2014-09-02 22:27

地震津波の実況生中継を聞いた話<続編

 一昨日「地震津波の実況生中継を聞いた話」をエントリーしたのだが、そこへぎっちょんさんと言う方から極めて興味深いコメントを頂いた。
何せ地震津波の実況生中継を聞いた経験と言っても驚かれると思うが、それの裏にあった話はこれまたビックリ。

俄かには信じがたい事なので、少し分かった事実を並べてみたい。

最初にこれがそのエントリー「地震津波の実況生中継を聞いた話

これがその実況生中継の部分

地震が起こったのは1993年7月12日の午後22時17分、北海道南西沖を震源とするM7.8の地震だった。
その地震で発生した津波の第一波は奥尻島青苗地区を5分後には襲っている。

その電話の内容・・・20年も前の話で記憶だけですが、今でもそれをありありと思いだせる位凄いレポートでした。

「NHKの〇〇です。今丁度取材で奥尻島青苗地区に来ています。
地震だ、津波が来るぞ、すぐ逃げろと地元の人に言われ、今高台につきました。
地震から5分くらい経ったでしょうか。
辺りは停電で真っ暗です。
しかし町の方から高台に避難する人の懐中電灯の光が続々と坂を上がって、こちらに向かっているのが見えます。
皆さん津波が来るぞ、逃げろ。高台に逃げろ。こう声を掛け合っています。
アッ、津波が来たようです・・・、早く、早く逃げてください・・・」

こんなモノでした。
正に津波襲来の実況生中継、本当にびっくりしました。

次にこのエントリーにぎっちょんさんから頂いたコメント

NHKが何をしたか!
私が、奥尻島に行ったときに島の人から聞いた話です。
「ほんの少し高いところに逃げればよいので、走って逃げた人は助かった。島の人間はそのことを知っていたが、高齢者などを運ばないといけないような人がいて、そういう人は車を使わざるを得なかった。たまたま、そのとき、違う番組の取材でNHKが来ていて、彼らも避難したのだが、後ろから来る間の列を撮影するために、ゆっくり走った。一本しかない細い道をNHKの車がのろのろ走ったために、後ろの車は逃げ遅れた。あのとき、NHKが来ていなければ被害はもっと少なかっただろう。証拠は、何よりNHKが流した映像だ。光が一列になって、車が走っているところがはっきりと移っている。
だから、島には、NHKのことをよく思っていないものが多い。」

2014-09-01 06:26 URL ぎっちょん



所でそのNHKが放送した地震津波の実況中継、どこかに残っていると思うのだが見つからない。
その代りにNHKの方が地震津波災害についての報道のあり方などを調査したこんな資料が有った。
北海道南西沖地震津波災害(1993年)
http://www.jsce.or.jp/library/eq10/proc/00034/81-8-101279.pdf
作成者はNHK放送文化研究所 研究主幹 小田貞夫氏である。

そのレポートにこんな記述が
2014-9-2奥尻島青苗1

赤のアンダーラインは引用者が追加。


さてでは津波前と津波後の様子の分かる写真を

2014-9-2奥尻島青苗2

青苗5区は建物が全く無くなっている。凄い被害である。
そして青苗地区の復興ではこの岬の5区は住宅は建てず、公園などにした。だから現在は岬地区と言うらしい。

一寸初めに戻って、地震の震源と津波の方向など

2014-9-2奥尻島青苗3

この図でこれ以上説明不要だろう。
奥尻島のすぐ沖で発生した地震、津波の第一波は地震の5分後に西側から青苗地区を襲った。
最初の被災地区がNHKスタッフが宿泊していた青苗5区だった。
その後津波は北海道で反射し、今度は反対側(東側)から奥尻島を襲っている。

NHKスタッフは上掲写真にあるように港周辺の街中の狭い一本道を高台を目指した。
その狭い道がどんなものか震災前の写真が有る。

2014-9-2奥尻島青苗4

これは青苗地区の中央部、港のほぼ真ん中あたりの震災前の写真。
漁師町独特の狭い街並みが分かると思う。
メインストリートでさえ、クルマ1台通るのがやっとなのだ。

そして青苗地区の被災状況

2014-9-2奥尻島青苗5
出所
http://sim.nilim.go.jp/Okushiri/top.asp

だが此れだけでは良く分からない

2014-9-2奥尻島青苗6
出所
http://www.cpij.or.jp/com/edit/291/TOSHI049-053.pdf

ここで死者数が合わないのは下の地区別集計表は行方不明者が入っていないが、上の表は死者。行方不明者合わせた人的被害者数になっているためだ。(行方不明者総数は27名だが殆どは青苗地区)

此処まで調べてやっと私は事の真相にたどり着いた。
奥尻島青苗地区が悲惨だったことは知られている。
しかし青苗地区の人は10年前の日本海中部地震でも津波被害を受け、死者も出ている。
その経験から、そしてこの地震は極端に近くで起こった地震という事は初期微動から本震までの時間がごく少ない事で分かっていたと思われる。だから逃げるのは敏速だったようだ。
その結果、港周辺の被害は少ない、そう言うことだと思う。

そしてこの写真

2014-8-31奥尻島青苗地区の地震直後の写真

この写真の高台への避難階段がいやに新しい事に気づかれたと思います。
この階段は10年前の日本海中部地震の経験から高台への避難の為に何ヶ所か設けられたもの。
此れが有ったので港周辺の低地に住んでいた人はこれを駆け上がって助かった。

しかし一番先端の5区(現岬地区)にはこんな高台が無いので青苗地区の死者の大部分がこの地区の方だった。

何年か後、奥尻島の復興状況を調査したレポートが有る。
その最後はこんな風に書いてある。

2014-9-2奥尻島青苗7

人口1300人ほどの青苗地区で100人を超える死者・行方不明者を出した。大変な大災害だったが10年前の経験が生きており、何とか助かった人が多い。
しかし死者の大部分は高台から一番遠い岬地区(旧5区)、ここでは3人に一人が死んでいる。
クルマで逃げようとしたことが裏目に出たのだが、若しあの時大NHK様がいなかったら・・・
助かった人が多かっただろうなあ。
島の人はそう考えているようだ。


最後に冒頭引用したNHKのレポート。
そこには「そんなに急いでいるように見えなかったこの人たちの大部分は途中で津波にのまれて亡くなった」
この言葉にこそ問題の本質が有るように思えます。
若し奥尻の人がこれを読んだら・・・
多分激怒するでしょう。


以下は私の独断と偏見で見た見方です。
奥尻島の人たちは各方面からの色んな援助に感謝し、車で逃げ、渋滞につかまって命を落とした人が多かったが、その無念を胸にしまいこんでNHKを非難しようとはしなかった。

しかしNHKの担当者や関係者は自分たちのやった事がいかに大きな結果を招いたか、そんな事を顧みる事は無い。
そしてこんな傲慢な姿勢の裏には、これは朝日新聞などにも共通するのだが、マスコミ連中の高禄を食む体質が有る。
ひとよりはるかに高い給料をもらっていると、それだけで自分は偉くなってしまった錯覚に陥る。
そこに国民の意識とは乖離した傲慢さが出てくる。
この傲慢さが可笑しな捏造報道などの原因になっているのではないか。

今回の件でNHKが原因で命を落とした人が何人いるかは分からない。
しかし調べてみると決してゼロではない筈だ。
奥尻の人たちが、「NHKが~」と言う代わりに、こんな時「車で逃げるのはダメ、それが教訓だ」と言っている事の意味を考えるいい機会だと思う。
  1. 社会一般
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  1. 2014-09-09 16:17
  2. #
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Re: やっぱり・・・

 初めまして、コメント有難うございます。
>ジャーナリストという人種の正体
此れですよね、問題は。

私はこの人種の問題点は人の上に立っていると言う傲慢さ、その奥にある常識はずれの高禄を食む体質。
これだと思っています。

それからコメントいただく方法ですが、ご希望どうり引用文も載せてありませんが、他の方にも考えていただいて議論を深めていきたいと思っています。
差支えなければ今後はコメント公開で行きたい。
宜しくお願いします。
  1. 2014-09-09 17:57
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  3. 短足おじさん二世 #-
  4. 編集

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