2017-02-28 17:08

中国にへつらうハリウッド

 アメリカの映画の祭典アカデミー賞授賞式でとんだ椿事発生。
これはBBC報道の受賞作品取り違えの様子。違い違う、ラ・ラ・ランドじゃなくこれだ、「ムーンライトだ」と書類をカメラの前に見せている様子。(BBCより)
2017-2-28アカデミー賞授賞式での椿事 


さて騒動の話はこれくらいにして、私が言いたいのは映画界は「中国に媚びへつらっている」、そんな話である。

元々映画界が赤い思想に染まっていることは以前からよく知られていて、1947年頃からのマッカーシー旋風では、ハリウッドからも多数の共産主義者と疑われた人が出た。
そして今回の授賞式では多数の人がスピーチでトランプ批判を行うという政治色の強いものだった。

そんな事なのだが、アカデミー賞とは全く関係なく、アメリカ映画界が中国にへつらっている。
こんな話が現在発売中の雑誌「Hanada」4月号の世界の雑誌からという書評欄に載っている。

2017-2-28月刊HANADA4月号世界の雑誌から 

<興味深い話なので以下引用>

世界の雑誌から   河村真木
~中国にへつらうハリウッド~
      『Time Asia』二月六日号

 〈日本、中東、ヨーロッパの映画会社は長い間、ハリウッドに大金を注いできた。が、中国は違う〉
 チャイナ・メディア・キャピタルを率いる黎瑞剛氏によると、〈「中国にはハリウッドに注ぎ込む資金もあれば、素晴らしい市場もある」〉。二〇一五年、中国では〈平均して一日に二十二の新しいスクリーンが誕生〉
〈興行収入も二〇一四年比で五〇%アップ〉。興行収入で米を抜くのは時間の問題と言われる。
 中国の権勢は、ジヤッキー・チェン氏の言葉にも表れている。
 〈「最近、ハリウッドの住人は僕に『中国の観客はこれ、気に入るかな?』と訊いてくる。脚本家、プロデューサーはみな、中国のことを気にかけている」〉
 市場の縮小が進むアメリカにとって、中国市場は存在感を増すばかり。米映画界は、中国政府に目を付けられまいと必死で自主規制までし始めた。
 去年の暮れ、米中で公開されたマーベル・コミック原作の『ドクター・ストレンジ』。
<原作に登場するチベットの魔術師は、映画版ではティルダ・スウィントン演ずるケルト人女性という設定に変更されている>

 米議会の超党派グループは昨秋、会計検査院に対し、中国を名指しにしたうえで、〈安全保障の定義を広げて、プロパガンダやメディア・映画などのソフト産業を支配しようとする動きにも注意を払うべきではないか?〉と懸念を表している

Hanada-2017年4月号・142頁
<引用終り>


中国は巨大な市場である。巨大な市場という事は巨額のカネが動くこと。その金目当てに金の亡者が蠢くという事であるが、メディアとしての良心をかなぐり捨てて金のある所にすり寄る。
これがハリウッドであるという事だ。

日本にもこれに類する連中があちこちにいる。最近では東京新聞などそのいい例ではないだろうか。

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2017-02-27 17:03

憎しみの種を植える中国 加担するマスゴミたちは責任を負う

 産経新聞にマイケル・ヨン氏の興味深いコラムが掲載されている。中国の反日プロパガンダが中国・韓国人に憎しみの種を植え付け、それが何時なんどき深刻な被害を与えるかわからない現状だが、アメリカのマスゴミ記者が安易にそれに騙されている。

マイケル・ヨン氏の最後の言葉はヨン氏の危機感の表れだと思う。
『中国が人々の心に植え付ける憎悪によって日本人が殺害されるのは、もはや時間の問題である』

大変貴重な話なので、少々長いが全文引用します。
尚引用文中太字などは引用者責任です。

<以下引用>

憎しみの種を植える中国 加担する記者たちは責任を負う 米国人ジャーナリスト、マイケル・ヨン
2017.2.25 01:00

2017-2-27マイケル・ヨン撮影の靖国神社 

  アメリカ人のジャーナリストに、「あなたは中国政府を信じるか」と尋ねてみなさい。もし、答えがイエスであるなら、もうその人と何も話す必要はない。しかし、もし、答えがノーであるならば、次には「彼ら(中国政府)は、日本について真実を語っていると思うか」とたださなければならない。

 中国は、死をもたらす情報戦争を主導している。第一の標的は日本。最終的な目標は米国だ。2年以上、私たちのチームは、中国が推し進める過激化プログラムが、日本を標的としたテロの発生につながるだろうと警鐘を鳴らしてきた。これらの警告が正しかったことは、小規模な攻撃が加えられたことなどから証明されている。

 2015年11月には、過激な韓国人の男が靖国神社内で爆発物を起爆させた。男は韓国に逃亡したが、翌月、日本に戻ったところを逮捕された。

 2013年には、別の韓国人の男が靖国神社に不法侵入し、建物にシンナーが入った缶を投げつけて取り押さえられた。これは2011年に中国籍の男が靖国神社の門に放火した事件を模倣したものとみられている。同じ男がその後、ソウルの日本大使館を襲撃し、逮捕された。しかし、男が靖国神社放火犯だとわかると、韓国当局は男の身柄引き渡しを拒否した。

 さらに、2010年に日本大使殺害未遂事件を引き起こした韓国人の慰安婦活動家が、2015年には、米国のリッパート駐韓大使暗殺未遂事件を起こし、大使は刃物で顔を切りつけられて血まみれになった。

 中国、韓国のメディアと両国政府が、日本を悪魔のように扱うことが多くなるにつれ、同様の事件が増え、それが当たり前のようになってきているのだ。



  私は個人的に、この題材などについて中国、韓国、日本、タイ、台湾、フィリピン、オーストラリア、インドネシア、マレーシア、ミャンマー、そして米国の11カ国・地域で調査を行った。だが、反日感情を持つとプロパガンダ(政治宣伝)されているこれらの国のほとんどが、まったく逆の状況であった。たとえば、インドネシアでは、日本人は同国の独立のために戦ったとして、米国のアーリントン国立墓地に相当するインドネシアの墓地に埋葬されている。私と研究チームの仲間は実際、数千ものイスラム教徒が眠る墓地に、日本人がまず先に埋葬されているのを見た。

 タイも、(日本人に対する)恨みを持った国であると喧伝されている。私は米国人だが、私のタイ人の家族は、休暇には日本に旅行する。タイ人たちは、日本人に対する恨みなどはない。彼らは、(日本人を)仲間だと思っている。市民の草の根レベルから政府まで、関係は良好である。

 私の事務所近くのバン・カットには、日本兵を祀った大きな記念碑が学校の敷地内にある。もし、日本人が地域を破壊し尽そうとしたなら、タイ人たちは1万8000人もの日本兵士の記念碑を学校に建立するのを許すだろうか。タイのアピシット・ウェーチャチーワ元首相とバンコクで個人的に話す機会があり、靖国神社や慰安婦について、タイの立場について尋ねたが、答えは、何もないだった。



  一握りの日本人たちは、第二次大戦の戦場だったバターンやカンチャナブリで戦争犯罪は行われなかったと、主張している。私たちはこれらの場所やほかの場所でも調査を行った。その結果、日本兵による戦争犯罪は事実であった。ただ、反日プロパガンダとは異なり、その問題について学んだほとんどの日本人は、証明された事実やほぼ確実な事実については痛恨の念を表明している。

 しかしながら、日本人が慰安婦として40万人もの女性たちを性の奴隷として組織的に誘拐していたというプロパガンダは偽りだ。そうしたことは起きなかった。20年前、先ほどの誘拐された女性の数は20万人だったが、その前には2万人だった。このまま増え続けると、そのうち100万人になるだろう。誰も、慰安婦という名の合法的な売春制度が存在していたことを、議論しようとしているわけではないのだ。慰安婦制度は存在していた。そして、韓国にも、そのほかの国にも、いまなおそうしたものが存在している。

 こうした慰安婦たちは、旧オランダ領のジャワ島でいくつか報告されているほか、私もミャンマーのカロゴン村で新たに3人の元慰安婦の女性を見つけた。97歳の生存者にも聞き取り調査も行った。しかしながら、ほとんどの女性たちは自ら奉仕していたと語った。ただ、朝鮮人のブローカーたちにだまされて、連れてこられたという女性たちもいた。



  ある米国人の作家で、有力な雑誌のジャーナリストが、ソウルを旅して突然、慰安婦についての記事を発表した。彼の記事は、中国と韓国の視点を載せたものだった。私は彼に電話をして、どこから情報を得たのか尋ねた。

 彼と、ほかのジャーナリストたちはツアーに招かれ、「説得力のある」展示をみせられたのだ。私も同じツアーに参加したが、時期が違った。詐欺であることは明らかだった。真摯な研究者はこうした罠には陥らない。しかし、ジャーナリストたちは、日々、誤った方向に報道を繰り返す。偽りのニュースは広がり、しばし、それを邪魔する者を破壊するのに十分な慣性を得るのである。

 私は、丁重に彼が情報戦の渦中に踏み込んだことを知らせた。彼は、自らを守る姿勢に転じ、私がホロコーストを否定する者であると非難した。ホロコーストは実際にあった出来事だ。その証拠は動かしがたい。だが、日本とはまったく無関係なのである。彼は、反日勢力理想的な道具となった。情報の戦士たちは、キーボードをたたくことで雄叫びをあげる。勝ち誇った叫び声なしに、情報戦はうまくいかないのだ。

 ソウルでの3週間に及ぶ調査では、毎日のように、時には1日に数回、ソウルの日本大使館前の慰安婦像に足を運んだ。今から1年以上前のことだが、反日団体として知られる韓国挺身隊問題対策協議会の活動の一環として学生たちは、像のそばに24時間体制で寝泊まりしていた。カトリック教会の修道女たちもしばしば彼らとともに夜を徹して抗議行動を行うのだ。ソウルのカトリック教会は、公然とこうした政治的な憎悪が波及するのを助け、日本大使館前で毎週のように行われる抗議行動に参加している。ソウルにあるフランシスコ会修道院の入り口にまで、慰安婦像が設置されていた。



  中国の南京では、大虐殺をテーマにした巨大な博物館に行った。建築費は、数千万ドルはかかっただろう。そこは、中国政府が支援してつくった、日本への憎しみを焚きつける場所のひとつであった。建物の前には、生徒たちで満員となったバスが次々到着し列をつくり、生徒たちは鮮やかな色の旗を持ったガイドに連れられてディズニーランドの水準にある博物館に入る。博物館の展示物は、忘れられないほどショッキングなものだ。1000点以上にも上る展示品は、スマホのカメラで撮影しやすいようにライトで照らされ、斬首している人形の写真撮影を勧めている。博物館は、まさに(情報戦争の)最前線の武器となっているのだ。

 南京で様々な者たちによる戦争犯罪は起きた。日本人も部分的には責任を負っている。しかし、中国側が誇張するほどのものではない。日本は過ちに対する自責の念を表明したが、中国は決して自らの過ちを認めない。中国側は現在、30万人が殺害され、多くの女性がレイプされたと主張している。米国の反日ジャーナリストたちは、当時の犠牲者数は2万から3万人だとしている。中国側は決して明らかにはしないだが、犠牲者の多くは、中国国内で起きていた内戦に起因するものなのである。

 現段階で最低限言えることは、▽南京において戦争犯罪は発生した▽犠牲者の数は、宣伝されている数より遙かに少ない▽中国人の軍人自身が多くの残忍な行為に関わっていた▽そして、現在、中国側はそれ(南京事件)を、国民が日本への憎悪を育むための肥料として使っている-という事実である。



  米国のベストセラー作家、ローラ・ヒレンブランド氏が著書『アンブロークン』において、第二次大戦中の1944年、日本軍が北マリアナ諸島のテニアン島で、5000人の朝鮮人を皆殺しにしたと偽りの主張を二度もして、真っ黒なしみを残してしまった。私たちは、彼女の主張に反論した。そして、軽蔑され、さげすまれた。ヒレンブランド氏は、まだ生存している可能性がある人々たちに対して、戦争犯罪の疑いをかけたのだ。戦争犯罪に対する時効というものは存在していない。

 ヒレンブランド氏が1944年に起きたと主張する虐殺のすぐ後に、米軍はテニアン島に侵攻し占領。その島から2つの原爆投下作戦を遂行した。私たちの調査チームは、朝鮮人たちが元気に生存していた証拠である米国の月間人口調査報告など多くの文書を見つけた。それらの中には、朝鮮人たちが日本を敗戦に導くため、666ドル35セントの寄付をしたとする文書も含まれている。

 私たちは、ヒレンブランド氏が彼女の読者たちを欺いたことを証明した。最後に私は、ヒレンブランド氏、もしくは彼女の告発が正しいと証明できた最初の人物に対し、2万ドルを支払うと公表した。もし、その告発が真実であるなら、驚くほど簡単に証明できるはずだが、いまだ証明した者はいない。

 もう一つの情報戦の舞台は、東京にある靖国神社だ。私を含む米国の退役軍人の多くがその聖なる地を参拝し、自分たちの祖先とかつて戦った日本人に敬意を示している。慰安婦や南京に焦点を当て憎悪を扇動することは、人々が靖国神社への参拝に対し、感情的に反応するよう仕向けているのだ。しかしながら、靖国神社を批判する者や抗議する活動家たちは、北京でガラスの下に横たわる、史上最悪の大量虐殺を行った毛沢東の蝋人形を中国が崇拝している、という皮肉を決して口にはしない。



  靖国神社とアーリントン国立墓地を比較すると、アメリカ人の中にも反発する人が出てくる。彼らは、自分たちにとって都合のよい見識に合うように勝手に決めつける人か、靖国には戦犯たちが合祀されていると、反発するかのどちらかだ。しかし、アーリントンにも戦犯たちが埋葬されていると反論することはできる。私たちの内戦(南北戦争)で(合衆国に反旗を翻し、敗れた)南軍の軍人たちもアーリントンには眠る。彼らは、奴隷制度存続のために戦った。フィリピンでの暴動や、アメリカ大陸の原住民に対する扱いなど、ほとんどすべての戦争の戦犯たちがアーリントンには確かに埋葬されているのである。

 ベトナム戦争中に起きたソンミ村での虐殺事件で、軍事法廷で処分を受けたコスター准将も、その一例である。コスター准将は、第二次大戦後に戦犯として処刑され、靖国神社に合祀された山下奉文大将とも比較される。コスター准将は、(米陸軍士官学校の敷地内につくられた)ウエスト・ポイント墓地(第18区画、G列、墓標番号084B)に埋葬された。果たして、米国人はベトナムの大統領からの不満表明を真剣に受け止めるだろうか。あるいは、政府高官がアーリントンかウエスト・ポイントの墓地に敬意を表したとして、何か問題が起こるだろうか。

 米国で尊敬されている指導者のひとり、米軍人のカーチス・ルメイ大将は、こんな名言を残した。「もし、私たちが戦争に敗れれば、われわれはすべて戦犯として罰せられていただろう」



  日本人の死生観は、ほかの多くの国の人たちとは異なっている。神道では、死んだ人はすべて平等になる。突如として、将軍も、個人の権利も、犯罪者も、聖人もなくなるのだ。すべての人は、ニュートラルなものとなるのだ。ロサンゼルスには、ほとんどの隊員が日系アメリカ人からなる第442連隊戦闘団の記念碑がある。第二次大戦中につくられた第442連隊戦闘団は、米国史上最も多くの勲章を受けた部隊となった。第442連隊戦闘団は、記念碑を有し、それは正真正銘、名誉ある場所なのである。第442連隊戦闘団の記念碑は、戦没した英雄たちの名が刻み込まれた大きな壁だ。だが、そこに階級は記されていない。彼らの魂は平等なのだ。これが日本人の価値観なのである。

 靖国神社には、240万柱以上の英霊が祀られている。朝鮮人も、軍務で亡くなった動物たちも含まれている。その中には、14柱のA級戦犯も含まれている。中国人は、これをうまく使ってアメリカ人をだまし、韓国人をたきつけ刺激する。その一方で、中国人は、日本の残虐行為を批判しながら大虐殺を行った毛沢東を礼賛し続けている。だまされやすいアメリカ人は特に、この皮肉の意味を理解できないのだ。朝鮮人たちは、彼らが日本国民として、日本軍兵士や将校として戦った事実に目を背けたいようだ。ただし、アメリカ人捕虜たちを虐待した「日本の」憲兵隊の多くは、実は朝鮮人たちだった。しかし、こんな事実もほとんど語られない。



  中国は、日本人が悪霊を呪文で呼び起こすために靖国神社に祈りを捧げていると宣伝することで、中国自身の犯罪から目をそらさせ、日米の関係に摩擦を起こすという一石二鳥の効果を得るのである。これはまるで、映画の筋書きのようである。

 2016年12月29日、日本の防衛大臣が靖国神社を参拝した。予測されたように、米紙ワシントン・ポストは次のように伝えた。

 「東京発-米国の真珠湾から先ほど帰国した日本の防衛大臣、稲田朋美氏が木曜日、戦犯たちを含む日本の戦没者を祀った東京にある神社を参拝した…稲田氏の参拝と、それに先立ち行われた別の閣僚による同神社への参拝は、日本に隣接する韓国と中国から非難を浴びた」-。

 中国政府は、人々の心に憎しみを植え付け、過激化させることで、紛争が起こるように仕向けている。これは、マインド・ゲームどころの話ではない。人々が武器と化すのである

 中国が人々の心に植え付ける憎悪によって日本人が殺害されるのは、もはや時間の問題である。そして、中国が作り出す、日本で軍国化が進んでいるという神話は、もはや単なる予言ではなくなるだろう。だまされやすい記者たちは、そうした結果をもたらすことに責任を負う必要がある

 
■マイケル・ヨン 1964年、米国・フロリダ州ウィンターヘイブン生まれ。元グリーンベレー隊員だったが、90年代以降、独立した特派員として活動を開始。イラク戦争やアフガニスタン戦争の前線の真実を伝えたリポートが評価された。慰安婦問題では、米政府が3千万ドル(約35億6200万円)と7年の歳月をかけた調査で強制連行や性奴隷化を裏付ける証拠は発見できなかったと結論づけたIWG報告書をスクープした。

 ヨン氏は「中国の謀略としての慰安婦問題」と題してジャーナリストの古森義久氏とも対談。その内容は発売中の正論3月号に掲載されている。

<引用終り>

マイケル・ヨン氏の警告を日本のアホマスゴミにもしっかり聞かせたいものだ。それと同時に、身近なところにいる中国人・韓国朝鮮人が、心の中にこんな煮えたぎるような憎悪を持っていることを忘れてはならないだろう。
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2017-02-24 21:59

厩戸王(聖徳太子)は戦後出てきた呼び方らしい

 文科省が聖徳太子を厩戸王(うまやどのおう)と言わせたいらしい。
この件はコメント欄で質問があり、また裏の桜さんも取り上げている。
ガンは文科省か???
http://sakuraura.blog.fc2.com/blog-entry-4150.html

そこで私の現在知っていることを書いてみたい。と言っても研究者の受け売りです。
駒澤大学の石井公成先生が「聖徳太子研究の最前線」というブログを書いています。この分野での最新研究の成果を纏めて見えるのですが、石井先生もこの「厩戸王(うまやどのおう)」は可笑しいと言っています。
またこのエントリーは都民ですさんへの回答でもあります。


指導要領改定案の問題点:「厩戸王」は戦後に仮に想定された名、「うまやどのおう」も不適切【訂正】

全文は以下引用しますが、私の独断と偏見でまとめた結論
・ 「厩戸王」は戦後に仮に想定された名、江戸時代末期に使用例はあるが、全く飛鳥時代とは縁のない所での使用例でこの当時こんな事を言われていたとは考えにくい。
また「うまやどのおう」は現代の読み方、飛鳥時代なら「うまやと(濁らない)」「のみこ」又は「のおおきみ」と訓まれている筈。
第一「うまやど」は訓読み、「おう」は音読みの重箱読み。飛鳥時代から重箱読みなんてあったんですかねえ。

・ 聖徳太子という名前は奈良中期の『懐風藻』の序に見えるのが最初、しかしこれは天皇の漢字諡號(天皇没後に贈られるおくり名)で奈良時代になって定められたもの。だからと言って、これで聖徳太子はいなかったなどとは言えないはず。そんな事を言ったら欽明天皇も推古天皇も天智天皇も天武天皇も使えないことになる。

・ だから聖徳太子(厩戸皇子)で何ら問題ないとおもう。


では研究者の方の言っていることを紹介します。

<以下「聖徳太子研究の最前線」より引用>

指導要領改定案の問題点:「厩戸王」は戦後に仮に想定された名、「うまやどのおう」も不適切【訂正】
2017年02月23日 

 2月14日に小学校や中学校などの指導要領の改定案が公表され、新聞などでも報道されました。その歴史教科書の改定案を見てみました。文部科学省は、パブリックコメントを受け付けるとのことですので、出しておく予定です。

 報道によれば、文科省の説明としては、聖徳太子という名は没後になって使われるようになったため、歴史学で一般的に用いられている「厩戸王(うまやどのおう)」との併記の形とし、人物に親しむ段階である小学校では「聖徳太子(厩戸王<うまやどのおう>)」、史実を学ぶ中学では「厩戸王<うまやどのおう>(聖徳太子)」とする由。

 これは奇妙な話ですね。後代の呼び方はいけないのであれば、天皇の漢字諡號は奈良時代になって定められたのですから、欽明天皇も推古天皇も天智天皇も天武天皇も使えないことになります。さらに重要なのは、奈良時代から用いられるようになった漢字諡號などと違い、「厩戸王」という言葉は、使われた証拠がまったくないことでしょう。どの時代の史料にも見えません。

 「聖徳太子」という名は、現存史料による限りでは、奈良中期の『懐風藻』の序に見えるのが最初であり、生前に用いられていたことを示す資料はないのは事実です。聖徳太子という名称を用いると、後代の伝説化されたイメージが強くなりすぎるという懸念はあるでしょう。

 しかし、「厩戸王」はもっと問題があるのです。このブログで何度も書き(こちら)、拙著『聖徳太子-実像と伝説の間-』(春秋社、2016年)でも強調したように、「厩戸王」というのは、良心的な研究者であった広島大学の小倉豊文氏が、戦後になってから後代のイメージに縛られずに研究するために仮に用いた名であって、史料にはまったく見えない名だからです。これを実名であるかのように扱うのは不適切です。あるいは、これは史料に見えない仮の呼び方だと説明するのでしょうか。

 『聖徳太子-厩戸王とその時代-』という題名で人間としての聖徳太子を描く本をまとめようと苦闘した小倉氏は、「私は『厩戸王』というのが生前の称呼ではなかったかと思いますが、ここには論証を省略」します(『聖徳太子と聖徳太子信仰』、綜芸舎、1963年、22頁)と書いたものの、その本は断念し、論証できないまま亡くなりました。

 ところが、この翌年、九州大学の田村円澄氏が『聖徳太子』(中央公論社、1964年)を刊行し、冒頭の「生いたち」という章の最初に「厩戸王」という一節を設けました。史料の根拠を示さずにこの名を用いたのです。末尾の参考文献には小倉氏の上の本も記されています。田村氏のこの著書は、入手しやすい中公新書であったこともあってロングセラーとなり、歴史学者や一般の人を含め、多くの読者を得ました。

 以後、田村氏は、実在人物としては厩戸王、信仰の対象としては聖徳太子というように、名を使い分けるようになっていきます。むろん、論証はしていません。このため、史料に厳密な学者はこの「厩戸王」という名称は用いないようです。

 しかし、この仮の名がいつのまにか世間に広まり、史学者の中にも聖徳太子の実名は厩戸王だと思い込む人が出てきました。その代表が、大山誠一氏です。大山氏は、「聖徳太子はいなかった。実在していてそのモデルになったのは、ぱっとしない皇族で勢力がなかった厩戸王だ」という趣旨のセンセーショナルな議論を展開し、マスコミで話題になったわけです。大山氏は、著書の中で「本名は厩戸王」と明言し、「うまやどおう」というルビを付しています。

 指導要領改定案もう一つの問題点は、「厩戸王」の訓みを「うまやどのおう」としていることです。しかし、「厩戸」の語については、当時の漢字発音としては「うまやと」と清音で訓まれていたことが知られています。また、『日本書紀』の古訓では、「~王」という人名は「~のみこ」とか「~のおおきみ」と訓まれています。

 ですから、現在の高校の日本史の教科書の中には、「厩戸皇子(聖徳太子)」と表記し、慣用音も考慮して「うまやと(ど)のみこ」というルビを付けているものもあるのです。これが無難な表記でしょう。

 「上宮王」の場合、「かみつみやのみこ」が普通であって、漢字音で訓むなら「じょうぐうおう」でしょう。史実を重視したというなら、六世紀の末から七世紀初めにかけて、「うまやど + おう」といった重箱訓みの例、それも「の」を入れて「~のおう」とした例があるのか知りたいものです。そもそも、「厩戸王」という言い方をしている史料が無いわけですが。

 なお、聖徳太子の真実の姿を追い求め、客観的に研究しようとしていた小倉氏は、文献批判を行って太子に関する不確かな伝説を否定していたものの、太子を過度に凡人扱いしたり過度に神格化したりする傾向には反対していました。

 このため、太子が天皇絶対主義の元祖として尊崇されていた戦時中に、しかも太子の国家主義的利用を推し進めていた文部省主催の研究会で、そのことを勇気をもって明言したのです。私は小倉氏のこうした姿勢に共感しており、氏を尊敬しているため、拙著の冒頭に小倉氏のその言葉を掲げました。

「又性急に太子を常人として過小評価することも、或ひは又非凡人として過大評価することも、何れも慎まなければなりません」(小倉豊文)

【訂正:2019年2月24日】
「厩戸王」の語は、いかなる資料にも見えないと書きましたが、『甲斐国志』巻四八に見える由(こちら)。ご指摘、ありがとうございます。江戸後期の編纂ですね。

(引用者注:この文書は私も読んでみました。江戸時代末期に甲斐国に使用例があると言っても、まったくポツンと出てきたものなので、これが一般的とはまったく言えません。勘違い・誤用のたぐいと考えるのが妥当と判断します)

<引用終り>

 こんな事で、私の言いたいことは冒頭書きましたが、こんな事が出てくる理由が他にあります。
それは聖徳太子の「太子怨霊説」。これはは昔からありまして、それの決定的な証拠は『法隆寺の国宝の中でも秘仏中の秘仏である「救世観音像」』。何せ明治17年に開けてみたら、白布でぐるぐる巻きになっていた。いったいなぜこんな事になってしまったのか。太子怨霊説が消えない原因の大きなものだと思います。 
但しこの白布は木綿だそうで、そうするとこれは戦国時代後期以降に巻かれたもの。ですから太子怨霊説が随分前からあったことは間違いなく、話をややこしくしています 
まあおかげで救世観音像があのように美しい姿で残ったんだから、それはそれでよしとすればいいかもしれません。
しかし聖徳太子の怨霊の力は凄いと思います。こんなバカなことを言い出した文科省のアホ役人には聖徳太子の怨霊が取り付いて、行く末は哀れなものになりそうな気がします。
アホ役人覚悟せよ!!
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2017-02-23 19:05

江戸は眠っていたか

 「国際派日本人の情報ファイル」というメルマガがある。
http://melma.com/backnumber_256_6480697/
ここに大変興味深い記事があった。
【江戸は眠っていたか】、これがその記事タイトルで、何故江戸が眠っていたかというと
「泰平の眠りを覚ます上喜撰(じょうきせん)たつた四杯で夜も寝られず」
こんな狂歌で言われるように、江戸幕府は泰平の世にすっかり平和ボケして居眠りしていた、だから黒船=蒸気船=上喜撰4杯夜も眠れない。こんな話である。
黒船来航図
2017-2-22黒船来航図 

この記事を見てみると、『驕れる白人と闘うための日本近代史』 松原久子著より となっている。
そこでこの松原久子氏の著書を買ってみた。
2017-2-22松原久子氏の著作 

原著は松原久子氏が1989年にドイツでドイツ語で出版したもので、それを2005年に邦訳したものである。しかし内容は大変面白く、日本人が押し付けられた自虐史観とは大いに違う所がある。

その中で上掲メルマガで紹介している「江戸幕府は居眠りなんかしちゃいませんぜ」というくだりを紹介したい。

引用文に入る前に簡単に当時の年表を
・1767年 田沼意次側用人二田沼時代始まる
・1778年 ロシア船蝦夷地に来航、通称を求める
       以降最初ロシア、次にイギリスも通商を求めに来るが全て拒否
・1783年 天明の大飢饉
・1800年 伊能忠敬、蝦夷地を測量
1808年 江戸湾沿岸に砲台修築起工
1840年~42年 アヘン戦争(イギリスが清国を攻撃)
1853年 ペリー浦賀来航
・1854年 ペリー再度来航 日米和親条約


さてこんな時代背景をみながら以下松原久子氏の言っていること。
<以下該当部分を引用>

【江戸は眠っていたか】

 『驕れる白人と闘うための日本近代史』 松原久子著より

(転載 始)

■居眠(いねむ)りはしていなかった日本
 江戸幕府が不安だった理由はまさにここにある。

 アヘン戦争を、江戸幕府ほど高い関心を持って注目していた政府が世界のどこにあったろう。アヘン戦争に至るまでの前史、敗北した後の中国の惨状を、日本の政府ほど熱心に分析した政府も他にはなかった。

 危機感は幕府内部にとどまらず、広く一般大衆の間にも広がって、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が行なわれた。アヘン戦争に至る経緯に関する本と、戦争が終わってからの中国の惨憶たる有様が書かれた本が出版され、多くの人に読まれた。

 二百年前に鎖国が始まって以来、政府のタカ派の人たちがいつも言っていた「白人は与し難く、危険である」という警告が正しかったことを、初めて一般世論が認めたのだった。

■「白人」の悪い性格
 白人は何かが欲しいとなれば、絶対譲歩しない。彼らは欲しいと思ったものが手に入らなければ、別の方法を考え出して目的を達成する。彼らに扉をほんの少しの隙間でも開けば、彼らはそれを無理やりこじ開ける。彼らをうまく説き伏せることができても、彼らは笑って、やりたかったことを強甲に実行する。

 彼らに断固として立ち向かっても、彼らは恐ろしい武器の力を使って情け容赦なく反撃してくる。 白人からどのように身を守ることができるのだろうか。

■防衛力増強に大転換
 アヘン戦争に関連した中国の出来事すべてを目の前にして、幕府は細心の注意を払わねばならないことを痛感させられた。西洋人は信用できなかった。

 アヘン戦争が終わる一八四二年、幕府は全ての大名と各沿岸砲兵中隊の指揮官全員に、アメリカの船が江戸湾に入ってきた一八三七年の時のように挑発して砲撃をするようなことを絶対してはならない、そうなったらどんな事態に発展するか予測がつかない、という厳重な指示を与えた。

 と同時に幕府は、兵器を早急に近代化し、沿岸と港の防備を徹底的に強化し、二百年もの間放棄していた艦隊を建設するだけでも、さしあたり国の最低限の防衛になり得ると考えた。

■何と「蒸気機関」等の国産が始まっていた
 そういう事情だったので、ペリー司令長官が例の黒船、すなわち東インド艦隊を率いて現れる十年前にはすでに溶鉱炉は操業し、鍛造工場や鋳物工場が建設され、大砲を製造することができる旋盤とフライス盤の開発が始められていた。蒸気機関はオランダの設計図に基づいて造られ、固定した動力装置として次々に工場に設置されたり、エンジンユニットとして船に取り付けられ始めていた。

 残念なことに、日本がヨーロッパの技術を早急に取り入れた動機は、ヨーロッパ人の独創性を讃美したからではなかった。そうではなくて、むしろその動機は、欧米列強の隠れた意図に対する不安と不信感にあったといわねばならない。そしてその不安と不信感が日本人をかくも大急ぎにさせたのであった。

■「平和ボケ」していなかった幕府
 その不安と不信感がいかに正当であったか、そして再三江戸湾に姿を現す欧米の船団に対する幕府の極度な慎重さがいかに理に適っていたか、中国の悲劇が明らかにしてくれる。

 「アヘン戦争後、中国は欧米列強に対して実に大幅な譲歩を行なったが、欧米列強はそれでも不服であった」 これはブリタニカ百科事典からの一文である。それでイギリスは、一八五六年にごく些細な出来事を新たな戦争を始める言い掛かりにしたのだった。中国船籍のアロー号が密売のためにアヘンを積んでいた。(転載終)

■歴史教科書とは違う雰囲気だった
 高校の日本史などで学んだ幕末の様子とは違う、松原さんの本は嬉しくなりますな。私たちの頭の中を書き直す気迫で迫ってきます。

 江戸の「鎖国」はいわゆる「管理貿易」の事であり、「国防政策」でありました。江戸時代が遅れた時代の様に書かれたりするのは、それで得をする勢力が“戦後にも”いたからでしょう。祖先たちは一生懸命やっておりました。だから今日の日本がある。

<引用終り>

こんな話なのだが、上掲の狂歌「泰平の眠りを覚ます上喜撰(じょうきせん)たつた四杯で夜も寝られず」、これがあまりにも強烈で、ペリーがやって来るまで日本は居眠りしていたという印象がある。
しかし実際は松原さんが言うように、日本はアヘン戦争をしっかり見ていたのだった。
そういえば私は愛知県の知多半島在住なのだが、ここにもそんな時代の遺跡がある。砲台跡だ。
内海砲台跡というその遺跡は知多半島の先端に近い南知多町内海にある。

内海海岸、海岸沿いの国道から下に降りると目の前が海
2017-2-23内海砲台3 

そして目を後ろに移すと、国道わきにこんな岩山、海抜は30メーターほど
2017-2-23内海砲台2 

この岩山の中腹に小さな神社がある、そこまで登っても
2017-2-23内海砲台4 
こんな風で樹木が茂っていて眺望が利かない

しかし海と反対側に400メーターくらい行くと
2017-2-23内海砲台1 

「尾張藩海の防備 内海砲台跡 嘉永3年(1850年)築造通路」と書いてある

1850年と言えばペリー来航の3年前。泰平の眠りではなく、海の防備を固めようとしていたことが分かる。

この砲台に設置された大砲類は
・12貫目ホウイッスル砲 1挺
・5貫目矢筒 2挺
・1貫目矢筒 1挺
・3貫目カノン砲が略台車とセットで備えられたという。

この大砲だが現物はもちろん残っていない。参考までに他所のあるものを拾ってみると

これは品川区の浜川砲台の「6貫目ホーイッスル砲」
2017-2-23浜川砲台 

これは火矢筒の例
2017-2-23火矢筒の例 

これはカノン砲の例
2017-2-23品川台場の80ポンドカノン砲 

さてこれで最新式大砲を備えた黒船に対抗できるものだっただろうか??。
しかし内海砲台の試射した際のことが地元に伝えられている。
試射したら、すぐ目の前の砂浜に着弾し、砲術師は大いに恥をかいたとか。現地を見る限り、多分3~400メーターくらいしか飛ばなかったのだろう。
こういった失敗がその後の西洋式軍備へと繋がっていくわけなのだが・・・。

このアヘンの話や黒船の話を見ていくと必ず出てくる悪徳商人の名前がある。ラッセル商会という。
このラッセル商会はアヘンと奴隷貿易で莫大な富を得た悪徳商人。そこの中国広東での代表者がウォーレン・デラノでなんと日本に来たペリーとも関係があるらしい。その孫(娘の子)がアメリカの大統領フランクリン・デラノ・ルーズベルト・・・。
以下参照ください
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1316.html

この悪徳商人の話はまた別の機会とします。

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2017-02-19 22:08

公益資本主義、何でしょう?

 3月20日発売のWedge3月号に「公益資本主義」なる記事が載っている。
一見普通の記事のような体裁だが、実はこれはこの「公益資本主義」に関しての宣伝だった。
どんなモノかというと

2017-2-18ウェッジ3月号-01 

2017-2-18ウェッジ3月号-02 

いま世界はアメリカ・ウォール街主導の強欲資本主義で貧富の格差が極限まで大きくなっている。
先月には
世界人口の半分と同じ富が62人の富豪に集中
http://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2016/01/62.php

こんな話が有った。そして上掲記事にはこんな指摘が
労働者階級と貧困層は成長の果実を得ていない。ということは、経済のどこかが決定的にくるっている。ルールに則って一生懸命働けば報われる、という社会契約説が破綻している』

この「一生懸命働けば報われる」、これは言うは易く、実現するのは難しい。しかしタイ時代にタイ人には常にこんな事を言ってきた。難しいがこんな思いが無ければ発展しない。
何時の時代でも決して変わらないターゲットだ。

そしてこの公益資本主義という考え方は、ウォール街主導の強欲資本主義に対するアンチテーゼ、新しい考え方だと思う。
Wedgeの記事は画像でも読めないことは無いが、参考までに1頁目を文字情報にしたので以下掲載する。

<以下Wedge3型烏合記事より>

「GDP600兆円」実現の決め手。具体化する日本初の新・経済システム
動き出した公益資本主義

「GDP600兆円」の達成は安倍政権が目指す悲願の計画。ところがアベノミクスはここに来て停滞感が否めない。この壁を突き破り日本経済を活性化させるのが『公益資本王義』だという意見が頻出している。2016年の「ワールド・アライアンス・フォーラム東京円卓会議」では、その実現に向けて熱のこもった議論が交わされた。

日本が牽引する新経済システム
公益資本主義における三原則

 安倍内閣が経済活性化のために断行した企業減税で生まれたキャッシュは、社員などの社中(社員、顧客、仕入先、地域社会、地球といった会社を支える仲間を指す)への分配や中長期投資に必要な内部留保に充当されず、ほぼ全部を株主に還元する企業も現れだした。
 メディアもROE(Return On Equity=自己資本利益率)の大きさを競わせるような空気を醸成。昨年1月~9月だけで4兆円を超える自社株買いが実施されROE数値も上がったが、恩恵を受けたのは投資家、投機家、富裕層などだけだった。
 さら四半期決算開示義務も企業を短期志向に走らせ、開示のためのコスト面で大きな負担を強いている。そんな中、「欧米の経営手法に追随するのを止め、日本が率先して余業経営の指針と世界にインパクトを与える資本主義のあり方を示すべき」と、アライアンス・フォーラム財団代表の原丈人氏は力説する。そしてそのために実現すべき「公益資本主義の三原則を挙げた。
 それは第一に、「中長期の経営」の重要性、持続的な会社発展に必要なイノベーションを可能にするためだ。イノベーションは、一朝一夕には生まれない。第ニに、リスクを取り新事業に果敢に挑戦し常に改良改善に努める「企業家精神による改良改善」。そして第三に、利益を社中各員に分配する「社中分配」--ーこの三原則を実行すれば、企業と共に社員は豊かになり消費が活性化され、持続的な絲済成長が可能となり、GDP600兆円は達成できるという。
 こうした原代表の基調講演を基に、2016ワールド・アライアンス・フォーラムで熱心な意見交換が行われた。

<引用終り>


なるほどねえ、公益資本主義、効きなれない言葉だが、考え方なら昔からあるぞ。

売り手よし、買い手よし、世間よし
こんな言葉を聞いたことは無いだろうか。江戸時代の近江商人の商売とはかくあるべしという教え。
近江商人・・・。今の滋賀県近江八幡市から日本全国へ飛び出した商人たちのことだ。
出身地の近江八幡市

2017-2-19近江八幡市街 

今でも昔の栄えた面影を残しています。美しい街ですね。

こんな近江商人たちが江戸時代から心がけてきたこと。この経営理念が松下幸之助の松下イズムに受け継がれていることは良く知られている。

ホンの一握りの富裕層が全世界の人口の半分の持つ富と同じだけの富を持っている。こんな世界がいつまでも持続する筈がない。そんな時、モデルになるモノが日本にある。これからもっと色んな人が話題にし、こんな目標で仕事をしていかねばならない。そんな思いです。

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2017-02-11 16:45

読解力について考えること

 先月から文章の読解力について色々エントリーしてきた。難しい問題だし、私はそんな事の専門家でもない。しかしこのエントリーに皆さんからいろんなコメントをいただいた。そんな事で皆さんからのコメントを紹介しながら、私なりに色々考えることを纏めてみたいと思う。


最初に該当のエントリーは以下の3本
① AI時代に生きる<追記有
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-date-201701-1.html

⓶ 問題文が理解できない<読売新聞が騒いでいます
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1349.html

③ 読解力が危ない SNS没頭 長文読まず
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1350.html

参考エントリー
④ 春の小川をタイ語で言うと<再掲
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1136.html


 私は教育者ではないので、「子どもの教育、かくあるべし」という視点では書けないので、ビジネス上の経験、特に海外での経験などを中心に書いてみます。

それでは皆さんからのコメント紹介、これは縄文人さんから頂いたの。

<以下①エントリーの縄文人さんからのコメント>
暗記しなければ思考力は生まれません
スマホやLINEの普及で問題視されるのはプレゼンテーション能力の低下ではないかと思います。 
仲間内だけで議論しているとプレゼンテーション能力がつきません。他人に説明するという重要なことをする必要がないからです。文章を書いているようで書いていないという状態になるのではないでしょうか。 
しかし、日本の教育が暗記力重視の教育であるという議論には、少し違和感があります。それより選抜の仕方が偏っていると考えた方が良いのではないかと思います。第一新井紀子氏ご自身が「暗記力偏重の教育」の優等生ではないですか。 
暗記をしなければ、アイデアが生まれません。私は、若い時分にもっと暗記しておけば良かったと思うことしきりです。そうすればもっと良い仕事ができたかもしれないと思います。今となっては手遅れですが。 
プレゼンテーション能力を若いうちから磨き、一所懸命に暗記力を磨くように豚児どもに言っています。
2017-01-08 17:56   縄文人 
<引用終り>


<以下①エントリーへのkazkさんからのコメント>
・・・引用者注:長文なのでかなり省略しました。全文は上掲①ブログ参照ください・・・
ブログ主様には以前お話ししたことがあるかと思いますが、小生はかつてガキども相手に国語の教師を10年以上やってたことがあります。とにかく、読解力という得体のしれないものをいかにインスタントかつスピーディーにそして確固たる理解力として育成するかということを本当に苦労してやってきました。 

いろいろ考えましたが、小生の結論は日本という国は本当にプレゼンテーション能力はいらないようにできてる国なのだということです。プレゼンテーション能力というものはかつてならば叙述力と言われたものでしょう。「話す」という能力を昇華させたものでしょうか。ここで日本人の名演説っていったいどんなのがあるか、と考えた時にふと考え込んでしまったのです。そしたら思い出せるものなんて尾崎行雄の議会演説くらいしかないんですよ。 

・・・中略・・・

次に問題点は縄文人さんが仰ってますが、きちんとした暗記を教えていないということです。暗記はシステマティックにやらねばいけません。物はやみくもに覚えれば覚えるほどおかしくなってきます。事物を体系的にかつ網羅的に教えるという努力がほとんどないのが最大の問題でしょう。物事を体系的に整理し記憶することは、それにより比較という視点が生まれます。比較の結果違いがあればそれを生じた理由は何かを考えることで因果関係を導けます。ここまで来なければ思考とは言えません。 

ただここまでくればなんだもう終わりじゃないかという気分になります。最近は頭がよさげな人が現代に必要なのは問題の解決能力ではない、発見能力だなどと言ってくれますが、日本という国家では問題が共有されればその時点で解決法は殆どの人が分かってるという国です。ここでもプレゼンはいらないのです。 

・・・以下略・・・

2017-01-13 22:22   kazk 
<引用終り>


この問題に関しては皆さん色々言いたいことがあるようです。その中でも最初にこの暗記について考えてみたいと思います。

暗記というと先ず思い浮かぶのがお経。”まか はんにゃはらみた しんぎょう ~”と言うアレですね。お経の本を見ると漢字で書いてありますが何が何だかチンプンカンプン。でも私も子供の頃に仏壇の前で毎日唱えさせられたので、この般若心経、今でも全部覚えていますが、さて何が書いてあるやら・・・、これでは駄目ですね。

暗記については、これが無くては何も進まないのは事実ですが、問題は暗記が「サラダのように断片がバラバラで、相互に関連なく記憶されている状態」がダメだと思うのです。
2017-2-9サラダ写真 

こんなサラダのような状態ではなく、「一つ一つの記憶の要素(断片)が脳神経細胞のようにあちこちに手を伸ばして相互に繋がっていること」、さらに「その要素(断片)がいろんな特徴・要素で分類され、層状に繋がっていること」、こんなことが重要だと思うのです。 
単に記憶するだけでは「記憶のサラダ」、そこに「考える」という要素を追加し、記憶と記憶を網の目の中に織り込んでいく、これが重要だと思っています。

このことはkazkさんが
暗記はシステマティックにやらねばいけません
事物を体系的にかつ網羅的に教えるという努力がほとんどないのが最大の問題でしょう。
物事を体系的に整理し記憶することは、それにより比較という視点が生まれます。比較の結果違いがあればそれを生じた理由は何かを考えることで因果関係を導けます。ここまで来なければ思考とは言えません。 
こんな事を仰っていますが、まさにその通りだと思います。


次にもう一つ、一寸視点を変えて、④のブログからの引用

これはkazkさんからのもの
<以下引用>
No title kazkさん のコメント
日本語は世界でも珍しい二重構造を有してる言語なのです。
つまり、日本古来の和語の基づく単語群とおもに漢語の輸入による単語群です。これは飛鳥奈良の時代から、膨大な支那からの文化の輸入を行い当時の日本人たちが必死の思い出言葉と格闘して創り上げた金字塔だと思ってます。

例えば春の小川の歌詞自体見れば分かるのですが、これはほぼ純粋に日本古来の和語で書かれてるものです。そしておそらくここに流れる情緒というものは言葉と共にあリ翻訳はほとんど不能なものです。このような単語群があり、それに基づく文学が成立し独特の文化というものは成立するものだと思います。

日本人はこのような体系の上に漢語に基づく思想、哲学、科学に及ぶまでの単語群を作り上げました。これは当時の日本人たちのおそらく血のにじむような格闘の結果だと思ってます。

それだけではありません。春の小川の歌詞の中で見られる、行く、咲く、という動詞、美しくという形容詞を我々は何も考えず使ってますがこれは全て漢字の訓読み、つまり完全に日本語化して使うという荒業をこなしてます。
その上「小川」などはどうしてこういう作り方ができるのか、不思議になるほどの言葉でしょう。小生は当時の日本人たちがかかる格闘をしてくれたお陰で日本の文化が誕生したのだと思ってます。
<引用終り>


それからもう一つ、これはNINJA300さんからのコメント
<以下引用>
 日本語がすばらしいのは、やまとことばと漢語のミックスにあると思います。 
やまとことばだけの国がタイやドイツ、漢語だけの国がシナ。英語はラテン語とやまとことばである古英語(アングロサクソン語)のミックスです。 
ミックスの言語が一番使いやすいです。それは速読は漢語やラテン語をイメージで読めるからです。タイ在住日本人の間ではタイ語が劣っている思われる方が多いですが、わたしはそうは思いません。その土地や文化にはそれにあった言語があるからです。もっとも人工的に漢語を消滅させた韓国は例外の可哀相な国です。 
タイ語以外のやまとことば言語である、ドイツ語がいかに長い組み合わせ単語を使用しているか。まるで和歌のごとくです。 
ドイツ語の例 
「Grundstücksverkehrsgenehmigungszuständigkeitsübertragungsverordnung 
(不動産取引許認可権限委託規則)」 
2015-07-09 12:31 URL NINJA300 
<引用終り>

大変面白い話だと思います。kazkさんが指摘している日本語の二重性、NINJA300さんが指摘している英語の二重性と二重構造の言語の便利さ。これは良く分かります。

英語の二重性、これについては以下参照ください。
http://japanenglish.jp/news/%E8%8B%B1%E8%AA%9E%E6%95%99%E8%82%B2%E8%AB%96%E8%AD%B0%E3%81%AE%E5%9F%BA%E6%9C%AC%E7%9F%A5%E8%AD%98%EF%BC%8811%EF%BC%89%E3%80%80%E8%8B%B1%E8%AA%9E%E3%81%AE%E8%AA%9E%E5%BD%99.html

ここで詳しく書いてありますが、英語のルーツはアングロサクソン語で古ドイツ語(古低地ドイツ語)由来。それが1066年のノルマンコンクェストで支配階級がフランス語を話すようになり、これが300年続いた。16世紀に入ってルネッサンスの文化が入り、公用語などに主にラテン語が入ってきた。
結果英語は、アングロ・サクソン語系語彙とラテン・ギリシャ語系語彙の2つの語彙体系を合わせ持つ「二重語彙」の言語。日常的な表現は主にアングロ・サクソン語を使い、公的な表現は主にラテン・ギリシャ語を使うという、使い分けをしている。こんな風です。
英語の二重性はkazkさんが説明している日本語の二重性の経緯ときわめてよく似ている訳です。


さてでは二重言語でない言葉がどうなるか、タイ語を例に見てみます。

これはタイ語の本に1ページ。
2017-2-11おしん本文の一部 

タイ語は表音文字で「分かち書き」でもないのでこんな風。

試しにタイ人に読ませてみると皆こうしている。指でなぞっている、こうしないと読めないようだ。
(画像は指でなぞる読み方のサンプル、だから本文とは関係ありません)
2017-2-11指でなぞって読む所の写真縮小 

参考までに、上掲タイ語文章はタイで見かけたTVドラマ「おしん」の本の一部
2017-2-11おしん表紙 


さて以上のことを踏まえ、暗記の問題、言葉を教え込むことのついて、渡部昇一先生が良いことを言っています。
「傍若無人」と言っても、「辺りかまわず勝手に振舞う事」と理解はできる。
しかし傍若無人を訓読「傍(かたわ)らに人無きが若(ごと)し」と読めば、この理解が一層深まる。この徹底的に理解することが大切だ。こんな話です。

こんな徹底的に理解することの実践例に橋本武氏の銀の匙の事例がある。
2017-2-11銀の匙表紙 

この話は以下も参照ください
http://melma.com/backnumber_115_6202504/


この銀の匙には例えばこんな記述があります。
本文のこんな一行
また伯母さんと相乗りにのせられて 俥(くるま)を列(つら)ねてゆくのが
嬉しくて元気よく喋(しゃべ)っていた。

このたった一行の中の「 俥」という文字の橋本武先生の解説は

 にんべんに車で「 俥」という文字が出てきました。人力車のことです(注1)。これは中国にはない、我が国で作られた漢字体の文字で、こういった文字のことを和字、または国字といいます。
 どんな和字を知っていますか。少し、挙げてみましょう。顔かたち、すがたを意味する俤(おもかげ)、吹き下ろす風を意味する颪(おろし)、鎹(かすがい)は物の合わせ目をとめる両端の曲がった釘のことです。
 裃(かみしも)は昔の礼装の一種、鞐(こはぜ)は足袋などを留め合わせる爪形のもの、鋲(びょう)は頭の大きな釘。
魚の鰯(いわし)、鱚(きす)、鱈(たら)、鯰(なまず)、鳥の鴫(しぎ)、鶫(つぐみ)、。植物の笹(ささ)、栃(とち)。
当用漢字になっているものには、込(こ)む、峠(とうげ)、畑(はたけ)、働(はたら)く、匁(もんめ)があります。
 ここに挙げたのははんの一例です。ほかにも探してみてください。
注1:wikiによれば、俥の文字は中国には別の意味で存在するが、日本で気が付かずに作ってしまったとのこと。
<引用終り>

この橋本武氏の授業について、kazkさんは実際に其れを体験した方の話を聞いているそうですが、灘だから出来たんだろうなあ、という事のようです。

がしかし徹底的に教え込むという事はこんな事。そして私がタイに行って現地の何も知らない連中相手にやったのも程度の差はありますが、まあこんな事でした。
何も知らない現地人を雇用し、そこで日本なみの品質の物を作るにはこんな事を毎日毎日繰り返さないといけない。これは別に海外だけでなく日本でも同じではないでしょうか。

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2017-02-04 18:33

スマホ問題についての凄い調査結果

 今週月曜日から今日まで、読売新聞朝刊一面に『独かい力が危ない』という特集記事が載った。
私もそれについて1月30日、2月2日にエントリーしたのだが、その関連としてこんな問題提起を紹介したい。

曰く『スマホで子供はバカになる!』
東北大学加齢医学研究所所長 川島隆太氏

尚この記事は1月7日のエントリー「AI時代に生きる」でも紹介したのだが、この時は長文だったためタイトルのみ紹介にとどめた。しかし大変貴重な発言なので今回全文紹介する次第。
読んでいくと川島先生の危機感がひしひしと伝わってきます。


<以下月刊HANADA2017年2月号より引用>

スマホで子供はバカになる!

川島隆太 東北大学加齢医学研究所所長

スマホの害が明らかに

 私は東北大学加齢医学研究所で脳の研究をしています。加齢医学研究所は仙台市教育委員会と学術協定を結んでおり、二〇一三年から、子供の学習意欲を伸ばすにはどうすればいいのかを脳科学の視点で諮問するようになりました。
 教育委員会はゲームやテレビが子供の学習意欲を削いでいるのではないかと考えていましたが、最近はゲームをするのも、動画を見るのもすべてスマホでできてしまう。児童・生徒が普段どれくらいスマホ、タブレットを使っているのか、またそれによってどんな影響があるか調べてみようということになりました。
 仙台市教育委員会と共同で毎年、仙台市立小・中・高校生約七万人を対象に、「仙台市標準学力検査」と「仙台市生活・学習状況調査」を実施しています。
 「仙台市標準学力検査」は、基礎知識と応用力を調べるテスト(中一は国語、数学、理科、社会の四教科。中二、中三は英語を加えた五教科)。
 「仙台市生活・学習状況調査」は、好きな授業に関する質問や学習意欲についてなどのアンケートです。
 「ふだん、一日当たりどれくらいの時間、携帯電話(スマートフォンも含む)でメールやネットゲームをしたり、ネットを見たりしていますか」などの質問があり、この二つの調査を元に解析したのですが、恐ろしい事実がわかりました。それは、「一日一時間以上スマホを使うと子供の学力が下がる」ということです。
 スマホ(タブレットも含む)使用が一時間以内であれば平均点は上がるのですが、一時間を超えると下がり始めます。使用が一時間増えるごとに、平均で国語二・三点、数学四・六点、理科三・八点、社会三・八点下がるのです。
 学力を下げる要因として、二つの可能性が考えられました。一つめは、スマホ使用による睡眠不足。二つめは、家庭学習の時間がスマホによって奪われている可能性です。
 しかし、どちらも違っていました。

使っただけ成績が下がる

 まず、睡眠不足の可能性を調査しました。睡眠不足の子供の成績が悪いのは、文科省などの調査によってわかっています。いろいろな説明がなされていますが、おそらく理由は二つ。一つは、レム睡眠(浅い睡眠)の数が足りないこと。レム睡眠は脳に記憶を固定させる役割があると言われています。睡眠時はレム睡眠とノンレム睡眠を繰り返しており、睡眠時間が短いと、このレム睡眠の数が減って記憶が定着しない。
 もう一つは、ミトコンドリアの機能低下です。細胞のなかにはミトコンドリアというエネルギーを生産する細胞内構造物があり、睡眠不足になると、ミトコンドリアの機能が低下することが医学的にわかっています。ために、脳が細胞レベルでエネルギーをうまく作れなくなる。
 そこで私たちは、子供を睡眠時間が六時間の群、六~八時間の群、それ以上寝ている群の三つに分けてスマホの使用時間を調べてみました。結果、きちんと寝ている子であっても、スマホを使用したら使用した分だけ平均点が下がっていたのです。
 スマホによって学習時間が奪われているという仮説も検証しました。この場合も先ほどと同様、家でまったく学習しない群、一時間程度する群、二時間以上やる群に分けて調べてみたのですが、どの群も、やはりスマホの使用が長くなればなるほど成績が下がっていたのです。
 ことに数学は下がり方が顕著で、自宅で二時間以上勉強する群であっても、使用時間が一時間増えていくごとに平均点が約五点下がっていきます。一時間程度勉強する群のなかで、スマホを使わない子と三時間使用する子に分けてみると、前者の平均点は七十二点、後者は六十一点。
 スマホをまったく使わない子、三時間使用する子の数学の平均点は前者六十三点、後者五十四点。
 家で勉強しない子は学校の授業でしか記憶が作られませんから、スマホを長時間使用することで、学校で学んだことが頭から消えてしまったのがわかります。無為に時間を過ごすよりも、スマホを使っている時間のほうが悪影響があるということです。

2017-2-4-1月刊HANADAスマホ記事4 

 睡眠を十分とっていようがいまいが、自宅で勉強しようがしまいが、スマホを一時間以上使ったら使った分だけ学力に影響があるのです。

使用をやめると成績アップ

 調査結果からは、学力の低い子ほどスマホを使いたがるのではないか、という仮説も成り立ちます。それを検証するために、翌二〇一四年から子供たちの成長を三年間、追跡調査しました。
 すると、成績のよかった子供がその後、スマホを持ち始めると成績が下がり始め、逆にスマホの使用をやめた、あるいは一時間未満にした子供は成績が上がったのです。
 ただ、スマホの長時間使用が習慣化してしまっていた子供に関しては、いきなり使用を制限しても、}年で成績は若干しか上がりませんでした。スマホ依存が深刻な子供は、回復に時間がかかるようです。
 これらの結果から、スマホの子供に与える影響は直接的なものであることが明確になりました。
 最初の調査では、LINEアプリを使用している子供の成績の下がり方が著しいこともわかりました。先述したように、スマホは一時間未満であれば平均点は上がりますが二時間未満の使用で抑えることができるということは、時間を自分でマネジメントする能力があると考えられます)、LINEなど通信アプリに関しては、一時間未満でも影響が見られた。三十分でも使えば、各教科の平均点が下がっていくのです。
 教科別に見ていくと、一時間LINEを使用するごとに国語二・五点、数学四・八点、理科四・一点、社会は三・八点下がります。なぜLINEは、一時間未満でも影響があるのか。既読マークの表示や通知音が頻繁に鳴るたびに相手の反応が気になってしまい、勉強の集中力や注意力を低下させることが考えられますが、それだけでは説明かつかないことが多く、今後、継続調査が必要でしょう。

学習中に八割がスマホを

 二〇一六年はスマホに関するアンケート内容を増やし、使う時のシチュエーションやどんなアプリを使っているかを調べ、LINE同様、アプリごとに影響に特徴はないか調べてみました。
 アンケート結果を解析して驚いたのはーー教育委員会の方たちも驚きを隠せませんでしたがーースマホを持っている子供の約八割が、家での学習中にスマホを使用しているということです。
 では学習中、どのようにスマホを使用しているのか。音楽を聴いているのが七割、ゲームをしているのが全体の三分の一、動画を見ているのが三分一、LINEが三分の一。足していくと分母を超えてしまいますから、複数のアプリを使用している子供が多くいることになります。
 アンケートを解析してわかったことは二つ。
 一つは、LINEを除いて音楽、動画、ゲームなど、机に向かっている時に一つのアプリしか使っていない場合は学力に与える影響に差はないこと。二つめは、複数のアプリを切り替えながら、つまりマルチタスキングをしながら勉強している場合は成績が大きく下がることです。
 スマホと学力の因果関係ははっきりしているわけですが、なぜスマホを使用すると学力が下がるのか、明確な理由はまだ解明できていません。スマホをいじると、前頭前野の血流量が下がることがわかっています。前頭前野は記憶する、学習する、行動を抑制する、物事を予測する、コミュニケーションを円滑にするなど、人間ならではの働きを司(つかさど)っている部分。そこの働きが抑制されるわけです。
 これはテレビを見たり、ゲームをしたりしている時、あるいはマッサージを受けている時にも同じ状態になります。つまり、一種のリラックス状態になる。この弛緩した状態が長時間続くことで、脳に何らかの影響を及ぼすのではと推測されます。
 スマホの問題で悩ましいのは、科学的根拠を出すのが非常に困難な点です。いまの時代、動物実験ができなければ、生命科学の世界では。科学”とは認められません。動物実験をして、遺伝子発現やタンパク質の組成の変化などを見るなどが必要なのですが、実験動物はスマホを使うことができない。

2017-2-4-2月刊HANADAスマホ記事7 

 今後は現象論として、継続して調査を積み重ねていくしかないと考えています。

取材を受けたが、ボツに

 これらのデータは三年間、仙台市の小学校高学年、中学生約四万人を対象に調査した結果で、信頼性の高いデータです。しかし、こういったスマホのリスクについて、最近は雑誌で少し取り上げてくれますが、聞、テレビなどの大マスコミはなかなか取り上げてくれません。
 関西のある新聞社の記者が、スマホの問題について取材に来ました。その記者は非常に熱心に取材をしてくれて、「これは重要な問題です。大きく取り上げましょう!」と張り切っていたのですが、後日、泣きながら電話がかかってきた。広告主(携帯会社やスマホを製造している電機メーカー)からのクレームを危惧して、上司がその記事をボツにしてしまったというのです。
 また、私たちがスマホのリスクについて記者発表しようと動いていると、教育委員会のことを取材している某地元紙の記者が教育委員会に対し、「そのデータを表に出すな」と倒喝してきたこともありました。
 最近は新聞社も部数が減り、広告も入らなくなってきていますから、新聞社側の気持ちもわからないではありません。ただ、心ある”普通の大人”であれば、この事実を知れば世間の人に知らせてくれると考えていただけにショックでした。
 自分たちのできる範囲で、スマホのリスクについて地道に啓蒙していくしか方法はないと考え、その一環として、毎年、調査結果をまとめたパンフを仙台市内の学校に配るなどしています。
 親や先生が、いくら頭ごなしに「スマホを使うな」と子供に言っても彼らの耳には届きません。大人がすでにスマホ中毒になってしまっており、「どの口が言うんだ」と言われてお終いです。きちんとデータを示して、説明してあげないといけない。

なければ困るは思い込み

 学生たちは必ず、「スマホはコミュニケーションの大切なツール。ないと困る」と言います。
 しかし、私たち仙台市民は、東日本大震災の直後、約一ヵ月、電力の供給がなく、ケータイ、スマホを使うことができない時期を経験しています。私は彼らにこう訊くのです。
 「あの大震災でスマホが使えなかった時、家族、友人とのコミュニケーションはどうだったんだい?」
 彼らはハッと気がついたように、
「あの時のほうが、いまよりも遥かに濃密なコミュニケーションが取れていた」と答えます。あの時は、お互いに寄り添いあわないと生きていけない極限の状態だったこともあるでしょうが、スマホがなければないで、もっと質の良いコミュニケーションができるのです。
 しかし、電気が通じて再びスマホが使えるようになると、皆そのことを忘れてしまいました。
 もう一つの学生の言い分はこうです。
 「もの調べ、辞書代わりに使っている。すぐに調べられるから時間の短縮になる」
 私は彼らにこう訊きます。
 「時間が短縮されるのはいいことだと私も思います。それで、君は余った時間をどう過ごしているの?」
 「……スマホです」
 スマホを使う時間が、無為に過ごすよりも害があることは先ほど説明しました。こう言うと、スマホで短縮された時間をスマホに費やすことがいかに無駄であるか、彼らは気がついてくれます。
 余談ですが、スマホでウィキペディアや電子辞書を使って調べている時の脳を見ると、ほとんど働いていません。
  一方、紙の辞書で調べものをする場合は脳が活性化します。辞書を繰る時に、「この文字の画数や偏(へん)は……」「大体、ここらへんに調べたい単語があるはずだ」など予測が必要になり、頭を使うからです。
 こういった啓蒙活動が功を奏して、スマホの使用を控える学生が少しずつですが増えています。
 私か顧問を務めている兵庫県の小野市では、スマホを使うとどの程度学力が下がるかというデータのグラフを、グラフの読み方の例として授業に取り入れています。小野市のある小学校では、在校生か自主的に、屋上にスマホの使いすぎを警告する幕を掲げるようになりました。

リスクを知ることが大事

 私はスマホのリスクを調べるまで、スマホに対してとくに問題意識を持っていませんでした。ただ、電車に乗るとみんながスマホをいじっている様子や、カフェなどで若いカップルが会話もせずにお互いにスマホをいじっている光景を目にして、何か異常だなと思う程度でした。
 いまから十二、三年前、私の息子たちも大学生、高校生くらいからガラケー、スマホを持ち始めましたが、わが家ではひとつのルールを設けました。「勉強中、寝る前は、ケータイを居間に置いておく」。勉強中、就寝前にタラタラ使うのが目に見えていたからです。いま考えれば、そのルールは正しかったように思います。
 私自身もガラケーに加えてスマホを持っていますが、基本的にはメールのチェックくらいで使用は最小限にしています。
 私たちは二〇一七年の四月に、仙台市のすべての就学生に「勉強中は必ず電源を切る。それができない、あるいは自信がない人は絶対に持ってはいけない」という強いメッセージを出そうと考えています。
 スマホを子供に持たせるときに大切なのは、そのリスクをきちんと教えること。スマホには中毒性があります。中毒性があるものへの耐性は、大人も子供もありません。ただ麻薬とは違い、悪い面ばかりではないことを考えると、これから持たせるのであれば、お酒やタバコ同様、二十歳を過ぎてからのほうがいいのではないか、と私は考えています。
 お酒を飲みすぎると、肝臓を壊したり、アルコール中毒になったりするわけですが、いまはそのリスクを知らずに、子供に楽しくなるからとドンドンお酒を飲ませている状態なのです。


かわしま りゅうた
一九五九年、千葉県生まれ。東北大学医学部卒、同大学院医学研究科で学び、医学博士となる。スウェーデン王立カロリンスカ研究所客興研究員、東北大学加齢医学研究所助手、講師、教授、同研究所スマートーエイジング国際共同研究センターセンター長等を経て現職。研究テーマは脳機能イメージング、脳機能開発等。

月刊Hanadaー2017年2月号  p267-p273より

<引用終り>


全体に非常に衝撃的な内容だが、私が最も危惧していること、それはテレビや新聞が取り上げてくれない、それどころかデータを公hyプするなと恫喝まがいのことを言ってきたりするというくだり。

問題は根が深いです。





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2017-02-02 13:40

読解力が危ない SNS没頭 長文読まず

 読売新聞の特集記事『読解力が危ない』の機能の記事は『SNS没頭 長文読まず』だったが、この記事でいろいろ家族で話し合った。


これがその記事
2017-2-1読売新聞一面記事2月1日 


長男がいうには、以前おいらも友達に誘われてやってみた。普通の会話がそのまま文字になっているようなもの。確かに便利なところはあるがつまらないので直ぐやめた。
「ねえねえ、これなあに」、こんなのが延々と続くから、長い文章など読め無くなるのも無理はない。おいらの世代なら先日の読解力調査は90%以上正解だろうが、今の若いLINE世代なら45%かそれ以下だろう。あんなものをやっていると馬鹿になる、間違いない。こんな話だった。

この話はあちこちで聞く。しかし危機感を持っているのは多分若い人だけだろう。
ある程度の年代から上の人たちは、こんなLINEなど触ったこともない。触れば便利であることは確かだ。しかしそこの落とし穴に気が付かない。
現に私の地域の友人たちはパソコンも満足に使えない、携帯電話はガラケーで十分という世代(私もガラケー派だが)。今の若い人の間で何が起こっているかなんて多分理解不能だろう。

しかしゆとり教育世代が深刻な問題である以上にSNS問題も深刻だ。
同じSNSと言ってもフェイスブックにはそんな危険性はないと思う。やはり通信アプリが曲者だが、だからと言って禁止できるものではない。

ただしい使い方の徹底と特に世間を知らない小中学生への使用の制限や注意の喚起などが必要ではないか。


参考:LINEを小学生に使わせていいかという視点で問題点を具体的に指摘したものが有るので紹介
「小学生でLINEは早い? 問題に巻き込まれないために親ができること」
http://moomii.jp/kosodate/linemanner-children.html

概要はこうなっている(詳細は上掲リンク先参照ください)
小学生でLINEは早い?問題に巻き込まれないために親ができること
* 小学生にLINEを使わせてもいい? 8つの問題点

1個人情報の漏えい
2知らない人とつながる
3コミュニケーション能力の低下
4犯罪に巻き込まれる可能性あり
5課金トラブル
6人間関係のトラブルが発生
7健康被害あり/長時間の使用は厳禁!
8スマホ依存になってしまうことも

* LINE問題を防ぐ親が教えるべき8つのこと
1大切なことは直接伝えるように教える
2相手の都合を考える(既読でもすぐ返事を求めない)
3ブロックの方法を教える
4中学生/高校生に起こるLINE問題を教える
5LINE IDのネット/SNSへの書き込みの危険を教える
6知らない人と繋がる危険を教える
7「通報」の方法を教える
8困った時には相談しやすいようにしておく

こんな風です。大変参考になります。
但しここにLINEは読解力を育てるのを損なうという問題は抜けています。
LINEがバカを作るという側面を見逃さないでほしいと思います。


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