2015-06-07 14:31

泰麺鉄道がまたもや蘇るのか

 先日タイの高速鉄道が日本が建設することで決まった事をエントリーしました。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1116.html

この話には高速鉄道とセットでバンコクからカンチャナブリ(更にミャンマーのダウェーへ)への貨物鉄道線がセットになっている事も含まれていました。(正確にはカンチャナブリ⇔バンコク⇔アランヤプラテート(さらに将来カンボジア・ベトナムまで)の路線です)
またこの合意にはメソット=ピサヌローク=コンケン=ムクダハンをつなぐ718キロの鉄道開発の実行可能性調査も含まれていました。

このバンコク⇔カンチャナブリ⇔更にミャンマーのダウェーへ、これが第三泰麺鉄道と書きました。
そんな事で第二泰麺鉄道、第三泰麺鉄道、そして将来第四泰麺鉄道(?)、そんな事情を書いてみたいと思います。

最初に現在の泰麺鉄道について。
参照エントリーはコレ
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-713.html

最初に泰麺鉄道がどんな所を通っていたか。

 

 


この①~③が現在も使われている。③~④間はミャンマー側を含め終戦直後にイギリスによって撤去された。

チョット観光案内、これが戦場にかける橋、クウェー・ヤイ川鉄橋。
2015-6-7クウェー・ヤイ川鉄橋

そしてこれが現存する泰麺鉄道の最大の見どころ、アルヒルの桟道橋
2015-6-7アルヒルの桟道橋

此処を列車は時速5キロの最徐行、どんなものか動画でご覧ください


終点ナムトクから更に行くと泰麺鉄道の工事で最大の難所、ヘルファイヤーパスにつく。
日本名はヒントクの大切通しという
2015-6-7ヘルフィアーパス


さてでは第二泰麺鉄道はどうなっているか。

第二泰麺鉄道はマレー半島が最も狭くなった所、クラ地峡に有った。
2015-6-7クラ地峡の地図

バンコクから国道4号線をマレーシア方面に向かって南下するとマレー半島の最も狭くなったところ、チュンポンと言う所でタイ湾側からアンダマン海側に出る。そこがクラ地峡だ。タイ湾からアンダマン海まで約60キロ。
その国道のほぼ中間地点にこんなモノがある。
第二泰麺鉄道を記念してチョットした広場と記念碑、そして記念に泰麺鉄道のレールの一部が保存されている。

2015-6-6クラ地峡-15

2015-6-6クラ地峡-16

この第二泰麺鉄道は泰麺鉄道の工事が終わった1943年10月以降工事が始まったようだ。
しかし相当の労力を投入したものの連合軍の攻撃目標になり破壊され、完成することは無かった。
最近そんな遺構が発見されたとタイでは報道されている。
http://www.newsclip.be/article/2013/01/09/16399.html


前段が長くなりましたが、此処からが本題です。
泰麺鉄道は当初五つの案が検討されました。
1案 ・・ チェンマイ⇔タウングー ルート トンネルと長大橋必要
2案 ・・ ピサヌローク⇔ターク⇔モールメイン ルート トンネルと長大橋必要
3案 ・・ カンチャナブリ⇔タンビューザヤ(スリーパゴダ峠) ルート 
      距離は長めだがトンネルを必要とせず、長大橋もカンチャナブリだけの為、この案に決定した
4案 ・・ カンチャナブリ⇔タヴォイ(現ダウェイ) ルート トンネルとビルマ側の鉄道新設が必要
5案 ・・ チュンポン⇔メルグイ ルート、(クラ地峡ルート) 距離は短いがアンダマン海を海上輸送が必要

ルート決定は工期短縮の為、トンネルを掘らない、川の本流を渡らない、長大橋を作らないと言う方針で検討の結果、3案が川の本流は渡るモノの物流の拠点カンチャナブリであることから、この案で決定された経緯があります。

その各案の位置はこんな所。
2015-6-5泰麺鉄道地図2
 
現在では想像もつきませんが、この各ルートはビルマ(ミャンマー)とタイが過去何度も戦争をした、そのビルマ軍の侵入ルートと同じ。当時としてはタイ・ビルマ間にはこんな所しか通行できるルートが無かった、だから現在でもまともな道が無いという実態が有ります。
たとえばタークからモールメインへの山道は「象の山道」と言われ、いわゆる踏み分け道だが乾季の条件の良い時でさえ象部隊で一日運べる量が10トン程度、勿論雨季には通行不能なのだとか。


さてこの五つのルートの最後、第五案がクラ地峡ルートで第二泰麺鉄道。
そして第四案が冒頭紹介した今年合意した高速鉄道とセットのもの、バンコクからカンチャナブリ(更にミャンマーのダウェーへ)への貨物鉄道線である。

この図を見てほしい。この鉄道線の将来構想なのだが

2015-4-5南部経済回廊図

この図のバンコクから西へ(図上の左へ)伸びる路線が泰麺鉄道の第四案と同じなのだ。つまりこの路線は第三泰麺鉄道と言えるものとなる。旧日本軍が苦心してきた路線が70年の時を経て復活したわけだ。

そしてもう一つ上の第二案のルート、これもこのルート(現在は東西経済回廊と称している)も重なることが分かる。

2014-7-10東西経済回廊と3か国ハイウエー

今はこの東西経済回廊は道路を作っている段階。今年2015年中にミャンマー側が完成する筈なのでいずれ報道があると思う。
そしてここに鉄道が出来れば、第四泰麺鉄道になる・・・ さてでもこれは何時の事になるやらですね。

  1. タイ
  2. TB(0)
  3. CM(2)

コメント

こんな鉄道一本で、

3個師団以上の兵站をやろうとしたんだから、旧軍の連中の考えてたことは理解できません。情報と兵站の2つは旧軍の最大の癌でしたね。
  1. 2015-06-11 23:49
  2. URL
  3. kazk #cPv2SIBE
  4. 編集

Re: こんな鉄道一本で、

> 3個師団以上の兵站をやろうとしたんだから、旧軍の連中の考えてたことは理解できません。情報と兵站の2つは旧軍の最大の癌でしたね。


全くその通りだと思います。
がしかし、それで旧軍の連中がバカだったと言っても始まらない、そこからkazkさんの持論のいかに我々が将来に向かっての教訓を読み取るかでしょう。
私が何回もこの問題を取り上げるのもそこが有ります。
実は次回の鉄道の話としてこんな事を取り上げたい。
タイの鉄道はゲージ1000ミリの狭軌、そして現在タイと進めることになった鉄道もバンコク・チェンマイ高速鉄道は1435ミリの標準軌。ですがカンチャナブリからダウェー(旧タヴォイ)への鉄道は狭軌です。
一方中国が計画しているラオス国境から南下する路線は標準軌。これは現在のタイ国鉄の路線を複線化することになりますが、そこに改軌問題がついてくる。
今カネが無くなって困っている中国が改軌までカネを出すとは思えないが、タイには改軌の必要性は無い。
日本が満州で苦労した広軌、標準軌問題が此処でも顔を出しています。
日本にも100年来の苦労があるので、深遠な作戦があるようです。
kazkさんはこの問題にも詳しいと思うので、又色々ご教示ください。
  1. 2015-06-12 08:24
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する