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2020-01-29 22:30

アイヌは北方から来た渡来人との説


 17日のエントリー「日本語は孤立語という考え方について」のコメント欄に、かんぱちさんからこんな事を紹介いただいた。
【ch北海道】で「アイヌが北海道の先住民族ではないことを学びましょう」、
こんな番組だが、見てみると大変面白い。

【ch北海道】アイヌが北海道の先住民族ではないことを学びましょう[H31/4/15]
https://www.youtube.com/watch?v=PKxNuaPX3xI




この中で私が注目したのは、こんな事を言っていたからだった。

2020-1-22知里真志保

この知里真志保(1909-1961)と言うのはアイヌの言語学者だが、出自は登別出身のアイヌ人そのもの。
更に姉の知里幸恵(1903-1022)は日本語・アイヌ語に堪能で、アイヌユカラ(yukar ユーカラとも)の日本語での記録に大きな功績をあげた。今でも天才との評価が高い。

さてそんな知里真志保が言っているのだから、この話の出典を調べてみた。今はネットで検索できる。便利な時代になったものです。

さてその出典は。

<以下引用>
https://www.aozora.gr.jp/cards/001540/files/53891_50779.html
言語と文化史
――アイヌ文化の探究にあたりて――
知里真志保

 私は昨年の秋、当地に開かれた文化講座において、アイヌ民族は北方から渡来した民族であり、その渡来の経路は恐らくカムチャツカ方面から千島列島を南下して北海道へ渡り、その一分派は太平洋沿岸を南下して釧路、十勝の浜伝いにエリモの崎を越えて日高のシズナイ(静内)の辺まで進み、また他の一派はオホーツク海に沿うて北上し、宗谷から一つの分派を樺太に送り、他の一分派は日本海沿岸を南下して、ユーラップ(北海道二海郡八雲町の地名、長万部の南約30㎞)、オシャマンベ(長万部)の辺で二つに分かれ、一つの分派は函館の方へ行って津軽海峡を渡り、東北地方を占拠し、また他の分派はオシャマンベから噴火湾に沿うて南下し、室蘭から幌別(現在の登別市、この論文の初出昭和24年には幌別村だった。著者知里真志保の出身地)、白老を通って太平洋岸を東進し、日高のシズナイ(静内)の辺まで行って、あそこで十勝の方から西進してきた一派と衝突し、そこからサル川(沙流川)沿いに奥地にはいったのが今の日高のサル地方のアイヌで、このように一応北海道の各地の海岸に定着したアイヌが、そこから石狩川とか十勝川とか沙流川とか、大きな川をさかのぼって次第に北海道の内陸に占拠するようになったのが、現在われわれが見るアイヌの分布状態であるということを、主として言語研究の立場から私は説いてみたのであります。そこで、今回は前回のテーマに関連して、アイヌ文化の海洋性ということを説いてみたいと思うのであります。

・・・以下略、全文は上掲リンク先参照ください・・・
<引用終り>


私がこの話で興味があるのは、アイヌに関して色々言われていることが間違いが多いが、この話には色んな証拠が符合するためだ。

例えばWikiのアイヌの歴史にはこう書いてある。
「アイヌ人は10世紀以降、サハリンから南下して北海道の北半分を占めていたオホーツク文化人を排除・同化しながら全道に進出し、さらに11世紀前半にはサハリン南部、13世紀には千島へも進出、15世紀にはカムチャッカ半島まで活動圏を拡大したと考えられている。」

私も以前から「フ~ン、そうだったのか」と思っていた・・・。

しかし、このWikiの記述と知里真志保の言っていることは全く逆。サハリン(樺太)から南下したのではなく、北海道からサハリンに渡っているのだという。その証拠として、モンゴルの樺太侵攻が挙げられる。
モンゴルの樺太侵攻(1264年の遠征、1284-1286年の連続攻撃など)

こんなことで、知里真志保の言っていることの方が説得力がある。
また知里真志保はアイヌであり、自分が生まれ育った幌別(現登別市)のアイヌが何処から来たのか、そんな事に関していろんな伝承なども知っていたのだと思う。
特に沙流川周辺までは知里真志保の出身地の幌別の言葉とあまり変わらないが、そこから先は相当方言が違うということに気が付いたのだと思う。

参考までにアイヌのグループ別の分布はと言うと

17世紀の北海道勢力分布図 シャクシャインの戦いの頃(1669年頃)
2020-1-29アイヌ分布図17世紀のシャクシャインの戦い頃
但しこの図はどこかからの孫引きではないか。典拠が書いてあるが誤植ではないか。
オリジナルは海保嶺夫「日本北方史の論理」1974年と思われる。

上掲地図には沙流と静内の場所を書き加えたのだが、知里真志保の論文で「日高のシズナイ(静内)の辺まで行って、あそこで十勝の方から西進してきた一派と衝突し」とあるのがこのあたり。
その衝突がシャクシャインの戦い(1669年)となった。

アイヌは方言ごとの言葉の違いが大きく、北東部方言と南西部方言では相当違っているのでコミュニケーションも難しいようだ。学者によっては北東部方言と南西部方言の違いは、例えばスペイン語とイタリア語の違い位ある。こんな事を言う人もいるようだ。

これは推測だが、千島列島方面から北海道にやってきたアイヌが南と北二手に分かれ、数百年後、静内辺りでバッタリ遭遇し、争ってきたようだ。


最後にアイヌが何故そんな時期に日本にやってきたか。私はこう考えている。
縄文時代早期(今から11500年前~7000年前)、この当時地球は急激に温暖化し、海面も急上昇してきた。こんな時、寒冷地に適合した縄文人の一グループが北の寒冷な条件を求めて日本から去って行った。それがアイヌではないか。その後10世紀ころから、中世温暖化から寒冷化が始まったので、そんな環境を求めてアイヌが北からやってきた。これが私の妄想です。

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2020-01-27 17:35

呉善花女史による何故日韓は和解し合えないのか?


 唸声さんのブログに、「呉善花女史による何故日韓は和解し合えないのか?」と題する大変興味深い記事が有った。
今の日韓問題を見るうえで大変良く分かる話なので、該当部分を紹介したいと思います。

最初に唸声さんのブログ
<以下引用>
https://ameblo.jp/unarigoe/entry-12569895051.html
▼唸声一言/呉善花女史による何故日韓は和解し合えないのか?
2020-01-26 01:07:30

2020-1-27小島健一新春の集い
(引用者注:唸声さんがあえてカメラを傾けて撮っているのでそのまま掲載、理由は考えてください)

1/25、新横浜プリンスで某地方議員の新年会で呉善花女史の講演会がありました。結論から先に言いますと、日韓の文化の違いが大きくこのままでは分かり合えない。民間交流があってもそれは表面だけで内面まではいかない。特に韓国人の自己中心、責任転嫁日本の文化になじむことが難しく、これが真の日本を理解できない最大の理由。

言語も文法は似ているのでとても勉強しやすいが、1~2年目で日本語の受身形に戸惑うと言う。日本人は知らず知らずに受動態を使うが韓国人は能動態しか使わない。例えば、「女房に逃げられた」と日本人は言うが、韓国人は「女房が逃げた」と悪いのは女房であり自分ではないと言った使い方だ。ところが日本では、責任は自分にもあると女房に逃げられたと使うのである。

泥棒に入られた」なんて言葉は韓国には存在せず泥棒が入った」としか言わない。日本で普通に使う「先生に叱られた」も韓国では「先生が叱った」と、日本ではどこか自分や子供に落ち度があると考えるが、韓国では絶対に自分や子供に間違いはないとの前提で言葉を使う故に彼らは絶対に謝らないそんなミスを全く認めない人たちと日本人がうまくやれるはずがない。これが結論でしょうか。
・・・以下略、詳細は上掲リンク先参照ください・・・

<引用終り>
 


 この話は現在の韓国の日本に対する傲慢尊大な態度、この原因を韓国人の目で見て解説したもので大変良く分かる。
韓国人の自己中心、責任転嫁は、韓国語にはそんな言葉・概念しか無く、普通の韓国人にはそれ以外は理解不能なのだという。そして呉善花さんは日本人にも、「韓国人はそんな概念しか持っていない人間」だと理解してほしいと言っている訳だ。



こんな異文化での違いの問題は、私はタイでいろいろ経験したので良く分かる。
自分らに無い言葉や概念、これは理解するのは極めて困難で、教えようとしても時間がかかるのだ。
タイでの簡単な事例。
普通のタイ人はメシを奢っても、知らん顔をしてパクパク食べ、有難うとも言わないのが当たり前。これは知らない日本人は大抵驚く。そして「タイ人なんか・・・」と思う原因の一つになっている。
しかし原因は簡単だ。
タイ語では「奢る」(メシをおごるの奢る)と「育てる」(子供を育てるの育てる)は「リアン」というたった一つの言葉しかない。だから彼らには「奢ってもらった」ことと「育ててもらった」ことが全く同じ概念、同じこととしてしか認識できない。
こんな事を分からせるためにはやはり英語しか無かった。タイ人に「英タイ字典」を持って来させて、これだと指摘するだけではまだ足りない。それを英英辞典でも引かせてみて初めて分かる。
こんな苦労をしないと日本人が話す日本語を正確に理解させられない。但しこんな事をタイ人幹部に説明しきれれば、タイ人から他のタイ人に説明させればよかった。

恐らく日韓の溝を埋める作業は、こんな事を一つずつやっていくしかないだろうが、まあ当分は無理。それまでは放置するしかないでしょうね。


尚上掲の新横浜プリンスで某地方議員の新年会に出席した他の人のツイッターにはこんな事も書いてあった。
<以下引用>
某県議会議員の新春の集いに参りました。
ゲストスピーカーの呉善花先生によると…
「韓国には、歴史や伝統、古いものを大切にする文化が無い。
例えば世界には200年以上続く老舗の店が6,000ほどあるが、そのうち一番多いのは日本で、4,000ほど。
2位はドイツで、800ほど。
韓国は、なんと、0。
韓国人には、日本人が故人の形見を大事にする感覚がわからない。
何故なら韓国人は、『古い物、故人のものは穢れ』という考えを持っており、それがいかに高価なものでも故人のものは埋めたり処分したりしてしまう。
それゆえ韓国人には、天皇陛下の存在価値も理解しきれない。」
<引用終り>

こんな事をもっと多くの人に知ってほしいですね。
特に自民党の中には知らないといけない人が多数いるようです。

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2020-01-24 15:55

読解力急落、 ただ一つの理由


 先日、私としては衝撃的な出来事が有った。
何が衝撃的か?
何時も行く小さな食品スーパーのレジ打ちのオバちゃんがこんな事を言うのだ。
最近の若い人は言葉が無茶苦茶、だから何を言っているのかサッパリ分からない。たまに来る外人さんの方が言葉が丁寧でよっぽど良く分かるよねえ。これはスマホのせいだと思う。だから私も最近ケータイを変えたのだけどガラケーにしたわ。私らにはガラケーで十分。スマホなんか要らないわよねえ。
こんな話である。

一寸どんな経緯かと言うと。
昨年9月に家人が足を骨折して以来、食品の買い出しは私がやっている。だからいつも行く地元の小さな食品スーパーのレジ打ちのオバちゃんとも時々話をすることがある。
「こんにちは」とか「いつもありがとうございます」なら単なる挨拶。でも話し好きのオバちゃんだと、「このお惣菜美味しいよねえ」とか「私も食べたいのだけど、仕事を終わってからだと午後1時過ぎでもう売り切れ」、こんな事を話しかける話好きのオバちゃんもいる。実はこんなオバちゃんにいるレジは敬遠することが多いのだが・・・。

先日レジに並んだ時のレジ係りもそんなオバちゃんだった。丁度私の前にインド人風の外人さんがいたが、その外人さんが何か分からないことがあるらしく、たどたどしい言葉で何か聞いて、それにそのオバちゃんが一生懸命日本語で説明していた。
私の番になったら、「ごめんなさいね。お待たせしました」と言ってこう続けた。
「今のあの外人さんはたどたどしい乍らもキチンと話してくれるから分かる。でもねえ、今の若い人の言葉は極端に縮めて話すんだよねえ、だから何を言っているのかさっぱり分からないこれは絶対スマホのせいだから、私の最近携帯電話を替えたけど、スマホは要らないからガラケーにしたわよ。私らにがガラケーで十分だよねえ」。こんな話だった。

私にとって何が衝撃的か、それは最近の若い人の読解力の問題。そんな事が叫ばれているものの具体的な対策が全く手つかず。そんな中で、若い人と他の世代の人とのコミュニケーションすらできない事例が出てきた。これは日本の未来にとってとんでもない事態ではないかと思うからだ。

しかもこの影響は何年も経ってからジワジワ出てくる。単にOECDの学習到達度調査の問題ではない。実は今あまり報道されないが、かってのゆとり教育(2002-2012)の弊害が現実社会で噴出している。心ある人たちは真剣に心配しているのだが、具体的に対策が出てこない。そんな困ったことが、今回の私が経験した事例のように、子供時代をスマホ漬けで過ごしている人たちにも出てきているようだ。

所でスマホの中でも何がいけないか。
私はあえてスマホは使わないのだが、スマホを使っている人に言わせるとSNSの中でもLINEが一番問題なのだという。LINEやってると馬鹿になる。これは間違いないようだ。

スマホはとても便利なものだ。しかし使い方によってはスマホ中毒になることもあるし、読書時間が減って語彙力が激減することもある。

丁度いい話が今発売中のVoice 2月号の巻頭インタビューに載っていた。
「読解力急落、ただ一つの理由」「スマホは人間にとって最も大切な「孤独な時間」を奪う」
藤原正彦   Voice February 2020
2020-1-23voice2月号の巻頭インタビュー記事

この中で藤原正彦氏は
スマホが読書による教養、国語力を破壊する」、さらに進んで「最近の若者たちは、了解の返事を「り」で済ませるそうです。「りょうかい」の「りよ」がさらに縮んで、たった一文字。「マ?」は「マジ?」の略らしい。これは会話などではない。「反応」にすぎません。
このような現象を一言でいえば、語彙の欠如です。本や新聞をたくさん読まないと語彙が増えないのは自明の理ですが、もっと大事な事がある。「人問は思考の結果を語彙で表しているのではない」ということ。逆です。語彙を用いることで、はじめて思考ができる。つまり「語彙がないのはイコール思考がない」ということです。
 したがって、小・中・高校時代における語彙の獲得は絶対的な使命です。
読解力急落の答えが読書離れにあることは明白なので、その対策は強制あるのみ。

こんな事を言っています。
藤原正彦氏のインタビュー記事は長いので、末尾に全文を載せました。


この問題は私も以前から取り上げていまして、こんな事をエントリーしています。

宇多田ヒカルの見た日本語
読解力を考える<続編
読解力を考える
読売新聞の「読解力不足記事」
読解力について考えること
読解力が危ない SNS没頭 長文読まず
問題文が理解できない<読売新聞が騒いでいます

最後に藤原正彦氏はこんなことでインタビューを締めくくっています。いい言葉だと思います。
世界的に見ても、PISAのようなグローバル化教育は限界に達している。グローバリズム自体が限界に達しているからです。トランプ台頭や英国のEU離脱など、各地でナショナリズムが台頭してきているのは、グローバリズムから自国や自民族の文化伝統を守りたい、という当然の欲求なのです。
 新自由主義は帝国主義や共産主義と同じく、人類を幸福にするものではありません。やがて消え去る世界潮流の一つにすぎない。教育という百年の計を決めるのに、遠くない将来に泡のように消えてしまう思潮に身を寄せていていいのか。こんな教育を続けていたら、百年後に日本がなくなってしまいそうです。

確かにグローバリズムが今終焉に向かっているのは間違いありません。
そんな中でどう生きるか、一人ひとりが考えねばいけない問題です。


藤原正彦氏のインタビューは以下が全文です。
<以下引用>
巻頭インタビュー
読解力急落、ただ一つの理由
スマホは人間にとって最も大事な「孤独な時間」を奪う
藤原正彦   Voice  February 2020

『中国の不正をなぜ許すのか』

 --先日、日本人の十五歳の「読解力」がOECD(経済協力開発機構)による学習到達度調査「PISA」で十五位に転落する、というニュースに仰天しました。『日本経済新聞』(二〇一九年十二月四日付朝刊)の記事は「デジタル活用が進まないこと」を読解力低下の理由に挙げていますが。

 藤原 まったくお話になりません。この新聞が反映するのはもっぱら大企業・財界の意見で、イコール政府の意向、といって差し支えないでしょう。今回の結果が示すのは、日本全体に及ぶ「読書離れと教養の低下」にほかなりません。 順を追って説明しましょう。PISAは三年に一度行なわれており、前年の調査結果を翌年、公表することになっています。日本の「読解力」は前々回の二〇一二年が四位、前回の一五年が八位。そして今回の一八年が過去最低の一五位でした。

 ‐-年々、落ちていますね。

 藤原 ただし注意しなければならないのは、調査主体がOECDという経済最優先の国際機関であること。もう一つは上位国の顔ぶれです。
 今回の「読解力」のトップ3は、一位が中国、二位がシンガポール、三位がマカオです。シンガポール(人口約五六一万人)とマカオ(約六二万人)はいずれも日本とは比較にならない人口規模ですから、ちょっと頑張れば全体の底上げは可能です。
 問題は一位の中国。周知のようにこの国の統計はGDP(国内総生産)をはじめ改竄や操作が加えられており、ことごとく信用なりません。PISAに関していえば今回、中国の調査データは「北京市」「上海市」と「江蘇省」「浙江省」の計四ヵ所しかないのです。

 ー-えっ?

 藤原 日本は全国からアットランダム(無作為)に抽出しているのに、向こうは首都の北京と中国を代表する大都市・上海、それに子供の教育に投資する金持ち二省だけから抽出したのですから、点数が高いのは当然です。農村からの出稼ぎ労働者の子供は試験を受けさせなかった、という話もあります。点数がぐっと下がるからでしょう。欧米だって、移民の子供を受験させなかったら平均点はかなり上がったはずです。OECDはなぜ、中国だけにこのような不正を許すのでしょうか。
 他方で「読解力」以外の順位を見ると、日本はづ科学的応用力」で五位、「数学的応用力」で六位です。上位が下駄を履いていることを割り引けば、日本は依然として世界のトップクラスといってよい。しかし「読解力」の一五位はさすがに弁護のしようがありません。こと読解力に関しては、マスコミの大騒ぎは決して的外れではない、ということです。


『パソコンの回答に慣れていないから?』


--読解力が急落した原因について、どうお考えです

 藤原 調査対象である中学生が本を読まなくなったことに尽きます。ところが、おかしなことにマスコミも政・官・財も誰一人、読書のことについて触れないんです。籍口令でも敷かれているかのように。
 文部科学省は「日本の学校では教科書を使った指導が浸透し、IT利用が広がっていない。機器の整備を進め、授業例を広げていく」などとナンセンスなコメントを出しています。要はパソコンを使った回答方式に慣れていないから、全国の小・中学校に一人一台、パソコンやタブレット端末を配備するという。
 文科省の「読解力低下はパソコンに不慣れだったから」という説明が嘘であることは、一瞬でわかります。なぜなら、前回の二〇一五年調査でもパソコンで回答していたから(笑)。八位から一五位に急落したことの説明になっていません。

 --文科省の学力低下が心配です。

 藤原 前に『Voice』のインタビューでも述べたように、小学校からタブレット教育など受けてしまったら、新学期に教科書を開くときのインクのにおいと共に立ち上る感動、活字に触れる喜び、本への愛着をもちようがない。ITビジネスの尻馬に乗った政府が、子供をいきなり機械に触れさせて活字に対する愛着を失わせ、日本の活字文化を滅亡へ追い込んでいるのです。
 以前、私の講演を聞いて感激した、という当時の文科副大匝が 私の目が黒いうちは(タブレット教育は)絶対にさせません」とおっしゃってくれたのですが、どうやら時効になってしまったようです。

2020-1-23学習到達度での日本の順位

『ゆとり教育からフィンランド方式への迷走』

        j
--では、なぜ中学生が本を読まなくなったのでしょう。

 藤原 話は、二十年前に遡ります。PISAを最初に実施した二〇〇〇年に、日本の「読解力」が八位であることが判明し、国内に衝撃が走りました。勉強以外の読書をしない中・高生の割合はOECD加盟国平均(三二%)より高く(五五%)、原因は読書離れにある、との結論に至りました。そこから同年スタートの「総合的な学習の時間」を使い、「朝の読書運動」など読解力回復の取り組みが始まりました。文科省も当時は見識があったのです。
 ところがその後、二〇〇二年から始まる「ゆとり教育」(学習指導要領の改訂)の弊害で二〇〇三年の日本のPISAの順位は十二位に落ちてしまった。ゆとり教育が個性も創造性も、生きる力も育まなかったことは当時、大学の教壇に立っていた私自身、肌身に染みて知っています。中学・高校の教育の成果は、大学生を見れば一目瞭然なのです。一九八〇~九〇年代の中学・高校で教育を受けた世代と比べ、ゆとり世代の学生が明らかにほぼすべてにおいて劣っていましたから。それでも徐々に前述の取り組みが功を奏し、二〇〇九年、日本はついにPISAショックを克服して五位に返り咲きます。
 蜜月状態にある日教組、政・官・財は、その後もPISAで読解力一位だったフィンランドを真似し、フィンランド方式を取り入れる、という迷走ぶりを見せます。しかし同国は移民急増などで一位を滑り落ち、二〇〇九年には六位にまでなりました。そのうえ、「決められた本を読み、内容について皆でディスカッションする」手法がかえって本への愛着を失わせることが明らかになったため、フィンランド方式は下火になりました。
 たしかに論理的思考を育てるには、数学よりディスカッションが有効です。「数学を学ぶと論理的になる」というのは嘘で、理系学部の教授会など見れば、数学者は感情的な人ばかりですから(笑)。
 しかし、いくら議論が大事とはいえ、好きな本まで禁じて読書嫌いにしてしまったら意味がない。私は高校時代、憧れの『チャタレイ夫人の恋人』(性描写で発禁処分になったD・H・ローレンスの小説)を知人に会わずこっそり入手しようと、隣の駅前の本屋まで買いに行ったことがあります。駅を降りた瞬間から本屋のレジに運び、家に持って帰るまでのドキドキといったら(笑)。街中の人から「ホラ、助平が歩いている」と指差されているかのような被害妄想に襲われました。もう顔が真っ赤になってね。若いころは好きな本を乱読することです。


『スマホは孤独な時間を奪う』


--いいお話です。

 藤原 二〇〇〇年当時、日本の高校生はすでに本を読まなくなっていました。けれども、中学生はまだ読んでいた。ところが現在では、読書をしない中学生の割合は一五%です。「残り八五%は読んでいる」と思われるかもしれませんが、問題は「読書」の定義。「読む」と答えた人の冊数が圧倒的に少ない。読むか読まないか、○か一かの二択の問題ではなく、絶対的に読書時問が減っています。

 -ー原因は何でしょうか。

 藤原 いうまでもなくスマホです。たとえば二〇一一年の統計(内閣府「平成二十九年(注:平成23年のミスか?)度青少年のインターネット利用環境実態調査」の参考資料1)を見ると、中学生のスマホ保有率は約三%、高校生は約七%でした。ところがわずか三年後、二〇一四年になると中学生が四二%、高校生は九一%に跳ね上がります。さらに二〇一九年になると、中学生が九〇%、高校生が九六%。今回、問題にしている中学生は三%から四二%、九〇%へとまさに激増です。
 おまけにスマホの使用時間を調べると、中学生で平均一日二時間。平均ですから当然、三時間、四時間、五時間を費やしている生徒もいる。その間、奪われているのが「本を読む時間」です。
 スマホの最大の罪はまさにこの一点、「読書の時間を奪っていること」に尽きます。あるいは「孤独になる時間」を奪っている、といってもよい。
 人間の深い情緒は、孤独な時間から生まれます。暇や寂しさを紛らわせるためスマホゲームに没頭し、LINEやメールのやりとりでせっかくの孤独な時間が妨げられてしまう。人間にとって最も大事な読書の時間をたかが機械が潰しているのが、許し難い大罪なのです。

2020-1-23本を読む子供
(1960年代、写真提供:時事) 図書館で読書する子供
(引用者注:奥の女の子が読んでいる本は「二宮金次郎」)

 -‐よくぞおっしやいました。

 藤原 以前、私が「スマホが読書による教養、国語力を破壊する」と訴えたところ、愚かにも三人の息子たちが反論してきたことがあります。曰く、現代の若者はメールやSNSで、短いながらさんざん文字を書き、慣れ親しんでいる。「本当に私のDNAを受け継いでいるのか」と暗澹たる思いに駆られました。三人とも博士号取得していますが、私にいわせればgood-for-nothing(ろくでなし)。
 聞けば最近の若者たちは、ダ解の返事を「り」で済ませるそうです。「りょうかい」の「りよ」がさらに縮んで、たった一文字。「マ?」は「マジ?」の略らしい。これは会話などではない。「反応」にすぎません。

 ―よくご存じで。

 藤原 先ほど調べました(笑)。右のような現象を一言でいえば、語彙の欠如です。本や新聞をたくさん読まないと語彙が増えないのは自明の理ですが、大半の人が気付いていないことがあります。

 --何でしょうか。

 藤原 「人問は思考の結果を語彙で表しているのではない」ということ。逆です。語彙を用いることで、はじめて思考ができる。つまり「語彙がないのはイコール思考がない」ということです。
 したがって、小・中・高校時代における語彙の獲得は絶対的な使命です。現にOECDの調査でも、読書をする人はPISAの読解力が平均して四五点ほど高く、新聞を読む人は二二点ほど高いという。とにかく活字に触れればよい、ということです。
 読解力急落の答えが読書離れにあることは明白なのに、「デジタル化を進めれば読解力がLがる」などという政・官・財がいかに白痴化しているか。
 そもそも、PISAが測るのは「実学」の力にすぎません。たしかにグラフや図や契約書を正しく読み取る能力は必要かもしれません。しかし、それは「会社員を育てる教育」であり、イコール「人間を育てる教育」ではありません。
 小説や伝記や講談本を読み、貧しい境遇の人物に共感して心を痛め、大きな志をもって立つことの素晴らしさに胸を打たれ、強者に立ち向かう勇気や自己犠牲、友情や惻隠の情に感激する。こうした経験こそが、人間を人間たらしめる「情緒」を生むわけです。情緒の育成こそ読書の真骨頂であり、ITや英語のごとき実学が初等教育に入る余地はありません。


グローバル教育の限界

      ~
ーーでは、どうすれば子供の読書時間を増やせるでしょうか。

 藤原 強制あるのみです。まず、小・中・高の通知表の国語欄に「読書」を入れること。そして大学入試では、定員の一・五倍程度までは学力一本で絞び込むとしても、残りは面接により合否を判断する。その面接で、必ず読書歴を問うことにする。「本を読まない子供は有名校に受からない」となれば、父母が血眼になって読書 26をさせるはず(笑)。
 また当然ながら、小・中学生のスマホ保有にも制限を加える。現代は自由よりも制限が求められる時代です。加えて、初等教育における国語の圧倒的重要性の確認。英語にうつつを抜かしているヒマなど一秒もないのです。
 世界的に見ても、PISAのようなグローバル化教育は限界に達している。グローバリズム自体が限界に達しているからです。トランプ台頭や英国のEU離脱など、各地でナショナリズムが台頭してきているのは、グローバリズムから自国や自民族の文化伝統を守りたい、という当然の欲求なのです。
 新自由主義は帝国主義や共産主義と同じく、人類を幸福にするものではありません。やがて消え去る世界潮流の一つにすぎない。教育という百年の計を決めるのに、遠くない将来に泡のように消えてしまう思潮に身を寄せていていいのか。こんな教育を続けていたら、百年後に日本がなくなってしまいそうです。
<引用終り>

  1. 日本語
  2. TB(0)
  3. CM(18)

2020-01-17 17:00

日本語は孤立語という考え方について


 1月7日のエントリーに日本語は孤立語と書いたのだが、かんぱちさんとKazkさんからいろいろコメントをいただいた。
コメント欄では書きにくいので、孤立語について知る所を纏めてみます。

最初の1月7日のエントリー
北海道・北東北の縄文遺跡群を世界遺産に推薦  2020-01-07 17:27


此処でかんぱちさんのコメント

日本語という言語について
>日本語は他に似た言語は無く、全くの孤立語と言われている。もし日本が大陸からの人たちに征服されたのなら、大陸に日本語によく似た言葉がある筈だが、長年の研究はその全てを否定している。

日本語については、意外と知られていない重要な事実があります。それは 「沖縄の言語も、本土の言語と同じルーツを持つ『日本語の方言』である。」 という事実です。言語学や国語学の世界では、昔から知られている常識なんですが、歴史や考古学の世界では、この事実を無視した議論がされていたこともありました。

また、少し前までは 「日本語のルーツは韓国語だった」 みたいな本が出版されたり、NHKが 「カタカナの起源は朝鮮半島にあることがわかった」 などとニュースで流したりしていましたが、これらは全て、学術的裏付けのないトンデモ説です。なぜ、そう言えるかというと、沖縄の言語と本土の言語は 「基礎語彙」 が完全に一致しますが、日本語と朝鮮語では 「基礎語彙」 が全く異なるからです。

「基礎語彙」 とは 「その言語の根幹部分をなす語の集まりを指す。使用頻度が高く、日常生活に必要不可欠で、子供でも知っており、他の言語にもそれに相当する語があり、長い歴史を通じて変化しにくいなどの条件を充たす語の集まりである。一般に『目』『手』『足』などの身体語、『父』『母』『娘』などの親族語、食べ物、動物、気象などに関する身近な名詞、ごく基本的な動詞や形容詞、数詞などが基礎語彙として扱われる。」 です。

語彙 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%e8%aa%9e%e5%bd%99

ちなみに、アイヌ語は日本語とは 「基礎語彙」 が異なる別系統の言語ですが、このエントリにもあるように、道南には、かなり昔から大和民族が住んでいたことが、わかってきています。
・・・以下略
<引用終り>


この話について、こんな返事をしました。

>最初に日本語が孤立語と言う話ですが、私はこの話に日本の学者様のやっていることに大いに疑問を持っています。
明治以来の日本の学者様は文化はどこかやって来るもの。日本独自で発展させたものではない。こんな前提で研究を進めてきました。未だにそのしっぽを引きずっています。
孤立語云々には、どうしてもそれを輸入した大本が見つからない、そこで思考停止してしまっています。
でも考えてみれば、人類の祖先はアフリカのたった一人の女性(イブ)からで、それは20万年前と言っているんですから、いかなる孤立語と言えども、どこかの段階で共通の祖先にたどり着くわけです。
現在の言語学では基礎語彙で関連を調べています。これは西欧文明の中の人間には都合がいい。理由は印欧語族で文明人を一括りに出来るからです。

こう見ていくと、世界は白人が支配している。この価値観に逆らうのはシナと日本。シナはデッカイ大陸でしかも西欧人に刃向かわない、従順なしもべだから許す。日本は西欧人に刃向かうからケシカラン。この図式で日露戦争からWW2、そして戦後体制が出来上がってきました。
そのシナが習近平で初めて衣の下の鎧を隠さなくなった。従順なしもべが突如世界の支配者の地位を狙う挑戦者になった。
今はこんな風だと理解しています。
・・・私の返事は此処まで


此処でどうしても西欧の学者が言及してるインド・ヨーロッパ語族アフロ・アジア語族についてみてみます。
インド・ヨーロッパ語族は、英語・フランス語・スペイン語・ドイツ語・ギリシア語・ロシア語・そしてインドのサンスクリット語などのグループです。
このインド・ヨーロッパ語族は、ロシア南部で約7千年前~5千年前の存在したクルガン文化の人が話していた言葉で、その後5000年~6千年前に各地に拡散していきました。

2020-1-17インド・ヨーロッパ語族の拡大
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%B3%E4%BB%AE%E8%AA%AC

このインド・ヨーロッパ語族の拡散の先に現在の先進国・主要国がある訳で、G8の内、アメリカ・カナダ・日本以外の5カ国(イギリス・フランス・イタリア・ドイツ・ロシア)が含まれます。
まあ、アメリカとカナダはヨーロッパの分家ですから、それを除けば日本だけがこのグループから外れていることになります。

ここで各言語の基礎語彙についてみてみます。(弘前大学 山本秀樹教授による)

たとえば、「父」にあたる単語は、サンスクリット:pitar、古代ギリシア語:patēr、ラテ
ン語:pater、古高地ドイツ語:fater、古英語:fæder のようになり、ゲルマン語(古高
地ドイツ語と古英語)以外の p の音がゲルマン語では f になっている。この変化は、 たとえば 「足」 にあたる単語を比較しても、 それぞれ pad­、pod­、ped­、fuoz、fōt のようになっています。

こんな所から、インド・ヨーロッパ語族の言葉は約5千年~6千年前は一つのインド・ヨーロッパ祖語だった。こんなことが言われています。
この時代の遡りはヘブライ語やアラビア語の属するアフロ・アジア語族でもっともよく研究されているようで、これでアフロ・アジア祖語は約8千年前と言われています。

こんな研究で分かったことは、言葉は約1000年で20%の語彙が失われる。そんな所からこんな計算が成り立ちます。
例えば千年前は一つの言葉だったA,B二つの言葉を比較すると・・・
0.8x0.8=0.64となり、A,B二つの言語は同じ語彙は64%になる。こんな計算の様です。
ですから現在の比較言語学ではせいぜい5.6千年前までしかわからないことになります。

話を日本に戻します。
今から5000~6000年前と言うと、青森県の三内丸山遺跡が5900年前~4200年前ですのでまあ似たようなもの。
しかし、日本列島にホモサピエンスがやってきたのが今から3万7千年前。縄文時代の始まりは今から1万6千年前になります。
比較言語学で日本語の仲間を探そうとしても無理なわけです。kazkさんも言及されていますが、「縄文時代が長すぎる」のです。
日本語が孤立語だという言葉の意味は、正しくはこうなります。
『日本語と他言語との関連を調べる比較言語学では、せいぜい5,6千年前まで、最大でも8千年前位までしか関連は分からない。しかし縄文時代は今から1万6千年前から始まる。余りにも長すぎて比較のしようがない。仕方がないので孤立語ということにして逃げる』これが正しいと思います。

日本の言語学者は他の分野の知見には目をつぶり、思考停止。考古学者も同じく思考停止です。
こんなことがあの無残な旧石器捏造事件を引き起こしました。しかし今回北海道・北東北縄文遺跡群を世界遺産に申請することになりました。是非とも思考停止の悪弊を断ってほしい所です。


この件でもう一つ厄介なことが有ります。
インド・ヨーロッパ語族で世界の主要国は日本と中国以外全部が含まれると書きましたが、これに隣のアフロ・アジア語族(ヘブライ語・アラビア語等)を入れると、世界の主要宗教、キリスト教・イスラム教・ユダヤ教・ヒンズー教・仏教が全部含まれます。
(キリスト教の場合、旧約聖書はヘブライ語、新約聖書はギリシャ語で最初は書かれました)


こう見ていくと、世界は白人が支配している。文明も宗教も全部白人からのものだ。この価値観に逆らうのはシナと日本。こんな見方が生まれます。
しかしシナはデッカイ大陸でしかも西欧人に刃向かわない、従順なしもべだから許す。日本は西欧人に刃向かうからケシカラン。この図式で日露戦争からWW2、そして戦後体制が出来上がってきました。
そのシナが習近平で初めて衣の下の鎧を隠さなくなった。従順なしもべが突如世界の支配者の地位を狙う挑戦者になった。こんな見方ができるかと思います。


最後にアイヌ語は孤立語とよく言われます。
これは縄文時代の相当早い時期には区別はなかったが、その後別れてアイヌは北の方に居を構えた。こうだと思います。

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2020-01-13 11:18

アホ・バカ分布を考える


 アホ・バカ分布図と言うものが有る。
人を罵るときに使う言葉が関西と関東で違う、関西は「アホ(阿呆)」、関東は「バカ(莫迦、馬鹿)」、その分布やほかの表現についてテレビ番組で調べたもの。
私は愛知県在住で、アホ・バカ分布の「バカ圏」の西の端、アホ圏に近い所に住んでいる。
例えば私は4人兄弟だが、二人はアホ圏(但し内一人は最近バカ圏に転居)、二人はバカ圏である。

1月7日のエントリーのコメント欄で、かんぱちさんから頂いたコメントにこのアホバカ分布に関するものが有った。この件について日頃思っていることを書いてみたい。
かんぱちさん、どうも有難う御座いました。
北海道・北東北の縄文遺跡群を世界遺産に推薦  2020-01-07 17:27
かんぱちさんのコメントは「日本語という言語について

最初にちょっと私のアホバカ分布についての感想など。

このアホバカ分布で厄介な事。アホ圏の人は「アホ」と言われても平気だが、バカと言われると怒る。これはバカ圏の人も同じで、「アホ」と言われると気分を悪くする(但しアホ圏の人がバカと言われたときほど強くはないようだ)。
仕事上でも、議論が白熱してくるとこんな些細なことが問題になったりする。また家族親族間でもそうだ。
例えば私の親族の場合。
私のアホ圏で生まれ育った姪の子ども時代の話。
私の家が姪の母親の実家なので遊びに来る。おばあちゃんは目の中に入れても痛くない可愛い孫なので大歓迎。
所が暫くすると、姪が「もうお祖母ちゃんなんか嫌い」と言い出す。如何して嫌いなのと聞くと、「だっていつもバカ、バカ、バカ、バカって言うんだもん。嫌い!」と怒っている。
実は当地方の方言で、「〇個ほど」とか「〇個ばかり」という時に「ばかり」の「り」を省略して「〇個ばか」と言ったりする。姪はこの「ばか」を「アホ・バカのバカ」と聞いて怒っていた訳だ。
(注:私はアホバカ分布でいうと「たわけ(たーけ、語源は田分け)」圏だが、バカとタワケ併用)


前置きが長くなりました。ではアホ・バカ分布についてです。

最初に7日のエントリー。
北海道・北東北の縄文遺跡群を世界遺産に推薦  2020-01-07 17:27
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1704.html

此処でかんぱちさんのコメント。
日本語という言語について
。。。前段は省略、次回エントリーで取り上げます・・・

ところで、「探偵ナイトスクープ」 というテレビ番組をご存知ですか? 視聴者からいろいろな疑問や質問を受け付けて、それについて番組で調査するというバラエティの長寿番組です。(保守派論客の百田尚樹さんは、この番組の放送作家でした。)

この番組が始まったばかりの1990年代に 「人を罵る時に『バカ』と言う地域と『アホ』と言う地域があるけど、その境界線はどこ?」 という質問が来て、番組で調べたことがあります。(まだインターネットが普及する前のことで、調査には、ものすごく手間と時間がかかったようです。)

その結果、「関東では『バカ』、関西では『アホ』、東海地方では『たわけ』と言う人が多い」 など、おもしろい事実をいろいろ突き止めたのですが、中でも 「沖縄の『フリムン』という言葉は、本土では上代に使われていた(奈良時代あたりに廃れてしまった)『惚れ者』という言葉から来ている」 という事を突き止め、大反響になって、本も出版されました。(私は番組をリアルタイムでは見ていないのですが、本は持っています。)

全国アホ・バカ分布考 ― はるかなる言葉の旅路 (新潮文庫) | 1996/11/29 | 松本 修 | Amazon
https://www.amazon.co.jp/dp/4101441219

番組をリアルタイムで見ていた人が書いたと思われるブログやウィキペディアの記事もありましたので、ご参考までに。

『探偵ナイトスクープ』のアホバカ分布図 プロローグ編 - 昭和考古学とブログエッセイの旅
https://parupuntenobu.hatenablog.jp/entry/%e6%8e%a2%e5%81%b5%e3%83%8a%e3%82%a4%e3%83%88%e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%bc%e3%83%97%e3%81%a8%e3%82%a2%e3%83%9b%e3%83%90%e3%82%ab%e5%88%86%e5%b8%83%e5%9b%b3

『探偵ナイトスクープ』のアホバカ分布図 各地方の「アホバカ」表現編 - 昭和考古学とブログエッセイの旅
https://parupuntenobu.hatenablog.jp/entry/%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%81%ae%e3%82%a2%e3%83%9b%e3%83%90%e3%82%ab%e5%88%86%e5%b8%83

718夜『全国アホバカ分布考』松本修 | 松岡正剛の千夜千冊
https://1000ya.isis.ne.jp/0718.html

アホ・バカ分布図 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%e3%82%a2%e3%83%9b%e3%83%bb%e3%83%90%e3%82%ab%e5%88%86%e5%b8%83%e5%9b%b3

もちろん、沖縄の言語が日本語の一方言であるという事実は、このバラエティ番組で取り上げられる前から、学術的な調査によってわかっていました。いずれにせよ、日本人は太古の昔から、舟に乗って、北は北海道から南は沖縄まで、日本列島を移動していたわけですね。
2020-01-10 00:16 URL かんぱち #vF6NeGQU 編集

<引用終り>

それではアホバカ分布図です。

2020-1-13アホバカ分布図
https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/201207120000/


凄いですねえ。言葉は京都から順に広がっていき、周辺には古い時代の言葉が残る。
そしてその分かれ目のはっきりしているのが「天下分け目の関ケ原」だった。

この京都から遠い所に古い言葉が残る。実は私も昨年青森県に行き、それを実感しました。
青森県津軽地方の大型ショッピングセンター「イオンモールつがる柏」は以前ニックネームがWADONA(わどな)でした。「わどな」は津軽弁で「私と貴方」ですが、「われ(吾」となんじ(汝)」です。
所でこの私を「わ」と言うのは、奄美大島方言も私は「わー」です。こんな所に古い言葉が残っているんですね。


所で天下分け目の関ケ原、これでピンときたものが有ります。
日清食品のカップ麺「どん兵衛」です。どん兵衛はあまり知られていませんが、味が二種類あります。西日本向けと東日本向けでは味を変えているのです。その分岐点がやはり関ケ原でした。

【関西の力】だし(2)どん兵衛が東西で味が違う理由-「境界線」は天下分け目の関ケ原、異例の工夫
2020-1-13どん兵衛の東西境界
https://www.sankei.com/west/news/180731/wst1807310001-n1.html


所が話はまだ続きます。
お正月の雑煮、これに入れる餅は関東は切り餅、関西は丸餅ですが、これも関ケ原あたりが分岐点。
農水省がこんな事を言っています。

2020-1-13丸餅各餅分布
https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/1101/spe2_01.html

2020-1-13角餅と丸餅


関ケ原が天下分け目、これは言葉の面でも、餅の丸か角かの違いでも、何とカップウドンどん兵衛の味でも、矢張り東西の分かれ目でした。
関ヶ原の関は「不破の関」、そしてここから東が「不破の関の東」で関東。
昔から決まっていたんですね。

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2020-01-09 20:42

ファシズムとは


 産経新聞の阿比留瑠偉さんが、ご自身のFBでファシズムについて大変いいことを言っている。
ファシズムの問題点をズバリ言ったものなので紹介したい。

<以下引用>
https://www.facebook.com/rui.abiru/posts/2950635071647791

Rui Abiru
Yesterday at 8:01 AM · 
藤栄道彦さんの漫画『最後のレストラン』14巻で、現代日本に現れたケネディ米大統領が語ったファシズム論は本当にそうだと思います。いわく

「ファシズムというのは特別な考え方ではなく 国家の統治形態で法秩序の上に理念や価値観を君臨させる姿勢のことだと私は考えます 故にどんな思想もファシズムたり得る 特にファシズム反対を唱える人たちは自分たちがそのファシストになっていないか自省が必要です 仮に現代にヒトラーが現れたら彼は人権の尊さを説き人種平等を掲げるでしょう」

 左巻きの人や近隣国の在り方に何と符合することか。

<引用終り>


法秩序の上に理念や価値観を君臨させる姿勢 ・・・、うまいことを言いますね。

ファシズムと言うのは、人によってさまざまに解釈される、但し相手を軽蔑したとき使われる言葉。
是非ともWikiにも載せて欲しい言葉と思う。

Wikiによるファシズム

しかし、今の何でも反対としか言えない、揚げ足取り夜盗(野党?)と何でもいいから安倍おろしに狂奔する既存メディア、中でも某朝日新聞などは、ファシズムのプロパガンダ新聞と化しているようだ。

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2020-01-07 17:27

北海道・北東北の縄文遺跡群を世界遺産に推薦


 北海道・北東北の縄文遺跡群を世界遺産に推薦することが決定したと報道されている。

これはその遺跡群最大の遺跡、三内丸山遺跡。

2019-5-6青森7

2019-5-7青森8

あと何年か後には日本文明はハンチントンが言うように世界で唯一の「一国一文明」、そのルーツは縄文時代である。そして縄文文明は持続可能な社会を1万年も続けてきた。だからこれからは世界の在り方のお手本の一つだ。そう言われる時代が来ると思っています。


しかしそこまでの道筋は単純ではありません。特に日本の考古学は、偉い先生が自分の信念だけで「これはこうだ」と言ってしまうと、何年もその嘘に引きずられる傾向が強いです。
こんな事の大改革が始まらざるを得ないでしょう。


何はともあれ、その報道から。

<以下日経より引用>
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO53538080Z11C19A2CE0000/

縄文遺跡群の推薦決定 21年、世界文化遺産に挑戦
2019/12/19 11:18 (2019/12/19 11:24更新)

政府は19日、世界遺産条約の関係省庁連絡会議を開いた。2021年の世界文化遺産登録を目指す「北海道・北東北の縄文遺跡群」(北海道、青森、岩手、秋田)を国連教育科学文化機関(ユネスコ)に推薦することを決めた。20日にも閣議了解し、来年2月1日までに推薦書を提出。ユネスコ諮問機関による現地調査を経て、21年夏に登録が審査される見通しだ。

国内の世界文化遺産は富士山(山梨、静岡)など19件。縄文遺跡群の登録が実現すれば20件目となる。

遺跡群は、縄文時代を代表する大規模集落跡「三内丸山(さんないまるやま)遺跡」(青森市)や、大小の石を同心円状に配した「大湯環状列石(おおゆかんじょうれっせき)」(秋田県鹿角市)など17遺跡で構成。農耕以前の生活や精神文化を示す物証とされる。

07年に4道県が世界遺産登録を文化庁に提案し、文化審議会が18年7月に国内候補に選んだ。しかし政府は自然遺産候補「奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島」(鹿児島、沖縄)の推薦を優先したため、今年7月に改めて国内候補に選ばれていた。

4道県は、遺産価値を海外にも分かりやすくアピールするため遺産名の変更を議論。推薦書提出に間に合うよう、年内にも結論を出す方針だ。

世界遺産の登録総数は1121件に上り、登録審査は年に1国1件と制限されている。来年夏に中国・福州市で開くユネスコ世界遺産委員会では、日本が推薦した「奄美・沖縄」の登録審査が予定されている。
<引用終り>


北海道・北東北の縄文遺跡群はこんなもの

2020-1-7北海道・北東北の縄文遺跡群

それから、縄文時代の凄い所は、2015年にNHKで放映されている。

NHKスペシャルアジア巨大遺跡・第4集・縄文奇跡の大集落~1万年-持続の秘密~」
https://www.dailymotion.com/video/x5jc339


この番組の中でカリフォルニア大学のシャレド・ダイヤモンドはこんな事を言っている。

2020-1-7縄文文明シャレドダイヤモンド

どんな事を言っているか。

「縄文人は1万年以上に渡って崩壊することのない持続可能な社会を築き上げました。
これは偉業です。」

「狩猟採集民は愚かで原始的な生活を送っていると考えるのが、欧米では一般的です。
しかし通常、農耕民族がおこなう集落の発展を狩猟採集民が成し遂げたのです。
その意味で縄文人は世界で最も豊かな狩猟採集民といえます。」

「狩猟採集民が多くの人口を養う持続可能な社会を作り出していたのです。
これこそが縄文の独自性です。」

そして番組の最後には

「現代において、私たちは自然の資源を縄文人のように持続的に扱っていません。
その結果、破綻が秒読みの段階にきています。
縄文の知恵から、私たちは何を学ぶべきなのか・・・
それは、自然を持続的に活用することです。
私たちの子や孫だけでなく、次の1万年を生きる人々のためにも学ばなければなりません。」

こんな事なのだが、事はそう簡単ではない。
何よりも、一度教科書から縄文時代が消えたことが有るのだ。だから今の若い人たちは、縄文時代と言ってもピンとこない人がかなりいると思う。

そんな遠い過去の話ではない。平成10年(1998)の学習指導要領改訂によって、一度旧石器時代と縄文時代(新石器時代)は教科書から消えてしまった。平成20年(2008)に、ようやく復活したが、それでも教科書の記述はわずかしかない。

冒頭紹介した三内丸山遺跡は、1992年に発掘調査開始、1994年には巨大な6本柱の建物遺構が発見され、保存が決定。更に2000年には国の特別史跡に決定している。そんな中で1998年には教科書から縄文時代が消えた。

日本は未開の縄文人を大陸から先進的弥生文化がやってきて征服し、それが今日に至っている。こんな思想の持ち主が要所に巣食っている。特に文科省(例えばスケベ人間某前川)にそんな奴らがいるようだ。

だが弥生文化が縄文文化を征服したという議論は、最近そんな事を言う人はいない。一番わかりやすいのは「日本語のルーツ」探しの結果だと思う。日本語は他に似た言語は無く、全くの孤立語と言われている。もし日本が大陸からの人たちに征服されたのなら、大陸に日本語によく似た言葉がある筈だが、長年の研究はその全てを否定している。

こんな事が今回の世界遺産推薦で色々出てくると思う。
大いなる議論を期待したい。

この話はいろんな切り口で、私の思う所を書いてみたいと思います。

  1. 歴史
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2020-01-02 11:06

明けましておめでとうございます


 あけまして おめでとう ございます

新(あらた)しき 年の初めの 初春の 今日(けふ)降る雪の いやしけ吉事(よごと)
  萬葉集 大伴家持

本年もよろしくお願いします。



メコンの夜明け
2020-1-1メコン川の夜明け



私は初詣は例年、岡崎の岩津天満宮にに行くのだが、ここ二年ほど都合で元日には行けなかった。今年は久しぶりの元日の初もうで。

2020-1-2元日の岩津天満宮

今年も多難な年になりそうですが、こんな時こそ遣唐使を廃止した菅原道真公に学ぶものが多いと思います。
そんな事で牛(願掛け撫で牛)を撫でながら初詣をしてきました。
  1. 社会一般
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