2015-08-11 16:46

日本の統治とアメリカの統治

 8月は例年の事だがマスゴミが戦争一色に染まる月だ。しかも戦争と言っても色んな側面があるのだが、報道するのは日本がアメリカに空爆を受けた、その一点しかない。
確かに戦争は悲惨だが、もう二度と戦争しませんと言うだけで平和が維持できると言うほど世の中甘いもんじゃない。

所でそんな報道の中で日本の戦争について、アジア(注:除く特亜三国)では日本を非難する声など聞いた事が無いと言う記事を見つけた。

<以下引用>

戦後70年、「日本軍が侵略した」と騙るすべての人へ
http://shuchi.php.co.jp/rekishikaido/detail/2455
2015年08月04日 公開
井上和彦(ジャーナリスト)

2015-8-11井上和彦氏のブログより


 2年前、10万部を突破した『日本が戦ってくれて感謝しています』(産経新聞出版)で話題を集めたジャーナリストの井上和彦氏が、新著『ありがとう日本軍』を上梓した。
 「写真集を手にする感覚でご覧いただき、先の大戦を追体験していただきたい」「今こそ、日本人としての誇りを取り戻してほしい」。「そこまで言って委員会NP」をはじめ数多くのテレビ番組のコメンテーター、キャスターも務める井上氏が、戦後70年のタイミングで執筆した本書に込めた想いを伺った。

現地で一度も耳にしなかった、日本軍への非難
・・・中略・・・

「日本のおかげで、アジアの諸国は全て独立した」
――しかし、日本軍がアジアを「侵略」をしたと語られることもあります。
井上 日本が大東亜戦争を戦った理由、それは自存自衛とアジアの解放に他なりません。戦後、タイ王国のククリット・プラモード首相(引用者注:Kukrit Pramoj、1911年 - 1995年、1975年から1976年にかけて首相、タイのラマ2世王の孫カムロップ親王の子)
 「日本のおかげで、アジアの諸国は全て独立した。日本というお母さんは、難産して母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。今日東南アジアの諸国民が、米英と対等に話ができるのは、一体誰のおかげであるのか」
 と書き記しています。この言葉が、あの戦争が何であったか、そのすべてを表わしているでしょう。

 また、「日本軍=侵略者」と騙(かた)る際に、日本人が現地の人々にビンタなどの「暴力」をふるったと指摘されることもあります。しかし、私はテニアンで、日本軍が現地の人々に厳しく接したことへの感謝の言葉に出逢いました。そこで出会った日本人女性が、テニアンの年配者から聞いたというこんな話をしてくれたのです。この女性によれば、
 「この島のお年寄りたちは、『戦後やってきたアメリカは、たしかに援助はしてくれた。けれど、気づけばビザとハンバーガーとペプシコーラを与えられるだけで、島民はおかしくなってしまった。ところが比べて日本時代は、確かに日本人は厳しかったが、モノをただ与えられる今に比べてほんとうに幸せな時代だった』と言ってますよ。皆、日本時代を懐かしがっているんですよ…」
 というわけです。働くことや学ぶことに日本人は厳しかったが、そこには現地の人々の暮らしを向上させようとする“愛”があったのです。だからこそ日本時代を知る年配者は、日本時代への郷愁を感じているのです。

 まさかテニアンで、こんな話を聞けるとは思っていませんでした。世界中がこうした事実を知っているからこそ、私自身、各地で「日本軍を尊敬している」「日本軍に憧れている」、そして「ありがとう、日本軍」と声をかけられたのです。

・・・以下略 詳細は上掲リンク先参照ください。


所でこの話、どこかで聞いた事が有ると思ったらサイパン島でも似たような話が有った。

以下ブー子のブログさんより引用

チャロモ人のおじいさんが語ってくれた日本人
http://ameblo.jp/boolbool/entry-11083005983.html

陛下のサイパンでの慰霊には私も感動しました。現地には2度程行きましたが、スーサイドクリフもバンザイクリフも、そこに立つだけで恐怖を感じる断崖絶壁です。逆に言えば、それだけ確実に死ねる場所だという事になりますが・・・。

「当時の日本人は、少しでも日本に近づく北へ、北へと逃げ最後に追い詰められてここで自ら死を選んだ」と教えてくれたチャモロ人のお爺さんは、

「そんな状況であっても日本人はチャモロ人を守ってくれた。今でもチャモロ人は日本人を尊敬している。漁をして、ジャングルの木の実を食べるという原始人が住む島に、港を作り、鉄道を敷き、学校を建て、どうすれば現代人として、暮らせるかを、教えてくれたのは日本人だ。

その後に来たアメリカは我々に復興という理由付けでお金を恵んでくれた。

しかし、それだけだ。

我々の親達が学んだ、労働の対価として収入を得、それを励みに労働する喜びを味わうという、尊い精神を今の世代は忘れている。

どちらが幸せなのかは、私にも解らない。」

と話した後に、子供達に向かって「貴方達には大和魂があります。世界一素晴らしい大和魂です。
立派な日本人になって下さい。」と言って頂きました。

最後列で聞いていた私を見て一人の子供が、「おじさん、泣いてんの?」て言われて我に返りました。もう14年も前の出来事です。
2009/06/06

(引用者注:このブログが2011年のモノ、また今上天皇陛下のサイパンご訪問は平成17年(2005年)6月なので、そんな時期の記事です)
<引用終り>


この話の肝心なところは最初のテニアン島に事例が
『戦後やってきたアメリカは、たしかに援助はしてくれた。けれど、気づけばビザとハンバーガーとペプシコーラを与えられるだけで、島民はおかしくなってしまった。ところが比べて日本時代は、確かに日本人は厳しかったが、モノをただ与えられる今に比べてほんとうに幸せな時代だった』

またサイパン島に事例が
『漁をして、ジャングルの木の実を食べるという原始人が住む島に、港を作り、鉄道を敷き、学校を建て、どうすれば現代人として、暮らせるかを、教えてくれたのは日本人だ。その後に来たアメリカは我々に復興という理由付けでお金を恵んでくれた。しかし、それだけだ。
我々の親達が学んだ、労働の対価として収入を得、それを励みに労働する喜びを味わうという、尊い精神を今の世代は忘れている。』



最初にお断り、冒頭引用した井上和彦氏の話は直近のモノで信頼できる話。
しかし後半で引用したブー子さんのブログについては私も知識が無く、詳細確認できない。ただお二方の話がいやに似ているしサイパン島とテニアン島は7,8キロしか離れていないので同じ人から聞いた話かもしれない。
そうだとするとブー子さんの話の方が先なので、どちらも本当だろうと言う事で引用させていただいた。ご了承いただきたい。


そして私が言いたい事。
この話は日本が海外で仕事をしていくとき何をしてきたか、日本人は基本的に共存共栄である。
しかしアメリカ流は食料や金銭など援助はする。しかしそれだけ。
だからアメリカが援助した所は何時まで経っても自立できないし腐敗が蔓延する。
これが欧米流と日本の援助の仕方、仕事の仕方の際立った違いなのだと思う。

そしてこれがタイのプラモート首相をして「日本のお蔭でアジア諸国はすべて独立した」と言わしめたところだと思う。


慰霊の8月は先人がアジアで流した汗にも注目していきたいと思っている。
  1. 社会一般
  2. TB(0)
  3. CM(4)

コメント

http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2720.html
>>鬼子さんへ

正確には古代イスラエル人の内の2部族をユダヤ人と言うべきで、それ以外の北イスラエルに居た10部族はサマリア人と言うべきです。
サマリアという言葉はスメラノミコトという言葉に通ずるという説も見かけました。

シュメールという言葉も語感が似ています。

https://ja.wikipedia.org/wiki/善きサマリア人のたとえ
ある人がエルサレムからエリコに向かう道中で(今日のマアレ・アドゥンミームのことであろうと言われている)、強盗に襲われて身ぐるみはがれ、半死半生となって道端に倒れていた。祭司、レビ人といった神殿にかかわる人々はこの人を助けずに通り過ぎた。しかしユダヤ人から大変に嫌悪されていたサマリア人は、この半死半生の人を助けた。傷口の治療をし、家畜に乗せて宿屋まで運び、宿屋に怪我人の世話を頼んで費用まで出した。

ユダヤ人がサマリア人を嫌悪していたのは、鬼子さんが仰られた様に一神教と多神教の対立が有った為でしょう。
2015/08/02(日) 19:17 | URL | taigen #

>これはねずさんこと小名木善行さんのブログに入れたコメントです。

教条主義的一神教のユダヤ人より、柔軟な心で人助けをするサマリア人の方が日本人に似ていると思います。
  1. 2015-08-14 14:31
  2. URL
  3. taigen #-
  4. 編集

To:taigen さん

> http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2720.html
> >>鬼子さんへ
>
> 正確には古代イスラエル人の内の2部族をユダヤ人と言うべきで、それ以外の北イスラエルに居た10部族はサマリア人と言うべきです。
> サマリアという言葉はスメラノミコトという言葉に通ずるという説も見かけました。
>
> シュメールという言葉も語感が似ています。
>
> https://ja.wikipedia.org/wiki/善きサマリア人のたとえ
> ある人がエルサレムからエリコに向かう道中で(今日のマアレ・アドゥンミームのことであろうと言われている)、強盗に襲われて身ぐるみはがれ、半死半生となって道端に倒れていた。祭司、レビ人といった神殿にかかわる人々はこの人を助けずに通り過ぎた。しかしユダヤ人から大変に嫌悪されていたサマリア人は、この半死半生の人を助けた。傷口の治療をし、家畜に乗せて宿屋まで運び、宿屋に怪我人の世話を頼んで費用まで出した。
>
> ユダヤ人がサマリア人を嫌悪していたのは、鬼子さんが仰られた様に一神教と多神教の対立が有った為でしょう。
> 2015/08/02(日) 19:17 | URL | taigen #
>
> >これはねずさんこと小名木善行さんのブログに入れたコメントです。
>
> 教条主義的一神教のユダヤ人より、柔軟な心で人助けをするサマリア人の方が日本人に似ていると思います。


なるほど、面白い話有難うございます。
ユダヤの民が日本にも来ていたと言う話しは良く聞くのですが、実際の証拠が出れば面白そうですね。

所で私は日本には古代に高度な文化があったと思っています。
その証拠の一つとして、三内丸山遺跡を大林組の方が研究しまして面白い事を言っています。
三内丸山遺跡の時代、一尺が約35センチほどの「縄文尺」が有った、こんな意見です。
そしてだから「3,4,5」で直角を作ることも知っていた、そんな事を言っています。
面白いですね。
  1. 2015-08-14 17:44
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

「忘れられた島々 南洋群島の現代史」という本があります。

著者が日系に記者でどうも左巻き気味な点が鼻に付く本ですが、なかなか類書がなく結構読める本だと思っています。その本によると日本は南洋群島の原住民を三等国民とみなして差別したと言っています。

それに対して米国のやったことは南洋群島を原水爆の実験地とすることや対ソ戦略の基地とすることの代価として援助を与えたものだと言っています。いわば原住民を「動物」として扱った動物園政策だったと言っています。

この辺りはまさに米国の差別政策だったと言っていいでしょう。この辺りの記述はまあ正しいと思います。要は完全な人種差別政策だったということです。

筆者は日本の政策も非難していますが内容的には相当違います。日本は南洋群島を砂糖プランテーションや水産基地として使います。その時に現地人を使わず内地や沖縄や半島から労働者として連れてきます。

そして内地人を1等、沖縄や半島の連中を2等、原住民を3等として扱ったかいています。でも、当時の情勢で労働という観念がなかった原住民をいきなり労働力として使えるわけがありません。これは不当な差別ではなかったと思います。

原住民の側でも労働者として働くとしてもやはりそれなりのトレーニングが必要だったのです。このエントリの原住民の証言はそれを裏付けるものです。

ただこの本で面白かったのは現地のチャモロ人が沖縄出身の労働者を蔑視してるということです。とにかく内地人とは違い衛生観念がなくまともな先進国民とは思えなかった、と言っています。

小生、差別は致し方が無い側面は絶対にあると思ってます。同じ労働が出来ない人間に同じ対価は払えないわけですからそれが不当にわたらない限りは問題ないだろうと思ってます。それが公平というものです。

ところがチャモロ人だってものを見ている。沖縄人を完全に馬鹿にしてるのです。これは面白いものだと思いました。

まあ色々考えさせられる本ではありました。



  1. 2015-08-17 21:20
  2. URL
  3. kazk #cPv2SIBE
  4. 編集

Re: 「忘れられた島々 南洋群島の現代史」という本があります。

> 著者が日系に記者でどうも左巻き気味な点が鼻に付く本ですが、なかなか類書がなく結構読める本だと思っています。その本によると日本は南洋群島の原住民を三等国民とみなして差別したと言っています。
>
> それに対して米国のやったことは南洋群島を原水爆の実験地とすることや対ソ戦略の基地とすることの代価として援助を与えたものだと言っています。いわば原住民を「動物」として扱った動物園政策だったと言っています。
>
> この辺りはまさに米国の差別政策だったと言っていいでしょう。この辺りの記述はまあ正しいと思います。要は完全な人種差別政策だったということです。
>
> 筆者は日本の政策も非難していますが内容的には相当違います。日本は南洋群島を砂糖プランテーションや水産基地として使います。その時に現地人を使わず内地や沖縄や半島から労働者として連れてきます。
>
> そして内地人を1等、沖縄や半島の連中を2等、原住民を3等として扱ったと書いてかいています。でも、当時の情勢で労働という観念がなかった原住民をいきなり労働力として使えるわけがありません。これは不当な差別ではなかったと思います。
>
> 原住民の側でも労働者として働くとしてもやはりそれなりのトレーニングが必要だったのです。このエントリの原住民の証言はそれを裏付けるものです。
>
> ただこの本で面白かったのは現地のチャモロ人が沖縄出身の労働者を蔑視してるということです。とにかく内地人とは違い衛生観念がなくまともな先進国民とは思えなかった、と言っています。
>
> 小生、差別は致し方が無い側面は絶対にあると思ってます。同じ労働が出来ない人間に同じ対価は払えないわけですからそれが不当にわたらない限りは問題ないだろうと思ってます。それが公平というものです。
>
> ところがチャモロ人だってものを見ている。沖縄人を完全に馬鹿にしてるのです。これは面白いものだと思いました。
>
> まあ色々考えさせられる本ではありました。


面白い情報ありがとうございます。確かにご指摘の通りですね。
特に
>当時の情勢で労働という観念がなかった原住民をいきなり労働力として使えるわけがありません
この部分、私は海外で仕事をしてきましたので、これが一番問題でした。なかでも奴隷労働をさせられていた連中にはまともな労働とは何か、これを教えるには正に「体で教える」しかありませんでした。

それから沖縄人がまともな先進国の国民と思えない、これも大変興味のある話です。
何せ今の沖縄の問題も究極の所ここですから。
それを聞いて思い当たったのが江戸時代の参勤交代です。
参勤交代には色んな面がありますが、少なくとも日本の中心の文化を地方に浸透させたことは事実でしょう。
そして先進地域の文化を学ぶため女性が行儀見習いとして先進地域の文化を持ったサムライの所に修行に行った。
こんなシステムが日本の国民性を作り上げてきたのでしょう。
沖縄も参勤交代させればよかったのかもしれませんね。

それからこのコメントは大変貴重な話を含んでいるので、後日のエントリーで引用させていただこうと思います。
宜しくご了承のほど、お願いいたします。
  1. 2015-08-18 08:27
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する