダヤ教・イスラム教の宗教間ですが、丁度最近の友遊さんのエントリーに興味深いものがあります。
http://yuyuu2013.blog.fc2.com/blog-entry-4331.html

こんなモノを見ても、日本人とは根本的に異なるのが白人・一神教信者ですね。
こんな現実を踏まえて、以下に日本の国益を確保するか、こんな見方をすると去年(2015年)の安倍さんの色んな実績の価値が分かります。

それから言葉の問題に関して、私はこんなエントリーをしています。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-454.html

ご参考までに。
  1. 2016-01-18 19:04
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

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