FC2ブログ

2018-08-29 16:53

ラオスのダム事故についてのスクープ記事


 ラオスのダム事故について色々書いてきたのだが、前回既に予備調査が始まっていて、調査チームは国際大ダム会議(本部:フランス)と日本の東京電力であると書いた。所でその日本が如何してここに出てきたのか、そんなスクープ記事が出てきた(コメント欄でkazkさんよりの情報をいただいた)。

そこでこのスクープ記事を紹介したいのだが、この記事、スクープもだが他の部分にはかなり古い情報や間違った記載もある。そこでそんな事を注釈をつけながら書いてみたい。


話の前段として、今回の東電の調査参加について、8月26日のエントリーで書いたように唯一の報道はヴィエンチャンタイムズなので、その要点だけ。
<以下適当に翻訳し抜粋引用>
 トンルン首相は、7月23日にアタプー省のダム崩壊の本当の理由を明らかにするため、ラオス当局と緊密に協力するよう、国際専門家に要請した。トンルン氏は、国際大ダム会議(ICOLD)と東京電力(TEPCO)のメンバーからの表敬訪問を受けての表明。(8月21日)
8月22日の政府のウェブサイトの声明によると、同グループは、ICOLDの上級専門家、Anton J. Schleiss教授をリーダーとし、ラオス当局者を含む他の専門家と提携して、ダム崩壊の原因を調査する。
・・・中略・・・
Schleiss教授は、ダムの崩壊の正確な状況はまだ不明であるが、事故の真の理由を発見するために10月に調査を再開すると述べた。(引用者注:現在ラオスは雨季で調査には不向き、9月いっぱいで雨季は終わる)・・・以下略
<引用ここまで>

こんな事で唐突に東電が出てくる。その裏話のスクープ記事がアゴラに載っていた。
尚この記事を書いた酒井 直樹氏については私はまったく知識がない。唯一アゴラの人物紹介に「株式会社電力シェアリング代表」とあるだけなので、電力関係に人脈のある方なのだと思う。

以下アゴラのスクープ記事、日経記事は青字、それに対する私のコメントは黒字にします。

では最初にそのスクープ記事

<以下アゴラより引用>
http://agora-web.jp/archives/2034425.html

「韓国ダム」決壊で孤立のラオスに日本が救いの手
2018年08月26日 11:00

酒井 直樹  
株式会社電力シェアリング代表

これは信頼すべき筋から聞いたスクープ記事だ。これは国連筋から得た情報だが、情報源を秘匿するために配慮して書く。

先月、ラオス南東部のアッタプー県でセピアンセナムノイダムが決壊し、辺の村落が水没、少なくとも27人が死亡、3千人以上が家を失った。世界でも日本でも大々的に報道されているのでみなさんご存知だろう。ただ、報道されていない熾烈な外交ゲームが水面下で今現在繰り広げられている。

(私のコメント:「死者が少なくとも27人」、これは相当前の情報だ。現にこの記事で引用した8月24日付の日経の記事では死者は少なくとも39人になっている。それから「の村落が水没」、これは「周辺の村落が水没」の間違いと思うが、現地の地図も見ないでこんな事を言うものではない。ジャーナリストの風上にも置けない奴だ。被害にあった六つの村は決壊したダムから30キロから50キロ離れている。標高差は800m位はある筈だ。想像を絶する遠方のダム決壊事故だったのだ)

決壊したダムの完成予想図(セピアン・セナムノイ電力会社のホームページから)
2018-8-28セナムノイダムの完成予想図 

(私のコメント:この写真のダムは決壊したダムではありません。このダムは特殊な構造で、メインダムは確かにこのダムですが、他にサドルダム(副ダム)が6か所あります。決壊したのはそのサドルダムD、全く場所も構造も違います。後ほど詳しく説明します)

この発電所は、韓国大手財閥SKグループのSK建設と韓国西部発電、タイ政府系の発電大手ラチャブリ電力、ラオスの国営企業が合弁で建設していた。筆頭株主は26%を出資するSK建設。2013年に着工し、19年の稼働を目指して建設を進めていた。

(私のコメント:この記事も正確ではありません。こう書くと4社によるJV(Joint Venture)での受注のようですが、このプロジェクトはBOT方式(=Build、Operation、Transfer)と言って、この4社が自己資金で建設し、長年操業して投資額を回収し(この場合は27年間)、その後施設一式をラオス政府に引き渡す契約。だからこのダムは51%は韓国のものです)

8月24日日経新聞に岸本まりみ記者の以下のような署名記事がとても控えめな扱いで掲載された。

ラオスの水力発電計画、宙に ダム決壊から1カ月

ラオス南部で建設中のダムの決壊事故から23日で1カ月が過ぎた。同国政府は世界銀行の支援を受け、新たなダム建設の安全基準の策定を急ぐ。計画の認可体制についても見直しを進めており、新規のダムは事実上建設が延期されている。水力発電の売電収入で稼ぐラオス政府の構想は宙に浮いた状態だ。政府は外貨獲得のため外国人観光客の誘致などを急ぐが、課題も多い。

記事はこう結ばれている。

工業製品や消費財などの多くを輸入に頼る小国ラオスにとって、外貨の獲得は喫緊の課題だ。収入の柱になるはずだった水力発電計画が壁に直面する中、第2、第3の収入源の育成が急がれる。

しかし、世界のネットメディアでこの事故が議論されているポイントはそこではない。それは、「人災」か「天災」かという一点だ。米紙ニューヨーク・タイムズは「欠陥工事か」と報じている。何故か日本のメディアは、今回は頰被りでこの点を一切報じていない。社会正義とは一体なんなんだろうか?メディアの役割とは一体なんなんだろうか?

ラオス政府や国民の怒りは高まっていて、事故を「人災」と断定し、韓国側に対し、罰則的ともいえる「特別補償」を求めている。欧米メディアは「欠陥・手抜き工事」の可能性を報じ、工法自体への疑問も浮上している。このダムはアースダム方式と呼ばれ、ダムの形式として最も古い土でできたダムで、「地震で壊れてしまう可能性がある」「洪水時の異常出水で越水して決壊してしまう可能性がある」のは業界の常識とも言われる。今回の事故は、韓国企業による海外インフラ受注競争にも、影響が出かねないだけに韓国サイドは、「天災」(英語でフォースマジュール)つまり予期できなかった異常事態なので自分たちには責任がないとの主張を展開している。何度もいうが日本のテレビや全国紙はこれを一切報道していない。
(引用者注:Force Majeure(フォース・マジュール)」とは、「不可抗力」を意味するフランス語で契約などの用語)

ラオス政府は、こうしたラオスと韓国の当事者二国間の水掛け論に終止符を打つため、信頼の置ける第三者による客観的調査と評価を国連などの国際機関に必死になってお願いして回ってきた。それが社会正義であり、そのために国連などの国際機関は世界中の国民の税金の下に存在しているというのはみなさんもきっと共感してくれるだろう。

ところが、国連はそんなに綺麗な組織ではない。私も類似した国際機関に17年間勤めていたのでその裏と表を熟知している。そこは、「世界の正義・公正の実現」を看板に掲げるが、国益と国益がぶつかり合う情報戦の戦場であり、各国の外交官が角と角を付き合わせて自国を少しでも有利にするためのゲームを日々行なっているタフでワイルドな場所だ。実は、韓国はこのような情報戦や外交戦術に非常に長けている。各国ともそのような存在感の高い韓国を「忖度し」、ラオスが「第三者委員会での調査・仲介を」と涙ながらに訴えてもビクともしない。

現場でリアルな情報に触れている日経新聞の記者がそのような現場を知らないはずがない。もし知らなかったらメディアを名乗る資格はない。そして忖度の結果あのような読者が読んでも争点がなんだかわからない記事になる。日経は記事化しただけまだいい。他の大手新聞やテレビ番組は一切取り上げずに、日々「森友・かけ・財務省」等々の日本政府のどちらかというと軽度な問題を「忖度・忖度」とあげつらう。忖度しているのはあなたたちの方だ。偽善者のレッテルを貼られても仕方ないのではないか。フェイクニュースとどこが違うのか。国民の知る権利を阻害しているのはあなた方大手メディアだ。

さて、八方塞がりで窮地に追い込まれたラオス政府とラオス国民に、「私たちが中立の第三者として入ってあげましょう」と言ってきたある国がある。もちろん正式な外交ルートではなく企業の皮を被ってだが。その国の名前は中国だ。

ラオス政府はこれを断る。これ以上中国に影響力を行使されたら国を乗っ取られてしまうからだ。そして、ラオス政府が助けを求めた国がある。

それは日本だ。

国連筋によると、ラオス政府は事故直後から安倍政権に第三者の仲介役の段取りをするよう助けを求め続けていたそうだ。しかし、日本としても火中の栗を拾うには大きなリスクとコストが付きまとう。今、朝鮮半島の非核化や拉致問題を巡って韓国との距離を縮めているところだ。中国、そして米国と熾烈な外交ゲームを繰り広げている。こんなところで、ホワイトナイト(白馬の騎士)として仲裁役に立つと、韓国との外交問題に発展しかねない。

・・・中略・・・

そこで首相官邸は、日本が前面には出ないが、欧米等と連携して、この問題に当たる座組みを考え、先週日本や国際組織の非政府専門家を現地に赴かせた。表向きは政府は絡んでいない。政府とは無関係の法人の専門家が詳細に客観的に情報を分析した。

彼らは、現地をつぶさに冷静に確認した後、ラオスの首都ビエンチャンの首相官邸に赴き、トーンルン・シースリット首相に直接面会しその結果を口頭で伝えた。もちろんその場に現地の日本大使館関係者も日本政府系機関職員も同席していない。

安倍首相は大変したたかだ。表向きは、韓国と直接対峙しない。中国のこれ以上のインドシナ半島への侵食を食い止められる。ラオス政府や国民からは感謝される。それは米国の影響力が低下するアジアの新秩序形成において、大変意義深い良手である。

多分、早晩、国際的な陣容で第三者評価委員会の立ち上げが世界的なニュースとして駆け巡ることになるだろう。日本ではあまり報道されないだろうが。

これが、外交の現場で起きていることだ。私もリスク覚悟で私なりの正義を貫くため、こうした情報をみなさんに提供していきたい。
<引用ここまで>



私のコメント
此処でこの事故の全体像から見てみたい。

これは7月25日の記事に有った地図で、死者行方不明者数などが全体像不明な時のもの。
死者数は8/29現在(公式発表は8/18付けが最後)、死者39、行方不明97という。

2018-8-28ラオスのダム決壊事故関連地図7月25日 

ダムは図の一番上、Xe Namnoy Damである。このダムには左側にサドルダムが6か所あり、そのサドルダムD(赤色表示)が今回決壊した。
サドルダムDから青い点線が左に延びている。今回のダム決壊で新たに出来てしまった川だ。
この地図の真ん中、広い高原に降った雨水は以前は右側Xe Namnoy川は右へ(東側へ)。
左側Xe Pian川の水は左へ(西側へ)流れていた。しかし今回の事故でこの流域の水は大部分左側(西側)へ流れることになった。下流の被災地の水が簡単にひかないのはその為でもある。
尚このボラヴェン高原はラオスで一番降水量の多い所でその年間降水量は3500㎜という。日本で一番雨の多い町の一つである三重県の尾鷲市が年間3800㎜、東京都区部だと1500㎜、いかに多いか分かるだろう。

問題のダムから90キロほどの所にラオス第二の都市パクセーがあり、そこの気候はこうなっている。
2018-8-29パクセーの気温と降水量 
ラオスは一般に雨季は5月~10月と言われているが、これを見れば9月いっぱいで大体雨季は終わるのは理解できよう。尚SK建設側は異常な豪雨による不可抗力と言っているらしいが、そもそもラオスの雨季は豪雨が降る。ましてやボラヴェン高原はラオスで一番雨の多い所。その雨量を狙ってダムを作ったという事を忘れてはいけない。



これがメインダムのXe Namnoy Dam (丁度満水の様子)
2018-8-28セナムノイダムの満水状態

左側から勢いよく水が出ていますが、洪水吐きのクレストゲートです。この位置で満水の湖面レベルが決まります。これより湖面を下げるためにはダムの堤体下部に導管を設置し、そこにゲートをつけて(コンジット・ゲート)、そこから水を排出せねばいけませんが、良く分かりません。これから調査で問題になるところの一つでしょう。

これがサドルダムDの建設中の所 
2018-8-9サドルダムD1 

この写真の左側がダム湖側、右側が下流側。サドルダム下流の森林の中に小さな沢がある筈。少しずつは水が流れていたのだろうが、川にはなっていなかった模様。

2018-8-10サドルダムD8 

これがダム決壊後の写真。以前は森に隠れていた小さな沢が大きな川になってしまった。

そして被災地の状況はというと

2018-8-29被災したアッタプーよりボラヴェン高原ロイター画像

これは下流の被災地からボラヴェン高原を見たところ。撮影地点はロイターでは記載されていないが電線のあるところなどから下流の被災地であることが分かる。決壊したダムはこの山の上、はるか遠く約50キロほど離れている。標高差は800mほどだ。
日本にこのダムを当てはめてみると、軽井沢辺りに巨大ダムを作り、碓氷峠に700mの立て坑を穿ち、安中あたりに発電所を作った。そのダムが決壊したので高崎辺りが水没した。こんな感じでしょうか。浅間山の爆発以上と言えるかもしれません。 



アゴラの酒井 直樹氏の記事で引用している日経記事です。参考までに全文引用しておきます。
<以下日経より引用>
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO34505440T20C18A8EAF000/
ラオスの水力発電計画、宙に ダム決壊から1カ月 
2018/8/24 6:30
 
 【バンコク=岸本まりみ】ラオス南部で建設中のダムの決壊事故から23日で1カ月が過ぎた。同国政府は世界銀行の支援を受け、新たなダム建設の安全基準の策定を急ぐ。計画の認可体制についても見直しを進めており、新規のダムは事実上建設が延期されている。水力発電の売電収入で稼ぐラオス政府の構想は宙に浮いた状態だ。政府は外貨獲得のため外国人観光客の誘致などを急ぐが、課題も多い。

 7月のセピアンセナムノイダムの決壊事故は周辺の村に甚大な被害をもたらした。ラオス国営通信によると少なくとも39人が死亡、数十人が行方不明のままだ。

 これまでダム建設の認可は大規模ならエネルギー・鉱業省、小規模なら各県の認可で建設できていた。関係者によると相次ぐ事故を受け、政府内ではすべての権限を首相府に移すことも検討されている。認可体制が定まらない中、新規計画の承認は事実上棚上げになっている状態だ。

 ただ、承認済みだが未着工のダムの扱いなどは明確に定められておらず現場は混乱している。ラオス政府は2030年までにダムを159カ所新設する計画を打ち出しており、すでに投資の承認を受けたダムはラオス国内に相当数あるとみられる。日本では関西電力がダムを建設中で「今のところ作業に遅れは出ていない」(同社)という。

 政府は事故の再発防止のため対策を急ぐ。設計や施工の安全基準の改定作業は世界銀行などの協力を受けて進められている。2017年に北東部で起きた別の小規模ダムの決壊事故を受け、ラオス政府が世銀に依頼していた。7月の事故を受けて実施されることになった全国のダムの再点検も並行して進められる予定だが、具体的な作業スケジュールなどは示されないままだ。改定の内容次第では売電で外貨収入を増やす狙いだったラオスの長期計画に乱れが生じる可能性がある。

 周辺国はラオスの対応を好意的に受け止めている。タイ、ラオス、カンボジア、ベトナムの下流域4カ国で構成するメコン川委員会は「ダム建設の延期と見直しの決断を支持する」と声明を発表。ダム開発計画の見直しに協力する姿勢を示した。

 産業の少ないラオスで政府が売電に代わる外貨獲得手段として力を入れるのが観光だ。17年にラオスを訪れる観光客が9%減少したこともあり、18年は観光キャンペーン「ビジット・ラオス・イヤー」を展開。年間500万人の訪問を目標に掲げ、世界遺産のルアンプラバンなどへの観光客誘致を急ぐ。

 8月には日本政府の支援を受けてビエンチャンの国際空港の受け入れ能力を拡大し、外国人観光客の受け入れ体制を整えた。内陸国のラオスは集客の目玉となるビーチリゾートなどがなく、各地の祭りを核にイベントを企画する。

 海外からの投資誘致のために設けた経済特区も思うように企業の進出が進まず、空きが目立つ。5月に3年ぶりに最低賃金を引き上げたことも、人件費の増加を嫌う企業にとってはマイナス材料になった。

 工業製品や消費財などの多くを輸入に頼る小国ラオスにとって、外貨の獲得は喫緊の課題だ。収入の柱になるはずだった水力発電計画が壁に直面する中、第2、第3の収入源の育成が急がれる。

  1. ラオス
  2. TB(0)
  3. CM(2)

2018-08-26 17:10

ラオスのダム事故の原因調査には日本も参加


 ラオスのダム決壊事故について色々書いてきたのだが、その原因調査が既に始まっていることが分かった。調査機関は国際大ダム会議(本部:フランス)と日本の東京電力だった
実はこの事については殆ど報道がなく、全く分からなかったのだが、ラオスのヴィエンチャン・タイムズにその報道があった。
最初の調査(多分予備調査)が終わって、国際大ダム会議のシュレイス会長( Anton Schleiss、スイス人らしい)がラオスの首相を8月21日に表敬訪問した事が報道されている。

この調査団に国際大ダム会議からの専門家グループと日本の東京電力の専門家グループがいることが書かれている。


<以下ヴィエンチャンタイムズより引用>
http://www.vientianetimes.org.la/FreeContent/FreeConten_PM_calls_198.php
(機械翻訳で適当に手直ししました)

PM(Prime Minister=首相)は専門家にダム崩壊の真実を明らかにするよう求めた

 トンルン首相は、7月23日にアタプー省のダム崩壊の本当の理由を明らかにするため、ラオス当局と緊密に協力するよう、国際専門家に要請した。トンルン氏は、国際大ダム会議(ICOLD)と東京電力(TEPCO)のメンバーからの表敬訪問を受けての表明。(8月21日)
8月22日の政府のウェブサイトの声明によると、同グループは、ICOLDの上級専門家、Anton J. Schleiss教授をリーダーとし、ラオス当局者を含む他の専門家と提携して、ダム崩壊の原因を調査する。

Schleiss教授は、彼と彼の代表団を歓迎する貴重な時間をさいてくれたことを首相に心から感謝した。
彼はまた、Sanamxay地区でのダム破壊の悲劇的な結果について彼の悲しみを表明した。
教授博士Schleissは言って、国際的な専門家が事故の調査に協力したことを首相に伝えた「調査は、様々な分野から協力して軌道に乗っている。」
「我々は、私たちは今回参加していない2人の他の専門家との問題を議論します、この機会にすべての情報を収集し、調査を行い、ダムの設計を評価した」と付け加えた。
Schleiss教授は、ダムの崩壊の正確な状況はまだ不明であるが、事故の真の理由を発見するために10月に調査を再開すると述べた。(引用者注:現在ラオスは雨季で調査には不向き、9月いっぱいで雨季は終わる)
彼は、このような事故は、どの国でもいつでも発生する可能性があり、最先端の技術を採用した先進国で起こったと述べた。
しかし、起こったときには、実際の原因を調査して、レッスンを学び、そのような出来事が再び起こらないようにするための対策を講ずる必要がある」と彼は語った。
Thongloun首相はSchleiss博士とその代表団に事故の調査に時間を割いたことに感謝した。

By Times Reporters (最新の更新: 2018年 8月25日)
<引用ここまで> 


そしてこれは産経ニュースの報道

<以下引用>

産経ニュース 2018.8.23 
ラオスのダム決壊から1カ月 避難者6000人、補償が焦点 建設企業の責任追及へ

 【シンガポール=吉村英輝】ラオス南部アッタプー県で建設中だった水力発電用ダムが決壊してから、23日で1カ月。洪水で家や農地を追われた住民への補償が今後の焦点となるなか、ラオス政府は日本を含む海外の専門家を招いて決壊原因の解明を進め、建設企業などの責任を追及する構えだ。

 ラオス政府が、国連機関などと16日付で発表した被害状況は死者39人、行方不明者97人、緊急施設への避難者6千人、影響を受けた被災者1万3100人。救援活動は大量の泥に阻まれ難航が続いているという。

 決壊したダムは、韓国のSK建設と韓国西部発電、タイのラチャブリ電力、ラオスの国営企業による合弁会社が建設中だった。

 ラオスの英字紙ビエンチャン・タイムズ(21日付、電子版)によると、SK建設の代表者は18日、ラオス政府に1千万ドル(約11億円)を救援資金として寄付し、「事故に見舞われた現地住民への深い追悼」を述べた。同社は200人で現地の救援にも当たり、仮設住宅も建設するという。

 ラオス政府は、新規ダム建設を全面中止し、決壊に関し、構造など原因究明と、決壊につながる関係者の汚職を調査する、2つの組織を8日に立ち上げた。

 トンルン首相は21日、現地調査した国際大ダム会議(本部パリ)のシュレイス会長や東京電力の技術者の表敬訪問を受けた。東電は「ラオス政府の要請を受け、調査団のサポートを実施した」としている。

<引用ここまで>


誰が聞いても「本当はこの件は日本が関るべきではない。非韓3原則だ」と思う話である。
がしかし、国際的には「こんな時こそ日本だ」、そう思われていると思う。
この件で日本が原因調査をしていることを韓国が知れば、いくらラオス政府の公式要請だったとしても病の民がう事は目に見えている。
大いに迷惑千万な話だ。

しかしよく考えてみると、ラオス政府が直接東京電力に依頼することは有りえない。少なくともラオス政府⇒国際大ダム会議⇒日本政府⇒東京電力、こんなルートで要請。更に別ルートとして世界銀行、アジア開発銀行(これは日本が最大の出資者)も絡んでいることは間違いないと思う。
こんな国際紛争間違いなしの案件、日本は色んな所に手を回していると思うが、まあそれはボチボチ分かってくるでしょう。安倍さんの手腕に期待します。

もう一つ、ダムの事故は日本も結構あると思うのだが、世界から見ると多分少ない部類では無いか。
そして古い話と思うが、日本統治時代の朝鮮に作った水豊ダム、これを朝鮮戦争時にアメリカ軍が空爆したが破壊に失敗。日本の当時の技術の優秀さが証明された事例がある。この件はその前第二次大戦中、ドイツのダムをイギリス軍が空爆し破壊した事例と絶えず比較されているが、多分ダム関係者の間ではこんな時こそ日本だ。そんな意見の出る要因の一つではないかと思う。
その水豊ダムを作った久保田豊は戦後日本工営の初代の社長になり、ラオスの最初の大ダムであるナムグムダムを作った

ナムグムダム
2018-8-26ナムグムダム 

ラオスの水力発電は1956年、熊本県阿蘇出身の久保田豊氏(当時66歳)がラオスのスファヌボン殿下(後の現政府の国家主席)に提案したことが始まりだった。セタパレスホテルでの会合の席で、スファヌボン殿下から「ビエンチャンの電力が不足して困っている。良い知恵があったらお借りしたい」と問われた久保田氏は、「ラオスには山もあり水も豊富で、水力発電ができます。水力発電をお考えになってはいかがでしょうか?」と助言した。これが、ラオスの経済発展において重要な意味を持つ提案となった。
https://www.data-max.co.jp/2014/03/24/post_16456_ik1.html


ちょっと参考までに今から20年近く前、私のタイ時代の初めころ、タイ東北部のラオスとの国境の町ノンカイからメコン川(タイラオス国境)とそこを渡る送電鉄塔。
2018-8-26ノンカイからメコン川を渡る送電鉄塔 
一寸薄くて見にくいですが画面中央に送電鉄塔が見えます。
タイ側ノンカイの町は夜となれば煌々と明かりがつきますが、対岸のラオス側は真っ暗。
でも昼間よく見ると民家も有るし人が働いているのも見える。この頃の電気は多分ナムグムダムからの電気だったと思います。


最後に本題に戻ります。
今回の国際大ダム会議、東京電力による調査は事前調査で、雨季が明ける10月から本格的調査に入ることになる。その結果がどうなるか待ちたいと思う。結論は見えているけれど・・・。

もう一つおまけ。タイの場合、上座部仏教で雨季は僧侶が出歩かず(遊行せず)寺にこもるものとされ、7月28日のカオパンサー(入安居)から10月24日(旧暦11月で満月の日)のオーク・パンサー(出安居)までがそれにあたる。多分ラオスも同じだと思う。
10月からの本格調査にはこんな信仰上のことも有るのではないか、まあこれは余談です。

  1. ラオス
  2. TB(0)
  3. CM(6)

2018-08-23 15:51

日本の銀行がラオスにカネを貸さなければダム事故も無かった??との噂


 ラオスのダム決壊事故は大惨事なのだが、最近コメント欄で皆さんから奇妙な話を教えていただいた。曰く、ラオスのダム事故は日本の銀行がラオスにカネを支援したせいだという。
出ました! 日本のセイダーズ!!、

ネットの反応はこうである。(注:参考事例として紹介)

2018-8-22アノニマスポストの投稿 
https://twitter.com/anonymous201504/status/1031877765090308096


マジで頭大丈夫か、これで終わりではあるが、ちょっと私の知るところを書いてみます。
主旨は本当に日本の銀行がカネを貸したのかという事。

まず最初にこの件の関連エントリー
「ラオスのダム事故の根は深い」
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1557.html

そしてこれがメコンウォッチ
http://www.mekongwatch.org/PDF/LaosDam_%E5%A3%B0%E6%98%8E_20180731.pdf
メコン・ウォッチ  2018 年7 月31 日
声 明
「ラオス南部のダム決壊で甚大な被害」
「開発には日本からの資金も」

これがパヨクの報道
https://hbol.jp/173229
建設中に決壊したラオスのダムは、日本の資金によるものだった――韓国叩きに終始するメディアが報じるべきこと
志葉玲
2018.08.21
ダム建設に韓国企業が加わっていたことで、韓国叩きの“燃料”に

<引用ここまで>

内容はバカバカしいので、本文は引用しません。まあリンク先を見てください。

尚、裏の桜さんの意見では、この志葉玲という人物、このようなパヨクとは「真性の差別主義者で真性の反日反国家主義者」なのだという。私もまったく同感で実に危険な人物である。だからこそ事実がどうなっているかを皆さんに知っていただきたいと思う。


所でメコンウォッチで見逃せないのがこんな記述なので、ここだけ本文を抜粋引用し問題点を指摘したい。
<以下該当部分だけ>
セピアン・セナムノイ・ダム事業を実施しているのは、①タイと韓国の企業、ラオスの国営企業による合弁会社ですが、②資金面では日本も関与しています。合弁会社に協調融資するタイ銀行団のうち、クルンシィ・アユタヤ銀行は現在、株式の76.88%を三菱UFJ 銀行が保有、三菱UFJ フィナンシャル・グループの傘下にあります(*6)。融資決定は統合前となりますが、現経営陣には最高経営責任者(CEO)をはじめ多数の日本人が加わっています(*7)。同じく、③クルンタイ銀行では時価総額 14 億 8,265 万 6,244 円の株を年金積立管理運用独立行政法人(GPIF)が保有しています。また、GPIF は、合弁会社を構成するラオス国営企業に融資をしている韓国輸出入銀行の債権も時価総額62 億6,814 万2,753 円を保有しています(ともに2017 年度末)(*8)。
<引用終り>


問題点を分かりやすくするため、セピアン・セナムノイ発電事業(PNPC)の概要を説明。

重要ポイントは、この事業はBOTと言って(BOT=Build、Operation、Transfe)契約会社が自己調達資金で建設し、操業して投資を回収、その後(この場合は27年後)設備一式をラオスに引き渡す方式。
普通は工事完了したら設備は発注元(ラオス)に引き渡すと考えるのだが、この場合は違う。このダムは27年間契約会社(PNPC)のモノであるその契約会社(PNOC)は韓国2社、タイ、ラオスの合弁だが、マジョリティは51%で韓国である。だからこの会社は韓国の会社といってもいい

この事故はラオスにある韓国の会社が起した事故という事はこの図でわかる。

2018-8-22PNPC概要 
ソース:https://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&sl=de&tl=ja&u=http%3A%2F%2Fwww.pnpclaos.com%2Findex.php%2Fen%2F&anno=2(ドイツ語です)

 問題点
① タイと韓国の企業、ラオスの国営企業による合弁会社
この表現は正確ではない。
「韓国2社でマジョリティを取った合弁会社で、他の2社はタイとラオス」が正しい。
だからラオスにあるダムだが、現在は韓国が51%持っている会社のものである。

② 資金面では日本も関与しています。
これは嘘です。現にすぐ次の行に
「クルンシィ・アユタヤ銀行(中略)融資決定は統合前となります」と書いてある。

此処でアユタヤ銀行を三菱UFJが買い取った経緯を見てみます。

元々アユタヤ銀行の株はアメリカのGEが大株主として持っていました。しかしGEは前CEOのイメルトが金融からの撤退を決め、株を売却することになり、それを入札で取得したのが三菱UFJでした。2013年6月でした。しかし三菱UFJは完全子会社の為、さらに株を買い増しすることにし、TOB(株式公開買い付け)を実施しました。これが終わったのが2013年12月。結局アユタヤ銀行の子会社化は2014年1月(2013年12月)からという事になります。
(日本人着任=2014年1月、株式取得手続き完了=2013年12月)

そしてこの銀行団によるプロジェクト・ファイナンスは2013年11月28日には契約文書の署名が行われています。多分このプロジェクトとしての最初の融資は2014年2月6日に実行されていますので、この時点でアユタヤ銀行が日本の三菱UFJ傘下ではありますが、これはもう決まっている融資を実行しただけという意味合いです。
これで日本のカネが云々とは言えませんね。嘘吐きしてまで隠したいのは、「この決壊したダムはラオスにある韓国の会社のモノ」という事実です。

③ クルンタイ銀行では時価総額 14 億 8,265 万 6,244 円の株を年金積立管理運用独立行政法人(GPIF)が保有
これも事実かも知れませんが真実ではない。
クルンタイ銀行はタイの国営銀行でタイ国財務省直轄。株の時価総額は昨日(2018-8-22)現在で2683億バーツ(約9068億円)、せいぜい時価総額の0.2%以下を持っているだけ。
こんなことでクルンタイ銀行のやっていることにイチャモンなど云える筈がないですね。


最後のおまけ

アユタヤ銀行はこんなイエローカラーが特徴です。
これは2011年の写真だが、田舎のショッピングセンター内の銀行窓口。平日の午後7時。
2018-8-22アユタヤ銀行シラチャ支店 
土日も含め毎日午後8時まで営業。日本とは違いますね。
  1. ラオス
  2. TB(0)
  3. CM(13)

2018-08-18 19:14

ラオスのダム事故の根は深い

 
 ラオスにダム決壊事故について色々書いてきたのだが、どうもトンデモナイ根の深い話になりそうだ。最初に現地のこの地図から見て欲しい。

これはEUの地球観測衛星の画像、ダム決壊前の7月13日撮影
2018-7-28ダムの衛星写真決壊前 

これは同じく地球観測衛星の事故直後の画像、ダム湖が空っぽになっているのが良く分かる。
この決壊でダム湖の水面は15m下がっていると観測された。
2018-7-28ダムの衛星写真決壊後 

この画像で決壊したダムの右側にもう一つのダム湖が有る。Houay Ho Damという名前。
この辺りに事情についてコメント欄でkazkさんから貴重なご教示をいただいた。このダムについては決壊したダムと構造が似ているし、韓国が噛んでいることも同じ。更に決壊したダムのFSをやったと言われているベルギーの会社も出てくる。

このHouay Ho ダムの概要はこんなもの
2018-8-18houay ho dam 

このダムについてどうにも分からない事。それは上掲断念図でダムの堰堤は右側、しかし導水管は左側に出ている。ダムが出来る前はこの辺り一帯の水は右側に流れ、谷川を作り、最後はセコン川に流れていた(セコン川は最後はメコン川に合流)。しかしこのダムが出来たせいで標高差で700mくらいある水は谷川を通らずに下に流れてしまった。ダム湖から下の川はほぼ枯れてしまったのだろう。途中の川に依存していた灌漑や川魚漁などの漁業は大打撃だろう。まさに無茶苦茶な乱開発と言える。しかも同じことが今回決壊したダムでも起こっている。
此れが私の素朴な疑問だった。


このダムについては英文wikiに記述が有る
https://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&sl=en&tl=ja&u=https%3A%2F%2Fen.wikipedia.org%2Fwiki%2FHouay_Ho_Dam

その中でも興味を引くこと
<以下上掲wikiより自動翻訳し適当に要約>
歴史 
このプロジェクトは韓国の大宇E&C(60%)、 ラオスÉlectricitidu laos(20%)、Loxely PLC(20%)(タイの開発会社)が参加し、1993年に建設開始。これまで未開発だったボラヴェン高原の水力発電開発開始。これはタイで初めてのBOT契約だった。
(注:BOT=Build、Operation、Transferで、契約会社が自己調達資金で建設し、操業して投資を回収、その後(この場合は30年後)ラオス側に設備一式を引き渡す方式。虫のいい話である)

しかしアジア通貨危機で大宇、Loxelyは経営不振に陥り、最終的に 2002年1月、 ベルギーのTractebel Electricity and Gas Internationalとタイの会社MCLが、大宇およびLoxely PLCの株式および債務の80%を1億4000万ドルで購入した。(残りの部分はラオス政府が保有)
  TractabelはGDF Suezの子会社です。 タイの銀行のシンジケートは資金提供を提供し、 ベルギーの輸出信用機関 (ONDD)はTractebelを支援した。 

論争
ベルギーのNGOであるProyecto Gatoは、2004年にOECDの多国籍企業ガイドラインの下で、 Tractebelがダムのために移動するよう強制された人々に適切な報酬を支払わなければならないと主張した。 彼らが流域地域に住んでいたので、12の村からおよそ3,000人が強制的に追い出されて、移住を余儀なくされた。 Proyecto Gatoはまた、移住者が基本的な保健医療、教育用具、医療を利用できるようにTractebelに要請しました。

1994年4月、大宇はプロジェクトの環境社会的影響評価を実施したことになっているらしいが、社会経済状況の基礎調査が不十分だった。

最終的に、Houay Ho集水域のすべての村と隣接するXe Pian-Xe Namnoy水力発電計画の集水域にあるすべての集落が、再定住地に移転された。
しかし現地は少数民族の住むところであり、異なる少数民族をくっつけて住まわせれば紛争が起こる。結果的にこの再定住はうまく行かなかった。

<要約ここまで>


此処で一寸ラオスの民族事情を

ラオス人口約660万人、民族構成は約6割が低地ラオ族、その他アカ族、モン族など49の少数民族。
この内低地ラオ族は広い意味でのタイ族であり、タイ東北部(イサーン地方)と同じ。言葉もタイ語の東北方言(イサーン語)と全く同じである。また宗教も上座部仏教で同じ。
この主流派のラオ族と少数民族が如何して暮らしているかというと、彼らは永年住むところの標高で住み分けてきた。

この件はタイ族・ラオ族の故郷中国雲南省での西谷大氏の調査レポートによれば、山間の谷間では一番下の谷川沿いの平地はタイ族、そこから標高にして200m~300mくらい離れていろんな少数民族が暮らしている。この違いは彼らの生業の違いであるという。谷あいの低湿地で稲作をするタイ族(ラオ族)、傾斜地での棚田をする民族、急傾斜地での陸稲栽培、さらには谷川での漁業等など。
今回のボラヴェン高原も標高が1000m前後で気温は年間で最低10℃~最高30℃位の冷涼な所。
そんな所でいろんな少数民族が適当に離れて暮らしていた。それを無理やり移住させたのであろう。
軋轢が起こる訳である。
なおこのボラヴェン高原の住民、今から100年前のフランス統治が始まった頃は農業をしていなかったのだという。そんな所にコーヒー栽培を教えたのはフランス人だったという。

こんな事を知れば、少数民族の定住、自立にはとんでもない時間と労力がかかるのは想像できると思う。


一寸話は変わります。

此処にアメリカのサンフランシスコ工科大学からラオス政府に今年1月に提出されたこんなレポートがあります・
SUSTAINABLE HYDROPOWER MASTER PLAN 
FOR THE XE KONG BASIN IN LAO PDR
FINAL REPORT

Submitted to
Government of Lao PDR
Submitted by
Natural Heritage Institute, San Francisco, California
In Association with the National University of Lao
January 2018
2018-8-18xekong.jpg 

全文は200頁以上あり、私の乏しい頭では拾い読みするだけでも大変。
しかしこのボラヴェン高原をとりまくXe kong川流域の環境問題やダムにより移住させられた人たちの生活の再建はさらに大きな問題となると思う。

そんな所に今回のダム決壊事故である。

この事故が環境問題に火をつけたのは間違いないだろう。


さらにもう一つ厄介な問題が有る。

Xe Pian、Xe NamnoyダムはBOT方式で建設されてきた。BOTとは、Build、Operation、Transferで、契約会社が自己調達資金で建設し、操業して投資を回収、その後(この場合は30年後)ラオス側に設備一式を引き渡すというもの。

しかし今回の事故で完成できなくなった。しかし借入金の返済は待ったなしで始まる、又は始まっている筈である。残念ながら需要家のタイからの支払いは(当たり前だが)無い。間もなくSK建設は資金繰りに窮することになる。この事故直前、4か月早く完成したからと言ってボーナスを2000万ドル(約22億円)せしめた、そのしっぺ返しで同じ額だとしても毎月500万ドル支払わねばいけない。

こんな事になると韓国流は会社を倒産させ、役員はトンズラ。あとは知らんとなるのだが、残念ながらこのSK建設、トルコのダーダネルス海峡大橋も受注している。そう簡単にはトンズラできない訳だ。
これは昨年始めの記事だが
トルコ海峡橋、韓国勢と契約 日本のインフラ輸出に課題 
2017/3/16 

所で韓国のつり橋と言えば李舜臣大橋、あの揺れて困る橋です。
「揺れる橋の話<オマケ、凄いデータが出てきた<アニメ画像・グラフ追加しました」

そしてこの揺れて困る橋を設計したのはどこか?、これはコメント欄でテラサンさんから情報をいただきました。テラサンさんどうも有難う御座いました。
所でその設計した会社ですが「維信」という名前の会社で、この会社が今回のラオスのダムの設計もやっているようです。多分トルコの件にも絡んでいるでしょう。

何か「因果は巡るよ どこまでも・・・」、そんな思いのする話です。

さてトンズラも出来ないK国さん、これからどこへ行くのでしょうか。
それにしても事故から3週間以上、現地は雨季で困っているようです。

これはヴィエンチャンタイムズの最近の写真
2018-8-18vientienetimes.jpg 

  1. ラオス
  2. TB(0)
  3. CM(12)

2018-08-15 09:27

NHKは救いようのないくらい終わった<和田政宗氏の話です


 NHKは終わった。「犬アッチ行け」などとネットでは言われているし私の持論でもある。
しかし「NHKは終わった」と言ったのがNHK・OBで現職の国会議員(自民党)となれば話は別だ。丁度今日は8月15日、「嗚呼、一億号泣の秋(とき)」から73年目だ。
オッと、「一億号泣の秋」とはあの捏造と虚報で知られる朝日新聞が73年前に言った言葉である。
*以下追記します(注:朝日新聞の正確な紙面の言葉は以下参照ください)
「朝日新聞が号泣…全国紙の「1945年8月15日」を読み比べてみた」 2018-8-15
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/57005
8月15日の新聞は、玉音放送に合わせるため、午後に印刷・配達された。そのため、生々しいレポートが掲載できた。その朝日の社説は「一億相哭(そうこく)の秋(とき)」。「相哭」は「みんなで泣く」という意味。まあ別に号泣で問題ないと思います。


そしてついに今年からは日本のゴミメディアでも東京裁判史観やコミンテルン史観に毒されない報道がチラチラ出てきたことでも記憶される年でもある。

先ずは最初に和田政宗さんの話から

<以下BLOGOSより引用>
和田政宗2018年08月12日 14:57
NHKは救いようのないくらい終わった

 もうNHKはメディアとして死んでいるというのが、昨年からの第二次大戦に関するNHKスペシャルの流れ。

独自の検証もせず、ソ連側の主張や米軍の「戦犯」裁判の資料を一方的に肯定している。

しかも姑息なのは、「アメリカの戦犯裁判資料などによると」とコメントを打ち、「事実か?」と聞かれた時に「引用です」と逃げられるようにしている。

丹念な取材で事実を明らかにするのであれば、視聴にも傾聴にも値するが、これを放棄した番組作りをしている。

もう私もNHKは擁護しない。

NHKはメディアとして死んでおり、何にも左右されず事実に基づいた公正な報道を行うとしての受信料徴収の根拠を失っているのではないか。

<引用ここまで>


その「昨年からの第二次大戦に関するNHKスペシャルの流れ」について、色んな書物などで事実はこうだった、こんな事が徐々に拡散してきた。
その総まとめとして、コミンテルンの研究家で知られる江崎道朗氏が近著でたいへん面白いことを言っている。
『日本占領と「敗戦革命」の危機』 江崎道朗

実はこの著作は8月18日発売の為、私も予約発注しているものの現物は読んでいない。
しかし宮崎正弘氏のメルマガに書評が載っているので概略は分かる。73年前の8月15日を考えるうえで多変興味深い本と思うので、その宮崎氏の書評を紹介したい。

<以下引用>
 書評 宮崎正弘氏のメルマガより  

 トルーマン政権内部でも占領政策をめぐっての確執があった
   最後にウィークジャパン派が敗退して日本の共産化が回避された秘話

2018-8-15江崎道朗の近著 

参考:動画はこれ



 あわや、日本にも全体主義国家に転落する危機が現実にあった。敗戦と戦後の秘話である。
 日本が北朝鮮や中国の全体主義体制のように「地獄」に陥落し、愛に満ちた日本社会を破壊し、大切な人間性を踏みにじり、独裁権力のために個人を犠牲にする。
そうした自由のない社会を画策する動きがあった。
国際的な謀略組織コミンテルンが潜り込ませた工作員達が、FDR政権を引き継いだトルーマン政権に陣取り、しかもGHQに浸透していたのだ。
その経過は百も承知してきたが、本書の特徴は新しい観点で現代史を見直したこと、もう一つは「ヴェノナ文書」など新資料がふんだんに駆使され、より迫真性に富むことである。
 そもそも共産主義は、まともな軍事力で敵を薙ぎ倒すなどという正攻法を用いない。もっとも卑劣な手段を講じて国家を簒奪するのだ。
 それは「(1)自国政府の敗北を助成する(2)帝国主義戦争を自己崩壊の内乱戦たらしめること(3)民主的な方法による正義の平和は到底不可能なるがゆえに、戦争を通じてプロレタリア革命を遂行すること」だと江崎氏は解説する。
 つまりコミンテルンの戦略とは、第一に日米英を戦わせる第二にとくに、米国を用いて、日本を敗北させ第三に日本を混乱させながら共産革命政権を樹立し『戦争は手段、目的は革命』と実行するのだ。
日本を全体主義国家に転落させ、共産主義の独裁権力をもって人間を支配し、日本人をロボット化させて、革命の奴隷とすることにコミンテルンの目的があった。
 だからルーズベルト政権にはおよそ300名のコミンテルンの工作員が紛れ込み、対日強硬外交にアメリカを誤導し、真珠湾攻撃を誘発し、戦争後は日本に共産革命政権を樹立することにあった。
 しかし米国政権にはコミンテルンの謀略を見抜き、反対した勢力があった。FDR政権内部、そして敗戦後日本を占領したGHQの内部でウィークジャパン派とストロングジャパン派の死闘が繰り広げられていた。
 このGHQの内部抗争に関しては林房雄が『緑の日本列島』や『池田勇人』で、最初に指摘したが、日本の論壇はとくに注目もしなかった経緯がある。

 コミンテルンが最初に手をつけたのは日米和平交渉の妨害だった。暗号通信を読み取り、徹底的に妨害したのだ。
 これも多くの証言や資料が戦後でてきたため、おおよその全貌が明らかとなったが、「ヴェノナ文書」の公開により、より確定的な、強い証拠が揃ったのである。
 驚くべきは大東亜戦争の開戦から僅か三ヶ月して、アメリカでは日本の戦後処理を検討する特別チームが組織化されていたことである。
 もっと驚くべき事実を江崎氏はさりげなく挿入する。
 「OSSは、全米の俊秀を集めた頭脳集団であったのだが、多数の共産主義者が深く浸透していた。共産主義者の浸透に警戒していたにもかかわらず入り込まれた、というわけではない。共産主義者を積極的に迎え入れたのだ」(92p)
 OSSとはCIAの前身である。なんとCIAは誕生時に、反共ではなく、容共だったとは! 
 敗戦の土壇場のポツダム宣言受諾交渉は、複雑な駆け引きが秘密裏に展開されていた。この経緯も殆ど知られていない。
 無条件降伏、天皇制解体というのが当初のアメリカの占領計画だったのだ。
ウィークジャパン派(ヒスやハル、ホワイトら)とストロングジャパン派(グルー国務次官等)の死闘は、この天皇制解体が是か否かをめぐるもので、圧倒的に共産主義側が強く、トルーマン大統領も、この基本線で固まりかけていた。
 ヒス、ホワイトらウィークジャパン派の陰謀を粉々に砕いたのは、結果的に日本軍の鬼神も涙するほどの死闘だった
ペリリュウ島でアンガゥル島で、硫黄島で、沖縄で。日本のあまりにも強靱な反撃と死をも恐れぬ民間防衛とによって、アメリカ兵の犠牲は鰻登りとなった。アメリカは怯んだ。日本の軍人の強さに怯懦(きょうだ=臆病で気の弱いこと)が生まれ、ストロングジャパン派の勢いが増す。
 他方、北海道も盗もうとするソ連軍を食い止めたのは占守(しゅむしゅ)島の死闘だった。ソ連軍に多大な犠牲を与え、これによって日本は南北に分断された朝鮮半島のような国家分裂という悲劇、全体主義国家への転落を食い止めることが出来たのだ。
 同時にトルーマンが目撃していたのは、味方の筈だったソ連軍が東欧に電光石火と軍を進め、1944年二月から十二月にかけてバルト三国、ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリアが、そしてバルカン半島でもユーゴスラビアとアルバニアが次々と共産化されてしまったという『あり得ない現実』だった。
 ソ連に対するアメリカの認識は激変した。
 もう一つ重要な要素は、昭和天皇のインテリジェンスだったことを江崎道朗氏は適格に指摘する。
 すなわち陸軍参謀本部からあがってくる情報いがいのルートを昭和天皇はお持ちだった。その決定的な情報がアフガニスタンとダブリンの在外公館からとどき、参謀本部を通さずに天皇陛下にもたらされた。
トルーマンは、無条件降伏から有条件に転換し、天皇制を守護する方針に切り替えていたことを昭和天皇は事前に掴んでおられたのである。
そのうえで「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び」、「進んでマイクに立つ」と仰せになり、またマッカーサーとの会見では、この身はどうなろうとも日本民族の滅亡を避けるという断固たる決意を示されるに到った。
共産革命を目前と計測した日本の共産主義者らが企んだゼネストはマッカーサー命令で回避された。日本の共産革命は不成功に終わり、全体主義国家への転落は、こうして回避できたのである。

<引用終り>

  1. マスコミ
  2. TB(0)
  3. CM(4)

2018-08-11 09:55

ラオスのダム事故<決壊前後の映像が出てきた


 ラオスのセピアン・セナムノイ水力発電プロジェクトの内、サドルダムD決壊事故について、是非とも見たかった映像が出てきた。ダム工事中の映像と決壊後の惨状が良く分かる映像である。

この件はコメント欄でkamosukeさんから情報をいただいて分かった。kamosukeさんどうも有難う御座いました。

さてその映像だが、多分どこかの内部情報の分かる方が「ホィッスルブロアー」となって匿名でネットのまとめサイトに投稿したものと推測。そこでその写真全部を投稿者のコメントも含めてそのまま掲載します。
私のコメントなどはその写真紹介の後に記します。


最初に情報ソース
http://matometanews.com/archives/1906646.html
https://log2ch.net/read.php/news/1533653750/

以下その写真です。ソース記事には番号が付いていませんが、分かりやすくするため写真1~13と番号を振りました。


では早速その写真を順に

写真1
2018-8-9サドルダムD1 
画像ソース:https://i.Imgur.com/TKtmxXt.jpg 

写真2
2018-8-9サドルダムD2 
https://i.imGur.com/NjAT6Jo.jpg 

写真3
2018-8-9サドルダムD3 
https://i.imGur.com/82ZYCjR.jpg 

写真4
2018-8-9サドルダムD4 
http://5b0988e595225.cdn.sohucs.com/images/20180729/5158ebf80d5946a8ab5105eb63bdd3df.jpeg 

写真5
2018-8-10サドルダムD5 
https://i.imgUr.com/uFkwgcY.jpg 

この画像は欧州連合(EU)とヨーロッパ宇宙機関(ESA)が運用する地球観測衛星Sentinel-1(センチネル-1)によるもの。このダム決壊前の映像は2018-7-13のもの。
以下参照ください
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-date-201807.html
又は
http://www.cesbio.ups-tlse.fr/multitemp/?p=13872

写真6 (決壊後)
2018-8-10サドルダムD6 
https://i.imgUr.com/AhQ6KKv.jpg 

このダム決壊後の映像は同じく地球観測衛星Sentinel-1によるもので、2018-7-25撮影
尚この映像はカラーになっているが、元の映像は合成開口レーダーの画像なのでカラーではない。
多分この関連の画像との辻褄合わせで色を付けたのではないかと推測します。
(他の航空写真がカラーなのに、これだけが白黒では迫力がない???)



写真7
2018-8-10サドルダムD7 
https://i.imgUr.com/EaaYvtD.jpg 

写真8
2018-8-10サドルダムD8 
https://i.ImGur.com/uAdW3wr.jpg 

写真9
2018-8-10サドルダムD9 
https://i.Imgur.com/TKtmxXt.jpg 

写真10
2018-8-10サドルダムD10 
http://www.iacea.com.ar/notice/00501668_2018072920180730075819.JPG 
引用者注:この画像を300%~500%に拡大すると傘をさした人物が見えます。またその左下に農民らしき人が作業しているのも見えます。
長さ770m、高さ25m、(最上部で)幅5mほどの巨大な堤防はほぼ消えて居ます。

写真11
2018-8-10サドルダムD11 
https://img.sbs.co.kr/newimg/news/20180802/201212163_1280.jpg 

写真12
2018-8-10サドルダムD12 
https://i.imgUr.com/VHRIcMb.jpg 

写真13
2018-8-10サドルダムD13 
https://i.ImGur.com/0WQOSqg.jpg 


これで全貌が分かりました。しかしダム決壊は実にとんでもない結果を生んだようです。
8月4日のエントリーで書きましたが、このダム湖は周囲を絶壁で取り囲まれた山の上の盆地に水を貯めるもの。
こんな風ですね。
2018-8-4ラオスのダム事故現場周辺の地図

この山の上の大貯水池は東へ「セナムノイ川」、西へ「セピアン川」が流れていた。つまり山の上の盆地に降った雨は二つの川で東と西に分けて流していた。しかし今回の事故で、「盆地に降った雨の大部分はサドルダムD跡地に出来てしまった大きな谷川に流れるようになった」、こんな事が言えると思う。
つまりダム決壊で川の付け替えまでできてしまったことになる。

意図せぬ川の付け替えは下流域の治水・利水・道路橋梁などにも多くの影響を与えるものと思われます。今後の事故調査ではSK建設の余りにも杜撰な設計管理施工が問題になるでしょう。

また今の所問題の出ていない二つのメインダム(セピアンダム・セナムノイダム)も本当にロックフィルダムなのかどうかまで調査されると思います。
全面的なやり直しとなれば、損説費用の何倍もの費用が掛かりますが、数字が大きすぎて、訳が分からないですね。

また建築費用もメインはタイの銀行4行の融資ですが、下手するとタイの銀行がぶっ飛ぶかもしれません。
君子危うきに近寄らず。矢張り非韓3原則(助けず、教えず、関らず)ですね。
  1. ラオス
  2. TB(0)
  3. CM(17)

2018-08-07 20:06

ぜんめ


 毎日無茶苦茶暑いですね。連日38℃、39℃ 所によっては40℃なんてな話もあるくらいで、目下夏バテ状態です。

それでも今日は立秋、
それとは全く関係なく、この季節の当地方の味。「ぜんめ」という魚。

当地方での呼び名は「ゼンメ」、でも一般的には「ヒイラギ」

2018-8-7ぜんめ 


実はこの魚、大変おいしいのですが何せ小さくて食べにくい。魚釣り好きの人がキス釣りの外道として「キスが釣りたかったのにゼンメばっかりだ」とぼやくような魚。
だから魚屋とか食品スーパーにはほとんど出回りません。でもこのゼンメは偶然当地の食品スーパーで見かけたもの。鹿児島県産と書いてありましたが、多分こんなゼンメを食べる習慣のある地方は稀なので、当地に回ってきたものと思います。

まあ、何はともあれ、美味しいものを食べて夏バテ解消を図らねば。
  1. 日常の話題
  2. TB(0)
  3. CM(2)

2018-08-04 16:51

ラオスのダム決壊<FSから問題があるのでは?


 ラオス南部のダム決壊事故は大惨事なのだが、どうにも問題点が良く分からない。
そんな折、コメント欄でkazkさんから貴重な情報をいただいた。このダムはドイツ語版のwikiに出ていると。
ドイツ語版wiki
https://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&sl=de&u=https://de.wikipedia.org/wiki/Xe-Pian_Xe-Namnoy_Hydroelectric_Power_Project&prev=search
 
そこで大体全貌が見えてきたのだが、どうもこの問題はプロジェクトの最初の段階であるFS(フィジビリティ スタディ<feasibility study>、「実行可能性調査」「企業化調査」といわれる)から問題含みでは無いかと思うので、そんな所を纏めてみた。


最初にこのプロジェクトの全体像を見てみたい。
これはダム周辺の地図だが、立体的に見えるのでわかりやすい。

2018-8-4ラオスのダム事故現場周辺の地図 
http://www.pnpclaos.com/index.php/en/project/project-in-briefより加工

現地はラオス最南部である。大まかな場所を言えば、日本からタイのバンコクへ行く航空路が南シナ海からベトナム中部のダナン市上空、ラオス第二の都市パクセー市上空を通ってバンコクに向かい、まもなく降下していきますが、そのパクセーの少し手前左側(南側)にあたります。また現地はボーラウェン高原 (Bolaven Plateau)の一部でもあります。

上掲地図で分かりますが、現地のアッタプー市辺りは標高100mくらいですが、そこから急峻な崖で、山の上は周囲を1000mくらいの山に取り囲まれた盆地。盆地の中は標高800m~900mです。
この盆地から二つの川が流れだしていまして、東に向かうのがセナムノイ川(xe namnoy)、西に向かうのがセピアン川(xe pian)、この高原に南北に二つのダムを作り、南側がセナムノイダム、北側がセピアンダム。そしてこの二つのダムを中央のセナムノイ川とセピアン川の分水嶺に当たるところに地下導水管を敷設、セナムノイダム、セピアンダムを一つのダムとして運用、ダムの水は盆地の縁の導水管で高原の下に落として発電する。こんな凄い話、見たことも無い大規模プロジェクトです。

これがメインのセナムノイダム(xe namunoy)
2018-8-4xe namnoy dam 
ロックフィルダムです。左側に見える洪水吐(余水吐)は地山に設けられている。
(構造上ロックフィルダムは越流させられない、それで地山に洪水吐を設置)
この洪水吐の位置でダム湖の満水レベルが決まります。
尚ネットではこのダムが決壊したダムだという話が色々ありますが、このダムは決壊していません。決壊したのは上掲図にありますが、左側にあるサドルダムDです。

これがもう一つのメインダム、セピアンダム
2018-8-4xe pian dam 
このダムは洪水吐は重力式ダム、それ以外のダム本体はロックフィルダムになっている。

此処からもう一つの厄介な問題が見えてきます。メインのセナムノイダムの放流水はセナムノイ川に出ていきますので、高原の東に流れます。
もう一つのセピアンダムの放流水はセピアン川に流れますので、高原の西に流れます。
そしてメインのセナムノイダムのサドルダムは左を向いているので、サドルダムが決壊するとダム湖の水は大部分西側に流れます。つまりダム湖の中に分水嶺が有るという不思議な構造、それがセナムノイダムという事です。

今回のダム決壊事故はセナムノイダムが出来て、従来流れていた谷川が全く枯れてしまった。そこにサドルダム決壊で以前なら山の向こう(東側)に流れていた水まで全部小さな谷に押し寄せたというものでした。
地元の人がこんな難しい話など知る訳ありませんね。
被害にあわれた方にはお気の毒としか言いようも有りません。


こんなダムで洪水調整をどうするかですが、こんな図で分かります。

2018-8-4ラオスのダムの断面図 ダムの水位調整は満水水位はダムの洪水吐、それより下げるには発電所用の導水管(直径4.4m~5.0m)で水を抜く構造です。(他にあるかどうか調べたが分からない)


さてその決壊したサドルダムDですが、災害当初からこんな写真が出まわっていました。

2018-8-4ラオスのダム決壊直前の様子 

しかし何時何処で撮られたものか分からないのでブログに取り上げませんでした。今回その出所が分かりました。
このダムは長さ770m、高さ25mで一見ロックフィルダム風ですが、土を盛り上げただけのアースダム(アースフィルダム)
ダム決壊寸前で約1m沈下している。

「ラオス決壊は土のダムで越流させた設計と管理ミス」
団藤保晴  | ネットジャーナリスト、元新聞記者 8/1(水) 6:00
https://news.yahoo.co.jp/byline/dandoyasuharu/20180801-00091429/

これが決壊直後の写真と日本式と韓国式の比較

2018-8-3ラオスのダム日本式と韓国式比較 
実はこの図もネットで匿名さん投稿のものとして当初から出回っていました。多分事情をよくご存じの方が匿名で実態を告発したものと思います。

日本側は堅牢で強固な方式【総合型ロックフィル方式】を提案、50年保証もつけて見積もりを出していた。一方、韓国企業が日本方式より簡素な【普通のアースダムロックフィル方式】を提案、日本の見積もりの1/3の金額で日本より短期工期ということで入札。SK建設は計画より4ヶ月前倒しして工事終了。2000万ドルのボーナスを受け取ってしまっています。

所でこのダムにはもっと致命的な欠陥も有ったようです。
参考までに日本のアースダムの代表として愛知県の入鹿池を見てみます、江戸時代初期の1633年完成、溜池としてはわが国最大貯水量だそうです。

2018-7-31入鹿池と明治村 
入鹿池と左側が博物館明治村。遠くに見えるのは御嶽山です。

これが入鹿池堤防
満水水位から約6m上が堤防上面になるように洪水吐(余水吐)で管理しています・
2018-8-4入鹿池堤防 

この入鹿池、200年以上大事故は無かったのですが、江戸時代最末期の慶応4年(明治元年)、「入鹿切れ」と呼ばれる決壊事故を起こし、死者が千人近い大惨事になりました。
今年がその150年目で慰霊祭が行われています。
「入鹿切れ 150年忌法要 犬山 /愛知」
https://mainichi.jp/articles/20180412/ddl/k23/040/162000c

この入鹿切れではこんな重さ15トンもある巨石が流れてきました。現在も悲劇を記念する記念碑になっています。
2018-8-4入鹿切れ流石 
http://www.aichi-c.ed.jp/contents/syakai/syakai/owari/owa0050.htm
余談:レンホーにもこんなものを見せて、頭を小突いてやりたいですね。100年200年に一度というのは今目の前で起こることなんだよと。


一寸余談が長くなりました。私が言いたいのは粘土を盛り上げたアースダムでも決して悪い訳ではありません、しかし問題は粘土を如何に締め固めるか、この一点に成否がかかっています。

しかしラオスのダムは堤防上面から満水水面まで1m位これでは水が堤防を越える「越流」が起きて下さいと言わんばかり。しかも粘土の締固めにも疑問符が付きます。
それに私は専門家ではありませんが、このサドルダム、水位の調整ははるか向こうのメインダムの洪水吐のみ。
サドルダムからメインダムまでは2.3キロは有ると思うのですが、一般に水路設計などで円滑に水が流れるためには千分の一(1キロで1mの高低差)は必要と言われ、若しサドルダムで何らかの理由(局地的豪雨や支流の流入など)で水位が1m上昇すると、例えメインダムゲートを開けても、「水は仕方ねえなあ、まあボチボチ行くか」で簡単には水位は下がりません。この設計は恐らく致命的なミスでしょう。

堤防の締固めについては、日本最古の貯水池「狭山池」に敷葉工法(しきはこうほう/葉のついた枝を土留めに使う工法)が使われているなど、凄い技術が見られます。
狭山池


こんなことで日本にはいろんな歴史と技術の積み重ねが有るのですが、そんな事は韓国には期待するほうが無理ですね。

最後にFSの話です。こんな巨大な建築物は最初に狙ったいろんなことが狙い通りに出来たかどうかをキチンと検証する必要があります。
例えば計画した雨量に対し実際はどうだったのか、水位の上昇はどうだったんか、こんな事をきちんと調べ、ダム管理につないでいく必要があります。
FSが重要なのは此処なのです。

しかもこのFSはベルギーの会社がやったと聞きました。多分ドイツも発電機や送電などで沢山関係していると思います。

韓国のスタッフにFSを理解できる人がいたでしょうか。ダムの貯水を始める段階で、あちこちの変異や応力などを当然調べるべきですが、そんな気配も見当たらないですね。

此処からは私の藪にらみ、独断と偏見ですが・・・。
FS段階で非常に高価な構想なので、日本の見積もりでは採算が全く合わない。そこでコリアを焚きつけて価格を叩きに叩いた。結果日本の3分の1の価格で何とか採算が合うようになった。
しかしこれは実にヤバイ。コリアにこんな難しい事が出来るだろうか。そこでドイツやベルギーは発電機やタービンをコリアに売りつけてさっさとトンズラ。そうしたら案の定ダムが崩壊した。以上私の独断と偏見、妄想でした。

計画の大本から問題だと思います。
尚このプロジェクトはBOT(Build Operate and Transfer)方式ですので、建築後27年間は運営会社が稼ぎ、その後ラオスに移転する計画なので、ここにも問題がありそうです。

  1. ラオス
  2. TB(0)
  3. CM(4)