2016-03-29 17:40

普通の国への第一歩<安保法施行

 今日から安保法が施行された。やっと普通の国への第一歩が踏み出せた訳だ。
戦後71年目、今まで国土を武力で奪われても、漁船を拿捕され、漁師を殺されても、罪もない国民を拉致されても手も足も出せなかった。そんな国からようやく脱却できる可能性が出てきたわけで大変うれしい話。

そんな時、日経に面白い記事があった。日経は有料記事なので以下全文を引用する。


<以下引用>

アジアの安定、日本に責任 安保法施行
2016/3/29 2:00
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDE28H06_Y6A320C1MM8000/

 日本の安全保障路線は新しい時代に入った。意識するしないにかかわらず、これは世界の変化に迫られたものだ。

米の役割が変化

 オバマ政権は「米国は世界の警察官ではない」と公言し、その通りに行動している。

 米国防総省ブレーンによると、南シナ海で人工島を広げる中国をけん制するため米軍首脳は昨秋以降、艦船や軍用機のさまざまな派遣案を進言してきた。だが、ホワイトハウスにことごとく却下されているという。

 中国との衝突を避けたがっているだけではない。米国が単独で行動するより、アジアの国々に関与を促すことが先決だと信じているのだ。

 これはオバマ政権に限ったことではない。共和党の大統領候補であるトランプ氏は、日韓が駐留経費の負担を大きく増やさないなら、米軍を撤収させると主張する。

 「彼の発言はめちゃくちゃだが、戦争に疲れた米世論の一部を映している」(共和党関係者)

 米ソ冷戦の終結から四半世紀。米国には独りで警察役を担う余裕も、理由もなくなった。米国に頼りきりで日本の平和を守れた時代は、幕を閉じた。ならば、米国の役割の一部をみなで分担し、治安を守るしかない。

 「これからは国内総生産(GDP)の2%を国防費に割いていく」。英国のファロン国防相は取材にこう語った。日本の約2倍の比率だ。

 米国といちばん緊密な英国ですら、強い同盟を保つには自助努力を増やすしかないと感じている。こうした世界の潮流を考えれば、日本の選択は理にかなうものだ。

 安全保障関連法は違憲だという批判がある。だが、日本が集団的自衛権を使えるのは、国の存立が危うくなったときだけだ。憲法が認める範囲内といえるだろう。

 もっとも、この法制を使って自衛隊の活動を広げるまでには、やるべきことがたくさんある。

 まず、「どんなとき、どこまで」自衛隊を出すのか、基準はかなりあいまいだ。このままでは世論の理解はなかなか広がらないだろう。

政治の判断重く

 朝鮮半島や東シナ海、南シナ海でどんな事態になれば、派遣が認められるのか。政府は抽象的な法律の規定をおぎなう基準をつくり、できる限り国民に説明すべきだ。

 より危ない任務をになう自衛隊は入念な準備が欠かせない。「いちばん大事なのは新たな行動基準を徹底し、とっさに行動できるよう訓練することだ」。イラクの復興支援を経験した自衛隊幹部は、こう強調する。

 そのうえで、肝に銘じなければならないのは、政治家の責務がかつてなく重くなることだ。自衛隊派遣の法的なハードルが下がる分、政治家には極めて高い判断力と責任感が求められる。

 「夜も眠れなかった」。国際貢献に自衛隊を送りだしたことがある元閣僚は、現地の情勢が緊迫したときの日々をこう語る。戦場に近い所に部隊を派遣するとなれば、重圧はこの比ではない。

 国民が「この人の決断なら間違いない」と安心できるリーダーでなければ、この法制は機能しない。最高指揮官である首相は当然として、派遣の「承認権」を委ねられた国会議員も同じだ。

 軍事カードがないから外交力が弱い。政治家や官僚はこう言ってきた。今後は軍事力を使わずにすむためにこそ、外交がさらに大切になる。アジアの安定に日本が負っている責任を、忘れてはならない。

(編集委員 秋田浩之)

<引用終り>


嬉しい話である。今迄日本人は若し海外で危険にさらされても誰も救出に来てはくれない。日本人は自分で自分の身を守るしかない、こんな状態だった。
勿論この事はこれからも変わる事はないだろうが、こう言う体制ができたことは素晴らしい事だと思う。

私はタイで仕事をしている時いつも自分に言い聞かせていたことがある。
それはイランイラク戦争の時、テヘラン空港で日本人が取り残され、日本政府も日本航空も救出できなかったこと。
日本政府にはこんな時助けに往こうにもいくことができない。唯一の頼りは日本の航空会社だが、この事件の時JALの組合が反対し飛行機が飛べなかった。こんな事を何時も言い聞かせていた。
(この時はトルコが日本人を救出してくれたと言う美談で終わってはいるが・・・)

それが少なくとも良い方向に向かっている。大変良い事だ。

尚テヘラン空港の問題はその後も起っている。
2011年1月~2月のエジプト革命の際も矢張り日本人が取り残された。
その時欧米諸国は緊急手配して自国民を救出したのに日本は満足な活動ができなかった。
丁度其の時、時の総理大臣管直人がスイスにいた。政府専用機は常時2機で行動している(万一に備えるため)ので、その内の一機を救出に回せないかとの案があった。政府専用機はジャンボジェット機だから多数の人を乗せることが出来る。この場合は1機で十分だった。しかし管直人はそれを許可しなかった。悔しい話である。

此れから日本が普通の国になる。それはこんな時、日本政府として対応できる可能性があると言う事だ。
(但し、管直人がいるような政党では期待は出来ないが)

もう一つ、こんな体制が出来てくると日本の害務省、もとい外務省の大改革が必要である。
それがこれからの課題になる筈だ。
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2016-03-24 18:28

英国高速鉄道に日立製作所の新型車両「あずま」 ロンドンで公開


 先週のニュースだが、イギリスで日本製の高速鉄道がお披露目された。
名づけて「あずま:AZUMA」、先ずはどんなものか産経の報道から。

その前にお断り、この新型車両は産経の報道では営業運転は2018年からと書いてあるが、2017年とも書いてある。(なんじゃ、コリャ??)
これはイギリス東部を走るイースト・コースト本線(ロンドン - エディンバラ間、距離700km)に使う車両が今回発表のAZUMA(あずま)、その他にイギリス西武を走るグレート・ウェスタン本線(距離300km)にも同系統の車両が採用され、こちらは2017年から営業運転する為。詳細は後ほど書きます。

<以下引用>

英国高速鉄道に日立製作所の新型車両「あずま」 ロンドンで公開、2018年に運行
2016.3.18 22:44
http://www.sankei.com/world/news/160318/wor1603180054-n1.html

 【ロンドン=岡部伸】英鉄道会社ヴァージン・トレインズは18日、日立製作所から納入された「都市間高速鉄道計画(IEP)」の「ヴァージン・あずま」を、ロンドン市内のキングス・クロス駅で公開した。日立製作所が笠戸事業所(山口県)で製造して英国内で試験走行してきた高速鉄道車両「クラス800」で、2018年からロンドンと英北部スコットランドのインバネス間で運行を開始する。

2016-3-24イギリス・クラス800(あずま)

 ヴァージン・トレインズによると、イースト・コースト本線を走行することから日本語で東を意味する「あずま」と名付けられた。日立製作所が開発した新型車両で、コンパクトなデザインで最新の省エネ技術を取り入れた駆動システムを採用、運転速度は最高で時速125マイル(201キロ)。設計上時速140マイル(225キロ)まで出せる。

 電化区間は架線から電力供給し、非電化区間は床下のエンジンと発電機ユニットから電力供給できる「バイモード技術」を採用、電化・非電化両区間の直通運転ができる。日立製作所は「軽量化など日本で培ってきた技術が生かされている」とアピールした。

 ヴァージン・グループの創設者で会長のリチャード・ブランソン氏は、「『あずま』によってイースト・コースト本線は21世紀の英国で最も洗練された先進的な路線となる」と語った。

 公開された車両は、昨年1月英国に搬送され、試験走行を実施。同社は、英運輸省からIEP向けに122編成(866両)を受注しており、このうち12編成分(76両)は笠戸事業所で製造、残る110編成分(790両)は英中部ダラム州ニュートン・エイクリフで今年初めから本格稼働を始めた車両製造工場で順次製造する。

 その他同社では「クラス800」を2017年からグレート・ウエスタン本線で営業運転を開始する。

<引用終り>

これが路線図、この図の青い線が「AZUMA」が走る路線。
2016-3-24イギリス・クラス800路線図(あずま)
(*追記:この路線図で高速鉄道線はロンドンから右下、ドーバー海峡方面へのピンク色の路線(CTRL:海峡トンネル連絡線)だけです。あとの路線は全部在来線で、しかも電化が遅れています。だからほとんどの路線はディーゼル機関車、又は電気・ディーゼル両用車で運行中、だから路線改良と電化の大々的な工事中です。)


嬉しい話ですね。鉄道発祥の国イギリスで日本製の高速鉄道が走る。
しかもこの高速鉄道車両は電気・ディーゼル両用で、ディーゼル機関は取り外し可能、そして動力分散方式を採用と大変特色のある方式だ。
電気・ディーゼル両用車両はクラス800、電気だけの車両はクラス801という。

日本の日立がこの受注に成功した背景には最初に受注したCTRL線(路線図のピンク色の線)での日立車両の信頼性の高さに対する好評価がある。
CTRL線を走る車両はクラス395(ニックネーム*ジャベリン)は2009年12月に営業開始。
しかしその直後、欧州は空前の大寒波に襲われ、フランスの誇る高速鉄道ユーロスター(TGV)がユーロトンネル内で故障し立ち往生。最大でトンネル内に5編成の列車が故障で止まってしまい、2500人の乗客が最大16時間飲まず食わず状態。
この時。、営業開始直後の日本製クラス395も救援に駆けつけ、500人を救出した。
その後もこの大寒波でイギリスも欧州各国も列車は故障で混乱続き、クリスマス休暇が台無しになった。
こんな中、日本製高速列車だけはノートラブルで定時運行。
更に1年後に又しても大寒波。列車の故障が相次ぎ大混乱の中、日本製だけはノートラブル。
そんな実績が評価され、この鉄道車両輸出成功につながった。そしていよいよお披露目までこぎつけた。
こんな事情がある。

これが最初に日立が輸出に成功したクラス395(ジャベリン)、ロンドンの始発駅セントパンクラス駅にて。

2016-3-24セントパンクラス駅でのクラス395


最後にAZUMA(あずま)の試運転の様子をどうぞ。



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2016-03-24 11:06

出雲は魚がおいしい

 出雲へ行ったら、どうしても書きたいのが美味しい魚。
こんな店に行きました。

2016-3-24丸善水産

如何にも居酒屋でござい、そんな感じの店。
初日に行ってみたのだが満員で断られ、二日目は予約しても断られたのをカウンターでも良いからと言って席を確保。

最初はアジの一夜干し

2016-3-24アジ一夜干し
手前にあるのはイカの一夜干し

それからお目当ての「のど黒」

2016-3-24のど黒造り丸善水産HPより

食べるのに忙しくて写真がうまく取れなかった。だから丸善水産のHPから拝借。

これがのど黒

2016-3-24のど黒

「のど黒」は山陰~北陸地方で獲れる超高級魚、アカムツと言うのが本名らしい。
写真はのど黒の口をあけてのどを見た所。確かに真っ黒だ。
「ハラ黒短足、ノド黒を食すの図」(笑)
ノド黒は造り、炙り、煮魚で食べたが、特に炙りがおいしかった。

そして酒にはこんなモノも。

2016-3-24丸善水産の清酒死神

出雲は八百萬(やほよろず)の神が集う所、だから800万の中にはこんな神の一人や二人、いても良いんだろうなあ・・・
でも「清酒死神」、美味しかったですね。
出雲の国では死神まで美味しい(笑)・・・。
良い国ですねえ・・・・・・。
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2016-03-23 23:09

島根県の弥生時代遺跡

 出雲でどうしても見たかった所、荒神谷遺跡と加茂岩倉遺跡に行ってきました。
荒神谷遺跡は国内最多の358本の銅剣と銅鐸などが出土した所、加茂岩倉遺跡は39口の銅鐸が出土した所で、今までの考古学の常識を一変させる凄い発見でした。どちらの遺跡も幸いなことにキチンとした考古学的発掘調査が行われていた事でも重要な所でした。



これが荒神谷遺跡

2016-3-23荒神谷遺跡現地

人里離れた谷筋の奥の急斜面にこんな埋納用のテラスを作って埋納してありました。
左側が銅剣358本が埋納してある所。
発掘当時の姿で、銅剣のレプリカを展示してあります。

右側が銅鐸と銅矛が埋納してある所。
銅鐸と銅矛が同時に出土するのは日本で初めての事でした。


そしてこれは島根県立古代出雲歴史博物館が作成した荒神谷遺跡の昔の銅剣埋納の様子想像図

2016-3-23荒神谷遺跡埋納想像図

古代出雲歴史博物館の検討結果では現地は現在でも人里離れた谷の奥の奥、そこから急峻な傾斜地を登った所にこんな埋納用に場所を作った。相当の準備と人手がかかったと思われるが、埋納の段階では少数の人で行ったはず。
こんな話だった。

行ってみて古代史のなぞが一層深まった、そんな思いがする遺跡訪問だった。

しかし結局銅鐸の謎は深まるばかり、これからいろいろな事が分かって来るだろう。楽しみだ。
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2016-03-22 17:32

雲の国へ行ってきました<追記あり

 八雲立つ、雲の国へ行ってきました。
色々面白いものを見てきたのですが、最初は雲の話から。

八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣作る その八重垣を

ご存知、古事記、日本書紀に出てくる「ヤマタノオロチ伝説」、ここで須佐之男命(スサノオノミコト)が櫛名田比売(クシナダヒメ)と暮らすに際して詠んだ歌です。
この歌の件は後で説明します。



今回出雲に行くにあたって、どうしても見たかったものがコレ、日御碕(ヒノミサキ)の夕日でした。
そこで出雲空港に夕方着いたので、そのまま日御碕へ直行。
写真の好きな人なら一度は行きたいポイントです。

2016-3-22日御碕の夕日3月19日

幸いなことに天候に恵まれ、こんな夕日の写真が撮れました。
日本海に沈む夕日、一度見たら忘れられないですね。
そして、ここに写っている雲はごく普通に雲でした。


でも翌日アチコチ歩いてみるとどうも雲が違う。
何がどうだかわからないが、私が住んでいる愛知県辺りの雲とはどこか違う感じがするのです。

一日歩いて、ずっとそんな疑問を持っていたのですが、翌日出雲市から松江の方に移動する際、山陰自動車道の宍道湖SAに立ち寄りました。素晴らしい景色でした。

2016-3-22宍道湖SAより島根半島を望む

正面に見えるのは宍道湖。手前の町並みは玉造温泉駅周辺。正面の山は島根半島。このSA辺りで標高40メーター位でした。

そして空には独特の雲が・・・
雲は積雲なのですが、高さが低いのです。この気象(上空は晴れている)なら他の地方では見たことのない雲でした。

この日は風が強く、結構寒い日でした。
雲を良く見ると、北からの風が島根半島にぶつかって、そこで雲が湧きあがっていました。
島根半島の山々と雲の間からその先の方が見えますが、そこには雲らしきものは見えません。
雲は島根半島から湧き上っているのです。

調べてみると島根半島は険しい山で出来た半島で、山は200m~500m位、特に日本海側は切り立った断崖になっている。
そんな地形なので北風が山にぶつかって雲を作っていた。

矢張り出雲は雲の出ずる土地でした。

目を北から西に転ずると、こんな風。

2016-3-22宍道湖SAより島根半島を望む2

雲は風に流されていきますが、宍道湖を渡り中国山地近くになると、どんどん消えていきます。

こんな事で、冒頭あげた「八雲立つ・・・」の歌の通り、出雲とは「雲の湧きたつ土地」だった、そんな事を目の当たりにしました。


* 追記します
出雲地方の特徴的な地形が分かりにくいので、山と平地が分かる地図を追加します。

2016-3-22島根半島

こんなモノを見ると松江から出雲にかけて、北側に島根半島が壁のようになっている事が分かります。
これが穏やかな気候と雲が湧きだす、そんな気象上の特色を作っています。
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2016-03-19 09:05

出雲へ行ってきます

 今日午後のフライトで名古屋から出雲へ行ってきます。
島根県は当地方からは非常に遠い(不便な)所でした。丁度1年前の県営名古屋空港(中部国際空港が出来る前の名古屋空港だった所)から1往復だけ航空便が出来たので、これで行ってきます。

使用機材はエンブラエル170(78席)、エンブラエル175(86席)のどちらか。
ブラジル製のリージョナル・ジェットで、日本のMRJのライバルに当たる飛行機。
どんなものか楽しみです。



帰ってくるのは月曜日、どんなものか帰ったら報告します。
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2016-03-16 19:25

銅鐸の作り方の一考察

 13日に「ベトナムが日本語を「第1外国語」に」をエントリーし、そこでベトナムと日本との縁についてベトナムのドンソン銅鼓(青銅鼓)と日本の銅鐸について私の思い出話を書いてみた。
ベトナムと日本、古代史の話だがベトナムの銅鼓と日本の銅鐸には製造方法に共通点がある、そんな事を書いたのだが皆さんから色んなご意見などを頂いた。
そこで銅鐸について私の知る所を書いてみたい。

尚、別にこの件とは関係ないのだが、丁度私は今週末に出雲へ行くことになっているので、出雲の博物館なども見て来るつもりです。


最初に銅鐸最大の謎、それは見つかるのが偶然山中から発見されるだけ、普通の墓とか古墳、住居跡などからは見つかっていない、また文献には記載がない事である。
(銅鐸の発見は、最古の記録は668年から有るが、この時すでに何なのか分からなくなっている)

こんな謎だが最近島根県の荒神谷遺跡から大量の銅剣とともに銅鐸も発見され、更に直ぐ近くの加茂岩倉遺跡からは一度に39口の銅鐸が発見された。幸運な事にどちらの遺跡もキチンとした考古学的発掘調査が行われ、その埋納状況が分かってきた。
さらに昨年、淡路島でも銅鐸が発見され、内部に舌(ぜつ)が有る事が確認され、鳴らして使うと言うその使用方法がハッキリわかってきた。

銅鐸は祭祀に使用され、祭祀が終わったら土の中に埋めて保管、次に使うときは又掘り出して使う。こんな使い方をしたと言う説が有力になってきた。また淡路島での発見は銅鐸が鳴らして使うものと言う事の有力な証拠でもある。

そしてベトナムなどの田舎では、現在でも銅鼓が使われている所があるが、その銅鼓の保管方法が土の中に埋めて保管、使うときは掘り出して使う。こんな事も有るようだ。


加茂岩倉遺跡出土銅鐸
2016-3-16加茂岩倉遺跡出土銅鐸
39口全部が国宝になっている

そしてこれは昨年淡路島で発見された銅鐸、CTスキャンで内部に舌があることを確認した時のモノ。


ソースは
http://www.kobe-np.co.jp/news/bunka/201506/0008155962.shtml



さてこれからは銅鐸の製造方法について

これは復元銅鐸を造っている様子


但しこの動画に有る造り方は現代の技術、弥生時代の技術は似ているがかなり違う。

例えば、動画では、鋳型に砂を詰める時水ガラスを混ぜる、そして砂をつめたら炭酸ガスを注入して固めると言っているが、これが現代の鋳造法
昔は水ガラスも炭酸ガスも無い、それで如何して作ったか。

以下は大変古い文献だが、そこに銅鐸の作り方が記載されている。
最近の研究で銅鐸は小型のモノは石型大きいものは土型で製造されたことが分かってきたが、この造り方はその大型銅鐸の作り方。

尚古い文献だが、銅鐸の作り方をこれだけ詳しく書いたものは見たことがないので、参考用として全文引用する。
銅鐸に興味のある方には役に立つと思う。
それからこの造り方はベトナムのドンソン銅鼓(青銅鼓)と共通するものがある。どなたか研究してくれませんかねえ。

それから以下引用文は古い文献をスキャンしたので大変読みにくい、そこで適当に改行して多少読みやすくした。

引用文献
日本考古学講座 第6巻 歴史時代(古代) 昭和31年4月 河出書房刊 より (・・・古いなあ・・・)

この項目の著者は香取正彦氏

<以下引用>

銅鐸鋳造法
 
 銅鐸・銅鉾・銅剣・鏡などは前に述べたように惣型鋳物であるが、その型作りの方法の如何なるものかを知っていた方が研究上役立つこともあり、また便宜でもあるかと考え、銅鐸についての型作りを一応述べてみよう(第3図)。

2016-3-16doutaku3.jpg


 まず木の板に鐸身の平面図縦半分を描いて鐸の外線の形をのこし、幅規(はばき:作られる品物にはならぬところで型と型の合せるのに必要な部分)を付けたもの(図印1)を作る。
これを規型という。
規型の上下の中心となるべき垂直の丸の軸を取付ける。木枠甲乙二箇を用意し、木枠の甲乙の上下に軸受木を取付け、規型Iをその軸受木の中央に置いて上部は軸受木の穴鳥目(型を作る時規型の軸木をあてる中心になるところ)にさしこみ手前は軸受に落込むように切込鳥目をして置く。
1は木枠の鳥目を軸として旋回するようにして置く。
枠内は型土を詰めるのであるが、型土は粘土を濃く水に溶 した埴汁(はしる)と砂とをこねまぜたもので、真土(まね)という。
真土にわらを切った「つた」を入れた荒真土(あらまね)をつけ、次に「つた」を入れない、やや細末のもの,次に粉末またぱ水こしした微細なものとの順に枠内に詰め、規型を左から
右に下方に回し、また右から左と旋転させ凹の型を作り、木枠の縁を定規に枠内の土を箆でならし、上下の軸受と共に規型を取除けば、木枠乙3ができあがる。
こうして2、3の木枠内型のできたのが鐸身の前後面になるのである。これを横挽法という。

 銅鐸は上部の肩の方が底の方よりいつも深めな扁円であるのは、正面に近い上部の軸を手前の底の方より深めに装置するからであろう。
凹んで作ら札た雌型が、半截の正しい半円形でないのは枠の縁より高く軸を装置するからであり、また型の縁の鰭(ひれ)の付根が破損するのを防ぐことと、なおできた鐸を取出すのに便利なためである。それが惣型の特長である。
 雌型ができたらば、鈕(つまみ)も鰭も箆をもって彫込み、細末土で塗りならし、文様を描き凹める。
これは作家独自に格子文なり、斜交交・流水文なり、好みの文様を線彫に描きこむ。その時細心の注意を要することは、両面の鈕が軸を中心に上下四方を正しく合致させねばならぬことはもちろんであるが、鈕も左右の鰭も各平均に出入なく、また雌型の
深さも両面とも同一でなくてはならない。要するに甲乙両型を合せて厘毛の差もないようにすることが肝要である。

 次に中空にするためには中型(なかご)の装置が必要である。鐸身側面の双孔は中型を雌型に持たせかけ、型持として必要であり、下方縁の双凹入は肩の上鈕の中間の双孔と共に中型の移動を防ぐため必要である。型持は中型と雌型の間隔の
役にも立たせる。
幅規(はばき)は中型を鐸身の中型と共に作り、全体の中型をもたせ、また横転するのを予防する役目もある。
小形のものには孔のないものもあるが、これは幅規だけで型持ちがなくても持つからである。
溶銅を注入する鋳口(いぐち)は、幅規の一部をけずり取って付ける。この場合雌型でも中型でもよい。
中型を作るにはまず「中型砂」を用意する。それは砂を篩(ふるい)にかけて、濃い埴汁を交ぜ合せ揉合せ、手に握りしめて固まる程度の、ぼろぼろの砂をつくる。
これが中型砂である。
雌型は炭火を型内に盛りあげて煉瓦色になるまで焼く。
焼けたら炭火を去りきれいにして、甲の雌型の凹んだ所に中型砂を詰め込み手でたたき、締めつけて固める。
乙の雌型にも同様な作業をする。
甲と乙との中型砂を詰めたらば、その上に埴汗を砂に交ぜた泥を置いて、甲型の上に乙型の枠の把手(とって)を持って覆い合せる。
甲乙両型を合わせて少しの食違いもないように型を合わせ枠外に合口の印を付けておく。泥砂のためこのようにすれば甲乙の中型が粘着する。
そこで乙型を取除けば、乙型の中型は甲型の上に置去られて残る。
それを炭火で乾して甲型から抜き取れば、中型砂で鐸身ができる。砂の鐸身をよく乾燥して銅の厚さとなるだけ削り落す。できあがったのが図の中型である。

 さて中型を削り終ったらば、中型の外面と雌型の内面とに木炭の細末を薄い埴汁水に溶したものを塗り、あるいは松のひで(松の木の油の多い部分)を燃し真黒く燻べる。
これは溶銅の流れをよくするためといい、銅と型と分離し易いためで、また型のこわれを防ぐためでもある。
そして一方の雌型に中型を納め、前に印を付けた合口を目標に他の一面の雌型で覆い、両面の型の開かぬよう繩で二ヵ所か三ヵ所をかたく縛る。
そして中型を納めた型は多少動かしても、いざることや開くことのないようにして、鐸の上部を下に鋳口を付けた方を上にして土中に穴を掘り、入れて周囲をよく埋める。

そして溶銅を注ぎ込む。このように型を動かす作業があるので、肩や側面に型持が必要なので、中型を削り残して型特にする場合もあり、粘土と砂を練り合わせた一片を置くこともある。だから不整形な孔となるので、
これで鐸などに約束的に孔のあることが了解されたと思う。
鋳損じて銅の回りの不十分なものが往々あるが、それは色々の原因で最も普通には雌型の焼方が不十分か、焼けていても湿気をふくんだこと、乾燥がたりないこと、溶銅がとけきれなかったことなどが原因で、文様が不鮮明などのことができる。以上が銅鐸の鋳造法の大体である。

<引用終り>

大変長く読みにくい文章で恐縮です。
しかしこんな製造方法ですが、現代の製造方法とは似ていますがかなり違います。

まあこんな製造方法だったと言う事で理解していただければいいかと思います。
  1. 歴史
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2016-03-13 22:23

ベトナムが日本語を「第1外国語」に

 ベトナムが日本語を英語などと並ぶ「第一外国語」として学校で教える、こんな報道が有った。
大変うれしい話である。

この話はNINJA300さんの「雪隠詰めのベトナムを日本はほおっておくのか」エントリーで知った。

先ずは何はともあれ、その報道を見てみたい。

<以下引用>

日本語が「第1外国語」に ベトナムの小学校で東南アジアで初
http://www.sankei.com/life/news/160301/lif1603010038-n1.html

 在ベトナム日本大使館は1日、ベトナム全土の小学校で日本語を英語などと並ぶ「第1外国語」として教えることを目指す方針でベトナム教育・訓練省と一致したと発表した。

 対象は3年生以上。今年9月から試験的に、首都ハノイの三つの小学校に日本語学習クラスを2クラスずつ設置する。大使館によると、初等教育段階での日本語教育の導入は東南アジアで初めて。

 ベトナムでは既に一部の中学校で日本語教育を実施。日本との経済関係などの強化を受け、初等教育への拡大を目指す。ただ教える人材をどう確保するかなどの課題もあり、実際に多数のベトナムの小学校で日本語教育を実施できるかどうかは不透明だ。

 日本は対ベトナム投資額で韓国、マレーシアに次ぐ第3位。対日感情は概して良好で、日本への旅行客も増加している。大使館によると、ベトナムでは約4万6千人が日本語を学んでいるとされる。(共同)

<引用終り>


 ベトナムは永年中国の属国であり漢字文化圏だった。しかし中国から何とか独立しようとしてきた歴史を持つ。
だから数年前に見た中文のwikipediaでは越南(ベトナム)は中国の属国と書いてあった。
そしてその後フランスの植民地になった。フランスがベトナムに持ち込んだのはフランスパンとギロチンだった。
悲惨な歴史が此処にもある。
そのフランスをWW2で追い出したのが日本。そんな歴史も有り、ベトナムは昔から親日国である。

しかしベトナム人はもっと面白い事を言う。
ベトナム、漢字で書けば越南、だから中国南部の越の国がルーツだ。そして日本も同じく越の国をルーツにする国だ。だから同じ越の国の仲間だ。
こんな事でベトナム人の親日は筋金入りと言える。

ちょっと参考までに
越(えつ)の国:紀元前700年頃~前257年頃まで、現在の上海あたりにあった国。「呉越同舟」という諺の越の国。
尚その後越の民は更に今の中国南部に百越として小国に分かれて存在。百越の範囲は今のベトナム北部にまで及んでいた。


一寸ここからは私の思い出話。
私もベトナムと日本はお互いにルーツには接点がある。そんな風に思っているのだがその物証を紹介。

ベトナムの大事にしている宝物にドンソン文明の銅鼓(青銅鼓)が有る。
ドンソン文明と言うのは現在の首都ハノイ(漢字では河内)近郊のドンソン村で発見された2000年ほど前の遺跡を作った文明。
そこでは立派な銅鼓(青銅鼓)が作られていた。

ドンソン銅鼓(青銅鼓)

2016-3-13ドンソン銅鼓

私が2002年にハノイの歴史博物館で実物をしっかり見てきた。そしてこの製造法は日本の銅鐸と共通の技術であることに気が付いた。面白いものだと思う。
尚ベトナム以外に中国南部、百越関係の遺跡でも同じような銅鼓が発見されている。その文献では銅鼓は百越に固有の文化だとなっている。

これは日本で発見された最大の銅鐸のレプリカ

2016-3-13日本最大の銅鐸レプリカ

銅鐸は謎の多いものである。どこから伝わってきたのか(類似品は中国にも無い)、どのように使われたのか、どうして突然使われなくなったのか、どうして他のモノとは全く別に埋められたのか・・・
そんな謎を解くカギの一つがこのベトナムのドンソン銅鼓(青銅鼓)かも知れない。何せ製造方法に共通点が色々あるのだ。
どなたか研究してくれませんかねえ。上手くいけばすごい発見になるかもしれないですよ。

そう言えばタイに居るレヌカーさんとこの銅鼓の製造方法についていろいろ話をしたことがある。
そんな事も私のタイ時代の思い出の一コマ。

ベトナムが日本語を第一外国語にすると言う嬉しい話が大いに脱線して考古学の話になってしまった。
今日はこれ以上脱線すると何処まで行くか分からないので、これにておしまいとします。
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2016-03-12 14:53

法匪が日本を壊す

 法曹界の劣化が止まらない。9日の関電の原発停止命令などはその典型で法匪の暴走である。
原子力規制委員会による、関電が出した10万ページにもわたる申請書を詳細に検討して、ゴーのサインを出したもの、これを山本とか言う法匪がストップさせた。      


これは読売新聞の報道
2016-3-12原発停止命令新聞報道
暴挙である。
しかし、もう一つ「実に悪い前例」を作ったと言える。それは「説明不足で停止命令」と言う事。
これがまかり通れば、どんな事でも説明不足だから停止命令となる。
これでは三権分立どころか司法が拒否権を持つことになるのだ。
日本にとって実に重大な判決と言っていいだろう。

こんな事は追軍売春婦問題でのK国の反応と同じである。何を言っても納得しない、納得する筈が無い、嘘っぱちなのだから。
こんな構図と同じだが、日本の司法の判断となれば事態は深刻だ。
これは山本善彦とかいう奴の最後っ屁だろう。
幾ら定年間近の法匪の放屁であれ、裁判所の判断は無視できない。困った事だ。


この件で杉浦 正章さんが面白い事を言っている。

<以下杉浦 正章さんのブログより引用>
http://thenagatachou.blog.so-net.ne.jp/2016-03-11

http://melma.com/backnumber_108241_6340747/


◎エネルギー政策を崩す「暴走裁判官」は左遷せよ
最高裁は司法の内部分裂を引き締めよ

 下級審が常軌を逸した判断で原発の運転を差し止め、別の裁判官や上級審でこれを正常軌道に戻す。まさに原発稼働をめぐって司法が割れるという醜態を示している。やっと動き始めた3号機は10日夜全面停止した。今回の大津地裁の停止命令は、稼働中の原発をストップさせるものであり、悪質極まりない。原子力規制委員会による世界最高水準の厳しい基準をクリアして、やっと稼働し始めた原発を、科学的知見ゼロの法匪の如き裁判長がストップさせる。国家のエネルギー政策の根本概念のみならず、原発事故以来二酸化炭素を排出し続けて来た環境問題までも無視する決定だ。大津地裁裁判長・山本善彦による独善的な暴走判断といわざるを得まい。これは司法の暴力に他ならない。人事権を握る最高裁は恐らく山本を左遷させるであろうが、はじめから原発問題を抱える地域への人事を慎重に行えば済むことである。

 メディアの報道ぶりを分析すれば、判決大歓迎の朝日、毎日と極めて批判的な読売、産経にくっきり2分された。とりわけ昔から放射能アレルギーとも言うべき朝日は鬼の首を取ったような紙面展開をしている。我が意を得たりの気持ちは分かるが、この仮処分決定はまず100%覆される。朝日が喜ぶ決定は必ず、否定されるのが運命なのだ。古くは四国電力伊方原発訴訟で原告側を全面支持した朝日の主張は1992年の最高裁判決で完膚なきまでに否定された。判決は以後の原発裁判を左右する重要なもので、その内容は「原発問題は高度で最新の科学的、技術的な知見や、総合的な判断が必要で、行政側の合理的な判断に委ねられている」としている。高度な専門性が求められる原発の安全性の判断は政府に任せて、科学的知見のない司法がかかわりすぎるべきではないとしているのだ。全国で起きている原発訴訟で、大半の地裁はこの判例に基づいた決定を下している。

 山本の決定もこの最高裁判例に言及はしているものの。出した結論は「停止命令」で真逆だ。最高裁判決を事実上無視している。とりわけ噴飯物なのは決定の核心部分で「関電は説明責任を果たしていない」と断定していることだ。愚かにも規制委の対応を根本から見誤っている。規制委は2年3か月もかけて関電が出した10万ページにもわたる申請書を詳細に検討して、ゴーのサインを出したものである。これを山本はたった4回の審尋で結論に到っているが、逆に「審査責任」を果たしているのかということになる。あまりにも軽い判断なのである。

 全く同じ例は福井地裁が出している。福井地裁裁判長・樋口英明によるものだ。樋口は高浜3,4号機の「運転再開差し止め」を命じており、これが原因で4月1日付で名古屋家庭裁判所に左遷された。しかし継続審理のため職務代行が認められて再び「再稼働など認めぬ」という決定を下したのだ。まるで今回同様に最高裁の判例に楯突くような決定である。その8か月後に裁判長・林潤が決定を取り消した。 今回の大津の決定で地裁が原発稼働を差し止めたのは3回になり、そのうち2回は樋口が行った。この例から見て「原発停止」判断は多分に裁判長個人の特異な性格が反映されたものという見方が成り立つ。地裁の判事のレベルの低さ、大局観の無さをまさに露呈したものとなった。最高裁は過去にもこうした判事を左遷してきている。最も良い例が自衛隊の合憲性が問われた長沼ナイキ訴訟だ。一審の札幌地裁は初の違憲判決で処分を取り消したが、札幌高裁は一審判決を破棄、最高裁も上告を棄却した。この事件の裁判を担当していた地裁の裁判官は最高裁事務総局によって他県の家庭裁判所へ左遷されている。判決が上級裁判所の意向にそぐわなければ裁判官本人も高確率で下位の勤務地へ左遷されるのが通例だ。家裁への転勤が司法の場では左遷の相場になるのだ。

 一見権威の象徴のような司法もどろどろとした、人事をめぐる確執があるのだ。したがって山本善彦も左遷必至であろう。問題は61歳の山本が65歳の定年を前にして、なぜ暴発したかだが、「売名」を指摘する専門家もいる。つまり弁護士に転職した場合名前が知れていることは極めて重要であるからだが、こればかりは本人に聞いてみないと分かるまい。思うに最高裁は、司法の醜態をさらけ出す前に、エキセントリックな裁判官を原発のある県や隣接県に赴任させないことが重要だろう。国の政治の根幹を阻害するような判決が次々に出されるようでは、司法による行政の妨害だけが目立つことになる。これでは3権分立が危うくなり、ひいては民主主義の根幹を脅かす事態へと発展しかねない。

<引用終り>


法曹界の劣化が激しい事は原発問題だけでなく他でも色々ある。
裁判所の判事もそうだが、弁護士などは実に酷い連中がウヨウヨしている。
私には光市の母子殺人事件での安田弁護士の言動を未だに許せない。

こんな連中が出てくる背景には戦後の負の遺産、終身雇用制があると見ている。悪い事をしても首にならないのだ。
だからこんなおかしな裁判官がノウノウと禄を食む、こんな事がまかり通っている。

だが昔の日本は違っていた、例えば・・・

2016-3-12悪代官イラスト

これはご存知悪代官と越後屋の話。
「お主も悪よのう」である。「お主は・・・」ではない。自分も悪と認めているのだ。
だから露見すれば腹を切らねばならない

矢張り日本も悪事が露見したら腹を切らせるくらいの事をしないといけないのだろうと思う。
こんな定年間近の法匪には左遷など痛くもかゆくもないのだろう。
こんな判決を見てつくづくそんな事を思った。
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2016-03-06 07:47

朝日、ご乱心 安倍叩きに「トイレつまらせろ」

 「だまってトイレをつまらせろ」、これは少々頭がおかしい不良共の書いたアホ記事ではない。
れっきとした天下の大朝日新聞様の記事である。しかも書いた記者はどこぞのチンタラ・駆け出しネエチャン記者ではない。性事部の痔長様もとい政治部の次長様だと言うからなおさらビックリ。

2016-3-5狂った朝日トイレを詰まらせろ


この頭のおかしい朝日新聞のヨタ記事はよもぎねこさんがご自身のブログで取り上げている。
「新聞の役割 朝日新聞」
http://yomouni.blog.fc2.com/blog-entry-5459.html


よもぎねこさんは産経の古森さんの論考を取り上げている
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160303-00010000-jindepth-pol

よもぎねこさんの話は大変上手くまとめてあり全く同感、なので詳しくはこちらを見ていただくとして、私はもう少し別の角度から見てみたい。
(でもよもぎねこさんも余程びっくりされたのか、新聞紙(押し紙が多いので朝日新聞紙が最適らしい)で尻を拭く、こんな尾籠な話をするとは・・・、朝日新聞はこんな所でも罪深い事をしているもんだ。)


さて所で別の面、それは
・ トイレが詰まったら誰が困るのか
・ この性治部次長の高橋純子記者様が感銘を受けたと言う「はたらかないで、たらふく食べたい」、これについてである。


こんな事を取り上げたいが、最初に古森さんの記事前段を引用したい。


<以下引用>

日、ご乱心 安倍叩きに「トイレつまらせろ」?
3月3日(木)9時34分配信

朝日、ご乱心 安倍叩きに「トイレつまらせろ」?
内容があまりに粗雑
朝日新聞の2月28日朝刊(アメリカでの国際版)のコラム記事を読んで、びっくり仰天した。こんなハチャメチャな記事を載せて、日本の全国紙の名に値するのだろうか。
記事が偏向とか誤報だというのならまだ理解できるが、内容があまりに粗雑、下品、かつ論理のかけらもなく、違法行為の扇動でもあるのだ。


私も長いこと新聞記者をしてきたが、こんなひどい記事はみた記憶がない。朝日新聞の編集というのは果たして大丈夫なのか。それとももうここまで落ちてしまったのか。

この記事は同朝刊の第4面に掲載された「政治断簡」と題するコラムふうの一文だった。筆者は政治部次長の高橋純子記者と記されていた。次長だから一般記者の取材や出稿を指揮する立場なのだろう。少なくとも中堅、あるいはベテランのはずである。

その記事のタイトルは「だまってトイレをつまらせろ」だった。


この記事の要旨を先に述べるならば、安倍政権に抵抗するためには公共のトイレで尻を拭く際に新聞紙をわざと使って、そのトイレをつまらせろ、というのである。そこに比喩的な意味が入っているとしても、そのトイレのつまらせ方をきわめて具体的に説明しているのだから、文字どおりに読めば、上記のような概要となる。まず記事の冒頭を紹介しよう。

《「だまってトイレをつまらせろ」

このところなにかにつけてこの言葉が脳内にこだまし、困っている。新進気鋭の政治学者、栗原康さんが著した「はたらかないで、たらふく食べたい」という魅惑的なタイトルの本に教えられた。》

・・・以下略、全文は上掲リンク先参照ください。

<引用終り>


最初にトイレが詰まると誰が困るのか。
ズバリ、自分が困るのである。自分の仲間や同僚が困るのである。
この記事では会社の社長がいい加減ならトイレを詰まらせてやれ、そうすれば社長が困る、そう言っている。

本当だろうか???

トイレを詰まらせたら、自分のウンコが流れて行かない。ウッカリすれば自分のウンコまみれになる。
オマケに次の人がトイレに入ってきたら・・・、
キャー、誰よ、こんなトイレを詰まらせたのは、私が用をたせないじゃないの・・・、喧嘩になりまっせ。
それでもいいのかね、痔長次長さんよ。


実はタイで仕事をしているとき、トイレが詰まるなんて経験は結構ある。
スーパーなどのトイレが汚いのはそんな事で便器が詰まって汚水が溢れたりするからで、よく見かけたものだった。
日本と違って、タイのトイレは下水管の太さが細いため詰まりやすいのだ。だから会社を立ち上げた時、下水管の太さを如何するとか、使うトイレットペーパーはドレがいいのか、そんな事まで検討したものである。
そして便器を洋式にするかタイ式にするか、こんな事まで現地の事情を調べた。

笑い話:田舎のタイ人は洋式トイレの使い方を知らない人が多い。だから便座に腰掛けずに便座の上に土足で上がり、和式トイレみたいにしゃがんで用を足すことがある。便座が泥だらけになって困る・・・ 苦労しました。ハイ。

安倍さんを困らせるつもりで自分らが困る、そう言うバカなはなしである・・・、ホンマ、アホやなあ。


この高橋純子なるアホ記者にはこんな歌は理解不能だろうなあ・・・
「トイレの神様」

これが日本人の心である。朝日新聞には判らないだろうがね。


さてもう一つの問題、それは「はたらかないで、たらふく食べたい」、こんな考え方である。
高橋純子アホ記者は「新進気鋭の政治学者、栗原康さんが著した「はたらかないで、たらふく食べたい」という魅惑的なタイトルの本に教えられた」、おいおい、べた褒めじゃないか。

だがこの栗原康なる人物、どんな奴かというと、
『はたらかないで、たらふく食べたい』刊行記念・栗原康インタビュー 
http://tababooks.com/tbinfo/kurihara_int_1

何とこの「はたらかないで、たらふく食べたい」がこの御仁の座右の銘なのだと言う。
オマケに上掲記事には「東北芸術工科大学非常勤講師。専門はアナキズム研究」と紹介されている。アナーキストなのだろう


だがここからが私が声を大にして言いたい事。
日本人は昔から「額に汗して働くこと」に喜びを見出してきた民族である。
天皇陛下が自らイネを育てたり、皇后陛下が蚕を育てたり、日本人は昔からこんな労働観を育んできた。


そしてこれはマッカーサーが日本を占領統治して見てわかった事
日本人は「労働の尊厳と称すべきものを発見しました。つまり、人間は、何もしないでいるときよりも、働いて何かを作っているときの方が幸せだ」、こんな事を言っているのです。

これは昭和26年(1951年)5月3日、米国議会上院の軍事外交合同委員会で行われた質疑応答での話。
Strategy Against Japan In World War II(第二次世界大戦における対日戦略)についての Senator Hickenlooper.(ヒッケンルーパー上院議員)の質問への回答として語られたものです

以下マッカーサー証言原文と対訳
Some place down the line they have discovered what you might call the dignity of labor, that men are happier when they are working and constructing than when they are idling.
いつの頃からか、彼らは、労働の尊厳と称すべきものを発見しました。つまり、人間は、何もしないでいるときよりも、働いて何かを作っているときの方が幸せだということを発見したのです。


詳細は「自虐史観脱却」エントリー参照ください。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-763.html

この様に日本人は労働の尊厳と言うものを知り、「働いて何かを作っているときの方が幸せ」なのである。

しかしこの大朝日新聞様の高橋純子アホ記者は「新進気鋭の政治学者、栗原康さんが著した「はたらかないで、たらふく食べたい」という魅惑的なタイトルの本に教えられた」、こんな事を言っている。
オマエラの大好きな憲法9条を作ったマッカーサー様でもこう言っているんだぞ。「日本人は労働の尊厳と言うものを知り・・・」、だが戦後70年たって此処までに劣化してしまったのか。改めて愕然としている。

この高橋純子なるアホ記者は本当に日本人なのだろうか。
働かない事が人生の究極の目的なのかもしれぬ・・・。
朝日新聞とは何と罪深い連中なのだろうか。そうしみじみ思う次第。

そう言えばWiLL3月号に元朝日新聞記者の長谷川氏と永栄氏の対談が載っている。
題して「朝日新聞はマルクス主義結社だ」、なるほどねえ。

2016-3-6Will3月号



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