2015-03-22 13:19

ルーズベルト<未だに日本を苦しめている男の話

 今こんな本を読み始めた所です。
未だ発売日前ですが、予約注文を出したら金曜日に届きました。
(正式発売日は2015年3月25日とのこと)

2015-3-21ルーズベルトの死の秘密

何故フランクリン・デラノ・ルーズベルトか?、それは今も日本を苦しめているでっち上げの南京大虐殺所謂従軍慰安婦問題の原点がこの大統領だからだ。
以前からF・ルーズベルトの周りには共産主義者・ソ連のスパイがウヨウヨ(約300人とか)、そして猛烈な日本嫌いとか。
そして如何してヤルタ会談であのようにソ連に譲歩を重ね、ソ連に日本へ攻め込ませたのか。
そんな一端が分かると思ったからである。

それともう一つ、アメリカの歴代大統領44人の内人気ランキングトップスリーはワシントン、リンカーン、フランクリン・ルーズベルトで、人気1位、2位はワシントン、リンカーンか、リンカーン、ワシントンか。そして3位がフランクリン・ルーズベルトになっている。
ワシントン(1789-1797)、リンカーン(1861-1865)は過去の人(日本なら江戸時代)だがルーズベルトは過去の人ではない。
20世紀の世界秩序を作った人物だからである。


がしかし、何せ全350ページも有る大作、目下走り読み中だがまだ全部は読み切っていない。
でも訳者渡辺惣樹氏があとがきで書いていることが非常に面白いし、今現在につながる問題もあると思う。
そこで「訳者あとがき」部分をスキャンしてエントリーします。
大変参考になりますが本では8ページも有る長文、ご了承ください。

尚この中で朝鮮戦争に関する部分も出てきます。
丁度1年前の私のエントリーに裏の桜さんからこんなコメントを頂きました。
朝鮮戦争は・・・無かった事にしたい戦争だった
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-914.html
こんな話への回答の一つになるかもしれません。



最初に紹介を兼ねて宮崎正弘さんの書評から。
http://melma.com/backnumber_45206_6180467/

 いま明らかになったルーズベルトの死亡原因
  なぜ真相の公開がかくも遅れたのか、専門医師が書いた病歴伝

   ♪
スティーヴン・ロマゾウ & エリック・フェットマン著、渡辺惣樹訳
『ルーズベルトの死の秘密』(草思社)

 ヤルタ会談でルーズベルトは病人のように生気の覇気もなく、スターリンが思うがままに東欧から千島列島をソ連が欲しいままにするという諒解を与え、譲歩につぐ譲歩を重ねた。
かれは死にかけていた。
 死因は公表された診断とは異なり、ながく謎とされた。ヤルタではスターリンの背後に陣取った「妖術師」がルーズベルトに遠隔から催眠術をかけていたという珍説まで飛び出し、まことしやかに語られたものだった。
 死の真実は故意に伏せられたというより医師が無能であったことも大きく作用した。
 1991年になって、一部の真実が浮かんだ。
ルーズベルト従姉妹だが親密だったマーガレット・サックリーが死亡し、保存されていた手紙や日記類がでてきた。
 くわえてFDRの愛人だったルーサー・マーサーの証言がでてきた。これまでの伝記作家の記述がおおきく修正されなければいけなくなった。
本書の狙いは、その医学的伝記である。
 世紀の政治交渉だったヤルタ会談でFDRは交渉能力をかいた病人だった。舞台裏では医師団の闘いが展開されていた。
 もともとルーズベルトは小児痲痺があった。
 あまつさえ幼少より、かれには風邪、副鼻孔炎、喉炎、扁桃炎、気管支炎などを患い、インフルエンザと肺炎にも何回か、罹かった。生涯が病気との闘いだった。
大統領につくまえにポリオにかかった。「これで躰の自由を失った」のだが、「後遺症と闘うだけではなく、それが大統領職に何の悪影響も与えないというメッセージを国民に送り続けなければならなかった」(36p)
 連邦議会で最後に演説したルーズベルトは、その演説ぶりが変調を来しており、いつもの雄弁とは異なり、しかも下手なアドリブが多いことに気がついていたが、じつは左側の視力に異常を来しており、左前がみえなかったのだ。
このため大きく書かれた演説草稿が読めず、とばしたところに「一定のパターン」があった。
 『彼は手元の原稿の左端に書かれた単語を見つけるのに苦労した。そのため、スピーチをしながらなんとかしてその単語を頭の中で補って文章にしようとした』のだ。
 これを医学的専門用語では、「片側視野欠損」という
 そしてFDRには「左眉の上には色素沈着したシミがあった」が、これは「死に至る病メラノーマ、つまり皮膚ガンであった」。それが「悪性化してから四、五年を経て脳に転移した。脳内に出来た腫瘍は彼の生命をこの演説(最後の議会)のわずか六週間後に奪った」。
 しかし「死後の解剖が行われていないことや、カルテが見つかっていない」ために心臓に起因することが死因とされてきた。つまり医師団は皮膚ガンを秘匿した。
 戦後七十年、もうひとつの真実が明らかになった。

<宮崎さんの書評は此処まで>


では以下訳者あとがきを引用
<本をOCRで読んで電子化しました>

訳者あとがき

 読者の多くは本書を日本人の視点で読んだはずです。ですからその読後感も日本人としてのものになります。それでは、アメリカ国民であったらどのように感じるのでしょうか。アメリカには皇室がありません。大統領は世俗の権力の頂点に立つと同時に権威の象徴でもあります。大統領は国家元首であり、国柄そのものです。彼の振る舞いもそれにふさわしくなくてはなりません。国民がそれを期待するからです。

 翻って日本は、国家元首は天皇であり、天皇が国柄を象徴します。世俗の権力からは超越し、切り離された存在です。ですから、日本人は、最高権力者(内閣総理大臣)に対して、どのような批判を加えても心が痛みません。総理大臣は、ただ世俗権力のトップに立っているだけですから、彼への批判がブーメランのように批判者自身に還ってこないからです。

 しかしアメリカ国民にはそのような贅沢はありません。大統領批判は、国そのものを批難し、国民自身をも批判することになるからです。ですから、どうしても大統領批判には慎重になります。常に躊躇いの気持ちと戦いながらの大統領批判にならざるを得ないのです。アメリカ歴代大統領にはあまり感心できない人物もいます。それでも彼らに対する批判は、少なくとも日本の論調にくらべれば、いたってマイルドです。

 さて、本書の著者二人の心理はどのようなものだったでしょうか。本書のテーマはフランクリン・ルーズベルト(FDR)の本当の死因を探ることにありますが、著者たちはそれだけではなく、大統領の生き方までも書いています。おそらくFDRの性格まで、あるいは信条にまで踏み込まなければ、死囚にまつわる謎も解けないと考えたのでしょう。

 著者たちも述べているように、FDRは自身の病気に対して受け身ではありませんでした。「病を自らねじ伏せる」という強烈な自信を持っていたのです。その特異な個性ゆえに、彼を取り巻く医師も政権幹部も親族も、そして彼を愛した女たちも振り回されました。そして彼の進めた外交にまで影響をあたえたのです。この書を読んだアメリカ人の多くが、このような人物にアメリカの政治と外交を四期も任せた歴史があったことに愕然としたに違いないのです。

 スターリンにヨーロッパの東半分を差し出した「ヤルタ会談」は戦後アメリカ国内でも強い批判を浴びています。本書で語られるFDRの病状からすれば、おそらく、会談に臨んだ大統領の頭脳のほとんどは論理的思考機能を停止していた可能性があります。ヤルタ会談の写真に写るFDRは深刻な表情を見せ、指導者の威厳を保っています。しかし本書から読み取れる彼の容態から、会談の実態は完全にスターリンの一人舞台であったろうことが窺われます。

 このような大統領を描写することは、アメリカ人の執筆者として心苦しかったでしょう。著者たちも述べているように、本書の中心テーマがFDRの真の死因を探ることにあったとしても、政治的意味合いを持つことは避けられません。冒頭に述べたように、大統領は国柄そのものの表徴です。本書に記された大統領の姿が本当であるはずはない、とアメリカ人読者が反発してもその心情は理解できるのです。

 読者の多くが「歴史修正主義」という用語を知っているはずです。この用語には、第二次大戦以前にはネガティブな憲味合いはありませんでした。公的な歴史解釈に問違いがあると考える歴史家は比較的自由に自らの意見を開陳することができました。

 たとえば、第一次大戦の戦後処理を決めたベルサイユ会議(一九一九年)に対して、歴史家のシドニー・B・フェイは、「すべての責任をドイツ及びその同盟国にありとしたベルサイユ条約で下された判決はごまかしである」(『第一次大戦の起源』一九二八年)と批判しました。アメリカ建国の父たちはヨーロッパ問題に介入してはならないと国民を戒めていました。その戒めを破ってウッドロー・ウィルソン大統領はヨーロッパの戦いへの介入を決めました(一九一七年)。そしてベルサイユ会議では全ての責任をドイツ一国に押し付け、ヨーロッパ国境は民族問題にほとんど配慮せずに引かれたのです。それがのちの第二次大戦の火種になったのですから、フェイの指摘は正鵠を射ていたのです。

 ベルサイユ体制の欠陥を指摘したフェイの解釈は次第に広がりを見せ、アメリカ国民の多くが「やはりヨーロッパの揉め事には介入すべきではなかった」と思うようになったのです。ですから、ナチスドイツが、ポーランドに侵攻(一九三九年九月)しても、イギリスヘの空爆(一九四○年九月)を始めても、国民の八〇パーセント以上がアメリカの参戦を拒否したのです。

 ルーズベルト大統領は、強硬な対日外交をてこにして、結局はアメリカの参戦を実現しました。「全体主義の悪魔のような国であるドイツと日本を降伏させ、米ソ英中の四力国で世界をコントロールすれば平和が訪れると考えていたFDRは、ソビエトを友国と扱い徹底的に支援したのです。彼は政治家として誰もが舌を巻くほどの演説の名手でした。その甘い声は電波に乗ってアメリカ国民にアメリカ参戦の正当性を訴えました。

 しかし、現実には防共の砦となっていたドイツと日本が倒れると、ソビエトが猛烈な勢いで世界に共産主義を拡散していきました。東ヨーロッパ諸国は次々と共産化し、一九四九年には中国に共産党政権が成立しました。その翌年には朝鮮戦争が始まります。この戦争をアメリカは実質一国で戦わなくてはなりませんでした。

 それまでのアメリカであればかつてのフェイがそうだったように、歴史家がFDRの外交を批判しても一向に構わないはずでした。現実の世界の状況は彼の外交の間違いをはっきりと示していたのです。ところがそうはなりませんでした。FDRの外交を批判することが、まるで悪行であるかのような、いやもっと言えば、反アメリカ的な行為のような空気が生まれたのです。そして、FDR外交を批判する歴史学者には「歴史修正主義者」という言葉が浴びせられることになったのです。かつては歴史修正に善悪の価値観はありませんでした。フェイがそうだったように、歴史解釈が間違っていれば修正されるのは当たり前でした。もちろん冒頭に書いたように、アメリカ人にとっては自身への批判になるだけに、その方法は慎重にそして丁寧なものになったはずです。しかしFDRの外交についてだけは批判を一切許さなくなりました。批判的な学者たちに対して侮蔑の意味をこめた「歴史修正主義者」のレッテルが貼られるようになったのです。

 なぜアメリカはそんな空気に突然覆われてしまったのでしょうか。私はFDRの外交があまりに愚かだったからではなかったかと推察しています。FDRがアメリカの先入の知恵にならってヨーロッパ問題非介入の外交をとっていれば、ポーランドを巡るヨーロッパ方面の戦いも、中国での日中の戦いも局地戦で終了し、関係国間で落としどころが見つけられた可能性が高かったのです。FDRは戦いの当事者にならず、善意の第三者として仲介役を買って出ることができる立場にいました。アメリカのもつ強力な(潜在的)軍事力は仲介に大いに力を発押したはずです。そうすることでFDRは和平維持に大きな貢献ができたはずなのです。しかしFDRの外交には、緊張を高めることはしてもそれを緩和する作業は全くと言っていいほど見られません。それがなぜなのかについては先人の多くの研究がありますから、機会があれば日本の読者に紹介したいと考えています。

 いずれにせよアメリカはFDR外交の結果、多大な犠牲を払い、戦いに勝利したにもかかわらず、たちまち、ただ一国でソビエトの主導する世界革命(世界の共産化)に対峙しなくてはならなくなりました。大戦終了後わずか五年で再び朝鮮半島にアメリカの若者を送り出さざるを得なくなったのです。

 そんな状況の中で、FDRの外交は間違いだった、アメリカは四十万人の戦死者も七十万人の負傷者も出すことなどなかったのだ、と歴史家に批判されたら国が持たないほどの窮地に立たされてしまっていたのです。当時のアメリカの孤独感と危機感は、国家安全保障会議(National Security Council)の機密文書Nsc68号(一九五〇年)からも類推することができます。

このままクレムリンの支配下に入る地域が増え続ければ、彼らとの戦いに、我が国と同盟を組む相手さえいなくなるだろう。この危急の時期にあって、我が国はまだ優勢にある、アメリカ国民は立ち上がらなければならない。我が国が直面している危機はわが国の存亡にかかわるだけではない。文明そのものの将来がかかっている。われわれは今あれこれ考えている余裕はない。アメリカ政府と国民は断固とした態度で運命的な決断を下す時に来ている」(翻訳および傍点筆者、引用者注:傍点を下線にした)

 これが朝鮮戦争勃発時のアメリカの心情だったのです。傍点部(下線部)にある『われわれは今あれこれ考えている余裕はない』という文章がいみじくも示しているように、ルーズベルト外交の是非を悠長に議論している余裕などアメリカにはありませんでした。歴史学者に「防共の砦となっていたのはドイツと日本ではなかったか。それを破壊しだのはルーズベルト外交である」などと主張されたら、朝鮮に若者を送り出す正当性まで崩れてしまいます。ヨーロッパでも共産主義者の動きは活発で、いつ再びヨーロッパで戦いが始まってもおかしくありませんでした。
 
 そうした世界情勢の中で、FDR外交を批判的に語ってはならないという空気がアメリカの言論空問に生まれたのです。修正主義という用語に倫理性の意味合いを含ませて、FDR外交批判に蓋をしました。私には、この方針を指導した特定の個人がいるとは思えません。おそらく時代の危機感の中で、そうした空気が自然発生的に醸成されたのではないでしょうか。

 アメリカの主流に属する組織もこの空気を作るのに一役買っています。ロックフェラー財団もスローン財団も「歴史修正主義者」の研究にはけっして資金を出そうとしませんでした。アメリカ外交に現在でも強い影響力を持つ外交問題評議会(CFR)も、ルーズベルト外交を批判的に解釈する「歴史修正」を拒否したのです。クリントン元大統領、コンドリーザ・ライス元国家安全保障問題担当補佐官、スーザン・ライス国連大使らは、みなCFRの会員です。政治家だけでなくリチャード・ブッシュ三世のような東アジア外交立案に関与する立場にいる研究者もメンバーとなっています。CFRは現在でも大きな影響力を持っています。FDR外交を批判してはならない。批判するものは「歴史修正主義者」である。この空気は今でもアメリカの言論空間を厚く覆っています

 日本が「南京虐殺事件」や「慰安婦(売春婦)問題」について反論すれば、アメリカの主流メディア(とくにリベラルを標榜する[ニューヨー・クータイムズ]紙など)が色をなして怒りを見せるのは、”日本は悪の国であった”という評価に変更を加えさせたくないのですアメリカによって潰されるべき国であった、という歴史理解に修正がなされるようなことをさせたくないからです。この関門が崩れると、ルーズベルト外交批判を閉じ込めていたパンドラの箱が開いてしまいます。(注:この点について興味のある方は拙論「南京事件・慰安婦論争:本当の敵はアメリカだ」〔『文典春秋スペシャル』二〇一五年春号〕を参照されたい)

 アメリカの歴史学者の多くが、今でもフランクリンールーズベルトは一流の政治家であったと著しています。しかし、歴史解釈に善悪の判断を持ち込まず、史実をベースにルーズベルトを冷静に語る史書も増えてきました。本書もそうした一群の書のひとつに分類されます。二人の著者もルーズベルトの行動を冷めた目で分析してはいますが、ルーズベルト個人を善悪の幕準で批難するようなことはしていません。彼の政治と個性を、彼の患った「病」を通じて分析しているだけなのです。このような書に「歴史修正主義」のレッテルを貼ることがいかに意昧のないことかよくわかると思います。

 訳者まえがきに書いたように日本国内の太平洋戦争(大東亜戦争)の分析は、岡内事情を語り、日中戦争の原因を語ることがほとんどでした。しかしそれだけでは、井戸の中から天気予報をするようなものだと書き、外に出ることを勧めました。本書だけで、井戸の外に出て、頭卜に広がる天空を観察することはできません。それでも、たとえば、「あの戦争はフランクリンールーズベルトというアメリカ歴史上でも極めて特異な政治家によって起こされた側面が強い」という解釈に対して、それに同意できないとしても、少なくとも聞く耳だけは持てるに違いありません。
 ・・2行 略・・

二〇一五年春
  渡辺惣樹

<引用終り>


長文のあとがきにお付き合いいただき有難うございました。
このあとがきの中に現在の中韓の騒いでいる事、そしてそれにアメリカがごちゃごちゃイチャモンをつけてくること。
そんな背景が分かろうと言うものです。

尚数日前に来日したクリントン元大統領が大変な反日であることは知られています。
その背景に外交問題評議会(CFR)が絡んでいる事、そこにクリントン元大統領も入っている事で問題の根の深さが分かります。
  1. 政治
  2. TB(0)
  3. CM(6)

コメント

アメリカを巻き込んだコミンテルンの東アジア戦略
http://blog.livedoor.jp/aryasarasvati/archives/43138787.html
http://blog.livedoor.jp/aryasarasvati/archives/43153537.html
http://blog.livedoor.jp/aryasarasvati/archives/43166166.html
週刊新潮・辻元清美に目を掛けるケネディ大使
http://blog.livedoor.jp/aryasarasvati/archives/43184695.html

米民主党はコミンテルンとルーズベルトの系譜を継いでいるという事ですね。
  1. 2015-03-22 18:07
  2. URL
  3. taigen #-
  4. 編集

To:taigenさん

> アメリカを巻き込んだコミンテルンの東アジア戦略
> http://blog.livedoor.jp/aryasarasvati/archives/43138787.html
> http://blog.livedoor.jp/aryasarasvati/archives/43153537.html
> http://blog.livedoor.jp/aryasarasvati/archives/43166166.html
> 週刊新潮・辻元清美に目を掛けるケネディ大使
> http://blog.livedoor.jp/aryasarasvati/archives/43184695.html
>
> 米民主党はコミンテルンとルーズベルトの系譜を継いでいるという事ですね。


情報有難うございます。
最初に紹介いただいた江崎氏の話は同氏の著書「コミンテルンとルーズベルトの時限爆弾」の内容を電子化したものだと思います。
私も引用したいと思っても面倒で出来ませんでしたが、これを使えばいいのですね。
大感謝です。

それからキャロラインちゃんですか、やっぱりアメリカ左翼の本性を現わしましたね。
矢張り大金持ちは左翼に染まる、この典型です。

何不自由なく育ち、額に汗して働くことを知らない連中はダメですね。
脳内妄想が左翼の甘い思想にはまる、その典型です。
  1. 2015-03-23 05:48
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
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管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2015-03-27 15:17
  2. #
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Re: タイトルなし

いらっしゃいませ、情報ありがとうございます。
  1. 2015-03-27 21:38
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
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 去年【NHKスペシャル「憎しみはこうして激化した~戦争とプロパガンダ~」】という番組がありました。この中で、米国民がどれだけ戦争に参戦したくなかったか、それを米国政府が日本人を悪魔の様に描いたニュース映像を流し、参戦することが正義だと国民を誘導したのが当時の映像で紹介されていました。

 サイパンで米軍に追い詰め垂れた赤ちゃんを抱いたお母さんが、先に子供を海に落とし自分も続いた映像をご遺体まで映し、子供をこういう目に合わせる残虐な民族と米国民の憎悪を掻き立てたというのを知りました。あのお母さんがどうしてそうせざるを得なかったのかを考えると、許せない位です。

 そこまでして参戦した戦争が、間違っていたなんて言えないですね。しかも大統領が米国の国体だとすると、なおさら隠蔽しないではいられない。

 でも米国の国体は、「事実を明らかにする」ということでもあるのかと思います。米国政府みずから機密解除した文書の数々から、だんだん事実が明らかになって来ました。どうなるのかまだよく分かりませんが、良い方向に行ってくれればと思います。

 クリントンさんが歴史問題の発端だとしたら、河野さんは詰め腹を切らされたのではないでしょうか?考えすぎかもしれませんが。
  1. 2016-01-18 13:35
  2. URL
  3. 都民です。 #-
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To:都民です さん

>  去年【NHKスペシャル「憎しみはこうして激化した~戦争とプロパガンダ~」】という番組がありました。この中で、米国民がどれだけ戦争に参戦したくなかったか、それを米国政府が日本人を悪魔の様に描いたニュース映像を流し、参戦することが正義だと国民を誘導したのが当時の映像で紹介されていました。
>
>  サイパンで米軍に追い詰め垂れた赤ちゃんを抱いたお母さんが、先に子供を海に落とし自分も続いた映像をご遺体まで映し、子供をこういう目に合わせる残虐な民族と米国民の憎悪を掻き立てたというのを知りました。あのお母さんがどうしてそうせざるを得なかったのかを考えると、許せない位です。
>
>  そこまでして参戦した戦争が、間違っていたなんて言えないですね。しかも大統領が米国の国体だとすると、なおさら隠蔽しないではいられない。
>
>  でも米国の国体は、「事実を明らかにする」ということでもあるのかと思います。米国政府みずから機密解除した文書の数々から、だんだん事実が明らかになって来ました。どうなるのかまだよく分かりませんが、良い方向に行ってくれればと思います。
>
>  クリントンさんが歴史問題の発端だとしたら、河野さんは詰め腹を切らされたのではないでしょうか?考えすぎかもしれませんが。


以前のエントリーを見ていただいて有難うございます。
フランクリン・デラノ・ルーズベルトはその前任のフーヴァー元大統領に言わせれば「狂人」なんだそうです。
そしてそんなルーズベルトの事を批判した回顧録をフーヴァーが書いたのですが、それを出版することはできませんでした。
アメリカのやってきたことが待ったk間違い、何十万、何百万の人を殺した、そしてソ連・中共という共産主義国家を増長させ、何千万の人を殺した。
その責任が本当はアメリカにある、こんな事は言にアチコチで血を流している兵士がいる事を考えれば、正に国体の否定ですから。
そんな回顧録が数年前にやっとフーヴァーの死後50年もたってアメリカで刊行されました。
私も翻訳本を待っているのですが、如何も何処かからの外圧があるらしく出版されません。
そんな事に業を煮やした人が三人でこの著作(英文)を読み込んで鼎談を行っています。
それがやっと出版されまして、多分明日入手できる予定です。(本当は17日だったんですが遅れています)
その本は
藤井厳喜 "日米戦争を起こしたのは誰か ルーズベルトの罪状・フーバー大統領回顧録を論ず

こんな本です。

この本、入手しましたらまた紹介したいと思います。

尚アメリカの国体がひっくり返るネタはもう一つあります。
ケネディー大統領の市の秘密、これはFBIなどの捜査記録が70年間封印されています。
だから後20年近く公開されませんが、公開されたら・・・、矢張り国体の屋台骨に傷がつきますね。
  1. 2016-01-18 18:56
  2. URL
  3. 短足おじさん二世 #-
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