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2018-12-29 17:32

ジョウビタキ


 親戚のおばちゃん(と言っても私より4歳年下)が突然倒れ、あっという間に死んでしまった。
昨日が通夜、今日は葬儀でドタバタしており、ブログの更新も、コメントの回答もできず恐縮です。

とりあえず本日の所は半月ほど前から拙宅の庭先をうろうろしている小鳥の写真など。

2018-12-14ジョウビタキ 

ジョウビタキです。この色はオス。
動きが早く、なかなかうまく撮れません。そんな中でやっとまともな一枚。

本日はこれにて失礼いたします。

  1. どうでもいい事
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2018-12-27 20:15

振り売りは商売の原点


 12月24日のエントリー「ガバナンスの失敗 ゴーン問題を考える」で振り売りを紹介した。
振り売りは商売の原点と書いたのだが、コメント欄で NINJA300 さんから「ベトナムでは現在でも振り売りをやっている。歩き方がヒョイヒョイという感じでみていて面白い」、こんな情報をいただいた。そこでベトナムの振り売りを紹介しながら「振り売りは商売の原点」についてみてみます。


これはベトナム・ハノイの振り売り

2018-12-26ハノイ3


これはハノイのフランス系ホテルの前、シトロエンの「トラクシオン・アバン」とそこを通りかかった振り売りのおばちゃん

2018-12-26ハノイ1 

ピカピカですねえ、トラクシオン・アバン(1934-1957)
多分トラクシオン・アバンはフランスの誇りとして展示しているのでしょう。何せ現代では車の一般的構造として当たり前になっているFF方式(フロントエンジン・フロントドライブ)を初めて採用した量産車。他にもモノコックボディとか、フランスが世界の自動車の最先端を行っていた頃のものですから。


振り売りの進化形がこれ、天秤棒が自転車に変っている。ベトナム名物の朝のパン売りおばちゃん。

2018-12-26ハノイ2 
ベトナムでもラオス・カンボジアでもそうだが、フランスに統治された国はどこでもパンが美味しい。フランスの偉大な功績である。


さてそこで振り売りである。
現在では全く見られなくなった振り売り(棒手振りともいう)だが、江戸時代には百万都市江戸の食を支えていたのは振り売りだった。

江戸の振り売り(棒手振り)
2018-12-27江戸の棒手振り 

江戸では家に居ながらにしてどんなものでも手に入ったという。この図は魚屋だが、日常必要なものはみんな振り売り(棒手振り)が商っていた。また不用品も業者が来て買い取っていった。例えば現代では信じられないが竃の灰でさえ買い集める業者がいて、完全リサイクル社会を作っていた。

現代の食の流通は生産者と消費者の間にいろんな工程や業者が入っており、売り手と買い手の関係は単なる売り買いだけ。しかし「振り売り(棒手振り)」の場合、客との関係は絶対的な信用で成り立っていた。

これらの行商は、その道のプロとして食生活に関するアドバイスも適度に行っている。これは信用販売の象徴であり、良いものしか人に売れない職人気質も引き継いでいる。顔の見える客を相手にしている点、専門業者としてのプロ意識がそこにある。


振り売りはこんなことで直接消費者と対面しているだけでなく生産者とも対面していることが多い。こんな関係が良いものを作る、良いものを売る、という事だけでなくお客さんが生産者がどんな情報を欲しがっているか、こんな面でも有効な仕組みと言える。
私が振り売りは商売の原点というのはこんなことである。

そしてそんなことをする人たちが
       2018-12-24三方よし

こんな風に、「買い手は喜んでいるか」「売り手は儲かったか」「世間は褒めてくれているか」、これをブツブツ念仏みたいに唱えながら売り歩く。これが商売の原点で、現代でもいろんな場所で必要な事なのだと思っている。

現代は余りにも仕事が分業化、細分化されてしまい、生産者にはお客さんの顔が見えない。
最近の大企業の不祥事などもこんな考えを浸透させれば改革の方向が見えてくるのではないかと思っています。

  1. 産業
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2018-12-24 17:43

ガバナンスの失敗 ゴーン問題を考える


 ゴーン問題の最終回、今回はガバナンス(統治)について。
この問題は自動車ジャーナリスト池田直渡氏の一番苦手なテーマだが、一番重要ではないか。

私はこの問題を日本が昔からやってきた「近江商人の三方よし」との比較で見てみたいと思います。

         2018-12-24三方よし


何やら古いものが出てきましたが、先ずは池田直渡氏の記事から

<以下引用>
http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1811/29/news023.html

ガバナンスの失敗 ゴーン問題の補助線(4) (1/2)
2018年11月29日 08時00分 公開
池田直渡
(注:ガバナンス=統治のこと、「コーポレート・ガバナンス」(企業統治)のように使われる)


2018-12-24池田直渡4-1 

 「ゴーン問題」シリーズの最終回である。

 第1回では、カルロス・ゴーン氏の逮捕について法的側面からの検証を行った。第2回では「日産リバイバルプラン」以前の日産自動車の状況と、改革の内容についての解説を行った。第3回では、日産自動車と三菱自動車を日仏政府が奪い合う背景を説明した。

 本稿ではリバイバルプラン前から現在の状況に至る企業ガバナンスのあり方について考えてみたいと思う。

 われわれには今回の事態から学ぶべき教訓がある。これまで書いてきた通り、リバイバルプラン以前の日産自動車は極めてポピュリズム的、つまり個人の勝手な利益をそれぞれが追求した結果、全体最適が放置される体制に陥り、倒産寸前に至った。そこにカルロス・ゴーン氏が現れて、独裁的手法で問題を解決した。

 日本も米国もEUも、今、いろいろことが決められない。賛否両論の綱引きの中で、決定力を欠き、先に進めなくなっている。対して中国は共産党の独裁体制で、全てを効率的に進め、短期間で米国と並ぶ経済力を獲得しようとしている。

 合議制と独裁制についてよく考える必要があるのではないか? そこで思い出されるのは共和制ローマの独裁官というシステムだ。

 民主的であることは戦後長らく絶対正義とみなされてきたが、現在世界はそれに疑義を持っている。民主主義は根源的にポピュリズムを内包しており、バラ撒き的利益誘導に弱い。そうして個人間の利益が対立してこう着状態が起きると身動きが取れなくなる。

 戦争や疫病など国家的危機に接したとき、初動が遅れる、あるいは対応ができないということが起きる。だから共和制ローマでは、緊急事態を収束させるために、すべての権限を統帥して期間を限定して行使できる独裁官という制度を作った。

 極めて単純に図式化すると、共和制(リーダーによる合議制)のエラーは動けない方向へ、独裁制のエラーは動きすぎる方向へ傾く。緊急対応が必要な場面では、独裁制の方が効率が良い。しかし独裁制は永続させると、共和制よりひどい問題を引き起こすことになる。暴走すれば、反対勢力に対する弾圧や虐殺が発生する。その規模の恐るべき大きさと陰惨さは毛沢東やポル・ポト、チャウシェスクの引き起こした悪夢を思い出せばイメージできるはずだ。

 だから共和制ローマでは独裁官の任期を6カ月に限定した。それによって危機回避が済んだら、直ちに共和制に戻る仕組みを織り込んだのである。2500年前には既にこれだけの知恵があったことになるし、逆説的に言えば2500年も経った今、まだそれから学ばねばならないとも言える。

“ヒーロー”に退場してもらう勇気を

 さて、勘の良い方なら既に想像がついているだろうが、リバイバルプラン前の日産自動車はまさに共和制の悪い部分が出て、ポピュリズムに陥っていた。そこに独裁官であるゴーン氏が現れて、全ての権限を統帥して改革に当たった。企業運営の根本的システムが異なるからこそ、あれだけの改革ができたのだと思う。

 しかし、独裁官は改革終了とともに舞台を降り、通常の共和制に戻さねばならない。それを実現できなかったところに今回の問題の原因があるというのが筆者の見立てである。

 改革のヒーローに退場してもらうのはとても勇気のいることだ。何より退場させる相手は成功者であり、信賞必罰の基本と相容れない。偉大なリーダーがもっと長く統治を続ければ、もっと多くの良い結果を生むと多くの人は考える。

2018-12-24池田直渡4-2 

 しかし組織は時間経過とともに必ず腐敗する。ゴーン氏のケースもまさにこの腐敗であり、かつて共和制の腐敗の中に生まれた腐敗を一掃したことでヒーローになったゴーン氏が、腐敗の象徴とも言える金銭トラブルで経営者生命を終えたところに、シェークスピアもかくやという皮肉を感じる。

 恐らくは内部的にもその腐敗は明らかなところまで進んでいたはずだ。だからクーデターを起こしてでも舞台から強制的に降りてもらう必要があったのではないか。もちろんそのさらにバックグラウンドでは日仏政府の駆け引きもあったと思われる。

 いずれにしても、共和制と独裁制にはそれぞれ長所、短所があり、どちらかだけでもうまくいかない。そういう視点から眺めると、日産自動車以外の日本の多くの自動車メーカーにも当てはまると思う。

 経営の循環が良い局面にある会社と悪い局面にある会社があるが、良いことも悪いことも、共和制的なことによるものと独裁制的なものによるところに分類できるからだ。

 日本が長いトンネルを抜け出すために今回の一連の事件が良き影響を与えることを祈って本稿を終えたい。

<引用終り>


まったく正論である。例えばこんな事などは思い当たる節も多かろう。

> 日本も米国もEUも、今、いろいろことが決められない。賛否両論の綱引きの中で、決定力を欠き、先に進めなくなっている。対して中国は共産党の独裁体制で、全てを効率的に進め、短期間で米国と並ぶ経済力を獲得しようとしている

こんな統治の問題を考えるとき、どうしても必要なものが有る。何が良いのか、正しいのか、その原点になる物は何だろう。
それは会社のポリシー、ビジョン、社是、理念、こんなものではないだろうか。

自動車メーカーで言えば、
例えばトヨタ・ホンダ・日産の企業理念はこんなまとめサイトがある
「日本のトップ企業の“企業理念”をまとめてみた」
https://matome.naver.jp/odai/2145273562395293801

この中でもホンダの「三つの喜び」は素晴らしい。
〈三つの喜び(買う喜び、売る喜び、創る喜び) )

そんな中で日産を見てみると、
「日産は、利益ある成長を遂げながら将来に向けて持続可能な企業であることを目指しています。・・・以下略」・・・はてな??

最初から利益云々とあり、先ず儲けることが理念らしい。だが待てよ。商売でも物づくりでも、お客様が買ってくれなければ話にならん。
原点は先ずお客様が買ってくれることでは無いか。

ところが日産のこの文言はどうも今は違うらしい。まとめサイトは2016年1月14日のモノだが2017年にこれが変更になっているらしい。
現在の日産のHPを見ても良く分からないが、多分こんなものだろう。
ビジョン
日産:人々の生活を豊かに
ミッション
私たち日産は、独自性に溢れ、革新的なクルマやサービスを創造し、その目に見える優れた価値を、全てのステークホルダーに提供します。それらはルノーとの提携のもとに行っていきます。
(注:ステークホルダー:企業と利害関係を有するあらゆる者を指し、主なものとして株主、従業員、顧客、取引先、債権者等が挙げられる。)

どうも日産の理念は顧客が大事ではないらしい。顧客も株主も債権者もみんな同列だ。道理で最近の日産車はユーザーから見て面白くない訳だ。


ここで冒頭の三方よしを見てみよう。
三方よしとは「買い手」「売り手」「世間」です。
この言葉は、現在の滋賀県にあたる近江に本店を置き、江戸時代から明治時代にわたって日本各地で活躍していた近江商人が大切にしていた考えです。
信頼を得るために、買い手と売り手がともに満足し、さらに社会貢献もできるのが良い商売であると考えていました。
更にその三方よしを実現するための商売十訓を持っていましたが、その第一がこれです。

① 商売は世の為、人の為の奉仕にして、利益はその当然の報酬なり
これです。商売でも物作りでも利益を上げなければ話になりません。しかし利益はあくまで結果であって目的ではない。ここが重要です。

こんな考え方でトップから末端まで意識改革をやらないと現在の苦境を乗り切るのは難しい。
日産のガバナンスの失敗は矢張り経営哲学の失敗と言えるのではないか。
これが日本人皆に突き付けた課題ではないでしょうか。

冒頭「三方よし、三方よし」と言いながら歩く『振り売り』のイラストを載せました。
振り売りとは天秤棒の両側に商売ものを載せて『振り乍ら売り歩く』商売の原点です。そしてこんな事をすることで一人一人の意識が変わってゆく。

企業でも学校・官公庁など何処でも通用する考え方と思います。

  1. 自動車
  2. TB(0)
  3. CM(8)

2018-12-23 21:03

フランス政府の思惑 ゴーン問題を考える


 ゴーン問題の続編です。
最初に予備知識として、日本と欧州の自動車技術をリードしているのが何処かを見てみたいと思います。日産とルノーの問題を見るのに、両社が置かれている立ち位置を見るのも大事だと思うのです。

昨年ですが、こんなエントリーをしました。

「排ガス問題をリードしているのは何処か 」 2017-07-26 15:36
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1418.html

ここにこんなグラフを載せました。
これはトムソンロイターのクルマ関係の特許公開件数の5年間(2009年ー2013年)のまとめ
2017-7-24自動車関連のメーカー別特許件数
http://ip-science.thomsonreuters.jp/press/release/2015/automotive-industry-trends/(リンク切れ)

メーカー名が見にくいのですが、左からトヨタ、ボッシュ、ヒュンダイ、ホンダ、デンソー、ダイムラー、GM、セイコーエプソン、ミツビシ、コンチネンタル、日本~5社、ドイツ~3社、アメリカ・韓国各1社です。
日本が自動車技術でも世界をリードしていることが分かります。尚この表でVWを見ると21位で件数はGMの半分でした。トップのトヨタと比べると1/5程度。
ヨーロッパのカーメーカーは、ボッシュという部品メーカーの巨人に依存している状況、例外はベンツだけという事が分かります。

参考までに特許件数の国別比較ではこうなっています。
2017-7-23世界の特許出願件数

フランスは人口は日本の約半分ですが、特許件数で見ると5分の1程度。
これがフランスの今の国力の一端です。
こんな事を念頭に池田直渡氏の記事を見てください


<以下引用>
http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1811/28/news024.html

フランス政府の思惑 ゴーン問題の補助線(3) (1/4)
2018年11月28日 08時00分 公開
池田直渡

米ペブルビーチで発表されたインフィニティのEVスポーツカーコンセプト
2018-12-23池田直渡3-1 
 大手メディアの多くはルノー日産アライアンスを成功例と位置付けているが、筆者はそれに同意しない。提携以来、ルノーの業績は右肩下がりを続け、日産自動車が新興国で汗水垂らして作った利益を吸い込み続けている。

 さらに電動化をはじめとする技術もほとんどが日産自動車のものだ。筆者は過去のルノーの走りについて、あるいは走らせる技術については深い敬意を示したいと思うが、こと未来の競争領域、いわゆる、Connected(つながる)、Autonomous(自動運転)、Shared(共有)、Electric(電動)を束ねたCASEの領域の技術においては、ルノーは相当に遅れていると考えている。そして現在、それらはほとんど日産自動車の技術で補完されている状況である。

日産自動車は早くから自動運転や電動化に取り組んできた。写真は無人タクシーの実証実験
2018-12-23池田直渡3-2 
 前回の記事で詳細に説明したように、日産自動車はルノーに救われた。それは厳然たる事実である。しかし以来17年間の多くをルノーに尽くすことで過ごしてきた。利益も技術もずっと提供し続けているのだ。「死の淵から救い出された借りは返した」と言えるタイミングをいつだとするのかには諸説があるだろうが、少なくとも今の状況が永続的に続くことはアライアンスとして健全とは言えない。

 ルノーの前身はルノー公団で、かつてのフランス国営企業であり、現在でもフランス政府が15%の株を所有する筆頭株主である。今回のバックグラウンドは、すでに多くのニュース解説で述べられている通り、CASE技術を持つ日産自動車と三菱自動車という2つの会社を日仏両政府が奪い合っていると見ていいだろう。「日本の自動車メーカーが電動化に出遅れている」などという認識でいる限り、この構図は分からない。日本は次世代技術の宝を持つメーカーがひしめいている世界でも特異な国なのだ。
(引用者注:特許件数を見てもこの事は分かると思います)

 日本の自動車メーカーが電気自動車(EV)に出遅れているという主張は、主にドイツのプロパガンダだという事実があまりに無視されている。

欧州メーカーの実態

 欧州のメーカーの技術開発トレンドを振り返って見ると、1990年代初頭には燃料電池こそが次世代技術であると確信してそれにまい進したが失敗。これはカナダのバラード・パワー・システムズ社の大げさな技術発表を真に受けて、一気に燃料電池に舵を切ったためである。しかし肝心のバラード社は2007年に自動車用システムに見切りをつけて事業を売却している。欧州系のメーカーはここで失敗したことがケチのつき始めだった。

(引用者注:欧州メーカーを狂わせた最大の引き金はプリウス(2代目)ショックと見ています。以下エントリー参照ください)
(VW排ガス・スキャンダルの引き金を引いたもの 2015-10-16 09:24)
(http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1173.html)

 いざ燃料電池が実用化できないとなった時に世界を見渡してみると、すでにトヨタ自動車がハイブリッドシステムを完成させて、完全に覇権を唱えている状態だった。後発でこれに参戦しても勝ち目はない。

 そこで彼らが言い出したのが、「低速中心の日本ではハイブリッドは良いかもしれないが、長距離高速巡航型の欧州では利得が少ない」という必ずしもウソとは言えない言い分だった。そこで温暖化の主要因としてやり玉に挙がっている二酸化炭素(CO2)排出量の少ないディーゼルを主力に据えようとした。

 しかしディーゼルは地球温暖化に寄与するCO2削減では優秀だが、大気汚染の原因となる炭化水素(HC)、煤(PM)、窒素酸化物(NOx)では劣等生だ。

 EUの規制は、ごく最近まで大気汚染問題への規制基準が緩く、ただ欧州市場を日本車の進出から防衛するためにCO2排出量だけに極端なインセンティブをつけた結果、ディーゼル車が激増し、欧州都市部の大気汚染を深刻な状態に陥れた。

 加えて、2015年に独フォルクスワーゲンのディーゼルゲート事件が発覚する。テストのクリア専用に作られた違法な特殊モードを駆使して試験をパスし、実際の走行では「公害を垂れ流しとバーターで性能の良さをアピールする」というインモラルな仕掛けだった。

 本当に解決方法がないならともかく、マツダのディーゼルエンジンはNOxの排出を従来比で大幅に抑えることに成功している。やってもできないのではなく、やる技術がないか、やる意思がないだけだと言うことがはっきりするではないか。マツダに限らず、日本のメーカーはこうした点で非常に真面目で、社会に求められる責任に応えようとしている。そういう真面目さが欧州メーカーにはあまり感じられない。事あるごと環境意識の高さをアピールする姿勢と現実にやっていることのかい離をどう説明するつもりだろうか? 言うだけなら簡単で良い。

欧州勢がEVと騒ぎ出すよりはるかに早く製品化されていた初代リーフ
2018-12-23池田直渡3-3 
 燃料電池、ディーゼルと続けて大失敗した欧州メーカーが慌てふためいて、おっとり刀で担ぎ出した次世代エースがEV(電気自動車)である。

ハイブリッドとEV

 しょせんは付け焼き刃でしかない。そもそも技術がない上に、高電圧を扱う免許を持った整備士が足りず、サービス網での整備もおぼつかない。そこはトヨタとは違う。トヨタは95年以来、着々とハイブリッドマーケットを育て、世界各国で1000万台以上を販売、あらゆる国々の過酷な状況下で実際にユーザーが使い、それを支えるサービス技術を構築してきた。そのビジネススキルのリアルさは伊達ではない。

ハイブリッドとEVは基本的に共通の技術だ。むしろエンジンとモーターの強調制御がいらない分EVの方がハードルが低い
2018-12-23池田直渡3-4 
 ハイブリッドとEVは別物だとする意見も散見するが、どちらもモーター、インバーター、バッテリーという3つの要素が構成要因である点では完全に同じだ。プリウスPHVはEVモードでの航続距離は60キロに達している。つまりハイブリッド車からエンジンを下ろし、バッテリー容量を上げればEVは簡単にできる。

プリウスPHVのバッテリー。コンパクトにまとめつつ高い冷却効率を実現するのは簡単ではない
2018-12-23池田直渡3-5 
 では、なぜトヨタがEVをやらないかといえば、高コストな上に台数がはけないというのが第一の原因だ。要するに買う人が少ない。もし大手メディアがいうように市場がEVを求めているにもかかわらず、メーカーがサボタージュして生産台数が足りないのだとしたら、長い納車待ちが発生するはずだ。だがそんな話は聞かない。つまりEVは残念ながら製品として売れないということになる。

 第二の原因は本格的なEVシフトに応えられるだけのバッテリーを生産できるサプライヤーがまだ世界のどこにもないからだ。それについてトヨタは17年秋にパナソニックと提携して30年までのバッテリー生産量を確約させた。然るのちに、30年にEVと燃料電池車(つまり内燃機関を持たないクルマ)の総計100万台を目指すと発表した。

 欧州のメーカーは電動化だのEVだのと威勢の良い発表を続けるが、具体的にバッテリー供給のめどが立っているとは言い難い。この点で最も進んでいるフォルクスワーゲンですら、中国政府から「中国でクルマを売りたいのならば、バッテリーセルは中国製を採用すること」とゴリ押しされて、中国製のバッテリーを採用することになっている。しかしながら、先に同じ条件を飲んだ米GMのEV『ボルト』は、社内の性能・安全基準を満たすバッテリーが調達できず、開発の無期限延期に追い込まれている。同じ轍(てつ)を踏まない保証はない。

本当にルノー日産のアライアンスは成功か?

テスラに採用されるパナソニックの18650バッテリー
2018-12-23池田直渡3-6 
 この話をすると「テスラがあるじゃないか!」という人がいるが、現時点でテスラが使っているのはパナソニックの18650と言う乾電池型の汎用電池である。多少のカスタマイズはしているようだが、基本はごく並みの性能の普及品でスペース効率と重量効率が悪い。そんな電池でいいのなら誰でも買える。疑うならAmazonで検索してみれば良い。ポチれば明日あなたの元にだって届く。

 さて、こうして、欧州がEV先進国でも何でもないことを念頭に置いて見ると、現在ドイツよりさらに遅れているフランスとイタリアの自動車メーカーには、CASE時代の最先端で戦っていくエレクトロニクスの技術がないと言わざるを得ない。

 つまり、日産自動車をルノー傘下に統合できるかどうかはルノーの未来だけの話ではなく、フランスの自動車産業全体の存亡がかかっていると見るべきだ。だからこそこの事件は国内法の中だけで決着がつかない政治案件になる可能性が強い。

2017年、ルノー日産のアライアンスに三菱自動車が加わった
2018-12-23池田直渡3-7 
 ルノー日産のアライアンスを成功例と捉える論調を多く見かけるが、それにも違和感がある。

 言葉を選ばずにいえば、ルノーは日産自動車の売り上げと技術力を吸い取るヒモに成り下がっている。ルノー自身が奮起の上、経済的技術的に自立して、日産自動車や三菱自動車と相互に高め合うアライアンスを組めないのであれば、そんな片務的なアライアンスはどこかで縁を切るべきだろう。

 仮に日産自動車から利益補てんを得られない状況であったとしたら、ルノーはもっと早い時点で改革に着手せざるを得なかったはずで、甘えの構造はルノー自身のためにもならない。国策、つまり国の都合の話を切り離して、自由経済の原則で考えれば、ゾンビ企業がいつまでも生き残れるスキームは広い意味での経済発展に寄与しない。ごく当たり前の話だ。

 しかし、そんな正論と違うフェーズで事態は進行していくのではないかと思う。なぜならばこの争いの真のプレイヤーはすでに両国政府だからだ。そこは政治案件なので、われわれはただ行方を見守るしかない。
(続く)

<引用終り>

この問題が複雑なのは、日本もフランスも基幹産業で有ること。その自動車産業が、トヨタ式に言えば「生きるか死ぬかの大変革期」に直面していること。そしてフランスには独自に勝ち抜く力が無いことである。

そしてフランスは日本のアキレス腱である原子力についての力を持っていること。この事を忘れてはいけないと思う。
もう一つが陰に蠢くアメリカの存在。三方良しの解は無い。三方一両損の解も有るかどうか、難しい所だと思う。


  1. 自動車
  2. TB(0)
  3. CM(2)

2018-12-23 10:42

日産リバイバルプランがもたらしたもの ゴーン問題を考える


 世の中、ゴーン、ゴーンと煩いが、一昨日(12/21)ゴーンが再逮捕された。容疑は特別背任行為。
具体的には以前から噂されていた事だが、リーマンショック時の巨額の個人的損失(18億5千万円)を日産に付け替えたもの、もう一つが日産の資金を知人に横流し(16億円)。

所で、ちょっと冷静に自動車メーカーのトップとしてゴーンの功罪を考えてみたいと思う。

私が考える今回のゴーン問題のキーポイント、それは消費者、車のユーザーにとって何が一番いいのか、こんな視点で見ることだと思うのです。
少し例は違いますが、アメリカのトヨタ叩き(2009年ー2010年)で最後にトヨタが勝ったのは「アメリカの消費者がトヨタを支持」したからです。これにはオバマ政権も手が出せませんでした。これ以上トヨタを叩くと国民を敵に回すことになると悟ったのです。
クルマのユーザー目線でゴーン問題を見た時どう見えるか、多分最後に行きつく問題が消費者・車のユーザーにとってどうなのかだと思います。
そんな見方で以下の記事を見てみたい。


自動車ジャーナリスト池田直渡氏の「週刊モータージャーナル」に「ゴーン問題の補助線」としてこの問題をとりあげた4回シリーズの記事がある。

第1回:資本主義経済に対するテロ行為 2018-11-26

第2回:日産リバイバルプランがもたらしたもの 2018-11-27

第3回:フランス政府の思惑 2018-11-28

第4回:ガバナンスの失敗 2018-11-29
http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1811/29/news023.html



ここで、「第1回:資本主義経済に対するテロ行為」ではこんな事を指摘している。

容疑については以下の3つ。
1. 有価証券報告書の虚偽記載
2. 日産自動車の資本金の私的流用
3. 日産自動車の経費の私的流用

この中で特に1について言及しているのだが、池田氏曰く「本件は資本主義経済システムの根底を成す投資に対するテロ行為」、こんな事を言っている。

しかしこの件は冒頭書いたように新たに「特別背任」(これこそ投資に対するテロ行為だが)で再逮捕されたこともあり今回省略。次の「日産リバイバルプランがもたらしたもの」、「フランス政府の思惑」、「ガバナンスの失敗」について考えてみます。
尚長文なので、私のエントリーも3回に分けます。


本題に入る前に日産リバイバルプランと言っても知らない方が多いと思うので簡単に説明。
日産リバイバルプラン( 略称: NRP)
1999年3月、当時2兆円余りの有利子負債を抱え破綻寸前だった日産はルノーと提携、6430億円もの出資を受けて再建に乗り出した。同年6月ゴーンが日産に着任、同年10月日産再建プランとして発表したのが「日産リバイバルプラン」
3つの達成目標
2000年度連結当期利益の黒字化
2002年度連結売上高営業利益率4.5%以上
2002年度末までに自動車事業の連結有利子負債を7000億円以下に削減
具体的な内容として、
1)村山工場など車両組立工場3箇所、部品工場2箇所を閉鎖し、国内の年間生産能力を240万台から165万台へと削減。

2)全世界でのグループ人員を2万1,000人削減し、購買コストを20%圧縮するために、下請企業を約半分に減らした。

3)子会社・関連会社1400社のうち、基幹部分として残す4社を除く全ての会社の保有株式を売却。これによって下請企業の合併再編が急速に進んだ。
(注:これが所謂ケーレツ廃止と言われるもの、日産系列の部品メーカーは自助努力を要請された)
成果
当初の予定より1年前倒しで、売上高などの業績を著しく向上させ、2003年までの4年間で2兆1,000億円もの巨額の借金を完済した。一方で長年維持してきた業界2位の自動車メーカーの地位を他社へ明け渡す結果になった。


こんなものですが、当時の日本の商習慣とは全く違う考え方であり、社内の会議は全部英語で行う事になるなど、日産は全く別の会社になりました。


では池田直渡氏の記事を紹介します。

<以下引用>
池田直渡「週刊モータージャーナル」
日産リバイバルプランがもたらしたもの ゴーン問題の補助線(2) 
2018年11月27日 07時45分 公開

 前回の記事では、元日産自動車会長のカルロス・ゴーン氏の容疑について整理した。

 経営者としてのゴーン氏の功罪を振り返って見ると、なかなか一言で白黒つけられない。

90年代の日産自動車の厳しい当期利益推移
2018-12-22池田直渡2-1 

 1999年にルノーが日産自動車の株式の36.8%を取得して提携した時、日産自動車は瀕死の状態だった。惨状と言っても良い。90年代を通して当期利益が黒字化したのは90年、91年と96年の3回だけ。つまり92年に赤字に転落して以降はたった1度しか黒字化してない。
2018-12-22池田直渡2-2 

 目標とされる営業利益率8%に対し、かろうじて黒字になった96年が3%、それ以外の年は全部赤字決算で営業利益率が計算できない。有利子負債は93年の2兆8660億円をピークに、98年時点でも2兆1000億円。

有利子負債は利益を食いつぶす。これを圧縮しない限り出口はない
2018-12-22池田直渡2-3 

 それらが何を意味するかと言えば、莫大な借入金があるにもかかわらず、返済する原資がないということだ。借金が年収の何倍かを計算しようにも、肝心の年収がマイナスでは話にならない。決算書に如実に映し出されたその経営状況は、毎年連続するマイナスと借り入れ金利がストック資産を食いつぶし、資産合計を借金が上回る債務超過へのカウントダウンだと言える。

 あるいは、この時点で資産を厳しく査定したらアウトだった可能性もある。とすれば、金融機関がケツをまくって支援を継続しないと言えばそれで終わりだし、支援を受けるとしても「どうやって再生するのか?」と問われれば答えがなかった。

なぜそんな状況に陥った?

 なぜそんな状況に陥ったかと言えば、社内の権力闘争が生んだ非合理的なセクショナリズムが原因だ。強すぎる労働組合を背景にした労使の癒着、旧日産系とプリンス系の反目、学閥、系列の悪習慣、本来一丸となって戦うべき組織が内部摩擦でエネルギーの多くを損耗していた。

セクショナリズムで膨れ上がっていたプラットフォームと工場を整理した
2018-12-22池田直渡2-4 

2018-12-22池田直渡2-5 

 言ってみれば、対立する組織ごとに社内にそれぞれ別の会社を作って互いをライバル視している状態だった。象徴的な事象を挙げてみよう。

 まずは工場とプラットフォームの莫大な数だ。99年には7工場、24プラットフォームがあった。日産系とプリンス系が互いに自分たちが開発したプラットフォームを相手には渡そうとしないとか、同じ技術や同じクラスのクルマを同一の会社の中で複数開発していた。そんな馬鹿な闘争を続けていれば経費が膨れ上がるのは当然だ。

 さらに販売会社や系列のサプライヤーは天下りの温床となっており、天下り席の確保と引き換えに取引の規律が緩んでいた。天下ってトップに就いた経営者は販売店やサプライヤーにとって最良の経営をすることよりも、仕事をくれる日産の方だけを見て仕事をする。そういう構造はフラクタル(自己相似性:図形の全体と部分が相似になっていること)に連続してさまざまな階層がそれぞれに小さな権力を持ち、その権力で獲得できる利権で会社を食い物にしていた。

 ゴーン氏はそこに日産リバイバルプラン(NRP)を策定して大ナタを振るった。2001年には7工場24プラットフォームを、4工場15プラットフォームに縮小。販売拠点は約1割の355店舗を閉鎖し、国内の販売会社も約2割に当たる18社を削減した。2万3000人の従業員数削減、5300億円の資産売却。大量の血が流れた。すでに書いてきた通り、彼らは人生を破壊された被害者でもあるが、無実ではない。大粛清の到来はそれまでの彼らのやり方が招いたものだ。

後の祭り

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 しがらみの外からやってきた外国人社長の辣腕で日産は奇跡の回復を見せ、長年の赤字のトンネルを抜けた。

 プラスに転じた1999年の改革着手時には830億円だった営業利益が、2000年には2900億円、01年に4900億円へと大幅に回復。01年の営業利益率は7.9%に跳ね上がった。98年に2兆1000億円あった有利子負債は01年には4350億円に圧縮された。

 ただし、とここで書かなくてはならない。

 瀕死状態からの回復で何も失わないのは難しいだろうが、販売会社の大規模整理はさすがにやり過ぎだったと思う。戻れない川を渡ってしまった。メーカーにとって販売拠点は商品の換金所である。それを整理すれば売り上げは当然ダウンするし、後悔しても元に戻す方法はない。加えて残った販売店の士気を著しく落とす。拠点の削減は、日本国内のマーケットの成長可能性を見限ったサインに見えるからだ。

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 それらの大手術によって日産は全く別の会社になってしまった。伸びの見込めるマーケットに選択と集中を図り、2つの地域事業に特化した。アジアを中心とした新興国では廉価なクルマを薄利多売するメーカーになり、北米ではインフィニティブランドで高付加価値マーケットにエントリーする。

 サニーやプリメーラやセドリックに代表されるこれまでの普通の日産車の階層がごっそりと抜け落ちた。古いモデルをモデルチェンジもなしに放ったらかしにしたり、廃盤にするばかりでニューモデルが出てこない。ヒットモデルであるジュークですら2010年にデビューしたままモデルチェンジもなし。ジュークの属するコンパクトSUVというジャンルは現在各社が血眼で競争しているホットなクラスであるにもかかわらずだ。

 ごくまれに日本国内で新型車が発売されても、ほとんどが海外向けのクルマのおこぼれに過ぎない。ミニバンと軽以外に日本国内マーケットを見据えたクルマは見事に出てこなくなった。


改革完了後の姿

 ゴーン氏の改革は確かに瀕死の日産自動車を助けた。それがなければ倒産していた可能性は高い。しかし、同時に日産自動車という会社の性格を大幅に変えてしまったのも事実である。大掛かりな体質改善こそがリバイバルプランだと居直られれば言葉を失うが、それは国内の販売会社とユーザー、要するに「日本マーケットそのものが整理対象だ」と言っているのに等しい。

 これはあくまでも筆者の推論だが、ゴーン氏は日産自動車の短期的なV字回復を手土産にルノーに凱旋し、ルノーのトップに収まる絵図を描いていたのではないか?

 日産リバイバルプランのうち、特に実行に移された改革を振り返ると、激しいコストカットと同時に、行われるべき未来への布石が圧倒的に少ない。うがった見方かもしれないが、自分がフランスに凱旋した後のことは我関せずというつもりだったのではないか?

 現実は皮肉で、確かにルノーのトップに就いたものの、日産自動車のトップを禅譲する目論見は外れ、両社のトップを兼任することになった。もし、最初からそうなることが分かっていたら、つまり日産自動車の経営を長期的に担うことが分かっていたとしたら、ああ言うやり方にはならなかったのではないだろうか?

 企業経営の視点からみれば、瀕死の、しかもあの規模の会社を完全再生に持っていったことはまれに見る成功と言える。しかし、日本政府、日本のユーザー、日本の販売店というステイクホルダーから見れば、あまりに元も子もない。恐らく多くの読者も、筆者もこの立場から日産自動車を見ることになるはずだ。

 例えて言うならば、こういう話だろう。高校野球のチームが「どんな手を使ってでも甲子園で優勝しよう」と誓ったとする。そのためには優秀な選手をスカウトしてこなくてはならない。

 最初は皆それに同意した。しかし改革が進むにつれ、最初に優勝を誓ったメンバーは選手、コーチともに一人もいなくなった。そして監督だけが全く中身の入れ替わったチームを率いて優勝する。これは成功だろうか? それとも失敗だろうか?

 それはアダム・スミスが提唱した「神の見えざる手(市場経済の自動調節機構をいう。 経済活動を個々人の私利をめざす行為に任せておけば、社会全体の利益が達成される)」の限界である。神の御技であれば、人類も地球も全宇宙のための調整要素のひとつでしかない。ダメなら人類も地球も滅ぼすだけだ。

 だがわれわれは、自らが滅びることを調整要素として容認できない。神ならざる身であれば当然だ。リバイバルプラン以降、日産自動車は日本人のためのクルマを大幅に削減し、徐々に日本人と日本を顧みない会社に変わり続けている。われわれは、日産自動車にはもう一度「日本の日産自動車」に戻ってもらわねばならない。

 「技術の日産」をむざむざ他国に差し出すわけにはいかないのだ。(続く)

<引用終り>


 私は日産リバイバルプランが公表されたとき、某所からそのコピーを手に入れ読んでみました。余りの過激な内容に言葉を失ったことを19年も前ですが、今でもありありと思いだします。

そして今、こんな所を見直してみてつくづく思う事。日産の体質は変わっていないなあという事です。

モノ作りは何でもそうですが、シッカリしたポリシーと冷静な自助努力がどうしても必要です。このポリシーの部分を稀代のコストカッター「ゴーン」の言うままにしてきた結果が今日の日産の姿と言えるでしょう。
嘗て日産には3人の天皇がいると言われていた。川又克二、石原俊、塩路一郎である。この3人がゴーンに変わっただけ。そして社内には官僚主義がまかり通る。今またこんな弊害が噴出したと言えるようです。
<続く>

  1. 自動車
  2. TB(0)
  3. CM(0)

2018-12-19 19:31

人種差別撤廃提案100周年記念講演


 来年2月、日本が国際連盟に人種差別撤廃提案をしてから100周年になるという。
これを記念して、こんな記念講演が開催された。
多分来年早々、こんな話題があちこちで出てくるのではないかと思うので、この講演の内容を紹介したい。


人種差別撤廃提案100周年記念講演 「史実を世界に発信する会」主催
2018年11月14日(水)  開催場所:衆議院第2議員会館
講演者
セナカ・ウイーララトナ氏、加瀬英明氏(外交評論家・史実を世界に発信する会代表)、山下英次氏(大阪市立大学名誉教授)の3氏

その1、セナカ・ウイーララトゥナ(スリランカ弁護士)
「日本の真珠攻撃が西欧の支配からアジア解放の引き金になった
―いまこそアジアが日本に感謝を表明する時だ」
内容は以下参照ください


その2 加瀬英明 外交評論家・史実を世界に発信する会代表
「大東亜戦争で日本は世界をいかに変えたか」

講演内容は大変面白いのだが、兎に角長い。そこで 茂木弘道氏が宮崎正弘氏のメルマガに読者の声として投稿しているのでそれを紹介します。
尚講演全文は大変いい内容なので、本文末に引用しました。
それでは最初にⓀ宮崎正弘さんの12月19日付メルマガ、読者の声2から。

「人種差別撤廃提案100周年記念講演会」の報告、その2、「大東亜戦争で日本は世界をいかに変えたか」(加瀬英明(外交評論家・本会代表)

 さる11月14日(水)に行われた「史実を世界に発信する会」主催による人種差別撤廃提案100周年記念講演会の二つ目の講演は、外交評論家で、本会の代表である加瀬英明氏によるものです。タイトルは、「大東亜戦争で日本は世界をいかに変えたか」です。
  加瀬氏は言います。
「幕末から明治にかけて日本国民は二つの大きな夢を持っていました。一つは西洋の帝国主義諸国に押し付けられた。屈辱的な不平等条約を改正することでした。
 もう一つは、幕末から明治かけて多くの武士が欧米に視察に行きました。船で往来する間に、同じアジアの民が西洋の白人によって、まるで牛馬か、奴隷のように酷使されているのを見ました。そして人種平等の世界の実現と、平等条約の改正という二つの大きな夢をいだきました。」
 それを日本は大きな犠牲を払って実現していきました。
 そして、象徴的な出来事が今年ありました。
 「ヘンリー王子の結婚式で、エリザベス女王、フリップ殿下、チャールズ皇太子が全員正装して、ヘンリー王子が黒人女性をお妃にした。日本の力で人種平等の理想の世界が実現したのです。長い人類の歴史で、最大の革命は何だったのでしょうか?フランス革命、ロシア革命、産業革命、IT革命でしようか? 人種平等の世界が実現したことが、人類史上最大の革命だと思います。」
講演の全内容は次の通りです。
 講演全文(日本語):http://hassin.org/01/wp-content/uploads/kase.pdf
    (英語訳):http://www.sdh-fact.com/CL/Kase-Speech.pdf
    (「史実を世界に発信する会」 茂木弘道
<引用ここまで>


ここで参考として、ヘンリー.S.ストークス氏がこんな対談本wだしている。加瀬氏の話と共通するテーマなのでこれも紹介。

「日本が果たした人類史に輝く大革命<うれしい話だが」 2017-06-04 18:30

2017-6-4日本が果たした人類史に輝く大革命表紙

全体は上掲エントリーを参照いただきたいが、中でもこんなエピソード。

 20年ほど前、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイに出張したとき、ある少人数のレセプションで、私は老アラブ人から「あなたは日本人ですか」と声をかけられた。うなずく私に、彼は微笑みながら、いまはアメリカ国籍をとっているが、本来はレバノン人であると自己紹介しつつ、日本を深く尊敬しているとして、次のように語り始めた。
 「われわれ中東に生まれた者は、日本について3つの尊敬心をもっている。1つ目は日本が日露戦争に勝利したことだ。中東は長い間、フランス、イギリスなどの白人国の植民地にされてきた。われわれ非白人は白人には逆らえないという絶望感があった。それを同じアジア人である日本が白人の国であるロシアを打ち負かして、われわれもやればできるという大きな希望を与えてくれた」。
 うなずく私に彼は続けた。「2つ目は1941年、日本がアメリカ、イギリスと戦争を始めたことだ。日本は負けたが、われわれは日本人の前にイギリスが屈する姿を見た。それが戦後、アジアだけでなく、アフリカまでもが独立する契機となった」。 彼は続ける。「3つ目は原爆まで落とされて焦土になった日本があっという間に世界第2の経済大国となり、われわれに援助をしてくれるまでになったことだ。一体、日本のこのすごさはどこに秘密があるのか、教えてほしい」。 インド、インドネシア、マレーシアなどでは日本が戦争をしてくれたお陰で、われわれは独立できた、という話は聞くが、レバノン人に言われて驚くとともに、彼の質問の答えを考えながら、われわれ日本人は20世紀の世界史に革命的な足跡を、それもアジア、アフリカの人々に希望を与える足跡を残したのだなと感動したものである。
 だが、ドバイから帰ってきた日本は、南京事件や慰安婦強制連行といったでっち上げに政府までもが翻弄され、学校は事実を教えないまま、生徒に自虐史観を押し付け、朝日新聞を始めとする偏向マスコミは自国を既めることに汲々としていた。
 いったい、いつまで日本政府と日本人は祖先、先輩の顔に泥を塗りながら、でっち上げを真に受けて謝罪を繰り返さなくてはならないのか。いったい、「真実」はどこに行ってしまったのか。
 その答えを出してくれる二人の碩学の対談が刊行された。しかも碩学のひとりがイギリス人だというから驚く。まさに客観、冷静、公正に日本を見つめてきた人の語る「真実」がここにある。
   ジャーナリスト 大野敏明
<引用ここまで>


ストークス氏の話も大野敏明氏の話も、そして加瀬英明氏の話も言っていることは基本的には同じ。
2019年はその日本が初めて当時の国際連盟に人種差別撤廃提案をして100年の節目の年。
今改めてそんな歴史を振り返るいい機会だと思う。


以下加瀬英明氏の講演全文を紹介しますが、この中で私が特に感銘を受けたこと。
それはこんな一節(一部略)。
私は日本外国特派員協会・外国人記者クラブで慰安婦についての報道に対する反対の記者会見をした。その時米国の有力新聞の特派員が、「日本が若い女性を性奴隷にしてひどい目に合わせたというのは世界の常識になっている。あなたはその常識に逆らうようなことを言ってきたけど、許されるのか」と質問してきました。
私は「日本が明治に入る直前まで奴隷制を行っていた国の記者から、そのような質問を受
けたくない」と言ってやりました。150人ほどの記者が聞いていましたが、日本やアジア
の記者が拍手をしてくれました。

こんな気概を日本のヘタレマスゴミにもぜひ持ってほしいものです。


余談が長くなりました。加瀬英明氏講演全文です。

<以下加瀬英明氏講演全文>
(読みやすいように適当に引用者独断で改行しました)

大東亜戦争で日本は世界をいかに変えたか
加瀬英明(外交評論家・本会代表)

 皆さん「こんばんは」、という時間になりました。今日はセナカ先生、有難うございまし
た。特に私の父に触れていただきまして、ありがとうございました。
父は昭和20年 9 月2日、私の家族にとって屈辱の日でありますが、降伏の使節の一員と
して、マッカーサーが傲然と立っている前に重光全権が降伏文書に調印されていて、その隣
に立っているのが、42才の私の父です。
セナカ先生が私の著書の一部を紹介してくださいました。父は101才で他界しました
が、私の顔を見るとよく言っていました。「この間の戦争は、戦闘は負けたが、アジア・ア
フリカの民を解放したから、戦争には勝った。」

 私はテレビを見て泣くことは滅多にありませんが、皆さんも同じ体験をなさったと思い
ます。今年9月に米国の女優のメーガンさんと英国ヘンリー王子が盛大な結婚式・華燭の典
をウィンザー城の教会で行われました。英国の王家はウィンザー家と呼ばれていて、ウィン
ザー城が本拠地です。ウィンザー城の教会に向かうおとぎ話のような馬車が銀色に輝く甲
冑を身に着けた近衛兵に守られて行くところを見ているうちに、深く感動いたしました。
式では、米国の黒人牧師が招かれて黒人訛りの英語で、愛がいかに大切かを説教台から訴
えました。
やはり米国から招かれた黒人の聖歌隊が「スタンドバイミー(イエスとともに歩め)」黒
人霊歌を歌った時、私は感動して涙が溢れました。皆さんも同じ思いをされたのではないか
と思います。
メーガンさんは、父が白人、母がアフリカ系の黒人です。英国王家の長い歴史のなかで、
黒人が承継順位六位のヘンリー王子の后になるという事は、全く考えられないことでした。
これも日本が大きな犠牲を払って先の大戦を戦い、アジアが解放され、その高い波がアフ
リカ大陸を洗って、アフリカの植民地が次々に独立したことによるものです。
私は1950年代末に米国、コロンビア大学に留学しました。あの頃の米国の黒人は選挙
権を否定され,白人が利用するホテルやレストランに黒人が入れば、リンチにあい、水飲み
場や便所も、白人用と黒人用は区別されていました。
しかし、アフリカの諸民族が独立してニューヨークの国連に、ワシントンで各国の大使館
ができ、黒人の外交官が堂々と、米国の黒人が利用できなかったホテルやレストランに出入
りする。すると、ようやく米国の黒人が立ち寄るようになりました。
マーチン・ルーサー・キング牧師による公民権運動が60年代実を結びましたが、それま
で白人と黒人が性関係を結ぶのは犯罪であったし、ましてや結婚は許されませんでした。差
別は酷いものでした。黒人の野球選手が、米国のメジャーリーグで活躍できるようになった
のは戦後です。
私が米国の大学に留学していた時は、黒人はゴルフコースにキャディーしか入ることは
許されませんでした。テニスの大坂なおみ選手は大活躍していますが、黒人がテニスコート
に入ることを許されたのは、清掃員と球拾いでした。
米国の女優のメーガンさんと英国のヘンリー王子の結婚式を見ながら、きっと天上か
ら、広大な大東亜戦争の戦場で散華された英霊たちが喜納(かのう)されているのに違いな
いと思いました。そう思うと涙が止まりませんでした。
結婚式で、エリザベス女王、フリップ殿下、チャールズ皇太子が全員正装して、ヘンリー
王子が黒人女性をお妃にした。日本の力で人種平等の理想の世界が実現したのです。長い人
類の歴史で、最大の革命は何だったのでしょうか?フランス革命、ロシア革命、産業革命、
IT 革命でしようか? 人種平等の世界が実現したことが、人類史上最大の革命だと思いま
す。

 今年は明治維新150年に当たります。感心することは、ペルリの海賊艦隊が浦賀に姿を
見せた嘉永6年(1853年)から、明治元年(1868年)に明治維新を迎えるまで、な
んと15年しかかかっていないことです。
日本は260年も続いた江戸幕府の体制を作り変えました。
そして、明治の新しい御代を迎えることができた。今年は平成30年ですが、来年4月に
平成の御代は終わります。
私たちは何によって、平成を記憶することになるでしょうか?この30年で占領軍によ
って押し付けられた、屈辱的な現行憲法を変えることが出来なかった30年です。
私たちは、ペルリが日本に押し入ってから15年で日本を大きく作り変えることが出来
ましたが、憲法ひとつ変えることができなかったのが平成の30年です。平成の30年間私
を含めて、われわれは何をしていたのか?
幕末から明治にかけて日本国民は二つの大きな夢を持っていました。一つは西洋の帝国
主義諸国に押し付けられた。屈辱的な不平等条約を改正することでした。
輸出入の関税を日本は決めることが出来なかった。横浜や神戸の港には外国軍隊が駐留
していた。外国人に対する裁判権も持っていなかった。このような屈辱的な不平等条約を改
正することでした。

もう一つは、幕末から明治かけて多くの武士が欧米に視察に行きました。船で往来する間
に、同じアジアの民が西洋の白人によって、まるで牛馬か、奴隷のように酷使されているの
を見ました。そして人種平等の世界の実現と、平等条約の改正という二つの大きな夢をいだ
きました。
不平等条約改正には、血のにじむような努力がおこなわれました。皆さんがご存知の鹿鳴
館で、伊藤博文公以下、西洋のばかばかしい踊りを真似て、西洋衣装を着て、不平等条約の
改正のために、日本も西洋と同じ文明国だということを示さねばならなかった。
江戸時代が終わるまで、葬式に白い服を着たものでした。明治政府は不平等条約を改正す
るために、葬儀に黒の服を着るように通達を出して、西洋の習慣に合わせました。私たちが
条約改正に払った努力は大変なものでした。
明治の初年に文部省が全国の女学校に通達を出して、不平等条約の改正のため女子の立小便を禁止しました。私は戦時中、母親に連れられて長野県に疎開していました。アゼ道で若い女性も立小便をしていたのを見ました。
インドネシアに仕事で通いましたが、ジャワ島の田舎で女性が道端で立小便をしていま
した。日本人と同じなのだと懐かしさを感じました。
外国の元首が日本に来訪されると宮中晩餐会が行われます。この時供せられる料理は、フ
ランス料理です。中国では天安門広場に面した人民元大会堂でシナ料理・中華料理が供せら
れます。韓国では韓国料理。タイではタイ料理。インドではインド料理です。どうして日本
ではフランス料理なのでしょうか。
1970年代に日本が西洋に追いつき並んだとされる時に、和食を出すべきだという人
たちがいました。私は、未来永劫フランス料理を出し続けてほしいと言いました。屈辱的な
不平等条約を改正するために苦労をしたことを忘れないために、フランス料理をだすべきだと思います。
宮中晩餐会にフランス料理を出すようになったのは、日本料理は野蛮なものであって、こ
んな野蛮人と対等な条約は結べないということだったので、鹿鳴館を作り、西洋人を真似て、
葬式に黒を着る、フランス料理を出したのでした、という苦労を私たちは忘れてはなりませ
ん。

私たちが、どれほど人種平等の世界を夢見てきたか。先の大戦の大きな要因の一つとなっ
たのは人種差別でした。
日本は神武天皇が即位された詔の中に、「八紘一宇」という言葉があります。一つ屋根の
下に世界の人々がみな幸せに生きるという意味です。日本は人種差別と全く関係がなかっ
た歴史を持っています。
先ほどセナカ先生が、私の父にふれて下さいましたが、父は先の大戦の開戦にいたった時
の日本の外務省のアメリカ課長でした。東京から日米交渉を指揮しました、その時の外務大
臣は朝鮮人の血を引いてました。
日本名は東郷茂徳(とうごうしげのり)と言って鹿児島の人ですが、戸籍では名前は朴茂
徳。東京帝大法学部に入学したときに、朴を東郷に、ムトクをそのまま茂徳にかえました。
戦前朴春琴という衆議院議員が東京の下町から二期選出されています。江東区に朝鮮人も住んでいたが、圧倒的に日本人が多かった。
もし私たちが人種差別をしていたとするならば、朝鮮人が朝鮮名のまま東京の江東区か
ら衆議院議員として2期にわたって、当選するはずがなかったでしょう。
日本人は人種差別を全くしてこなかった歴史を持ちます。歴史を通じて奴隷を持ったことがありません。私は慰安婦について有楽町にある日本外国特派員協会・外国人記者クラブ
で記者会見を行ったことがありました。慰安婦についての報道に対する反対の記者会見です。
米国の有力新聞の特派員が、「日本が若い女性を性奴隷にしてひどい目に合わせたというのは世界の常識になっている。あなたはその常識に逆らうようなことを言ってきたけど、許
されるのか」と質問してきました。
私は「日本が明治に入る直前まで奴隷制を行っていた国の記者から、そのような質問を受
けたくない」と言ってやりました。150人ほどの記者が聞いていましたが、日本やアジア
の記者が拍手をしてくれました。

今年の8月ジュネーブの国際連盟のパレ・ウィルソン(ウィルソン宮殿)で人種差別撤廃
委員会対日審査委員会が行われました。日本を人種差別のひどい国ということから、審査す
るものです。韓国や米国、ベルギーの代表が日本をこき下ろすのです。外務省から大鷹審議
官が率いる日本政府の一行が出席しました。大鷹氏は英語がうまい人です。
審議官が丁寧に説明するのです。それについては、日本政府は十分に謝罪しているとか、委曲を尽くして答弁しているので、弁明しているように聞こえる。私だったら、もっと攻撃的に日本に奴隷がいた歴史はないとそれぞれの国の弱点を突きます。
そして国連の人種差別撤廃委員会に私たちの税金を差し上げることはないです。馬鹿馬鹿しいことです。日本政府としてパレ・ウィルソンという名前を変えることを条件にして、分担金の支払いを止めるべきだと思います。

来年の2月13日は第一次世界大戦が終わって、講和会議であるパリ会議-ヴェルサイユ会議としても知られています-が開かれました。このパリ会議で、米国のウィルソン大統領が提唱して戦後の世界を管理する国際連盟を作ることになり、日本の訪問団がその規約に人種差別撤廃の条項を入れることを提案しました。投票にかけると欧州の小国が加わって11対5で日本案に賛成しました。
ところがウィルソン大統領は、このような重大な案件は、全会一致で行うべきだといって、
日本案を葬りました。
ウィルソンは白人至上主義にこり固まった人物で、米国における黒人差別をいっそう悪
化させた大統領です。優生学的に有色人種は、白色人種に劣っていると説き、そうした演説
も記録に残っています。優生学を信じたのは、ウィルソンと、ヒトラーです。
ウィルソン大統領は米国のプリンストン大学の学長を南木か務めましたが、プリンストンの白人学生も含めてウィルソンの銅像を撤去すべきだという運動が起こしています。1960年代に米議会はウィルソンセンターというシンクタンクを作っています。このセンターについても、ウィルソンの名は恥ずかしいので変えようという運動が起こっています。
ジュネーブのパレ・ウィルソンの日本の政府団は改名を要求すべきです。そうしなければ
誰も建物に入るべきでないと主張すべきです。

日本人の平等の歴史は、日本という国が生まれる前の縄文時代に発していると思います。
日本は人の和を尊ぶ国です。
私の希望的観測では来年から中国は崩壊へ向かうことになるでしょう。日本が中国に屈することがない限り、日本を中心とするアジアの時代、日本が世界を導く時代が必ずやってくると、信じています。一神教は行き詰まっています。セナカ先生も言われましたが、ナチスの人種差別は宗教差別でした。イエスの新しい約束である、新約聖書をお読みになると、ユダヤ人は「悪魔の子だ、抹殺せよ」と書かれています。
ヒットラーは敬虔なカソリック教徒の息子でしたから、イエスの教えをそのまま行いました。欧州人がユダヤ人虐殺を千年近く行って来たのを、ドイツの高度な科学技術によって五百万人以上のユダヤ人を殺すことができました。
一神教は排他的であって、和を重んじるということがない。イスラム教のスンニ派とシーア派という二大宗派が互いに相手を許すことが出来ずに、殺し合っています。日本は和を大切にしてきました。

和という言葉には、英語でも中国語でも朝鮮語でも訳すことができません。英語の上手な方に、どう訳すのかと聞くと、ハーモニーと答えます。
3人、4人、5人、6人の人がいて、「これから合わせよう」ということで、はじめて人が合わせるのが、ハーモニー(調和)です。
日本では、すでにこころを分かち合っている和があります。
これからは和の精神、神道の精神が世界を支配してゆかなければならないと思います。

最後に、日本がこれだけ世界で話題になっているのは久しぶりのことです。幕末から明治
にかけて浮世絵、ジャポニズム、日本の意匠、建築などが西洋に大きな影響を与えました。
しかしこれは視覚的なものでした。
しかし、いま日本が世界の心をとらえているのは、それだけではなくて、精神的なものも
含めて、久しぶりに世界の人々の関心をとらえています。セナカ先生が言われたように日本
が世界でもっとも大きな革命を行いました。人種平等の世界を呼び寄せたのは私たちです。
しかしそれをアジアの国から感謝を求めることは、私は、すべきではありません。
このような素晴らしい理想の世界をつくった英霊や戦犯者に対して、それよりも私たち
は感謝すべきだと思います。
靖国神社、護国神社に参拝する時は、このような理想の世界を作った英霊、戦没者に感謝
をしたいと思います。(了)

<引用終り>

どうでしょうか。こんな話を今の若い方にもぜひ知ってほしいと思います。

  1. 政治
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  3. CM(2)

2018-12-13 19:28

大雪時のチェーン装着義務付け<情報はこのように捻じ曲げられる


 今年始めの大雪でアチコチで大渋滞が発生し、苦労された方も多かったと思います。

そんな事を踏まえ、この冬からは渋滞の予想される区間でチェーン着装の義務化が始まると報道されている。

良い事だと思う。

例えスタッドレスであっても大雪だったら動けなくなる。だから大雪の際にはさらにチェーンをつけるのだが、これは特別の大雪の場合や急な登坂路などの場合。普通の雪で平坦路だったらスタッドレスで走行可能。


例えばこれは今年2月の福井県豪雪での大渋滞の様子


2018-12-13二月の福井豪雪 


 

さてそんな事を踏まえ、報道を見てみたい。

 

最初にこれは時事の報道

 

<以下引用>

https://www.jiji.com/jc/article?k=2018121000740&g=soc


大雪時のチェーン装着、13区間で義務付け=国交省・警察庁

201812111003

 

 国土交通省と警察庁は10日、大雪による車の立ち往生防止対策として今冬からタイヤチェーンの装着を義務付ける対象に、高速道路と国道の計13区間を指定すると発表した。近く省令を決定した上で、対象区間の積雪量などを勘案し、開始時期を決める。指定区間では、スタッドレスタイヤ車を含む全ての車でチェーン規制が実施される。

 

 対象となるのは、過去に大規模な立ち往生などが発生した急勾配の峠を含む高速道路7区間と国道6区間。2月に多くの車が立ち往生した福井県の国道8号などが含まれる。規制の効果を踏まえ、来年度以降の対象拡大も検討する。

 規制に違反すると、6カ月以下の懲役か30万円以下の罰金が科される場合がある。国交省と警察庁は、対象区間付近でのチェーンの脱着を徹底し、実効性を確保する考えだ。

 対象の13区間は、以下の通り。

・・・以下略・・・

<引用終り>

 

 

さあ大変だ~、テエヘンだあ~、チェーンが無いと罰金30万円だあ~。

こう思った方も多いのではないでしょうか。

 

 

その国土交通省のプレスリリースはこうなっています。

http://www.mlit.go.jp/common/001264475.pdf


2018-12-13チェーン規制プレスリリース 

 

国土交通省では、冬期道路交通確保対策検討委員会でとりまとめられた、「大雪時の道路交通確保対策の提言 中間とりまとめ」に基づき、「道路ネットワーク機能への影響を最小化」するため、除雪体制の強化や集中除雪、大雪時の需要抑制の呼びかけ等の取り組みを進めていると

ころです。

〇 このうち、チェーン規制については、

・時期:大雪特別警報や大雪に対する緊急発表が行われるような異例

の降雪時※

※ 平成 29 年度は、大雪特別警報の発令はなく、大雪に対する緊急発表は3回。

・場所:勾配の大きい峠部でこれまでに大規模な立ち往生などが発生した区間

を対象として、従来であれば通行止めとなる状況においてタイヤチェーン装着車のみ通行を可能とするものですが、現時点で、国土交通省と警察において調整しているチェーン規制区間は別紙のとおりですのでお知らせします。

⇒ 全国13区間(うち 直轄国道6区間、高速道路7区間)

○ 具体的な開始時期については、改めてお知らせいたします。

○ また、大雪が予想される2~3日前より通行止め実施の可能性がある旨について事前広報を行い、不要不急の外出を控えることや広域迂回、並びに物流車両の運行計画の見直しなどについて、地域住民や道路利用者に周知してまいります。

<引用ここまで>

 

 

国土交通省の発表では、その狙いは

「道路ネットワーク機能への影響を最小化」するため 

そして何をするかというと

『従来であれば通行止めとなる状況においてタイヤチェーン装着車のみ通行を可能とするもの』


 

ここまで見れば、「チェーンの無い人、通しゃせぬ~」ではありません。

通行止めになるところだが、チェーン着装車だけは通します」、こうなる訳です。

 

冒頭の時事の報道は嘘ではありませんが、限りなく「真実ではない報道」と言えます。

その理由は大雪の登坂路で一台止まって動けなくなると排除が難しい。その結果大渋滞が発生する。

と言って通行止めにすれば市民生活にも大問題。

その解決策がチェーンをつけた車だけ通す。それも特定の所だけ。

だからタイトルは

✖ 大雪時のチェーン装着、13区間で義務付け

〇 大雪でもチェーン装着車だけ通す 特定区間で実施(市民生活に配慮)  

こうでは無いでしょうか。


こんなのがマスゴミの情報操作で厭世観を煽る、そうなんだと思います。



元に戻って、その特定の所はこんな所

一般国道

2018-12-13チェーン規制国道 


高速道路

2018-12-13チェーン規制高速道路 


福井県が13区間中3区間ある。この考え方は今年初めの豪雪で道路交通が大混乱した、その反省があると思います。



一寸あの豪雪を振り返ってみます。


2018-2-9北陸豪雪2月7日


福井県の嶺北地方を中心に豪雪が降ったことが分かります。


同じ福井県でも嶺南地方はこんな程度。

2018-2-8-3.jpg


しかし敦賀市から20キロほど北、嶺北地方の今庄周辺ではこんな豪雪

2018-2-8-2.jpg

参考エントリー

http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1500.html



今年初めの大雪での被害の対策として、簡単には道路交通を止めないようにしたい。

その為にはチェーン着装車だけでも通す、こう言ったら・・・

チェーン規制で大変だあ、こんな風に報道されちゃうんですよね。

困ったものだと思います。



所で以下は余談ですが・・・。

福井県と石川県の県境近くの国道8号線の規制区間がどうも良く分からない。


これは関連地図

2018-12-13福井県のチェーン規制地図 


国道8号線はあわら市笹岡ー熊坂間の規制区間を過ぎて少し先の牛ノ谷峠を超えると石川県加賀市。

チェーン規制は峠の手前の笹岡ー熊坂間だけなのだが、その先の牛ノ谷峠は良いのだろうか。

その上、牛ノ谷峠を越えて石川県加賀市に入った所も地名は「熊坂」。ひょっとして国土交通省のお役人様、熊坂違いをやっていませんかねえ。

福井県に明るい方、どなたかチェックして戴けませんか。アホなお役人の机上論をただすチャンスですが。

尚福井・石川の県境には他にも吉崎という地名の福井・石川両方にある。明治初期の県の区分決定に遡る話だが、それはそれとして、こんな規制区間で間違えては地元が大迷惑だと思う。


*12/15 追記します

18年2月の福井豪雪では1500台もの渋滞が発生しましたが、その先頭がどうだったのか。

渋滞の先頭はあわら市熊坂での大型トラックの脱輪、その反対側の車線はトラックが道路上でチェーンを巻き始めた、これが先頭になって大渋滞になった様です。

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2018-12-07 12:48

ペンス演説にみる対中認識の転換<では日本はどうか


 日本政策研究センターというシンクタンクが「明日への選択」という情報誌を発行している。
此れの12月号の巻頭言にこんな記事が有った。曰く「ペンス演説にみる対中認識の転換」、そこにこんな中国観の大転換期なのに日本は平和ボケではないか、そう主張している。所で、その平和ボケの代表として朝日新聞の一昨日(12月5日〉の一面記事が酷すぎるので見てみたい。

この朝日新聞の記事は私は朝日新聞は購読していないが、或る人からこれは酷すぎると話があり、コンビニで買ってきたもの。

先ずは最初に情報誌「明日への選択」から
明日への選択 12月号(平成30年)
2018-12-6明日への選択12月号表紙 
<以下情報誌をOCRでスキャンし、読みやすいように適当に改行>
(太字、赤字で強調した部分は引用者)

ペンス演説にみる対中認識の転換

伊藤哲夫(日本政策研究センター代表)

 この一年、とりわけ国際社会では激動が続いたが、今後の国際社会に影響を与えていくであろう事件ということでいえば、十月のペンス米副人統領の対中国演説を挙げたい。これを一九四六年のチャーチルによる「鉄のカーテン」演説になぞらえ、「新冷戦」開始の宣言とする向きもあるが、その当否はともあれ、これはわが国の今後にも人きな意味をもつことになる決定的事件だと思われてならない。

 この演説で展開されているのは、今米国で形成されつつある最も基本的な対中認識だといってよい。米政府の認識として、これほど厳しいものが示されたことは驚きでもあるが、これは間違いなく米政府内各機関による綿密な分析を踏まえてのもので、大統領の個人的ツイートとは次元の異なるものというべきだ。

 この中で、とりわけ筆者の関心を引いたのが、中国国内における人権状況を指摘した部分と、中国政府による米国の官民に対する露骨な干渉を明らかにした部分であった。米申の経済的対立や中国の車事的拡張については他でも論じられてきたが、この種の問題への指摘がこうして副大統領のような立場から公式、かつ詳細に論じられるのは初めてではなかろうか。

 まず前者である。副大統領は「ここ数年、中国は自国民に対して統制と抑圧に向けた急激な転換をした」とし、今や「他に類を見ない監視国家を築いている」とする。それはジョージ・オーウェル流」のシステムともいえるが、「(政府にとり)信用できない者が一歩も踏み出せないようにしながら、信用できる者が天下を歩き回ることを許可する」ものだともいう。

 これに続けて副大統領は中国のキリスト教、仏教、イスラム教徒に対する「新たな迫害」を指摘するのだが、残念ながらそれをここで紹介する余裕はない。実は筆者の関心を引くこととなったのは、その直後、副大統領が以下のように述べているところだ。「しかし、歴史が証明するように、自岡民を抑圧する国がそこにとどまることはほとんどない」(傍点は筆者下線に変更)そんな政府は、その抑圧を自ら国内に留めておくことなどあり得ず、必ずや周辺に対してもそれを広げていくこと必定である、とするのだ。

 次に、後者の米国の官民に対する露骨な干渉である。指摘は当然多岐にわたるが、ここではまず最初に、以下のような衝撃的な指摘がなされる。「中国は米国の国内政策と政治に干渉するための取り組みを強めている。そのために米国企業、映画会杜、大学、シンクタンク、学者、ジャーナリスト、州、連邦当局者に見返りの報酬を与えたり、支配したりしている」

 むろん、それだけではない。中国は米国の世論、更には今年の中間選挙や1年後の大統領選に対してさえ影響力を与えようとしている、ともいう。曰く、「中国政府は、米国人の対中政策認識を変えるために、秘密工作員や偽装組織を動員し、プロパガンダ放送を流している」と。

 また、そうした干渉工作は米国の通商政策にも及び、何と「米国の大企業が米国政府の政策に反対する発言をしなければ、中国は(同国での)事業許可を認めないと脅した例もある」とも指摘する。

 むろん、経済については中国政府を「最先端の車事計画を含む米国技術の大規模な窃盗の黒幕」とまでこの演説は断ずるのだが、要は副大統領はこれを米国民に「是非とも知ってほしいこと」として提示するわけだ。となれば、では日本はどうか? という話にもなるのだが、これがわが国では議論にすらならない。

 レベルは別としても、こうした工作は日本に対しても仕掛けられていると考えるのが当然の筋道であろう。これが議論の対象にすらならないというのはなぜなのか。こんな平和ボケで大丈夫なのか。
<引用ここまで>


さてその「こうした工作は日本に対しても仕掛けられていると考えるのが当然の筋道」の例として、12月5日の記事を紹介したい。
12月5日の新聞各紙は大きなニュースが無かったのか、一面記事が各紙でバラバラだ。
例えば読売一面は「新元号公表4月1日以降」、中日新聞は「大阪万博若者の力で」、そんな中で親中路線の朝日新聞の一面がこれ。
2018-12-7朝日新聞12月5日チャイナスタンダードこんなマークが記事の上にある。間違いなく皆様への御プロパガンダ記事   

<以下朝日新聞12月5日朝刊1面記事>
2018-12-6朝日新聞12月5日朝刊一面 

人民元、ドルに反旗
2018-12-7朝日新聞12月5日チャイナスタンダード チャイナ・スタンダード
原油取引・制裁抜け道

 あでやかに夜空に照らし出される東方明珠タワーと高層ビル群。中国の金融センター・上海市浦東新区の一角にある上海先物取引所で今年3月、野心的な試みが静かに動き出した。
 先物ブローカーたちが目をこらしたのは原油価格だ。この日始まっだのは、初の人民元建ての原油先物取引だ。国際的な原油価格は、ニューヨークとロンドンの先物取引所を中心に決まるという流れに風穴をあける動きだった。
 中国は2017年、米国を抜いて世界最大の原油輸入国になったものの、国内に先物市場がなかったため、価格の決定権を持たなかった。
 中国政府は「我々の原油(の価格)を、彼らが決めている」 (中国証券監督管理委員会元副主席の姜洋)と問題視し、価格の主導権を握ろうともくろむ。
 その柱が、人民元決済による市場を育てることだ。上海先物の取引量は順調に増加している。
 世界の貿易に使われる通貨の比率は米ドルが42・8%に対し、人民元はわずかI・3%。基軸通貨としての米ドルの支配は揺るぎない。それでも中国は、人民元を用いた取引に必要なインフラを整え、米ドルが見せるスキもすかさず突く。
  「米国はイランを裏切ってきた。中国との関係を強めるべきだ」
 トランプ政権による経済制裁の発動が迫った10月、イランの首都テヘランの路上に金曜礼拝を終えた数十人の男たちが集まり、米国への抗議デモを始めた。
 イランの反発や国際社会の懸念をよそに、米国は11月、イランの歳入の約6割を占める原油も制裁の対象に加えた。イランと取引した外国企業は米金融市場から締め出され、世界経済から孤立する恐れがある。
 ためらう日欧を尻目に、イランとの距離を縮めるのがイラン産原油の最大の輸出先である中国だ。
 米国の制裁が発動されると、「一方的な制裁には反対だ」(外務省報道官)とイランを擁護し、関係を維持する構えを示した。
 イラン政府関係者は「人民元を使えば米国の金融システムを介さずに決済できる」と話す。前駐中国イラン大使のアリ・ハージも中国紙に、原油の代金の一部をすでに人民元で受け取っていると明かし、今後さらに拡大するとの見通しも示した。
 中国の銀行にも米国の圧力がかかるが、イラン政府関係者は「中国には米国が捕捉しきれないほどの金融機関がある。そこを使えばいいだけだ」とうそぶく。
 通貨を用いた制裁は、強さの象徴であると同時に、ドル離れを招くリスクもはらむ。規模はわずかながら、制裁の「抜け道」として人民元の存在感は高まっている。    =敬称略
 (上海H福田直之、テヘランH杉崎惧弥)
 ▼2面=新たな覇権の芽
<引用ここまで>

2面の記事にも
2018-12-7朝日新聞12月5日チャイナスタンダードが付いている。
その記事は、大見出しが      
「次世代通貨 新たな覇権の芽」
小見出しが
「スマホ決済 アリペイ新興国に照準」
「火葬通貨 「デジタル人民元」模索か」

酷いものですねえ。これは明らかに中国様の差し金でしょう。

所で・・・・
そして私はこんな事を思い出している。
2008年の北京オリンピックの長野での聖火リレーの様子 

2014-8-28朝日新聞2008年愛国の旗世界走る

「愛国の旗 世界走る」、こんな大見出しの記事を日本の新聞の一面に載せたら、当然その旗は日の丸=日章旗と思いますよねえ。それが五星紅旗! この新聞にとって愛国とは中共の事だったんですね。所でこのプロパガンダ記事、10年の時を経て、12月5日の朝日新聞の記事と雰囲気が全く同じじゃありませんか。やっぱりねえ。

この件は以下参照ください。
私はコレで朝日新聞購読を止めました  2014-08-29 14:21
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-999.html
私はコレで朝日新聞購読を止めました<補足  2014-08-29 18:23
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1000.html


ここで写真に写っている五星紅旗は中国で作って駐日中国大使館に送られ、それを中国人学生やビジネスマンに渡して長野に大量動員したもの。

これは動員されたビジネスマンの方のブログで、その間の事情が良く分かる。しかし残念ながらこのブログ主の方はこのエントリーを最後に消息が消えた。そしてブログもizaブログが無くなってしまったので、今では見ることが出来ません。中国のやることが良く分かる貴重な事例です。

2014-8-29朝日記事詳細関連ブログshukushou


中国というのはこんな事をするんですねえ。
そうしてみると、今回の12月5日の朝日新聞記事、これは中国様から見ると、新聞一面にデカデカと報道してくれた。よくやった!。こうなるんでしょう。
勿論その見返りがアルンでしょうね。会社にも個人にも・・・

もうこんなプロパガンダ新聞は日本には要りませんね。
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2018-12-02 15:39

ルノー日産連合の危機、元凶は?


 この所新聞テレビは毎日ゴーン一色である。しかしながら報道はと言えばゴーンの報酬が何億円という話ばかり。本当はこの事件の背景が何かと言った所が問題なのだが、そんな報道は欠片もない。

そんな時、ロイターにいい記事が有った。日本のメディアでは決して出てこない話だが大いに参考になる。

<以下ロイターより引用>
https://jp.reuters.com/article/renault-nissan-macron-idJPKCN1NY0HD

トップニュース2018年11月29日 / 15:22 / 
焦点:ルノー日産連合の危機、元凶はマクロン大統領の介入主義

[パリ 28日 ロイター] - カルロス・ゴーン容疑者の逮捕を機に、日産自動車(7201.T)は再度ルノー(RENA.PA)支配からの脱却を試みようとしており、マクロン・フランス大統領は新たな悩みの種を抱えることになった。しかしこの問題はマクロン氏の「身から出たさび」と言えるかもしれない。

2015年4月、当時経済相だった37歳のマクロン氏は、政府によるルノー株買い増しという驚きの命令を下した。国の議決権倍増の是非が問われる同月末の株主総会で、倍増を確実にするための工作だ。一夜にして下されたこの命令が、ルノー日産連合の日産側に深刻な波紋を広げる。

その後8カ月にわたるマクロン氏側と当時日産ナンバー2だった西川廣人現社長との闘いが、今日の危機の種をまいたと多くの関係者はみている。

「マクロン大統領自身がどっぷりと関わっている」と語るのは資産運用会社アライアンスバーンスタイン(ニューヨーク)のアナリスト、マックス・ウォーバートン氏。2015年の決断が「最終的にフランス政府の支配下に組み込まれてしまう」という日産側の危機感に火を付けたことを、マクロン氏は認識すべきだという。

昨年大統領に就任したマクロン氏は現在、街頭デモや過去最低の支持率に見舞われている。同氏の大胆な介入主義はかつては新鮮に映ったが、ルノー日産連合の危機を契機に、その負の側面に注目が集まるかもしれない。

マクロン氏が政府保有ルノー株の拡大に動く前年、当時のオランド大統領は「フロランジュ法」を定めていた。これは全上場企業について、株主投票により適用除外(オプトアウト)を選択しない限り、フランス政府など長期株主の議決権を2倍にするものだ。

<急襲>

マクロン氏は2014年末から数カ月にわたり、ゴーン氏とルノー取締役会に対し、翌年4月30日の株主総会でオプトアウトを提案しないよう説得を続けたが、ルノー側は首を縦に振らなかった。政府の持ち株比率は15%、議決権はそれを小幅に上回る比率だったため、政府は株主投票で負ける公算が大きかった。

そして4月7日の夕方、マクロン氏からゴーン氏に「礼儀上の」電話が入る。政府がルノー株を4.73%買い増したこと、そして翌朝にはそれを発表し、オプトアウト案を否決に追い込んだ後に買い増し分を売って持ち株比率を15%に戻すことを告げたのだ。

これについては、マクロン氏の批判派も称賛者も口をそろえて政府による前代未聞の「奇襲」だと言う。くすぶりつづけていたゴーン氏とマクロン氏のエゴのぶつかり合いが、この時爆発した。

マクロン氏は周囲の警告をよそに事を進め、オプトアウトを否決に追い込んだ。これによりフランス政府は事実上、ルノーの「可決阻止少数」株主となった。そのルノーは日産株の43.4%を保有して株主総会を支配している。

東京は殺気立った。日産は取締役会の構成や資本関係などに関する協定(RAMA)からの離脱をちらつかせる。離脱すれば自身より小規模な親会社ルノーの株式を自由に買うことができるようになり、ルノー支配を覆せる。


西川氏は2015年9月3日付のルノー取締役会宛ての書面で「連合の信頼の基礎であるルノーのガバナンス、ひいてはルノーの自主的経営に重大な影響が及ぶだろう」と告げている。書面はロイターが入手した。

日産の広報担当者はこの記事へのコメントを控えた。

西川氏はルノーに対し、日産の支配株を売却し、日産が保有するルノー株15%の議決権を元に戻し、連合に対する支配を放棄するよう求めた。しかしマクロン氏のスタッフは当初、ゴーン氏が振り付けたものだと考えてこれを無視する。

フランス政府の株式保有を管轄していた機関の高官は当時「ゴーン氏が日産と日本側の考えを語るとき、彼は自分の考えを語っているのだ。私からすれば全部たわ言だ」と話していた。

<見誤ったマクロン氏>

3年後の今、ゴーン氏は逮捕されたが、日産は再び同様の要求を突き付けようとしている。

元フランス政府高官の投資銀行バンカーは言う。「専門用語も言い回しも語彙も、2015年とほとんど同じだ。日本の立場を代表しているというゴーン氏の話をわれわれは信じていなかったが、本当に彼の作り話ではなかったことが分かった」


マクロン氏がルノーと日産の完全合併を求めて圧力をかけたことも、逮捕劇の数カ月前から日本側を警戒させていた。

両社と三菱自動車(7211.T)の首脳は29日夜、今後の連合の在り方を協議する予定で、主導権を巡り日仏の確執が深まる恐れもある。そうした中、ルノーはマクロン氏が結んだもう1つの合意に手足を縛られている。

日産が連合を離脱する可能性を巡り緊張が高まっていた2015年末、フランス政府は大半の非戦略的決定に関してルノーの議決権を18%に制限することに合意した。

マクロン氏が支持したこの「安定」合意には、ルノーが日産の株主総会で取締役会に反対しないとの拘束力のある約束まで盛り込まれている。これは主導権争いのハンデだ。

パリの議決権行使助言会社プロキシンベストのロワ・ドゥサン最高経営責任者(CEO)は「ルノーは主要な資産に対する権利を放棄したも同然だ」と指摘。「彼らはもうすぐ、交渉力が損なわれたことに気付くだろうが、もう手遅れだ。連合のパワーバランスは既に覆された」と述べた。

<気もそぞろ>

当時の判断について当時のある閣僚は、マクロン氏が大統領選をにらんで政党「共和国前進」の立ち上げ準備を進めていた時期にあたり、そちらに気を取られていたようだと振り返る。同党のウェブアドレスが登録されたのは2016年1月7日。ルノーと日産が合意を結んでから4週間も経っていなかった。


この元閣僚は、ゴーン氏にも2015年の闘いをエスカレートさせた責任の一端があると言う。

「ゴーン氏は、閣僚らより自分の方が上だという鼻持ちならない自信を持っていた。話し相手としては首相しか念頭になかっただろうから、やはり自分の偉さを重々認識しているマクロン氏には気に入らなかっただろう」

(Laurence Frost記者 Michel Rose記者)
<引用終り>


日産自動車にとってゴーンは命の恩人である。もともと倒産しかけていた日産。そして日産の負の遺産からの悪弊を断ち切るにはゴーン流の荒っぽいコストカットが必要だったのだ。

日産の負の遺産、嘗て日産には3人の天皇がいると言われていた。日本興業銀行(現・みずほコーポレート銀行)出身の川又克二社長(86年、81歳で死去)、生え抜きの石原俊社長(03年、91歳で死去)、自動車労連(現・日産労連)の塩路一郎会長(13年、86歳で死去)である。70年代後半からの日産は「三頭政治」と呼ばれた。川又と蜜月関係を結んだ塩路が、石原と激しく対立した。
こんな事で社内には官僚主義がまかり通って、業績はどんどん下り坂。1999年にはルノーの助けで再建に向かう事となり、切り札としてゴーンがやってきた訳だ。

そんな命の恩人ゴーンだが、ゴーンが来てからの日産車はさっぱり面白くない。クルマ好きをワクワクさせる魅力がない。だから本当はゴーンは、「もう役目は終わった」という事でもっと早く引退すべきだったと思う。矢張り長すぎた政権はもんだといういい例かも知れない。

所で本題から外れるが、日産車は面白くないというと、GT-Rが有るじゃないかという人がいる。
GT-Rは使い方によっては熱狂的なファンがいる。しかし私に言わせると、「クルマは重いほうが良い」というような設計者が作った車。永年軽量化とコストダウンで散々苦労してきた私にとっては、その一言だけでこの車の限界が分かるというもの。かつて櫻井眞一郎氏(伝説のスカイライン設計者)がGT-Rを評して、「あのクルマは私がスカイラインで実現したかったクルマとは違う。あのクルマからスカイラインという名前を外してくれてよかった」と言っていましたが、それが全てだと思います。

ゴーンもGT-Rも金食い虫。もうそんな時代は終わったんでしょうね。

尚『「最終的にフランス政府の支配下に組み込まれてしまう」という日産側の危機感』という事について。
自動車メーカーの舵取りは大変難しい。少なくとも国営企業になって成功したカーメーカーは無い。そんな事が日産の危機感にはあると思います。官僚や政治家に口を出されて上手く行くほどカーメーカーは簡単ではないという事です。

  1. 自動車
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