2015-03-29 22:59

いかなごくぎ煮

 神戸・明石地方の春の風物詩、「いかなご」の釘煮です。
神戸在住の姉が今年も腕によりをかけて炊いてくれました。

2015-3-29いかなご釘煮


私の大好物なので早速ちょっと味見、それから慌てて写真を撮りました(笑)。
誰ですか、つまみ食いしたのはと言う話しは一寸置いといて・・・

でも感心するのは送ってくれた箱。
宅配便業者がこの季節、「いかなご」を送る人の為にこんな箱を用意しています。
段ボール箱と中に入れるいかなごの容器、こんなモノを用意しているようです。
そして箱には矢張りこれが無いと ・・・ 世界一の明石海峡大橋。

尚いかなごは関西方面での呼び方、愛知県などでは「こうなご」と言っています。
  1. 日常の話題
  2. TB(0)
  3. CM(10)

2015-03-27 15:11

人とは心を引き継ぐ存在

 同じ市内に住んでいる私の叔母が一昨日夜倒れた。脳出血(脳溢血)だった。
昨日叔母の長男(つまりイトコ)と話をしたのだが、現在集中治療室にいるが、意識はなく昏睡状態。
主治医の見立てでは出血量が多く、高齢の為手術も難しいとのこと。結局手術せず延命治療だけという事にしたようだ。
叔母は意識が戻ることは恐らくないだろう。
死は突然やって来る。そんな事を実感した日になった。


さて今日のテーマはそんな事で死生観について考えてみたい。

9年ほど前のこと、家人の先輩で私ら夫婦とは親戚同然にしていただいていた方が乳癌で亡くなった。
何度か見舞いに行ったのだが、その方が死の直前、最後に発した言葉が「悔しいわ」だった。
この「悔しいわ」と言う言葉、その後家人とも何度も話をするのだが、何故悔しいのか良く分からない。
この方の乳癌は十数年前の癌が再発したのだが、1年くらい前の検診では全く再発の心配はないと言われていたので其れが悔しいのか・・・
その方の一人娘の方も同じ頃乳癌が見つかったので、其れが悔しいのか・・・
或いはその方は仕事上で女だからという事で色々困難が有ったので、それが悔しいのか・・・

そんな事で結論は出ていなかったのだが、数日前シンシアリー氏のブログを見ていたら、同じ「悔しい」と言う言葉を見つけた。
「韓国人の来世観・・「悔しくて行けないよ」(※さらに追記しました」
http://ameblo.jp/sincerelee/entry-12005037934.html

詳細は上掲ブログを見ていただくとして、韓国人の場合信仰は儒教を永年信仰してきた、だから今でも考え方の基礎に儒教が有る。
そして儒教では来世と言う考え方が無い、だから死を怖がるのだと言う。

そうか、だから死にたくないので船長が乗客が放っておいて自分ひとり逃げるのか。なるほど。
この話は理解できるが、これは韓国の話。


私は日本の場合は色んな所で死生観についての話や諺がある。知らず知らずにそんな事を身に着けるのだろう。
でも中には死生観をしっかり持っていない方もいる、そう思っている。
仏教でもキリスト教・イスラム教でもメインテーマは死、そして必ず「死後の世界、来世」を説いている。
日本の場合、宗教でなくても色んな所で死生観に関連した諺も有る。
宗教を信じるも信じないも勝手だが、その人なりの死生観をしっかり持つこと。
これは老人になってからではなく、若い人たちもしっかり持つべきだと思う。


さてこんな死生観を考えるうえでとてもいいTV番組が有った。
随分古いがこんなモノ。
これはDVDにとって有ったので、今回見直してみた。

NHK シリーズ「人の謎に迫る⑦」 「死と向き合う心} 2009年4月25日
http://www.nhk.or.jp/zero/contents/dsp255.html

この番組は古いので上掲リンク先からNHKオンデマンドへ行けば手に入ると思いますが有料。
概要はこんな風です。

地球で生命が誕生したのは約38億年前、しかしその生命は環境が悪くなったり、他のモノに食べられたりしない限り死と言うモノは無かった。
約15億年前、有性生殖が始まった時、死と言うモノも始まった。
つまりオスとメス、男と女が出来たので死も出来た。こんな話です。
プレゼンター : 田沼靖一東京理科大学薬学部教授

田沼さんはここで一番のキーワードとして「人とは心を引き継ぐ存在である」と言っています。

人は死ぬけれど、その心は「その人から次の人・世代へ、そして更に次の人・世代へと引き継がれてゆく」。

そしてそんな死生観を兼好法師の徒然草に「死は生きて行く先に有るのではなく、背後から迫ってきている」と書いてあると言っています。
2015-3-25徒然草


調べてみるとこの言葉は徒然草の155段に有りました。
「死期(しご)は序(ついで)を待たず。死は、前よりしも来(きた)らず、かねて後(うしろ)に迫れり。人皆死ある事を知りて、待つことしかも急ならざるに、覚えずして来(きた)る。」
{口語訳}
死期(臨終の時)は、順序を待たない。死は必ず前方からやってくるものとは限らず、 いつの間にか、人の背後に迫っている。人は誰しも皆、死があることを知っているものの、しかも死が急にやってくると思って待っていないうちに、死は不意にやってくる。


全く昔の人は良い事を言っているモノです。
こんな事を頭の片隅に置いといて、日々を過ごしていればイザというとき後悔することは無い。
そんな事なのでしょう。
そんな昔の人の心得は、例えば「一期一会」などと言う言葉になったり、こんなさりげなく置かれた蹲(つくばい)にこんな文字を書いてみたりする。

京都竜安寺にさりげなく置かれた蹲
2015-3-27足るを知る竜安寺蹲写真


この蹲にはこんなモノが書いてある
2015-3-27足るを知るイラスト


我唯足知 (我 ただ 足るを 知る)、有名な言葉だが、こんな所にっさりげなく。

日本人は日々こんなモノに接し、日本人の死生観を作り上げてきた。
多分それの真骨頂がこれだろう。
「一期一会」

この一期一会はwikiによれば、「一期一会(いちごいちえ)とは、茶道に由来する日本のことわざ・四字熟語。茶会に臨む際には、その機会は二度と繰り返されることのない、一生に一度の出会いであるということを心得て、亭主・客ともに互いに誠意を尽くす心構えを意味する」。
こんな事のようだが、まあ色んな解釈が有るだろう。

では最後にこれをどうぞ



  1. 社会一般
  2. TB(0)
  3. CM(4)

2015-03-22 22:01

中国の安かろう悪かろう商売<ベトナムのオートバイではあっさり敗退


 先日の中国の春節(旧正月)には多数の中国人が日本にやってきて爆買いをして行ったことが報道されていた。
買っていったのは炊飯器や便座などなど。
中国製は品質が信用できない事がこんな行動の原因らしい。

所で中国の家電はアフリカでも敬遠されているとサーチナが報道している。

中国製の小型家電・・・アフリカでも「敬遠」の傾向=中国メディア
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150321-00000031-scn-bus_all

このサーチナの報道には中国の安かろう悪かろう商売の失敗事例としてベトナムのオートバイのケースが紹介されている。こんな風である。

<以下引用>
 中国が「安かろう悪かろう」で失敗した例としては、ベトナムに対するオートバイ輸出がある。輸出開始は1999年で、当初は低価格により市場シェアを8割程度にまで上昇したが、中国企業同士の値引き合戦で利益が出ない構造になった。さらに故障が続出したことでベトナム人消費者に見放された。その結果、2014年ごろまでには日本製オートバイのシェアが8割程度になったという。

<引用終り>

この中国の安物バイクがベトナム市場を席巻した2002年、私はこの実情が見たくて丁度タイからベトナムへの観光ツアーが有ったのでそれに参加し、実情を見てきた。
そんな事情などを書いてみたい。

行ったのは2002年4月、丁度中国のコピーバイク全盛時代だった。
中国から年間100万台以上のバイクをベトナムが輸入している。大変な脅威だ。
こんな話だったので、観光ツアーだがアチコチで聞いて回れると見て参加してきた。

先ずはベトナムのバイク事情など

ベトナムでは信号が青になった瞬間、こんな光景が出現する。
この写真は最近のモノでバイク乗りがみんなヘルメットをかぶっている。2007年頃ヘルメット着用が義務づけられた為。
2015-3-22ベトナムのバイク事情1
雲霞の如くと言う例え通りだ。


これは2002年、私が行った時のモノ。この時は誰もヘルメットはかぶっていない。
2015-3-22ハノイのバイク1

ハノイ独特の住宅の様子が分かる。
此処は紅河下流のデルタ地帯で洪水の常襲地帯。だから土地は真っ平ら。
こんなマッチ箱を立てたような細長い住宅が続く。洪水でも2階、3階なら大丈夫。
2015-3-22ハノイのバイク2

ベトナムらしい風景、自転車のオバちゃんのかぶっている笠はベトナムオリジナル。
2015-3-22ハノイのバイク3


以下は2002年にベトナム・ハノイで現地の人に聞いた話。
問:如何して中国製のコピーバイクに乗るのか、品質は日本製より大幅に落ちるが如何なのか。
答:そりゃあ日本製の方がいいに決まっている。当地では日本製のバイクはドレでも「ホンダ」という。
ホンダと言えばバイクのことだ。
しかし日本製は高い。1台2000ドルはする。労働者の月給が100ドルそこそこなのでとても手が出ない。
しかし中国製のコピーバイクなら見た目は日本製のホンダと変わらない。そして値段は500ドルだ。
此れなら何とか手が届く、だからみんな中国製を買っている。
中国製バイクは確かに故障する。しかし壊れたらホンダへ行ってホンダの部品を買ってきて取り付ければいい。
壊れたら順次ホンダの部品に変えていけば、だんだんホンダに近づいてゆく(笑)。
こんな話であった。

更に色々聞いてみるとハノイ周辺は土地が真っ平ら、山坂は無い。
だから少々難ありのバイクでも何とかなる、そう認識しているようだった。


此処からは後で聞いた話。
いきなりシェアー80%なんてな事になれば日本メーカーも必死に巻き返そうとする。
問題は価格なのでベトナムの実情に有った廉価版を出したりして相当コストダウンしたようだ。
その結果、私が行った2001年~2002年頃が輸入のピークで年100万代くらい。
それが2003年には年50万代くらいと半減、
2004年にはほとんど売れなくなり輸入はほとんどゼロ。
現在の日本製バイクのシェアーはと言えば、
2011年~ホンダ・ヤマハ合計で83%、2012年~ホンダ・ヤマハ合計で89%である。
勿論中国製バイクはゼロ。

引用文に有るように中国製バイクのベトナム進出は完全な失敗だったようだ。

日本メーカーとしても良い経験だったようで、現地の使い方に有った仕様となるようスペックダウン。
そしてそれに見合ったコストとする、こんなことをやってきたようだ。
この間の完成車メーカー・部品メーカーのコストダウン努力には敬服します。



  1. 海外
  2. TB(0)
  3. CM(11)

2015-03-22 13:19

ルーズベルト<未だに日本を苦しめている男の話

 今こんな本を読み始めた所です。
未だ発売日前ですが、予約注文を出したら金曜日に届きました。
(正式発売日は2015年3月25日とのこと)

2015-3-21ルーズベルトの死の秘密

何故フランクリン・デラノ・ルーズベルトか?、それは今も日本を苦しめているでっち上げの南京大虐殺所謂従軍慰安婦問題の原点がこの大統領だからだ。
以前からF・ルーズベルトの周りには共産主義者・ソ連のスパイがウヨウヨ(約300人とか)、そして猛烈な日本嫌いとか。
そして如何してヤルタ会談であのようにソ連に譲歩を重ね、ソ連に日本へ攻め込ませたのか。
そんな一端が分かると思ったからである。

それともう一つ、アメリカの歴代大統領44人の内人気ランキングトップスリーはワシントン、リンカーン、フランクリン・ルーズベルトで、人気1位、2位はワシントン、リンカーンか、リンカーン、ワシントンか。そして3位がフランクリン・ルーズベルトになっている。
ワシントン(1789-1797)、リンカーン(1861-1865)は過去の人(日本なら江戸時代)だがルーズベルトは過去の人ではない。
20世紀の世界秩序を作った人物だからである。


がしかし、何せ全350ページも有る大作、目下走り読み中だがまだ全部は読み切っていない。
でも訳者渡辺惣樹氏があとがきで書いていることが非常に面白いし、今現在につながる問題もあると思う。
そこで「訳者あとがき」部分をスキャンしてエントリーします。
大変参考になりますが本では8ページも有る長文、ご了承ください。

尚この中で朝鮮戦争に関する部分も出てきます。
丁度1年前の私のエントリーに裏の桜さんからこんなコメントを頂きました。
朝鮮戦争は・・・無かった事にしたい戦争だった
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-914.html
こんな話への回答の一つになるかもしれません。



最初に紹介を兼ねて宮崎正弘さんの書評から。
http://melma.com/backnumber_45206_6180467/

 いま明らかになったルーズベルトの死亡原因
  なぜ真相の公開がかくも遅れたのか、専門医師が書いた病歴伝

   ♪
スティーヴン・ロマゾウ & エリック・フェットマン著、渡辺惣樹訳
『ルーズベルトの死の秘密』(草思社)

 ヤルタ会談でルーズベルトは病人のように生気の覇気もなく、スターリンが思うがままに東欧から千島列島をソ連が欲しいままにするという諒解を与え、譲歩につぐ譲歩を重ねた。
かれは死にかけていた。
 死因は公表された診断とは異なり、ながく謎とされた。ヤルタではスターリンの背後に陣取った「妖術師」がルーズベルトに遠隔から催眠術をかけていたという珍説まで飛び出し、まことしやかに語られたものだった。
 死の真実は故意に伏せられたというより医師が無能であったことも大きく作用した。
 1991年になって、一部の真実が浮かんだ。
ルーズベルト従姉妹だが親密だったマーガレット・サックリーが死亡し、保存されていた手紙や日記類がでてきた。
 くわえてFDRの愛人だったルーサー・マーサーの証言がでてきた。これまでの伝記作家の記述がおおきく修正されなければいけなくなった。
本書の狙いは、その医学的伝記である。
 世紀の政治交渉だったヤルタ会談でFDRは交渉能力をかいた病人だった。舞台裏では医師団の闘いが展開されていた。
 もともとルーズベルトは小児痲痺があった。
 あまつさえ幼少より、かれには風邪、副鼻孔炎、喉炎、扁桃炎、気管支炎などを患い、インフルエンザと肺炎にも何回か、罹かった。生涯が病気との闘いだった。
大統領につくまえにポリオにかかった。「これで躰の自由を失った」のだが、「後遺症と闘うだけではなく、それが大統領職に何の悪影響も与えないというメッセージを国民に送り続けなければならなかった」(36p)
 連邦議会で最後に演説したルーズベルトは、その演説ぶりが変調を来しており、いつもの雄弁とは異なり、しかも下手なアドリブが多いことに気がついていたが、じつは左側の視力に異常を来しており、左前がみえなかったのだ。
このため大きく書かれた演説草稿が読めず、とばしたところに「一定のパターン」があった。
 『彼は手元の原稿の左端に書かれた単語を見つけるのに苦労した。そのため、スピーチをしながらなんとかしてその単語を頭の中で補って文章にしようとした』のだ。
 これを医学的専門用語では、「片側視野欠損」という
 そしてFDRには「左眉の上には色素沈着したシミがあった」が、これは「死に至る病メラノーマ、つまり皮膚ガンであった」。それが「悪性化してから四、五年を経て脳に転移した。脳内に出来た腫瘍は彼の生命をこの演説(最後の議会)のわずか六週間後に奪った」。
 しかし「死後の解剖が行われていないことや、カルテが見つかっていない」ために心臓に起因することが死因とされてきた。つまり医師団は皮膚ガンを秘匿した。
 戦後七十年、もうひとつの真実が明らかになった。

<宮崎さんの書評は此処まで>


では以下訳者あとがきを引用
<本をOCRで読んで電子化しました>

訳者あとがき

 読者の多くは本書を日本人の視点で読んだはずです。ですからその読後感も日本人としてのものになります。それでは、アメリカ国民であったらどのように感じるのでしょうか。アメリカには皇室がありません。大統領は世俗の権力の頂点に立つと同時に権威の象徴でもあります。大統領は国家元首であり、国柄そのものです。彼の振る舞いもそれにふさわしくなくてはなりません。国民がそれを期待するからです。

 翻って日本は、国家元首は天皇であり、天皇が国柄を象徴します。世俗の権力からは超越し、切り離された存在です。ですから、日本人は、最高権力者(内閣総理大臣)に対して、どのような批判を加えても心が痛みません。総理大臣は、ただ世俗権力のトップに立っているだけですから、彼への批判がブーメランのように批判者自身に還ってこないからです。

 しかしアメリカ国民にはそのような贅沢はありません。大統領批判は、国そのものを批難し、国民自身をも批判することになるからです。ですから、どうしても大統領批判には慎重になります。常に躊躇いの気持ちと戦いながらの大統領批判にならざるを得ないのです。アメリカ歴代大統領にはあまり感心できない人物もいます。それでも彼らに対する批判は、少なくとも日本の論調にくらべれば、いたってマイルドです。

 さて、本書の著者二人の心理はどのようなものだったでしょうか。本書のテーマはフランクリン・ルーズベルト(FDR)の本当の死因を探ることにありますが、著者たちはそれだけではなく、大統領の生き方までも書いています。おそらくFDRの性格まで、あるいは信条にまで踏み込まなければ、死囚にまつわる謎も解けないと考えたのでしょう。

 著者たちも述べているように、FDRは自身の病気に対して受け身ではありませんでした。「病を自らねじ伏せる」という強烈な自信を持っていたのです。その特異な個性ゆえに、彼を取り巻く医師も政権幹部も親族も、そして彼を愛した女たちも振り回されました。そして彼の進めた外交にまで影響をあたえたのです。この書を読んだアメリカ人の多くが、このような人物にアメリカの政治と外交を四期も任せた歴史があったことに愕然としたに違いないのです。

 スターリンにヨーロッパの東半分を差し出した「ヤルタ会談」は戦後アメリカ国内でも強い批判を浴びています。本書で語られるFDRの病状からすれば、おそらく、会談に臨んだ大統領の頭脳のほとんどは論理的思考機能を停止していた可能性があります。ヤルタ会談の写真に写るFDRは深刻な表情を見せ、指導者の威厳を保っています。しかし本書から読み取れる彼の容態から、会談の実態は完全にスターリンの一人舞台であったろうことが窺われます。

 このような大統領を描写することは、アメリカ人の執筆者として心苦しかったでしょう。著者たちも述べているように、本書の中心テーマがFDRの真の死因を探ることにあったとしても、政治的意味合いを持つことは避けられません。冒頭に述べたように、大統領は国柄そのものの表徴です。本書に記された大統領の姿が本当であるはずはない、とアメリカ人読者が反発してもその心情は理解できるのです。

 読者の多くが「歴史修正主義」という用語を知っているはずです。この用語には、第二次大戦以前にはネガティブな憲味合いはありませんでした。公的な歴史解釈に問違いがあると考える歴史家は比較的自由に自らの意見を開陳することができました。

 たとえば、第一次大戦の戦後処理を決めたベルサイユ会議(一九一九年)に対して、歴史家のシドニー・B・フェイは、「すべての責任をドイツ及びその同盟国にありとしたベルサイユ条約で下された判決はごまかしである」(『第一次大戦の起源』一九二八年)と批判しました。アメリカ建国の父たちはヨーロッパ問題に介入してはならないと国民を戒めていました。その戒めを破ってウッドロー・ウィルソン大統領はヨーロッパの戦いへの介入を決めました(一九一七年)。そしてベルサイユ会議では全ての責任をドイツ一国に押し付け、ヨーロッパ国境は民族問題にほとんど配慮せずに引かれたのです。それがのちの第二次大戦の火種になったのですから、フェイの指摘は正鵠を射ていたのです。

 ベルサイユ体制の欠陥を指摘したフェイの解釈は次第に広がりを見せ、アメリカ国民の多くが「やはりヨーロッパの揉め事には介入すべきではなかった」と思うようになったのです。ですから、ナチスドイツが、ポーランドに侵攻(一九三九年九月)しても、イギリスヘの空爆(一九四○年九月)を始めても、国民の八〇パーセント以上がアメリカの参戦を拒否したのです。

 ルーズベルト大統領は、強硬な対日外交をてこにして、結局はアメリカの参戦を実現しました。「全体主義の悪魔のような国であるドイツと日本を降伏させ、米ソ英中の四力国で世界をコントロールすれば平和が訪れると考えていたFDRは、ソビエトを友国と扱い徹底的に支援したのです。彼は政治家として誰もが舌を巻くほどの演説の名手でした。その甘い声は電波に乗ってアメリカ国民にアメリカ参戦の正当性を訴えました。

 しかし、現実には防共の砦となっていたドイツと日本が倒れると、ソビエトが猛烈な勢いで世界に共産主義を拡散していきました。東ヨーロッパ諸国は次々と共産化し、一九四九年には中国に共産党政権が成立しました。その翌年には朝鮮戦争が始まります。この戦争をアメリカは実質一国で戦わなくてはなりませんでした。

 それまでのアメリカであればかつてのフェイがそうだったように、歴史家がFDRの外交を批判しても一向に構わないはずでした。現実の世界の状況は彼の外交の間違いをはっきりと示していたのです。ところがそうはなりませんでした。FDRの外交を批判することが、まるで悪行であるかのような、いやもっと言えば、反アメリカ的な行為のような空気が生まれたのです。そして、FDR外交を批判する歴史学者には「歴史修正主義者」という言葉が浴びせられることになったのです。かつては歴史修正に善悪の価値観はありませんでした。フェイがそうだったように、歴史解釈が間違っていれば修正されるのは当たり前でした。もちろん冒頭に書いたように、アメリカ人にとっては自身への批判になるだけに、その方法は慎重にそして丁寧なものになったはずです。しかしFDRの外交についてだけは批判を一切許さなくなりました。批判的な学者たちに対して侮蔑の意味をこめた「歴史修正主義者」のレッテルが貼られるようになったのです。

 なぜアメリカはそんな空気に突然覆われてしまったのでしょうか。私はFDRの外交があまりに愚かだったからではなかったかと推察しています。FDRがアメリカの先入の知恵にならってヨーロッパ問題非介入の外交をとっていれば、ポーランドを巡るヨーロッパ方面の戦いも、中国での日中の戦いも局地戦で終了し、関係国間で落としどころが見つけられた可能性が高かったのです。FDRは戦いの当事者にならず、善意の第三者として仲介役を買って出ることができる立場にいました。アメリカのもつ強力な(潜在的)軍事力は仲介に大いに力を発押したはずです。そうすることでFDRは和平維持に大きな貢献ができたはずなのです。しかしFDRの外交には、緊張を高めることはしてもそれを緩和する作業は全くと言っていいほど見られません。それがなぜなのかについては先人の多くの研究がありますから、機会があれば日本の読者に紹介したいと考えています。

 いずれにせよアメリカはFDR外交の結果、多大な犠牲を払い、戦いに勝利したにもかかわらず、たちまち、ただ一国でソビエトの主導する世界革命(世界の共産化)に対峙しなくてはならなくなりました。大戦終了後わずか五年で再び朝鮮半島にアメリカの若者を送り出さざるを得なくなったのです。

 そんな状況の中で、FDRの外交は間違いだった、アメリカは四十万人の戦死者も七十万人の負傷者も出すことなどなかったのだ、と歴史家に批判されたら国が持たないほどの窮地に立たされてしまっていたのです。当時のアメリカの孤独感と危機感は、国家安全保障会議(National Security Council)の機密文書Nsc68号(一九五〇年)からも類推することができます。

このままクレムリンの支配下に入る地域が増え続ければ、彼らとの戦いに、我が国と同盟を組む相手さえいなくなるだろう。この危急の時期にあって、我が国はまだ優勢にある、アメリカ国民は立ち上がらなければならない。我が国が直面している危機はわが国の存亡にかかわるだけではない。文明そのものの将来がかかっている。われわれは今あれこれ考えている余裕はない。アメリカ政府と国民は断固とした態度で運命的な決断を下す時に来ている」(翻訳および傍点筆者、引用者注:傍点を下線にした)

 これが朝鮮戦争勃発時のアメリカの心情だったのです。傍点部(下線部)にある『われわれは今あれこれ考えている余裕はない』という文章がいみじくも示しているように、ルーズベルト外交の是非を悠長に議論している余裕などアメリカにはありませんでした。歴史学者に「防共の砦となっていたのはドイツと日本ではなかったか。それを破壊しだのはルーズベルト外交である」などと主張されたら、朝鮮に若者を送り出す正当性まで崩れてしまいます。ヨーロッパでも共産主義者の動きは活発で、いつ再びヨーロッパで戦いが始まってもおかしくありませんでした。
 
 そうした世界情勢の中で、FDR外交を批判的に語ってはならないという空気がアメリカの言論空問に生まれたのです。修正主義という用語に倫理性の意味合いを含ませて、FDR外交批判に蓋をしました。私には、この方針を指導した特定の個人がいるとは思えません。おそらく時代の危機感の中で、そうした空気が自然発生的に醸成されたのではないでしょうか。

 アメリカの主流に属する組織もこの空気を作るのに一役買っています。ロックフェラー財団もスローン財団も「歴史修正主義者」の研究にはけっして資金を出そうとしませんでした。アメリカ外交に現在でも強い影響力を持つ外交問題評議会(CFR)も、ルーズベルト外交を批判的に解釈する「歴史修正」を拒否したのです。クリントン元大統領、コンドリーザ・ライス元国家安全保障問題担当補佐官、スーザン・ライス国連大使らは、みなCFRの会員です。政治家だけでなくリチャード・ブッシュ三世のような東アジア外交立案に関与する立場にいる研究者もメンバーとなっています。CFRは現在でも大きな影響力を持っています。FDR外交を批判してはならない。批判するものは「歴史修正主義者」である。この空気は今でもアメリカの言論空間を厚く覆っています

 日本が「南京虐殺事件」や「慰安婦(売春婦)問題」について反論すれば、アメリカの主流メディア(とくにリベラルを標榜する[ニューヨー・クータイムズ]紙など)が色をなして怒りを見せるのは、”日本は悪の国であった”という評価に変更を加えさせたくないのですアメリカによって潰されるべき国であった、という歴史理解に修正がなされるようなことをさせたくないからです。この関門が崩れると、ルーズベルト外交批判を閉じ込めていたパンドラの箱が開いてしまいます。(注:この点について興味のある方は拙論「南京事件・慰安婦論争:本当の敵はアメリカだ」〔『文典春秋スペシャル』二〇一五年春号〕を参照されたい)

 アメリカの歴史学者の多くが、今でもフランクリンールーズベルトは一流の政治家であったと著しています。しかし、歴史解釈に善悪の判断を持ち込まず、史実をベースにルーズベルトを冷静に語る史書も増えてきました。本書もそうした一群の書のひとつに分類されます。二人の著者もルーズベルトの行動を冷めた目で分析してはいますが、ルーズベルト個人を善悪の幕準で批難するようなことはしていません。彼の政治と個性を、彼の患った「病」を通じて分析しているだけなのです。このような書に「歴史修正主義」のレッテルを貼ることがいかに意昧のないことかよくわかると思います。

 訳者まえがきに書いたように日本国内の太平洋戦争(大東亜戦争)の分析は、岡内事情を語り、日中戦争の原因を語ることがほとんどでした。しかしそれだけでは、井戸の中から天気予報をするようなものだと書き、外に出ることを勧めました。本書だけで、井戸の外に出て、頭卜に広がる天空を観察することはできません。それでも、たとえば、「あの戦争はフランクリンールーズベルトというアメリカ歴史上でも極めて特異な政治家によって起こされた側面が強い」という解釈に対して、それに同意できないとしても、少なくとも聞く耳だけは持てるに違いありません。
 ・・2行 略・・

二〇一五年春
  渡辺惣樹

<引用終り>


長文のあとがきにお付き合いいただき有難うございました。
このあとがきの中に現在の中韓の騒いでいる事、そしてそれにアメリカがごちゃごちゃイチャモンをつけてくること。
そんな背景が分かろうと言うものです。

尚数日前に来日したクリントン元大統領が大変な反日であることは知られています。
その背景に外交問題評議会(CFR)が絡んでいる事、そこにクリントン元大統領も入っている事で問題の根の深さが分かります。
  1. 政治
  2. TB(0)
  3. CM(6)

2015-03-20 15:00

メルケルさん<YOUは何しに日本へ、続編

 メルケルドイツ首相の何だか良く分からない来日だが、だんだんその正体が見えてきた。
JBプレスにドイツ在住の川口・マーン・恵美さんがドイツの報道などドイツ事情を書いてくれた。

折しも良く分からない要人の来日はオバマ大統領夫人ミシェルさん、そしてビル・クリントン元大統領まで続いている。
こんな要人なので当然安倍首相と会っているし、天皇陛下とも会っている。
何やらきな臭い話が有りそうだが、先ずはドイツから見たメルケル首相の訪問についての川口マーン恵美さんの話。

最初にお断り、この記事を読むとドイツの考えている事に猛烈に腹が立ちます。
恐らく川口マーン恵美さんも全く同じ思いで書かれたと思いますが、先ずは腹を立てずにご一読ください。


<以下JBプレスより引用>

勉強も反省も足りない日独のメディア
メルケル首相来日をダシにした我田引水の報道合戦
2015.03.18(水) 川口マーン 惠美
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43203

3月9日、ドイツのメルケル首相が日本を訪れた。メルケル氏は2005年の首相就任以来、ほとんど毎年のように中国まで来ていながら、日本はなんと7年ぶりだ。ZDF(第2ドイツテレビ)のオンラインニュースはそれを、「体面にこだわる日本人」は快く思っていないと書いている。

自国の事情を棚に上げ安倍首相を批判する独メディア

 「世界第3位の経済大国は、メルケルの中国重視のせいで、自分たちが相手にされていないと感じている」、「保守系の日経新聞が、メルケルの訪日がドイツのアジア政策に均衡をもたらすために役立つだろうと書いたのは、少しすねた警告のように響く」のだそうだ。

 ドイツは中国重視のアジア政策を修正するつもりなどないとZDFは言いたいのだろうか。なお、日経が保守系の新聞だとは、私はあまり感じない

 続けて読むと、日本とドイツの協力に関しては難しい問題がたくさんあるとされる。たとえば、ドイツは福島第一の事故のあと脱原発に舵を切ったが、「徹頭徹尾の原発ファンであるアベ」は、止まっている脱原発を再稼働させようとしている

 「フクシマによってメルケルが脱原発を決定したことは、アベにとってはおそらく感傷的な弱さの印でしかないのだろう」というのが、この記者の分析。安倍首相が原発を再稼働させるのは原発が好きだからというのは、あまりにもバカげた話だ。

 この記者は、日本の緊迫したエネルギー事情をまるで知らないか、知らない振りをしているか、安倍首相をバカにしたいかのどれかだろう。

 ドイツではまだ半分以上の原発が動いている。しかも、再エネが増えすぎて、様々な支障が出ている。だいたい、脱原発がそんなに喜ばしいものなら、日本ではなく、まずお隣のフランスに勧めてはどうか。フランスは電力の80%近くを原子力に頼っている国だ。

 なお、エネルギー政策だけでなく、経済政策でも、ドイツと日本は方針が合わないという。

 「アベノミクスは、何十億も掛かる景気向上プログラムで、多額の資金を市場に放出して、麻痺してしまった経済政策を活性化する試みであった。そこでは構造改革も同時に為されなければならないが、アベはそれをまだ始めない」。つまり、アベノミクスは、ドイツの緊縮政策とは正反対だというのがこの記者の主張。

 ZDFだけでなく、ドイツのメディアは安倍内閣が嫌いなようで、安倍首相攻撃は激しい。一昨年、アベノミクスの一環として日銀が金融緩和に着手したときも、ひどい非難の記事が出回った。

 しかし、EUでは今月9日から、前代未聞のQE(量的金融緩和政策)に着手している。これから1年半にわたって、1兆1400億ユーロの国債を買うのだそうだ。日本がすれば、“だらしのない金融政策”、“紙幣の印刷機フル回転”となるが、自分たちがデフレ阻止のために莫大な金額を市場に放出するのは、まるで問題がないようだ。

外国メディアの興味は過去の真実より自国の利益

 今回、メルケル首相は安倍首相に会う前に、朝日新聞主催で講演会をした。ZDFは書く。「メルケル首相はまずアベの批判者を訪問、そのあとでアベ」

 アベの批判者というのは、もちろん朝日新聞のことだ。「世界で一番大きな新聞の1つで、政治的スタンスは中道左派」というのが、朝日新聞の説明。このおぜん立てをしたのはいったい誰だろう?

 この講演会の内容は、ドイツ大使館のホームページに全文が載っている。メルケル首相は朝日新聞の伝統を褒め称え、その社史は、ドイツと日本の国交が始まったころにまで遡れると言っている。

 また、142年前のこの日は、岩倉具視の外交団がベルリンに到着した日だったそうだ。メルケル氏は、そのあと、あらゆる重要テーマをさらっとこなし、最後にまた岩倉具視に戻って、優等生のスピーチを終えた。

 とはいえ、日本の慰安婦問題などには一切触れていない。ドイツの戦時中の行為への反省を述べ、それにもかかわらず戦後、かつての多くの敵国から和解の手を差し伸べてもらえたと語っているのだ。

 しかし朝日新聞は翌日の第1面で、メルケル首相の話の内容の肝が、歴史の総括であったように書いた。それはZDFも同じで、朝日新聞のことを、報道の自由のために戦う正義の新聞といったニュアンスで扱ったのだった。

 たとえば、「朝日新聞は最近、第2次世界大戦の日本の軍隊の下で強制売春が運営されていたという記事を取り消さなければならなかった。歴史家たちは、強制売春を証明されたものと見做しているにもかかわらず、アベ陣営はただちにそれ(記事の取り消し・訳注)を、強制売春自体についての議論を取りやめるきっかけにした」と非難している。歴史家とは誰だ?

 さらに読むと、「メルケルがアベより前に朝日新聞に会ったのは、そこに託された意味を日本人が理解すべきためのシグナルだった。そして、それはおそらく、中国や韓国といった国々と和解の試みをせず、超右翼のコースを取り、終戦後70年経った今、日本の犯罪を過小評価しようとしているアベに対する明確な批判である」。これは、安倍政権が言論弾圧をしていると言っているに等しい。

 いったい、なぜドイツのメディアがこんなことを書くのか? 朝日新聞は、強制売春があったという事実を一切証明できなかったから、記事を取り消したのではなかったのか。それを今さら、外国の新聞に告げ口? 日本では分が悪くなったもので、外国に向かって自己弁護に励んでいるのだろうか。


 戦時中、気の毒な女性がいたことは誰も否定していない。しかし、軍の主導で女性をさらってきて、奴隷のように強制的に売春をやらせていた事実はない。何度でも書くが、強制売春を軍が運営していたのは、日本ではなくドイツだった。

 朝日新聞は、自分たちが嘘を書いたから取り消す羽目になったことが、まだわかっていないらしい。真実を書いたがために権力に押しつぶされた新聞社という演出は卑怯だ。それとも、これらに朝日新聞は関知しておらず、ZDFが勝手に書いたものなのだろうか?

 それに私は常々、日本の「報道の自由」はドイツ以上だと思っている。日本人は間違っても、報道の自由を守るためにドイツの新聞の力など借りる必要はない。

 なお、慰安婦問題に関して言えば、外国のメディアは、その昔、日本軍に強制売春があったかどうかなど、本当は興味がない。興味は、それを自分たちの利益にどうすれば結び付けられるかということだけだ。

 つまり、強制売春があったことにするか、なかったことにするかは流動的で、すべてはあちらの都合でしかない。それを日本人が有難がっているとは、何と情けないことか。

現在の国際情勢そっちのけの質疑応答

 講演の後、少しだけ質問の時間が設けられた。それについては『フランクフルター・アルゲマイネ紙』の記事。

 「朝日新聞は日本で総攻撃を受けている。というのも、彼らは大手の新聞で唯一、安倍首相が第2次世界大戦中の歴史に国家主義的新解釈を施し、日本軍の残虐行為を否定しているとして、その批判を試みたからだ。メルケル首相がステージで腰を下ろすとすぐさま、朝日新聞の編集長が、この微妙なテーマについて最初の質問を投げかけた。『戦争の過去の克服について、日本はドイツから何を学ぶことができるか?』」

 不幸中の幸いは、メルケル首相が、この朝日の質問をうまくかわしたことである。「ドイツ政府の首脳として、私が日本人に何か助言をすることはできません」。

 とはいえ、その後、ドイツが宿敵フランスと和解できたのは、ドイツが自分たちの過去と向き合ったからであるとも答えている。“真実を告発したために安倍に押さえつけられてしまった朝日”は、この答えに満足したであろうか。

 ところで、メルケル首相は、いったい日本に何をしに来たのだろう? 6月にドイツで開かれるサミットへの招待を直々に伝えに来たというのが、公式の理由だ。今度のサミットも、前回と同じく、G8ではなくG7になる。クリミアを割譲したプーチンが村八分にされているからだ。


 今、EUとロシアとの関係は、冷戦以来、最低レベルまで冷え込んでいる。制裁のため、ロシア向け輸出が止まっており、ドイツ経済にも悪影響が出始めた。ドイツにしてみれば、ここで日本とロシアの関係が密になると、外交面でも経済面でもマイナスだ。

 それをやんわり牽制しに来たと、私は見ている。ドイツと日本のロシアへの輸出品目は、競合するものが多い。

 メルケル首相と会談した後の共同記者会見で、安倍首相は「ロシアに対する処置については、ドイツを始めとするG7との連携を重視しつつ」対応するとし、「現下のウクライナ情勢に鑑みれば、ロシアを含めたG8で意味のある議論を行える環境にはない」と語っている。メルケル氏の思惑通りか?

 なお、前述の記事を書いたZDFの記者は、この共同記者会見の席に出席しており、安倍首相に、「なぜ原発再稼働を考えているのか」と質問していた。

朝日新聞がドイツに学べることはまだある

 それにしても、たった1泊2日で、メルケル首相のスケジュールはすごかった。首脳会談と朝日新聞社での講演はもちろんのこと、天皇陛下に拝謁し、民主党党首や女性のグループと会い、科学未来館ではロボット「アシモ」を見学した。

 日本のメディアは、アシモのことばかり書いていたが、世界で一番影響力のある女性は、それほど単純ではない。たとえば、日本とEUのあいだで進められようとしている自由貿易協定についても、しっかりと後押しをしている。

 先週、ギリシャは、ドイツ軍が戦争中に行った民間人の虐殺行為に対する賠償を請求した。ドイツは、戦時中の犯罪行為に対して、イスラエル以外には一切賠償をしていない。しかし、ドイツは、すべては解決済みと突き放している。

 そのうえドイツは、ギリシャを占領した際、ドイツへの多額の融資を強制したという。そして戦後、その返済も一切しておらず、遅ればせながら今、ギリシャは110億ユーロの返還を求め始めた。

 できれば、朝日の編集長には、これらに対するメルケル氏の見解も尋ねてほしかった。日本がドイツから学べることは、まだまだたくさんありそうなのだから。

<引用終り>


私の言いたい事は殆ど川口マーン恵美さんが書いてくれている。しかし此れだけは強調しておきたい。
ドイツは伝統的に反日です。ヒットラー時代に3国同盟を結んでいて同じ敗戦国。
そしてそれ以前から日本人はドイツに親しみを感じています。
私はタイに居た頃、スコータイのホテルでドイツ人観光客グループと一緒になりました。
そしてそのグループの人とワイワイi喋った時、「今度はイタ公抜きだぜ」で大いに盛り上がった事を思い出します。

しかし第一次大戦では日本は戦勝国でドイツは敗戦国。そしてドイツが占領していたところを日本の支配下に置いています。そして現在の産業構造が日本とドイツはライバル同士。
自動車を見れば分かる通りです。自動車は日本、アメリカ、ドイツ、この3国で世界を牛耳っています。
トヨタとVWで今世界一を争っており、最近までトヨタはVWのクルマを売っていましたが、この協力関係も無くなりました。

そんな関係だという事を頭に於いてこの話を見るべきかとおもいます。
そしてドイツにとっては日本より中国の方が大切なお客様、ドイツ製品をどんどん買ってくれるからです。


そしてこれからが問題。
このメルケルの他にオバマ大統領夫人ミシェルさんも来日したのですが、もう一人重要人物が来日。
もう一人の「YOUは何しに日本へ」はこの人。
元アメリカ大統領ビル・クリントン、そしてそのクリントンが早稲田大学で講演しているのがこんな事。

<以下引用>

2015.3.18 21:10
来日のビル・クリントン元米大統領 故ケネディ氏の功績称賛 「核戦争の恐怖に直面すべきでない」
http://www.sankei.com/world/news/150318/wor1503180064-n1.html

故ジョン・F・ケネディ元米大統領に関するシンポジウムで演説するクリントン元米大統領=18日午後、東京都新宿区の早稲田大
2015-3-20クリントンの講演


 来日中のビル・クリントン元米大統領は18日、早稲田大(東京都新宿区)で開かれた故ジョン・F・ケネディ元米大統領に関するシンポジウムで講演し、核軍縮や平和協力、科学技術振興の分野で「ケネディ氏のレガシー(遺産)が数多く残っている」と述べ、同氏の功績をたたえた。

 1962年にキューバ危機を経験したケネディ氏が翌年、部分的核実験禁止条約を締結したことを念頭に「われわれは二度と核戦争の恐怖に直面すべきではない。大量破壊兵器を使わせないために努力しなければいけない」と語った。

 クリントン氏はケネディ氏が生前に「太平洋は日米にとって障害ではなく橋だ。一緒に未来に向かっていこう」と日本人に語りかけていたエピソードも紹介し、両国のさらなる関係強化にも期待感を示した。(共同)

<引用終り>

この講演を聞いて日本人がどう思うか、それがクリントンは分かっているだろうか。
今迄に原爆で攻撃された国は日本だけ、ヒロシマ・ナガサキだ。この悲惨な記憶は日本人は決して忘れてはいない。
そしてそれを落としたのはアメリカだよ。クリントンよ、お前の所属するアメリカ民主党のF.D ルーズベルト、そしてトルーマンがその下手人だ。
今お前に「われわれは二度と核戦争の恐怖に直面すべきではない。大量破壊兵器を使わせないために努力しなければいけない」、こんな事を言われる筋合いは無い。
先ずヒロシマ、ナガサキで土下座してから言うべき言葉だぞ。

こんな風に思った人が大いにではないだろうか。

だが一年前だがこんなニュースが有る。
米、日本にプルトニウム返還要求 300キロ、核兵器50発分

これは2014年1月、オバマ政権が突然言いだしたモノ。
冷戦時代に研究用として提供した兵器級プルトニュームを突然返却するよう要求してきたもの。
オバマはこの時、日本が核武装する恐れがあると考えて言いだしたのだろう。
日本人は皆さん奇異に感じたと思う。


そしてもう一つ注目すべき話が有る。
これは余命ブログの記事。
2014年3月の余命3年時事日記「中国軍事委員会対日開戦議論(遺稿記事)」より
http://kt-yh6494.blog.so-net.ne.jp/2014-03-17

此処にこんな記述が有ります。(全文は長いので詳細は上掲リンク先参照ください)
<以下引用>

日本関連の記事で、2013年3月以降2回の軍事委員会の最初の会でのやりとりだと思いますがテープを起こしたようです。陸、海、空、第2砲兵の議論です。(中略)
第2砲兵とは戦略核ミサイル部隊のことです。他の三軍と独立しています。語句の解説は注として記事末に記述してあります。

....第2砲兵
現時点では日本側に戦争に対する準備行為はほとんど見られない。我々としては、この機会に奇襲攻撃をかけて日本を屈服させるべきだと考える。現状、来月5月打ち上げを含めてすでに7基の北斗と韓国から購入のムグンファだけで完璧なミサイル攻撃が可能である。
 北斗の測定誤差は約30m程度だが、攻撃目標の識別には充分だ。米軍を除いた日本軍基地と東京、大阪以外の都市攻撃の飽和攻撃により日本は1日もたずに屈服するであろう。この選択攻撃に対し、米軍は核のリスクをおかしてまで日本を助けることはない。

....陸軍
何らかの大義名分がないと奇襲は難しいのではないか。それにミサイル攻撃の後はどうするんだ。

....第2砲兵
真珠湾攻撃をした日本に、文句を言われる筋合いはない。力と結果がすべてだ。ミサイル攻撃の後は別に侵攻の必要はないだろう。核攻撃のスタイルを見せているだけですべては中国の勝利に終わる。

....陸軍
それではローカルの空軍基地は叩けるかもしれないが、米軍と日本自衛隊のほとんど、特に海上自衛隊は無傷だ。ミサイル攻撃だけで日本が屈服するとはとうてい思えない。日本本土に上陸侵攻は絶対に必要である。もしそれができないようであれば作戦そのものを放棄すべきだと思うが。

....空軍
制海権と制空権なくして勝利はあり得ない。日本が何の抵抗もしないで屈服するわけがない。世界の一流国と戦ってきた国を侮っては、それこそ大変なことになる。国民性からいって、もし我々がそのような攻撃を仕掛けたなら、即、一致団結し、平和憲法などかなぐり捨てて核武装に走るだろう。日本国内の反対勢力など一瞬で粛正される。後は地獄だ。
スクランブルにおける自衛隊の対応からみると彼らのレーダーは我々より遙かに高性能だ。ミサイルは飽和攻撃ということだが、対空能力については充分検討しているのか。

....第2砲兵
1000発のミサイル飽和攻撃に対応は不可能だ。日本など恐れるに足らずだ。


....海軍
韓国から日本の軍事機密が提供されている。約2年にわたって分析しているが驚異的な防御能力である。
・・・中略・・・
2013年から配備といわれるP-1哨戒機についても詳細に分析しているが、この能力はまさに中国軍の天敵と言ってもいい凄まじさだ。(P-1については略。検証座談会でどうぞ)

....空軍
中国空軍は空自に比べると圧倒的に数が多い。しかしその能力となるとはっきり言って侵攻能力はゼロに等しい。平和時には誇大表示や誇大宣伝はそれなりに結構だとは思うが、現状では話にならない。海軍と同様空軍も日中開戦は現状不可能、夢物語だと考える。
ミサイル飽和攻撃のあとは核の恫喝で日本は屈服するといわれるが、いいかげんな形は米の攻撃を招くのではないか。そもそも米に対する大陸間弾道ミサイルは瞬時に発射できるのか。固定基地、移動基地の態勢は万全なのかを聞きたい。

....第2砲兵
言われるまでもなく態勢は完璧である。


・・・・・以下略、詳細は上掲リンク先をどうぞ・・・


こんなモノを見ていると前回のエントリーでこんな事が書いてあった。
 日中韓の争いを本当に心配しているという事情もある。「東アジアでは軍事衝突のリスクがあると思っている」。そう語るドイツの政治家は少なくない。

日本が本当に戦争に巻き込まれる、そんな事を考える人は殆どいないのが現実だ。
しかし過酷な国際政治はトンデモナイ事が起こる。

今回のあまりにも不可解な米欧のVIPの訪日。
メルケル、ミシェル・オバマ、ビル・クリントン、こんな人の訪日をつなぐ意図が何なのか。
中国・韓国との関係でしっかり見ていく必要があると思える。

  1. 政治
  2. TB(0)
  3. CM(44)

2015-03-19 14:29

メルケルさん<YOUは何しに日本へ

 
 先日ドイツのメルケル首相が日本にやってきた。
3月9日~10日という日本にとっては実に重要な時期にやってきたのだが、どうにもその来日の目的が分からない。
一番わからないのは民主党のオカラと40分も会談している、朝日新聞で講演をしている、忙しい時間を割いてやって来たにしてはこんな事をする理由が分からないのだ。

案の定オカラはオカラ頭をフル稼働、即刻ドイツ大使館から「メルケル首相はそんなこと言ってない」。
此れでも懲りないのが流石オカラ、まだ言っているとぶつくさ。
その間に事情はよもぎねこさんの以下ブログ参照ください。

http://yomouni.blog.fc2.com/blog-entry-5070.html
http://yomouni.blog.fc2.com/blog-entry-5073.html
http://yomouni.blog.fc2.com/blog-entry-5076.html

 さてそのメルケルさんの訪日、私はこの話には何か大きな裏があるとしか見えなかったのだが、その一端が見える記事が日経に出ていた。
長い記事だが日経は有料で誰でも読むわけにいかない、そこで参考までに全文を紹介します。
ドイツからの生の声、参考になると思います。

私が特に驚いたのは記事を書いた赤川氏の体験談。
機中で初対面のドイツ人(大学の講師)から日本について面罵されたことなど日本に対する冷たい空気、連日報道される日本批判、こんな事がドイツで起こっている。これは大きな驚きと同時に問題の根の深さを感じた。

先ずはその日経記事を見てください。

<以下引用>

メルケル独首相が訪日で犯した3つの過ち
ベルリン支局 赤川省吾

2015/3/18 7:00
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO84476720X10C15A3I00000/

 7年ぶりに訪日したドイツのメルケル首相は、歴史認識やエネルギー政策で安倍政権に次々と注文を付けた。昨秋から積もり積もった不信感を伝えようと爪を研いでいたドイツ。だが信頼関係もないのに、いきなり本題を突きつけるというドイツ流を押し通したことで、日独関係には大きなしこりが残った。ただ視点を変えれば、たまっていた悪材料が出尽くしたともいえる。瀬戸際の日独関係を修復するには双方が努力するしかない。

■従軍慰安婦問題で安倍政権けん制

 9日の首脳会談後の記者会見だった。「アドバイスするために訪日したのではないが、ドイツがやってきたことは話せる」。日中韓が歴史認識で争っていることについて問われたメルケル首相は、どのようにドイツが「過去への謝罪」に取り組んだのかを安倍晋三首相の前で語り始めた。「アドバイスではない」と前置きしたものの、誰に何を求めているのかは明らかだった。

 久しぶりの訪日というのに、わざわざ歴史認識に言及したのはなぜか。

 日本が「右傾化」したと見るドイツ国内の雰囲気が背中を押した。メルケル首相の訪日を伝える公共放送ARDは看板番組の夜のニュースで安倍政権を「右派保守主義」と表現した。極右ではないが、国粋主義的な色彩があるときに使われる言葉だ。こうした政治思想は「国家保守主義」とも呼ばれ、ドイツでは第2次大戦前に活躍し、ナチスの政権掌握に手を貸した右派政党の「ドイツ国家人民党」がこれにあたる。日本でいえば、NHKの夜の7時のニュース番組で、そうした右派政党と安倍首相が率いる自民党をひとくくりにするほど風当たりは強い。

 日中韓の争いを本当に心配しているという事情もある。「東アジアでは軍事衝突のリスクがあると思っている」。そう語るドイツの政治家は少なくない。和平をもたらしたいという純粋な気持ちから日本にも口を出した。外交政策に自信を持つようになったドイツは、イランやイラクなどの中東和平にも積極的にかかわっている。

 もっともドイツは安倍政権の発足当初から歴史認識を問題視していたわけではない。むしろ関心が高かったのはアベノミクスのほうだった。当時は日本の財政赤字が膨らみ、世界の金融市場が混乱するという危惧があった。その証拠に2014年4月のベルリンでの日独首脳会談では、歴史認識にはほとんど焦点が当たらず、アベノミクスの進捗状況に注目が集まった。

 空気が変わったのは昨秋のことだった。従軍慰安婦問題を巡って日韓が争っているところに、自民党が朝日新聞社を厳しく追及したことがドイツに伝わり、日本への不信感に拍車がかかった。「報道の自由が抑圧されている」。独政府・与党の取材先は異口同音に語った。

 そこでドイツは異例の決断を下す。自ら従軍慰安婦問題の火の粉のなかに飛び込み、安倍政権をけん制することにした。あえて朝日新聞社で講演したメルケル首相は「(政府は)様々な意見に耳を傾けなければならないと思う」と発言した。「日本に対する警告」(シュピーゲル誌)と独メディアも伝えた

 ドイツ国内では訪日は成功したように映る。メルケル首相は歴史認識と脱原発について繰り返し触れた。安倍政権は周辺国と仲たがいし、「民意を踏みにじって原発を再稼働しようとしている」(独紙フランクフルター・アルゲマイネ)というのがドイツの共通認識。そんな安倍政権をけん制したことをドイツメディアは好意的に報じ、留飲を下げた。

 だが、せっかくの訪日だったにもかかわらず、日独友好は遠のいた。独政府筋は「日本とドイツは価値観を共有し、民間レベルの交流も盛んだ。だからこそ本音をぶつけても大丈夫」と言うが、本当にそうだろうか。

■「友好」と「批判」のバランスを欠く

2015-3-19メルケル発言纏め

 今回の訪日でドイツでは日独の疎遠さだけがあぶり出され、日本のイメージがさらに悪化した。筆者は幼少時代の1970年代にドイツに渡り、それから40年近くにわたって日独を行き来しながら両国の関係を追ってきたが、日本への冷たい視線をいまほど肌に感じたことはない。11日、出張先からベルリンに戻る機中でたまたま隣り合わせになったドイツ人の大学講師は初対面だったにもかかわらず、日本を面罵してきた。「男性優先の日本では女性の地位が著しく低く、吐き気がする」。連日のように報じられる日本批判を読んでいれば、そう考えるのも無理はない。こうした状況に対する危機感は、いまの独政府にはない。

 原因は日独の双方にある。日本がドイツとの意思疎通を怠っているあいだに、ドイツでは安倍政権の財政・金融政策やエネルギー問題、それに歴史認識への不満がマグマのようにたまった。いまでは北部欧州の多くの国がドイツに同調する。オーストリア政府筋は「対日関係が悪くなるから表だって言いたくないが、ドイツの批判は理にかなっている」と言う。成長力を取り戻すのに役立った構造改革や財政再建のやり方、それに戦後70年にわたる「過去への謝罪」などドイツの経験から日本が学べることは確かに多い。

 その一方でドイツも3つの過ちを犯した。

 一つはメルケル首相の訪日日程で「友好」と「批判」のバランスを欠いたこと。学識経験者らと脱原発を議論し、朝日新聞社を訪れ、首脳会談で歴史認識に言及した。民主党の岡田克也代表とも会った。対日批判が漏れやすい予定が多く組み込まれた一方で、「友好」のシンボルと呼べるのはせいぜいドイツ系企業の工場や二足歩行ロボット「ASIMO(アシモ)」の視察などにとどまった。

 いまの日独は共通の話題を見つけるのがやっとの状況。国際会議で同席した際、メルケル首相がアベノミクスの先行きについて安倍首相を質問攻めにしたこともあったという。そんな薄氷の関係だったにもかかわらず、「友好」というつっかい棒を用意せず、多くの「批判」を氷の上に載せた。認識が甘かったと言わざるを得ない。

 友好関係も築けていないのに「主張を伝える」という欧州流の外交にこだわったことが2つめの誤りだ。ドイツは日本を名指しして批判するのを避ければ、歴史認識に言及しても波紋を広げることはないだろうと高をくくっていた。ドイツなりに配慮し、「礼儀正しく批判した」(南ドイツ新聞)つもりだった。それゆえメルケル発言に日本が敏感に反応すると独政府は戸惑った。在日大使館ですら日本を知り尽くした知日派が細り、日本の実情にあわせた微妙なさじ加減ができない。

 外交日程を見ても日本の国民感情がわかっていない。英国のウィリアム王子は東日本大震災の被災地を訪れ、好印象を残した。だがメルケル首相は9~10日に東京周辺のみを訪れ、震災から4年となる3月11日を目前にして離日した。「日程が詰まっていて被災地訪問は無理だった」と独政府筋は釈明するが、帰国を半日ずらして犠牲者に黙とうをささげる姿を見せたならばドイツへの印象は変わっていただろう。大きなチャンスを逃した。


 だがなんと言っても最大のミスは、準備万端ではないのに歴史認識に触れたことだった。

■日独の立場の違いがようやく明確に

 それはメルケル首相と民主党の岡田代表との懇談からもにじみ出る。「きちんと解決した方がいい。日韓は価値を共有しているので和解をすることが重要だ」。岡田代表は従軍慰安婦問題についてメルケル首相が、そう口にしたと語った。だが日本の国内外での論争に巻き込まれかねないとわかったとたんドイツ政府は慌てた。「そんなことは言ってない」(ザイベルト報道官)と火消しに回り、岡田氏ははしごを外された形になった。どこまで具体的に踏み込んだかは別として、昨秋からの独政府の空気を読めば歴史認識に触れた可能性は高いと言わざるを得ない。歴史認識に少しでも言及すれば日本で与野党の駆け引きに利用されたり、日中韓の争いの火に油を注いだりするのはわかりきっていたが、毅然とした態度を貫く勇気も覚悟もドイツにはなかった。

 専門知識を持つ人材を重用し、緻密に計算をしたうえで大胆な一歩を踏み出すというのがドイツ外交の特徴だったはずだ。東部ウクライナの停戦仲介では、ドイツは専門家を集めて対策を練り、首脳レベルだけでなく、閣僚・次官級でも折衝を重ねた。ロシアとウクライナの双方をさまざまなルートで粘り強く説得した。だが訪日では準備不足の感がぬぐえない。歴史認識の解決をドイツが本当に後押ししたいなら、官民に散っている知日派を結集した専門チームを立ち上げ、ドイツなりにビジョンを描くぐらいの気概を持つべきだった。ドイツ自身がメルケル氏の発言の重みを自覚していなかったのではないか。

 冷え込んだ日独関係が修復されぬうちから、中途半端に歴史認識問題に口先介入したツケは重い。6月に主要7カ国(G7)の首脳会議のために安倍首相が訪独、来年には日本でのG7会議のためにメルケル首相が再び訪日する。そのたびに歴史認識を話し合ったかどうかが焦点になり、日独関係の重荷になる。

 もっとも前進したことは一つだけある。独日の立場の違いがようやく明確になった。これまでは、それすら日本では認識されていなかった。日本がドイツの意見に真摯に耳を傾ける一方で、ドイツも稚拙な対日外交を修正するのがあるべき姿。相互理解と歩み寄りで距離を縮めていくしかない。

<引用終り>


しかしそれにしてもドイツ国内にどうしてそんな日本批判が巻き起こっているのか。
ドイツの大学講師が初対面の日本人を罵倒する、その理由は日本では女性の地位が非常に低いと言うモノだが、これは事実ではない。
こんな発言が出るのは従軍慰安婦性奴隷説などが原因で、間違いなく中韓のロビー活動の成果だと思う。

矢張り今年は日本は新たな戦争に巻き込まれたと意識せざるを得ない。歴史戦争である。
歴史戦争の最前線は中国と韓国、しかしその裏にはアメリカがいる事も間違いないと思う。
そして一つ間違えば本当に実弾が飛んでくる可能性まである。この歴史戦争、決して負けられない。


その解決策だが、渡部昇一先生がWiLL4月号に「朝日新聞よ! 「恥」を知りなさい」と言う一文を発表している。
ここに朝日がやるべき三つのこととして以下があげられている。
(全文はWiLLを買っていただくとして、該当部分だけ引用します)

具体的に何をすべきか
第一に、朝日新聞社社長はアメリカ国内に建てられた慰安婦像・慰安婦碑の諸事位置に出向き、その血の市長らと面会して、「この街の慰安婦像は、おそらく在米韓国人の運動によるものと思います。しかし此処に刻まれた文言、在米韓国人たちの認識、それらすべては私の新聞のインチキ記事を信じたものです。あの記事はインチキであり、この像が建てられる根拠はすべて否定されています」と伝えるべきでしょう。
その新聞社の社長が自ら、「私たちの新聞はインチキを書いていた」と言えば、それを否定することはできません。その上で、「取り壊し費用については当社で負担します」と申し出るべきです。米国内の像や碑はまだ両手で足りるくらいの数ですから、大した費用ではありません。
第二に、朝日新聞社長はアメリカ議会で、やはり「あの記事はインチキでした」と説明してもらいたい。
07年、第一次安倍政権時代に、マイク・ホンダ米下院議員が「慰安婦非難決議」を提案し、下院で採択されてしまいました。賛同した議員は僅か十名前後でしたが、採択されたことは事実であり、各国への影響もはかりしれません。
実際この下院決議を受けて、オランダ、カナダなどの下院、欧州会議などがそれぞれ日本に対する「元慰安婦への謝罪」
を要求する決議案を採択しています。米国内に慰安婦碑や像が建ち始めたのも07年以降ですから、米国内の韓国人活動家らがこの米下院決議に力を得たことは間違いありません。
朝日新聞社長はアメリカ議会に赴いて、「かつて慰安婦非難決議を日本に対して可決されましたが、これは私の新聞のインチキが根拠となっており、既にその根拠はすべて否定されています」と述べるべきでしょう。マイク・ホンダ議員にも直接、この件をお伝え願いたい。
そして第三に、スリランカに行ってクマラスワミ氏にも直接説明し、国連で採択さえた「クマラスワミ報告書」の撤回を求めていただきたい。「あなたが厳しく指摘された慰安婦に関する諸問題は、いずれも私の新聞が書いたものが元になっていますが、これらはすべて誤報でした」と説明すべきです。
おそらくクマラスワミ氏は「朝日新聞や吉田証言だけを参考にしたわけではない」と言うでしょう。しかし彼女が引用しているジョージ・ヒックス氏の著書「性の奴隷 従軍慰安婦」も、元はと言えば朝日新聞が大々的に紹介した吉田清治証言などが元になっているのです。

<以上が渡部先生の「朝日がやるべき三つのこと」です。引用終り>


ドイツなどで広がっている反日、そこには矢張り朝日新聞が深く絡んで、未だに害毒を流している事が御理解いただけよう。
そしてメルケルさんはこんなドイツの世論、そして恐らくアメリカからの何らかの働きかけで日本に来たのであろう

アメリカ、オバマ政権は今や死に体同然である。
今度オバマ夫人がこれまた何が目的か分からないのに来日するが、恐らくそんな所が狙いなのだろう。
多分ミシェル・オバマは女性の人権人権と言って歩くのではないだろうか。
日本人にはこんな事情は理解できないので、メルケルさん、YOUは何しに来たの?、こんな感覚になるのだと思う。

ドイツ事情に関しては、最近ブログを冬眠中の丸山光三師匠ならば色々ご意見をお持ちと思う。
この件、丸山師匠にもぜひご意見を頂きたい所であります。
  1. 政治
  2. TB(0)
  3. CM(12)

2015-03-18 23:11

西洋は無敵でないこと示した日本 <トインビーの言葉です

 藤井厳喜(ふじい・げんき)さんがZAKZAKに面白い事を書いている。
もう40年も前に亡くなったイギリスの歴史家アーノルド・トインビーがこんな事を言っていると紹介しているのだが、その中身が大変興味深い。




<以下引用>
【日本に魅せられた 西洋の知性】アーノルド・J・トインビー 西洋は無敵でないこと示した日本
2015.03.18
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20150318/dms1503181550005-n1.htm

 アーノルド・J・トインビー(1889-1975)は英国を代表する大歴史家であり、日本を独立した一文明圏としてとらえ、日本に好意的な態度を示してくれたことで知られている

 衰退期の大英帝国は少数の傑出した知的巨人を輩出した。数学基礎論・哲学のバートランド・ラッセル、経済学のジョン・メイナード・ケインズ、戯曲家・批評家のジョージ・バーナード・ショー、文学者で多言語話者のアーサー・ウェイリー(杜甫、李白、『源氏物語』などの英訳で有名)らだ。

 彼らの業績はいずれも極めて普遍主義的であるところに特徴があるが、トインビーも彼らと肩を並べる知的巨人である。

 トインビーの主著は比較歴史学の大著『歴史の研究』12巻(1934-61)である。彼は人類の歴史を26の文明の興亡として捉え、その興隆と衰亡を同じ枠組みで説明した。

 トインビーによれば、1つの文明圏は、エリート指導者から構成された創造的な少数の人間のリーダーシップの下で、外部からの挑戦(呼びかけ)に、的確に対応(応答)することにより、興隆するという。日本では1960年代から70年代にトインビーは人気があり、主著を含め多くの著作が刊行された。

 最近、彼の名前は忘れ去られた感があるが、彼は英国人であるにも関わらず、日本の戦争に関して極めて客観的で、親日的ですらある発言をしてくれている。第2次世界大戦に関して彼はいう。

 「アジア・アフリカを200年の長きにわたって支配してきた西洋人は、あたかも神のような存在だと信じられてきたが、日本人は実際にはそうでなかったことを、人類の面前で証明した。これはまさに歴史的な偉業であった。…日本は白人のアジア侵略を止めるどころか、帝国主義、植民地主義、人種差別に終止符を打ってしまったのである。」(英オブザーバー紙、1956年10月28日)
(注:この部分は『なぜアメリカは、対日戦争を仕掛けたのか』(ヘンリー・s・ストークス 祥伝社 2012年) の中の記述が出典の様です。)

 「1840年のアヘン戦争以来、東アジアにおける英国の力は、この地域における西洋全体の支配を象徴していた。1941年、日本は全ての非西洋国民に対し、西洋は無敵ではないことを決定的に示した。この啓示がアジア人の士気に及ぼした恒久的な影響は、1967年のベトナムに明らかである(ベトナム戦争での米国の苦戦:訳注)」(毎日新聞、68年3月22日)

 また、トインビーは1967年に伊勢神宮(三重県伊勢市)を訪れたとき、こう記帳している。

 「私はここ聖地において、すべての宗教が根源的に統一されたものであることを実感する」

 トインビーは詩人的な開かれた感受性で、汎神論的な日本の精神風土を正確に把握している。多くの西洋人は神道を、未開のアニミズムないし野蛮な多神教としてしか捉えないが、彼は神道の中にこそ、宗教の原初的な普遍性を発見していたのだった。これが日本への賛歌(=オマージュ)でなくして何だろう。 (敬称略)

 ■藤井厳喜(ふじい・げんき)

<引用終り>

日本は白人のアジア侵略を止めるどころか、帝国主義、植民地主義、人種差別に終止符を打ってしまった

このトインビーの言葉をクネたん始めすべての韓国の人に贈りたい。
あなた方が信奉してやまない大英帝国様の大歴史学者トインビーが、日本は西欧の帝国主義、植民地主義、人種差別に終止符を打ってしまったと言っている。
つまり日本は帝国ではあったが帝国主義ではないかった。
植民地支配もしていなかった。人種差別もしていなかったと言っているのである。


今年は敗戦から70年だが、中韓が仕掛けた歴史戦争でこの辺りの事が散々話題になると思う。
多くの人に少しでも事実を知って貰いたいものだ。
尚アセアン諸国やインドなどで仕事をした人は皆さんわかる筈だと思う。日本はアジア諸国を侵略していない。戦った相手はアジア諸国を植民地支配していたアメリカ・イギリス・オランダなどであることを。
  1. 戦後史
  2. TB(0)
  3. CM(0)

2015-03-14 07:55

空は春

 今朝ヒョイと空を見たら太陽がこんな色。
空気中の水蒸気が多いとみられる色なのだが、久しぶりに見る赤い太陽だった。
タイではこの時期はこんな色の太陽は当たり前なのだが、日本ではそんなには見られない。

もう冬は終わりですよ、空はそう言っているようだ。

2015-3-14本日の朝日


  1. 日常の話題
  2. TB(0)
  3. CM(2)

2015-03-11 18:42

あの日も寒かった

 今日は寒いですね。昨日の夕方から当地方でも雪が降りました。
今朝はうっすらと雪が・・・
車の屋根で2,3センチ位だったでしょうか。でも路面は殆ど融けていました。

四年前のあの日も寒い日でした。そこからの長い日々を思うと言葉が有りません。
あの時間には私も黙祷。

未来へ


  1. 社会一般
  2. TB(0)
  3. CM(4)

2015-03-10 22:49

BBCが東京大空襲を大きく報道<追記あり

 今日は3月10日、日本人には忘れられない日である。
3.11の前日?? 確かにそうだがもっと大変な日。
昭和20年、1045年3月10日、東京大空襲の日だ10万人もの人が命を落とした日だ。
ホロコースト ボミング トウキョウ、そう言っても良い日なのだ。


残念ながら日本のメディアは殆ど頬かむり、今日NHKを見ていたのだが、朝のニュースは色んなニュースの最後にちょっと。
午後9時のニュースでも番組の最後にほんの申し訳程度にチラッと・・・


しかしBBCは今日このニュースをどんどん報道している。何度も何度も繰り返し報道しているのだ。
http://www.bbc.com/news/world-asia-31809257
B29が334機も攻撃した、そして日本人が約10万人死んだ。
(本当は犠牲になったのは皆非戦闘員で、それを言ってほしかったが言わなかったが・・・)

そして今日は安倍総理は都内で行われた慰霊祭に出席していて、その映像も紹介していた。
(NHK・民放でこのニュース、報道しただろうか?)
また何処かの神社の本殿の裏に普段誰も入れない納骨堂が有り、そこにこの空襲の犠牲者の遺骨が納められている、でも日本人でもほとんど知られていないと報道していた。
(私も知らなかった、思わずテレビの前で合掌していた・・・)


これがBBCのトップ画面
2015-3-10BBCtoppupe-ji



これが大空襲犠牲者の納骨堂内部
2015-3-10BBC納骨堂



最後がこの画面、一面の焼け野原
2015-3-10BBC焼け野原


日本ではこの悲劇、殆ど報道されていない、NHKでもほんの申し訳程度だ。
しかしBBCはこんな風に報道している。
10万人も犠牲になった、当然であろう。

最後に放送ではこんな言葉で締めくくっている。
B29の搭乗員にこの件でインタビューした時の搭乗員の話。
「アメリカが戦争に勝ってよかった。もし戦争に負けていれば、私は戦争犯罪人として裁判にかけられ、処刑されていただろう」

BBCはマトモである。日本はどうなってしまったんだろう。


* 追記します
裏の桜さんから大変貴重な動画を紹介いただきました。
元アメリカ国防長官マクナマラの証言です。

ルメイは、負けたら我々は戦争犯罪人だ、と言った by マクナマラ


  1. 歴史
  2. TB(0)
  3. CM(16)