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2019-08-31 15:28

東京新聞記者の罵詈雑言


 東京新聞の売れっ子記者、佐藤圭のツイッターがネットで話題になっている。
この件は裏の桜さん、よもぎねこさんも取り上げているので、私は詳細コメントは遠慮し、このツイートをコピーし、仲間の情報弱者連中に見せたいと思う。
まあ、正視に値しない汚いものだが、それなりに見る必要はあると思う。

これが裏の桜さんの意見
http://sakuraura.blog.fc2.com/blog-entry-5127.html#comments

これがよもぎねこさんの意見
http://yomouni.blog.fc2.com/blog-entry-6710.html


最初に、佐藤圭なるキ〇ガイ記者の言っていること。
ツイッターの画面をコピーしました。本当はこの後ろに沢山の呆れコメントが付いているのですが、その一部だけ紹介。

最初はこれ、アメリカから飼料用トウモロコシを輸入する決定をしたことについて。

https://twitter.com/tokyo_satokei/status/1166355131924979716
2019-8-31東京新聞佐藤圭1


これは何をとち狂ったのか、(まあ頭狂新聞だからなのか)罵詈雑言をならべている。

https://twitter.com/tokyo_satokei/status/1166344653337059328
2019-8-31東京新聞佐藤圭2


まあ、こんなものですが、いやあ酷いですねえ。
佐藤圭は1968年生まれのようなので現在51歳くらい。ここまで酷いことを書き散らして、良くそれで東京新聞特別報道部の記者が務まるなあ。
そう思ったら、6月から水戸支局に左遷されたようで目出たいことです。
(いえ、水戸支局長様だそうで、ご栄転ですな。めでたしめでたし)
  1. マスコミ
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2019-08-29 21:23

F2後継戦闘機、やっとスタート


 もう旧聞に属するのだが、今月21日の読売新聞報道で、日本の国産戦闘機F2の後継機が日本主導の国産開発となる。こんな事が報じれられた。

2019-8-30読売新聞8月21日朝刊一面
(クリックで拡大します)

良い事だと思う。
理由は第一は抑止力、何せ隣には日本を虎視眈々と狙う国が有るのだから。
もう一つが技術の進歩向上、日本の得意分野だから、ぜひとも開発競争には参加していきたい。

参考までに、抑止力については以下参照ください
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-907.html


何はともあれ、その報道から。

<以下引用>
F2後継戦闘機、「事項要求」で開発費計上へ
2019/08/21 07:01

 政府は、航空自衛隊のF2戦闘機の後継機開発費を2020年度予算案に計上する方向で最終調整に入った。日本主導の開発を目指し、開発費は現時点で総額1兆5000億円以上と見積もられている。F2の退役が始まる30年代半ばの導入を目指す。

90機、30年代に導入
 複数の政府関係者が明らかにした。

 政府内では、海洋進出を強める中国への抑止力を念頭に、後継機は国産初のステルス戦闘機とし、高い空戦能力の実現を目指す案が有力だ。長距離巡航ミサイルを搭載し、高水準の対艦能力を併せて備えさせる案もある。F2と同様の約90機の配備を想定している。

 開発費は概算要求では金額を示さない「事項要求」とする見通しで、年末の予算編成までに機体の概念をまとめ、金額を算定する。

 政府は、コスト高となることや、米軍と情報共有できるシステムが必要なことなどから純国産は難しいとみて、外国の技術も導入する方向だ。

 昨年12月決定の中期防衛力整備計画(中期防)ではF2後継機について、「国際協力を視野に、我が国主導の開発に早期に着手する」と明記していた。ただ、共同開発となる場合でも将来、日本が自由に改修できるよう、機体やシステムの主要部分はあくまでも国産とすることを目指す。

 共同開発を巡っては、米空軍のF22戦闘機を基にF35の電子機器を搭載する米ロッキード・マーチン社の案などが出ていた。ただ、1機200億円を超え、システムの設計図も「完全に開示される保証はない」(防衛省幹部)ことなどから、日本政府内では否定論が多くなった。一方、英政府は、次世代戦闘機「テンペスト」の開発を目指している。F2後継機と開発時期が重なるため、日英国防当局間で共同開発の可能性について意見交換している。

 後継機配備が始まる30年代半ば以降の空自戦闘機の体制について、政府は、対空・対艦・対地攻撃など多様な任務を遂行できる最新鋭ステルス戦闘機「F35」(ロッキード・マーチン社)147機、空対空能力が高いF15(米ボーイング社)の近代化機約100機と後継機という陣容にする構想だ。

 [解説]日本が開発主導 防衛産業を維持
 航空自衛隊のF2戦闘機後継機について、政府が日本主導の開発を目指すのは、国内の防衛産業基盤を維持・強化する狙いがある。

 日本の戦闘機開発は、古くは旧日本海軍の零式艦上戦闘機(零戦)が当時世界最高水準と言われたが、戦後に一時途絶え、米国製への依存を強めた。それでも、日本政府と航空機産業は、1977年に自衛隊初の国産支援戦闘機「F1」を導入するなど、日米共同開発も含めて技術やノウハウを蓄積してきた。

 F2開発に関わった日本の技術者も高齢化が進み、「若手への技術伝承は待ったなし」(自民党国防族議員)だ。開発技術を維持し、後世に伝えることは、日本の将来の安全保障にとっても大きな意義がある。 (政治部 谷川広二郎)

<引用終り>


この件については、今年初めに産経がこんな報道をしている。

見えてきた次期国産戦闘機F-3「ここまで”出来て”いる」 2019-1-8
https://www.sankei.com/premium/news/190108/prm1901080005-n1.html

そして、日本のことなのに、シナちゃんの方が詳しい記事がある。これはレコチャの記事。
日本の「世界レベル」ジェットエンジンに中国メディア「完成度の高さに驚き」
Record china 配信日時:2019年3月26日(火) 0時10分
https://www.recordchina.co.jp/b697575-s0-c10-d0135.html


シナが驚いているこのジェットエンジンだが、これこそハイテクの塊。日本がこれからどんどん伸ばしていきたい分野だ。しかし日本は敗戦後からアメリカの「日本を二度と立ち上がれないようにする」政策の標的だった。その分野が飛行機は作らせない、大型軍艦は作らせない、ましてや空母など以ての外。それが最近やっと解除されて来たのだが、何せこんな分野で何十年もの空白は痛い。その中でもジェットエンジンは日本が大きく遅れた分野だった。
しかしやっと世界に通用するエンジンを作る所までできるようになった。

実は航空機用ジェットエンジンについては確かに日本はジェットエンジンはごく僅かしか作っていない。哨戒機P-1用のF-7エンジンだけだ。がしかし、世界の旅客機用エンジンで日本製部品を使っていないエンジンは無いと言われるように、部品や材料では十分世界で活躍している技術がある。

この件については1年前の記事だが、以下記事が分かりやすい。
ついに日の目見た世界最高水準の国産ジェットエンジン  2018年7月13日 6時12分 JBpress
https://news.livedoor.com/article/detail/15004908/

このエンジンは私はもう随分前から注目しているのだが、どうも出来がいいらしい。
そんな事で今回の報道になったようだ。

所でそのレコチャの報道で気になることがある。
同エンジンについて第5世代単結晶などの新素材を用い、タービン前温度が1800度に達するとしたほか、テストではブーストなしで110kN、ブーストして150kNの目標値を実現しており、2020年1月までに高空性能試験を含めた測定、試験を完了予定であるとした。また、今後の開発目標はブーストなしで130kN、ありで200kNというF-135エンジンに相当する値であることを紹介している。

この「ブーストなし(アフターバーナー無し)で130kN(約13トン)、あり(アフタバーナーあり)で200kN(約20トン)、これは現在配備が進められている戦闘機F35用のエンジン(F135・・紛らわしい・・)並みの出力なんだが、F35は単発エンジンの為大きなエンジンを積んでいる。そのエンジンと同等のエンジンを双発で搭載する。将来の戦闘機の一つの姿と思う。

尚私の知る限りでは、現在は戦闘機は将来像が良く見えない中で、試行錯誤中と聞く。
無人機になるのか、ステルス万能と言われながらステルス機でも見える量子レーダーが開発されるとか、高出力レーザーによるミサイル迎撃システムを搭載するとか、、良く分かりません。

そんな時にはいろんなケースに柔軟に対応できる冗長性を持った機体が必要で、そんな事を考えながらの開発なのでしょう。

将来が楽しみです。
最後に軍事技術が将来民間に転用されるのも当然で、そんな意味でも期待が持てます。
  1. 経済
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2019-08-27 15:03

消えた絶景<北陸線旧杉津(すいづ)駅の話


 今月12日に福井市の一乗谷朝倉氏遺跡に行ってきた。その顛末は8月16日にエントリーしたのだが、その途中で北陸自動車道の杉津(すいづ)PAに立ち寄った。今回はその杉津(すいづ)にまつわる話を書いてみたい。
この杉津PAはもう半世紀も前だが、北陸線の北陸トンネル(総延長13.87㎞)ができる前は杉津越えと言われる山越えルートの中の駅だったところ。しかしこの杉津越えルートは勾配が25‰(パーミル)=25/1000 という急こう配の連続で北陸線の難所だった。昭和37年(1962年)に北陸トンネルが開通すると同時にこの駅も廃止された。その18年後、北陸自動車道が開通する際、旧杉津駅は北陸自動車道の一部として利用され、杉津PAができた。

この旧杉津駅は現役時代、北陸線随一の車窓風景と言われ、半世紀も前だが、福井の人からその景色の素晴らしさを何度も聞いたことがある。

その景色が今はどうか、これは北陸自動車道下り線(福井金沢方面)杉津PAからの景色。確かに素晴らしい景色。左下に見えるのが上り線(敦賀米原方面)杉津PA。この上り線PAが昔の北陸線杉津駅のあった所。自動車道が右側通行みたいに見えるが、この辺り、険しい地形の関係で上り線と下り線が別々のルートで、おまけに左右も逆になっている。

2019-8-15福井2

ここで大いに疑問だったこと。私がもう半世紀以上も前に聞いた話、「杉津駅の眺望、車窓風景は素晴らしい」、この話はこの程度の景色のことだったのだろうか。

そんな事を疑問に感じて少し調べてみた。

現在のPAと昭和37年当時の杉津駅

2019-8-15杉津駅の今
https://www.imajo-syuku.com/%E9%89%84%E9%81%93%E9%81%BA%E7%94%A3/


2019-8-15杉津駅の昔
https://www.imajo-syuku.com/%E9%89%84%E9%81%93%E9%81%BA%E7%94%A3/


杉津駅の絶景写真や絵画はネットでは見つからなかったが、鉄道好きの方が昔の写真をアップしているものが有った。

昭和37年当時の写真、杉津駅を出発し25‰の坂道を上ってゆく米原発富山行き列車
機関車はD51  (tsurukameさんのブログより拝借)
2019-8-26杉津駅発の蒸機
https://drfc-ob.com/wp/archives/58872

この写真の左奥に小さく霞んでいますが杉津駅が見えます。

同じ所から撮った写真、昭和37年当時のもの。
貨物1000トンを引くため、前にはD51プラスDF50(電気式ディーゼル機関車、動輪が6軸)
更に後ろには補器としてD51.(貨物1000トンがこの当時この路線の限界)
2019-8-15下り貨物 機DF50_D51 後補機D51
https://drfc-ob.com/wp/archives/58872

こんな歌が有りましたね。まさにその通りの光景が毎日だったようです。
現在の杉津PAは山の中なのですが、この当時は駅周辺は田んぼが広がっています。そんな景色が分かる絵が有りました。

これは杉津PA上り線(旧杉津駅跡地)の売店内に展示されている絵。杉津駅が現役時代の風景を地元の小中学校の生徒さんが描いたもの。

2019-8-27杉津PA内の絵1
https://blog.goo.ne.jp/juraku-album/e/eea90d6666629702ea511aa3637f3843

この二つ並んだ絵の左側の絵、この絵の光景が多分昔の杉津駅の風景だったと思います。

2019-8-27杉津PA内の絵2
https://ameblo.jp/akiroom2/entry-12477676343.html

この絵の機関車は今庄方面から来た列車で、敦賀米原方面行きでしょう。長い下り坂を下りてきたところです。

こんな美しい田園風景が何処へ行ってしまったのか、ちょっと国土地理院のDBで昔の航空写真を見てみます。
国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスによる
https://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do#1


最初にそのあたりの地図。現在の地図なのですが、地形が分かると思います。

2019-8-24杉津航空写真の元地図1

杉津PA上り線の辺りで標高は180mを示しています。一方約1キロほど離れた国道沿いの学校(敦賀市立東浦小中学校)辺りで標高は26mほど。約1キロで150mも上る。急斜面なのが分かります。
杉津駅の地形は、山の中にここだけ広い谷間が開けていて、それが海岸線まで続いている。北陸線でここだけが山が開けて海が見える地形。

参考までに地図記号。
〇に上に縦棒⇒果樹園、〇に下に横棒(alphabetのQみたい)⇒広葉樹林
山形に3本の縦棒(山の字の下の横棒無し)⇒荒地(あれち)


これは1963年(昭和38年)5月のもの。
2019-8-24杉津航空写真1963-5-3
この写真の前年(1962年=昭和37年)、北陸トンネル開通でこの路線は廃止された。線路は無くなったが、駅周辺はほぼ同じと思われます。
駅周辺の詳しい写真を次に示します(黄色枠内の部分)。


次は上の写真の黄色枠内の部分、これは1949年(昭和24年)のもの

1949年(昭和24年)1月の杉津駅周辺。米軍が撮影した航空写真。
2019-8-24杉津航空写真1949-1-8

杉津駅から左手に向かって棚田が広がっています。
この写真の左端から右端の杉津駅辺りまで、多分標高差は150m位と思います。
下から見たら、「耕して天に至る」そんな光景だったのでしょう。先人たちの苦労が偲ばれます。
特に駅の左側辺りはよくよくの急勾配だったのでしょう。一枚一枚の棚田がとても細長い。駅から下の方に一直線に歩道があったそうですが、急な所は階段になっていたところもあったようです。

1971年(昭和46年)10月
2019-8-24杉津航空写真1971-10-25
学校の周辺や駅周辺が植林されています。


1990年(平成2年)11月
2019-8-24杉津航空写真1990-11-6
北陸自動車道が開通した10年後の状況
国道8号線より山側は殆ど植林されています。

2013年(平成25年)9月
2019-8-24杉津航空写真2015-9-17

カラー写真ですが、昭和30年代までの棚田は殆ど果樹園と広葉樹林、荒地などに変わりました。
鉄道の駅という求心力を失ったので、美しい棚田は半世紀たったら昔の山に戻ってしまったということです。

ストリートビューに有った棚田跡への植林、ミカンのようですね。
2019-8-25杉津の棚田跡の植林の様子多分ミカン

このような小さな棚田では機械化は難しく、棚田の維持ができなかったと思われます。
越前海岸辺りがミカン栽培の北限のようです。

このすぐ下にある敦賀市立東浦小中学校のHPによれば
>敦賀湾を眼下に望む蜜柑の丘に立つ白き学舎 
>学校の歴史は明治6年創立の横浜小学校に始まります。一時は500名を超えていた児童・生徒数も、現在は30名あまりに減少してしまいました。(H30.4.1現在、小~20、中13、計33名)
>しかし、その少ない児童・生徒数と小中併設の利点を活かし、9年間を見通した系統的な指導、縦割り活動等を行っています。


こんな事で、北陸線随一の眺望・車窓風景と言われた杉津ですが、駅が無くなって求心力が無くなり、過疎化が進んで昔の景色は最早見ることができなくなりました。
高度成長から平成の停滞期を経て、取り残された過疎地がどうなったか、そんな問題を突き付けているのが杉津の景色だった。これから生きる人の課題の一つではないかと思います。


最後に今も残る美しい棚田の風景を参考までに載せておきます。

佐賀県玄海町浜野浦の棚田
2019-8-27佐賀県浜野浦の棚田
http://www.town.genkai.lg.jp/site/kankou/1288.html

杉津駅の絶景というのは、多分こんなものだったのではないかと思います。
無くなったものは大きいですね。

  1. 社会一般
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2019-08-26 17:02

GSOMIA問題<韓国は日本や米国が提供した機密情報を中国に漏らしている



 GSOMIA問題が喧しいが、日経がこんな事を言い出した。
曰く
韓国の情報機関、国家情報院の幹部が定期的に北京を訪れ、日本や米国が提供した機密情報を中国に漏らしているようだ。

この話は5年以上前からネットでは言われてきた。しかしネットの噂にソースが付いた典型事例。
良い話なのでそのソースを紹介したい。

なおその前に、そもそもGSOMIAは2012年6月に条約締結1時間前にドタキャンされた経緯がある。
(当時日本は民主党政権時代、韓国はアキヒロ君時代、アメリカはオバマ時代だった)
そして4年後の2016年11月にやっと条約締結。
(日本は安倍政権、韓国はクネたん政権、アメリカはオバマ政権だった)
以下参照ください
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-907.html


では本論。日経記事です。

<以下日経より引用>
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO48928110T20C19A8000000/

実は利点も 日韓軍事情報協定破棄の真実 
編集委員 高坂哲郎
日韓対立 ニュースこう読む 朝鮮半島
2019/8/23 23:00


 韓国が日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を延長しないと決めたことに日本や米国で困惑や失望が広がっている。ただ、日本の安全保障関係者の間では事態を静観する向きが多い。日本が提供した機密情報が韓国経由で中国などに漏れるリスクが減ることなど「今回の失効決定には利点もある」(日本の安保情報関係者)との指摘さえ聞かれる。

韓国経由の機密漏洩を恐れていた日米

「韓国の情報機関、国家情報院の幹部が定期的に北京を訪れ、日本や米国が提供した機密情報を中国に漏らしているようだ」――。別の安保関係者は以前、米国防総省高官からこう告げられ、互いに困惑した表情を浮かべたことがあったという。このため日本側は日韓GSOMIA経由での情報のやりとりに細心の注意を払い、こちらの持っている情報を無条件に韓国に渡すことは厳に控えてきた。「韓国から提供された情報の中には、日本側を誤った方向へ誘導するためとみられる虚偽情報が含まれていたこともあった」という。

GSOMIAは軍事上の機密を交換・共有するためのいわば「パイプ」にすぎず、これがあるからといって、実際にたくさんの情報をやりとりするとは限らない。実際、2018年12月に日本海能登沖海域で不審な動きをしていた韓国海軍艦艇が、監視飛行中の海上自衛隊哨戒機に火器管制レーダーを照射するという事実上の「撃墜予告」事件を起こして以降、日韓防衛当局者間の関係は冷え込み、GSOMIA経由でのやりとりもかなり細っていたようだ。

16年に日韓間でGSOMIAが発効する以前、日本は米軍経由で韓国の機密情報を入手していた。米軍と韓国軍は韓国防衛のため米韓合同軍を組んでおり、その指揮権は米軍が握っている。米軍がこの立場を失わない限り、朝鮮半島に関する重要情報を韓国軍から吸い上げることができる立場であり続ける。日本からみれば、日韓GSOMIAの失効後も、米軍経由で情報提供を受けられる発効前の状況に戻るだけということになり、失効による被害は実はそう多くはないのだ。

実害を受けそうな立場があるとすれば、韓国経由で日本に関する情報を得ていた中国軍や、韓国内に根を張っているとみられる北朝鮮などのスパイ網だろう。

「日韓GSOMIA失効で東アジアの安定が揺らぐ」とか「中朝ロシアを有利にする」という見方は実態を踏まえたものとは言えない。にもかかわらず日本が過剰反応すれば、「反日」をあおって求心力を高めたい文在寅(ムン・ジェイン)政権を利してしまう。

米軍も韓国とは距離をとりはじめた

今回の文政権の日韓GSOMIAに関する決定に対し、米政府は「失望した」と明言した。ただ、実のところ米国は「失望」を通り越して、韓国との間にじわじわ距離を置き始めている。

「在韓米軍所属のはずなのに、なぜか在日米軍基地にいる米軍の士官や兵士がいるようだ」――。筆者が日本の安保関係者からこんな話を聞いたのは今年に入ってからだ。朝鮮半島有事への備えに加え、過度な親北朝鮮姿勢を隠さない文大統領への懸念から、米軍が駐留兵員の数をひそかに減らし、日本などに移し始めているのだという。

ただ、米軍は韓国から完全撤収するつもりはなく、韓国内に基地を置ける限りは断固維持する方針のようだ。米軍にとって今や最大のライバルになりつつある中国軍の動向を監視するうえで、韓国の地の利を生かさない手はないからだ。文政権やその後継政権が親北朝鮮に傾斜し続け、先々米韓関係の冷え込みが顕在化しても、在韓米軍は韓国内の「陸の孤島」のように存在し続け、米国が敵対関係にあるキューバ領内にグアンタナモ基地(米国が革命前のキューバ政府から租借)を維持しているのと似たような形になりそうだ。

「世界の二極化」の中での韓国の変心

1991年にソ連が崩壊したのは、米国が経済力の相対的に弱かったソ連に軍拡競争を挑む「負担強要戦略」が功を奏したためだった。現在の中国が急速な軍拡を続けていられるのは、米国中心の自由経済に根を張って利益を上げながら、米国由来の最新技術という果実を巧みに軍事に転用しているからだ。トランプ米政権が近年、中国企業や留学生などの締め出しに着手したのは、冷戦時代の米ソ関係のような経済面での「没交渉」を部分的にでも再現することで、中国には不利な軍拡競争に同国を追い込む新たな負担強要戦略を発動しているからだ。米国がこの方針を変えない限り、「世界の二極化」という大きな流れは変わらない。

こうした環境下で韓国は、自らの意思で日米など西側陣営を離れ、北朝鮮や同国の後ろ盾である中国やロシアの側へ走ろうとしている。だとすると、日韓GSOMIAの失効は、大方の反応と違って必然的な動きのようにもみえる

<引用終り>

最後のこの言葉が印象的ですね。
「韓国は、自らの意思で日米など西側陣営を離れ、北朝鮮や同国の後ろ盾である中国やロシアの側へ走ろうとしている。」

韓国が自らの意志で離れていってくれる。良い事です。

  1. 朝鮮韓国
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2019-08-18 09:28

津川雅彦氏は我先に逃げる者を一番嫌っていた


 現在発売中の週刊新潮8/15・22合併号に面白い記事が載っている。
高山正之氏の人気コラム「変見自在」、今回は「太郎は逃げた」である。
題名は兎も角、内容は色々書いてあるが、昨年亡くなった津川雅彦氏に関するものでもある。
この話は頂門の一針5137 号で知ったのだが、色々面白い。
私は普段週刊誌は読まないのだが、良い話なので今朝早速近くのコンビニで週刊新潮を買ってきた。朝6時のコンビニはその店のオヤジが一人で店番。人手不足なんでしょうねえ。商売大変です。


そんな事で、この話を引用したいと思いますが、最初に津川雅彦氏の最後の仕事がこれだった。

「ジャポニズム2018:響きあう魂」  2018年5月~2019年3月
2019-1-22ジャポニズム2018の一例
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1602.html

昨年フランスで開催され好評だった「ジャポニズム展」、これのイニシャル・コンセプトを担当したのが津川雅彦氏だった。素晴らしい仕事をされたと思います。

津川雅彦氏については、他にもこんなブログも参照ください。
【朝日の大罪】慰安婦“大誤報”「どうか見苦しく逃げ回ってほしい」 by津川雅彦 2014-08-19 



前置きが長くなりました。では高山正之氏のコラムです。
『週刊新潮』2019年8月15・22日合併号より

「変見自在」「太郎は逃げた」
        高山 正之 

 津川雅彦氏から電話があった。産経新聞でコラムを書いていたころの話で、面識はなかった。

 俳優にならないかという誘いかと思ったら全く違った。中東の話だったか、教えてほしいという。

 場所は神楽坂。小粋な店でひとときを持ったが、驚いたことに氏は酒を一滴もやらない。下戸だった。それで酒席を用意する。

 心配りに頭が下がる思いだった。

 億劫を知らない人でもあった。屋久島の杉の木立が体によかったと別の
席で話したら翌週にはもう屋久島を訪ねていた。

 こちらが辿りつけなかった縄文杉にも触った。不調も治ったと報告があった。

 そんな付き合いがあって最後の最後に、先立った夫人朝丘雪路との合同お別れ会の知らせがあった。昨年11月のことだった。

 会場には見たことのある男優や女優がそれこそ綺羅星のように居並んでいた。水谷豊と反町隆史の「相棒」が最前列にいて隣に岩下志麻がいて、少し後ろに上川隆也がいた。

 安部晋三が挨拶した。映画人は左でなくちゃという風潮を嗤う故人との付き合いを語った。

 それぞれが参会者をさざめかせる別れの言葉を語ったが、そのどれもが一人娘で喪主の加藤真由子の言葉には敵わなかった。

 彼女は生後5か月のとき誘拐された。当時、社会部の遊軍にいたから事件のことはよく覚えている。

 犯人は千葉の男で第一勧銀の彼の口座に「身代金500万円を振り込め」と要求してきた。

 当時、口座は偽名でも開設できた。おまけに端末を特定するオンライン化はされていなかった。犯人は好きに身代金を引き出せた。

 しかし第一勧銀のシステム・エンジニアは日本人だった。端末を親コンピューターに繋ぐ作業を徹夜でやってのけ、翌日の開店時間に間に合わせた。

 犯人がどこで引き出そうが即座に場所を特定できた。そして翌日正午、東京駅でカネを引き出そうとした犯人は捕まり、彼女は無事保護された。

 あのときの赤ちゃんが今マイクの前に立っている。

 彼女はまず母の思い出を語った。二人で三越の屋上に行ったとき、母は自販機に向かって「朝丘です」と言った。「ジュースを2本ください」と。

 おカネを入れた方がと6歳の娘が忠告しても「大丈夫よ」「朝丘です」を繰り返した。「最期まで天然のままの可愛い母でした」

 この話はテレビでも流されたが、続いて語った父、雅彦の話はなぜかどこも流さなかった。

 あの3・11の混乱の中で東電福島の原発1号機の爆発が報じられた。東京に死の灰が降ってくる風のデマが飛び交う中で父から電話があった。

 誘拐事件もあった。ずっと大事にされ、甘やかされてきた。だからそんな危ない状況を心配してのことかと思ったら大違いだった。

「みんな東京から逃げている。しかしお前は日本人だ。逃げようなんて思うな。そこにいて日本人らしく死ね」

 未曾有の惨事だ。それでも東電職員も消防署員も命を張って惨事の拡大を食い止めようとしている。

 どんな天変地異にも日本人は逃げなかった。みんなで助け合い、支えあって生きてきた。そういう日本人らしく「振る舞え」と父は言った。

 あの時、いの一番に現場から逃げたのは当の欠陥原子炉を作った米GEの社員だった。一目散に大阪に向かい、飛行機に飛び乗って米国にまで逃げ帰った。

 日本人でも逃げた者がいた。山本太郎だ。

 彼も大阪に逃げた。それでも足りずに「フィリピンに逃げる算段をしている」とツイートしている。

 騒ぎが収まると売れない俳優は反原発を叫んで政界に乗り出してきた。

 今は消費税ゼロのいい日本を実現すると公約する。

 でも彼はその日本をかってあっさり見捨て逃げっていったではないか。

 言い忘れたが津川雅彦氏は我先に逃げる者を一番嫌っていた。

<引用終り>

つくづく思います。惜しい人を亡くしたと。ご冥福を祈ります。合掌。

  1. 社会一般
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  3. CM(30)

2019-08-16 22:35

福井の一乗谷朝倉氏遺跡に行ってきた


 連日暑いですね。この暑さの中、台風10号がゆっくり日本列島を横切り、今は日本海を北上中。でも台風はこれから北海道に接近との予報。進行方向の方、これからも風雨にご注意を。

所でこの酷暑の中、8月12日(月)に福井市の一乗谷遺跡に行ってきました。
一乗谷遺跡の朝倉氏は、浅井朝倉連合軍で織田信長と対抗し、結局信長に滅ぼされたことは知られているが、詳しいことはほとんど分かっていない。
特に浅井氏は織田信長の妹で戦国時代随一の美女と言われた「お市の方」が嫁いだことで知られていますが、朝倉氏にはそんな有名な話は無く、1573年に信長に滅ぼされ、一乗谷の城下町も焼き払われてしまいました。

その一乗谷の朝倉氏城下町がその後田んぼの下に埋まっていたものが昭和42年から発掘調査が行われ、戦国時代の遺品が其の儘出土しました。その結果、国の特別史跡に指定され、武家屋敷など城下町の復元も行われました。

一乗谷朝倉氏遺跡(福井県観光情報ホームページ)
https://www.fuku-e.com/010_spot/?id=2

2019-8-16一乗谷1





前置きはこのくらいにして、真夏の炎天下での一乗谷朝倉氏遺跡、どんな具合だったのか。
まあ珍道中と言ってもいいくらい、家族で行くにはちょっとばかり過酷だったんですが、そんな顛末を書いてみます。

そもそもスタートから30分遅れで出発。連日最低気温が26°~28°、最高が36°~38°ですから暑いのは仕方ない。でも名古屋を抜けたら一宮辺りで渋滞につかまり、抜けるのに1時間以上。途中はノンストップでやっと着いたのが敦賀市の「杉津(すいず)PA」。


この杉津(すいず)PAは昭和37年(1962年)北陸線の北陸トンネル(総延長13.87㎞、狭軌鉄道用としては現在も日本最長)開通までは北陸線の杉津越えの難所に有った杉津駅のあった所。
北陸線随一の景勝地として知られていた。

現在も景色は素晴らしい。これは下り線(福井金沢方面行き)のPAから見たもの
2019-8-15福井1

下を見下ろすと、上り線(米原方面)のPAが見える。昔の北陸線杉津(すいず)駅の跡地を利用して作ったのがこのPA。

2019-8-15福井2

よく見ると道路は右下から左方向に通っている。一見右側通行のようにも見えるが、普通上下線が並んで作られるのだが、この辺りは山が険しいため、上下線をならべて建設できず、左右が逆になっている。


のんびり景色を見ている訳にもいかず、とにかく前に進むことに。

その先の南条SAで昼飯を食べた。

SA内はとても混んでいた。(当たり前ですね・・・)
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大分待って、やっと入ったレストラン。窓の外の日よけの植え込みが涼し気。
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やっと昼飯にありつけた・・・。
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食べたのは「へしこ茶漬け膳」、「へしこ」とは福井名物のサバの味噌漬け。それを細かく切って飯の上に乗せ、最初はそのまま、次はとろろをかけて、次は茶漬けにして食べる。初めて食べる味でしたがおいしかった。



なには兎も角一乗谷へ。福井インターからは5キロほど。10分もかからずに着きました。

発掘された遺跡が其の儘みられます。
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中にある説明版
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武家屋敷と町屋が復元されていました。
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町家の内部
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柱を見てください。現代では有りえませんが、表面がデコボコです。「ちょうな」で削って(はつって)仕上げてあり、だから凸凹なのですが、これがこの当時の当たり前。復元は当時の工法そのものだったようです。
参考:ちょうな
http://www.shajimatsu.com/old/yomoyama/dougu_no5.html


これは染物屋だったようです。
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これは焼き物屋
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ボランティアの方の話では、発掘で沢山の焼き物の破片が見つかったが、殆どくっつければ完器になる状態。そして完器で1万数千個の焼き物が見つかったと言っていた。
町が繁栄していた証拠でしょうか。
この店に並んでいる焼き物は、掘り出された破片から復元したものと全く同じものを九州の窯元に依頼し、400人分を作ったとの事。


角を曲がるとサムライでも出てきそうな雰囲気。
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こんなガイド版があちこちに
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武家屋敷にはこんな巨木が残っていた。
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武家屋敷の門から見るとこんな感じ、古木が貫禄あります。
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暑い中をもうひと頑張り、これは朝倉市の館跡の唐門
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但しこの唐門だけは朝倉時代のものではない。福井市のHPによれば
 義景館跡の正面、濠に面して建つ唐門は五代義景の菩提を弔うために 建てられた松雲院の寺門。豊臣秀吉が朝倉義景の善提を弔うために寄進したものと伝えられ、幅2.3mの向唐門形式で、質素な中にも堂々たる気品を伝えています。(但し、朝倉時代の遺構ではないので注意)現在のものは何らかの理由で、江戸時代中頃に建て替えられたもので、門内の上部には朝倉家の「三ツ木瓜」の紋と豊臣家の「五三の桐」が刻まれています。

その朝倉氏館跡を反対側から見ると
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もうこの辺りで暑さで帰ることにしました。
そのあと、県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館を見に行くことに(本音は暑さを避けて一息入れたい)。

中は色々面白かったが、特に興味深かったのがこれ、青花磁器(日本式には染付磁器)の器。

2019-8-16福井17

この当時(朝倉氏滅亡が1573年だから、それ以前)の日本にはこのような磁器を焼成する技術は無く、また青い色を出すためのコバルト顔料(呉須という)自体が無かった。当然中国景徳鎮からの輸入品なのだがきわめて高価なものだった筈だ。
また青花磁器はイスラム圏でたいへん珍重されており、中国はコバルト顔料をイスラム圏から輸入し、それを使って青花磁器を作るという関係でもあったはず。そんな事もあり、非常に高価なものだった青花磁器、それがこんな所にあった。当時の朝倉氏の繁栄ぶりが分かります。

とまあ、中途半端ですが暑さでバテバテの一乗谷朝倉氏遺跡訪問記はこれで終わりとします。

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2019-08-09 18:01

平成の30年を振り返る<銀行は問題を抱えたまま


 一週間ほどご無沙汰してしまいました。夏バテでは無いのですが、諸事多忙にかまけて無精してしまいました。とは言うものの毎日暑いですね。この暑い中で数日前にパソコンがWindows10のバージョンアップらしく夕方から朝までソフトの更新。終わったらWindows10がまるっきり変わってしまったらしく、設定が殆ど消えてしまって復元に一苦労。無線LANまでおかしくなり、仕方なく有線で使ていましたが、今朝やっと無線LANも復旧しました。何かマイクロソフトの方針とかで、Windows10は本当はバージョンが現在は13位になるものをWindows10で押し通しているようです。
だから初期のWindows10と現在の物は全く別物らしい・・・。
暑い夏に頭の痛くなる話はここまで。


今日の話題です。

8月1日のエントリーでコメント欄でNINJA300さんからこんな話をいただきました。

> 企業の内部留保はおおまかに450兆円、個人金融資産は1000兆円とすると、合計で約1500兆円ですから、GDPの3倍近くの金額です。
> それが、銀行セクターのBSの載っています。
> ところが、銀行はこの資金の投資先を探せない融資する能力はないし資金運用能力もないから、シナ絡みの債券を大量に購入する。したがって、仮にシナ通貨が暴落し、シナでスーパーインフレが起こり、金利が上昇すれば、多くの部分は不良債権と化する
> 要は、黒田バズーカの資金はシナに流れていた構図になる。


このNINJA300さんがコメントで言いたい事。それは日本の一番弱い部分の一つが銀行であること。そして銀行はこの資金の投資先を探せない。融資する能力はない、資金運用能力もないから、シナ絡みの債券を大量に購入している。
折角黒田バズーカで資金を供給し、国内産業の振興しようとしても資金はシナに流れている。
仮にシナ通貨が暴落し、スーパーインフレが起こり、金利が上昇すれば、多くは不良債権となる。

私は以前から、「銀行とは国際枕に昼寝していれば儲かる商売」、こんな事を言ってきた。しかし銀行が昼寝をしていたら困るのは企業。それから若い人が起業しようとするときカネを出すはずの銀行が昼寝中。これでは困る。当たり前ですね。

「平成の30年を振り返る」シリーズのエントリーで、平成の30年とは海外で成長した30年だったことを書いた。そんな見方で銀行を見ると、日本の成長阻害要因の大きなものが銀行だと気が付く。

丁度いいタイミングでWSJから日本の銀行に関する記事が2本掲載された。大変いい話なので全文紹介し、私の考えを書いてみたい。

所でその前に、NINJA300さんが言う邦銀がシナに融資している件、今年5月、日経にこんな報道があった。

<以下日経より引用>
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO45417300Z20C19A5MM8000/
三菱UFJ銀、中国で証券投資枠 世界の銀行で最大 
2019/5/29 18:00
三菱UFJ銀行は人民元建てで中国の債券や株式に投資する「人民元適格海外機関投資家(RQFII)」の投資枠を取得した。投資できる金額は60億元(約960億円)で、世界の銀行で最大となった。中国企業の資金調達に直接関与して関係強化を図り、同国で存在感を高める狙いがある。

銀行に与えるRQFIIの認可枠としては、中国工商銀行の欧州法人の40億元がこれまでの最高だった。海外の金融機関による中国債券の売買では香港経由の「債券通(ボンドコネクト)」と呼ぶ手法が主流だが、銀行間の債券市場にしか扱えない。

RQFIIを使えば上場の国債や社債などに加えて株式や私募債にも投資できるようになる。邦銀では三井住友銀行が18年末に30億元の投資認可を得ている。

三菱UFJ銀は地方銀行など、日本の金融機関向けに中国債券の売買を仲介することも検討する。日本からの中国債券の投資額は2018年に1兆1740億円と、3年で2倍に膨らんだ。中国企業の旺盛な資金調達に焦点を当てる金融機関の需要に応える。中国企業への投資には元建て債券が不可欠でRQFIIを使った取引が増えるとみている。現地通貨を使うことで為替差損のリスクも軽減できる。

人民元の国際銀行間決済システム(CIPS)は拡大しており、18年の取引額は前年比8割増の26兆元に上った。三菱UFJ銀は元の預金の増加を見込む。18年に元建ての債券(パンダ債)の発行認可も得ており、手元の元の運用先を広げる必要も出てきている。

日中関係の改善により、日本の金融機関からの投資を呼び込みたい中国政府の意向も今回の認可には反映されている。
<引用終り>

今、米中経済戦争が激しさを増しているこの時期にこんな事をする。三菱UFJは何を考えているのやら。欧米のハイエナ投機家連中が、「日本が出てきたら相場は終わりだ」という訳です。



本題です。WSJが日本の銀行について2本の記事を書いています。一つは「日本上げ」、次は「日本下げ」。先ずはそれを見てください。


<一本目の記事引用>
https://jp.wsj.com/articles/SB10380349954480613357004585464052851238896?mod=WSJ_article_EditorsPicks_4

HEARD ON THE STREET
日本の「一帯一路」、中国の陰でアクセル全開

2019-8-9WSJ1
BISのデータによると、対外融資で円建てが突出した伸びを示した 
(引用者注:対外融資が伸びている事を言うための写真です。新宿副都心と富士山、いい写真です)
By Mike Bird
2019 年 8 月 3 日 01:55 JST

――WSJの人気コラム「ハード・オン・ザ・ストリート」

***

 東方のある経済大国が、アジア新興国への金融支援で存在感を増している。いや、あの国ではない。

 国際決済銀行(BIS)が今週公表したデータによると、対外融資で「ある通貨」が突出した伸びを示した。日本円だ。2019年1-3月期(第1四半期)に日本国外の円建て借り入れ額は前年同期比12.5%増加し、伸びはドルやユーロを上回った。これにより、総残高は8年半ぶりに50兆円の大台を突破した。

 とりわけ借り入れの伸びが顕著なのが、日本の近隣諸国だ。アジア・太平洋諸国への融資は3月までの1年間に32.8%急増し 、6兆5800億円に達した。これは断トツで過去最高の水準だ。融資の大半は民間向けだが、その多くが政府系の国際協力銀行(JBIC)による支援を受けている。 

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 もちろん、円建て融資の総額は、圧倒的な存在感を示すドルに比べるとまだわずかにとどまる。国境を越えるドル建て融資は20倍以上の規模だ。

 だが、アジアでは増加のペースが重要になってくる。アジア向けの対外融資については、日本か中国が主な貸し手だ。中国の巨大経済圏構想「一帯一路」はより多くの注目を集めているものの、途上国に対する日本の融資は中国よりも広範囲にわたり、しかも一段と速いペースで伸びている。

 BISのデータは、中国人民元のように、国際的に広く使われていない通貨については内訳を示していない。国際銀行間通信協会(SWIFT)によると、国際決済システムで人民元が使われる割合は2%にも満たない。だがBISの国別データによると、中国の銀行による海外融資は1-3月期に457億5000万ドル(約4兆9000億円)増加した。それに対し、日本の融資は2225億1000万ドル増えている。

 日本が自国通貨建てで対外融資を行えること中国がなかなか模倣できないでいる点だ)が、おそらく最も重要な要因だろう。これにより、日本の借り手は大規模なインフラ案件で、日本企業を請負先に選ぶ可能性が高くなる。中国の銀行が供給できるドルには限界があるが、日本の銀行が供給できる円が同じように制限されるわけではない。

 借り手が円を受け取ることに満足している限り、そして融資が金銭的に実行可能な限り、アジア諸国向けの日本の融資に限界はない

<引用終り>



もう一つの記事、これは日本下げです。

<以下引用>
https://jp.wsj.com/articles/SB12614261370008383898704585472762960357910

日本の銀行、もう逃げられない構造改革圧力
この30年間の金利政策で銀行システムは限界に
日本の金利政策はこの30年間、ゼロ近辺からゼロ、マイナスへと推移し、銀行システムを限界に追いやった 
By Mike Bird
2019 年 8 月 7 日 12:08 JST

――WSJの人気コラム「ハード・オン・ザ・ストリート」

 ***

 ほぼデフォルト(債務不履行)がない国での銀行経営と聞けば簡単そうだ。だが日本の銀行は全くそうではない。

 日本の金利政策はこの30年間、ゼロ近辺からゼロ、マイナスへと推移し、銀行システムを限界に追いやった。

 特に中小銀行はビジネスモデルに対する外部脅威に直面している高齢化と過疎化が進む地域を拠点にしており大手銀行が得られる手数料関連収入を増やす能力がないのだ。

 日本には銀行が多すぎる。大手銀行に集約すれば時間は稼げるだろう。だが日本が経済刺激策へのアプローチを大きく変えなければ、銀行システムは絶え間ない圧力にさらされたままだ。

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 日本がマイナス金利政策を導入した直後の2016年3月以降、大手銀行の純利益は20%減少した。地銀の減少はさらに激しく、3年前の水準を約30%下回っている。

 過去1年は、実質的に全ての地銀の株が下落した。その半分超は、下落率が30%を超えている。地銀株は数十年の間、日本株全体をアンダーパフォームしている。

 日銀が公定歩合を0.5%に引き下げる直前の1995年初め、金利1%未満の商業銀行融資は存在しないも同然だった。融資残高の90%超は金利が3%以上だった。現在、日本の融資の90%は金利が2%未満だ。最も急速に伸びているのは金利がわずか0.25~0.5%の融資で、この1年に約10%増加した。

 しかし、預金者に提供される金利はさらに急速にゼロに近づいた。結果的に銀行はしばらく収益を維持できたが、新規融資と新規預金の金利差は、1990年代に主流だった1.5ポイントからわずか0.5ポイントに縮小している。いくらデフォルト率が低いとはいえ、これでは経営が成り立たない。

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 大手銀の一部は対策を見いだしたが、それには深刻なリスクがあるようだ。専門知識と能力のある銀行は海外に進出して資産を買収し、日本ほど金利が低くない通貨での融資を手掛けている。

 農林中央金庫は米欧のローン担保証券(CLO)市場の巨人だ。一方、三菱UFJフィナンシャル・グループは2019年3月末時点の外貨建て資産が111兆1580億円だったと発表した。同資産の増加ペースは過去10年で100%超と、国内資産の3倍だった。

 中小銀行の海外進出はもっと難しく、可能な場合であっても賢明とは言えない。国際決済銀行(BIS)の調査によると、国内事業や国内での資金調達が弱い銀行は、外国で操業した際に衝撃への耐性が低いからだ。

 日本の銀行の不安定な立場は、マイナス金利の失敗ではなく、それが完ぺきに機能していることを示す。中銀当局者は金融政策の転換について、市中銀行が利下げを反映しないなどとこぼすことが多いが、日本の銀行は反映してきたからだ。

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 現在の危険な行き詰まりを打破するには再編が必要だ。日本では多すぎる銀行と規則が合併を阻んできた。野村総合研究所によると、過去20年に合併で誕生した地銀11行のうち10行は営業費用を削減し、9行は規模縮小で効率を高めた。

 日本の金融政策を批判する際に、利上げも追い風になると想像するのは間違いだろう。利下げと同様、利上げの影響が行き渡るには数年かかるとみられ、その間にデフォルトが増え、経済成長が停滞すると予想されるからだ。

 現行路線では、日本の銀行の将来は真っ暗に思える。収益力の低下でスルガ銀行のような不正が増えるだろう。同行はかつて地銀の星とうたわれたが、不動産融資に関連した書類偽造で評判を落とした。景気が悪化し、不良債権が増加すれば、最も弱い銀行で資金が逼迫(ひっぱく)するとみられる。近年に不動産市場での融資を拡大してきた銀行は特にそうだ。90年代、銀行システムの破綻で日本は失われた10年に突入した。現在、それが繰り返されるリスクがある。

<引用終り>

この記事の最初のグラフ、融資の金利別内訳、これは衝撃的です。
こんな低金利でしか貸し出せない、これでは抜本的改革をしないと生き残れません。銀行には大変な苦難の時代ですが、頑張ってほしいものです。


最後にもう一つこんなグラフを。
これは日本の国債をどこが保有しているかの推移グラフ。

2019-8-9日本国国債保有者推移
ソース:http://www.garbagenews.net/archives/2126503.html
(元のグラフは四半期(3か月)単位だったが、1年単位にまとめた)

このグラフの一番左、青色の部分が日銀です。国債を市中に流さず日銀が保有しているものが
、この5年で18.7%⇒46.3%と激増しています。

このグラフの言わんとするところ、日銀は市中から国債を吸い上げ、銀行に市中にカネを流せと言っているのです。
国際枕に昼寝など許さん、これが日銀のメッセージという訳。

国債の件はこんなエントリで色い®書きました。参考までに。
① 「銀行では国債が不足している・・・、はてな?」  2017-04-17 

⓶ 「銀行が本来の仕事を始めたらしい」 2018-02-03 

③ 「高利貸が低利貸になったら・・・<揺らぐ銀行ビジネスモデル」 2018-02-22 

特に③でこんな事を書きました。
この国債大増発が「銀行が国際枕に昼寝」する原因になったわけです。何しろ預金金利はタダ同然。このタダ同然のコストのカネで国債を買っていれば何もしなくても儲かるっ仕組みが出来てしまっている訳です。
この仕組みは元はと言えば97年、98年の金融危機(金融ビッグバン)で徹底的に痛めつけられた金融機関の立て直しが目的だった、しかしそんな事が続けば銀行は昼寝が仕事になってしまう訳です

そして今、日銀は国債を吸い上げることで市中にカネを流し、これで経済の活性化を図っている訳ですが、日銀の狙いはものの見事に外れたようです。
(古人曰く、当てとフンドシは前から外れる・・・)
永年昼寝が仕事の銀行に仕事をしろと言ってもできません。それが上掲日経記事にあるようにシナにカネを流す。そんな結果になったようです。

冒頭のNINJA300さんのコメントにあるように、

銀行はこの資金の投資先を探せない。融資する能力はない、資金運用能力もないから、シナ絡みの債券を大量に購入している。
折角黒田バズーカで資金を供給し、国内産業の振興しようとしても資金はシナに流れている。
仮にシナ通貨が暴落し、スーパーインフレが起こり、金利が上昇すれば、多くは不良債権となる。

今シナ通貨は日々値下がりしています。まったく目が離せませんね。

最後にWSJ記事は「日本の銀行は時代遅れのビジネスモデル」と言っている。それが具体的にどんな事なのか、その一端を見てみたい。

例えば銀行の営業時間は「午前9時から午後3時」、これは法律で決まっているけれど、法律は「事情があれば変えてもいい」ことになっている。しかし実際営業時間を延長しているという話を聞いたことが無い。
だが午後3時というのはコンピュータ導入以前のソロバンの時代のやり方。3時で店を閉め、それから事務員がみんなでソロバンをパチパチ。1円でも合わなければダメでっせ・・。夜遅くなってやっと総勘定元帳がピシッと合うと「チョーン」と拍子木を打つ。それで銀行員は一日の仕事が終わる。こんなビジネスモデルにしがみついている訳だ。
(今は総勘定元帳などリアルタイムでピシッとできている)


だが私はタイでこんな事例を見ている。タイの銀行はショッピングセンター内の支店だけだが、年中無休、閉店は夜8時、こんな営業をしている。(アメリカがこの営業方法をやっているので真似をした)

その一例。
平日の午後7時、田舎のあるショッピングセンターでの写真、2011年の事例です。

http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-404.html

ここはショッピングセンターの地下1階、この店舗の右側はミスタードーナッツ。

撮影者の背中側は食料品売り場。

どう見ても店構えは開けっ放し、平日とはいえ午後7時、こんなやり方もあるということだ。


いま銀行は来店客数の激減に苦しんでいる。四国の伊予銀行は10年間で来店客数が40%減だそうだ。

昔ながらにやり方を思い切って変えていかないと銀行が立ち行かないけれど、銀行がダメだと日本の産業がダメになる。そんな所を改革が必要だと思う。


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2019-08-01 16:35

平成の30年を振り返る、番外編<八幡和郎の言に異論アリ


 今日は八幡和朗の「平成の日本人は中国人に負けたと認めよう」という一文を取り上げたいと思う。八幡和郎氏は保守の論客で、色んな事に独自の視点で解説を加えているので、面白い人物と思われている。
がしかし、私には八幡和朗の言っていることに大いに異論がある。

前回「平成の30年を振り返る、続編、続々編」、この話の番外編として見ていただけたら幸いです。


最初に八幡和朗の言っていることのどこが問題か、それはこの部分に凝縮されている。
平成の総決算として、1990年と2018年の数字を比較してみると、中国のGDPは33.6倍になった。インドは8.3倍、韓国は5.8倍、米国は3.4倍、ドイツが2.5倍、英国が2.4倍、フランスは2.2倍、そして、日本は1.6倍である。欧米に比べても散々な時代だったのである。
平成の日本は、中国やインドはもちろん、欧米にも韓国にも負けたのである。この大失態をへ理屈でごまかすべきではない
あえていうが、明治時代や戦後の日本人は、世界に冠たる素晴らしい成果を上げた国民だったが、平成の日本人は父祖たちが辛苦して築き上げた蓄積を食い潰しただけであった

平成の日本人は父祖たちが辛苦して築き上げた蓄積を食い潰した・・・
平成の日本人は父祖たちが・・・食い潰した・・
平成の日本人は・・・食い潰した・・・
日本人は・・・食い潰した・・・

私は昭和に生まれ育ち、昭和と平成を生きてきた。平成の日本人と言えばまさにその通り。
それが「食い潰した・・・」、何とも情けない、保守の論客の一人である八幡和郎(お前だって平成の人間だぞ!)、そいつからこのように罵詈雑言を浴びせられるとは、そんな不甲斐ないことをしてきたのだろうか。
この罵詈雑言は日本人ミンナに当てはまる。「お前は父祖の遺産を食い潰した穀潰し(ゴクツブシ)」、こんな事を言われれば誰でも腹を立てる筈だ。

とまあ、あんまり青筋を立てて怒るのも大人気ない。ここはタイ語で「チャイイェンジェン、チャイイェンジェン」、チャイは心、イェンは冷たい、ジェンも冷たい、併せて「冷静に 冷静に」(笑)
・・本題に戻ります・・

前回、平成の30年を振り返ると題して平成の苦闘の歴史を振り返ってみた。結論は海外で活路を見出すために日本人が産業構造を変え、働き方まで変えてきた時代だった。

このエントリーで、私が言いたかったのは平成の30年はデフレに沈み、GDPは伸びず、国の財政も借金まみれ。そんな中で日本は海外に生きる道を見つけてきたことを紹介した。
さてそんな目で八幡和朗の言っていることが如何間違っているかを書いてみます。


最初にその八幡和朗の駄文から

<以下引用>

平成の日本人は中国人に負けたと認めよう
2019年07月06日 11:30
八幡 和郎

 平成が始まった頃に、ジャパン・アズ・ナンバーワンと世界が褒めた日本だったが、いまや凋落の一途。国を国を(原文のまま)没落させた日本と世界史上で驚異の発展をさせた中国と比べれば平成日本の国家と国民は大馬鹿で鄧小平・江沢民・胡錦濤時代のの中国の国家と国民は素晴らしいということに異議などいえないはずだが、日本人には左も右もその自覚がないのが問題だ。

大阪でのG20(20カ国・地域)首脳会合の集合写真で、安倍晋三首相を真ん中にして、左右にトランプ米国大統領と習近平中国主席が並んだものがあった。世界の三大国のトップが勢ぞろいで、そのGDP(国内総生産)を合計すると世界の46%になる。

平成が始まったころの1990(平成2)年には、中国は世界11位で、日本が2位だった(日本の8分の1ほど)。日本が中国に抜かれたのは2010(同22)年の民主党政権の下で、差はどんどん付き、いまや3倍近い。

平成の総決算として、1990年と2018年の数字を比較してみると、中国のGDPは33.6倍になった。インドは8.3倍、韓国は5.8倍、米国は3.4倍、ドイツが2.5倍、英国が2.4倍、フランスは2.2倍、そして、日本は1.6倍である。欧米に比べても散々な時代だったのである。

平成の日本は、中国やインドはもちろん、欧米にも韓国にも負けたのである。この大失態をへ理屈でごまかすべきではない。

あえていうが、明治時代や戦後の日本人は、世界に冠たる素晴らしい成果を上げた国民だったが、平成の日本人は父祖たちが辛苦して築き上げた蓄積を食い潰しただけであった。

「人権」や「自由」という観点では、いまも中国はひどい国だが、趨勢値としては平成の30年間に中国はそういう方面でも、かなり改善したことはまちがいない。習近平の中国は、「中国の特色ある社会主義」をめざし、未来永劫に民主化などしないと言い出したから批判されているだけだ。

一方、日本は世界の民主主義に貢献しているのか?

高度成長期の日本は、民主主義のもとで経済発展が可能であることを立証して世界に良い影響を与えたが、平成の日本は民主主義が衆愚の結果、国を滅ぼすことを体現しているだけだ。「平和主義の念仏」を唱えているだけで、「世界の自由」や「平和」のために貢献などしていない。

令和の日本は心を入れ替えて頑張るべきだ。幸い、安倍首相と習近平国家主席の就任からの短期の変化としては、日本の評判は相対的に改善している。

こうしたなかで、日本が抜群の成果を上げ続けているのが、平均寿命の長さだ。WHO(世界保健機関)が2018年に発表した統計(16年時点)では、日本は1位で84.2歳だった。

主要国では、オーストラリアとフランスが82.9歳、カナダとイタリアが82.8歳、韓国が82.7歳、英国が81.4歳、ドイツが81.0歳、米国が78.5歳、メキシコが76.6歳、中国が76.4歳、 ロシアが71.9歳、インドが68.8歳である。

「老後資金2000万円」問題が話題になっているが、経済が不振で、寿命ばかりどんどん伸びたら、貧乏になるのは当たり前だ。資源配分が偏りすぎている結果である。上げ足取りの議論をするより、真剣に厳粛に考えるべき課題だと思う。

65歳まで働いたとして、そのあと、アメリカ人は13年、日本人は19年生きるのだから3分の2の収入で老後を送るしかないのは長生きに何よりもの価値見出しているのだから、が番するしかないはずだ。

といっても、アメリカ並みにとはいわないが、ヨーロッパ並の平均寿命でいいのでないかと思案してみることは必要だ。世界トップクラスの生活水準を維持したかったら、欧州並みの老後の生活水準はあきらめるしかない。

八幡 和郎
<引用終り>


まず最初にこの文言

国を没落させた日本と世界史上で驚異の発展をさせた中国と比べれば平成日本の国家と国民は大馬鹿で鄧小平・江沢民・胡錦濤時代のの中国の国家と国民は素晴らしいということに異議などいえないはずだが、日本人には左も右もその自覚がないのが問題だ。

先ず八幡和朗は全く分かっていないが、こいつが日本はダメだという証拠がこんなグラフ。

2019-7-11日米中名目GDP推移1

この問題にはいろんな問題が複雑に絡んでいるが、大雑把に言って為替の問題に収斂する。
日本は超円高デフレ。中国は超人民元安、これが20年続いたのである。しかもそれを解決する方法もわかっているが、それをやろうとすると・・・。ある官僚の答えは・・・、(円だけ刷り増さなきや円高デフレになるのは当然だ。円を刷り増したらどうか、と尋ねると)
(注:為替の件は以下ブログ参照ください)
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1665.html


こんな現実を認識しなければ、これからどうしたら良いかの方策など出る訳がない。
一寸見方を変えます。

八幡和郎は全く分かっていないが、日本は中国にODAで多額の援助をしている。
対中ODAは1979年(昭和54年)から始まり、総額3兆6500億円、そして2018年(平成30年)10月の安倍首相訪中時にODA終了が決定した。2018年度でODAの新規採択は終了だが、複数年度継続案件のものが残っており、完全な終了は2021年度となる。
昨年秋の安倍首相の訪中には、何故中国なんぞの行くんだという議論があったが、こんな案件もあった。私もこれを調べてみて分かった次第。(日本のマスゴミは全く報道しませんね)
外務省HP 対中ODA概要

日本の対中国ODAの概要(JICA資料)

八幡和郎は中国のGDPの伸びの凄さをもって日本が中国に負けたという。だがそんな負けた国が勝ったと言われる国に多額の援助をしている現実をどう見ればいいのか。

日本は中国を育てていたのだ。親が育てた子供が親より背が高くなったら負けたというか?、子どもの方が出世したら負けたというか?、そう云う事である。
但し育てた子供が不良や化け物になったら・・・、これが今現実に起こっている訳だ。


さらに次の文言
平成の日本は、中国やインドはもちろん、欧米にも韓国にも負けたのである。この大失態をへ理屈でごまかすべきではない

この件は、日本はアメリカが仕掛けた為替戦争に負けた。これは事実だと認識すべきだが、為替問題を回避するため、日本は平成の30年を通して海外進出を加速してきた。その結果どうなったか。

これは海外にある資産の推移グラフ
2019-7-27対外資産負債残高推移グラフ
平成はじめの1990年に対し、海外にある資産残高は4.1倍となり、1千兆円を超えた。その結果、負債を引いた純資産は7.8倍の341兆円になった。

その純資産から得られる稼ぎはと言えば、これは第一次所得収支の推移。
2019-7-27第一次所得収支推移
1995年以前の数字が確認できないが、1990年に対し約4倍になっていると思われます。
その結果、最近では年間20兆円もの金額が海外から送られてきます。

この所得収支が世界でどんな位置にあるかというと

世界の所得収支ランキング

2019-8-1世界の所得収支ランキング
https://www.globalnote.jp/post-3687.html

このグラフは5位以下が分かりませんが、まあ必要ないですね。海外からの稼ぎは1位のアメリカに次いで堂々の2位。3位と4位のドイツ・フランスを合わせたよりはるかに多いのです。
国内では稼げないので海外で稼ぐ。これが平成の日本がやってきたことなのです。
これだけの成果を出すために、海外に出た日本人が大変な苦労をしました。血の汗を流したと言ってもいいでしょう。しかしこの話はここまでにします。


さてそんな海外での稼ぎ、その結果がどうなったか、総合としての経常収支(国際収支)を見てみます。

国際収支(経常収支)推移

2019-7-27経常収支推移

日本の国債収支(経常収支)は昔は貿易収支が中心だった。しかし2005年に所得収支が貿易収支を上回り、現在では毎年20兆円程度の稼ぎとなっている。
バブル期の1990年に60.1挺円の税収だったが、その後長い事これを超えることができず、苦節28年、やっと2018年度に60.4兆円とバブル期を超えることができた。それを思うと、所得収支が毎年20兆円の黒字。これが平成の頑張りだった。

そして上掲国際収支グラフをよく見て欲しい。あの悪夢の民主党政権下、未曽有の大震災に見舞われた。世界で有史以来4番目という大震災。しかも文明圏を襲った初めての大地震だった。
道路も鉄道も止まり、見たことも無い大津波に襲われ、原発は爆発し、経済は混乱を極めた。
世界はこれで日本は当分立ち上がれないと思った。
しかし、国際収支(経常収支)の数字が発表されると世界はアッと驚いた。あれだけ大被害。経済の大停滞にもかかわらず、日本の国際収支(経常収支)は赤字になっていないのだ。

あのような大震災でも、企業は給料を払い、ボーナスも出すことができた。そんな事で国民は復興に全力を挙げることができた。こんな経済力の下支えが有ることを保守のジャーナリストなら知っているべきなのだ。

八幡和朗は「令和の日本は心を入れ替えて頑張るべきだ」、こんな事を言っていますが、こいつには、では具体的に何をしたらいいのか、そんな考えは有りません。
まあ、当てにもならん奴の言う事を聞いても仕方ないので、令和の日本人として、志を高く掲げて、しかし毎日のやっていくことは地道に一つづつ、こんな事しか言えないですね。

しかし令和に入って、韓国に対する貿易の優遇措置の撤廃が決まりそうです。明らかに新しい流れになりそうですね。

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