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2017-12-31 16:26

中国の原発


 この1週間、酷い風邪をひきまして、飯もろくに食べずに寝ていました。
しかしいつの間にやら世間は大みそか。これではいかんと何とか起きだしてきた次第。
コメントの返事も遅れていますが、そんなわけですのでご了承を。

という事でこの一年、拙いブログにお付き合いいただき有難う御座いました。
来年もよろしくお願いいたします。


所で中国のEVに関してどうしても気になるのが電力問題。しかしそんな事は日本では殆ど報道されない。そこで2014年の記事だが、この当時で中国は273基もの原発建設計画を持っていることが分かっている。こんな記事を紹介し、この一年の最後のエントリーといたします。

では2014年7月のウェッジより、この関係記事を紹介します。

この原発問題はこの記事冒頭にズバリと指摘している
【福島第一原発事故後、反原発ムードや将来が見通せない現状に嫌気が差し、多くの原子力エンジニアがその職を捨てている。そんな日本を尻目に、隣国・中国では国家の強力な後押しにより、原子力が発展している。中国で話した原子力エンジニアは自信に満ち溢れていた─。】

これです。日本がモリだカケだの蕎麦屋騒動に一年明け暮れている間に、日本がどんどん蝕まれているのです。この一年痛感しました。世界は腹黒いと・・・。
ではそのレポートです。



<以下引用>
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3966

WEDGE REPORT
2014年7月7日
原発建設計画270基超 
日本を凌駕する中国の原子力に依存する日
中国“最新鋭原発”潜入ルポ
伊藤 悟 (Wedge編集部) 


福島第一原発事故後、反原発ムードや将来が見通せない現状に嫌気が差し、多くの原子力エンジニアがその職を捨てている。そんな日本を尻目に、隣国・中国では国家の強力な後押しにより、原子力が発展している。中国で話した原子力エンジニアは自信に満ち溢れていた─。

原発建設計画270基超
日本を凌駕する中国の原子力計画
原子力大国へ突き進む中国が誇る最新鋭原発の地に、海外メディアとして初めて足を踏み入れた。現地取材で見えてきた中国原子力の実態とは─

2017-12-31中国の原発1 
中国では273基もの原発建設が計画され、沿岸部を中心に各地で建設ラッシュが起こっている(REUTERS/Aflo)

 「日本在技术方面可能做得比较好、但是在运行管理方面还不够严格(日本は技術はよいかもしれないけど、運転管理の厳格さが足りないね)」

 中国で原子力エンジニアを取材していた際に、彼らの口から発せられた“上から目線”の発言である。

2017-12-31中国の原発2
中国で計画されている原子力発電所

 いま、中国の原子力業界が隆盛を誇っている。運転中の原発19基に加え、建設中は29基、計画中はなんと225基にも及び、すべて足すと273基、2億8138万kWという驚異的な規模になる。日本は現在すべての原発が停止しているが、48基4426万kWが検査・停止中であり、先の見通しも立っていないことから、既に中国に数の上で抜かれているともいえる。

 2050年までに4億kW分の原発を建設するという調査もあり、1基100万kWとして400基分、現在、世界で運転中の原発すべてを足しても3億8800万kW程度であることを鑑みると、中国がいかに原子力に注力しているかが分かる。

 現在世界で商用炉として稼働しているのは軽水炉であるが、中国は軽水炉に限らず、高速炉、高温ガス炉、トリウム溶融塩炉、進行波炉、原子力船に軍事的な開発まで、原子力に対してあらゆる研究開発を行っている。国家が「将来の発展分野」と位置付け、強力に支援しているのだ。

 「実際にものづくりをしているところの技術力がもっとも高くなることを考えると、中国はこれから伸びていくでしょう」元東芝の原子力エンジニアである東京大学の諸葛宗男非常勤講師はそう話す。

 これだけ将来にわたって仕事があれば、働きたいと思う人が集まってくるのは自然な流れである。中国では数年前まで片手で数える程であった大学の原子力学科数が、いまや50程の大学で設けられているという。清華大学などの上位校でも、原子力学科は人気で、原子力業界には優秀な若者が続々と入ってくる。「名を出すのは絶対にNG」ということであったが、ある大学の教授は「原子力学科の人気は高い。学生だけでなく一般人向けの講座も盛況だ」と教えてくれた。

 「原子力発電関連の国有企業では、基本給以上に手当がつき、なかには結婚、出産、子どもの教育費用なども支給されるところがあります。こうした労働条件は、中国でも指折りであるため、学生から非常に人気があります」(原子力事情に精通する中国人)。

 中国では若年層の失業が深刻で、家賃の安さを求めて、アパートの地下の部屋などで暮らす若者「鼠族(ねずみぞく)」が数多く存在する。仮に上位校に入ったとしても、卒業時に世の中のニーズがない専攻だった場合、鼠族となってしまう。

 その点国家が重要政策として推し進め、長きにわたって仕事が保証されている原子力業界は、当然人気の職種となる。

 労働条件や将来性以外の魅力もある。PM2.5に代表される大気汚染は深刻な問題だが、主要因である火力発電に比べ、原子力発電は「クリーン」であり、環境対策としても社会から必要とされている、という話を中国で耳にした。経済発展をエネルギー面で支えることや、環境問題を解決することなどの、夢や使命感もある。

2017-12-31中国の原発3 
大気汚染が深刻な中国では、「クリーンエネルギー」として原発に寄せられる期待が大きい(imaginechina/Aflo)

 ここ十数年の間、電機や半導体など、いくつもの産業で、日本企業が中国や韓国企業の後塵を拝す姿を目の当たりにしてきた。原子力がそうならない保証はどこにもない。「近い将来中国の原子力技術は世界一になるでしょう。これまで技術を受け入れる側でしたが、今まさに転換期にあり、これからは発信する側になります。輸出も増えていくでしょう」(中国原子力事情に詳しい帝京大学・郭四志教授)。

 安倍政権は成長戦略で原発を含むインフラ輸出を目論んでおり、首相によるトップセールスも展開している。「中国は日本の7割ぐらいの価格で建設できるでしょう」(前出の郭教授)という通り、コストで中国に対抗するのは難しいが、技術力に一日の長がある今はまだ勝負になっており、実際にトルコから受注を果たした。しかし、技術力で上回られた暁には、輸出が極めて困難になるのは想像に難くない。

海外メディア初
建設中の最新鋭原発取材

 山東半島の東端に位置する山東省栄成市。漁業の町らしく黄海へ向かう片側2車線の道路の歩道側1車線には、アスファルトを覆い尽くすように海藻が数百メートルにわたって干してある。「これは対岸の韓国に送って化粧品にするのよ」この土地の住民だというおばさんが教えてくれた。近くの高台に目をやると、のどかな土地に似つかず、武装警察が目を光らせている。

 ここには世界の原子力関係者が注目する、中国原子力躍進の象徴がある。電力会社である中国華能集団公司(華能集団)のグループ企業が建設を進める石島湾原発である。

2017-12-31中国の原発4 
石島湾原発のゲート。「華能山東石島湾原子力発電所」と書かれている
(Wedge)

 原発というと水を冷却材として用いる軽水炉が知られているが、山東省に建設中の原発は、高温ガス炉と呼ばれるタイプのものである。仮に電源供給が止まったとしても、自然に止まって冷え、炉心溶融を起こさないという安全性の高い原発である。アメリカ、韓国なども研究開発を進めているが、もっとも研究が進んでいるのは実は日本で、茨城県大洗町に日本原子力研究開発機構の有する高温工学試験研究炉がある(高温ガス炉の詳細は本誌参照)。


 山東省で建設中の原発は、商用炉手前の実証炉1基(2モジュール、計約20万kW)で、これが完成した暁には「高温ガス炉の分野で、中国が日本を上回る」(中国事情に詳しいテピア総合研究所の窪田秀雄氏)という状況になる。完成は17年を予定している。

2017-12-31中国の原発5 

 胡錦濤前国家主席も訪れたこの施設に、海外メディアとして初めて取材をした。安定地盤を求めて、地下18.4メートルまで掘り下げたところに、5基のクレーンがそびえ立ち、600人程の作業員が建設を進めていた。

 「高温ガス炉の実用化を目指している。応用の部分で優れている日本とは連携を深めたいと思っている」と胡守印副総経理(副社長)は話す。中国は核燃料サイクルのカギとなる高速炉の開発も行っているが、「中国では高速炉と高温ガス炉のどちらを進めていくべきか論争が起きている。福島第一原発の事故があったこともあり、安全性の高い高温ガス炉に注目が集まっている。国内だけでなく、シンガポール、スイス、中東諸国も我が社の高温ガス炉技術に関心を寄せている」と続けた。

 石島湾原発には、高温ガス炉20基が建設されるという話を聞いていたが、現地を訪れると、不思議なものを目にした。

 それは同原発の将来模型であるが、高温ガス炉が建設されるべき場所に米ウエスチングハウスの最新型加圧水型軽水炉AP1000が4基、AP1000の技術を取り込み国産化したCAP1400が2基設置されていた。

2017-12-31中国の原発6 
山東半島の東端にある石島湾原発。朝鮮半島との距離も近い。各原子炉建屋の位置は、取材時の情報を基に作成した大凡のもの(Google map)


 これについて質問したところ、「政策転換による計画変更」、「軽水炉向きの立地であることが分かった」等の答えが返ってきた。真相は定かではないが、高温ガス炉の開発に名乗りをあげることで、原発事業者の認可を得ようと考えたのではないか。「軽水炉建設に必要な土地の確保と手続きは完了した。来年度から工事に取り掛かりたい」。

 SMR(モジュール方式の小型炉)の開発も進んでいる。小型の原子炉は原子力潜水艦などに使われることから軍事と直結しており、アメリカや中国の開発が進んでいる。「アメリカが我々の技術開発を参考にしているなど、我が社が世界でもっとも進んでいる」とSMRの研究開発を担う中国核工業集団公司(中核集団)傘下の中核新能源有限公司の陳華副総経理は説明する。「SMRは今後輸出戦略商品になりうる」(前出の窪田氏。詳細は本誌コラム参照)という見方もあるが、陳氏によれば、カナダや中東諸国などが大変な興味を示しているという。

 冒頭の“上から目線”の言葉を発したエンジニアに限らず、中国で会った原子力関係者はいずれも自信に満ち溢れていたのが印象的であった。

文・Wedge中国原子力取材班 (大江紀洋、伊藤 悟)

<引用終り>


  1. 中国
  2. TB(0)
  3. CM(10)

2017-12-25 09:45

中国のEVの今

 12月20日のエントリー「クルマのEV化(電動化)に思う事」の続編です。
クルマのEV化については欧州勢が凄い、中国は進んでいる、そしてトヨタは遅れている、こんな枕詞ががいつも聞こえてくるのだが、その中国に関して大変良く分かる記事が有った。

例えば上海では凄い勢いでEVが売れているが、多額の補助金が出ていると言われているものの実態が良く分からなかった。
何と驚いたことに上海ではEVは「半値八掛け2割引き」で買えるのだとか・・・
半値八掛け2割引き=0,5x0,8x0,8=0,32 なのだが・・・、バッタ屋じゃないですよ。れっきとした自動車なんですから・・・。
以下その恐れ入ったレポート。


<以下WSJより引用>
http://jp.wsj.com/articles/SB12161580033589274394204583430173670262556

自動車
EVに賭ける中国、「力業」で普及促進
米国抜き台数トップに、補助金や規制が「新エネルギー車」の販売をけん引

2017-12-24EVに賭ける中国1
中国・深センにある比亜迪汽車(BYD)の電気自動車工場でバッテリーを組み込む作業員 PHOTO: BOBBY YIP/REUTERS
By Trefor Moss
2017 年 10 月 4 日 15:42 JST 更新


 【上海】中国は世界最大の電気自動車(EV)市場を、純然たる「意志の力」で創り出している。EVの国内生産推進に向けた中国政府の取り組みに、主要海外メーカーも追いつこうと必死だ。

 中国政府は、国内EVメーカーへの資金支援や消費者への補助金支給によるEV購入の促進、広大な充電ステーション網の構築に取り組む一方で、人口密集都市で確実にナンバープレートを取得するにはEVを買うしかない状況を作り出すことで消費者にEV購入を強いている。

 ソフトウエア会社でマネジャーを務めるウィリアム・チョウさん(33)は最近、妻が妊娠したため、外国メーカーのガソリン車――中流階級のステータスシンボル――を購入するという1年半前からの計画を断念した。

 チョウさんは交通渋滞の激しい上海で運転をしているが、上海ではガソリン車向けのナンバープレートの発給は厳しく制限されており、EVとプラグインハイブリッド車(PHV)であれば規制が適用されないためだ。「時間とエネルギーをこれ以上ナンバープレート取得に浪費したくなかった」ため、国産のPHVで手を打つことにしたとチョウさんは話す。

2017-12-24EVに賭ける中国2 (引用者注:ここは動画なのだが、wsjの記事の動画は貼り付けできないので冒頭部のみ表示、動画詳細はリンク先WSJ記事参照ください)
中国は主に政府の徹底した補助金や奨励策のおかげで世界最大のEV市場となっている(英語音声、英語字幕あり)Photo/Video: Eva Tam/The Wall Street ​Journal​

 米国をはじめとする他の国々は、EVが近く大規模な市場になるかどうかについてやや懐疑的だ。だが中国には迷いがない。EV推進の目標の1つは、大気汚染の抑制と外国産石油への依存軽減だ。しかし真の狙いは、この新興の電気自動車市場を活用し、国内自動車メーカーの不安定な品質を向上することにある。その達成に向け、政府は産業政策措置によって、国内メーカーの設計と技術を試す巨大な試験場を創り出している。

 中国製のEVは既に主流になっている。国内市場では100を超える車種のEVが販売されている。調査会社EVボリュームズによると、2016年の乗用EVとPHVの販売台数は35万1000台に達した。

 そのほぼ全てを中国メーカーが生産している。中国勢以外で相当数のEVを販売しているのは 米テスラ のみで、同社の昨年のEV輸出販売台数は1万1000台。

新エネルギー車の生産義務づけ

 外国メーカーも中国で販売を続けたいなら、この争いに参加するしかない。中国政府は9月28日、中国で製造を行う自動車メーカーに対し、2019年までに「新エネルギー車(NEV)」の製造を開始することを義務づける方針を発表した。

 中国の自動車市場は巨大で、マッコーリー・リサーチによると、2016年の世界自動車販売台数の3分の1を占めている。そのため外国の自動車メーカーには、現地の方針に合わせて戦略を調整する以外に選択肢はほぼない。

 「われわれが電動化に巨額の投資をしているのは、そのためだ」。米 ゼネラル・モーターズ (GM)のメアリー・バーラ最高経営責任者(CEO)は先月、上海で従来型自動車の段階的廃止に向けた中国の動きについて記者団に問われ、こう答えた。

 GMは昨年の世界販売台数のうち4割が中国での販売だった。バーラ氏は、中国政府の方針を受け「中国で電動化をかなり積極的に展開」していくことになると述べ、2020年までに中国で少なくとも10車種のEVとPHVを販売する計画を明らかにした。GMは他の市場では、そのような目標は発表していない。GMは数カ月前に発売した現地仕様の「ボルト(Volt)」を含め、中国では現在、3車種のEVとPHVを販売している。

 外国メーカーは中国で既に年間数百万台のガソリン車を製造しているが、EVの製造は最近まで控えており、EVの輸入も25%の関税によって阻害されていた。クライスラーの元幹部で現在は中国の自動車コンサルティング会社、高風咨詢でマネージングディレクターを務めるビル・ルッソ氏は、外国メーカーはまだ規模がさほど大きくない市場に本格参入することに消極的だったと話す。

 規模拡大の兆しは現れ始めている。EVボリュームズによると、中国の乗用EV・PHVの販売台数は今年、40%増加している。バーンスタイン・リサーチの試算では、中国が購入する自動車に占める乗用EV・PHVの割合は、今年は1~2%だが、2025年までには22%に拡大する見通しだ。

EV販売台数推移
中国は乗用EVの販売台数で米国を超えている
THE WALL STREET JOURNAL
Sources: China Association of Automobile Manufacturers; Inside EVs

2017-12-24EVに賭ける中国3 

 独 フォルクスワーゲン (VW)は最近まであくまでもディーゼル車に力を入れてきたが、排ガス不正問題で戦略見直しを余儀なくされ、EV化に向けた大幅な方針転換を発表している。中国はVWの売上高の半分を占める。同社のマティアス・ミュラーCEOは先月ドイツで開かれたフランクフルト国際自動車ショーで「先導しているのは中国とカリフォルニアだ」と述べ、中国がVWの世界的な変革を後押しするとの見方を示した。

 また、2025年に中国でEVを150万台販売する目標を掲げるVWは、2030年までに世界で300車種のEVを売り出すことを目指し、830億ドル(9兆3800億円)投じることも明らかにした。

 一方、中国のEV需要の伸びが減速する可能性を疑うメーカーもある。中国政府はEV購入補助金を打ち切る計画で、既に縮小を始めているためだ。4月に開かれた上海国際自動車ショーで、トヨタの大西弘致・中国本部長は中国の要件に合うEVの生産を開始する方針を明らかにしたが、同時に記者団に対し、「中国は政府の手厚い補助金でEV普及を促してきた」と述べた。大西氏は、そうした補助金がなくなったあとの実需について、消費者が市場価格でEVを購入したがるかどうかは分からないとの見方を示した。

 とはいえ、世界の自動車メーカーは、中国でいまEVの生産に踏み切らなければ、EV化を強力に進める他の市場で商機を逃す可能性があることを恐れている、とルッソ氏は指摘。「中国が世界の自動車業界の大規模なEV化をけん引するだろう」と述べた。

 今年に入り米 フォード・モーター 、 仏ルノー ・日産連合、VWがバッテリー駆動車の生産に向け、中国で新たな合弁会社を設立した。フォードは6月に文書で2025年までに中国で生産する自動車の70%をEVにすることを表明。テスラは上海に工場を建設するため協議中だ。メルセデス・ベンツの親会社ダイムラーは7月、中国国営自動車メーカーの北京汽車集団(北汽集団、BAIC)とEV開発に7億6700万ドルを共同投資することを明らかにした。

中国のEV補助金・奨励策
上海では各種特典や政府の奨励策のおかげで、北汽集団の「EV160」を68%割引で購入できる。
2017-12-24EVに賭ける中国4 


 中国は2009年に補助金の導入と販売台数目標の設定によりEVを積極的に推進し始め、13年に販売が軌道に乗り始めた。2015年には、EV製造をはじめとする10産業で中国が世界をリードすることを目指す「中国製造2025」計画を発表し、EVを自動車産業戦略の中心に据えた。これまで支給した補助金は80億ドルに上る。

 中国は他国よりも一歩踏み込んだEV奨励策も導入している。当局は公共車両に中国メーカーのEVを購入するなどして国内メーカーの販売を保証。北京市政府は市内のタクシー車7万台をEVに置き換えるため13億ドルを割り当てた。

 また中国政府は充電ポイントを今年3月時点の15万6000カ所から2020年までに480万カ所に増加させる見通しだ。米ミシガン大学の調査によると、米国の充電ポイントは6月時点で4万3000カ所。

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浙江省の湖州にあるEVの充電スポット(2016年) PHOTO: XINHUA/ZUMA PRESS

 このペースでいけば、中国はおおむねEV 6台につき1カ所の割合で充電ポイントを設置することになる。これに対し、米国とノルウェーでは約17台につき1カ所の割合だ。

有効な促進策

 中国政府によるEV促進の最も有効な手段であり、外国メーカーが中国でEV生産を開始する理由の1つになっているのが、新規購入のガソリン車向けのナンバープレートの発給制限を7都市で行っていることだ。北京では1万4000枚のガソリン車向けプレートを抽選で発給しているが、申し込みが殺到し、数百倍の異常な競争率となっている。上海では競売で高い値をつけた人に発給。一方、同じ大都市のEV購入者は無料でほぼ即時にプレートの発給が受けられる。

2017-12-24EVに賭ける中国6 
深センにある比亜迪のEV工場 PHOTO: TREFOR MOSS

 中国の自動車メーカーのほとんどは、可能な限り安いEVの製造に力を入れている。2017年上半期に中国で最も売れたEVは、小売価格が7000ドルを下回る「知豆D2」。北汽集団の上海の販売代理店でマネジャーを務めるワン・イーペン氏によると、同店で最も売れ行きがいいのは補助金分を差し引いて約1万1000ドル(差し引く前の価格は2万2000ドル)の「EV160」だという。

 消費者へのアンケート調査を基に自動車を格付けしているJDパワーのゼネラルマネジャー、ジェフ・カイ氏は、中国メーカーが品質に磨きをかけ、国内での評価を向上しつつあると指摘。「ここ2年で一部の中国メーカーは大躍進を遂げた」とし、中国消費者の「そうしたメーカーの品質に対する認識は大幅に向上している」と述べた。

 中国の民営自動車メーカーの1つ、比亜迪汽車(BYD)は昨年、独アウディ・グループの元デザイン部門トップのヴォルフガング・エッガー氏をデザイン責任者に起用した。エッガー氏は比亜迪について、工業面に関する問題は解決したが、次の課題は「中国製」に押された烙印(らくいん)である「外車の方が優れている」という共通認識を払拭(ふっしょく)することだと話す。「製品は技術的な面で優れていたとしても、強力な個性が必要だ」

 JDパワーのカイ氏は、「今後3年で中国製EVの品質は大きく改善する」と話す。「外国勢は競争力で苦労するようになるかもしれない」

2017-12-24EVに賭ける中国7 
※1:メーカー公表台数 ※2:補助金分を引いた価格

<引用終り>


此処までで、「ではその電力はどうするんだ」という疑問が出てくるが、それは次回に。

  1. 自動車
  2. TB(0)
  3. CM(6)

2017-12-20 16:20

クルマのEV化(電動化)に思う事

 最近クルマのEV化(電動化)についての記事をよく見る。EV化が世界の趨勢だという話もある。いやEVはまだ駄目だという話もある。
そしてそんな時、その報道の枕詞が付いている。例えばこれはロイターだが、【東京 8日 ロイター] - 電気自動車(EV)で出遅れるトヨタ自動車を中心とした企業連合が・・・】と、こんな風に必ず報道されている。

私はEV(電気自動車)には疑問を持っている。フォークリフトやゴルフ場のカートなど限定的な使い方なら非常に便利。しかしどこへでも行けるという自動車のメリットを生かすには不向き。そう考えているからだ。

しかしこの辺りで少し立ち止まって見る必要があるように感じるので、そのあたりを纏めてみたい。
考えたいのは、上掲ロイターの記事にあるように、「20年も前からハイブリッドで自動車の電動化に取り組んできたトヨタが、どうしてマスコミからEVで遅れていると言われるのか」、そんな所から考えたいからだ。

そんな時、丁度ITmedia に「 豊田章男「生きるか死ぬか」瀬戸際の戦いが始まっている 」という記事が有った。モータージャーナリスト池田直渡氏の危機感溢れる記事である。

最初に長文の記事だが、問題を理解するために記事全文を引用します。
特にみて欲しいのは
 トヨタが何故ここまで危機感溢れる行動に出たのか、
豊田章男社長は
 「自動車業界は100年に一度の大変革の時代に入った。次の100年も自動車メーカーがモビリティ社会の主役を張れる保障はどこにもない。『勝つか負けるか』ではなく、まさに『生きるか死ぬか』という瀬戸際の戦いが始まっている」、こう言っている。

そしてモータージャーナリスト池田直渡氏はこんな事を言っている。
 「ここしばらく、日本の家電メーカーの敗北がどれだけ日本人のトラウマになっているかが骨身に染みた。日本の自動車メーカーが電動化に遅れているどころかリードしているのだという話をいくら丁寧に数字を挙げて説明しても、「いやそういう油断で電気メーカーは負けた。クルマも負けるに違いない」という人が後を絶たない。」

それではそのトヨタの組織変更に関する記事から。

<以下ITmediaより引用>
http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1712/04/news016.html

ITmedia ビジネスオンライン > 豊田章男「生きるか死ぬか」瀬戸際の戦いが始まっている 
2017年12月04日 06時30分 公開
池田直渡「週刊モータージャーナル」:
豊田章男「生きるか死ぬか」瀬戸際の戦いが始まっている 

 定例の時期でもないのに、トヨタ自動車はとてつもなく大掛かりな組織変更を発表。豊田章男社長は「自動車業界は100年に一度の大変革の時代に入った。『勝つか負けるか』ではなく、まさに『生きるか死ぬか』という瀬戸際の戦いが始まっている」と話すが……
[池田直渡,ITmedia]

 11月28日、定例の時期でもないのに、トヨタ自動車はとてつもなく大掛かりな組織変更を発表した。昇格者56人、異動者121人。

 最初にトヨタ自身の説明を抜き出そう。

2017-12-18トヨタ1 
凄まじい勢いで改革を続けるトヨタの豊田章男社長

 トヨタは、「もっといいクルマづくり」と「人材育成」の一層の促進のために、常に「もっといいやり方がある」ことを念頭に、組織および役員体制の見直しを行ってきた。

 2011年に「地域主体経営」、13年に「ビジネスユニット制」を導入、16年4月にはカンパニーを設置し、従来の「機能」軸から「製品」軸で仕事を進める体制に大きく舵を切った。17年も、9月に電気自動車の基本構想に関して他社も参加できるオープンな体制で技術開発を進めるための新会社(EV C.A. Spirit)を設立するなど、「仕事の進め方変革」に積極的に取り組んできた。

 また、役員人事についても、15年に初めて日本人以外の副社長を登用、17年には初めて技能系出身の副社長を登用するなど、従来の考えにとらわれず、多様な人材を適所に配置する取り組みを進めてきた。

 いま、自動車業界は、「電動化」「自動化」「コネクティッド」などの技術が進化し、異業種も巻き込んだ新たな「競争と協調」のフェーズに入っている。トヨタは、グループの連携を強化し、これまで取り組んできた「仕事の進め方改革」を一層進めるために、来年1月に役員体制の変更および組織改正を実施する。また、現在のトヨタを取り巻く環境変化はこれまでに経験したことがないほどのスピードと大きさで進行しており、一刻の猶予も許されない、まさに「待ったなし」の状況であると認識している。こうした認識のもと、役員体制については、本年4月に実施した後も、6月、8月、11月と随時、変更してきており、来年についても従来の4月から1月に前倒しで実施することにした。

 今回の体制変更について豊田章男社長は「自動車業界は100年に一度の大変革の時代に入った。次の100年も自動車メーカーがモビリティ社会の主役を張れる保障はどこにもない。『勝つか負けるか』ではなく、まさに『生きるか死ぬか』という瀬戸際の戦いが始まっている。他社ならびに他業界とのアライアンスも進めていくが、その前に、トヨタグループが持てる力を結集することが不可欠である。今回の体制変更には、大変革の時代にトヨタグループとして立ち向かっていくという意志を込めた。また、『適材適所』の観点から、ベテラン、若手を問わず、高い専門性をもった人材を登用した。何が正解かわからない時代。『お客様第一』を念頭に、『現地現物』で、現場に精通をしたリーダーたちが、良いと思うありとあらゆることを、即断・即決・即実行していくことが求められている。次の100年も『愛』をつけて呼んでもらえるモビリティをつくり、すべての人に移動の自由と楽しさを提供するために、トヨタに関わる全員が、心をあわせて、チャレンジを続けていく」と述べた。


トヨタは違う何かになろうとしている

 副社長のインが3人。アウトが1人。

 専務のインが5人。アウトが6人。

 常務のインが13人。アウトが7人。

 副社長、フェロー、専務、常務といった首脳陣が担当する仕事は52のポジションのうち37で変更。実に7割を超え、まるで企業買収にでもあったような大改革である。トヨタはその組織を1度ドロドロに溶かして昆虫がサナギ期を経て変態するように、まったく違う何かになろうとしている。

2017-12-18トヨタ2 
トヨタ、マツダ、デンソーの3社で立ち上げたEV開発会社。すでにダイハツとスズキもジョイントすることが決まっている

 振り返ってみればトヨタの危機感の起点は、内部的に見ればリーマンショックによる大打撃、北米の品質保証訴訟での社の存続を危うくするほどの大激震にあった。「そんな大げさな……」と言うなかれ、この2つの出来事は外から見た構図と、中で感じた危機感が大きくかい離しているのだ。

 2000年代トヨタは毎年50万台ペースの増産を重ね。600万台そこそこだった生産台数を10年少々で400万台積み上げて1000万台メーカーになった。16年のホンダのグローバル生産台数が約500万台、フィアット・クライスラーが約450万台、スズキが約300万台という他社の動向を見ると、どれだけの伸長だったかが想像できるだろう。

 トヨタには世界に冠たる「トヨタ生産方式」がある。トヨタ生産方式の真髄は「売れた分だけ作る」こと。それをあらゆる角度から徹底することがトヨタ方式だ。売れた台数以上は作らない。売れないーーつまり不良品は作らない。多品種少量を常にニーズにアジャストしながら売れた分だけ百発百中で作り、無駄を出さないことこそがトヨタ生産方式である。

 ところが、このトヨタの鉄の掟が、毎年50万台ペースの生産増強で知らない間に棄損していた。本当にトヨタ生産方式の理念が貫かれていれば、リーマンショック後の需要激減に余裕でアジャストできたはずである。むしろあたふたする他社を尻目に、強みを発揮するべき場面だったのである。

 しかし現実はそうではなかった。トヨタは設備をフル稼働させないと利益が出せない体質に変わっていた。リーマンショックの翌年、急速にシュリンクした需要に合わせて生産を調整したところ、創業以来の激甚な大赤字に見舞われたのだ。この2000年代前半の生産設備増強を陣頭指揮していたのは当時の社長であった張富士夫氏である。張氏と言えば、トヨタ生産方式の完成者である大野耐一氏の直系の弟子。トヨタの中でトヨタ生産方式を最も熟知していたエースである。そのエースで負けたことがトヨタの危機感を募らせた。続く渡辺捷昭氏は海外拡販路線を継承しつつ、コストダウンの大ナタを振るったが、そこで北米の大訴訟に直面する。真実は一概に言えないが、推進していたコストダウン戦略と北米の品質問題を関連させた指摘も多く、社長を退いた。そして豊田章男社長時代が始まったのである。

 豊田社長は13年から工場の新設を凍結し、「意思ある踊り場」を表明、新規工場の設備投資を既存設備の柔軟性改革に振り向け、生産台数の増減に利益率が左右されない生産設備へと改善した。15年にこの凍結を解除してメキシコ工場の建設を決めたが、この踊り場の間にフォルクスワーゲンに追いつかれてしまう。計画ではギリギリで首位を維持して再加速に入れる予定だっただけに、豊田社長は決算発表で控えめながらその悔しさをにじませた。

 17年3月期で、売上高27兆5971億円、営業利益1兆9943億円、純利益1兆8311億円。その営業利益は、国家税収でいえば、世界ランキング17位のスイス、18位のオーストリアに並び19位。為替レート次第ではこの2国を抜きかねない。そういう国家予算と見紛うレベルの決算を叩き出しながら、手を緩めることなく今回も組織改革を進めるのは為替の影響もあるとは言うものの、利益率の低迷が大きい。当期純利益率は前期の8.1%から6.6%に落ちている。デッドヒートを繰り広げてきたフォルクスワーゲンに対するアドバンテージがなくなった。

 利益率はもちろん会社の利益を保証するものだが、豊田社長は「研究開発費を絶対に維持するための利益」だと言うのだ。100年に1度の大改革時代を生き残るために、トヨタは全方位戦略をとっている。EV(電気自動車)かHV(ハイブリッド車)かの2択ではなく、EVもHVもFCV(燃料電池自動車)も内燃機関も、可能性のあるすべての技術を大人買いするのがトヨタ流である。しかし未来技術のすべてをリードしていくための研究開発費は1兆円と膨大であり、それを叶え、「絶対に負けないトヨタ」を作るためにはこんな利益率ではダメなのだ。

2017-12-18トヨタ3 
電動化のキー技術はモーター、電池、PCUの3つ。このすべてについてトヨタは開発・製造が手の内化されている

 利益を生み出すためには、ビジネスの精度が高くなくてはならないが、最後の最後で何が大事かとなれば、製品が優秀であることだ。「業界の標準的な性能のものを安価に」というやり方では、コストで負けたら企業価値が霧散する。今日本の企業に求められているのはやせ我慢でコストを削減することではなく、価値ある製品を妥当な価格で、いやもっとはっきり言えば高く売って、日本の生産性を高めることである。そうでなければ日本はデフレを脱却できず、賃金も上がらず、どんどん貧しい国になる。そのためには「あの製品が欲しい」という強烈な魅力があって、販売やサービスや価格がそれに付帯してくることが本筋である。もちろんどれも大事だが、根本は製品の魅力であるということは変わらない。そこでトヨタはTNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャ)でビジネスのすべての改革に取り組み、併せて「もっといいクルマ」というキーワードを中心に置いたのである。

2017-12-18トヨタ4 
モーター、電池、PCUにエンジンを加えればハイブリッド車、フューエルセルを加えれば燃料電池車、何もつけなければ電気自動車になる


トヨタアライアンスの意味

 TNGAの推進に続いて、トヨタは巨大アライアンス戦略に乗り出した。従来から子会社であったダイハツを100%子会社化し、スバルとのジョイントにOEMを持ち込み、マツダとはクルマづくりのレベルで協業を図るため、トヨタ史上で初めてトヨタ株を持たせた相互株式保有の提携を決めた。トヨタ自身の議決権をわずかなりとも渡したことの意味は重い。スズキとの枠組みの詳細はまだ不明ながら、インド向けEVについてはトヨタアライアンスの一員となる発表がすでにされている。

2017-12-18トヨタ5 
すべてのシステムを手掛けるトヨタは、どれか1つですべてをカバーする必要がない。そのため用途によって相性の良いシステムを使い分ける考え方だ

 これらの提携の流れを振り返って見ると、常に盛り込まれているのが「電動化」「自動化」「コネクティッド」の3つである。需要と関係なく法律の義務付けによって生産せざるを得ないEVに関しては、近い将来に値引き合戦に発展する可能性が高い。そこを複数社のアライアンスでリスク分担をしながら、開発そのものもマツダの「一括企画」「コモンアーキテクチャ」「モデルベース開発」で多品種低コスト開発を狙う。

 そう考えると、今回トヨタが発表した人事リリースの中でも特に重要なキーマンが数人見えてくるのだ。その数人は短期的な未来に直結する働きを求められていることは間違いない。興味があるならポイントは以下の項目だ。

 ・提携や新会社の設立関係
 ・先進技術系関係
 ・トヨタ生産システム(TPS)関係
 ・情報システム関係
 ・コネクティッド関係
 ・TNGA関係


     
日本人の閉塞感を救え

 ここしばらく、日本の家電メーカーの敗北がどれだけ日本人のトラウマになっているかが骨身に染みた。日本の自動車メーカーが電動化に遅れているどころかリードしているのだという話をいくら丁寧に数字を挙げて説明しても、「いやそういう油断で電気メーカーは負けた。クルマも負けるに違いない」という人が後を絶たない。

 内燃機関だってなくなるのはどんなに早くても2050年レベルで、それまでは何らかのハイブリッドでエンジンとモーターを両方使う時代になる。それは欧州のメーカーだってはっきり言っていると話しても「エンジンなんかにいつまでも固執しているから敗北するのだ」と言って聞かない。彼らは酷い閉塞感の中を生きている。

2017-12-18トヨタ6 
一見室内が広いだけのタクシーに見えるが、実はグーグルと戦う自走型情報端末でもあるJPN TAXI

 筆者は今回のトヨタのヒリヒリするほど徹底した自己改革を見てトヨタの覚悟に後ずさるような恐れを感じた。まったく負けていないことをわきまえつつも、絶対に手遅れにしないためにトップグループを保って全力疾走を続けている。

 かつて英国が政府主導で自動車メーカーの合従連衡を進めて、力を落としていったのと反対に、トヨタのこの民間企業ならではのエネルギーでオールジャパンを活性化させていく流れに筆者は大いに期待している。

筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)

 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。

 現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。

<引用終り>


こんな事なのだが、この問題の根っこには中国でのEV(電気自動車)の爆発的な拡大が有る。
しかもその使い方もカーシェアリングの新しい形、それを自転車のシェアリングの急拡大と一緒に考えているところに問題の難しさが有ると思います。
以下次回そんな所を考えていきます。

それと家電メーカーの敗北の陰にある「人材の敵陣流出」についても考えていきたいと思います。
<続く>

  1. 自動車
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2017-12-18 19:10

本格的な冬ですね

 昨日は家人も参加している地元のアマチュア・オーケストラの演奏会に行ってきた。
演目はチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」など。

悲愴は第二楽章が5拍子の曲なのでアマチュアには大変な難物。でも若手の元気のいい指揮者だったせいか大変いい演奏でした。

これは悲愴の5拍子の部分のサンプル。演奏ウィーンフィルで指揮はリッカルド・ムーティ。
(影の声:聞いた演奏会はこんなうまい演奏だったわけではありませんが・・・)


5拍子はンチャッチャ ンチャなのか、ンチャ ンチャッチャなのか分からなかったが、ンチャ ンチャッチャなのだそうだ。


さて、寒い夜はやっぱりこれですね。

寄せ鍋
2017-12-17ダイヘイの寄せ鍋 

本日はこれにて失礼いたします。
  1. 日常の話題
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2017-12-12 16:50

中国に戦わずして勝つ道


 伊勢雅臣氏の「国際派日本人養成講座」に面白い記事があった。同氏の論は大変面白く、いつも感心しているのだが、今回も興味深い。
但し一部私には異論もあるので、それについて私なりの解釈を文末に追加し、先ずは全文を紹介したい。


<以下引用>

国際派日本人養成講座
No.1039 中国に戦わずして勝つ道 ~ 北野幸伯『中国に勝つ 日本の大戦略』を読む
<<   作成日時 : 2017/12/03 06:17 
http://blog.jog-net.jp/201712/article_1.html

 同盟戦略によって「中国に戦わずして勝つ道」がここにある。

1.国際政治で次々と予測を当ててきた秘密

 弊誌に何度も登場いただいている国際関係アナリスト北野幸伯(よしのり)氏の3年ぶりの新著『中国に勝つ 日本の大戦略』[1]が出版された。北野氏は、以下のように重大な国際情勢の変化を予測しては、次々に的中させてきたという実績がある。

・2005年『ボロボロになった覇権国家』[2,a]で「アメリカ発の危機が起こる。アメリカの没落は近い」 → 2008年、リーマンショック

・2007年『中国ロシア同盟がアメリカを滅ぼす日』[3,b]で「アメリカ一極主義と、ドイツ、フランス、ロシア、中国・多極主義の戦い」→ 2014年のクリミア併合以降、中露が事実上の同盟に。

・2008年『隷属国家日本の岐路~今度は中国の天領になるのか』「4,c」で「尖閣から日中対立が激化」→ 2010年に尖閣諸島中国漁船衝突事件、2012年に反日暴動

・2012年『プーチン最後の聖戦』で「プーチンが戻ってきて、アメリカとの戦いが再開される」[5,d] → 同年、プーチン、大統領に再選

 北野氏は、その予測の秘密を2014年の『日本人の知らない「クレムリン・メソッド」-世界を動かす11の原理』[6,e]で明らかにしている。予測を当てるには、それなりの原理があるのである。そして『プーチン最強講義』[7,f]で指摘した中国の「反日統一戦線」の策謀をどう打ち破るのか、を追究したのが、今回の新著である。

 氏は新著の目的を次のように設定する。

本書の目的は、第一に、尖閣、沖縄を守りつつ、日中戦争(実際の戦闘)を回避すること。
第二に、やむを得ず戦争(戦闘)になっても、勝てる道を示すことです。[1, p19]

 この2つの目的設定に、北野氏の戦略思想家として深みがよく窺える。というのは、何事も欲得づくの中国は勝ち目のない戦いは仕掛けない。したがって、戦争になっても日本が勝てる道を示せば、第一の「日中戦争(実際の戦闘)を回避」する確率も高まる。

 これこそが日本にとって最上の「中国に戦わずして勝つ道」である。詳細は、この本を読んでもらうとして、ここではその呼び水として「同盟」の意味について考えてみたい。『中国に勝つ 日本の大戦略』の柱は「同盟戦略」にあるからである。

2.各国の同盟国を増やすための虚々実々の駆け引き

 本書の前半で、氏は中国の「反日統一共同戦線戦略」がどのように生まれたのか、それを安倍総理がどのように打ち砕いたのか、を俯瞰する。いつもながらのテンポの良い北野節で、国際政治上の事件の背景に、各国の思惑がどうぶつかり合って、どんな結果を生んだのか、を示していく。目からウロコの連続だ。

 例えば習金平が打ち上げた「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」。アメリカの緊密な同盟国であるイギリスが、アメリカの制止を無視して AIIBに参加することを決めた。「イギリスが入るのなら、私たちも許されるだろう」と、フランス、ドイツ、イタリアなども雪崩を打って参加を決めた。

 親米国家群がアメリカの言うことを聞かなくなって、これは「アメリカが覇権を喪失した象徴的事件」だと、北野氏は指摘する。しかし、そこで日本だけはアメリカを裏切らなかった。これが、結果的には、アメリカの完全没落を阻止し、日米関係を好転させるきっかけになった。

 それまで安倍総理の靖国参拝で米国からもバッシングされて、孤立していた日本は、この一事でアメリカからの評価が急上昇した。そこに見られるのは、各国が同盟国を増やそうと、虚々実々の駆け引きを展開している姿である。

3.「こんなもん、勝てるはずがない… 」

「同盟関係は自国の軍事力より重要なのだ」とは国際的に高名な戦略家エドワード・ルトワックの言であるが[g]、北野氏は先の大戦で日本が負けたのも同盟戦略の失敗にあった、と指摘する。

 私が注目したのは1941年に始まった「太平洋戦争」より前、1937年にはじまった「日中戦争」でした。
 この戦争、中国は、アメリカ、イギリス、ソ連から支援を受け、日本と戦っています。・・・
 つまり、事実上、日本 VS アメリカ、イギリス、ソ連、中国の戦いである。
 私は、率直に思いました。

「こんなもん、勝てるはずがない… 」[1,p210]

「戦闘」では、日本軍は蒋介石軍も共産党軍も圧倒し、連戦連勝だった。1937年7月7日、北京郊外の盧溝橋で何者かの銃撃により始まった衝突から、わずか5ヶ月後の12月13日には首都南京を攻略したが、蒋介石は重慶に移って抵抗を続けた。米英ソからの軍事支援があったからである。

 日本は仏印(ベトナム)経由の援蒋ルートを絶とうと、北部仏印に進駐するが、ここからアメリカとの対立につながっていく。結局、蒋介石は実際の戦闘ではほとんど勝つことは出来なかったが、最終的には「戦勝国」の一つとなった。日本は同盟戦略で負けたのである。

4.「アメリカは激怒しました」

 日露戦争ではわが国は日英同盟によってイギリスから多大な支援を受けた。またアメリカの好意的な仲介により、絶妙のタイミングで講和ができた。1905年に結ばれたアメリカとの桂・タクトタフト協定では「極東の平和は、日本、アメリカ、イギリス3国による事実上の同盟によって守られるべきである」と定められていた。

 それがいったいどこで日米関係はおかしくなったのか? 北野氏は「桂・ハリマン協定破棄」がきっかけである、と指摘する。

 ハリマンはアメリカの鉄道王。日露戦争直後に来日して、ポーツマス条約によってロシアから日本に譲渡された民間南満州鉄道の共同経営を要求した。日本側もこれには乗り気で、「桂・ハリマン協定(仮条約)」が結ばれた。渡部昇一はこの協定に関して、こう指摘している。

 明治維新の元勲たちは直感的に、ハリマンの提案をいい考えだと言いました。・・・日露戦争でカネを使い果たし、日本が軍事的に支配できているのは南満洲だけ。北にはロシアの大軍がいる。これらの条件を勘案(かんあん)すれば、満州の鉄道経営を日本だけでやろうとするのは無理があり、アメリカを入れておいた方がいいと考えた。[1, p214]

 ところが、この協定を日本政府は破棄してしまう。北野氏はアメリカから見た状況を次のように描写する。

 南満州鉄道共同経営は、中国や満州への進出を目指すアメリカにとっても非常に重要なものでした。
 ところが、小村寿太郎外相(1855~1911)などがこれに強く反対し、結局日本側は「桂・ハリマン協定」を破棄します。
 アメリカは、「日本に多額の資金を援助し、ロシアに勝ったら満州利権に入り込める!」と言う目論見だった。
 しかし、日本は「満州の利権にアメリカは入れないよ!」と拒否したのです。
 アメリカは激怒しました。

 こうして日本はアメリカを敵に回すハメとなった。アメリカはわずか2年後の1907年には対日戦争計画「オレンジ・プラン」の策定を始める。北野氏は言う。

 何はともあれ、日本は、日露戦争時多額の資金援助と和平の仲介をしてくれたアメリカの恩に報いなかった。
 そして、アメリカの国益を尊重しなかった。[1, p215]

 アメリカの国益に鈍感だったことが、アメリカを敵に回すことになったのである。

(引用者注:この桂・ハリマン協定破棄が大問題だったのは間違いありません。しかしもう少し踏み込んでみてみると、この事を引き起こすきっかけは日露戦争終結を取り決めた「ポーツマス条約」、これで賠償金を取れなかったことを屈辱とする朝日新聞はじめ新聞の大キャンペーンが有ります。この現実を無視した扇動が死者17人、負傷者数千人の大暴動に発展しました。何時の時代も朝日新聞の扇動が時代の方向を誤らせる原因だという事です。この件については私の考えを最後に付け加えます。)


5.イギリスの日本への失望

 イギリスとの関係悪化は、第一次大戦で日本が地中海に艦隊こそ派遣したものの、陸軍派兵要求を拒否し続けたことが原因、と北野氏は指摘している。たとえば、駐日イギリス海軍武官エドワード・H・ライマー大佐はこう発言している。

 我々が強い態度で状況を明確に説明し、イギリスが過去をいかに日本を援助したか、同盟国として何をなすべきかを明確に説明し、同盟国としての義務に耐えるべきであると強く示唆すると、日本人は我々から離れてしまう。[1, p219]

 イギリスは日本にいたく失望した。大戦中の1917年3月、大英帝国会議で配布された「日英関係に関する覚書」では「日本人は狂信的な愛国心、国家的侵略性、個人的残忍性、基本的に偽りに満ちており、日本は本質的に侵略的な国家である」と書かれていた。

 第一次大戦の結果、イギリスは「日英同盟破棄」を決意します。
 そればかりではありません。
 大戦時イギリスを救ってくれたアメリカと急速に接近していった。
 米英はこの時から、「日本をいつか叩きつぶしてやる!」と決意し、「ゆっくりと殺していく」ことにしたのです。
 日本は、日露戦争直後と、第一次大戦時の対応で米英を敵にまわし、「敗戦への道」を歩みはじめていたのでした。[1,p221]

6.桂・タクトタフト協定を維持していたら

 もし日本が米英の要求に応えて「極東の平和は、日本、アメリカ、イギリス3国による事実上の同盟によって守られるべきである」との桂・タクトタフト協定を維持していたら、どのような未来が待っていただろうか。

 中国での権益はイギリスと、満洲での権益はアメリカと共同で守っていたら、ソ連や中国共産党のつけ入る隙はなかった。蒋介石も米英の後ろ盾がなければ、日本との友好を図る以外に道はなかった。となれば日中戦争はなく、中国大陸の共産化もなかったろう。それは中国人民のみならず、周辺諸国にとっても大きな福音であったはずだ。

 確かに、大東亜戦争が起こらなければ、アジア諸国の独立はもっと遅れたであろう。しかし日本の統治下で、台湾や朝鮮、さらには満洲が高度成長を続けることで、アジア各民族が目覚め、もう少しマイルドな形で自治権を獲得していったかもしれない。そのような道を日本は失ってしまったのである。われわれ自身の同盟戦略の失敗によって。

7.同盟の達人・家康から学ぶこと

 こういう議論に接すると、我々日本人は国際政治における同盟関係というものが、本当には分かっていないのではないか、という気がする。礼節と思いやり、信頼感に満ちた日本社会で暮らしている日本人は、国際社会の群雄割拠の中で、それぞれが国益を追求し、出し抜いたり、欺し合ったりするような関係には慣れていない。

 現代の国際社会における同盟のあり方を考えるには、戦国時代の方が参考になるだろう。弊誌1036号「a]で紹介した世界的な戦略家エドワード・ルトワックは「家康は、人類史上でも稀に見る最高レベルの戦略家だった」と述べている。[1,1458]

 天正7(1579)年、家康は信長から正室・築山殿と実子・信康が武田氏に内通している事を疑われ、ために築山殿を斬殺し、信康を切腹させるという処置に追い込まれた。これを耐え忍んで、信長との同盟関係を優先させたことから、家康の未来が開けていった。

 関ヶ原の戦いにおいては福島正則や黒田長政など豊臣恩顧の武将を味方に引き入れ、また小早川秀秋に西軍を裏切りさせて、勝利している。「最高レベルの戦略家」は同盟の達人であった。家康から同盟に関して学べる事は、次の2点であろう。

・嫌な相手、悪辣な相手とも同盟を組まなければならない場合がある。ときにはその相手に隷従しなければならない事すらある。同盟は好き嫌いや善悪ではなく、勝敗の問題だからである。

・敵の中にも味方がおり、味方の中にも敵がいる。常に相手の利益を考えながら、味方を維持し、増やしていかなければならない。

8.「『善悪論』から『勝敗論』へ」

 家康が教えていることは、北野氏が「『善悪論』から『勝敗論』へ」と主張していることにつながるだろう。同盟の相手は、「善悪」で選ぶのではなく、「勝敗」で選ばなければならない。

 そこから、北野氏は、北方領土を奪ったロシアや、慰安婦問題で世界中にプロパガンダをまき散らしている韓国を、同盟国とすべきかどうか、についても議論している。『中国に勝つ 日本の大戦略』はこういう深い思索から生まれてきている。

「あとがき」で、氏はこういう。

 日本も、強大な中国に勝ちたければ、明快な大戦略を持ち、10年~20年一貫性のある言動を取り続ける必要があります。[1, p316]

 そのためには、この『中国に勝つ 日本の大戦略』を実行する安定した長期政権が必要であり、多くの国民がこの戦略を国民的合意として支持していくことが不可欠なのである。
(文責 伊勢雅臣)
<引用終り>



私なりの解釈
【AIIB不参加がキーポイント】
 最初にどうしてもこれだけは言わねばいけない事。それは中国主導のAIIB(アジアインフラ投資銀行)に日本が不参加だという事だ。これは伊勢雅臣氏、北野幸伯氏の意見に異論がある訳ではないが、とても重要なことと思うので一言。

それまでAIIBには主要国は殆ど不参加だった。しかし締め切り(2015年3月31日)直前の2015年3月11日、イギリスが参加を表明。続いてフランス・ドイツ・イタリアなど主要国が雪崩を打って参加を表明。オーストラリア・カナダ・コリア等アメリカの同盟国も参加してしまった。
これでアメリカは完全に孤立し、その威信は地に落ちたと思われたのだが、日本だけは不参加を貫いた。この為アメリカの孤立は救われ、威信もかろうじて保たれた。
アメリカの真の友達は日本だったことが証明された瞬間だった。

この事は2008年の 世界金融危機( the 2008 financial crisis:日本ではリーマンショック)で地に落ちたアメリカの威信。これが復活するきっかけになる、そんな歴史に残る出来事だと思っている。


【桂ハリマン協定を考える】
次が古い話だが日露戦争直後の1905年、桂ハリマン協定を一旦は結びながらすぐに破棄してしまったこと。この件は本文中にこんな風に書いた。
(引用者注:この桂・ハリマン仮条約破棄が大問題だったのは間違いありません。しかしもう少し踏み込んでみてみると、この事を引き起こすきっかけは日露戦争終結を取り決めた「ポーツマス条約」、これで賠償金を取れなかったことを屈辱とする朝日新聞はじめ新聞の大キャンペーンが有ります。この現実を無視した扇動が死者17人、負傷者数千人の大暴動に発展しました。何時の時代も朝日新聞の扇動が時代の方向を誤らせる原因だという事です。この件については私の考えを最後に付け加えます。)

しかしこの件は当時の情勢を知らないと全く理解できない話なので、110年以上前のことながら少し内容を見てみたい。

日露戦争はこんな点で凄い戦争だった。
1.小国家日本が超大国ロシアに勝った
  (ロシアは日本に対し、人口で3倍、政府歳入で10倍、兵力で15倍で武器は最先端)
2.歴史上まれにみる一方的勝利(日本海海戦:日本以外では対馬沖海戦と呼ぶ)
3.大航海時代以降初めて、有色人種が白人国家に勝利した
4.アメリカ合衆国が日本をライバル視するようになり、太平洋戦争の遠因になった
5.歴史上はじめてイデオロギー人工国家「ソ連」が出来た(ロシア革命) 

だが当時の日本は本当はどうだったのだろう。日本は日露戦争に勝った勝ったと言っているが本当はもっと別の面がある。
・ 日本は資金面で行き詰まっていた。開戦前年の国家歳入額は約2.6億円、それに対し1904年ー1905年の戦費は17億円と国家歳入額の約7倍に達し、戦費を使い果たした状態。弾切れであった。(参考までにこの時の借金を完済したのは80年後の1986年(昭和61年)。いかに巨額の借金だったかが分かると思います)
・ 海では空前の大勝利で制海権を確保したが、陸では奉天会戦以降は戦線膠着状態だった。日本軍もそれ以上追撃戦をするだけの余力が残って無かった。
・ ロシア側も奉天会戦での敗北まではバルチック艦隊が到着すれば巻き返せると思っていたが、バルチック艦隊の壊滅で講和へと変わった。(ロシア国内事情も大きい)

以上の実態を踏まえ、アメリカの仲介でポーツマスでの講和会議(8月10日ー8月29日まで計10回)、そして9月5日にポーツマス条約調印し停戦。
日本側は領土は樺太の南半分、日本海・ロシア沿岸での漁業権や関東州租借地、長春~旅順間の鉄道権益を得たものの樺太全島の割譲や賠償金獲得はなりませんでした。

しかし日本では朝日新聞の煽りが激しく、講和反対、戦争継続運動が起こります。そして9月5日の日比谷焼打事件が発生します。この事件は死者17人、負傷者数千人の大暴動ですが、暴徒による焼き討ちで内務大臣官邸2棟、警察関係の焼き討ちは東京全市の交番の約8割に当たる264か所、警察署・分署9か所、これだけの焼き討ちが発生しています。
この当時の東京市は現在の東京23区よりずっと小さい、そんな中でこのような焼き討ちが発生した。これは朝日新聞はじめ新聞各紙の煽りがいかにすごかったかが良く分かる話である。

日比谷焼打事件

更に翌10月、桂ハリマン協定が結ばれるのだが、帰国した小村外相の反対でこの話は破棄されてしまった。

ここで朝日新聞の煽りがいかに酷かったのか、その紙面を紹介します。

これは1905年9月1日の大阪朝日新聞紙面
(ポーツマスでの講和調印(9月5日)の4日前、9月5日には日比谷焼討事件発生した)
2017-12-12日露戦争講和反対1 
「天皇陛下に和議の破棄を命じたまはんことを請ひ奉る」

2017-12-12日露戦争講和反対2 
白骨の涙

「玲児の蔵書」さんのブログより借用
写真の出所は
「朝日新聞 重要紙面の75年、昭和29年, 朝日新聞社刊」

この当時の朝日新聞はじめ新聞各紙の講和反対論は以下ブログに詳しい。
【日比谷焼き討ち事件と当時の新聞社の扇動考】

上掲ブログで言及している黒岩比佐子氏の著書はこれ


北野幸伯氏が言及し、伊勢雅臣氏が引用している「桂・ハリマン協定破棄問題」、これが間違いであったことは確かだと思う。だがこの当時の報道の過熱ぶりを見ると、はたしてこの協定を進めることができたかどうか、そんな事を真剣に考えざるを得ない。

一言で言えば「朝日新聞が煽った講和反対」、これが「国策を誤ったことは間違いない。
報道とはいかに恐ろしいか良く分かる話である。

しかし政府がキチンと実態を説明し、戦争継続が困難であり、長期戦になれば日本は敗戦する。こんな事が言えただろうか。
こんな事が報道されたら、敵国ロシアを利することは間違いない。だからこんな状態では政府にとって事実をキチンと報道することは自殺行為だった筈だ。

朝日新聞の煽り報道で国策を誤った事例として、しっかり記憶しておきたい。


がしかし、朝日新聞の方はこの古い事例をよく記憶しておられるようだ。
これは朝日新聞論説委員谷津憲郎氏のツィッター
2017-12-12朝日新聞論説委員谷津憲郎 


朝日新聞が「安倍の葬式はうちで出す」などと傲慢な事を言うのは、110年以上前からこんな事例で国策を攪乱した実績が有るからだ。

朝日新聞に騙されてはいけない。これを日本人の常識にせねばいけないですね。


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2017-12-08 16:45

昭和天皇独白録<追記あり

 昭和天皇独白録が落札されたと報道されている。落札したのは高須クリニックの高須克弥氏、歴史的に貴重な資料が散逸しなかったことは大変良かったと思う。

2017-12-8昭和天皇独白録1 

2017-12-8昭和天皇独白録2 

尚この昭和天皇独白録については永らく知られていなかったが、1990年に公開されている。
以下wiki参照ください。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%AD%E5%92%8C%E5%A4%A9%E7%9A%87%E7%8B%AC%E7%99%BD%E9%8C%B2


<以下引用>
http://www.sankei.com/life/news/171207/lif1712070010-n1.html
2017.12.7 09:26

「昭和天皇独白録」落札者は高須クリニック院長高須克弥氏 皇室に提供の意向

 昭和天皇が太平洋戦争などに関する出来事を戦後に回想した「昭和天皇独白録」について、側近が記録した原本とされる文書が6日、ニューヨークで競売に掛けられ、手数料と合わせ27万5千ドル(約3090万円)で落札された。主催した競売会社ボナムスによると、落札者は愛知県西尾市出身で美容外科「高須クリニック」の高須克弥院長。高須氏はツイッター上で文書を皇室に提供する意向を示している。ボナムスは「20世紀の日本の歴史を理解する上で鍵となる資料だ」としている。

 独白録は、昭和天皇が1946年春に張作霖爆殺事件から終戦に至るまでの経緯を側近に語った昭和史の第一級資料。同社によると、競売に出されたのは、側近の故寺崎英成氏が鉛筆などで記録した173ページ分。独白録の内容は90年代に日本で出版され、大きな反響を呼んだ。昭和天皇は独白録で、太平洋戦争の開戦の決定を拒否すれば日本国内は大混乱になり、日本は滅びたであろうと回想している。寺崎氏は昭和天皇と連合国軍総司令部(GHQ)のダグラス・マッカーサー司令官との会見の通訳を務めたことでも知られている。(共同)

<引用終り>


この日米戦争について、アメリカのフーバー元大統領が大著「裏切られた自由 上下」で狂人ルーズベルト大統領が引き起こしたと言っている。
今年7月「裏切られた自由 上」「裏切られた自由 下」邦訳が刊行されている。この著作は大著なので私もまだ読んでいないが、概要は以下で読める。
2017-12-8日米戦争を起こしたのは誰か 

この本の中でルーズベルトの過ち・失政について19項目を挙げているが、この日米開戦に関しては第八番目:1941年7月の日本への全面経済制裁、第九番目の1941年9月の近衛和平提案の拒絶、第十番目の1941年11月、昭和天皇による3か月のスタンドスティル、すなわち冷却期間の拒絶、こんな事が挙げられています。

これを見ていくと昭和天皇の独白、「太平洋戦争の開戦の決定を拒否すれば日本国内は大混乱になり、日本は滅びたであろう」、こんな事が理解できると思う。
もし日本が大混乱に陥れば、最後はソ連の南下政策で日本は滅びていた、そんな話が現実になっていたかもしれぬ。
この頃の共産主義の跳梁跋扈は本当にすごいものだったわけだ。


* 追記します
BBCがこの件をこんな風に報道しています。
Hirohito's WW2 memoir bought by Japanese accused holocaust denier
http://www.bbc.com/news/world-asia-42248054 (英文です)
内容は省略しますが、accused holocaust denierと言うのは、accused は告発されたdenierは否定論者という意味。
ですから見出しは「昭和天皇の回顧録はホロコースト否定論者として告発されている日本人によって購入された」となります。
悪意に満ちた報道だと思います。これが現在の情報戦争なのですね。

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2017-12-05 17:15

ロシアから見た日露戦争


 朝日新聞が捏造し、火をつけた慰安婦騒動や南京大虐殺騒動が最近またもや燃え上がっている。
特に南京事件は最初は日中戦争時代に蒋介石が意図的に捏造しそれをアメリカで拡散したものが最初。それを戦後さらに捏造し世界中にばらまいたのが朝日新聞だった。

しかしそんなものが最近またもや世界中に喧伝されている。いくら事実を説明してもまったく聞く耳を持たない。今そんな状態になっている。

そんな事でどうしてこんな問題がいつまでも日本に降りかかってくるのか考えると、どうしても戦前の話に行きつく。
どうもこの話の大本は日露戦争から始まっている、そんな風にしか考えられないので、この話を纏めてみた。丁度今年はロシア革命100年、旧ロシアの声改め「スプートニク」にその関連記事が有ったので、それを紹介しながら考えてみたい。


最初に問題提起はこんな話から。

雑誌正論2017年7月号の書評欄で大野敏明氏がヘンリー・S・ストークス、植田剛彦著の本の書評でこんな事を言っている。

書評の対象の本は「日本が果たした人類史に輝く大革命 ヘンリー・S・ストークス、植田剛彦著 自由社刊

書評 ジャーナリスト 大野敏明
 20年ほど前、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイに出張したとき、ある少人数のレセプションで、私は老アラブ人から「あなたは日本人ですか」と声をかけられた。うなずく私に、彼は微笑みながら、いまはアメリカ国籍をとっているが、本来はレバノン人であると自己紹介しつつ、日本を深く尊敬しているとして、次のように語り始めた。
 「われわれ中東に生まれた者は、日本について3つの尊敬心をもっている。1つ目は日本が日露戦争に勝利したことだ。中東は長い間、フランス、イギリスなどの白人国の植民地にされてきた。われわれ非白人は白人には逆らえないという絶望感があった。それを同じアジア人である日本が白人の国であるロシアを打ち負かして、われわれもやればできるという大きな希望を与えてくれた」。
 うなずく私に彼は続けた。「2つ目は1941年、日本がアメリカ、イギリスと戦争を始めたことだ。日本は負けたが、われわれは日本人の前にイギリスが屈する姿を見た。それが戦後、アジアだけでなく、アフリカまでもが独立する契機となった」。 彼は続ける。「3つ目は原爆まで落とされて焦土になった日本があっという間に世界第2の経済大国となり、われわれに援助をしてくれるまでになったことだ。一体、日本のこのすごさはどこに秘密があるのか、教えてほしい」
・・・以下略、詳細は下記エントリー参照ください・・・
<引用終り>

この書評でレバノン人の人が凄いと言っている点、これはアジア・アフリカの人々にとって希望の光と言えるのだが、何でも表が有れば裏が有る。この件を白人の見方で見るとどうなるか、その格好の事例が日露戦争だ。

日露戦争はこんな点で凄い戦争だった。
1.小国家日本が超大国ロシアに勝った
  (ロシアは日本に対し、人口で3倍、政府歳入で10倍、兵力で15倍で武器は最先端)
2.歴史上まれにみる一方的勝利(日本海海戦:日本以外では対馬沖海戦と呼ぶ)
3.大航海時代以降初めて、有色人種が白人国家に勝利した
4.アメリカ合衆国が日本をライバル視するようになり、太平洋戦争の遠因になった
5.歴史上はじめてイデオロギー人工国家「ソ連」が出来た(ロシア革命) 


この4のアメリカが日本をライバル視、これは日露戦争終結と同時にアメリカの反日キャンペーン・反日暴動が始まったことで良く分かる。

では一方のロシアはどうだったのか、これが今日のテーマなのだが、丁度今年はロシア革命100年、だからその関連の記事が旧ロシアの声改めスプートニクに出ていた。

<以下スプートニクより引用>

2017-12-5スプートニク1 
ロマノフ王朝最後の皇帝一家

露日戦争からロシア革命まで © Sputnik/
2017年02月20日 20:42

 東京・駒込にある東洋文庫ミュージアムで、今年が1917年のロシアでの2つの革命勃発100周年にあたっていることから「ロマノフ王朝展:日本人の見たロシア、ロシア人の見た日本」が開かれている。展示品の数々は、日本との相互関係の観点からロマノフ帝国の勃興と凋落を物語るものだ。
すでに宮城のリスナーAさんは見学されたとのことだが、我々も、ロシアにおける君主制の打倒をもたらした100年前の出来事を振り返り、そこで日本がどんな役割を演じたかを考えてみたい。

 19世紀末、ロシアでは、すごい勢いで工業が発展した。生産の集中度において、ロシアは20世紀初頭までに、欧州で第一位に躍り出た。国の通貨ルーブルは金本位制で、兌換通貨となり、その事は国外からの資本の流入を強めた。ロシアが、東方に大きな関心を示し始めたのは、そんな時だぅた。極東でのロシアの政策を活性化する力となったシベリア横断鉄道の建設が、全線で続いていた。シベリア開発のためには、太平洋への出口が是非とも必要だった。
一方当時、発展する工業と遅れた農業との間には、巨大な格差が生じており、大量の失業者や 労働者及び農民が感じる恐ろしいばかりの不公平感は、大規模な抗議運動の土壌を作り出していた。革命の機運は、すでに広がっていたが、ツァーリ(皇帝)の政府は、そうした事実を自分達への脅威とは捉えず、明らかに過小評価していた。そんな時に、皇帝となったのがニコライ2世(1894-1917)だった。彼が帝位に着くまで、ロシアは、巨大な官僚システムを持った絶対君主制国家だった。

日本艦隊によるポルト-アルトゥール(旅順)とチェムルポ(済物浦、仁川の旧称)でのロシア船への奇襲攻撃と、それに続く1904年1月の宣戦布告は、ロシア人には恥知らずな挑戦と受け止められ、国内では、異常なほどに愛国的感情が高まった。当時日本は、ロシア人の大部分にとって、取るに足らない、相手にならない弱小国だと受け止められており、日本との戦争は、勝利が運命づけられたものと考えられていた。しかし、バルチック艦隊の殲滅、そして旅順包囲作戦は、日本の艦隊が、広大な帝国に散在する巨大なロシア軍よりもっと優れたものである事を示した。
露日戦争での敗北は、ロシアにおける革命的高揚の唯一の、あるいは最も重要な理由ではなかった。とはいえ、ロシアの歴史学者でロシア科学アカデミーロシア史研究所主任研究員のキリル・ソロヴィヨフ氏は「この出来事の間の関係性を否定することはできない」とみなしている。

以下、ソロヴィヨフ主任研究員の意見を御紹介したい。

 「露日戦争の敗北が、政府の威信を台無しにし、国の権威に打撃となった事は言うまでもない。戦争が始まるまで、ロシアの最上層部の多くの代表者達は、日本をロシアに対抗する能力を持った深刻な敵とは受け止めていなかった。当時『小さな勝利をもたらす戦争』と言われていたのも偶然ではない。しかし戦争は、軍を緊張させ緊縮財政をもたらす。そしてロシア国内において政情不安が高まっている条件下で、戦争は、社会的混乱を加速化させる追加的な要因となった。敗北は、当然ながら、ロシア社会にマイナスとして受け止められ、日本政府と日本社会は、この戦争を通じて自己評価をかなり上げ自信を持った。ロシアは、直面する衝突にどれだけ準備できているのか。あれこれ考えなければならなくなった。事実上、艦隊を丸ごと失い、それらを復活させる必要があった。それには巨大な財政支出が求められた。露日戦争は、軍の再軍備及び軍改革に向けた刺激となった。実際、軍事全般の組織が見直された。このように露日戦争は、1905年の革命的出来事に対してというよりむしろ、国のさらなる発展、とりわけ国防力に関連した事の発展に影響を与えた。」
露日戦争と「ツシマ(対馬)」という言葉は、ロシア人水夫の男らしさとヒロイズムのシンボルとなったばかりでなく、苦い敗北の思い出として人々の心の中に残った。一方、何千人もの兵士や水兵が命を落とし、あるいは捕虜となった事は、帝政権力に対する失望感と批判を強める結果となった。国内は動揺しだし、モスクワやペテルブルグでは、組織的性格を持ったストライキが起きるようになった。最もラジカルな立場を取る政党は、君主制の廃止を求めていた。1905年のロシアの最初の革命は、より社会を強く震撼させた1917年の革命の前触れとなった。そしてこの革命は、何百年もの間ロシアに存在していたあらゆる統治システムの崩壊をもたらしたのであった。

<引用終り>


こんな風に見ているのがロシアから見た日露戦争である。
そしてその結果ロシア革命がおこったのだが、この革命の成功がレーニンをして「敗戦革命理論」を考え出し、その後それを実行してゆく契機となったのである。
敗戦革命は以下wikiを参照ください。

これが今に続く白人国の反日のルーツ、そう思います。

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2017-12-02 16:50

トランプ大統領 ロシア革命百周年で「反共」声明


 現在発売中の正論1月号、江崎道朗氏のSEIRON時評に大変面白い話が載っている。
今年はロシア革命百年で11月7日はその記念日。それに合わせてトランプ大統領が「共産主義犠牲者の国民的記念日」として声明を発表している。

大変興味深い声明なのだが、実はこの声明、日本ではどうも報道されていない。
こんな事が報道されないのが日本のメディアの大問題なのだが、先ずはその声明を紹介したい。

ドナルド・トランプNEWS
トランプ大統領、共産主義犠牲者の国民的記念日を宣言
投稿日:2017年11月9日
<引用元:ホワイトハウス報道資料 2017.11.7>

トランプ大統領は11月7日、共産主義犠牲者の国民的記念日を宣言した。共産主義の犠牲者に限った記念日は、米国では初めてのこと。
<以下がその声明文>

 本日の共産主義犠牲者の国民的記念日は、ロシアで起きたボルシェビキ革命から100周年を記念するものです。ボルシェビキ革命は、ソビエト連邦と数十年に渡る圧政的な共産主義の暗黒の時代を生み出しました。共産主義は、自由、繁栄、人間の命の尊厳とは相容れない政治思想です。

前世紀から、世界の共産主義者による全体主義政権は1億人以上の人を殺害し、それ以上の数多くの人々を搾取、暴力、そして甚大な惨状に晒しました。このような活動は、偽の見せかけだけの自由の下で、罪のない人々から神が与えた自由な信仰の権利、結社の自由、そして極めて神聖な他の多くの権利を組織的に奪いました。自由を切望する市民は、抑圧、暴力、そして恐怖を用いて支配下に置かれたのです。

今日、私たちは亡くなった方々のことを偲び、今も共産主義の下で苦しむすべての人々に思いを寄せます。彼らのことを思い起こし、そして世界中で自由と機会を広めるために戦った人々の不屈の精神を称え、私たちの国は、より明るく自由な未来を切望するすべての人のために、自由の光を輝かせようという固い決意を再確認します。

<引用ここまで>


SEIRON時評  江崎道朗しはこの声明についてこんな事を言っています。

 この声明のポイントは、以下の通り。
 第一に、ロシア革命百周年に際して、改めて共産主義の問題点を強調したことだ。その背景には、アメリカで現在、共産主義に共鳴し、自由主義、民主主義を敵視する風潮がサヨク・リベラル側の間で強まっていることがある。

 第二に、20世紀において最大の犠牲者を生んだのは戦争ではなく、共産主義であったことを指摘したことだ。
(注:この犠牲者が1億人以上という数字に言及したことが大きい、これは1997年に「共産主義黒書」で明らかにされた数字だが、最近の研究ではさらに数字は膨れ上がっているようだ)

 第三に、《今も共産主義の下で苦しむすべての人々に思いを寄せます》として、共産主義の脅威は現在進行形であることを指摘したことだ。
 日本では東西冷戦の終了とともにイデオロギー対立の時代は終わったかのような「誤解」が振り撒かれた。
 だがトランプ大統領は、共産主義とその変形である全体主義の脅威が北朝鮮、そして中国において現在進行形であることを理解している、極めて珍しい指導者なのだ。
 ちなみにこの声明を出した翌日は中国を訪問している。アジア大平洋の平和と経済的利益のため中国共産党政府と取引をするが、だからといって《今も共産主義の下で苦しむすべての人々》を忘れるつもりはないとの基本哲学を示したわけだ。

 そのうえで第四に、アメリカ・ファーストを掲げているものの、共産主義・全体主義と戦う同盟国と連携し、「世界の」自由を守る方針を貫くと表明したのだ。

<引用ここまで>


こんな事はもう昔話かというとそうでは無い。現に共産主義をいまだに信奉している中国・北朝鮮を天国の如く崇め奉っている連中が日本にもいる。国会内でもそんな手合いが徘徊しているのだから他人ごとではない訳だ。


所でこの報道、流石に旧ロシアの声改め「スプートニク」では報道している。
https://jp.sputniknews.com/politics/201711084257099/
米政府 ロシア10月革命100周年に関する声明 © Sputnik/ Natalia Seliverstova
2017年11月08日 14:59(アップデート 2017年11月08日 15:20) 
米国政府は7日、ロシアの10月革命記念日に合わせ「共産主義による犠牲者の日」として声明を発表し、同革命以降100年の間に「共産全体主義体制」による犠牲者が世界全体で1億人を超えたとの見解を示した。

関連報道1
https://jp.sputniknews.com/opinion/201711074253726/
ロシア革命から100年... これになぜ日本が関係しているのか? 
2017年11月07日 13:01(アップデート 2017年11月07日 22:37) 
ロシアは1917年のロシア革命から100年を迎えた。全ロシア世論調査センターが今年10月に実施した世論調査によると、回答者の46%がロシア革命を肯定的に評価し、同じく46%が否定的な評価を与えていることがわかった。また革命の主な原因は「国民の困難な状況」だったと考える人は45%、「政府当局の弱さ」が原因だったと答えた人は20%、「ロシア人の敵の陰謀」だったとする人は12%。なおロシア人の92%が、いま「国で革命が起こるのを許してはならない」と確信していることがわかった。なぜなら革命は流血と結びついているからだ。
・・・中略・・・
興味深いのは、ロシア革命100周年が他の国々でも注目を浴びていることだ。現在の60代以上の日本人は、若い頃に学生運動が盛んだったこともあり、ある意味でロシア革命やソ連社会主義といったものに郷愁を感じている人が少なくない。これに関連した様々なイベントも開かれている。例えば、宝塚歌劇団は「『神々の土地』~ロマノフたちの黄昏~」というミュージカルを上映している。
・・・以下略・・・

関連報道2
露日戦争からロシア革命まで
(この件は大変興味深い内容なので、別途エントリーします)

関連報道3
https://jp.sputniknews.com/opinion/201702283382731/
革命から100年:知られざる亡命者が日本に残してくれたもの 
2017年02月28日 09:11
ロシアは、100年という歳月のうちに、帝政ロシア、ソビエト連邦、そして現代ロシアと、政治体制が3回も変わった稀有な国だ。今年は、ロマノフ王朝が崩壊した二月革命から100周年を迎える。当時、多数のロシア人が混乱する祖国を離れ、移民となった。内戦から逃れた人や、人種のために迫害を受けた人、政治体制に反対する人など、それぞれに様々な事情があった。
政治信条や人種に関わらず、革命後に祖国を逃れ移民した人々は、総称して白系ロシア人と呼ばれている。革命後、1921年までに約200万人がロシアから亡命した。そのうち日本へ何人くらい逃れてきたのか、正確な数字は不明だ。ロシア人の住民登録者数が最も多かったのは1930年(昭和5年)の1666人であるが、これはあくまでも居住者として登録された数。実際は未登録の人や日本を経由し第三国へ逃れていった人が相当数おり、革命直後は、おそらく五千人から一万人の間くらいという規模でロシア人が滞在していたと見られている。
・・・中略・・・
澤田氏によれば、白系ロシア人が生計を立てる手段としては、まず羅紗(らしゃ)や洋服の行商があった。和服から洋服へ日本人の普段着が移行するにあたって、白系ロシア人はこれを促進した。バレエ、ピアノ、バイオリンを教えて優れた弟子を育てたのも彼らだ。エリアナ・パヴロワは、日本バレエの母とも言われている。1913年に開校したばかりの宝塚音楽学校で、ダンスや歌の教鞭をとった人もいた。スポーツ界では日本で初めての外国出身プロ野球選手となったヴィクトル・スタルヒン、製菓業界では高級チョコレートを日本にもたらしたフョードルとヴァレンチンのモロゾフ父子やマカール・ゴンチャロフといった人々が有名である。
・・・以下略・・・



最後の江碕道朗氏の論稿を全文引用します。

<以下月刊正論 平成30年1月号 SEIRON時評 江崎 道朗 を全文引用>
●ロシア革命百周年で「反共」声明
 トランプ大統領のアジア歴訪をどう見るのか。
 トランプ大統領は11月15日、ホワイト(ウスで演説し、《今回のアジア歴訪には「対北朝鮮で世界を団結させる」「米国の同盟関係と、『自由で開かれたインド太平洋』での経済協力の強化」「公正で互恵的な貿易の実現」という三つの重要な目的があったと強調した。
 その上で「アジアで、我々が送ったメッセージは明確になり、十分に受け止められた。それは、米国はアジアで競争し、ビジネスを展開し、我々の価値と安全を守る、ということだ」と語った)(朝日新聞デジタル201711月16日)
 ここでいう「我々の価値」とは何だろうか。
 まず注目したいのが、韓国を訪問し11月7日、ホワイトハウスが公表した、トランプ大統領による、共産主義犠牲者の国民的記念日(National Day for thc Victims ofCommunism)41Fだ。共産主義の犠牲者に限った記念日は、アメリカでは初めてのことだ。
 
 重要な声明なので全文を紹介しておきたい。

 《本日の共産主義犠牲者の国民的記念日は、ロシアで起きたボルシェビキ革命から100周年を記念するものです。ボルシェビキ革命は、ソビエト連邦と数十年に渡る圧政的な共産主義の暗黒の時代を生み出しました。共産主義は、自由、繁栄、人間の命の尊厳とは相容れない政治思想です。
 前世紀から、世界の共産主義者による全体主義政権は1億人以上の人を殺害し、それ以上の数多くの人々を搾取、暴力、そして甚大な惨状に晒しました。このような活動は、偽の見せかけだけの自由の下で、罪のない人々から神が与えた自由な信仰の権利、結社の自由、そして極めて神聖な他の多くの権利を組織的に奪いました。自由を切望する市民は、抑圧、暴力、そして恐怖を用いて支配下に置かれたのです。
 今日、私たちは亡くなった方々のことを偲び、今も共産主義の下で苦しむすべての人々に思いを寄せます 彼らのことを思い起こし、そして世界中で自由と機会を広めるために戦った人々の不屈の精神を称え、私たちの国は、より明るく自由な未来を切望するすべての人のために、自由の光を輝かせようという固い決意を再確認します》(邦訳はドナルド・トランプNEWS http://lovetrumPjapan'oops.jp/2017/1 1/09/nati〇nal‐day‐fbr‐the.victims‐ofucommunism/)

 この声明のポイントは、以下の通り。第一に、ロシア革命百周年に際して、改めて共産主義の問題点を強調したことだ。その背景には、アメリカで現在、共産主義に共鳴し、自由主義、民主主義を敵視する風潮がサヨク・リベラル側の間で強まっていることがある。
 第二に、20世紀において最大の犠牲者を生んだのは戦争ではなく、共産主義であったことを指摘したことだ。
 第三に、(今も共産主義の下で苦しむすべての人々に思いを寄せます》として、共産主義の脅威は現在進行形であることを指摘したことだ。
 日本では東西冷戦の終了とともにイデオロギー対立の時代は終わったかのような「誤解」が振り撒かれた。
 だがトランプ大統領は、共産主義とその変形である全体主義の脅威が北朝鮮、そして中国において現在進行形であることを理解している、極めて珍しい指導者なのだ。
 ちなみにこの声明を出した翌日は中国を訪問している。アジア大平洋の平和と経済的利益のため中国共産党政府と取引をするが、だからといって《今も共産主義の下で苦しむすべての人々》を忘れるつもりはないとの基本哲学を示したわけだ。
 そのうえで第四に、アメリカ・ファーストを掲げているものの、共産主義・全体主義と戦う同盟国と連携し、「世界の」自由を守る方針を貫くと表明したのだ。

●監獄国家、北朝鮮

 この声明をより具体化させたのが、その翌日の8日に韓国の国会でトランプが行った演説だ。ホワイトハウス発表の英文をもとに読売新聞が翻訳しているので、重要なところだけ紹介しよう(読売新聞2017年11月9日朝刊)

 目を引くのは、金正恩体制のもとで苦しむ北朝鮮人民の苦境について詳しく述べていることだ。
 《韓国の奇跡は、1953年に自由な国々の軍隊が進撃した地点--ソウルから北へちょうど24マイル(約38キロ・メートル)の地点までしか届いていない。そこで終り、すべてが止まった。行き止まりだ。繁栄はそこで止まり、残念ながらそこからは監獄国家、北朝鮮が始まる。
 北朝鮮の労働者たちは、耐え難い状況下で、へとへとになりながら何時間もほぼ無給で働いている。最近、すべての労働者が70日間連続での労働を命じられた。休みたいなら金を払わなければならない。
 北朝鮮の家族は、給排水もない家に暮らし、電気が来ている家は半分にも満たない。親たちは、息子や娘が強制労働に送られるのを免除してもらおうと教師に賄賂を贈る。1990年代には100万人以上が餓死した。今日も飢えによる死者が続いている。
 5歳未満の子供たちの約30%は、栄養失調による発育不良に苦しんでいる。北朝鮮政権は2012、13年に、その独裁者たちをたたえる記念碑や塔、像をこれまで以上に建造し、それに費やした費用は約2億ドルに上ったと見積もられる。これは、国民の生活改善に充てた予算の約半分に及ぶ )
 北朝鮮の人権侵害をここまで具体的に指摘した政治指導者は恐らくトランプが初めてだろう。

●「今は力を示す時」

 トランプは更に拉致被害者のことにも触れながら、北朝鮮を支援している中国共産党政府をこう批判した。
 《北朝鮮では推定で約10万人が強制収容所で強制労働に従事させられ、日常的に拷問や飢餓、レイプ、殺人にさらされている。
 祖父が反逆罪に問われたために、ある9歳の男の子が10年間も監獄に入れられた事例が知られている。別の例では、ある生徒が金正恩の伝記のほんの細かい一節を忘れただけで殴打された。
 兵士が外国人を拉致し、北朝鮮のスパイのための語学教師として従事させてきた。
 朝鮮戦争以前、キリスト教徒の拠点の一つだった地域では、キリスト教徒やほかの信仰を持つ人々は、今日、祈りをささげたり聖典を持っていたりしただけで、拘束され、拷問され、多くの場合、処刑されることさえある。
 北朝鮮の女性は、民族的に劣等と見なされる赤ちゃんの中絶を強いられる。新生児は殺される。中国人の父親との間に生まれたある赤ちゃんは、バケツに入れて連れて行かれた。衛兵は、不純で生きる価値がないと言い放った。
 それなのに、中国は北朝鮮を支援する義務をなぜ感じるのだろうか》
 中国をこう批判する一方で、北朝鮮に対峙してきた韓国を高く評価した。
 《歴史の実験室とされたこの半島で行われた、悲劇的な実験の結果を私たちは見てきた。それは一つの民族でありながら、二つになった朝鮮の物語だ。
 一つの朝鮮では、国民が自分たちの生命と国家を支配し、自由と正義、文明の将来を選び、信じられない成果を出した。もう一つの朝鮮では指導者たちが、専制政治とファシズム、圧政の旗印の下に、国民を投獄している。この実験の結論は、完全に明自だ。
 1950年に朝鮮戦争が勃発した時、二つの朝鮮で、1人当たりの国内総生産(GDP)はほぼ等しかった。しかし1990年代までに、韓国の富は北朝鮮を10倍以上も上回った。今日、韓国経済は40倍以上も大きい。ちょっと前に同じレベルだったのが今は40倍になっている。韓国のあなたたちが正しいことをしている》
 韓国では、「民族自立を貫いた北朝鮮こそ素晴らしい」というプロバガンダがサヨク・マスコミによって繰り広げられ、文在寅政権も同調しているが、それを真っ向から批判したのだ。
 こうした政治哲学のもとトランプ大統領は、同盟国の自由も守ると断言した。
 《言い訳をする時は終わった。今は力を示す時だ。平和を欲するなら、一貫して断固とした態度を取るべきだ。世界は、ならず者の体制が核爆発による荒廃をもたらすと脅迫するのを容認することはできない》
 国際政治は妥協がつきものであり、中国の習近平国家主席とのやり取りには不安を覚えるが、それでもトランプ自身が確固たる政治信念、つまり共産主義・全体主義と戦うことを明確に示したことは注目しておきたい。
<引用終り>


  1. 社会主義・共産主義
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