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2020-04-26 16:46

武漢肺炎<日本の新型コロナウイルス対策が評価されない理由


 日本の武漢肺炎対策が欧米からボロクソに非難されている。「バカ・阿呆・頓馬・間抜け・お前のカアチャンでべそ」、こんな調子だ(笑)。
人によっては、「日本というのは、ジャンクフードを食べて運動もしないくせにスリムな女の子のようなものだ。半数の人は彼女を無視したがる。もう半数は彼女を憎らしく思う」(詳細は後述)、こんな事を言う人までいるようだ。

理由は簡単だ。日本のやっていることが理解されていない。日本の死者数が欧米と比べて桁違い(それも二桁違い)という事実がどうにも欧米には理解できないようだ。
更にもっと悪いことに、反日日本人、反日メディアが日本の発表する数字は信用できないとまで言い出す始末。
この反日日本人の代表として、WHOの上級顧問渋谷健司のことを2回にわたって取り上げた。
WHOの反日日本人<*追記あり  2020-04-22 18:10
武漢肺炎<反日日本人への反論  2020-04-23 18:00


しかし渋谷健司などはどうでも良い。問題なのは日本・日本人・日本メディアがキチンとその理由を発言していない事。
例えば、ノーベル賞学者の山中伸弥先生は橋下徹によれはこんな事を言っている。
以下関西テレビ・えらいこっちゃニュースより引用
https://twitter.com/vG2AZlCr4F3hx6Y/status/1254039735300845568
橋下徹氏「IPSの山中伸弥教授と対談させてもらった時に、欧米に比べて桁違いに感染者が少ないのは、世界にはない、日本人特有のファクターXがあるんじゃないかと」
4月 25, 2020

その死者数をここで見てみたい(G7+スペイン+ベルギー) 2020-4-26現在
  国名   死者数    人口100万人当たり
1.アメリカ  54.256     164
2.イタリア  26.384     436
3.スペイン  22.902     490
4.フランス  22.614     346
5.イギリス  20.319     299      
6.ベルギー    6.919     597 
7.ドイツ     5.877       70
13.カナダ     2.465      65
30.日本       360       3

日本の死者数は先進国の中でも桁違いに少ない。特に人口百万人当たりで比較すると英仏の百分の一、西欧諸国のなかで死者数の少ないドイツと比較しても二十分の一以下だ。

だから山中先生がファクターXという訳だが、そんな事を言われてもねえ・・・、ブツブツ。


丁度そんな時、日本在住のオーストラリア人ジャーナリストがアジアタイムズに面白いことを寄稿している。
題して『日本の新型コロナウイルス対策が評価されない理由』、サブタイトルが『日本は隣国に比べて低い死亡率を維持しているのに非難されている。そこには「フクシマ」の影があった』

大変興味深い話なので何とか紹介しようと考えました。英文を四苦八苦して翻訳していた時、翻訳文がタイムアウトに掲載されているのを見つけました。それで早速紹介したいと思います。

原文  Asia-Times 2020-4-17
Why Japan gets no Covid-19 respect
Japan is criticized despite a lower death rate than regional peers. Blame it on the legacy of Fukushima
https://asiatimes.com/2020/04/why-japan-gets-no-covid-19-respect/

訳文  タイム アウト 東京 2020/4/22
https://www.timeout.jp/tokyo/ja/things-to-do/conid-19-no-respect?fbclid=IwAR1aDeA49owE8Y60AwqFEJz9-sWtHKvNZawEWg0KM-Asfbhbsd7Xt1EevMA

<以下タイムアウトより引用>
日本の新型コロナウイルス対策が評価されない理由

日本は隣国に比べて低い死亡率を維持しているのに非難されている。そこには「フクシマ」の影があった

2020-4-26タイムアウト1
マスクをした首相の安倍晋三
作成者: Time Out Tokyo Editors
投稿日: 2020年4月22日
テキスト:ポール・デ・ヴリース
翻訳:イリ・サーリネン
 

※本記事は、Asia Timesに4月17日付けで掲載された『Why Japan gets no Covid-19 respect』を翻訳し、転載。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)時代における「英雄」的な場所と、「悪者」的な場所が明らかになりつつある。前者には香港、韓国、台湾が含まれる。後者は特に中国だ。北京はウイルスを制圧したかもしれないが、それは明らかに独裁主義的なやり方であった。否、制圧できたのだろうか? そのデータには大きな疑問が残る。

日本はこれらの両極の間の不安定なところに位置づけられる。成熟し、安定した民主主義国家であり、隣国の韓国よりも新型コロナウイルス感染症による死亡率が低い。人口が2倍以上で、国民は世界で最高齢であるにもかかわらずだ。日本のこの人口統計学的特徴は、パンデミックに対する同国の独特の脆弱(ぜいじゃく)さをもたらしている。

しかし日本は、主要メディアやソーシャルメディアで正当な評価も敬意も得られていない。多くの議論において、日本は無視されるか中国と並列に扱われている。新型コロナウイルスへの対応に関して外交上の批判すら受けている。

なぜだろうか?

まさか、検査なし?

日本に対する主な疑念は、検査を広範囲に行わないことで意図的に統計上の新規感染者数を抑えてきたのではないか、というものだ。

これは疑惑というより単なる事実に近い。日本の方針は当初から、せきが出て不安な全国民を病院に向かわせて待合室をいっぱいにするような事態を避けるというものであった。認めようと認めまいと、正当な戦略ではある。

しかし、新型コロナウイルス感染症との戦いにおける成功と失敗を測る図る真の指標は、決して感染者数ではない。総死者数、あるいは、間違いなくより重要なものとして、重症患者数である。重症患者の数が医療施設の受け入れ能力を圧迫するからだ。

日本の病院はこれまで、需要に対応することができてきた。広くうわさされる死亡者数の抑制や隠蔽の疑惑は無根拠、茶番、ないし都市伝説の域を超えない。簡単に言えば、証拠がないのだ。

いまだ進行中の新型コロナウイルス感染症を制圧するためのグローバルな戦いにおいて、日本が見習うべき国として見られていない主な理由は、おそらく2点ある。

第一に、日本が成功した理由(コロナ危機はまだ終わっていないので、あくまでも現時点においてだ)が議論の的となっており、あいまいで不透明であること。第二に、日本の新型コロナウイルス感染症との関わりが、最初から幸先悪く始まっていることである。

日本が初めて新型コロナウイルス感染症と関わったのは、クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号の検疫においてであった。西洋諸国の反応はおおむね嘲笑的なもので、「フクシマの時と同じだ」という論調も多かった。2011年の原発メルトダウンの際に破滅的にひどかったとされる、日本の官の対応に言及してのものだ。


2020-4-26タイムアウト2
ダイヤモンドプリンセス号の乗客にとっては忘れられない旅となったことだろうし、この航海はクルーズ船産業全体にも大きな影を落とした(写真:AFP/読売新聞 )

クルーズ船から解放された乗客がその後東京の地下鉄で帰路に就くと、あざけりはさらに増した死亡者が波のように発生すると予想された。しかし、そうはならなかった。 

その後、注目は日本から韓国、イタリア、ヨーロッパ、アメリカへと移った。日本が再び望まない注目を浴びるようになったのは3月下旬に入ってからのことだ。

東京都知事の3月25日の『非常事態』宣言(外出自粛要請)は実際のところ、民衆が責任をもって行動するようことを求める、おおむね緊急の要請であった。制度上、都知事の持つ強制力が弱いためだ

しかし、要請がオリンピック延期決定の翌日に発表されたことで、しばしば疑惑の目が向けられている。その疑惑は、オリンピックを強行するために官がアウトブレイクの真の深刻さを隠してきたのではないか? というものだ。

しかし、そうではないかもしれないのだ。 

3月下旬は桜が満開になったころ。3月21、22日の週末には、東京では新型コロナウイルス感染症など起こらなかったかのように桜の名所に人が押し寄せた。その不可避の結果が、感染者の増加である。

その時ソーシャルメディアの批評家は、東京はひどい状況に陥っているニューヨークのわずか1、2週間後を追っていると予測した。だがこの予測は顕著な点を見過ごしていた。実は日本は、アメリカよりも数週間先に新型コロナウイルス感染症との戦いを始めていたのだ

ゆえに、日本がニューヨークの恐ろしい増加曲線の後ろにいるならば、日本は数週間の間で何か正しいことをしていたはずである。

フクシマの再来

日本がなぜ今のところ比較的傷が浅くて済んでいるのかを考えてみると、その始点は皮肉なことに、2011年、日本が目に見えない恐ろしい脅威に直面したときに嘲笑の対象となったいくつかの出来事にある。実のところ、「二つのフクシマ」があった。一つ目は官の反応、二つ目は日本国民の反応だ。

大惨事となり得た状況に対して最終的には1週間かからずに安定をもたらすことに成功したものの、政府および主要電力会社の東京電力の反応はだらしなく、混乱を招くものであった。 

公衆の反応に関しては、世界のほとんどが救いがたいほどのパニック状態に陥った一方で、日本人は落ち着きを保っていた。

日本が比較的平静を保っていたのは、日本国外の多くの人が理解していなかった3点の理解に基づいている。


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2011年3月15日に東京電力(TEPCO)が撮影したこの写真は、福島県の大熊町、福島第一原子力発電所3号機から立ち上る白煙を写し出している(写真:AFP/TEPCO)

1. 放射能は隠すことができないため、『隠蔽』自体しようがなかった。非独裁主義の政府は新型コロナウイルス感染症による死者の遺体を隠すことはできないが、同じようなものだ。ガイガーカウンターを持つ個人なら、誰でも放射能の計測は可能だ。

2. ラドンという化学元素があれば、ガイガーカウンターは地球上のほぼどこでも反応を示す。それゆえ、ゼロよりも大きい計測値が出たところで、直ちにパニックを起こす原因とはならないはずである。

3. 目に見えない放射能という脅威に対する、迷信にも近い恐怖心は、パニックを起こすしきい値8閾値)が低いことを意味する。ゆえに、もし計測値が許容される基準値の40倍だと言われても、空港に急ぐのではなく、それが実際何を意味するのか専門家の確認を待つことが賢明である。

「フクシマと同じ」という表現は侮蔑的ではあったものの、実のところ先見の明があったとも言える。このところ日本の民衆が再び頭角を現してきたからだ。 

民衆の力

ロックダウン(都市封鎖)は新型コロナウイルス感染症への対応として既定の措置方針となった。しかしロックダウンは、入念にソーシャルディスタンシング(『社会的距離』を保つこと)を実行できる民衆にとって必要性は低い。さらにソーシャルディスタンシングは、手洗い習慣が比較的根付いている民衆にとってさほど重要性は高くない

全ての人がキャリアである、もしくはキャリアになり得ると想定することが最善の保護対策となる。このことを日本の民衆は理解し、実行している。

日本にとっての真の武器は、新型コロナウイルス感染症の出現後も特に新しい何かが必要となったわけではないことだ。基本的衛生への注意はインフルエンザシーズンの要となっている。福島のメルトダウン後に日本の一般大衆にも使用されるようになった手指消毒液は、完全になくなってはいない。端的に言えば、必要となったものの多くは、すでにあったものを強化すればよいだけのものであった

それゆえ、日本政府の対応への絶え間ない批判は、さほど重要ではないと言える。木曜に首相の安倍晋三が行った非常事態宣言の全国拡大などの政府指令も、日本においては欧米諸国と同等の影響があろうはずもないのだ。

加えて特筆すべきことは、日本の保健システムの質の高さだ。国民皆保険制度で、日本の人口に高齢者が多く占めるがゆえに呼吸器疾患の治療が非常に進んでいる同国のシステムは、世界最上級の評価を受けている

現時点では、独善的にすら見えた3月の逸脱的な対応はうまく中和できたかのように見える。感染者の爆発的増加は起こっていない。


2020-4-26タイムアウト4
日本が緊急事態に入り、新宿駅にはいつもの人通りはない(写真:AFP)

 本記事執筆時点におけるジョンズ・ホプキンズ大学のデータによると、人口1億2600万人に対し感染者数8626人となっている日本において患者数は増加しているものの、管理可能な程度に収まっている。死亡者数は178人となっている。 

比較のために挙げると、韓国(人口5100万人)、感染者1万0613人、死者229人。イギリス(人口6600万人)、感染者  10万3093人、死者1万3729人。ドイツ(人口8300万人)、感染者  13万5633人、死者3856人。アメリカ(人口3億2800万人)、感染者64万0291人。ニューヨークシティだけで死者1万0899人となっている。

最後の2つの数字は特に衝撃的である。ドイツアメリカ両国が日本の検査数不足を非外交的に批判したことを踏まえれば特にそうだ。

元米軍軍人でアジア・ウォッチャー、アル・ジョンソンは「日本というのは、ジャンクフードを食べて運動もしないくせにスリムな女の子のようなものだ。半数の人は彼女を無視したがる。もう半数は彼女を憎らしく思う」と書いている。

公平のために言えば、日本を無視する人は許されてもいいだろう。韓国モデルの主要な手段である「検査、検査、検査」は分かりやすいし、応用しやすい。しかし日本モデルはというと、そうとは言えない

ならば、日本を憎らしく思う人はどうだろうか? この人たちはあのダイヤモンド・プリンセス号の時点では、我々がみんな一緒に「フクシマ」状態になることになると予想できなかった人たちだ。彼らが日本に手本を示すことになると思っていたのだ(引用者注:この部分重要、詳細は後述)。彼らの「フクシマ」コールは、やがて「再び、アメリカ(人)ファースト、アメリカナンバーワン」に置き換えられることになるのかもしれない。

Paul de Vries(ポール・デ・ヴリース)

日本在住のオーストラリア人ライター、教育者。著書『Remembering Santayana: the Lessons Unlearnt from the War Against Japan』はAmazonにて販売中。
<引用終り>


大変興味深い話だと思う。日本人でさえ説明できなかった日本の強み、日本モデルとはどういうものか、そんな所を上手くまとめている。
そして欧米人の日本に対する見方が「フクシマの再来」、これであることも良く分かった。

フクシマ県民、関係者の方には大変不愉快な見方であるが、残念ながらこんな見方をされていることも事実。民主党政権の負の遺産を日本が清算していないことが、こんな所で火を噴いているということだろう。


さてこの寄稿文、実はネットで検索中に英文の記者と面識のある方のツイッターを見つけた。そこには記者自身のコメントが紹介されていた。

<以下引用>
雨雲 StayAt家
@xAegvg0JipIY0hD
前に紹介した“日本はダイエットもしてないのにスリムなままの少女。半分は彼女を無視したがり残りの半分は彼女を憎んでいる”という記事について、記者ご本人より「日本の外国人コミュニティでも反響が大きく、反応はポジティブだったよ」とのこと。これもまた興味深いです。
<引用終り>


最後にこの記者の著書を確認してみた。
著書は『Remembering Santayana: the Lessons Unlearnt from the War Against Japan』。
でもSantayanaと言われても私も知らないが、ネットの本の紹介に手がかりが書いてあった。
<以下引用>
サンタヤナを思い出して:日本との戦争から学ばなかった教訓
ポール・ド・フリース

概観
2003年のイラク戦争へのプロローグの期間中、ジョージWブッシュは、日本を例に繰り返し、なぜイラクを西側同盟内の民主国家として作り直すことができるのかを主張した。 彼が日本と同じくらい多様でユニークな国が快く変容することができれば、どんな国でもできると彼は考えた。 ジョージW.ブッシュの戦前の仮定の大部分は、長い間馬鹿にされてきましたが、この特定の前提は広く保持されたままです。 失敗が目に見えない今日でも、最終的にはイラクが最終的に別の「日本」として浮上するという一般的な感覚がまだあります。

スペイン生まれの哲学者、ジョージサンタヤナの格言に触発された「過去を覚えていない人々は、それを繰り返すことを非難されている」というタイトルでインスピレーションを得たサンタヤナを思い出し、ジョージW.根本的に間違っています。

西洋と日本の交流の歴史を振り返り、誤解が生んだ問題を特定し、間違いを作り直すのではなく、教訓を学ぶ未来への道を歩みます。
<引用終り>

アメリカ(特にその中のエスタブリッシュメント層)がこんな見方をしている。このことを私ももう一度考え直さねばと思います。
「日本を作り直した」、これがアメリカの考え方です。
本文で『彼らが日本に手本を示すことになると思っていたのだ』とあります。ここにアメリカと日本の間の考え方の違いが現れている。今回の武漢ウイルス問題で最終的に此処が問題になるような気がします。
  1. 疫病
  2. TB(0)
  3. CM(22)

2020-04-23 18:00

武漢肺炎<反日日本人への反論


 今回の武漢肺炎について、日本人の中に安倍首相はじめ日本のやることなすことにケチをつける輩がいる。代表的なのが反日の牙城朝日新聞などで、その言質は目に余るものが有る。
その反日日本人の言いがかりの根拠が欧米のメディアの反日報道なので厄介なのだが、そんな事への反論として、現時点での私の知る限りの日本の強み弱みや特徴などを纏めてみた。

長文なので簡単にまとめると
① こんかいの武漢肺炎(COVID-19)は急激に症状が悪化することがある。
その時は間質性肺炎を起こしている。
間質性肺炎はCTスキャンで特有のカゲが出るので分かる。
日本は世界一のCTスキャン大国なので、これを活用しPCR検査との併用で確実に感染者を把握している。
この件は以下参照:http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1748.html

② 日本は一般病床は世界トップだが、集中治療室は全く不足。この少ない医療資源を上手く使っていくことが重要だ。
武漢肺炎(COVID-19)に対応する感染症病床は大きく減らされてきた。現在では病床・人材とも不足。この不足した資源をパンクさせないようにすることが重要である。
だから保健所と病院の共同作業で不足している医療資源(病床)を上手く使う様努力している。

③ この結果が日本での死者数が他の国より大きく少なくなっている理由の一つ。
(4月23日現在の死者数)
アメリカ  47,681
イタリア  25,085
スペイン  21,717
フランス  21,340
イギリス  18,100
ドイツ     5,315
日本       299

こんな現状を踏まえ、また私は医師ではないので、見当違いもあるかも知れないが、大まかなところは分かると思います。
皆様の忌憚のないご意見をお待ちしています。



まず最初にそのウイルスの姿などから。

この武漢肺炎の原因ウイルス(新型コロナウイルス、SARS-CoV-2)の姿から。
(以下エントリー参照:http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1731.html

これは東京都健康安全研究センターが2月7日に分離に成功した新型コロナウイルスの電子顕微鏡写真。
2020-3-20新形コロナウイルス(SARS-CoV-2)電顕写真

このウイルスの大きさはほぼ100nm(ナノメートル)、
1000nmが1µm(マイクロメートル、昔はミクロンと言ったが今は使わない)なのでウイルスの大きさはほぼ1ミリの1万分の1程度。
この大きさでは普通の光学顕微鏡では見えないので電子顕微鏡を使う。
このように普通の顕微鏡でも見えないものだが、その構造はこんな風になっている。

2020-3-20新形コロナウイルス(SARS-CoV-2)の構造
雑誌ニュートン 2020年4月号 p10 『猛威を振るう新型コロナウイルス』より

さてこのウイルス、感染しても約8割の人は症状が出ないかごく軽症。いわばちょっと風邪を引いた程度。しかし約2割の人は症状が強く出て、重篤化することもあるし、あっという間に死に至ることもある。
この重篤化するのはサイトカインストームなどというらしく、ウイルスが免疫細胞に感染し、免疫細胞が暴走し肺を攻撃するらしい。感染する免疫細胞は好中球、細胞障害性T細胞(キラーT細胞)。詳細は以下エントリーなどを参照ください。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1735.html
https://gigazine.net/news/20200323-coronavirus-explained/


次にこのウイルスに感染すると、間質性肺炎を引き起こすようです。

間質性肺炎の解説(引用者注:これは一般的解説ですが分かりやすいので掲載)
<以下抜粋引用>
http://kompas.hosp.keio.ac.jp/sp/contents/000261.html
間質性肺炎(かんしつせいはいえん)

概要
間質性肺炎(かんしつせいはいえん)とは、肺の間質(肺の空気が入る部分である肺胞を除いた部分で、主に肺を支える役割を担っている)を中心に炎症を来す疾患の総称です。特発性肺線維症(単に肺線維症ともいう)など多様な病型を含んでいますが、その多くは原因が不明であり、また治療も困難な疾患です。肺は血液中のガス(酸素、二酸化炭素)を大気中のものと交換する臓器であり、大気を取り込む肺胞と毛細血管とが接近して絡み合っています。この肺胞の壁(肺胞壁)や肺胞を取り囲んで支持している組織を間質といいます。

通常、肺炎といった場合には気管支もしくは肺胞の炎症であり、その多くは細菌やウィルスなどの病原微生物の感染によるものです。間質性肺炎の場合は、肺胞壁や支持組織から成る間質に生じる原因不明の炎症であり、一般の肺炎とは異なった症状や経過を示します。間質性肺炎では、炎症が進むと肺胞の壁の部分(肺胞壁)が厚くなり、肺胞の形も不規則になって、肺全体が固くなります。その結果、肺のふくらみが悪くなり、肺活量が落ちると同時に、酸素の吸収効率も悪くなっていき、息苦しくなったり、咳が出たりします。進行すると、肺がさらに縮み、一部は線維性成分の固まりとなり、その部分は肺として機能しなくなります。肺全体の機能が落ちて、血液中の酸素が不足し、日常生活に支障を来す状態を呼吸不全といいます。間質性肺炎の種類によってはこの呼吸不全までは進まないタイプのものもあり、残りの部分で十分に呼吸を続け、日常生活を送ることが可能です。

2020-4-23間質性肺炎
<引用終り>

さて間質性肺炎で具体的に肺がどうなっていくか、医師の方が解説しています。

新型コロナウイルスによる肺炎とは?他の肺炎と何が違うの? 2020.03.29更新

詳細は記事を読んでみてください。サイトカインストームについても説明が有ります。


次にこれが重要、この間質性肺炎はCTスキャンで特有のカゲが見られるので、肺炎の患者をCTで確認するとCOVID-19の可能性が有るかどうかが分かるそうです。この所見を見てPCR検査をすれば間違いない様です。

日本集中治療医学会のページの分かりやすい画像が出ています。

2020-4-23武漢肺炎胸部CT所見


このようにCTスキャンで特有のカゲが見える。これがCOVID-19の特徴ですが、ここに他の国ではまねのできない事が有ります。それは日本が世界一のCTスキャン大国で、日本だけがこのCTスキャンでの確認ができるという利点があることです。

これが人口100万人当たりのCTスキャン台数国際比較。日本が断トツで台数が多いです。
2020-4-23百万人当たりCT台数国際比較

これはCTの絶対数のG7諸国との比較。日本はアメリカと肩を並べています。
2020-4-23CT数推移G7比較

CT台数は日本には世界の1/3が有るという人がいますが、納得できるグラフです。
これが日本の強みです。


所が日本には厄介な弱点が有ります。
日本は病院の一般のベッド数は世界トップレベル。しかし重症者対象の集中治療室では他の先進諸国に大きく後れを取っています。

これは一般の急性期病床数の国際比較
2020-4-23人口当たりの急性期病床数国際比較
(引用者注:急性期以外は長期間の療養型や介護型が有るので、区別の為急性期とした)

日本のベッド数は足りている云々という議論はこのデータを見ているのですが、それは落とし穴。集中治療室を見ると愕然とします。

これは集中治療室病床数の国際比較
2020-4-23人口当たり集中治療病床数比較
ソース:https://diamond.jp/articles/-/233783?page=2

これを見ると、集中治療室では大きく出遅れています。
更に問題は集中治療室学界資料によれば、日本の集中治療室は2:1体制だそうで。患者二人を一人の看護師で見ているのですが、武漢肺炎(COVID-19)に必要なのは1:2だそうで、例えば病床8の集中治療室でも(つまり看護師4人)、二人のCOVID-19患者が来れば(理屈としては)キャパ一杯ということになる。

更に国際比較のデータが見つからないのですが、日本の感染症対策病床は過去20年で見ても大きく減っています。

2020-4-23感染症対応病床数推移
ソース:https://dot.asahi.com/print_image/index.html?photo=2020040100044_2

こんなことでダイアモンド・プリンセス号がやってきたとき、患者を収容する病院が無く、結局遥々愛知県まで患者を運ばなければいけなかった。こんな事態に至ったわけです。


結論です。日本の対策は、ダイアモンド・プリンセス号でドタバタを繰り返しましたが、そこでこんな日本の強み、弱みをしっかり認識した。
その結果PCR検査を絞り、病院に患者があふれることを防いだ。こうだと思います。

若し病院に患者があふれれば、医師・看護師などの感染は避けられず、医療崩壊してしまうでしょう。

日本のマスゴミは多分知らないのか、阿呆なのか分かりませんがこんな事は報道しない。
そこで医学的知識ゼロながらこんな事を纏めてみました。

海の向こうからの外圧に惑わされず、今こそ国民みんなが結束すべき時。そんな思いで纏めてみました。こんな認識で先の見えない武漢肺炎と戦っていきたいと思います。

  1. 疫病
  2. TB(0)
  3. CM(12)

2020-04-22 18:10

WHOの反日日本人<*追記あり


 WHOに日本人がいるのだが、どうにも食えない反日日本人のようだ。
コメント欄でかんぱちさんから色々情報をもらったので纏めてみた。
今回はその反日言動について、次回はその反日言動への反論について書くつもりです。

最初にその反日日本人の言動について。

これは新聞アカハタが嬉々として報じているもの。

<以下新聞アカハタ電子版より引用>
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik20/2020-04-18/2020041801_04_1.html

2020年4月18日(土)
検査少なく氷山の一角 医療機関直接発注こそ
WHO事務局長上級顧問 渋谷医師が警鐘
TBS系番組

 新型コロナウイルス感染症対策をめぐって、16日夜放送のTBS系番組「NEWS23」では、世界保健機関(WHO)事務局長上級顧問の渋谷健司医師が日本の検査体制の問題と逼迫(ひっぱく)する医療現場への財政的支援について語りました。渋谷氏はイギリスから中継で出演しました。

 日本の感染症対策について問われた渋谷氏は、現状では「人と人の接触8割減は困難だ」として、「家にいるというインセンティブ(動機づけ)が足りない。休業補償も含めた、お店に対して休んでもいいよというような施策を出すべきだ」と述べました。

 渋谷氏は感染を調べるPCR検査の遅れを指摘し、「日本はクラスター対策をメインにしていたので検査数を絞っていた。非常に検査数が少ないので表れている数字は氷山の一角に過ぎない」「おそらく(感染者が)10倍以上はいる」と強調。検査数が伸びない背景には保健所を経由し、承認を得ないと検査ができない体制にあるとして、「保健所はパンクしている。負担を和らげるためにも医療機関から直接検査を発注できることが大事だ」と主張しました。

 また、「肺炎で亡くなった方でも診断がついていないケース」などをあげ、公表されている死者数に反映されていない死者がいる可能性を指摘しました。

 さらに、医療体制について、「日本は一番肝心な集中治療のベッド数が医療崩壊したイタリア、スペインの半分ぐらい。集中治療医も非常に少ない」「そもそも日本はコロナに対応する強靱(きょうじん)さがない。そこを今こそサポートしないといけない」と語りました。

<引用ここまで>

まあ言いたい放題です。WHOの上級顧問という立場であれば、日本政府のやっていることをWHOに伝える、或いはWHOの考えていることを日本に伝えるという当たり前の責務があるのですが、そんな気配は見えません。

最初にPCR検査の少なさを問題にしています。しかしPCR検査が如何いうものか、科学者(と自称している)なら最初にそこを言及すべきです。PCR検査は感度70%程度と言われ、むやみやたらに検査しまくれば擬陽性、偽陰性の人であふれます。
日本の狙いに異論があるなら、先ずするべきことは日本のやり方を主導している専門家に問いただすべきでしょう。尾身茂さんなどはWHOの西太平洋地域事務局にて、第5代事務局長を務め、退任後、世界保健機関より西太平洋地域事務局の名誉事務局長の称号が贈られた人です。
その人が現在の日本のやり方を主導しているのです。
安倍首相が記者会見する時、隣に座っているのを見ても分かります。

集中治療のベッド数の不足は事実です。日本の差し迫った課題です。
しかしそれを言うなら、COVID-19の診断の有力な方法であるCTスキャンにも言及すべきです。
日本は世界一のCTスキャン大国です。世界のCTスキャンの約1/3位を日本が持っているのではないでしょうか。他の人ならともかく、渋谷健司には知らんなどとは言わせませんぜ。


このCTに関しては、安倍首相の3月28日の記者会見でも言及されています。
いい機会なので、その発言を抜萃紹介します。
記者会見全文は以下ページで見られます。
https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2020/0327kaiken.html

記者団との質疑の最後にこんな事が話されています。

記者の質問(抜粋)
<ビデオニュースの神保記者>
それで伺いたいのは、総理はなぜ日本はぎりぎり、でも、もっているというふうに本当にお考えなのか。つまり、日本は中国からも近いし、中国からの入国制限も結構、なかなかやらなかった。しかも、外国からの入国制限も結構遅かった。なのに、日本が欧米に比べてもっているとすれば、何か総理なりに納得する理由がなければ、何か奇跡が起こっているみたいな話になってしまいかねませんので、総理御自身はなぜ日本はもっているとお考えなのか。ただ有識者がそう言っているからとお考えなのか、それとも、総理なりにやはり日本はこういうところがあるからもっているのだというふうに自分は信じられる根拠があるのか。そこをお話しいただければ幸いです。

これに対する安倍首相の答え。

<安倍首相>(抜粋)
では、今、欧米諸国と比べて相当、日本が感染者の数が少ない。PCR検査は少ないではないかと、こう言われています。確かにPCR検査の数は少ない中において、私もほぼ毎日のように、厚労省に対して、医師が必要とする、判断すれば必ずPCR検査ができるようにしてくださいねということは重々、申し上げております。日によっても非常に少ない日がありますから、なるべくしっかりとPCR検査はやってくださいと言っています。
 では、果たして日本はそれを隠しているのかという議論があります。これは、私は違うと思います。例えば死者の数は、PCR検査の数が少ないけれども、死者の数が多いということではありません。では、死者の数、肺炎で亡くなっている方は、実はコロナではないかということをおっしゃる方はいるのですが、コロナウイルスの場合は専門家の先生たちが、これはみんな、私も確認したのです。私も、これはそういう批判があるんだけれども、どうなんだろうかと。このPCR検査、これが少なくてという話で、伺ったのですが、これは、肺炎で亡くなった方については、基本的に肺炎になって、最後はCTを必ず撮ります。それで、CTにおいて、これは間質性肺炎の症状が出た方は必ずコロナを疑います。必ず。そういう方については、これは必ず大体、PCRをやっておられます。ですから、そこで間質性肺炎でない肺炎で、例えば細菌性等々の肺炎で亡くなられた方等について言えば、これはコロナではない。ですから、コロナではなくて肺炎で亡くなったという方はコロナではないのだという説明を私は受けて、私は納得したところでございます。

<引用終り>

ここでこの武漢肺炎は、間質性肺炎を起こす。その診断はCTスキャンではっきり分かる。こんな事を踏まえて安倍首相も言っている訳です。
更に死因に不審なところのある患者は、死亡していてもCTをとって確認しているとの事です。
このCTについての詳細は次回書きます。

それからもう一つ、渋谷健司は日本の死者数は公表されているより多いと言っています。
これは日本人に対する侮辱以外の何者でも有りません
日本の制度で「死因を誤魔化す」ことはほとんどできません。これはいろんなケースを見ていますから「医師が死因を間違えた」、これは人間ですから有り得ます。しかし死者数を減らすために恋にゴマ化した数字をあげる。これは某特亜国なら有り得る話ですが、日本人は決してそんなことはしません。渋谷健司は日本人に対し謝るべきだと思います。

安倍首相が間質性肺炎などという専門用語を使っている所に注目してください。
はるばるロンドンで安穏に暮らしている渋谷健司には、こんな安倍さんの戦いぶりなど理解不能かもしれませんが、重要なポイントと思います。


実はこの間質性肺炎、これが武漢肺炎があっという間に劇症化する問題の所です。
ここに出てくるのがサイトカインストームという問題ですが、このサイトカインストームという言葉、4/9付のフランスのニュースサイト「クーリエジャポン」によれば、「2週間前まで医師たちすら、あまり耳にすることのなかった「サイトカインストーム」と呼ばれる現象だそうで、とにかく全く新しいウイルスには新しい問題があるようです。


所で渋谷健司に関しては、もう一つ厄介な問題が有ります。
以下はどうしても書きたくなかった問題ですが、日本、日本人の名誉にかかわる問題なのであえて書きます。
渋谷健司はWikiによれば、「雅子皇后の妹、小和田節子と1999年6月に結婚、2017年秋に離婚。2018年春にフリーアナウンサー舟橋明恵と再婚」とあります。
上皇陛下が天皇を退位(譲位)される意向が明らかになったのは2016年夏のこと。この頃までは、渋谷健司はプリンセス雅子の妹の夫。いくら皇室とは関係ない一般国民だといっても、世界的には通用しない。まぎれもなく当時プリンセス雅子の妹の夫なのだ。日本人を代表する立場であることは変わりない。
ましてや、日本の天皇というのは世界に31人いる君主の中で、ただ一人「エンペラー」と言われる立場。ローマ教皇、エリザベス女王と並んで君主の中の君主である。
現在でも天皇陛下の皇后雅子の妹の元夫。世界はそう見ている訳で、発言には気を使うべき立場であることに変わりはない。

この項はここまでにします。次回この渋谷に対する反論を書いてみます。

* 追記します、4月24日07:30。
渋谷健司が2月28日に、当時安倍首相が小中高の一斉休校を要請したことにイチャモンをつけています。この件はコメント欄で名無しの権兵衛さんから情報をいただきました。有難う御座います。
何が何でも安倍を貶す、そんな発言がよくわかると思います。この発言の一か月半後には「最早手遅れ」と言っています。こんな嘘吐きが科学者を名乗るいい例なので、本文に追記します。

<以下日経より引用>
全国一律の休校、効果に疑問 渋谷健司・英大学教授
2020/2/28 10:40

渋谷健司・英キングス・カレッジ・ロンドン教授(国際保健)の話 集団感染が発生している地域はまだしも、全国一律の休校は唐突感を否めない。児童のいる家庭にも大きな負担を及ぼし、社会的混乱を招く可能性がある。実際に看護師が出勤できずに外来を開けない医療機関が続出している。誰がどのような根拠でどのような効果を期待して導入が決定されたのか全く分からない。

そもそも現時点で新型コロナウイルスは子どもでの感染が少ない。小児で流行するインフルエンザでも学校閉鎖の効果のエビデンス(科学的根拠)はほとんどないため、今回の方針が有効だとは思えない。
<引用終り>

こんな嘘吐きがWHOの上級顧問ですぜ。
唾棄すべき人物とは当にこんな野郎のことです。こんなことを書きながら頭から湯気が立ち上るくらい腹を立てています(笑)。
こんな時はタイ語では「チャイ ィエン ジェン、チャイ ィエン ジェン(冷静に 冷静に)」と言いますが、そんな事をしょっちゅう言っていたことを思い出しました(笑、笑)。

・・・追記は此処までです。以下は本文続きです。


以下は参考ですが、もう一つの渋谷健司の罵詈雑言を紹介します。
不快ですので小さい字にしました。興味のある方はどうぞ。


これはアカヒ新聞系のアエラの記事。

<以下引用>
https://dot.asahi.com/aera/2020041700078.html?page=1
WHO上級顧問・渋谷健司さんが警鐘 「手遅れに近い」状態を招いた専門家会議の問題点
  
小田健司2020.4.18 08:00AERA

WHO事務局上級顧問で英国キングスカレッジ・ロンドン教授の渋谷健司さん
2020-4-20渋谷健司
 (引用者注:ケンジケンジのWケンジで不快な画像をお見せし恐縮です)

 WHO事務局上級顧問で英国キングスカレッジ・ロンドン教授の渋谷健司さんが、日本の感染拡大防止策に警鐘を鳴らしている。政治から独立していない「専門家会議」の問題点、クラスター対策、自粛ベースや3密の限界――。いま何が問題で、何が求められているのか。

*  *  *
――日本の状況をどう見ていますか。

手遅れに近いと思います。4月8日に出された非常事態宣言ですが、タイミングとしては1週間遅れたと考えています。

専門家会議のメンバーの西浦博・北海道大学教授は4月3日、東京が爆発的で指数関数的な増殖期に入った可能性を指摘しています。その2日前の、1日には専門家会議が開かれていました。この日は、宣言を出すように促す最後のチャンスだったと思います。1週間の遅れは、新型コロナウイルスの場合、非常に大きいのです。

■クラスター対策は有効だったか

――新型コロナの感染拡大防止には「検査と隔離」が基本と言われています。けれども、日本は「クラスター」と言われる感染集団の対策を重視してきました。日本の対策は有効だったのでしょうか。

クラスター対策とそれを支える『積極的疫学調査』の枠での検査を進めたので、保健所とその管轄の衛生研究所での検査が中心となりました。
まだ感染が限られていた初期は、保健師さんのインタビューと質の高い検査データで接触者を追い、その感染ルートを追いかけて、クラスターを潰すという方法が有効でした。

しかし、それではいずれ保健所の負担は増し、検査キャパシティーが限界になることは明らかでした。

検査については、保険適用になった後も医療機関から保健所に許可をもらい、その上で患者は帰国者・接触者外来に行って検査をする必要があります。

こうした複雑な仕組みのために検査は増えず、結果として経路を追えない市中感染と院内感染が広がってしまいました。


――初期段階でのクラスター対策は有効とも指摘されました。日本ではどの段階で「徹底的な検査と隔離」に方針転換する必要があったのでしょうか。

早い段階で感染が拡大した北海道などの地方都市ではクラスター対策が有効でした。しかし、大都市では感染経路をすべて追うことは非常に困難です。『どの段階』というよりは、そもそも検査を絞り続けた戦略がよくありませんでしたし、今こそ『検査と隔離』の基本に戻るべきでしょう。

■「検査数を抑える」は的外れ

――日本では当初から「検査を抑えて医療態勢を守る」という考えがありました。そもそも、世界の専門家の間でこのような手法はどう評価されているのでしょうか。

検査を抑えるという議論など、世界では全くなされていません。検査を抑えないと患者が増えて医療崩壊するというのは、指定感染症に指定したので陽性の人たちを全員入院させなければならなくなったからであり、検査が理由ではありません。

むしろ、検査をしなかったことで市中感染と院内感染が広がり、そこから医療崩壊が起こっているのが現状です。

――政府の専門家会議は、機能していると考えていますか。

科学が政治から独立していないように見受けられ、これは大きな問題だと感じています。

先ほど指摘しましたが、4月1日時点で「東京は感染爆発の初期である」と会議メンバーは知っていたはずです。それならばそこで、緊急事態宣言をすべしという提案を出すべきでした。

しかし、この日の記者会見で出てきたメッセージには、国内の逼迫(ひっぱく)した状況を伝えてはいたものの、『我が国では諸外国で見られるようなオーバーシュートは見られていない』といった国民の緊張感を緩ませるような言葉もまぎれていました。

一方で、米国のトランプ大統領の妨害にもかかわらず国立アレルギー感染症研究所のファウチ所長は凛として科学者としての役目を務めており、大統領とは全く違う声明も出します。

彼は『自分は科学者であり、医師である。ただそれだけ』と述べています。そういう人物が今の専門家会議にはいないようです。

■「3密」「夜クラスター」以外の感染ルート

――日本の感染拡大防止策がこのまま自粛ベースで行われた際、何が起きると考えていますか。

自粛ベースでも外出が実質削減されればそれで構いませんが、現在のように飲食店は開いたまま、在宅勤務も進まない状態が続けば、感染爆発は止まらないでしょう。いずれ、ロックダウン的な施策が必要と考えます。

―― 一人一人はどう行動すべきでしょうか。

「家にいる」ということです。「自分が感染者かもしれない」と考えて行動すべきです。密閉、密集、密接の「3密」や夜クラスターを避ければよいというメッセージでは、逆に、「自分は関係ない」という意識を持ってしまう可能性があります。それ以外の感染ルートの可能性もあります。実際に感染経路を追えない市中感染が多数を占めているので、注意が必要です。
(構成/編集部・小田健司)
※AERAオンライン限定記事

<引用終り>

  1. 疫病
  2. TB(0)
  3. CM(10)

2020-04-17 19:14

春雷


 今日は午後から雨が降り出して、今は時々春雷が暴れている。
コロナコロナとコロナボケした頭には雷様のゴロゴロが良く響くようだ(笑)。

一寸気象協会のページを覗いたら、最近は情報がきめ細かくなっている。

これは本日の雨雲レーダーの状況(2020-4-17 18:50)
愛知県から西には大きな雨雲がかかっている。

2020-4-17本日の雨雲レーダー


所でこれは同じく気象協会のページから
豪雨レーダー画像(2020-4-17 18:35)

2020-4-17本日現在の豪雨レーダー

あれれっ、上の雨雲レーダー画像では愛知県から九州まで、広い範囲に雨雲が有ったはずだが、豪雨レーダー画像では愛知県だけだ。
道理で先ほどから頭の上でゴロゴロドカンと雷鳴がとどろいていたわけだ。

ちょっと珍しい現象なので、アップしておきます。
  1. どうでもいい事
  2. TB(0)
  3. CM(2)

2020-04-15 09:57

武漢肺炎<WHOが世界の敵になった日


 今日2020年4月15日(アメリカ時間4月14日)は世界にとって記憶に残る日になった。
今朝7時半頃から、BBCテレビはトランプ大統領のWHOへの資金拠出停止の記者会見をずっと続けている。
まあ現代の国際社会の基幹を為す国際機関であるWHO、これを非難する訳だから、いわばWHOは人類の敵と言っているようなものだからだ。

トランプ大統領の声明

2020-4-15トランプのWHO資金拠出拒否
 https://twitter.com/WhiteHouse/status/1250194670031974400

世の中便利になったものです。
日本のゴミメディアの報道を待たなくてもこんな情報が手に入る。WHOは人類の敵、NHKやアカヒ新聞はじめ日本のメディアは日本人の敵ということが分かりますね。

WHOのせいで全世界で多数の死者が出ている、この事実をWHOは真剣に受け止めるべきでしょう。

たとえば今日現在の死者数は(4/15 9:30現在)
全世界~Ⅰ2万6千人
*死者数1万人以上は以下五カ国
アメリカ~2万6千人
イタリア~2万1千人
スペイン~1万8千人
フランス~1万5千人
イギリス~1万2千人
参考:日本~143人


とは言うものの、日本のメディアの速報はこんなもの。

<以下日経より引用>
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58065640V10C20A4000000/?n_cid=BMSR2P001_202004150723

米、WHOへの資金拠出を停止 トランプ氏表明
2020/4/15 7:23 (2020/4/15 7:50更新)

【ワシントン=永沢毅】トランプ米大統領は14日の記者会見で、新型コロナウイルスの感染拡大への世界保健機関(WHO)の対応が不満だとして資金拠出を停止すると表明した。「コロナウイルスの拡散で対応の誤りと隠蔽についてWHOがどんな役割を担ったかを調査する」と述べ、その間は資金拠出を停止するよう指示したと明らかにした。

米国はWHOへの拠出金の割合で20%を超え、国別では首位に立つ。ただ、近年では中国の割合が急増していた。WHOの今後の運営に大きな影響を及ぼしそうだ。

トランプ氏は会見で「WHOは中国による偽情報を後押しした。信じられないほどの問題を抱えている」と非難した。WHOが世界の感染者数を20倍に増やしたと主張した。

同氏はかねてWHOが米国による中国の渡航制限などを批判してきたと主張しており「WHOは中国寄りだ」と批判してきた。
<引用終り>


今日は世界にとって長く記憶すべき日。そう思います。

  1. 疫病
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2020-04-12 10:00

令和の世に 『万葉集』を読み直す


 今月初め、行きつけの本屋で、普段は見向きもしないこんな本を買ってしまった・
ラジオ深夜便

2020-4-12ラジオ深夜便4月号

昔は夜討ち朝駆けが当たり前で、深夜に帰宅する折とか、早朝出かけるときのクルマの中で、よく深夜放送を聞いたものだった。
しかし今になってこんな本を買うなんて・・・。これが魔が差したとでもいうのだろうか(笑)。

今日は武漢肺炎を離れ、一服の清涼剤の積りで万葉集など。


このラジオ深夜便、内容は面白い。91歳のアマチュア写真愛好家のお祖母ちゃんの話とか色々ある。
中でも興味を引いたのが「五木寛之のラジオ千夜一夜」。この中で五木寛之はこんなことを語っている。
「小説を書くことを生業とする私ですが、人と会い、語り合う対談の仕事も小説と同じくらい大切にしてきました。」こんな書き出しで始まるそのエッセイは、最近の五人の人との対談を語っている。そのなかで、万葉集で有名で、「元号令和」の発案者と言われる国文学者の中西進先生との対談が目についた。中でも「これは!」と思ったのがこんなくだり。
万葉集には天皇や貴族、著名な歌人の作ったモノだけでなく、「よみ人知らず」「防人歌」「東歌」など一般庶民の歌も沢山ある。しかし歌を詠み、(万葉仮名で)書き留めるには高度な知識が必要で、当時の一般庶民がそこまでできただろうか。そこで私は仮説として、そんな一般庶民の気持ちを歌にして書き留める。そんなプロがいたのではないか。その疑問を中西先生にぶつけてみた。
中西先生は、素人の私の説をしなやかに受け止め、「ひじょうに新しく、かつ有力な説」と言ってくれた。
こんなことが書いてある。
そしてここからがさらに問題。その対談の様子は「月刊誌中央公論2月号」に掲載されているとか。

中央公論かぁ、私の中では中央公論などという左巻きの雑誌は『開くと毛虫、ゲジゲジの類がぞろぞろ出てくる』唾棄すべき存在です。
がしかし、この五木寛之の疑問は、実は私も昔からそう思っていました。
何せ万葉仮名は漢字の音読みだけでなく訓読みも使っているし、中には九九を使っている例(例えば十六と書いて「しし」と読ませる類)まであるですから。

ということで、ここはどうしても中央公論を手に入れるしかないという結論で、バックナンバーを買うことにしました。

読んでみたらとても面白い。毛虫の群れの中から宝物を掘り出した心境(笑)です。
そこには中西先生ならではの素晴らしい話がちりばめられており、例えば黙読が言葉の魂を失わせている。だから今京都市立図書館に音読ルームを作るよう提案しているとか、もう色々あるのですが、冒頭の五木寛之の疑問と中西進先生の回答はコレ。

>五木寛之の質問 『万葉集』の時代も、一般庶民、たとえば防人が、それほど言葉をうまく使えたとは思えない。そもそも字を読み書くのはエリートの技術ですから。やはり、そういう人の生き生きした気持ちを汲んで、歌の技法を持った人が代作したものもたくさんあるのではないかと思います。
これに対する中西進先生の回答
中西 それを証拠立てるものとして、東国の農民の歌に、(柿本)人麻呂の表現と同じものが出てきます。普通の解釈だと、人麻呂がいかに民衆の口ぶりを知っていたか、ということになる。でも五木説に則ると、人麻呂の歌を知っているプロの歌人が、最終的な形に取りまとめるというプロセスがあるから、そうなっているんだと解釈できます。これはひじょうに新しく、かつ有力な説だと思います。

そして最後に中西先生のこの話が素晴しい。
>強いて言えば、「巧言令色鮮し仁と『論語』に書いてある」というのが、中西に与えられた最後の難関だった。
五木 なるほど。
中西 ところが、巧言令色はいいという作家がいるんですよ。それが、太宰治。(笑)
(引用者注:太宰のこの言葉は「もの思う葦」(「ふたたび書簡のこと」 昭和10年)、「めくら草紙」(昭和11年)に見えるようです。以下参照)
http://dio.justhpbs.jp/sub15.html

こんなことで、記録としても大変素晴らしいので中央公論2月号の該当部分を引用します。

対談記事なので、そのように見てください。
尚中西先生は「戦争と万葉については、ひじょうに大事な話なので、もう少し深めたいと思います」とも言っていますが、この件は此処では取り上げませんがまあ見てください。


<以下中央公論2020年2月号p176-p189より引用。


令和の世に
『万葉集』を読み直す
2020-4-11中央公論2020年2月号中西進五木寛之対談

突然の『万葉集』大ブーム

五木 中西先生は、今おいくつになられました?
中西 ちょうど九十です。
五木 九十歳! それにしても真っ赤なマフラーがよくお似合いです。(笑) 新元号「令和」が、どうやら中西先生の発案らしいと報道されて以来、大変でしたね。国民的スターといいますか、ガラスの鳴かぬ日はあっても中西先生の言葉や写真を見ない日はないくらいで。
中西 いやいや、ガラス並みということでしょう。(笑)
五木 林真理戸さんのエッセイでね、何かの会で中西先生をお見かけしたら、すごい人垣で近づけない。それを掻き分けてやっと到達して、ご挨拶したと書いておられました。「令和」をきっかけに、爆発的な『万葉集』ブームが巻き起こった感じがありますね。新聞、週刊誌はともかく、『現代思想』までが、臨時増刊で『万葉集』の特集をやったくらいですから。
中西 そうですね。私は”万葉ラプソディ(狂詩曲)”と呼んでいます。
五木 ラプソディですか。なるほど。ただ、世間の人は突如ブームになったように言いますが、僕はそう思いませんでした。先生が小・中学生を対象に、一五年以上「万葉みらい塾」というのをおやりになっていたのを存じあげていましたから。それが花開いた、という感じがしますね。今日の対談のために、にわか勉強で中西先生の本をいろいろ拝読しましたけど、抜群に面白かったのは、その子どもだちとの対話をまとめた『中西進の万葉みらい塾』という一冊でした。それにしても、小・中学生に『万葉集』の面白さを伝えるというのは至難の業(わざ)のように思われますけど。
中西 と、思いますでしょう。ところが、逆ですね。
五木 え? 逆ですか。
中西 むしろ大学生に教えるほうが至難の業です。例をあげますと、春と秋とどちらがいいかを歌った額田王(ぬかたのおおきみ)の歌。春になれば鳥は鳴き、花は咲くけど、草木が茂るので入っていって花を取ることができない。秋はもみじを見て美しいと思う一方で、紅葉せず青いままの葉は嫌だなと思う。そこか恨めしい。
五木 なるほど。
中西 楽しいことがある。でも、恨めしいこともある。恨めしいことが美の前提である、と。これを大学生ないしは専門家に理解させるのは、けっこう難しい。なかには、「これは変転する女心を歌っている」なんてアホらしい説明をする専門家もいます。ところが教室で子どもたちに「この歌、どう思う?」と聞くと、「葉が全部赤くなったら怖い」と答えた子がいました。
五木 怖い、ですか。
中西 しめたもんでしょう。「そうだよね。みんなの服装、見てごらん? みんな違っているよね。だから、いいんだ」と。恨めしいという気持ちも、人間は持つのが普通。希望や願望があれば、恨めしいという思いもついてくる。この躍動感が、すばらしいじゃないですか。
五木 子どもたちは、それが分かるんでしょうか。
中西 子どもは、素直に分かるんですよ。分からない人は、「恨めしい」がいいというのはおかしい、などという。それは、教育などで教え込まれた先入観です。だから、できのいい大学生ほど教えるのが難しい。
五木 賢(さか)しらな年頃になると、なかなか万葉の味が素直に通じないのかもしれない。
中西 そうそう。
五木 ただ、『中西進の万葉みらい塾を読ませていたダウていると、かなりセクシーな恋の歌も出てくるし、賽の目を歌ったギャンブルの歌もある。ああいう作品をどんなふうに子どもたちにお話しになるんだろうと思って、ハラハラしながら読んでました。スリル満点でしたよ。
中西 ありがとうございます(笑)。大伴旅人(おおとものたびと)の「賢(さか)しみと 物いふよりは 酒飲みて 酔(ゑい)泣きするし まさりたるらし」という歌がありますね。
五木 利口ぶって喋るより飲んで泣いたほうがいい、というやつですね。
中西 この歌を取り上げて、子どもたちにこんなふうに言うわけです。「君たちも、たまには息抜きをしてゲームなんかすると次の勉強がよくできるよね」と。するとよく分かる。
五木 なるほど。
中西 天ぷらみたいなもので、衣を取ってあげたら、中にエビの味が出てくる。それを伝えればいいと思っています、
五木 天ぷらですか。面白い。しかし、大伴旅人って人もストレートですよね。「あな醜(みにく) 賢(さか)しらをすと酒飲まぬ人を よく見れば 猿にかも似る」とか。『サラダ記念日』の感覚だ。 ところで中西先生は、麻雀はおやりになりますか?
中西 やりません。
五木 残念(笑)。僕ぱ若い頃、作家の阿佐田哲也さんなんかと、夜を日に継いで麻雀をやっていた時期がありまして。麻雀をやりながら、ふざけて『万葉集』の歌のパロディをやっていた。
中西 パロディ?
五木 『万葉みらい塾』で、一二(いちに)の目 のみにはあらず 五六三(ごろくさむ) 四(し)さへありけり 双六の采(さえ)」という歌を取り上げておられますね。これをもじって、「メンタンピン のみにはあらず 裏ドラを 二丁 抱えて上がり待つなり」とか。
中西 なるほど。
五木 麻雀やらない人には分からないだろうけど(笑)。「東(ひむがし)の野に炎(かぎろひ)の立つ見えて」なんて歌をもじって、「東の 座にテンパイの 立つ見えて かえり見すれば 点棒傾きぬ」。持っている点棒が、どんどんなくなっていく、と。そんな馬鹿なことをやって喜んでいた時期がありました。
中西 ほお。『万葉集』のパロディで一冊お書きになったら、面白いんじやないでしょうか。

戦時中にもあった万葉ブーム

五木 『万葉集』というのは、実は戦前、戦中から流行歌や歌謡曲、軍国歌謡の中に、かなり流れ込んでいて。僕らは子どもの頃からいろいろな形で、万葉の流れにある歌とは意識せずに歌っていました。
中西 「海ゆかば」なんかも、そうですよね。
五木 私は昭和七(一九三二)年の生まれで、戦争中に少国民と呼ばれた世代です。学徒出陣こそしなかったけれど、少国民として、大政翼賛会の指導の中で小学校、中学校時代を過ごした人間です。その頃に一時、一大万葉ブームというのがあった。『万襲集』は連綿として愛され続け、研究され続けてきたけれど、社会的に一大ブームになったのはやはり昭和の戦争の頃だと思います。
中西 まあ、そうですねえ……。
五木 僕らは教育勅語や軍人勅諭が身体に染みこんでいて、今でも口からすらすら出てくる世代です。『万葉集』も、「御民(みたみ)われ 生ける験(しるし)あり 天地(あめつち)の栄ゆる時に あへらく思へば」と、「今日よりは 顧みなくて 大君の 醜(しこ)の御楯(みたて)と 出で立つわれは」の二首が、今も染みついて離れません。万葉との出会いがそこから始まったというのは、ある意味で、ひじょうに残念な世代だったと思うんですよ。しかも、なんでこの二首が身体に染みこんだかというと、実に美しいメロディがついていたからなんてすね。
中西 はいはい。
五木 そして万葉の「今日よりは……」のもじりだと思うけど、若い人も高齢者も共に歌っていたのが、「我が大君に召されたる 命栄えある朝ぼらけ」という「出征兵士を送る歌」です。「いざ征けつわもの日本男児」。ああいう歌の中で、もっとも感受性の豊かな時期を過ごしてきた。「海ゆかば」もそう。ですから、戦後なかなか素直に「万葉集」についていけないところがあった。虚心に万葉集と向き合うのは、ものすごく大変なことだったんです。
中西 よく分かります。
五木 その壁を破ってくださったのが中西先生でした。二〇ー二年、富山県の高志(こし)の国文学館の開館時に、先生に呼んでいただいて記念講演をさせていただいた。あの頃からやっと、『万葉集』に虚心に触れることができるようになってきたんですね。その後、万葉に関する本も読むようになり、そして今回の「令和」の騒ぎ。騒ぎといったら申し訳ないですけど。(笑)
中西 いや、騒ぎです。(笑)
五木 僕は「令和」の発表の仕方になんとなく政治的バイアスがかかっている感じがして、これに対してちょっとした不快感を書いたら、新聞に「五木寛之『令和を斬る』と大きな見出しがついてびっくりした(笑)。すみませんでしたね。(笑)

政治利用された『万葉集』

中西 戦争と万葉については、ひじょうに大事な話なので、もう少し深めたいと思います。私は軍の学校(編集部注:海軍経理学校)を受けましたか、入学試験で上半身裸の写真を提出させられた。そういう時代に育ちました。しかし学問に関しては私は幸せでした。私より前の世代、つまり大正時代に生まれた若者は、悲劇のどん底に落とされた。生き残った人は、戦争に対する文学のあり方、つまり国学がいかに間違っていたかというところから、自分の戦後の学問をスタートせざるをえないというエモーショナル(引用者注:「感情的な」「情緒的な」という意味)なものがある。
五木 分かります。
中西 そのことに関して、結論的な言い方になりますが、政治というものの大罪があるんだろうと強く感じます。軍国主義が作り上げようとしたポリシーの中で、あらゆるものが利用された。その中で一番大きく利用されたのが、『万葉集』でした。同時に、本居宣長などのいわゆる国学も取り込まれていった。
五木 なるほど。
中西 本来、五木さんが子ども時代に覚えた二首が『万葉集』を代表する歌であるなんて、ありえないわけです。「今日よりは 顧みなくて 大君の 醜の御楯と 出で立つわれは」という防人の歌は、作者の身分を調べてみると、下士官(火長)なんてすね。兵一〇人の長です。
五木 ほう、そうなんてすか。
中西 下士官は、戦闘のプロです。そして歌には「今日より私は皇軍の勇士になったよ」とある。それは彼の来歴を物詰っています。当時、毛野国(けののくに)、今の栃木から群馬に大豪族がいて、おそらく長年の蝦夷(えみし)対策の大軍団を持っていた。これを大和朝廷が征服し、跡継ぎのプリンス上毛野(かみつけのの)君稚子(きみわかこ)を消すためにあえて次の戦争の総指揮官にした。それが六六三年の白村江の戦いです。
五木 日本軍が大敗した戦いですね。
中西 その時の生き残りの正規兵が、朝廷の軍に入れられ、防人となったと私は考えます。いつも軍国主義に用いられる歌はたった一首、この男の来歴の証明の歌です。これが万葉を代表する歌だなんていうのは、あまりにも無知に過ぎます。
五木 古代史の直木孝次郎先生からうかがった話ですが、学徒兵として出陣する際、多くの学徒が『万葉集』を背嚢に忍ばせていたそうです。ある学徒兵が前線で歩哨に立っている時、月明かりの下で『万葉集』を読んでいたら、下士官から「何やってるんだっ!」と怒鳴られた。その本を見せろと言われて見せたら、「おぉ、マンバ集か。それならよい」と言われた、というんです。
中西 どなたかの実体験なんですね。
五木 そうです。つまり下士官は、『万葉集』を読んだことがない。でも、「御民われ」も「醜の御楯」も「海ゆかば」も『万葉集』から来ている。だから、軍人勅諭を暗記するのと同じ日本国民の大事な本、という感覚で、それならよい、と言ったんでしょうね。
中西 そういうお話を聞くと、骨をえぐられるように辛い気がします。つまり、万葉とのかかわりの中で、世代論みたいなものがあるわけです。どういう時代に生まれるかは、宿命的なものです。大正時代(引用者注:大正生まれの意か)の男子は、選択なしに兵に取られ、残酷な死を迎えた。「時代」というものを考えると、すべてのインテリと呼ばれる人たちは、これからの時代に先立ってよくよくものを考えなくてはいけない。自分たちの孫やひ孫の時代にどうなっているかという視点で、物事を見極めるべきでしょう。
五木 おっしゃる通りだと思います。僕らの子ども時代はラジオしかない。戦況が好調な時は、臨時ニュースの前に「軍艦マーチ」が入る。逆に、たとえば山本(五卜六)元帥が亡くなったとか、そういうニュースの時は、イントロの音楽が「海ゆかば」なんですよ。それと先ほどお話しした「御民われ」と「醜の御楯」が三点セットになって、トラウマとなってしまっていて、戦後もなかなか抜けませんでした。
中西 育った場所も影響しているでしょうね。五木さんは、当時朝鮮半島にいらした。
五木 はい。平壌(ピョンヤン)です。
中西 だから、一層、色濃かったのでしょう。植民地政策の中だから。
五木 植民地に行っている人は、かえって祖国意識、故郷意識が強いんですね。ですから私か子どもの頃、周りの日本人の家庭にはたいてい俳句歳時記がありました。母国とつなぐ絆のようなものとして、歳時記が存在していたんです。
中西 俳諧は南米の佐藤念腹など日系人の間でも盛んでした。移民だちか、自分と故郷をつなぐものは何かといったら、日本語であり、詩歌である。その中で手軽なのは俳句だから俳句にしよう、と。それに歳時記というのは、風土と密接に結びついているものですから。
五木 もともと、『万葉集』というのは.活字のテキストとして机の上で読むものではないんじやないかという気がずっとあります。『万葉集』として記録され、編纂された頃はどうだったんでしょう。
中西 歌っていたんですよ。

メロディに乗せて歌われた

五木 僕は、父親が師範学校で国語と漢文の教師だったもので、毎朝、朗詠をやらされました。朗詠はメロディのパターンがあって、それに合わせて歌っていくんです。『万葉集』もひょっとして、そういうパターンがあったんじゃないでしょうか。
中西 たぶんあったでしょう。五七や四六とか、音数律がありますから。
五木 唐の時代の文人は、「填詞(てんし)」という優雅な遊びをやっていたそうですね。「填」は言葉をうずめる。たとえば詩の宴の時、ある特定のメロディを課題として出して、そわに合わせてみんなで詩を作って競い合う。今でいう「メロ先」ですね。『万葉集』も、同じようなことではなかったのか、という気もします。
中西 私はそのあたりの研究はまったくしていませんか、あることは確かです。というのも、『万葉集』には「ハレ」とか「ワシ」といった囃子言葉まで入っていますから。「ワシ」は、今のワッショイですよ。こういう囃子言葉が文字として残っているということは、必ず、韻律に乗せた表現の仕方をしているはずです。
五木 そういえば中国の山岳民族の間では、男女が公開の席で即興で歌を交わし合ういわゆる「歌垣(うたがき)」がいまだに残っているらしいですね。
中西 宮崎県の椎葉村でも、習俗が残っていました。椎葉村は柳田民俗学の発祥の場所ですが、私か行った時も、ステージみたいなところで夜通し踊っていて、参加している人たちが歌詞を言うんです。すると見ている人が答えて、即興で歌い合うんです。「これだ」と思いました。
五木 へえ、そうなんですか。富山に「越中おわら節」つてありますよね。あれはすごく難しい民謡で。金沢に住んでいた時に、覚えようとしたけれど無理でした。でも間の囃子部分はなんとか素人でも歌える。「越中で立山、加賀では白山」なんて家持(やかもち)調のおハヤシです。うまい歌い手が嫋々(じょうじょう9と歌うと、まわりが合いの手を入れる。そんな感じで『万葉集』も歌われていたんじゃないのかな、と。
中西 それは非常に面白いご指摘ですね。
五木 素人考えですが、耳で聞いて心地よい歌ってありますよね。僕は『万葉集』の中でどういう歌が好きかと聞かれると、字面が華やかな歌より。音で感じて心地いい歌を選びます。たとえば山上憶良の「憶良らは 今は罷(まか)らむ 子泣くらむ そのかの母も 吾(あ)を待つらむそ」。「ら」がたたみかげるように続けて入ってきて、口にするとコロコロ転がるようで気持ちがいいんですよ。リズムがあって。一種のラップ調といいますか。ああいう歌が大好きなんです。
中西 「ら」という音は、五十音の後ろのほうですよね。
五木 そうですね。
中西 なぜなら、ラ行とワ行は外来音だからです。
五木 あ、そうか。なるほど。
中西 もともとはマ行でおしまい。Mと閉じる音ですから。そこに後の時代になり、日本人が外来音に慣れて発音できるようになった頃、ラ行とワ行がつけ加えられた。
五木 面白い。ラとかワとかは、当時、ひじょうに新鮮な音だったわけですね。
中西 そこなんですよ。憶良はインテリだから、外来っぽい音をあえて使って、教養を示した。一方、こういう例もあります。「大宮の 内まで聞こゆ 網引(あびき)すと網子(あご)調(ととの)ふる海人(あま)の呼び声」という長忌寸(ながのいみき)意吉麿(おきまろ)の歌。頭が全部ア行なんですよね。
五木 うーん。なるほど。
中西 これは明らかに一種の言葉遊びです。持統天皇はダジャレが大好きで、そういう歌を即興で詠める人がそばにいるんですよね。
五木 そういう歌が出てくると、「面白いね、これは」と座が沸くわけですね。たぶん生き生きとした音とメロディとリズムがあったはずで、そういう音の立場から『萬葉集』を考える視点もあるのではないかと思いますけど。
中西 ダジャレみたいな言葉遊びが存在するのは、実際、当時は声に出していたという証拠だと思います。『万葉集』の研究はまだ緒についたばかりですから、これからいろいろな研究が出てくると思います。

代弁者こそアーティスト

五木 僕の考えでは、詩を作るにはやはり技(わざ)が必要なんです。ですから、人の話を聞いて、「あなたの気持ちを歌にする」という専門家、プロフェッショナルがいたのではないかと思います。
中西 「恋文横丁」みたいなもんですね。
五木 ほんと(笑)。僕は、その人こそ表現者というか、芸術家だと思うんです。津軽の恐山にイタコっていますでしょう。イタコは、相手と話しているうちに、相手が何を望んでいるかということに感応していく。すると神かかった中で、相手の心の中で望んでいる言葉を投げ返す。
中西 なるほど。
五木 僕は、小説に関しても、「物語を作るのは読者だ」といつも言っています。小説家は、それを引き受けて形にして投げ返すメッセンジャーだと思っているので。
 『万葉集』の時代も、一般庶民、たとえば防人が、それほど言葉をうまく使えたとは思えない。そもそも字を読み書くのはエリートの技術ですから。やはり、そういう人の生き生きした気持ちを汲んで、歌の技法を持った人が代作したものもたくさんあるのではないかと思います。
中西 それを証拠立てるものとして、東国の農民の歌に、(柿本)人麻呂の表現と同じものが出てきます。普通の解釈だと、人麻呂がいかに民衆の口ぶりを知っていたか、ということになる。でも五木説に則ると、人麻呂の歌を知っているプロの歌人が、最終的な形に取りまとめるというプロセスがあるから、そうなっているんだと解釈できます。これはひじょうに新しく、かつ有力な説だと思います。
五木 こんなことを言い出すと叱られそうですが、東歌にしても、民意を身体全体で感応して、イタコのように投げ返す人が歌人としていたんじゃないかという気がしますね。
中西 民衆の代弁者みたいなプロがいて、その頂点に宮廷歌人と呼ばれるような人たちがいた。人麻呂も、どうやら大阪の堺あたりの出身者だったらしいのですが、なぜ河内国にいた一介の人間が、持統天皇の即位とともにあれだけ世に出たのか。
五木 たしかに。僕も昔からそこに興味がありました。関西では、かつて被差別の人びとを「垣外(かいと)」とも呼んでいた。垣の外と内を区別する古い慣習があったのです。その中から、ものすごく表現か巧みだったり、歌がうまかったりしたため、宮廷に重用された人がいたとします。するとその人物は、外でもなければ内でもない微妙な境界のヒトになるわけです。「垣の内」ではない。「モト」という言葉の微妙さに注目したい。つまり垣の外でも内でもない境界線上にいる存在が、人麻呂なのではないか。これは小説家の妄想ですが。
中西 それは、我々のような融通のきかない学者でも耳を傾けたくなる説ですね。名前にわざわざ「人」をつけること自体、不思議ですよね。人でないから、人と名乗るんだ、と。
五木 彼はサルと呼ばれていた、という話もありますよね。
中西 柿本?(かきのもとのさる)という人が死んだ記録が残っています。つまり、サルと呼ばれても人でございます、というのが人麻呂かもしれません。「人」でいえば、山部赤人とか、高市(たけちの)黒人という歌人もいますね。
五木 歌人というとすごく教養人のように思えるけれど、その場で即興的に歌を作ったりダジャレにして歌ったりするのは、いわば芸能者です。
中西 秀吉のお伽衆の曽呂利新左衛門なんかも、そういう存在ですよね。
五木 頓智は「頓」、即座にというのが大事なんです。考える知恵者ではだめ。「頓」とは、間髪を入れず、という意味ですから。たとえば天皇が「いい景色だ。心が晴ればれとするなあ」とか「あそこにいる娘は素敵じゃないか」とつぶやかれたら、即座に見事な歌を詠む技術を持っている人が、当時の歌人だと思います。
中西 朝廷は、面白いから芸能者たちを雇った、ということになるでしょう
五木 そのへんのことに多少注目したのが、折口信夫などの民俗学者ですね。芸能者、乞食者(ほかいびと)、まれびとなどについて、言及しています。
中西 『万葉集』にも、乞食者の歌があります。「難波の江に庵を作って隠れ住んでいる蟹の私を、帝がお召しになるのは、なんのためだろう、歌人としてだろうか、それとも琴弾きとしてだろうか」というのも、乞食者の歌です。
五木 そういう意味では、『万葉集』というのは、民俗学的にもすこぶる興味のあるところですね。『万葉集』を分け入っていくと、もしかしたら日本の古代の、ものすごく深いところに辿りつくかもしれません。
中西 今後の研究で、いろいろなことが明らかになるでしょうね。

「音」で味わいたい

五木 なぜ戦争中に覚えた万葉の歌が八十七歳の今日まで骨身に染みているかというと、メロディがついていて大きな声で歌っていたからです。
中西 そうでしょうね。
五木 ある意味、反面教師とも言えますが、「海ゆかば」を作曲した信時潔(のぶとききよし)という人はすごく才能があったと思います。あの曲は、歌としては絶唱ですね。あれを超えるようなメロディが『万葉集』につかないかな、と思うんですけど。最近の音楽家は、ちょっと怠慢なのかもしれませんね。
中西 別宮貞徳(べっくさだのり)という方が、『日本語のリズムー-四拍子文化論』という、大変面白い本を書いています。音数というのは、呼吸から来ている。五七五七七も、呼吸にあった音律だ、と。民族によって、何を美しいと思うかという最大公約数的なものがあり、ひとつ我々は五と七の音数にメロディを感じる。それはひじょうに生活的なもので、作為ではないと思います。
五木  僕は長年ずっと、歌というものにこだわっているんですけど。記録されて、文字になった時に、消えるものがあると思っています。記録されたことによって永遠に残るわけだけど、記録されたことによって消えるものもある。それは何かというと、肉声であったり、メロディだったりする。
中西 中国では、黄帝の時代に倉頷(そうけつ)が鳥の足跡にヒントを得て文字を作ったと伝えられています。『淮南子(えなんじ)』には、文字ができて以来、文物制度が整って国家もうまく治まるようになった。そのかわり「鬼は夜、泣くばかりになった」と書かれている。鬼とは魂のことなんですね。文字ができたら魂が昼間に出番がなくなり夜泣くしかない。つまり、魂の喪失を生みだしたのが文字である、と。文字というものが、魂を失わせたという事柄の重み。それをどのように是正していくかということが大事なわけで。黙読が、魂を泣かせている。
五木 うーん、面白いですね。
中西 私は今、京都の市立図書館を統括する役を任されています。図書館はし~んとしていて、音を立てるとおじいちゃまが「うるさいっ!」と怒る。まるで死の空間です。少なくとも沈黙を心地よいものにするには、かすかな音楽を流すべきだ、と。館長中西は一〇年来そう言い続け、今、そうなりつつあります。さらに、隔離した空間を作り。音読ルームを設けようと提案しています。声を出して読むのと、声を出さないで読むのとは、大きな違いがありますよ。
五木 それは、まったく違うと思いますよ。ちょっと関係ない話で恐縮ですが、ブッダは一行も文章を書いて残していません。
中西 全部、喋っているだけ。
五木 そうです。弟子たちがそれを聞いて、夜に集まって、「今日ブッダはこうおっしやったね」「いや、皮肉な顔をしていたからあれは反語だろう」などと話し合い、その言葉をまとめるんです。それを暗記するために、リズムのあるポエムにする。それが「掲」ですね。それをみんなで朗誦し、暗記し、後に原始仏典が編纂されるわけで、最初の頃の仏典は詩の形をしていて、やたら繰り返しか多い。
中西 はい。
五木 それは、歌だからですね。で、大事なところは繰り返しリフレインする。中西先生は富山と縁が深いのでご存じだと思いますが、あの地域は一向宗が盛んです。良く親鸞の教えが染みこんだのは、老若男女が声を合わせて歌う「和讃」のおかけでしょう。
中西 和讃。ええ。
五木 親鸞は『教行信証』など難しい本も書いたけれど、八十を過ぎて何百という歌を書いた。その和讃でもって、あの地域に一向宗の他力の信仰が根付くわけです。僕は『万葉集』にも、耳で聞き声に出して歌う、そういう方向が出てくるといいなあとひそかに思ってるんですげどね。
中西 歌うというのは大賛成です。そう考えると、やはり『万葉集』を歌えるような器としてのメロディーを定着させるべきでしょうね。

歌謡曲に潜む万葉の影響

五木 これは僕の考えですが、今回「令和」をきっかけに再び『万葉集』に光が当たるまでは、歌謡曲や流行歌の人たちが、『万葉集』の影響をさまざまに受けて作品を書いてきたと思います。
中西 面白い視点ですね。
五木 たとえば、美空ひばりが歌った「みだれ髪」。星野哲郎さんが書いた「春は二重に巻いた帯 三重に巻いても余る秋」などというヒ五調の歌詞は、目に見えない形で『万葉集』の影響を受けているような気がしますね。
中西 なるほど。こういうお話は学
会ではできないので、嬉しいですね。
五木 こうして考えてみると、『万葉集は時代を超えて、さまざまな明暗の中をさまよいながら、今また光が当たっている、と。先生の「万葉みらい塾」で『万葉集』を教わった子どもたちが、この先どういう大人になっていくか楽しみです。なにせ「みらい塾」ですから。
中西 いつもそれを感じるんですよ。小学校時代に話を聞いてくれた子どもの中に。大学院に入って「万葉集を研究しています」という人もきっといると思うんです。なにせ、今まで教えた子どもたちは何千人もいるわけですから。
五木 『万葉集』も一日にして成らず、というか。今、多くの人に再び興味を持ってもらえるようになった。
中西 五木さんみたいな文学者が、そういうことを言ってくださるのは、ものすごく助けになります。
五木 繰り返しになりますが、声に出すことで身体が覚えるので、歌は無理だとしても、せめて音読してもらいたいですよね。
中西 そうですね。

自ら律する心が「令」

五木 いずれにせよ、我々は令和の時代に生きて、たぶん令和の時代に世を去るわけです。その「令和」という時代に大きくかかわられたことについて、ご感想はいかがですか?
中西 私は国民の一人として、ひじょうにいい「いただきもの」をしたと思います。実は「令」という字は、禁欲という意味も強いんです。自ら律することで、「令」という意味が出てくる。
五木 なるほど。今、私たちの社会は、ありとあらゆるものを浪費しすぎていますよね。その結果、地球環境の問題も起きている。ですから、清らかに節欲する気持ちがあってもいいのかな、と。そういう気持ちがかすかに中に入っているとすれば、象徴的でとてもいい言葉ですね。
中西 そうです。ある方は、ノブレス・オブリージュだと言いました。そういうことが、「令」の字に籠められているわけです。
五木 たしかに、なごやかなだけではなく、ちょっと凛としたものがありますね。
中西 「令」という字には、いろいろ批判もありました。
五木 命令の「令」だとか。
中西 命令だって、いい命令であれば聞くのであって、悪いものは聞かないのか本来の「命令」です。強いて言えば、「巧言令色鮮し仁と『論語』に書いてある」というのが、中西に与えられた最後の難関だった。
五木 なるほど。
中西 ところが、巧言令色はいいという作家がいるんですよ。それが、太宰治。(笑)
五木 大宰府だけに太宰が味方。(笑)
中西 『万葉集』は百貨店と言われるくらい、ありとあらゆるものが含まれている。だから、時代によっては問題も起きるわけです。
五木 都合のいいように抽出して、利用されることもあるわけですね。
中西 いつもそうです。これだけ残酷な歴史も刻んでしまったのですから、この先、研究者はよくよく心して学問に励まないと、と思います。
五木 先生にはこれから先、令和と競争して、百歳以上までお仕事していただきたいですね。
中西 (笑)。本当に話がつきないですね。今日は楽しかった。ありかとうございました。



五木寛之 いつきひろゆき
1932年福岡県生まれ。57年早稲田大学ロシア文学科中退後、66年 さらばモスクワ愚連隊、jでデヒ.J ̄ ̄'067年。蒼ざめた馬を見よ で直木賞受賞 吉川英治文学賞。菊池寛賞、毎日出版文化賞特別賞他。青春の門、「戒厳令の夜」 蓮如 親鸞 「続・孤独のすすめ」 など著書多数。

中西進 なかにしすすむ
1929年東京生まれ。59年東京大学大学院修了。国際日本文化研究センター教授、大阪女子大学長などを歴任。 94年、宮中歌会始の召人。2013年文化勲章受章。「日本人の忘れもの」「古代日本人・心の宇宙」など著書多数。現在、高志の国文学館長、日本学基金理事長などを務める。



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2020-04-10 17:32

武漢肺炎<責任転嫁は中国病、黙っていたらダメですよ


 「明日への選択」という情報誌がある。

2020-4-9明日への選択20年4月号表紙

日本政策研究センターが出しているものだが、ここに面白い記事が有った。
題して
『日本人の知らない「中国病」 黄 文雄』
はて中国病と言われても知らないのだが、謳い文句はとみれば・・
 ・中国の歴代王朝が、疫病で滅びたケースは結構多くて、漢から始まって、隋も、元も、明も、みんな疫病で滅びたと言えます。

こんな話なのだが、私の気になったことを抜萃して引用します。
尚記事の電子版はないので、スキャナーでスキャンし、OCR変換し電子化しました。変換ミスなどがあるかも知れませんがご容赦を。

それでは最初に見出しと気になった部分を取り上げます。尚全体に大変貴重な意見なので、全文を末尾に掲載しました。宜しければご一読いただければ幸いです。


巻頭インタビュー 日本人が知らない「中国病」      黄 文雄
・疫病で滅んだ歴代王朝
  中国の歴代王朝が、疫病で滅びたケースは結構多くて、
  漢から始まって、隋も、元も、明も、みんな疫病で滅びたと言えます。

・世界に疫病を拡散
  14世紀のペスト(ヨーロッパの全人口の30%から60%が死亡したとされる)、
  20世紀のスペイン風邪(全世界で5千万人~1億人が死亡)、21世紀に入ってSARS、
  以上いずれも中国から拡散。
  また台湾の経験。台湾は過去、瘴癘の島で、疫病が酷く人が住むには不適の土地だった。
  それが日本統治で疫病が絶滅し人が住めるようになった。
  しかし、1949年、国共内戦に敗れた蒋介石の国民党が入ってくると、疫病が大流行した。
  コレラ、天然痘、ペスト、チフス、マラリアなど、台湾で絶滅していた伝染病が
  爆発的に広まった。
  引用者注:この台湾での経験は貴重です。無制限に中国人を入れるとどうなるか。
  現在日本に来ていた中国人は所得制限である一定のレベル以上の人だけです。
  低所得層は大挙してタイに行っていましたが、その結果は惨憺たるものでした。

・なぜ疫病が流行するのか
  中国は衛生観念が希薄で物凄く不潔。根底には中国の基礎的思想である儒教がある。
  儒教では八徳(仁義礼智信忠孝悌)を説くが、この中には清浄清潔はない

  この八徳という概念は中国の中では一般的の様で、忘八と言えば、八徳を忘れた者、
  つまり「恥知らず」「馬鹿野郎」「妻を寝取られた間抜け」などの最高の罵り言葉。
  その発展型の王八蛋も同様の罵り言葉。だから八徳は良く知られた概念です。

  中国には清浄という概念が無いが逆に日本には古代神話の昔から水で清める習慣がある

  例えば、手水(ちょうず)・・・日本人にはこれが当たり前だが・・・
2020-4-10手水
https://www.kokugakuin.ac.jp/article/10585  より拝借

  今回私が痛感したのが、この清浄という概念が儒教国には無いこと
  だから中国も韓国も非常に不潔。
  私のタイでの経験でも、清浄という概念の無い連中に教えるのは至難の業だった。
  この清浄という概念のない連中が隣の国に十数億人もいる。ここが重要だと思う。

・ジコチュー(自己中)とニセモノ(偽物)
  永年戦乱に明け暮れた中国は家族以外は信用できない自己中な人間を作った。
  また自分勝手で人を騙さないと生きていけない社会でもある。

・何でも食べる食文化
  中国人はヘビもトカゲもネズミも何でも食べてしまう。
  「四本足のものは机以外は何でも食べる」と言われるほど。

・情報統制は皇帝制度の時代から
  天変地異が起こると天子の徳の有無が問われるという文化。
  だから絶対権力者の機嫌を損ねるのを恐れて、やっぱり報告しない。
  武漢で大変なことが起こっていても。言えない。
  言ってみれば、これは「中国病」です。

・責任転嫁に注意せよ
  天変地異が起こると天子の徳の有無が問われる文化。
  それで習近平のせいだと批判され、それを口実に反体制運動が広がるのを怖れている。
  だからこそ、それをかわすために責任転嫁する
  自分のことは棚に上げてすぐ誰かに責任転嫁するから、黙っていたらダメですよ


こんな所が私の気になったことです。今現在、集近閉は責任逃れに必死。
自国の事情を無視して、アメリカやイタリアにマスクなどの医療品を送ったり、医師団を派遣したりしている。その腹の内はこんなもの。
中国の考えていることがとても良く分かる。



以下は参考用に「明日への選択」記事全文です。興味のある方はどうぞ見てください。
流石黄文雄先生、シナ人のことをよくご存じです。

<以下日本政策研究センターの情報誌「明日への選択」より引用>
(引用者注:雑誌をスキャナーでスキャン・OCR変換したので変換ミスはご容赦を)
巻頭インタビュー

日本人が知らない「中国病」      黄 文雄

疫病で滅びたケースは結構多くて、漢から始まって、隋も、元も、明も、みんな疫病で滅びたと言えます。

    中国・武漢発の新型コロ
 ナウイルスはいまや世界中に拡散され、WHO(世界保健機関)が『パンデミック』を宣言し、各国が「非常事態宣言」や「国境封鎖」を行う事態にまで発展している。ある研究者によると、人類史の中で最も多くの命を奪ってきたのは戦争でも自然災害でもなく感染症だとされ、一日も早く収束することを祈るばかりだ。
 中国の文明史について多数の著書がある黄文雄氏によると、中国は歴史上たびたび感染症(疫病)の発生を繰り返し、それにより歴代王朝までもが滅びたばかりか、中国国内で発生した疫病が原因となって世界に疫病が拡散し、大きな被害を与えてきた歴史があると指摘する。中国と付き合うということは、こうしたリスクを伴うということを、痛感せすにはいられない。

 疫病で滅んだ歴代王朝

 黄 戦後の日本では、中国の歴代王朝が衰亡した原囚が語られるとき、暴君の悪政によって人心を失ったとか、天命を受けた天子の徳が衰えて易姓革命が起こったとか、そういう儒教的伝統史観に基づくものが多いと思うんです。
 しかし、歴代王朝の崩壊期によく見られるのは、自然環境の悪化から社会環境の悪化が起こり、それが連鎖的に拡大再生産を繰り返し、水旱、疫病、飢饉、流民の大流出、戦乱の激化、そして帝国が破壊するというパターンです。そういう経済社会史的分析が、戦後の日本には欠けていると思うんですね。

ーーー 歴代の王朝が滅びたのは必ずしも人心を失ったり、外敵によるものではないと。

 黄 そういうことです。なかでも疫病で滅びたケースは結構多くて、漢から始まって、隋も、元も、明も、みんな疫病で滅びたと言えます。
 漢の時代から見てゆきますと、西暦七一年から一八六年までの間に五回も疫病が大流行しました。それで力が弱ったところに黄巾の乱が発生して、結局、漢は滅びてしまった。
 それから、隋も同しです。隋の皇帝煬帝は聖徳太子の国書に激怒したことで知られていますが、彼は魏、晋、南北朝と四百年近くにわたって分裂を繰り返していた中国の混乱に終止符を打った皇帝です。ところが、隋末から唐初(六一0年~六四八年)の四十年間に七回も疫病が流行した。その影響で隋はわずか三十年で滅んだんですね。

ーーー 疫病は王朝を覆してしま
うほどの破壊力を持っていた。

 黄 モンゴル人工朝の元も、疫病が原因で滅んでいます。世界帝国を築く原動力になったモンゴルのあの騎兵軍団が弱くなったからではない。
 中国の災害の統計(『中国古代重大自然災害和異常年表総集』)によると、元末(一三四一年~一三七○年)には「大疫」が十一回起こったと記録されています。その結果、バタバタと人が倒れて行った。中国の人目は、一二〇〇年に一億三千万人だったのが、疫病の流行によって人口が激減し、一三九三年には六千万人まで減少しています。そうした中で、江南に群雄が割拠し、紅巾の乱をはじめ各地で反乱が起こった。それで元王朝は大都(北京)を捨てて、モンゴル高原に退いたんですね。
 元の次に中国を支配した明も、疫病で滅んでいます。明が滅びた後は清か立ちます。けれども、その間に李自成の反乱軍が北京を占領するということもあった。その李自成は明朝のラストエンペラー崇禎帝のことを評価しています。崇禎帝は深夜まで臣下の意見書に目を通すなど憂国の君主でした。だから、悪政や外敵によって滅んだわけではないんです。
 記録を見ると、明王朝の万暦帝と崇禎帝の間(一五七二~一六四四)に、ペストや天然痘が流行して、少なくとも一千万人の死者が出ています。もちろん、明は十六世紀後半から北のモンゴルと南の倭寇に悩まされ、万暦帝の頃には政治腐敗が進んでいたけれども、そこに疫病が追い討ちをかけて滅んだわけです。

世界に疫病を拡散

ーーー 中国は治乱興亡が激しく、易制革命によって王朝交代が

 黄 もう一つ知られていないのは、中国は国内で疫病を発生させて王朝を滅ぼしただけでなく、世界に疫病をばらまいてきたということです。
 例えば、十四世紀のヨーロッパでは黒死病(ペスト)が流行し、ヨーロッパの全人口は三分の一に減りました。その原因は諸説あるけれども、モンゴル軍の遠征が原因だという説も有力です。まず中国の南宋王朝にペストが流行し、それがモンゴル軍へと伝わった。チンギス・カーンの孫のモンケ・カーンは南宋への遠征途中でペストで病死しています。さらに、ペストはモンゴル軍を通じて西アジアへ伝染し、その後クリミア、ベネチア、北アルプスを経て、全ヨーロッパに伝わったんですよ。
 近代では、一九一八年のスペイン風邪(インフルエンザ)も中国発です。これは一九一七年に中国の南方で発生し、最初は中国に駐在していたアメリカ人が感染しました。そのアメリカ人が、第一次大戦のヨーロッパ戦線に従軍して発病したことでフランス軍が感染し、その後ドイツ軍にも感染し、そして全世界に拡散されたんですよ。スペイン風邪の感染者は五億人以上、感染からわずか四ヵ月で二千乃人が死亡し、最終的には五千万人~一億人が死亡したと推定されています。
 今の中華人民共和国ができてからも、何回も感染症が発生しています。一九五○年代にはアジアインフルエンザを、一九六〇年代には香港インフルエンザを撒き散らしてきました。特に香港インフルエンザによる死者は全世界で四百万人にのぼります。二〇〇〇年代に入ってからは、SARS(重症急性呼吸症候群)、鳥インフルエンザ、アフリカ豚コレラ、そして今度の新型コロナウイルスです。
 それ以外にも、WHOによると、現在の中国でのB型肝炎キャリアは八千八百六十万人。エイズ発症は五万七千百九十四件、梅毒は四十七万五千八百六十件。ロイターによると、結核の保菌者は五億五千万人。日本の外務省は「中国にはキャリアと呼ばれるウイルス保有者が大変多く、注意が必要です」とホームページに掲示しているほどです。

ーーー 中国は感染症の温床だと。

 黄 日本だって江戸時代は鎖国していたけれども、出島に出入りできた唐船から疫病が持ち込まれました。
 台湾も中国からの疫病でやられました。台湾はもともと「瘴癘の島」といって、疫病が酷くて人が住めない島だと言われていました。それが日本統治によって疫病が絶滅し、人が住める島になったんです。しかし、一九四九年に国共内戦で敗れて逃げてきた蒋介石の国民党が入ってくると、疫病が大流行した。コレラ、天然痘、ペスト、チフス、マラリアなど台湾で絶滅していた伝染病が爆発的に広まった。私はその時小学生だったからよく覚えていますよ。

なぜ疫病が流行するのか

ーーー それにしても。中国ではなぜこんなに疫病が発生するんですか。

 黄 そのことは今度出した本(『新型肺炎 感染爆発と中国の真実』)にも書きましたが、少し紹介しますと、まず衛生観念が稀薄なんですね。
 中国がものすごく不潔だということは日本の旅行社や商社マンはよく知っていると思います。例えば、中国の地方都市の公衆トイレは露天にレンガを積み上げて壁を作り、地面に穴を掘って板を渡しただけというのが多い。十九世紀の英国の旅行家イザベラ・バードは地球上で一番汚いのは中国だということを書いていますが、それは今でも変わっていないんです。
 そもそも中国人には衛生観念がないんですよ。これは中華文明の核にある儒教に「清浄」という徳目がないことからも分かります。神道、仏教、イスラム教では清浄は重んじられていますが、儒教は「仁義礼智信」などの道徳は教えても、清潔は教えない。
 これは中華文明が黄河から生まれたことと関係していて、黄河は黄土高原の真っ只中を流れ、大量の土砂が流れ込むので、濁流です。そこから穢れというものを忌避しない儒教のドグマが出来上がった。
 だから、中国と行き来している台湾商人の間では、何かあっても中国の病院には行かないという不文律が出来上かっている。死ぬかもしれないですからね。
 不衛生極まりないだけでなく、中国の病院は患者へのケアが杜撰で、ニセ薬が横行している。それなのに診療費はものすごく高い。だから、台湾商人は絶対に行かないんです。
 そもそも中国の医者の中には、ろくでもない人が沢山いるんです。これも儒教の影響で、「技」を扱う者は低級という観念が影響しています。日本の場合は成績が一番いい人間が医学部に入るし、医者は社会的に尊敬される存在だけれども、中国では成績の悪い学生が医者になる。漢方医の場合は七ヵ月ぐらいで医者になれてしまいます。そういうことだから、医者を軽んじる患者も多い。医者に対する暴力行為も頻発し、その件数は年問数万件にものぽります。
 こういう不完全な医療制度も疫病が流行する原囚の一つですね。

 ジコチューとニセモノ

 黄 中囚人のジコチュー(自己中心主義)な性格を災いしています。
 中国人だって伝染病は怖いので、自分の家はまだ少しはきれいにしようとする。でも、他人が使うものは汚くていいと思っている。二〇一八年、中国の五つ星の最高級ホテルで、客室係が便器や浴室を洗うのに使った同じブラシでコップも洗っている映像が流されて大騒ぎになりました。五つ星ホテルだってこうなんだから、他はどうなんだという話です。
 なぜそんなにジコチューなのかというと、もともと中国は戦乱が多く、殺し殺される歴史を繰り返してきたので自分の家族以外は信用できない。だから、会社を作るときも家族経営で、他人は入れない。「自分さえよければいい」という考えが染み付いているから、ゴミも糞尿も平気でホイホイ捨てる。だから環境汚染が酷いんです。


ーーー 大変な社会ですね。

 黄 このジコチューとも関係がありますが、ニセモノも疫病の発生と拡大の原因になっています。
 皆さんも中国はニセモノ大国だということはよく知っているでしょう。一説では、世界のニセモノの八〇%は中国で造られていると言われています。日本人には信じられない酷い話が沢山あって、下水に流された廃棄油を集めて「地溝油」というニセモノ油を造り、外食産業ではそれが使われていることがあります。また中国では水道水が飲めないのでミネラルウオーターを買う人が多いけれども、えたいの知れない湧き水や川の水を汲んで入れただけのものが多い。当然、衛生基準が守られているはずがない。ニセモノ業者はただ儲けるために造っているので、被害が出ても知ったことではないんです。

ーーー どうしてそういう自分勝手な考え方が横行するのですか。

 黄 これは生存条件と関係が深い。黄土高原はもともとは森林に覆われていたけれども。建材や燃料にするため伐り尽くしてしまった。中国人は木を植えないので黄土高原はやがて砂漠化し、特に北の方は水が出なくなった。それで人口は黄河の南の方に集中した。しかし、資源は有限なので、人口が密集すると生存条件が厳しくなる。中国の戦国時代に書かれた『韓非子』は、中国で戦争が起こる理由は「有限な資源の争奪だ」とズバリ指摘しています。自分勝手で人を編さないと生きて行けないのは、そういう背景があるんです。

何でも食べる食文化

ーーー 新型コロナウイルスの発生原因は諸説ありますが、コウモリが原因だという説もあります。それにしても、中国人はなぜあんなものまで食べるんですか。

 黄 中国人はヘビもトカゲもネズミも何でも食べてしまう。「四本足のものは机以外は何でも食べる」と言われるほどです。だから、市場では多くの野生動物が生きたまま売られているんですよ。
 二〇〇三年にSARSが流行した時は、ウイルスの宿主であるキクガシラコウモリから感染したハクビシンが市場で売られ、それを食べた中国人から広がったと考えられています。
 二〇一ニ年に発生したMERS
(中東呼吸症候群)は、ヒトコブラクダから人に感染したとされています。中国の市場ではラクダも売られているんです。
 新型コロナウイルの原因はまだ特定されていないけれども、動物のウイルスが何らかの要因で変異を起こし、人間に感染したのではないかというところまでは分かっています。
 つまり、中国人が何でも食べるということも、疫病発生の原因になっているということです。
 そもそも人間と動物が一緒に暮らしている生活スタイルが怖いんです。特に農村では、牛、豚、鶏、犬、馬が一緒に暮らしている。天然痘は牛痘にきわめて近い関係にあり、インフルエンザは豚、麻疹(はしか)は犬、普通の風邪は馬から感染する病気です。
 例えば、犬は中国に一億五千万匹以上いるとされ、農村だけでなく都市でも多い。犬に噛まれる事故は年間十万~十五万件も発生し、在中国日本大使館によると、毎年二千四百人前後が狂犬病で死亡しているそうです。

ーーー それでは、疫病が流行らない方がおかしいですね。

 黄 食文化の話に戻しますと、こんなふうに何でも食べてしまうと、結局は自然環境を破壊してしまう。例えば、中国ではヘビを食い尽くして輸入しているくらいですが、ヘビを食い尽くすと、ネズミが増える。ネズミが増えると、穀物が食い尽くされる。そうすると、砂漠化か広がる。砂漠化か広がると、飢饉になるという悪循環を引き起こす。砂漠化は食文化だけじゃなく、人口増加、森林資源の枯渇、農業による地力収奪なども原囚だけれども、やっぱりそういう経済社会史的側面を頭に置いておかないと中国は分からないと思うんです。

 情報統制は皇帝制度の時代から

ーーー ここまで文化的、経済社会史的な側面からお話いただいてきましたが。それだけでなく、共産党の問題もあるのではないかと思います。新型コロナウイルスが世界中に拡がってしまったのは、習近平政権が情報を隠蔽したからだと指摘されています。

 黄 中国共産党は情報統制を徹底していますからね。都合の悪い情報を遮断するのは日常茶飯事です。絶対無謬の共産党にとって「疫病被害の拡大を防げなかった」という失態は絶対にあってはならない。あっても人民に知らせてはいけない。この共産党の隠蔽体質がまず第一の原因です。
 ただ、この情報隠蔽体質は中国共産党独自のものというより、皇帝制度の時代からそうなんですよ。
 中国では昔から地方長官は中央政府から派遣されます。中央政府から地方長官として赴任する者が「官」。その地方の言葉を官に通訳する役目が「吏」という現地役人です。地方長官は地方での実績が、中央政府での出世を左右する。だから、疫病や飢饉の抑え込みに失敗すると、自分の無策を隠蔽し、中央に報告しない。あるいは被害を少なく報告する。
 特に、天変地異が起こると天子の徳の有無が問われるという文化があるから、絶対権力者の機嫌を損ねるのを恐れて、やっぱり報告しない。武漢で大変なことが起こっていても。言えない。言ってみれば、これは「中国病」ですよ。

一責任転嫁に注意せよ

ーーー パンデミックが「中国発」ということになると、習近平政権にとっても、命取りになりかねない。

 黄 そう思います。さっき言ったように、天変地異が起こると天子の徳の有無が問われる文化だから、習近平のせいだと批判され、それを口実に反体制運動が広がるのを怖れている。だからこそ、それをかわすために責任転嫁する。
 国内では、夥しい死者が出て非難の声が強くなってくると、「一月七日には感染症対策を指示している」とうそぶき、地方幹部四百人を処分しました。
 感染封じ込めの成果が出てくると今度は一転して、「中国以外の国は新型肺癘に勝てない」「世界は中国に感謝を」「ウイルスは米軍が持ち込んだ」と宣伝がどんどんエスカレートしています。
 日本に対しても、ビザ免除を停止したし、習近平訪日延期についても「日本も今大変な状況だから仕方がない」という感じで報道している。自分のことは棚に上げてすぐ誰かに責任転嫁するから、黙っていたらダメですよ。


黄文雄写真
天変地異が起こると天子の徳の有無が問われるという文化があるから、絶対権力者の機嫌を損ねるのを恐れて報告しない。
武漢で大変なことが起こっていても言えない。
言ってみれば、これは「中国病」ですよ。
<引用終り>     

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2020-04-08 17:31

武漢肺炎<メディアは海外からの讒言には反論する責任がある


 安倍首相が緊急事態を宣言して一日たった。
私は今回の緊急事態宣言での安倍さんの発言は本当に素晴らしいものだったと思っている。
特に冒頭医療関係者に対する謝意の言葉、多くの日本人の心を代表してくれた発言。素晴らしかった。

記録の為もあり、その会見の動画を貼っておきます。
動画では安倍首相の凄さと同時に日本のマスゴミのだらしなさが良く出たものになりました。




所がこの緊急事態宣言に対し、外国メディアからケチが付いており、それを日本のクソメディアが嬉々として報道している。

例えば時事はこんなことを流している。
比較に為、今回の緊急事態宣言とその前の小中高一斉休校についての報道を比べてみます。

<以下引用>
「措置遅い」「強制力ない」 緊急事態宣言で海外メディア
4/7(火) 18:39配信時事通信

 新型コロナウイルス感染者急増を受けた日本政府の緊急事態宣言発令について、海外の主要メディアからは、欧米諸国の非常事態宣言などと比べて「大胆な措置を取るのが遅い」「強制力も罰則もない」と厳しい見方が相次いだ。

 AFP通信は、日本の措置には外出禁止や店舗閉鎖などの強制力はなく、違反者への罰則もないため「欧米での都市封鎖(ロックダウン)とは程遠い」と報道。英BBC放送(電子版)は、専門家からは発令が遅過ぎるとの声が出ており、「ドイツや米国は、日本が社会的距離確保の措置実施や新型コロナの広範囲な検査実施に失敗したと強く批判している」と伝えた。

 米CNNテレビ(電子版)も、中国と経済・地理的に関係の深い日本では早い段階で感染者が出ていたのに「世界の他の多くの地域で見られるような大胆な措置を取るのが遅かった」と指摘。集中治療室(ICU)のベッド数や検査数の少なさのほか、人工呼吸器の不足で医療崩壊への懸念が広がっていると報じた。

 一方、ロイター通信は、緊急事態宣言の発令前から、ツイッターで「東京脱出」が話題になっていたと紹介。日本のメディアを引用する形で、別荘地の軽井沢には東京のナンバープレートの車が増えていることを取り上げた。
<引用終り>

しかし、2月27日には日本は小中高一斉休校を発表しているが、その時の海外からの「ケチ」報道も酷いものだった。
それを日本の太鼓持ちメディアが嬉々として報道する。今改めて読みと本当に吐き気がします。
しかしこんな事を一つずつ改革していかないと未来は開けません。我慢して読んでみると・・・。

<以下引用>

「日本政府の対応は“電車の衝突事故”のようだ」海外は日本の新型コロナ対策をどう報じた?
近藤 奈香 2020年03月03日

 新型コロナウイルスは南極を除く全ての大陸、約60か国に広がり、感染者数は世界で8万8000人を超えた(3月2日時点)。日本国内でもすでに260人の感染が確認されているが、日々増え続ける感染者数に対し、「日本政府は危機意識が低く、初期対応を誤ったのでは」と、国内から批判の声が上がっている。

「東京オリンピック中止」の可能性もささやかれるなか、日本の“新型コロナウイルス対策”に、海外からも注目が集まっている。それでは、海外メディアは日本の一連の対応をどう報じているのだろうか。各メディアの反応を見てみよう。

安倍首相の“危機感のなさ”が見えた?
 新型コロナウイルスに対する日本の対応として、海外でも集中的に報じられてきたのは「ダイヤモンド・プリンセス号」についてである。3月1日には、同船から全ての乗員乗客が下船したが、未だ事態は予断を許さない。

 既に日本人以外の乗客にも死者が出ており、2月28日には英国人の男性が、3月1日にはオーストラリア人の男性が亡くなった。彼らは各国において、新型コロナウイルスによる「初の死者」となった。

 ニューヨーク・タイムズ紙は、ダイヤモンド・プリンセス号での検疫には「ロードマップが欠如していた」とし、初期段階でマスク着用が徹底されていなかったことなど、現場での対応の不備を指摘。一方で、日本政府についても次のように批判した。

「日本人で新型コロナウイルスによる最初の死者が出た翌日(※2月14日)、安倍首相はタスクフォースの会議(※新型コロナウイルス感染症対策本部での会議)に8分間出席し、その後3時間、日本経済新聞会長らとの夕食を楽しんだ」

「電車の衝突事故を目撃しているようなものだ」
 ワシントン・ポスト紙は、「新型コロナウイルスに対する日本政府の対応は、スローモーションで起こりつつある電車の衝突事故を目撃しているようなものだ」と、独特な表現で厳しく非難。「決断を下さなければならないときに、安倍首相はためらった」と見る同紙は、その原因として、「4月に控える習近平国家主席の来日が、安倍内閣の対応に影響を及ぼした可能性がある」と指摘している。

 他にも、「日本は中国との関係性を重視しすぎたあまり、感染拡大を防ぐための初期対応に失敗した」と分析している海外メディアは多い。実際に、アメリカ、オーストラリア、シンガポールといった国々は、中国本土からの中国人の入国を、既に1か月以上も制限している。しかし日本は、武漢を含む一部の地域に限っては入国規制を設けているものの、中国本土からの全面的な制限には今も至っていない。

観光業はアベノミクスの“数少ない成功例”だった
 日本にとって中国は最大の貿易相手国であるが、それと同時に、インバウンド消費の最大の“お客様”でもある。日本政府観光局によると、2019年の訪日外国人数は約3188万人だが、そのうち約959万人が中国人だった。

 その観点からロイター通信は、「観光業の拡大は、アベノミクスにおける成長戦略として7年前に打ち出され、数少ない『成功例』の1つであった。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大によって、観光業への過剰依存が問題視され始めた」と報じている。日本が中国本土からの全面的な入国制限に踏み切れないのは、経済的な要因だけでなく、頼りにしていた“アベノミクスの成功例”への打撃を恐れたからではないか……とする報道だ。

医学的根拠のない一斉休校は「政治的パフォーマンス」
 そんな中、日本政府は2月27日、全国の小中高に3月2日からの臨時休校を要請するという、異例の発表を行った。これに対しドイツの国営放送ドイチェ・ヴェレは、「この決断によって多くの親は仕事を休み、子供の面倒を見なければならなくなった。多くの国民はツイッター等で安倍首相を批判している」と日本国内の反応を紹介しながら、政府がこの“要請”の医学的根拠を示せていないことを指摘。「今回の要請は、『決断力がある』行動をする意思がある、と見せつけるためにとられたとも考えられる」と、一種の政治的パフォーマンスではないかと分析している。

 また、ニューヨーク・タイムズ紙は、新型コロナウイルスは高齢者へのリスクが高いこと、そして日本は高齢化率(全人口のうち65歳以上が占める割合)が世界一であることに言及しながら、次の点を指摘した。「(日本の対応策は)全国の小中高を1カ月間休校にする、というもので、高齢者ではなく若者をターゲットとしている。若者はコロナウイルスへの感染リスクが低く、感染した際にも重症化する可能性が低いため、よりリスクが高い高齢者を守ることにはならない」

 同紙は今回の“一斉休校”が、結果的に正しい決断となる可能性を否定してはいない。だが、同じく高齢化が進んでいるイタリアや韓国では、「専門家のアドバイスに従い、高齢者に対し多くの検査を行い、治療と隔離に専念している」にもかかわらず、世界一高齢化が進んでいる日本で、真っ先に“感染リスクの低い若者”を守る対応策が打ち出されたことに、戸惑っているようだ。

東京オリンピックは中止になるのか?
 さらに、今回の決断の背景として「オリンピックに影響が及ぶ可能性がささやかれる中、安倍首相はウイルスを制御することに意欲的であると示したいのだろう」と同紙は述べている。それでは、新型コロナウイルスは今後、東京オリンピックにどのような影響を与えるのだろうか。

 ガーディアン紙は「オリンピックは中止となるのか。新型コロナウイルスによって中止になるスポーツ・イベントは」との見出しで、「テコンドー、フェンシング、レスリング、そしてサーフィンの種目が予定されている千葉において、新たに感染者が確認された」と報じている。「日本」や「東京」といった視点だけでなく、各競技が行われる地域においても、感染者の有無が注目され始めている。

 また、同紙は元水泳選手のイアン・ソープ氏にも取材。彼がオーストラリアのアスリートらに対し、東京オリンピックへの参加を決断する前に、自身の健康に配慮するよう呼び掛けていると報じている。

「オリンピックが無事に執り行われることを祈ろう」
 他にも、「IOCがオリンピック開催に変更はない、と言っている中でも、国際的には『日本が果たして充分な手を打っているのか』という懸念が共有されている」(ドイチェ・ヴェレ)、「日本政府は300億ドルをオリンピック準備につぎ込み、何十億というスポンサー料もぶらさがっている。オリンピックが無事に執り行われることを祈ろう」(ワシントン・ポスト紙)などと、着実に不安は広がりつつある。

 今後、日本政府はリーダーシップを発揮し、安心して東京オリンピックを開催できる環境を作っていけるのか。世界中が注目している。
<引用終り>

読んでいくと悪意のある言葉遣いが毛虫の群れのようにちりばめられていますね。
例えば
電車の衝突事故・・・
観光業はアベノミクスの数少ない成功例・・・
医学的根拠のない一斉休校・・・
東京オリンピックは中止になるのか・・・

もう突っ込みどころ満載の話だが、例えば・・・
アベノミクスが成功したのは失業率とかいろんなデータがある。観光業などはほんの付け足しだ。
医学的根拠が有るから一斉休校した。結果はすぐに表れている。
オリンピックはこの時点で延期しか検討されていないのに、中止と意図的に書き換えている。

こんな出鱈目の言いたい放題を嬉々として流す日本のゴミメディア。こいつらは本当は日本には要らないのだが、最低限、こんな言いがかりには反論しなければいけない。
それが羽織ゴロ・電波芸者はじめメディアの最低限の義務だと思うのだがどうだろう。


そして最低限こんな事を言って見てもバチは当たるまい。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の3月1日と現在の比較

        3月1日現在        4月8日現在
        感染者数  死者数    感染者数  死者数   100万人当り
1.アメリカ   ⑪66      0      400,335  12,841    39
2.スペイン  ⑫50        0     141,941    14,045    300
3.イタリヤ  ③889      21     135,586   17,127     283
4.フランス  ⑩73       2      109,069   10.328     158
5.ドイツ   ⑨79       0      107,663   2,016       24
6.中国    ①70,257  2,835         81,802     3,333     2
7.イラン   ⑤593       43      62,589     3,872      46
8.イギリス                  55,242    6,159     91
9.トルコ                   34,109       725        9
10.スイス                   22,253      821       95
13.カナダ                   17,897    381        10
17.韓国    ②3,150     17       10,331     192        4 
・・・中略・・・
30.日本    ⑥241       5          4,257        93     0.7
(国名の前の数字は感染者数順位、3/1現在の感染者数の前の○印の数字は3/1時点の順位)
(太字はG7の国、日本だけ感染者数、死者数、人口当り死亡率とも少ないのが良く分かる)

日本も苦しんでいる。だから緊急事態宣言になったのだが、日本のやっていることは数字に表れている。死者数である。
この表でも死者数が圧倒的に少ないのが分かるが、本当は人口100万人当たりの死者数を見るべきではないだろうか。
これで見ても日本が他の国と全く違うことが分かる。
国民の命を守る、こんな事を盛んに言う人がいるが、命を守るとはこう云う事である。
少なくとも先進国では桁違いの少ない死亡率。
ケチをつけてくる欧米メディアには、「君たちの言う事を聞いたら、こんな低い死亡率になるんですか?」、こう反論してほしいものである。

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2020-04-05 10:25

季節は清明、こんな時シナから日本への海路を考える


 昨日は24節気のひとつ「清明」でした。中国では清明節というお祝いで墓参りなどするらしい。
そんな清明について、私にはとても気になることがある。
以前、稲の伝来のルートについて調べていた時分かったこと。日本と中国の間には東シナ海が有り、往来は大変危険だとの常識があるが、その常識とは関係なく自由に往来していた連中がいる。倭寇である。

その倭寇の襲撃には時期が決まっていて、年2回あるのだという。
その倭寇の襲撃時期は旧暦の清明節(春分の日の15日後、今年は4月4日)から5月までの1~2ヶ月と、重陽節すなわち旧暦の9月9日(今年なら10月25日)から1ヶ月弱の間がその時期であった。

この倭寇の襲撃時期というのは、中国から日本へ小さな船でもたどり着ける時期。今中国は武漢肺炎で大騒動だが、そんな時心配なのがボートピープル。
そして、倭寇が暴れていた時期は中国から日本へ小さな船でもたどり着ける時期だということです。

丁度いまはそんな時期になった。これをシナからの難民を考えるうえで重要だと思う訳です。


そんな事で昔のエントリーで稲の伝来について考えたのですが、その記事から中国と日本との間の往来に絞って記事を纏めなおしてみました。

稲の伝来に関しての古いエントリーはこの記事
『古代の海の道から現在を考える  2014-11-24 17:52』
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1036.html


最初に倭寇が東シナ海を跋扈していた時の襲撃ルート

倭寇の侵略地とルート(中国の海商と海賊:山川出版社刊より)
2014-11-22倭寇の侵略地

その倭寇については良く分からないが、ほとんど唯一ともいえる倭寇を描いた図によれば

倭寇図巻(東京大学史料編纂室蔵)
2014-11-21倭寇図巻(東京大学史料編纂室蔵)

倭寇図巻(東京大学史料編纂室蔵)その2(部分)
2014-11-21倭寇図巻(東京大学史料編纂室蔵)その2(部分)

こんな小さな舟でこの大海原を暴れまわっていたようだ。

この様に時代が違うとはいえ、遣唐使船のような大きな船でも手こずった東シナ海の航海、それがあんな小さな船でも可能、その理由は上に上げた「中国の海商と海賊」では以下のように書いている。

 万暦「温州府志」兵戎志、海防、「入寇海道」の条を引用する形で、
「日本から帆船で東北風が多く吹けば、その風を受けて薩摩、長崎県の五島からただちに浙江省中部沿海地区に到達する航路となった。その際の目標が寧波府の象山県東部の海上に位置する菲山列島であった。そこから沿海にそって南下すれば温州が襲撃地となり、北上すれば舟山列島が襲撃地となるとみられたのである。
倭寇の襲撃時期は旧暦の清明節(陽暦の4月上旬)から5月までの1~2ヶ月と、重陽節すなわち旧暦の9月9日から1ヶ月弱のあいだがその時期であった。

つまり日本から中国に行き、そして帰ることに出来る時期は年2回あり、この時期であればあのような小さな船でも往来できたわけだ。
船乗りにとって風を読むことは命にかかわること、だから海の民は風のことを熟知していたのであろう。


中国江南地方と日本・朝鮮との航路が有る季節だけ往復可能であったことを裏付ける資料が同じ文献に出ている。

これは朝鮮半島の高麗の記録「高麗史」の中に記載された宋代の中国商人の記録の中に出身地の分かるものがあり、それを纏めたもの。

高麗史にみる宋代海商表
2014-11-24高麗史にみる宋代海商表

ここには西暦1017年~1059年までの間に詳細不明の1件を除く20回の来航記録がある。
その20回中15回は7月~8月に到着している。
また同じ名前の人物が2回来ているものも有る。
つまり中国江南地方と朝鮮(日本もたぶん事情は同じ)との航路は、安全な季節があり、彼らはそれを良く知っていたと思える。
(尚この様なことは資料豊富な日本の方がもっとハッキリするだろうが・・・)


もう一つ、この中国江南地方から日本へのルートについてこんな話が有る。

この図は2001年にNHKスペシャル「日本人はるかな旅」で紹介された稲の渡来ルート(古い記事ですが、滅多にない情報が含まれているので紹介します)

稲の伝来地図
2014-11-24稲の伝来地図
出典:http://bunarinn.lolipop.jp/bunarinn.lolipop/bunarintokodaisi/inenotami/inenotami/ine4/ine4.html


正直な所、このNHKスペシャルが放送されていた頃、私は海外で仕事をしていたので残念ながらこの番組は見ていない。
しかし改めて色々資料を調べると、どうも何やら強いバイアスがかかっている報道の様に感じる。とは言うモノの貴重な情報も有るのでここに取り上げた。

この上掲イネの渡来ルート図で右下の赤枠内に興味深い事が書いてある。
以下のように書いてある

現在でも上海付近の漁民が漁に出ていて天候のせい(多くは台風のようだが)で、長崎の西海岸に漂着することがある。
日本政府はこれらの漁民を国費で飛行機に乗せて中国の送り返しているが、彼らが日本に到着する日数はほとんでが1~3日である。平均すると毎年1,2名が飛行機に乗っている。
第二のルートで日本から大陸へ渡っていくのは非常に困難だと思われるが、その反対の方法ならいともたやすく日本へたどり着けるのである。

そして以下は取材したNHKディレクターの書いたもの。取材は恐らく2000年頃と思われ、現在は相当事情は変わっているだろうが、大いに参考になるので、その内容を以下引用する。

<以下抜粋引用>
浙江省の沿岸は地形が複雑に入り組んでいて良質な漁港が無数にある。
やがて洪漁村(浙江省奉北市)という集落に辿り着いた。ここは中華民国総統であった蒋介石のゆかりの地だという。到着してまず驚いた。夕方で丁度漁民たちが海から戻り水揚げが始まったのだが、彼らの舟がどれも竹の筏(いかだ)なのである。長さ約10m、幅2m。どの筏も太い竹を20本ほど組み合わせただけの簡単な造りである。申し訳程度の小さな船外機が付いている。

ここは波は小さいが潮の干満の差が激しく、漁民は引き潮とともに漁に出て、満ち潮とともに港に引き揚げてくる。これはまさに太古さながらの漁である。主な獲物は浅瀬で海底をさらって獲るアサリなど貝類、そして仕掛け網で獲るアジやカニなどの近海魚である。舟を持つ費用は殆どかからないこの筏漁は、豊かな魚貝に恵まれた内海という環境に相まって、古くからずっと続いてきたそうで、もしかしたら河姆渡の昔から続いているのかもしれない。

さらに「日本まで流されることがよくある」という。潮の流れや風の関係で、漂流すると二日ほどで日本の九州沿岸あたりに流れ着くらしい。 確認するために海上保安庁に問い合わせると「現在はさすがに減ったが、1960年代頃までは中国の浙江省や福建省から漂流してきた漁船を、頻繁に沿岸や海上で救助していた」というのである。

河姆渡のあたりから流れ始めると、まず大河長江から吐き出された流れによって沖合いに運ばれ、やがて対馬海流にのって九州あたりに到着する。風向きが良い春から夏だと、この流れはさらに加速し、まる一日ほどで着くこともあるのだという。
<引用終り>


さて延々と長いこの話、やっと結論です。
私が言いたかったこと。
中国と日本の間には東シナ海が有り、そう簡単には越えられないと思われていますが実は違う。
季節を選べば・・・ それは年2回あるのだが・・・
倭寇の伝馬船くらいでも中国から日本には来られるのだ。
一番可能性の高い長江下流域、上海や寧波辺りから日本の九州まで800キロ位の海路。
そんな所だが、いとも簡単に日本までたどり着ける、これは将来起こるであろう中国の崩壊を考えるうえで非常に重要な事だと思っている。

その中国の崩壊が今秒読みに入っています。こんな古い話の中から現代でも参考にすべきことが沢山あるのではないか。そう思います。

丁度季節は清明。春の一番いい季節ですが、今世界は戦争状態と言ってもいいでしょう。備えが今こそ必要だと思います。

  1. 中国
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2020-04-03 15:21

オオイヌノフグリ


 オオイヌノフグリと言う名前の野草がある。
春先に薄い青色の花を咲かせる可憐な花なのだが、何せ名前がとんでもない名前をもらっている。

この花について、越後の国の季節の便りを写真でアップしてくださる無才さんが記事にしている。
「オオイヌノフグリ」
http://musai00h.blog.fc2.com/blog-entry-2645.html

一寸そのブログから写真を1枚拝借
2020-4-3オオイヌノフグリby無才さん

綺麗な花ですね。
オオイヌノフグリの名前の由来などは無才さんの上掲エントリー参照ください。


さてこんなかわいそうな名前の花だが、それを不憫に思ったか、読売新聞の4月3日朝刊一面のコラム欄(編集手帳)が取り上げている。

2020-4-3読売新聞4月3日朝刊一面

4月3日 編集手帳
2020/04/03 05:00
 東京では先日の雪が桜を散らすどころか、葉が出るのを遅らせ長持ちさせているらしい。多くの名所で近づいて仰ぎ見ることが制限される寂しい春だが、かがんで足元を見れば可憐かれんな花が咲いている◆小さな青い4弁の花が白っぽい芯をかこむ…と書けば植物好きの方はお分かりだろう。英名はキャッツ・アイ。くるくるした愛らしい猫の瞳を思い浮かべるけれど、いささか気の毒な日本名のせいで文学作品などに見ることは少ない◆高浜虚子にかろうじて一句がある。<いぬふぐり星のまたたく如(ごと)くなり>。オオイヌノフグリである◆英名と虚子の作を合わせてだろうか。かつては植物学者の間で「星の瞳」に名を変えてはどうかと議論になったこともあると聞く。小欄の自宅近くにある小学校では、フェンス越しにだが、校庭のあちらこちらに咲いているのが見て取れた。鉄棒やジャングルジムのそばにも。“長い春休み”が訪れ、ズックに踏まれることがないからかもしれない◆全国の主な都市で再開する小中学校は、約半数にとどまるという。小さな青い花がひそやかに咲き乱れる景色は、美しくもさみしい。


この花はどう見ても「星の瞳」の方がよく似合う名前だと思いますが、どうでしょうか。
虚子の句もこの花の美しさをよく表しています。

学校でこの花の名前を教えるのに、「ふぐりってなあに」と聞かれると困りますよね。


でも「ふぐり」「ふぐり」と言ってもバカにしてはいけません。
ふぐり丸出しで天皇陛下をお迎えしたことだってあるのです。信楽焼の狸です。
昭和26年11月15日、昭和天皇が信楽行幸のおり、信楽焼の狸が沿道でお出迎えされたとの事。(これで信楽焼の狸が有名になったらしい)

これがその時の写真
2020-4-3昭和亜天皇を迎える信楽焼の狸昭和26年11月15日
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その時の御製が「をさなどき あつめしからになつかしも しがらきやきの たぬきをみれば」

最近もNHKのブラタモリでやっていましたね。この時の天皇陛下をお出迎えした信楽焼の狸。
これでいっぺんに有名になったのだとか。
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